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網膜炎として発症した梅毒性ぶどう膜炎の1例

2008年6月30日 月曜日

———————————————————————-Page1(105)8550910-1810/08/\100/頁/JCLS《第41回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科25(6):855859,2008cはじめにペニシリンによる駆梅療法が確立し,梅毒性ぶどう膜炎を診療現場で治療する機会は少なくなっている.しかし,近年梅毒は再び増加傾向にあるとされ1,2),ぶどう膜炎の原因として周知する必要がある.一般に梅毒性ぶどう膜炎は梅毒第二期または第三期にみられ3,4),臨床症状は多彩で特徴的な所見に乏しいとされている57).しかし,後眼部病変としては脈絡網膜炎が一般的とされ,ごま塩眼底(pepper-and-saltfundus)は鎮静化した脈絡膜炎の所見としてよく知られている8).今回,脈絡膜炎ではなく,視神経炎/網膜血管炎で発症した梅毒性ぶどう膜炎の1症例を経験した.ヒト免疫不全ウイルス(HIV)の重複感染はなかったが,神経梅毒を合併し,通常の駆梅療法に抵抗したので以下に報告する.I症例患者:37歳,男性.主訴:左眼の視力低下および左眼窩深部痛.現病歴:2006年7月上旬より主訴を自覚し,同月21日に〔別刷請求先〕原ルミ子:〒675-8611加古川市米田町平津384-1加古川市民病院眼科Reprintrequests:RumikoHara,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KakogawaMunicipalHospital,384-1Hiratsu,Yoneda-cho,Kakogawa675-8611,JAPAN網膜炎として発症した梅毒性ぶどう膜炎の1例原ルミ子*1三輪映美子*1佐治直樹*2安積淳*3*1加古川市民病院眼科*2兵庫県立姫路循環器病センター神経内科*3神戸大学大学院医学系研究科外科系眼科学分野ACaseofRetinitisinaPatientwithSyphilisRumikoHara1),EmikoMiwa1),NaokiSaji2)andAtsushiAzumi3)1)DepartmentofOphthalmology,KakogawaMunicipalHospital,2)DepartmentofNeurology,HyogoBrainandHeartInstitute,3)DepartmentofSurgeryRelatedDivisionofOphthalmology,KobeUniversityGraduateSchoolofMedicine:梅毒性ぶどう膜炎の一般的臨床所見は脈絡網膜炎とされている.症例報告:37歳,男性.左眼視力低下と眼窩深部痛を自覚し近医を受診,精査加療目的にて加古川市民病院眼科へ紹介された.左眼眼底に視神経乳頭の発赤腫脹と黄斑浮腫を認め,黄斑耳側の血管は強く白鞘化し,網膜静脈分枝閉塞症様の網膜出血があった.梅毒血清反応が高値である以外に異常はなく,梅毒性ぶどう膜炎と診断した.髄液検査結果から神経梅毒の合併も確認された.従来のペニシリン内服治療では眼底所見の改善が得られず,神経梅毒の治療に準じたペニシリン大量点滴治療(ステロイド内服併用)で病勢の収束が得られた.結論:網膜病変の強い梅毒性ぶどう膜炎では,神経梅毒に準じてより強力な治療法を選択する必要があると思われた.Background:Chorioretinitisisacommonpresentationofacquiredsyphiliticuveitis.CaseReport:A37-year-oldmalevisitedanophthalmologistwithacomplaintofblurredvisionofthelefteyewithdeeporbitalpainandwasreferredtoKakogawaMunicipalHospitalforfurtherexaminationandtreatment.Onexamination,hislefteyehaddiscswellingwithhyperemiaandmacularedema.Perivascularexudateswereseenassociatedwithbranchretinalveinocclusion-likeretinalhemorrhageatthetemporalretina.Syphiliticuveitiswasdiagnosedbasedonthelackofanyspecicndingotherthanpositiveresultsofserologyforsyphilis.Thediagnosiswasnarrowedtoneu-rosyphiliswhenresultsofserologictestingofspinaluidwerepositiveforsyphilis.Uveitiswasnotcontrolledbytheusualantiluetictherapybutdisappearedafterhigh-doseintravenouspenicillinandoralcorticosteroidmedica-tion.Conclusions:Incasesofsyphiliticuveitisinwhichtheretinaandopticdiscaremainlyaected,high-dosetherapysuchashasprovenusefulforneurosyphilisshouldbeconsidered.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(6):855859,2008〕Keywords:梅毒,脈絡網膜炎,神経梅毒,ペニシリン大量点滴治療.syphilis,chorioretinitis,neurosyphilis,mas-sivedosetherapywithpenicillin.———————————————————————-Page2856あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008(106)がみられたが,網膜細静脈の淡い過蛍光は網膜全周性にみられた(図3).Goldmann動的量的視野(GP)検査では右眼に異常はなく,左眼では視神経病変および血管病変に一致した,Mariotte盲点から連続する水平性比較暗点が検出された(図4).限界フリッカー値(CFF)は右眼39Hz,左眼25Hzであった.全身検査所見:胸部X線では異常所見がなく,ツベルクリン反応は陰性で,そのほか血液,生化学検査でも異常はなかった.梅毒血清反応で脂質抗原試験(rapidplasmareagin:RPR)法32倍,ガラス板法8倍,血清トレポネーマ抗原試験(treponemapallidumhemagglutinationassay:TPHA)法が10,240倍と高値を示していた.HIV検査は陰性であった.経過:梅毒性ぶどう膜炎と診断し皮膚科を受診させたが,梅毒を疑わせる皮疹などはないとされた.2006年8月2日より5週間の予定で合成ペニシリンであるアモキシシリン近医を受診したところ,視神経乳頭の発赤腫脹を指摘された.精査加療目的にて同月24日,加古川市民病院眼科へ紹介され受診した.既往歴:右眼不同視弱視(未治療).初診時所見:視力は右眼0.06(0.1×sph+9.0D),左眼0.2(0.3×sph+0.75D),眼圧は右眼17mmHg,左眼15mmHgであった.前眼部所見では左眼の前房に中等度の炎症細胞と角膜後面沈着物がみられたが,前房蓄膿やフィブリン形成などはなく,中間透光体では軽度の炎症細胞浸潤を伴う硝子体混濁があった.左眼眼底には視神経乳頭の発赤腫脹と黄斑浮腫を認め,黄斑耳側の血管は強く白鞘化し,網膜静脈分枝閉塞症(BRVO)様の網膜出血があった(図1).右眼に異常はなかった.フルオレセイン蛍光眼底造影(FA)検査では右眼に異常はなかったが,左眼には造影初期から視神経乳頭からの強い蛍光漏出があり,徐々に増強した(図2).造影後期にかけて,黄斑耳側の白鞘化した網膜静脈からは強い蛍光漏出図1初診時の左眼眼底所見視神経乳頭の発赤腫脹と耳側静脈の白鞘化・網膜静脈分枝閉塞症様の出血を認める.図2初診時の左眼フルオレセイン蛍光眼底造影(FA)所見(造影初期)視神経乳頭からの強い蛍光漏出を認める.図3初診時の左眼FA所見(造影後期)白鞘化した網膜静脈からの強い蛍光漏出,網膜全体の網膜細静脈からの淡い過蛍光を認める.図4初診時の左眼Goldmann動的量的視野検査視神経および血管病変に一致した水平性比較暗点がみられた.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008857(107)II考按厚生労働省の「性感染症サーベイランス研究班」の報告書1)によると,19982000年にかけてわが国では年間4,0005,000例の新規梅毒患者が発生したと推定されている2).一般に免疫反応の確立にもかかわらず,感染が全身に拡大する第二期梅毒(感染後12週2年)の4.6%にぶどう膜炎を発症するとされている10)ので,眼科医は一定頻度で梅毒性ぶどう膜炎に遭遇すると思われる.本症例では高度な網膜血管の白鞘化とBRVO様の出血があり,はじめ結核性のぶどう膜炎が疑われた.しかし,ツベルクリン反応が陰性で,胸部X線でも結核を示唆する陰影はなかった.サルコイドーシスやBehcet病も鑑別にあげられたが,臨床経過や各種検査所見は厚生労働省の診断基準を満たさなかった.一方,血清学検査で梅毒反応は陽性であり,梅毒性ぶどう膜炎と診断し駆梅療法を開始した.しかし,通常の駆梅療法(アモキシシリン内服2週間)では臨床所見に変化がみられず,神経梅毒の治療(ペニシリン大量点滴治療(ステロイド内服併用))の開始後,病勢が急速に衰えた.髄液の血清学検査所見も改善し,最終的に神経梅毒を合併した梅毒性ぶどう膜炎と診断した.なお,神経梅毒とは梅毒トレポネーマ(Treponemapallidum:T.pallidum)が中枢神経に感染し,髄膜,血管,さらに脳脊髄の実質を障害する一連の病態の総称である.神経梅毒の診断基準は1.梅毒血清反応が陽性,2.髄液の炎症所見がある(細胞数および蛋白質の増加),3.髄液中の梅毒血清反応が陽性,4.神経症状があるもの,とされている11).本症例はこの神経梅毒の診断基準をすべて満たしていた.梅毒感染後未治療の場合はその約5%に神経梅毒を発症するといわれている12)が,実際には神経症状がなくとも30%に髄液の異常があるとされて(750mg/日)の経口投与を開始した.