———————————————————————-Page10910-1810/07/\100/頁/JCLSI硝子体手術用前置レンズ眼底の観察は,+60D(角膜:+40D+水晶体・眼内レンズ:+20D)を中和する凹レンズ(たとえば-60D)を前置して正立像を観察するか,相応する凸レンズ(たとえば+60D)を前置して倒像系で観察することで可能となる1)が,それぞれの観察法が硝子体手術へ応用され,進化した2).1.平凹レンズ型・プリズム凹レンズ・メニスカス型凹レンズ単純なレンズ構造が簡便で,観察しながらの手術操作が行いやすいため,経毛様体扁平部アプローチの確立以来現在まで最も汎用されている.a.レンズの形状と素材の進化液?空気置換による網膜復位法が確立すると,硝子体腔を空気に置換した状態での眼内操作が必要となった.角膜・前房・水晶体による巨大な凸レンズは,前後面ともに空気に接すると,+100Dを超え(図1),石英ガラス(屈折率1.488)の平凹レンズでは中和できないため,両凹型レンズ(通称「ズボラレンズ」と愛称)が用いられたが,収差がきわめて大きく,液?空気置換後の操作はごく大まかなものに限られた.そこで,田野ら3)は,高屈折素材(HRI:屈折率1.901)による前置レンズを開発し,空気置換後の眼内操作に必要な視認性が得られるようになった.はじめに硝子体手術の観察系は,他の外科顕微鏡手術分野と異なり,眼球自体が光学組織であるため,手術顕微鏡光学系以外に,前置される眼内観察用レンズ,手術眼ごとに異なるレンズ形状の角膜,水晶体・眼内レンズを含めた光学系を通して,眼内の任意の組織を任意の方向から観察する必要がある.しかし,手術顕微鏡は,眼球光学系を含めて設計されているわけではない.硝子体手術における観察技術革新の一つの鍵は,「眼球光学系の収差情報を含む手術顕微鏡光学系」を備えた「眼科手術顕微鏡」を開発することにある.一方,顕微鏡観察には,接眼レンズを通して肉眼で観察する系と,CCDカメラなどからの映像をディスプレイ表示して観察する系がある.従来,後者はもっぱら記録や中継などを目的としてのみ利用されていた.しかし近年の映像技術分野の進歩は,高精細立体視映像手術システムの実用化の可能性を開いた.肉眼では観察不能な超高感度,超詳細映像デバイスを用いた手術顕微鏡観察システムが臨床応用されれば,現在の限界を超える精度の観察が実現される可能性がある.観察映像に検査画像情報などを付加して表示したりすることも可能である.さらに,映像化された手術顕微鏡観察像は,手術室内以外の任意の場所でも閲覧できるため,専門性の高い医療技術の施設間支援への活用も期待される.本稿では,硝子体手術に関係した観察系の進歩と今後の展望について概説する.(37)??*TohruNoda:国立病院機構東京医療センター眼科〔別刷請求先〕野田徹:〒152-8902東京都目黒区東が丘2-5-1国立病院機構東京医療センター眼科特集●最新の網膜硝子体検査あたらしい眼科24(1):37~46,2007網膜硝子体手術における眼底観察法の進歩?????????????????????????????????????????????????????????????野田徹*———————————————————————-Page2??あたらしい眼科Vol.24,No.1,2007(38)b.高屈折素材前置レンズ(HRIレンズ)高屈折前置レンズでは,広い視野が観察でき,また,プリズムレンズではふれ角がより大きくふれるため,より周辺部までの観察も容易となった.これにより硝子体手術はより安全に能率よく行えるようになった.c.高屈折低分散素材前置レンズ(HHVレンズ)へ網膜硝子体境界面と前部硝子体に関連した病態の理解とその処理法の確立とともに,硝子体手術の課題は,重症の増殖病変を伴う網膜?離の復位から,黄斑部手術へと移行した.人工的後部硝子体?離の作製に引き続き,内境界膜?離の有用性が注目されると,より詳細な眼底観察が求められた.しかし,HRIレンズでは,顕微鏡の倍率を上げても網膜面の微細構造がはっきりと見えない.高屈折素材は分散(各色ごとの焦点のずれ:色収差)が大きく結像状態が低下したためである.