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Functional MRIでみる両眼視機能

2006年6月30日 金曜日

———————————————————————-Page10910-1810/06/\100/頁/JCLSより適切な両眼視の概念を導く必要があると思われる.左右の網膜に端を発する視覚情報は,互いに独立した伝達系で運ばれ,外側膝状体まではまだ相互乗り入れをしていない.さらに,第一次視覚野(以下,V1)では,眼優位コラムが存在し,ここでも隣接しているものの左右眼からの情報は個別に扱われている.しかし,V1には同時に両眼からの入力に対し反応するニューロンも存在していることがサルで報告されている.そして,この両眼から入力を受けるニューロンは,サルではV2,V3,V3A,V4,V5,MST(medialsuperiortemporal),CIPS(caudalintraparietalsulcus),LIP(lateralintra-parietal),IT(inferiortemporal),頭頂葉とさらにFEF(frontaleye?elds)にも発見されている1~10).両眼視ゆえに生じる視野闘争は,心理学実験では不自然に左右の各眼に別の絵を見せるなどして生じさせるが,実は日常的に見ている視覚像のなかにも,片眼にだけ遮閉されている部分などの左右眼で著しく異なっているところが存在し,視野闘争に類似した現象が日常的にも部分的に生じている.しかし,われわれはそのような部分に通常気がつかず,全体を自然な風景として認知している.したがって,このメカニズムの解明は,視覚メカニズムの理解にとって非常に重要であると考えられる.右眼と左眼に別の絵を同時に見せると,5秒程度の間隔で右眼に提示した絵と左眼に提示した絵が交互に見える.これが視野闘争であるが,これは長い間,右眼と左眼の入力が互いに闘い合ってその一方が見えているのだはじめに眼科臨床では,「両眼視」と「立体視」は切っても切れない関係と考えられている.しかし,これらの用語は決して同義ではなく,生理学や心理学の領域では,明らかに別の用語として使われている.「両眼視」はまさしく両眼でものを見た場合の視機能を指す.両眼視差による奥行き知覚のみならず,左右眼で異なった対象を見た場合の知覚の入れ替えである視野闘争,視野の拡大,盲点の相互代償,解像力の増大も両眼視の大きな特徴である.一方,「立体視」は対象が三次元的に奥行きをもって見える視機能である.両眼視差が立体視のための重要な手がかりになっていることは確かであるが,それが唯一無二の手がかりというわけではなく,それ以外にも運動視差,絵画的手がかり,肌理の勾配,さらには調節や輻湊などさまざまな奥行き感覚の手がかりがあり,両眼視差はそのなかの一つという位置づけになる.ところが眼科では,斜視・弱視治療の経過観察において,患者の両眼視機能のゴールとして立体視を設定していることが多いため,両眼視と立体視を混同している医師が少なくないのではないだろうか.同時視,融像,立体視の3点セットは,両眼視機能の質的評価にとって重要な古典的概念であり,これらの段階的発達過程(あるいは処理過程)は,斜視・弱視治療においては病態メカニズムの理解の助けになっている.しかし,本質的な視覚の変容そのものについては,いまだ推測の域を出ていないため,生理学や心理学などの最新の知見を参照し,(15)???*1SatoshiNakadomari:東京慈恵会医科大学眼科学講座*2YoichiroMasuda:東京慈恵会医科大学眼科学講座/スタンフォード大学〔別刷請求先〕仲泊聡:〒105-8461東京都港区西新橋3-25-8東京慈恵会医科大学眼科学講座特集●もっと知りたい,斜視・弱視あたらしい眼科23(6):713~719,2006FunctionalMRIでみる両眼視機能????????????????????????????????????????????????仲泊聡*1増田洋一郎*2———————————————————————-Page2???あたらしい眼科Vol.23,No.6,2006と考えられてきた.しかし,Logothetisが巧みな実験で,そう簡単な話ではないということを明らかにした11).彼は,Aという絵とBという絵を右眼にABABABA-BA…と速い周期で提示し,同時に左眼にBABA-BABAB…と同じ速さで提示した.一度に左右眼に見える絵は常にAとBのそれぞれであるという点は,いわゆる視野闘争を示すそれまでの実験と変わらなかったが,右眼と左眼の入力が互いに闘い合ってその一方が見えているのであれば,どちらの眼で見ているときであってもAとBが速く入れ替わって見えるという見え方に違いはないはずであった.ところがこの被験者には,Aの絵とBの絵が5秒程度ずつ交互に見えたのであった.すなわち視野闘争とは,右眼と左眼の闘い合いではなかったのだ.その鍵はほかならぬ脳のなかに存在しているはずである.このような視野闘争が生じる背景に,片眼からの入力を抑制するという斜視でよく認められる抑制に似た現象が生理学的にも生じているということがわかる.したがって,視野闘争のメカニズムの解明は,心理学的な興味だけでなく,斜視患者の視機能の解明においても重要な役割をもっていると考えられる.さて,単眼で見た場合と両眼で見た場合の違いとしては,両眼視差,視野闘争以外にも,視野の拡大,盲点の相互代償,解像力の増大つまり視力の向上といった現象を経験できる.これらについて考えてみても,両眼視の研究は,そのターゲットを脳機能に求めざるを得ないものばかりである.近年,非侵襲的に脳機能を研究する方法が発展してきており,そのうち時間的にも空間的にも分解能が比較的良い方法としてfunctionalMRI(mag-neticresonanceimaging)が注目されている.本稿では,このfunctionalMRIについて概略を述べ,これを用いて両眼視機能がどのように研究されてきているかについてその一部を紹介する.IFunctionalMRIとは脳の神経が活動するとそのエネルギーを補充するようにその周囲の毛細血管が拡張し,局所的に血液が集まる.この現象は,脳表に近赤外線を当てて,その吸光率を測定してみると明らかに存在していることがわかる.この神経活動と血液動態の変化の間を結ぶ生理学的メカニズムについては,まだ明らかにはなっていないが,活動する神経の周囲に血液が集まるという現象は間違いなく,血液には磁場に影響を及ぼす鉄分子が多く存在していることから,MRIで記録された信号に変化が生じるということは想像に難くない.このことに最初に気がついたのは,当時ベル研究所にいた小川誠二氏であった.彼は,この現象をbloodoxygenationleveldependente?ect(BOLD効果)とよび,T2*とよばれる撮像条件でこの効果が最大となり,これで撮像した脳画像から,脳の神経活動を可視化できるということを1990年に報告した12).このBOLD効果を利用して脳機能を測定する方法が,functionalMRIである.まだその発見から15年しか経っていないが,この手法を用いた研究報告はすでに数えきれないほどになっている.本法の時間分解能は,神経が脱分極してからBOLD信号がピークに達するまでに4~5秒もかかるため良いとはいえず,複数の大脳領野の発火順序を決定する根拠として,この方法を用いることは不適切である.既報のなかにはBOLDの信号変化率や有意水準を指標として神経の活動量を定量化しようとする試みが少なくないが,発見者の小川氏自身もこれを過信してはならないと述べている.このように定量性には現時点で問題を残しているfunctionalMRIではあるが,定性的にはすばらしい知見を無数に示してきている.特に視覚領域の研究は,結果が明らかであることから,報告数も多い.最近のテクノロジーの進歩により,その空間分解能が改善され,どこまで細かい現象を捉えることができるかを検証する実験が行われている.HubelとWieselのV1における眼優位コラムの発見は,視覚科学における20世紀最大の発見と考えられる.FunctionalMRIを用いてヒトの視覚皮質でこれを捉えた研究がある.このfunctionalMRIの空間分解能は,1mm以下のコラム構造を示した点で評価できる.1997年のMenonによる最初の報告には,賛否両論があった.しかし,理化学研究所のChengらは,高磁場装置を用いてこの再試に成功し,再現性を確認することでfunc-tionalMRIの高空間分解能の可能性を示した13,14).視覚領域におけるfunctionalMRIの最も有用な点は,ヒトの視覚野の細分類が可能であることであろう.(16)———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.23,No.6,2006???Travelingwave法という,固視点を中心に徐々に拡大するリングと回転する扇形の視覚刺激が視覚野に作り出す周期性の信号変化からその網膜部位再現を明らかにする方法により,V1とV2,V2とV3,そしてさらに高次の視覚野を区分けすることができる.この方法は,Engelらにより提唱された後,多施設で発展し,今や後頭葉のほとんどの領域がこの方法を用いて区画化されるようになった15~17).動物を対象とした研究と比べ,ヒトの研究では,脳のどの領域がどのような働きをもっているかを記述する際に,単に脳溝や脳回の位置で規定するよりも,機能的に区画された視覚野を基準にしたほうが,個体差が少なく本質的な議論を行うことができるという点で,この方法の発明の意義は大きい.本稿のなかでも視覚野の名称が多数記述されているが,どの部分を意味しているかについてはその都度,図1を参照していただきたい.IIFunctionalMRIで調べられた両眼視機能これまで両眼視機能についてもfunctionalMRIを用いた研究が多数存在している.ここではまず,両眼視差からの奥行き知覚に関連した知見について言及する.そして,それに関連して両眼視差以外の手がかりによって生じる奥行き知覚に関わる知見についても紹介したい.筆者らは,視野の左下1/4の領域にだけ,両眼視差からの奥行き知覚を生じない症例を経験した18).その患者は,Titmusstereotestで,ハエの背中を固視すると,右側の羽は浮いて見えるのに左の羽は浮いていないと訴えた.詳しい検査の結果,左下視野のみに限定した奥行き知覚異常であると診断した.この症状は,視差の検出が部分視野内で不可能になっているということを示している.そこで,この症状をもとにして視覚刺激を作成し,functionalMRI実験を行った19).図2は,これに用いた視覚刺激である.左側の刺激では,田の字型の黄色の枠の中に円が黄色で描かれている.しかし,右側の刺激では,左下の円だけは赤と緑で描かれている.これらの円はそれぞれ一定速で左右に揺れている.赤と緑の円も同じ速さで揺れているが,この2つの動く方向は相反している.つまり,この視覚刺激を赤緑のフィルター眼鏡でみると,片眼で観察したときは4つすべての円が左右に揺れて見えるが,両眼で見た場合は左下の円だけが田の字型の枠の平面の前後を視線方向に揺れて見えることになる.その一方で,左側の刺激は,両眼で見てもす(17)図1FunctionalMRIで区分された視覚野各々の図は,頭部MRIから大脳皮質を抽出してレンダリングした右脳の3D画像上に各視覚野を色分けして示したものである.左上は内側面,右上は外側面,左下は後面,右下は下面から見た画像である.V1の位置は,後頭葉の鳥距溝の位置にほぼ一致している.(文献17より許可を得て転載)V1V2V3V3AV3BV7hMT+hV4VO-1———————————————————————-Page4???