同月16日(治療開始2週目)の梅毒血清反応はRPR法2倍,TPHA法640倍と治療効果を認めたが,視力は左眼0.15(0.3)で,眼底所見の改善傾向がなかった.一方,神経梅毒の合併も疑い,同月17日に兵庫県立姫路循環器病センター神経内科を受診させた.神経学的検査では神経伝達速度に異常はなかったが,上下肢の振動覚が低下していた.髄液検査ではリンパ球主体の細胞数の増加と蛋白質の増加があり(表1),髄液中のTPHA2,560倍,uorescenttreponemaantibodyabsorp-tion(FTA-ABS)が80倍と高値であったため神経梅毒と診断され,CentersforDiseaseControlandPrevention(以下,CDC)の神経梅毒の治療ガイドライン9)に準じた治療が開始された.同月18日よりペニシリン大量点滴(注射用ベンジルペニシリンカリウム;2,400万単位/日)をプレドニゾロン内服(30mg/日)と併用して開始した.治療開始後網膜静脈の白鞘化が消失し,同時に髄液検査所見(表2)と神経学的検査所見も改善した.しかし,視神経乳頭上に新生血管が生じ,FA検査では耳側網膜の無灌流領域が出現したため網膜光凝固術を施行した.その後,黄斑部および上方網膜に増殖変化が起こり一部牽引性網膜離も出現した(図5).光干渉断層計(OCT)でも黄斑上の強い増殖変化と牽引による黄斑浮腫が確認された.FA検査では全体の炎症は消退していたが,強い増殖変化を生じていた.視力も左眼0.2(0.2)と改善がみられなかったため,11月30日に硝子体手術を施行した.現在までに視神経乳頭の発赤腫脹および静脈の拡張は消失した.GPでは初診時の比較暗点が消失し,CFFも左眼38Hzと改善した.左眼視力は(0.9)である.図5ペニシリン大量点滴治療後の左眼眼底所見黄斑上方網膜にかけての強い増殖変化と一部牽引性網膜離を認める.耳側網膜には網膜光凝固術が施行されている.表1ペニシリン大量点滴治療前の髄液検査所見(2006年8月17日)細胞数628/3↑リンパ球主体(基準値015個)糖41mg/dl(基準値5075mg/dl)蛋白質83.1mg/dl↑(基準値1041mg/dl)TPHA2,560倍↑(基準値10未満)FTA-ABS80倍↑(基準値1未満)リンパ球主体の細胞数の増加と蛋白質の増加を認める.TPHA:treponemapallidumhemagglutinationassay,FTA-ABS:uorescenttreponemaantibodyabsorption.表2ペニシリン大量点滴治療後の髄液検査所見(2006年9月21日)細胞数84/3(基準値015個)糖53mg/dl(基準値5075mg/dl)蛋白質44.6mg/dl(基準値1041mg/dl)TPHA80倍(基準値1.0未満)FTA-ABS5倍(基準値4.0以下)細胞数の軽度増加はあるが,治療前に比べ著明に減少している.また,蛋白質はほぼ正常域である.———————————————————————-Page4858あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008(108)浮腫をきたした場合にはステロイドが必要ではないかという報告2022)もある.実際にはステロイド併用なしで治癒した報告2325)も多い.今後,ステロイドの併用に関しても検討の余地がある.以上,神経梅毒を合併した梅毒性ぶどう膜炎の1例を報告した.一般の駆梅療法が奏効しない視神経炎/網膜血管炎が強い梅毒性ぶどう膜炎においては,神経梅毒の合併を常に念頭におき,治療にあたるべきである.文献1)熊本悦明,塚本泰司,利部輝男ほか:日本における性感染症(STD)流行の実態調査─2000年度のSTD・センチネル・サーベイランス報告─.性感染症学雑誌13:147-167,20022)橋戸円,岡部信彦:わが国における性感染症の現状.化学療法の領域21:1083-1089,20053)KanskiJJ:Uveitis.p34-39,Butterworths,London,19874)松尾俊彦:梅毒性ぶどう膜炎.臨眼57:191-195,20035)後藤浩:全身疾患と眼性感染症と眼.眼科45:335-342,20036)横井秀俊:硝子体・網膜病変の診かた(2)梅毒.眼科46:1527-1532,20047)鈴木重成:梅毒性ぶどう膜炎.眼科診療プラクティス47,感染性ぶどう膜炎の病因診断と治療(臼井正彦編),p14-18,文光堂,19998)Duke-ElderS,PerkinsES:Diseaseoftheuvealtract.SystemofOphthalmology,Ⅸ,p297-321,HenryKimpton,London,19669)CentersforDiseaseControlandPrevention:1998Guide-linesfortreatmentofsexuallytransmitteddiseases.MMWRMorbMortalWklyRep47(RR-1):1-118,199810)MooreJE:Syphiliticiritis.Astudyof249patients.AmJOphthalmol14:110-126,193111)松室健士,納光弘:炎症性疾患スピロヘータ感染症梅毒トレポネーマ.別冊領域別症候群シリーズ神経症候群Ⅰ.日本臨牀26:615-619,199912)VermaA,SolbrigMV:Syphilis,Bradley,NeurologyinClinicalPractice.p1496-1498,Butterworth,Philadelphia,200413)高津成美:真菌,スピロヘータ,原虫および寄生虫感染神経梅毒.ClinNeurosci23:801-803,200514)松村雅義,中西徳昌:HIV感染と合併した梅毒性ぶどう膜炎の2例.臨眼49:979-983,199515)TamesisRR,FosterCS:Ocularsyphilis.Ophthalmology97:1281-1287,199016)ChessonHW,HeelngerJD,VoigtRFetal:EstimatesofprimaryandsecondarysyphilisrateinpersonswithHIVintheUnitedStates,2002.SexTransmDis32:265-269,200517)占部冶邦:最近の性病の傾向と治療の進歩梅毒.臨床と研究70:408-412,199318)後藤晋:疾患別くすりの使い方梅毒性ぶどう膜炎.眼科診療プラクティス11,眼科治療薬ガイド(本田孔士編),p138-139,文光堂,1994いる13).梅毒性ぶどう膜炎はT.pallidumが血流を介して眼内組織に到達し,炎症が惹起された病態である.一般に臨床症状は虹彩毛様体炎や脈絡網膜炎など多彩で,特徴的な所見はないとされる57).しかし,梅毒が散見された時代の古典的成書によれば,梅毒性ぶどう膜炎の一般型は脈絡網膜炎であり,脈絡膜毛細血管板からの炎症細胞浸潤がBruch膜/網膜色素上皮を侵して進展する8)とされている.一方,本症例は視神経乳頭病変や高度に白鞘化した網膜静脈炎があり,FA検査では乳頭上新生血管や静脈壁の染色がみられた.視野ではMariotte盲点と連なる水平性半盲があり,最終的に血管新生を伴う増殖性変化から硝子体手術を要した.これらは,本症例の病巣の主座が視神経や網膜血管にあったことを示唆しており,上述した梅毒性ぶどう膜炎の一般的臨床所見と異なる.こうした臨床像は近年のHIV感染を伴う梅毒性ぶどう膜炎に類似例をみつけることができる14).HIV感染が早くから社会問題化した米国では,梅毒とHIVとの重複感染に警鐘がならされてきた15).HIV感染者では梅毒性ぶどう膜炎の頻度が非感染より有意に高いこと,神経梅毒を早期から発症しやすいこと16)がよく知られている.本症例でHIV感染は証明されなかったが,感染の比較的早い時期に神経梅毒を発症しており,こうした場合梅毒性ぶどう膜炎は視神経や網膜を主座とする病巣を形成しやすいのではないか,と思われた.一般に駆毒治療に関しては,感染後2年以内の早期梅毒では十分なペニシリンを少なくとも10日間投与すればT.pal-lidumが死滅し,梅毒は完治すると証明されている17).梅毒性ぶどう膜炎についても梅毒第二期以降に出現するため,治療は一般の駆梅療法第二期に準じて行うとされている18).しかし,神経梅毒ではより強力な治療が必要とされる.CDCの神経梅毒の治療ガイドライン9)によれば,水性ペニシリン静脈注射(以下,静注)(ペニシリンG1,800万2,400万単位/日)を1014日間施行することが推奨されている.これはPolnikornら19)が水性ペニシリン静注(ペニシリンG2,400万単位/日),および水性ペニシリン静注(ペニシリンG200万単位/日)とプロベネシド内服(2g/日)を施行した症例で,T.pallidumに殺菌的に作用する髄液ペニシリン濃度が検出されたとの報告などに則っている.本症例では通常の駆梅療法で十分な治療効果を得られず,神経梅毒の治療開始後に病勢の収束をみた.網膜や視神経は中枢神経系と連続性のある組織である.本症例のように脈絡網膜炎ではない,視神経炎/網膜血管炎とすべき梅毒性ぶどう膜炎には,神経梅毒に準じて初期からペニシリン大量点滴治療が選択されるべきである,と思われた.今後,症例を重ねて検証する必要がある.なお,副腎皮質ステロイド薬(以下,ステロイド)の併用に関しては統一した見解はなく,特に視神経症や胞様黄斑———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008859(109)どう膜炎(田野保雄編),p122-123,メジカルビュー社,199923)新井根一,滝昌弘,稲葉浩子:視神経網膜炎で発見された2期梅毒の1例.臨眼61:197-201,200724)中山亜紀,高橋康子,大島隆志ほか:梅毒性網脈絡膜炎の4例.眼紀43:991-997,199225)菅英毅,岩城陽一:梅毒性ぶどう膜炎の1例.臨眼49:1453-1455,199519)PolnikornN,WitoonpanichR,VorachitMetal:Penicillinconcentrationsincerebrospinaluidafterdierenttreat-mentregimensforsyphilis.BrJVenterDis56:363-367,198020)玉置泰裕:梅毒性視神経網脈絡膜炎の2例.臨眼45:113-117,199121)吉川啓司,馬場裕行,井上洋一ほか:梅毒性ぶどう膜炎の1例.眼紀40:2167-2174,198922)安藤一彦:梅毒.新図説臨床眼科講座第7巻,感染症とぶ***