そこで,高屈折率でありながら分散の低い(異分散)素材を用いた前置レンズをHOYAが提供し,眼底の視認性はさらに改良された.d.前置レンズの材質・形状と色収差各種素材の平凹型,およびメニスカス型前置レンズを用いて標準的な(20D)PMMA(ポリメチルメタクリレート)眼内レンズ挿入眼の黄斑部を観察した場合の,各波長光の焦点の位置のずれを図2に示す.平凹型レンズでは,石英素材は波長の変化に伴う焦点位置のずれが少ないが,高屈折素材(HRI)はずれが大きく生じ,観察像自体が悪く,顕微鏡でいくら拡大してもはっきり見えない原因がよくわかる.高屈折低分散素材(HHV)では,そのずれが半減されている.注目すべきは,メニスカスレンズの特性で,その効果は単に倍率が大きく観察されるだけでなく,色収差が各素材ともにほとんど生じないため,黄斑部の詳細な観察などには最適な条件であることがわかる(図2).図1有水晶体眼の空気置換時の眼底観察有水晶体眼で硝子体腔を空気で置換すると,角膜・前房・水晶体により約100Dの巨大なレンズが形成される.眼底観察には,それ以上の屈折力の凹レンズを要するため,高屈折素材のレンズが必要となった.約+100D図2各素材の硝子体手術用コンタクトレンズを前置して黄斑部を観察した場合の各波長光の焦点位置のずれ(PMMA20D眼内レンズ挿入眼)平凹型レンズでは,石英に比してHRIは波長ごとの焦点のずれ(色収差)が大きいが,HHVでは,そのずれが半減されている.メニスカスレンズ型のレンズでは,各素材ともに色収差は少なく,黄斑部などの手術を行う場合の観察に適していることがわかる.a.平凹型コンタクトレンズb.凸凹(メニスカス)型コンタクトレンズ0-500-1,0001,000波長(nm)600500:石英:HRI眼底虚像形成位置(μm)5000-500-1,0001,000波長(nm)600500眼底虚像形成位置(μm)500:HHV———————————————————————-Page3(39)あたらしい眼科Vol.24,No.1,2007??手術顕微鏡内の光学系は,後述のごとくアポクロマート補正により,このような色ずれは高度に補正された光学系で構成されている.しかし,硝子体手術では,前置レンズ,眼内レンズを含めた眼球光学系を通して眼底を観察する必要があり,手術顕微鏡だけでは光学設計が不十分となる.これは眼科以外の科の顕微鏡手術にはない特異的な条件といえる.したがって,硝子体手術のための手術顕微鏡開発においては,「顕微鏡,前置レンズ,眼球光学系の収差を統合的に考えた観察システム」を考える必要がある.2.倒像観察系前置レンズ(wide-angle-viewingsystem)倒像鏡を日常診療で常用している眼科医にとって,広い視野で眼底周辺部までの観察が行え,小瞳孔や中間透光体の混濁などの条件に強い倒像観察系で硝子体手術を行うことは長年の課題であった.高屈折素材による非球面レンズ設計,多層膜コーティング技術,さらに,倒像を直像に変換するインバーターの開発により,手術用のレンズが実用化され,改良が加えられてきた4).a.接触型前置レンズVOLK,OCULUS,OcularInstrumentからそれぞれに工夫されたレンズが市販されている.2枚以上の非球面レンズで構成される(+60D~+130D)が,滅菌の必要があるため,レンズ間のスペースに結露しないように,開放構造や,レンズが分解できる構造などの工夫がされている.複数の素材を複合レンズに合成した一体型レンズもある.レンズを良好な位置に保持する必要があり,柄を取り付けて助手が保持するが,やや慣れが必要であり,角膜接触面にレンズを支える足のような部分が付けられているものもある.b.非接触型前置レンズシステム既存の手術顕微鏡システムに取り付け可能なBIOM-Ⅱ(OCULUS),顕微鏡と一体設計となったOFFISS(TOPCON)がある.前者は,各社の既存の手術顕微鏡に取り付けができ,汎用性が高い(LEICAの顕微鏡は,コントロールユニットも電動で連動する).後者は,顕微鏡が限定されるが,画期的な広視野照明を装備したシステムとの総合設計であるため,光学的にも操作性にも利点がある.II硝子体手術用顕微鏡1.照明光学系a.