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回折型眼内レンズ-症例報告

2007年2月28日 水曜日

———————————————————————-Page10910-1810/07/\100/頁/JCLSも7眼(19.4%)認められた.遠方矯正視力は36例全眼で0.7以上,1.0以上も9眼(25.0%)認められた(図1b).近方裸眼視力は1眼(2.8%)が0.3であったが,それを除く35眼(97.2%)で新聞活字を判別可能な0.4以上の視力が得られた(図2a).0.6以上の裸眼視力を得られたのは28眼(77.8%)で,1.0以上も4眼(11.1%)認められた.近方矯正視力は全眼で0.5以上,1.0以上は10眼(28.6%)であった(図2b).遠方矯正下近見視力は36眼全眼で0.4以上,32眼(88.9%)0.6以上,0.8以上22眼(61.1%),1.0以上6眼(16.7%)であった(図2c).屈折型多焦点眼内レンズでは,瞳孔径に依存して近方視力が不十分となることがあるため,術後近方視力0.4以上が得られるのは裸眼では30~94%,遠方矯正下ではじめに多焦点眼内レンズの挿入は,従来の単焦点レンズでは得られなかった遠方と近方の視力回復が同時に可能になることから,白内障患者の術後qualityoflife(QOL)への影響は大きいものと考えられる.回折型多焦点眼内レンズ・ZM900の術後成績を報告し,生活背景の異なる症例について,その有用性に関して報告する.I対象対象は2005年8月24日から2006年2月7日までに大木眼科にてAMO社製ZM900(TECNISTMMultifo-cal)を挿入した18例36眼で,年齢は29~76歳(平均54.3歳),性別は男性9例,女性9例である.患者選定基準は20歳以上,角膜乱視1.5D以下の両眼白内障患者で,本レンズと白内障に関するインフォームド・コンセントの後に,本レンズを使用する白内障手術を希望した患者である.上方強角膜切開の後,超音波乳化吸引術を施行し,本レンズを完全?内固定に挿入した.なお,眼内レンズの術後屈折度数は正視狙いとした.II結果1.視力術後6カ月の遠方裸眼視力は36眼全眼で0.5以上の視力が得られた(図1a).運転免許取得可能な0.7以上の裸眼視力を得られたのは31眼(86.1%)で,1.0以上(35)???*NaokoShimizu:大木眼科〔別刷請求先〕清水直子:〒171-0014東京都豊島区池袋2-17-1大木眼科特集●バイフォーカル眼内レンズあたらしい眼科24(2):169~175,2007回折型眼内レンズ─症例報告????????????????????????????????????????????????????清水直子*図1a遠方裸眼視力(6カ月):0.5以上0.7未満:0.7以上1.0未満:1.0以上7(19.4%)5(13.9%)24(66.7%):0.5以上0.7未満:0.7以上1.0未満:1.0以上27(75.0%)9(25.0%)図1b遠方矯正視力(6カ月)———————————————————————-Page2???あたらしい眼科Vol.24,No.2,2007は48~100%,0.6以上は裸眼では29~41%,遠方矯正下では34~59%と報告されている1~4).本レンズでは,0.4以上の近方裸眼視力は97.2%,遠方矯正下視力は100%,0.6以上の近方裸眼視力は77.8%,遠方矯正下視力は88.9%であり,非常に良好な近方視力を得ている.一方,従来の回折型多焦点眼内レンズでは,術後良好な視力を得るまでに時間がかかり,矯正視力が遠方,近方ともに低下する傾向があるのが欠点とされてきた5,6).しかし,本レンズの症例では,遠方,近方ともに,矯正視力は非常に良好であった.また,単焦点眼内レンズとの間で視力回復の速さにも差は感じられなかった.2.両眼視力術後3カ月の両眼での遠方裸眼視力は全例0.5以上,0.7以上が17例(94.4%),1.0以上が11例(61.1%)であった(図3a).遠方矯正視力は両眼では全例で1.0であった(図3b).近方裸眼視力は全例で0.4以上,0.8以上が15例(83.3%),1.0以上も4例(22.2%)認められた(図4a).遠方矯正下近見視力は全例で0.6以上,0.8以上17例(94.4%),1.0以上は6例(33.3%)であった(図4b).(36)表1遠方および近方両眼裸眼視力遠方視力近方視力0.5以上0.7未満0.7以上1.0未満1.0以上0.4以上0.8未満1110.8以上069:0.5以上0.7未満:0.7以上1.0未満:1.0以上18(100%)0図3b両眼遠方矯正視力(3カ月):0.5以上0.7未満:0.7以上1.0未満:1.0以上11(61.1%)1(5.6%)6(33.3%)図3a両眼遠方裸眼視力(3カ月):0.4以上0.6未満:0.6以上0.8未満:0.8以上1.0未満:1.0以上4(22.2%)1(5.6%)2(11.1%)11(61.1%)図4a両眼近方裸眼視力(3カ月):0.4以上0.6未満:0.6以上0.8未満:0.8以上1.0未満:1.0以上6(33.3%)1(5.6%)011(61.1%)図4b両眼遠方矯正下近見視力(3カ月):0.4以上0.6未満:0.6以上0.8未満:0.8以上1.0未満:1.0以上13(37.1%)10(28.6%)3(8.6%)9(25.7%)図2b近方矯正視力(6カ月):0.4以上0.6未満:0.6以上0.8未満:0.8以上1.0未満:1.0以上16(44.4%)6(16.7%)4(11.1%)10(27.8%)図2c遠方矯正下近見視力(6カ月):0.3以下:0.4以上0.6未満:0.6以上0.8未満:0.8以上1.0未満:1.0以上16(44.4%)4(11.1%)1(2.8%)7(19.4%)8(22.2%)図2a近方裸眼視力(6カ月)———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.24,No.2,2007???両眼視力は1例を除いて,15例(83.3%)が遠方0.7以上,近方0.4以上の視力を得た(表1).この視力は運転免許取得可能であり,近方視では新聞も判別可能な視力である.夜間運転や精密な近方作業も可能な遠方1.0以上,近方0.7以上の視力を得られた症例も9例(50.0%)認められ,さらに遠方,近方両方とも1.0以上という驚異的な見え方を示す症例も2例(11.1%)認められた.3.眼鏡使用状況術前は眼鏡を使用していない症例が3例で,それ以外の15例は眼鏡を使用しており,それらは遠用2例,近用9例,遠近両用8例,計19種類の眼鏡であった(表2).一方,術後は17例で眼鏡が不要になった.1例のみ遠用眼鏡を使用しているが,その眼鏡で近見視も十分に可能であり,近用眼鏡を新たに必要とする症例は認められなかった.従来の屈折型多焦点眼内レンズでは,眼鏡が一切不要になる症例は1/3程度であり,眼鏡が要らなくなるのではなく眼鏡の使用頻度が減少する眼内レンズであった2,4,6).それと比較すると,本レンズの結果は非常に良好であり,眼鏡からの解放を可能にする眼内レンズであると考えられた.4.ハロー,グレア,コントラスト感度眼内レンズ挿入眼では従来の単焦点眼内レンズ挿入眼においてもハロー,グレアの訴えがみられることがあるが,特に多焦点眼内レンズではその出現頻度が高く,7~8割程度に認めるという報告もみられる2~4).今回の症例においてはハロー,グレアはそれぞれ14例(38.9%),6例(16.7%)で(表3,4),従来よりも少なく,その程度もいずれも軽度であった.こちらから質問をして聞き出さない限りはハロー,グレアに関する愁訴は認められなかったことからも,その程度が軽微であったことが推察される.タクシー運転手の症例においても,軽度のハローの訴えはあるものの夜間運転に支障をきたすことはなかった.回折型多焦点レンズではコントラスト感度の低下が危惧されるが,本レンズの症例においては臨床上問題となるコントラスト感度の低下を認めた症例はなく,症例ごとによる個人差を認めたのみであった(図5).5.後発白内障多焦点眼内レンズ挿入眼は単焦点眼内レンズに比べ後発白内障に対しては敏感とされ,コントラスト感度低下にもつながるため,比較的早期に見にくさを訴える症例があると考えられれている.術後6カ月の時点で,後発白内障による視力低下のため12%の症例にYAGレーザーを施行したという報告もある7).本レンズは光学部がシリコーンレンズであり,後発白内障の問題は重要である.今回の症例では術後3カ月の時点で11眼(30.6%)に軽度の後?混濁を認めた.しかし,いずれも6~12カ月後に進行は認められず(図6),視力低下のため(37)表2眼鏡使用状況術前術後(6カ月)なし317遠方用21近方用90遠近両用80表3ハロー1週間1カ月3カ月6カ月なし32(88.9%)22(61.1%)22(61.1%)22(61.1%)軽度4(11.1%)14(38.9%)14(38.9%)14(38.9%)中等度0000重度0000合計36363636表4グレア1週間1カ月3カ月6カ月なし29(80.6%)30(83.3%)32(88.9%)30(83.3%)軽度7(19.4%)6(16.7%)4(11.1%)6(16.7%)中等度0000重度0000合計36363636———————————————————————-Page4???あたらしい眼科Vol.24,No.2,2007YAGレーザーを必要とした症例もなかった.後発白内障の発現についてはレンズ素材のみならず,眼内レンズのデザインが影響することから,本レンズのデザインの優秀性を示唆する結果とも考えられるが,今後の長期の観察が必用である.6.運転,読書乗用車,バイクなどの運転をする症例が18例中10例あり,うち1例はタクシーの運転手であった.いずれの症例も術後眼鏡装用なしで運転が可能であった.ハロー,グレアはそれぞれ6例,2例に訴えがあったが,運転に支障をきたしている症例は認められなかった.多焦点眼内レンズの適応について,コントラスト感度低下やハロー,グレアの問題から,夜間運転者に対しては適応に関し慎重を要するとする意見が多い2,5~7)が,今回経験したタクシー運転手の症例では,軽度ハローを認めたものの,夜間運転にも支障はないとのことであった.長時間読書をする症例は8例であった.写植をしている症例,視覚障害者に朗読するボランティアをしている症例,大学教員の症例など,職業的に長時間活字を見る症例も4例あった.視覚障害者に朗読するボランティアの症例のみ術後眼鏡を必要としたが,それは乱視矯正の遠用眼鏡で,それのみで近方視も可能であった.そのほかの症例も,近見時に特に近用眼鏡が必要になった症例はなかった.III症例〔症例1〕28歳,男性,元プロボクサー.術前:視力VD=0.4(0.4×cyl+1.0DAx90?)(38)図6術後前眼部写真図5コントラスト感度28歳69歳71歳———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.24,No.2,2007???VS=0.1(0.1×cyl+1.0DAx90?)眼鏡使用なし術後:視力遠方VD=0.8(1.2×cyl+1.0DAx80?)VS=0.9(1.2×cyl+1.25DAx80?)近方VD=0.7(1.0×cyl+1.00DAx80?)遠方矯正下1.0VS=0.6(0.9×cyl+1.25DAx80?)遠方矯正下0.9両眼視力遠方裸眼視力1.0,近方裸眼視力0.9,遠方矯正下近見視力1.0.眼鏡使用なし,ハロー(-),グレア(-).瞳孔径右眼明所遠方4.14,近方3.98,暗所遠方5.34,近方5.37.左眼明所遠方3.91,近方3.44,暗所遠方4.94,近方4.67.術後良好な視力が得られ,運転免許を取得し,就業することができた.運転,読書時を含め,眼鏡装用の必要はなく,運転時のハロー,グレアの訴えも認められない.「非常に良い」という患者評価が得られた.本症のように術前に老視の経験のない若年者では,従来の単焦点眼内レンズ挿入では視力は回復するが調節力は消失してしまうため,高齢者に比べ就業者も多いことから術後のQOLに対する問題点は少なくない.ZM900を挿入した本症例は術後遠方,近方視力ともに良好な視力が得られ,ハロー,グレアの訴えもなかった.ごく軽度の後?混濁は認めるものの術後1年経過後も進行はみられず,術後コントラスト感度も良好であった.屈折型多焦点眼内レンズは年齢に伴う瞳孔径の減少に伴い,多焦点機能の減弱が懸念されている8)が,本レンズは瞳孔径に左右されないため,長期的に良好な多焦点機能が期待できると考えられることからも,調節力の消失を懸念する若年白内障患者への期待は大きいものと推察される.〔症例2〕55歳,男性,タクシー運転手.術前:視力VD=0.05(0.7×-3.75D)VS=0.05(0.9×-4.0D)遠近両用眼鏡使用術後:視力遠方VD=0.9(1.2×-0.25D)VS=0.9(1.2×cyl-0.5DAx130?)近方VD=1.2(n.c.)遠方矯正下1.2VS=1.2(1.2×+0.25Dcyl-0.5DAx130?)遠方矯正下1.2両眼視力遠方裸眼視力1.0,近方裸眼視力1.0,遠方矯正下近見視力1.2.眼鏡使用なし,ハロー軽度(+),グレア(-).瞳孔径右眼明所遠方2.18,近方1.90,暗所遠方3.71,近方2.67.左眼明所遠方2.35,近方2.10,暗所遠方3.73,近方2.74.多焦点眼内レンズの適応について,コントラスト低下やハロー,グレアの問題から,タクシーなどの職業運転者や夜間に自動車を運転する習慣のある患者に対しては慎重を要するとする意見が多いが,本症例では十分なインフォームド・コンセントの後,患者の希望により本レンズを挿入した.術後非常に良好な視力が得られ,運転も眼鏡なしで可能である.ハローの訴えが軽度あるものの,夜間のタクシー運転にも支障はなかった.また,運転時に車のメーターを見たり車内での代金の受け渡しをしたりするなどの,薄暗い中での近方,中間距離の見え方も非常に良好であり,「非常に良い」という患者評価が得られた.本症例は瞳孔径が比較的小さいことが幸いした可能性もあるが,非常に良好な結果が得られ,本レンズは職業運転者に対しても適応を広げていける可能性を有する多焦点眼内レンズであると考えられた.〔症例3〕69歳,男性,溶接工.術前:視力遠方VD=0.1(0.8×-0.75Dcyl-1.00DAx140?)VS=0.2(0.3×+0.50Dcyl-1.50DAx110?)近用,遠近両用眼鏡使用,仕事(溶接)の際には,その上に保護マスクを使用.術後:視力遠方VD=0.8(0.8×cyl-0.75DAx160?)VS=1.0(1.0×cyl+0.75DAx170?)近方VD=0.6(0.8×+0.5Dcyl-0.75DAx160?)遠方矯正下0.5VS=0.6(0.9×+0.5Dcyl+0.75DAx130?)遠方矯正下0.5(39)———————————————————————-Page6???あたらしい眼科Vol.24,No.2,2007両眼視力遠方裸眼視力1.0,近方裸眼視力0.8,遠方矯正下近見視力0.9.眼鏡使用なし,ハロー(-),グレア(-).瞳孔径右眼明所遠方2.57,近方2.40,暗所遠方4.04,近方3.67.左眼明所遠方2.56,近方2.18,暗所遠方4.17,近方3.94.術前,溶接の際に近用眼鏡と保護マスクを併用しなければならないことに不自由を感じていたが,術後は良好な視力が得られ,保護マスクのみで溶接を行うことができるようになった.また,溶接の炎を見てもハロー,グレアは見られず,まったく問題ないとのことであった.「非常に良い」という患者評価が得られた.溶接業務のように眼前に保護マスクを装着して精密な近見作業を行う職業では,良好な近方視力と眼鏡からの解放は患者のQOLに与える影響は大きく,本レンズはその期待に応えうるものであったと考えられる.〔症例4〕73歳,女性,美容師.術前:視力VD=0.4(n.c.)VS=0.6(0.7×cyl-1.0DAx40?)眼鏡使用なし.術後:視力遠方VD=1.2(n.c.)VS=1.2(n.c.)近方VD=0.6(n.c.)遠方矯正下0.6VS=0.6(n.c.)遠方矯正下0.6両眼視力遠方裸眼視力1.5,近方裸眼視力0.7,遠方矯正下近見視力0.7.眼鏡使用なし,ハロー(-),グレア(-).瞳孔径右眼明所遠方3.38,近方2.46,暗所遠方4.40,近方3.53.左眼明所遠方3.14,近方3.62,暗所遠方4.17,近方4.41.この症例は美容師という職業柄,ハサミによる髪切と鏡によるスタイルの確認など遠方視と近方視を交互に行わなければならない.通常の遠見,近見視とは違い,細かく視線を動かすことが多いため,術前には遠近両用眼鏡の使用が困難であることを訴えていた.ZM900挿入により術後良好な視力が得られ,眼鏡使用なしで遠近同時作業が支障なく行えるようになり,「非常に良い」という患者評価が得られた.症例3,4のように,職業的に眼鏡の使用が困難であるような症例に対し,本レンズは視力回復だけでなく,眼鏡からの解放が可能であり,非常に有益であると考えられる.〔症例5〕69歳,女性,ボランティアで視覚障害者に朗読をしている.術前:視力VD=0.3(0.6×-0.75Dcyl-1.00DAx50?)VS=0.2(0.4×-1.50Dcyl-1.00DAx145?)遠近両用眼鏡使用術後:視力遠方VD=0.9(n.c.)VS=0.8(cyl-1.00DAx155?)近方VD=0.6(0.7×+0.75D)VS=0.5(0.6×+0.75Dcyl-1.00DAx155?)両眼視力遠方裸眼視力0.7,近方裸眼視力0.6,遠方矯正下近見視力0.8.遠用眼鏡(乱視用)使用,ハロー(-),グレア(-).瞳孔径右眼明所遠方2.59,近方2.51,暗所遠方4.27,近方3.95.左眼明所遠方3.42,近方2.67,暗所遠方4.14,近方4.13.術後乱視矯正の遠用眼鏡のみを装用しているが,読書,朗読など長時間の近見時にも近用眼鏡は必要としていない.今回の本レンズ挿入症例のなかで,唯一術後眼鏡を使用している症例であるが,「本当は眼鏡を掛けなくても見えるけれども,皺が目立つので掛けている」という美容上からの理由であり,「非常に良い」との患者評価が得られた.長時間の読書や朗読を行うという生活背景のある患者に対しても,本レンズのもたらす近方視力は十分その要望に応えうるものであり,本症例のように眼鏡を使用する場合でも遠方用眼鏡のみで近方作業が行える点は,従来の単焦点レンズとは明らかに一線を画する眼内レンズであると考えられる.(40)———————————————————————-Page7あたらしい眼科Vol.24,No.2,2007???(41)おわりに回折型多焦点レンズ・ZM900を挿入した18例36眼の術後成績と,年齢や生活背景の異なる5症例につき職種上の有用性を報告した.回折構造を有する回折型多焦点眼内レンズは,機能的には遠方と近方の2点での良好な視力を目指したバイフォーカル眼内レンズと考えられ,今回の術後成績は,本レンズが幅広い年齢層,多様な職種にわたり有用性を発揮する可能性を強く示唆するものと考えられる.文献1)戸田由美子,徳田晶子,南部典彦ほか:多焦点眼内レンズ(AMOArray?PA154N)の視機能.????????13:92-97,19992)磯貝由美,佐藤友香,加地秀ほか:屈折型多焦点眼内レンズ挿入後の患者の視機能と日常生活における満足度.日本視能訓練士協会誌29:211-215,20013)山田慎,栗原秀行,矢那瀬淳一ほか:AMO社製ARRAY屈折型多焦点眼内レンズの使用経験.????????13:35-40,19994)小野英尚,佐々木克哉,白木邦彦:屈折型多焦点眼内レンズの術後成績と患者満足度.????????19:441-445,20055)江口秀一郎:多焦点IOL.????????16:37-40,20026)江口秀一郎:多焦点眼内レンズと問題点.眼科手術14:197-201,20017)佐々木淳子,岩切玉代:屈折型多焦点眼内レンズ.眼臨92:156-160,19988)庄司信行,清水公也:屈折型多焦点眼内レンズの術後成績と適応.臨眼53:259-263,1999

