———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.24,No.1,2007??0910-1810/07/\100/頁/JCLS角膜実質細胞角膜実質細胞は角膜実質に存在する線維芽細胞系の細胞であり,これまでこの細胞の役割はおもに細胞外マトリックスの代謝を行い,実質組織のintegrityを保つことで,角膜実質細胞は角膜に炎症や感染が生じると炎症細胞や病原微生物により一方的に攻撃を受けると考えられていました.しかしながら,近年では角膜実質細胞も種々のサイトカインやケモカインなどの生体活性物質や接着分子などを発現することで眼表面炎症の増悪,遷延化に重要な役割を果たしていることが解明されつつあります.また角膜実質細胞は異物や病原微生物を貪食することも報告されており,角膜での生体防御に関与している可能性もあります.細菌感染などによる角膜潰瘍では,角膜実質を構成するI型コラーゲンが融解し,病変部には病原微生物に加えて好中球などの炎症細胞の浸潤が認められます.本稿では,角膜実質細胞と炎症細胞や感染微生物,細胞外マトリックスとの相互作用が角膜潰瘍の病態において,どのように関わっているかについて概説します.角膜実質細胞と自然免疫応答角膜上皮細胞は強いバリアー機能を有することや,自然免疫応答を惹起する細菌由来のエンドトキシン(リポポリサッカライド:LPS)やペプチドグリカンに反応しないことより,上皮が健常な状態では細菌と接しても角膜に炎症は生じません.しかし外傷などで上皮が傷害されると,細菌あるいは細菌由来のLPSなどの因子が傷害部位より角膜実質へ浸入します.LPSはグラム陰性菌の細胞外膜を構成する糖脂質で,さまざまな病原体成分のなかでも最も強く宿主の自然免疫機構を活性化し,炎症細胞からの種々のサイトカインの産生を促します.筆者らが検討した結果,角膜実質細胞にもTLR(toll-likereceptor)-4とその細胞外ドメインに会合するMD-2およびCD14から構成されるLPSの受容体が発現しており,LPSは角膜実質細胞からの,好中球や単球に対するケモカインであるインターロイキン(IL)-8やMCP-1(monocytechemoattractantprotein-1)などの産生および接着分子ICAM-1(intercellularadhesionmolecule-1)の発現を促進させました.すなわち,角膜実質細胞はLPSにより活性化されることで細菌感染を認識し,自然免疫応答により感染に引き続いて起こる角膜実質への炎症細胞浸潤をひき起こしているのです.LPSは,コア領域とO抗原からなる親水性の多糖部分と,lipidAと総称される疎水性の糖脂質から構成される両親媒性物質で,通常は細胞壁に強固に結合しています.また,細胞の溶解が起こってLPSが遊離しても,血清の存在しない場合は活性部位である疎水性のlipidAを内側に向けてミセルを形成して受容体に結合できない状態にあります.LPSはLPS結合蛋白(LBP)とよばれる血清蛋白によって細菌の膜から引き抜かれ,単体となり,活性部位が露出することで受容体に結合できるようになります.LPSはさらに可溶性CD14(sCD14)という血清蛋白と結合することで,受容体への親和性が上がります.これらの因子の作用を培養角膜実質細胞を用いて検討すると,LBPやsCD14は単独では何ら角膜実質細胞には作用しませんが,LPSの存在下ではLPSの作用を数十倍も増強し,角膜実質細胞の転写因子NF-kBを活性化してケモカインや接着分子の発現を濃度依存的に促進しました.さらに健常人の涙液中には,LBPとsCD14両者とも培養実験に使用した濃度よりも非常に高濃度に存在していました.これらの結果はグラム陰性菌の感染が生じると,涙液中のLBPとsCD14はLPSに結合し,LPSの活性部位を露出させて角膜実質細胞におけるLPSの信号伝達を増強して自然免疫反応を促進し,生態防御因子として働くことを示しています.角膜実質細胞を介した緑膿菌のコラーゲン分解筆者らは,微生物由来の蛋白分解酵素による直接的な角膜実質の融解に加えて,活性化した角膜実質細胞によるコラーゲン分解も角膜潰瘍の病態に関与していると考え,角膜実質細胞によるコラーゲン分解および微生物,炎症細胞との相互作用を検討しました.コラーゲンゲルに緑膿菌の培養上清を添加すると,コラーゲン分解は促進されますが,コラーゲンゲルに角膜実質細胞を入れて(83)◆シリーズ第73回◆眼科医のための先端医療監修=坂本泰二山下英俊福田憲熊谷直樹西田輝夫(山口大学大学院医学系研究科眼科学)角膜潰瘍─感染微生物,炎症細胞および細胞外マトリックスとの相互作用─———————————————————————-Page2??あたらしい眼科Vol.24,No.1,2007おくと,その分解量はさらに促進されました.これは緑膿菌の培養上清によるコラーゲン分解促進作用には,直接的な作用と角膜実質細胞を介した間接的な作用の両者が関与していることを示しています.