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劇症型 A 群β溶血性レンサ球菌感染症による細菌性眼内炎の1例

2024年9月30日 月曜日

《第59回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科41(9):1117.1121,2024c劇症型A群b溶血性レンサ球菌感染症による細菌性眼内炎の1例森本佑辻中大生竹内崇上田哲生緒方奈保子奈良県立医科大学眼科学教室BacterialEndophthalmitisAssociatedwithStreptococcalToxicShock-LikeSyndrome:ACaseReportYuMorimoto,HirokiTsujinaka,TakashiTakeuchi,TetsuoUedaandNahokoOgataCDepartmentofOphthalmology,NaraMedicalUniversityC目的:劇症型CA群Cb溶血性レンサ球菌感染症は,全身性の多臓器不全やショックを引き起こし死亡率が高い.今回,前房水培養によりCA群Cb溶血性レンサ球菌感染症による眼内炎と早期に診断できたC1例を報告する.症例:30歳代の女性.発熱し,そのC5日後に右眼痛,視力低下が出現したため近医眼科を受診.同日,奈良県立医科大学附属病院眼科に紹介受診となった.右眼の視力は光覚弁で眼圧上昇,角膜浮腫を認め,眼底は透見不能であった.左眼は視力1.0であったが,網膜滲出斑を認めた.内因性眼内炎と診断,原因検索のため前房水を採取し抗菌薬治療を開始した.また,全身状態の悪化により当院内科入院となった.患者は眼内炎以外に脳膿瘍,心内膜炎など全身に炎症病巣があり,前房水培養でCStreptococcuspyogenesを検出し劇症型CA群Cb溶血性レンサ球菌感染症の診断となった.抗菌薬治療を継続し,右眼は眼球癆に至ったものの救命することができた.結論:劇症型CA群Cb溶血性レンサ菌感染症に対して,前房水培養により早期に診断,治療ができたC1例を経験した.CPurpose:ToCreportCaCcaseCofCbacterialCendophthalmitisCassociatedCwithCStreptococcalCToxicCShock-LikeCSyn-drome(STSS)C,CaCrareCyetCveryCseriousCbacterialCinfectionCthatCcanCcauseCsystemicCmulti-organCfailure,CthatCwasCdiagnosedCbyCaqueousChumorCculture.CCase:AC30-year-oldCfemaleCwasCreferredCtoCourCdepartmentCdueCtoCpainCandvisionlossinherrighteyeat5daysaftertheonsetofahighfever.Uponexamination,hervisualacuitywaslightCperceptionCO.D.CandC1.0CO.S.CIncreasedCintraocularCpressureCandCsevereCcornealCedemaCwasCobservedCinCherCrighteye,yetthefunduswasnotvisible.Inherlefteye,thecorneawasclearandthefunduswasvisible,yetreti-nalCexudatesCwereCdetected.CSheCwasCdiagnosedCwithCendogenousCendophthalmitis.CHowever,CherCoverallCgeneralCconditionCrapidlyCworsened,CandCsheCwasCadmittedCtoCourChospitalCforCemergencyCtreatment.CInCadditionCtoCendo-phthalmitis,thepatienthadsystemiclesionssuchasabrainabscessandendocarditis.Streptococcuspyogenes(groupAstreptococcus)wasdetectedfromanaqueoushumorculture,andthe.naldiagnosiswasSTSS.Thepatientwassuccessfullytreatedwithsystemicantibioticsandultimatelyrecovered,yetherrighteyeultimatelybecamephthi-sisbulbi.Conclusions:WeexperiencedacaseofSTSSinwhichearlyinitiationoftreatmentviaanearlydiagnosisbyaqueoushumorculturewassuccessful.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C41(9):1117.1121,C2024〕Keywords:細菌性眼内炎,劇症型CA群溶連菌感染症.bacterialendophthalmitis,streptococcaltoxicshock-likesyndrome.Cはじめに亡率が高い.わが国においては,最初の典型例がC1992年に劇症型CA群Cb溶血性レンサ球菌(以下,A群溶連菌)は,報告されて以降,全国で毎年C50.100例ほどの報告があり,Cb溶血を示すレンサ球菌による感染症であり,急速に全身性致死率は約C40%に上るとされている1).今回,原因不明であの多臓器不全や敗血症性ショックを引き起こし,きわめて死った内因性眼内炎に対して前房水培養を施行することで眼内〔別刷請求先〕森本佑:〒634-8521奈良県橿原市四条町C840奈良県立医科大学眼科学教室Reprintrequests:YuMorimoto,DepartmentofOphthalmology,NaraMedicalUniversity,840Shijo-cho,Kashihara-shi,Nara634-8521,JAPANC炎を合併した劇症型CA群溶連菌感染症と早期に診断でき,治療に寄与したC1例を報告する.CI症例患者:30歳代,女性.現病歴:5日前より発熱を認め,そのC4日後より右眼眼痛を自覚,翌日起床時に右眼視力低下を自覚したため近医を受診,同日,奈良県立医科大学附属病院眼科に紹介受診となった.既往歴:全身疾患は特記すべき事項なし.10代の頃に両眼のClaserinsitukeratomileusis(LASIK)施行歴あり.初診時所見:矯正視力は右眼光覚弁,左眼C0.4(1.0C×sphC.4.50D(cyl.0.75DAx60°).眼圧は右眼35mmHg,左眼C17CmmHg.前眼部,中間透光体所見は右眼は著明な毛様充血を認めたほか,角膜全体に浮腫を認めた.瞳孔は極大散瞳しており,水晶体に明らかな偏位や脱臼を認めなかった(図1a).左眼は明らかな炎症所見を認めなかった.眼底所見:右眼眼底は角膜浮腫が著明で透見できない状態であっ図1a初診時右眼前眼部写真結膜充血,角膜にCLASIK痕および著明な浮腫を認めるほか,瞳孔の散大を認める.た.右眼のCBモード超音波検査では明らかな網膜.離や硝子体の混濁を疑う所見を認めなかった.左眼眼底に血管白鞘化および網膜全体に散在する白色の滲出斑を認めた(図1b).以上より内因性眼内炎と診断した.経過および治療:初診日より抗菌薬点眼(レボフロキサシンC1.5%点眼液右眼C6回/日)で治療を開始した.さらに右眼前房水を採取し培養検査を行い,血液検査を行った.同日夜間に急激に全身状態が悪化,意識障害を発症し当院内科に緊急入院となった.入院時身体所見:体温C39.2℃,血圧C119/74CmmHg,脈拍125Cbpm,SpO295%(roomair).血液検査の結果を表1に示す.CRPの著明な上昇,ならびに白血球分画の左方移動を認め,急性期の炎症所見を認めた.また,著明な肝障害,なら図1b初診時左眼眼底写真広範に滲出斑(C.)を認める.表1入院時の主要な血液検査結果白血球C4.8C×103/μlCASTC70CU/l好中球91.5%CALTC94CU/lリンパ球4.8%CΓ-GTPC74CU/l単球3.5%CBUNC12Cmg/dl好酸球0.1%CCREC0.8Cmg/dl好塩基球0.1%CCRPC27.4Cmg/dl赤血球C41.1C×106/μlCb-Dグルカン<C6.0Cpg/mlヘモグロビンC12.3Cg/dlCFDPC12.1C×104/μlヘマトクリット37.1%DダイマーC4.3Cμg/mlCPLTC6.4C×104/μlPT%76%*FDP:.brindegradationproducts.炎症反応,肝障害,腎障害および凝固障害を認める.C1118あたらしい眼科Vol.41,No.9,2024(76)びに腎障害を認めた.日本救急医学会によって作成された播種性血管内凝固症候群(disseminatedCintravascularCcoa-gulation:DIC)の診断基準からは,急性期CDICスコアC5点(全身性炎症反応症候群C1点,血小板数C3点,.brinCdegra-dationproducts値C1点)であり,急性期感染症に伴うCDICの状態と診断された.入院時よりレボフロキサシン点眼に加え,セフトリアキソン(2Cg/日),クリンダマイシン(900Cmg/日),バンコマイシン(1Cg/日)の全身投与を開始した.入院C1日後,前日の前房水培養の結果CStreptococcuspyogenesが検出され,劇症型A群溶連菌感染症と診断,免疫グロブリン療法も並行して図2初診後1日に施行した頭部MRIT2強調画像初診時には認めなかった水晶体の硝子体への落下(.)