———————————————————————-Page10910-1810/07/\100/頁/JCLS圧は通常720cmH2O(13mmHg)であり,眼内圧と拮抗している.眼内圧が極端に低下するか,脳脊髄液圧が上昇すると視神経線維は乳頭部で,球後からの圧力を受けることになる.このような解剖学的な特性により,視神経線維は視神経乳頭部の機械的圧迫によって,軸索輸送が障害されやすい1).一方,視神経乳頭の篩状板後方および篩状板部位は短後毛様動脈に灌流されているが,前篩状板部位では網膜中心動脈の分枝で栄養されていて,一種の分水嶺になっているため,機械的圧迫のみならず,循環障害もきたしやすい.循環障害もまた軸索輸送を停滞させるため,乳頭腫脹の原因となる.さらに,全身循環の眼内への流入部も視神経乳頭であるうえ,上述のように脳脊髄液が直後まで接しているため,血液や脳脊髄液内の腫瘍細胞が容易に視神経乳頭に浸潤する.このため,浸潤性に視神経乳頭腫脹をきたしうるのである.いずれにせよ,腫瘍の直接浸潤を除き,視神経乳頭腫はじめに視神経乳頭の腫れ,すなわち視神経乳頭浮腫は,網膜神経節細胞の軸索である視神経線維の中を流れる種々の物質(=軸索輸送)が,視神経乳頭部で停滞している現象である.機械的圧迫や循環障害などどのような原因であっても,視神経乳頭部で軸索輸送が停滞すれば視神経乳頭は腫れる.本稿では日常比較的よく遭遇する視神経乳頭浮腫の原因疾患,ならびに頻度は少ないが決して忘れてはならない重要な視神経乳頭浮腫の原因疾患について概説する(表1).I視神経乳頭が腫れるわけ視神経乳頭は120万本の網膜神経節細胞の軸索(=視神経線維)が眼球外へ流出する出口に相当する.視神経乳頭部では強膜がなくなり,代わりに篩状板が支持組織として存在するものの,他の位置に比べて組織学的に脆弱である.また,それまで網膜面に平行に走っていた視神経線維も視神経乳頭部で直角に折れ曲がるため,軸索輸送の停滞を招きやすい.さらに,視神経乳頭は篩状板の後方でくも膜下腔に接していることも忘れてはならない.すなわち球後視神経は外側から順に硬膜,軟膜,くも膜に包まれていて,くも膜と視神経実質との間のくも膜下腔は脳脊髄液で満たされている.くも膜下腔は盲端となり,篩状板後方で終わる.したがって,視神経乳頭部では他の部位と異なり,視神経線維は眼内圧のみならず,脳脊髄液圧によっても圧迫される.側臥位の脳脊髄(3)1553*MakotoNakamura:神戸大学医学部附属病院眼科〔別刷請求先〕中村誠:〒650-0017神戸市中央区楠町7-5-1神戸大学医学部附属病院眼科特とっても身近な神経眼科あたらしい眼科24(12):15531560,2007乳頭が腫れていたらWhatiftheDiscIsSwollen中村誠*表1腫れている乳頭の鑑別診断両眼片眼視神経乳頭炎小うっ血乳頭血症視神経炎う膜炎da病性乳頭症b性視神経症性視神経症血病,癌性髄膜症視神経乳頭炎眼腫視神経鞘髄膜腫血性視神経症う膜炎乳頭血炎乳頭ン性視神経症血病,癌性髄膜症———————————————————————-Page21554あたらしい眼科Vol.24,No.12,2007(4)脹は視神経線維の軸索輸送障害によって生じるのであるから,完全に網膜神経節細胞が死滅し,軸索輸送そのものが消失した後には,もはや乳頭浮腫は生じない.嗅神経溝髄膜腫では,腫瘍直下の視神経は圧迫により萎縮するため,腫瘍による頭蓋内圧亢進が生じても,対側眼にしか乳頭腫脹は生じない(=Foster-Kennedy症候群).なお,広義の乳頭腫脹は,頭蓋内圧亢進によって生じる場合うっ血乳頭(chokeddiscないしpapilloedema)とよばれ,それ以外の原因による場合は狭義の乳頭腫脹ないし乳頭浮腫(discswellingないしswollendisc)とよばれるのが通例である.II両眼性乳頭腫脹をみたら乳頭浮腫は両眼性と片眼性で,共通する病因もあれば異なる場合もあるが,両者を分けて考えるとわかりやすい.比較的よく遭遇する両眼性の乳頭浮腫としては,視神経乳頭炎とうっ血乳頭がある(表1).1.視神経炎特発性視神経炎(idiopathicopticneuritis)は,視力低下・中心暗点を自覚する代表的な視神経疾患である.