———————————————————————-Page10910-1810/07/\100/頁/JCLSにおける糖尿病患者総数は690万人と報告され,5年後の2003年の調査では740万人と報告されている.5年間で50万人も増加しており,現在も糖尿病自体の患者数はさらに増加しつつあり,今後もその傾向は変わらないと予想されている.これに伴い糖尿病網膜症患者数も増加することが容易に想像できる.しかしながら,これまではわが国においては糖尿病網膜症の疫学研究,特に住民を対象としたpopulation-basedstudyはあまり行われていなかった.実際の糖尿病網膜症の患者数を把握するために筆者らは久山町での疫学研究を開始した.1998年に40歳以上の久山町全住民を対象に糖尿病および糖尿病網膜症の有病率の調査を開始した.その後2003年に追跡調査を行い,糖尿病網膜症の実態調査を行った.最初に調査を行った1998年の結果では,糖尿はじめに科学的根拠に基づいた医療(EBM)が必要とされているなか,残念ながら眼科疾患においてわが国独自のエビデンスはあまり多くない.従来わが国で発表された論文は,クロスセクショナルに一時期に遭遇した患者の症例報告や臨床統計が多く,長期間にわたってプロスペクティブに追跡調査された臨床研究はあまりみられない.しかし,日本においても,世界の水準をゆく疫学研究が進行中である.福岡県久山町を舞台に,1960年代から進められている“久山町研究”がそれである(図1).福岡県久山町は福岡市東部に隣接する人口約7,500人の都市近郊型農村地域で,人口の年齢分布や職業構成および生活様式や疾病構造(高血圧,高脂血症,肥満,糖尿病など)が全国統計と差異がなく,わが国の平均的な集団であるとされている(図2,3).追跡率は99%を超え,その高い追跡率と精度から世界的にも高い評価を受けている.1998年から九州大学眼科学教室はこの久山町研究に参加し,40歳以上の久山町全住民を対象にプロスペクティブな追跡調査を行い,糖尿病網膜症の有病率,発症率および危険因子を調査している.これらの調査結果より明らかになったわが国における糖尿病網膜症のエビデンスについて報告する.I糖尿病網膜症有病率の推移糖尿病網膜症は糖尿病の代表的な合併症である.1998年の厚生労働省による糖尿病実態調査ではわが国(15)????*MihoYasuda:九州厚生年金病院眼科〔別刷請求先〕安田美穂:〒806-0034北九州市八幡西区岸の浦2-1-1九州厚生年金病院眼科特集●糖尿病網膜症:一次予防,二次予防,三次予防の戦略あたらしい眼科24(10):1287~1290,2007糖尿病網膜症一次予防のエビデンス─久山町研究から─???????????????????????????????????????????????????????:??????????????????安田美穂*図1久山町と人口の推移福岡市久山町134万人65万人福岡市7,600人6,500人久山町2000年1960年九州大学———————————————————————-Page2????あたらしい眼科Vol.24,No.10,2007病の有病率は16.3%,糖尿病網膜症の有病率は2.6%(糖尿病患者の15.8%)であった(図4).その5年後の2003年の調査では,糖尿病の有病率は19.0%,糖尿病網膜症の有病率は2.0%(糖尿病患者の10.5%)であり(図5),1998年の調査と比較すると,糖尿病の割合は増加しているが,網膜症の割合は減少していることがわかった(図6).その背景として,久山町では1998年より対象者全員に糖負荷試験を実施しており,厳しい診断基準で治療が行われるようになったことが影響していると考えられる.この結果をわが国の40歳以上の総人口に換算すると,糖尿病網膜症患者数は1998年では166万人,2003年では134万人と推定される(表1).これは厳しい診断基準で血糖コントロールを行うことで網膜症患者数が約30万人も減少することを示している.この結果から,健診を行うことは網膜症の予防につながるといえれる.(16)図2年齢階級別人口構成割合の比較久山町と日本全国,1960年と2000年の国勢調査.