———————————————————————-Page10910-181008\100頁JCLSIシンナー,メチルアルコールの毒性1.シンナー中毒性視神経症シンナーの主成分であるトルエンは,脂質とは親和性があり,容易に脳血液関門を通過し脳内に取り込まれる.水に難溶であるため,汗や尿として排出することはできず,チトクロームP450により酸化されるが,その際に発生する5%のエポキシドが残留し深刻な細胞毒性を発揮する.視神経は生化学的に大脳白質と似た性質をもち,灰白質に比べて水分と蛋白質の含量が少なく,脂質に富むのが特徴であり,特に髄?に脂質が多く含まれるために,脂質と結合したトルエンが重篤な病変をきたす2).2.メチルアルコール中毒性視神経症メチルアルコールは消化管から吸収された後に肝臓でホルムアルデヒド,蟻酸に代謝される.この両者はともに強い神経毒性を有するが,特に蟻酸は細胞内ミトコンドリアの酸化的リン酸化を阻害し,低酸素による前述の代謝性アシドーシスをきたすとされる6).さて,急性期に死亡したメチルアルコール中毒性視神経症4例の組織病理所見6)では,篩状板後方で限局性の髄?の崩壊がみられ,軸索自体は保たれる.この選択的な髄?の崩壊は,遠位視神経の分水嶺領域での組織毒性の無酸素状態によってひき起こされると考えられている.また眼球の直近の視神経では脱髄に伴う順行性の軸はじめにシンナー(thinner)は単一の成分からなるのではなく,トルエン,ノルマルヘキサン,メチルアルコール,キシレンなど数種類の有機溶媒の混合された溶剤であり,塗料や接着剤の薄め液として使用されるためこの名で総称される1,2).その組成は目的やメーカーによっても異なる3).ときに経口的にも摂取されるが,通常吸入・吸引により経気道的に体内に入り,容易に脳血液関門を通過して中枢神経を障害する.眼科臨床的に問題となるのは,この中枢神経症状である酩酊状態や浮遊感あるいは多幸感を期待して摂取されるシンナー・ボンド類による慢性の中毒性視神経症である.シンナー中毒性視神経症の原因物質はおもにトルエンと考えられている1)が,後述する気相分析および眼底所見からメチルアルコールの関与が疑われる報告もみられる4,5).また,エチルアルコールと誤ってメチルアルコールを誤飲すると,半日から1日程度の無症候が続いた後,急激な代謝性アシドーシスにより頭痛,腹痛,呼吸困難,循環不全などの全身症状とともに急激で重篤な視力低下をきたす.これがメチルアルコールによる急性の中毒性視神経症である.本稿では,これら慢性と急性の2つの中毒性視神経症について最新の文献も交えて解説する.低濃度の有機溶媒の長期曝露の報告は欧米では比較的多くみられるが,わが国ではまれであり,これについての記述は最小限にとどめさせていただいた.(49)???*OsamuMimura:兵庫医科大学眼科学教室〔別刷請求先〕三村治:〒663-8501西宮市武庫川町1-1兵庫医科大学眼科学教室特集●眼科における薬剤副作用あたらしい眼科25(4):471~477,2008シンナー中毒性視神経症,メチルアルコール中毒性視神経症???????-????????????????????-????????????????????????三村治*———————————————————————-Page2???あたらしい眼科Vol.25,No.4,2008(50)れらの有機溶媒はメチルアルコールよりも視神経への毒性自体ははるかに小さいと考えられる.Eells12)およびEellsら13)はラットにメチルアルコールを投与し,36時間後に蟻酸血症,代謝性アシドーシス,視覚障害を発生させ,メチルアルコール中毒モデルを作製した.このラットではフラッシュ刺激の視覚誘発電位やERG(網膜電図)で振幅低下が確認され,病理学的にも網膜色素上皮,光受容器内節,視神経のミトコンドリアの崩壊と空胞化が証明された.このような実験モデルを用いてMuthuvelら14)はfor-matedehydrogenaseの急速静注療法がメチルアルコールの代謝産物である蟻酸の解毒に有効であるとしている.II疫学1.シンナー中毒わが国では,刑務所で受刑者が作業用のシンナーを吸引して酩酊状態になったことをきっかけに,1967年頃から青少年の間に「シンナー遊び」として流行しだした.1972年毒物および劇物取締法の改正により非合法化されたが,今なお青少年の間に根強く残る非行慣習である.シンナーは,依存性の薬物のなかでも最も入手が容易でかつ安価であることから,あまり金銭的に余裕のない青少年や繁華街に行くことのない地方の青少年でも中毒が蔓延したことによる.わが国で報告されたシンナー中毒性視神経症62例の発症年齢のまとめを図1に示した.最も若い者は14歳で発症しており,大部分が10索輸送の圧迫性障害により浮腫が生じる.また1例ではあるが,37歳の剖検例で篩状板直後の両側性の視神経中心の壊死がみられ,中枢側の視神経や視路にはまったく壊死がみられず,やはり血液供給の問題であるという報告7)もみられる.3.