———————————————————————-Page10910-1810/07/\100/頁/JCLS測技術の発達により,日常臨床でも水晶体の形態変化と網膜像の質の関係を推計できるようになってきた.まず加齢に伴う透明水晶体の形態変化と高次収差について解説する.水晶体は加齢に伴い,層構造が鮮明になり,透明度が低下(散乱光強度が増加)する.水晶体層構造のうち,成人核部(皮質深層部)の後方散乱光強度(眼外に出て行く散乱光の強度)が最も増加しやすく,透明度低下とともに前方(網膜側)への散乱光も増す1).これが加齢に伴うコントラスト感度低下の一因となっている.一方,水晶体層構造が鮮明に観察されるということは,水晶体内部の屈折率分布も変化している.また水晶体厚も加齢に伴い厚くなり,水晶体前面の弯曲も増してくる.この形態変化が不正乱視につながる「高次収差」を生はじめに白内障以外に明らかな異常眼所見がなく,水晶体混濁が瞳孔領まで進行している症例では,水晶体混濁が視機能低下の主因であることは判断に迷うことが少ないと思う.しかし瞳孔領に明らかな混濁がない場合でも,「まぶしい」,「かすむ」,「ものが二重,三重に見える」などの不定愁訴で来院する患者も多い.水晶体の混濁形態は皮質,核,下混濁の3病型に大別されるが,細隙灯顕微鏡検査で混濁程度と視機能低下が直接結びつかないことも少なくない.たとえば,眼鏡による屈折矯正では明らかな視力低下を認めないが,眼鏡装用のみでは愁訴を根本的に解消できないような場合である.この器質的な原因の一つとして,「眼の高次収差」による網膜像(網膜に投影される像)の質の低下があげられる.高次収差はいわゆる眼鏡では矯正できない「不正乱視」に分類される項目である.本稿では眼高次収差のなかで,水晶体の加齢およびその混濁が眼の高次収差にどのように関わっているか自験例を中心に述べる.I水晶体の加齢変化と眼の高次収差水晶体に明らかな混濁がない,いわゆる透明水晶体眼であっても,加齢に伴いその視機能は低下する.透明水晶体眼では高齢者でも良好な標準矯正視力を保持しているが,薄暮や夜間でのコントラスト感度は明らかに加齢に伴って低下してくる(図1).この原因には水晶体以外の眼組織などの老化も関わっているが,最近の眼収差計(17)1427*YasuoSakamoto:金沢医科大学感覚機能病態学(眼科学)/金沢医科大学総合医学研究所環境原性視覚病態研究部門〔別刷請求先〕坂本保夫:〒920-0293石川県河北郡内灘町大学1-1金沢医科大学感覚機能病態学(眼科学)特集●眼の収差を理解するあたらしい眼科24(11):14271433,2007水晶体混濁と高次収差CrystallineLensOpacicationandHigher-OrderAberrationsoftheEye坂本保夫*図1薄暮視における加齢に伴うコントラスト感度視力の低下対象:矯正視力1.0以上,年齢50歳以上の透明水晶体を有する109名.01020304050607080901000.00.10.20.30.40.50.60.70.80.91.0logMARContrast(%):50歳代:60歳代:70歳代———————————————————————-Page21428あたらしい眼科Vol.24,No.11,2007み,これも視機能低下の一因となっている.現在市場にある眼収差計では,水晶体の高次収差のみを直接計測できるものはない.眼球全体と角膜の2種類の収差が計測可能な機種ではこの両値を比較して水晶体の収差を推計している.本稿で扱う高次収差は,便宜的にZernike係数の3次と4次の項のみとし,3次の項は矢状収差(trefoil)とコマ収差(coma)に分け,球面収差(spherical)は4次のZ40の項とした.全高次収差は3次と4次の項をrootmeansquare(RMS)でまとめた値を用いた.収差を評価する場合,解析瞳孔径が計測値に大きく影響する.解析瞳孔径は4mmと6mmで行い,視環境に合わせて適宜,使い分けをしている.たとえば,昼間視の視機能は解析瞳孔径4mm,薄暮視は解析径6mmの値を用いて評価した.図2に日本人を対象とした透明水晶体眼の全高次収差の加齢変化を示した.瞳孔径4mmでは加齢に伴い収差は増加するが,その量はわずかであり,明所での視機能への影響は少ないと考えられる.一方,瞳孔径6mmでは明らかに収差は大きな値を示し,年間約0.005μm(RMS)ずつ収差が増強している.瞳孔径が大きくなる薄暮や夜間において,眼の高次収差は増し,これが高齢者のコントラスト感度低下の一因になっている.