を認めた.前房水培養からStreptococcuspyogenes検出バンコマイシン点滴(1g/日)セフトリアキソン点滴(2g/日)施行した.経過中施行した経食道心臓超音波検査にて僧帽弁周囲に疣贅を認めたほか,頭部CMRI画像にて脳膿瘍や多発脳梗塞像に加え,右眼水晶体の硝子体腔への落下を認めた(図2).入院C6日後,抗菌薬投与の開始前に施行した血液培養においてもCStreptococcuspyogenesを検出し,感受性試験(表2)からペニシリンCG(400万単位/日)への抗菌薬の変更を行った(図3)が経過中の頭部画像検査で脳膿瘍の縮小を認めず,入院C18日後に開頭膿瘍排膿術を当院脳神経外科にて施行した.眼所見としては,入院C41日後には右眼の角膜輪部幹細胞疲弊が著明となり血管の侵入および結膜組織の増殖を認め,その後抗菌薬治療により炎症所見は消失したものの最終的には眼球癆に至った(図4a).右眼は角膜の状態が悪く,経過を通して眼底所見の確認はできなかった.左眼は前眼部に炎症の波及なく経過し,眼底に認めていた滲出斑は網脈絡膜萎縮へと変化したが,血管炎については改善がみられた(図4b).その後全身状態および症状は落ち着き,入院表2抗菌薬感受性試験の結果抗菌薬最小発育阻止濃度(μg/ml)ペニシリンCGC≦0.06アンピシリンC≦0.12セフォタキシムC≦0.06セフトリアキソンC≦0.25メロペネムC≦0.06エリスロマイシンC≧4クラリスロマイシンC≧32アジスロマイシンC≧8クリンダマイシンC≧4レボフロキサシンC≦1バンコマイシンC≦0.5クリンダマイシンに対する耐性を認める.クリンダマイシン点滴(900mg/日)ペニシリンG点滴(400万単位/日)血液培養からStreptococcuspyogenes検出レボフロキサシン点眼12~456C11C18C59C74C76日意識障害発症頭部MRI画像で多発脳梗塞+脳膿瘍を確認心エコーで疣贅確認,開頭膿瘍排膿術採血で炎症反応低下感染性心内膜炎と診断意識状態改善充血消失退院免疫グロブリン療法図3入院後の経過感受性試験の結果から入院C6日目に抗菌薬を変更した.図4a入院41日目の右眼前眼部写真眼球癆に至っている.76日後に退院となった.退院後定期的に眼科外来にて経過観察し,左眼の炎症所見発症なく矯正視力C1.0にて経過している.CII考按本症例は,前房水培養が血液培養に先行して起炎菌同定に寄与し,その結果,病態把握がスムーズに進んだことにより,患者の救命に貢献したC1例といえる.A群溶連菌は通常小児の咽頭炎などの起炎菌となるグラム陽性球菌で,まれに劇症化を引き起こし,重篤な全身感染症を呈することが知られている2).A群Cb溶血性連鎖球菌感染症に合併する内因性眼内炎の報告は少なく,これまでに10例ほどの報告しかない3).そのなかでも,劇症型CA群溶連菌感染症に合併する内因性眼内炎の報告はわが国では皆無である.劇症型CA群溶連菌感染症では生命予後が非常に悪いことが知られており1),本症例においても全身状態の悪化が著しく,治療方針に苦慮した.内因性細菌性眼内炎は,原病巣から血行性に細菌が脈絡膜に波及し発症する.初期の症状として急性発症の視力低下や眼痛がみられるほか,全身病変の存在を示唆する発熱が,眼症状に先行することがある.Jacksonらによる報告では,内因性眼内炎を罹患した患者のC60%に基礎疾患が認められ,もっとも多かったのは糖尿病であった4).また,秦野らによる報告では,内因性眼内炎の患者は高齢者に多いという傾向を認めた5).原発感染巣としては,肝膿瘍についで肺炎,心内膜炎が多いことが報告されている6).本症例では,眼症状および先行する発熱を認めたものの,眼科受診時には解熱しており,その他全身症状もなかったため前房水培養検査が診断および治療方針決定において重要であった.原病巣は,入院中に施行した心臓超音波検査にて疣贅を認めたことから感図4b入院41日目の右眼眼底写真滲出斑を認めた箇所に一致する網脈絡膜萎縮を認める.染性心内膜炎が疑われ,経過中に認めた脳膿瘍についても同様に血行性に転移したことが疑われた.劇症型CA群溶連菌感染症に限らず,一般に内因性細菌性眼内炎の治療においては抗菌薬の全身投与が選択され,他の治療法として,抗菌薬の硝子体腔への注射や硝子体手術があげられる.硝子体手術の目的は,細菌増殖の母地となる硝子体の切除および抗菌薬の眼内への灌流であり,A群以外の溶連菌感染症に伴う眼内炎については薬物療法以外に硝子体手術や硝子体内注射が有効であった例も報告がある7,8).一方で,眼内炎に対し外科的療法を行っても,治療時期によっては視力予後に寄与しなかった報告もあり9),いずれの治療を行うにしても早期の診断および治療開始が重要であると考えられる.本例においても硝子体手術が適応となった可能性はあるが,全身状態の急激な悪化に伴い全身治療が優先され,硝子体手術は行えなかった.結果として右眼の視力回復はかなわず眼球癆に至ったものの,早期診断と治療開始により救命に至り,また左眼に関しては治療後炎症の波及なく経過し,視力の安定が得られた.今回,前房水培養の結果がC2日で得られたことで,早期診断に寄与したが,Banuらは,眼感染症の診断に際して眼組織液(前房水,硝子体)の塗抹検鏡が有効であると報告している10).細菌の増殖を待つ性質上,結果が出るまでに時間を要する培養検査に比して,塗抹検鏡は直接細菌の形態を確認できるため迅速に診断,治療を開始できる.実際に塗抹検鏡により前房水培養に先行して内因性細菌性眼内炎の診断ができ,早期に治療を開始できた例が報告されており11),本症例においても前房水採取の際に塗抹検鏡を行うことでさらに診断,治療を早期に行うことができた可能性がある.また,杉田らにより,感染性眼内炎に対するCstripPCR検査が確立されつつあり12),これらの方法はまだ全国的に普及したものではないが,将来これらがさらに普及することで早期の診断,治療介入が行えるようになり,予後改善に寄与すると考える.内因性細菌性眼内炎は診断,治療が遅延しやすく,予後不良であることが知られている.しかし,早期の診断および治療開始により視力維持や全身状態の安定につながる可能性が示唆されている.今後も詳細な病歴聴取や全身診察,また塗抹検鏡や培養検査などを用いた迅速な鑑別が重要であると考える.また,劇症型CA群溶連菌感染症は基礎疾患のない健常人にも発症するとの報告があるため2)基礎疾患のない健常人に発症する眼内炎の起炎菌として,本症を鑑別にあげる必要性があると考える.文献1)奥野ルミ,遠藤美代子,下島優香子ほか:わが国における過去C10年間の劇症型CA群溶血性レンサ球菌感染症患者由来CStreptococcuspyogenesに関する疫学調査.感染症学雑誌C78:10-17,C20042)StevensDL:InvasiveCgroupCACStreptococcusCinfections.CClinicalCinfectiousdiseases:anCo.cialCpublicationCofCtheCInfectiousCDiseasesCSocietyCofCAmerica.CClinCInfectCDisC14:2-11,C19923)ImaiCK,CTarumotoCN,CTachibanaCHCetal:EndogenousendophthalmitisCsecondaryCtoCsepticCarthritisCcausedCbygroupAStreptococcusinfection:Acasereportandlitera-turereview.JInfectChemotherC26:128-131,C20204)JacksonCTL,CParaskevopoulosCT,CGeorgalasCICetal:Sys-tematicreviewof342casesofendogenousbacterialendo-phthalmitis.SurvOphthalmolC59:627-635,C20145)秦野寛:全眼球炎の統計的観察.臨眼C36:806-807,C19826)JacksonCTL,CEykyunCSJ,CGrahamCEMCetal:EndogenousCbacterialendophthalmitis:AC17-yearCprospectiveCseriesCandCreviewCofC267CreportedCcases.CSurvCOphthalmolC48:C403-423,C20037)小松務,小浦祐治,政岡則夫ほか:硝子体手術を施行した転移性細菌性眼内炎のC2例.あたらしい眼科C19:1223-1227,C20028)MitakaCH,CGomezCT,CPerlmanDC:ScleritisCandCendo-phthalmitisCdueCtoCStreptococcusCpyogenesCinfectiveCendo-carditis.AmJMedC133:e15-e16,C20209)丸山和一,橋田徳康,高静花ほか:内眼炎遷延症例に対する硝子体手術の有用性.日眼会誌C122:393-399,C201810)BanuCA,CSriprakashCK,CNagarajCECetal:ImportanceCofCaccurateCsamplingCtechniquesCinCmicrobiologicalCdiagnosisCofendophthalmitis.AustralasMedJC4:258-262,C201111)齊藤千真,袖山博健,戸所大輔ほか:ムコイド型肺炎球菌による内因性眼内炎のC1例.あたらしい眼科C33:724-727,C201612)SugitaS,ShimizuN,WatanabeKetal:Diagnosisofbac-terialCendophthalmitisCbyCbroad-rangeCquantitativeCPCR.CBrJOphthalmolC95:345-349,C2011***