視神経乳頭腫脹を伴う乳頭炎(papillitis)型(図1)と,球後視神経のみの炎症で,乳頭腫脹を伴わない球後視神経炎(retroblubaropticneuritits)型に分けられてきたが,実際には乳頭炎型と思われていた症例の多くで,球後視神経から頭蓋内視神経まで炎症が波及していることがMRI(磁気共鳴画像)検査でわかるようになってきた.視神経炎は若年壮年の女性に好発するが,小児期にも生じる.小児期の視神経炎は,成人例に比べ,両眼発症し,乳頭炎型を呈することが多い2).そして通常,感冒,インフルエンザ,麻疹,風疹などなんらかのウイルス感染やワクチン接種後数日から数週して発症する.視力低下の程度は強く,光覚弁前後まで落ちることが少なくない反面,回復も良好なことが多い.ステロイドによく反応する一方,離脱を急ぐと再燃しやすいため,成人に比べてゆっくりと漸減させる必要がある.視神経の脱髄が原因と推定されるが,成人に比べて多発性硬化症(multiplesclerosis:MS)へ移行することはまれである.その反面,視神経以外の広範な中枢神経系統の脱髄が急速に進行する,急性散在性脳脊髄炎(acutedisseminated図1視神経乳頭炎の眼底写真とHeidelbergretinatomograph(HRT)三次元写真左:眼底写真.視神経乳頭の境界が不鮮明となり,網膜血管の蛇行を認める.右:HRT三次元写真.乳頭の突出が明らかである.HRT3D解析所見眼底写真———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.24,No.12,20071555(5)encephalomyelitis:ADEM)の部分症として発症していることがある.放置すれば2030%の致死率であるので,これと鑑別するため,小児視神経炎に遭遇すればただちに頭蓋内MRIを施行する必要がある(図2).一方,成人の視神経炎は片眼発症で,球後視神経炎型を呈することが多く,常に多発性硬化症への移行を念頭に置く必要がある.小児であっても成人であっても,眼球運動時痛を伴うこと,片眼性であれば相対的入力瞳孔反射異常(relativeaerentpupillarydefect:RAPD)を認めることと,中心フリッカーが極端に低下することは共通している.乳頭炎型であれば,蛍光眼底造影を行えば,乳頭からの蛍光色素の漏出をみる.確定診断には,眼窩部脂肪抑制MRIと頭部MRIが必須である(図2).水平断ではうまく視神経病変を捉えることができないので,冠状断を中心にオーダーすることが肝要である.眼窩部MRIでは視神経軸索そのものの腫大や造影効果がみられる.頭部MRIでは,いわゆるMSプラークとよばれる高信号病巣の有無ないし小児ではADEMを示唆する脳実質の病巣の有無をチェックする.治療に関しては,視神経炎アップデートの項に譲る.2.うっ血乳頭頭蓋内圧亢進により,乳頭部で篩状板をはさんだ脳脊髄液圧と眼内圧の較差が逆転するために生じる1).初期には,一過性霧視などを除き,視機能は良好で,Mari-otte盲点の拡大を認めるのみである.確定診断が遅れて,うっ血乳頭が長期に持続するとやがて視神経萎縮に陥り,不規則な視野狭窄と視力低下をきたす.両眼の視機能障害を伴わない乳頭浮腫をみれば,医師であれば誰でもうっ血乳頭を疑って,頭蓋内画像検査をオーダーするであろう.ただし,多くの場合,頭蓋内占拠性病変を予想しているのではないか.そのため,水平断CT(コンピュータ断層撮影)で事足れりとする向きが少なくない.しかしこれでは不十分かつ非常に危険である.うっ血乳頭をきたす疾患は,脳腫瘍などの占拠性病変に加えて,静脈洞血栓症や肥厚性硬膜炎などがある3).これらは水平断のCTやMRIではなんら異常を検出できず,原因を見落としてしまう.前者はMRangiographyやvenographyが必要であるし,後者は冠状断で造影MRIをオーダーする必要がある.また,髄膜炎後にも頭蓋内圧亢進がみられることがあるし,肥満や薬剤(経口避妊薬,テトラサイクリン,副腎皮質ホルモンなど)が原因で生じる良性頭蓋内圧亢進も記憶の隅図2視神経乳頭炎のMRI像左眼視神経全体が腫脹・造影されている(矢印).冠状断T2強調画像Gd-DTPA造影脂肪抑制T1強調画像冠状断矢状断———————————————————————-Page41556あたらしい眼科Vol.24,No.12,2007(6)にとどめておくべきである.3.うっ血乳頭の鑑別診断両眼の乳頭腫脹と良好な視機能を示しながら,頭蓋内圧亢進によらない疾患がある.一つが無菌性髄膜炎による視神経周囲炎である.