———————————————————————-Page10910-1810/06/\100/頁/JCLS慣病の重積概念のなかに肥満を入れていないことは注目すべき点である.1999年になり,こうした病態に対して“メタボリックシンドローム,あるいはメタボリック症候群(metabolicsyndrome)”という疾患名が与えられた.しかし,現在までに,異なった考え方に基づく多種類の診断基準が発表され(表2),混乱を招いているのも事実である.WHO(世界保健機関)基準では,あくまで糖尿病からみた疾患概念であり,糖尿病あるいは耐糖能異常,インスリン抵抗性を基盤にして,高血圧症の合併あるいは微量アルブミン尿という合併症を含んだ概念である.つまり,糖尿病と,その他の生活習慣病の合併,マルチプルリスクファクター症候群と似た概念であった.今日微量アルブミン尿が心血管リスクとなることが明らかになり,臨床上,心血管合併症の進行の優れたIメタボリックシンドロームの考え方脳血管疾患と虚血性心疾患は,日本人の死亡原因の2位,3位を占めており,3人に1人はこうした動脈硬化性疾患によって死亡しているのが現状である.心血管病の危険因子は肥満,耐糖能異常,高血圧症,高脂血症などの生活習慣病であるが,これらの危険因子が同一の個体に重積すると,動脈硬化性疾患の発症頻度はきわめて高率になることが明らかにされている.危険因子が重積する病態は,1980年代末より,ReavenはsyndromeX,Kaplanはdeadlyquartet(死の四重奏)と名づけ注目していたが,当時,DeFronzoはインスリン抵抗性症候群,松澤らは内臓脂肪症候群と,病態の共通の病因を意識した疾患名を示している(表1).Reavenが,この生活習(31)????*HiroshiItoh:慶應義塾大学医学部内科学教室〔別刷請求先〕伊藤裕:〒160-8582東京都新宿区信濃町35慶應義塾大学医学部内科学教室特集●眼科におけるアンチエイジング医学の流れあたらしい眼科23(10):1273~1281,2006メタボエイジング─メタボリックドミノからのアプローチ─“??????-?????”─????“????????????????”?????????─伊藤裕*表1メタボリックシンドローム内臓脂肪症候群松澤,1987SyndromeXReaven,1988SyndromeXplusZimmet,1990DeadlyquartetKaplan,1989インスリン抵抗性症候群DeFronzo,1991内臓脂肪蓄積耐糖能異常高血圧高TG血症低HDL-C血症インスリン抵抗性高インスリン血症高VLDL血症低HDL-C血症高血圧耐糖能異常インスリン抵抗性高インスリン血症高VLDL血症低HDL-C血症高血圧耐糖能異常上半身肥満高尿酸血症運動減少加齢上半身肥満耐糖能異常高TG血症高血圧肥満インスリン非依存性糖尿病高血圧動脈硬化性脳血管障害脂質代謝異常高インスリン血症TG:トリグリセライド,HDL-C:高比重リポ蛋白コレステロール,VLDL:超低密度リポ蛋白.———————————————————————-Page2????あたらしい眼科Vol.23,No.10,2006surrogatemarkerとなっていることを考えると,診断基準のなかに,微量アルブミンを入れている点は面白い.NCEP-ATPⅢ(NationalCholesterolEducationProgram,AdultTreatmentPanelⅢ)基準は,ある意味画期的な診断の考え方を示しているといえる.すなわち,耐糖能異常を診断基準の1項目に引き下げ,また肥満に関して,腹囲を項目として採用し,初めて内臓脂肪の重要性を示している点である.2005年4月に松澤祐次先生を委員長とする日本内科学会および関連8学会により構成される委員会から,わが国におけるメタボリックシンドロームの診断基準が示された.1999年代になり,脂肪細胞が単に中性脂肪を蓄積するだけでなく,数多くのホルモン(アディポサイトカイン)を分泌する内分泌臓器であることが明らかになり,この分野において日本が世界をリードすることとなった.その研究実績を元に,メタボリックシンドロームに関して明確な視点を打ち出していることは非常に評価されるべきである(表3).すなわち,メタボリックシンドロームの診断意義を「内臓脂肪蓄積を必須項目とし,過剰栄養摂取の制限や身体活動度の増加などのライフスタイル改善をメタボリックシンドローム介入,心血管疾患予防の第一目標とする」として,肥満特に内臓脂肪蓄積を,その病因的基盤において,内臓脂肪蓄積を臨床的に簡便に評価できる指標として腹囲を採用し,腹囲が男性で85cm以上,女性で90cm以上を必須項目としている点が画期的である.