回折型眼内レンズの術後成績

2007年2月28日 水曜日

———————————————————————-Page10910-1810/07/\100/頁/JCLSmm,近用加入度数は+4.0Dとなっている.その特筆すべき点は,AMO社製Z9000単焦点IOL同様,レンズ前面の光学表面を球面収差が最小となるような非球面構造‘Modi?edPROLATE?surface’をもつことであり,これにより散乱光で誘発されるコントラストの喪失を最低限まで抑えることが期待される(図2).II対象となる症例回折型多焦点IOLの対象となる症例は,術後遠方視力が0.7以上を期待でき,正視狙いを目標としている場はじめに遠方視,近方視とも眼鏡に依存せずにすむようになることを目的として多焦点眼内レンズ(IOL)が1986年に初めて使用されてから,いくつもの多焦点IOLと単焦点IOLの比較がなされ報告されてきた1,2).多焦点IOLには屈折型と回折型があるが,それぞれに特徴があり,屈折型は良好な遠方視力が得られるが,近方視がその構造上,瞳孔径に依存すること,夜間のハローやグレアがでやすいことが知られている3).回折型は瞳孔径に依存せず近方視が得られるが,階段状の段差を有する回折現象により,2カ所に焦点が形成され,入射光の41%ずつが遠用,近用に分配され,残り18%が回折により失われるためコントラスト感度の低下が大きな問題であった4).これまで臨床上はコントラスト感度の低下を懸念して,屈折型が市場では主流であった感がある.しかし,新世代の回折型多焦点IOLでは光学部のデザインの改良によりコントラスト感度の低下が低減されてきており,再び注目されるようになっている5).本稿では,新世代の回折型多焦点IOL,おもにAMO社製TEC-NISTMMultifocal(ZM900)の臨床結果について述べたい.I非球面回折型多焦点IOL(AMO社製TECNISTMMultifocal・ZM900)AMO社製TECNISTMMultifocal(ZM900)(図1)は回折型多焦点IOLで,材質はシリコーン製,光学部径6.0(29)???*KunihikoNakamura:たなし中村眼科クリニック〔別刷請求先〕中村邦彦:〒188-0011西東京市田無3-1-13ラ・ベルドゥーレ田無1Fたなし中村眼科クリニック特集●バイフォーカル眼内レンズあたらしい眼科24(2):163~167,2007回折型眼内レンズの術後成績??????????????????????????????????????????????????????????????中村邦彦*図1AMO社製TECNISTMMultifocal(ZM900)回折型多焦点IOLで,材質はシリコーン製,光学部径6.0mm,近用加入度数は+4.0Dとなっている.———————————————————————-Page2???あたらしい眼科Vol.24,No.2,2007合である.角膜乱視1.5D以上の場合は,遠方視時,近方視時とも眼鏡に依存する可能性が高くこのIOLの特性を十分に発揮できないので避けたほうがよい.また,他眼に単焦点のIOLが挿入されている場合も避けたほうがよい.瞳孔径は,屈折型多焦点IOLでは良好な近方視を得るために非常に重要であったが,回折型多焦点IOLでは近方視は瞳孔径に依存しないのであまり考慮しなくてもよい.このような条件のもとにZM900を挿入した症例について,術後3カ月以降に遠方視力(裸眼,矯正),近方視力(裸眼,遠方矯正,矯正),両眼視力(遠方および近方),最良近方距離,焦点深度,コントラスト感度,グレア,ハロー,眼鏡装用状況,満足度について観察した.III視力遠方視力は,裸眼で72%が1.0以上で,全例が0.6以上,矯正は94%が1.0以上で,全例0.9以上であった(図3).近方視力は,裸眼で85%が0.6以上,全例が0.4以上で,矯正は92%が0.8以上,全例0.7以上,そして遠方矯正下近方視力は89%が0.7以上,全例0.4以上であった(図4).両眼の遠方視力は裸眼,矯正とも全例0.9以上,近方視力は裸眼,遠方矯正下とも全例0.6以上であった(図5,6).(30)図2Modi?edPROLATE?surfaceレンズ前面の光学表面を球面収差が最小となるような非球面構造.Di?ractivepattern+4.0DAddPosteriorAnteriorModi?edPROLATE?surface32annularringsofequaldistributionandheight図3遠方視力1.5以上1.2以上1.0以上0.9以上0.8以上0.7以上:遠方裸眼視力:遠方矯正視力(視力)(%)1009080706050403020100図5両眼の遠方視力2.0以上1.5以上1.2以上1.0以上0.9以上:遠方裸眼両眼視力:遠方矯正両眼視力(視力)(%)1009080706050403020100図4近方視力1.2以上1.0以上0.9以上0.8以上0.7以上0.6以上0.5以上0.4以上:近方裸眼視力:遠方矯正下近方視力:近方矯正視力(視力)(%)1009080706050403020100———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.24,No.2,2007???この結果を遠方と近方視力について,同様のレンズ前面に光学表面を球面収差が最小となるような非球面構造をもつAMO社製Z9000単焦点IOLの結果と比較してみた.遠方裸眼,遠方矯正,近方矯正には差がなかったが,近方裸眼,遠方矯正下近方では有意にTECNISTMMultifocal(ZM900)回折型多焦点IOLの視力が良好であった(unpaired?-test,p<0.001)(図7,8).IV最良近方距離最良近方距離は,28cmから39cmの間に分布しており,平均33.3±3.9cmであった.日本人の近方視の距離が30cm程度といわれているので,これは理想的な距離であると思われる.V焦点深度曲線焦点深度曲線は図9のように,0Dと-3.0Dの2カ所にピークができる二峰性となった.この結果は前述の良好な遠方と近方視力の結果を支持するものである.図では単焦点IOLと屈折型多焦点IOLの結果も同時に示してあるが,単焦点IOLでは単峰性,屈折型多焦点IOLでは二峰性となるが,近方視での焦点深度のピークは回折型多焦点IOLより低くなっている.回折型多焦点IOLでは近方視がとても良好であることになるが,その一方で焦点深度曲線は際立った二峰性となるので,中間距離においての見にくさを訴える可能性があると思われた.VIコントラスト感度さて回折型多焦点IOLでは最も懸念されてきたコン(31)図6両眼の近方視力1.2以上1.0以上0.9以上0.8以上0.7以上0.6以上:近方裸眼両眼視力:遠方矯正下近方両眼視力(視力)(%)1009080706050403020100矯正裸眼0.1単焦点単焦点多焦点多焦点1.00.11.01.041.071.321.37図7多焦点IOLと単焦点IOLの比較(遠方視力)裸眼,矯正視力とも,両群間に有意差はなかった.図8多焦点IOLと単焦点IOLの比較(近方視力)裸眼,遠方矯正下では有意に多焦点IOLの視力が良好であった(unpaired?-test,p<0.001).矯正単焦点多焦点0.11.00.930.98遠方矯正下単焦点多焦点*p<0.0010.11.00.800.20**裸眼単焦点多焦点0.11.00.690.20図9焦点深度曲線0Dと-3.0Dの2カ所にピークができる二峰性となった.単焦点IOLでは単峰性,屈折型多焦点IOLでは二峰性となるが,近方視での焦点深度のピークは回折型多焦点IOLより低くなっている.21.510.50-1.5焦点深度(D)-2-0.5-1-2.5-3-3.5-4-4.5-50.10.51.0視力:単焦点:屈折型多焦点:回折型多焦点———————————————————————-Page4???あたらしい眼科Vol.24,No.2,2007トラスト感度については全周波数において正常範囲内であったが,単焦点IOLとの比較では,18cycleperdegree(cpd)でのみ有意に多焦点IOLのほうが低い結果となった(unpaired?-test,p<0.05)(図10).しかし,過去に報告された球面回折型多焦点IOL(3M社製)の結果との比較では全周波数において良好であった.またこの結果は,屈折型多焦点IOLと比較しても遜色がないものと思われた.VIIグレア・ハローグレアについては,自覚のなかったものが83%,軽度の自覚が17%,ハローについては,自覚のなかったものが78%,軽度の自覚が22%,中等度,重度の自覚があったものはなかった(図11).過去にも報告されているとおり,屈折型多焦点IOLではグレア,ハローの自覚が少なくなく,時にスターバーストとよばれる強いグレアにより不快感を覚える患者もいるが,これに比べ(32)て回折型多焦点IOLではあまり自覚されない.今回の結果も同様で,グレア,ハローは回折型多焦点IOLではあまり問題とならないようであった.VIII眼鏡装用率日常生活において眼鏡を装用しているものはまったくなかった.しかし,パソコン操作時,ピアノの楽譜を見るときに使用していると答えた患者が各1名あった.これはどちらも読書などと違い中間距離に相当すると思われ,前述の焦点深度の結果のとおり中間距離においてやや難点があるのかと思われた.しかし,前述の焦点深度の結果では,屈折型と比較して中間距離の焦点深度が劣るわけではないので,相対的に自覚するためであると思われた.IX患者満足度満足度については,大変良い,良い,悪い,非常に悪い,の4段階で評価してもらったが,全例が良いか,大変良いで不満を訴えたものはなかった(図12).屈折型図10コントラスト感度全周波数において正常範囲内であったが,18cycleperdegree(cpd)でのみ有意に単焦点IOLより低かった(unpaired?-test,p<0.05).点焦単点焦多3(点焦多)M図11グレア・ハローグレア,ハローとも,中等度,重度の自覚があったものはなかった.軽度17%なし83%中等度,重度0%グレアの自覚軽度22%なし78%中等度,重度0%ハローの自覚図12患者満足度(良い,非常に良い,悪い,非常に悪いの4段階)全例が良いか,大変良いで不満を訴えたものはなかった.良い10例非常に良い8例悪い,非常に悪い0%———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.24,No.2,2007???(33)多焦点IOLでは,近見の見え方に物足りなさを訴える例が少なくない.術後長期の結果で評価してもらったわけではないが,これは良好な近見視力を反映したものと思われる.X非球面回折型多焦点IOL(Alcon社製ReSTOR?)海外ではすでに市場に出回っているAlcon社製ReSTOR?(SD60)は,アクリル製の回折型多焦点IOLで,TECNISTMMultifocal(ZM900)同様,光学部径6.0mm,近用加入度数は+4.0Dとなっている(図13).光学特性を改善するため光学部中央3.6mmにappodiza-tionと称されるシステムを加えた回折型,その周囲が単焦点デザインのアクリル製シングルピースである.焦点深度曲線は0Dと-3.0Dの2カ所にピークができる二峰性となり,最良近方距離の平均は27.48~27.58cmでTECNISTMMultifocal(ZM900)とほぼ同様の特性をもつ.両眼視時の裸眼遠方視力が0.7以上,かつ裸眼近方視力が0.4以上であった症例が88.1%,術後1年で眼鏡を必要とした症例は7.5%で良好な遠方視力と近方視力が得られ眼鏡依存度が低下している.また遠方視時のコントラスト視力も単焦点IOLと有意差を認められていない.おわりに多焦点IOLは,収差を増しているだけで,遠くも近くも見えるレンズではなく,遠くも近くもあまりよく見えないレンズなどといわれることもあった.コントラスト感度の低下から一度は葬られかけていた回折型多焦点IOLが光学特性の改良によって,本当に遠くも近くもよく見えるレンズであるとして,再び脚光を浴びてきているのはある意味感慨深いものがある.しかし今回の症例は-1.5D以下の症例に限られており,良好な結果を得るには角膜乱視への対処,またより精密なIOLパワーの決定が必要不可欠と思われる.患者の期待度が高くなる分,術者の負担も大きくなることが予想されるIOLであるが,今後の展開が注目される.文献1)AllenED,BurtonRL,WebberSKetal:Comparisonofadi?ractivebifocalandamonofocalintraocularlens.????????????????????????22:446-551,19962)PercivalSPB,SettySS:ProspectiverandomizedtrialcomparingthepseudoaccommodationoftheAMOARRAYmultifocallensandamonofocallens.???????????????????????19:26-31,19933)WalkowT,LiekfeldA,AndersNetal:Aprospectiveevaluationofadi?ractiveversusarefractivedesignedmultifocalintraocularlens.?????????????104:1380-1386,19974)PiehS,WeghauptH,SkorpikC:Contrastsensitivityandglaredisabilitywithdi?ractiveandrefractivemultifocalintraocularlenses.???????????????????????24:659-662,19985)ChiamPJT,ChanJH,AggarwalRKetal:ReSTORintra-ocularlensimplantationincataractsurgery:Qualityofvision.???????????????????????32:1459-1463,2006図13Alcon社製ReSTOR?(SD60)回折型多焦点IOLで,光学部径6.0mm,近用加入度数は+4.0Dである.光学部中央3.6mmが回折型,その周囲が単焦点デザインのアクリル製シングルピースである.

