———————————————————————-Page10910-1810/08/\100/頁/JCLSI喫煙と各種眼疾患1.甲状腺眼症3)喫煙は甲状腺眼症発症や眼症の程度の危険因子である.ヨードの摂取と合成の阻害,ベンゾピレンを介した交感神経系への作用,血清中の甲状腺ホルモンへの影響,低酸素による影響などが考えられている.2.斜視4)母親の喫煙は子供の内斜視や外斜視発症の危険因子であり,原因として中枢神経での眼球運動制御の発達異常が推測されている.はじめに20002010年を目途としてわが国(厚生労働省)が政策として取り組んでいる21世紀における国民健康づくり運動(健康日本21)のなかで,喫煙は生活習慣病およびその原因となる生活習慣などの9つの課題のうちの一つとして取り上げられている.児童の喫煙,妊婦の喫煙,また受動喫煙の問題など課題はきわめて広範囲にわたるが,運動推進の壁の一つは健康への煙草の害についての知識不足であろう.煙草は,肺癌など多くの癌や,虚血性心疾患,脳卒中などの生命を脅かす疾患,低出生体重児や流・早産など妊娠に関連した異常の危険因子である1)ことは周知されているが,眼疾患への大きな影響についてのわれわれ医師,まして一般市民の知識はそのインパクトを考慮すると必ずしも十分とはいえない.英国で1618歳を対象に行われた調査2)では,喫煙が強い危険因子となっている疾患として認識されていた割合は,卒中15%,心疾患27%,肺癌81%,そして盲5%であり,これに聾を加えた5つの病気に対して感じる恐怖を15点でスコア化した場合,図1のように,盲は他の4つに比べて有意に高くランクされた.さらに,初期症状が現れたら喫煙をやめると答えた割合は盲が90%で,他の疾患の卒中80%,心疾患80%,肺癌78%に比べて有意に高かった.本稿では,種々の眼疾患と煙草の関連,および眼組織に対する煙草の影響について3)紹介する.(33)33*KeiShinoda:大分大学医学部脳・神経機能統御講座感覚・運動分野眼科学教室〔別刷請求先〕篠田啓:〒879-5593由布市狭間町医大ヶ丘1丁目1番地大分大学医学部脳・神経機能統御講座感覚・運動分野眼科学教室特眼の病い生活習慣病が原因あたらしい眼科25(1):3337,2008煙草スモーキングはどのくらい悪いのか?HowBadisSmokingfortheEyes篠田啓*図1各種疾患に対する恐怖スコア(英国での調査)英国で1618歳を対象に行われた調査において,グラフ中の各疾病に対して感じる恐怖を15点でスコア化した場合,盲は他の4つに比べて有意に高くランクされた.(文献2より改変)5盲肺癌卒中心疾患聾43210平均恐怖スコア———————————————————————-Page234あたらしい眼科Vol.25,No.1,2008(34)6.加齢黄斑変性症3,8,9)加齢,高血圧,動脈硬化,紫外線,血清ビタミン低値,亜鉛不足,遠視,虹彩低色素,皮膚弾性線維変性,中心性漿液性網脈絡膜症の既往,特定の遺伝子多型などが危険因子として報告されているが,なかでも人種を越えて共通しているのは加齢と喫煙である.わが国の大規模なpopulation-basedcohortstudyである久山町研究10)(表2)でも,加齢,男性,喫煙が加齢黄斑変性(AMD)の危険因子であると報告している.また,世界の大規模な疫学研究の代表であるBeaverDamEyeStudy,RotterdamStudy,BlueMountainEyeStudyでは,喫煙者と非喫煙者の間で約3倍の危険性(オッズ比)があるとしている(表2).また禁煙者(以前は喫煙者)におけるAMDの発症のリスクは非喫煙者(まったく喫煙歴のない人)に比べると高いものの喫煙者(現在も喫煙中)に比べると有意に低い.BeaverDamEyeStudy,BlueMountainEyeStudyの515年の追跡調査では禁煙者と非喫煙者であまり差はなく,MacularPhotocoagulationStudyによると,脈絡膜新生血管に対するレーザー治療後の再発率は喫煙者のほうが非喫煙者に比べて高い.近年注目されているAMDの遺伝的背景と喫煙について,ある補体因子(complementfactorH)の遺伝子多3.眼表面への影響5)涙液層破壊時間の短縮,涙液の基礎分泌量低下,涙液のリゾチームの低下,lipidlayerの不整,角膜結膜知覚低下などが報告され,喫煙による酸化ストレスを介した機序が探求されている.受動喫煙により涙液中のニューロトロピン(神経栄養因子)が減少する.4.角膜移植術後の拒絶反応6)米国の大規模な調査では,喫煙者は非喫煙者に比べて拒絶反応の率や不全の率が有意に高かったが,拒絶による不全に限ると両者の間で差を認めなかった.5.