また心血管イベントの発症予防のため早期からの治療介入を実現することを目指し,血圧も正常高値血圧を基準とし,また耐糖能異常を項目としており,生活習慣病がいわゆる予備軍の段階であってもその重積により心血管イベントの大きなリスクになることを示している点も重要である.その後,同年5月になり,国際糖尿病連盟(IDF)からもほぼ同じ概念の診断基準が示され,メタボリックシンドロームの診断基準はこの概念に落ち着くと思われたが,Reavenの流れを色濃く受け継ぐ欧米では,同年秋になり,アメリカ心臓病学会から,腹囲を必須項目とはせず,基本的にはNCEP-ATPⅢの基準に準ずる指針が示され,再び混乱を生じている.欧米ではメタボリックシンドロームそのものに対しても懐疑的な意見が出されている.すなわち,定義の曖昧性,診断項目の軽重,重篤度が斟酌されていないこと,あるいはすでに糖尿病になっている場合,あるいは心血管イベントを起こしている場合の診断意義などが批判点であり,マルチプルリスクファクター症候群以上の意義を見出しがたいとしているのである.これらの批判はある程度意味のあるものではあるが,欧米では,糖尿病患者のほとんどがメタボリックシンドロームとなってしまうが,日本では,糖尿病患者の半数のみがメタボリックシンドロームであり,患者背景が圧倒的に異なる点をわれわれは認識すべきである.メタボリックシンドロームは,単なる生活習慣病の重積(マルチプルリスクファクター症候群)ではなく「インスリン抵抗性,動脈硬化惹起リポ蛋白異常,血圧高値を個人に合併する心血管病易発症状態」と定義されており,少なくとも日本においては,肥満を病因とした生活習慣病の重積病態をしっかりとメタボリックシンドロームとして(32)表2メタボリックシンドロームの診断基準WHO基準(1999)NCEP-ATPⅢ基準(2001)糖尿病またはIGTまたはインスリン抵抗性・以下のうち2つ以上1)肥満;BMI>30kg/m?またはWHR(ウエスト/ヒップ比)>0.9(男)>0.85(女)2)脂質代謝異常中性脂肪>150mg/d?またはHDL-C<40mg/d?(男)<50mg/d?(女)3)高血圧血圧>140/90mmHgまたは降圧薬服用者4)微量アルブミン尿アルブミン排泄>20?g/分・以下のうち3つ以上1)空腹時血糖値>110mg/d?2)高中性脂肪血症中性脂肪>150mg/d?3)低HDL-C血症HDL-C<40mg/d?(男)<50mg/d?(女)4)高血圧血圧>130/85mmHgまたは降圧薬服用者5)腹部肥満腹囲(臍周辺)>102cm(男)>88cm(女)表3わが国におけるメタボリックシンドロームの診断基準ウエスト周囲径男性:85cm以上女性:90cm以上1.中性脂肪150mg/d?以上あるいはHDLコレステロール40mg/d?未満2.血圧130mmHgあるいは85mmHg以上3.空腹時血糖110mg/d?以上(以上3項目のうち2項目以上)———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.23,No.10,2006????認識し,それぞれの病態が軽症のうちから,早期介入することは意義のあることであると思われる.現在日本の診断基準に基づいてその患者数を推定すると,その数は940万人,予備軍は1,020万人となり,両者をあわせると国民の20%にも達し,40~74歳の男性の2人に1人,女性の5人に1人がメタボリックシンドロームの可能性があることが明らかとなった.社会的にも大いに注目されているが,現在の問題点は,腹囲の基準値および空腹時血糖を診断項目としている点である.腹囲に関しては,CT(コンピュータ断層撮影)で測定した内臓脂肪量が100cm2を超えるとリスクファクターの重積の確率が高いとの松澤らの臨床結果をもとに,この値に対応する腹囲が男性85cm,女性90cmに相当するとして定められた.しかし,IDFではアジア人の基準として,男性は90cm,女性は80cmとしている(表4).また最近の臨床調査からは,女性の腹囲の基準は,80cmあるいはそれ以下が適当であるとの複数の報告もなされている.さらに今後内臓脂肪を簡便に測定する方法が見出されれば腹囲そのものの意義も薄らいでくると思われる.むしろ,より重要であると思われる点は,耐糖能異常の基準を空腹時高血糖としている点である.