基礎実験Lundら8)はラットに低濃度ではあるが,2週間1日6時間20ppmのトルエン(4-????-butyltoluene)を反復吸入させたモデル動物を作製し,フラッシュ光刺激での誘発電位の振幅変化を検討し,吸入中止後約1カ月でも有意の変化を見出している.しかしLamら9)は4週間4-????-butyltolueneの0,20,40ppm濃度の1日6時間の吸引後のフラッシュ光刺激では有意の変化はなかったとしている.このように低濃度のトルエンでの視覚障害は実験的には必ずしも証明されたとはいえないが,Nylenら10)はラットに1,000ppmの高濃度のノルマルヘキサン,トルエンおよび両者の同時の吸引を1日21時間4週間行わせた.2日後,3カ月後,1年後に検討を行ったが,フラッシュ光誘発電位ではノルマルヘキサン吸入2日後に振幅の低下をみたのみで,トルエンとの同時投与やそれ以降には変化を認めていない.さらにNylenら11)は8週間1日21時間の1,000ppmのトルエンの吸引と飲料水として5.7~8.0%のエチルアルコール溶液の投与を組み合わせて行った.その結果,聴覚脳幹反応(ABR)はトルエン投与で有意の減弱を認めたもののフラッシュ光誘発電位では変化はみられなかった.こ12345671415161718192021年齢(歳)(例)2223242526272829~0図1わが国で報告されたシンナー中毒性視神経症62例の発症年齢吸引期間(年)(例)204681012<1123456789>10模———————————————————————-Page3———————————————————————-Page4———————————————————————-Page5———————————————————————-Page6???あたらしい眼科Vol.25,No.4,2008(54)10)NylenP,HagmanM,JohnsonAC:Functionoftheaudito-ryandvisualsystem,andofperipheralnerve,inratsafterlong-termcombinedexposureton-hexaneandmethylatedbenzenederivatives.I.Toluene.?????????????????74:116-123,199411)NylenP,HagmanM,JohnsonAC:Functionoftheaudito-rysystem,thevisualsystem,andperipheralnerveandlong-termcombinedexposuretotolueneandethanolinrats.?????????????????76:107-111,199512)EellsJT:Methanol-inducedvisualtoxicityintherat.????????????????????257:56-63,199113)EellsJT,HenryMM,LewandowskiMFetal:Develop-mentandcharacterizationofarodentmodelofmethanol-inducedretinalandopticnervetoxicity.????????????????21:321-330,200014)MuthuvelA,RajamaniR,SheeladeviR:Therapeuticresponsetosingleintravenousbolusadministrationoffor-matedehydrogenaseinmethanol-intoxicatedrats.????????????161:89-95,200615)HovdaKE,HunderiOH,TafjordABetal:Methanolout-breakinNorway2002-2004:epidermiology,clinicalfea-turesandprognosticsigns.????????????258:181-190,200516)PaasmaR,HovdaKE,Tikkerberietal:MethanolmasspoisoninginEstonia:outbreakin154patients.?????????????45:152-157,200717)赤木泰:シンナー中毒による視神経症の1例.眼紀51:508-511,200018)高槻玲子,小川憲治:Uhtho?現象を呈したシンナー中毒による視神経症の1例.臨眼40:547-551,198619)北村知子,菅澤淳:視力回復が良好であったシンナー中毒性視神経症の1例.眼臨90:1001-1003,199620)益田徹,木村徹,木村亘ほか:網膜有髄神経線維が消失したシンナー中毒視神経症.臨眼41:911-914,198721)児玉和宏,山内直人,松森基子ほか:シンナー依存症にみられた視力障害の1例.