図3に各年代(代表症例)の眼球の全高次収差マップと網膜像シミュレーションを示した.若年者の収差マップはほぼ均一な緑色のパターンを示し,高次収差は少ない.高齢者になると波面が乱れ,マップの中心と周辺部に黄色の部分が現れてくる.波面収差が増強し,網膜像を不鮮明なものにしている.マップ周辺の変化は矢状またはコマ収差,中心部は球面収差の増強を意味し,正常加齢変化ではおもに球面収差が増強する.角膜と眼球の加齢変化を比較する(図4)と,角膜の球面収差量はほぼ一定であるが,眼球の球面収差は加齢に伴い増強している.その年間増加量は約0.004μmであり,球面収差の増強は水晶体に起因している可能性が高いことがわかる.ただし,若年者の眼球の球面収差量は角膜より低く,60歳前から眼球の収差のほうが大きくなっている.これは若(18)図2眼球全体の高次収差(3次と4次)と年齢の相関対象:透明水晶体を有する日本人329名.0.00.10.20.30.40.50.60.70.8203040506070年齢(歳)全高次収差(RMS,?m)80解析瞳孔径:6mmy=0.0048x+0.1568r2=0.1292解析瞳孔径:4mmy=0.0012x+0.058r2=0.0741図3年代別,透明水晶体眼(代表例)の全高次収差マップ(解析瞳孔径6mm)と網膜像シミュレーション(解析瞳孔径4mm,Landolt環視標20/40,22~71歳).y17y2259y45y31ySimulations(20/40,4mm)Aberrationsmaps(6mm)Scheimp?ugimages———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.24,No.11,20071429年者の水晶体は角膜の球面収差(正の収差)を打ち消す「負」の球面収差を有しているためで,高齢者の水晶体ではその打ち消す力は弱まり,ついには「正」の球面収差へ変化して眼球の全高次収差を増強させる.矢状とコマ収差も加齢に伴い増加するが,年間増加量は球面収差量に比べ少なく,自験例では約0.002μm(RMS)程度である.ただし,これに大きな球面収差が加わった場合,単眼での複視や三重視になることがある2).II水晶体核混濁と高次収差核白内障は水晶体核部の散乱が増強するとともに硬化が進んでいくことから,高次収差のなかでも球面収差が最も関与している.透明水晶体は加齢に伴い「正」の球(19)図6核混濁眼(症例2)の高次収差による網膜像シミュレーションとPSFセンサー(ダブルパス方式)による網膜像の比較RD混濁や核混濁の散乱が網膜像の質を低下させる.図5核混濁程度(症例14)と眼球全体の球面収差の変化-0.10.00.10.20.30.40.5Sphericalaberration(Z40,?m)眼球0.395角膜0.121症例1(81歳)症例2(74歳)症例3(79歳)症例4(83歳)-0.0120.1550.2030.2230.2040.208図4角膜と眼球の球面収差の加齢変化対象:透明水晶体を有する日本人329名,解析瞳孔径:6mm.角膜眼球0.00.10.20.30.40.520年齢(歳)球面収差(Z40,?m)水晶体の「負」の球面収差により眼球全体の高次収差は低下水晶体の「正」の球面収差により眼球全体の高次収差は増加807060504030———————————————————————-Page41430あたらしい眼科Vol.24,No.11,2007面収差が増し,核混濁の場合,混濁程度が高くなればなるほど眼球の高次収差は減少し,水晶体の「負」の球面収差が増していく.高度の核混濁(症例4)になると,角膜の「正」の球面収差までも打ち消すほどになる(図5).日常臨床において,核白内障症例が顕著な視力低下を示さない経験をすることがあるが,この影響もあると考える.しかし多くの症例では核混濁が単独で存在することは少なく,水晶体核部の散乱光強度の増強により,実際の網膜像の質はこれ以上に低下していると考えられる.図6は症例2のvectormap(眼球全体の高次収差を成分分解した図)とダブルパス方式3)を用いたPSF(pointspreadfunction)センサー(PSF-1000,トプコン)で,散乱の影響を含めてシミュレーションした網膜像である.Vectormapによるシミュレーション像ではコマ収差による網膜像の「ぶれ」はあるものの,20/20の視標でもLandolt環の切れ目が判別できる.