———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.23,No.12,2006????0910-1810/06/\100/頁/JCLS瞳孔膜とは瞳孔膜は胎生9週頃から8カ月頃までの間に一過性に水晶体の前表面にみられる血管膜です1).「膜」という名がついていますが,組織学的には血管とわずかなコラーゲン線維で構成されており,大虹彩動脈輪の分枝血管が水晶体前表面に接着し血管網を形成しています2,3).その機能は毛様体で房水産生が始まるまでの水晶体上皮細胞の栄養であると考えられています.瞳孔膜消退という不思議な現象良好な視機能を獲得するためには,発達期に中間透光体が透明であることが必要です.視機能発達のために透明でなくてはならない光路上の水晶体に不透明な“膜”を張り,眼内に光が入射するまでにそれを完全に消すというプロセスは,その“膜”が遺残してしまう可能性を考えると,瞳孔膜が水晶体形成において如何に重要な機能を果たしているとしても,眼球にとって危険性が高い選択であったといわざるを得ません.しかし一方で,視機能の発達を障害するような重度の瞳孔膜遺残例に遭遇することはきわめてまれであり,健常成人のほとんどにおいて瞳孔膜は問題なく消退していることも事実です.このことから,瞳孔膜の消退は非常に効率的かつ安定したメカニズムによって誘導され,瞳孔膜遺残というリスクは巧妙に回避されているのであろうということが想像されます.これまでの研究から1994年にLangらによって瞳孔膜の消退の本態は血管のアポトーシスであることが明らかにされました4).その後瞳孔膜のアポトーシスを誘導する因子について多くの検討がなされており,これまでに瞳孔膜を取り巻く環境,すなわち水晶体,房水そして血流由来のアポトーシス誘導因子(マクロファージ,活性酸素種,骨形成蛋白)の増加および血管新生促進因子(血管内皮細胞増殖因子,塩基性線維芽細胞増殖因子)の減少が瞳孔膜消退に重要な役割を担うことが報告されています4~9).これらによれば,瞳孔膜の消退には実にさまざまな因子が関与しその経路は複数存在することになります.しかし,これらの因子・経路を眼球形成後期にほぼ個体差なく機能させ,瞳孔膜消退をひき起こすトリガーが何であるかということについては解明されていませんでした.虹彩の“動き”に伴って瞳孔膜の血流動態が大きく変化する筆者らはラット眼(ヒトとは異なり生後2週間で瞳孔膜の消退が完了する)において瞳孔膜の消退と虹彩の運(69)◆シリーズ第72回◆眼科医のための先端医療監修=坂本泰二山下英俊森實祐基*1,2毛利聡*2〔*1岡山大学大学院医歯薬学総合研究科眼科学*2同システム循環生理学〕虹彩の“動き”が瞳孔膜の消退を誘導する─虹彩のもうひとつの機能─図1瞳孔膜消退の時間経過(a)および虹彩の運動能発達の時間経過(b)a:生後各日数における瞳孔膜血管の分岐点数.生後8日目から瞳孔膜の消退が顕著となり14日目には完全に消退する.b:点眼薬によって交感神経を刺激し副交感神経を抑制した場合の瞳孔径(○)および副交感神経を刺激し交感神経を抑制した場合の瞳孔径(■).交感神経と副交感神経をともに抑制した場合の瞳孔径を100として表示.自律神経刺激に対する虹彩の反応は生後8日目頃からみられる.ba01002003004021214108604060801001201402040212141086生後日数(日)生後日数(日)瞳孔膜血管の分岐点数瞳孔径(自律神経抑制時に対する%)———————————————————————-Page2????あたらしい眼科Vol.23,No.12,2006動能(縮瞳能・散瞳能)の発達が同期的に進行することに着目し(図1),虹彩の“動き(縮瞳・散瞳)”が瞳孔膜のアポトーシスを誘導する引き金ではないかと仮説を立てました.そこで,独自に開発した生体ビデオ顕微鏡(空間解像度0.5?m)を用いて虹彩運動に伴う瞳孔膜の血流動態の変化を可視化・観察しました.その結果,虹彩の動きに伴って瞳孔膜の形態は大きく変化し,さらに縮瞳時には瞳孔膜の血流が停止し,散瞳時には血流が再開することが明らかになりました(図2)10,11).虹彩の“動き”を抑制すると瞳孔膜が遺残する血流の停止(虚血)や間欠的な停止(虚血再灌流)は活性酸素種や種々のアポトーシスリガンドの産生,shearstressの減少などを介して血管内皮細胞のアポトーシスを誘導することが明らかにされています12~15).筆者らは虹彩の動きが瞳孔膜の血流動態に変化をもたらし,アポトーシスを誘導するのではないかと考えました.そこで,虹彩の動きを持続的に抑制し瞳孔膜の血流動態の変動が起こらないようにすれば,瞳孔膜の消退が抑制されるかどうか検討しました.その結果,生後12日目まで虹彩運動を持続的に抑制すると,瞳孔膜血管内皮細胞のアポトーシスがコントロール群に比べて有意に抑制され瞳孔膜が遺残しました(図3).また,瞳孔膜消退を誘導する重要な因子の一つと考えられているマクロファージの遊走も有意に抑制されました.