あたらしい眼科Vol.23,No.6,2006べての円が左右に揺れて見えるだけである.すなわち,左下視野内の視差情報を変化させた課題ということができる.そして,4つとも黄色で描いた左右に揺れる円を見た場合と,左下の円だけ前後に揺れる場合との間で脳活動を比較することにより,左下の視野内で視差から奥行きを感じる場合に賦活する脳内部位が明らかになるのではないかと考えた.そして,その活動部位が,前述の左下視野内の立体視異常を有する患者の病巣と重なるかどうかを検証した.その結果,図3のごとく,活動部位は右後頭葉内側上部に限局していた.そして,そこは,まさにその症例の病巣と一致していたのであった.この部位は,直接確認してはいないが,位置からいってV3またはV3Aにあたる領域と考えられる.今後,同様の実験を視覚野マッピングを行ったうえで再試すること,そして同患者の視覚野マッピングを行うことでさらに詳細な部位決定を行うことができると考えられる.Backusらは,ランダムドットステレオグラムを用いて,面の浮き上がりに関連した脳活動を捉えた.彼らは,視覚野マッピングをベースにどの領野でその活動が大きいかを丹念に調べ,その結果,V3Aに最も強い応答を検出した20).西田らも,ランダムドットステレオグラムを用いて,円錐状の奥行きを提示して,平面の円盤に比べ有意に活動している部分を求めた.その結果,後頭葉上部から頭頂葉の上頭頂小葉に活動部位を見いだし,それらは左半球よりも右に優位であった21).両眼視差は,左右眼の位置の違いにより,網膜に投影される映像が若干左右で異なることから生じる.これは眼球の位置と物体の位置で一義的に決まる両眼視差であり,これを絶対視差とよぶ.それに対し,2つの物体が重なって存在し,それらのそれぞれの絶対視差の差でそれら2つの位置関係が理解できるような場合,この差は相対視差とよばれている.これまで,サルの研究では,絶対視差はV1で,相対視差はV2で処理されることが推定されている22,23).図4に示したように,視線方向に(18)図3FunctionalMRI実験による左下視野視差刺激に関連した脳部位と左下1/4視野にのみ視差からの奥行き知覚異常をきたした患者の脳左側は,functionalMRI実験による左下視野視差刺激に関連した脳部位で,標準脳上に赤く表した.一方,右側は,左下1/4視野にのみ視差からの奥行き知覚異常をきたした患者の頭部MRIから脳をレンダリングした3D画像である.右上部後頭葉に限局した病巣とfunctionalMRI実験で得られた反応部位が一致していることがわかる.図2左下視野内の視差による奥行き知覚に関連する脳部位を見つけるために行ったfunctionalMRI実験で用いられた視覚刺激左側の刺激では,田の字型の黄色の枠の中に円が黄色で描かれている.しかし,右側の刺激では,左下の円だけは赤と緑で描かれている.これらの円はそれぞれ一定速で左右に揺れている.赤と緑の円も同じ速さで揺れているが,この2つの動く方向は相反している.つまり,この視覚刺激を赤緑のフィルター眼鏡でみると,片眼で観察したときは4つすべての円が左右に揺れて見えるが,両眼で見た場合は左下の円だけが田の字型の枠の平面の前後を揺れて見えることになる.その一方で,左側の刺激は,両眼で見てもすべての円が左右に揺れて見えるだけである.———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.23,No.6,2006???2点が存在して,両眼がその奥の点に向いている場合,手前の点の網膜上に投影される位置がずれて絶対視差が生じる.この場合,2点の視差の差である相対視差は手前の点の絶対視差に一致する.ところが,2点の中央に両眼が向いている場合は,2点ともに絶対視差が生じる.しかし,この場合も2点の相対視差は不変である.すなわち,空間内の2点間の位置関係をより直接的に意味しているのは,絶対視差ではなく相対視差ということになる.Neriらは,各視覚野が,絶対視差と相対視差に対してどのように順応するかを調べた24,25).その結果,背側路であるV3A,V5/MT(hMT+の一部),V7では,絶対視差に対しての順応が生じ,腹側路であるV4(hV4),V4a/V8(VO-1)では絶対視差と相対視差の両方に対しての順応が生じ,初期視覚野であるV1,V2,V3では,どちらにも順応がわずかしか生じなかったという.Neriは,これまでのサルとヒトの研究からV1,V2,V3に入力された両眼視差情報が,V3A,V5/MT,MST(hMT+の一部),V7などの背側路と,V4,IT,V4a/V8などの腹側路に分かれ,おもに背側路ではよせ運動を起こす経路,腹側路では三次元知覚のための経路となると推測している.両眼視差によらないヒトでの奥行き知覚は,function-alMRIを用いてParadisらが後頭葉上部に,乾らが運動前野と頭頂葉に,Mooreらが後頭葉外側面に活動を認めている26~28).Paradisらは,ランダムドットが立体の表面にあってそれが回転しているときに見られるような秩序だった動きをする場合,われわれがそこに立体像を見ることができるということ(structurefrommotion)に注目し,ランダムドットのランダムな動きを見たときと比べ,立体を知覚したときの活動をfunc-tionalMRIで見いだした.彼らは,視覚野の同定を行っていなかったので後頭葉上部領域と記載したが,V3およびV3Aがそれに相当すると推定している.乾らは,ネッカーキューブとよばれる多義図形を用いて,それが立体的に見えるときとそうでないときの違いに注目して奥行き知覚に関連した領野を特定した.しかし,彼らの結果にみられた反応はあまりに広く,そのうちのどこがどういう働きをもっているかを知るにはさらなる研究が必要である.Mooreらは,無意味な立体像のグレースケール画像とそれを白と黒に二値化した画像を用いてfunctionalMRI実験を行った.無意味図形の二値化画像は,通常は立体としては知覚されず,無意味な平面画像と知覚される.しかし,立体的に描かれたグレースケール画像を見た直後にこれをみると,その立体に強い光が当たって日向と日陰が強いコントラストで表現されているような立体として知覚可能となる.彼らは,この現象を利用して,まったく同じ画像を見ていながら,片方は平面に,そしてもう一方は立体に見えるように実験を組み,その違いがどこに生じているかについて検討した.その結果,後頭葉外側面に活動を認めた.これらの奥行き認知は,いずれも両眼視差を必要としない.単眼の人でも同様の反応があり,おそらくそのような人は,こういった手がかりを日常で利用しているに違いない.しかし,いずれも両眼視差による奥行き知覚に関連する領域のそばにその活動部位が認められている点が興味深い.奥行き感覚の手がかりは,これら以外にも多数存在しており,複雑に関係し合っているものと推定される.これまではサルの研究を積み重ね,それをヒトに照らし合わせ,ヒトでの脳機能は推測の域をでない部分が多くあった.しかし,functionalMRIによってサルでの知見のヒトにおける検証ができるようになっ(19)図4絶対視差と相対視差両眼が奥の点に向いている場合,手前の点が網膜上に投影される位置はずれて絶対視差が生じる.この場合,2点の視差の差である相対視差は手前の点の絶対視差に一致する.ところが,2点の中央に両眼が向いている場合は,2点ともに絶対視差が生じる.しかし,この場合も2点の相対視差は不変である.すなわち,空間内の2点間の位置関係をより直接的に意味しているのは,絶対視差ではなく相対視差ということになる.(文献24より改変して転載)01相対視差絶対視差-1/21/2———————————————————————-Page6???あたらしい眼科Vol.23,No.6,2006た.さらには,サルとは異なった部分やサルで確認されていない部分がしだいに判明してきた.今後,MRI装置の改良や視覚刺激の工夫によって,両眼視の分野でも新たな知見が発見され臨床に大いに貢献することは想像に難くない.おわりに以上のように述べてくると眼科医としてどうしても気になる点が残る.斜視の患者の脳内表象はどうなっているのか,ということである.網膜異常対応の弱視眼における皮質への投射と健眼網膜との線維連絡はどうなっているのか.間欠性外斜視や交替性上斜位の大雑把な両眼視の生理学的根拠はいかなるものか.斜視における抑制のメカニズムなど大脳にその解を求めざるをえない問題が,斜視と弱視の領域には多数残されている.同様にして片眼に暗点のある患者の両眼での視覚はどう修正されているのであろうか.これらの点を調査するにはより包括的に脳機能を観測する方法が必要になるであろう.その点,functionalMRIは脳全体にわたる局所の応答を同時に見ることができるという点ですぐれている.しかし,functionalMRIの撮像では,頭部が固定されており,眼前に設定できる装置には大きさと磁性の制約が存在する.その制約条件の範囲内で両眼に任意の画像を分離提示したり,同時提示したり,眼位をモニターすることがfunctionalMRIによる両眼視機能測定には必要になってくる.これが,この領域の研究を困難にしている原因であると思われる.しかし,それよりも大きな「固定観念」という制約をわれわれ眼科医はもっているのではないだろうか.両眼視差が利用できないと奥行きが判断できない,抑制は片眼の視覚全体に生じている,奥行き感覚が視野の中心から等方向性に存在しているなどと思い込んだりしていないだろうか.そういう根拠のない固定観念を振り払って,もっとフレキシブルに,われわれはどのように見えるのか,どうして見えるのかについて日頃からよく考えていかなくてはいけないと思う.文献1)HubelDH,WieselTN:Stereoscopicvisioninmacaquemonkey.Cellssensitivetobinoculardepthinarea18ofthemacaquemonkeycortex.??????3:41-42,19702)MaunsellJH,VanEssenDC:Functionalpropertiesofneuronsinmiddletemporalvisualareaofthemacaquemonkey.II.Binocularinteractionsandsensitivitytobinoc-ulardisparity.??????????????49:1148-1167,19833)PoggioGF,GonzalezF,KrauseF:Stereoscopicmecha-nismsinmonkeyvisualcortex:binocularcorrelationanddisparityselectivity.??????????8:4531-4550,19884)BurkhalterA,VanEssenDC:Processingofcolor,form,anddisparityinformationinvisualareasVPandV2ofventralextrastriatecortexinthemacaquemonkey.???????????6:2327-2351,19865)TairaM,TsutsuiKI,JiangMetal:Parietalneuronsrep-resentsurfaceorientationfromthegradientofbinoculardisparity.??????????????83:3140-3146,20006)GnadtJ,MaysL:Neuronsinmonkeyparietalarealiparetunedforeye-movementparametersinthree-dimen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三歳児健診の現状と問題点

