———————————————————————-Page10910-1810/09/\100/頁/JCOPY図1に示す.粘弾性物質とは粘性(viscosity)と弾性(elasticity)の両方の性質をもっている物質のことで,粘性とは液体にみられる,一定の応力を加え続けると流動し始める性質(水など),弾性は固体のように,一定の応力を加えると歪みが生じ,力を取り除くと元に戻ろはじめに粘弾性物質は眼科領域の手術では,すでに必須アイテムとしての存在であり,最近では眼科手術補助剤の意味としてophthalmicviscosurgicaldevice(OVD)ともよばれている.特にこの10年間では,含有物,濃度により,性質の異なる粘弾性物質が登場し使用方法,手術方法にもさまざまな進化,応用が広がり,白内障手術の安全性が向上した1).本稿では,OVDとしての粘弾性物質の進化と白内障手術に対する使用方法を述べる.I粘弾性物質とは?OVDについて理解するうえで,必要な用語を表1,(33)1039iyoshiIshii33800018333特集●白内障手術の進化―ここ10年余りの変遷あたらしい眼科26(8):10391045,2009粘弾性物質の進化EvolutionofOphthalmicViscosurgicalDevices石井清*表1用語解説分類用語解説固体の性質弾性(elasticity)外力が加わると変形し,外力を取り除くと元の形に戻る性質応力(stress)ひずみに対応する力例:ゴムを引っ張るときの力液体の性質粘性(viscosity)液体は同じ外力を受けても流れる速度は液体の種類により異なる.これは液体に内部摩擦抵抗が存在するからであり,この内部摩擦のことずり(剪断)応力(shearingstress)流れをひき起こす単位面積当たりの力(図1)ずり(剪断)速度(shearingrate)単位距離当たりの速度変化(図1)現在のOVD性状分散型(dispersive)分子同士が固まらず離れようとする特性凝集型(cohesive)分子同士が互いに集まろうとする特性多数の分子があたかも1個の物質として挙動する性質Viscoadaptive型低いずり速度では高凝集型で滞留力強く,高いずり速度では分子の塊が破砕され流れる挙動を示す面から中までの距離ずり応力一速い流れき=ずり速度図1ずり(剪断)応力と速度の関係———————————————————————-Page21040あたらしい眼科Vol.26,No.8,2009(34)ととなる.IIIこの10年の進化(表4)1.効能効果の変更承認当初は眼内レンズ挿入時と全層角膜移術植における手術補助剤として採用され,さらに超音波乳化吸引術(PEA)時に使用することにより角膜内皮保護作用があることがしだいに取り上げられ,1998年より効能効果に白内障手術における手術補助が加えられ,それに伴いシリンジ内容量も0.4ml程度から0.61.1mlまで増量され,手術開始時から使用することが可能となった.2.分散型,Viscoadaptive型OVDの登場OVD濃度がすべて1%のみであった時代は,粘性と弾性は分子量が高くなるほど増加するとされており,分子量の差によるOVDの性状のみが注目されていた.しかし1999年に分散型OVD(ビスコートR),2003年にViscoadaptive型OVD(ヒーロンRV)が発売され,OVDの性状の違いが明瞭になり使用方法にも変化が訪れる.3.21世紀のOVD分類と種類(表5)現在の臨床上は粘性,弾性の性質よりも①分散型,②凝集型,③Viscoadaptive型に大別し使用される.分散型は絡み合う力が弱いShortpastaのように固まらずバラバラになる性質で,凝集型は絡み合う力が強くLongうとする性質(ゴムなど)を示している用語である(図2).II眼科での応用経緯(1998年まで)この10年の進化の前の歴史を簡便に示す(表2).ヒアルロン酸の発見から眼科応用されるまで約半世紀の期間が必要であった.20世紀後半,眼内レンズ(IOL)挿入時に,水晶体と前房を十分形成する物質が望まれた.さらに液体のように前房内に入れやすい粘性と,ある程度の前房形成を保つことのできる弾性をもち,また前房内操作性も重要視されるため,透明性があり,かつ細胞に対する毒性がないことも条件となった(表3).