眼内照明ライトガイドなどの眼内照明は,前眼部の光学面での散乱を伴わずに直接眼内組織を照明できるのが特長である.硝子体切除では,照明光による硝子体フレアを観察するため,照明角の狭いライトガイドが観察しやすい.逆に,wide-angle-viewingsystemを用いる場合は,広い観察視野に対応して照明角が広いタイプのライトガイドが有用である.両手法による手術操作を行う際には,ライトガイドがシャフトに挿入できる剪刀や鑷子を用いるか,インヒュージョンプラグまたは独立した位置に照明を設置するシステム(シャンデリア照明)を併用する.最近は,スリット照明装置やOFFISSなどの顕微鏡照明も手術条件に合わせて選択できるようになった.b.顕微鏡照明近年は超音波白内障・眼内レンズ同時手術も行われることが多いため,顕微鏡は良好な徹照が得られる観察系も備えている必要がある.(1)同軸照明同軸照明とは,対物レンズを通しての照明で,観察光路の軸にできるだけ近い方向(2?程度)から照明すると良好な徹照光が得られやすく,また狭く深い術野まで照明が届きやすくなる.逆に,観察光路軸からずれた方向(6?程度)からの照明では,観察面の凹凸に影を形成して立体感が増す効果が得られる.ZEISSの顕微鏡は2?同軸照明に術者の好みに応じて6?照明を付加調光できるシステムを備えている(図6b).●OFFISS藤田保健衛生大学の堀口とTOPCON社が共同開発した観察系で,ちょうど眼底カメラを用いて眼底を観察しているような広い照明視野がwide-angle-viewingsys-temにより得られ,両手で手術操作が行える.眼内レンズなどの反射面が存在すると表面からの反射光を生じるため,眼内レンズ挿入は眼内操作の終了後に行うようにする.———————————————————————-Page4??あたらしい眼科Vol.24,No.1,2007(40)(2)斜照明斜照明は対物レンズの外からの照明で,観察光路と照明光路の軸が大きくずれるため,術野が奥深く狭いと照明が届きにくく,徹照も得られないため,眼科手術顕微鏡では通常のものは,ほとんど用いられていない.●スリット照明装置(図3)近年,硝子体手術においてもその有用性が注目されている.原理は細隙灯顕微鏡と同様で,観察系焦点位置がスリット光の焦点となるように斜照明を装備したものである.硝子体基底部のshavingなど前部硝子体の観察処理には,直接硝子体から網膜面を直接観察できるため,特に有用である.後極部の病変に対しては,(反射防止加工した前置レンズを用いて:HOYA)両手法で操作が行える.フランスなど,欧州の術者は好んで用いているが,米国ではあまり普及していない.c.硝子体手術に用いる光源:ハロゲンvsキセノン眼科では,光毒性の問題から,一般の手術顕微鏡には短波長(青)成分が少ないハロゲン光源がおもに使用されてきた.キセノン光源は,照度に優れるが,網膜の光毒性の問題があるため,あえて避けられてきた(他科では汎用されている).しかし,近年,25ゲージ手術システムの普及とともに,細いゲージから有効に照度が得られる利点を生かして,眼科領域でもキセノン光源の有用性が注目されてきている(図4).●キセノン光源の特徴キセノン光源は,ヒトの視覚に最も影響する550nm前後のスペクトラムが高い(より長波長の成分はハロゲンに比して相対的に低くなる)ため,照度に優れる.短波長(青)成分は散乱を生じやすい.したがって,半透明な硝子体を照明すると,散乱光が多く生じるため硝子体が観察しやすい.また,網膜表面へ照明した場合は,より表層からの反射が強くなるため,表面の性状が観察しやすい.逆に,中間透光体などに混濁がある場合は散乱が生じて観察が妨げられやすく見にくいことがある.ライトガイド,スリット照明,顕微鏡同軸照明それぞれに,手術条件に合った光源の組み合わせを選択することで,より明瞭な観察が行える.2.観察光学系a.基本構造手術用顕微鏡の観察像からの光束は,対物レンズ系で平行光線となり,中間鏡筒光学系を経て接眼部に至る.図3スリット照明装置(ZEISS)近年,硝子体手術においてもその有用性が注目されている.前部硝子体の処理は直視下で硝子体を明瞭に観察でき,低反射加工前置レンズ(HOYA)を用いれば,後極部の操作も両手法で行うことができる.