以上の結果から,虹彩の動きが瞳孔膜に血流動態の変化を起こし,それがマクロファージなどのアポトーシス誘導因子を活性化することによって瞳孔膜消退を誘導すると結論しました.研究の意義と今後の課題本検討では,虹彩?瞳孔膜?水晶体の相互関係によって瞳孔膜の消退が誘導されることが明らかになりました.この結果は,これまで遺伝子によってプログラムされた細胞死であると考えられてきた器官形成期のアポトーシスにおいて,組織間の生理的な相互作用がその誘導に重(70)図2虹彩の動きに伴う瞳孔膜血流の停止・再開(生後12日目)コントロール(自律神経抑制)状態(a),縮瞳時(b),散瞳時(c)における瞳孔膜の形態変化(上段,Bar:1mm),血流動態の変化(中段,Bar:100?m),虹彩?瞳孔膜?水晶体の相互関係模式図(下段).縮瞳時,虹彩によって瞳孔膜血管は瞳孔領中央に寄せ集められた(b上段の白矢印).その際,瞳孔膜は水晶体表面に接着しているため,瞳孔膜血管は強く屈曲し(b下段の*)血流が停止した(b中段の黒矢印).散瞳時には虹彩によって瞳孔膜血管は伸展され(c上段の白矢印)血流が再開した(c中段の黒矢印).*bac血流再開散瞳時縮瞳時血流停止*水晶体虹彩瞳孔膜図3虹彩の動きを抑制することでみられた瞳孔膜の遺残a:コントロール群の生後14日目.生後4時間ごとに生理食塩水を点眼した.瞳孔膜はほぼ完全に消退した.b:虹彩の動きを抑制した群の生後14日目.生後4時間ごとに1%アトロピンを点眼し虹彩運動を抑制した.その結果,瞳孔膜が遺残した(白矢印).遺残した瞳孔膜では血流が保たれていた.a.コントロール群b.虹彩の動きを抑制した群———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.23,No.12,2006????5)LangRA,BishopJM:Macrophagesarerequiredforcelldeathandtissueremodelinginthedevelopingmouseeye.????74:453-462,19936)MeesonA,PalmerM,CalfonMetal:Arelationshipbetweenapoptosisand?owduringprogrammedcapillaryregressionisrevealedbyvitalanalysis.???????????122:3929-3938,19967)MeesonAP,ArgillaM,KoKetal:VEGFdeprivation-inducedapoptosisisacomponentofprogrammedcapil-laryregression.???????????126:1407-1415,19998)YanagawaT,MatsuoT,MatsuoN:Aqueousvascularendothelialgrowthfactorandbasic?broblastgrowthfac-tordecreaseduringregressionofrabbitpupillarymem-brane.????????????????42:157-161,19989)KiyonoM,ShibuyaM:Bonemorphogeneticprotein4mediatesapoptosisofcapillaryendothelialcellsduringratpupillarymembraneregression.?????????????23:4627-4636,200310)MorizaneY,MohriS,KosakaJetal:Irismovementmediatesvascularapoptosisduringratpupillarymem-braneregression.??????????????????????????????????????290:R819-825,200611)HinesPJ:Deathintheblinkofaniris.???????310:747-749,200512)DaemenMA,deVriesB,BuurmanWA:Apoptosisandin?ammationinrenalreperfusioninjury.???????????????73:1693-1700,200213)HouST,MacManusJP:Molecularmechanismsofcere-bralischemia-inducedneuronaldeath.??????????????221:93-148,200214)KrijnenPA,NijmeijerR,MeijerCJetal:Apoptosisinmyocardialischaemiaandinfarction.?????????????55:801-811,200215)ScarabelliT,StephanouA,RaymentNetal:Apoptosisofendothelialcellsprecedesmyocytecellapoptosisinisch-emia/reperfusioninjury.???????????104:253-256,2001要な役割を果たしていることを示した一例であるといえます.