———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.23,No.5,2006???0910-1810/06/\100/頁/JCLS分子標的治療最近,「分子標的治療」の言葉をよく耳にします.決して新しい言葉ではなく,たとえばアスピリンはcycloxygenaseを,アセタゾラミド(ダイアモックス?)は炭酸脱水酵素を標的としているように,癌以外の領域では多くの薬剤が実は分子標的薬です.一般的な「抗癌剤」は,本来癌細胞を選択的に攻撃するものではなく,細胞分裂を阻害する薬剤です(図1).正常細胞にも作用するため,分裂の比較的速い骨髄,消化管,粘膜などの障害が強く生じます.近年,細胞増殖が分子レベルで研究され,理論的には癌細胞特異的に治療効果を得られる分子標的治療が可能になってきました(図2~4).現実には種々の問題があり,効果もいまだ不十分ですが,現在も多くの分子標的薬が開発・臨床応用され,臨床試験が行われています1).現在臨床応用されているものは,腫瘍に特異的もしくは過剰発現している細胞表面抗原に対する抗体(ritux-imab,trastuzumab),シグナル伝達系に作用する薬剤(ge?tinib,imatinib),血管新生を阻害する薬剤(bevaci-zumab)などがあります.眼科診療に直結することは少ないですが,医師の教養のひとつとしてまとめてみました.悪性リンパ腫とrituximab(リツキサン?)2)CD20抗原は多くのB細胞系リンパ球およびその腫瘍細胞表面に発現していますが,血液幹細胞には発現がなく,また造血器系細胞以外にはまったく発現していませ(71)◆シリーズ第65回◆眼科医のための先端医療監修=坂本泰二山下英俊鈴木茂伸(国立がんセンター中央病院眼科)癌と分子標的治療酵素微小管RNADNA図1従来の抗癌剤:細胞障害性HER2CD20RituximabTrastuzumab癌細胞図2分子標的治療薬:細胞増殖抑制性①抗体医薬(rituximab,trastuzumabなど).細胞特異的表面抗原を標的とする治療.チロシンキナーゼ?-???ImatinibGe?tinibEGFRチロシンキナーゼ癌細胞図3分子標的治療薬:細胞増殖抑制性②シグナル伝達阻害(ge?tinib,imatinibなど).細胞内のシグナル伝達系を阻害.Bevacizumab癌細胞新生血管VEGFVEGFreceptor図4分子標的治療薬:細胞増殖抑制性③血管新生阻害(bevacizumabなど).細胞周囲の血管新生を阻害.———————————————————————-Page2???あたらしい眼科Vol.23,No.5,2006ん.この抗原に対する特異的治療は造血器系以外の正常組織への障害は生じないことが予測されます.当初はマウスで作製された抗CD20抗体そのものをヒトに投与しましたが,マウス由来抗体に対する異種抗体を生じて反復投与ができませんでした.そこで,抗CD20抗体の抗原認識部位はマウス由来,それ以外の定常部領域はヒト由来のキメラ抗体が作製されました.これがritux-imabであり,長い血中半減期を有し,反復投与も可能となりました.作用機序は,apoptosisの誘導,抗体依存性細胞障害(antibodydependent-cellmediatedcyto-toxicity:ADCC),補体結合細胞障害(complementdependentcytotoxicity:CDC)の3つが考えられています.現在B細胞リンパ腫の治療として広く臨床応用され,単剤投与,抗癌剤との併用投与など,また寛解導入,維持療法として有効性が確立してきました.副作用も,通常の抗癌剤と異なり,infusionreactionとよばれるアレルギー症状類似の発熱,悪寒,掻痒,頭痛などで安全性も高いとされています.最近,治療中にCD20抗原の陰性化したリンパ腫細胞の再燃が報告され,治療抵抗性の原因の一つと考えられています.作用機序の異なる薬剤との併用が検討されています.眼科との関連として,眼付属器悪性リンパ腫に対する治療への使用があります.通常は限局性で,放射線治療が基本ですが,全身化する場合,組織型によっては抗癌剤治療に併用して用いられます.