図425ゲージシステムとキセノン照明光源25ゲージシステムでは,細いライトガイドから効率よく明るい照明光を得る必要がある.キセノン光源は熱の発生を伴わずに高い照度を得やすいため,眼科手術においてもその有用性が再認識されている.a:20ゲージおよび25ゲージの照明プラグ(Synergetics).b:キセノン光源ユニット(上:ZEISS,中:Synergetics,下:Alcon).20ゲージ25ゲージab———————————————————————-Page5(41)あたらしい眼科Vol.24,No.1,2007??接眼部では,倍率をさらに拡大するとともに正立像とし,術者の観察姿勢にあった方向に光路を向ける.中間鏡筒内は原則的に平行光であるため,距離が増えても中心視野にはあまり影響はない.したがって,その間に,フィルターやビデオシステム,正・倒像インバーターなど,いくつか光学系を重ねて設置することができる.(1)対物レンズ:焦点距離(作動距離)高性能な手術顕微鏡は,術者および助手用顕微鏡の観察系と照明系とを同じ対物レンズで共有する構造となっている.(2)中間鏡筒光学系1)変倍モジュール硝子体手術では,フットペダルで倍率をコントロールするズーム変倍装置を用いる.2)レーザー保護フィルター使用する眼内レーザーの波長特性に合ったフィルターを設置する.アルゴンレーザーは波長域が広いため(半値幅が広い),広範囲の可視波長域をカットする必要があり,フィルターはレーザー装置と連動して照射時のみに電動で挿入されるシステムが必須である.810nm赤レーザーや,ダイオードを用いた532nm緑レーザーを用いる場合も同様であるが,ダイオードでは発振波長のみをシャープにカットすればよいため,視認性への影響が少ないフィルターを常時挿入して手術を行う術者もいる.3)ビームスプリッター・ビデオカメラシステム術者用観察系または助手用観察系の中間鏡筒部にハーフミラーを設置し,光束の一部をカメラへ分配する.以前は50%程度の分光比率が多かったが,最近はカメラの性能の向上に伴い,20%程度の設定が多い.ビームスプリッターで分配された光束は,使用するCCD板などの面積に合った焦点距離のレンズを介してカメラに接続する.4)絞り高性能な明るく解像度のよい(開口が大きい)顕微鏡は,不可避的に焦点深度が浅くなる.解像度よりも焦点深度の深さが優先される手術では,絞りを設置して,必要に応じて開口を絞ることにより焦点深度を深める効果が得られる.5)正・倒像インバーター(wide-angle-viewingsystem)OCULUSのSDI-Ⅱ(電動)のほかOcular,VOLKのシステム(手動)がある.前者は,各社の顕微鏡に汎用されている.TOPCON社のOFFISSも正・倒像インバーターはOCULUS社のSDIを用いている.6)周辺部観察用収差補正システム眼内レンズ挿入眼の周辺部眼底を観察する際には,高屈折素材の眼内レンズを鋭角に斜めに横切る光束での観察となるため,大きな収差(特に非点収差)が生じ,前置するプリズムレンズで生じる色収差とともに,詳細な眼底観察が行えない.筆者らは,TOPCONとの共同開発により,さまざまな色収差,非点収差を補正する収差補正ユニットの開発を進めている.(3)接眼レンズ顕微鏡の接眼レンズは10×程度が適当で,10×,25図5正・倒像リインバーターを内蔵した接眼鏡ユニット(ZEISS)正立・倒立リインバーターを接眼鏡ユニットに組み込むことは,顕微鏡の基本的なしくみから最も合理的であり,限りなく自然に正立像,倒立像を変換することができる.また,顕微鏡全体の構成もすっきりと配置される.a:術者用,助手用それぞれのリインバーター内蔵接眼鏡ユニット.b:リインバーター内蔵接眼鏡ユニットを用いた場合の顕微鏡システムの概観.c:従来の接眼鏡ユニットとSDI-Ⅱを組み合わせた顕微鏡システムの概観.abc———————————————————————-Page6??あたらしい眼科Vol.24,No.1,2007(42)mm視界は53?視角に相当し,平均的な術者が観察しやすい視角となっている.