白内障3,7)多くの疫学調査が,喫煙は白内障,特に核白内障発症の強い危険因子であると報告している.後下白内障とは弱い関連があり,皮質白内障との関連は明らかではない.BlueMountainEyeStudy(表1)では,シガレットよりパイプのほうが核白内障との関連が高いとしている.その他,用量依存的に発症率が高まる,禁煙によってある程度リスクが下がるなどのデータも多い.内因性抗酸化物質の低下による,酸化ストレスに対する防御能の低下,煙草が含有する重金属(カドミウム,鉛,銅)のレンズへの直接の毒性などが考えられている.表1喫煙と白内障に関する研究研究対白内障白内障後白内障白内障白内障後白内障白内障白内障後白内障———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.25,No.1,200835(35)が出ていない.喫煙者の平均寿命が短く,したがって疫学調査では増殖糖尿病網膜症にまで至る例が低く見積もられる可能性があるかもしれない.また,喫煙はインスリン抵抗性を高める,HbA1cを上昇させる,網膜血流のautoregulationを障害するなどの報告もある.8.緑内障3)開放隅角緑内障や高眼圧症については,喫煙が疾患の危険因子であるという報告と関連性はないという報告があるが,現時点では明らかではない.9.視神経症3)現在はほとんどみられなくなったが,煙草・アルコール性弱視14)は,ヘビースモーカー,慢性アルコール症にみられる視力障害で,中心視野障害,進行すると視神経萎縮となる.基本的には栄養障害性視神経症で,ビタ型をもつ喫煙者はもたない非喫煙者に比べて,末期のAMD罹患の危険が34倍もあると報告された11).これらの機序については酸化ストレスをはじめ,①黄斑色素濃度を減少させる,②血清中のニコチンなどにより網膜内のホスホリパーゼA2が活性化され炎症のメディエーターであるプロスタグランジンやロイコトリエンなどの前駆物質であるアラキドン酸の生成を促進する,③タールに多く含まれるハイドロキノンの関与,④マクロファージの活性化などがある.7.糖尿病網膜症12,13)30年以上前から喫煙が糖尿病網膜症の増悪因子である,喫煙量の多いものに増殖糖尿病網膜症が多いなど,喫煙と糖尿病網膜症の正の相関を示すデータが多く報告されている.一方,前向き研究も含め大多数例の調査で有意な相関を認めないという報告も相つぎ,現在は結論表2喫煙と加齢黄斑変性に関するpopulationbasedstudyosssetionalstudyeaeayetudy214771煙のsい1.291.02煙s煙o煙3.292.50lueountainyetudy2336541.894.464.943.26ottedayetudy22ン61741.53.6isayaatudy199612.22ootstudyeaeayetudy52410253583のののの1.530.742.341.001.371.34lueountainyetudy5272335のののの煙s煙o煙0.942.53.61.6———————————————————————-Page436あたらしい眼科Vol.25,No.1,2008(36)と,ひとたび認識した際に禁煙しようとする意識の高さを鑑みると,眼科医の立場からの禁煙の啓蒙は非常に効果的であると思われる.煙草による眼疾患へのpositiveな影響はまだ多くあると考えられ,また,副流煙による眼表面への影響も近年わかってきた.今後は疫学調査のデータを踏まえ,眼疾患との関わりにおける機序の解明,さらには病態や新しい治療のきっかけとなる研究が待たれる.文献1)HirayamaT:LifestyleandMortality:ALarge-ScaleCensusBasedCohortStudyinJapan,ContributionstoEpidemiologyandBiostatistics,Vol.6,Karger,Basel,19902)MoradiP,ThorntonJ,EdwardsRetal:Teenagers’per-ceptionsofblindnessrelatedtosmoking:anovelmessagetoavulnerablegroup.BrJOphthalmol91:605-607,20073)SolbergY,RosnerM,BelkinM:Theassociationbetweencigarettesmokingandoculardiseases.SurvOphthalmol42:535-547,19984)ChewE,RemaleyNA,TamboliAetal:Riskfactorsforesotropiaandexotropia.ArchOphthalmol112:1349-1