———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.23,No.7,2006???0910-1810/06/\100/頁/JCLS中心窩分離症とは中心窩分離症(myopicfoveoschisis)の歴史は古く1958年のPhillipsらの論文にさかのぼります.“Retinaldetachmentattheposteriorpole”と題してBritishJournalofOphthalmologyに記載されたのは「後部ぶどう腫の強い強度近視眼に続発した黄斑円孔を伴わない後極部網膜?離」でした1).1967年のDuke-Elderには強度近視眼の後極部に網膜分離が生じることが記載されており,その剖検図が記載されています.強度近視特有の萎縮性変化のため網膜のどの層で分離するかはっきりしませんが,網膜が内層と外層の2層に分離し,その間にcolumnとよばれるグリア細胞の架橋がみられます2).その後この疾病があまり注目されたとは思えません.一つはconventionalな細隙灯顕微鏡の観察では診断が容易でなく,軽症例は見逃され,重症例は黄斑円孔網膜?離と誤診されていたと筆者は勝手に想像しています.実際,多くの症例で中心窩網膜が非常に菲薄化しており,検眼鏡的に黄斑円孔と紛らわしくあります.しかしながら,1999年にTakanoらが光干渉断層計(OCT)で観察した中心窩分離症32眼を報告し,黄斑円孔網膜?離の前駆状態として注目を集めはじめました3).この疾病に対する理解が急速に深まった一番の理由はOCTという画期的な画像診断技術が普及し,誰でも診断や病態把握ができるようになったことです.加えてトリアムシノロンやインドシアニングリーンなど補助薬剤を使用した硝子体手術手技が確立するにつれ比較的安全に治療できるようになったことも皆が注目した理由でしょう.邦文による最初の硝子体手術の報告が2001年で4),その後多くの症例報告が相次ぎました5,6).現在,中心窩分離症に対する硝子体手術はかなり一般的となっています.中心窩分離症の治療比較的最近の疾病なので中心窩分離症を長期に観察した報告はきわめて少数です.Gaudricらは昨年のAmer-icanAcademyofOphthalmologymeetingで29眼を平均33カ月フォローし,約34%が不変,約48%が分離症悪化,約17%が黄斑円孔を発症したと報告しています.黄斑円孔網膜?離に至った場合は視力の回復がむずかしく,予防的な意味も含め,できれば黄斑円孔発症前に手術を行うのが望ましいという意見が趨勢になりつつあります.自験例では黄斑円孔のない場合,硝子体手術により約7割の症例が視力改善し,術後の黄斑円孔発症率は数%でした.このように硝子体手術は効果的かつか(59)◆シリーズ第67回◆眼科医のための先端医療監修=坂本泰二山下英俊生野恭司(大阪大学大学院医学系研究科眼科学)強度近視に続発する中心窩分離症図1典型的な中心窩分離症の眼底写真と光干渉断層像A:典型的な中心窩分離症の術前眼底写真.強度近視に伴う萎縮性変化を認める.検眼鏡的に中心窩分離ははっきりしない.B:術前の光干渉断層像.中心窩を含む網膜が分離している.C:硝子体手術3カ月後の光干渉断層計像.術後中心窩は完全に復位し,形態的に中心窩陥凹も回復している.ABC———————————————————————-Page2???あたらしい眼科Vol.23,No.7,2006なり安全な治療と考えられています(図1).硝子体手術の実際の手技はまず,トリアムシノロンで硝子体を可視化し7),網膜面にはりついている後部硝子体皮質をdiamond-dustedmembranescraperで除去します.強度近視眼では硝子体分離(vitreoschisis)が生じていることが多く,一見後部硝子体?離が生じているようにみえる場合でも網膜面を丹念に調べ,残存後部硝子体皮質の有無を確かめる必要があります.後部硝子体?離はできるだけ広範囲で作製するのが望ましいですが,癒着の強い例では医原性網膜裂孔を生じる可能性があるため,無理はしなくてかまいません.その後インドシアニングリーンで内境界膜を染色し最低3~5乳頭径?離します.強度近視眼では内境界膜が脆くちぎれやすいことに留意します.最後に眼内液?空気置換をし,ガスタンポナーデを行います.黄斑円孔のない場合はさほど長期のタンポナーデを要しません.中心窩分離症の病因現在までに中心窩分離症の病因が100%わかったわけではありません.しかしながら最近,おぼろげながらわかってきました.筆者らは硝子体手術を施行した中心窩分離症症例をOCTで観察し,その形態的変化を検討しました.すると約70%の症例で検眼鏡的には発見できないような微小な皺襞が形成されていることを発見しました(図2)8).この微小皺襞は網膜の細動静脈と一致しており,あたかも網膜血管が洗濯紐を引っ張るように網膜を吊り上げる,いわゆる“clotheslinetraction”を生じていると考えられました.この原因として,強度近視眼では後部ぶどう腫の形成や眼軸の延長など網膜に過剰な伸展が強いられていますが,たとえば硬化した網膜細動脈は神経網膜の伸展に追随できず,相対的に内方への牽引を生じているのではないかと考えられます.網膜血管だけでなく内境界膜の非伸展性9)や網膜前膜の存在10)により,網膜自身が内方に牽引され結果として外側の網膜と分離するというのが現時点での病因の考え方です.今後の課題中心窩分離症にはさらに議論を尽くすべき課題もあります.一つは内境界膜?離の是非です.従来から内境界膜?離の問題点として網膜機能障害の可能性が指摘されており,最近になって少数例ながら内境界膜?離を行わずに分離症の復位が可能であると報告されました11).