基礎研究コラム:88.近視生物学

2024年9月30日 月曜日

近視生物学生物学と近視生物学生物学とは生命とは何であるかを探究する学問です.生物学では個体や臓器,組織,細胞,細胞内小器官,さらには分子といった異なるレベルにおける生命単位を対象に,生命単位同士または外部/内部環境と生命単位の相互作用と,それによる生命単位の構造や機能の変化から,さまざまな生命現象の仕組みやその本質を明らかにすることを目的としています.筆者のグループは,近視とは何であるかを探究する「近視生物学」という学問分野の提唱を行なっています.さまざまなレベルの生命単位における構造や機能の変化をもとに,近視を形作る生命単位同士の相互作用(たとえば網膜・脈絡膜・強膜間の相互作用)や,外部・内部環境(光環境や全身状態,炎症など)の影響を明らかにすることを目的とした学問です.近視生物学の実際筆者らの近視生物学研究によって(図1),網膜における網膜神経節細胞がもつ非視覚オプシンであるOpsin5(OPN5)が360~400nm領域の光(紫光)を受け取ることで近視を抑制する働きを有することを見出しました1).すなわち紫光という外部環境が網膜神経節細胞の機能を介して近視を抑制しているのです.また,網膜色素細胞が分泌する血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)の機能が脈絡膜の厚みを維持しており,この機構が破綻し脈絡膜が薄くなるという構造変化を生じることで近視を引き起こすことを見出しました2).さらに,近視強膜は小胞体ストレスとよばれる機能異常状態にあること,その小胞体ストレスを4-phenylbuticacid(4-PBA)という薬剤によって緩和すると,近視強膜におけるコラーゲン線維の構造異常が改善し近視進行が抑制されることを明らかにしました3).このように構造と機能にフォーカスしながら内外の環境との関係性を注意深く観察することで,近視の原因やその発生機序に迫ることができます.今後の展望生物学においては,次世代シークエンサーやシングルセル図1近視生物学が明らかにしてきた構造・機能変化形態変化と機能変化の関連性,それを引き起こす環境要因を明らかにする必要がある.解析,バイオインフォマティクスツールの発展など,解析手法の目覚ましい進歩によって生命の理解が加速度的に進んでいます.近視生物学は黎明期にある学問領域です.生物学の発展と同様に新たな解析技術によって今後その理解が進んでいくのと同時に,学問として成長することが期待されます.未知の知と出会い,それを自らの力で既知へと変えていくことで一つの分野を成熟させる喜びが近視生物学にはあります.その喜びを手にする若手研究者/医師が増えてくれることを願ってやみません.文献1)JiangX,PardueMT,MoriKetal:Violetlightsuppress-eslens-inducedmyopiavianeuropsin(OPN5)inmice.ProcNatlAcadSciUSA118:e2018840118,20212)ZhangY,JeongH,MoriKetal:Vascularendothelialgrowthfactorfromretinalpigmentepitheliumisessentialinchoriocapillarisandaxiallengthmaintenance.PNASNexus1:pgac166,20223)IkedaSI,KuriharaT,JiangXetal:ScleralPERKandATF6astargetsofmyopicaxialelongationofmouseeyes.NatCommun13:5859,2022☆☆☆(69)あたらしい眼科Vol.41,No.9,202411110910-1810/24/\100/頁/JCOPY

硝子体手術のワンポイントアドバイス:256.糖尿病黄斑浮腫に対する硝子体手術後の分層黄斑円孔(初級編)

2024年9月30日 月曜日

256糖尿病黄斑浮腫に対する硝子体手術後の分層黄斑円孔(初級編)池田恒彦大阪回生病院眼科●はじめに糖尿病黄斑浮腫(diabeticCmacularedema:DME)に対する治療の第一選択は抗CVEGF療法であるが,薬物治療に抵抗性のCDME例や黄斑上膜(epiretinalCmem-brane:ERM)を伴うCDMEに対しては硝子体手術を選択することがある.このような症例では,DMEが消退したあとに分層黄斑円孔(lamellarCmacularhole:LMH)をきたすことがある1).C●症例提示71歳,男性.7年前に両眼のCDMEに対してトムアムシノロンのCTenon.下注射および抗CVEGF療法を複数回施行していたが,軽快傾向に乏しく,右眼はCERMが進行してきたため,5年前に硝子体手術を施行した(図1).その後CDMEは徐々に消退傾向を認め,矯正視力は0.4からC0.7に改善したが,中心窩網膜の内層が欠損し,光干渉断層計(opticalCcoherencetomography:OCT)でCLMHの形態を呈するようになった(図2).軽度のDMEの再発はあるものの,ellipsoidzoneは比較的保たれており,矯正視力はC0.7を保持している.DMEの再発に対しては引き続き抗CVEGF療法を施行しているが,ここC2年はほぼ安定した状態にある.DME後に生じたLMHと診断し,引き続き経過観察することにした.C●DME消退後のLMH硝子体手術施行例に限ったことではないが,DMEが消退したあとにCOCTでCLMHの形態を呈する患者をときどき経験する.Unokiらは,遷延する.胞様黄斑浮腫ab図1硝子体手術前の眼底写真(a)とOCT(b)DMEに加えてCERMを認める.矯正視力はC0.4.Cab図2硝子体手術後の眼底写真(a)とOCT(b)LMHの所見を呈しているが,ellipsoidzoneは比較的保持されており,矯正視力はC0.7と良好である.(cystoidCmacularedema:CME)の経過観察中にCLMHをきたしたC4例を報告している1).そしてCLMH形成がCMEとCERMの網膜硝子体牽引に関連し,CMEの内壁が破裂したときに起こる構造変化であるとするCGassの仮説2)を支持している.筆者らはサル眼を用いた研究で,中心窩には未分化な幹細胞様の細胞群が存在し3),このうちCfovealslopeに存在する未分化なCMuller細胞がいわゆる幹細胞疲弊症をきたすために,このようなCLMH様の構造が形成されるのではないかと考えているが,詳細については今後の検討課題としたい.網膜の内層が欠落したとしても視細胞層の傷害が少ない場合には,予想以上に良好な視力を保持できる可能性があり,ellipsoidzoneの観察が視力予後を予測するうえで重要である.文献1)UnokiCN,CNishijimaCK,CKitaCMCetal:LamellarCmacularCholeCformationCinCpatientsCwithCdiabeticCcystoidCmacularCedema.RetinaC29:1128-1133,C20092)GassJD:LamellarCmacularhole:ACcomplicationCofCcys-toidCmacularCedemaCafterCcataractCextraction.CArchCOph-thalmolC94:793-800,C19763)IkedaCT,CNakamuraCK,COkuCHCetal:ImmunohistologicalCstudyofmonkeyfovealretina.SciRep9:5258,C2019(67)あたらしい眼科Vol.41,No.9,202411090910-1810/24/\100/頁/JCOPY

