———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008833私が思うことシリーズ⑪(83)無痛無汗症とは無痛無汗症(congenitalinsensitivitytopainandanhidrosis)の患者さんの健診会に4年前から参加しています.無痛無汗症というのは,先天的に,痛みを感じることができず,汗をかくことができないという,まれな難病です.原因遺伝子は1996年に熊本大学小児科の犬童先生が報告されていて,nervegrowthfactorの受容体の一つであるTRKAの遺伝子異常であることがわかっています.TRKAが神経の発生過程で正常に機能しないため,温・痛覚を伝える無髄線維と小径有髄線維,および自律神経のなかの汗腺を支配する交感神経節後線維が欠失し,痛覚を欠損することになり,また汗をかくこととができなくなってしまいます.痛みを感じることは人にとって大切なこととはよく耳にしますが,この疾患はそのことをよく教えてくれます.痛みを感じないために,小さい頃から自傷行為などで足や手に骨折をくり返したり,舌を噛み切ったりしてしまいます.また汗をかけないために,乳児期から体温調節ができず,原因不明の発熱が初発症状となることが多くあります.健診会への参加無痛無汗症の患者さんは,全身的なケアが必要で,特に小児科,整形外科,歯科などでの継続的な診療を必要とします.国内の無痛無汗症の患者さんの親の会が年1回,患児たちの全身的な健康診断のために,健診会を兼ねたシンポジウムを開いています.健診会には,小児科,整形外科,歯科,発達心理,眼科など各科のドクターやパラメディカルの方々が参加し,患者さんたちは,34時間をかけて,各科の診療ブースを巡回していきます.健診会のあとには専門家による講演があり,この疾患に関して,さまざまな知識を得ることができます.縁あって,4年前からこの健診会にボランティアで参加しています.例年,東大眼科のドクターと視能訓練士の計56名がお手伝いに伺い,眼の検査や診察を担当しています.シンポジウムは東日本と西日本で交互に行っており,これまでは,山梨の石和温泉,神戸のしあわせの村,秩父などの施設で行われた健診会に参加してきました.眼科機械のメーカーや業者の方々にも無償でご協力いただき,スリット,視力検査機器,オートレフなどを運び込んでいただき,前眼部,後眼部を含めて,できる限り詳細な診察や検査を行ってきました.これまでご協力いただいた会社は,中央産業貿易,ニデック,興和,などです.この場をお借りして,感謝の意を表したいと思います.検査ではできる限り,視力,眼圧,細隙0910-1810/08/\100/頁/JCLS天野史郎(ShiroAmano)東京大学医学部眼科学教室1961年山口県生まれ,東京育ちです.専門は角膜疾患,角膜移植,角膜再生医療,屈折矯正手術などです.先日は第32回角膜カンファランス・第24回日本角膜移植学会を担当させていただきました.東京大学眼科のチーム角膜,事務担当の会社,協力企業などの皆様のおかげで学会は大成功でした.ご協力いただいた皆様に深謝申し上げます.学会を担当させていただいたことは,とっても楽しい,貴重な経験でした.(天野)無痛無汗症の患者さんの健診会▲健診会にはじめて参加したときのメンバー前列中央が健診会の世話人である聖母病院小児科の粟屋豊先生.———————————————————————-Page2834あたらしい眼科Vol.25,No.6,2008灯顕微鏡検査,眼底検査などを行い,さらに可能な場合は,角膜知覚検査,ドライアイ関連の検査,マイボーム腺観察などを行ってきました.患者さんは乳幼児を含めた若年者が大半であり,診察もなかなか大変です.視能訓練士の方々に活躍していただく場面が沢山あります.無痛無汗症の患者さんの眼科所見これまで延べ80名ほどの患者さんの診察を行ってきました.乳幼児期には特に異常所見はないのですが,6歳前後から点状表層角膜症が目立つようになってきます.ここから角膜感染症を起こしてしまい,自覚症状の少なさから治療が遅れて角膜混濁を強く残してしまう症例がみられます.角膜の合併症がなければ,通常は視機能の発達は問題ありません.検査所見として特徴的な点としては,まず角膜知覚が著明に低下している点です.去年,ニデックの協力により持ち込んだコンフォーカルマイクロスコープによる観察では,Bowman膜レベルで観察されるはずの神経線維叢がほとんどみられませんでした.角膜にあるはずの知覚神経がかなり欠損していると考えられました.涙液の検査ではSchirmerテストは正常範囲である一方,涙液のbreakuptimeが著明に短縮していることから,涙液蒸発亢進型のドライアイがあり,それが点状表層角膜症の原因の一つとなっていると考えられました.赤外線カメラと赤外線フィルターを用いた非接触型マイボグラフィーを開発して,無痛無汗症の患者さんのマイボーム腺を観察したところ,若い割にはマイボーム腺の短縮や脱落があり,これが涙液亢進型ドライアイの一因となっていると考えられました.角膜の知覚神経が減少していることから,neurotrophicfactorの欠損もまた角膜上皮へ影響を与えていることが予想されますが,詳細は依然不明です.無痛無汗症での角膜上皮障害の発生機序の解明にはさらなる研究が必要と思われます.無痛無汗症患者の眼科的異常に関してまとまった報告は過去に一つだけあります.砂漠の民であるベドウィン族にみられた無痛無汗症の患者の所見が,イスラエルのグループから1999年にAmJOphthalmolに報告されています.角膜潰瘍後と思われる角膜混濁が多くみられたことが報告されています.われわれが観察した角膜混濁と一致するものと思われますが,頻度は日本よりずっと多いようです.おそらく衛生状態がかなり違うためではないかと思います.われわれが気づいた角膜の異常以外にも,これまであまり検査してこなかった神経眼科学的な異常が潜んでいる可能性も大きいと思います.今後検討して行こうと考えています.おわりに無痛無汗症は,全身的には完治することのないむずかしい疾患ですし,眼の状態も簡単には治せないこともしばしばあり,それぞれの家庭でどのように対応していってもらえばよいか考えさせられることもあります.ただ,毎年,難病の子供たちやご家族の方々に少しでもお役に立てればと思い,健診会に継続して参加しています.今年は,10月12日(日曜日)の午後に宮城県岩沼市の施設で健診会が行われます.東大眼科から56名がお手伝いに伺う予定にしていますが,毎年人手が不足気味ですので,お近くに在住の眼科の先生や視能訓練士の方で,お手伝いしていただける方がいらっしゃるようでしたら,ぜひ天野(amanos-tky@umin.ac.jp)までご連絡ください.天野(あまの・しろう)1986年東京大学医学部卒業1986年東京大学眼科学教室入局1989年武蔵野赤十字病院眼科1995年ハーバード大学研究員1998年東京大学医学部講師2002年東京大学医学部助教授(84)☆☆☆