回折型眼内レンズの術前後の検査と注意点

2007年2月28日 水曜日

———————————————————————-Page10910-1810/07/\100/頁/JCLS良好な視力を望んでIOLを挿入しても,乱視があるために眼鏡による矯正が必要になったのでは本来の目的からずれてしまう.白内障眼では乱視には角膜乱視と水晶体乱視の要素があるので,純粋な角膜乱視に注目する.当院において回折型IOLを挿入した例の角膜乱視の度数と裸眼視力を図1に示す.通常の単焦点IOLでも同じであるが,裸眼視力の面から角膜乱視は1.5D,できれば1D以内とする.近年の小切開あるいは極小切開では手術によって生じる乱視は軽減したが,術者自身の切開方法や切開位置による乱視への影響も考慮する.乱視例については,欧米ではLRI(limbalrelaxinginsicon)という切開法での調節や,IOL挿入後しばらくしてからLASIK(laser???????keratomileusis)で乱視矯正を行っている施設がある.はじめに多焦点眼内レンズ(IOL)は,術前および術後検査がむずかしい,あるいは時間がかかるといわれている.術後に良好な遠方および近方裸眼視力を得るためには,適応判断のみでなく,正確な術前検査が必要である.また,挿入後の視機能を判断するうえで,さまざまな検査法がある.現在,屈折型IOLのみが承認を受けている1)が,近い将来,回折型の使用が可能になるであろう.多焦点IOLという名称が広く使われているが,回折型においては,明らかに遠方と近方の2点に焦点が合う,二焦点あるいはバイフォーカルIOLである.多くの施設では,術前,術後の視力検査をはじめとする視機能検査,IOL度数検査を視能訓練士が行っている.本稿では,当院において視能訓練士が担当している回折型IOL挿入例の術前および術後検査において,どのような点に注意すべきかを述べる.I術前検査1.術前検査の流れ通常の単焦点IOLと同じ検査の流れである.回折型IOLを希望する場合,術前乱視,瞳孔径(屈折型),IOL度数決定が重要なポイントである.2.角膜曲率半径,角膜形状解析検査回折型IOL挿入後,良好な遠方および近方視力を得るには,角膜乱視が重要である.せっかく眼鏡なしでの(23)???*ShinichiOhki:東京歯科大学水道橋病院眼科〔別刷請求先〕大木伸一:〒101-0061東京都千代田区三崎町2-9-18東京歯科大学水道橋病院眼科特集●バイフォーカル眼内レンズあたらしい眼科24(2):157~161,2007回折型眼内レンズの術前後の検査と注意点???-????????-???????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????大木伸一*10.250.50.751.51.251.2術後視力術前角膜乱視(D)1.00.80.6図1角膜乱視と術後裸眼視力———————————————————————-Page2???あたらしい眼科Vol.24,No.2,20073.視力検査術前は,通常の単焦点IOLと同様である.白内障があるため,近方視力の測定は困難だが,日常生活において,どの距離で読書をしたりするのかは確認しておくとよい.回折型IOL挿入後の近方視の最適距離は30cm前後である.近視が強い例では,かなり近づけて字を読む,逆に遠視例では多少離して読む習慣があるので,IOL挿入後の最適距離が変わる可能性は説明が必要となる.4.IOL度数検査IOL度数検査は,回折型IOL挿入例における術前検査で最も重要ともいえる.術後に眼鏡が必要なくなることを目的として挿入するのであるから,IOLの度数が合わず,術後に遠視や近視になってしまうと,当然,近方視力も低下するため,問題は倍増してしまう.等価球面度数で0.5D以内の精度が問われる.近年開発されたレーザー干渉法を用いて眼軸長を測定するIOLマスター?は,その測定精度が高いことが報告されている2).非接触型で涙液表面から網膜色素上皮までを測定しているため,従来使用していたAモードより眼軸長が長く測定される.このため,通常使用しているIOL製造会社が推奨するA定数をそのまま入力すると,遠視化する可能性がある.IOLマスター?のA定数が表記されているホームページ(http://www.augenklinik.uni-wuerzburg.de/eulib/index.htm)は各IOLのA定数を更新しているので確認しておくとよい.参考までに,代表的な屈折型および回折型IOLのメーカー推奨のA定数とIOLマスター?のA定数を表1に示す.術者によりA定数を調整することは,すでに行われているが,Aモードと両者の検査を行っている場合,その差を知っておくのも良い.また,混濁の強い白内障ではIOLマスター?で測定できないことがある.この場合は,従来のAモードに頼るしかないが,前にも述べたように,両者での測定結果を比較しておくと便利である.今後,強度近視や遠視例への適応が広がることが予想されるが,当科において強度近視例ではおおむね良好な結果を得ているが,今後,長眼軸長または短眼軸長例へのA定数の最適化が望まれる.IOLマスター?では術後の屈折度数を入力して,各術者のA定数を調整するプログラムも含まれているので,これを利用するのもよいであろう.5.瞳孔径ここで述べる回折型IOLは,近方視力が症例の瞳孔径に依存しないのが大きな利点で,術前の瞳孔径検査は必要ない.わが国で承認を受けているArray?レンズ,あるいはこれから出てくるReZoomTMレンズは屈折型であるので,瞳孔径検査についても簡単に述べる.どちらのIOLも,遠用,近用ゾーンが順に並んだ同心円デザインである.中心の直径2.1mmが遠用ゾーン,そこから3.4mmが近用ゾーン,そのまわりが遠用と5つのゾーンになっている.近方視力は近方視時に瞳孔径が近用ゾーンに満たないと効果がでない.実際には瞳孔径が2.2mm以上必要である.瞳孔径測定はHaab瞳孔計が多くの施設で使われているが,このような0.1mm単位の瞳孔径を測定するには精度が劣る.当科では,電子瞳孔計FP-10000を用い,両眼開放下で日常生活に近い条件での瞳孔径を測定している.白内障年齢層では近方視時の瞳孔径は若年者に比べ小さいこと,術後の瞳孔径が小さくなる傾向も考慮する.II術後検査1.視力検査a.遠方視力遠方視力は単焦点IOLと同様,裸眼と矯正を測定する.オートレフラクトメーターが遠方か近方のどちらで測定しているかわからないこと,また,乱視度数や軸も(24)表1IOLマスター?用A定数レンズ種類メーカー推奨A定数IOLマスター?用A定数(SRK/T)Array?SA40(AMO社)屈折型118.0117.9ReZoomTMNXG1(AMO社)屈折型118.4118.8TECNISTMMultifocalZM900(AMO社)回折型119.0119.8ReSTOR?SA60D3(Alcon社)回折型118.1118.5———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.24,No.2,2007???参考にならないことがあるので注意する.まず,オートケラトメーターなどで角膜乱視を測定する.この乱視を参考に球面度数を調整していくのが良い.裸眼視力検査での注意点だが,症例によっては0.6から0.8で読むペースが一時落ちる.後述する高周波領域でのコントラスト感度の低下が影響している可能性があるが,少し時間をおくと,そこから1.2まで問題なく見える.実際に視力測定をしていて,この点を理解しているか否かで視力結果がかなり異なる.b.近方視力裸眼遠方視力が良好な例は,当然,近方視力も良好である.回折型IOL挿入後では,近方視力がだいたい0.7ぐらいなのを知っておくと,検査がスムーズである.角膜乱視や度数ずれがあると,当然裸眼視力は低下するが,遠方矯正下近方視力は良好である.回折型IOL挿入例では,最初のうちは,裸眼,遠方矯正,完全矯正の3種の近方視力測定をする.視力測定をする者が,回折型IOLが挿入されていることを知らず,通常の単焦点IOLのように+3Dのレンズを付加して近方視力を測定しても,遠方の焦点を近方に合わせて視力は出てしまうので注意する.c.両眼視力回折型IOLは両眼挿入により,視力やコントラスト感度が上昇する傾向にある.両眼挿入例では,両眼の遠方および近方視力測定をすすめる.d.中間視力遠方と近方に加え,50cm(はんだや製50cm近点視力表,図2)または1m視力表(はんだや製新井氏1M視力表,図3)がある.後で述べるように中間が見えにくいと訴える場合,この視力測定が参考になる.また回折型IOLは焦点が2つあるため,レンズをマイナス加入したものとプラス加入したもの,2種類のレンズで中間視力の測定が必要となる.2.コントラスト感度回折型IOLの特徴として,コントラスト感度は正常範囲内の症例が多いが,高周波領域でのコントラストが低下する傾向にある.コントラスト感度測定はいろいろな機種がある.明所または暗所,遠見または近見が測定可能なもの,光源の調整でグレアのあるなしが測定できるものがある.来院時に毎回測定する必要はないが,当科では術後1カ月以降で測定している.視力は良好なのに,何となく見えにくいという訴えのある例ではコントラスト感度が通常より低下していないか調べる.視力検査でも述べたように,両眼挿入例では両眼でのコントラスト感度検査をする.多くの症例で両眼における結果は良好である.(25)図250cm近点視力表図3新井氏1M視力表———————————————————————-Page4???あたらしい眼科Vol.24,No.2,20073.焦点深度焦点深度検査は,どの程度の度数きざみで測定するかによっても異なるが,検査時間および患者への負担を考慮し,全例行う必要はない.しかし,回折型IOLの特徴を理解するうえで重要な検査なので,導入する場合は必ず何例か行うべきである.当科では,プラスレンズおよびマイナスレンズを0.5Dきざみに,プラス側は2Dまで,マイナス側は6Dまで行っているが,片眼で約10分間必要である.実際には図4のような用紙に,その度数ごとの視力を記載し,グラフ化することで曲線の特徴がわかる.単焦点はピークが遠方のみであるが,屈折型および回折型では二峰性である3).ここで述べている回折型では,±0Dおよび-3Dに屈折型よりも明らかなピークがある.4.グレア,ハローグレア,ハローはモニター画面を用いて検査する方法があるが,通常は問診である.問診では光源を見たときにグレアやハローがない,気にならない程度だがわずかにある,気になるが日常生活に支障がない,日常生活に支障があるなどの程度分類が一般的である.屈折型ではこちらから尋ねなくても,患者自身がグレアやハローを訴える例があるが,回折型では少ない.5.満足度近年,術後のqualityoflife(QOL)が重視され,その検査法が報告されている.これらの検査を基準に,バイフォーカルの利点がどの程度いかされているか問診が可能である.6.眼鏡が必要な場合回折型IOLでは眼鏡なしで日常生活ができることを基準としているが,焦点深度の特徴からも明らかなように,遠方と近方が非常に良好で,中間が多少落ちている.これは,単焦点レンズの焦点深度曲線と比較して劣っているわけではないが,どうしても近方が見えるということでその先が見えにくいことが気になる例がある.また,術前検査で述べたように乱視の程度によっては眼鏡が必要になる.通常は遠方を合わせることで,近方視力も良好になり,眼鏡は1つでよい.実際に眼鏡処方を必要とした症例は,パソコンの距離や音楽の譜面を見る距離で見づらい症例,あるいは乱視が1.5D近い症例のみである.回折型IOL挿入後に眼鏡処方する場合,遠方と近方のどちらの焦点側から中間に合わせるかという問題が出てくる.遠方の焦点を中間に合わせると(プラスレンズを加入すると)中間距離と近方が見え,近方の焦点を中間に合わせると(マイナスレンズを加入すると)中間距(26)図4焦点深度の測定用紙+2.0+1.5+1.0+0.5?0.5?1.0?1.5?2.0?2.5?3.0?3.5?4.0?4.5?5.0+2.0+1.5+1.0+0.5?0.5?1.0?1.5?2.0?2.5?3.0?3.5?4.0?4.5?5.0———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.24,No.2,2007???離と遠方が見える.後者の場合,遠方が少し過矯正気味になるため,当科では前者の遠方の焦点を中間距離に合わせ+1Dから+1.5D加入している.7.術後検査のプランニング上記の検査を来院時に毎回行う必要はない.参考までに当科で行っている術前後検査内容と検査時期を表2に示す.近年の手術は侵襲が少なく,術後早期から安定した結果が得られる.時期に関しては,各施設での外来の状況により工夫が可能である.おわりに回折型IOLは,術前検査や術後検査に時間がかかるという印象がもたれている.ここで述べてきたように,回折型の特徴を理解するには従来の単焦点IOLよりも検査項目が多く,その分時間がかかるのは事実である.まず,検査の前に,術者,スタッフがこのIOLの特徴を理解しておくこと,そして,各施設での術前検査および術後検査の流れをうまく調整する.検査項目が多くても,遠方および近方が眼鏡なしで見える患者の喜びは大きく,検査する側も非常に感銘を受ける.ここで述べた検査法は,今後さらに変化していく可能性はあるが,回折型IOLは,患者のQOLをさらに向上させる次世代のIOLとして今後さらに普及することが予想される.文献1)鈴木高佳,ビッセン宮島弘子:眼内レンズの進歩MultifocalIOL.あたらしい眼科21:591-594,20042)石黒進,酒井幸弘,宇陀恵子ほか:眼軸長測定におけるIOLMasterTMと超音波A-mode法の比較.日本視能訓練士協会誌32:151-155,20033)SchmidingerG,GeitzenauerW,HahsleBetal:Depthoffocusineyeswithdi?ractivebifocalandrefractivemulti-focalintraocularlenses.???????????????????????32:1650-1656,2006(27)表2手術前後の検査内容術前翌日1週間1カ月3カ月6カ月以降遠方視力○○○○○○近方視力○○○○○中間距離視力○IOL度数検査○角膜内皮細胞検査○○コントラスト感度○焦点深度検査○眼鏡検査※必要時に検査

