———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.25,No.6,20088270910-1810/08/\100/頁/JCLSはじめに現在網脈絡膜の造影検査にはフルオレセイン蛍光眼底造影(FA)とインドシアニングリーン蛍光眼底造影(IA)が行われています.これらの検査は,得られる診断的な意義は多いのですが,リアルタイムでの血流の定量化が困難であり,疾患の超早期の血流値変化の観察や被験者の継続的なフォローアップには不向きな面が多くあります.また,造影剤投与によってときに薬剤性のショックで,重篤な状態に陥る危険性が指摘されています.造影剤の使用が不要で血流の定量的観察が可能な網脈絡膜の血流測定装置があれば,診断技術の向上だけでなく,それによる副作用の出現の問題は一切解決します.そこでレーザーを光源に利用しドップラー効果によるビート信号を観測するレーザードップラー血流計が開発されましたが,測定範囲が狭く時間分解能が十分でないなどの理由から,残念ながら広く臨床応用されているとはいえない実情です.レーザースペックルフローグラフィー(LSFG)は眼底の広い範囲をレーザーで照明し,イメージセンサーを検出系に用いた新しい網脈絡膜血流測定装置で,任意の点や広い領域を自由に設定しその網脈絡膜の血流動態の定量的観察が可能になりました.本稿ではLSFGの測定原理を解説し,その利点や問題点の検討を行います.レーザースペックルフローグラフィー(LSFG)の測定原理830nmのダイオードレーザーを光源にし,レーザーを生体組織のような散乱粒子の集団に照射すると,反射散乱光が干渉しあい,スペックルパターンとよばれるランダムな斑点模様を形成します.このスペックル信号は赤血球などの散乱粒子が移動することで,干渉条件が刻々と変化し,時間とともに光強度分布が変化する動的スペックルとなります.この反射光により形成されたスペックルパターンを,結像面に置いたイメージセンサーで検出し,この信号をコンピュータ処理することにより,変化率のマップを求め,二次元マップとしてカラー表示する装置がレーザースペックルフローグラフィー(LSFG)です(図1).最新式の装置ではハードとソフトの改良により,空間・時間分解能が飛躍的に向上し,血流マップを毎秒30フレームの動画で表示することが可能になりました.LSFG(LSFG-NAVI)の特徴と利点本装置による測定では,安全に眼底血流を1回で広範(77)シリーズ第90回◆眼科医のための先端医療監修=坂本泰二山下英俊(九州医療センター眼科)新しいレーザースペックルフローグラフィー(LSFG-NAVI)による網脈絡膜の血流測定図2LSFG-NAVIによる測定の実際測定装置は光学系(カメラ)とPCにより構成されており,従来機と比較しコンパクトな形態となっている.図1LSFGの測定原理レーザーで生体組織を照射し,散乱光をイメージセンサー上に結像させ,スペックル(斑点模様)信号を検出する.レーザー結像レンズスペックル像点P物点(ある体積をもつ)網膜の散乱粒子———————————————————————-Page2828あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008囲を連続的に,しかも非侵襲的かつ定量的に測定でき,測定後に任意の点や広い領域を自由に設定しその網脈絡膜の血流動態を定量的に観察できます.開発当初は従来の眼底カメラに外付けの形態をとっており,測定画角や解像度も十分ではありませんでしたが,その後徐々に開発が進みコンパクトなLSFGの専用機が開発されました(図2).図3には実際の測定画面を示します.1回の測定には4秒程度を要します.測定画角は21°で,これまでの器機と比較し画素数も増加し,解像度も向上しました.測定領域はラバーバンドにより自由に設定でき,血流はブレ率(meanblurrate:MBR値)として表示されます.MBR値は計算式による相対値であるため,血流の増減の比較は,一般に初回測定の値を基準に,測定領域の血流の増減を百分率で評価します.血流の時間的変化を動画で観察できる点も,新しい情報として活用できる可能性があります.レーザー眼底血流測定装置で最も心配な点は,安全性です.安全レベルは第三者認証機関による試験においても,クラス1Mと認定されています.これは眼底に障害が発生する可能性のない,低レベルの光であることを示す国際規格であり,実際暗室内で本装置を使用すれば,無散瞳でも測定することが可能になりました.今後いくつかの問題点が克服できれば,本装置によりFAやIA以上の有用な血流の情報を得られる可能性があります.さらに,従来法でときに生ずる薬剤性のショックで,重篤な状態に陥る被験者の危険性の問題も回避できます.LSFGの問題点LSFGについては利点だけではなく,問題点も存在します.