ステロイドパルス療法を行った原田病患者の治療成績の検討

2008年6月30日 月曜日

———————————————————————-Page1(101)8510910-1810/08/\100/頁/JCLS《第41回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科25(6):851854,2008cはじめに原田病の視力予後はおおむね良好といわれているが,炎症の遷延化に伴い網膜変性を生じた場合や再燃をくり返す場合には視力低下をきたすこともあり,速やかな消炎が治療の目標となる.そのためには,発症早期に十分な副腎皮質ステロイド薬(以下,ステロイド)の全身投与が必要であるとされている1).ステロイド投与の方法としては,従来,内服あるいはステロイド大量点滴療法が行われていた.最近,発症早期に十分なステロイド投与が可能であることと,ステロイドの全身的な副作用は総投与量よりも投与期間に影響を受けやすいとされていることより,ステロイドパルス療法が用いられるよう〔別刷請求先〕島千春:〒530-0005大阪市北区中之島5-3-20住友病院眼科Reprintrequests:ChiharuShima,M.D.,DepartmentofOphthalmology,SumitomoHospital,5-3-20Nakanoshima,Kita-ku,Osaka530-0005,JAPANステロイドパルス療法を行った原田病患者の治療成績の検討島千春春田亘史西信良嗣大黒伸行田野保雄大阪大学大学院医学系研究科感覚器外科学(眼科学)講座SignicanceofCorticosteroidPulse-DoseTherapyinPatientswithVogt-Koyanagi-HaradaDiseaseChiharuShima,HiroshiHaruta,YoshitsuguSaishin,NobuyukiOhguroandYasuoTanoDepartmentofOphthalmologyandVisualScience,OsakaUniversityGraduateSchoolofMedicine目的:原田病では,発症早期の十分な副腎皮質ステロイド薬(ステロイド)投与がその消炎に必要とされている.ステロイドパルス療法を行った原田病患者について,発症から治療開始までの期間と臨床経過の相違について検討した.方法:ステロイドパルス療法を施行した初発の原田病患者で,6カ月以上経過観察できた21例42眼を対象とした.視力予後,再発・遷延の頻度,発症から治療開始までの期間と治療開始から寛解までの期間,ステロイド内服の期間と総投与量,晩期続発症の発生頻度について検討した.結果:39眼(92.9%)で最終視力が1.0以上であった.再発・遷延例は5例で,非遷延例に比べ有意に発症から治療開始までの期間が長かった.発症から治療開始までの期間と治療開始から寛解までの期間に有意な相関関係を認めた(r=0.655,Pearsontest).Dalen-Fuchs斑,脱毛および白髪,皮膚白斑は再発・遷延例で有意に多くみられた.結論:発症から治療開始までの期間が短いほど,速やかな消炎が可能であったことから,早期治療が重要であると考えられる.Purpose:WeretrospectivelyanalyzedtherelationshipbetweentheperiodofinitiationoftreatmentafteronsetandtheclinicalcourseofVogt-Koyanagi-Harada(VKH)disease.Methods:Forty-twoeyesof21patientstreatedwithpulse-dosecorticosteroidtherapywerefollowedfor6monthsorlongerafterinitiationoftherapy.Finalvisualacuity,recurrenceorprolongationofinammation,periodoftimefromonsetofVKHtoinitiationoftreatmentandfromtreatmentinitiationtoremission,thetotaldaysofsystemicallyadministeredcorticosteroid,andocularcomplicationswererecorded.Results:Thirty-nineeyesattainedanalvisualacuityof20/20.Recurrenceorprolongedinammationoccurredin5cases.Inthese5cases,theperiodbetweenonsetandinitiationoftreat-mentwaslongerthanforcaseswithoutprolongation.TherewasastatisticallysignicantcorrelationbetweentheperiodoftimefrominitiationonsetofVKHtooftreatmentandtheperiodoftimefrominitiationoftreatmenttoremission(r=0.655,Pearsontest).Conclusions:EarlyuseofsystemiccorticosteroidtherapyincasesofVKHdis-easemayshortenthedurationofinammation.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(6):851854,2008〕Keywords:原田病,ステロイドパルス療法,再発,合併症.Vogt-Koyanagi-Haradadisease,steroidpulsethera-py,recurrence,complication.———————————————————————-Page2852あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008(102)4.統計Mann-Whitneyranksumtestを用い,p<0.05を統計学的に有意であるとした.II結果今回の症例を2001年,国際原田病診断基準2)に基づいて分類すると,完全型8眼,不全型(疑い例を含む)34眼であった.また,主病変の存在部位で大別すると,後極部離型が38眼,乳頭周囲浮腫型が3眼,前眼部病変型が1眼と90.5%の症例が後極部離型であった.まず視力の推移であるが,平均視力は初診時0.66であったが,1カ月後,3カ月後,6カ月後の平均視力はそれぞれ1.0,1.2,1.2といずれも1.0を超えていた.最終視力が1.0以上であったものは42眼中39眼(92.9%)であった.再発例,遷延例の頻度を表1に示した.21例中,再発例は1例,一度消炎が得られたにもかかわらず再燃し,その結果1年以上消炎できなかった再発かつ遷延例が4例であった.また,前駆期にみられた症状の発生頻度を再発・遷延例とそれ以外で比較検討したものを表2に示した.前駆期の症状は再発・遷延例と非再発・遷延例の間で有意差がなかった.しかしながら,発症から治療開始までの期間は遷延例で60±48日であったのに対し,非遷延例では11±8日と有意に非遷延例のほうが短かった(p=0.014,Mann-Whitneyranksumtest).三村らの報告1)に基づき,治療開始までが10日以内の群と11日以上の群でも検討したが,治療開始までが10日以内の群では再発・遷延例が2例,非再発・遷延例が8例,11日以上の群では再発・遷延例が3例,非再発・遷延例が8例であり,有意差がなかった.再発例,遷延例を除いた症例,すなわち一連の治療で治癒に至った経過良好群において寛解に至るまでの期間は9138日であり,平均43日であった.それら経過良好群においても,発症から治療開始までの期間と治療開始から寛解まになってきた.今回筆者らは,原田病に対するステロイドパルス療法の長期的効果について検討したので報告する.I対象および方法1.対象19932005年に大阪大学医学部附属病院を未治療で受診し,6カ月以上の経過観察が可能であった初発の原田病21例42眼を対象とした.男性10例,女性11例であった.年齢は2358歳(平均年齢39歳)であった.観察期間は694カ月(平均34カ月)であった.2.治療プラン初診時当日あるいは翌日から3日間連続してメチルプレドニゾロン500mgあるいは1gを3日間連続投与した(ステロイドパルス療法).ステロイドパルスの1回のステロイド投与量は500mgの症例が4例,1gの症例が17例であった.ステロイド投与量は患者の体重により決定した.すなわち,体重が50kg以上では1gを投与し,50kg未満では500mgを選択した.ステロイドパルス終了の翌日よりプレドニゾロン換算40mgから内服を開始し,内服開始約1週間後に蛍光眼底造影検査で漏出点の消失を確認した後に減量を開始し,炎症の程度を見きわめながら24週間で510mgの減量を行った.3.検討事項視力の推移,再発・遷延例の頻度,発症から治療開始までの期間,再発・遷延例を除いた症例における発症から治療開始までの期間と寛解までの期間,ステロイド内服期間と総投与量,晩期続発症の種類と頻度についてレトロスペクティブに検討した.今回用いた視力は,小数視力の数値をlogMAR視力に換算した後に平均値を求め,再び小数視力に戻したものである.なお,再発例とは経過中に一度消炎が得られたにもかかわらず,再度炎症が出現した症例とし,遷延例とは消炎のために1年以上のステロイドの投与が必要であった症例とした.寛解とは,検眼鏡的に前房内細胞,硝子体内細胞,漿液性網膜離が消失した時点とした.表1再発例,遷延例の頻度例(%)再発例1(4.8)遷延例0再発かつ遷延例4(19.0)非再発・遷延例16(76.2)表2前駆症状の内訳例再発・遷延例非再発・遷延例p値耳鳴251.000頭痛281.000治療開始から寛解まで(日)16014012010080604020005101520発症から治療開始まで(日)253035図1発症からステロイドパルス治療開始までの日数と治療開始から寛解までの日数———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008853(103)併発白内障,続発緑内障を誘発しやすく視力予後不良の原因となる.三村ら1)は,遷延例への移行防止のためには発病後10日以内のコルチコステロイド療法の開始,および発病後1カ月以内のコルチコステロイドの総投与量がプレドニゾロン換算で600mg以上であることが統計学的に有意であると報告している.今回行ったステロイドパルス療法は,最初の3日間で1,500mgあるいは3,000mgのステロイド投与が可能であり,前述の600mgという条件を十分満たすものである.筆者らは以前,ステロイドパルス療法が原田病における漿液性網膜離を早期に消失させる効果があることを報告した4).今回の検討では長期経過をみたが,過去に報告されている大量点滴療法と比較して,再発・遷延例の発生頻度,最終視力予後に差はみられなかった5).なお,大量点滴療法はステロイドパルス療法に比べて肝機能障害や耐糖能障害など全身副作用がやや多い傾向にあるとの報告がある6).今回のステロイドパルス療法の経過中には,全身副作用を呈した症例はなかった.このことより,長期予後は変わらないが,副作用の面からはステロイドパルス療法は大量点滴療法より優れていると思われる.今回検討した症例(21例42眼)はほぼ同じプロトコールで加療されている.また,ステロイドパルス1g投与例と500mg投与例,および完全型と不全型でステロイド投与期間,総投与量に差がなかったので,この二つの因子については今回の検討に大きな影響を及ぼさないと考えた.それを踏まえて,再発・遷延例では発症からステロイド投与までの期間が有意に長かったこと,また,再発・遷延例を除いた経過での期間との間には,図1に示すとおり相関関係を認めた(p<0.01).一方,ステロイド内服期間,内服量と,1.完全型と不完全型,2.ステロイドパルス療法1回のステロイド投与量500mgと1gの2項目について比較した結果を表3,4に示した.この比較ではいずれも有意差を認めなかった.晩期続発症についての検討では,夕焼け状眼底が9例18眼(42.9%)に,Dalen-Fuchs斑が4例7眼(16.7%)に,皮膚白斑は2例(9.5%),脱毛および白髪は3例(14.3%)にみられた.経過中に白内障の進行を認めたものは2例4眼(9.5%),眼圧上昇を認めたものは4例8眼(19.0%)であった.脈絡膜新生血管,視神経萎縮を呈した症例はなかった.これらの発生頻度を再発,遷延例とそれ以外に分けて比較して検討したところ,Dalen-Fuchs斑,皮膚白斑,脱毛および白髪は再発,遷延例において有意に多かった(表5).三村らの報告1)に基づき,治療開始までが10日以内の群と11日以上の群でも検討したが,この検討においては有意差がみられた項目はなかった(表6).III考按原田病は基本的には増悪と寛解という時間経過をとる,自己制限的な疾患であると考えられている3).多くの場合,前駆期,眼病期,回復期という三つの病期がみられる.前駆期症状として,耳鳴,頭痛などの髄膜刺激症状が出現した後に,あるいはこれらの症状がおさまった後に,両眼性に眼症状が出現する.その後,治療を開始すると回復基調となることが一般的である.しかしながら,ときにこれに反して,6カ月を超えて内眼炎症が持続する症例を経験することがあり,「遷延型」とよばれている.炎症の遷延は虹彩後癒着や表3ステロイド内服期間・量と病型型型ステロイド内服期間日±148204±800.513ステロイド内服量(mg:プレドニゾロン換算)3,070±852,760±1,0500.696表4ステロイド内服期間・量とステロイドパルス1回投与量ステロイドパルス回投与ステロイド内服期間日±112214±800.744ステロイド内服量(mg:プレドニゾロン換算)2,355±6802,940±1,0550.323表5晩期続発症の内訳再発・遷延例例眼再発・遷延例例眼状眼眼眼眼眼眼眼内の行眼眼眼眼眼眼眼および例例例例表6晩期続発症と治療開始までの日数治療開始までの日数日内例眼日例眼状眼眼眼眼眼眼眼内の行眼眼眼眼眼眼眼および例例例例———————————————————————-Page4854あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008(104)的背景をそろえた集団内での検討が必要であるが,今回の検討から少なくともステロイドパルス療法を施行する場合においても,早期治療が重要であることが確認された.今後,個々の症例の重症度,年齢,病型などに応じ適切なステロイド投与方法,および投与量を検討していく必要がある.文献1)三村康男,浅井香,湯浅武之助ほか:原田病の診断と治療.眼紀35:1900-1909,19842)ReadRW,HollandGW,RaoNAetal:ReviseddiagnosticcriteriaforVogt-Koyanagi-Haradadisease:ReportofanInternationalCommitteeonNomenclature.AmJOphthal-mol131:647-652,20013)安積淳:Vogt─小柳─原田病(症候群)の診断と治療.1.病態:定型例と非定型例.眼科47:929-936,20054)YamanakaE,OhguroN,YamamotoSetal:EvaluationofpulsecorticosteroidtherapyforVogt-Koyanagi-Haradadiseaseassessedbyopticalcoherencetomography.AmJOphthalmol134:454-456,20025)北明大洲,寺山亜希子,南場研一ほか:Vogt─小柳─原田病新鮮例に対するステロイド大量療法とパルス療法の比較.臨眼58:369-372,20046)岩永洋一,望月學:Vogt─小柳─原田病の薬物療法.眼科47:943-948,20057)瀬尾晶子,岡島修,平戸孝明ほか:良好な経過をたどった原田病患者の視機能の検討─特に夕焼け状眼底との関連.臨眼41:933-937,19878)KeinoH,GotoH,MoriHetal:AssociationbetweenseverityofinammationinCNSanddevelopmentofsun-setglowfundusinVogt-Koyanagi-Haradadisease.AmJOphthalmol141:1140-1142,20069)ReadRW,YuF,AccorintiMetal:Evaluationoftheeectonoutcomesoftherouteofadministrationofcorti-costeroidsinacuteVogt-Koyanagi-Haradadisease.AmJOphthalmol142:119-124,200610)山本倬司,佐々木隆敏:原田病におけるステロイド剤の全身投与を行わなかった症例の長期予後.眼臨84:1503-1506,1990良好群でも,発症からステロイド投与までの期間と検眼鏡的な寛解までの期間が有意に相関していたという結果は,やはり早期治療による速やかな消炎が本疾患の治療戦略として重要であることを示している.晩期続発症については,過去の報告4)では夕焼け状眼底は大量投与群で54.5%,ステロイドパルス療法群では16.7%とステロイドパルス群のほうが有意に少ないとされているが,今回の検討では42.9%と過去の報告に比べて多くみられた.このことの理由は不明であるが,今回の結果からはステロイドパルス療法が夕焼け状眼底の予防に有効という結論は導き出せなかった.夕焼け状眼底では色覚やコントラスト感度の異常がみられたとの報告もあり7),発生を少なくするべく原因の解明が課題である.また,晩期続発症のうち,脱色素,すなわちメラニン組織に対する自己免疫反応が強く生じた結果起こると考えられるDalen-Fuchs斑,脱毛および白髪,皮膚白斑が再発・遷延例で多くみられたことは,発症早期の免疫反応の抑制が十分でないとメラノサイトが破壊されるとともに不可逆的な変化をもたらすことを示していると考えられた.最近,Keinoら8)により髄液検査での細胞数の増加と夕焼け状眼底発現との間に相関関係があるとの報告が出されており,髄液検査が晩期続発症進展の予想に有用である可能性がある.今回の症例では,髄液検査を全例で施行していないため,この点については確認できなかったが,今後の検討課題としたい.最近の多施設共同研究では,ステロイド内服治療と点滴治療で視力予後や晩期続発症に差がないということが報告されている9).欧米では一般的に原田病に対するステロイド点滴投与はあまりなされていない.また,軽症例ではステロイドの眼局所投与とステロイドの少量内服で十分消炎が可能であるといわれており,実際ステロイドの全身投与を施行せずに長期間経過を観察しても視力予後が悪くないことを山本ら10)は報告している.ステロイドの投与経路については今後遺伝***

