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涙液と高次収差

2007年11月30日 金曜日

———————————————————————-Page10910-1810/07/\100/頁/JCLS収差,球面様収差,全高次収差のいずれもが涙液層破綻後では有意に高くなっていた.瞬目直後のHartmann像は,スポットパターンのひずみがほとんどみられず,高次収差のカラーコードマップはほぼ均一な緑色で,高次収差は非常に少ないのに対し,涙液層が破綻した瞬目15秒後では,スポットパターンにひずみがみられ,中央部,下方の高次収差マップに色の変化がみられ,高次収差が増加しているのがわかる4)(図1).はじめにドライアイはこれまで視機能障害をきたさない疾患と考えられ1),主として,涙液の量/質的低下,角膜上皮障害に関するものが詳細に解析されてきた.しかし,近年眼科臨床においてqualityofvisionの重要性が認識されるなか,従来の視力検査では検出することができなかった,涙液変化による視機能異常を捉えることが可能になり,さらにドライアイの新しい定義に「眼不快感や視覚障害を伴う」ことが追加され,ドライアイにおける視機能評価はますます重要となってきている2,3).正常人においても環境やVDT(visualdisplaytermi-nal)作業などによって,涙液層や瞬目のパターンが変化することが知られているが,これに伴って視機能がどのような変化を生じるかは興味があるところである.従来,光学的特性を動的に評価することはむずかしかったが,最近波面センサーによって動的に眼球光学系の特性を評価することが可能となってきた.本稿においては,実際に瞬目がくり返されるなかでの眼球高次収差の連続測定と,さまざまな涙液動態における涙液動態と高次収差の関係を中心に解説したい.I涙液層破綻と高次収差涙液層の破綻が眼球の光学的特性に及ぼす影響について,以前筆者らは波面センサーを用いて,正常人に対して涙液層破綻前後で眼球全体の高次収差を測定したところ,瞳孔径4mm,6mmのいずれにおいても,コマ様(51)1461*ShizukaKoh:大阪大学大学院医学系研究科眼科学教室〔別刷請求先〕高静花:〒565-0871吹田市山田丘2-2大阪大学大学院医学系研究科眼科学教室特集●眼の収差を理解するあたらしい眼科24(11):14611466,2007涙液と高次収差DynamicsofTearFilmandHigher-OrderAberrations高静花*図1涙液層破綻前後のHartmann像と高次収差カラーマップa.瞬目直後b.瞬目15秒後Hartmann像高次収差マップ———————————————————————-Page21462あたらしい眼科Vol.24,No.11,2007II短焦点型波面センサーによる測定,解析涙液動態変化が視機能に与える微細な影響を動的かつ定量的に評価するために,筆者らは短焦点型波面センサーを開発した5).これは現行モデルに比べて測定スポットが多く微細な変化を捉えること,そして1秒ごとの測定で最長60秒まで連続測定が可能である.方法a.測定短焦点型波面センサーを用いて,高次収差を1秒ごとに30秒間(あるいは60秒間)連続測定する.測定中の瞬目間隔はVDT作業時などの瞬目抑制下を想定した10秒ごととしている6).また,眼球表面上の涙液は,温度,湿度の影響を受けるため,室内環境を一定に保った状態で測定を行う.高次収差の解析はZernike多項式を用いて,瞳孔径4mmについて6次までZernike展開し,コマ様収差,球面様収差,および両者をあわせた全高次収差を算出する7).b.高次収差の変化の指数瞬目後10秒間に測定される眼球全高次収差の変化の指数として,つぎの2つの指数を定義した(図2).Fluctuationindex:高次収差のばらつきをみるもので,10秒間に得られた高次収差の標準偏差から算出する.Stabilityindex:高次収差の全体的な変化の傾向をみるもので,10秒間に得られた高次収差の回帰直線の傾きから算出する.値が高くなるほど,変化の傾向が大きいことを示す.IIIさまざまな涙液動態における高次収差変化涙液動態と高次収差の関係については,角膜トポグラフィーを用いて角膜の高次収差を経時的に調べた研究もなされている8,9)が,ここでは,一連の研究5,1013)によって得られた,涙液動態に伴う眼球全体の高次収差の経時的変化について述べる.1.正常眼屈折異常以外に異常を認めない正常眼20眼に対し,高次収差の連続測定を行ったところ,20眼のうち,値(52)?Fluctuationindex(FI):高次収差のばらつき?Stabilityindex(SI):高次収差の変化の傾向全高次収差(?m)SI●FI時間(秒)瞬目瞬目図2高次収差の変化を示す指数図3正常眼における瞬目後の高次収差の経時的変化blinkc.のこぎり型b.動揺型a.安型定00.050.100.150.200.250.30RMS(?m):コマ様収差:全高次収差051015202530時間(秒)00.050.100.150.200.250.30RMS(?m)051015202530時間(秒)00.050.100.150.200.250.30RMS(?m)051015202530時間(秒):球面様収差———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.24,No.11,20071463がほぼ一定のもので増減傾向がみられない「安定型」が25%,増減の傾向はないものの,値にばらつきがみられる「動揺型」が45%,瞬目ごとに値が増加する傾向にある「のこぎり型」(形状がのこぎり歯に似ている)が20%にみられた.20眼のうち2眼はいずれにも属さず,分類不能であった(図3).のこぎり型では,瞬目ごとに高次収差が増加するという特徴的なパターンを示し,しかも,瞬目ごとに収差の値も高くなっていた.経時的な(53)図4瞬目後の高次収差マップの経時的変化(a:安定型,b:のこぎり型.)コマ様収差球面様収差全高次収差瞬目瞬目時間(秒)19876a5423コマ様収差球面様収差全高次収差瞬目瞬目時間(秒)19876b5423———————————————————————-Page41464あたらしい眼科Vol.24,No.11,2007高次収差の変化の指数を3群で比較したところ,Fluc-tuationindex,Stabilityindexともに,のこぎり型では安定型と動揺型に比べて有意に高値を示していた.安定型では瞬目後10秒間,高次収差マップもsimulationの網膜像もおおむね安定しているのに対し(図4a),のこぎり型では瞬目後時間が経過するにつれて,全高次収差マップの下方の青色が増強するなど著明に変化し,また網膜像も経時的に悪化していくのがわかる.間隔の長い瞬目を行うと,不安定な涙液動態が高次収差に現れやすく,安定した視機能が得られていない可能性がある.また,全高次収差の変化との連動は球面様収差よりコマ様収差が強く,涙液層の厚みの非対称な変化との関連が示唆するものと思われる(図4b).このように,臨床的にドライアイのない正常眼でも,安定型,動揺型,のこぎり型とvariationがあることが高次収差の連続測定により示された5).2.BUT短縮型ドライアイBUT(tearbreak-uptime)短縮型ドライアイ(shortBUTドライアイ)は,異常所見としてBUTの極端な短縮のみを認め,眼精疲労などの眼不快感や視覚に関する症状を強く訴えることが多い,涙液の質的な異常がある病態と知られている.ShortBUTドライアイにおいて,瞬目に伴う高次収差の経時的変化を測定すると,瞬目後に高次収差が増加傾向を示す「のこぎり型」がみられ,全高次収差,コマ様収差,球面様収差のいずれも瞬目後に有意に増加していた10).ShortBUTドライアイでは角膜上皮障害はない,あるいはあってもわずかなので,瞬目直後の高次収差は高くなく,そして,瞬目抑制下では,涙液の質的異常が高次収差の増加をもたらし,それが眼精疲労や視覚に関わる症状の原因となると推察される.正常眼のこぎり型グループとの違いは,shortBUTドライアイでは自覚症状を訴えるということであるが,自覚症状の有無が,BUTが5秒よりも短いからなのか,それともshortBUTドライアイは他になにか視機能的に問題があるのかというのは興味あるところで,VDT作業,IT(informationtechnology)眼症と関連が深いという背景があるだけにその病態生理の解明が期待される.(54)コマ様収差球面様収差全高次収差SimulatedLandoltC(logMAR0)瞬目瞬目時間(秒)198765423図5涙液減少型ドライアイにおける高次収差マップの経時的変化Sjogren症候群.BUT:2秒,Schirmertest:2mm.———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.24,No.11,20071465(55)3.涙液減少型ドライアイ涙液が量的にも質的にも低下し,角膜中央部に上皮障害を生じているドライアイでは,高次収差は瞬目後から高く,経時的なばらつきはあるものの,増加傾向を示すのこぎり型はみられない.高次収差のカラーマップも正常眼の安定型に比べ,赤色,青色が増強しており,瞬目と瞬目の間でLandolt環像はずっとぼけたままで,経時的に著明に悪化していく様子はみられない(図5).このメカニズムについては,まず角膜上皮障害があると光学面が不整になり高次収差が増加する.そして,涙液減少型ドライアイではtearbreak-upが速く,涙液層は不安定であるが,涙液量そのものが少なく,水層の厚みも大変うすいため,正常人の「のこぎり型」やBUT短縮型ドライアイのような動態変化が高次収差に現れにくかったと考えらる11).4.涙点プラグ挿入後視力低下を訴えたドライアイ症例涙点プラグ治療は,涙液量を増やすことにより,角結膜上皮障害を改善し眼球の光学的特性をも改善させるすぐれた治療であるが,プラグ挿入後にドライアイ症状は改善したものの,かえって涙液量増加による流涙,およびそれによる見えにくさを訴えることはときどき経験される.点眼治療が有効でなかった中等度の涙液減少型ドライアイに対し,涙点プラグを上下涙点に挿入したところ,自覚的,他覚的にもドライアイ症状は改善したが,「涙がたまって,まばたきのたびにかえって見えにくい」と訴えた.そこで,眼球高次収差を治療前後で測定したところ,プラグ挿入前は瞬目後の高次収差の変化は軽微であったが,プラグ挿入後では,瞬目後数秒でピークを示し,その後徐々に下がり,また瞬目でピークを迎えるという「逆のこぎり型」パターンを示していた(図6).全高次収差の変化は,球面様収差よりコマ様収差との連動が強く,涙液層の厚みの上下非対称な変化との関連が示唆された12).このように,涙点プラグ挿入によって上皮障害が改善しても,過剰な涙液が貯留し,それが瞬目により移動すると,視機能低下を生じる可能性があることがわかる.おわりに波面収差の連続測定により,瞬目に伴うさまざまな涙液動態が視機能に及ぼす影響を動的かつ定量的に評価することが可能である.ドライアイの病態理解および治療効果の評価を考えるうえで,涙液動態が視機能の質に及ぼす影響を動的かつ定量的に評価し,光学の観点からドライアイの病態とqualityofvisionを関連付けることは,今後よりいっそう重要になると思われる.今後,ドライアイやさまざまな涙液動態の光学的特性を評価することにより,ドライアイの病態の解明,および,各種点眼,コンタクトレンズ13)など良好な視機能が得られる治療法の開発の模索,およびその治療効果の評価に役立つと考えられる.図6涙点プラグ挿入後に視力低下を訴えた患者における,プラグ挿入後の高次収差の変化00.050.10.150.20.250.300.050.10.150.20.250.3瞬目RMS(?m):コマ様収差:全高次収差05101520253530404550556065時間(秒)RMS(?m)05101520253530404550556065時間(秒):球面様収差———————————————————————-Page61466あたらしい眼科Vol.24,No.11,2007(56)文献1)GotoE,YagiY,MatsumotoYetal:Impairedfunctionalvisualacuityofdryeyepatients.AmJOphthalmol133:181-186,20022)DogruM,SternME,SmithJAetal:Changingtrendsinthedenitionanddiagnosisofdryeyes.AmJOphthalmol140:507-508,20053)島潤:2006年ドライアイ診断基準.あたらしい眼科24:181-184,20074)KohS,MaedaN,KurodaTetal:Eectoftearlmbreak-uponhigher-orderaberrationsmeasuredwithwavefrontsensor.AmJOphthalmol134:115-117,20025)KohS,MaedaN,HiroharaYetal:Serialmeasurementsofhigher-orderaberrationsafterblinkinginnormalsub-jects.InvestOphthalmolVisSci47:3318-3324,20066)TsubotaK,NakamoriK:Dryeyesandvideodisplayter-minals.NEnglJMed328:584,19937)MartinezCE,ApplegateRA,KlyceSDetal:Eectofpupillarydilationoncornealopticalaberrationsafterpho-torefractivekeratectomy.ArchOphthalmol116:1053-1062,19988)Montes-MicoR,AlioJL,MunozGetal:Temporalchang-esinopticalqualityofair-tearlminterfaceatanteriorcorneaafterblink.InvestOphthalmolVisSci45:1752-1757,20049)Montes-MicoR,AlioJL,CharmanWN:Dynamicchangesinthetearlmindryeyes.InvestOphthalmolVisSci46:1615-1619,200510)KohS,MaedaN,HoriYetal:Eectsofsuppressionofblinkingonqualityofvisioninborderlinecasesofevapo-rativedryeye.Cornea,inpress11)KohS,MaedaN,HiroharaYetal:Serialmeasurementsofhigher-orderaberrationsafterblinkinginpatientswithdryeye.InvestOphthalmolVisSci,inpress12)KohS,MaedaN,NinomiyaSetal:Paradoxicalincreaseofvisualimpairmentwithpunctalocclusioninapatientwithmilddryeye.JCataractRefractSurg32:689-691,200613)KohS,MaedaN,HamanoTetal:Eectofinternallubri-catingagentsofdisposablesoftcontactlensesonhigher-orderaberrationsafterblinking.EyeContactLens,inpress