考える手術:33.穿孔性眼外傷の手術

2024年9月30日 月曜日

考える手術.監修松井良諭・奥村直毅穿孔性眼外傷の手術橋田正継町田病院穿孔性眼外傷は保護眼鏡が普及して減少している感があるが,程度や対応によっては予後不良となる可能性がある.穿孔創が角膜にあれば発見が容易であるが,結膜の刺入部が不明なケースでは発見が遅れることがあるので,疑えば超音波検査かCTなどの画像診断を行う.磁性異物の可能性があればMRIは行わない.角膜裂傷は房水漏出がわずかであればソフトコンタクトレンズの装用で治癒する可能性があるが,前房が消失していたり虹彩が嵌頓している場合は光学部への影響が最小限になるように縫合する.早期に縫合を要することが明白であれとがある.外傷性白内障に対して超音波乳化吸引術(PEA)を行う際には,前.切開が不連続になったり後.損傷していることもあるので,灌流圧と吸引設定を下げて角膜創部からの灌流液の漏出を抑えて対処する.核落下に対しては25ゲージ(G)システムのカッターであればグレード2.5程度までの核処理はできるが,それ以上硬い核にはフラグマトームを用いるか液体パーフルオロカーボンなどで瞳孔付近に水晶体を持ち上げてPEAを行う.受傷直後には眼内炎は発症していないが,穿孔時に微生物が入った可能性を念頭に抗菌薬を予防的に投与する.眼内レンズは度数決定が困難なことが多く,眼内炎の可能性もあるので二期的に挿入する戦略も考える.眼内異物は成分と形状によっては摘出が困難な場合がある.磁性異物ならマグネットを用いれば容易だが,20Gのマグネットに比して25Gは磁力が弱いので,扁平部ポートを20G以上に拡大して大きな創から摘出したほうが確実である.扁平部からの摘出が困難であれば,径瞳孔的に前房に出して輪部から取り出すこともある.聞き手:穿孔性外傷患者の診察の流れを教えてくださ視力の有無を記載し,眼圧測定は最小限の侵襲で試みい.て,測定が不能であればその事実を記録するようにしま橋田:外傷がどういう経緯で発生したかを診療録に残すす.小児や高齢者では正確な情報が得られにくいことも必要があります.訴訟になった際には,第三者行為であありますが,受傷時に周囲にいた人から情報を集めて眼ったかや初診時の視力や眼圧が争点になる可能性があり内異物の有無も予想しながら画像診断を行います.超音ますので,測定が困難な場合でも手動弁や光覚弁以上の波検査は角膜裂傷がない場合に用いますが,眼球破裂が(65)あたらしい眼科Vol.41,No.9,2024C11070910-1810/24/\100/頁/JCOPY考える手術疑われる際には眼瞼上から侵襲を最小限に短時間で行うようにします.工事現場などでの爆発では多量の飛散物に暴露されて眼窩内や眼内に異物が残っている可能性があります.CTは眼内異物が疑われる場合に用いますが,ガラスやプラスチック,木片の検出能はやや劣り,小児であれば被曝線量のリスクも勘案して撮影を検討します.MRIはCCTで写らない異物の検出や軟部組織の描写に優れているので,磁性異物がなければ眼内のみならず眼窩内の状態を評価するためにとても有用です.また,角膜障害で隅角付近の異物が検出困難な場合に前眼部COCTが役立つこともあります.聞き手:非磁性眼内異物の摘出で気をつけることはありますか.橋田:磁性異物ではマグネットが有効ですが,大きな非磁性異物の場合には硝子体鑷子での把持や,フィネッセフレックスループ(アルコン社)を用いての摘出は困難で難渋することがあります.他科の器具を応用する場合には,20ゲージより大きな創口が必要になります.液体パーフルオロカーボンは,より比重が大きなガラス片でも,表面張力の作用を応用して黄斑から移動させることで,安全な摘出に寄与するという報告1)があります.聞き手:二重穿孔をきたした患者にはどのように対応するのでしょうか.橋田:異物が小さいケースが多く,創口が自然閉鎖する可能性があります.眼内や眼窩内の炎症が明らかでなければ緊急対応が必要でないこともありますが,異物の性状によって予後が異なります.木片などは積極的に除去する必要があります.聞き手:感染対策はどのようにしていますか.橋田:眼内異物を認めた症例ではC6.9~16.5%に眼内炎が発症したという報告2)があります.受傷時に環境菌が眼内に持ち込まれた可能性がありますので,眼内灌流液に抗菌薬を添加します.術後眼内炎の方法に準じてセフタジジムはC0.4Cmg/ml,バンコマイシンはC0.2Cmg/mlの最終濃度になるように灌流液に溶解します.手術終了時にC0.1Cmlのワンショット投与する方法を推奨する報告もありますが,眼内容積が異なる可能性があることや前房水も同等の条件になるようにと考えると,最初から上記の濃度で手術を開始するようにしたほうがよいでしょう.溶解方法は抗菌薬(モダシンはC0.5CgとC1CgがありますがC1gのバイアルであれば)1バイアルをC5mlのBSSで溶解して,そのC1CmlをC500CmlのCBSSに溶解すると上記の濃度になります.また,ヨードを用いた硝子体手術も報告されていて,有効な可能性が考えられます.聞き手:外傷で網膜.離を合併した患者について,タンポナーデの際の注意点はありますか.橋田:拡張性ガスであるCSFC6やC3F8には抗菌作用が報告されていますが,黄斑円孔にCSFC6を用いた治療後に眼内炎を生じたケースを私自身が複数例経験していますので,ガスや空気を用いた場合は術後眼内炎の発症に注意が必要です.シリコーンオイルは抗菌作用がより高いと思われ3),上記の濃度で抗菌薬を添加した硝子体手術のあとにシリコーンオイルタンポナーデを併用すると,安全で術後の眼底観察にも有用と考えます.文献1)UngC,LainsI,PapakostasTDetal:Per.uorocarbonliq-uid-assistedCintraocularCforeignCbodyCremoval.CClinCOph-thalmolC12:1099-1104,C20182)AhmedCY,CSchimelCAM,CPathengayCACetal:Endophthal-mitisfollowingCopen-globeCinjuries.CEye(Lond)C26:212-217,C20123)OzdamarA,ArasC,OzturkRetal:Invitroantimicrobi-alCactivityCofCsiliconeCoilCagainstCendophthalmitis-causingCagents.RetinaC19:122-126,C1999☆☆☆1108あたらしい眼科Vol.41,No.9,2024(66)

抗VEGF治療セミナー:硝子体内注射後の感染性眼内炎

2024年9月30日 月曜日

●連載◯147監修=安川力五味文127硝子体内注射後の感染性眼内炎盛岡正和高村佳弘福井大学医学部感覚運動医学講座眼科学抗CVEGF治療に関連する合併症のなかで,とくに重要なのが感染性眼内炎である.まれな疾患ではあるが発症すると急速に悪化するため,適切で迅速なマネジメントが求められる.本稿では,その治療方針について,手術に重点を置いて詳しく述べる.注射後感染性眼内炎の診断細菌による感染性眼内炎は,硝子体内注射後の重篤な合併症の一つである.その発生頻度はおおむねC1万件に1件程度,あるいはそれ以下とされており1.4),2,000.5,000件にC1件程度の割合とされている白内障手術や硝子体手術に比べると少ない.発症時期は注射後数日以内がほとんどである.眼内炎は迅速な診断と治療が求められる.自覚症状としては霧視,視力低下,充血,眼痛が多くみられるが,典型的な症状を伴わないこともあるため注意が必要である.他覚的な所見としては,結膜・毛様充血,角膜浮腫,角膜混濁,前房内の細胞増多,フレア,フィブリン析出,前房蓄膿,硝子体混濁,網膜血管閉塞,網膜出血(図1)などがみられる.確定診断には前房水や硝子体液の細菌培養検査が必要である.結膜.の常在菌であるブドウ球菌属が起因菌となるケースが多い.疑われたら手術を考慮感染性眼内炎の可能性が高い場合は,硝子体手術と前房洗浄の実施が必須となる.所見が非典型的で診断に迷う場合でも,数時間後に明白な前房蓄膿が出現し診断が確定する頃には,網膜の損傷が進行してしまう可能性もある.したがって感染が疑われた時点で積極的に手術適応とするほうが理にかなっていると筆者は考える.診療体制の都合で迅速な硝子体手術が行えない場合は,姑息的治療として抗菌薬の点眼や硝子体内注射を行うことも選択肢となる.しかし,あくまでも硝子体手術を行うまでの「つなぎの治療」と考え,これらの治療のために硝子体手術の実施が遅れることはあってはならない.抗菌点眼薬にはレボフロキサシンやセフメノキシム,抗菌薬全身投与には第C4世代セフェム系やカルバペネム系が用(63)C0910-1810/24/\100/頁/JCOPY図1感染性眼内炎を生じた症例の前眼部写真発症時.著明な前房蓄膿,フィブリン析出を認める.いられる.硝子体内注射にはバンコマイシンとセフタジジムが使用される.手術では網膜を傷つけないこと手術の目的は起因菌と有害な液性因子の除去と抗菌薬の直接投与である.局所麻酔で行われることが多いが,眼内炎は強い炎症を伴うため,点眼麻酔だけでは除痛が困難である.そのため球後麻酔やCTenon.下麻酔が推奨される.前房洗浄では,細菌培養検査のために前房水を採取し,I/Aで前房を洗浄する.フィブリン膜が前.や眼内レンズに付着している場合は前.鑷子などを用いて除去する.水晶体が残っている場合は水晶体再建術も同時に行う.硝子体混濁による徹照不良や炎症によるZinn小帯脆弱などを認める場合があり,通常の白内障手術よりも手技の難度が高くなる.眼内レンズ挿入を行うか,水晶体の除去だけにとどめ,眼内レンズ挿入は後日C2期的に行うかは議論の余地がある.以上の操作により前眼部を可能な限りクリアにすることで,硝子体内の視認性を高め,硝子体手術の安全性を確保できる.硝子体手術では,硝子体液を採取しながら硝子体混濁を可能あたらしい眼科Vol.41,No.9,20241105図2図1と同一症例の硝子体手術後1カ月時点の広角眼底写真感染は落ち着いており硝子体混濁は認めないが,網膜出血が残存し,血管閉塞もめだつ.図3図1と同一症例の硝子体手術後1カ月時点のOCT画像網膜が著しく菲薄化している.矯正視力は(0.01)となり,改善は困難と考えられる.な限り切除する.ただし,炎症により脆弱になっている網膜を損傷し,網膜.離や黄斑円孔を生じてしまうと難治性となる可能性が高い.したがって,網膜に近い硝子体混濁を切除することに固執せず,「甘め」の硝子体切除を心がけることが重要である.シリコーンオイルの留置や網膜出血部位に対する光凝固も不要である.手術中には,バンコマイシンとセフタジジムを添加した灌流液を使用し,十分な灌流を行う.術後にも点眼・点滴で治療を術前から継続して抗菌薬を点眼・全身投与する.消炎のためにステロイドの点眼や全身投与も効果的である.術後数日からC10日程度で炎症が沈静化するにつれ,残存した硝子体混濁は消失し,網膜出血も吸収される.炎症の程度にあわせて各治療は漸減・終了していく.早期に治療介入すれば発症前の視力に戻る場合もあるが,レンサ球菌属や腸球菌などが迷入し起因菌となった場合は予後が悪いと報告されている(図2,3)5).文献1)MenchiniF,ToneattoG,MieleAetal:Antibioticprophy-laxisCforCpreventingCendophthalmitisCafterCintravitrealinjection:aCsystematicCreview.Eye(Lond)C32:1423-1431,C20182)TanakaK,ShimadaH,MoriRetal:SafetymeasuresformaintainingClowCendophthalmitisCrateCafterCintravitrealCanti-vascularCendothelialCgrowthCfactorCInjectionCbeforeCandduringtheCOVID-19Pandemic.CJClinMedC11:876,C20223)TanakaCK,CShimadaCH,CMoriCRCetal:NoCincreaseCinCinci-denceCofCpost-intravitrealCinjectionCendophthalmitisCwith-outtopicalantibiotics:aprospectivestudy.JpnJOphthal-molC63:396-401,C20194)MoriokaCM,CTakamuraCY,CNagaiCKCetal;IncidenceCofCendophthalmitisCafterCintravitrealCinjectionCofCanCanti-VEGFCagentCwithCorCwithoutCtopicalCantibiotics.CSciCRepC10:22122,C20205)TodokoroCD,CEguchiCH,CSuzukiCTCetal:GeneticCdiversityCandCpersistentCcolonizationCofCEnterococcusCfaecalisConCocularsurfaces.JpnJOphthalmolC61:408-414,C2017☆☆☆1106あたらしい眼科Vol.41,No.9,2024(64)