インスリン抵抗性あるいは内臓脂肪量は食後高血糖と強い相関があり,実際に空腹時高血糖の病態より,食後高血糖の病態のほうが心血管イベントのリスクとなることも明らかにされているからである.食後高血糖の評価が臨床的にはむずかしいので,今後は,ヘモグロビンA1c(HbA1c)5.6~5.8%程度の患者には積極的な経口ブドウ糖負荷試験(OGTT)を行い食後高血糖をスクリーニングしていくべきであると思われる.事実,厚生労働省では,「健康日本21」の成果が十分にあげられていないという2006年の調査結果をうけて,2008年より医療保険者全員に,健診と保険医療指導を行うことを事務化することにし,2013年までに生活習慣病を25%削減する目標を掲げている.このように,メタボリックシンドロームの診断各項目については今後修正が加えられていくと思われる.II“メタボリックドミノ”とは21世紀の内科医療において,おそらく悪性疾患とともに,メタボリックシンドロームを基盤にした代謝性疾患から循環器疾患への連続した一連の疾患群(lifestylemedicineともよべるかもしれない)が,2大疾患を形成すると考えられる.筆者は,この代謝性疾患から循環器疾患に至るプロセスについて,生活習慣病の“重積”のみならず,その成因と発症の順序,すなわち,生活習慣病の“流れ”,および心血管合併症の発症に至る生活習慣病の“連鎖”を把握する概念として“メタボリックドミノ”という考え方を示している(図1).すなわち,食生活の偏りや運動不足といった生活習慣の揺らぎが,いわば,ドミノ倒しの最初の一つの駒(ドミノ)を倒すことになり,その結果,まず肥満,特に内臓肥満そして,アディポサイトカイン分泌異常,インスリン抵抗性など共通の病因をひき起こし,高血圧,食後高血糖,高脂血(33)表4国際糖尿病連盟:民族別ウエスト周囲径の診断基準国/民族ウエスト周囲径欧州人男性女性94cm以上80cm南アジア人男性女性90cm80cm中国人男性女性90cm80cm日本人男性女性85cm90cm中南米民族暫定的に南アジア人に準じるサハラ以南アフリカ民族暫定的に欧州人に準じる東地中海,中近東民族暫定的に欧州人に準じる図1メタボリックドミノ———————————————————————-Page4????あたらしい眼科Vol.23,No.10,2006症といった病態がほぼ同じ時期に生じてくる.これがメタボリックシンドロームの段階である.最近では,メタボリックドミノの下流に位置する動脈硬化症の発症において重要である,炎症(炎症細胞浸潤)とその結果生じる各臓器での酸化ストレスの上昇が,この段階でも重要な役割を演じていることが明らかにされている.その結果,生活習慣病のそれぞれのドミノは,お互いのドミノが倒れることをひき起こしている.最近注目されている脂肪肝,さらにNASH(非アルコール性脂肪性肝炎)といった病態もこの段階で生じ,糖脂質代謝の中心臓器の一つである肝臓の機能障害が,これら複数のドミノが同時に倒れることに寄与していると考えられる.動脈硬化症はこの段階からすでに徐々に進んでおり,生命予後に直結する虚血性心疾患や脳血管障害などの発症につながっていく.しかしながら,この段階ではまだ糖尿病は発症しておらず,さらに膵機能障害,インスリン分泌不全が生じることで,糖尿病が起こり,その後,糖尿病3大合併症は糖尿病が発症してある一定の期間高血糖が持続することではじめて生じてくる.メタボリックドミノの総崩れ状態が,心不全,痴呆,脳卒中,下肢切断や腎透析,失明といった病態であり,この段階はもうpointofnoreturnと考えられる.こうしたメタボリックドミノの流れのなかで,各段階で,お互いのドミノがお互いが倒れることに寄与しているというエビデンスが報告されている.たとえば,糖尿病発症に至っていないIGT(耐糖能異常)でBMI(体型指数)25kg/m2以上の肥満患者を対象にしたアルファーグルコシダーゼ阻害薬を用いた糖尿病発症予防試験(STOP-NIDDM)では,糖尿病発症は投薬群で有意にその発症が抑えられたが,さらに興味深いことに高血圧発症までが34%有意に抑制された(図2).このことは食後高血糖が糖尿病のみならず,高血圧症発症にも関与していることを示している.そのメカニズムはよくわかっていないが,食後高血糖による肝臓や膵臓,血管での酸化ストレスが注目されている.