屈折矯正手術(LASIK)と高次収差

2007年11月30日 金曜日

———————————————————————-Page10910-1810/07/\100/頁/JCLSみ評価の対象となる(図1左).OPD-Scanの良い点は,収差変化の大きい眼でもほとんどの場合測定が可能なことである.ハルトマンシャック(Hartmann-Shack)ではあまり収差変化が大きいと,Hartmann像が解析できず測定不能となることがあるが,OPD-Scanではほとんど経験しない.屈折矯正術後のような収差の多い眼の測定にOPD-Scanは適している.IILASIK術後の高次収差OPD-Scanで解析径6mmの高次収差を測定しようとすると5.5mm程度の瞳孔径は必要となる.近視および近視性乱視LASIKをニデック社のエキシマレーザーEC-5000とマイクロケラトームMK-2000を用いて行った症例のうち,自然瞳孔で5.5mm以上瞳孔径があった症例のみを対象として,LASIKの術前・術後の高次収差を測定したものが図2である.照射方法はスタンダード照射であり,オプチカルゾーン(opticalzone:OZ)6mm,トランジションゾーン(transitionzone:TZ)7mmで行った.術前約0.4μmの高次収差が,術後は平均6Dの矯正で0.7μm以上に増大している.術後1年と比較すると,術後1カ月は有意に大きい値をとり,術後高次収差は3~6カ月で安定することがわかる.OPD-Scanで確実に測定時瞳孔径5.5mmを確保することは全例にはむずかしく,筆者らの施設では以前はフェニレフリンで散瞳した状態で高次収差の測定を行っはじめにLASIK(laserinsitukeratomileusis)術後には近視や乱視が減少するかわりに,高次収差が増加することが多いが,それが術後の訴えとなることは少ない.正常眼と屈折矯正術後眼では高次収差の視機能に与える影響は異なるように思われる.とはいうものの,各種レーザー照射方法を評価するため,高次収差測定は有用な手段である.本稿では,高次収差から考えたLASIKのレーザー照射方法の選択について,筆者の考え方を述べる.IOPDScan測定時の注意点高次波面収差を測定する機器として,ニデック社製のOPD-Scanはユニークな特徴をもっている1).まず,全眼球の屈折度マップを測定して,その後にZernike多項式を用いて波面収差を計算する.屈折度マップが正しく測定されていることが必須であるが,弱点として測定に1秒以上かかるため虹彩の影響を受けやすい点がある(図1).図1右のように,屈折マップの時点で周辺に不自然な屈折の変動があれば,虹彩が測定に影響していることがわかる.この不自然な屈折の変化は,屈折マップ作成にどのエリアまで影響があるのか不明であり,虹彩の影響を受けない測定が最低限必要になる.また,角膜輝点を測定の参照軸にしているのも,ユニークな点である.高次収差測定全般にいえることであるが,測定の軸ズレは致命的なアーチファクトなので,OPD-Scanの場合osetの表示が緑になっている測定の(45)1455*OsamuHieda:バプテスト眼科クリニック〔別刷請求先〕稗田牧:〒606-8287京都市左京区北白川池田町12バプテスト眼科クリニック特集●眼の収差を理解するあたらしい眼科24(11):1455~1460,2007屈折矯正手術(LASIK)と高次収差RelationbetweenHigher-OrderAberrationsandRefractiveSurgery稗田牧*———————————————————————-Page21456あたらしい眼科Vol.24,No.11,2007ていた.図3にLASIK術前後の自然瞳孔での高次収差と,散瞳瞳孔での高次収差の比較を示す.散瞳すると,やや高次収差が大きくなる傾向はあるが,6次収差以外に有意差はなかった.したがって,フェニレフリンで散瞳した状態で高次収差は自然瞳孔のものとほぼ等しいものと考えられた.異なる照射方法を比較評価する場合,対象の瞳孔径によって測定できたりできなかったりするのは評価を複雑にするので,全例で散瞳して,全例を対象にしたほうが正しくかつ効率的に評価が可能であると考える.(46)図1OPDScan(ニデック)で収差解析する際の注意点左は正確に測定できており,o-setが緑になっている.右は虹彩の影響でOPDmapの周辺が乱れており,かつosetが黄色になりアライメントがずれていることを示している.図2LASIK術前後の高次収差(OPD-Scan,解析径6mm)StandardLASIK,n=65,自然瞳孔,全経過中5.5mm以上の症例のみ.Pre*p<0.05**p<0.01平均目標矯正量-5.75±2.54D(-1.5~-12.38D)1.210.80.60.40.20RMSwavefronterror(μm)1年6カ月1カ月図3LASIK術前後の高次収差(OPD-Scan,解析径6mm)StandardLASIK6カ月以上経過後,n=55,同時期の自然瞳孔と散瞳(5%フェニレフリン).p<0.05High平均目標矯正量-4.78±2.16D(-1.5~-10D)1.210.80.60.40.20RMSwavefronterror(μm)Z6Z5Z4Z3:post自然:post散瞳:pre自然:pre散瞳———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.24,No.11,20071457IIIAsphericablation(非球面照射)わが国では,PRK(photorefractivekeratectomy)が認可された2000年にEC-5000のOZ6-TZ7mmのスタンダード照射でLASIKを開始した施設が多いと思われる.その後のバージョンアップでOATZ(optimizedaspherictransitionzone)という非球面照射が使用できるようになった.この照射方法ではTZを8mmにまで拡大しても,切除深度はOZを拡大するほどは増えない.LASIK術後の高次収差の増大は,切除している部分と切除していない部分に起こるカップリング効果で,切除した角膜の周辺部が低矯正になってしまい,球面収差が切除範囲内で増加してしまうことが,原因の一つと考えられている.解析径を一定にすれば,切除範囲を広げることで球面収差の増大は抑えることができる.各社のasphericablationでも非常に切除範囲が広いのが特徴である.術前の角膜非球面係数であるQ値を切除プロフィールに組み込めばより効果的な照射が可能となる.OATZで,解析径4mmであれば確実に球面収差の増加が抑制されていたことを示したのが図4である.全例フェニレフリンで散瞳した状態で測定しており,6mmのマップが正しく測定されているもののみを対象としている.症例数が少ないため,解析径6mmでは有意な差はなかったが,球面収差が抑えられ,それが角膜中央部分でより明らかであることがわかる.IVWavefrontguidedablation全眼球の波面収差から,それを打ち消すような切除プロフィールを作成するのが,wavefront-guidedablationである2).術前の高次収差を矯正するには厳密に測定中心と照射中心を一致させる必要があり,虹彩紋理を認識することにより眼球回旋偏位補正や瞳孔の明暗による瞳孔中心偏位補正をすること(虹彩認識レジストレーション)が必要である.眼球の高次収差が矯正されれば,視機能は飛躍的に改善するものと期待されたが,角膜を切除することによる誘発高次収差が大きく,現時点では高次収差を減少させることはできないが,コマ収差の増大は抑えられる.(47)図4OATZによる4次収差RMS(rootmeansquare)の変化両群間に矯正量および切除深度に差はない.(OATZ4.3±2.0Dn=26,Standard5.0±2.2Dn=30).球面収差を含む4次収差は径4mmでOATZ群の誘発が少ない.RMSwavefronterror(μm)瞳孔径4mm瞳孔径6mm*:p<0.05unpaired?-testp=0.28p=0.007*p=0.04*p=0.23p=0.18p=0.33Pre0.120.10.080.060.040.0200.80.70.60.50.40.30.20.106カ月1カ月Pre6カ月1カ月:OATZ:Standard図5照射方法の違いによる術後高次収差の増加(OPD-Scan,解析径6mm)各群平均SE5.2~6.2Dの矯正,Tukey-KramerのHSD(honestlysignicantdierence)検定,W-G(wavefront-guidedabla-tion),Aspheric(OATZ).-1-0.500.511.52n=51StandardW-GAsphericW-G+虹彩認識p=0.00060.570.370.230.401p=0.0002n=27n=37n=53悪化改善術後?術前高次収差(?m)———————————————————————-Page41458あたらしい眼科Vol.24,No.11,2007乱視がある眼で,乱視を正しく矯正しなければ,正しい球面度数が決定できないように,各眼において,乱視より細かい高次収差を矯正しなければ,正しい乱視度数や球面度数は決定できない.球面収差の増大という問題はあるものの,瞳孔中心の視機能に最も関係がある領域でコマ収差が減少することは,高次収差の矯正のなかでは視機能に最もインパクトがあるものと考えている.また,球面収差も矯正していないわけではないので,著しく術前に球面収差が大きければ,それがさらに大きくなることは防げる.自験例では図5に示すように,B&L社製エキシマレーザーT-217で行ったwavefront-guid-edLASIK,さらにはバージョンアップしたT-217Z100で行った虹彩認識レジストレーションでのwavefront-guidedLASIKでの高次収差増大は,スタンダードLASIKよりも有意に少なかった.しかし,非球面照射との間に差は認められなかった.(48)VTopographyguidedablation眼球の高次収差の原因は,角膜と水晶体のいずれかにある.LASIKは角膜の手術であるので角膜の,特に角膜前面のみの高次収差を矯正するべきであるとする意見もある.Topography-guidedablationは近視と乱視矯正に角膜前面のみの高次収差矯正を付加して行う照射方法である3).しかし,通常角膜乱視が全眼球の乱視でないように,水晶体が角膜の高次収差を代償している場合もあるし,そうでない場合もある(図6).角膜高次収差のみで,眼球高次収差の矯正を行うことは,症例によっては過矯正となり,症例によっては低矯正になってしまう.LASIKの希望者かつ適応者で眼球高次収差が多い眼(解析径6mmで0.5μm以上)17眼で,角膜高次収差と眼球高次収差の関係をみたのが図7である.角膜高次収図6全眼球高次収差と角膜高次収差の関係左では内部収差が角膜収差を代償しており,全眼球の収差は少ない.右は全眼球の収差はほとんど角膜収差に近い.内部角膜眼球———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.24,No.11,20071459(49)差が眼球高次収差より大きな値であったのはわずか17眼中4眼にすぎなかった.これは,著しく角膜高次収差の大きい,円錐角膜や円錐角膜疑いが適応から外れていることもあるだろうが,全眼球の高次収差が大きい眼の多くが,その原因が角膜前面以外にあることを示唆している.Topography-guidedablationの良い適応は,眼球高次収差が測定できない,非常に収差が多い眼になるのではないだろうか.それも,屈折矯正手術であることを考えると,角膜をいくら平滑にしても,近視や乱視が残ってしまっては目的が達成されないので,エンハンスメントで屈折矯正をするという前提の2段階手術で行うのが良いように思われる.VI高次収差から考えた照射方法図8に現時点で筆者が考える高次収差による照射方法の選択基準を示す.ほとんどの場合がwavefront-guid-edablationで対応可能であり,表をつくる意味があまりなくなっている.まず,角膜高次収差,全眼球高次収差とも大きい眼の場合であるが,角膜高次収差で矯正してもよいようにも思うが上述のようになるべく全眼球収差の矯正を行う.つぎに,角膜高次収差が小さく,全眼球高次収差が大きい場合には,全眼球高次収差で矯正を行うか,水晶体の収差が大きいのであるから,少しでも白内障があり,調節力が低下していればrefractivelensexchangeを行ったうえで,必要であればLASIKを追加する.むずかしいのが,眼球高次収差が少ない場合である.角膜高次収差が多かろうが,少なかろうが視機能に影響するのは全眼球収差なのであるから,全眼球収差がなるべく増えない方法を選択したい.Wavefront-guidedablationの欠点は,術前の高次収差が少なければ高次収差の矯正が少なくなり,スタンダードな照射に近づくことである.その点asphericablationであれば術前高次収差に関係なく,球面収差だけでも抑えられるので高次収差の増加量だけでみれば,矯正量が多くなる5D以降ではasphericが有利となってくる.ただ,レーザー機種によっては,厳密なレジストレーションがwave-front-guidedablationでしか使えないといったasphericablationにとって不利な面も存在する.現時点では,自分自身の経験や,自覚的視機能検査への影響,さらには矯正視力などへの影響を収差ごとにみた結果,wavefront-guidedablationで瞳孔中央部のコマ収差の増大を抑制しておいたほうが,球面収差を多少へらすことより,視機能によい影響があるものと考えている.したがって,全例にwavefront-guidedablationによるカスタムLASIKを行っている.いまだにまとまった論理的な証明はできていないが,今後の課題としたい.おわりに昨年,自分自身LASIKを受けてみた.約1年たって,すでに眼鏡での見え方や生活をすっかり忘れている.高図7全眼球高次収差が多い眼(0.5μm以上)での全眼球高次収差と角膜高次収差の比較(OPD-Scan,解析径6mm)00.20.40.60.811.21.41Higher-orderRMSwavefronterror(?m):CorneaHOAisgreaterthanOcularHOA171615141312111098765432:OcularHOA:CorneaHOA図8高次収差を考えたLASIKの選択Wavefront-guidedablationで行えば,適応範囲が最も広くなる.Topography-guidedWavefront-guidedWavefront-guidedAspheric(照射径拡大)Aspheric(照射径拡大)Wavefront-guidedWavefront-guidedRefractivelensexchange角膜高次収差大角膜高次収差小眼球高次収差大眼球高次収差小———————————————————————-Page61460あたらしい眼科Vol.24,No.11,2007(50)次収差は増大しているが,波面センサーで出てくるシミュレーションほどには見えている像がぼやけていないことは確かであり,高次収差の屈折矯正術後眼に与える影響はいまだ正確に評価できていないことを実感している.文献1)HiedaO,KinoshitaS:MeasuringofocularwavefrontaberrationinlargepupilsusingOPD-Scan.SeminOph-thalmol18:35-40,20032)稗田牧:ウェーブフロント・レーシック(wavefront-guidedLASIK).IOL&RS18:394-399,20043)稗田牧:トポガイドレーシック(CornealTopographt-GuidedLASIK).IOL&RS19:162-167,2005