視神経軸索の直接障害はなく,髄鞘内に炎症が留まっている状態である.眼窩内画像検査で視神経のリング状の高輝度信号が認められる.おそらくはこの非典型例としてVogt-小柳原田病(VKHdisease)を忘れてはならない(図3).いまさら言うまでもないが,VKHdiseaseはメラノサイトに対する自己免疫疾患である.メラノサイトはくも膜にも存在し,そのためVKHdiseaseでは髄膜炎が生じる.典型的なVKHdiseaseでは漿液性網膜離が出現するが,乳頭炎型で発症すると経過期間中を通じてもこれを欠くことがある.その場合でも,病初期から前眼部炎症所見や眼底にも脈絡膜皺襞を示し,視機能も低下することが多いが,まれに初期には視機能も良好で,前眼部炎症を伴わず,乳頭腫脹以外眼底病変が欠落するものがある.この場合,蛍光眼底造影でも後期まで,乳頭部からの色素漏出以外なんら異常所見を示さない.ところが,視神図3当初両眼乳頭腫脹のみで発症したVogt小柳原田病上段:初診時.前眼部に炎症所見はなく,眼底も視神経乳頭浮腫を認めるのみであった.下段:1カ月後.角膜後面沈着物,虹彩後癒着を認める.右眼左眼———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.24,No.12,20071557て,Leber遺伝性視神経症とシンナーなどの中毒性視神経症があげられる.前者は若年男性に好発し,数週から数カ月の間に両眼の中心暗点と視力低下が進行し,視神経萎縮となる母系遺伝性視神経症である.後者は,主成分トルエンとメチルアルコール毒性による.他の上述疾患とは少し雰囲気が異なり,両者の乳頭腫脹所見は,乳頭の赤みと神経線維の腫脹に比べ,乳頭そのものの境界はそれほど不鮮明とはならず,また蛍光眼底造影検査でも蛍光色素の漏出をみない.前者は有効な治療はないが,完全な失明に至ることはまれである.後者は,早期に発見しシンナー吸引を止めなければ失明のみならず,他の中枢神経も広範に重篤な障害を受ける.片眼性であれ,両眼性であれ,頻度は非常にまれでは(7)経周囲炎として経過をみていると,1カ月ほどしてから,前眼部炎症が出現する(図3).このような例では髄液検査が確定診断に必要で,細胞増多を認める.両眼性の視神経乳頭腫脹をみれば,必ずVKHdiseaseを疑ってかかる必要がある.一方,糖尿病患者では網膜症の有無にかかわらず,両眼の乳頭腫脹を認め,しかも視機能障害がないか軽度なことがある.これを糖尿病性乳頭症(diabeticpapillopa-thy)とよぶ4)(表1).この場合は頭蓋内圧亢進を伴わず,自然寛解する.4.その他,忘れてはならない両眼性乳頭腫脹青少年期に好発する両眼性乳頭浮腫の鑑別診断とし図4中枢神経系原発悪性リンパ腫による視神経炎a:発症初期の眼底.視神経乳頭は境界不鮮明で発赤しており,表層網膜出血も認める.b:髄液内にみられた腫瘍細胞.c:Goldmann視野.左眼の比較中心暗点を認める.acb———————————————————————-Page61558あたらしい眼科Vol.24,No.12,2007(8)あるが,乳頭腫脹をきたす疾患のなかで,生命予後にかかわる重大な病態として,浸潤性視神経症がある5).先に述べたように,視神経乳頭は血液・髄液からの腫瘍細胞の直接浸潤を受けやすい解剖学的位置にある.若年ないし中年期の代表的浸潤性視神経症としては白血病が,中高年以降のそれとして中枢神経系悪性リンパ腫と癌性髄膜症があげられる.白血病による浸潤性視神経症は治療寛解期に出現することが多く,既往に白血病のある患者で視機能障害を訴えたならば,たとえ軽度であったとしてもこれを念頭に置き,ただちに画像検査を行うとともに,血液内科医と放射線科医と連携して迅速に治療に当たらねばならない.一方,中枢神経系悪性リンパ腫と癌性髄膜症では,ともに頭蓋内占拠性病変をとることなく,頭蓋内圧亢進や腫瘍の視神経への直接浸潤の形で,片眼性ないし両眼性視神経乳頭腫脹を生じる(図4,5).悪性腫瘍の既往のある患者で乳頭腫脹を認める場合は癌性髄膜症を,ステロイドに反応しないか急速に再燃する原因不明の視神経炎を認めた場合は,中枢神経系悪性リンパ腫を常に念頭に置き,頭部画像検査に加えて,髄液検査を何度も行うことをためらってはならない.一日の遅れがそのまま患者の生死に直結するからである.III片眼性乳頭腫脹をみたら片眼性の乳頭腫脹は,両眼性のものと異なり,病因が局所,すなわち病変側の乳頭から眼窩内に存在していることを意味している.