さらにドミノの下流,糖尿病合併高血圧症患者においても,ドミノが複雑に倒れ込み合うことでその合併症が生じていることが明らかにされた.UKPDS(UKProspectiveDiabetesStudy)33では,厳格な血糖コントロールによりHbAlcを7.9%から7.0%に減少させることによって,ミクロアンギオ(34)1.00.90.80.70.60.50.4糖尿病に進展しなかった症例比率02004006008001,0001,200追跡日数プラセボアカルボース1.000.950.900.850.80高血圧を発症しなかった症例比率02004006008001,0001,200追跡期間(日)プラセボアカルボース34%リスク低下p=0.00681,400図2IGTを対象とした糖尿病発症予防試験(STOP-NIDDM)BMI25kg/m2以上の1,368名の男女を無作為に分け3年間追跡調査した.(ChiassonJLetal:Lancet359:2072-2077,2002より)図3糖尿病合併高血圧症患者の合併症発症の低下率(UKPDS33,Lancet,1998;352:837,UKPDS38,BMJ,1998;317:703より)20100-10-20-30-40-50糖尿病関連エンドポイント糖尿病関連死糖尿病三大合併症心筋梗塞脳卒中-12-10-25-161120100-10-20-30-40-50糖尿病関連エンドポイント糖尿病関連死糖尿病三大合併症心筋梗塞脳卒中-24-32-37-21-44厳格な血糖コントロール(HbA1c7.0%vs7.9%)UKPDS:UKProspectiveDiabetesStudy厳格な血圧コントロール(144/82vs154/87mmHg)———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.23,No.10,2006????パチーである糖尿病の3大合併症は25%有意に抑制できたが,心筋梗塞や脳卒中などのマクロアンギオパチーは有意に抑制できなかった.一方,UKPDS38では,厳格な血圧コントロールにより収縮期血圧を10mmHg,拡張期血圧を5mmHg低下させることで,脳卒中が44%,心筋梗塞が21%抑制でき,さらに,糖尿病の3大合併症や糖尿病関連死を有効に抑制できた(図3).またBeza?brateInfarctionPrevention研究では高中性脂肪血症の抑制により糖尿病の発症も抑制されている.このように,生活習慣病の重積発症を時系列で捉えるとともに,時間的な流れの過程でそれぞれの疾患が相乗的に影響しあいながら病態が進展し,一気に心血管イベントが起こってくるという考え方がメタボリックドミノである.したがって,メタボリックドミノの概念では,従来からいわれてきた危険因子の“重積”に加え,危険因子の“流れ”と,その流れのなかで危険因子が“連鎖”反応を起こすことを重要視する.IIIメタボリックドミノにおける糖尿病合併高血圧症の位置づけ心血管病のリスクとして最も注目されているのが高血圧症と糖尿病の合併であり,その合併頻度も高い.糖尿病患者における高血圧症の発症頻度は,非糖尿病者に比べ約2倍高い.一方,高血圧症患者における糖尿病の発症頻度は正常血圧者に比べて約3倍高くなっている.糖尿病合併高血圧患者は実はメタボリックドミノのかなり下流に位置していることをわれわれは認識すべきである.未治療高血圧患者795人の10年以上のコホート研究において,エントリー時すでに糖尿病と診断されている患者と,エントリー時は糖尿病を発症しておらず,その後3年間のフォローアップで新規に糖尿病を発症した患者では,ほぼ同程度にその後の心血管イベントの発症率が,非糖尿病群に比べその後のフォローアップ期間中初期の段階から約4~5倍高いとされている(図4).この報告においても糖尿病発症時にすでに,血管障害が進行していることを物語っている.また,心血管イベントによる死亡率は非糖尿病者に対して糖尿病患者では数倍高くなるが,注目すべき点は糖尿病患者では心筋梗塞既往歴なしの死亡率が非糖尿病患者の心筋梗塞既往歴ありの死亡率と同等であるということである.糖尿病を発症しているというだけで,心筋梗塞の既往歴者と同等のリスクを背負っているということになる(図5).糖尿病性腎症の初期病変である微量アルブミン尿は,心血管イベントのマーカーになることが知られている.最近,病因の如何にかかわらず,腎機能が糸球体濾過値(GFR)で60m?/min以下に低下した患者は,「慢性腎臓疾患(chronickidneydisease:CKD)」として注目されている.