緑内障セミナー:偏光OCT

2024年9月30日 月曜日

●連載◯291監修=福地健郎中野匡竹本大輔291.偏光OCT金沢大学医薬保健研究域医学系(眼科学)偏光感受型光干渉断層計(偏光COCT)は,測定によって対象組織の「質的な」情報が得られる次世代のCOCT装置であり,緑内障領域では術後濾過胞の評価など,さまざまな場面での活用が期待されている.本稿では,おもに偏光COCTに関する理論面の要諦について解説する.今後普及が進むと考えられる本装置の理解の足がかりとなれば幸いである.●はじめに光干渉断層計(optocalCcoherenecetomography:OCT)は眼底疾患の診療に不可欠な画像診断装置として定着して久しい.前眼部疾患の診療にもCOCTの活用が進んでおり,緑内障領域では隅角評価や術後の強膜創,濾過胞などの内部構造の評価に使用される機会が増えている.偏光感受型COCT(以下,偏光COCT)は組織の偏光特性を評価することで,従来型COCTにおける厚みや体積といった構造的計量に加えて,組織の質的な観点(たとえば,コラーゲン線維の有無やその方向性)からも評価することができる次世代COCT装置である.C●偏光OCTの原理と緑内障領域への応用従来のCOCTでは組織の各位置からの反射光によって強度を求め,これを画像化している.それに対して偏光OCTによる測定では,各位置のCJones行列(複素数成分のC2×2行列)が得られることが基本的原理である.これは,光をより精密に計測しているということを意味し,強度の情報もこれに含まれる.そもそも光は進行方向に垂直な面内で振動しながら進む横波であり,偏光とはその振動の状態をさし,数学的にはCxy方向の二つの複素数成分からなるベクトルで表現される(xy各成分の振動の位相ずれは,複素平面上での偏角の差となる).Jones行列とは,xy方向それぞれでの入射光→反射光ベクトルの状態変化をあらわすもの(線形変換)である.すなわち,偏光COCTによってCJones行列を取得することで,従来型COCTでは抜け落ちていた偏光に関する情報(偏光特性)をも漏れなく測定することができ,対象物についてより多くの情報が得られる.偏光COCTからの出力には,強度のほかにおもにC2種類のパラメータが存在し,そのキーワードは複屈折および偏光解消性である.取得されたCJones行列はそのままの形ではなく,以下に述べるような計算処理がなされ,(61)C0910-1810/24/\100/頁/JCOPY図1複屈折と偏光位相差の概念図は偏光位相差を示す.これは,組織の配向性のため入射光の方向によって屈折率が異なる現象(複屈折)に由来する.(図は株式会社トーメーコーポレーション山成正宏氏のご厚意により,提供いただいた)装置より出力される.まず,測定によって得られたJones行列の固有方程式を代数的に解くことにより,複屈折(偏光位相差および軸方向)に関する情報が得られる.これは組織の配向性とその方向を示す量で(図1),生体内ではとくにコラーゲン線維を反映する.これが第一のパラメータである.次に,取得されたCJones行列の統計的性質(randomness)に着目して偏光解消性を定量する.偏光解消性とは,組織内での後方光散乱における偏光特性が空間的にランダムになる現象であり,生体内ではとくにメラニン色素を反映することが知られている.具体的には,量子情報理論におけるCvonNeumannエントロピーに相当する量を計算することで偏光エントロピーを求める.これが偏光COCTの第二のパラメータである1.3).緑内障領域においては,線維柱帯切除術後の濾過胞の瘢痕化を偏光位相差によって定量できることが切除切片での組織学的検討によって示され4),術後早期での濾過胞の偏光COCT所見とその後の眼圧経過との関連が臨床あたらしい眼科Vol.41,No.9,20241103abc図2偏光OCTによる前眼部(側方視)の出力画像例a:強度画像.偏光アーチファクトのない,従来型COCTよりも正確な画像が得られる.筆者らが行った研究では,強膜の赤四角内(幅C500Cμm)の部位について偏光パラメータを評価した.Cb:偏光位相差画像.組織内の配向性の強さ,おもにはコラーゲン線維を反映し黄緑系色調に表示される.とくに外眼筋付着部が高値となる.Cc:偏光エントロピー画像.メラニン色素を反映し赤紫系色調に表示される.とくに,ぶどう膜組織が高値となる.研究によっても示されている5).濾過胞の瘢痕化は緑内障手術の成績を規定するもっとも重要な因子であるが,それを細隙灯顕微鏡によって早期の段階で見いだすことは必ずしも容易ではない.本装置を緑内障術後管理に用いることで,これまでエキスパートが経験的に判断していた濾過胞や強膜フラップなどの内部構造を多面的かつ定量的に評価することが可能になり,それによってニードリングなどの処置を行う最適なタイミングについて臨床医が判断するのをサポートできることが期待される.C●緑内障眼における前眼部組織の質的評価の試み筆者の施設において,緑内障C40例C40眼をトーメーコーポレーション製偏光COCTおよび各検査機器にて前眼部組織を評価したところ(図2),原発開放隅角緑内障群と落屑緑内障群において,強膜の偏光エントロピー(0.23C±0.05CvsC0.28±0.08),角膜ヒステレシス(9.3C±1.3CmmHgCvs.C6.6±1.6CmmHg)の平均値に両群間で有意差を認め,病型による前眼部組織の質的な差異が示唆された.また,強膜の偏光位相差および偏光エントロピーは角膜ヒステレシスと有意な相関を示し(それぞれCr=.0.34,C.0.33),角膜ヒステレシスは眼圧と強い相関(r=.0.70)を示したが,偏光位相差および偏光エントロピーはいずれも眼圧との相関は弱かった.生体力学特性をあらわす角膜ヒステレシスは,眼組織から得られる質的情報のひとつとして緑内障評価で臨床的に用いられているが,測定原理上,眼圧値の影響を受けると考えられる.一方で,偏光特性は眼圧非依存的に眼組織を質的に評価できる手段と筆者らは考えている.C●おわりに偏光COCTは,従来のCOCTとはまったく異質で新規C1104あたらしい眼科Vol.41,No.9,2024なものではなく,これを包括した多機能なものであると捉えていただいきたい.測定対象を質・量の両面から評価が可能なオールインワンのCOCTとして今後普及が期待される.現段階では上述した筆者らの検討も含めて研究段階での使用に留まっているものが多いが,前眼部および後眼部の各領域において本機の特性を生かした興味深い研究結果が報告されている.緑内障分野に関して,本機の臨床実用に向けて直近でもっとも有望と考えられるのは,本稿でも一部紹介した術後濾過胞の評価と思われる.セグメンテーションなどの画像取得後の解析方法に関する技術的課題はまだあるものの,偏光COCTによる前眼部撮影の実用化が期待される状況と考えられる.文献1)山成正宏:偏光感受型COCTの技術.視覚の科学C38:C98-106,C20172)DeCBoerCJF,CHitzenbergerCCK,CYasunoY:PolarizationCsensitiveCopticalCcoherenceCtomographyC-aCreview.CBiomedOpticsExpressC8:1838-1873,C20173)YamanariCM,CTsudaCS,CKokubunCTCetal:EstimationCofCJonesCmatrix,CbirefringenceCandCentropyCusingCCloude-PottierCdecompositionCinCpolarization-sensitiveCopticalCcoherenceCtomography.CBiomedCOptCExpressC7:3551-3573,C20164)TsudaCS,CKunikataCH,CYamanariCMCetal:AssociationCbetweenChistologicalC.ndingsCandCpolarization-sensitiveCopticalCcoherenceCtomographyCanalysisCofCaCpost-trabecu-lectomyChumanCeye.CClinCExpCOphthalmolC43:685-688,C20155)FukudaCS,CFujitaCA,CKasaragodCACetal:ComparisonCofCintensity,phaseretardation,andlocalbirefringenceimagesCforC.lteringCblebsCusingCpolarization-sensitiveCopticalCcoherencetomography.SciRepC8:7519,C2018(62)