代表的な疾患は,若年壮年にかけては視神経炎であり,高齢者では虚血性視神経症である4).前者は,先に述べたとおりである.一方,後者は,突発する視力低下と視野欠損を主徴とする.視神経炎と異なり,無痛性である.視神経乳頭部が腫脹する前部虚血性視神経症(anteriorischemicopticneuropathy:AION)と,腫脹しない後部虚血性視神経症(posteriorischemicopticneuropathy)に大別される.病因論的には側頭動脈炎などに起因する動脈炎性と,非動脈炎性に分けられる.AIONにみられる乳頭浮腫は,他の乳頭腫脹と異なり,色調が蒼白で,蛍光眼底造影で,乳頭に梗塞による低灌流領域がみられることが多い.これはAIONが視神経乳頭の篩状板部を栄養する短後毛様動脈閉塞によるからである.頻度は少ないものの,忘れてはならないものとして,視神経鞘髄膜腫(opticnervesheathmeningioma:ONSM),視神経乳頭部サルコイドーシス,浸潤性視神経症がある.眼窩内腫瘍は,通常,容積効果により,眼球偏位,眼球運動障害をきたし,複視を主訴に来院することが多い.一方,くも膜から発生する髄膜腫は,眼窩内の視神経鞘も好発部位とし,視神経鞘の長軸に沿って進展する図5癌性髄膜炎による両眼うっ血乳頭———————————————————————-Page7あたらしい眼科Vol.24,No.12,20071559(9)ため,比較的長期間無自覚のまま経過する.顕性化しても眼球運動障害ではなく,視力低下や視野欠損で発症するので,視神経炎と間違われやすい.視神経乳頭になんら変化をきたさないこともあるし,著明な乳頭腫脹を生じることもある5).眼窩部脂肪抑制MRIを撮ると,冠状断では正常な軸索を取り巻くようなリング状の高輝度陰影が得られる.矢状断では頭蓋内へと浸潤していく所見がみられる(図6).著明な造影効果があるのも特徴である.先にも述べたように水平断では正確な情報は得られにくい.近年,放射線治療の進歩により,ONSMも治療可能になりつつある.早期発見が重要たる所以である.両眼性の視神経乳頭に潜むぶどう膜炎がVKHdis-easeならば,片眼性のそれはサルコイドーシス6)である.サルコイド結節は視神経のいかなる場所でも形成される.視神経乳頭も例外ではない.他のぶどう膜炎であっても,乳頭腫脹をきたしうるが,その場合は,網膜にも血管炎や実質の炎症を伴う.視神経乳頭に限局した病図6右眼視神経鞘髄膜腫a:眼底写真.著明な乳頭腫脹と,網膜中心静脈閉塞症様の網膜出血と血管拡張・蛇行を認める.b:Goldmann視野.著明な求心性狭窄を認める.c:眼窩部脂肪抑制造影MRI冠状断.視神経を取り囲むようにリング状に異常陰影がみられる.d:同矢状断.頭蓋内へ浸潤する病巣がみられる.acbd———————————————————————-Page81560あたらしい眼科Vol.24,No.12,2007(10)メジカルビュー社,19992)BrodskyMC,BakerRS,HamedLM:Theswollenopticdiscinchildhood.PediatricNeuro-ophthalmology,p76-124,Springer-Verlag,NewYork,19963)正井宏和:うっ血乳頭.眼科プラクティス5,これならわかる神経眼科(根木昭編),p160-163,文光堂,20054)中村誠:視神経症.眼科プラクティス7,糖尿病眼合併症の診療指針(樋田哲夫編),p200-203,文光堂,20065)中尾雄三:腫瘍による視神経症.眼科プラクティス5,これならわかる神経眼科(根木昭編),p198-201,文光堂,20056)三村治:サルコイドーシス.新臨床神経眼科学(三村治編),p236-237,メディカル葵出版,2001変をきたすぶどう膜炎の種類はその意味で限られる.いずれにせよ視神経炎をみれば,アンギオテンシン変換酵素を含めたぶどう膜炎関連血液検査,胸部X線,ツベルクリン反応試験をルーチーンに行うべきである.浸潤性視神経症についてはすでに述べた.その他,乳頭血管炎や乳頭ドルーゼンも鑑別に加えておきたい疾患であるが,紙面の都合上,他の成書に譲ることとする.文献1)柏井聡:うっ血乳頭(頭蓋内圧亢進症).新図説臨床眼科講座8,神経眼科(田野保雄監修,若倉雅登編),p14-15,