2006年6月30日 金曜日

———————————————————————-Page10910-1810/06/\100/頁/JCLS成した2).三歳児健診は,当初実施主体が都道府県であったが,1997年に市町村へ委譲されたため,同一都道府県内でも地域によって差が生じているのが現状である.II三歳児健診の流れ三歳児視覚健診は3ステップをとっている(図1).三歳児健診の対象児全員の家庭に問診「目に関するアンケート」(図2),ランドルト環字ひとつ視標(0.1と0.5相当)と視力検査の方法の説明書が郵送される.一次健診は,家庭で保護者が視力検査と「目に関するアンケート」の回答を行い,その結果を用紙に記入する.後日,I三歳児視覚健診の歴史三歳児健診は1961年に実施となったが,健診での眼科の項目は,「目の疾病および異常の有無」とされ,問診・視診で発見可能な異常に限られていた.湖崎らは,1970年に大阪市内保健所での三歳児健診にランドルト環字ひとつ視力検査を2.5mの距離で行い,スクリーニング基準として0.5が適当であると報告した1).1990年,三歳児健診に視力検査が導入され,その後,厚生省心身障害研究「小児の視覚発達の評価法に関する研究」の一環として,丸尾らが三歳児健康診査のガイドラインを作(9)???*YoshikoTakihata:川崎医療福祉大学感覚矯正学科〔別刷請求先〕瀧畑能子:〒701-0193倉敷市松島288川崎医療福祉大学感覚矯正学科特集●もっと知りたい,斜視・弱視あたらしい眼科23(6):707~711,2006三歳児健診の現状と問題点???????????????????????????????????????????????????????-????-????????????瀧畑能子*図1三歳児視覚健診の流れ一次健診は家庭で保護者が行い,「目に関するアンケート」で該当項目があった児,あるいは,視力検査で片眼でも視力0.5未満であった児は二次健診を受診する.精密健診は,眼科で実施する.アンケート記入・視力検査アンケート○なし家庭視力0.5以上査検次二関機療医門専力視5.0上以しな常異眼査検密精児歳三行発票診受可理処nonononono了終了終了終了終眼科保健所家庭———————————————————————-Page2???あたらしい眼科Vol.23,No.6,2006対象児は全員保健所での(歯科健診などの)三歳児健診を受診することになっているので,保護者は,アンケートと視力検査の結果を記入した用紙を保健所に持参し提出する.アンケートの回答で眼疾患が疑われるか,視力検査の結果片眼でも0.5未満かあるいは視力検査ができなかった場合は,二次健診として,保健所で視力検査と医師の眼異常チェックを受ける.二次健診においても,視力が片眼でも0.5未満か,眼異常が疑われる児は,精密健診受診票を交付され,後日,眼科で精密健診を受ける.III日本眼科医会の調査3)日本眼科医会公衆衛生部が,人口10万人未満の市町村にアンケート調査を行った結果について,その現状と問題点をあげる.①三歳児視覚健診を実施しているか?<現状>9市町村(回答があった市町村の5.3%)が三歳児視覚健診を実施していなかった(図3).<問題点>1997年に主体が都道府県から市町村に委譲された結果,健診にどのくらい費用を使うことができるのか,かかわることのできるスタッフ(職種と人数)などの差が生じている.②健診での眼異常発見の頻度は?<現状>対象児65,382名中,二次健診受診児は29,046名(44.4%),精密健診が必要な児は2,915名で,実際に精密健診を受診した児は1,797名で,眼異常が発見されたのは1,142名であった(図4).<問題点>二次健診で精密健診が必要と判断された児のうち,実(10)図2目に関するアンケート一次健診として,保護者が回答する.トーケンアるす関に目のんさ子おお子さんについて、当てはまるところを○で囲んでください。1.。かすでいしかおがきつ目。かすまりがしぶまに端極.2。かすま見てめ細を目.3。かすま見ていづ近に物.4。かすましりた見で目横、りたけ傾を頭.5。いさだくき書おばれあがとこな配心ていつに目、他のそ.6)(いはえいい:いはえいい:いはえいい:いはえいい:いはえいい:(94.7%)161市町村実施実施していない9市町村(5.3%)図3三歳児視覚健診を実施しているか?日本眼科医会公衆衛生部が人口10万人未満の市町村にアンケート調査した結果,回答があった市町村のうち,9市町村(5.3%)が実施していなかった.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.23,No.6,2006???際に眼科で精密健診を受診した児は61.6%にとどまった.精密健診を受診した児のうち63.6%に眼異常が発見されていることから,精密健診未受診児のなかにも眼異常を有する児がほぼ同率で存在すると仮定すると,健診で異常を疑われたにもかかわらず「とりこぼし」が多数発生する結果となる.③二次健診の実施方法は?<現状>眼科医が実施しているのは4.3%で,1998年4)の6.8%に比べ減少していた.眼科医以外の医師は15.5%(1998年は26.3%),保健師あるいは視能訓練士は54.7%(1998年は48.8%)で過半数を占めていた(図5).契約医療機関は,1998年は6.3%であったが,2001年は11.2%と増加していた.<問題点>眼科医の参加が少ない.保健師と視能訓練士の参加は合計で過半数であるが,日本視能訓練士協会の調査では視能訓練士の二次健診への参加は9.4%と少なく,保健師と看護師が大半を占めていた.IV一次健診(家庭)の視力検査筆者らは,2004年8月から2005年2月に10カ所の保健所で三歳児健診の受診児265名の保護者に家庭での視力検査について聞き取り調査を行った.その後,視能訓練士が,裸眼視力検査と調節非麻痺下での手持ち型オートレフラクトメーターによる屈折検査を行った.①家庭で視力検査を実施したか?<現状>249名(94%)が視力検査を実施していたが,16名(6%)は未実施であった(図6).<問題点>未実施の保護者に理由を聞くと,郵送されてきた説明書を読まなかったという理由が多かった.②家庭で視力検査は可能であったか?<現状>視力検査を実施した249名中,検査可能であったのは189名(76%)であった.家庭で保護者が視力検査できなかった児は60名(24%)であったが,視能訓練士が視力検査を行うとそのうち42名(70%)が検査可能であった(図6).<問題点>3歳児の視力検査は,成人の視力検査よりむずかしく正確に行うには技術を要する.健診はスクリーニングなので,児が慣れた場所である家庭で保護者が0.1と0.5の視標を用いて一次健診としての視力検査を行うのは意義があると考えるが,保護者の視力検査が不可であった児のうち42名(70%)は視能訓練士の視力検査は可能であったことから,やはり,3歳児の視力検査を,視力検査を初めて行う保護者が正確に実施するのはむずかし(11)図4二次健診・精密健診の受診児数と眼異常児数二次健診の受診児は44.4%であった.精密健診が必要と判断された児のうち,実際に精密健診を受診した児は61.6%であった.精密健診を受診した児のなかで眼異常が発見された児は63.6%であった.(日本眼科医会公衆衛生部の報告3)より)対象児二次健診受診児精密検査必要児精密検査受診児異常発見児80,00060,00040,00020,000065,382名29,046名1,797名1,142名2,915名図5二次健診の実施方法眼科医は4.3%,保健師または視能訓練士が過半数を占めていた.0%50%100%2001年1998年他科医師保健師or視能訓練士8.6%3.62%8.843.6%4.213.4%2.11%7.45%5.51%3.41契約医療機関眼科医その他———————————————————————-Page4???あたらしい眼科Vol.23,No.6,2006いのではないかと考えた.③保護者と視能訓練士の視力検査の結果は一致するか?<現状>保護者の視力検査で0.5が見えた(以下0.5OK)であった児134名中126名(94%)は視能訓練士の検査でも0.5OKであった.保護者の検査で0.5が見えなかった(以下0.5未満)55名中38名(69%)は視能訓練士の検査では0.5OKであった(図6).<問題点>保護者の検査で0.5未満であった児のなかには,保護者の検査技術が0.5OKとならなかった原因の一つであると考える.④家庭での視力検査時,片眼を何で遮閉したか?<現状>手のひらで遮閉したものが最も多く,被検者である3歳児自身の手で片眼遮閉させたのが63名(24%),成人の手が59名(22%)であった.ティシュ66名(25%),ガーゼ24名(9%),ハンカチ19名(7%)などであった(図7).<問題点・改善点>3歳児自身の手で遮閉を行うと,覗く可能性が高いと思われる.視力検査の説明書にイラストなどを追加して3歳児自身の手で遮閉しないよう注意するようにしたい.可能であれば,アイパッチを同封するのが良いと考える.⑤家庭での視力検査時,検査距離は測ったか?<現状>検査距離を測った(実測)のは151名(57%),おおよそで検査を行った(目測)のは114名(43%)であった.実測群では,0.5OKが保護者,視能訓練士でそれぞれ125名(83%),134名(89%)でほぼ一致した結果であったが,目測群では0.5OKは保護者60名(53%),視能訓練士105名(92%)と視力検査の結果に差が生じた(図8).手のもどこ%4236名手の人成95名%22ュシィテ66名%52ゼーガ%9ハンカチ%73紙スプーン3その他%5眼帯2%%%42名8名8名5名31名91名図7何で片眼遮閉したか?3歳児の手で遮閉した者が24%いた.(12)図6一次健診(保護者)と視能訓練士による視力検査検査可189名検査不可24%76%視力検査実施249名94%視力(0.5)OK71%0.5未満29%0.5OK69%70%検査可70%可56%134名0.5OK126名94%8名55名38名17名18名42名9名7名16名60名保護者視能訓練士未実施0.5OK100%0.5100%———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.23,No.6,2006???<問題点・改善点>検査距離が違うと当然視力値も違ってくる.家庭での視力検査を正確に行うために2.5mの糸を視標とともに郵送するなどの工夫が必要である.⑥視力だけでスクリーニングしてもよいのか?<現状>調節非麻痺下で手持ち型オートレフラクトメーター(レチノマックスKプラス?)で屈折検査を行ったところ,保護者,視能訓練士ともに0.5OKであった126名中12名(15眼)に+2D以上の遠視,1.5D以上の乱視,2D以上の不同視のいずれか1つ以上が認められた.屈折異常を認めた12名15眼を,視能訓練士が測定した裸眼視力別に図9に示す.<問題点・改善策>やはり,裸眼視力だけでは屈折異常の取りこぼしの危険がつきまとう.可能であれば,オートレフラクトメーターなどで屈折検査を併用していきたいものである.しかし,健診の場で調節麻痺剤は使用しにくい.調節の介入を考慮すると調節非麻痺下での屈折検査のみでは安心できない.視力と屈折値との総合的な判定が必要である.V島々からなる眼科医不在のA町の三歳児視覚健診受診状況や一次健診としての家庭での視力検査についての聞き取り調査では,105名中38名(36.2%)が家庭での視力検査を施行していなかった.また,その38名中20名は保健センターで行う二次健診も受診していなかった.一次健診の普及と二次健診の充実が課題の一つである.文献1)湖崎克,内田晴彦,三上千鶴:3歳児健康診査における視力検査の検討.臨眼24:211-217,19702)丸尾敏夫,神田孝子,久保田伸枝ほか:三歳児健康診査の視覚検査ガイドライン.眼臨87:73-77,19933)日本眼科医会公衆衛生部:三歳児眼科健康診査調査報告(Ⅱ).日本の眼科75:169-172,20044)日本眼科医会公衆衛生部:三歳児眼科健康診査調査報告.日本の眼科71:1349-1352,2000(13)図8視力検査の距離は測ったか?実測群の視力検査の結果は視能訓練士の検査とほぼ一致していたが,目測群は差が大きかった.0.5未満17%実測151名57%目測114名43%保護者視能訓練士0.5OK83%26名125名0.5未満47%0.5OK53%54名60名0.5未満11%0.5OK89%17名134名0.5未満8%0.5OK92%9名105名3眼視乱2眼乱遠2眼視乱視遠1眼4眼視乱同不遠1眼視遠1眼視乱1眼裸眼視力0.50.60.70.80.91.0図9裸眼視力0.5以上の児で屈折異常を認めた児