屈折矯正手術セミナー:Light Adjustable Lens

2024年9月30日 月曜日

●連載◯292監修=稗田牧神谷和孝292.LightAdjustableLens市川慶中京眼科,総合青山病院Rxshight社のLightAdjustableLensは,眼内に挿入後に度数変更ができる眼内レンズで,2017年に米国FDAで承認されているが,わが国では未承認である.LightDeriveryDeviceを用いて紫外線を照射することで,限度はあるが複数回の度数変更が可能である.●はじめにRxshight社の眼内レンズLightAdjustableLens(以下,LAL)は,2003年にSchwartzによってその原理が報告された1).米国で普及するようになったのは2017年に米国食品医薬品局(FoodandDrugAdministra-tion:FDA)で承認されて以降のことであるが,Schojaiらは2008.2012年にLALを挿入した61名の患者の約7年目のデータを用いて同社のLightDeriveryDevice(以下,LDD)を用いた場合の安全性については,とくに問題がなかったことを報告している2).LALは+4.0Dから+30.0Dまであり,そのうち,+16.0.+24.0Dは0.5D刻み,その他の範囲は1.0D刻みとなっている(図1).LAL挿入後は紫外線防止用の眼鏡を約3.4週間使用し,その後LDDを用いてLAL内のマクロマーを使って度数変更を行う(図2).LDDで変更可能な範囲は球面度数で±2.0Dで,乱視は2.0Dまで矯正可能である.度数変更は通常2回程度で,最大4回まで可能となっており,度数変更終了後はLock-in(度数固定)照射を2回行ってLALの度数を固定する.これら一連の治療の終了後24時間以上経過した後紫外線防止用の眼鏡をはずして生活が可能となる.わが国では2024年4月時点で未承認であり,医師の裁量で行う手術となっている.今回筆者らは中京眼科で実際に患者にLALを挿入し,術後良好な成績を得た1例について報告する.●症例70歳,男性.特記すべき既往歴なし.Emery-Little分類II.術前視力は右眼0.3(1.5×sph+3.0D),左眼0.5(1.0×sph+2.25D),術前瞳孔径は右眼6.7mm,左眼6.8mm.術前の矯正視力は良好であったが,趣味であるスキーを裸眼でできなくなったこと,仕事で近方の見づらさもあり,白内障手術を希望した.既存の多焦点眼内レンズについても説明したが希望されず,LAL挿入を希望された.術前の検査結果はとくに問題なく,まずは正視狙いとし,既存のA定数118.4を用いてレンズの度数決定を行い,両眼に白内障手術を通常通り施行しLALを挿入した.術後1カ月目時点での視力は右眼1.5(2.0×sph+0.75D),左眼1.5(2.0×sph+0.75D(cyl.0.75DAx75°)と,両眼とも遠視側に度数ズレを起こしていたが,自覚検査の結果より右眼.0.5D,左眼0Dの屈折度数を希望され,1回目の度数調整を施行した.1回目の度数図1LightAdjustableLens図2LightDeriveryDevice(59)あたらしい眼科Vol.41,No.9,202411010910-1810/24/\100/頁/JCOPY距離図3Lock-in後の全距離視力明所暗所1001010010右眼左眼11361218361218図4Lock-in後の明所と暗所のコントラスト感度調整後の視力は右眼1.5p(2.0×sph.0.25D,左眼2.0p(2.0×sph.0.25D)であった.これに対して右眼は.0.5D狙い,左眼は0D狙いで2回目の度数調整をそれぞれ施行した.それぞれの2回目の度数調整後に右眼:1.0(2.0×S.0.25D),左眼:2.0(2.0×S+0.25D)となり,さらに右眼.1.0D,左眼:0D狙いで3回目の度数調整を施行した.3回目の度数調整終了後に右眼1.5p(2.0×sph.0.5D),左眼2.0(n.c)となりLock-in照射を2回行った.Lock-in後の全距離視力とコントラスト感度を測定したところ,遠方から近方50cmまでは両眼裸眼視力で1.0以上見えており,コントラスト感度の低下もなく,患者満足度も非常に高かった(図3,4).1102あたらしい眼科Vol.41,No.9,2024●おわりにLALは患者の自覚をもとに度数選択を行うことが可能な新しい眼内レンズである.しかし,度数調整の幅は決まっており,術前検査の結果をもとに,術後の見え方で遠見を重視するのか近見を重視するのかは最低限決めておく必要がある.患者の自覚をもとにモノビジョンとすることで患者の視覚範囲を広げ,患者満足度を高める可能性があり,今後の報告に注目していきたい.文献1)SchwartzDM:Light-adjustablelens.TransAmOphthal-molSoc101:417-436.20032)SchojaiM,SchultzT,SchulzeKetal:Long-termfollow-upandclinicalevaluationofthelight-adjustableintraocu-larlensimplantedaftercataractremoval:7-yearresults.JCataractRefractSurg46:8-13.2020(60)