そして1979年鶏冠からヒアルロン酸ナトリウム(分子量200万dalton)の大量生産が可能となり一気に広まるこ図2粘弾性物質の性質イメージ左:粘性をもつ液体,右:ゴムのような反発固体.表21998年以前のヒアルロン酸ナトリウムの眼科での導入の変遷年代保険適用までの変遷1930年代Meyer硝子体および臍帯からヒアルロン酸を分離1942年Balazsウシの滑液から粘性ヒアルロン酸を産出1958年Hruby網膜離に使用(失敗)1966年Balazs鶏冠から純粋な分離精製に成功1977年Millerウサギ角膜内皮効果1979年Stegmannヒト角膜内皮効果1979年Stegmann鶏冠より大量注出成功1979年FDA眼科用医療用具として承認1986年*厚生省眼内レンズ挿入術・全層角膜移植術における手術補助剤として承認1992年厚生省眼内レンズ挿入術保険適用*:全層角膜移植術のみ保険適用.表3粘弾性物質の求められる条件性質求められる条件透明性非常にclear粘性簡便な前房内への注入弾性前房形成能力の高さ毒性限りなくゼロ表41998年以降のOVDの変遷年代1998年以降厚生省白内障手術における手術補助の適応追加内容量の増加1999年分散型OVD(ビスコートR)発売2003年Viscoadaptive型OVD(ヒーロンRV)発売———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.8,20091041(35)ある.組織に粘り付く性質上角膜内皮面を覆い,白内障手術時の角膜内皮保護効果が強く,蜂蜜様の粘度を想像していただくとわかりやすく,溶け出すように吸引される.しかし分散型のみでPEAを施行した場合,虹彩裏面までOVDが付着し完全な除去には時間がかかる点とairや核片などをトラップしやすく,前房内視認性にやや難がある(図46).②凝集型OVD:濃度はすべて1%ヒアルロン酸であるが,高・中・低分子量の製剤があり若干性質が異なる.前述のように分子量が高くなるほど弾性が向上し前房の形成能力は上昇するが,前房滞留能は①に比べると低くなるため,hydrodissectionにて前房から一塊になって前房から流失しやすく,必要に応じて再注入することが望まれる.③Viscoadaptive型OVD:②の凝集型の2.3倍の高濃度ヒアルロン酸で,非常に強い前房形成能を有している2).しかし,従来の粘弾性物質よりも前切開時に前に対する加圧が強く,切開された前のコントロール,つまり滑りにくいため,Arshinoは粘弾性物質を前房内に注入後,灌流液を水晶体との間に入れ,前の処理を容易にする方法(ultimatesoftshelltechnique)を紹介している(図7)3).またこのOVDは創口から眼外へ漏出することが少ないため,hydrodissection時に灌流液を急に注入すると,後破損をきたす可能性もあpastaのように絡みつきやすい(図3)性質と表現され,Viscoadaptive型は状況により分散型,凝集型の両者の性質をもつとされている.4.各種OVDの性質と使用方法ここからは各OVDの種類と特性およびその役割,選択について述べる.①分散型OVD:1999年にビスコートRとして発売された,ヒアルロン酸+コンドロイチン硫酸化合剤であり,コンドロイチン硫酸がずり(剪断)速度の影響を受けず一定の粘度を示すため(つまりいつまでもドロドロ),他のODVと比較し非常に粘性が高いのが特徴で表521世紀のOVDの分類,種類分類製品名分子量(dalton)含有物,量(1ml中)容量(ml)分散型ビスコートRHN(50万)CN(2.25万)HN30mg(3%)CN40mg(4%)0.5凝集型ヒーロンRオペガンハイRプロビスクRハイビスコRオペリードRHV高分子(190390万)HN10mg(1%)0.4,0.6,0.850.7,0.850.4,0.7,0.850.7,0.850.85オペリードR中分子(150220万)HN10mg(1%)0.5,0.6,1.1オペガンRビスコケアR低分子(60120万)HN10mg(1%)0.6,1.10.6Viscoadaptive型ヒーロンRV高分子(400万)HN23mg(2.3%)0.6HN:ヒアルロン酸ナトリウム,CN:コンドロイチン硫酸ナトリウム.