磁気治療器の家兎眼窩内網膜中心動脈の血流動態への効果

2008年6月30日 月曜日

———————————————————————-Page1(97)8470910-1810/08/\100/頁/JCLS《第41回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科25(6):847850,2008cはじめに家庭用永久磁石磁気治療器は,薬事法(昭和36年)の規定に基づき,厚生労働省で認可されている一般家庭での磁気治療に使用する機器である.装着部位のこり44および血行の改善を使用目的,効能または効果とする.磁気は神経細胞に働き,抗うつ効果や抗ストレス効果を与え,靱帯や筋肉その他の細胞に働き,血行の促進,疲労回復に有効とされるが,血流動態に関する詳細な報告はみられていない.今回は,磁気治療器による眼循環効果を解明するため,家兎網膜中心動脈(CRA)の血流速度を超音波パルスドプラ法で測定した.I実験対象および方法対象は雌SPFDutch種家兎12匹〔体重2.16±0.80kg(平〔別刷請求先〕山田利津子:〒216-8511川崎市宮前区菅生2-16-1聖マリアンナ医科大学眼科学講座Reprintrequests:RitsukoYamada,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,St.MariannaUniversitySchoolofMedicine,2-16-1Sugao,Miyamae-ku,Kawasaki-shi,Kanagawa-ken216-8511,JAPAN磁気治療器の家兎眼窩内網膜中心動脈の血流動態への効果山田利津子*1上野聰樹*1山田誠一*2辻本文雄*3*1聖マリアンナ医科大学眼科学講座*2東京医科歯科大学国際環境寄生虫病学講座*3聖マリアンナ医科大学臨床検査医学講座EfectsofMagneticTherapyonBloodFlowKineticsinOrbitalCentralRetinalArteryRitsukoYamada1),SatokiUeno1),Sei-ichiYamada2)andFumioTsujimoto3)1)DepartmentofOphthalmology,St.MariannaUniversitySchoolofMedicine,2)SectionofEnvironmentalParasitology,GraduateSchool,TokyoMedicalandDentalUniversitySchoolofMedicine,3)DepartmentofLaboratoryMedicine,St.MariannaUniversitySchoolofMedicine目的:磁気治療器装着後の眼循環動態を解明するため,家兎網膜中心動脈(CRA)の血流速度を超音波パルスドプラ法で評価した.方法:雌Dutch種家兎12匹(体重2.16±0.80kg)の頸部にペット用磁気ネックレスを装着し,装着後15分,1,2,3,4時間後,超音波パルスドプラ法を用いて,眼窩内CRAの血流速度を測定した.結果:磁気ネックレス装着後,正常家兎心拍数は1,2時間後に有意に上昇した.磁気ネックレス装着後,CRAの平均流速(Vmean)は2,3,4時間後に有意な上昇を示し,resistanceindex(RI)は1時間後に有意な低下を示した.心拍数変動率は14時間後まで有意に高値を示し,Vmeanの変動率は,2,4時間後に有意な上昇を示し,RI変動率は1時間後に有意な低下を示した.結論:磁気治療器の装着により,末梢循環抵抗の低下と血流速度の上昇にみられる血流量の増加が観察される可能性が示唆された.Afterplacingamagneticnecklaceonrabbits,bloodowvelocitiesincentralretinalarteriesweremeasuredbythepulsedDopplermethodandevaluatedtoelucidatethehomodynamics.Themagneticnecklaceforpetswasplacedaroundthenecksof12femaleDutchrabbits(bodyweight:2.16±0.80kg).BloodowvelocitiesintheorbitalcentralretinalarteriesweremeasuredbythepulsedDopplermethodat15minutes,1,2,3and4hoursafternecklaceplacement.Theheartrateintherabbitswassignicantlyincreasedat1and2hoursafterplace-mentofthenecklace.Themeanbloodowvelocitiesweresignicantlyincreasedat2,3and4hours,andresis-tanceindices(RI)weresignicantlydecreasedat1hour.Heartrateregulationwassignicantlyincreasedfrom1to4hoursafterplacement,asweremeanbloodvelocitiesregulationat2and4hours;andRIregulationweresig-nicantlydecreasedat1hour.Itissuggestedthatbloodowvolumeofthecentralretinalarteriesmaybeincreased,atleastwhilethemagneticnecklaceisinplace.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)25(6):847850,2008〕Keywords:永久磁石,磁気治療,パルスドプラ法,網膜中心動脈,流速変動率.permanentmagnet,magnettherapy,pulsedDopplermethods,centralretinalartery,bloodowvelocityregulation.———————————————————————-Page2848あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008(98)13:00において有意な変動を示さなかった(図1).b.心拍数心拍数は前値247.1±1.9(以下,平均値±標準誤差)回/分で,1時間後270.8±5.4回/分,2時間後265.1±2.3回/分と有意な(各々p<0.05,p<0.005)上昇を示した.c.血流速度CRAの平均流速は2,3,4時間後,有意な(各々p<0.0001,p<0.05,p<0.0001)上昇を示した.CRAのRIは1時間後,有意な(p<0.01)下降を示した(図2).2.変動率日内変動を考慮して算出した基準値からの変動率を算出したところ,以下の結果が得られた.a.心拍数心拍数の変動率は1,2,3と4時間後に有意な(各々p<0.0001,p<0.005,p<0.01,p<0.01)上昇を示した(図3).均値±標準偏差:以下同様)〕であり,日内変動測定の対象は20匹(体重2.20±0.50kg)を用いた.動物愛護の立場から適切な実験計画を立て,全実験期間を通じて飼養および保管に配慮した.日内変動の測定は測定を行う予定の10:00,11:00,12:00,13:00に実施した.治療開始前値は7日前の対象の測定値を用いた.磁気治療器はネオジウムを磁性体とするペット用磁気ネックレス〔表面磁束密度:2,000ガウス(G)(200ミリテスラ(mT)〕で,家兎頸部に装着し,頭部を露出した状態で,木製固定器に固定した.装着後15分,1,2,3,4時間に,超音波パルスドプラ法を用いて,眼窩内CRAの血流速度を測定した.血流速度は超音波診断装置SSA-260(東芝:東京),探触子中心周波数7.5MHzを用いて測定した1,2).CRAの血流は視神経乳頭の約3mm後方のカラードプラ信号をとらえ3),fastFouriertransformed(FFT)波形の分析を行った.心拍数,平均流速(Vmean),resistanceindex(RI)について検討した.両眼の測定を行い,平均値を測定値とした.血流速度の日内変動を考慮し,測定時刻ごとに基準値を算出した.基準値は,各時刻における20匹の平均値とした.治療開始後の各時刻における測定値(x)の,各時刻の基準値(x0)からの変動率(dx)を下記のように算出し,治療開始前値と比較した4).dx=100(xx0)/x0平均値の差の検定はKruskal-Wallis検定ならびにMann-WhitneyのU検定で行った.II結果1.測定値a.日内変動CRAのVmeanならびにRIは10:00,11:00,12:00,97510:0011:00時間12:0013:0010:0011:00時間12:0013:00Vmean(cm/sec)0.60.550.5RI図1網膜中心動脈の流速の日内変動Bar:SE.975前15min1hr2hr3hr4hr時間前15min1hr2hr3hr4hr時間***********Vmean(cm/sec)0.60.4RI図2磁気治療器装着後の網膜中心動脈の流速の変動Bar:SE,****p<0.0001,**p<0.01,*p<0.05.-5051015前15min1hr2hr3hr4hr時間***********dHR(%)図3磁気治療器装着後の心拍数変動率の変動Bar:SE,****p<0.0001,***p<0.0005,**p<0.01.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008849(99)い.今回,磁気ネックレスを装着させた家兎を用いて検討した結果,網膜中心動脈の血流速度は上昇し,末梢循環抵抗指数は下降した.このことから,網膜中心動脈の血流量は増加している可能性が示唆された.変動率の算出から平均流速の上昇は,2時間で23.7%,4時間で28.0%であった.磁気治療器の作用機序は十分な解明はなされておらず,統一見解は得られていないものの,コリンエステラーゼ産生の抑制による自律神経系の活性化,ヘモグロビンの酸素放出の促進9,10)などが報告されている.本研究では心拍数は1時間後から有意な増加(変動率で約10%の増加)がみられ,交感神経系の亢進していることが示される.網膜中心動脈レベルの動脈では1時間目にはRIの低下にみられる血流量の増加が,その後2,3,4時間目には平均流速の増加による血流量の増加がみられる可能性が示唆された.マグネタイド微粒子による癌治療の開発とともに帯磁性治療器の各種医療分野への応用が期待される昨今となっている.永久磁石は治療器としての歴史が長いにもかかわらず,この効能を疑う報告11)がなされたりもし,治療器が店頭販売されることもなく,民間のものとして埋もれている感がある.しかし,今回の測定では,眼血流に関しては眼血流量の増加が期待される結果であった.磁気治療器の作用機序を解明するための一つの手がかりになったことが示唆される.文献1)YamadaR,YamadaS:Dopplerassessmentofocularcir-culationintheeyesofrabbits.JMedUltrasonics25:29-37,19982)YamadaR,KudoM,UenoSetal:Analysisofhemody-namicsinocularBehcet’sdiseasebytheDopplermethods.JMedUltrasonics24:953-957,19973)RuskelGL:Bloodvesselsoftheorbitandglobe.In:PrinceJH(ed):TheRabbitinEyeResearch,p514-553,CharlesCThomas,Springeld,19644)山田利津子,上野聰樹,山田誠一:カリジノゲナーゼ内服後の家兎眼窩内網膜中心動脈と短後毛様動脈の血流速度の2時間後で10.8%の上昇であった.b.平均流速平均流速の変動率は2,4時間後,有意な(各々p<0.01,p<0.0005)上昇を示した(図4).4時間後で28.0%の上昇であった.c.RIRIの変動率は1時間後,有意な(p<0.05)下降を示した(図5).1時間後で14.7%の下降であった.III考按磁気治療に使用される磁場には永久磁石によるものと,交流磁場治療器があり,永久磁石では表面磁束密度は2,000ガウス(200ミリテスラ)までと規定されている.永久磁石にはフェライト,コバルト,ネオマックス,ネオジウムなどがあり,また,希土類磁性材料であるサマリウム(Sm),ネオジウム(Nd)を表面処理することにより,多種の金属製磁石が作製されている.今回はネオジウム磁石を用いたが,磁石の種類による効能の違いについての報告はみられていない.磁気の医療への応用としては,癌の新しい治療法として,マグネタイト微粒子を発熱体とする温熱療法が研究されている.マグネタイト微粒子をカチオン製のリン脂質で被覆したマグネタイトカテオニックリボソーム(MCL)を作製し,癌細胞に対する特異的な抗体をマグネットリボソームに結合させた素材(AML)が開発された.これらの素材は交番磁界を照射すると腫瘍組織のみを選択的に加温できるため,非常に高い治療効果が得られる.このような磁性微粒子を用いた癌温熱療法が成果をあげ,治療の新たな展開として注目されてきた5,6).生体には磁性が観測され,生体磁石はマグネタイトを脂肪酸が覆う構造である.ヒトの脳にも鼻孔後側上方,脳下垂体前方,松果体や脳表面の細胞に生体磁石が存在する.このことから,磁場をうつ病,てんかん,Alzheimer病などの治療に用いる試みがなされ,有効とされている7,8).このような動きのなかで,磁場の眼球に対する影響は十分知られていな-100102030前15min1hr2hr3hr4hr時間*****dCRAVmean(%)図4磁気治療器装着後のVmean変動率の変動Bar:SE,***p<0.0005,**p<0.01.-25-5-155前15min1hr2hr3hr4hr時間*dCRARI(%)図5磁気治療器装着後のRI変動率の変動Bar:SE,*p<0.05.———————————————————————-Page4850あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008(100)trolledtrialandeconomicanalysis.HealthTechnolAssess11:1-54,20078)AndersonIM,DelvaiNA,AshimBetal:Adjunctivefastrepetitivetranscranialmagneticstimulationindepression.BrJPsychiatry190:533-534,20079)KawakuboT,YamauchiK,KobayashiTetal:Eectofmagneticeldonmetabolicactionintheperipheraltissue.JpnJApplPhys38:L1201-L1203,199910)KawakuboT,OkadaO,MinamiT:MoleculardynamicsstimulationsofevolvedcollectivemotionsofatomsinthemyosinmotordomainuponperturbationoftheATPasepocket.BiophysChem115:77-85,200511)RameyDW:Magneticandelectromagnetictherapy.ScienticReviewofAlternativeMedicine2:13-19,1998変動.臨眼61:561-564,20075)LeB,ShinkaiM,KitadeTetal:Preparationoftumorspecicmagnetoliposomersandtheirapplicationforhyperthermia.JournalofChemicalEngineeringofJapan34:66-72,20016)MatsuoH,IwaiT,MitsudoKetal:Interstitialhyper-thermiausingmagnetitecationicliposomesinhibittotumorgrowthofVX-7transplantedtumorinrabbittongue.JapaneseJournalofHyperthermicOncology17:141-149,20017)McLoughlinDM,MoggA,ErantiSetal:Theclinicaleectivenessandcostofrepetitivetranscranialmagneticstimulationversuselectroconvulsivetherapyinseveredepression:amulticentrepragmaticrandomizedcon-***