しかしPSFセンサーによるシミュレーションでは散乱とretrodots混濁(RD混濁4))の影響で明らかに不鮮明な網膜像となっている.核白内障眼にはRD混濁を合併することが多く,その合併率は60%を超える.RD混濁は細隙灯顕微鏡による(20)図8高度近視眼での核混濁とY字縫合の高次収差への影響(症例7)核混濁による「負」の球面収差の増強とY字縫合に由来する矢状収差の増加が重なると単眼三重視をきたす.水晶体徹照像(↑:Y字縫合)図7Retrodots混濁の程度と網膜像の質Landolt環:散乱の影響を含めてシミュレーションした網膜像,視標は1.0logMARから0.1logMAR,解析瞳孔径3mm/解析:PSFセンサー.症例5:(矯正視力1.5)症例6:(矯正視力0.7)———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.24,No.11,20071431斜照法では観察はむずかしいが,徹照法では斑状の陰影として容易に観察できる所見である.この混濁は眼高次収差を増加させることは少ないが,前方散乱光(角膜から網膜方向への散乱光)の増強を促し,網膜像の質を低下させる.特に瞳孔領中心3mmに存在するRD混濁の量が増すと網膜像の質の低下も有意に低下する5).具体例を図7に示す.症例6は症例5より核混濁程度は低いが,RD混濁が瞳孔中心付近に多数存在し,PSFセンサーでのシミュレーション網膜像は明らかに不鮮明になっている.核白内障眼は近視化しやすいといわれるが,高度の近視眼の場合,「負」の球面収差量が顕著に増強し(球面収差マップの中心:濃青色部分),網膜像は極端に不鮮明になる.さらに矢状収差が加わると単眼の三重視をきたす(図8).矢状,コマ,球面収差が単独で存在する場(21)合には,網膜像のにじみは生じるが像の分離はない.極端に強度の収差でない限り,各収差単独での視力への影響は少ないが,コントラスト感度への影響は無視できないと考える.矢状収差を生む原因として水晶体のY字縫合による水晶体線維走行の乱れが考えられる.角膜収差に由来する場合も多く,核白内障眼のように球面収差が少ない場合でも,角膜の「正」の球面収差と矢状収差が強ければ単眼三重視は起こる(図9:症例8).一方,コマ収差が強くなると単眼の複視をきたす.症例9は水晶体線維方向にwater-cleftが入り込みコマ収差が強くなった症例である.瞳孔領の上部の波面は速く,下方は遅くなり,シミュレーション網膜像は上下にずれ二重になっている(図10).図10水晶体のwatercleftが関連した単眼複視(症例9,86歳)水晶体下方およびY字縫合に沿った水晶体線維走行にwater-cleftがみられ,眼球の収差マップでは瞳孔上下の収差が大きく異なる.??離滉??離滉図9「正」の球面収差の増強による単眼三重視(症例8)角膜の球面収差と矢状・コマ収差が主因である.コマ収差には眼瞼圧,矢状収差には水晶体Y字縫合の影響も加わっていると思われる.———————————————————————-Page61432あたらしい眼科Vol.24,No.11,2007(22)III皮質混濁と高次収差皮質混濁は白内障3主病型のうち最も有所見率が高く,なかでも水晶体赤道部から瞳孔中心へ進行する楔状・車軸状混濁を呈することが多い.混濁が瞳孔領まで進行しない限り視力への影響は少ないが,混濁進行パターンをみると水晶体線維走行に沿って混濁が伸びるため,一見,明らかな混濁がない部位でも水晶体線維走行に乱れが生じていると考えられる.瞳孔領(瞳孔径3mm)まで皮質混濁が進行している中等度混濁群と,瞳孔領まで達していない軽度混濁群の読書能力(読書チャートMNREAD-J6))を比較した結果,両群とも同年代の透明水晶体眼より有意に読書速度が低下していることがわかった(図11).つまり皮質混濁眼では矯正視力が良好であっても動的な視機能は低下し,日常生活に支障をきたすと考えられる.しかし読書速度の低下度には混濁程度の差は認められず,軽度混濁群でも散乱以外の視機能障害因子が絡んでいると推察された.そこで軽度混濁眼の眼高次収差を調べてみると,瞳孔径6mmの球面収差は同年代の透明水晶体眼と変わりなかったが,矢状とコマ収差は明らかに高値を示した図13皮質混濁による高次収差(矢状・コマ)の増強(症例10,55歳)右眼(上段):透明水晶体,左眼(下段):軽度の楔状皮質混濁を有する.