学童期の屈折検査・眼鏡処方アップデート

2006年6月30日 金曜日

———————————————————————-Page10910-1810/06/\100/頁/JCLS第一の問題点は,内蔵された雲霧機構であろう.雲霧機構は,あらかじめ決められたタイミングで網膜像のボケを意図的に作ることで,調節の介入を最小限に止め,眼の屈折値つまり調節遠点の計測を意図している.しかし雲霧が完全に成立すると,調節レベルは,実は調節遠点ではなく,調節安静位(tonicaccommodation)である調節遠点から1~1.5D近方へ位置する.つまり,調節遠点を引き出す手段として内蔵された雲霧機構は,理論的な矛盾を抱えているのである.近視学童を対象とした筆者らの検討2)では,調節麻痺後,オートレフの測定値には,平均0.11D,最大0.8Dの近視度数の軽減がみられた(図1).つまり,使用したオートレフの雲霧機構は平均的には意図する役割を果たしているものの,この機構に対する調節反応には,個人差または個体内変動が少なくないことを示している.したがって,従来指摘されているように,学童を対象とする屈折検査では,オートレフで得られた測定値は,はじめに2006年のAssociationforResearchinVisionandOphthalmology(ARVO)年次総会でCD配布された検索ソフトを用いて,“myopia”または“accommodation”をキーワードに検索すると実に243の演題がヒットする.このことは,近視と調節の分野が,視覚科学において,今なおホットな研究分野であることを示している.なかでも学童を対象とする近視進行予防の無作為化臨床比較試験は,今世紀になって立て続けに実施されている1).岡山大学でも2002年から,「累進屈折力眼鏡による近視進行予防トライアル」を実施しており,結論は間もなく得られる予定である2).本稿では,おもに臨床試験を実施する過程で得られたデータを基にして,学童期の屈折検査や眼鏡矯正に関して,私たちが日常診療の場で遭遇する諸問題について考えてみたい.I自動レフラクトメーターは信頼できるか?DavidGuyton教授が,Harvard大学の学生時代に初めて自動レフラクトメーター(以下,オートレフと略)の原型を製作して以来,わが国を中心とする光学メーカーによって改良が重ねられ,この検査機器はすべての眼科診療所にとって必需品になっている.しかし発明者であるGuyton教授自身,現在も屈折検査に検影法を用いている事実は,オートレフによる屈折検査は便利ではあっても,少なからず問題点が残されていることを物語っている.(3)???*SatoshiHasebe:岡山大学大学院医歯薬学総合研究科・眼科学〔別刷請求先〕長谷部聡:〒700-0914岡山市鹿田町2-5-1岡山大学大学院医歯薬学総合研究科・眼科学特集●もっと知りたい,斜視・弱視あたらしい眼科23(6):701~705,2006学童期の屈折検査・眼鏡処方アップデート???????????????????????????????????????????????????????????????????─??????長谷部聡*1020300-1-0.500.51平均±SD:+0.11±0.30DミドリンP?点眼後のオートレフ値-オートレフ値(D)度数(眼)図1ミドリンP?調節麻痺後のオートレフ値の変化———————————————————————-Page2???あたらしい眼科Vol.23,No.6,2006屈折検査を進めるうえでのベースラインと位置づけるべきで,そのまま真の屈折値(完全矯正度数)と解釈するのは危険である.そこで,オートレフ本来の高い測定精度を期待するには,調節麻痺薬を併せて用いるべきである.調節麻痺下のオートレフ測定値のリピータビリティー(2回の測定値が一致する95%信頼区間)は±0.37Dと報告されており,あらゆる屈折検査法のなかで最も優れている(図2).ただし近年では,レーザー干渉計を用いた非接触眼軸計測装置IOLMaster(Zeiss)が登場し,近視進行(眼軸長の伸展)の有無の判定に限れば,精度はさらに2~3倍向上する.第二の問題点は,最新鋭の検査機器の多くがそうであるように,オートレフは検査法としてブラックボックス化されていることである.たとえば,好奇心旺盛な学童は,時に,投影された内部視標に触れてみたいという衝動に駆られる(図3).これにより対物レンズが皮脂で汚れても,通常,測定不能になることはない.オートレフは何ら警告なく,使用機種に応じて遠視側または近視側に,一定ジオプトリーだけはずれた測定値を表示し続けるのである.医師がこの事情を知らないと,誤った測定結果を,何となく奇異に感じながら,受け入れ続けることになりかねない.図4は,筆者らの臨床試験で測定ごとに実施しているキャリブレーション,つまり-5.68Dの模擬眼球に対するオートレフの測定値を,経時的に示したものである.使用機種では対物レンズが汚れた場合,その程度に応じて最大数ジオプトリー,測定値が近視側にずれる傾向がみられる.筆者らは,理想値から0.2D以上の近視化がみられた場合,直ちに対物レンズのクリーニングを実施している.このような大きな変動とは別に,±0.15D程度の連続的あるいは季節的な変動もみられるようである.日常診療においても,診療開始前に模擬眼を用いて測定値が正しく得られるかを確認することは,屈折検査のブラックボックス化を避ける第一歩といえるのではないだろうか.II学童に対する累進屈折力眼鏡の処方は可能か?累進屈折力眼鏡は二重焦点眼鏡と異なり,外見上,単焦点眼鏡と差がない.このため,装用率の点では高いコンプライアンスが期待できる.また二重焦点眼鏡と異なり,遠見から近見まで連続性をもって,より自然な視覚(4)図2各屈折検査のリピータビリティー(文献3よりデータを図案化)IOLMaster調節麻痺下のオートレフ超音波Aモード自覚的屈折値非調節麻痺下のオートレフ非調節麻痺下のレチノスコープ調節麻痺下のレチノスコープオートケラト0.000.250.500.751.001.25小児を検査対象とした測定におけるリピータビリティー(D)図3ブラックボックス化しつつある屈折検査-6.2-6.0-5.8-5.6-5.42003200420052006測定の年月日(年)理想値-5.68D模擬眼球の測定値(D)図4模擬眼球(-5.68D)に対する自動レフラクトメーター測定値の変動———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.23,No.6,2006???が確保できることも利点である.最近では,自然な眼?頭部共同運動(eye-headcoordination)により近用加入度数が利用できるように累進帯長を短くデザインしたレンズが市販されている.学童期においても,1)白内障術後や弱視眼などの調節不全を示す症例,2)遠見と近見で眼位ずれが大きく異なる高AC/A(調節性輻湊対調節)比の調節性内斜視,近年では3)眼精疲労や4)近視進行予防を目的として累進屈折力眼鏡が用いられる場合は少なくない.筆者の経験では,近見加入度数が+1.5Dであれば,階段の昇降に支障をきたす事例はなく,累進屈折力眼鏡を処方したすべての学童でそれを常用することができた.海外での臨床比較試験では,加入度数+1.5~2.0Dの累進屈折力眼鏡が使用されているが,日常生活が制限されたという報告や,眼鏡装用が原因と考えられる事故の報告は,筆者の知る限り皆無である.累進屈折力眼鏡の学童期における最大の問題点は,眼鏡レンズの下方偏位である(図5).下方偏位が生ずると,装用者は近業時にレンズ遠用部を通して眺めることになる.このため,期待される近見加入度数効果のコンプライアンスが低下する.老視眼であれば,下方偏位は近見視力が低下するため,装用者自身がそれに気づいて,自ら眼鏡の下方偏位を補正できる.あるいは顎の挙上により,下方偏位を代償できる.ところが学童では,一般的には調節力が十分あるため,レンズが下方偏位しても視力障害を自覚しにくい.このため,自ら下方偏位を補正することは期待できないのである.近視学童を対象とした筆者らの調査では,老視眼に対する通常のプロトコールで累進屈折力眼鏡を作製,眼鏡フレームのフィッティングを行った場合,再診時には,理想的な位置に対して平均3.7mm,最大10.4mmのレンズの下方偏位が観察された4).これは,近見加入度数効果を大きく損なう偏位量といえる.近年示された海外の臨床比較試験におけるプロトコールでは,累進屈折力レンズのフィッティングポイント(通常エッチングマークを結ぶ中点の3ないし4mm上方)を通常の位置(瞳孔中心)より4mm上方に上げて眼鏡を作製し,もしレンズの上方偏位による遠見視力障害が自覚された場合は,顎下げの代償頭位をとるよう指導することが推奨されているようである5).一般的に,学童期の眼鏡フレームは変形しやすく,下方偏位を起こしやすい.累進屈折力眼鏡の場合,処方箋を書くだけでは意図する治療効果は期待できない.眼鏡士と密接に連絡を取りながら,レンズが正しい位置にあることを定期的に確認する努力が必要である.III眼鏡処方における眼位検査の重要性輻湊運動と調節運動は,相互に影響を与える(図6).このため眼鏡処方の際にも,眼位検査が重要な情報を提供する場合がある.近視学童を対象とした筆者らの調査では,完全矯正眼鏡を装用させた場合,約30%は近見内斜位(高AC/A比)を示す2).近視眼では,眼鏡度数が完全矯正に近づくにつれて,一定距離に置かれた対象物を明視するために必要な調節量は増大する.完全眼鏡装用下で近見内斜位を示す症例では,両眼単一視を維持するために,近見時に融像性開散運動が必要になる.開散運動は輻湊性調節(convergenceaccommodation/convergence:CA/C)のリンクを経て,調節運動を抑制する方向に作用するため,明視に必要な調節反応が妨げられる可能性がある6,7).この問題は,眼鏡装用を続けることで,調節,輻湊制御系の順応機能(低速積分器)が作用し,自然に回復する可能性もあるが,一部の症例(5)図5累進屈折力レンズの下方偏位は近見加入度数の利用を困難にするP:エッチングマーク,FP:フィッティングポイント,十字:角膜反射像.右眼は3mm,左眼は5mmの下方偏位が見られる.詳細は文献3参照.———————————————————————-Page4???あたらしい眼科Vol.23,No.6,2006では解消されず,眼精疲労の原因となっているようである.従来わが国では,近視眼鏡は低矯正で処方される傾向がある.この処方法は,完全矯正眼鏡は近視の進行を早めるという仮説に基づくものであった.しかし同時に,上に述べたような近視矯正に伴う近見視力障害を未然に防いできたようにも思われる.ただし遠見,近見とも最良の眼鏡視力を甘受しようとすれば,近見内斜位を示す症例には,累進屈折力眼鏡が良い適応といえるかもしれない.逆に,近視眼鏡装用に伴う眼精疲労については,近見内斜位による調節障害の可能性を検討してみる必要がある.IV調節麻痺薬としてのミドリンP?は有効か?トロピカミド点眼液は,アトロピンやサイプレジン?点眼液と比べ副作用が少なく,調節麻痺作用は短時間で済む.臨床的に,最も使用しやすい調節麻痺薬といえる.しかし調節麻痺効果としては比較的弱く,学童の屈折検査に用いるのは不適当であるという意見もある.しかしその根拠は,自覚的な調節力検査や屈折検査に基づくものであった8,9).近年,Mannyらは1%トロピカミド点眼後に,3Dの調節と3メートル角の輻湊を同時刺激し,残余の調節反応を他覚的に測定した10).その結果,平均調節反応が右眼で0.38±0.42D,左眼で0.30±0.41D(反応量/刺激量=10~13%)であったことから,近視学童に対する調節麻痺薬として1%トロピカミドは有効であると結論した.国内で入手可能なミドリンP?(0.5%トロピカミドと0.5%フェニレフリンの合剤,参天)を用いてこれを追試した筆者らの検討では,同一の調節輻湊刺激に対して平均0.17±0.52D(反応量/刺激量=6%)の調節反応が観察された2).この値はMannyらの報告と同等であり,近視学童に限れば,屈折値の経過をみたり,近視予防効果を判定したりするうえで,ミドリンP?点眼液は活用されてよい薬剤であると思われる.ただし,トロピカミドが最大調節麻痺効果を示す期間はきわめて短く,5分間隔で2回確実に点眼した後,正確に30~40分後に屈折検査を行うべきである8).Vむずかしい調節緊張による偽近視の診断ミドリンM?は,調節緊張による偽近視の治療として,しばしば用いられている.しかし,この疾患を軽度近視と鑑別診断することは容易でない.調節緊張による偽近視の診断基準として山地は,ミドリンP?点眼後,(1)裸眼視力が良くなる,(2)同じ度数の矯正レンズで視力が良くなる,(3)検影値または手動式レフラクトメーターの測定値が1D以上プラス側へ動くことを提唱している11).しかし,要件(1)(2)は,散瞳時の球面収差の増大による網膜像の劣化を安全域として含めた評価であり,必ずしも客観性が十分あるとはいえない.近視学童を対象とした筆者らの検討2,12)では,近視学童のミドリンP?点眼後の自覚的屈折値(3mmの人工瞳孔を用いた赤緑試験)は,近視強度によらず(-1.25Dから-6.00Dの範囲),平均0.25Dの近視度数の軽減を示した(図7).屈折値の変動幅の95%信頼区間が±0.8Dであるから,この値を明らかに超えて近視度数の軽減が(6)++++++++++??調節反応輻湊反応CA/C調節フィードバックループ視差ボケAC/A距離変化輻湊フィードバックループ内斜位++高速積分器高速積分器低速積分器低速積分器図6CliftonSchorの調節と輻湊の制御モデル近見内斜位はCA/Cリンク(太線)を介して調節反応を抑制するため,眼精疲労の原因となりうる(文献7参照).1020300-1-0.500.51平均±SD:+0.25±0.22DミドリンP?点眼後の自覚的屈折値-自覚的屈折値(D)度数(眼)図7ミドリンP?調節麻痺前後の自覚的屈折値の変化(5m赤緑試験による)———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.23,No.6,2006???見られれば,異常値と判断できる.調節緊張による偽近視の診断のもとに,ミドリンM?による点眼治療を試みる理由になる.この値は,山地の診断基準(3)にほぼ一致する値といえる.オートレフ測定値に基づいて調節緊張による偽近視を診断することは,一層困難である.なぜなら,前述したように,オートレフに内蔵された雲霧装置は,調節遠点の検出という点で信頼性が乏しいからである.ミドリンP?点眼後に近視度数の軽減がみられても,調節緊張の寛解によるものか,雲霧装置に対する調節反応の個体差によるものかを区別できないのである.おわりに「累進屈折力眼鏡による近視予防トライアル」を実施する経過で得られた臨床データを基にして,学童期の屈折検査,眼鏡矯正における諸問題,すなわちオートレフ計測の問題,累進屈折力眼鏡の問題,調節麻痺薬としてのミドリンP?の問題について考察した.とりとめない記述であるが,日常診療での疑問解決に,何らかの参考になれば幸いである.文献1)長谷部聡:今月の話題.近視進行予防とEBM.臨眼60:2006(印刷中)2)HasebeS,NonakaF,NakatsukaCetal:Myopiacontrol(7)trialwithprogressiveadditionlensesinJapaneseschool-children:baselinemeasuresofrefraction,accommodation,andheterophoria.????????????????49:23-30,20053)ZadnikK,MuttiDO,AdamsAJ:Therepearabilityofmeasurementoftheocularcomponents.?????????????????????????33:2325-2333,19924)HasebeS,NakatsukaC,HamasakiIetal:Downwarddeviationofprogressiveadditionlensesinamyopiccon-troltrial.??????????????????????25:310-314,20055)KowalskiPM,WangY,OwensRetal:Adaptabilityofmyopicchildrentoprogressiveadditionlenseswithmodi-?ed?ttingprotocolinthecorrectionofmyopiaevaluationtrial(COMET).?????????????82:328-337,20056)GossDA,RaineyBB:Relationshipofaccommodativeresponseandnearpointphoriainasampleofmyopicchildren.?????????????76:292-294,19997)HasebeS,NonakaF,OhtsukiH:Accuracyofaccommo-dationinheterophoricpatients:testinganinteractionmodelinalargeclinicalsample.??????????????????????25:582-591,20058)所敬,仲尾博子,大塚昌紀:0.5%ミドリンPおよび1%ミドリン点眼による調節麻痺極期持続時間について.眼臨60:483-487,19669)濱村美恵子,内海隆,菅澤淳ほか:小児近視例の眼鏡処方における雲霧法の有効性.眼臨88:125-128,199410)MannyRE,HusseinM,ScheimanMetal;COMETStudyGroup:Tropicamide(1%)isane?ectivecycloplegicagentformyopicchildren.?????????????????????????42:1728-1735,200111)山地良一:偽近視の研究.日眼会誌72:2083-2150,196812)長谷部聡,宮田学,浜崎一郎ほか:近視学童における0.5%トロピカミド点眼による屈折値の変化.臨眼60:581-585,2006