通常眼科的な副作用は生じません.最近経験した症例を提示します.眼科的既往がなく,全身のB細胞性大細胞リンパ腫の治療としてrituximab併用療法を複数回行った女性ですが,rituximab投与のたびに片眼性ぶどう膜炎を生じ,続発緑内障を発症しました.前房水の細胞診を行ったところ,リンパ腫細胞の浸潤が確認され,放射線照射を行い寛解しました.前房炎症のみで硝子体混濁や網脈絡膜病変がなく,ritux-imabによる未知の副作用も疑いました.生検の必要性を痛感するとともに,rituximabは眼球内リンパ腫の治療として不十分であることが証明された症例です.造血器腫瘍に対する新たな薬剤も臨床応用されています.抗CD20抗体に放射性同位元素を結合させ,腫瘍細胞に対する放射線治療を行うという考え方から,90Yを結合させた90Y-ibritumomabtiuxetan(Zevalin?)と,131Iを結合させた131I-tositumomab(Bexxar?)が開発されました.アメリカで承認されており,当院でも臨床試験が行われました.単回投与が基本ですが,遷延性の骨髄抑制が問題です.CD52はリンパ球,単球,マクロファージに存在し,造血幹細胞には存在しません.この抗原に対するヒト型抗体がalemtuzumab(Campath-1H?)とよばれ,アメリカで慢性リンパ性白血病と移植後の移植片対宿主疾患(GVHD)予防に使用されています.CD33は骨髄系細胞への初期段階の細胞および急性骨髄性白血病の細胞膜表面上に存在し,多能性造血幹細胞には存在しません.この抗原に対するヒト型抗体(HuM195)は効果不十分でしたが,抗CD33抗体に抗腫瘍性抗生物質を結合したgemtuzumabozogamicin(Mylo-targ?)が開発され,アメリカでは高齢者急性骨髄性白血病に適応があります.乳癌とtrastuzumab(Herseptin?)HER2(humanepithelialgrowthfactorreceptor2)は,ヒト上皮増殖因子受容体ファミリーに属する膜受容体です.ヒト乳癌の20~30%で遺伝子増幅や蛋白質の過剰発現が認められ,HER2陽性は予後不良因子とされてきました.Trastuzumabは,HER2の細胞外ドメインを標的とし,マウス由来の抗原結合部位とヒト由来の定常部を結合させたキメラ抗体です.乳癌すべてではなく,HER2過剰発現の乳癌が対象となります.作用機序は,①HER2を介して継続的に生じる細胞増殖シグナルの抑制,②HER2受容体の細胞内移行および分解の促進,③抗体依存性細胞障害作用,④アポトーシスの抑制,⑤血管内皮成長因子などの減少による抗腫瘍効果などが考えられています.副作用は,rituximabと同じ抗体であり,infusionreactionが問題になります.また,心毒性も頻度が高いとされています.眼科との関連では,trastuzumabによる副作用は粘膜皮膚眼症候群が報告されています.脈絡膜転移は通常放射線治療を行いますが,HER2陽性乳癌の脈絡膜転移に対する有効性も報告されています3).肺癌とge?tinib(Iressa?)肺癌は小細胞癌と非小細胞癌を分けて考える必要があります.非小細胞肺癌に特異的な増殖機構は知られていませんが,EGFR(epithelialgrowthfactorreceptor)(72)———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.23,No.5,2006???は非小細胞肺癌の40~80%で過剰発現しています.Trastuzumabは細胞表面抗原に対する抗体でしたが,ge?tinibはEGFRの細胞内チロシンキナーゼに作用し抑制することで,理論的にはEGFRのもつ増殖,浸潤,分化などのシグナル伝達を遮断し抗癌効果を現すと考えられています.Ge?tinib単剤の大規模臨床第II相試験では,前治療のある転移性非小細胞肺癌患者で約20%の腫瘍縮小効果があり有効性が認められ,市販されました.その後,臨床第III相試験で延命効果が認められず,逆に間質性肺炎の発症で安全性も疑問をもたれる状況となったことがマスコミで大々的に報道されました.