眼内レンズセミナー:後囊から後方に突出する多数の小突起を認めた白内障

2024年9月30日 月曜日

眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎・佐々木洋448.後.から後方に突出する多数の三原研一みはら眼科小突起を認めた白内障加治優一松本眼科大鹿哲郎筑波大学医学医療系眼科水晶体後.から硝子体腔(後方)に向かう多数の小突起を有する症例を経験した.両眼性であり,手術自体は問題なく終了した.前眼部光干渉断層計により,術前および術後に小突起の存在が可視化された.手術時に採取した前.の病理検査では,水晶体上皮細胞がいくつかの層をなして,周囲にマトリックスの沈着を生じている所見が認められた.本症例の本態は不明だが,水晶体.基底膜のなんらかの異常とともに水晶体上皮細胞の一部が変性し,大量のマトリックスが分泌されて沈着物として出現したものと考えられる.●はじめに水晶体の混濁にはさまざまな形があり,混濁が生じる場所も前.下から核,皮質,後.下まで幅広い.病理学的にも多彩な形態や組織学的変化が報告されている1,2).しかし,水晶体の混濁・変化はほとんどが水晶体の内側に生じるものであり,外側に生じる変化としては前.のsplitting(真性落屑)やCdeposition(偽落屑,Vossiusringなど)が記載されているものの2),後.の外側に生じる変化は,筆者らの知る限りこれまでに報告がない.今回筆者らは,両眼の後.から後方(硝子体腔)に向かって多数の小突起が生じていた症例を経験した.C●症例患者はC80歳の男性で,2~3年前よりの視力障害を訴えて初診.眼科受診歴はなかった.初診時の視力は右眼C0.05(0.6C×.4.0D),左眼C0.15(0.4C×.7.0D),眼圧は両眼ともC11mmHgであった.両眼の水晶体にⅢ度の核硬化と後.付近に紡錘状混濁を認め(図1),前眼部COCTでは後.から硝子体腔に向かう突起状の構造物を認めた(図2).角膜内皮細胞は正常右眼左眼図1術前の細隙灯顕微鏡写真両眼に核硬化と,後.周辺の紡錘状混濁を認めた.で,眼底には豹紋状眼底以外に異常はなかった.C●経過両眼にトーリック眼内レンズを用いた白内障手術を行った.手術はとくに問題なく終了し,術中に前.あるいは後.に異常を感じることはなかった.術後矯正視力は両眼とも(1.0)に改善し,術後炎症も通常範囲内であった.術後の前眼部写真では,後.から硝子体腔側(後方)に向かう小突起物を多数認めたが(図3),それ以外に前眼部の異常はみられなかった.前眼部光干渉断層計(opticalCcoherencetomography:OCT)でも,両眼に後.から後方に向かう混濁した小突起物が多数観察された(図4).C●病理所見右眼の手術時に採取した前.の病理所見を示す(図5).水晶体上皮細胞がいくつかの層をなして,周囲にマトリックスの沈着を生じているところがあった.水晶体上皮細胞の核は形が乱れ,細胞に変性が生じていると思図2術前の左眼前眼部OCT後.から硝子体腔に向かう小突起が存在する.(57)あたらしい眼科Vol.41,No.9,2024C10990910-1810/24/\100/頁/JCOPY右眼左眼図3術後の細隙灯顕微鏡写真両眼に,後.から後方に突出する多数の小突起が観察される.図5前.の病理所見右眼の手術時に採取した前.の病理所見.*:正常な単層の水晶体上皮細胞.←:異常なマトリックス沈着を伴う水晶体上皮細胞.われた.水晶体.自体には特記すべき異常はみられなかった.手術時に後.を採取することはできなかったものの,前.における水晶体上皮とマトリックスの異常な沈着が,後.にみられた多数の小突起と間連しているものと考えられた.C●考按水晶体の加齢変化として,表面側および核側が凹凸不整になること,また水晶体上皮細胞が膨化して変性することが知られている.しかし,細胞の集積やマトリックスの異常沈着は報告されていない.先天無虹彩では,水図4術後の右眼前眼部OCT後.から硝子体腔側に向かう小突起が認められる.晶体上皮の変性,壊死,重層化,異常増殖などが知られており,また落屑症候群では水晶体上皮の膨化,壊死,変性,異常増殖に加えて,水晶体上皮細胞と基底膜の間に異常な蛋白質が蓄積することが報告されている3,4).本例の染色像からは,部分的には落屑症候群のような基底膜の異常がバックグラウンドにあることが想像される.しかし,本例では落屑物質がまったく認められないこと,異常な蛋白質の沈着が水晶体上皮細胞と基底膜の間ではなく,水晶体上皮細胞の基底膜側と核側の両方に及んでいること,異常なマトリックスが沈着している場所が数カ所にとどまることなどが,これまでの報告と大きく異なる.以上より,本症例では,基底膜の異常ととともに水晶体上皮細胞の一部が変性し,大量のマトリックスが分泌されて沈着物として出現したものと考えられる.文献1)EagleRCJr,SpencerWH:Lens.In:Ophthalmicpatholo-gy.CAnCatlasCandCtextbook,C4thCed,Cp371-437,CWBCSaun-dersCompany,Philadelphia,19962)Yano.CM,CSassaniJW:Lens.In:OcularCpathology,C8thCed,p380-406,Elsevier,20203)SorkouCKN,CManthouCME,CMeditskouCSCetal:ExfoliationC.brilsCwithinCtheCbasementCmembraneCofCanteriorClenscapsule:ACtransmissionCelectronCmicroscopyCstudy.CCurrCEyeRes44:882-886,C20194)RitchR:OcularC.ndingsCinCexfoliationCsyndrome.CJCGlau-comaC27:S67-S71,C2018

コンタクトレンズセミナー:英国コンタクトレンズ協会のエビデンスに基づくレポートを紐解く オルソケラトロジー(2)

2024年9月30日 月曜日

■オフテクス提供■コンタクトレンズセミナー英国コンタクトレンズ協会のエビデンスに基づくレポートを紐解く9.オルソケラトロジー(2)土至田宏順天堂大学医学部附属静岡病院眼科松澤亜紀子聖マリアンナ医科大学,川崎市立多摩病院眼科英国コンタクトレンズ協会の“ContactCLensCEvidence-BasedCAcademicReports(CLEAR)”の第C6章はオルソケラトロジーに関する第C6章のC2回目である.Ortho-Kによる眼の変化本章1)ではオルソケラトロジー(orthokeratology)はortho-kと略されており,本稿でも踏襲する.C1.角膜形状変化Ortho-kによる近視矯正では角膜中央部が平坦化し,中周辺部が急峻化する.目標とする屈折矯正量が多い場合は,矯正されるゾーンの直径は小さくなる傾向がある.一方,ortho-kによる遠視や老視の矯正に関する研究は近視矯正に比べて限られている.遠視や老視のortho-kでは角膜中央部の急峻化により角膜の屈折力を増加させる.老視の矯正はモノビジョンまたは多焦点矯正によって可能となり,優位眼を遠方視,非優位眼を近方視に矯正する.多焦点効果を得るためには,治療ゾーンを小さくして中央部急峻化と周辺部平坦化によって中心近用の光学効果をもたらすが,負の球面収差が増加する.これらの変化は角膜前面に限定され,角膜後面には影響を及ぼさない.C2.角膜厚変化Ortho-kによる角膜厚の変化は角膜上皮層の変化で,近視矯正では角膜中央部における菲薄化と中周辺部の厚み増加によって屈折矯正効果をもたらす.これらは可逆的である.2.50~2.75Dの近視矯正では角膜中心厚が15~17Cμm菲薄化する.C3.角膜の細胞変化共焦点顕微鏡を使用した研究では,ortho-k装用C1年後に角膜内皮細胞の多形性が増加し,その変化は装用中止C1カ月後に減少するものの,元のレベルには戻らないことが報告されている.角膜内皮細胞密度と実質中間層および深層のケラトサイト密度はC1年間のCortho-k装用後に大きな変化を示さないが,実質前層のケラトサイト密度の減少と活性化ケラトサイトの増加が報告されている.また,最大C5年の長期装用後には上皮基底細胞密度の減少がみられ,ortho-kによる上皮細胞層の圧縮が原因とされている.C4.色素沈着アークOrtho-k装用者の角膜下方に色素沈着アークやリング(55)がみられることがある.装用開始後C2週間ほどで現れ,1カ月で完全なリングになることもある.装用を中止すると約C2カ月で消退する.C5.FibrillarylinesOrtho-k装用者の角膜には灰白色のC.brillarylines(線維状線)が現れることがあるが,これは角膜神経の再編成やストレスによるもので,神経密度の減少と角膜感度の低下を伴う.視覚や健康に重大な影響はなく,装用を中止すると消退する.C6.角膜の生体力学Ortho-kは角膜形状変化によって生体力学的にも影響を与える.Ortho-k装用後に角膜の粘性と抵抗性が若干減少した.C7.眼圧の過小評価薄い角膜は眼圧の過小評価に,厚い角膜は過大評価になりやすいが,ortho-kが眼圧測定に与える影響を調査した研究では,測定方法にかかわらず平均C1CmmHg未満低く見積もられた.COrtho-kの安全性就寝時装用により深刻な角膜感染症のリスクが増加する可能性がある.以下にCortho-k関連のおもな眼合併症を示す.C1.角膜感染症(細菌性角膜炎)Ortho-kによる細菌性角膜炎は視力予後に影響を及ぼすもっとも重大な合併症で,とくに不適切なレンズケアや管理,使用方法の不遵守が原因とされている.ケア剤の継ぎ足しや水道水の使用はリスクを高める.C2.角膜上皮染色もっとも一般的に観察される.通常,角膜中心部にみられ,装用初期の数週間から数カ月間にピークを迎える.矯正量が多い場合にリスクが高まる.C3.レンズ固着と圧痕固着したレンズのエッジによる角膜の局所的な圧力が原因で,角膜に圧痕が生じることがある.固着防止には,適切な装用と適切なレンズケアが重要である.レンあたらしい眼科Vol.41,No.9,2024C10970910-1810/24/\100/頁/JCOPYズフィッティングの調整や,レンズ下の適度な涙液交換も有効である.C4.角膜マイクロシスト角膜マイクロシストは,角膜の低酸素状態を示す徴候であり,高酸素透過性の硬性レンズ素材を使用しているため,ortho-k装用者においてはまれにしかみられない.オルソケラトロジーレンズのケア方法1.レンズケアの重要性Ortho-kレンズのケア方法や手洗いにおける注意点はハードCCLのものと類似している.とくに,アカントアメーバ角膜炎の報告例があるため,水道水を使用しないことが重要である(注:日本の水道水は塩素を含むため,すすぎの際に使用可である).C2.多目的製剤(multi-purposesolution:MPS)MPSにはさまざまな界面活性剤や抗菌成分が含まれる.使用者は毎日のレンズのこすり洗いやすすぎの重要性を理解する必要がある.また,一部のCMPS成分の細胞毒性について注意が必要である.PHMBを含むケア剤は,抗菌効果と細胞毒性とで乖離がある場合がある.C3.過酸化水素消毒システム過酸化水素は,酸化によって有機物を不安定化させ,細胞膜や細胞成分を損傷することで抗菌活性を発揮する.真菌やアカントアメーバを含むすべての微生物に対して米国食品医薬品局(FDA)およびCISOの基準を満たしている.レンズケース内のバイオフィルム形成に対しても有効である.毎日のこすり洗いと生理食塩水でのすすぎが推奨される.とくにCMPSの成分に敏感な人々に適している.C4.ポビドンヨードポビドンヨードは,創傷治癒および手術前予防に何十年もの間使用されている.新しいポビドンヨードベースの消毒液は,効果的に微生物とバイオフィルムを除去する.長期使用でも耐性がなく,信頼性の高い消毒方法である.C5.消毒耐性防腐剤や消毒剤(第四級アンモニウム化合物やビグアニドなどの陽イオン性抗菌薬)の広範かつ長期にわたる使用により,消毒剤に対する病原体の耐性の発生が懸念されている.基本の実践処方医はCortho-kレンズを安全に装用させることに対しての責任がある.処方医は,患者や保護者に対して,アフターケアの頻度や一般的な合併症を含む潜在的リスクについてしっかり伝える必要がある.成人装用者および子どもの保護者の見解1.成人Ortho-kレンズを使用する成人は,視力の質は他の矯正方法と同等であるが,グレアの増加がみられることがある.近視が軽度のユーザーに好評である.C2.小児Ortho-kの利点,潜在的なリスク,制約事項などについての情報を提供し,本人や保護者の理解を深めることが重要である.保護者らはレンズの取り扱い手順,緊急時の対応方法について十分に学習し,定期検査を通じてレンズの適合状況や眼の健康状態を確認し,問題が発生した場合には迅速に対処することが求められる.C3.保護者の見解香港での調査では,保護者の多くがCortho-kは子の近視抑制するものと捉えており,おもな情報源は口コミ(52%)と新聞・雑誌(50%)で,医療提供者からの情報はC35%にとどまった.中国の調査では,保護者の最大の動機は子の近視進行抑制であり,おもな情報源は口コミ(56%)と眼科医(41%)であった.保護者の理解を深めるためには,眼科医が積極的に介入することが重要である.文献1)VincentCSJ,CChoCP,CChanCKYCetal:CLEARC-Orthokera-tology.ContLensAnteriorEyeC44:240-269,C2021