調節と高次収差

2007年11月30日 金曜日

———————————————————————-Page10910-1810/07/\100/頁/JCLS屈折力増加の詳細は,水晶体前面の曲率増加によるものが70%で,その他,水晶体の厚みの増加,水晶体全体の前方移動,水晶体後面曲率の増加などによる.調節により,眼球全体の屈折力約59D(diopter)は,最大調節時には約70Dに増加する.I調節による高次収差の変化とはでは調節にて,どのような高次収差の変化が起きるのだろうか.3Dの静的調節負荷をかけたときに起こる眼の高次収差の変化を測定し,無調節時と調節時を比較した1).明視時(4mm瞳孔径の高次収差),暗視時(6mm瞳孔径の高次収差)において,コマ収差,球面収差,高はじめに眼の高次収差は,日常生活のなかで常に変動していると考えられる.眼の調節(accommodation)もその一例で,視線を遠方から近方へ動かせば,眼は水晶体の形状を変化させて焦点距離を変え,いろいろな距離にある物体の像を網膜上に結像させようと,ピント調節機構を働かせる.Helmholtzの弛緩説によると,調節のメカニズムは,毛様体の輪状筋が収縮するとZinn小帯が弛緩し,水晶体はその弾性によって球状に膨らんでレンズとしての屈折力が増加するためとされている(図1).水晶体の(39)1449*SayuriNinomiya:伊丹中央眼科〔別刷請求先〕二宮さゆり:〒664-0851伊丹市中央1-5-1伊丹中央眼科特集●眼の収差を理解するあたらしい眼科24(11):14491454,2007調節と高次収差ChangesinOcularAberrationwithAccommodation二宮さゆり*図1調節機構調節時,毛様体輪状筋が収縮してZinn小帯が緩み,水晶体はその弾性により膨らんで屈折力を増加させる.〔奥山文雄:X.視機能4.調節.眼科プラクティス6,眼科臨床に必要な解剖生理(大鹿啓郎編),p340,文光堂,2005より改変〕毛様体輪状筋Zinn小帯水晶体Zinn小帯が緩む毛様体輪状筋の収縮水晶体が膨らむ調節なし調節あり図2調節時の高次収差総和の変化コマ収差の総和,球面収差の総和,全高次収差の総和に変化はなかった.0.0200.040.060.080.10.120.140.16?mRMS?mRMS00.10.20.30.40.50.6明視時(瞳孔径4mm)暗視時(瞳孔径6mm)球面様収差:調節なし:調節あり:調節なし:調節あり全高次収差コマ様収差球面様収差全高次収差コマ様収差———————————————————————-Page21450あたらしい眼科Vol.24,No.11,2007次収差の総和は,無調節時と調節時との比較においていずれにも有意差はなかった(図2).しかし4次の球面収差C40(図3)は,明視時において0.02±0.02(以下,単位μmRMS)から0.01±0.03と有意に負の方向に変化していた(図4).同様に暗視時においても,4次の球面収差C40は0.11±0.10から0.04±0.19と有意に負の方向へ変化していた.また6次の球面収差C60はプラスの方向に有意な変化を示した(図5).以上をまとめると,調節による高次収差の特徴は,「非調節時の球面収差C40は0プラスの方向に分布しているが,調節によってマイナスの方向に変化する」ということである.このような球面収差の変化が生じるしくみを図6に説明する.調節が起こると,水晶体は球状に膨らんでその屈折力を増すが,屈折力の変化は水晶体全体で一様に起こるわけではない.中央部が周辺部に比べより形状が大きく変化する.そのために中央部により強い屈折力の増加が起こる.その結果,中央部を通る光の焦点位置と周辺部を通過する光の焦点位置にズレが起こって球面収差が生じる.(40)図3Zernike多項式C40は代表的な球面収差である.????????????????????離滉C40図4明視時(瞳孔径4mm)における高次収差の変化C40は有意にマイナスの方向に変化していた.-0.3-0.2-0.100.10.20.3C3,-3?mRMSp=0.001:調節なし:調節ありC4,4C4,2C4,0C4,-2C4,-4C3,3C3,1C3,-1———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.24,No.11,20071451II調節痙攣の診断への応用調節による球面収差の変化の特徴を用いて,調節痙攣の診断が利用可能であることを示す.交通外傷などによる頸椎捻挫症(いわゆる鞭打ち症)では,「眼が霞む」「ピントが合いにくい」など調節痙攣を疑わせる症状を訴えるものの,前眼部,後眼部,矯正視力に異常を認めない場合があり,他覚的な診断に苦慮することも多い.そのような場合,上記のような「非調節時には0プラス側の値である球面収差C40が,調節によりマイナス方向に変化する」という現象を応用して,調節痙攣を他覚的に診断することも可能である2).表1の症例は調節痙攣の一例で,12歳,男児,サッカーボールが頭部に当たって両眼の視力障害を自覚したケースである.自覚的矯正視力では,軽い近視に伴う裸眼視力の低下を認めたものの,矯正視力は両眼ともに1.2と良好であった.初診の場合,以前より近視があったのか,受傷により近視化したのか判断はむずかしい.この症例ではオートレフ値に大きなバラつきがみられ,調節痙攣の可能性が疑われた.図7はこの男児の左眼の(41)?mRMSp=0.020p<0.001:調節なし:調節あり-0.5-0.3-0.10.10.30.50.7C3,-3C5,5C6,6C6,4C6,2C6,0C6,-2C6,-4C6,-6C5,3C5,1C5,-1C5,-3C5.-5C4,4C4,2C4,0C4,-2C4.-4C3,3C3,1C3,-1図5暗視時(瞳孔径6mm)における高次収差の変化C40はマイナスの方向に,C60もプラスの方向に有意に変化していた.図6球面収差が生じるしくみ水晶体の中央部は周辺部より屈折力の増加が大きいため,焦点位置にズレが生じる.調節なし調節あり焦点位置に幅がでる———————————————————————-Page41452あたらしい眼科Vol.24,No.11,2007波面収差解析結果である.図7のように,全収差マップは近視を示していた.屈折の高次収差のカラーコードマップは一見したところ均一で,高次収差の変化は特にないようにみえる.しかし注意が必要なのは,表示され(42)ている高次収差のスケールが0.5刻みであることである.調節痙攣の場合,球面収差C40がマイナス化することが特徴であるものの,その変化の値はさほど大きくない.筆者らが経験した症例では,6mm瞳孔径でも最大図7調節痙攣症例の波面収差解析結果近視化を認めるが,カラーコードマップ上では高次収差の変化は表現されない程度の大きさであることに注意.角膜の高次収差屈折の高次収差角膜のaxialpowerマップ全収差Hartmann像調節による近視化色の変化としては現れない角膜屈折表1調節痙攣の症例─他覚的屈折値(オートレフ)に大きなバラつきがみられ,調節痙攣が疑われた─症例:12歳,男児サッカーボールが頭部に当たって以来,視力障害が起こった.<自覚的視力矯正>VD=0.2(1.2×sph1.25D(cyl1.00DAx180°)VS=0.2(1.2×sph1.75D(cyl0.50DAx180°)<他覚的屈折値(オートレフ)>バラつきがみられるVD=sph1.50D(cyl0.50DAx176°VS=sph8.00D(cyl1.00DAx160°sph10.00D(cyl1.0DAx180°sph10.00D(cyl1.25DAx180°<波面から得たれた屈折値>VD=sph6.04D(cyl0.37DAx19°VS=sph7.81D(cyl0.52DAx166°———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.24,No.11,20071453(43)の変化が0.4程度であり,0.5刻みのカラースケール1段階分も反映しない大きさであった.つまり,調節痙攣の症例においてでも,その大きさとしての変化は微細なので,円錐角膜や屈折矯正手術後眼などの大きな高次収差を生じる疾患の診断に使用されているカラーコードマップのスケールでは,色の変化として描出されないことに注意が必要である.調節痙攣を疑う場合,カラースケールマップだけを見ず,高次収差の数値を確認するモードに切り替えて球面収差C40の「数値そのもの」を確認する必要がある.図8は球面収差C40について調節痙攣眼(4眼)と正常眼の平均を比較したものである(明視時:瞳孔径4mm).正常眼では0プラスの方向に分布するのに対し,調節痙攣眼では明らかにマイナスの方向となっていた.暗視時(瞳孔径6mm)においても球面収差C40の特徴は同様で(図9),6次の球面収差C60については図10のように正常眼ではゼロを中心に分布するのに対し,調節痙攣眼では明らかにプラスの方向となっていた.調節痙攣症例の波面収差解析結果の特徴をまとめると,1)全収差の近視化,2)球面収差C40のマイナス方向への変化,3)球面収差C60のプラス方向への変化である.III球面収差の視機能への影響について理論上,収差が少ない眼ほど鮮明な網膜像が得られる.しかし,自然の摂理を考えれば,調節によって生じる球面収差も何らかの意味をもって眼に備わっているのかもしれない.どのような意味をもつ可能性があるのか,若干の推測を行ってみたい.眼科の臨床において,核白内障患者のなかに,裸眼での遠見・近見視力とも比較的良好で,日常生活上何も支障を感じていない,という方に遭遇することがないだろうか.通常の100%コントラスト視力検査にて,遠方・近見力とも視力良好で不思議に思うことがある.そのような核白内障患者においては,核白内障による球面収差C40が何らかの効果をもたらしているのではないかと考え,デフォーカスと球面収差の相乗効果についてシミュレーションをしてみた.図11は若干のデフォーカス(+0.5D)に,核白内障でみられる程度の球面収差(0.2)を組み合わせた場合の,Landolt環視標のシミュレーション図である.デフォーカスのみの場合に比べ,球面収差を追加すると,なぜか不思議なことに「多少見やすく」なる.細かな作業もしなくなり,車の運転もしないような年配者の生活図8球面収差C40(明視時),調節痙攣眼と正常眼平均の比較正常眼では0プラスの方向に分布するが,調節痙攣眼ではマイナスの方向に分布していた.調節痙攣眼正常眼平均-0.2-0.15-0.1-0.0500.050.10.15?mRMS図9球面収差C40(暗視時),調節痙攣眼と正常眼平均の比較瞳孔径6mmにおいても,正常眼では0プラスの方向に分布するが,調節痙攣眼ではマイナスの方向となっていた.-0.6-0.4-0.200.20.40.6調節痙攣眼正常眼平均?mRMS図10球面収差C60(暗視時),調節痙攣眼と正常眼平均の比較球面収差C60は,正常眼では0付近に分布するが,調節痙攣眼ではプラスの方向に変化していた.-0.0500.050.10.15調節痙攣眼正常眼平均?mRMS———————————————————————-Page61454あたらしい眼科Vol.24,No.11,2007(44)のなかでは,核白内障による適度な球面収差が,像のボケをもたらす不利な効果はさほど気になっておらず,かえって球面収差により焦点深度が深まり,それがデフォーカスを補助する作用となっている可能性があるのかもしれない.また若干の球面収差なら,若い世代の人にとっても調節の節約作用として働いている可能性がある.とはいえ,大きすぎる球面収差C40は日常生活において負の効果をもたらすことも間違いない.従来型のエキシマレーザー照射パターンによる屈折矯正手術後眼では,球面収差C40は術後に大きくプラス方向に変化し,夜間運転に支障があるなどの視機能低下を招いた.球面収差の働きは,一定の範囲内では有益性もあるが,ある大きさを超えてくると有害性が勝ってくるというような,微妙なバランスのうえに成り立っているのかもしれない.文献1)NinomiyaS,FujikadoT,KurodaTetal:Changesofocu-laraberrationwithaccommodation.AmJOphthalmol134:924-926,20022)NinomiyaS,FujikadoT,KurodaTetal:Wavefrontanal-ysisineyeswithaccommodativespasm.AmJOphthalmol136:1161-1163,2003図11球面収差C40とデフォーカスの相乗効果網膜像のシミュレーション上では,デフォーカスによる像のボケが若干の球面収差C40と組み合わされることによって「見やすく」なるという効果がみられる.Defocus(+0.5D)のみ球面収差C40(-0.2)のみDefocus(+0.5D)と球面収差C40(-0.2)の組み合わせ+小数視力0.20.51.0VA20/10020/4020/20

偽調節とコマ収差

2007年11月30日 金曜日

———————————————————————-Page10910-1810/07/\100/頁/JCLSこれまでにも,放射状角膜切開(radialkeratotomy:RK)1215)や,photorefractivekeratectomy(PRK)16,17)を受けた眼で,多焦点角膜とでもいうべき状態の存在が示されている.老視年齢域にある患者で,RK術後に遠近とも視力が良好な症例において,角膜多焦点性がその原因であるとする報告もある12,14).II偽調節と角膜多焦点性白内障手術においても角膜の形状が変化し,乱視や不正乱視の状態は変化する.そこに,屈折矯正手術と同様,角膜多焦点性が持ち込まれても不思議はない.筆者らは,白内障手術を受けた98例121眼において,角膜形状解析(Orbscan,キヤノン販売)を行い,瞳孔領域内における角膜屈折力の最大と最小の差をとり,これを角膜屈折力勾配とした11).解析は,個々の症例の瞳孔径サイズに従って行った.偽調節量はアコモドメーター(NPAccommodometerAS-13,興和)で測定し,近方→遠方,遠方→近方を各10回行って,その平均を記録した.偽調節量は2.00±0.92Dとなり,これは過去の報告2,3,10)と矛盾しない結果であった.偽調節量を目的変数,屈折乱視量,角膜乱視量,瞳孔径,年齢,角膜屈折力勾配を説明変数として多変量解析を行ったところ,角膜屈折力勾配(図1)と瞳孔径(図2)が有意に関連する因子となった.その他は,有意な関与を示さなかった.これらの結果から,偽水晶体眼では,角膜の多焦点性はじめに白内障手術の術式の完成度が高まるにつれ,術後の視機能に関する解析も次第に詳細を究めるようになってきている.術後の視覚の質(qualityofvision:QOV)がますます重要視され,またそれに付随する視覚関連qualityoflife(vision-relatedQOL)という考え方が広まるにつれ,今後さらにその傾向は強まっていくであろう.そのなかでも,術後の明視域と偽調節はQOVに大きく影響する因子であり,また多焦点眼内レンズの普及前夜を迎えつつある現在,改めて注目を浴びている分野である.I偽調節とは白内障手術によって偽水晶体眼(単焦点眼内レンズ)となれば,生理的な調節力は失われ,老眼と同様の状態になるはずである.しかし,矯正なしで,あるいは遠方のみの矯正で,遠近とも良好な視力を示す患者がいることが知られている13).この現象は偽調節とよばれ,白内障術後視機能において重要な役割を果たしている.偽調節の機序としてこれまでにいくつかのものが提唱されてきた410).そのうちの一つは,眼内レンズが前後に動くというものであるが,光学的に意味があるほど眼内レンズが移動するという考えは否定されている6,9).その他,近視性乱視によって焦点深度が深くなるという説明もある1,4,5,8)が,決定的な説とはなっていない.筆者らは,明視域の拡大と角膜の多焦点性に注目した11).(33)1443*TetsuroOshika:筑波大学大学院人間総合科学研究科機能制御医学専攻眼科学〔別刷請求先〕大鹿哲郎:〒305-8575つくば市天王台1-1-1筑波大学大学院人間総合科学研究科機能制御医学専攻眼科学特集●眼の収差を理解するあたらしい眼科24(11):14431447,2007偽調節とコマ収差ApparentAccommodationandComaAberration大鹿哲郎*———————————————————————-Page21444あたらしい眼科Vol.24,No.11,2007が大きく,また広い角膜領域を使用している(瞳孔径が大きい)眼ほど,大きな偽調節量を有するものと考えられた11).III偽調節と高次波面収差角膜の多焦点性により,偽水晶体患者の明視域が広がることが明らかになったが,眼の光学特性,ひいては視機能にどのような影響があるのかは不明であった.そこで,多焦点角膜効果を波面解析の観点から検討した18).偽水晶体眼において角膜形状解析を行い,その高さデータをZernike多項式に展開し,3次と5次の各項のRMS(rootmeansquare)をコマ様収差,4次と6次の各項のRMSを球面様収差として算出した.その結果,角膜の瞳孔領内におけるコマ様収差(0.241±0.165μm)は偽調節量と有意に相関した(図3)が,球面様収差(0.667±0.596μm)は偽調節量と相関しなかった(図4).さらに,3次の各項(Z33Z33)ごとに偽調節量との相関を検討したところ,垂直方向に勾配をもつtriangularastigmatism(Z33)が最も強く相関するとの結果であった.これはつまり,多焦点眼鏡レンズのように上下に屈折度数勾配をもつことが,偽調節に関与しているということであり,多焦点角膜説を裏打ちするものである.つぎに,収差の視機能に対する影響を,モデル眼でシ(34)図1角膜の屈折力勾配と偽調節量両者には有意な相関がみられた(Pearsonr=0.440,p<0.0001).Cornealmultifocality(diopter)0Apparentaccommodation(diopter)0123456108642図2瞳孔径と偽調節量両者には有意な相関がみられた(Pearsonr=0.309,p=0.0006).Pupillarydiameter(mm)2.0Apparentaccommodation(diopter)01234565.04.54.03.53.02.5図3角膜のコマ様収差と偽調節量両者には有意な相関がみられた(Pearsonr=0.440,p<0.001).Apparentaccommodation(diopter)00.00.20.40.60.8Coma-likeaberration(?m)654321図4角膜の球面様収差と偽調節量有意な相関はなかった(Pearsonr=0.001,p=0.993).Spherical-likeaberration(?m)0123Apparentaccommodation(diopter)0654321———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.24,No.11,20071445ミュレーションした.瞳孔径4mmで,0.5Dの近視を仮定した場合,高次収差がまったくない眼は図5Aのようなpointspreadfunction(PSF)とLandolt環イメージを示し,平均的なコマ収差を有する眼では図5Bのようになる.Strehlratioは収差なしの場合0.023,コマ収差がある場合で0.043と,後者のほうが良好であった.Modulationtransferfunction(MTF)も同様の結果であった18).このことから,まったく収差のない眼は屈折度数ずれに非常に弱いこと,コマ収差は明視域拡大に役立っていることが明らかとなった.偽調節は,白内障手術後の視覚の質にとって重要な問題である.白内障術後眼に調節力を取り戻そうとの試みは,現在種々のものが行われているし1931),今後も引き続いて行われていくであろう.そのためには,偽調節のメカニズムに関する議論は欠かせない.IV偽調節・コマ収差と視機能角膜の多焦点性,そしてコマ収差が偽調節に関与していることは間違いないと考えられるが,ではそれが視機能全般にどのような影響を与えているのであろうか.明視域を拡大させている代わりに,視機能の何らかの部分を犠牲にしている可能性もある.そこで,白内障術後患者で偽調節,高次波面収差,コントラスト感度の関係を検討してみた.白内障手術を受けた36名36眼において,アコモドメーター(HS-9G,興和)を用いて偽調節量を測定.また,明室下の自然瞳孔にて文字コントラスト感度(CSV-(35)図5シミュレーションで0.5D近視化させた場合のpointspreadfunction(PSF)とLandolt環イメージA:高次波面収差がまったくない場合.B:平均的なコマ収差を有する場合.AB20/40-101-101×10-3×10-300.05-101-101×10-3×10-300.0520/20図6偽調節量と文字コントラスト感度両者には有意な相関がみられた(Pearsonr=0.368,p<0.05).18192021222324250偽調節(D)文字コントラスト感度8642図7偽調節と低(10%)コントラスト視力両者には有意な相関がみられた(Pearsonr=0.427,p<0.01).-0.2-0.100.10.20.30.40.510%コントラスト視力logMAR0偽調節(D)8642図8偽調節と矯正視力(logMAR)有意な相関はなかった(Pearsonr=0.236,p=0.173).-0.2-0.15-0.1-0.0500.050.10.150.20.25logMAR0偽調節(D)8642———————————————————————-Page41446あたらしい眼科Vol.24,No.11,20071000LV,VectorVision),低コントラスト視力(CSV-1000Lan10%,VectorVision)を測定した.その結果,偽調節量と文字コントラスト感度(Pearsonr=0.368,p<0.05,図6),低コントラスト視力(r=0.427,p<0.01,図7)との間に有意な相関を認めた.偽調節量と矯正視力(r=0.236,p=0.173,図8)には有意な相関を認めなかった.以上から,偽調節は視力には影響しないが,偽調節量が多くなるほど明視下でのコントラスト感度が悪化することが明らかとなった.おわりに角膜の多焦点性に起因するコマ収差は,眼内レンズ挿入眼の偽調節に寄与する.しかし,偽調節量が大きくなりすぎると,コントラスト感度が低下する.すなわち,コマ収差の増大によって明視域は拡大するが,同時に像のシャープさが犠牲になっているということができる.文献1)HuberC:Plannedmyopicastigmatismasasubstituteforaccommodationinpseudophakia.JAmIntraoculImplantSoc7:244-249,19812)NakazawaM,OhtsukiK:Apparentaccommodationinpseudophakiceyesafterimplantationofposteriorchamberintraocularlenses.AmJOphthalmol96:435-438,19833)NakazawaM,OhtsukiK:Apparentaccommodationinpseudophakiceyesafterimplantationofposteriorchamberintraocularlenses:opticalanalysis.InvestOphthalmolVisSci25:1458-1460,19844)HuberC:Myopicastigmatismasubstituteforaccommo-dationinpseudophakia.DocOphthalmol52:123-178,19815)HuberC:Myopicastigmatismasasubstituteforaccom-modationinpseudophakia.DevOphthalmol5:17-26,19816)HardmanLeaSJ,RubinsteinMP,SneadMPetal:Pseu-dophakicaccommodationAstudyofthestabilityofcap-sularbagsupported,onepiece,rigidtripod,orsoftexibleimplants.BrJOphthalmol74:22-25,19907)RavalicoG,BaccaraF:Apparentaccommodationinpseu-dophakiceyes.ActaOphthalmol(Copenh)68:604-606,19908)SawuschMR,GuytonDL:Optimalastigmatismtoenhancedepthoffocusaftercataractsurgery.Ophthal-mology98:1025-1029,19919)GonzalezF,CapeansC,SantosLetal:Anteroposteriorshiftinrigidandsoftimplantssupportedbytheintraocu-larcapsularbag.GraefesArchClinExpOphthalmol230:237-239,199210)ElderMJ,MurphyC,SandersonGF:Apparentaccommo-dationanddepthofeldinpseudophakia.JCataractRefractSurg22:615-619,199611)FukuyamaM,OshikaT,AmanoSetal:Relationshipbetweenapparentaccommodationandcornealmultifocali-tyinpseudophakiceyes.Ophthalmology106:1178-1181,199912)McDonnellPJ,GarbusJ,LopezPF:Topographicanalysisandvisualacuityafterradialkeratotomy.AmJOphthal-mol106:692-695,198813)MaguireLJ,BourneWM:Amultifocallenseectasacomplicationofradialkeratotomy.RefractCornealSurg5:394-399,198914)MoreiraH,GarbusJJ,LeeMetal:Multifocalcornealtop-ographicchangesafterradialkeratotomy.OphthalmicSurg23:85-89,199215)MoreiraH,FasanoAP,GarbusJJetal:Cornealtopo-graphicchangesovertimeafterradialkeratotomy.Cornea11:465-470,199216)MoreiraH,GarbusJJ,FasanoAetal:Multifocalcornealtopographicchangeswithexcimerlaserphotorefractivekeratectomy.ArchOphthalmol110:994-999,199217)ScherK,HershPS:Disparitybetweenrefractiveerrorandvisualacuityafterphotorefractivekeratectomy:mul-tifocalcornealeects.JCataractRefractSurg23:1029-1033,199718)OshikaT,MimuraT,TanakaSetal:Apparentaccom-modationandcornealwavefrontaberrationinpseudopha-kiceyes.InvestOphthalmolVisSci43:2882-2886,200219)CummingJS,SladeSG,ChayetAetal:Clinicalevalua-tionofthemodelAT-45siliconeaccommodatingintraocu-larlens:resultsoffeasibilityandtheinitialphaseofaFoodandDrugAdministrationclinicaltrial.Ophthalmolo-gy108:2005-2009,200120)KuchleM,NguyenNX,LangenbucherAetal:Implanta-tionofanewaccommodativeposteriorchamberintraocu-larlens.JRefractSurg18:208-216,200221)LangenbucherA,SeitzB,HuberSetal:Theoreticalandmeasuredpseudophakicaccommodationafterimplantationofanewaccommodativeposteriorchamberintraocularlens.ArchOphthalmol121:1722-1727,200322)McLeodSD,PortneyV,TingA:Adualopticaccommo-datingfoldableintraocularlens.BrJOphthalmol87:1083-1085,200323)FindlO,KissB,PetternelVetal:Intraocularlensmove-mentcausedbyciliarymusclecontraction.JCataractRefractSurg29:669-676,200324)KuchleM,SeitzB,LangenbucherAetal:Stabilityofrefraction,accommodation,andlenspositionafterimplan-tationofthe1CUaccommodatingposteriorchamber(36)———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.24,No.11,20071447intraocularlens.JCataractRefractSurg29:2324-2329,200325)LangenbucherA,HuberS,NguyenNXetal:Measure-mentofaccommodationafterimplantationofanaccommo-datingposteriorchamberintraocularlens.JCataractRefractSurg29:677-685,200326)LehrerIE,TetzMR,DumkeKetal:Refractivelensecto-myandaccommodatinglensimplantationinacaseofhyperopia.JCataractRefractSurg29:2430-2434,200327)RanaA,MillerD,MagnanteP:Understandingtheaccommodatingintraocularlens.JCataractRefractSurg29:2284-2287,200328)MastropasquaL,TotoL,NubileMetal:Clinicalstudyof(37)the1CUaccommodatingintraocularlens.JCataractRefractSurg29:1307-1312,200329)DoaneJF:Accommodatingintraocularlenses.CurrOpinOphthalmol15:16-21,200430)KuchleM,SeitzB,LangenbucherAetal:Comparisonof6-monthresultsofimplantationofthe1CUaccommoda-tiveintraocularlenswithconventionalintraocularlenses.Ophthalmology111:318-324,200431)WernerL,PandeySK,IzakAMetal:Capsularbagopacicationafterexperimentalimplantationofanewaccommodatingintraocularlensinrabbiteyes.JCataractRefractSurg30:1114-1123,2004