少なくとも,一部の患者に対しては有効であり,遺伝的背景による効果の違いが研究されています.Ge?tinib以外にもEGFR,HER2を標的とする新規薬剤が多数あり,臨床試験が行われています.眼科との関連として,EGFRは角膜の創傷治癒に作用しているため4),遷延性上皮障害の可能性が考えられます.実際の臨床の場では,ge?tinib投与中に軽度の角膜上皮障害をみることがありますが,遷延性のものは経験がありません.機序は不明ですが,つぎに述べるima-tinibと同様に眼球周囲の浮腫を生じる例を複数経験しています.一方で,眼科的副作用はなかったというイギリスの臨床試験の結果が報告されています5).慢性骨髄性白血病とimatinib(Glivec?)慢性骨髄性白血病では,染色体転座によって生じるBCR-ABLチロシンキナーゼが重要な働きをしています.この蛋白質に対する阻害薬として,imatinibが開発されました.現在では,慢性骨髄性白血病治療の主役になっています.一方で,imatinibは?-???遺伝子産物であるKITという受容体型チロシンキナーゼにも作用することがわかってきました.GIST(gastrointestinalstromaltumor)とよばれる消化管間葉系腫瘍ではKITが変異していて,恒常的に活性が亢進した状態で増殖に関与していると考えられています.ImatinibがGISTに対して高い有効性を示すことが近年報告され,各種臨床試験が行われています.眼科との関連では,投与開始後平均して68日後に,約70%の症例で眼球周囲の浮腫が生じ,18%で流涙症が生じたと報告されています6).そのほか,外眼筋麻痺,眼瞼下垂,結膜炎なども生じうる合併症です.血管新生阻害薬:bevacizumab(Avastin?)腫瘍が増殖するためには栄養血管が必要です.腫瘍細胞自らが血管内皮細胞増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)を分泌して血管新生を促進していることがわかっています.このVEGFに対するヒト型モノクローナル抗体としてbevacizumabが開発されました.抗VEGF抗体によってVEGFの働きを阻害することで血管新生を阻害し,癌の増殖や転移に対して抑制効果を発揮することが期待されます.また,血管新生抑制により癌の浸潤,転移も抑えられると考えられています.現在は,大腸癌の転移例に対する,抗癌剤との併用療法として認可されています.肺癌,膵臓癌,乳癌など多くの癌を対象に臨床試験が進められています.単剤でも腫瘍抑制効果はありますが,あくまで血管に対する薬剤であり,抗癌剤との併用が必要になります.副作用として,倦怠感,腹痛,頭痛,心不全など,また重篤な副作用として胃腸の穿孔が約2%に生じると報告されています.血管新生を阻害して傷の治りを遅くするため,大きな手術の後は少なくとも4週間は使用できません.眼科との関連では,腫瘍ではなく,加齢黄斑変性に対する治療薬として注目されています7).奏効率の検討は今後の課題です.血管内投与は上記の副作用が効果を上回るのか慎重な検討が必要であり,硝子体内投与など投与法の検討が必要と思われます.癌治療の将来癌は遺伝子病であり,将来的には遺伝子治療の可能性が模索されると思われます.しかし現状では困難であり,次善の策として腫瘍特異的に作用する薬剤を開発し,腫瘍細胞を抑制する治療を行っています.正常細胞への障害を軽減する点で分子標的治療は一定の効果を上げています.今後の検討課題として,第1に既存の抗癌剤との最適な併用療法の検討,第2に個人の遺伝子情報から最適な薬剤と量を設定するファーマコジェノミクス,第3に薬剤耐性に対する対応があります.当然,新しい標的分子の選択と薬剤の開発もさらに進むことが期待されています.(73)———————————————————————-Page4???あたらしい眼科Vol.23,No.5,2006文献1)桑野信彦:分子標的治療の現状と将来への展望.日本臨牀62:1211-1215,20042)小林幸夫:単クローン抗体を使った分子標的治療.