わが国においてもCKD患者は,国民の20%に達すると推定されており,CKDとメタボリックシンドロームとの関連が示唆されている.CKDは,心血管イ(35)非イベント発症率(%)100人当たり年間イベント発症率(/100人/年)イベント発生までの年数グループABC03691215非糖尿病患者Ap=0.0001CB新規糖尿病発症患者糖尿病患者0.973.904.7010090807060504030543210図4糖尿病新規発症:心血管イベントの予知因子795人の未治療高血圧患者エントリー時の糖尿病罹患率:6.5%,フォローアップ中の新規糖尿病発症率:5.8%.(VerdecchiaP:Hypertension43:1-7,2004より)非糖尿病糖尿病心筋梗塞既往:なし:あり454035302520151050心筋梗塞発症率(%)図52型糖尿病患者および非糖尿病患者の心血管イベントにおける心筋梗塞既往歴の有無の比較─7年間のフォローアップ(Ha?nerSMetal:NEnglJMed339:229,1998より)———————————————————————-Page6????あたらしい眼科Vol.23,No.10,2006ベントのリスクとなり,いわゆる心腎連関の重要性とその機序が研究されている.IV“メタボエイジング”と抗加齢加齢現象の研究は,1935年,MacCayらにより,カロリー制限(caloricrestriction:CR)が生物の寿命を延長させるとの観察から始まった.以降,酵母(????????????????????????),線虫(??????????????????????),サカナ,マウス,ラット,イヌ,さらにサルなどにおいてCRが寿命を延長させることが明らかにされ,CRに,加齢現象の分子機序解明の糸口があると考えられ,現在精力的に研究が進んでいる.すべてのCRの生物において共通しているのは,低グルコース血症と,低インスリン(あるいはそのホモログ)血症およびインスリン感受性の亢進であり,基本的なエネルギー源であるグルコース代謝が加齢の鍵を握っているといえる.加齢現象は,酸化ストレス(活性酸素の産生)あるいはERストレス(ミスフォールデイング蛋白の増加)などの観点から語られることが多いが,筆者は代謝面からみた加齢現象を,“メタボエイジング”とよびたい(表5).こうしたCRにおける代謝面での変化は,メタボリックシンドロームにおける,過剰エネルギー状態での高血糖,高インスリン血症,およびインスリン抵抗性状態とまったく逆の状態でありきわめて興味深い.つまり,メタボエイジングとメタボリックシンドロームには多くの共通点があると思われる.CRは当初,栄養不足による成長遅延あるいは代謝低下さらに,それに伴う活性酸素産生の低下が寿命の延長の原因であると考えられた.しかしながら,CRを行った生命体の基礎代謝率は必ずしも低くなく,また活性酸素の産生に関しても必ずしも低下していないことが示されている(表6).酵母において糖濃度を2%から0.5%に低下させることにより,分裂回数が25%増加する.減少したカロリーの有効な利用のため酵母では,発酵〔2分子のアデノシン三リン酸(ATP)の産生〕より呼吸(28分子のATPの産生;ミトコンドリアにおけるTCA回路さらに電子伝達系/呼吸鎖)が好まれるようになる.効率のいいATP産生に伴い解糖系の速度は遅くなり,またNADHからNADへの再酸化が生じる.このことが,NAD依存性デカルボキシラーゼであるSIR2(silentinforma-tionregulator)を活性化し,寿命延長をもたらす.CRは,またNADsalvagepathwayを活性化し,亢進したnicotinamidaseによりnicotinamideが減少しこのこともSIR2の活性化につながる.一方,cAMP依存性プロテインキナーゼは,SIR2発現を負に制御している.この分子は原核生物から真核生物まで種を超えて保存されており,現在,メタボエイジングの鍵分子となることが明らかとなっている.ショウジョウバエでもCRの効果が認められるが,CRによりSir2遺伝子発現は亢進し,Sir2mutantではCRの効果は消失する.哺乳類のSir蛋白ホモログはSIRT1である.SIRT1は,CRにより,ラット肝臓,脂肪組織,脳,腎臓においてその発現量が増加する.Sir2は遺伝子発現のサイレンシングのみならず哺乳類ではエネルギー関連臓器へのさまざまの作用,脂肪細胞,筋細胞分化やアポトーシスへの効果が報告されており,これら多彩な作用が抗加齢に作用すると考えられている.表7aにマイクロアレイ解析により明らかにされた,代謝関連遺伝子発現の変化を示す.飢餓状態では,グリコーゲン分解,脂肪動員,糖新生,ケトン体形成,熱産生が起こり,これらはすべて脳での糖利用を優先させる(36)表5メタボエイジングCR:抗加齢メタボリックシンドローム?