眼内レンズと色収差

2007年11月30日 金曜日

———————————————————————-Page10910-1810/07/\100/頁/JCLS能に深く関与しており,眼球光学系の正常なコントロールのために必要であるとされている(後述)1,2).色収差は大きく分けて縦色収差(longitudinalchro-maticaberration)と横色収差(transversechromaticaberration)に分類することができる.縦色収差は光軸方向に生じる色収差で,横色収差は光軸外の点から出た光がレンズに入射した場合に生じる光軸と垂直方向の色収差である(図2).一般に色収差は屈折力が大きくなると増加し,アッベ数(屈折系の素材に固有の値)が小さくなると増加する.II色収差の視覚への影響色収差はさまざまな面で視覚およびその生理機能に関与している.代表的なものは調節(accommodation)とはじめに白内障および屈折矯正手術においては,現在,視力のみならずqualityofvision(QOV)の向上を含めた術後視機能回復が目標とされるようになっている.これに伴い,従来は問題とされなかった眼球光学系に存在するさまざまな収差が注目され,すでに屈折矯正手術においては高次収差を含めて治療するwavefront-guridedrefrac-tivesurgeryが主流となり,眼内レンズでは球面収差の補正を考慮した非球面眼内レンズが登場している.収差のなかで,主としてヒトの視機能に影響を与えるのは単色高次収差においては,球面収差,コマ収差,非点収差などであるが,色収差も視機能に影響を与えることが報告されている.以下に色収差について概説し,眼内レンズ挿入眼の視機能に対する色収差の影響について述べる.I色収差とは光は波長によって異なった屈折率を有しており,自然光のような多色光がレンズを通過すると波長の異なる光は異なった角度で屈折し(このことを分散とよぶ),異なった位置に焦点を結ぶ(図1).これを色収差とよぶ.眼球光学系においては,白色光のような多色光が入ると,色収差によって網膜像はぼやけ,像のコントラストは低下する.すなわち,眼球が光学系としてより質の高い像を得るためには色収差はないほうがよい.しかし一方で,色収差は調節などのさまざまな生理機(29)1439*KazunoNegishi:慶應義塾大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕根岸一乃:〒160-8582東京都新宿区信濃町35慶應義塾大学医学部眼科学教室特集●眼の収差を理解するあたらしい眼科24(11):14391442,2007眼内レンズと色収差IntraocularLensandChromaticAberration根岸一乃*図1色収差(chromaticaberration)波長によって屈折率は異なるため,色によって結像位置が異なる.たとえば,緑色光に焦点があっている場合,青色光や赤色光はぼやけている.赤色の焦点青色の焦点:赤色光:緑色光:青色光色収差緑色の焦点———————————————————————-Page21440あたらしい眼科Vol.24,No.11,2007色立体視(chromostereopsis)である1).たとえば,調節刺激を与えた場合,白色光(多色光)で刺激すれば被検者のほとんどは適切な反応を示すが,単色光の場合は60%が適切に反応できないという3).また,縦色収差は調節系が正しく反応するのを助けていると考えられている4,5).静止物体および動いている物体に対する調節反応は単色光下よりも白色光(または波長幅が広い光)下でのほうがより正確であり,色収差を2倍に増やしても調節の正確性には影響はでないが,色収差を修正すると調節反応が悪くなると報告されている6,7).色立体視は両眼視機能と関係し,同じ距離に物体をおいても色によって物体までの距離が違って見える現象である.すなわち,赤い物体が青い物体よりも近くに見えるという現象は色立体視のために起こる.色立体視は横色収差が両眼視機能と組み合わさって起こる現象である(図3)1).III正常眼における色収差ヒトの眼球光学系においては,色収差に影響するのは主として角膜と水晶体で,水晶体の関与は光学系全体の28.5%であると報告されている8).ヒトの眼で可視光線領域の端から端までの色収差は2D以上に達する.しかし,ヒトがこれほど大きな焦点のボケを日常的に感じないのは,視感度が波長によって違うためである.すなわち,通常の条件下ではヒトは視感度が最も高い波長(ピーク波長;明所視では555nm,暗所視では507nm)に焦点を合わせるが,このときピーク波長から離れるほど光の感度は低下し,スペクトルの両端の光の像は自覚しにくくなる.このため,実際にヒトが自覚できる色ボケは白色光視標の場合で0.25D以内であるといわれ9),日常視の範囲では大きな問題にはならない.IV眼内レンズ挿入眼における色収差眼内レンズの色収差は光学部素材のアッベ数(表1)によって決まる.アッベ数が小さいほど色収差は大きくなり,アッベ数が大きければ色収差は小さくなる.従来から使用されていたポリメチルメタクリレート(PMMA)素材のアッベ数は正常水晶体と大差ないが,種々の素材のフォルダブル眼内レンズのなかには,光学部のアッベ数がヒトの水晶体と大きく異なるものも含まれている(表1).実際,眼内レンズ挿入眼の軸上色収差を近軸光線追跡法により算出すると,波長500640nm間で正常(30)図2縦色収差と横色収差a:縦色収差(longitudinalchromaticaberration).b:横色収差(transversechromaticaberration).横色収差縦色収差青色光の焦点赤色光の焦点赤色光の焦点青色光の焦点ab:赤色光:緑色光:青色光図3色立体視(chromostereopsis)上図の実線はOの位置においた赤色と青色の視標からの光路を示す.瞳孔は視軸より耳側寄りに偏位している.赤色光は青色光よりも屈折が少ないので,網膜のより耳側に入る(横色収差).このため網膜上の解離は点線で示したような異なる位置からの光線により起こる解離と同等になる.これを両眼で見ると明らかな位置のずれとして自覚され,赤色の視標のほうが青色の視標よりも近くに見える.赤色青色赤色青色O鼻側耳側———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.24,No.11,20071441水晶体では0.74D,PMMA眼内レンズ挿入眼で0.64D,アクリルレンズ(アッベ数は製品によって異なるが,ここでは37とする)挿入眼では0.98Dで,アクリルレンズ挿入眼では色収差が大きい10).眼内レンズの光学部素材としてアッベ数の小さい素材を選択することは術後の視機能に影響する可能性があり,過去にそのような報告もある11).着色眼内レンズは,単波長光がカットされることから色収差が減少し,網膜像コントラストが上昇する可能性があるが,MTF(modulationtranferfunction)の上昇は1.5%にとどまり,臨床的に有意と考えられる40%には遠く及ばず12),これに関しては影響がないと考えられる.近年発売された非球面眼内レンズは,単色収差である球面収差の軽減により網膜像コントラストを向上させることを目標にしているが,計算によるシミュレーション結果によれば,球面収差の軽減による網膜像質の向上は色収差の影響によって低減する13,14).しかし,一方では色収差は焦点深度を増加させる働きがあるので,その妥協点を見出す必要がある14).最近では屈折型と回折型の光学部を組み合わせて球面収差と色収差の両方をキャンセルし,中心固定され傾斜もない理想的条件のもとでは,diraction-limited(回折の影響以外を受けない良好な光学系)の光学系に近い性能をもつ「色消し」眼内レンズのデザインも報告されている15).色消し眼内レンズは網膜像質を向上させ,計算上は偏位1mm,傾斜4°までであれば通常の球面眼内レンズと同じ性能になる計算である.今後はこのような色収差まで考慮した眼内レンズの臨床応用が進む可能性がある.ただし,色収差をキャンセルした場合の調節機能など,生理機能への影響は十分に検討されるべきであろう.おわりにこれまでは眼内レンズの開発,素材選択には,生体適合性,操作性,加工性,などが重視されてきた.しかし,QOV追求の時代にあって,wavefrontsensorなどの高次収差まで解析できる診断機器,そしてadaptiveopticsの臨床応用により,眼内レンズによって収差コントロールを行うことも現実味をましている.今後の眼内レンズの開発には,すでに行われている球面収差のコントロールばかりでなく,さまざまな収差を考慮することがますます重視されるであろう.ヒトが多色光のもとで生活する限り,単色収差ばかりでなく色収差も考慮し,網膜像の質および生理機能を損なわない光学的にバランスのとれた眼内レンズを開発していくことが必要であろう.文献1)AtchisonDA,SmithG:Chromaticaberration.OpticsoftheHumanEye,p180-193,Butterworth-Heinemann,MA,USA,20002)RabbettsR:Clinicalvisualoptics,Thirdedition,p275-281,Butterworth-Heinemann,MA,USA,19983)AggarwalaKR,NowbotsingS,KrugerPB:Accommoda-tiontomonochromaticandwhitelighttargets.InvestOph-thalmolVisSci36:2695-2705,19954)KrugerPB,MathewsS,AggarwalaKRetal:Chromaticaberrationandocularfocus:Finchamrevisited.VisionRes33:1397-1411,19935)AggarwalaKR,KrugerES,MathewsSetal:Spectralbandwidthandocularaccommodation.JOptSocAmA12:450-455,19956)KrugerPB,AggarwalaKR,BeanSetal:Accommodationtostationaryandmovingtargets.OptomVisSci74:505-510,19977)KrugerPB,NowbotsingS,AggarwalaKRetal:Smallamountsofchromaticaberrationinuencedynamicaccommodation.OptomVisSci72:656-669,19958)魚里博,平井宏明,福原潤ほか:眼光学の基礎(西信元嗣編).p132,金原出版,19909)ThibosLN,BradleyA,ZhangX:Eectofocularchro-maticaberrationonmonocularvisualperformance.OptomVisSci68:599-607,1991(31)表1眼内レンズ光学部素材のアッベ数素材アッベ数PMMA58*シリコーン56.7*アクリル(アクリソフR)37*含水ゲル52.9*正常水晶体50**アッベ数は,アッベ数=nd1/nFnC(nd,nF,nCはそれぞれ波長589.3nm,486.1nm,656.3nmにおける屈折率)と定義される.アッベ数から色収差を計算することができる.*メーカー提供値,**文献1より.———————————————————————-Page41442あたらしい眼科Vol.24,No.11,200710)NagataT,KubotaS,WatanabeIetal:Chromaticaberra-tioninpseudophakiceyes.JJpnOphthalmolSoc103:237-242,199911)NegishiK,OhnumaK,HirayamaNetal:Eectofchro-maticaberrationoncontrastsensitivityinpseudophakiceyes.ArchOphthalmol119:1154-1158,200112)ZhaoH,MainsterMA:Theeectofchromaticdispersiononpseudophakicopticalperformance.BrJOphthalmol91:1225-1229,2007(32)13)FranchiniA:Comparativeassessmentofcontrastwithsphericalandasphericalintraocularlenses.JCataractRefractSurg32:1307-1319,200614)FranchiniA:Compromisebetweensphericalandchro-maticaberrationanddepthoffocusinasphericintraocu-larlenses.JCataractRefractSurg33:497-509,200715)Lopez-GilN,Montes-MicoR:Newintraocularlensforachromatizingthehumaneye.JCataractRefractSurg33:1296-1302,2007