モダンメディア51:167-173,20053)MunzoneE,NoleF,SannaGetal:Responseofbilateralchoroidalmetastasisofbreastcancertotherapywithtrastuzumab.??????14:380-383,20054)NakamuraY,SotozonoC,KinoshitaS:Theepidermalgrowthfactorreceptor(EGFR):roleincornealwoundhealingandhomeostasis.???????????72:511-517,20015)TulloAB,EsmaeliB,MurrayPIetal:Ocular?ndingsinpatientswithsolidtumorstreatedwiththeepidermalgrowthfactorreceptortyrosinekinaseinhibitorge?tinib(‘Iressa’,ZD1839)inPhaseIandPhaseIIclinicaltrials.???19:729-738,20056)FraunfelderFW,SolomonJ,DrukerBJetal:Ocularside-e?ectsassociatedwithimatinibmesylate(Gleevec).????????????????????19:371-375,20037)MichelsS,RosenfeldPJ,Pulia?toCAetal:Systemicbev-acizumab(Avastin)therapyforneovascularage-relatedmaculardegeneration.Twelve-weekresultsofanuncon-trolledopen-lavelclinicalstudy.?????????????112:1035-1047,2005(74)☆☆☆■「癌と分子標的治療」を読んで■1971年に,当時のアメリカ合衆国のニクソン大統領が,人類と癌との戦いを宣言して以来,癌の病態解明と治療のために膨大な量の研究がなされてきました.しかし,決定的な治療法を発見することはできず,一時は敗北宣言すら出されました.ところが,粘り強い研究により,癌の治療は最近確実に進歩してきました.そのなかでも,とりわけ重要とされているのが,「分子標的治療」です.鈴木茂伸先生は,本文中で具体的な治療法について非常にわかりやすく書かれていますので,私はもう少し総論的に述べさせていただきます.従来の方法で発見された薬も,細胞内の分子に作用して効果を発揮するので,「分子標的」薬であることは間違いありません.しかし,それらと「分子標的治療」とは異なります.従来,まったく未知のものから目的とする薬物を発見するには,大変な労力と時間が必要でした.そのため,発見の効率を少しでも上げるために,大まかな薬物効果を目安としてスクリーニングするしかありませんでした.たとえば,ある癌の「治療薬」を発見するための研究では,治療効果をはっきり表す指標がないため,癌細胞の増殖を抑制する効果を指標としてスクリーニングすることが多かったのです.癌細胞の増殖抑制効果を指標として薬物をスクリーニングした場合,増殖抑制効果の強いものは拾い上げられても,副作用が少なく,実際の治療面では優れている薬物は落ちてしまう可能性が高いのです.癌細胞の細胞内メカニズムがわからなかった頃は,このような方法しかなかったため,多大な労力を費やして得られた薬物が,臨床面では実用的ではなかったということがしばしば起こりました.ところが最近,癌細胞のさまざまなメカニズムがわかりだして,治療に有効な薬が理論的に予想できるようになりました.その結果,治療薬を発見する効率は飛躍的に高まり,副作用の可能性も大幅に低い薬の発見・開発が容易にできるようになりました.そのようにして得られた成果の一部が,今回の薬物です.眼科が対象としている疾患は多岐にわたりますが,腫瘍・癌の患者数は必ずしも多くはありません.それでも,患者が抱える問題の深刻さは他の疾患患者のそれに勝るとも劣らず,眼科でもきわめて重要な疾患領域です.さらに重要なことは,癌研究で得られた知見は癌以外の疾患の治療に大きな貢献をしている点です.「分子標的治療」研究で得られる成果は,必ずや眼科で一般的な疾患の治療の切り札にもなってくるでしょう.鹿児島大学医学部眼科坂本泰二