カロリー制限?低血糖?低インスリン血症?インスリン感受性亢進やせ,脂肪量減少?カロリー過多?高血糖?高インスリン血症?インスリン抵抗性“低インスリン血症”肥満,内臓脂肪増加表6カロリー制限とアンチエイジング?成長遅延説?体脂肪減少説?代謝率低下説?糖インスリン系変調説?成長ホルモンIGF系変調説?酸化ストレス減弱説?ストレス耐性説———————————————————————-Page7あたらしい眼科Vol.23,No.10,2006????変化である.インスリン分泌は低下し,グルカゴン分泌は亢進し,肝臓では糖新生およびグリコーゲン分解が進み,脂肪組織からは脂肪分解が進む.一方,加齢においては糖新生の低下〔肝臓におけるglucose-6-phopha-tase(G6Pase)の低下〕,解糖系の亢進〔肝臓におけるpyruvatekinase(PK)の増加〕が起こる.また,カロリー摂取過多状態でも,解糖系〔glycealdehyde-3-dehy-drogenase,pyruvatedehydrogenase(PDH)〕の亢進,NAD+の消費,SIR2抑制が起こり,これらの変化は,加齢性の変化に類似している(表7b).空腹時やインスリン欠乏時に肝臓においてその発現が誘導され糖新生を促進するPGC-1a(peroxisomeproliferatoractivatedreceptor-gco-activator1a)は,SIRT1により脱アセチル化を受けて活性化されることが知られている.Vメタボエイジングとインスリン/IGF経路の意義内分泌系であるインスリン/IGF(インスリン様成長因子)-1経路が加齢現象に関与することが,おもに線虫,さらにショウジョウバエ,さらには,インスリン経路とIGF経路(成長ホルモンの支配下)に分離したマウスでも明らかにされている.事実CRでは低グルコース,低インスリン血症が認められる.少なくとも,線虫においては,インスリン/IGF-1経路は,CR,生殖細胞からのシグナル,clk経路と並んで寿命延長に重要であることは証明されている.図6に示すように,インスリン/IGF-1受容体ホモログであるDAF-2部分欠損により寿命が延長する.また,PI3キナーゼホモログであるAGE-1の部分欠損でも同様である.これらの欠損株では,forkhead/winged-helixfamilytranscriptionfactor(Foxo)ホモログであるDAF-16の活性が上昇することがその寿命延長に必須であることが示されている(Foxo3a欠損メスマウスでは,prematureagingが起こる).一方,この経路に拮抗するPTENフォスファターゼのホモログ,DAF-18欠損では寿命の延長が抑制される.最近DAF-2リガンドとしてCeinsulin-1が同定された.線虫では,体の先端部分で環境の変化を感覚神経が感知し,Ceinsulin-1が分泌されDAF-2受容体を介してシグナルが伝わり,最終的には神経系の活性が変(37)表7aCRにおける代謝性変化?低グルコース,インスリン血症?骨格筋,脂肪組織でのグルコース取り込みの亢進?インスリン感受性の亢進?糖新生の亢進:骨格筋(fructose-1,6-bisphophatase,glucose-6-phophatase,pyru-vatekinase):肝臓(phosphoenolpyruvatecarboxykinase,glucose-6-phosphatase)?解糖系の低下:肝臓(pyruvatekinase,phosphofructokinase-1,pyruvatedehydro-genase)?脂肪酸合成の亢進(fattyacidsynthase,PPARdelta):骨格筋?脂肪酸合成の低下(fattyacidsynthase,fattyacidbindingprotein2transaldolase):肝臓表7b加齢およびカロリー摂取過多における代謝性変化の類似性加齢における代謝性変化?糖新生の変化:肝臓におけるglucose-6-phophatase(G6Pase)の低下?解糖系の亢進:肝臓におけるpyruvatekinase(PK)の増加カロリー摂取過多時における代謝性変化?解糖系の亢進:肝臓におけるglycealdehyde-3-dehydrogenase,PDHの増加図6線虫におけるインスリン/IGF-1経路と寿命Insulin-likeligandDAF-2(Insulin/IGF-1receptor)AGE-1(PI3kinase)DAF-18(PTENphosphatase)PI(3.4)P2,PI(3.4.5)P3AKT-1/AKT-2DAF-16(Foxo)Longevity———————————————————————-Page8????