序説:もっと知りたい,斜視・弱視

2006年6月30日 金曜日

———————————————————————-Page1(1)???斜視や弱視は「なんとなくとっつきにくい」といわれる.もっとも臨床としての斜視や弱視は,診断までのプロセスはほぼ確立されているし,治療方法にしてもそれほど大きな変化はないために,一般の臨床レベルで斜視・弱視を扱うことは決してむずかしいことではない.しかし,それが「学問」,「科学」として斜視や弱視に取り組もうと考えると,とたんに「とっつきにくい」分野となる.その理由としては,まず斜視や弱視をEBM(evi-dence-basedmedicine)で評価することが困難であることがあげられる.「視力」という自覚的に認識されやすくまた,数値化しやすい視機能と比べて,立体視や融像といった両眼視機能は自覚されることが少なく,数値化も困難である.また,両眼視は眼球のなかで結論がでないことが問題を複雑にしている.単眼視と両眼視を比べるとき,その能力は決して1+1=2という計算式では求めることができない.多くの複雑な視覚情報処理機構が脳内で行われているため,短絡的に結論を出すことができず,あれもこれもと考えているうちに,研究から離れてしまう,ということであろう.今回の特集では上記のことを踏まえたうえで,斜視や弱視について基礎から臨床,あるいは疫学までと,一歩踏み込んだ情報を提供していく.長谷部聡先生には,岡山大学で行っている近視進行予防研究の中間報告を兼ねて,小児の累進眼鏡の実際について述べていただいた.眼鏡を処方する際の,チェックポイントとして,オートレフラクトメータの管理を含めた臨床的な話題である.瀧畑能子先生は,三歳児健診を含め,小児眼科診療のレベルアップのために,全国の施設で小児眼科診療の指導にあたっておられ,実際に各地方自治体での三歳児健診に対する取り組みの違いを実感しておられる.今回は三歳児健診の現状について日本眼科医会の報告をもとに,貴重なデータを示していただいた.脳の視覚情報処理に関する研究が進んでいる.古くはHubelとWieselによって始められた動物実験が,今ではファンクショナルMRIを用いて,ヒトの脳の視覚情報処理機構さえも明らかになってきているのである.もっとも歴史上の大発見も,視覚生理学から離れている人たちには新鮮な知識となるであろう.世界のトップレベルの研究内容を仲泊聡先生・増田洋一郎先生にわかりやすく解説していただいた.両眼視というと,まず立体視を思い浮かべる人が多い.立体視は中心窩の機能であるが両眼視機能には,中心窩でなく,むしろ周辺で機能するものもある.それがbinocularsummationといわれるもの0910-1810/06/\100/頁/JCLS*MihoSato:浜松医科大学眼科学教室●序説あたらしい眼科23(6):699~700,2006もっと知りたい,斜視・弱視???????????????????????????????????佐藤美保*———————————————————————-Page2???あたらしい眼科Vol.23,No.6,2006で,この機能によってわれわれは,「もっと良く見る」ことが可能になる.Binocularsummationの概念はややとっつきにくく,専門的な感があるが,両眼視機能を理解するためには,必須の知識である.この分野で多くの研究を進めている視能訓練士の若山曉美先生に解説していただいた.過去10年間の斜視のなかで最も理解が深まった疾患の代表的なものがDuane症候群ではないだろうか.画像診断によって外転神経の走行が描出可能になったこと,遺伝学の進歩により,Duane症候群の原因遺伝子が明らかになりつつあることが大きな理由である.大庭正裕先生には,Duane症候群に伴うup-downshootに対する知見も含めて最新の知見を紹介していただいている.高木峰夫先生・三木淳司先生には,現在も議論が多く,またそれゆえに誤解もされやすい甲状腺眼症についてEBMを踏まえて書いていただいた.文献を正しく読んで,自分のなかで判断をくだすことの大切さがが,わかっていただけると思う.岡真由美先生には,斜視患者のかかえる問題を評価するにあたって,眼位や眼球運動,複視だけでなく,日常生活から判断する方法を教えていただいている.このように一人の患者さんを多くの角度から評価することが,治療効果の判定や治療方法の改善につながっていくことを期待する.野村耕治先生には,診断,治療が最も困難な斜視の代表である交代性上斜位について,臨床的な特徴から治療方法までを詳しくまとめていただいた.非常に安定した術後結果を示していただいたので,臨床の参考になると思う.今回の特集では,さまざまな方向から斜視・弱視研究に一歩踏み込んだ内容を記載していただいている.一人でも多くの読者が斜視・弱視研究に興味を抱いていただければ幸いである.(2)

眼科医にすすめる100冊の本-5月の推薦図書-

2006年5月30日 火曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.23,No.5,2006???0910-1810/06/\100/頁/JCLS日本の社会や医療は,いろいろと問題はあったとしても,全体的には良い方向に向かっていると漠然と感じていた.医学は進歩し,昔だったら治らない病気も治るようになった.アルカリ外傷で失明している患者さんには培養角膜上皮移植で治療ができるようになってきたし,老視に対してもモノビジョンLASIK(laser???????ker-atomileusis)や,CK(conductivekeratoplasty),調節力付眼内レンズなどのオプションが開発され,治療への期待や可能性が高まってきている.平均寿命は女性で85.59歳,男性で78.64歳(2004年の国勢調査)と延びており,さらに日本は健康な国になりつつあるとイメージしていた.ところがそう簡単ではないとこの本は指摘する.つい最近まで,日本ほど平等な社会はないと言われていたが,実はこの平等感覚が健康にとても良いという指摘からこの本は始まる.所得が高い人たちと低い人たちでは自殺率,うつの発生率など,健康に直結する指標にかなりの差がある(図1).よって所得が高いほど健康的にも良いということになる.しかし昨今,所得格差が話題となっている.所得の格差が広がると,社会全体としてのひずみが生じ,犯罪率の増加やストレスの過多による疾病の増大を招き,社会としての健康が損なわれると著者は言う.実際に社会ストレスと心疾患の発生率の相関は証明されているそうだ.この本の視点はとてもおもしろい.なぜなら,僕たち医療従事者の多くは,「健康は医療の充実や個人の生活習慣の改善によって実現できる」と考えがちだが,著者の近藤克則先生は,医療従事者が通常もっている健康に対する考えは“医学─健康”モデルと呼ばれる一つの視点であり,単なる一つの指標にすぎないと言う.“医学─健康”モデルとは,「遺伝子や生活習慣によって健康が作られる」という僕たちにとってはあたりまえのような考えだ.ところが,喫煙指導や食事指導などを外来で行っても,社会全体としての健康が改善するというしっかりとしたエビデンスはないと言う.もちろん遺伝子を変化させることは現状ではできないので,今われわれが行っているのはおもに“生活習慣”に対するアプローチである.実際,日本医師会や厚生労働省のアプローチも“健康日本21”にみられるように,禁煙,肥満予防,運動促進,食生活改善などがおもな指導項目となっている.“医学─健康”モデルにおいてはこのアプローチは完全に正しいだろう.しかし社会はどうだろうか.たとえば,タバコをやめようと思っても禁煙はむずかしい.なぜなら80%の喫煙者はもともと真剣に禁煙しようと思っていないので,いくら説得しようと思っても無理で(77)シリーズ─65◆■5月の推薦図書■健康格差社会何が心と健康を蝕むのか近藤克則著(医学書院)坪田一男慶應義塾大学医学部眼科図1所得格差とうつの発生率の違いグラフでも明らかなように所得が高くなるほど,うつの発生率は低くなっている.(「健康格差社会」p.5の図1-2“所得と抑うつの関係”より)18161412108642080歳~75~79歳70~74歳65~69歳抑うつ群の%100万円未満100~200万円200~300万円300~400万円400万円以上所得は,年間世帯所得を世帯人数の平方根で除した等価所得,抑うつ群はGDSI15項目版で10点以上であった者———————————————————————-Page2???あたらしい眼科Vol.23,No.5,2006ある.禁煙しようと考えている20%の人々でさえ,禁煙に成功するとは限らない.本人の意志の力にゆだねるよりも,むしろ公共の場をすべて禁煙にしたり,タバコの値段を上げることが禁煙効果をもたらす.実際タバコの値段を10円あげると1.2%の人が禁煙するというデータがあるそうだ.こう考えてみると“医学─健康”モデルにとらわれることなく,社会全体として健康というものにアプローチしていく必要があることがわかる.さて,今の日本はアメリカのグローバリゼーションの影響を受けて,経済活動において競争社会となりつつある.勝ち組,負け組みという言葉が出てきたように,今まで80%以上の人が中流意識をもって仲良し社会だったものが,突然2つのグループに分断されようとしている.自由競争によって経済が活性化するなど良い面もあるだろうが,経済格差の拡大によって健康に対する悪影響が出てくることを“社会─心理─医学─健康”モデルではしっかりと理解しておく必要がある.そもそも健康を害してまで,経済を活性化すべきなのか,犯罪率を上げてまで所得格差を拡大させるような政策をとるべきなのか,国民全体で討論する必要があるようにも思える.健康と社会の関係がクリアに見えてきた以上,医療従事者としては見逃せない問題だろう.最後に明るいニュースをこの本は提供している.健康のためにと所得格差をなくして日本人すべてが同じ給料,ということは無理だろう.しかし所得が低いと健康が損なわれるというデータがあるとしても,実はそこには心理面の影響がかなり存在することもわかっている.給料が低い状態で「僕は負け組みだ」と思うとストレスが増大して健康によくない.しかし給料が低くても,社会の状態がどうあろうと「僕は毎日ごきげんな生活を選択している.身体も調子いいし,食べ物には困らない」という立場にたてば,ストレスはとても軽減する.タバコの値段が上がらなくても,タバコの害を勉強して(真剣にその気になって)禁煙することができればいいわけである.こう考えると社会のシステムがどうあっても自分の考え方(心理)を少し変化させることで健康には大きく貢献することができる.僕の好きな表現を使えば「ごきげんだから,うまくいく」「ごきげんを選択すれば健康度がアップする」ということになる.健康と社会について,改めて考えさせられた本である.(78)☆☆☆

硝子体手術のワンポイントアドバイス36.前部増殖硝子体網膜症と網膜下シリコーンオイル迷入(上級編)