非球面眼内レンズと高次収差

2007年11月30日 金曜日

———————————————————————-Page10910-1810/07/\100/頁/JCLSあるため光が光軸上の一点に集まらずに生ずる収差を球面収差とよぶ.カメラのレンズの場合,この球面レンズの“宿命”ともいえる球面収差を減少させる手段としてはじめに近年,開発コンセプトの異なる複数の非球面眼内レンズが使用可能となった.これらは眼球全体の球面収差を減少させることを目的としており,それによる視機能の向上が期待されている.本稿では,非球面レンズについて概説し,開発コンセプトの異なる各々の眼内レンズの臨床成績,使用時の一般的注意点について述べる.I非球面レンズとは2つの異なった媒質の境界を光が通過するとき,その進行方向が変わることを屈折とよぶ.幾何光学において境界面に入る光の角度と出る角度との関係は,スネル(Snell)の法則に従い(図1),屈折した光の進行方向は,それぞれの媒質の屈折率,境界面に入る光の角度により規定される.図2はプリズムによる光の屈折を示したものであるが,プリズムの頂角によりその後の進行方向が異なり,頂角が大きいほど偏角が大きくなる.レンズは異なるプリズムの集合体と考えられ,レンズの中心部から周辺にいくほど頂角の大きいプリズムとみなすことができる(図3A).光軸に平行な光がレンズを通過した後,一点に集中するためにはレンズを構成しているとみなされる各プリズムの頂角をレンズ中心部からの距離に応じて調整する必要がある.しかし従来,製造上の容易さからレンズの表面は単に球面であることが一般的であり,結果的に光を光軸上の一点に集めることのできない構造となっている(図3B).このようにレンズ表面が球面で(25)1435*ShinichiroOtani&KazunoriMiyata:宮田眼科病院〔別刷請求先〕大谷伸一郎:〒885-0051都城市蔵原町6-3宮田眼科病院特集●眼の収差を理解するあたらしい眼科24(11):14351438,2007非球面眼内レンズと高次収差Higher-OrderAberrationsinAsphericIntraocularLens-ImplantedEyes大谷伸一郎*宮田和典*図1スネルの法則屈折した光の進行方向は,それぞれの媒質の屈折率,境界面に入る光の角度により規定される.屈折率=n1屈折率=n2q2q1n1sinq1=n2sinq2(スネルの法則)境界面図2プリズムの光の屈折プリズムを通過する光はその境界面で屈折する.通過後の進行方向は頂角によって異なり,頂角が大きいほど偏角が大きくなる.頂角偏角———————————————————————-Page21436あたらしい眼科Vol.24,No.11,20073つの方法がある.一つめはレンズの有効径を小さくすることである.絞りによって周辺部を通る光が遮断され,球面収差による像の広がりが小さくなる.しかし,同時にレンズを通過する光の量が減り,像が暗くなるという問題点がある.二つめは複数のレンズの組み合わせである.凹レンズと凸レンズは球面収差の発生する向きが逆であるため,この2枚のレンズを組み合わせることにより球面収差を減らすことができる.しかし,2枚のレンズを使うため,容積と重量の増大が問題となる.もう一つの手段はレンズの表面を球面とせず,光軸上の一点に光が集まるよう表面を形成する方法である.これがいわゆる「非球面レンズ」である.近年の精密加工技術の向上によって自由曲面の形成が容易となり,大量生産が可能となった.これにより1枚のレンズで球面収差を減らすことができ,カメラをはじめ多くの分野で応用されるようになった.II眼における高次収差の加齢変化近年,波面収差解析の眼への応用により,角膜ならびに眼球全体の高次収差の測定が可能となった.今回,正常眼での高次波面収差の加齢変化を検討した.対象は80例153眼,年齢の範囲は1869歳である.測定は波面センサーKR-9000PW(トプコン)で行った.加齢とともに角膜ならびに眼球全体のコマ様収差は増大している(図4)が,球面収差においては角膜では変化なく,眼球全体のみで増大している(図5).これは水晶体の球面収差の変化を意味しており,若年時に負の球面収差をもっていた水晶体が加齢に伴い正の球面収差をもつようになったためである.その原因として水晶体の形状変化や内部屈折率の変化が考えられる.III非球面眼内レンズの臨床成績従来の球面眼内レンズは加齢変化した水晶体と同様,正の球面収差を有している.そのため白内障手術において球面眼内レンズを挿入した場合,加齢によって増大した球面収差に対しての補正は行われないままとなる.そこで,眼内レンズを若年者と同様に負の球面収差をもつようにレンズ表面を非球面加工し,眼球全体の球面収差を補正しようとの試みがある(図6).現在,国内で使用可能である非球面レンズは3種類あるが,製品によって開発コンセプトが異なっており,目標とする残存収差に違いがある.具体的にはテクニスZA9003(AMO)は球面収差の完全補正を,AQ-310Ai(キヤノンスター)は(26)図3レンズはプリズムの集合体A:レンズは異なるプリズムの集合体と考えられる.各プリズムの頂角をレンズ中心部からの距離に応じて調整することにより,光を一点に集中することができる.B:製造上の容易さから,レンズの表面は単に球面であることが一般的であり,結果的に光を光軸上の一点に集めることのできない構造となっている.AB図4コマ収差の加齢変化r=0.358,p<0.0001角膜r=0.265,p=0.00181.00.90.80.70.60.50.40.30.20.101020304050607080年齢(歳)収差(RMS,μm)1.21.00.80.60.40.201020304050607080年齢(歳)収差(RMS,μm)全眼球———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.24,No.11,20071437(27)図5球面収差の加齢変化r=0.462,p<0.0001r=0.138,p=0.929角膜0.60.40.20-0.2-0.4-0.6-0.8-1.01020304050607080年齢(歳)収差(RMS,μm)0.80.60.40.20-0.2-0.41020304050607080年齢(歳)収差(RMS,μm)全眼球図6角膜と水晶体または眼内レンズの球面収差の関係は正の球面収差を,は負の球面収差を意味する.????????A.若年者B.高齢者D.非球面眼内レンズ挿入眼C.球面眼内レンズ挿入眼図8全眼球における術後残存球面収差(非球面眼内レンズと球面眼内レンズの比較)一眼に非球面眼内レンズ,他眼に同一形状,同一素材である球面眼内レンズを挿入し,1カ月後の全眼球における残存球面収差(瞳孔径6mm)を比較した.どの組み合わせにおいても非球面眼内レンズ挿入眼で球面収差が減少していた.その残存量の差は開発コンセプトの違いによるものと考えられる.SN60WF非球面00.10.20.30.40.50.60.7****:p<0.01WilcoxontestAQ310NV球面AQ310Ai非球面AR40e球面ZA9003非球面SN60AT球面(n=36)(n=46)(n=37)収差(RMS,μm)図7照度別のAULCSF(非球面眼内レンズと球面眼内レンズの比較)非球面眼内レンズSN60WF,球面眼内レンズSN60AT挿入眼において術後1カ月後のAULCSF(areaunderthelogcon-trastsensitivityfunction)を比較した.暗室下において非球面眼内レンズ挿入眼が有意に高い値を示し,コントラスト感度が良好であった.02.01.0暗室15.4±16.6lux*:p<0.05Wilcoxontest:非球面SN60WFAULCSF*:球面SN60AT明室179.7±22.5lux中間72.9±18.0lux———————————————————————-Page41438あたらしい眼科Vol.24,No.11,200720歳代の球面収差の残存を,SN60WF(アルコン)は若年眼の収差(=約0.1μm)の残存を目標としている.筆者らは,それぞれの非球面眼内レンズにおいて球面レンズに対する優位性を検討するため臨床成績を比較した.方法は,白内障以外に疾患を認めない両眼の白内障患者で,一眼に非球面眼内レンズ,他眼に同一形状,同一素材である球面眼内レンズを挿入し,1カ月後に矯正視力,コントラスト感度(照度別),高次収差を測定した.使用した眼内レンズは非球面眼内レンズSN60WF,ZA9003,AQ310Aiに対し,それぞれ球面眼内レンズはSN60AT(アルコン),AR40e(AMO),AQ310NV(キヤノンスター)とした.結果は,どの非球面眼内レンズと球面眼内レンズの組み合わせでも,矯正視力に差はなかった.しかし暗室下(約15lux)でのAULCSF(areaunderthelogcontrastsensitivityfunction)が非球面眼内レンズで有意に高く,コントラスト感度が良好であった(図7).高次収差は瞳孔径6mmで球面収差の有意な減少が得られた(図8).その残存量の差は各社の開発コンセプトの違いによるものと考えられる.一方,瞳孔径4mmでは両レンズ間に有意な差はなかった.これは非球面眼内レンズの効果は瞳孔径に依存し,瞳孔径が大きいほど非球面眼内レンズの優位性が増大することを示している.IV非球面眼内レンズの注意点前述の臨床成績は非球面眼内レンズの挿入によるQOV(qualityofvision)の向上を示唆している.しかし,すべての患者において最良の選択になるとはかぎらない.眼内レンズを非球面形状とする目的は,それにより生じた負の球面収差によって,角膜で生じる正の球面収差を打ち消すことである.だが角膜の収差の程度は個人差があり患者によっては眼球全体の収差が過矯正となる場合もある.この問題解決の糸口として各患者個別に対応したカスタムメイドの非球面眼内レンズがあげられるが,今のところ実現できていない.それに近い手段として,コンセプトの異なる各製品の使い分けが考えられる(28)が,その有効性は不明である.また非球面眼内レンズは,その傾斜や偏心により球面眼内レンズよりも高次収差が増大し,結果的に視力,コントラスト感度を悪化させる可能性がある.筆者らの臨床検討ではレンズの眼内安定性は高く,傾斜,傾心量はわずかであった.しかしZinn小帯の脆弱例,後破損例など中心固定がむずかしいと思われる症例では適応に注意を要する.おわりに白内障手術の歴史とともに患者の要求する視機能の水準は高まってきている.それと並行してメーカーによる眼内レンズの改良・進化が続いてきた.非球面レンズの臨床応用は,眼内レンズ挿入術を単なる球面度数の補正手段から高次収差への対処を可能とする手段へと進歩させた.そして今回,視機能改善を示す臨床データを得ることができた.現在のところ暗所下という特殊な環境下でのコンラスト感度向上のみであるが,今後,新しい視機能パラメータの出現,応用により,さらに非球面眼内レンズの優位性が確認されることを期待している.白内障手術の歴史において初めて高次収差への関与が始まったという点で,非球面眼内レンズの登場は眼内レンズの進歩の過程で大きなブレイクスルーであるといえる.文献1)HolladayJT,PiersPA,KoranyiGetal:Anewintra-ocularlensdesigntoreducesphericalaberrationofpseudophakiceyes.JRefractSurg18:683-691,20012)MesterU,DillingerP,AnteristN:Impactofamodiedopticdesignonvisualfunction:clinicalcomparativestudy.JCataractRefractSurg29:652-660,20033)AmanoS,AmanoY,YamagamiSetal:Age-relatedchangesincornealandocularhigher-orderwavefrontaberrations.AmJOphthalmol137:988-992,20044)KasperT,BuhrenJ,KohnenT:Visualperformanceofasphericalandsphericalintraocularlenses:intraindividualcomparisonofvisualacuity,contrastsensitivity,andhigher-orderaberrations.JCataractRefractSurg32:2022-2029,2006