●正・倒像リインバーターを内蔵した接眼鏡ユニット(ZEISS)ZEISS社は,wide-angle-viewingsystemで用いる正・倒像インバーターを接眼レンズ系に組み込み,手動切り替えを行うシステムを開発した(図5).元々,接眼ユニットは像の方向を術者の観察方向に合わせる機能を受け持つ光学部分であり,正立像,倒立像の変換を行うユニットとしてはまさに最適といえ,実際,変換を行ってもほとんど見え方が変わらず自然な観察が得られる.問題は,ビデオモニター映像が倒像のまま記録されることであるが,映像信号に関しては方向の変換は比較的容易に行えるため,必要に応じて画像変換機器を用いればよい(インバーター機能を備えたビデオシステムもある:Ikegami).(4)術者用顕微鏡と助手用顕微鏡(図6)最近の顕微鏡は,術者と助手のそれぞれの左右の観察光路は互いに直行した位置関係に配置され,同軸(つまり同じ接眼レンズで)立体観察するシステムがとられている.術者用顕微鏡は電動ズーム方式,助手用顕微鏡は手動の段階式変倍形式をとるものが多いが,術者と助手が変倍モジュールも共有して常にほぼ同じ条件で観察できるシステムもある.術者および助手の左右の開口部分と照明の位置関係は,眼科手術顕微鏡の設計コンセプトに大きく関係する.TOPCONのOMS800(図6a)は,術者の左右の観察光路に対して助手の観察光路はずれた位置関係にある.この配置は,術者の観察光路付近に大きな照明をおくことができるため,前眼部手術の際には良好な徹照と立体感を併せて得やすくきわめて良好な条件となるが,眼底観察などの際には術者と助手の光路がずれているため,助手の観察が術者とずれを生じる可能性がある.前眼部手術をおもに行う術者や術者主導の硝子体手術を組み立てる術者には,きわめてコストパフォーマンスに優れた構造といえる.それに対して,ZEISS(図6b),LEICA(図6c)の顕微鏡は,術者と助手の観察光路が完全に直行した位置関係に配置され両者はほぼ完全な同軸観察となるため,両者の観察は眼底観察などにおいても常にほぼ共有されたものとなる.術者と助手が常に共同して手術を進める術者,教育熱心な術者には,最適な顕微鏡である.4つの観察光路が近接し,照明を設置するスペースは若干狭くなるので,照明は複数に分けるなどの配置をとっている.特に,LEICAの顕微鏡は,術者と助手の観察光路は同等の光学系でちょうど90?回転した位置に配置され,両者は常にほぼ同じ光学条件で観察される.この4つの光路はズーム変倍ユニットも連動し,術者と助手の術野の観察像は常に共有される特筆すべきシステムになっている.将来,接眼レンズを通しての肉眼観察が高性能カメラ映像に取って代わられた場合の次世代の顕微鏡システムの可能性を考えると(その具体的なシステム開発を計画すると),これは,時代を大きく先取りしたシステムといえる.b.収差補正解像度の高い高性能な顕微鏡には,高度な収差補正がなされている.手術顕微鏡性能の評価の際,しばしばポイントとされるのが,像面弯曲収差と色収差の補正の度合いであるが,眼科用のハイクラスな顕微鏡はいずれの収差も高度に補正されている.(1)像面弯曲:プランレンズ系硝子体手術に使用される顕微鏡は,眼底の観察の際に拡大すると黄斑部が隆起して見えるなどの不都合などが生じないように,全観察視野にわたって像面弯曲が補正され,平面がゆがみなく観察されるプランレンズである必要がある.(2)色収差補正:アクロマートとアポクロマート自然のままでは短波長の青色光は長波長の赤色光よりも焦点を短く結ぶ.そのずれ(色収差)は,色にじみや色ずれ,ぼけの原因となるため,高性能な顕微鏡では,主要な波長の焦点を一致させるように高度な技術で補正がなされている.色収差補正の等級には,アクロマート(赤:656nmと青:486nmの像点が一致する規格),アポクロマート(主要3波長の像点が一致する規格)などがあるが,現在の高性能な眼科手術顕微鏡では,アポクロマート補正が行われている.———————————————————————-Page7(43)あたらしい眼科Vol.24,No.1,2007??〔参考〕開口数,解像度,観察像の明るさ,焦点深度解像度を高くするためには,大きな開口数(NA)つまり,より大きな口径の対物レンズを必要とする.NAが大きいほど分解能,明るさの点で優れている.