2006年5月30日 火曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.23,No.5,2006???0910-1810/06/\100/頁/JCLS●シリコーンオイルと前部増殖硝子体網膜症シリコーンオイルは硝子体手術後のタンポナーデ物質として広く使用されているが,長期間留置すると,帯状角膜変性,水疱性角膜症,白内障,緑内障,網膜前膜,視神経萎縮など,種々の合併症を生じる.また硝子体切除が不十分なままシリコーンオイルを長期に留置すると,残存硝子体を基盤とした増殖性変化をきたし,難治性の前部増殖硝子体網膜症へと進行し,最終的にシリコーンオイルが網膜下に迷入することがある(図1).●網膜下シリコーンオイル迷入の発症機序シリコーンオイルは下方網膜のタンポナーデ効果が少ないため,硝子体手術後に下方に扁平な網膜?離が残存することがある.この部分に徐々に網膜前増殖膜が形成されると同時に,周辺部の残存硝子体を基盤とする前部増殖硝子体網膜症が進行し,網膜が前方に折り重なるようにたぐり寄せられる.これに網膜自体の器質化・短縮化が加わり,既存あるいは新たな裂孔を介して網膜下にシリコーンオイルが迷入する(図2).●網膜下シリコーンオイル迷入例の治療法シリコーンオイルを抜去したうえで,網膜前の増殖組織をできるだけ丁寧に?離除去する.その後,顕微鏡同軸照明下で周辺部の前部増殖組織を丁寧に除去し,折り(75)重なった網膜を伸展させる(図3).しばしば線維増殖膜の形成が高度で,双手法による膜処理を必要とする.網膜の短縮化が著明で,どうしても網膜の伸展が得られない場合には網膜切開あるいは切除を併用する.最後に気圧伸展網膜復位術後に眼内光凝固あるいは経強膜冷凍凝固を行い,14%C3F8(per?uoropropane)によるガスタンポナーデを行う.●網膜下シリコーンオイル迷入の予防網膜下シリコーンオイル迷入例の再手術の予後はきわめて不良で,たとえ網膜の伸展が得られても毛様体機能不全により最終的に眼球癆に至ることも多い.このような合併症をきたさないためには,初回手術で周辺部の硝子体を確実に切除することに加えて,不必要にシリコーンオイルを長期間留置させないことが重要である.文献1)木坊子敬貢,玉田玲子,池田恒彦ほか:網膜下迷入液体シリコンの原因と対策.眼臨80:1593-1596,19862)竹安一郎,南政宏,植木麻理ほか:シリコーンオイル注入眼に発症した前部増殖性硝子体網膜症の4例.臨眼57:973-977,2003硝子体手術のワンポイントアドバイス●連載?36前部増殖硝子体網膜症と網膜下シリコーンオイル迷入(上級編)池田恒彦大阪医科大学眼科図1網膜下シリコーンオイル迷入例下方網膜の短縮により,下耳側の既存の裂孔が拡大し,シリコーンオイルが網膜下に迷入している.図3前部増殖硝子体網膜症の処置長期のシリコーンオイル留置例では,しばしば著明な前部増殖性変化をきたしており,その処置に苦慮する.図2網膜下シリコーンオイル迷入の機序前部増殖硝子体網膜症と網膜自体の短縮化により,既存あるいは新たな裂孔を介して網膜下にシリコーンオイルが迷入する.シリコーンオイルシリコーンオイル網膜下にシリコーンオイルが迷入裂孔前部増殖硝子体網膜症房水

眼科医のための先端医療65.癌と分子標的治療

2006年5月30日 火曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.23,No.5,2006???0910-1810/06/\100/頁/JCLS分子標的治療最近,「分子標的治療」の言葉をよく耳にします.決して新しい言葉ではなく,たとえばアスピリンはcycloxygenaseを,アセタゾラミド(ダイアモックス?)は炭酸脱水酵素を標的としているように,癌以外の領域では多くの薬剤が実は分子標的薬です.一般的な「抗癌剤」は,本来癌細胞を選択的に攻撃するものではなく,細胞分裂を阻害する薬剤です(図1).正常細胞にも作用するため,分裂の比較的速い骨髄,消化管,粘膜などの障害が強く生じます.近年,細胞増殖が分子レベルで研究され,理論的には癌細胞特異的に治療効果を得られる分子標的治療が可能になってきました(図2~4).現実には種々の問題があり,効果もいまだ不十分ですが,現在も多くの分子標的薬が開発・臨床応用され,臨床試験が行われています1).現在臨床応用されているものは,腫瘍に特異的もしくは過剰発現している細胞表面抗原に対する抗体(ritux-imab,trastuzumab),シグナル伝達系に作用する薬剤(ge?tinib,imatinib),血管新生を阻害する薬剤(bevaci-zumab)などがあります.眼科診療に直結することは少ないですが,医師の教養のひとつとしてまとめてみました.悪性リンパ腫とrituximab(リツキサン?)2)CD20抗原は多くのB細胞系リンパ球およびその腫瘍細胞表面に発現していますが,血液幹細胞には発現がなく,また造血器系細胞以外にはまったく発現していませ(71)◆シリーズ第65回◆眼科医のための先端医療監修=坂本泰二山下英俊鈴木茂伸(国立がんセンター中央病院眼科)癌と分子標的治療酵素微小管RNADNA図1従来の抗癌剤:細胞障害性HER2CD20RituximabTrastuzumab癌細胞図2分子標的治療薬:細胞増殖抑制性①抗体医薬(rituximab,trastuzumabなど).細胞特異的表面抗原を標的とする治療.チロシンキナーゼ?-???ImatinibGe?tinibEGFRチロシンキナーゼ癌細胞図3分子標的治療薬:細胞増殖抑制性②シグナル伝達阻害(ge?tinib,imatinibなど).細胞内のシグナル伝達系を阻害.Bevacizumab癌細胞新生血管VEGFVEGFreceptor図4分子標的治療薬:細胞増殖抑制性③血管新生阻害(bevacizumabなど).細胞周囲の血管新生を阻害.———————————————————————-Page2???あたらしい眼科Vol.23,No.5,2006ん.この抗原に対する特異的治療は造血器系以外の正常組織への障害は生じないことが予測されます.当初はマウスで作製された抗CD20抗体そのものをヒトに投与しましたが,マウス由来抗体に対する異種抗体を生じて反復投与ができませんでした.そこで,抗CD20抗体の抗原認識部位はマウス由来,それ以外の定常部領域はヒト由来のキメラ抗体が作製されました.これがritux-imabであり,長い血中半減期を有し,反復投与も可能となりました.作用機序は,apoptosisの誘導,抗体依存性細胞障害(antibodydependent-cellmediatedcyto-toxicity:ADCC),補体結合細胞障害(complementdependentcytotoxicity:CDC)の3つが考えられています.現在B細胞リンパ腫の治療として広く臨床応用され,単剤投与,抗癌剤との併用投与など,また寛解導入,維持療法として有効性が確立してきました.副作用も,通常の抗癌剤と異なり,infusionreactionとよばれるアレルギー症状類似の発熱,悪寒,掻痒,頭痛などで安全性も高いとされています.最近,治療中にCD20抗原の陰性化したリンパ腫細胞の再燃が報告され,治療抵抗性の原因の一つと考えられています.作用機序の異なる薬剤との併用が検討されています.眼科との関連として,眼付属器悪性リンパ腫に対する治療への使用があります.通常は限局性で,放射線治療が基本ですが,全身化する場合,組織型によっては抗癌剤治療に併用して用いられます.通常眼科的な副作用は生じません.最近経験した症例を提示します.眼科的既往がなく,全身のB細胞性大細胞リンパ腫の治療としてrituximab併用療法を複数回行った女性ですが,rituximab投与のたびに片眼性ぶどう膜炎を生じ,続発緑内障を発症しました.前房水の細胞診を行ったところ,リンパ腫細胞の浸潤が確認され,放射線照射を行い寛解しました.前房炎症のみで硝子体混濁や網脈絡膜病変がなく,ritux-imabによる未知の副作用も疑いました.生検の必要性を痛感するとともに,rituximabは眼球内リンパ腫の治療として不十分であることが証明された症例です.造血器腫瘍に対する新たな薬剤も臨床応用されています.抗CD20抗体に放射性同位元素を結合させ,腫瘍細胞に対する放射線治療を行うという考え方から,90Yを結合させた90Y-ibritumomabtiuxetan(Zevalin?)と,131Iを結合させた131I-tositumomab(Bexxar?)が開発されました.アメリカで承認されており,当院でも臨床試験が行われました.単回投与が基本ですが,遷延性の骨髄抑制が問題です.CD52はリンパ球,単球,マクロファージに存在し,造血幹細胞には存在しません.この抗原に対するヒト型抗体がalemtuzumab(Campath-1H?)とよばれ,アメリカで慢性リンパ性白血病と移植後の移植片対宿主疾患(GVHD)予防に使用されています.CD33は骨髄系細胞への初期段階の細胞および急性骨髄性白血病の細胞膜表面上に存在し,多能性造血幹細胞には存在しません.この抗原に対するヒト型抗体(HuM195)は効果不十分でしたが,抗CD33抗体に抗腫瘍性抗生物質を結合したgemtuzumabozogamicin(Mylo-targ?)が開発され,アメリカでは高齢者急性骨髄性白血病に適応があります.乳癌とtrastuzumab(Herseptin?)HER2(humanepithelialgrowthfactorreceptor2)は,ヒト上皮増殖因子受容体ファミリーに属する膜受容体です.ヒト乳癌の20~30%で遺伝子増幅や蛋白質の過剰発現が認められ,HER2陽性は予後不良因子とされてきました.Trastuzumabは,HER2の細胞外ドメインを標的とし,マウス由来の抗原結合部位とヒト由来の定常部を結合させたキメラ抗体です.乳癌すべてではなく,HER2過剰発現の乳癌が対象となります.作用機序は,①HER2を介して継続的に生じる細胞増殖シグナルの抑制,②HER2受容体の細胞内移行および分解の促進,③抗体依存性細胞障害作用,④アポトーシスの抑制,⑤血管内皮成長因子などの減少による抗腫瘍効果などが考えられています.