水晶体混濁と高次収差

2007年11月30日 金曜日

———————————————————————-Page10910-1810/07/\100/頁/JCLS測技術の発達により,日常臨床でも水晶体の形態変化と網膜像の質の関係を推計できるようになってきた.まず加齢に伴う透明水晶体の形態変化と高次収差について解説する.水晶体は加齢に伴い,層構造が鮮明になり,透明度が低下(散乱光強度が増加)する.水晶体層構造のうち,成人核部(皮質深層部)の後方散乱光強度(眼外に出て行く散乱光の強度)が最も増加しやすく,透明度低下とともに前方(網膜側)への散乱光も増す1).これが加齢に伴うコントラスト感度低下の一因となっている.一方,水晶体層構造が鮮明に観察されるということは,水晶体内部の屈折率分布も変化している.また水晶体厚も加齢に伴い厚くなり,水晶体前面の弯曲も増してくる.この形態変化が不正乱視につながる「高次収差」を生はじめに白内障以外に明らかな異常眼所見がなく,水晶体混濁が瞳孔領まで進行している症例では,水晶体混濁が視機能低下の主因であることは判断に迷うことが少ないと思う.しかし瞳孔領に明らかな混濁がない場合でも,「まぶしい」,「かすむ」,「ものが二重,三重に見える」などの不定愁訴で来院する患者も多い.水晶体の混濁形態は皮質,核,下混濁の3病型に大別されるが,細隙灯顕微鏡検査で混濁程度と視機能低下が直接結びつかないことも少なくない.たとえば,眼鏡による屈折矯正では明らかな視力低下を認めないが,眼鏡装用のみでは愁訴を根本的に解消できないような場合である.この器質的な原因の一つとして,「眼の高次収差」による網膜像(網膜に投影される像)の質の低下があげられる.高次収差はいわゆる眼鏡では矯正できない「不正乱視」に分類される項目である.本稿では眼高次収差のなかで,水晶体の加齢およびその混濁が眼の高次収差にどのように関わっているか自験例を中心に述べる.I水晶体の加齢変化と眼の高次収差水晶体に明らかな混濁がない,いわゆる透明水晶体眼であっても,加齢に伴いその視機能は低下する.透明水晶体眼では高齢者でも良好な標準矯正視力を保持しているが,薄暮や夜間でのコントラスト感度は明らかに加齢に伴って低下してくる(図1).この原因には水晶体以外の眼組織などの老化も関わっているが,最近の眼収差計(17)1427*YasuoSakamoto:金沢医科大学感覚機能病態学(眼科学)/金沢医科大学総合医学研究所環境原性視覚病態研究部門〔別刷請求先〕坂本保夫:〒920-0293石川県河北郡内灘町大学1-1金沢医科大学感覚機能病態学(眼科学)特集●眼の収差を理解するあたらしい眼科24(11):14271433,2007水晶体混濁と高次収差CrystallineLensOpacicationandHigher-OrderAberrationsoftheEye坂本保夫*図1薄暮視における加齢に伴うコントラスト感度視力の低下対象:矯正視力1.0以上,年齢50歳以上の透明水晶体を有する109名.01020304050607080901000.00.10.20.30.40.50.60.70.80.91.0logMARContrast(%):50歳代:60歳代:70歳代———————————————————————-Page21428あたらしい眼科Vol.24,No.11,2007み,これも視機能低下の一因となっている.現在市場にある眼収差計では,水晶体の高次収差のみを直接計測できるものはない.眼球全体と角膜の2種類の収差が計測可能な機種ではこの両値を比較して水晶体の収差を推計している.本稿で扱う高次収差は,便宜的にZernike係数の3次と4次の項のみとし,3次の項は矢状収差(trefoil)とコマ収差(coma)に分け,球面収差(spherical)は4次のZ40の項とした.全高次収差は3次と4次の項をrootmeansquare(RMS)でまとめた値を用いた.収差を評価する場合,解析瞳孔径が計測値に大きく影響する.解析瞳孔径は4mmと6mmで行い,視環境に合わせて適宜,使い分けをしている.たとえば,昼間視の視機能は解析瞳孔径4mm,薄暮視は解析径6mmの値を用いて評価した.図2に日本人を対象とした透明水晶体眼の全高次収差の加齢変化を示した.瞳孔径4mmでは加齢に伴い収差は増加するが,その量はわずかであり,明所での視機能への影響は少ないと考えられる.一方,瞳孔径6mmでは明らかに収差は大きな値を示し,年間約0.005μm(RMS)ずつ収差が増強している.瞳孔径が大きくなる薄暮や夜間において,眼の高次収差は増し,これが高齢者のコントラスト感度低下の一因になっている.図3に各年代(代表症例)の眼球の全高次収差マップと網膜像シミュレーションを示した.若年者の収差マップはほぼ均一な緑色のパターンを示し,高次収差は少ない.高齢者になると波面が乱れ,マップの中心と周辺部に黄色の部分が現れてくる.波面収差が増強し,網膜像を不鮮明なものにしている.マップ周辺の変化は矢状またはコマ収差,中心部は球面収差の増強を意味し,正常加齢変化ではおもに球面収差が増強する.角膜と眼球の加齢変化を比較する(図4)と,角膜の球面収差量はほぼ一定であるが,眼球の球面収差は加齢に伴い増強している.その年間増加量は約0.004μmであり,球面収差の増強は水晶体に起因している可能性が高いことがわかる.ただし,若年者の眼球の球面収差量は角膜より低く,60歳前から眼球の収差のほうが大きくなっている.これは若(18)図2眼球全体の高次収差(3次と4次)と年齢の相関対象:透明水晶体を有する日本人329名.0.00.10.20.30.40.50.60.70.8203040506070年齢(歳)全高次収差(RMS,?m)80解析瞳孔径:6mmy=0.0048x+0.1568r2=0.1292解析瞳孔径:4mmy=0.0012x+0.058r2=0.0741図3年代別,透明水晶体眼(代表例)の全高次収差マップ(解析瞳孔径6mm)と網膜像シミュレーション(解析瞳孔径4mm,Landolt環視標20/40,22~71歳).y17y2259y45y31ySimulations(20/40,4mm)Aberrationsmaps(6mm)Scheimp?ugimages———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.24,No.11,20071429年者の水晶体は角膜の球面収差(正の収差)を打ち消す「負」の球面収差を有しているためで,高齢者の水晶体ではその打ち消す力は弱まり,ついには「正」の球面収差へ変化して眼球の全高次収差を増強させる.矢状とコマ収差も加齢に伴い増加するが,年間増加量は球面収差量に比べ少なく,自験例では約0.002μm(RMS)程度である.ただし,これに大きな球面収差が加わった場合,単眼での複視や三重視になることがある2).II水晶体核混濁と高次収差核白内障は水晶体核部の散乱が増強するとともに硬化が進んでいくことから,高次収差のなかでも球面収差が最も関与している.透明水晶体は加齢に伴い「正」の球(19)図6核混濁眼(症例2)の高次収差による網膜像シミュレーションとPSFセンサー(ダブルパス方式)による網膜像の比較RD混濁や核混濁の散乱が網膜像の質を低下させる.図5核混濁程度(症例14)と眼球全体の球面収差の変化-0.10.00.10.20.30.40.5Sphericalaberration(Z40,?m)眼球0.395角膜0.121症例1(81歳)症例2(74歳)症例3(79歳)症例4(83歳)-0.0120.1550.2030.2230.2040.208図4角膜と眼球の球面収差の加齢変化対象:透明水晶体を有する日本人329名,解析瞳孔径:6mm.角膜眼球0.00.10.20.30.40.520年齢(歳)球面収差(Z40,?m)水晶体の「負」の球面収差により眼球全体の高次収差は低下水晶体の「正」の球面収差により眼球全体の高次収差は増加807060504030———————————————————————-Page41430あたらしい眼科Vol.24,No.11,2007面収差が増し,核混濁の場合,混濁程度が高くなればなるほど眼球の高次収差は減少し,水晶体の「負」の球面収差が増していく.高度の核混濁(症例4)になると,角膜の「正」の球面収差までも打ち消すほどになる(図5).日常臨床において,核白内障症例が顕著な視力低下を示さない経験をすることがあるが,この影響もあると考える.しかし多くの症例では核混濁が単独で存在することは少なく,水晶体核部の散乱光強度の増強により,実際の網膜像の質はこれ以上に低下していると考えられる.図6は症例2のvectormap(眼球全体の高次収差を成分分解した図)とダブルパス方式3)を用いたPSF(pointspreadfunction)センサー(PSF-1000,トプコン)で,散乱の影響を含めてシミュレーションした網膜像である.Vectormapによるシミュレーション像ではコマ収差による網膜像の「ぶれ」はあるものの,20/20の視標でもLandolt環の切れ目が判別できる.しかしPSFセンサーによるシミュレーションでは散乱とretrodots混濁(RD混濁4))の影響で明らかに不鮮明な網膜像となっている.核白内障眼にはRD混濁を合併することが多く,その合併率は60%を超える.RD混濁は細隙灯顕微鏡による(20)図8高度近視眼での核混濁とY字縫合の高次収差への影響(症例7)核混濁による「負」の球面収差の増強とY字縫合に由来する矢状収差の増加が重なると単眼三重視をきたす.水晶体徹照像(↑:Y字縫合)図7Retrodots混濁の程度と網膜像の質Landolt環:散乱の影響を含めてシミュレーションした網膜像,視標は1.0logMARから0.1logMAR,解析瞳孔径3mm/解析:PSFセンサー.症例5:(矯正視力1.5)症例6:(矯正視力0.7)———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.24,No.11,20071431斜照法では観察はむずかしいが,徹照法では斑状の陰影として容易に観察できる所見である.この混濁は眼高次収差を増加させることは少ないが,前方散乱光(角膜から網膜方向への散乱光)の増強を促し,網膜像の質を低下させる.特に瞳孔領中心3mmに存在するRD混濁の量が増すと網膜像の質の低下も有意に低下する5).具体例を図7に示す.症例6は症例5より核混濁程度は低いが,RD混濁が瞳孔中心付近に多数存在し,PSFセンサーでのシミュレーション網膜像は明らかに不鮮明になっている.核白内障眼は近視化しやすいといわれるが,高度の近視眼の場合,「負」の球面収差量が顕著に増強し(球面収差マップの中心:濃青色部分),網膜像は極端に不鮮明になる.さらに矢状収差が加わると単眼の三重視をきたす(図8).矢状,コマ,球面収差が単独で存在する場(21)合には,網膜像のにじみは生じるが像の分離はない.極端に強度の収差でない限り,各収差単独での視力への影響は少ないが,コントラスト感度への影響は無視できないと考える.矢状収差を生む原因として水晶体のY字縫合による水晶体線維走行の乱れが考えられる.角膜収差に由来する場合も多く,核白内障眼のように球面収差が少ない場合でも,角膜の「正」の球面収差と矢状収差が強ければ単眼三重視は起こる(図9:症例8).一方,コマ収差が強くなると単眼の複視をきたす.症例9は水晶体線維方向にwater-cleftが入り込みコマ収差が強くなった症例である.瞳孔領の上部の波面は速く,下方は遅くなり,シミュレーション網膜像は上下にずれ二重になっている(図10).図10水晶体のwatercleftが関連した単眼複視(症例9,86歳)水晶体下方およびY字縫合に沿った水晶体線維走行にwater-cleftがみられ,眼球の収差マップでは瞳孔上下の収差が大きく異なる.??離滉??離滉図9「正」の球面収差の増強による単眼三重視(症例8)角膜の球面収差と矢状・コマ収差が主因である.コマ収差には眼瞼圧,矢状収差には水晶体Y字縫合の影響も加わっていると思われる.———————————————————————-Page61432あたらしい眼科Vol.24,No.11,2007(22)III皮質混濁と高次収差皮質混濁は白内障3主病型のうち最も有所見率が高く,なかでも水晶体赤道部から瞳孔中心へ進行する楔状・車軸状混濁を呈することが多い.混濁が瞳孔領まで進行しない限り視力への影響は少ないが,混濁進行パターンをみると水晶体線維走行に沿って混濁が伸びるため,一見,明らかな混濁がない部位でも水晶体線維走行に乱れが生じていると考えられる.瞳孔領(瞳孔径3mm)まで皮質混濁が進行している中等度混濁群と,瞳孔領まで達していない軽度混濁群の読書能力(読書チャートMNREAD-J6))を比較した結果,両群とも同年代の透明水晶体眼より有意に読書速度が低下していることがわかった(図11).つまり皮質混濁眼では矯正視力が良好であっても動的な視機能は低下し,日常生活に支障をきたすと考えられる.しかし読書速度の低下度には混濁程度の差は認められず,軽度混濁群でも散乱以外の視機能障害因子が絡んでいると推察された.そこで軽度混濁眼の眼高次収差を調べてみると,瞳孔径6mmの球面収差は同年代の透明水晶体眼と変わりなかったが,矢状とコマ収差は明らかに高値を示した図13皮質混濁による高次収差(矢状・コマ)の増強(症例10,55歳)右眼(上段):透明水晶体,左眼(下段):軽度の楔状皮質混濁を有する.図12瞳孔領3mm以内に混濁のない軽度皮質白内障眼の眼高次収差(解析瞳孔径6mm)0.00.10.20.30.40.50.60.7Aberration(?m,RMS,6mm)皮質白内障群0.282透明水晶体群0.213TrefoilNSp<0.05p<0.05SphericalComa0.2790.4070.2460.259図11水晶体皮質混濁の程度と読書能力(最大読書速度)の低下加齢により読書速度は年間,約4文字(1分間で)低下する.視力に影響しない程度の皮質混濁を伴うと,これよりさらに約60文字/分の低下が起こる.05010015020025030035040050年齢(歳)最大読書速度(cpm:文字数/分)約60文字(1分間)の有意な低下(p<0.05):透明水晶体群(50歳以上):軽度(瞳孔領に混濁なし):中等度(瞳孔領に混濁あり)85807570656055———————————————————————-Page7あたらしい眼科Vol.24,No.11,20071433(図12).近見での読書を考えて瞳孔径4mmで比較しても,コマ収差に有意差を認めた.これが読書能力の低下に関わる一因と思われる.皮質混濁は鼻側下方に発症することが多いが,この局在特性から水晶体線維走行にも部分的な乱れが生じていると考えられる.症例10の両眼の眼高次収差を比較すると,明らかな皮質混濁のない右眼と鼻側下方に楔状の混濁が存在する左眼では,球面収差量には差はないが,左眼は明らかに矢状収差のパターンを示し,わずかではあるがシミュレーション網膜像の質も低下している(図13).おわりに波面収差解析の技術が眼科領域にも導入され,水晶体の微小な変化が視機能に及ぼす影響をも捉えることが可能になってきた.不定愁訴で来院する患者への病状説明もより根拠のあるものになり,眼高次収差解析は白内障手術時期の決定にも役立っている.高次収差に含まれるパターンはまだ数多くあり,今後の詳細な解析が望まれるところであるが,水晶体に関してこれまでのところでは,おおよそつぎのようにまとめることできる.若年者の水晶体は非球面レンズ効果で眼球全体の高次収差を抑える働きをするが,加齢に伴い「正」の球面収差が増強していく.核混濁程度が上昇すると球面収差が減少(「負」の球面収差の増加)し,眼球全体の高次収差を軽減するが,高度近視が伴うと網膜像の質の低下を招く.皮質混濁は混濁の局在特性から矢状・コマ収差を生じる.ただし,これらの高次収差は各単独で存在する場合,その程度が顕著でない限り網膜像への影響は大きくはない.重要なのは,各混濁病型が合併したときに収差が増大し,単眼三重視などが生じることである.Y字縫合,water-cleftなど水晶体所見が高次収差に関係していることも視機能の質を考えるうえでは重要である.さらに核混濁に好発するRD混濁は眼高次収差を増強させるのではなく,その散乱光によって視機能に影響を与えていることも強調したい.本稿では後下混濁について触れなかったが,瞳孔中央部に局在する下混濁ではわずかな濁りでも視機能の低下をきたすことが多いこと,現在の収差計では技術的な面で計測が困難であり,ここではあえて取り上げなかった.最後に高次収差計測は細隙灯顕微鏡レベルでは観察がむずかしい水晶体線維走行などの微細な所見と視機能の関係を捉えるには非常に有用な手段であるが,明らかに進行した白内障眼の視機能評価には限界があることも知っておきたい事項である.文献1)SasakiK,HockwinO,SakamotoYetal:Highhurdleofclinicaltrialstodemonstrateecacyofanticataractgenicdrugs.Ophthalmologica214:390398,20002)不二門尚:新しい視機能評価システムの開発.第108回日本眼科学会総会宿題報告Ⅱ眼科検査診断法.日眼会誌108:809835,20043)大沼一彦,小林克彦,野田徹:PSFアナライザーの測定原理と臨床応用.視覚の科学25:94107,20044)VrensenG,WillekensB,DeJongPTetal:Heterogeneityinultrastructureandelementalcompositionofperinuclearlensretrodots.InvestOphthalmolVisSci35:199206,19945)坂本保夫:水晶体Retrodots混濁(眼内レンズセミナー252).あたらしい眼科24:6162,20076)小田浩一:ミネソタ読書チャートMNREAD-J.眼科診療プラクティス57,視力の測り方(丸尾敏夫編),p79,文光堂,2000(23)