観察像の明るさは,照明光の明るさ,レンズの開口数,総合倍率で変わり,観察倍率を2倍にすれば明るさは1/4となる.像の明るさ(I)=観察面の明るさ(Io)×(NA/Mo)2大口径の(NAの高い)レンズ光学系は,明るく,解像度が高いが,色収差をはじめとする収差の完全補正のためにはより複雑な(きわめて高価な)レンズ系を要し,かつ焦点深度が浅くなる.両者は相容れない条件であり,そこで,手術操作にいかに対応した設定とするかが各社の特徴となっている.たとえば,解像度が高く明るい顕微鏡は,黄斑部など特定の部分観察には抜群の見や図6術者観察光路,助手観察光路,同軸照明の光路配置a:TOPCONOMS800.術者と助手の観察光路がややずれた位置に配置されている.硝子体手術の際には,助手は観察が妨げられる可能性がある(術者と同じ視野での観察を優先する場合は,術者の片側の光路を分光して助手の左右に振り分け,擬似立体として観察する).前眼部手術には,術者の観察光路付近から大きな同軸照明を配置できるため,最良の条件となる.b:ZEISSOPMIVISU200(最新モデルはVISU210).術者と助手の観察光路が90?回転した位置に配置され,術者と助手はほぼ同じ視野で観察できる.同軸照明の配置は,徹照を得るための2?照明と,立体感を得るための6?照明とに分けて設置され,6?照明は観察条件に応じて調光可能となっている.c:LEICAM844F40.術者と助手の観察光路は同等の光学系でちょうど90?回転した位置に配置され,両者は常にほぼ同じ光学条件で観察される.この4つの光路はズーム変倍ユニットも連動し,術者と助手の術野の観察像は常に共有されている.同軸照明は4つの観察光路の外側の位置に2カ所設置されている(※下図:QuadZoomTMユニットの構造模型).術者※助手助手術者術者白内障手術硝子体手術助手a.TOPCONOMS800c.LEICAM844F40b.ZEISSOPMIVISU200(最新モデルはVISU210)IlrRLrlIlrRLrlIIRLrlIIlrRLR:術者右観察光路L:術者左観察光路r:助手右観察光路l:助手左観察光路I:照明(反射鏡)———————————————————————-Page8??あたらしい眼科Vol.24,No.1,2007(44)すさを発揮するが,焦点深度が浅く,単純硝子体切除の際に頻繁にピント合わせを要したり,白内障手術などで操作部位と後?とが同時に確認しづらかったりする.III手術映像の撮影,映像信号の転送・記録手術顕微鏡で観察される映像は,ビデオカメラで撮影することにより,見学者にもモニターで供覧したり,録画して手術映像を残したりすることができる.従来のビデオ映像は,それらを目的としてもっぱら用いられてきた.しかし近年,肉眼機能を超える超高感度,超高精細の映像システムが開発されており,今後の手術映像システムは,従来の接眼レンズを通した顕微鏡観察をはるかに超える特殊機能を備えた観察系として開発が進められる可能性が示唆されてきた.さらに,術野の映像に,術前・術中に採取された検査画像情報などを付加して表示することも可能となる.すでに脳神経外科領域では,脳腫瘍手術の際,顕微鏡映像にMRI画像を重ねて表示する手術支援システムが実用化されている5).将来的には,生体眼底顕微鏡と手術ロボット開発の組み合わせにより,網膜血管外科手術や,生体網膜細胞操作などの超微細手術やそれらの遠隔手術システムの実用化も必ずしも夢ではない時代となってきた.1.ビデオカメラ手術映像を記録するカメラの工学技術も飛躍的に進歩している6).高性能CCDなどの撮像素子の技術開発によるところが大きいが,さらに,手術野の特殊な条件で撮像された映像信号が,いかにしたら自然な画像となるか,色(特に術野では赤の再現性が重要)や輝度分布特性とその変化に対応するプログラム設定も重要なノウハウであり,各メーカーにより開発が進められている.a.CCDカメラ現在,主流となっているカメラの撮像方式は,RGBの3原色を各々1枚ずつのCCDで電気信号に変換する3CCD方式である.解像度,色再現性に優れるが,高価でやや大型になるのが欠点である(価格は販売台数に最も大きく依存する.