眼内レンズ度数決定と手術時の注意点

2007年2月28日 水曜日

———————————————————————-Page10910-1810/07/\100/頁/JCLS多焦点レンズに適する乱視量は,1.5ジオプター(D)以内なので,等価球面度数を0にするためには,通常0.75D以内の遠視の球面度数を目標とすることになる.はじめに現在,いくつかの新しい多焦点眼内レンズの治験が進行中である.回折型多焦点レンズReSTOR?(アルコン社,図1)は,結果の解析が終了した.多焦点レンズで患者満足を得るには,術前の正しい患者選択と正確な眼内レンズ度数の測定が不可欠である.また,多焦点レンズは,乱視やレンズ偏位による視機能の劣化が,単焦点レンズに比べて大きいので,手術における創口作製やレンズ偏心・傾斜に特別な配慮が必要である.本稿では,レンズ度数決定などの術前検査と手術時の注意点について述べる.I術前の注意点1.目標とする球面度数眼内レンズ挿入眼の最適焦点距離は,理論上,全屈折における球面度数ではなく,等価球面度数で決まる.そのため,球面度数が0を目標にするのではなく,乱視量を考慮して,等価球面度数が0になるのをねらうのが正しい.つまり,本来は術後乱視量から考えて,等価球面度数が0となるように目標球面度数を決定する.単焦点レンズは,通常軽い近視を目標にするが,多焦点レンズの等価球面度数は正視ねらいが好ましい.これらを考慮すると,多焦点レンズの球面度数の目標値は,軽い遠視ねらいになる(表1).しかし,球面度数を遠視にするのに抵抗がある場合は,妥協点として,正視ねらいにしても良いと思われる.(17)???*KenHayashi:林眼科病院〔別刷請求先〕林研:〒812-0011福岡市博多区博多町駅前4-7-13林眼科病院特集●バイフォーカル眼内レンズあたらしい眼科24(2):151~155,2007眼内レンズ度数決定と手術時の注意点????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????????林研*表1多焦点レンズ挿入のための目標屈折値症例1:術前視力・屈折値0.1(0.3×+1.5D×-0.5DAx90?)術前-0.5Dの倒乱視であれば,術後に角膜乱視は変化しないと仮定した場合,全屈折の乱視は軽度(約0.25~0.5D)倒乱視化するので,0.5×1/2+0.25~0.5Dで+0.5~0.75Dの球面度数を目標とする.症例2:術前視力・屈折値0.08(0.2×-0.5D×-1.0DAx180?)術前-1.0Dの直乱視であれば,全屈折の直乱視は軽度軽減するので,1.0×1/2-0.25~0.5Dで,0~+0.25Dの球面度数を目標とする.図1回折型多焦点レンズReSTOR?挿入眼———————————————————————-Page2???あたらしい眼科Vol.24,No.2,2007球面度数が軽度遠視になった場合でも,遠見は十分に見えることが多い.多くの多焦点レンズは,近見の至適距離が0.3mになるように近見度数が加入されているので,レンズ度数が近視方向にずれると,近見の最適距離がそれ以上近くにずれてしまう.軽い遠視にずれた場合,至適距離が中間距離になるので,コンピュータなど中間距離の仕事がやりやすいという利点がある.多焦点レンズの明視域は遠見と近見の二峰性であるが,明視域の活用という観点からは,遠見は近視方向にずれたほうが有利であるし,逆に近見は遠視方向にずれたほうが有利になるという矛盾を含んでいる(図2).特に,屈折型レンズは,通常近見の明視域が狭いので,近視方向にずれると,近見視力が出ない.どちらにずらしぎみにするかは,それぞれの多焦点レンズの明視域を把握したうえで,考慮する必要がある(図3).2.乱視の許容範囲多焦点レンズは,乱視が強いと,遠見・近見視力ともに著しく損なわれる.乱視による視力低下は,多焦点レンズのほうが,単焦点レンズに比べて著しい.乱視を屈折型多焦点レンズ(AMO社Array?,以下Array?)に負荷した検討の結果では,球面度数が0と仮定すると,1.0D以内であれば,遠見0.7,近見0.5に近い有用視力が得られる(図4)1).1.5Dでは,遠見・近見ともに有用視力に達しない.1.5D以上であれば,遠見・近見視力の劣化は,単焦点レンズよりも大きくなってしまう.これらの点から,多焦点レンズは,術前乱視が1.0D(18)図2多焦点レンズの明視域多焦点レンズの明視域は,遠見と近見の二峰性なので,近視方向にずれると裸眼近見視力が不良となり,遠視方向にずれると裸眼遠見視力が不良になる.視力うまく合った場合0.3m5m視力近視にずれた場合→裸眼近見視力が悪い0.3m5m視力遠視にずれた場合→裸眼遠見視力が悪い0.3m5m距離(m)視力うまく合った場合0.3m5m視力近視にずれた場合→近視はみえず単焦点レンズと変わらない0.3m5m視力遠視にずれた場合→裸眼遠見視力の低下は少ない0.3m5m距離(m)図3近見の明視域が狭い多焦点レンズ近見明視域が狭い多焦点レンズの場合,近視方向にずれると裸眼近見視力が著しく不良となり単焦点レンズと変わらない.一方,遠視方向にずれても遠見視力に大きな影響はない.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.24,No.2,2007???以内が適応で,1.5Dが許容範囲と考えられる.これ以上であれば,むしろ単焦点レンズを使うほうが,乱視によって明視域が広がるので有効である.現在は,切開幅が2mm台まで小さくなったので,術前乱視があまり変化しなくなった(図5).つまり,術前と術後の乱視量が変化しないので,術前乱視量によって患者選択がしやすくなった.具体的には,術前の乱視量が1.5D以内の患者を選択するとよい.3.瞳孔径の許容範囲多焦点レンズは,瞳孔径の影響を受けやすい.特に,屈折型多焦点レンズは,十分な瞳孔径がないと多焦点効果が出ない.たとえば,Array?の場合,筆者らの検討では,4.5mm以上の瞳孔径がなければ近見視力が十分出なかった2).Kawamoritaら3)の光学的シミュレーションでは,3.4mm以上が必要と報告されている.瞳孔径は,白内障術前と術後で強く相関するので,予測性は高く,術前の瞳孔径で患者選択をすることが可能である4).しかし,手術により平均10%程度縮小するので,術前に縮小分も考慮して選択しなくてはならない.一般にArray?など屈折型多焦点レンズでは,術前4.5mm程度の瞳孔径が有効近見視力を得るために必要と考える.また,糖尿病患者では,網膜症のない眼は正常眼と大きく変わらないので容認されるが,網膜症のある眼では瞳孔径の平均は4.0mmに達しないので,適応外としたほうがよい(表2).さらに,落屑症候群の患者や高齢者では,瞳孔径が4.5mm以下のものが多い.これらでは,Array?を挿入しても近見視力は十分ではなく,単焦点レンズと変わらない状態になるだけでなく,入射光の一部は近見に分かれるのでコントラスト感度が低下する可能性もある.回折型多焦点レンズは,瞳孔径に影響されない.たとえば,ReSTOR?では,遠見から近見まで全距離の視力が瞳孔径と相関しない.そのため,回折型多焦点レンズには,小さな瞳孔径の患者も挿入可能という大きな利点がある.4.角膜不正乱視レフラクトメーターで測った屈折乱視が許容範囲でも,角膜不正乱視が予想外に大きい患者がいる.このような患者では,多焦点レンズを挿入しても視力が悪い.多焦点レンズを希望する患者は,眼内レンズに対する期待が大きいので,できればこのような患者もスクリーニ(19)表2非糖尿病患者と糖尿病患者眼の術前・術後の平均瞳孔径瞳孔径(mm)術前術後1カ月非糖尿病患者4.9±1.04.6±0.9糖尿病患者網膜症なし4.9±0.94.6±0.9単純網膜症4.4±0.94.2±0.7(前)増殖網膜症3.9±1.23.5±0.9p値0.0051*<0.0001**4群間に有意差あり.視力距離(m)0.30.50.712350D0.5D乱視1.0D乱視1.5D乱視2.0D乱視2.5D乱視図4負荷乱視量による屈折型多焦点レンズ挿入眼の全距離視力図5切開幅が2.4mmの場合,術前(左)・術後(右)の角膜形状切開幅が2.4mmの場合,術前・術後の角膜形状や乱視はほとんど変化しない.———————————————————————-Page4???あたらしい眼科Vol.24,No.2,2007ングして除外したほうがよい.現在市販されている器械としては,トーメーのTopographicModelingSystem(TMS)で不正乱視の定量ができるし,波面収差解析装置で測定した角膜高次収差で代用してもよい(図6).いずれにしろ,角膜の質は,多焦点レンズの視機能に大きな影響を与えるので,術前に不正乱視の強い患者を除外しておくと,万一の場合のクレームを少なくすることができる.5.レンズ度数測定時に推奨される方法多焦点レンズでは,レンズ度数が予想からはずれると多焦点効果は損なわれる.そこで,眼軸長測定には,超音波AモードとIOLマスター?の両方を使用して,測定精度を上げる必要がある.特に,超音波Aモードのように,測定に習熟を要する検査は,何人かの検査者がまったく別に測定して値が合致するかどうかを確かめる必要がある.筆者の施設では,3人が測定して,値がほぼ合致するまで確認している.また,核の硬化した例など,超音波とIOLマスター?の測定値に差がある場合もある.このような場合は,再検してそれでも差が出るときは,IOLマスター?の値を重視するほうがよい.II手術時の注意点1.惹起乱視の少ない創口作製先述のように,術前の乱視量で患者を選択しているので,手術で乱視を変化させない創口作製を心がける.すなわち,切開幅は,当然小さいほど良い.創口幅は,惹起角膜乱視量からみると,強膜切開では3mm以下,角膜切開なら2.5mm以下であれば,惹起乱視量の平均は小さく,許容範囲内と考えられる.現在ではインジェクターを使えば,ほとんどのフォルダブル多焦点レンズは,この幅から挿入できるので,問題はない.一方,PMMA(ポリメチルメタクリレート)製の多焦点レンズはできれば避けたい.角膜切開の惹起乱視はばらつきが大きいので,角膜切開をする場合は,乱視軸を考慮して切開位置を決めたほうが安全である.つまり,倒乱視の場合は,側方切開をして乱視を減らす方向にして,万一の場合に備える.さらに,核が硬いなど創口に負担がかかる例は,乱視の変化が大きいので,なるべく多焦点レンズの選択からはずしたほうが安全である.どうしても入れたい場合は,なるべく後方から切開するなど,特別乱視への配慮が必要になる.縫合すると,角膜乱視が増大するので,創が閉鎖ししだい抜糸する.術中の創の状態によって,術後1週から1カ月の間に抜糸するとよい.2.瞳孔を傷害しない術後に瞳孔が変形すると,多焦点効果が減弱するだけでなく,グレアやハローが強調される.そのため,瞳孔をなるべく傷害しないような注意が必要である.また,手術侵襲が強く,灌流量が多ければ,瞳孔の縮小率が大きくなる.なるべく器械の設定を低くして,タイトな創口で灌流液が漏出しないようにする.特に,手間取りそうな例では,滞留性の良い粘弾性物質を使用して,できるだけ虹彩の動揺を防ぐ.3.レンズ偏心・傾斜を起こさない屈折型多焦点レンズでは,偏心が大きいと遠見・中間距離視力が低下する.たとえばArray?では,偏心が0.7mm以上になると良好な視力が得られない.許容範(20)図6術前検査としての不正乱視トーメーのTopographicModelingSystem(TMS)では,角膜形状のFourier解析ができるので,不正乱視が強くないかどうかスクリーニングしておくとよい.この例は通常の検査では問題ないが,不正乱視がやや強いので,多焦点レンズには不適である.———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.24,No.2,2007???囲は0.9mmまでと考えられる.通常の手術で,0.9mm以上の偏心を起こすことはまれであるが,それでも1~3%に起こる.傾斜すると高次収差が大きくなることが知られている.偏位が比較的軽度で視力低下をきたさない場合でも,コントラスト感度を低下させたり,単眼複視を起こしたりする可能性がある.治験の結果では,回折型多焦点レンズであるReSTOR?では偏心・傾斜量と全距離の視力に相関がなかった.すなわち,回折型レンズは偏位の影響を受けにくい.それでも大きく偏位した場合は,やはり視機能に影響を及ぼすはずである.そこで,回折型レンズでも,偏位を起こさない配慮が必要である.日本で市販されるReSTOR?は,シングルピースアクリソフ?になるので,術中の最後にレンズの中心固定を確認しておいたほうがよい.このように,多焦点レンズは偏位にも弱いので,レンズを偏位させない手術を心がける.たとえば,シングルピースアクリソフ?のように,支持部が軟らかいレンズでは,手術の最後にレンズを中央に戻しておいたほうが安全である.術中に破?やZinn小帯断裂などの?合併症が起こった場合は,多焦点レンズは挿入しないほうがよい.すでに僚眼に多焦点レンズを入れている場合でも,偏位した場合の視機能の悪化を考えると,単焦点レンズを挿入したほうがよい.?内偏位を起こしやすい落屑症候群,網膜色素変性,外傷,長眼軸長眼,閉塞隅角緑内障などは,最初から比較適応外と考えられる5).(21)おわりに多焦点レンズを挿入する場合の術前と手術時の注意点を述べた.多焦点レンズで十分な効果を得るためには,単焦点レンズ以上に,術前検査と手術の正確性が必要とされる.これらがうまくいかないと,多焦点効果が得られないだけでなく,単焦点レンズに比べ,むしろ視機能の劣化をまねきやすい.今後,それぞれの多焦点レンズが実際に市販されれば,どのような利点と欠点があるか明確になるはずである.その特徴をよく理解して,術前検査や手術を行う必要がある.文献1)HayashiK,HayashiH,NakaoFetal:In?uenceofastig-matismonmultifocalandmonofocalintraocularlenses.???????????????130:477-482,20002)HayashiK,HayashiH,NakaoFetal:Correlationbetweenpupillarysizeandintraocularlensdecentrationandvisualacuityofazona-progressivemultifocallensandamonofocallens.?????????????108:2011-2017,20013)KawamoritaT,UozatoH:Modulationtransferfunctionandpupilsizeinmultifocalandmonofocalintraocularlensesinvitro.???????????????????????31:2379-2385,20054)HayashiK,HayashiH:Pupilsizebeforeandafterphaco-emulsi?cationinnondiabeticanddiabeticpatients.????????????????????????30:2543-2550,20045)HayashiK,HirataA,HayashiH:Possiblepredisposingfactorsforin-the-bagandout-of-the-bagintraocularlensdislocationandoutcomesofintraocularlensexchangesur-gery.?????????????(inpress)