筆者は内境界膜の非伸展性が主病因の一つであると考えており,内境界膜?離が必須との立場ですが,エビデンスはありません.他にもガスタンポナーデの是非や,手術基準などさらに検討を要する課題もあります.文献1)PhillipsCI:Retinaldetachmentattheposteriorpole.???????????????42:749-753,19582)Duke-ElderS,DobreeJH:Diseasesoftheretina.SystemofOphthalmology,VolX,p567,HenryKimpton,London,19673)TakanoM,KishiS:Fovealretinoschisisandretinaldetachmentinseverelymyopiceyeswithposteriorstaph-yloma.???????????????128:472-476,19994)石川太,荻野誠周,沖田和久ほか:高度近視眼の黄斑円孔を伴わない黄斑?離に対する硝子体手術.あたらしい眼科18:953-956,20015)KobayashiH,KishiS:Vitreoussurgeryforhighlymyopiceyeswithfovealdetachmentandretinoschisis.??????????????110:1702-1707,20036)IkunoY,SayanagiK,TanoYetal:Vitrectomyandinter-nallimitingmembranepeelingformyopicfoveoschisis.???????????????137:719-724,20047)SakamotoT,MiyazakiM,HisatomiTetal:Triamcino-lone-assistedparsplanavitrectomyimprovesthesurgicalproceduresanddecreasesthepostoperativeblood-ocularbarrierbreakdown.????????????????????????????????240:423-429,20028)IkunoY,GomiF,TanoY:Potentretinalarteriolartrac-tionasapossiblecauseofmyopicfoveoschisis.????????????????139:462-467,20059)KuhnF:Internallimitingmembraneremovalformaculardetachmentinhighlymyopiceyes.???????????????135:547-549,200310)PanozzoG,MercantiA:Opticalcoherencetomography?ndingsinmyopictractionmaculopathy.???????????????122:1455-1460,200411)SpaideRF,FisherY:Removalofadherentcorticalvitre-ousplaqueswithoutremovingtheinternallimitingmem-braneintherepairofmaculardetachmentsinhighlymyopiceyes.??????25:290-295,2005(60)図2硝子体手術術後にみられる典型的な網膜微小皺襞の光干渉断層像(矢印)———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.23,No.7,2006???(61)■「強度近視に続発する中心窩分離症」を読んで■今回は生野恭司先生に強度近視に続発する中心窩分離症について解説していただきました.個人的な感想をまず申しあげて恐縮ですが,このカラム記事は臨床の現場から新しい疾患概念が生まれ,進歩していく過程のロマンを解説していただいたすばらしいストーリーであると感じました.われわれ眼科医の最も大切なフィールドは言うまでもなく眼科の臨床現場です.先人の臨床的な先駆的な観察が優れた臨床医による研究,先端的な医学機械,そして治療学の進歩により確かな疾患エンティティーとして確立していく経過を興味深く,ダイナミックに,そしてわかりやすく書いていただきました.強度近視に続発する中心窩分離症の疾患の病態については,ここにあらためて解説する必要もないほどにわかりやすく書かれた本文を参照ください.特に感銘を受けたのは,病態について網膜血管による‘clotheslinetraction’理論は大変視覚的,感覚的にむずかしい病態を一瞬にして説明し理解できるすばらしい理論です.臨床医学の粋をみせていただいたと感じています.臨床医の基本であり,出発点は言い旧されてはいますが,患者さんをとにかくよく観察することです.すぐれた臨床医はすぐれた観察眼をもっています.生野先生の解説によりますと「中心窩分離症」を初めて記載したのは1958年のPhillipsとのことです.いまのような先端的な検査機器がない状態で新しい概念を生みだしたのはすばらしいことで,その業績はすばらしいと考えます.Phillipsの前にも同じような眼底を診察した臨床医は多数いたはずですが,最初の記載者はPhillipsになりました.しかし,光干渉断層計(OCT)の画像から‘clotheslinetraction’理論を考えつかれた生野先生もまた優れた観察者であると考えます.同様に生野先生と同じOCTをみた臨床医は以前にもいたはずですが,‘clotheslinetraction’理論の独創性は生野先生を待たなければなりませんでした.これは臨床医学のロマンであると考えます.われわれ臨床医の醍醐味を見せていただいた総説です.山形大学医学部視覚病態学山下英俊☆☆☆