写真セミナー:Stevens-Johnson 症候群と常在菌反応性眼表面炎症

2024年9月30日 月曜日

写真セミナー監修/福岡秀記山口剛史484.Stevens-Johnson症候群と常在菌反応性坂田理恵東京歯科大学市川総合病院眼科眼表面炎症図1慢性期のStevens-Johnson症候群の角膜混濁結膜充血と全周性に新生血管を認める.図3図1のフルオレセイン染色所見ドライアイを伴うため水濡れ性が悪い.図4瞼結膜所見新生血管と瞼結膜瘢痕を認める.図5治療開始1カ月後の所見結膜充血の改善を認める.(53)あたらしい眼科Vol.41,No.9,2024C10950910-1810/24/\100/頁/JCOPY市販感冒薬の内服を契機にStevens-Johnson症候群(Stevens-Johnsonsyndrome:SJS)を発症した症例を提示する.患者は57歳,女性.20歳時に市販感冒薬を内服しSJSを発症した.50歳ごろ,右眼視力低下と充血を自覚し近医を受診した.点眼治療(クロラムフェニコール点眼液・両眼C1日C2回,防腐剤無添加人工涙液点眼液・頻回)を受けたが改善せず,7年後(57歳)に当科を紹介受診した.初診時矯正視力は右眼C0.1,左眼C1.0で,両眼に結膜充血があり,右眼には瞼結膜瘢痕と全周性に新生血管,角膜傍中心に混濁を認めた(図1~4).結膜.培養からCCorynebacteriumとCSerratiaが検出され,モキシフロキサシン点眼液を処方し,結膜充血は改善した(図5).1年後の再診時,再度右眼の充血を訴え,結膜.培養からClevo.oxacin-resistantCCoryne-bacteriumが検出された.感受性のあるセフメノキシム塩酸塩点眼液に変更し充血は改善した.SJSは全身性炎症性疾患で,粘膜や皮膚に影響を与える多系統炎症性疾患である.急性期には発熱などの感冒様症状の数日後に全身の皮膚に多形滲出性紅斑と水疱が,眼や口唇・口腔内などの粘膜移行部にびらんと出血が出現し,さらには爪囲炎を伴う.これらの症状はC4.6週間持続する.眼症状としては,急性期には皮疹,粘膜疹とほぼ同時に両眼性の重度の結膜充血,角膜上皮欠損,偽膜形成を生じる.慢性期には重度のドライアイ,眼球癒着,睫毛乱生,角膜上皮幹細胞疲弊症,角膜混濁などをきたし,著しい視力障害を伴うこともある.SJSでは慢性期の眼合併症が進行し失明に至ることもあり,眼表面の治療が非常に大切である.ドライアイには人工涙液の頻回点眼に加えて,ムチン産生亢進ならびに抗炎症作用を有するレバミピドや涙点プラグ,涙点焼灼,睫毛乱生には睫毛抜去や毛根切除,瞼縁の角化には口唇粘膜移植などで総合的に治療する.これらを放置すると眼表面の炎症,感染症,遷延性上皮欠損など生じて瘢痕性変化や角膜上皮幹細胞疲弊症,角膜混濁が進行する可能性がある.SJSでは眼表面炎症と眼表面感染症を生じやすいことに加え,メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(methicillin-resistantCStaphylococcusaureus:MRSA)またはメチシリン耐性表皮ブドウ球菌(methicillin-resistantStaphylococcusCepidermidis:MRSE)を保菌している場合があり,それが原因となって眼表面が悪化することがあるので注意を要する1).また,結膜.常在細菌であるCCorynebacteriumなどが起炎菌となることがある.通常では眼表面には常在微生物叢が存在し,眼表面の自然免疫が機能しているため病原性を有さないが,SJSなどの場合は自然免疫機構の破綻により病原性の低い常在細菌でも感染を生じる2).本症例では結膜.培養の結果,Corynebacteriumが検出され,適切な検査と抗菌薬使用で改善を得た.結膜.常在菌でもキノロンに対する耐性率は高く,慢性結膜炎の起炎菌になることがある3).眼後遺症を伴うCSJS患者の眼表面の常在菌を,次世代シークエンサーを用いてマイクロバイオーム解析で調べたところ,SJS患者は健常者と比較し眼表面の細菌の多様性が減少しており,常在細菌の構成も異なることがわかった.SJS患者ではCCorynebacterium属,Neisseri-aceae属,Staphylococcus属,および他の細菌の固有種が優勢なC4つのグループに分けられ,慢性期CSJSの眼表面の常在細菌の多様性が減少しているが,その中でもCorynebacterium属が多いと報告されている4).SJS患者の眼表面炎症,感染症において定期的な眼脂と結膜.培養の擦過を行い,キノロンなどの耐性菌の有無を把握し,適切な抗菌薬治療を行うことが重要である.そして眼表面の炎症管理,感染の発症予防を行い,感染症の発症時期に迅速に対応し治療することが大切である.文献1)外園千恵,上田真由美:Stevens-Johnson症候群の眼科的対処.アレルギー(日本アレルギー学会誌)C57:995-999,C20082)UetaM,KinoshitaS:Ocularsurfacein.ammationisregu-latedCbyCinnateCimmunity.CProgCRetinCEyeCResC31:551-575,C20123)荻原健太,北川和子,神山幸浩ほか:ディスク法で多剤耐性を示したコリネバクテリウム状グラム陽性桿菌が分離された前眼部感染症のC5症例の検討.あたらしい眼科C37:C619-623,C20204)UetaCM,CHosomiCK,CParkCJCetal:CategorizationCofCtheCocularCmicrobiomeCinJapaneseStevens-JohnsonCsyndromepatientsCwithCsevereCocularCcomplications.CFrontCCellCInfectMicrobiol11:741654,C2021