男性女性01040203070~7960~6950~5940~4980~4030200101960年40歳以上の割合日本全国27.8%久山町27.6%男性女性2000年40歳以上の割合日本全国51.8%久山町55.2%:日本全国:久山町(歳)70~7960~6950~5940~4980~(歳)(%)(%)010402030403020010(%)(%)図3久山町と全国の就労人口の産業の割合40~79歳,2000年.500%久山町25全国1005%23%72%5%28%67%:第三次産業:第二次産業:第一次産業75図4糖尿病および糖尿病網膜症の有病率40~79歳,1998年,久山町.:糖尿病あり,網膜症なし:糖尿病あり,網膜症あり:糖尿病なし糖尿病(16.3%)糖尿病網膜症(全体の2.6%)(糖尿病患者の15.8%)糖尿病網膜症(全体の2.6%)(糖尿病患者の15.8%)糖尿病なし(83.7%)図5糖尿病および糖尿病網膜症の有病率40~79歳,2003年,久山町.:糖尿病あり,網膜症なし:糖尿病あり,網膜症あり:糖尿病なし糖尿病(19.0%)糖尿病網膜症(全体の2.0%)(糖尿病患者の10.5%)糖尿病網膜症(全体の2.0%)(糖尿病患者の10.5%)糖尿病なし(81.0%)———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.24,No.10,2007????II糖尿病網膜症発症率と危険因子新たに網膜症を発症する患者数がどれくらいいるのか,またその危険因子は何であるのかについて引き続き追跡調査を行ってきた.具体的には1998年の久山町眼科健診受診者をベースラインのコホート集団に設定し,2003年の久山町眼科健診でベースラインのコホート集団を追跡する5年間の前向きコホート調査を行った.1998年に住民健診を受けた福岡県久山町在住の40~79歳の住民1,637名のうち,網膜症の既発症者37名を除いた1,600名を5年間追跡し,2003年に再度住民健診を受けた936名を追跡した.追跡率は59%であった.調査の結果,糖尿病網膜症の5年発症率は久山町一般住民の1.6%(糖尿病患者の7.5%)であった.性別による発症率の差は認めなかった.また,男女とも網膜症の発症には年齢による影響はみられなかった.海外の報告と比較すると,オーストラリアのMerbourneVisualImpairmentProject1)による疫学調査の報告では,糖尿病網膜症の5年発症率は糖尿病患者の11%,BlueMountainsEyeStudy2)による報告では,5年発症率は22.2%と報告されており,わが国の発症率は欧米と比較するとかなり少ないことがわかる(表2).これには生活習慣や環境因子,遺伝的因子などさまざまな因子が影響していると考えられる.さらに発症に関係する危険因子を調査するために,年齢,性別,空腹時血糖値,糖負荷後2時間血糖値,HbA1C(ヘモグロビンA1C),糖尿病罹病期間,高血圧,高脂血症,喫煙,飲酒,bodymassindex(体型指数),白血球数の12の因子のうち,5年後の網膜症発症に有意に関連している因子を探索した.その結果,空腹時血糖値と糖尿病罹病期間が網膜症発症の有意な危険因子となった.この結果から,糖尿病網膜症の発症には空腹時の血糖値と糖尿病の罹病期間が特に関与していることが明らかとなった(図6).つまり空腹時血糖値を低めに維持することが網膜症の発症に最も重要であり,特に罹患期間が長い糖尿病患者においては血糖管理を厳しく行うことが重要であることがわかる.III糖尿病の診断基準1997年にADA(AmericanDiabetesAssociation),1998年にWHO(WorldHealthOrganization)が糖尿病の新しい診断基準を示した3).すなわち空腹時血糖値が126mg/d?以上または糖負荷後2時間血糖値が200mg/d?以上と決定された.これらの診断基準は欧米のpopu-lation-basedstudyでの血糖値レベルと網膜症の関係から算出されたものである.日本では一般住民を対象に血糖値レベルと網膜症の関係を調査した研究はなく,欧米での診断基準に基づいて糖尿病の診断基準が決められている.日本人と欧米人では人種はもちろん体格や食事内(17)表1糖尿病網膜症の推定患者数(1998年と2003年,日本全国)1998年2003年人口総数1億2,525万人1億2,614万人40歳以上6,390万人6,710万人糖尿病1,042万人1,275万人糖尿病網膜症166万人134万人表2糖尿病網膜症の5年発症率久山町study:7.5%(MerbourneVisualImpairmentProject:11%)(BlueMountainsEyeStudy:22.2%)危険因子オッズ比95%信頼区間空腹時血糖値1.031.01~1.04*糖尿病罹病期間1.121.04~1.20**p<0.05.久山町健診(1998~2003,2004年)図6糖尿病および糖尿病網膜症有病率の時代的変化40~79歳,1998年と2003年,久山町.1998年2003年糖尿病16.3%→19.0%糖尿病網膜症(vs全体)2.6%→2.0%(vs糖尿病患者)15.8%→10.5%:糖尿病あり,網膜症なし:糖尿病あり,網膜症あり:糖尿病なし1998年2003年———————————————————————-Page4????