回折型眼内レンズの適応

2007年2月28日 水曜日

———————————————————————-Page10910-1810/07/\100/頁/JCLS能の面で多焦点IOLは魅力的であるが,眼軸長や角膜曲率半径が変化するため,どの時点に合わせるかなどの問題があり,現段階では適応としていない.ここでは屈折が安定した成人を前提に述べる.1.若年例いわゆる老視を経験したことのない45歳ぐらいまでの症例は,回折型IOLの良い適応年齢といえる.従来の単焦点IOLでは,視力が低下していても,水晶体摘出による調節機能障害の欠点を考慮して,手術時期を遅らせる傾向にあった.また,僚眼に白内障手術の可能性がなければ,通常は僚眼と屈折度数を合わせ,老眼鏡をかけることへの抵抗に対しては,やや近方視に合わせたIOL度数を選択していた.屈折型IOLは,わが国でArray?(AMO社)が承認を受け,すでに臨床報告もされている5,6).IOL光学部中央の直径2.1mmが遠用,そのまわりの3.4mmまでが近用ゾーンと同心円状に度数が遠用と近用の交互になっている.近用ゾーンを使用するには,瞳孔径が2.2mm以上必要となるが,若年例では瞳孔径が比較的大きく,高齢者よりも視力が出やすい7).しかしながら,夜間の瞳孔径も大きいことから,グレア,ハローを訴える例が多く,それほど普及していないのが事実である.回折型では遠方および近方が見えるので,通常,正視目標のIOL度数を選択する.回折型IOL挿入後の夜間グレア,ハローは単焦点IOLよりハローを訴える例がはじめに屈折型多焦点眼内レンズ(IOL)に続き,回折型が導入され,挿入後の良好な裸眼遠方および近方視力が報告されている1~3).今まで多焦点IOLというと,単焦点IOLよりも遠方視力の出方が悪い,近方視力が思ったよりも出ない,夜間のグレア,ハローが強い,また,術前および術後検査の項目が多く,患者への説明にも時間がかかるといった,あまりいい印象がなかった.しかしながら,これから導入される回折型は,明らかに良好な遠方および近方視力が得られ,挿入された症例の満足度は非常に高い4).特に白内障手術の大半である老人性白内障例では,眼鏡なしで遠方および近方が見えるのは若い時代に戻ったようだという喜びの声がきかれ,今までの単焦点IOL術後には達成できなかったqualityoflifeを提供できる.白内障手術において,一つの新しい時代に入ったといっても過言ではないであろう.筆者は,屈折型および回折型IOL両者の挿入経験から,回折型は,眼科医が適応をしっかり把握していれば,非常に良好な結果が得られることを確信している.2007年後半,遅くとも2008年前半には,回折型IOLがわが国でも承認されることを期待して,導入時に重要な適応判断について述べる.I年齢白内障の大半は老人性で,いわゆる老視年齢層であるが,若年例もある.幼児や小児は水晶体摘出後,調節機(13)???*HirokoBissen-Miyajima:東京歯科大学水道橋病院眼科〔別刷請求先〕ビッセン宮島弘子:〒101-0061東京都千代田区三崎町2-9-18東京歯科大学水道橋病院眼科特集●バイフォーカル眼内レンズあたらしい眼科24(2):147~150,2007回折型眼内レンズの適応???????????????????????????????????????????????ビッセン宮島弘子*———————————————————————-Page2???あたらしい眼科Vol.24,No.2,2007多い傾向にあるが,屈折型IOLに比べ程度が軽度で,日常生活には問題ない.また,コントラスト感度については,高周波数領域で単焦点IOL挿入後より落ちているが,日常生活で気になるような差ではない.2.老視年齢層すでに眼鏡を装用している例がほとんどであるが,眼鏡のわずらわしさから,遠方および近方を眼鏡なしで見えるようになりたい人には回折型IOLは非常に魅力的である.すでに承認を受けている屈折型IOLは,年齢が増すとともに,瞳孔径が小さくなるため,高齢者は近方視で瞳孔径2.2mm以下の例も多く,その場合は近方視力が出にくい.回折型は瞳孔径に影響されないため,高齢者でも良好な近方視力が出る.老眼年齢の症例でも,遠方および近方を眼鏡なしで生活したいという希望がある場合に,第一選択となるIOLである.ただし,先にも述べたようにコントラスト感度の低下を考慮すべきである.高齢者は若年者よりも全体にコントラスト感度が低下しており,そこへさらにコントラスト感度を低下させる要素のIOLを挿入することになる.実際には,単焦点IOLを挿入した例と比べ,高周波領域のみやや低下している程度なので,高齢者でも問題ないと考えている.II術前の屈折白内障において,術前の近視や遠視をIOL度数で矯正することが一般的に行われている.実際に術前の屈折によって適応は異なるのだろうか?問題はIOL度数がぴったり合うかどうかにかかわってくる.長眼軸眼や短眼軸眼ではIOL度数が予定よりずれやすい.単焦点IOLにおいて,度数決定がむずかしくなる要素がある場合,多焦点IOLでも注意する必要がある.近年,IOL度数については,測定装置や計算式が改良され,かなり良好な成績になっている.詳細は「眼内レンズ度数決定」の項で述べられているが,まず,使用する回折型多焦点IOLと同材質およびデザインである単焦点IOLを何例か挿入して,A定数を確認しておくことを勧める.1.近視例もともと手元近くで読むことができたため,術後も同様に良好な裸眼近方視力を望む例が多い.従来の単焦点IOLでは,術後屈折を-3.0Dぐらいの近方視に合わせるようにしていた.回折型多焦点IOLは,術前の近視例でも術後屈折を正視にし,かつ近方視力が得られる.ただし,強度近視例では,眼鏡をはずして,かなり本などを近づけて読む習慣があるので,術後の最適読書距離が30cm前後であることを説明しておく.2.遠視例術前は遠用と近用の眼鏡,あるいは遠近両用の眼鏡をしている例が多く,多焦点IOL挿入後は,どちらの距離も見やすくなるので,満足度が非常に高い.今回は白内障例における回折型多焦点IOLの適応であるが,欧米では,白内障のない遠視例に老視治療も兼ねてこのIOLを挿入する屈折矯正手術が行われている8).3.角膜乱視角膜乱視は適応を決めるうえで,非常に重要な要素である.術前乱視は水晶体乱視と角膜乱視があるが,術後には角膜乱視のみとなるので,角膜乱視をチェックする.実際の挿入例における乱視度数と裸眼視力の関係をみると,1D以内であれば遠方は1.0以上,近方も0.7以上が得られ,眼鏡なしで遠方と近方が見える.ただし,乱視が1.5D以上になると,当然のことながら,裸眼視力は遠方のみならず,近方も低下する.良好な裸眼視力を得るには,乱視は少なければ少ないほどよい.ただし,乱視例でも,乱視矯正の眼鏡のみで,遠方と近方が良く見えるので,眼鏡が1つで足りる点は有利である.乱視に対する対応として,切開位置や切開法で調整する方法,術後にLASIK(laser???????keratomileusis)などのエキシマレーザーで調整する方法がある.現在,回折型デザインに乱視矯正を加えたIOLが開発されているので,近い将来,乱視が1.5D以上でも回折型IOLのみで良好な裸眼視力が得られる可能性は高い.III職業従来の屈折型多焦点IOLは,夜間のグレア,ハロー(14)———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.24,No.2,2007???を訴える率が高いため,職業上,夜間の運転が多いタクシー運転士やトラック運転士には,慎重に挿入していた.回折型では,屈折型に比べグレアやハローを訴える例は少ない.アンケート調査などで,単焦点IOLよりもハローを訴える例は多いが,日常生活に支障をきたす危険性が少ない.このため,職業上の規制はほとんどないともいえる.逆に,職業上の適応として,眼鏡やコンタクトレンズ装用がむずかしい例,すなわち,大工や,冷凍庫に入る仕事では,眼鏡やコンタクトレンズによる危険性があるので,眼鏡なしの視力が非常に重要である.また,接客業では外見上,遠方視はもちろん近方視でも老眼鏡はかけたくないという例が多いので,このような場合もよい適応である.医師,歯科医師への挿入経験から,術後の日常診療に支障がなく,遠方と近方を交互に見るのに非常に便利という声が聞かれ,満足度が高かった.IV眼鏡なしでの生活への願望何はともあれ本人の意思が重要である.せっかく回折型IOLを挿入しても,眼鏡に慣れていたので,眼鏡をしていないと不安という症例には,多焦点IOLを挿入した利点が生かされない.多少,球面度数や乱視の影響で裸眼視力が悪くても,このIOLのおかげで遠方と近方が眼鏡なしで見えるということを理解できることが大切である.日頃,矯正視力さえ良ければよしとしていたが,眼鏡なしに遠方も近方も見たいと願っている人の数が予想外に多く,今後,術後の裸眼視力向上が重要である.V白内障でなく屈折矯正のみとして考える場合の注意本項では白内障手術ということで,症例は白内障により視力低下があることが前提である.今後,軽度の白内障,あるいは,欧米のように白内障がない場合でも,老視治療として,clearlensectomy,refractivelensex-change(RLE)が検討される時代がくると思われるので,その際の注意点を簡単に述べておく.遠方裸眼視力が良好な例では,回折型IOL挿入後の裸眼遠方視力に満足できない例が出る可能性がある.それは,このIOLのデザインから入ってくる光が遠方と近方に分散されるためのコントラストの低下である.多少遠方の見え方が落ちても,近くを眼鏡なしで見たいという希望が強い例には,このことを十分説明してIOL挿入を検討すべきである.一方,遠視のため,遠方も眼鏡による矯正が必要な,遠近両用眼鏡をしている例では,裸眼遠方および近方の両方の視力が向上するので,非常に喜ばれる.近視では,前述したように,もともと近方は裸眼で良く見えていたので,遠方の見え方は非常に改善されるが,近方は見やすい距離が30cm前後であることを確認しておく.これらの点に注意すれば,今後,老視年齢層における屈折矯正手術として普及していく可能性が高い.おわりに白内障手術は術式およびIOLの完成度が高く,あまり大きな進歩がないように言われているが,回折型IOLは,この流れを大きく変えるであろう.今まで,症例によって意外に近方視力が良好であった例や瞳孔径による影響が論じられていたが,安定して良好な遠方および近方視力が保証されるIOLはなかったといっても過言ではない.これが,可能になっただけでも,非常に大きな進歩である.最後に,適応のポイントとしては,患者サイドでは,角膜乱視が少ない,本人が眼鏡のない生活を望んでいるという条件,手術施設サイドでは,白内障手術経験があり,良好な結果が得られている,IOL度数に関して習熟しているという条件が満たされれば,非常に良好な結果が得られる.今まで数多くの白内障手術を施行し,術翌日に多くの患者が,明るくなった,世界が変わったなど視力の回復を喜んでくださった.しかし,このIOL挿入後の感激は,ただ見えるようになっただけでなく,近くの字も見えるという,今まで以上の喜び方で,医師のみでなく検査をする視能訓練士,看護師などスタッフ全員が,その素晴らしさを感じている.患者への説明時間がかかる,検査時間がかかるといった印象をもたれているが,実際の症例を経験すると,通常の単焦点IOLでどこに焦点を合わせるか,遠方か近方かといった選択の悩みもなくなり,かえってIOL度(15)———————————————————————-Page4???あたらしい眼科Vol.24,No.2,2007数選択は単純である.術後視力も遠方と近方を測定,コントラスト感度や焦点深度といった,多くの項目があるが,これは,症例を経験すれば,全例にする必要はなくなる.眼鏡なしでの生活はqualityoflifeの向上につながることが報告されている9,10)が,このIOLが正しい方向でわが国に普及することを心より願って,この稿を締めたい.文献1)KohnenT,AllenD,BoureauCetal:Europeanmulti-centerstudyoftheAcrySofReSTORapodizeddi?ractiveintraocularlens.?????????????113:578-584,20062)ChiamPJ,ChanJG,AggarwalRetal:ESTORintraocularlensimplantationincataractsurgery:Qualityofvision.???????????????????????32:1459-1463,20063)BlaylockJ,ZhaominS,VickersC:Visualandrefractivestatusatdi?erentfocaldistancesafterimplantationoftheReSTORmultifocalintraocularlens.???????????????????????32:1464-1473,20064)鈴木高佳,ビッセン宮島弘子:眼内レンズの進歩:Multifo-calIOL.あたらしい眼科21:591-596,20045)NegishiK,Bissen-MiyajimaH,KatoKetal:Evaluationofazonal-progressivemultifocalintraocularlens.???????????????124:321-330,19976)HayashiK,HayashiH,NakanoFetal:Correlationbetweenpupillarysizeandintraocularlensdecentrationandvisualacuityofazonal-progressivemultifocallensandamonofocallens.?????????????108:2011-2017,20017)後藤英樹,中村邦彦,ビッセン宮島弘子:若年者における屈折型多焦点眼内レンズの効果.あたらしい眼科17:1417-1420,20008)Bissen-MiyajimaH:MultifocalIOLsforPresbyopia.HyperopiaandPresbyopia(edbyTsubotaK,BoxerWachlerBS,AzarDTetal),p237-248,MarcelDekker,NewYork,20039)JavittJC,SteinertRF:Cataractextractionwithmultifocalintraocularlensimplantation─amultinationalclinicaltrialevaluatingclinical,functional,andquality-of-lifeoutcomes.?????????????107:2040-2048,200010)JavittJ,BrauweilerHP,JacobiKWetal:Cataractextrac-tionwithmultifocalintraocularlensimplantation:clinical,functional,andquality-of-lifeoutcomes.Multicenterclini-caltrialinGermanyandAustria.???????????????????????26:1356-1366,2000(16)