355,19945)AltinorsDD,AkcaS,AkovaYAetal:Smokingassociat-edwithdamagetothelipidlayeroftheocularsurface.AmJOphthalmol141:1016-1021,20066)MaguireMG,StarkWJ,GottschJDetal:Riskfactorsforcornealgraftfailureandrejectioninthecollaborativecor-nealtransplantationstudies.CollaborativeCornealTrans-plantationStudiesResearchGroup.Ophthalmology101:1536-1547,19947)KellySP,ThorntonJ,EdwardsRetal:Smokingandcat-aract:reviewofcausalassociation.JCataractRefractSurg31:2395-2404,20058)deJongPT:Age-relatedmaculardegeneration.NEnglJMed355:1474-1485,20069)ThorntonJ,EdwardsR,MitchellPetal:Smokingandage-relatedmaculardegeneration:areviewofassocia-tion.Eye19:935-944,200510)MiyazakiM,KiyoharaY,YoshidaAetal:The5-yearincidenceandriskfactorsforage-relatedmaculopathyinageneralJapanesepopulation:theHisayamastudy.InvestOphthalmolVisSci46:1907-1910,200511)DesprietDD,KlaverCC,WittemanJCetal:ComplementfactorHpolymorphism,complementactivators,andriskofage-relatedmaculardegeneration.JAMA296:301-309,200612)小川憲治:喫煙と網膜症.眼科プラクティス7:149,2006ミンB群欠乏やシアン化合物の蓄積その両者,その他の煙草に含まれる物質の影響とされている.その他,視神経炎3,15)に対する煙草の関与は議論が分かれている.非動脈炎性の虚血性視神経症16)については,煙草と強い関連のある脳血管発作とは異なり,喫煙は危険因子とはいえず,これは血栓性か血流障害かによる違いとされている.Leber病17)はミトコンドリア遺伝子の異常による遺伝性視神経症であるが,喫煙は発症のリスクを高め重篤さにも相関するという報告も多い.10.その他眼サルコイドーシス18)について,煙草産業に従事する女性はその発症率が高く,煙草に含まれる塵が何らかの免疫反応に関与している可能性がある.裂孔原性網膜離19)は喫煙者ではその危険率が低い,両親のいずれかが喫煙者の場合子供の屈折異常20)は遠視が多い,妊婦の喫煙は子供の視覚誘発電位(VEP)で潜時の延長を生じる21),喫煙は網膜静脈閉塞症22),種々の結膜炎23,24)の危険因子である,などの報告がある.II喫煙の視機能への影響1.網膜への影響喫煙によって多局所網膜電図(ERG)において固視点付近(中心部018°付近)の応答密度の振幅の増加と潜時の短縮(P1およびN1成分ともに)が生じる25).ニコチンの神経伝達への影響や網膜,視神経,脈絡膜循環への影響が推測されているがいまだ明らかではない.また,喫煙による視神経乳頭部,黄斑部の血流速度の上昇26)や網膜血流量の低下27)などが報告されている.2.視神経への影響喫煙による限界フリッカー値の増加28),VEPの振幅低下29),patternERGの振幅増加潜時短縮30)などが報告されている.おわりに煙草に含まれる4,000以上の物質の多くが人体に有毒な作用があるといわれている.