手術専用のような設定のカメラは,販売台数が著しく限られるため価格は高価となる.先端的技術であっても汎用モデルはきわめて安価となる).1CCDや2CCD(G:緑はカメラの内蔵信号で代用)カメラは小型だが,映像は3CCDに大きく劣り,良好な画質が必要とされる分野での実用性はない.●HDTV(ハイビジョン)3CCDカメラ眼科手術顕微鏡に取り付けができ,手術映像として満足できる画質の小型ハイビジョンカメラはきわめて限られているのが現状で,2007年1月現在,SONYHDC-X300(図7)が唯一の選択となっている.しかし,カメラ本体が大型で,顕微鏡にかかる重量負荷も大きい.コントロールユニット(CCU)を分けるなど,早急に医療用に即した小型カメラの開発が切望される.ハイビジョンカメラを用いれば,細隙灯顕微鏡では,従来のカメラでは撮像困難であった角膜内皮細胞も描出でき,手術顕微鏡においても高品位高精細な手術映像が記録できる.b.最先端技術を備えた超高性能カメラ(1)超高感度高精細カメラSuperHARPカメラは,NHK放送技術研究所の谷岡ら7)が開発した超高感度高精細カメラで,肉眼ではほとんど視認不能な暗視野での鮮明なカラー画像の撮像を可能とし,多くの事件報道などで活用されている.すでに三宅ら7)は,同じくNHKの望月7)の開発したハイビジョン立体ビューワーと組み合わせた眼科顕微鏡手術システムを用いて,きわめて低照度で眼科顕微鏡手術が行えることを報告している.現在は,固体HARPカメラの開発により,さらにカメラの小型化が進められている.その他にも,IMPACTRONTMをはじめとする超高感度画像素子を利用した小型軽量のカメラの開発が進められている.超高感度高精細カメラを用いた低照度手術は,眼科領域では光毒性の問題からも,局所麻酔下で患者の受ける手術の質の向上の観点からもきわめて有用であり,今後の実用化が期待される.(2)超高速撮影用カメラnac社は,高解像度(1,280×1,024ピクセル),超高速(最大2億コマ/秒まで)の撮像を実現した世界最高速のハイスピードカメラを開発し,スポーツをはじめとするさまざまな映像分野において貴重な映像を提供している.眼科手術領域においても,硝子体カッターにより硝子体が切除される状態の分析や,超音波水晶体乳化吸引機序の解析などの研究に応用されている(三好ら8)).———————————————————————-Page9(45)あたらしい眼科Vol.24,No.1,2007??2.立体ビューワー観察システムモニター映像による手術は,外科領域ではすでに内視鏡手術として,広く臨床応用されている.眼科手術はきわめて微細であるうえに立体観察を要するために高精細立体映像システムは不可欠なものとなる.立体観察システムの方式には,偏光や赤緑信号を利用して左右の映像に画面を振り分け,偏光眼鏡や赤緑眼鏡で観察する方法などさまざまな方式がある.NHK放送技術研究所の望月らは,左右の顕微鏡観察映像を一つのハイビジョン画面の左右に配置して表示して,立体ビューワーで観察するシステム(図7)を開発している.長時間の観察を行っても他の立体ビューワーに比して疲れにくいのが特長である.左右の顕微鏡映像は,2組のCCDカメラ(カメラは通常のNTSCでも可能)で撮像して合成機を用いて1画面のハイビジョン映像に合成する方式(図7-2)と,アダプターレンズを用いて左右の映像を1台のハイビジョンCCDカメラに投影する方式がある(図7-1).ハイビジョンカメラで撮影される立体映像自体はかなり良好で,微細な手術操作も可能と思われるが,このシステムの実用化における今後の課題は小型で高精細のハイビジョンモニターの開発にかかっている.3.記録装置VHS,S-VHSなどのアナログビデオテープの映像は,複製,編集などにより映像が劣化するが,DVなどのデジタルビデオテープを用いて録画しておけば,手術ビデオの編集作業も画質の劣化がほとんど伴わずに容易に行えるようになった.