図3分散型と凝集性の性質のイメージ左が分散型,右が凝集型.———————————————————————-Page41042あたらしい眼科Vol.26,No.8,2009(36)すように吸引されるのではなく,吸引口付近のみのOVDが部分的に吸引除去される.したがってPEAの際に吸引流量22ml/min以下に設定することにより,PEA時にOVDが十分に前房内滞留することにより角膜内皮保護作用が高くなり,IOL挿入以降は流量を23ml/min以上に設定することにより凝集型の要領で吸引することができる.しかしIOL裏面の残存OVDは眼圧上昇必発であるため,I/A(irrigation/aspiration;灌流吸引)チップをIOL後面に挿入し吸引する〔behindthelens(BTL)法,図10〕4)を行うことが推奨されている.IV複数の粘弾性物質を組み合わせた使い方のコツ①分散型,②凝集型,③Viscoadaptive型のOVDをるので,ゆっくり注入することも肝要である(図8,9).そして,Viscoadaptive型OVDの最大の特徴は,その名の示すとおり①前房内では吸引流量が22ml/min以下では分散型,23ml/min以上で凝集型の粘弾性をもつとされていることである.実際は①の分散型の溶け出①①②図4ビスコートR使用時の留意点(模式図)①:隅角周辺虹彩裏面の残存ビスコートRによる核片の留置,②:Airのトラップによる視認性低下.図5豚眼におけるビスコートRの残存モデルフルオレセイン染色したビスコートRを前房内に置換後,I/Aにて吸引.吸引流量を増加させても角膜裏面に付着しているのが観察される.残存皮質の癒着図6皮質の前房内での接着虹彩表面,隅角への皮質の接着が観察される.ab7Ultimatesoftshelltechnique法(豚眼)a:粘弾性物質を前房内に注入した後,フルオレセインで染色した灌流液を注入する.b:Viscoadaptive型OVDと水晶体の間の染色灌流液が確認できる.———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.26,No.8,20091043(37)2.角膜内皮細胞減少,脆弱症例分散型と凝集型を組み合わせたsoftshelltechnique5)(図12),もしくは分散型とViscoadaptive型を組み合実際の症例に応じて,組み合わせ,さらに使い分けすることが可能となったのはこの10年間の最大の進化であり,以下使用方法とコツを述べる.1.破時の核,皮質処理前房内に残留したOVDの分子量,濃度が高いほど術後眼圧上昇を招くので,まず分散型OVDで脱出硝子体を後下へ押し戻し,その後凝集型を用いて前房形成し核処理(弁出),皮質吸引を行う.特に上方の残存皮質は,術後吸水膨化し,術後炎症を悪化させるだけでなく,瞳孔領へ侵入した場合の術後視力不良が免れず,硝子体中へ落下した場合は術後の飛蚊症必発である(まさに泣き面に蜂).残存皮質吸引時は低吸引流量,もしくは27ゲージ針を用いて引き出すことにより,前房虚脱を避け手術を比較的容易に継続できる(図11).図8Hydrodissection染色した灌流液が前房内のViscoadaptive型OVDを眼外へ漏出することなく,内に入る様子が観察される.図10Behindthelens(BTL)法IOL後面の残存Viscoadaptive型OVDの吸引の様子.前房側のOVDがIOLの挙動を制御するので,後側の吸引が容易となる.図9過剰な灌流液による後破損(模式図)脱出硝子体分散型OVD凝集型OVD凝集型OVD27G針切開創前方前?下の残存皮質Sideport残存皮質硝子体①②③④図11後破時のOVDの使用方法と処置①:破部位からの脱出硝子体と残存皮質.②:分散型OVDは眼圧上昇しにくいので遠慮なく硝子体中まで入れ脱出硝子体を後下へ押し戻す.③:凝集型OVDで水晶体を形成.④:Sideportより27ゲージ鈍針にて,残存皮質を引き出し吸引除去する.