最初に紹介した英国での調査から,喫煙が眼に及ぼす影響に関する認知度の低さ———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.25,No.1,200837(37)smokingbehaviourandeectsoftobaccosmokeonchil-dren’shealthinFinlandandRussia.EurJPublicHealth2007,inpress24)Annesi-MaesanoI,OryszczynMP,RaherisonCetal:Increasedprevalenceofasthmaandallieddiseasesamongactiveadolescenttobaccosmokersaftercontrollingforpassivesmokingexposure.AcauseforconcernClinExpAllergy34:1017-1023,200425)GundoganFC,ErdurmanC,DurukanAH:Acuteeectsofcigarettesmokingonmultifocalelectroretinogram.ClinExpOphthalmol35:32-37,200726)TamakiY,AraieM,NagaharaMetal:Acuteeectsofcigarettesmokingontissuecirculationinhumanopticnerveheadandchoroid-retina.Ophthalmology106:564-569,199927)RobinsonF,PetrigBL,RivaCE:Theacuteeectofciga-rettesmokingonmacularcapillarybloodowinhumans.InvestOphthalmolVisSci26:609-613,198528)LarsonPS,FinneganJK,HaagHB:Observationsontheeectofcigarettesmokingonthefusionfrequencyoficker.JClinInvest29:483-485,195029)VazquezAJ,TomanJEP:Someinteractionsofnicotinewithotherdrugsuponcentralnervousfunction.AnnNYAcadSci142:201,196730)GundoganFC,DurukanAH,MumcuogluTetal:Acuteeectsofcigarettesmokingonpatternelectroretinogram.DocOphthalmol113:115-121,200613)PaetkauME:Diabeticretinopathyandsmoking.Lancet18:1098-1099,197814)RizzoJF3rd,LessellS:Tobaccoamblyopia.AmJOph-thalmol116:84-87,199315)PerkinGD,BowdenP,RoseFC:Smokingandopticneu-ritis.PostgradMedJ51:382-385,197516)HayrehSS,JonasJB,ZimmermanMB:Nonarteriticante-riorischemicopticneuropathyandtobaccosmoking.Oph-thalmology114:804-809,200717)TsaoK,AitkenPA,JohnsDR:SmokingasanaetiologicalfactorinapedigreewithLeber’shereditaryopticneurop-athy.BrJOphthalmol83:577-581,199918)MerrittJC,BallardDJ,CheckowayHetal:Ocularsarcoi-dosis.Acase-controlstudyamongblackpatients.AnnNYAcadSci465:619-624,198619)AustinKL,PalmerJR,SeddonJMetal:Case-controlstudyofidiopathicretinaldetachment.IntJEpidemiol19:1045-1050,199020)StoneRA,WilsonLB,YingGSetal:Associationsbetweenchildhoodrefractionandparentalsmoking.InvestOphthalmolVisSci47:4277-4287,200621)ScherMS,RichardsonGA,RoblesNetal:Eectsofpre-natalsubstanceexposure:alteredmaturationofvisualevokedpotentials.PediatrNeurol18:236-243,199822)KleinR,KleinBE,MossS:Theepidemiologyofretinalveinocclusion:theBeaverDamEyeStudy.TransAmOphthalmolSoc98:133-141,200023)HuggTT,JaakkolaMS,RuotsalainenROetal:Parental