まず解像度が向上したとはいえ,従来の検査法(FAやIA)と比較し画質が劣る点です.実際に本装置単独では従来の診断レベルには及びません.現時点で本装置を用い臨床評価を行う場合は従来のFAやIAを併用し行わざるをえないのが現状です.また,測定原理が散乱分子の測定であるため,眼内レンズ挿入眼や高度の白内障を有する眼では測定が困難であり,測定値(MBR値)が絶対値でないため被験者間での比較が困難であるという欠点も存在しています.したがって,被験者1人について経時的観察を行うことは可能ですが,個々被験者間の比較は困難です.さらにレーザー光が単波長であるため,網膜と脈絡膜血管の分離が困難である点などがあげられます.(78)図3LSFGによる測定画像拡張期左眼の血流マップ(A)と収縮期の血流マップ(B)を示す.ラバーバンドにより自由に測定点や範囲を指定できる.1回測定分のデータの合成により再構成した血流マップ(C)では網膜血管は23分枝程度まで描出され,背景には一部脈絡膜血管の観察も可能である.血流値をグラフ化すると拍動による血流の変化が観察される(D).———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008829(79)にきわめて有用な情報が得られる可能性があります.すなわち,従来行われてきた緑内障などの臨床研究のさらなる発展が期待できるだけではなく,網脈絡膜の経時的な血行動態を正確に経時的に追跡できれば,生活習慣病などへの早期診断に応用できる可能性もあります.おわりにLSFGでは眼底血流を安全に低侵襲である程度まで定量的測定できる反面,上記のようにさらに技術的に改良する点が数多く存在するのも事実です.まだまだ発展途上の装置であり,これら問題点を克服することにより,今後使用用途も拡大しさまざまな疾患の診断と病態研究■「新しいレーザースペックルフローグラフィー(LSFG-NAVI)による網脈絡膜の血流測定」を読んで■今回は江内田寛先生による網脈絡膜の新しい血流測定技術についての解説です.江内田先生の紹介されたレーザースペックルフローグラフィー(LSFG)は眼底の広い範囲をレーザーで照明して網脈絡膜の血流を測定する装置で,二次元の画像上に血流情報をスーパーインポーズできるので臨床的な有用性はきわめて高いと考えられます.このようにLSFGは眼底血流を安全に低侵襲である程度まで定量的測定できる画期的な方法ですが,示された図をみても解像度が従来の検査法(FAやIA)と比較し画質が劣っています.ただ,新しい画像技術は近年,長足に進歩しておりますから,解像度のよい眼底画像と血流情報の両方を提供する検査法は今後,開発される可能性は高いと考えます.臨床的には1回の測定が4秒というのはむずかしいです.もう少し高速化が必要かもしれません.現在,日本人での視力障害の約20%が糖尿病網膜症であり,加齢黄斑変性,網膜静脈閉塞症などの加齢や高血圧・動脈硬化症に併発する疾患の多くにおいて網膜血流障害が病態の中心です.これらの診療に大切な血流の動態は画像診断(FAやIA)が臨床の主流でした.われわれが診療をしていて,定量的に検査結果を解析できればと考えることが多くあり,これまで,血流の動態を測定する試みは多くありました.この問題を臨床の現場で解決するLSFGには大きな臨床的な有用性があると考えられます.さらに,われわれ眼科臨床医にとって不可欠のフルオレセイン蛍光眼底造影検査はきわめて鮮明な画像が臨床の現場で利用できるすぐれた検査法ですが,アナフィラキシーショックの可能性を完全に否定できないという点が臨床医のストレスになっています.LSFGといった低侵襲の検査の導入に伴い,多くの眼科診療施設で網脈絡膜血流動態についての安全に高度なデータが得られ,診療の質の向上に役立つものと考えます.もう一つの臨床的な意義は,治療薬開発における網膜血流への影響,治療効果の検証にきわめて有用ということです.現時点では糖尿病網膜症の治療のための薬剤の候補は多くありますが,認可された薬剤はありません.薬効の判定には網膜厚,視力をエンドポイントにしていますが,血流動態への影響を簡便に正確に測定し評価することが可能になればきわめて有用と考えられます.糖尿病網膜症の病態の研究が進歩したにもかかわらずその治療薬が認可されません.いろいろな理由があると考えますが,動物実験と異なり複雑なヒトの病態を臨床的に簡便に把握する検査法がまだ不足しているため,病態にあった治療薬の選択ができない可能性も考えられます.病態の把握には血流動態が部位により異なっていることを定量的に示されるLSFGは最適であると考えます.新しい治療法の開発には新しい検査法の開発は不可避です.今回,ご紹介いただいたLSFGは網脈絡膜疾患の診療を大きく変える可能性を示す検査法です.山形大学医学部情報構造制御学講座視覚病態学分野山下英俊☆☆☆