副作用は,rituximabと同じ抗体であり,infusionreactionが問題になります.また,心毒性も頻度が高いとされています.眼科との関連では,trastuzumabによる副作用は粘膜皮膚眼症候群が報告されています.脈絡膜転移は通常放射線治療を行いますが,HER2陽性乳癌の脈絡膜転移に対する有効性も報告されています3).肺癌とge?tinib(Iressa?)肺癌は小細胞癌と非小細胞癌を分けて考える必要があります.非小細胞肺癌に特異的な増殖機構は知られていませんが,EGFR(epithelialgrowthfactorreceptor)(72)———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.23,No.5,2006???は非小細胞肺癌の40~80%で過剰発現しています.Trastuzumabは細胞表面抗原に対する抗体でしたが,ge?tinibはEGFRの細胞内チロシンキナーゼに作用し抑制することで,理論的にはEGFRのもつ増殖,浸潤,分化などのシグナル伝達を遮断し抗癌効果を現すと考えられています.Ge?tinib単剤の大規模臨床第II相試験では,前治療のある転移性非小細胞肺癌患者で約20%の腫瘍縮小効果があり有効性が認められ,市販されました.その後,臨床第III相試験で延命効果が認められず,逆に間質性肺炎の発症で安全性も疑問をもたれる状況となったことがマスコミで大々的に報道されました.少なくとも,一部の患者に対しては有効であり,遺伝的背景による効果の違いが研究されています.Ge?tinib以外にもEGFR,HER2を標的とする新規薬剤が多数あり,臨床試験が行われています.眼科との関連として,EGFRは角膜の創傷治癒に作用しているため4),遷延性上皮障害の可能性が考えられます.実際の臨床の場では,ge?tinib投与中に軽度の角膜上皮障害をみることがありますが,遷延性のものは経験がありません.機序は不明ですが,つぎに述べるima-tinibと同様に眼球周囲の浮腫を生じる例を複数経験しています.一方で,眼科的副作用はなかったというイギリスの臨床試験の結果が報告されています5).慢性骨髄性白血病とimatinib(Glivec?)慢性骨髄性白血病では,染色体転座によって生じるBCR-ABLチロシンキナーゼが重要な働きをしています.この蛋白質に対する阻害薬として,imatinibが開発されました.現在では,慢性骨髄性白血病治療の主役になっています.一方で,imatinibは?-???遺伝子産物であるKITという受容体型チロシンキナーゼにも作用することがわかってきました.GIST(gastrointestinalstromaltumor)とよばれる消化管間葉系腫瘍ではKITが変異していて,恒常的に活性が亢進した状態で増殖に関与していると考えられています.ImatinibがGISTに対して高い有効性を示すことが近年報告され,各種臨床試験が行われています.眼科との関連では,投与開始後平均して68日後に,約70%の症例で眼球周囲の浮腫が生じ,18%で流涙症が生じたと報告されています6).そのほか,外眼筋麻痺,眼瞼下垂,結膜炎なども生じうる合併症です.血管新生阻害薬:bevacizumab(Avastin?)腫瘍が増殖するためには栄養血管が必要です.腫瘍細胞自らが血管内皮細胞増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)を分泌して血管新生を促進していることがわかっています.このVEGFに対するヒト型モノクローナル抗体としてbevacizumabが開発されました.抗VEGF抗体によってVEGFの働きを阻害することで血管新生を阻害し,癌の増殖や転移に対して抑制効果を発揮することが期待されます.また,血管新生抑制により癌の浸潤,転移も抑えられると考えられています.現在は,大腸癌の転移例に対する,抗癌剤との併用療法として認可されています.肺癌,膵臓癌,乳癌など多くの癌を対象に臨床試験が進められています.単剤でも腫瘍抑制効果はありますが,あくまで血管に対する薬剤であり,抗癌剤との併用が必要になります.副作用として,倦怠感,腹痛,頭痛,心不全など,また重篤な副作用として胃腸の穿孔が約2%に生じると報告されています.血管新生を阻害して傷の治りを遅くするため,大きな手術の後は少なくとも4週間は使用できません.眼科との関連では,腫瘍ではなく,加齢黄斑変性に対する治療薬として注目されています7).奏効率の検討は今後の課題です.血管内投与は上記の副作用が効果を上回るのか慎重な検討が必要であり,硝子体内投与など投与法の検討が必要と思われます.癌治療の将来癌は遺伝子病であり,将来的には遺伝子治療の可能性が模索されると思われます.しかし現状では困難であり,次善の策として腫瘍特異的に作用する薬剤を開発し,腫瘍細胞を抑制する治療を行っています.正常細胞への障害を軽減する点で分子標的治療は一定の効果を上げています.今後の検討課題として,第1に既存の抗癌剤との最適な併用療法の検討,第2に個人の遺伝子情報から最適な薬剤と量を設定するファーマコジェノミクス,第3に薬剤耐性に対する対応があります.当然,新しい標的分子の選択と薬剤の開発もさらに進むことが期待されています.(73)———————————————————————-Page4???あたらしい眼科Vol.23,No.5,2006文献1)桑野信彦:分子標的治療の現状と将来への展望.日本臨牀62:1211-1215,20042)小林幸夫:単クローン抗体を使った分子標的治療.モダンメディア51:167-173,20053)MunzoneE,NoleF,SannaGetal:Responseofbilateralchoroidalmetastasisofbreastcancertotherapywithtrastuzumab.??????14:380-383,20054)NakamuraY,SotozonoC,KinoshitaS:Theepidermalgrowthfactorreceptor(EGFR):roleincornealwoundhealingandhomeostasis.???????????72:511-517,20015)TulloAB,EsmaeliB,MurrayPIetal:Ocular?ndingsinpatientswithsolidtumorstreatedwiththeepidermalgrowthfactorreceptortyrosinekinaseinhibitorge?tinib(‘Iressa’,ZD1839)inPhaseIandPhaseIIclinicaltrials.???19:729-738,20056)FraunfelderFW,SolomonJ,DrukerBJetal:Ocularside-e?ectsassociatedwithimatinibmesylate(Gleevec).????????????????????19:371-375,20037)MichelsS,RosenfeldPJ,Pulia?toCAetal:Systemicbev-acizumab(Avastin)therapyforneovascularage-relatedmaculardegeneration.Twelve-weekresultsofanuncon-trolledopen-lavelclinicalstudy.?????????????112:1035-1047,2005(74)☆☆☆■「癌と分子標的治療」を読んで■1971年に,当時のアメリカ合衆国のニクソン大統領が,人類と癌との戦いを宣言して以来,癌の病態解明と治療のために膨大な量の研究がなされてきました.しかし,決定的な治療法を発見することはできず,一時は敗北宣言すら出されました.ところが,粘り強い研究により,癌の治療は最近確実に進歩してきました.そのなかでも,とりわけ重要とされているのが,「分子標的治療」です.鈴木茂伸先生は,本文中で具体的な治療法について非常にわかりやすく書かれていますので,私はもう少し総論的に述べさせていただきます.従来の方法で発見された薬も,細胞内の分子に作用して効果を発揮するので,「分子標的」薬であることは間違いありません.しかし,それらと「分子標的治療」とは異なります.従来,まったく未知のものから目的とする薬物を発見するには,大変な労力と時間が必要でした.そのため,発見の効率を少しでも上げるために,大まかな薬物効果を目安としてスクリーニングするしかありませんでした.たとえば,ある癌の「治療薬」を発見するための研究では,治療効果をはっきり表す指標がないため,癌細胞の増殖を抑制する効果を指標としてスクリーニングすることが多かったのです.癌細胞の増殖抑制効果を指標として薬物をスクリーニングした場合,増殖抑制効果の強いものは拾い上げられても,副作用が少なく,実際の治療面では優れている薬物は落ちてしまう可能性が高いのです.癌細胞の細胞内メカニズムがわからなかった頃は,このような方法しかなかったため,多大な労力を費やして得られた薬物が,臨床面では実用的ではなかったということがしばしば起こりました.ところが最近,癌細胞のさまざまなメカニズムがわかりだして,治療に有効な薬が理論的に予想できるようになりました.その結果,治療薬を発見する効率は飛躍的に高まり,副作用の可能性も大幅に低い薬の発見・開発が容易にできるようになりました.そのようにして得られた成果の一部が,今回の薬物です.眼科が対象としている疾患は多岐にわたりますが,腫瘍・癌の患者数は必ずしも多くはありません.それでも,患者が抱える問題の深刻さは他の疾患患者のそれに勝るとも劣らず,眼科でもきわめて重要な疾患領域です.さらに重要なことは,癌研究で得られた知見は癌以外の疾患の治療に大きな貢献をしている点です.「分子標的治療」研究で得られる成果は,必ずや眼科で一般的な疾患の治療の切り札にもなってくるでしょう.鹿児島大学医学部眼科坂本泰二