眼科医にすすめる100冊の本-6月の推薦図書-

2008年6月30日 月曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008837(87)0910-1810/08/\100/頁/JCLSこの本は50万部を超えるベストセラーになった.著者は100キロを超える肥満であった岡田さん.ところが奮起して“記録ダイエット”をすることだけで1年で50キロもやせたという嘘のような話である.しかし表紙の帯の写真がその事実を語っており,“おっ,これは何かあるな”と思わず手にしてみたくなった.軽い気持ちで読み始めたらあっという間に引き込まれて,気づいたら読み終えていた.最近はメタボリックシンドロームがさまざまな病気の根源にあると考えられるようになってきた.眼科でも糖尿病網膜症や静脈分枝閉塞症をはじめとして多数の眼科疾患に関連することがわかっている.眼科医にとってもメタボリックシンドロームは身近な問題である.そこで今回,僕のお勧めの一冊として紹介したい.最初の数十ページにわたって書かれているのは“なぜデブ(著者の表現に添っています)が損なのか”という話に尽きる.それは“デブの社会的意義”にまで踏み込んだ素晴らしい理論として展開されている.その中でも興味を引くのが“ファーストラベル”という概念.人にはそれぞれファーストラベルがあって,かっこいい人,かわいい人,センスのいい人,男らしい人,優しい人など,いろいろあるが,太っている人は社会からとりあえず“あの人はデブだから”というファーストラベルですべて論じられてしまう.ここから抜け出さないと,たくさん損をするというお話.そして,ダイエットや運動をしてやせるというローリスク・ハイリターンな“投資”がいかに価値があり理論的に正しいかと詳細に論じている.自分の生存確率を上げるためには,年収を増やす,良いセンスの洋服を着る,語学を身につける,良いポジションにつくなどたくさんあるが,一番効率的なのが“やせる”という行為だという.最終的には読者に「さあ,あなたもやせられますよ」と“記録ダイエット”を提唱するわけだが,何より“やせよう”というモチベーションがなければせっかくの方法論も使えない.このあたりは最近話題の勝間和代さんによる『お金は銀行に預けるな』にも似ている展開といえるだろう.勝間さんの本でも,まず最初に「金融リテラシーを持たないと大変なことになってしまう」という提言が本の半分以上にわたって理論的に解説されている.後半を読みすすむ時には読者の金融活動への意欲は満々になっているという構成だ.本書も同じように後半を読み始めるころには「デブっていたらまずい.何としてもやせるぞ」という気持ちにさせて,本気でダイエットをやる気にさせてくれる.さて,本書のメインテーマである記録ダイエットとは何か?これは単に毎日,毎日,食べた量を自分で記録していくというとっても簡単な方法なのだ.最初はやせようとか,デブはまずいとか思わずに単に記録していけばいいという.岡田理論によればデブでいることは大変なことであり,デブを維持するための秘密の食生活パターンを各人はもっており,それをこの記録ダイエットによって明らかにしていくのが第一ステップだという.岡田さんの経験でも記録をつけ始めて,“こんなに俺は食べていたのか”“こんなにデブを維持するための努力を続けていたのか?”と驚いたという.この段階を過ぎれば,次には目標を定めて介入することになる.満足度の低いものは食べない,夜寝る前は食べないなど,自分でやれるところからやる.そして記録する.岡田さんによればこれだけで確実にやせられるという.幸い僕はBMI(体重指数)が22で太っていないのだが,記録ダイエットはアルコールダイエットにもとても有効な方法だったので伝えておきたい.最近になって僕■6月の推薦図書■いつまでもデブと思うなよ岡田斗司夫著(新潮新書,新潮社)シリー82◆坪田一男慶應義塾大学医学部眼科———————————————————————-Page2838あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008はガンマGTPが急激に上がり,肝臓専門の先生から“坪田先生,シャンパンの飲みすぎですよ!”と言われていたのだが,つい夜になるとシャンパン,ワインと飲みすぎてしまっていたのだった.そこで,いったい自分は1カ月にどのくらいの量のアルコールを飲んでいるのか記録することにしてみた.シャンパン1杯,ワイン1杯,ビール1本(350cc)はアルコール10gを含むと仮定して毎日記録をつけてみた.すると2008年1月は1,350g,2月は1,360gとなり,平均1日45g,ワインでいうと4,5杯飲んでいることがわかった.だいたいワイン1本で8杯だから毎日ワインをボトルで半分飲んでいる計算である.それも1日も休む日がないこともわかった.これでも記録するぞというプレッシャーから,つけていなかった2007年と比べればすでに格段に飲む量が減っていると思われる.記録ダイエットの威力はすごい.しかしそれでもどんどんガンマGTPが上がるのでまずいと思って“惰性で飲むのはやめよう”とか“アルコールフリーデーを作ろう”とか工夫しながら記録を続けたら3月には1,120g,4月は1,140gと1日平均38gまで減った.ガンマGTPのデータも改善してノーマルに復帰.これで記録ダイエットの信者になったのだった.この方法はなんにでも使えると思う.体重,アルコールだけでなく,運動量,勉強量,親切量(他の人にどのくらい親切にしたか),社会貢献量,睡眠時間など,自分のライフパターンで改善したいところがあったら記録をつけてみることをおすすめしたい.とりあえず,体重が少しでもオーバーだなと思う人がいたらぜひやってみるといいと思う.PS:2008年9月14日,15日に開催される『第8回抗加齢医学の実際』で岡田斗司夫さんの講演があります.興味のある方はhttp://www.mediproduce.jp/info/seminars/またはTel:03-5775-2075までお問い合わせください.☆☆☆(88)眼科領域に関する症候群のすべてを収録したわが国で初の辞典の増補改訂版!〒113-0033東京都文京区本郷2-39-5片岡ビル5F振替00100-5-69315電話(03)3811-0544メディカル葵出版株式会社A5判美装・堅牢総360頁収録項目数:509症候群定価6,930円(本体6,600円+税)眼科症候群辞典<増補改訂版>内田幸男(東京女子医科大学名誉教授)【監修】堀貞夫(東京女子医科大学教授・眼科)本書は眼科に関連した症候群の,単なる眼症状の羅列ではなく,疾患自体の概要や全身症状について簡潔にのべてあり,また一部には原因,治療,予後などの解説が加えられている.比較的珍しい名前の症候群や疾患のみならず,著名な疾患の場合でも,その概要や眼症状などを知ろうとして文献や教科書を探索すると,意外に手間のかかるものである.あらたに追補したのは95項目で,Medlineや医学中央雑誌から拾いあげた.執筆に当たっては,眼科系の雑誌や教科書とともに,内科系の症候群辞典も参考にさせていただいた.本書が第1版発行の時と同じように,多くの眼科医に携えられることを期待する.(改訂版への序文より)1.眼科領域で扱われている症候群をアルファベット順にすべて収録(総509症候群).2.各症候群の「眼所見」については,重点的に解説.3.他科の実地医家にも十分役立つよう歴史・由来・全身症状・治療法など,広範な解説.4.各症候群に関する最新の,入手可能な文献をも収載.■本書の特色■

眼科専門医志向者“初心”表明

2008年6月30日 月曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.25,No.6,20088350910-1810/08/\100/頁/JCLS私は旅行が大好きだ.学生時代,本当にいろいろな所を旅行した.格安往復航空券だけを片手に,気の向くままにあっちへ行ったりこっちへ行ったり.ふらりと電車に乗り込みそのまま国境を越えてみたり.その日泊まる場所も現地に入ってから手配.まったくもって「自由気まま」な旅行.そのためパックツアーでは味わえない感動や冷や冷や感も体験できた.街を巡っているとき,電車で移動しているとき,歴史を感じさせる街並みや車窓からの風景すべてに感動した.その国の言葉に精通していないが故にコミュニケーションもままならなかったが,相手の表情やしぐさをみて言わんとすることを推測し,道に迷ったときは標識を頼りに目的地を目指した.そのなかで私は相手の表情を見ることに面白さを感じた.嬉しそうな顔,自信みなぎる顔,悲しそうな顔,恥ずかしそうな顔,無愛想な顔….同じ人でも別人かと思うくらい表情によって印象が変わってくる.「視覚」から得られる情報の多さを改めて認識した.仮に自分の視覚を失ってしまったとしたら,人生のほとんどの楽しみがなくなると言っても過言ではないだろう.外界から得るさまざまな情報の8割以上は目から入ってくるらしい.したがって実際視覚を失うとqualityoflife(QOL)がかなり低下する.社会生活で高いQOLを維持するために健全な目(正常な視覚)は必要不可欠である.視覚が低下もしくは不幸にも失ってしまった患者さんで治療により回復の見込みがある場合,自分がその場に携わり,幸いにも視覚を取り戻せた患者さんの笑顔を見ることができたら.共に喜びを共有しあえたらどんなにいいだろう.そう思い,私は眼科を志望した.患者さんに寄り添い,患者さんに頼りにしてもらえるような,そんな眼科医になれるよう励んでいきたい.最後に,まだまだ至りませんが皆様よろしくお願い致します.◎今回は愛媛大学出身の広越先生にご登場いただきました.視覚には1方向的に物を見るという側面だけでなく,表情から相手の気持ちを汲み取るというコミュニケーションの側面もあると思います.治療後の笑顔の患者さん,これがなによりの眼科の魅力です.(加藤)☆本シリーズ「“初心”表明」では,連載に登場してくださる眼科に熱い想いをもった研修医~若手(スーパーローテート世代)の先生を募集します!宛先は≪あたらしい眼科≫「“初心”表明」として,下記のメールアドレスまで.追って詳細を連絡させていただきます.Email:hashi@medical-aoi.co.jp(85)眼科医志向者“初心”表明●シリーズ⑥患者さんの笑顔を目指して!広越亜希子(AkikoHirokoshi)済生会京都府病院1981年8月30日生まれの乙女座.出身地は岡山.出身大学は愛媛大学.現在は済生会京都府病院研修医.大学時代はバトミントン部所属.旅行が大好きです.(広越)編集責任加藤浩晃・木下茂本シリーズでは研修医~若手(スーパーローテート世代)の先生に『なぜ眼科を選んだか,将来どういう眼科医になりたいか』ということを「“初心”表明」していただきます.ベテランの先生方には「自分も昔そうだったな~」と昔を思い出してくださってもよし,「まだまだ甘ちゃんだな~」とボヤいてくださってもよし.同世代の先生達には,おもしろいやつ・ライバルの発見に使ってくださってもよし.この連載もありがたいことに半年記念の第6回目.今回はこの先生です!同とにしい