回折型多焦点眼内レンズの光学特性

2007年2月28日 水曜日

———————————————————————-Page10910-1810/07/\100/頁/JCLScm(-3.2D)と同じ焦点の条件で,絞り(瞳孔径)を2mmから5mmに変化した場合に得られる網膜像のシミュレーションを行った.その結果を供覧しながら,回折型の特徴を単焦点レンズ,屈折型と比較しながら説明する.その際に,角膜およびIOLの正の球面収差4)(簡単にいえば,この収差特性はレンズの周辺にいくに従って,焦点が短くなるものである)を考慮した場合,それを補正した場合および回折型にアポダイゼーション(瞳孔が大きくなると遠方にエネルギーが多くいくような設計)を付加した場合についても検討を行った.図1にシミュレーションの条件を示す.シミュレーションでは波長が550nmの単波長のもので,可視光のはじめに近年開発された回折型多焦点眼内レンズ(IOL)であるAcrySof?ReSTOR?(米国アルコン社)やTECNISTMZM900(米国AMO社)は初期の回折型のファルマシア社製の811Eに比べて,光学特性が優れ,ハロー,グレアが少なくなり,実用の域に達してきているといわれている1).また,これまで多焦点IOLで主流であった屈折型2,3)と比較して,優れていると思われる臨床上の特性は,瞳孔が小さいときでも,遠近にフォーカスが合うことである.つまり,瞳孔径を気にしないで,手術ができることである.一方,欠点は,その構造上から散乱光があるので,すべての光を有効に利用することができない点である.これは,レンズ表面に微細な加工を施し,その部分で光がいろいろな方向に回折し,特定の2点で光が強め合うように作製するのであるが,どうしても,それ以外の方向へいく光を0になるようにすることがむずかしいためである.このため,入射してきた光の約8割しか結像に使用できず,残りの2割が散乱光となって眼球全体へと広がることになる.これが,ハロー,グレアの問題であり,これは夜間の見え方に影響してくる.確信はもてないが,昨年の第60回日本臨床眼科学会での諸先生の発表を伺うと,それも解決の域にきているようである.今回,筆者は,波面を用いて網膜上の光学像を計算するソフトを開発し,そのソフトを使って,回折型と屈折型で遠方の焦点を2m(-0.5D)に,近方の焦点を31.25(3)???*KazuhikoOhnuma:千葉大学工学部メディカルシステム工学科〔別刷請求先〕大沼一彦:〒263-8522千葉市稲毛区弥生町1-33千葉大学工学部メディカルシステム工学科特集●バイフォーカル眼内レンズあたらしい眼科24(2):137~146,2007回折型多焦点眼内レンズの光学特性????????????????????????????????????????????????????????大沼一彦*図1シミュレーションの条件術後の焦点位置を0.5Dと3.2Dとし,Landolt環視標を無限遠から-3.75Dまで,0.25Dずつ移動させて,瞳孔径を2mmから5mmまで変化させたときの網膜上の光学像を求める.DCBAシミュレーションに用いた視標2つの焦点位置角膜とIOLの合成レンズ網膜-0.5DAperturesize(2,3,4,5mmF)0.25Dずつ視標を移動無限遠から-3.75DまでR0.10.40.20.0-0.10.3———————————————————————-Page2???あたらしい眼科Vol.24,No.2,2007すべての領域を使う白色光のシミュレーションではない.そのため,色収差による影響は今回扱っていない.シミュレーションに使った視標は自作のLandolt環の画像で,logMARで,-0.1から0.4までのものである.また,視標位置は無限遠から26.7cm(-3.75D)まで,0.25Dごとに行った.ここで示すものはあくまでも網膜上の光学像であり,知覚される像ではない.実際に知覚される像は,もう少し良いコントラスト像になると思われる.I単焦点IOLはじめに,比較のために単焦点IOLのシミュレーションの結果を示す.IOL挿入後の遠方焦点を2m(-0.5D)とした場合で,球面収差がない場合と,ある場合について示す.ここでは角膜+IOLの球面収差量は,平均的な角膜の球面収差量が0.27?mであるので,角膜+IOLの球面収差が0.6?m(6mm瞳孔径,アメリカンスタンダード表示)とした.最近は非球面IOLがあり,角膜の球面収差を補正して0にするものがあり,この場合も示す.このとき,瞳孔径を2mmから5mmまで1mmおきに変化させた.結果を図2a,b~5a,bに示す.aは球面収差なし,bは球面収差ありである.この結果から球面収差なしの場合では,瞳孔が2mmの場合,近方-1.25Dから無限大まで解像した像が見られることがわかる.もし,術後の遠方焦点を無限遠にしてしまうと,無限遠から近方1.7m(-0.6D)までとなる.一方,1m(-1.0D)に術後の遠方焦点をするようにすれば,無限遠は見えづらくなるが,近方が1.75Dまで見えるようになる.瞳孔が3mmから6mmと増大するに従って,解像した像が見られる範囲が狭くなることがわかる.(4)∞2m4m1.33m80cm1m67cm57cm∞2m4m1.33m80cm1m67cm57cmab図2単焦点IOLの網膜像術後の焦点位置を(2m)0.5Dとし,瞳孔径2mmの場合の無限遠から57cmまでの網膜像.a:球面収差なし,b:球面収差あり.∞2m4m1.33m80cm1m67cm57cm∞2m4m1.33m80cm1m67cm57cmab図3単焦点IOLの網膜像(瞳孔径3mm)a:球面収差なし,b:球面収差が0.6?m(6mm瞳孔径)の場合.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.24,No.2,2007???6mmでは,2mのところだけがよく見えるようになる.球面収差ありの場合では,瞳孔径を2mmと3mmに変化させた場合では,球面収差なしの場合とほとんど差が認識できないが,4mmから5mmと大きくなるに従って,その差が明確となる.つまり,球面収差があることで,解像した像が見られる範囲が広くなるのである.そして,近方にコントラストの良い像が移ってくるのである(=近視化).しかし,そのコントラストは低下していくのがわかる.II屈折型多焦点IOL今回シミュレーションを行った屈折型多焦点IOLのデザインを図6に示す.このレンズデザインは,遠方と近方2つにフォーカスが合うデザインとし,中心のゾーンを遠用としている.したがって瞳孔径が2mmの場合,近方にフォーカスは合わず,単焦点IOLと同じ結果となることがわかる.ここでは,球面収差なしとありについて瞳孔が2mmから5mmと変化した場合を示す.(5)∞2m4m1.33m80cm1m67cm57cm∞2m4m1.33m80cm1m67cm57cmab図5単焦点IOLの網膜像(瞳孔径5mm)a:球面収差なし,b:球面収差が0.6?m(6mm瞳孔径)の場合.∞2m4m1.33m80cm1m67cm57cm∞2m4m1.33m80cm1m67cm57cmab図4単焦点IOLの網膜像(瞳孔径4mm)a:球面収差なし,b:球面収差が0.6?m(6mm瞳孔径)の場合.2.13.43.94.66.0mm:近用:遠用図6屈折型の多焦点眼内レンズのデザイン(中心遠用型の5ゾーン)———————————————————————-Page4???あたらしい眼科Vol.24,No.2,20071.球面収差なしの場合術後の遠方焦点が2m(-0.5D),近方焦点が31.25cm(-3.2D)となり,球面収差をIOLが補正して0になる場合の結果を図7~11に示す.瞳孔径が2.0mmの場合,単焦点と同様の結果が得られた.瞳孔径を3mm,4mm,5mmと変化させると,遠方での解像の範囲が近方に比べて広いのがわかる.その広さは,単焦点の3mm瞳孔のときよりも広く,優れた特性である.これは,3mm瞳孔径でも,3mm全体が遠方の結像に使われているのではなくて,第1ゾーン(2.1mm)が使われているためである.一方,近方の像は瞳孔が4mm,5mmでは,その範囲は少し狭くなる.このように2つの焦点距離が離れている場合,中間距離のボケが大きいこともわかる.これらの結果より,瞳孔径が3mm以下の眼には,このレンズは単焦点レンズとして働くことがわかり,術前に瞳孔径の計測が必須であり,3mm以上の瞳孔径を常にもたない眼には多焦点レンズの機能は働かず,意味のないものになる.(6)図7屈折型多焦点眼内レンズで,球面収差なし,瞳孔径2mmの場合の無限遠から27cmまでの網膜像∞2m4m1.33m80cm1m67cm57cm50cm40cm44cm36cm30cm33cm28cm27cm∞2m4m1.33m80cm1m67cm57cm50cm40cm44cm36cm30cm33cm28cm27cm図9屈折型多焦点眼内レンズの網膜像球面収差なし,瞳孔径4mmの場合∞2m4m1.33m80cm1m67cm57cm50cm40cm44cm36cm30cm33cm28cm27cm図8屈折型多焦点眼内レンズの網膜像球面収差なし,瞳孔径3mmの場合———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.24,No.2,2007???2.球面収差ありの場合単焦点レンズと同様に,球面収差が0.6?m(6mm瞳孔径)の場合を図11~14に示す.球面収差の影響は,3mmから5mm瞳孔径において,球面収差なしの場合と比較して遠方および近方の焦点が近方へずれている(=近視化).さらに,像のコントラストが,3mm瞳孔から5mm瞳孔へと大きくなるに従って低下している.球面収差があっても,瞳孔径が3mm以下の眼では多焦点効果が得られにくいと考える.III回折型多焦点IOL今回シミュレーションを行った回折型多焦点IOLのデザインは,現在欧米などにて販売されている回折型多焦点IOLと同一ではなく,屈折型の比較を行うため,近用加入度を3.4D(眼鏡度数換算で加入度2.7D)のレンズとした.加入度が大きい場合は,中間の領域が広がるものと想像していただきたい.アポダイゼーションについてシミュレーションを行うときは,レンズの周辺部(7)にいくに従って遠方のエネルギーが増大するもの,つまり,瞳孔が開いたときに遠方重視になるようにした.1.球面収差なしの場合術後の遠方焦点が2m(-0.5D),近方焦点が31.25cm(-3.2D)となり,球面収差をIOLが補正して0になる場合の結果を図15~18に示す.この結果から,遠方の見え方が単焦点IOLと同様の結果となった.近方の見え方は,単焦点の見え方が近方にシフトしているだけで同じであることがわかる.つまり,2つの焦点距離の異なるレンズの像が重なっているのである.このことより,回折型では瞳孔径のサイズによる解像の差が少なく,瞳孔径を考慮する必要がないと考えられる.ただ,屈折型と比較すると,瞳孔が開いていくと,遠方で解像している範囲が狭くなり,特定の距離のコントラストが高くなるのがわかる.∞2m4m1.33m80cm1m67cm57cm50cm40cm44cm36cm30cm33cm28cm27cm図10屈折型多焦点眼内レンズの網膜像球面収差なし,瞳孔径5mmの場合∞2m4m1.33m80cm1m67cm57cm50cm40cm44cm36cm30cm33cm28cm27cm図11屈折型多焦点眼内レンズで,球面収差0.6?m(6mm瞳孔径),瞳孔径2mmの場合の無限遠から27cmまでの網膜像———————————————————————-Page6???あたらしい眼科Vol.24,No.2,2007(8)∞2m4m1.33m80cm1m67cm57cm50cm40cm44cm36cm30cm33cm28cm27cm図12屈折型多焦点眼内レンズの網膜像球面収差0.6?m(6mm瞳孔径),瞳孔径3mmの場合∞2m4m1.33m80cm1m67cm57cm50cm40cm44cm36cm30cm33cm28cm27cm図13屈折型多焦点眼内レンズの網膜像球面収差0.6?m(6mm瞳孔径),瞳孔径4mmの場合∞2m4m1.33m80cm1m67cm57cm50cm40cm44cm36cm30cm33cm28cm27cm図14屈折型多焦点眼内レンズの網膜像球面収差0.6?m(6mm瞳孔径),瞳孔径5mmの場合∞2m4m1.33m80cm1m67cm57cm50cm40cm44cm36cm30cm33cm28cm27cm図15回折型多焦点眼内レンズで,球面収差なし,瞳孔径2mmの場合の無限遠から27cmまでの網膜像———————————————————————-Page7あたらしい眼科Vol.24,No.2,2007???(9)2.球面収差がある場合単焦点レンズと同様に,球面収差が0.6?m(6mm瞳孔径)の場合を図19~22に示す.これは,単焦点IOLの球面収差ありとまったく同様に,遠方と近方の焦点付近に,球面収差の影響で近視化と解像する範囲の広がり,コントラストの低下がみられる.3.アポダイゼーションのある場合今回,遠方重視になるように設計したアポダイゼーションを図23に示す.もちろん,これらは,夜間における遠方のコントラストの重視を狙っている.球面収差なしの場合で,瞳孔径が4mmと5mmのシミュレーションの結果を図24,25に示す.瞳孔径が2mm,3mmではアポダイゼーションの効果はほとんどなく,4mmを超えると,遠方のコントラストが良くなり,近方のコントラストが低下するのがわかる.ここには示さないが,球面収差ありの場合は,さらに近方のコントラストが低下してしまい,クリアに解像した像は得られなかった.∞2m4m1.33m80cm1m67cm57cm50cm40cm44cm36cm30cm33cm28cm27cm図16回折型多焦点眼内レンズの網膜像球面収差なし,瞳孔径3mmの場合∞2m4m1.33m80cm1m67cm57cm50cm40cm44cm36cm30cm33cm28cm27cm図17回折型多焦点眼内レンズの網膜像球面収差なし,瞳孔径4mmの場合∞2m4m1.33m80cm1m67cm57cm50cm40cm44cm36cm30cm33cm28cm27cm図18回折型多焦点眼内レンズの網膜像球面収差なし,瞳孔径5mmの場合———————————————————————-Page8???あたらしい眼科Vol.24,No.2,2007(10)∞2m4m1.33m80cm1m67cm57cm50cm40cm44cm36cm30cm33cm28cm27cm図19回折型多焦点眼内レンズの網膜像球面収差0.6?m(6mm瞳孔径),瞳孔径2mmの場合∞2m4m1.33m80cm1m67cm57cm50cm40cm44cm36cm30cm33cm28cm27cm図20回折型多焦点眼内レンズの網膜像球面収差0.6?m(6mm瞳孔径),瞳孔径3mmの場合∞2m4m1.33m80cm1m67cm57cm50cm40cm44cm36cm30cm33cm28cm27cm図21回折型多焦点眼内レンズの網膜像球面収差0.6?m(6mm瞳孔径),瞳孔径4mmの場合∞2m4m1.33m80cm1m67cm57cm50cm40cm44cm36cm30cm33cm28cm27cm図22回折型多焦点眼内レンズの網膜像球面収差0.6?m(6mm瞳孔径),瞳孔径5mmの場合———————————————————————-Page9あたらしい眼科Vol.24,No.2,2007???(11)おわりに今回,回折型多焦点IOLの光学特性について,距離ごとの網膜像を用いて単焦点IOL,屈折型多焦点IOLと比較して,その特徴を検討した.今回のシミュレーションでわかったのは,瞳孔の小さい場合でも回折型は適応可能であることである.しかし,瞳孔が開くと,球面収差なしの場合は,解像している範囲が狭くなり,屈折型のほうがその点は優れているように思われる.今回のシミュレーションはあくまでも網膜のうえの光学像であり,実際の昼間の見え方では,もう少しコントラストは良いと思われる.しかし,夜間の見え方では,ぼぁーとしたハロー,グレアがさらに強調されて見えることになるものと思われる.収差については,球面収差のほかに非点収差,コマ収差の存在も無視できないが,今回は紙面の都合上示さなかった.多焦点IOLの特性で一番気になるのは,中間の見え方が悪いことである.これは加入度が高いためである.少し加入度を下げて,中間の見え方を良くすることも考えられる.加入度を下げることにより無限遠から近方が50cmくらいまで見えるようになれば,生活に不自由はないと思われる.ただ,そのときに,2つの焦点による像が重なり,コントラストが低下し,特に近方の見え方が悪くなるようでは困るので,レンズにはなにか工夫がいるように思われる.これは,余談であるが,「人間は2つの像のどちらかを選択してみている」という話があるが,これらのシミュレーションの結果をみると,遠方や近方の像は選択∞2m4m1.33m80cm1m67cm57cm50cm40cm44cm36cm30cm33cm28cm27cm図24回折型多焦点眼内レンズの網膜像アポダイゼーションあり,球面収差なし,瞳孔径4mmの場合43210レンズ中心からの距離(mm):近用:遠用強度透過率1.00.80.60.40.20図23シミュレーションにおけるアポダイゼーションレンズ中心から周辺に向かうにつれて,遠方へエネルギーが集中するようになっている.∞2m4m1.33m80cm1m67cm57cm50cm40cm44cm36cm30cm33cm28cm27cm図25回折型多焦点眼内レンズの網膜像アポダイゼーションあり,球面収差なし,瞳孔径5mmの場合———————————————————————-Page10???あたらしい眼科Vol.24,No.2,2007(12)する必要はないし,中間の距離での像はどちらを選択するのであろうか?仮にどちらかを選択できても(そんな方法は思いもつかないが)ボケた像である.最後に,一般的に多くの近用視力表の測定距離は30cmとなっているが,患者のQOL(qualityoflife)を考慮し,今後は柔軟な近方視の評価方法を検討する必要があるのではないだろうか.文献1)LaneSS,MorrisM,NordanLetal:Multifocalintraocularlenses.????????????????????????19:89-105,20062)KawamoritaT,UozatoH:Modulationtransferfunctionandpupilsizeinmultifocalandmonofocalintraocularlensesinvitro.???????????????????????31:2379-2385,20053)LeeES,LeeSY,JeongSYetal:E?ectofpostoperativerefractiveerroronvisualacuityandpatientsatisfactionafterimplantationoftheArraymultifocalintraocularlens.???????????????????????31:1960-1965,20054)HalladayJT,PiersPA,KoranyiGetal:Anewintraocu-larlensdesigntoreducesphericalaberrationofpseudo-phakiceyes.??????????????18:683-691,2002