臨床精神医学16:757-763,198722)清川広恵,澤田惇,安達惠美子:シンナー中毒性視神経症10例の臨床症状.神経眼科13:32-36,199623)PoblanoA,LopeHuertaM,MartinezJMetal:Pattern-visualevokedpotentialsinthinner-abusers.????????????27:531-533,199624)KiyokawaM,MizotaA,TaksohMetal:Patternvisualevokedcorticalpotentialsinpatientswithtoxicopticneu-ropathycausedbytolueneabuse.????????????????43:438-444,199925)VrcaA,Bozicevic?D,Karacic?Vetal:Visualevokedpotentialsinindividualsexposedtolong-termlowconcen-trationsoftoluene.????????????69:337-340,199526)StelmachMZ,O?DayJ:Partlyreversiblevisualfailurewithmethanoltoxicity.????????????????????20:57-64,199227)HalavaaraJ,ValanneL,Set?l?K:Neuroimagingsupportstheclinicaldiagnosisofmethanolpoisoning.?????????????認)で,パルス療法とそれに引き続き体重kg当たり1mgのプレドニゾロン内服11日間投与を行い,全例で視機能の回復をみた報告41)があるが,これら視機能の改善をみた症例はむしろ例外的であるといえる.おわりに急性メチルアルコール中毒は,その特徴的な全身および眼所見からまず診断に迷うことはないため,本稿では特に日本人に多いシンナー中毒について重点的に記載した.シンナーは非合法的な手段で得られていることが多く,また患者本人も薬物使用を強く否定することが多いため,シンナー中毒の存在を常に念頭に置いておかなければ青少年の急性の視力障害を誤診する可能性がある.青少年の原因不明の視力障害をみたときには,尿中馬尿酸の測定を行うとともにもう一度丁寧な問診をシンナー使用に関して行うべきである.———————————————————————-Page7あたらしい眼科Vol.25,No.4,2008???(55)35)HsuHH,ChenCY,ChenFHetal:Opticatrophyandcerebralinfarctscausedbymethanolintoxication:MRI.??????????????39:192-194,199736)永沢光,和田学,小山信吾ほか:視神経病変をMRIにて描出できたメタノール中毒の1例.臨床神経45:527-530,200537)北惠詩穂里,神崎資子:視神経障害をきたしたシンナー中毒の1例.神経内科61:362-366,200438)小林賢,小沢信介,金本尚志ほか:ステロイドパルス療法が著効した亜急性シンナー中毒性視神経症の1例.眼臨98:484-487,200439)橋本恵子,細木敬三,松本浩子ほか:星状神経節ブロックを併用したシンナー中毒性視神経症の1例.眼臨85:2124-2128,199140)岡田幸,政岡則夫,橋本恵子ほか:シンナー中毒性視神経症における星状神経節ブロックの効果.眼紀43:1257-1262,199241)SodhiPK,GoyalJL,MehtaDK:Methanol-inducedopticneuropathy:treatmentwithintravenoushighdoseste-roids.????????????????55:599-602,2001??44:924-928,200228)松井寛,野田佐知子,早坂征次ほか:摂取後11日目に緑内障様視神経萎縮がみられたメチルアルコール中毒の1例.眼臨85:2129-2131,199129)FujiwaraM,KikuchiM,KurimotoY:Methanol-inducedretinaltoxicitypatientexaminedbyopticalcoherencetomography.????????????????50:239-241,200630)RosenbergNL,Klieinschmidt-DeMastersBK,DavisKAetal:Tolueneabusecausesdi?usecentralnervoussystemwhitematterchanges.??????????23:611-614,198831)藤田憲一,古賀良彦,武正建一ほか:画像診断で大脳,小脳および脳幹の萎縮を呈した慢性トルエン中毒の1例.臨床神経32:421-425,199232)水野谷恭子,宮崎泉,金井塚道節ほか:シンナー中毒による視力障害の1例.眼臨87:1023-1029,模