私が思うこと

2008年6月30日 月曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008833私が思うことシリーズ⑪(83)無痛無汗症とは無痛無汗症(congenitalinsensitivitytopainandanhidrosis)の患者さんの健診会に4年前から参加しています.無痛無汗症というのは,先天的に,痛みを感じることができず,汗をかくことができないという,まれな難病です.原因遺伝子は1996年に熊本大学小児科の犬童先生が報告されていて,nervegrowthfactorの受容体の一つであるTRKAの遺伝子異常であることがわかっています.TRKAが神経の発生過程で正常に機能しないため,温・痛覚を伝える無髄線維と小径有髄線維,および自律神経のなかの汗腺を支配する交感神経節後線維が欠失し,痛覚を欠損することになり,また汗をかくこととができなくなってしまいます.痛みを感じることは人にとって大切なこととはよく耳にしますが,この疾患はそのことをよく教えてくれます.痛みを感じないために,小さい頃から自傷行為などで足や手に骨折をくり返したり,舌を噛み切ったりしてしまいます.また汗をかけないために,乳児期から体温調節ができず,原因不明の発熱が初発症状となることが多くあります.健診会への参加無痛無汗症の患者さんは,全身的なケアが必要で,特に小児科,整形外科,歯科などでの継続的な診療を必要とします.国内の無痛無汗症の患者さんの親の会が年1回,患児たちの全身的な健康診断のために,健診会を兼ねたシンポジウムを開いています.健診会には,小児科,整形外科,歯科,発達心理,眼科など各科のドクターやパラメディカルの方々が参加し,患者さんたちは,34時間をかけて,各科の診療ブースを巡回していきます.健診会のあとには専門家による講演があり,この疾患に関して,さまざまな知識を得ることができます.縁あって,4年前からこの健診会にボランティアで参加しています.例年,東大眼科のドクターと視能訓練士の計56名がお手伝いに伺い,眼の検査や診察を担当しています.シンポジウムは東日本と西日本で交互に行っており,これまでは,山梨の石和温泉,神戸のしあわせの村,秩父などの施設で行われた健診会に参加してきました.眼科機械のメーカーや業者の方々にも無償でご協力いただき,スリット,視力検査機器,オートレフなどを運び込んでいただき,前眼部,後眼部を含めて,できる限り詳細な診察や検査を行ってきました.これまでご協力いただいた会社は,中央産業貿易,ニデック,興和,などです.この場をお借りして,感謝の意を表したいと思います.検査ではできる限り,視力,眼圧,細隙0910-1810/08/\100/頁/JCLS天野史郎(ShiroAmano)東京大学医学部眼科学教室1961年山口県生まれ,東京育ちです.専門は角膜疾患,角膜移植,角膜再生医療,屈折矯正手術などです.先日は第32回角膜カンファランス・第24回日本角膜移植学会を担当させていただきました.東京大学眼科のチーム角膜,事務担当の会社,協力企業などの皆様のおかげで学会は大成功でした.ご協力いただいた皆様に深謝申し上げます.学会を担当させていただいたことは,とっても楽しい,貴重な経験でした.(天野)無痛無汗症の患者さんの健診会▲健診会にはじめて参加したときのメンバー前列中央が健診会の世話人である聖母病院小児科の粟屋豊先生.———————————————————————-Page2834あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008灯顕微鏡検査,眼底検査などを行い,さらに可能な場合は,角膜知覚検査,ドライアイ関連の検査,マイボーム腺観察などを行ってきました.患者さんは乳幼児を含めた若年者が大半であり,診察もなかなか大変です.視能訓練士の方々に活躍していただく場面が沢山あります.無痛無汗症の患者さんの眼科所見これまで延べ80名ほどの患者さんの診察を行ってきました.乳幼児期には特に異常所見はないのですが,6歳前後から点状表層角膜症が目立つようになってきます.ここから角膜感染症を起こしてしまい,自覚症状の少なさから治療が遅れて角膜混濁を強く残してしまう症例がみられます.角膜の合併症がなければ,通常は視機能の発達は問題ありません.検査所見として特徴的な点としては,まず角膜知覚が著明に低下している点です.去年,ニデックの協力により持ち込んだコンフォーカルマイクロスコープによる観察では,Bowman膜レベルで観察されるはずの神経線維叢がほとんどみられませんでした.角膜にあるはずの知覚神経がかなり欠損していると考えられました.涙液の検査ではSchirmerテストは正常範囲である一方,涙液のbreakuptimeが著明に短縮していることから,涙液蒸発亢進型のドライアイがあり,それが点状表層角膜症の原因の一つとなっていると考えられました.赤外線カメラと赤外線フィルターを用いた非接触型マイボグラフィーを開発して,無痛無汗症の患者さんのマイボーム腺を観察したところ,若い割にはマイボーム腺の短縮や脱落があり,これが涙液亢進型ドライアイの一因となっていると考えられました.角膜の知覚神経が減少していることから,neurotrophicfactorの欠損もまた角膜上皮へ影響を与えていることが予想されますが,詳細は依然不明です.無痛無汗症での角膜上皮障害の発生機序の解明にはさらなる研究が必要と思われます.無痛無汗症患者の眼科的異常に関してまとまった報告は過去に一つだけあります.砂漠の民であるベドウィン族にみられた無痛無汗症の患者の所見が,イスラエルのグループから1999年にAmJOphthalmolに報告されています.角膜潰瘍後と思われる角膜混濁が多くみられたことが報告されています.われわれが観察した角膜混濁と一致するものと思われますが,頻度は日本よりずっと多いようです.おそらく衛生状態がかなり違うためではないかと思います.われわれが気づいた角膜の異常以外にも,これまであまり検査してこなかった神経眼科学的な異常が潜んでいる可能性も大きいと思います.今後検討して行こうと考えています.おわりに無痛無汗症は,全身的には完治することのないむずかしい疾患ですし,眼の状態も簡単には治せないこともしばしばあり,それぞれの家庭でどのように対応していってもらえばよいか考えさせられることもあります.ただ,毎年,難病の子供たちやご家族の方々に少しでもお役に立てればと思い,健診会に継続して参加しています.今年は,10月12日(日曜日)の午後に宮城県岩沼市の施設で健診会が行われます.東大眼科から56名がお手伝いに伺う予定にしていますが,毎年人手が不足気味ですので,お近くに在住の眼科の先生や視能訓練士の方で,お手伝いしていただける方がいらっしゃるようでしたら,ぜひ天野(amanos-tky@umin.ac.jp)までご連絡ください.天野(あまの・しろう)1986年東京大学医学部卒業1986年東京大学眼科学教室入局1989年武蔵野赤十字病院眼科1995年ハーバード大学研究員1998年東京大学医学部講師2002年東京大学医学部助教授(84)☆☆☆

硝子体手術のワンポイントアドバイス61.固定内斜視眼に対する硝子体手術(中級編)

2008年6月30日 月曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.25,No.6,20088310910-1810/08/\100/頁/JCLSはじめに後天性固定内斜視は,強度近視に合併することが多い.発症機序に関しては不明な点が多かったが,近年横山らは,MRI(磁気共鳴画像)を用いた画像診断で,眼球後部が上直筋と外直筋の間に脱臼していること,その結果として外直筋が下方偏位,上直筋が鼻側に偏位していることを示した1).固定内斜視の手術法はこれまでさまざまな術式が考案されてきたが,横山らは固定内斜視の機序に即した術式,すなわち上直筋と外直筋を筋腹で縫合する方法を考案し良好な成績を得ている.高度の固定内斜視に網膜離を合併した場合の術式強度近視の合併症には,固定内斜視以外にも網膜剥離,近視性網脈絡膜萎縮がある.強度近視の網膜剥離は一般に網膜硝子体癒着が強固で,後極部から周辺部に至る十分な硝子体切除を必要とすることが多い.しかし高度の固定内斜視眼では,forcedductiontestで眼球を正位にもってくることが非常に困難である.このような症例では,硝子体手術時に硝子体カッターと眼内照明プローブで眼球を牽引し正位にもってくることもむずかしく,術野の確保に苦慮する.筆者らは以前に,片眼はす(81)でに失明,残された他眼がこのような状況の症例に遭遇し,横山法により眼位矯正を行った(図1)うえで,硝子体手術を施行した2).その結果,横山法により,硝子体手術には支障のない程度の眼位を確保することができた(図2).横山法施行後も外転と上転が困難で,耳側と上方の周辺部硝子体切除がやや困難な状況ではあったが,顕微鏡同軸照明下で強膜圧迫を併用しながら十分に周辺部硝子体を切除し,網膜を復位することができた(図3).高度の固定内斜視例に網膜剥離を合併し硝子体手術を必要とする場合には,本術式は有用と考えられる.文献1)横山連:固定内斜視の画像診断と手術.日本の眼科74:461-464,20032)片岡英樹,光辻辰馬,植木麻理ほか:固定内斜視手術(横山法)と硝子体手術を併用した高度近視網膜剥離の1例.眼紀57:695-698,2006硝子体手術の●連載固定内斜視眼に対する硝子体手術(中級編)池田恒彦大阪医科大学眼科図2術前後の眼位(正面)硝子体手術には支障のない程度の眼位を確保することができた.術前術後図3術後眼底写真網膜の復位が得られた.図1横山法のシェーマ本症例では右眼の内直筋を7mm後転し上直筋,外直筋を基始部から14mmでそれぞれ半筋幅結紮した.14mm14mm下直筋上直筋外直筋半筋幅結紮内直筋7mm

