———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.25,No.10,20081405私が思うことシリーズ⑬(77)自分が医師になった動機は恥ずかしながら不明確です.学生時代は,ひたすら遊びました.今とつながる傾向としては,遊びのサークルを作り,ディスコを借り切ってダンスパーティー(当時はやっていた)を企画したりすることに喜びを感じていました.こう書くと活動的な人間にみえますが,当時5月病とよんだ状態を引きずった怠惰な生活でもありました.学生時代後半は,映画監督を志し,アマチュアで8mm短編を撮ったりしました.テレビ局を受け,TBSは年齢制限でひっかかり,日本テレビは筆記や第1面接は通りましたが,最終面接で落ちました.映画監督になりたいと正直に述べ,勘違い志望者と見なされたのでしょう.下積みの道も選べましたが,結局断念し,医師になりました.突破できなかった原因を探すと,中途半端な人間であったこと,出会いが足りなかったこと,情熱が足りなかったことなどがあげられます.ただ,少なくとも,何かを生み出す仕事をしたいという欲求はあったのだろうと思います.自分は新しいことに取り組むとき無上の喜びを感じます.2005年に京都大学にスペクトラルドメイン光干渉断層計(OCT)のプロトタイプがきたときは感動の毎日でした(図1).今から思うとプロトタイプですから,操作も大変ですし,しょっちゅう調子が悪くなりましたが,日々嬉々として機械の前に張り付いていました.この技術により世の中が少し変わると実感できるのが何より快楽でした.2003年に京都大の助手として戻ってからは,これまでやってきた生物学をやる気になれず,格好良く言いますと,人の病気を理解したいという想いに駆られ,「眼底の細胞を見ること」や「これまで対象とならなかった病変を治療する技術」を追い求めて,工学系の学会に足を運ぶ日々でした.当時ナノテクノロジーや光技術が注目され,国内のさまざまな目を見張るような技術を見学し,どう医療に生かすかを想像することは楽しかった.その暇があったことと,それを許した京都大の学風に感謝します.20032005年には,網膜静脈閉塞を治療する「網膜血管内治療用マイクロカテーテル」の開発を,振興調整費の助成を得て,産学協同研究開発を行うことができました.異分野の研究者やベンチャー企業の方と集まり,何かを起こそうと知恵を絞る日々は楽しかった.要素技術の開発に成果は出たが(http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu2/shiryo/001/07021516/009/002.htm,http://scfdb.tokyo.jst.go.jp/pdf/20031100/2005/200311002005er.pdf),前臨床の段階で止まっ0910-1810/08/\100/頁/JCLS板谷正紀(MasamoriHangai)京都大学大学院医学研究科眼科学1963年滋賀県生まれ,子供の頃より何か言って人を笑わせてやろう,人があっと言うことをやってやろう,という基本的欲求で今日まで生きてきた典型的な関西人です.何か一生懸命笑わせようとしゃべっている自分をみたら,今日は絶好調なんだと思ってください.趣味は眼底と手術,最近緑内障が好み.(板谷)私の現在の楽しみ図1スペクトラルドメイン光干渉断層計のプロトタイプに夢中な時代当科大学院生の後藤謙元先生と.プロトタイプ機は,筑波大COGと(株)トプコンによる.———————————————————————-Page21406あたらしい眼科Vol.25,No.10,2008ています.理由は,自分がスペクトラルドメイン光干渉断層計に夢中になり時間がなくなったこと,ベンチャー企業の経営が不安定であったことなどがあげられますが,何よりも医療技術は前臨床から臨床までもってくる過程が最も大変で多くの技術が「死の谷」に眠ってしまうのです.2005年より,熱望していた眼底イメージングプロジェクトを始めることができました.NEDO(新エネルギー・産業技術総合開発機構)の助成を得て,国内の技術者が集結し,産官学連携で眼底の細胞や酸素飽和度を観察できるイメージング技術の開発に取り組んでいます(http://www.nedo.go.jp/activities/portal/p05002.html).吉村長久教授の強いリーダーシップで4年目には成果が現れ,現在京都大学病院には視細胞が見えるadaptiveopticsSLO(AO-SLO)というプロトタイプがあります.いまだ眼科医には扱えぬ代物でたいへんですが,ニデック社の優れた研究者の方々と若い大音壮太郎助教,坂本篤助教の尽力で疾患眼の眼底の撮影に成功しています.今後どうなるかが現在の楽しみです.さらには網膜神経節細胞を可視化する特殊なOCTもTOP-CONAdvancedBiomedicalImagingLaboratory(TABIL;図2)でヒト眼への応用が佳境に入っており,もし見えたらたいへんなこととわくわくします.もう一つ,現在の楽しみがあります.HeidelbergEngineeringのSpectralisです.あのスペックルノイズを除去した美しい網膜断層像を見ることは,自分にとって快楽以外のなにものでもありません.日々疾患に発見があり楽しい.発見は論文に結びつくため,論文を書かねばという大学人としてのプレッシャーも軽減されてよい.また,医学と医療にも微々たるものであるが貢献していると思えることが医師として精神衛生上よい.ここまで書くと,順調に進んでいるように見えますが,無駄になった研究開発は数知れず,上記したプロジェクトも思うようにいかず事務的仕事だけ降りかかってきて嫌になることもありました.私は,映画監督にはなれませんでしたが,現在,眼科研究者としての楽しみがあります.学生時代と今との違いは,自分はもう眼科の世界しかないと思い切れたこと,新しいことをしたいという欲求に従ったこと,そのなかで良い出会いがたくさんあったこと,なのだと思っています.そして,これらのおかげで自分は変われたのです.では,今後の10年はどうするか?現在の楽しみは10年も続かないでしょうから,先々が心配です.しかし,後戻りはできません.自分の楽しみを若い人たちに伝えること,さらなる出会いを求めて異分野を探検し自分を変えること,などと考えることは簡単ですが,さてさて,この忙しい生活にその余裕が残っているかが最大の問題です.板谷正紀(はんがい・まさのり)1990年京都大学医学部卒業1997年南カルフォルニア大学ドヘニー眼研究所留学2000年神戸市立中央市民病院・副医長2003年京都大学医学部附属病院眼科・助手2005年京都大学大学院医学研究科眼科学・講師現在に至る(78)図2TOPCONAdvancedBiomedicalImagingLaboratory(TABIL)の方々と打ち合わせ左から秋葉正博先生,陳建培先生,福間康文所長,吉村長久教授,私.ヒトの網膜神経節細胞のイメージングへ夢が膨らむ.☆☆☆