そこで緑膿菌の病原因子と考えられるLPS,elastase,exotoxinAを角膜実質細胞を含んだコラーゲンゲルに添加すると,elas-taseのみが角膜実質細胞によるコラーゲン分解を促進させました.この結果は,elastaseを分泌しないように遺伝子改変した緑膿菌株の培養上清ではコラーゲン分解は促進されなかったことでも確認されました.さらに,elastaseが角膜実質細胞を介してコラーゲン分解を促進する機序として,角膜実質細胞より分泌された不活性型のpro-MMP(matrixmetalloproteinase)を活性化するためであることがわかりました.好中球による角膜実質細胞の活性化とコラーゲン分解つぎに,角膜実質細胞と炎症細胞の相互作用を検討しました.好中球はそれ単独では,コラーゲン分解能はほとんど認められませんでしたが,角膜実質細胞と好中球を同時に培養するとコラーゲンの融解は相乗的に促進しました.それぞれの培養上清を用いた実験により(図1),角膜実質細胞に好中球培養上清を添加して培養すると,角膜実質細胞からMMPの産生が促進され,コラーゲン分解が相乗的に促進されることがわかりました.すなわち好中球の培養上清自体には,コラーゲン分解活性はありませんが,e?ectorである角膜実質細胞に作用して,MMPの産生を亢進させ,コラーゲン分解を促進させるmodulatorとしての役割を果たしています.さらにこの好中球培養上清の作用は,通常の培養液のみで培養した場合ではあまり認められず,I型コラーゲンゲル内で三次元培養した上清で非常に強い活性をもつことがわかりました(図1).コラーゲンゲル内で培養した好中球培養上清中に含まれる生体活性物質の濃度を測定したところ,IL-1を含む種々の炎症性サイトカインやケモカインの放出が促進していました.そこでIL-1と拮抗する作用をもつIL-1receptorantagonistを好中球の培養上清に添加すると,角膜実質細胞によるコラーゲン分解促進作用が阻害されました.これらの結果より,血管から角膜実質へ浸潤してきた好中球は,角膜実質を構成するI型コラーゲンと接触することにより活性化され,IL-1などの炎症性サイトカインを含む種々の液性因子を放出すること,さらに好中球由来のサイトカインによって活性化された角膜実質細胞がMMPを産生して,コラーゲン分解を促進することが示唆されました.(84)8-LIsetycotareK1-PCMfonoitartlifnIsllecyrotammalfnISPL41DCsPBLlamortSnegalloCnegalloCnoitadargedsPMMo-rpevitcasPMMesatsale1-LInoitavitca.PasonigureaSPLamortSlaenroCsdiulfraeTPBL41DCs図2角膜実質細胞による角膜実質コラーゲン融解のメカニズム100806040200好中球(+)線維芽細胞(+)好中球(-)線維芽細胞(-)a.好中球培養上清:培養液のみ:培養上清:コラーゲンゲル培養の培養上清b.線維芽細胞培養上清**#*#*#†コラーゲン分解量(?gofHYPperwell)NS図1好中球および角膜実質細胞によるコラーゲン分解コラーゲンゲルで培養した好中球の培養上清を角膜実質細胞に添加するとコラーゲン分解が促進される.*p<0.01(培養液のみに対して),#p<0.01(培養上清に対して),†p<0.01.すべてSche?e?stestによる.(文献3より改変)———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.24,No.1,2007??テロイド薬やその他の免疫反応を抑制する薬剤によって制御されます.今後これらの病態解明が進み,状況に応じた角膜潰瘍治療薬が新たに開発,応用されることが期待されます.文献1)KumagaiN,FukudaK,FujitsuYetal:Lipopolysaccha-ride-inducedexpressionofintercellularadhesionmole-cule-1andchemokinesinculturedhumancorneal?broblasts.?????????????????????????46:114-120,20052)FukudaK,KumagaiN,YamamotoKetal:Potentiationoflipopolysaccharide-inducedchemokineandadhesionmole-culeexpressionincorneal?broblastsbysolubleCD14orLPS-bindingprotein.?????????????????????????46:3095-3101,20053)LiQ,FukudaK,LuYetal:Enhancementbyneutrophilsofcollagendegradationbycorneal?broblasts.?????????????74:412-419,20034)LuY,FukudaK,SekiKetal:InhibitionbytriptolideofIL-1-inducedcollagendegradationbycorneal?broblasts.?????????????????????????44:5082-5088,20035)NaganoT,HaoJL,NakamuraMetal:Stimulatorye?ectofpseudomonalelastaseoncollagendegradationbycul-turedkeratocytes.?????????????????????????42:1247-1253,2001線維芽細胞の制御による治療の可能性このように,角膜潰瘍は単に病原微生物が一方的に角膜実質を破壊しているのではなく,角膜実質細胞と微生物,炎症細胞,実質の細胞外マトリックスなどとの複雑な相互作用により病態が形成されると考えられます.角膜実質のコラーゲン融解においては細菌の直接的な破壊だけでなく,緑膿菌由来のelastaseや好中球由来の炎症性サイトカインなどがmodulatorとしての役割をもち,異なる機序でe?ectorとして働く角膜実質細胞を介して間接的にコラーゲン分解を促進しています.好中球などの炎症細胞は,微生物感染初期には細菌の貪食など生体防御に重要である一方,感染が沈静化した後も角膜実質細胞からのケモカインの産生が持続すると,角膜実質への浸潤が継続し,角膜実質細胞を活性化することでコラーゲンを分解するという生体にとって不利益な反応を起こしている可能性が考えられます.無菌性の潰瘍や,感染が治癒した後も角膜融解が進むような状況においては,角膜実質細胞と炎症細胞の相互作用によるコラーゲン融解が持続しているのかもしれません.角膜実質細胞と炎症細胞との相互作用は,抗菌薬では制御されず,ス(85)■「角膜潰瘍─感染微生物,炎症細胞および細胞外マトリックスとの相互作用─」を読んで■今回は福田憲先生・熊谷直樹先生・西田輝夫先生による,角膜潰瘍の分子病態についての総説です.角膜潰瘍は私など角膜の門外漢は病原微生物が角膜実質を分解していく病態を漠然と思い浮かべていましたが,福田先生たちはそこにホスト側の角膜実質細胞の重要な働きを明らかにされました.病原微生物由来の分子が角膜実質細胞に作用してコラーゲンが分解されること,さらに抗微生物の作用のために組織局所に集まる好中球が炎症を長引かせ,かつ角膜実質細胞を活性化することを明らかにしておられます.また,無菌性潰瘍,感染が治癒した後の組織反応もこのメカニズムできわめて明快に理解できます.このような一連の動きを体系だったストーリーとして一つの研究グループで構築されたことに心から敬意を表するものです.このような研究成果はすぐに臨床応用として新しい治療薬の開発へと直結します.角膜感染症は日常の診療できわめて多く遭遇する疾患であり,われわれの治療は病原微生物をたたくという治療にばかり目がいきますが,それをやりつつ角膜組織を保全するための治療は別に行う必要性を福田先生は示しておられます.まさに研究の醍醐味は臨床の現場で有用な知識を供給することですが,この総説はその典型的な成功例を示していると考えます.このような研究は単発的に論文を作るといった研究スタイルからは生まれてきません.福田先生が所属しておられる山口大学眼科は西田輝夫教授の角膜疾患の病態を分子細胞生物学的に解明していくというライフワークともいうべき明快な研究の方向づけがあり,これまでの多くの成功した研究が有機的に結びついてさらに高みに向かっている研究のよい循環があると考えます.また,研究戦略のみでなく,この総説でも随所にみられます実験系がきわめて整備され,自らセットアップした実験系を用いていろいろなアイデアを仮説として立ち上げ,実験をプランし,それを検証し,さらに新しい仮説をつくってつぎへ進むというきわめて魅力的な研究室が想像されます.臨床医学の,特に外———————————————————————-Page4??あたらしい眼科Vol.24,No.1,2007(86)科系の忙しい教室でこのような高いactivityをもち続けるには西田教授のような強力なリーダーシップと継続する研究戦略を構築できる能力をもつ優れた指導者の存在,熊谷先生,福田先生のような有能で勤勉な研究者の並々ならぬ努力の賜物と考えられます.日本の眼科研究のレベルは紛れもなく世界のトップレベルですが,このような体系だった研究を連続して生み出していく研究機関が今後,日本になるべく多く存在する必要があると考えます.そのためには公的な研究費(文部科学省や厚生労働省の研究費補助金)が潤沢に供給されることはもちろん必須ですが,新臨床研修制度を乗り切って眼科の高いレベルの研究を目指す若い後継者を連綿と確保し続けることが重要と考えます.山形大学医学部視覚病態学山下英俊☆☆☆