あたらしい眼科Vol.24,No.10,2007容も違うため欧米での診断基準をそのまま日本人にあてはめるのは適当ではないと思われる.そこで日本人において,糖尿病を診断するための空腹時血糖値,2時間血糖値,HbA1C値のそれぞれの診断基準値を決定するために,1998年久山町住民健診で経口血糖負荷試験および眼科健診を受けた40~79歳の男女1,637名を対象として網膜症有病率を算出し,それぞれの測定値について最適な診断基準値を決定した4).具体的にはそれぞれの測定値の十分位による網膜症有病率を算出し,さらにROC(receiveroperatingcharacteristic)曲線から敏感度(sensitivity)と特異度(speci?city)が最大となる空腹時血糖値,2時間血糖値,HbA1C値を算出して最適な診断基準値を決定した.その結果,空腹時血糖値,2時間血糖値,HbA1C値の十分位による網膜症有病率はそれぞれ117mg,200mg,5.8%から著明に増加した(図7).またROC曲線を用いて敏感度および特異度が最大となるそれぞれの最適な診断基準値を算出すると,空腹時血糖値が116mg,2時間血糖値が200mg,HbA1Cが5.7%となり,十分位値ともほぼ一致した(表3).この結果から日本人では,空腹時血糖値が116mg,2時間血糖値が200mg,HbA1Cが5.7%のところにcut-o?pointがあり,2時間血糖値は現在の診断基準値と一致するが,空腹時血糖値は現在の診断基準値よりも低いレベルから網膜症の合併症が出現していることがわかった.これらの結果をもとに今後日本人における糖尿病の診断基準を見直す必要があると思われる.おわりにわが国においては久山町研究のような大規模住民研究による前向きコホート研究のデータがほとんどなく,欧米のデータを参考とすることはできるが,欧米での研究を参考とするには人種や環境が大きく異なる.効率的な発症予防,進展予測のためにもこのような大規模住民研究が必須であり,さらなる追跡調査によりさまざまな眼科疾患のEBMの確立が期待できると思われる.文献1)McCartyDJ,FuCL,HarperCAetal:Five-yearinci-denceofdiabeticretinopathyintheMelbourneVisualImpairmentProject.???????????????????31:397-402,20032)CikamatanaL,MitchellP,RochtchinaEetal:Five-yearincidenceandprogressionofdiabeticretinopathyinade?nedolderpopulation:theBlueMountainsEyeStudy.???21:465-471,20073)HarrisMI,EastmanRC,CowieCCetal:ComparisonofdiabetesdiagnosticcategoriesintheU.S.populationaccordingtothe1997AmericanDiabetesAssociationand1980-1985WorldHealthOrganizationdiagnosticcriteria.?????????????22:1859-1862,19974)MiyazakiM,KuboM,KiyoharaYetal:Comparisonofdiagnosticmethodsfordiabetesmellitusbasedonpreva-lenceofretinopathyinaJapanesepopulation:theHisaya-maStudy.????????????47:1411-1415,2004(18)図7血糖値,HbA1C十分位別にみた糖尿病網膜症の有病率40~79歳,1998年,久山町.0510152025HbA1C(%)2hBS(mg/d?)FBS(mg/d?)118~200~5.8~5.3~137~103~5.1~118~97~4.9~103~93~4.7~85~87~5.5~5.2~5.0~4.8~4.1~157~126~111~96~25~108~100~95~90~69~有病率(%):FBS(空腹時血糖値):2hBS(2時間血糖値):HbA1C表3糖尿病診断基準値の最適値(40~79歳,1998年,久山町)空腹時血糖値2時間血糖値HbA1C最適値116mg/d?200mg/d?5.7%敏感度(%)86.586.586.5特異度(%)87.389.690.1