Seidel 収差とZernike多項式の関係

2007年11月30日 金曜日

———————————————————————-Page10910-1810/07/\100/頁/JCLS焦点P(0,0,R)を中心とする球面となる.式で表すと,Rを中心にした半径Rの球の式である.x2+y2+(zR)2=R2(1)この式を書き直すと,つぎのようになる.x2+y2+z22zR=0(1¢)この式で,R,x,yに比べて,zが小さい場合を考えると,現実は,x,yがmmの単位で,zがμmのレベルなので,1,000分の1の世界であるので,z2を無視すると,つぎに示すようになる.x2+y2z=───2R(2)これが波面の式となる.波面の式として表すと,w(x,y)=x2+y2───2R=A(x2+y2)(3)はじめに眼光学の多くの書籍では,収差が起きる原因とその呼び方をSeidelの表現によって分類している.そこでは,収差は光線の表現で行われていて,波面の形の表現は用いられていない.最近,qualityofvision(QOV)が叫ばれ,波面センサー13)が世の中にでてきて,いきなりZernike多項式による収差の表現がこれに付随してでてきたものだから,非点収差,球面収差と聞いただけで,Seidelのと同じと思っている方が大半ではないかと思われる.非点収差,コマ収差,球面収差でもZernikeとSeidelとには違いがある.その違いをここでは,まず,Seidelの収差を光線での説明から波面での説明へ直し,Zernike多項式による波面収差の表現の考え方を示し,最後にSeidelとZernikeの表現の関係を示す.結論から述べれば,Zernikeの収差は光が入射してきた方向のみを扱い,Seidelの収差は,入射方向のみのものもあれば,像面弯曲,歪曲収差などの入射方向が異なる収差をまとめたものもあるという違いがあり,Zernikeの個々の波面はSeidelの波面の組み合わせからできているということである.ISeidelの5収差と波面はじめに,理想的なレンズの光線と波面について述べる.図1には無限遠から発する光が無収差レンズを通過して,点像を作っている様子が示してある.図に示すように波面は光線に垂直な面である.その面をつなぐと,(9)1419*KazuhikoOhnuma:千葉大学大学院工学研究科〔別刷請求先〕大沼一彦:〒263-8522千葉市稲毛区弥生町1-33千葉大学大学院工学研究科特集●眼の収差を理解するあたらしい眼科24(11):14191425,2007Seidel収差とZernike多項式の関係RelationbetweenSeidelAberrationandZernikePolynomial大沼一彦*波面光線光軸フォーカス(光線に垂直)P焦点Pを中心とする球面xyzR図1理想レンズの波面———————————————————————-Page21420あたらしい眼科Vol.24,No.11,2007となる.つまり,波面は出射瞳面でのzの値で表される.ここで,A=1/2Rの関係がある.つまり,Aがわかると,Rがわかり,どこに収束する(焦点を結ぶ)波面であるかがわかる.何らかの要因で,Aが少し変化したとしよう.そうすると,Rが変わるということは,焦点が移動することになる.つまり,(デ)フォーカスである.(デ)とつけたのは,フォーカス(焦点を結ぶ)と同じ波面であるからだ.つぎに,ティルトの波面を示す.図2上部に示すようにレンズが傾くと光軸からずれたところに光が収束する.これは,図2下部に示すように,レンズにプリズムが付加されたとみることができる.プリズムの底辺を通過した光は頂点を通過した光よりも遅れるために折れ曲がることになる.つまり,波面はxに比例して遅れていることを示している.そのため,傾いた平面となる.このときの点像は形を変えないで,移動することになる.さて,つぎからが,Seidelの5収差と波面である.1.球面収差図3には一般的な両凸レンズの光軸に平行な平行光が入射したときに,レンズの周辺を通過した光が光軸に早く交わる様子が示してある.図の右側には,入射高とその交わる点の位置の関係が示されている.光が一番収束するところは最小錯乱円の位置として示してある.従来のテキストではここまでであった.それでは波面の考え方でみてみよう.レンズを通過した直後での光線に垂直な面をみると,無収差の場合よりも,周辺部が急峻であるのがわかる.これは,無収差の場合の球面に新たに,波面が加わったとみることができる.実は,図上部に描いてあるように,2つの波面の合成である.もう一つの波面の形状はレンズの中心からの距離(半径rとすると)の4乗ar4である.ここで,aは定数,これがSeidel4)の球面収差の波面である.この図におけるaは正で正の球面収差とよぶ.この球面収差のために,一点に集まらないのである.そのため,網膜上の点像はボケることになる.この場合,最小錯乱円の位置がレンズに近づくことがわかり,近視化することがわかる.しかし,レンズの前に絞りをおけば,これは瞳孔が小さいことに対応するが,この影響はなくなることがわかる.このことは,昼間は遠くにフォーカスが合っているが,夜,瞳孔が開くと,近方にずれることを示している.これがないようにするのが,非球面眼内レンズということになる.2.コマ収差図4にはレンズの光軸から外れたところにおかれた点光源からの像を表している.像は彗星が尾を引いた形をしているので,コマ(coma)収差とよばれている.これは,レンズの周辺を通過した光が大きな円としての像を作る.その半径はレンズの中心からの距離に依存している.波面で表すと,図の右上に示すように,上が凸で,(10)H:入射高最小錯乱円H波面光線光軸+フォーカス球面収差の波面図3球面収差プリズムプリズム成分の波面(ティルト)レンズが傾くx進んでいる図2ティルトの波面─プリズム通過後の波面,レンズが傾くと発生する収差の一つ———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.24,No.11,20071421下が凹んだ形をしている.フォーカス成分に,このような波面が付加されたためである.この波面を式で示すと,x0r3cosqとなる.つまり,レンズの半径rの3乗に比例して,また,像面の位置x0に比例してその値が大きくなり,これにcosqがかかっているので,qが90°から90°までは正の値でそれ以外は負の値となる.このような状態は,斜めから光が入る周辺視,LASIK(laserinistukeratomileusis)で軸が外れて削った場合,眼内レンズ(IOL)が傾いた場合,IOLが軸ずれを起こした場合に発生する収差である.それは,点光源とレンズの関係をみれば,これらの場合には光源が光軸から離れた関係になるからである.コマ収差があると,像のコントラストは低下するが,偽調節の効果があり,瞳孔が開いても,それなりに解像してみえる.3.非点収差図5にはこれもレンズの光軸からはずれたところにおかれた点光源からの像を表している.2カ所で焦線がみられる非点収差の例である.タンジェンシャル面とサジタル面で焦点が変わっている.この場合の波面は図の右下に示すように,焦点を結ぶフォーカス成分に加えて,平面を一方向に押し付けたような波面が加わり,タンジェンシャル面が進んでいるような波面である.式でみるとx20r2cos2qとなる.つまり,レンズへの入射角度が大きくなり,x0が大きくなると,その2乗に比例して波面の曲がり具合も大きくなることを示している.この収差もコマ収差と同様に,周辺視,LASIKで軸が外れて削った場合,IOLが傾いた場合,また,IOLが軸ずれを起こした場合に発生する.この収差があると,網膜上の点像はぼけることになる.4.像面弯曲この波面は,(3)式で示したフォーカスの波面である.式をみると,ax20r2となっている(aは定数)ので,像面での位置x0の2乗に比例して,その量が変わる(デ)(11)レンズ点光源TangentialSagittal光軸前焦線(Tangentialimage)後焦線(Sagittalimage)x0このような波面が加わった図5非点収差方向ごとにフォーカス量が異なる瞳ペッツバール面ガウス像面231231図6像面弯曲図4コマ収差SPaabbba物体は光軸上にないこのような波面が加わったx0———————————————————————-Page41422あたらしい眼科Vol.24,No.11,2007フォーカスの波面である.つまり,像面において,光軸の中心から離れると,焦点が短くなることを示している.像ができる場所がレンズのほうへ近づいてくることになる.その様子を図6に示す.この面をペッツバール面とよんでいる.非点収差の波面の式とよく似ている.cosの項だけが違う.非点収差が像面弯曲に加わると,タンジェンシャル面とサジタル面のフォーカスがずれることになる.この収差は,レンズへの入射光線の角度違いをまとめて扱っている.後ほど述べるZernikeにはこのような表現はない.そこで,Zernike多項式でこれらを表す場合は,角度ごとに表すことになり,角度ごとにフォーカス波面の収差となり,その波面の量が角度を増すごとに,大きくなることになる.5.歪曲収差この波面は図2で説明したティルトの波面が,角度ごとに異なる場合である.式で示すとax30xであるので,ティルトの量が,像面の位置x0の3乗に比例して変わることを示している.つまり,中心から離れていくと,大きくティルトの量が変わる.図には入射角度,1,2,3,で入射した光が入射角度で変わるプリズム成分によって角度を変えている様子が示してある.このようなときはaの量が正で,樽のように膨れる.一方,負のときは糸巻きのようになる.後ほど述べるZernikeにはこのような表現はない.そこで,Zernike多項式でこれらを表す場合は,角度ごとに表すことになり,角度ごとにプリズム波面の収差となり,その波面の量が角度を増すごとに,樽歪みの場合大きく,糸巻き歪みのときは小さくなることになる.以上,Seidelの収差の波面について述べてきたが,像面での位置x0に依存している項がいくつもあったのをみてきた.つまり,レンズへの入射角度によって収差量が変わることを示している.これまで,光線として考えてきたこれらの収差がレンズを通過した後,どのような波面となるかを理解されたと思う.それではつぎにZernike多項式との関係を説明する.IIZernike多項式による収差の表現Zernike多項式が扱うのは,入射光線の方向の収差のみを表す.つまり,Seidelでは,像面の座標x0も収差の表現にあったが,Zernike多項式にはない.すでに述べてきたが,光軸に平行に入射したときにもコマ収差,非点収差は発生する.眼球光学系において,角膜,水晶体を一つのレンズと考えると,その形状が回転対称でなくなるとこれらは発生する.Zernike多項式による収差の表現を図8に示す.これらはZernikeの基本波面で,1次,2次,3次,4次の波面である.これらの波面では座標軸x,y,zは右,奥,上の各方向であり,それらを左斜め上から見たときの形(12)樽歪み像面112233プリズム成分が方向で異なるx0糸巻き歪み図7歪曲収差———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.24,No.11,20071423である.1次はSeidelの収差のところで触れたプリズムによるティルトの波面で方向の異なるのが2つあり,x方向とy方向に傾いた平面の波面である.この波面に垂直な光線を考えると,どんなふうに光が振る舞っているのかが想像できよう.ここで,Z22とZ22が非点収差の波面とよばれている.Z20は(デ)フォーカスである.Z31とZ31はコマ収差,Z33とZ33とはトレフォイル,Z40は球面収差とよばれている.それではSeidelの収差のところで述べた波面と見比べてみると,似ているけれど,(デ)フォーカスの波面以外は少しずつ違うことに気づかれたと思われる.その違いはつぎのところで述べることにする.Zernikeの基本的考え方はある複雑な波面が与えられたときに,そこに,基本波面がどのくらい含まれているかを計算する.基本波面はすべて,半径1mmの範囲で定義されていて,zの値が1から1の値をとる.(デ)フォーカスで,収差1μmの場合を図9に示す.これが,2mm半径,3mm半径では,つまり4mm瞳孔,6mm瞳孔では図に示すように,最大値が1のまま,広げた形となる.ちなみに,1μm(4mm瞳孔)のフォーカスの波面は1Dの近視に対応する.このように単純に値が増大するような波面であれば,瞳孔径の変化に対応して,換算できるが,複雑な場合は4mm瞳孔の値から6mm瞳孔の値を計算することはできない.逆は可能である.(13)2次3次4次1次Z3-1Z2-2Z1-1Z11Z3-3Z4-4Z4-2Z31Z33Z40Z42Z44Z20Z22図8Zernikeの波面─1次から4次の波面xy1z-11-1-1-0.8-0.6-0.4-0.200.20.40.60.81-3中心からの距離(mm)波面(μm):基本波面:6mm瞳孔:4mm瞳孔3210-1-2図9(デ)フォーカスの波面の数値表現———————————————————————-Page61424あたらしい眼科Vol.24,No.11,2007(14)さて,SeidelとZernikeの違いであるが,非点収差,コマ収差,球面収差も異なっている.なぜ,このようなことになるのか,それはZernikeが,基本波面は互いに独立した波面を選んだからである.互いに独立とは,ちょうど,x,y平面のようなもので,この平面上の点と原点を結ぶ直線のベクトルが,x成分とy成分に分けられて,それぞれがどれくらい含まれているかを調べるのと同じである.このとき,xとyは独立である.独立であるとは,xの値をyで表すことはできないということである.このように,複雑な波面を独立した基本波面の重み付け和で表現しようとしたのが,Zernikeである.これは,波面センサーで測定された波面を独立した波面に分解してみて,どのような波面が含まれているかを調べるということに結びつく.独立した波面を求めたため,これまで,中心対称のレンズ系ばかり扱ってきたSeidelに加えて,新しい形の波面があることに注目されたい.たとえば,3次収差のZ33とZ33はトレフォイルとよばれるものである.これらは,加齢とともに現れるもので,三重視の原因である.収差の量の表現には,3次の収差であるトレフォイルとコマ収差をひとまとめにして,その量の2乗和のルート(rootmeansquear:RMS)で,コマ様収差,同様に4次の収差をひとまとめにして球面様収差ととして扱う場合がある.IIISeidelとZernikeの関係非点収差や,球面収差は名前だけが同じで,SeidelとZernikeでは違いがあるのを理解されたと思う.そこで,その違いを詳細に調べてみよう.まずは,非点収差である.図10に示すように,Zernikeの非点収差の波面は鞍のような形をしてZ22,Z22として2つある.式で表すと,√6 ̄a2sin2qと√6 ̄a2cos2q(√6 ̄は係数で,標準化のためにつけてある)である.これらは,回転すると重なる波面である.さて,2番目の式を展開すると,√6 ̄a2cos2q=√6 ̄a2(2cos2q1)=2√6 ̄a2cos2q√6 ̄a2となり,これはSeidelの非点収差の波面マイナス(デ)フォーカスの波面という形である.そのため,(デ)フォーカスの波面をひっくり返して図には示してある.つまり,光学系の焦点を求めるときにもここに含まれる(デ)フォーカス成分を考慮することになる.それでは,像面での点像はどうなるかというと,デフォーカス分移動したところでは,焦線となり,Seidelの収差の像と同じである.デフォーカス分も入ったままでは,丸い形の点像である.そのつぎは,コマ収差の波面である.図11に示すように,Zernikeの基本波面ではZ31とZ31と2つある.その波面の式はa√8 ̄(3s32s)sinq,a√8 ̄(3s32s)cosqである.これは,図11に示すように,Seidelのコマ収差とプ図10SeidelとZernikeの非点収差波面の関係rは半径方向の長さ,qは回転方向.〔非点収差〕〔非点収差〕〔(デ)フォーカス〕ZernikeSeidelr2cos2qZ2-2√6 ̄r2sin2qZ22√6 ̄r2cos2qr2図11SeidelとZernikeのコマ収差波面の関係〔コマ収差〕〔コマ収差〕〔ティルト〕ZernikeSeidelr3sinqrcosq(-2r+3r3)cosq(-2r+3r3)sinqZ3-1Z31———————————————————————-Page7あたらしい眼科Vol.24,No.11,20071425(15)リズムからできている.プリズムの波面は像を移動させるだけなので,点像はSeidelでもZernikeでも同じである.最後は球面収差Z40である.図12に示すように,中心が盛り上がっている形をしている.これはSeidelの球面収差と(デ)フォーカスの波面からできている.式で示すと,a√5 ̄(6s46s2+1)であり,rの4乗がSeidelの球面収差であり,rの2乗がSeidelの(デ)フォーカスである.つまり,(デ)フォーカス成分がここにもあるので,焦点を求めるときには,球面収差の係数も考慮することになる.しかし,(デ)フォーカス成分は,焦点移動なので,その分だけ移動したところでの点像はSeidelも,Zernikeも同じである.(デ)フォーカス成分を入れたままでの点像は,もちろん異なる.これは,焦点移動が加わったときの球面収差の点像であり,大きな同心円の点像となる.プラス1が気になる方がいらっしゃると思う.これは個々の波面は積分すると0になるように作ってある.プラス1はそのためである.おわりに今回は,Seidelの収差とZernikeの多項式の関係を述べた.結論から言えば,焦点移動や,プリズム分が異なるだけで,その分を取り除いてみれば網膜上の点像の形には変化はない.ここでは紹介しなかったが,角度を変えると重なる波面がZernikeの波面にはある.これらの係数と角度という表現の方法5)もあるので,その方法も興味のある方は参考にしていただきたい.なお,ここで用いた多くの図は雑誌,視覚の科学第28巻第1号(2007年3月)から許可を得て一部改編して転載した.文献1)稗田牧:Hartmann-Shackセンサー.前田直之,大鹿哲郎,不二門尚編集;角膜トポグラファーと波面センサー.p120-125,メジカルビュー社,20022)藤枝正直:OPDスキャン.前田直之,大鹿哲郎,不二門尚編集;角膜トポグラファーと波面センサー.p126-131,メジカルビュー社,20023)黒田輝仁:Tschernign収差計.前田直之,大鹿哲郎,不二門尚編集;角膜トポグラファーと波面センサー.p132-134,メジカルビュー社,20024)http://www.optics.arizona.edu/jcwyant/5)CampbellCE:Anewmethodfordescribingtheaberra-tionsoftheeyeusingZernikepolynomials.OptomVisSci80:79-83,2003図12SeidelとZernikeの球面収差波面の関係Zerniker2r4〔球面収差〕Seidel〔球面収差〕Z40〔(デ)フォーカス〕√5 ̄(6r4-6r2+1)