あたらしい眼科Vol.23,No.10,2006(38)わることで寿命延長につながるようである.マウスにおいてもIGF-1受容体へテロ欠損マウスのメスにおいて寿命の延長が報告されている.しかし,寿命延長がメスにしか認められないことや,検討数が少ない点あるいはマウスsubstrainの問題など批判もある.一方,????小人症マウスでは,PROP1(下垂体の発達に必要なPit-1発現に必須)の欠損により成長ホルモン,プロラクチン,TSH(甲状腺刺激ホルモン)などの欠損がみられ,このマウスでは50%ほどの寿命の延長がみられる.またPit-1欠損である?????小人症マウスでも同様の減少が認められる.これらのマウスにおいて,どのホルモンの欠損が重要なのかを含め,そのメカニズムはよくわかっていない.これらのマウスでは,成長遅延に加えて,低体温,活性酸素の低下が認められる.哺乳類において,インスリンあるいは成長ホルモンが加齢においてどれほど重要であるかについては結論が得られていない.VIメタボエイジングと脂肪細胞分化,肥満CRマウスやラットさらにはサルにおいて脂肪量の減少が認められる.このことより脂肪量と寿命の関連が示唆された.特に脂肪細胞特異的インスリン受容体ノックアウトマウス(FIRKO)マウスでは脂肪量の減少とともに寿命の延長が認められた.しかし,レプチン受容体欠損肥満??/??マウスにおいても,CRはやせている対照マウスより寿命を延長させることが知られている.また脂肪量と寿命の相関はラットにおいてはそのsubstrainによって異なることが報告されている.線虫においては,長寿を示すDAF-2欠損株において腸管の色素沈着(脂肪蓄積を示す)が認められるものがあるが,必ずしも寿命延長とは直接の関連はないとされている.興味深いことに,寿命制御にかかわるSIRT1は,脂肪細胞において脂肪細胞分化に必須のPPAR-g(peroxi-someprolierator-activatedreceptor-g)発現を,転写の負の調節因子であるNcoR,SMRTを動員することにより抑制することが示されている.またSIRT1の過剰発現により,脂肪分解および蓄積脂肪量の低下が認められる.さらに,?????+/-マウスでは空腹時の脂肪細胞からの脂肪酸の動員が抑制されている.これまで代謝率が低いほうが長寿であるという考え方もあった(表6)が,現在議論をよんでいる.FIRKOマウスでは対照マウスに比べ過食傾向を示し代謝率は高い.また脂肪細胞分化の初期の段階に重要なC/EBPaをC/EBPbに置換したマウスでも脂肪分解亢進による代謝亢進を認め寿命の延長が認められる.またマウスでは酸素消費量(代謝率)と寿命との間に正の相関を認めるとの報告がある.この代謝率の亢進の分子機構として最近ではUCP(uncouplingprotein)が注目されている.UCPはミトコンドリアでの電子伝達系におけるATP産生においてプロトンの漏出を促進しATP産生を減らし逆に熱産生を増やす結果をもたらす.CRにおいて,UCP2(脂肪細胞)およびUCP3(骨格筋細胞)が上昇しミトコンドリアでuncoupling(脱共役)が上昇していることが観察されている.CRに伴う個体のサイズ減少は,表面積の相対的な増加による熱消失をきたし,そのために代償的にUCPによる熱産生が亢進していると考えられている.絶食によりマウス膵臓においてUCP2発現が亢進することも知られている.UCPによる脱共役の増加は,電子伝達系において産生される活性酸素量の減少をもたらす.事実,UCP2ノックアウトマウスでは活性酸素産生が亢進していることが報告されている.またマウスにおいては脱共役の程度と寿命に関連があるという報告もある.こういった観点からもUCPによる脱共役の亢進と寿命の延長の関係は興味深い.UCP活性亢進とSIRT1の関係は,今後の研究課題であるが,最近膵臓では,インスリン産生細胞でのSIRT1過剰発現マウスの検討などからSIRT1がUCP2発現を抑制し,膵b細胞でのATP含量が増加しインスリン分泌が増加することが明らかとなった.またSIRT1ノックアウトマウスではUCP2発現レベルは高い.