図12瞳孔領3mm以内に混濁のない軽度皮質白内障眼の眼高次収差(解析瞳孔径6mm)0.00.10.20.30.40.50.60.7Aberration(?m,RMS,6mm)皮質白内障群0.282透明水晶体群0.213TrefoilNSp<0.05p<0.05SphericalComa0.2790.4070.2460.259図11水晶体皮質混濁の程度と読書能力(最大読書速度)の低下加齢により読書速度は年間,約4文字(1分間で)低下する.視力に影響しない程度の皮質混濁を伴うと,これよりさらに約60文字/分の低下が起こる.05010015020025030035040050年齢(歳)最大読書速度(cpm:文字数/分)約60文字(1分間)の有意な低下(p<0.05):透明水晶体群(50歳以上):軽度(瞳孔領に混濁なし):中等度(瞳孔領に混濁あり)85807570656055———————————————————————-Page7あたらしい眼科Vol.24,No.11,20071433(図12).近見での読書を考えて瞳孔径4mmで比較しても,コマ収差に有意差を認めた.これが読書能力の低下に関わる一因と思われる.皮質混濁は鼻側下方に発症することが多いが,この局在特性から水晶体線維走行にも部分的な乱れが生じていると考えられる.症例10の両眼の眼高次収差を比較すると,明らかな皮質混濁のない右眼と鼻側下方に楔状の混濁が存在する左眼では,球面収差量には差はないが,左眼は明らかに矢状収差のパターンを示し,わずかではあるがシミュレーション網膜像の質も低下している(図13).おわりに波面収差解析の技術が眼科領域にも導入され,水晶体の微小な変化が視機能に及ぼす影響をも捉えることが可能になってきた.不定愁訴で来院する患者への病状説明もより根拠のあるものになり,眼高次収差解析は白内障手術時期の決定にも役立っている.高次収差に含まれるパターンはまだ数多くあり,今後の詳細な解析が望まれるところであるが,水晶体に関してこれまでのところでは,おおよそつぎのようにまとめることできる.若年者の水晶体は非球面レンズ効果で眼球全体の高次収差を抑える働きをするが,加齢に伴い「正」の球面収差が増強していく.核混濁程度が上昇すると球面収差が減少(「負」の球面収差の増加)し,眼球全体の高次収差を軽減するが,高度近視が伴うと網膜像の質の低下を招く.皮質混濁は混濁の局在特性から矢状・コマ収差を生じる.ただし,これらの高次収差は各単独で存在する場合,その程度が顕著でない限り網膜像への影響は大きくはない.重要なのは,各混濁病型が合併したときに収差が増大し,単眼三重視などが生じることである.Y字縫合,water-cleftなど水晶体所見が高次収差に関係していることも視機能の質を考えるうえでは重要である.さらに核混濁に好発するRD混濁は眼高次収差を増強させるのではなく,その散乱光によって視機能に影響を与えていることも強調したい.本稿では後下混濁について触れなかったが,瞳孔中央部に局在する下混濁ではわずかな濁りでも視機能の低下をきたすことが多いこと,現在の収差計では技術的な面で計測が困難であり,ここではあえて取り上げなかった.最後に高次収差計測は細隙灯顕微鏡レベルでは観察がむずかしい水晶体線維走行などの微細な所見と視機能の関係を捉えるには非常に有用な手段であるが,明らかに進行した白内障眼の視機能評価には限界があることも知っておきたい事項である.文献1)SasakiK,HockwinO,SakamotoYetal:Highhurdleofclinicaltrialstodemonstrateecacyofanticataractgenicdrugs.Ophthalmologica214:390398,20002)不二門尚:新しい視機能評価システムの開発.第108回日本眼科学会総会宿題報告Ⅱ眼科検査診断法.日眼会誌108:809835,20043)大沼一彦,小林克彦,野田徹:PSFアナライザーの測定原理と臨床応用.視覚の科学25:94107,20044)VrensenG,WillekensB,DeJongPTetal:Heterogeneityinultrastructureandelementalcompositionofperinuclearlensretrodots.InvestOphthalmolVisSci35:199206,19945)坂本保夫:水晶体Retrodots混濁(眼内レンズセミナー252).あたらしい眼科24:6162,20076)小田浩一:ミネソタ読書チャートMNREAD-J.眼科診療プラクティス57,視力の測り方(丸尾敏夫編),p79,文光堂,2000(23)