近年,デジタル技術はさらに進み,DVDやブルーレイディスク,安価で大容量で高速のハードディスク(HDD)などのメディアに映像を直接記録したり,搬送に用いたりすることが可能となっていab左カメラ右カメラ右左2つのカメラからの映像をハイビジョン1画面に合成1)ab3)2)図7ハイビジョン立体映像撮影システム(望月,NHK)1)術者用顕微鏡の左右の観察光路からの2つの映像を1台のハイビジョンカメラに投影するビームスプリッター・アダプターレンズを用いたシステム(顕微鏡:ZEISSOPMIVISU200,ハイビジョンカメラ:SONYHDC-X300).a:カメラが大型であるため,ビームスプリッター・アダプターユニットを介して顕微鏡の後方に設置する.b:ハイビジョンカメラとステレオ・ビームスプリッター・アダプターレンズユニット.2)従来の小型CCD(NTSC)カメラ×2台で左右の顕微鏡映像を撮影し,1つのハイビジョン画面に映像を合成して表示するシステム(顕微鏡:TOPCONOMS800).3)ハイビジョン立体ビューワー(望月,NHK).1つのハイビジョン画面に表示された左右の顕微鏡映像を,立体ビューワー(プリズム+凸レンズ)で立体観察する.a:手術顕微鏡に接眼鏡と併設し,必要に応じてビューワーで観察する.b:見学者も術者と同じ立体映像を観察できる.———————————————————————-Page10??あたらしい眼科Vol.24,No.1,2007(46)る.映像も,より高精細なハイビジョンの規格へと移行しつつある.以前はきわめて高額な映像機器を要した手術映像の編集作業も,今はパソコンで容易に行えるようになった.今後,手術顕微鏡整備を計画する際には,ハイビジョンデジタル映像記録を基調とした映像機器整備を併せて計画していく必要がある.4.医療画像の送信技術と遠隔医療への応用近年,インターネットの普及とともに,ADSL(asym-metricdigitalsubscriberline),光ファイバーなどによるデータの高速転送が可能となった.しかし,手術映像をはじめとする医療映像信号は,守秘されるべき個人情報であるため,それらの情報ネットワークを単純に利用して送受信を行うことはできない.ブロードバンド回線を利用した遠隔手術支援の実用化には,手術操作を行えるだけの高画質映像情報をリアルタイムに転送できること,ネットワーク接続が切断されないこと,通信のセキュリティーが保護されること,などが必要条件となる.映像が高精細になれば情報量が飛躍的に増大し,また,通信セキュリティー確保のための暗号強度の強化も,通信に遅延を生じるため,いずれも通信速度との干渉条件となる.東京医療センターと慶應義塾大学病院とは,和田らを中心とする外科チームが,シスコシステムズ,オリンパスプロマーケティング,フォーカスシステムズなどの技術協力を得て,外科内視鏡手術遠隔支援システムを構築し,倫理委員会の承認に基づいた実際の手術経験によるシステム検証を重ねてきている.音声情報による口頭指示や手術映像にペンで記入するなどの情報の付加もできるシステムとなっている.今後は,眼科手術へも応用し,さらに,光ファイバー回線を用いたハイビジョン立体映像システムへと発展させていく予定である.文献1)野田徹:眼底観察と前置レンズ.臨眼52(11):173-176,19982)野田徹:手術顕微鏡.眼科診療プラクティス71:32-40,20013)田野保雄,柏木豊彦,眞鍋禮三:高屈折率眼底観察用コンタクトレンズ.眼科手術1:161-165,19984)大路正人:硝子体手術とWideAngleViewingSystem.眼科手術11:321-327,19985)森田明夫,光石衛,割澤伸一ほか:深部脳神経外科支援ロボットMM1.Newton(日本語版)9:76-83,20046)野田徹:映像信号とそのデジタル化.眼科診療プラクティス33:84-87,19987)MiyakeK,OtaI,MiyakeSetal:Applicationofanewlydeveloped,highlysensitivecameraanda3-dimensionalhigh-de?nitiontelevisionsysteminexperimentalophthal-micsusrgeries.???????????????117:1623-1629,19998)三好輝行,吉田博則:超高速デジタルビデオカメラによる超音波チップの観察.眼科手術19:193-197,2006