———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.24,No.6,2007???0910-1810/07/\100/頁/JCLSはじめに網膜中心動脈閉塞症(centralretinalarteryocclu-sion:CRAO)は心臓や頸動脈からの塞栓による網膜中心動脈(球後部)の血栓症で,cherry-redspotを特徴とする眼底所見をもちます.眼科のなかでは古典的な疾患で,眼科医であれば誰でも知っている疾患です.しかし,眼科治療が日進月歩であるのに対し,CRAOに対する治療法は確立されたものはありません.一方,網膜静脈閉塞症に対しては,組織プラスミノーゲンアクチベーター(tissueplasminogenactivator:t-PA)の硝子体内投与,トリアムシノロンアセトニドのTenon?内投与や硝子体内投与,抗血管内皮細胞増殖因子抗体(抗VEGF抗体)であるアバスチンの硝子体内投与,硝子体手術による後部硝子体?離作製や内境界膜の併用などの治療が有効であるとの報告があります.本稿では,今までの行われてきた治療成績のレビューと,現在新たに行われている治療を紹介します.CRAOの予後と通常治療の効果Hayrehら1)は244例260眼を4群に分け,レトロスペクティブに検討しました.内訳は側頭動脈炎を伴わないnon-arteriticCRAO(NA-CRAO)が171眼,毛様体網膜動脈(cilioretinalartery)による回避があるNA-CRAOが35眼,一過性のNA-CRAOが41眼,側頭動脈炎を伴うCRAOが13眼でした.指数弁以下の視力であったが経過中に視力が改善した症例は,一過性のCRAOの82%,毛様体網膜動脈による回避があるNA-CRAOの67%,NA-CRAOの22%であり,閉塞するタイプによって視力予後が異なることを報告しました.Atebaraら2)は側頭動脈炎を伴わないCRAOに対する前房穿刺とCarbogen(95%酸素,5%二酸化炭素)の吸引の有効性を,治療を行った40眼と無治療群49眼で比較しました.発症24時間以内に来院した症例を治療群とし,24時間を超えて来院した症例は無治療群としましたが,2群間で有意差がみられず有効ではないと結論しています.Muellerら3)も眼球マッサージ,アセトゾラミドの内服,bブロッカーの点眼,前房穿刺とヘパリンの皮下注射などの最小侵襲治療法は自然経過と同じであると結論しています.局所動脈内血栓溶解術局所動脈内血栓溶解術(localintra-arterial?brino-lysis:LIF)は,Schumacherら4)によって1991年に報告された方法です.まず局所麻酔下で大腿部動脈より,内頸動脈と眼動脈分岐の近位端にカテーテル先端を挿入し,10分ごとに眼科医が眼底検査を行いながらウロキナーゼを約100万単位,もしくは組み換えt-PAの約50mgを1時間から2時間半かけて注入する治療です.Beattyら5)はLIFを行った既報(16の臨床報告)をまとめ,LIFを施行した100例のうち,最終視力1.0以上が14%,0.5以上が27%でしたが,0.05未満が61%あり,通常治療と比べて有効である可能性を示唆しました.Schmidtら6)はCRAO178例のうち,眼球マッサージや前房穿刺などの通常治療を行った116例とLIFを行った62例を比較検討し,LIF群で有意に視力が改善していたと報告しました.しかし,LIF施行群の年齢が若い傾向にあり,また発症から受診までの時間も短い傾向がありました.そこで,現在EAGLE(EuropeanAssess-mentGroupforLysisintheEye)studyという無作為前向き研究が進行中です7).この治療は放射線科との共同で行われなければなりませんが,全身的な合併症も多くはないとされ,今後の検討が待たれます.YAGレーザーによる血栓溶解Opremcakら8)は網膜動脈分枝閉塞症(branchretinalarteryocclusion:BRAO)に対して,血栓をNd:YAGレーザーで粉砕して,血流が改善し視力改善が得られた2例を報告しました.さらにFeistら9)は網膜中心動脈の分岐点に血栓がみられたCRAOの症例にYAGレーザーを行い,視力が指数弁から0.6に改善した1例を報告しました.BRAOに対してはこの治療は有効と考えられますが,血栓が少なくとも視神経乳頭上の網膜動脈内で視認されなければレーザーが施行できないといった(97)◆シリーズ第78回◆眼科医のための先端医療監修=坂本泰二山下英俊井上真(杏林アイセンター)網膜中心動脈閉塞症への治療の試み─動脈内局所血栓溶解とNd:YAGレーザー血栓溶解,硝子体手術血栓除去———————————————————————-Page2???あたらしい眼科Vol.24,No.6,2007症例の制限があります.硝子体手術による血栓除去Garcia-Arumiら10)は網膜動脈閉塞症(BRAOとCRAO)に対し,硝子体手術で網膜動脈を縦に切開し,動脈内の血栓を除去する術式の成績を報告しました(図1).7眼中6眼で血栓は摘出され,視力の中間値は0.05(手動弁~0.8)から0.5(手動弁~0.8)に改善しました.しかし,7眼中1眼に含まれたCRAOには,術前手動弁から術後手動弁と不変であり改善がみられてはいません.YAGレーザーの術式同様に視神経乳頭上に血栓が視認されねばならず,視神経内の網膜中心動脈内に血栓があれば治療のしようがありません.まとめ今後EAGLEstudyでLIFの有効性が確立されれば,どの場所に閉塞部位があっても治療の適応となるため,虚血?再灌流による組織障害は解決されていないものの,治療が広がる可能性があります.かつては脳梗塞などに対しては保存療法が原則とされてきましたが,血栓溶解療法が新鮮例に適応となったように同様の治療が眼科疾患に対しても広がってくる可能性があると考えられました.