また眼科学的には,これまで知られていなかった虹彩の新たな機能を示唆する結果といえるのではないかと考えています.本検討はあくまでラットでの結果であり,そのままヒトに外挿することはできませんが,従来考えられてきた虹彩の機能─眼球に入る光量の調節,光学収差の減少,焦点深度の調節─に加えて,虹彩は光が眼球内に入る以前にも“瞳孔膜を消す”という機能を果たしている可能性があると考えます.今後,虹彩の動きとさまざまなアポトーシス誘導因子との関わりについて検討を進めるとともに,眼球形成期にみられる他の眼内血管(硝子体動脈,水晶体血管膜)の消退機構についても検討を進めたいと思います.そうすれば,不明な点が多い眼球形成の仕組みについてさらに解明が進むのではないかと考えます.文献1)BeebeDC:Adler?sPhysiologyoftheEye,10ed,p117-158,Mosby,StLouis,20032)MatsuoN,SmelserGK:Electronmicroscopicstudiesonthepupillarymembrane:the?nestructureofthewhitestrandsofthedisappearingstageofthismembrane.?????????????????10:108-119,19713)LatkerCH,KuwabaraT:Regressionofthetunicavascu-losalentisinthepostnatalrat.??????????????????????????21:689-699,19814)LangR,LustigM,FrancoisFetal:Apoptosisduringmacrophage-dependentoculartissueremodelling.????????????120:3395-3403,1994(71)■「虹彩の動きが瞳孔膜の消退を誘導する─虹彩のもうひとつの機能─」を読んで■医学に限らず,科学は新しいアイデアや,革命的コンセプトにより飛躍的に進歩します.研究設備が整った組織に属するのは,ある程度予測可能な結果を出すためには有利ですが,学問を飛躍的に進歩させるようなコンセプトを創造するためには,必ずしも有利とはいえません.なぜなら,新しいコンセプトは研究者のイマジネーションによってのみ創造されるものであり,イマジネーションは研究者の頭のなかにあるからです.頭のなかは,研究者が所属する機関の研究設備や資源には無関係です.それゆえ,新しいコンセプトを創造した研究者はよりいっそう賞賛されるのです.さて,今回の森實祐基先生の研究は,この新しいコンセプトを創造したものといえます.網膜の虚血・再灌流動物は,血管障害を擬した病変のモデルとして,さまざまな医学研究分野で使われてきました.眼科領域でいえば,このモデルを用いることで,網膜血管障害の後の網膜障害発生のメカニズムが,分子レベルで解明されるようになりました.たとえば,虚血・再灌流が起こるとアポトーシスがひき起こされますが,それはさらなる炎症を誘導し,最終的にはきわめて重篤な網膜の障害をひき起こします.多くの研究者は,虚血・再灌流という概念から,網膜静脈閉塞などの病態を思い浮かべるだけでした.ところが森實先生たちは,虚血・再灌流という概念をまったく違う視点からとらえました.本文にあるように,虚血・再灌流という現象が,発生における組織形成に重要な働きをして———————————————————————-Page4????あたらしい眼科Vol.23,No.12,2006(72)いるという仮説を立て,発生における瞳孔膜の消退現象を解析しました.特に,発生の過程で,瞳孔膜が瞳孔部分だけ綺麗に抜け落ちる理由は長く謎でしたが(多くの人はこのことを疑問にすら思いませんでした),その理由は,瞳孔膜血管の虚血・再灌流によるアポトーシスであり,アポトーシスの誘因が虹彩の動きであるために瞳孔部分だけが選択的に抜け落ちるからであると見事に証明しました.これは,誰も考え付かなかった考え方で,この考え方を応用することで,さまざまな生体現象が説明できるようになります.まさに,今後の研究を大きく発展させる新しいコンセプトといえます.このコンセプトの重要さは,この論文がScience誌の編集長による重要論文欄で取り上げられた1)ことからもわかります.このような新しく見事なコンセプトが出されると,コンセプトの内容よりも,どうしてこんなことを思いついたのか森實先生に聞きたくなるのは,私だけでしょうか.文献1)HinesPJ:Deathintheblinkofaniris.???????310:747-749,2005鹿児島大学医学部眼科坂本泰二☆☆☆