このことは,CRにおいてインスリン分泌量が減少すること,線虫ではSIR2活性の増加によりインスリン/IGF-1経路の活性が減弱することとは逆である.VIIメタボエイジングとメタボリックドミノメタボエイジングのメカニズム解明にはCRの寿命延長作用機序が重要であり,そのなかでSIR蛋白の意義は大きいと思われる.しかしながら,上述したように,———————————————————————-Page9あたらしい眼科Vol.23,No.10,2006????(39)CRにおける代謝性の変化は下等生物と高等生物で必ずしも同じでなく,またSIR蛋白の作用も同じではない.たとえば,下等生物では,外界のグルコース濃度の低下に対して,有効なエネルギーの獲得とその保存がより明確な形で代謝系の変化として現れ寿命延長に繋がる.一方,高等動物ではATP産生を犠牲にしても熱産生の亢進を高めるためにUCPの発現亢進が生じるなど複雑な反応が起こる(しかしUCP発現は,加齢において重要な活性酸素の産生を抑制するという意味で重要であるかもしれない).またCRにおけるインスリン分泌低下はSIRT1の活性がむしろ低下するためである可能性がある.一方,CRにおけるインスリン感受性の亢進は,脂肪細胞量の低下に伴うアディポサイトカイン分泌の変化により説明できるかもしれない(図7b).一般的に,線虫ではインスリン/IGF-1経路の活性化は寿命延長に対して抑制的に作用するが,ヒトの場合,インスリン抵抗性(インスリン/IGF-1経路の減弱)が,メタボリックシンドロームをひき起こし寿命は短縮する.SIRT1は,Fox3を脱アセチル化し,酸化ストレスに対する耐性を増強し,またアポトーシスの促進を抑制する作用も有しており,また老化促進分子であるp53やFasリガンド,Bax,Bimなどの抑制作用なども報告されており,細胞障害,細胞死に対する効果も重要である.いずれにしてもメタボエイジングの分子機構はまだまだ不明な点が多い.メタボリックドミノの出発点は過食,摂取エネルギー過多に伴うインスリン分泌過剰である.さらに脂肪細胞の増殖,肥大に伴いインスリン抵抗性が惹起される.CRにおける代謝変化とはまったく逆の変化が生じ,その結果,生活習慣病の発症,動脈硬化症の進展から心血管イベントによる寿命の短縮が起こる.また大腸癌など明らかに肥満に関連した悪性腫瘍も存在する.これらメタボリックドミノのすべての過程において,炎症の重要性が指摘されている.ドミノ上流では肥満に伴う脂肪組織炎症とそれによるインスリン抵抗性,ドミノ中流では肝臓,膵臓の炎症によるメタボリックシンドロームの進展や糖尿病の発症,さらにドミノの下流では血管の炎症による動脈硬化症の発症である.メタボリックドミノの進展をメタボエイジングとしてながめてみると,インスリン抵抗性による解糖系,脂肪分解の亢進などの代謝変化,あるいは活性酸素産生の増加以外にも,たとえば,過食に伴うSIRT1活性の低下は,脂肪細胞の形質転換とそれに伴うアディポサイトカイン分泌の変化(図7b),あるいは活性酸素産生の亢進と組織炎症や組織細胞障害の進展,さらに膵臓におけるインスリン分泌低下が想定される.今後,メタボエイジングの分子機構が明らかになれば,メタボリックドミノに対する新たな治療戦略が生まれることが期待される.InsulinresistanceBloodglucose;increaseInsulin;increaseAdiposetissueFatstorage;increaseAdiponectin;decreaseTNFa;increaseSkeletalmuscleGlycolysis;increaseLipolysis;decreaseLiverGlycolysis;increaseFattyacidsynthesis;increasePancreasβcellInsulinsecretion;increaseCalorieExcess図7bカロリー過多(メタボリックシンドローム)におけるエネルギーサイクルInsulinsensitivity;increaseBloodglucose;decreaseInsulin;decreaseAdiposetissueFatstorage;decreaseAdiponectin;increaseTNFa;decreaseSkeletalmuscleGluconeogenesis;increaseFattyacidsynthesis;increaseLiverGlycolysis;decreaseFattyacidsynthesis;decreasePancreasβcellInsulinsecretion;decreaseCR図7aカロリー制限時におけるエネルギーサイクル