序説:バイフォーカル眼内レンズ

2007年2月28日 水曜日

———————————————————————-Page1(1)???機能に優れ合併症のない多焦点眼内レンズ,遠近両用眼内レンズは調節力喪失という白内障手術の欠点を補うものとして以前より強く要求されてきている.しかし,今までの多焦点眼内レンズは,その多焦点効果よりも術後のハロー,グレアやコントラスト感度の低下などが問題視され,その普及はほとんどなされておらず,治療上の選択肢としての地位を得ているとは言いがたいのが現状であろう.一方,最近欧米でかなり積極的に使用されるようになってきた新しい多焦点レンズについては,レンズそのものに起因する合併症も少なく,今までの多焦点レンズを大きく上まわる治療成績が報告され,今後さらなる普及が予想されている.もし今回登場した新型多焦点眼内レンズがわれわれの期待を裏切らないものであれば,患者の術後qualityoflife(QOL)向上に大きく寄与するはずであり,わが国へも積極的に導入しなければならない.多焦点眼内レンズは構造上の違いから,屈折型眼内レンズと回折型眼内レンズに分けられる.後者の回折型眼内レンズは,レンズ表面に回折構造を有し入射光を遠用と近用の2カ所に振り分けるため,その結果,機能上からはバイフォーカル眼内レンズと考えてよい.本特集は,最新型の回折型多焦点眼内レンズについての理解を深めるためのさまざまな観点からのアプローチである.まず回折型多焦点レンズの構造上の特性を理解するために大沼一彦先生(千葉大学)には単焦点レンズとの相違点を距離ごとの網膜像のシミュレーションからわかりやすく解説していただいている.つぎに,臨床上の問題として,多焦点レンズは適応を誤るとその機能を発揮できないばかりか,かえって患者に不利益をもたらしかねない.正しい適応について,多焦点レンズを使用した白内障手術について経験豊富なビッセン宮島弘子先生(東京歯科大学水道橋病院)にポイントをまとめていただき,屈折矯正として考える場合の注意点にも言及していただいた.林研先生(林眼科病院)には回折型眼内レンズを使用するにあたり大変重要なポイントとなる眼内レンズ度数の決定に関わる問題点を解説していただき,単なる度数計測だけでなく術前乱視や瞳孔径の関与,手術時の注意点についても述べていただいている.また多焦点眼内レンズは単焦点眼内レンズに比べ術前術後の検査に費やす時間が少なくない.その検査の蓄積が今後の治療成績を向上させるために重要であり,したがって検査を実施する場合のポイントは十分把握しておきたい.それらの点について,大木伸一先生(東京歯科大学水道橋病院)に大変詳しく解説していただくことができた.何よりも興味があるのは実際の治療成績であるが,それについては中村邦彦先生(たなし中村眼科クリニック)と清水直子先生(大木眼科)に術後成績をまとめていただいている.大変素晴らしい術後成績であり,今後に大きな期待を抱か0910-1810/07/\100/頁/JCLS*KotaroOki:大木眼科●序説あたらしい眼科24(2):135~136,2007バイフォーカル眼内レンズ??????????????????????????大木孝太郎*———————————————————————-Page2???あたらしい眼科Vol.24,No.2,2007(2)せるものである.中村先生には同じ形状・材質の単焦点レンズとの比較も記載していただき,バイフォーカル機能をより明瞭に知ることができる.清水先生には単なる術後成績のまとめではなく,異なった生活背景をもつ患者の症例報告を加えていただき,回折型多焦点眼内レンズのバイフォーカル機能が患者のQOL向上に寄与する点を浮き彫りにしていただいた.平容子先生(眼科龍雲堂医院)には,この新しい多焦点眼内レンズを使用する前に押さえなければならないインフォームド・コンセントについてご自身の経験から意見を述べていただくことができた.従来の単焦点レンズでは遠近どちらかの裸眼視力を断念してもらうことが大きなポイントであったが,バイフォーカル眼内レンズでは理論上ではその必要はなくなる.しかし逆に過剰な期待感を抱かせることになっては,それもまた新たな問題を生んでしまうことになりかねない.多焦点レンズにはそれ相応のインフォームド・コンセントが必要であり,ぜひ理解しておきたい項目である.以上,構造と光学特性,適応,度数算定と手術,検査,術後成績,症例報告,そしてインフォームド・コンセント,と紙面の許す限り多方面からこの新しい回折型多焦点眼内レンズについて解説している本特集をぜひ通読していただき,すぐそこに来ている白内障眼内レンズ手術のつぎのステップに関心を深めていただきたい.年間予約購読ご案内眼における現在から未来への情報を提供!あたらしい眼科2007Vol.24月刊/毎月30日発行A4変形判総140頁定価/通常号2,415円(本体2,300円+税)(送料140円)増刊号6,300円(本体6,000円+税)(送料204円)年間予約購読料32,382円(増刊1冊含13冊)(本体30,840円+税)(送料弊社負担)最新情報を,整理された総説として提供!眼科手術2007Vol.20■毎号の構成■季刊/1・4・7・10月発行A4変形判総140頁定価2,520円(本体2,400円+税)(送料160円)年間予約購読料10,080円(本体9,600円+税)(4冊)(送料弊社負担)日本眼科手術学会誌【特集】毎号特集テーマと編集者を定め,基本的事項と境界領域についての解説記事を掲載.【原著】眼科の未来を切り開く原著論文を医学・薬学・理学・工学など多方面から募って掲載.【連載】セミナー(写真・コンタクトレンズ・眼内レンズ・屈折矯正手術・緑内障・光線力学的療法・眼感染症)新しい治療と検査/眼科医のための先端医療他【その他】トピックス・ニュース他■毎号の構成■【特集】あらゆる眼科手術のそれぞれの時点における最も新しい考え方を総説の形で読者に伝達.【原著】査読に合格した質の高い原著論文を掲載.【その他】トピックス・ニューインストルメント他株式会社メディカル葵出版〒113-0033東京都文京区本郷2-39-5片岡ビル5F振替00100-5-69315電話(03)3811-0544お申込方法:おとりつけの書店,また,その便宜のない場合は直接弊社あてご注文ください.http://www.medical-aoi.co.jp

硝子体手術のワンポイントアドバイス44.乳頭上新生血管膜抜去時の止血法(中級編)

2007年1月31日 水曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.24,No.1,2007??0910-1810/07/\100/頁/JCLS●乳頭上新生血管膜抜去時に生じる出血の処理法増殖糖尿病網膜症の線維血管性増殖膜の処理時に,乳頭上新生血管膜を硝子体鑷子で抜去することがある.このときは通常出血が生じる.視神経乳頭上なので,眼内ジアテルミー凝固は施行しにくい.一般的には高灌流圧による圧迫止血を行うが,筆者は通常以下のような方法をとっている.1)乳頭上新生血管を抜去する際には,抜去前に灌流圧を上げる.2)新生血管膜は癒着の緩いと思われる方向から硝子体鑷子で牽引し,やや水平方向気味にゆっくりと紙をめくるように?離する.垂直方向には極力牽引をかけない(図1).3)出血が生じてもしばらく高眼圧のまま硝子体鑷子を眼内に留置し,すぐに強膜創から抜去しない.4)灌流圧を徐々に下げながら,出血があまり拡大しないことを確認したうえで,把持した新生血管を強膜創から抜去する.5)この後に生じる出血に対しては,まずバックフラッシュニードルで出血を視神経乳頭上に集める(図2a,b).6)灌流圧を上げた状態で,しばらく圧迫止血を試みる.7)このときに形成される凝血塊は抜去しないで,バックフラッシュニードルや硝子体カッターなどで小さくする(図3).再度出血が生じるようなら凝血塊をある程度大きく残存させて同様の処置を施行する.8)灌流圧はゆっくりと下げながら,出血が広がらないことを確認する.●その他の方法新生血管膜を抜去することで著明な出血が予想される場合には,新生血管膜を抜去せず意図的に残存させるのも一法である.この場合,新生血管膜の断端を眼内ジア(87)テルミーで止血凝固しておく.また,新生血管膜抜去後に,上記のような方法を施行しても止血困難な場合には,トロンビンを灌流液に添加する方法1)があるが,筆者は最近ほとんどこの方法を用いていない.文献1)日昔真美,澤浩,池田恒彦ほか:糖尿病硝子体手術におけるトロンビンの止血効果.眼臨95:1105-1108,2001硝子体手術のワンポイントアドバイス●連載?44乳頭上新生血管膜抜去時の止血法(中級編)池田恒彦大阪医科大学眼科図1新生血管膜の抜去法癒着の緩いと思われる方向から硝子体鑷子を用いて新生血管膜を牽引し,やや水平方向気味にゆっくりと?離する.図2a出血の吸引バックフラッシュニードルで出血を視神経乳頭上に集める.図2b圧迫止血灌流圧を上げた状態でしばらく圧迫止血する.図3凝血塊の処理凝血塊を抜去しないでバックフラッシュニードルや硝子体カッターなどで小さくする.