眼科医のための先端医療90.新しいレーザースペックルフローグラフィー(LSFG-NAVI)による網脈絡膜の血流測定

2008年6月30日 月曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.25,No.6,20088270910-1810/08/\100/頁/JCLSはじめに現在網脈絡膜の造影検査にはフルオレセイン蛍光眼底造影(FA)とインドシアニングリーン蛍光眼底造影(IA)が行われています.これらの検査は,得られる診断的な意義は多いのですが,リアルタイムでの血流の定量化が困難であり,疾患の超早期の血流値変化の観察や被験者の継続的なフォローアップには不向きな面が多くあります.また,造影剤投与によってときに薬剤性のショックで,重篤な状態に陥る危険性が指摘されています.造影剤の使用が不要で血流の定量的観察が可能な網脈絡膜の血流測定装置があれば,診断技術の向上だけでなく,それによる副作用の出現の問題は一切解決します.そこでレーザーを光源に利用しドップラー効果によるビート信号を観測するレーザードップラー血流計が開発されましたが,測定範囲が狭く時間分解能が十分でないなどの理由から,残念ながら広く臨床応用されているとはいえない実情です.レーザースペックルフローグラフィー(LSFG)は眼底の広い範囲をレーザーで照明し,イメージセンサーを検出系に用いた新しい網脈絡膜血流測定装置で,任意の点や広い領域を自由に設定しその網脈絡膜の血流動態の定量的観察が可能になりました.本稿ではLSFGの測定原理を解説し,その利点や問題点の検討を行います.レーザースペックルフローグラフィー(LSFG)の測定原理830nmのダイオードレーザーを光源にし,レーザーを生体組織のような散乱粒子の集団に照射すると,反射散乱光が干渉しあい,スペックルパターンとよばれるランダムな斑点模様を形成します.このスペックル信号は赤血球などの散乱粒子が移動することで,干渉条件が刻々と変化し,時間とともに光強度分布が変化する動的スペックルとなります.この反射光により形成されたスペックルパターンを,結像面に置いたイメージセンサーで検出し,この信号をコンピュータ処理することにより,変化率のマップを求め,二次元マップとしてカラー表示する装置がレーザースペックルフローグラフィー(LSFG)です(図1).最新式の装置ではハードとソフトの改良により,空間・時間分解能が飛躍的に向上し,血流マップを毎秒30フレームの動画で表示することが可能になりました.LSFG(LSFG-NAVI)の特徴と利点本装置による測定では,安全に眼底血流を1回で広範(77)シリーズ第90回◆眼科医のための先端医療監修=坂本泰二山下英俊(九州医療センター眼科)新しいレーザースペックルフローグラフィー(LSFG-NAVI)による網脈絡膜の血流測定図2LSFG-NAVIによる測定の実際測定装置は光学系(カメラ)とPCにより構成されており,従来機と比較しコンパクトな形態となっている.図1LSFGの測定原理レーザーで生体組織を照射し,散乱光をイメージセンサー上に結像させ,スペックル(斑点模様)信号を検出する.レーザー結像レンズスペックル像点P物点(ある体積をもつ)網膜の散乱粒子———————————————————————-Page2828あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008囲を連続的に,しかも非侵襲的かつ定量的に測定でき,測定後に任意の点や広い領域を自由に設定しその網脈絡膜の血流動態を定量的に観察できます.開発当初は従来の眼底カメラに外付けの形態をとっており,測定画角や解像度も十分ではありませんでしたが,その後徐々に開発が進みコンパクトなLSFGの専用機が開発されました(図2).図3には実際の測定画面を示します.1回の測定には4秒程度を要します.測定画角は21°で,これまでの器機と比較し画素数も増加し,解像度も向上しました.測定領域はラバーバンドにより自由に設定でき,血流はブレ率(meanblurrate:MBR値)として表示されます.MBR値は計算式による相対値であるため,血流の増減の比較は,一般に初回測定の値を基準に,測定領域の血流の増減を百分率で評価します.血流の時間的変化を動画で観察できる点も,新しい情報として活用できる可能性があります.レーザー眼底血流測定装置で最も心配な点は,安全性です.安全レベルは第三者認証機関による試験においても,クラス1Mと認定されています.これは眼底に障害が発生する可能性のない,低レベルの光であることを示す国際規格であり,実際暗室内で本装置を使用すれば,無散瞳でも測定することが可能になりました.今後いくつかの問題点が克服できれば,本装置によりFAやIA以上の有用な血流の情報を得られる可能性があります.さらに,従来法でときに生ずる薬剤性のショックで,重篤な状態に陥る被験者の危険性の問題も回避できます.LSFGの問題点LSFGについては利点だけではなく,問題点も存在します.まず解像度が向上したとはいえ,従来の検査法(FAやIA)と比較し画質が劣る点です.実際に本装置単独では従来の診断レベルには及びません.現時点で本装置を用い臨床評価を行う場合は従来のFAやIAを併用し行わざるをえないのが現状です.また,測定原理が散乱分子の測定であるため,眼内レンズ挿入眼や高度の白内障を有する眼では測定が困難であり,測定値(MBR値)が絶対値でないため被験者間での比較が困難であるという欠点も存在しています.したがって,被験者1人について経時的観察を行うことは可能ですが,個々被験者間の比較は困難です.さらにレーザー光が単波長であるため,網膜と脈絡膜血管の分離が困難である点などがあげられます.(78)図3LSFGによる測定画像拡張期左眼の血流マップ(A)と収縮期の血流マップ(B)を示す.ラバーバンドにより自由に測定点や範囲を指定できる.1回測定分のデータの合成により再構成した血流マップ(C)では網膜血管は23分枝程度まで描出され,背景には一部脈絡膜血管の観察も可能である.血流値をグラフ化すると拍動による血流の変化が観察される(D).———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008829(79)にきわめて有用な情報が得られる可能性があります.すなわち,従来行われてきた緑内障などの臨床研究のさらなる発展が期待できるだけではなく,網脈絡膜の経時的な血行動態を正確に経時的に追跡できれば,生活習慣病などへの早期診断に応用できる可能性もあります.おわりにLSFGでは眼底血流を安全に低侵襲である程度まで定量的測定できる反面,上記のようにさらに技術的に改良する点が数多く存在するのも事実です.まだまだ発展途上の装置であり,これら問題点を克服することにより,今後使用用途も拡大しさまざまな疾患の診断と病態研究■「新しいレーザースペックルフローグラフィー(LSFG-NAVI)による網脈絡膜の血流測定」を読んで■今回は江内田寛先生による網脈絡膜の新しい血流測定技術についての解説です.江内田先生の紹介されたレーザースペックルフローグラフィー(LSFG)は眼底の広い範囲をレーザーで照明して網脈絡膜の血流を測定する装置で,二次元の画像上に血流情報をスーパーインポーズできるので臨床的な有用性はきわめて高いと考えられます.このようにLSFGは眼底血流を安全に低侵襲である程度まで定量的測定できる画期的な方法ですが,示された図をみても解像度が従来の検査法(FAやIA)と比較し画質が劣っています.ただ,新しい画像技術は近年,長足に進歩しておりますから,解像度のよい眼底画像と血流情報の両方を提供する検査法は今後,開発される可能性は高いと考えます.臨床的には1回の測定が4秒というのはむずかしいです.もう少し高速化が必要かもしれません.現在,日本人での視力障害の約20%が糖尿病網膜症であり,加齢黄斑変性,網膜静脈閉塞症などの加齢や高血圧・動脈硬化症に併発する疾患の多くにおいて網膜血流障害が病態の中心です.これらの診療に大切な血流の動態は画像診断(FAやIA)が臨床の主流でした.われわれが診療をしていて,定量的に検査結果を解析できればと考えることが多くあり,これまで,血流の動態を測定する試みは多くありました.この問題を臨床の現場で解決するLSFGには大きな臨床的な有用性があると考えられます.さらに,われわれ眼科臨床医にとって不可欠のフルオレセイン蛍光眼底造影検査はきわめて鮮明な画像が臨床の現場で利用できるすぐれた検査法ですが,アナフィラキシーショックの可能性を完全に否定できないという点が臨床医のストレスになっています.LSFGといった低侵襲の検査の導入に伴い,多くの眼科診療施設で網脈絡膜血流動態についての安全に高度なデータが得られ,診療の質の向上に役立つものと考えます.もう一つの臨床的な意義は,治療薬開発における網膜血流への影響,治療効果の検証にきわめて有用ということです.現時点では糖尿病網膜症の治療のための薬剤の候補は多くありますが,認可された薬剤はありません.薬効の判定には網膜厚,視力をエンドポイントにしていますが,血流動態への影響を簡便に正確に測定し評価することが可能になればきわめて有用と考えられます.糖尿病網膜症の病態の研究が進歩したにもかかわらずその治療薬が認可されません.いろいろな理由があると考えますが,動物実験と異なり複雑なヒトの病態を臨床的に簡便に把握する検査法がまだ不足しているため,病態にあった治療薬の選択ができない可能性も考えられます.病態の把握には血流動態が部位により異なっていることを定量的に示されるLSFGは最適であると考えます.新しい治療法の開発には新しい検査法の開発は不可避です.今回,ご紹介いただいたLSFGは網脈絡膜疾患の診療を大きく変える可能性を示す検査法です.山形大学医学部情報構造制御学講座視覚病態学分野山下英俊☆☆☆

サプリメントサイエンス:サプリメントはどのように考えるべきか

2008年6月30日 月曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.25,No.6,20088230910-1810/08/\100/頁/JCLSサプリメントへの関心が高まっている.眼科領域では特に加齢黄斑変性に対して大規模前向き研究(AREDS)でサプリメントによる病状の進行抑制効果が証明されて以来,実際に臨床で使われることが多くなった.日本においてもボシュロム社,ロート製薬,ナチュメディカ社など数社がAREDSに基づいた内容のサプリメントの販売を始めており,患者からの問い合わせも増えているという.また一般に眼に良いとされるブルーベリーに含まれるアントシアニンなども,わかさ生活社の“ブルーベリーアイ”が市場で大きな反響をよぶなど,一般の関心も高くなっている.われわれ眼科医は今までおもに保険収載薬を中心に眼科診療を行ってきており,これらの薬剤については学ぶ機会も多い.一方,サプリメントについては概要は知っていても,詳細を学ぶチャンスが少なかった.しかしながらこれからの時代において,予防医学が重要視されることは明らかで,サプリメントについて正確な知識をもっていることが要求されてくるものと思われる.そこで今月号より“サプリメントサイエンスセミナー”として眼科医が知っておきたいサプリメントの基礎知識の講座を開設する.サプリメントとは?サプリメントは文字どおりに“補完食品”であり,ビタミンに加えて,必須微量ミネラル,ポリフェノールやカロテン類などの抗酸化物質,ドコサヘキサエン酸(DHA)やエイコサペンタエン酸(EPA)などの必須脂肪酸,ラクトフェリンなどの整腸因子など多岐のものが含まれる.基本的なビタミンばかりでなく,アスタキサンチンなどに代表される食品の中の機能成分は現在フードファクターとして注目を集めているが,これらを抽出しサプリメントとして使われることも多くなっているのが,現在のサプリメントの大きな流れともいえる.これらのサプリメントは加齢黄斑変性など特定の疾患の予防目的に使われることもあるが,一般的には全身の健康保持やアンチエイジング医学の一環として使われることが多い.アンチエイジング医学は加齢に焦点をあてた予防医学と考えられる.近年アンチエイジング医学が認められるようになってきた背景には,エイジングのメカニズムが少しづつではあるが解明され,信頼できる仮説が提唱されてきたことが大きい.エイジングの2大仮説といわれるものに“酸化ストレス仮説”と“メタボエイジング仮説”とがあり,サプリメントについてもこの2つの仮説のなかで考えていくと理解しやすい.酸化ストレス仮説とサプリメント加齢の酸化ストレス仮説とは“身体の構成成分である,蛋白質,脂質,核酸などが酸化されることが加齢をひき起こす”という仮説である(図1)1).身体機能の維持のためには酵素類が効率よく働く必要があるが,酵素などの機能蛋白が酸化されると機能を失う.また本来なら分解除去されるべき蛋白質が酸化されると分解ができなくなり,異常蛋白として蓄積してしまう.Alzheimer病におけるbアミロイドや,加齢黄斑変性におけるドルーゼン蛋白などはまさにこの例である.そこで酸化ストレスを軽減させるために,(1)抗酸化物質の摂取,(2)抗酸化酵素の活性化が重要となる.この目的のためにサプリとしてはビタミンA,C,Eを中心としたAREDSサプリメント,ルテイン,アスタキサンチン,アントシアニン,亜鉛や微量ミネラルなどが含まれる24).これらのサプリメントについては本セミナーのなかで順番に取(73)サプリメントサイエンスセミナー●連載①監修=坪田一男1.サプリメントはどのように考えるべきか坪田一男慶應義塾大学医学部眼科図1酸化ストレス仮説の概念図酸エイジング———————————————————————-Page2824あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008りあげていく予定である.メタボエイジング仮説とサプリメント現在,厚生労働省は国民の健康保持のために,メタボリックシンドロームをターゲットに大きなキャンペーンを展開している.メタボリックシンドロームは体脂肪が増え,血圧が上がり,耐糖能が悪化し,血中脂肪酸が増える.これにより癌の発生率は増え,糖尿病や高血圧などの生活習慣病の発生率が高まる.これはまさに加齢そのものといえる.そこでメタボリックシンドロームは加齢を促進する症候群ととらえることができる.これがメタボエイジングという仮説である.現在カロリーリストリクション(CR)といって摂取カロリーを6570%に減らすと寿命の延長がさまざまな動物でみられており,ヒトにおいてもCRの効果が証明されつつある5).CRのメカニズムについてはおもにインスリンIGF(インスリン様成長因子)シグナルの低下と,サーチュインの活性化であることがわかりつつあり,分子メカニズムからの対応ができるようになってきた(図2)6).これは逆に,メタボリックシンドロームはCRと逆方向のものということができる.メタボエイジングに対抗するためのサプリメントとしてはサーチュインを活性化するレスベラトロール,オメガ3脂肪酸,ラクトフェリン,糖吸収抑制ファイバーなどがある7,8).これらについても順に解説していく予定である.ビタミンにおける最低必要量と最適量ビタミンには最低限摂取しないと特定の疾患に罹患する“最低必要量”が決められている.たとえば,ビタミンCであれば1日の摂取量が100mg(アメリカでは60mg)ないと壊血病の危険が増えるといわれている.一方,ビタミンには最適量という概念があり,特定の疾病予防というよりも抗酸化機能の向上,免疫機能の向上のために用いるための“最適量(オプティマルドース)”という考え方がある.ビタミンCでいえば1日の摂取量として5002,000mgとなる.実際AREDSで使われているビタミンCの量は500mgと,最低必要量の5倍以上である.レモン1個に含まれるビタミンCの量は約30mgといわれているので,最低量であればなんとか摂取することは可能であろう.しかしながら最適量を摂取するためには多量の果物や野菜を食べなければならずカロリーオーバーになると考えられる.サプリメントが必要な理由がここにある.さらに各種のビタミンに対してすべてを網羅するように摂取するためには食品だけからは困難であり,ここでもサプリメントの有用性が指摘されている.エビデンスサプリの考え方サプリメントが身体に良いといわれる根拠には,細胞レベルの実験室のデータから動物実験,観察研究,そして無作為大規模前向き介入研究とさまざまなレベルのデータが存在する.動物実験で効果が証明されてもヒトではまったく効果がないこともあり,その解釈には慎重を要する.また“ビタミンEをたくさん摂取している群には心臓病が少なかった”という観察研究に対して,“ビタミンEを長期にわたって投与したところ心臓病の発生率に差がなかった”というように介入研究においてはその効果が否定されることもある9).オメガ脂肪酸については介入研究においてはっきりと心臓病に対する効果がわが国において証明された10).一方,ビタミンAとEについてはむしろ死亡率が増大するという大規模研究の結果も出ており,単に身体に良いといわれているから単独のビタミンを摂取するという時代は終わりを迎えようとしている.抗酸化サプリメントについてはAREDSのように複数のビタミンを組み合わせて使うという方法が一般的になりつつあり,研究においても,単独よりも複合物を対象とするものが多くなってきた.現在アメリカで進行中のAREDS2においては,ビタミンA,C,E,亜鉛,銅に加えてオメガ3や,ルテインの効果が検証されており,その結果が期待されている.サプリメントについてはエビデンスがしっかりとあるものを中心にわれわれ眼科医は(74)図2カロリーリストリクション仮説のメカニズムカロリーリストリクションインスリンシグナにるのサーイン———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008825(75)tion.JAMA297:986-994,20076)GuarenteL,PicardF:Calorierestriction─theSIR2con-nection.Cell120:473-482,20057)BaurJAetal:Resveratrolimproveshealthandsurvivalofmiceonahigh-caloriediet.Nature444(7117):337-342,20068)KotoTetal:Eicosapentaenoicacidisanti-inammatoryinpreventingchoroidalneovascularizationinmice.InvestOphthalmolVisSci48:4328-4334,20079)BjelakovicGetal:Mortalityinrandomizedtrialsofanti-oxidantsupplementsforprimaryandsecondarypreven-tion:systematicreviewandmeta-analysis.JAMA297:842-857,200710)YokoyamaMetal:Eectsofeicosapentaenoicacidonmajorcoronaryeventsinhypercholesterolaemicpatients(JELIS):arandomisedopen-label,blindedendpointanal-ysis.Lancet369(9567):1090-1098,2007導入していくのがやはり良いであろう.本セミナーで学べること本セミナーは第1期として表1のようなプログラムで進めていく予定である.おもなセクションにおいては,1)サプリメント名2)構造式3)一般的な薬理,生理作用4)1日必要量(最低必要量と最適量)5)含有食品6)眼科への応用7)摂取すべきエビデンスレベル(A:摂取すべき,B:リスクある人は摂取すべき,C:どちらともいえない)をカバーする予定である.よってこのセミナーにより,サプリメントの基本的な知識が得られるものと期待される.ぜひいっしょに勉強させていただければと思う.文献1)HarmanD:Aging:atheorybasedonfreeradicalandradiationchemistry.JGerontol11:298-300,19562)Arandomized,placebo-controlled,clinicaltrialofhigh-dosesupplementationwithvitaminsCandEandbetacaroteneforage-relatedcataractandvisionloss:AREDSreportno.9.ArchOphthalmol119:1439-1452,20013)Izumi-NagaiKetal:Macularpigmentluteinisantiin-ammatoryinpreventingchoroidalneovascularization.ArteriosclerThrombVascBiol27:2555-2562,20074)OhgamiKetal:Anti-inammatoryeectsofaroniaextractonratendotoxin-induceduveitis.InvestOphthal-molVisSci46:275-281,20055)FontanaL,KleinS:Aging,adiposity,andcalorierestric-☆☆☆表1本誌連載「サプリメントサイエンス」セミナーの構成内容サプリメントはどのように考えるべきか学説学イン学スタサンン学レストロー学ントシニン学学メ酸と量ミ学クトリンー学イー学ビタミン内学ビタミンどどはにる