(文献1「眼科診療のコツと落とし穴①」より,改変引用)———————————————————————-Page61044あたらしい眼科Vol.26,No.8,2009(38)置換した状態に保つようゆっくり注入する(図15a).IOL挿入後のOVDの吸引除去は灌流液ボトルを40cm程度まで下げ前房内への必要以上な圧力を避けOVDわせたultimatesoftshelltechnique3)は,分散型OVDがPEA中,角膜内皮側をコーティングし内皮細胞保護作用を発揮する.後者は吸引流量20ml/min,ボトル高55cm以下となる低PEA設定が可能な場合,前房内Viscoadaptive型OVD残留による効果も引き出すことができる.3.前房保持能が必要な症例浅前房,小瞳孔,IOL摘出交換などの十分な作業空間が必要な症例(図13)と過熟白内障の前房染色時,術中虹彩緊張低下症候群(intraoperativeoppy-irissyn-drome:IFIS)にはViscoadaptive型の使用が推奨される(図14)6,7).またZinn小帯脆弱症例でもViscoadap-tive型が有用な一面をみせる.水晶体を適度に膨らませ,かつ必要以上に押し下げぬよう,前房内をOVDで①②図12Softshelltechnique法①:ビスコートRを0.1mlほど注入の後,②:凝集型OVDを注入する.①②図13十分な前房形成能を必要とする症例①:IFIS症例に対するMalyuginringの装着.②:剪刀による前の部分切開.十分な前房形成が得られている.図14成熟白内障への使用例膨張した水晶体を十分抑え前房を保ちながら,乳化皮質の吸引をI/Aチップで行う.———————————————————————-Page7あたらしい眼科Vol.26,No.8,20091045が前房内充物として作用し,前房内から一気に流失するのを防ぐためSimcoe針を用いて除去する(図15b).4.角膜表層状態の悪い場合(図16)分散型OVDを角膜面に塗り角膜表層の凹凸を均一化することにより,前房内の視認性が向上する.おわりにこの10年間で新しいOVDが誕生し,それぞれの特性を理解し,症例による使用方法により,眼内への侵襲を抑えることが可能となり,きわめて良い手術予後が得られる時代が到来したと思われる.文献1)石井清:粘弾性物質の種類と選択.眼科診療のコツと落とし穴①手術─前眼部(樋田哲夫,江口秀一郎編),p8-9,中山書店,20082)MamalisN:OVDs.viscosurgical,viscoelastic,andviscoad-aptive.WhatdoesthismeanJCataractRefractSurg28:1497-1498,20023)ArshinoSA:UsingBSSwithviscoadaptivesintheulti-matesoft-shelltechnique.JCataractRefractSurg28:1509-1514,20024)TetzMR,HolzerMP:Two-compartmenttechniquetoremoveophthalmicviscosurgicaldevices.JCataractRefractSurg26:641-643,20005)ArshinoSA:Dispersive-cohesiveviscoelasticsoftshelltechnique.JCataractRefractSurg25:167-173,19996)ChangDF:UseofMalyuginpupilexpansiondeviceforintraoperativeoppy-irissyndrome:resultsin30consec-utivecases.JCataractRefractSurg34:835-841,20087)OettingTA,OmphroyLC:Modiedtechniqueusingexibleirisretractorsinclearcornealcataractsurgery.JCataractRefractSurg28:596-598,2002(39)ab図15Zinn小帯断裂例a:必要以上に水晶体を押し下げず,前房内をOVDで置換する.b:IOL挿入後のSimcoe針を用いたOVDの吸引.図16角膜混濁症例に対するビスコートRの塗布ビスコートRを満遍なく塗布すると眼内の視認性が上がる.