眼科医のための先端医療73.角膜潰瘍-感染微生物,炎症細胞および細胞外マトリックスとの相互作用-

2007年1月31日 水曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.24,No.1,2007??0910-1810/07/\100/頁/JCLS角膜実質細胞角膜実質細胞は角膜実質に存在する線維芽細胞系の細胞であり,これまでこの細胞の役割はおもに細胞外マトリックスの代謝を行い,実質組織のintegrityを保つことで,角膜実質細胞は角膜に炎症や感染が生じると炎症細胞や病原微生物により一方的に攻撃を受けると考えられていました.しかしながら,近年では角膜実質細胞も種々のサイトカインやケモカインなどの生体活性物質や接着分子などを発現することで眼表面炎症の増悪,遷延化に重要な役割を果たしていることが解明されつつあります.また角膜実質細胞は異物や病原微生物を貪食することも報告されており,角膜での生体防御に関与している可能性もあります.細菌感染などによる角膜潰瘍では,角膜実質を構成するI型コラーゲンが融解し,病変部には病原微生物に加えて好中球などの炎症細胞の浸潤が認められます.本稿では,角膜実質細胞と炎症細胞や感染微生物,細胞外マトリックスとの相互作用が角膜潰瘍の病態において,どのように関わっているかについて概説します.角膜実質細胞と自然免疫応答角膜上皮細胞は強いバリアー機能を有することや,自然免疫応答を惹起する細菌由来のエンドトキシン(リポポリサッカライド:LPS)やペプチドグリカンに反応しないことより,上皮が健常な状態では細菌と接しても角膜に炎症は生じません.しかし外傷などで上皮が傷害されると,細菌あるいは細菌由来のLPSなどの因子が傷害部位より角膜実質へ浸入します.LPSはグラム陰性菌の細胞外膜を構成する糖脂質で,さまざまな病原体成分のなかでも最も強く宿主の自然免疫機構を活性化し,炎症細胞からの種々のサイトカインの産生を促します.筆者らが検討した結果,角膜実質細胞にもTLR(toll-likereceptor)-4とその細胞外ドメインに会合するMD-2およびCD14から構成されるLPSの受容体が発現しており,LPSは角膜実質細胞からの,好中球や単球に対するケモカインであるインターロイキン(IL)-8やMCP-1(monocytechemoattractantprotein-1)などの産生および接着分子ICAM-1(intercellularadhesionmolecule-1)の発現を促進させました.すなわち,角膜実質細胞はLPSにより活性化されることで細菌感染を認識し,自然免疫応答により感染に引き続いて起こる角膜実質への炎症細胞浸潤をひき起こしているのです.LPSは,コア領域とO抗原からなる親水性の多糖部分と,lipidAと総称される疎水性の糖脂質から構成される両親媒性物質で,通常は細胞壁に強固に結合しています.また,細胞の溶解が起こってLPSが遊離しても,血清の存在しない場合は活性部位である疎水性のlipidAを内側に向けてミセルを形成して受容体に結合できない状態にあります.LPSはLPS結合蛋白(LBP)とよばれる血清蛋白によって細菌の膜から引き抜かれ,単体となり,活性部位が露出することで受容体に結合できるようになります.LPSはさらに可溶性CD14(sCD14)という血清蛋白と結合することで,受容体への親和性が上がります.これらの因子の作用を培養角膜実質細胞を用いて検討すると,LBPやsCD14は単独では何ら角膜実質細胞には作用しませんが,LPSの存在下ではLPSの作用を数十倍も増強し,角膜実質細胞の転写因子NF-kBを活性化してケモカインや接着分子の発現を濃度依存的に促進しました.さらに健常人の涙液中には,LBPとsCD14両者とも培養実験に使用した濃度よりも非常に高濃度に存在していました.これらの結果はグラム陰性菌の感染が生じると,涙液中のLBPとsCD14はLPSに結合し,LPSの活性部位を露出させて角膜実質細胞におけるLPSの信号伝達を増強して自然免疫反応を促進し,生態防御因子として働くことを示しています.角膜実質細胞を介した緑膿菌のコラーゲン分解筆者らは,微生物由来の蛋白分解酵素による直接的な角膜実質の融解に加えて,活性化した角膜実質細胞によるコラーゲン分解も角膜潰瘍の病態に関与していると考え,角膜実質細胞によるコラーゲン分解および微生物,炎症細胞との相互作用を検討しました.コラーゲンゲルに緑膿菌の培養上清を添加すると,コラーゲン分解は促進されますが,コラーゲンゲルに角膜実質細胞を入れて(83)◆シリーズ第73回◆眼科医のための先端医療監修=坂本泰二山下英俊福田憲熊谷直樹西田輝夫(山口大学大学院医学系研究科眼科学)角膜潰瘍─感染微生物,炎症細胞および細胞外マトリックスとの相互作用─———————————————————————-Page2??あたらしい眼科Vol.24,No.1,2007おくと,その分解量はさらに促進されました.これは緑膿菌の培養上清によるコラーゲン分解促進作用には,直接的な作用と角膜実質細胞を介した間接的な作用の両者が関与していることを示しています.そこで緑膿菌の病原因子と考えられるLPS,elastase,exotoxinAを角膜実質細胞を含んだコラーゲンゲルに添加すると,elas-taseのみが角膜実質細胞によるコラーゲン分解を促進させました.この結果は,elastaseを分泌しないように遺伝子改変した緑膿菌株の培養上清ではコラーゲン分解は促進されなかったことでも確認されました.さらに,elastaseが角膜実質細胞を介してコラーゲン分解を促進する機序として,角膜実質細胞より分泌された不活性型のpro-MMP(matrixmetalloproteinase)を活性化するためであることがわかりました.好中球による角膜実質細胞の活性化とコラーゲン分解つぎに,角膜実質細胞と炎症細胞の相互作用を検討しました.好中球はそれ単独では,コラーゲン分解能はほとんど認められませんでしたが,角膜実質細胞と好中球を同時に培養するとコラーゲンの融解は相乗的に促進しました.それぞれの培養上清を用いた実験により(図1),角膜実質細胞に好中球培養上清を添加して培養すると,角膜実質細胞からMMPの産生が促進され,コラーゲン分解が相乗的に促進されることがわかりました.すなわち好中球の培養上清自体には,コラーゲン分解活性はありませんが,e?ectorである角膜実質細胞に作用して,MMPの産生を亢進させ,コラーゲン分解を促進させるmodulatorとしての役割を果たしています.さらにこの好中球培養上清の作用は,通常の培養液のみで培養した場合ではあまり認められず,I型コラーゲンゲル内で三次元培養した上清で非常に強い活性をもつことがわかりました(図1).コラーゲンゲル内で培養した好中球培養上清中に含まれる生体活性物質の濃度を測定したところ,IL-1を含む種々の炎症性サイトカインやケモカインの放出が促進していました.そこでIL-1と拮抗する作用をもつIL-1receptorantagonistを好中球の培養上清に添加すると,角膜実質細胞によるコラーゲン分解促進作用が阻害されました.これらの結果より,血管から角膜実質へ浸潤してきた好中球は,角膜実質を構成するI型コラーゲンと接触することにより活性化され,IL-1などの炎症性サイトカインを含む種々の液性因子を放出すること,さらに好中球由来のサイトカインによって活性化された角膜実質細胞がMMPを産生して,コラーゲン分解を促進することが示唆されました.(84)8-LIsetycotareK1-PCMfonoitartlifnIsllecyrotammalfnISPL41DCsPBLlamortSnegalloCnegalloCnoitadargedsPMMo-rpevitcasPMMesatsale1-LInoitavitca.PasonigureaSPLamortSlaenroCsdiulfraeTPBL41DCs図2角膜実質細胞による角膜実質コラーゲン融解のメカニズム100806040200好中球(+)線維芽細胞(+)好中球(-)線維芽細胞(-)a.好中球培養上清:培養液のみ:培養上清:コラーゲンゲル培養の培養上清b.線維芽細胞培養上清**#*#*#†コラーゲン分解量(?gofHYPperwell)NS図1好中球および角膜実質細胞によるコラーゲン分解コラーゲンゲルで培養した好中球の培養上清を角膜実質細胞に添加するとコラーゲン分解が促進される.*p<0.01(培養液のみに対して),#p<0.01(培養上清に対して),†p<0.01.すべてSche?e?stestによる.(文献3より改変)———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.24,No.1,2007??テロイド薬やその他の免疫反応を抑制する薬剤によって制御されます.今後これらの病態解明が進み,状況に応じた角膜潰瘍治療薬が新たに開発,応用されることが期待されます.文献1)KumagaiN,FukudaK,FujitsuYetal:Lipopolysaccha-ride-inducedexpressionofintercellularadhesionmole-cule-1andchemokinesinculturedhumancorneal?broblasts.?????????????????????????46:114-120,20052)FukudaK,KumagaiN,YamamotoKetal:Potentiationoflipopolysaccharide-inducedchemokineandadhesionmole-culeexpressionincorneal?broblastsbysolubleCD14orLPS-bindingprotein.?????????????????????????46:3095-3101,20053)LiQ,FukudaK,LuYetal:Enhancementbyneutrophilsofcollagendegradationbycorneal?broblasts.?????????????74:412-419,20034)LuY,FukudaK,SekiKetal:InhibitionbytriptolideofIL-1-inducedcollagendegradationbycorneal?broblasts.?????????????????????????44:5082-5088,20035)NaganoT,HaoJL,NakamuraMetal:Stimulatorye?ectofpseudomonalelastaseoncollagendegradationbycul-turedkeratocytes.?????????????????????????42:1247-1253,2001線維芽細胞の制御による治療の可能性このように,角膜潰瘍は単に病原微生物が一方的に角膜実質を破壊しているのではなく,角膜実質細胞と微生物,炎症細胞,実質の細胞外マトリックスなどとの複雑な相互作用により病態が形成されると考えられます.角膜実質のコラーゲン融解においては細菌の直接的な破壊だけでなく,緑膿菌由来のelastaseや好中球由来の炎症性サイトカインなどがmodulatorとしての役割をもち,異なる機序でe?ectorとして働く角膜実質細胞を介して間接的にコラーゲン分解を促進しています.好中球などの炎症細胞は,微生物感染初期には細菌の貪食など生体防御に重要である一方,感染が沈静化した後も角膜実質細胞からのケモカインの産生が持続すると,角膜実質への浸潤が継続し,角膜実質細胞を活性化することでコラーゲンを分解するという生体にとって不利益な反応を起こしている可能性が考えられます.無菌性の潰瘍や,感染が治癒した後も角膜融解が進むような状況においては,角膜実質細胞と炎症細胞の相互作用によるコラーゲン融解が持続しているのかもしれません.角膜実質細胞と炎症細胞との相互作用は,抗菌薬では制御されず,ス(85)■「角膜潰瘍─感染微生物,炎症細胞および細胞外マトリックスとの相互作用─」を読んで■今回は福田憲先生・熊谷直樹先生・西田輝夫先生による,角膜潰瘍の分子病態についての総説です.角膜潰瘍は私など角膜の門外漢は病原微生物が角膜実質を分解していく病態を漠然と思い浮かべていましたが,福田先生たちはそこにホスト側の角膜実質細胞の重要な働きを明らかにされました.病原微生物由来の分子が角膜実質細胞に作用してコラーゲンが分解されること,さらに抗微生物の作用のために組織局所に集まる好中球が炎症を長引かせ,かつ角膜実質細胞を活性化することを明らかにしておられます.また,無菌性潰瘍,感染が治癒した後の組織反応もこのメカニズムできわめて明快に理解できます.このような一連の動きを体系だったストーリーとして一つの研究グループで構築されたことに心から敬意を表するものです.このような研究成果はすぐに臨床応用として新しい治療薬の開発へと直結します.角膜感染症は日常の診療できわめて多く遭遇する疾患であり,われわれの治療は病原微生物をたたくという治療にばかり目がいきますが,それをやりつつ角膜組織を保全するための治療は別に行う必要性を福田先生は示しておられます.まさに研究の醍醐味は臨床の現場で有用な知識を供給することですが,この総説はその典型的な成功例を示していると考えます.このような研究は単発的に論文を作るといった研究スタイルからは生まれてきません.福田先生が所属しておられる山口大学眼科は西田輝夫教授の角膜疾患の病態を分子細胞生物学的に解明していくというライフワークともいうべき明快な研究の方向づけがあり,これまでの多くの成功した研究が有機的に結びついてさらに高みに向かっている研究のよい循環があると考えます.また,研究戦略のみでなく,この総説でも随所にみられます実験系がきわめて整備され,自らセットアップした実験系を用いていろいろなアイデアを仮説として立ち上げ,実験をプランし,それを検証し,さらに新しい仮説をつくってつぎへ進むというきわめて魅力的な研究室が想像されます.臨床医学の,特に外———————————————————————-Page4??あたらしい眼科Vol.24,No.1,2007(86)科系の忙しい教室でこのような高いactivityをもち続けるには西田教授のような強力なリーダーシップと継続する研究戦略を構築できる能力をもつ優れた指導者の存在,熊谷先生,福田先生のような有能で勤勉な研究者の並々ならぬ努力の賜物と考えられます.日本の眼科研究のレベルは紛れもなく世界のトップレベルですが,このような体系だった研究を連続して生み出していく研究機関が今後,日本になるべく多く存在する必要があると考えます.そのためには公的な研究費(文部科学省や厚生労働省の研究費補助金)が潤沢に供給されることはもちろん必須ですが,新臨床研修制度を乗り切って眼科の高いレベルの研究を目指す若い後継者を連綿と確保し続けることが重要と考えます.山形大学医学部視覚病態学山下英俊☆☆☆

新しい治療と検査シリーズ168.Heidelberg Ratina Tomograph Ⅱ(HRT Ⅱ)/Rostock Cornea Module(RCM)

2007年1月31日 水曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.24,No.1,2007??0910-1810/07/\100/頁/JCLSModule(RCM)を取り付けることにより,角膜の各層の二次元画像を取り込むことを可能にした生体共焦点角膜顕微鏡である.HRTⅡ/RCMでは波長670nmのダイオードレーザーの焦点を角膜上に置き,焦点面以外からの反射光を抑制することにより,焦点面の位置の二次元画像を鮮明に得ることができる.得られた二次元画像は400×400?mの範囲が384×384ピクセルの解像度で表される.毎秒30フレームまで撮影することができ,撮影モードの選択で動画撮影も可能である.?実際の検査方法システムはHRTⅡと共有している.準備として,HRTⅡにCorneaModuleの対物レンズ,ヘッドレスト,あご台,被検眼を側面から撮影できるCCDカメラを取り付ける(図1).撮影方法は,対物レンズにPMMA(ポリメチルメタクリレート)製のトモキャップを取り付けCCDカメラの画像を観察しながらトモキャップが角膜新しい治療と検査シリーズ(81)?バックグラウンド細隙灯顕微鏡は,その扱いやすさ,100年以上にわたる経験の蓄積から角膜疾患の観察,診断においては必須の検査機器である.しかし細隙灯顕微鏡の最大拡大率は約40倍であり,より細胞レベルでの観察には限界がある.1990年代になると細胞レベルでの観察を可能にしようと,共焦点顕微鏡が角膜の観察に応用されるようになり,角膜の各細胞,神経線維が形として捕らえられるようになった1~3).しかし,その解析能力は十分に満足できるものではなく,改良が加えられてきた1).そして現在,ニデック社製のConfoscan4とハイデルベルグ社製のHeidelbergRetinaTomographⅡ(HRTⅡ)/Ros-tockCorneaModule(RCM)が最新の機種として活躍している.残念なことに,ニデック社のConfoscan4は現在のところ日本では販売されていないため,HRTⅡ/RCMについて解説したい.?原理HRTⅡ/RCMは,後局部の三次元画像解析装置であるHeidelbergRetinaTomographⅡにRostockCornea168.HeidelbergRetinaTomographII(HRTII)/RostockCorneaModule(RCM)プレゼンテーション:白石敦:愛媛大学医学部眼科学教室コメント:小林顕:金沢大学大学院医学系研究科視覚科学図1HRTII/RCMシステムHRTⅡにCorneaModuleの対物レンズ,ヘッドレスト,あご台,被検眼を側面から撮影できるCCDカメラを取り付けた.図2正常角膜のHRTII/RCM観察像a:角膜上皮最表層,b:角膜上皮基底細胞層,c:Bowman膜神経線維叢,d:角膜実質層.abcd———————————————————————-Page2??あたらしい眼科Vol.24,No.1,2007表面に接触するまでカメラを進める.角膜表層細胞が観察できたら焦点面位置(角膜表面からの距離)を“0?m”にセットし,焦点面調整リングを手動で調整し,観察したい角膜層に焦点を合わせ,撮影を開始する.撮影モードは3種類ある.セクション:フットスイッチを踏むごとに静止画を取り込む.シーケンス:最大100枚までの連続画像(焦点面は手動で調整)を取り込むことができ,動画として再生も可能である.ボリューム:2?mごと(連続した2枚の焦点面の間隔が2?m)に30~40枚の画像を連続して自動的に撮影する.撮影にあたっては,被検者の固視が非常に重要であり,わずかなずれが観察部位,深度の判定に影響する.カメラ操作,焦点調整ともに手動であるため多少の経験が必要であるが,慣れれば角膜中央での角膜表層上皮細胞層から内皮面までの観察が可能であるのみならず,周辺角膜,さらには結膜まで観察が可能となる(図2).?本装置の利点本装置の利点は,従来の共焦点顕微鏡から飛躍的に改良された解像度にある.重症ドライアイや角膜の炎症性疾患では,個々の上皮細胞の質的観察が可能であるとともに,進入してきた炎症細胞が,リンパ球であるかLangerhans細胞であるかの観察までが可能である4)(図3).このようにHRTⅡ/RCMによって角膜のより詳細な構造,細胞レベルでの観察,診断が可能となった.もう一つの大きな利点は,非侵襲的にくり返し検査が可能である点があげられる.これは診断困難例をくり返し観察し,診断確定に役立てるとともに病状の変化を把握するうえで大きな利点であると思われる.今後,多方面からの経験が集積されることにより角膜診断における重要な検査機器となると推測される.文献1)CavanaghHD,JesteJV,EssepianJetal:Confocalmicroscopyofthelivingeye.??????16:65-73,19902)P?sterDR,CameronJD,KrachmerJHetal:Confocalmicroscopic?ndingsofAcanthamoebakeratitis.???????????????121:119-128,19963)Oliveira-SotoL,EftronN:Morphologyofcornealnervesusingconfocalmicroscopy.??????20:374-384,20014)ZhivovA,StaveJ,VollmarBetal:InvivoconfocalmicroscopicevaluationofLangerhanscelldensityanddis-tributioninthenormalhumancornealepithelium.????????????????????????????????243:1056-1061,2005(82)?本方法に対するコメント?生体レーザー共焦点顕微鏡の特徴は何といってもその驚くべき解像度である.角膜上皮,Bowman層,上皮下神経叢をはじめ,角膜のさまざまなコンポーネントがこれまでの白色光源共焦点顕微鏡で観察される画像よりもはるかに高解像度で観察できるようになった.また角膜のみならず,結膜やマイボーム腺の生体観察を可能にした点も新しい.一方,問題点としては,①得られる画像サイズが400?m四方と小さく,検査したい領域を素早く探すのには若干の慣れが必要,②本体と合わせると高価である,③モジュールの取り外しが面倒,④内皮の可視化がやや劣る,などがあげられる.とはいいつつも,本装置で得られる高解像度の眼表面の生体画像は多くの情報を提供してくれるため,筆者らの施設では,角結膜疾患に対する研究目的の用途のみならず,アカントアメーバ角膜炎の補助診断や,各種角膜疾患の詳細な経過観察などに大変重宝している.ab図3重症ドライアイのHRTII/RCM観察像a:角膜上皮表層.低輝度に抜けている範囲は点状表層角膜症に一致したdefect,炎症細胞の浸潤が高輝度な細胞として認められる.b:角膜上皮基底細胞~Bowman膜.多数のLanger-hans細胞浸潤が認められる.