眼感染アレルギー:自然免疫と眼表面炎症性疾患

2008年6月30日 月曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.25,No.6,20088210910-1810/08/\100/頁/JCLS粘膜上皮は主として物理的バリアーとして働くとみなされてきたが,最近では,粘膜上皮そのものが各種サイトカインや抗菌物質を産生し,生体防御の第一線を担っていることがわかってきた.実際,眼表面の粘膜上皮である角膜上皮や結膜上皮はインターロイキン(IL)-6,IL-8などの炎症性サイトカインやディフェンシンなどの抗菌物質を産生する.また,眼表面を覆う涙液は,免疫グロブリンA(IgA),ラクトフェリン,リゾチームなどの抗菌物質,そして杯細胞の産生するムチンを含み,非特異的な感染防御機構を形成している.その一方で,眼表面には表皮ブドウ球菌やアクネ菌などの常在細菌も存在する1).細菌やウイルスなどの病原微生物の侵入に対する感染防御機構は,自然免疫と獲得免疫に分類される.獲得免疫は,抗原特異的Tリンパ球とBリンパ球によって誘導されるが,クローン増殖する必要があるために,機能するまでに数日の時間を要する.これに対して自然免疫は,獲得免疫が作動する前の感染早期に働く防御機構である.従来,この自然免疫は,好中球やマクロファージなどの貪食細胞,補体,抗菌物質などを中心とした非特異的防衛機構であると考えられてきた.しかし,近年Toll-likereceptor(TLR)が微生物の構成成分を特異的に認識し(図1),自然免疫において重要な役割を担っていることが明らかとなった.筆者らは,眼表面上皮細胞は,TLRsを発現するが,その局在や反応性はマクロファージなどの免疫担当細胞とは異なり,細菌に対して容易には炎症反応を惹起しないことを報告してきた.一般に,マクロファージなどの免疫担当細胞は,細菌,真菌,ウイルスなどの各種菌体成分をTLRsを介して認識し各種炎症性サイトカインを産生するが,角膜上皮細胞,結膜上皮細胞は,菌体成分に対して必ずしも炎症性サイトカインを産生しない25).実際,眼表面には常在細菌が存在するにもかかわらず,健常状態では炎症を認めない.すなわち,眼表面には炎症を制御する機構,つまり,眼表面固有の自然免疫機構が存在すると推測される.さらに,筆者らは,自然免疫応答の異常が眼表面炎症に関与しうると考えている.TLRのシグナル因子であ(71)眼感染アレルギーセナー感染症と生体防御●連載⑥監修=木下茂大橋裕一6.自然免疫と眼表面炎症性疾患上田真由美京都府立医科大学眼科眼表面は,常在細菌叢が存在するにもかかわらず,健常状態では炎症を認めない.眼表面には,炎症を制御する機構,すなわち眼表面固有の自然免疫機構が存在し,その破綻により眼表面炎症が惹起されうると推測される.筆者らは,Stevens-Johnson症候群の発症に自然免疫応答の異常が関与している可能性を示す.TLR2TLR5TLR9TLR4Myd88NF-kBIkB炎症性サイトカインの産生非メチル化CpGDNAフラジェリンペプチドグリカンLPSチモザンTLR8TLR3TLR1TLR6degradationTRIFIRF-3IFN-a/b産生(細菌)(細菌)(真菌)一本鎖RNA(ウイルス)(細菌・ウイルス)二本鎖RNA(ウイルス)(細菌)(polyI:C)TLR7図1病原体認識機構Tolllikereceptors(TLR)TLR2はグラム陽性菌の細胞壁に含まれるペプチドグリカンを認識する.TLR2とTLR6は真菌の細胞壁成分であるチモザンを認識する.TLR4はグラム陰性菌の細胞壁成分であるリポ多糖(LPS)を,TLR5は細菌が遊走する際に使用する鞭毛の構成成分フラジェリンをそれぞれ認識する.TLR9は細菌が多くもつ非メチル化CpGDNAを,TLR7とTLR8はウイルス由来の一本鎖RNAを,TLR3はウイルス由来の二本鎖RNAを認識する.———————————————————————-Page2822あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008り,NF-kBのregulatorの一つであるIkB-zのノックアウトマウスでは,杯細胞の消失を伴う眼表面炎症と口周囲の皮膚炎を生じる6,7).この皮膚炎は,表皮にアポトーシス細胞を伴い,アレルギー炎症とは異なる様相を示している.このマウスの病態から示唆を得て,筆者らは眼表面炎症性疾患に自然免疫応答の異常が関与している可能性を考えた.その一つがStevens-Johnson症候群(SJS)である.SJSは,全身の皮膚・粘膜にびらんと水疱を生じる全身性の皮膚粘膜疾患である.眼科的所見として,急性期には,偽膜形成と広範囲の角結膜上皮欠損,睫毛の脱落を伴った重度の結膜炎を生じる(図2a).慢性期には,結膜上皮が血管・結合織を伴って角膜表面を被覆すると,著しい視力障害をきたす.また炎症の後遺症として瞼球癒着,睫毛乱生,高度のドライアイなどが生じる(図2b).筆者らが診療した眼合併症を伴うSJS患者の95%以上が急性期または亜急性期に手足の爪がはがれた既往があり,慢性期にも変形した爪が観察されることが多い.SJSは,重篤な視力障害を合併する急性発症の薬害と考えられているが,薬剤投与の前にウイルス感染症を思わせる感冒様症状を呈することが多く,感染症が発症に関与している可能性がある.筆者らは,SJS発症の素因として自然免疫応答異常が関与している可能性を考え,遺伝子発現解析ならびに遺伝子多型解析を行った.末梢血単球を用いた遺伝子発現解析では,リポ多糖(LPS)刺激に対するIL-4R遺伝子の発現がSJS患者と健常人で異なった(図3a).さらに,このIL-4Rについて遺伝子多型解析を行ったところ,IL-4RのGln551Arg(rs.1801275)について有意な差を認めた(図3b).大変興味深いことに,喘息などのアレルギー疾患では,Arg551が健常人と比較して有意に増加するのに対して,SJSではGln551が有意に増加していた9).さらに,(72)SJSの発症にウイルス感染が大きく関与している可能性を考え,ウイルス由来二本鎖RNAのレセプターであるTLR3の遺伝子多型解析を行った.その結果,TLR3のrs.3775296に有意な相関が認められた10).このことは,SJSの発症に遺伝的素因が関係し,自然免疫応答の異常がその発症に関係している可能性を示唆している.常在細菌の存在する眼表面においては,自然免疫応答を感染防御の視点のみならず,常在細菌に対して炎症を生じにくい機構の存在に着目し,その破綻と関連づけて眼表面炎症性疾患を模索する必要がある.文献1)UetaMetal:JMedMicrobiol56:77-82,20072)UetaMetal:JImmunol173:3337-3347,20043)UetaMetal:BiochemBiophysResCommun331:285-294,20054)HozonoY,UetaMetal:BiochemBiophysResCommun347:238-247,20065)KojimaK,UetaMetal:BrJOphthalmol92:411-416,20086)UetaMetal:InvestOphthalmolVisSci46:579-588,20057)UetaMetal:InvestOphthalmolVisSci,2008,inpress8)UetaMetal:JAllergyClinImmunol120:1457-1459,20079)UetaMetal:BrJOphthalmol91:962-965,2007図3StevensJohnson症候群の遺伝的素因a:末梢血単球の遺伝子発現解析.SJS患者ではリポ多糖(LPS)に対するIL-4Rの遺伝子発現変化が健常人と異なる.b:IL-4RGln551Arg(rs.1801275)の遺伝子多型解析.SJSではA(Gln)が有意に増加している.図2StevensJohnson症候群の眼所見a:急性期.眼脂,偽膜,角結膜上皮欠損を伴った著しい結膜炎を生じる.b:慢性期.角膜への結膜組織の侵入,瞼球癒着,睫毛乱生を認める.