文献1)HayrehSS,ZimmermanMB:Centralretinalarteryocclu-sion:visualoutcome.???????????????140:376-391,20052)AtebaraNH,BrownGC,CaterJ:E?cacyofanteriorchamberpracentesisandCarbogenintreatingacutenon-arteriticcentralretinalarteryocclusion.?????????????102:2029-2034,19953)MuellerAJ,NeubauerAS,SchallerUetal:EuropeanAssessmentGroupforLysisintheEye.Evaluationofmin-imallyinvasivetherapiesandretionaleforaprespectiverandomizedtrialtoevaluateselectiveintra-arteriallysisforclinicallycompletecentralretinalarteryocclusion.???????????????121:1377-1381,20034)SchumacherM,SchmidtD,WakhlooAK:Intra-arterial?brinolysisincentralarteryocclusion.?????????31:240-243,19915)BeattyS,AuEongKG:Localintra-arterial?brinolysisforacuteocclusionofthecentralretinalartery:ameta-analysisofthepublisheddata.???????????????84:914-916,20006)SchmidtDP,Schulte-MontingJ,SchumacherM:Progno-sisofcentralretinalarteryocclusion;focalintraretinal?brinolysisversusconservativetreatment.?????????????????23:1301-1307,20027)FeltgenN,NeubauerA,JurkliesBetal;theEAGLE-StudyGroup:MulticenterstudyoftheEuropeanAssess-mentGroupforLysissintheEye(EAGLE)forthetreat-mentofcentralretinalarteryocclusion:designissuesandimplications.EAGLEstudyreportno.1.????????????????????????????????244:950-956,20068)OpremcakME,BennerJD:TranslumenalNd:YAGlaserembolysisforbranchretinalarteryocclusion.??????22:213-216,20029)FeistRM,EmondTL:TranslumenalNd:YAGlaserembolysisforcentralretinalarteryocclusion.??????25:797-799,200510)Garcia-ArumiJ,Martinez-CastilloV,BoixaderaAetal:Surgicalembolusremovalinretinalarteryocclusion.???????????????90:1252-1255,2006(98)図1硝子体手術による動脈内の血栓を除去する術式■「網膜中心動脈閉塞症への治療の試み」を読んで■今回は井上真先生(杏林アイセンター)による網膜中心動脈閉塞症(centralretinalarteryocclusion:CRAO)の最新の治療です.CRAOは眼科医であれば誰でも診断できる疾患ですが,なかなか治せない疾患です.病態研究をもとに局所動脈内血栓溶解術が考案され,成果をあげているというのは大変な技術の進歩です.t-PAによる治療は脳梗塞にも応用され,その治療成績を上げていることが知られていますが,問題─動脈内局所血栓溶解とNd:YAGレーザー血栓溶解,硝子体手術血栓除去─———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.24,No.6,2007???(99)☆☆☆は眼科にしろ脳外科にしろ技術に裏打ちされた確かな診断というか適切な臨床的な判断をする能力が大切であるということです.また,眼底検査で血栓が視認されればYAGレーザーや硝子体手術で血栓を除去またはより末?側に移動させることにより視力予後の改善を図ることができるという治療も魅力的です.眼科の救急疾患として,眼球マッサージによる血栓の移動や前房穿刺による眼圧を降下させ灌流圧を確保することなどによって急場をしのぐ治療から今後,治療戦略が大きく変わる可能性を示しています.適切な臨床的な判断をする能力とはなんでしょうか?完全ではありませんが,いい参考資料になるのが臨床研究に基づいたエビデンスであり,それを臨床現場で利用する方法を説いたEBM(evidence-basedmadicine)ということになります.井上先生の紹介で,局所動脈内血栓溶解術についての検討ではSchum-acherらによって報告された方法をBeattyらが100例,Schmidtらが178例で既存の治療と比較して有効性,安全性を検証していること,さらにはEAGLEstudy(本文参照)という無作為前向き研究が進行中とのことから,海外における疫学研究の戦略的な取り組みのすばらしさを感じます.CRAOのように一施設では症例数が限られているので,有効な治療法を開発するためにはこのようなエビデンスを蓄積するための臨床研究がきちんと行える枠組みを今後日本でも確立していく必要があると考えます.日本人での医療に必要なエビデンスは欧米での臨床研究をそのままもってきて行うことは困難な面があります.たとえば,治療薬であれば,その用量や治療のタイミングなどは日本で独自に検証する必要があると考えます.ただ,これには膨大な費用がかかることであり,公的資金のみでは十分な研究費を確保できない可能性もあります.公的,中立的な機関があって臨床研究の質を上げるようにすること(アメリカのNIHのような組織),その機関が潤沢な研究費を使えるように公的な補助,研究費の寄付制度の改革,研究の倫理的な適正さを確保するシステムの工夫など今後,産官学が共同でシステム構築に努める必要があると考えます.そうしないと日本発の画期的な治療薬や治療法が臨床で使えない,治療薬などは輸入に頼り医療費の適正な執行が困難になるといった将来の問題が出てきます.遠い将来ではなく,近未来の問題であり,いまこそこの点をきちんと議論し実行していくことが重要と考えます.山形大学医学部視覚病態学山下英俊