眼科学と波面光学

2007年11月30日 金曜日

———————————————————————-Page10910-1810/07/\100/頁/JCLS関係するかについて,眼科医として知っておくべきことを述べる.I網膜像の劣化の原因網膜像の劣化をきたす原因には回折,散乱,高次収差がある(図2).回折は光が波の性質をもつことにより,スリット状の細い部分を通過したあとに回り込むため像がぼけるというものであるが,瞳孔径が2mm以下で影響が出る.散乱には霧視を生じる前方散乱と網膜照度の低下をきたす後方散乱がある.後方散乱は,Scheimp-ugカメラで臨床的に評価されてきた.単眼複視などを生じる高次収差は,瞳孔が大きくなると増大する.これは散瞳すると見にくくなる原因でもある(図3).逆にいはじめに眼科学は臨床医学であり,眼科医は患者の見え方の質を向上させることが務めである.一方,波面光学は精密科学で,有効数字は数桁になる.眼科学では有効数字はせいぜい2桁で,強度の乱視でも眼鏡処方時には,乱視軸は5°きざみとなる.この違いは一つには,眼鏡はフレームのフィッティングの変化で数度の軸ずれが起こる可能性があるという外的要因であり,もう一つは中枢神経系の適応が働くという内的要因である(図1).本稿では,有効数字2桁の眼科臨床に,波面光学がどのように(3)1413*TakashiFujikado:大阪大学大学院医学系研究科感覚機能形成学教室〔別刷請求先〕不二門尚:〒565-0871吹田市山田丘2-2大阪大学大学院医学系研究科感覚機能形成学教室特集●眼の収差を理解するあたらしい眼科24(11):14131418,2007眼科学と波面光学OphthalmologyandWavefrontOptics不二門尚*図1見え方の質に関係する要素眼球光学系と網膜内情報処理系,視覚中枢の情報処理系の総和が見え方の質に関係する.眼球光学系網膜視覚中枢**視覚系のMTF図2網膜像劣化の原因となる因子瞳孔による回折,前方散乱,後方散乱,高次収差が網膜像劣化の原因となる.後方散乱はScheimpug像で,高次収差はHartmann像から評価される.前方散乱高次収差後方散乱回折———————————————————————-Page21414あたらしい眼科Vol.24,No.11,2007えば,瞳孔の小さな条件(たとえば高齢者が昼間見るときなど)では高次収差の影響は少なく,散乱の影響が大きくなると考えられる.II波面センサーの原理高次収差は波面センサーの開発で,定量的に評価することが可能になった1).Hartmann-Shack波面センサーは,中心窩からの反帰光を瞳孔面と共役の位置においたCCDカメラに,100個以上配した小さなレンズを通して集光させることにより,眼球の局所の屈折状態が把握できる装置である.Hartmann像の各spotのずれから波面関数を求め,Zernike多項式で展開し,その係数から収差が求められる2).古典的収差として有名なコマ収差や球面収差などが定量的に求められる.波面関数を瞳関数に変換した後,Fourier変換するとPSF(pointspreadfunction)が求められる(図4).眼球全体の収差は,角膜前面,角膜後面,水晶体の各部位の収差から構成されるが,角膜後面の影響は小さいので,主として角膜前面の収差と水晶体の収差からなると考えられる.円錐角膜などの角膜前面の高次収差は,(4)図3網膜像と瞳孔径の関係45歳の正常人の波面収差から計算された,瞳孔径を変えた場合の高次収差値(rootmeansquare値)および網膜像.高次収差は,瞳孔の大きさが大きくなると増加する.網膜像は瞳孔1mmでは回折の影響で劣化する.2mmでは高次収差の影響がほとんど現れず良好な網膜像となる.瞳孔が大きくなるにつれ,網膜像が劣化することが示される.1mm(0.02μm)瞳孔径(高次収差量)2mm(0.04μm)3mm(0.09μm)0.51.0PSF6mm(0.57μm)7mm(0.76μm)4mm(0.19μm)視標瞳孔径(高次収差量)0.51.0PSF視標図4Hartmann像からZernike係数およびPSFを求める方法———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.24,No.11,20071415角膜形状解析装置で測定できるが,水晶体に起因する高次収差は,波面センサーによる全収差と角膜の収差を比較して初めて評価できる.波面センサーには,角膜形状解析装置も装備されているものがあり,全収差と角膜収差を比較検討できる.III眼球光学系の加齢変化と波面光学加齢とともに視覚の質(qualityofvision)の低下が自覚される.視力検査はコントラストの強い視標を使用しているので,軽度白内障の場合視力低下はみられないが,コントラスト感度の低下が認められるケースがある.このようなケースでは,細隙灯顕微鏡検査で,水晶体に混濁はないが,皮質部位が光学的に不均一になっている像がしばしばみられる.網膜像の劣化は,水晶体の混濁に起因する散乱と水晶体の不均一な屈折率に起因する不正乱視(高次収差)によりもたらされ,これは波面センサーで定量的に評価される.加齢により高次収差は増加するが,角膜においては主としてコマ収差が増大し3),眼球全体では球面収差が増大する4)(図5A).眼球全体における球面収差の増大は,老視年齢の50歳代で急に起こることが特徴で,これは主として水晶体の変化に起因すると考えられる.一方,乱視に関しては,全乱視は水晶体による代償機構により全乱視は角膜乱視より少ないが,加齢とともに全乱視は倒乱視化する.これも水晶体の加齢性変化と考えられる4)(図5B).核白内障では,近視化が進むことが知られているが,このような症例のHartmann像は,中央にspotが集まる凹レンズ型の配列となる(図6A)5).これは核の部分の屈折力が増すことにより,負の球面収差が増大することに起因する(図6I).このような症例に眼内レンズ挿入術を行うと,Hartmann像はほぼ格子状で,やや凸レンズ状になる(図6C).これは眼内レンズが正の球面収差をもっていることに起因し,これを補正する非球面の眼内レンズが現在市販されている.皮質白内障では,このような負の球面収差は起こらず,むしろ正の球面収差が増大する5).収差と視機能の関係を白内障症例で検討すると,全高次収差と,中高空間周波数領域でのコントラスト感度の低下が比較的よく相関することが示された5).コントラスト感度の低下は,Scheimpug像から求めた後方散乱とも相関するが,散乱強度と全高次収差は相関しない.したがって白内障の見にくさは,散乱による網膜像の劣化と収差による網膜像の歪みが両方に起因すると考えられる.若年者の核白内障では,三重視を訴える場合がある6).これまで単眼多重視を他覚的に証明することができなかった.波面センサーで,三重視の症例を解析すると,負の球面収差と3次の収差がともに増大することがわかり(図6I),また網膜像のシミュレーションで三重視がみられた(図6J)6).三重視の症例は,視力が良好なことが多い(混濁による散乱が少なく,収差による像の重なりが主になる)が,読書が困難になるので手術の適応と考えられる.軽度白内障にoccultmaculardystrophyなどの網膜疾患の合併が疑われた場合,視力低下が白内障によるも(5)図5球面収差(A)および乱視(B)の加齢変化50歳代で著明に眼球全体の球面収差が増加する(A).乱視は直乱視が50歳代で倒乱視化する(B).*p<0.01:Pairedt-test,†p<0.05:OnewayANOVA.00.050.10.150.20.250.3A1020304050(年齢:歳):眼球:角膜1020304050(年齢:歳):眼球:角膜***†††††-2.5-2-1.5-1-0.500.511.5*B****††球面収差μmRMS直乱視(D)———————————————————————-Page41416あたらしい眼科Vol.24,No.11,2007(6)図6単眼三重視を訴えた症例の波面解析(右眼)A,C:術前後のHartmann像,B,D:術前後の細隙灯顕微鏡像,E,G:術前後の角膜高次収差マップ,I,K:術前後の眼球全体の高次収差マップ,F,H:視力0.1の視標の網膜像シミュレーション,J,L:視力1.0の視標の網膜像シミュレーション.細隙灯顕微鏡像では初期の核白内障が観察された.波面センサーによる検査では,角膜の高次収差は軽度であったが,眼球全体の高次収差は,中央の波面が遅れ周辺にクローバー型の波面が速い部分が認められた.Landolt環の網膜像のシミュレーションでは,三重視が示された.術後自覚的な三重視は消失し,網膜像のシミュレーションでも三重視は消失した.(文献6より許可を得て転載)ACDEFHIJKLBG図7球面収差の大きいソフトコンタクトレンズ(SCL)装用後の順応A:SCL装用後の高次収差マップ(左)と網膜像シミュレーション,B:コントラスト感度の時間経過.C:10%および100%コントラスト視力表(CSV-1000)による視力値の時間経過.時間経過とともにコントラスト感度および視力が改善した(n=4).0.000.501.001.502.002.503.0空間周波数(cycles/degree)logコントラスト感度:0:30:60:90:120-0.400-0.300-0.200-0.1000.0000.1000.2000.300時間(分)logMAR:100%:10%VA20/10020/4020/20ABC18.0012.06.0306090120———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.24,No.11,20071417(7)のか否か,苦慮する場合がある.波面センサーによる収差測定は,白内障による網膜像の劣化を知るうえでよい指標となる.IV収差と中枢神経系の適応乱視の眼鏡をかけた直後には像が弯曲して見えるが,時間経過とともに気にならなくなる.これは中枢神経系の適応効果(adaptation)と考えられる.このようなadaptationは,高次収差に対しても生じる7).実験的に球面収差の大きいソフトコンタクトレンズを負荷してコントラスト感度および視力をみると,時間経過とともにコントラスト感度および視力の改善傾向がみられる(図7).ゆっくり進行する白内障の患者が,あまり見え方の不便を訴えないのは,このような中枢の適応機構が働いている可能性がある.V補償光学:波面光学の応用近年,天体望遠鏡で使用されている補償光学(adap-tiveoptics)の技術を用いると,視細胞を生体で2次元的に画像化できるという報告がRoordaA,WilliamsDら8)により報告された.眼底に光を投影した後,網膜から反射され眼外に射出された光は,眼球光学系の収差により歪んだ波面をしている.これを波面センサーにより実時間で測定し,収差を補正する信号を可変鏡に送ることにより,眼底カメラに送られる光の波面を補正することが可能となる(図8).これは補償光学眼カメラとよばれている装置である.6mmの瞳径で収差を0.1μmroot図8補償光学眼底カメラの原理図網膜から反射され眼外に射出された光は,眼球光学系の収差により歪んだ波面をしている.これを波面センサーにより実時間で測定し,収差を補正する信号を可変鏡に送ることにより,眼底カメラに送られる光の波面を補正することが可能となる.(収差測定)波面センサー可変鏡(収差補正)眼底カメラ歪んだ波面補正された波面図9補償光学眼底カメラによる錐体の描出正視30歳,女性の眼底,錐体のモザイクがみられる.図10近視眼における眼軸(A)および屈折度(B)と錐体間距離の関係眼軸長の延長に比例し,屈折度に反比例して錐体間距離は延長する.ABy=-2.47+0.27xr=0.77,p=0.001y=3.98-0.13xr=0.76,p=0.0026543Conespacing(μm)Axiallength(mm)22242628306543Conespacing(μm)Refraction(D)-14-10-12-8-6-4-220———————————————————————-Page61418あたらしい眼科Vol.24,No.11,2007(8)meansquare(RMS)程度以下にまで補正すると,得られた眼底像は,理論的に錐体を弁別可能な分解能をもつことになる.Roordaらにより最初に報告された装置は大変大きく,臨床的に使用することは困難なため,筆者らは液晶可変ミラーを用いて小型化することにより,臨床で使用可能になることを目指した装置を開発した.正視の正常人の眼底で,中心窩より2°乳頭側の部位の網膜を,補償光学系による補正をして撮ると,錐体のモザイクが示された(図9)9).近視眼で視細胞間の距離と眼軸長および屈折度の関係をみると,近視度が強くなるに従って,視細胞間の距離が大きくなることが示された10).視細胞間の距離が延長すると,網膜像の大きさが同じでも分解能が落ちることになる.このことは強度近視眼で視力低下することの一因となる可能性がある.Knappの法則では,軸性近視による不同視では眼鏡による矯正を行うと,網膜像の大きさが変わらないので,不等像は生じないことになるが,実際は視細胞の間隔が近視眼では伸びているので,この因子も考慮する必要が生じることになる.このように補償光学眼底カメラの開発により,これまで生体眼では十分検討できなかった視細胞レベルの変化も定量的に解析できるので,視機能解析の有力なtoolとなる可能性がある.文献1)LiangJ,GrimmB,GoelzSetal:ObjectivemeasurementofwaveaberrationsofthehumaneyewiththeuseofaHartmann-Shackwave-frontsensor.JOptSocAm11:1949-1957,19942)前田直之,大鹿哲郎,不二門尚(編):角膜トポグラファーと波面センサー.メジカルビュー社,20023)OshikaT,KlyceSD,ApplegateRAetal:Changesincor-nealwavefrontaberrationswithaging.InvestOphthalmolVisSci40:1351-1355,19994)FujikadoT,KurodaT,NinomiyaSetal:Age-relatedchangesinocularandcornealaberrations.AmJOphthal-mol138:143-146,20045)KurodaT,FujikadoT,MaedaNetal:Wavefrontanalysisineyeswithnuclearorcorticalcataract.AmJOphthalmol134:1-9,20026)FujikadoT,KurodaT,KimAetal:Wavefrontanalysisofmonoculartriplopiaintheeyeofnuclearcataract.AmJOphthalmol137:361-363,20047)ArtalP,ChenL,FernandezEJetal:Neuralcompensa-tionfortheeye’sopticalaberrations.JVis4:281-287,20048)RoordaA,WilliamsDR:Thearrangementofthethreeconeclassesinthelivinghumaneye.Nature397:520-522,19999)不二門尚:眼科検査診断法─新しい視機能評価システムの開発.日眼会誌108:809-835,200410)KitaguchiY,FujikadoT,BesshoKetal:Invivomea-surementsofconephotoreceptorspacinginmyopiceyesfromimagesobtainedbyadaptiveopticsfunduscamera.JpnJOphthalmol,inpress

序説:眼の収差を理解する

2007年11月30日 金曜日

———————————————————————-Page1(1)1411医療の結果や過程を評価する指標としてqualityoflife(QOL)が重要視されるようになって久しいが,それと同様に眼科医療においても視覚の質(qualityofvision:QOV)という概念が大きな広がりをみせている.その結果,単に「混濁を除去した」,「網膜が復位した」,「屈折異常を矯正した」,「眼圧を下げた」といったプリミティブなアウトカム指標だけでなく,さまざまな眼疾患の治療において,視覚の質および視覚関連QOL(vision-relatedQOL)が厳しく問われる時代となった.視覚の質を考える際に避けて通れないのが,不正乱視と高次収差である.これらの成分はトーリックレンズで矯正できないだけに,大きな不正乱視や収差が存在すれば視覚の質は大きな影響を受け,患者は強い不満を訴えることになる.光学系において,一点から出た光が一点に結像するのが理想的な系で,一点に収束しない場合のずれを収差(aberration)という.収差には,光の波長によって屈折率が異なることによる色収差(chro-maticaberration)と,レンズ系の形状に起因する単色収差(monochromaticaberration)とがある.これまで眼光学の分野では,単色収差はSeidelの5収差として理解されてきており,球面収差,コマ収差,非点収差,像面弯曲,歪曲収差とに分類されてきた.この考え方は幾何光学に基づいており非常にわかりやすいものであったが,一方で臨床的には,たとえば球面収差がいくつであるとか,像面弯曲がいくつであるかなど,定量的な議論には不向きなものであった.これに対し,近年臨床応用が進んでいる波面センサー(wavefrontanalyzer)は,光を波面として捉え,波面をZernike多項式によって表現することによって収差を解析している.実際の波面と理想的な波面のずれを距離(μm)で表すことにより,収差の量を数値化することができるのが大きな特徴である.Zernike多項式による波面収差(wavefrontaber-ration)には,低次の収差(球面レンズ値,円柱レンズ値)と高次の収差(コマ収差,球面収差)があり,後者の高次収差が眼鏡で矯正できない成分である.Seidelの収差とZernike多項式による収差は,同じ収差を違う方向から捉えたものであり,各成分は一対一に対応しないし,ましてやどちらが正しいというものでもない.Seidelの収差に代わってZernike多項式による波面収差がよく使われるようになったのは,なにより波面センサーが登場し,波面収差が定量的に測定できるようになったからである.さて,波面収差が臨床の現場で簡便に測定できるようになった結果,さまざまな眼疾患や病態において高次収差に関する議論が進み,視覚の質が詳細に論じられるようになった.眼光学がここまで眼科医0910-1810/07/\100/頁/JCLS*TetsuroOshika:筑波大学大学院人間総合科学研究科機能制御医学専攻眼科学**NaoyukiMaeda:大阪大学大学院医学系研究科視覚情報制御学寄附講座●序説あたらしい眼科24(11):14111412,2007眼の収差を理解するUnderstandingAberrationoftheEye大鹿哲郎*前田直之**———————————————————————-Page21412あたらしい眼科Vol.24,No.11,2007の身近に迫ったのは,これまでの時代にはなかったことであろう.高次収差や色収差を念頭に置きつつ眼疾患や病態を評価し,治療していくことは,視覚の質がますます問われる現代の眼科診療において,きわめて重要なことである.本特集では,眼の収差をさまざまな観点から解説した.この分野の研究はまだ歴史が浅く,日々発展を続けている.そのなかでも,最も臨床に近い分野の,現時点における最新のデータを特集した.読者の理解に少しでも資することができれば幸いである.(2)年間予約購読ご案内眼における現在から未来への情報を提供!あたらしい眼科2008Vol.25月刊/毎月30日発行A4変形判総140頁定価/通常号2,415円(本体2,300円+税)(送料140円)増刊号6,300円(本体6,000円+税)(送料204円)年間予約購読料32,382円(増刊1冊含13冊)(本体30,840円+税)(送料弊社負担)最新情報を,整理された総説として提供!眼科手術2008Vol.21■毎号の構成■季刊/1・4・7・10月発行A4変形判総140頁定価2,520円(本体2,400円+税)(送料160円)年間予約購読料10,080円(本体9,600円+税)(4冊)(送料弊社負担)日本眼科手術学会誌【特集】毎号特集テーマと編集者を定め,基本的事項と境界領域についての解説記事を掲載.【原著】眼科の未来を切り開く原著論文を医学・薬学・理学・工学など多方面から募って掲載.【連載】セミナー(写真・コンタクトレンズ・眼内レンズ・屈折矯正手術・緑内障など)/新しい治療と検査/眼科医のための先端医療他【その他】トピックス・ニュース他■毎号の構成■【特集】あらゆる眼科手術のそれぞれの時点における最も新しい考え方を総説の形で読者に伝達.【原著】査読に合格した質の高い原著論文を掲載.【その他】トピックス・ニューインストルメント他株式会社メディカル葵出版〒113-0033東京都文京区本郷2-39-5片岡ビル5F振替00100-5-69315電話(03)3811-0544お申込方法:おとりつけの書店,また,その便宜のない場合は直接弊社あてご注文ください.http://www.medical-aoi.co.jp