新しい治療と検査シリーズ161.EG-SCANNER

2006年5月30日 火曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.23,No.5,2006???0910-1810/06/\100/頁/JCLS?バックグラウンド光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)は,自然光に近い低コヒーレンス光を照射し内部で反射した光波を高感度に検出する方法にもとづいて生体の断層像を得る検査機器である.OCTの原理は,1990年に丹野ら1)により原理が発明され,1991年には眼組織の観察,1995年には黄斑疾患への臨床応用が報告された.1997年にはハンフリーOCTスキャナー(HumphreyInstruments,米国)が市販され,その後多くの眼疾患についての所見が報告されている.さらにOCTによって微細な形態観察のみならず非侵襲的に網膜の厚さを定量的に測定することが可能となり,網膜疾患の診断や治療評価に応用されている.2003年に国内で開発された初のOCT装置であるEG-SCANNER(以下,EG)(マイクロトモグラフィー株式会社,山形県天童市,日本)が発売された.本装置は実地臨床眼科医が日常診療のなかで使いやすい機能を開発するというコンセプトにより,丹野らの取得したOCT基本特許をもとにしながら,測定光を照射する際に高速回転光遅延機構を用いることにより測定の高速化を実現したものである.?装置EGは,1)測定用ヘッド,2)本体および昇降台,3)タッチパネル型ディスプレー,4)キーボードおよびマウス,5)プリンターから構成されている.設置面積はOCT3000の0.99m2に対し0.73m2となっている(表1).?使用方法<測定パターンの選択>測定パターンには,「シングルライン」,「ラディアルライン」,「グループライン」,「サークル」などがあり,測定幅は1~10mmまで任意に設定できる.測定位置の選択は,画面の右上に示される赤外眼底像上で確認しそのまま画面に直接触れて測定位置を選択できる.<走査本数の選択>走査線は200本と600本の2つのモードから選ぶことができる.走査線を200本に限定すれば高速に測定を行うことが可能であり,走査線を600本にすれば詳細に測定を行うことができる.<6枚連続撮影機能>EGは6枚の測定画像を画面上に残しさかのぼって保新しい治療と検査シリーズ(69)161.EG-SCANNERプレゼンテーション:神尾聡美山形大学医学部情報構造統御学講座視覚病態学分野コメント:飯島裕幸山梨大学大学院医学工学総合研究部眼科学講座表1ハンフリー社OCT3との性能比較表(カタログ調べ)ハンフリー社OCT3EG-SCANNER光源波長820nm810~850nm出力照射750?W以下(角膜上)1,000?W以下(角膜上)解像度軸方向10?以下10?以下横方向10?以下10?以下測定深度組織内2mm組織内2mmスキャン時間2.5msec/A-scan2.5msec/A-scan最小瞳孔半径3.2mm3.2mm表示・操作モニタ15?液晶(1,024×768)17?液晶(1,280×1,024)プロセッサIntelPentium850MHzIntelPentium42GHz設置面積0.99m20.73m2図1網膜厚マッププログラムの選択部位変更が可能網膜厚マッププログラムで網膜厚の自動選択が不適切な場合,検者が画像を見ながら選択範囲を補正することができる.———————————————————————-Page2???あたらしい眼科Vol.23,No.5,2006存を行い解析することができる.<解析モード>測定画像に対して,コントラストの強調や平滑化などのエフェクトを行うことができる.これらのエフェクトはアラインメントや画像の平滑化のほか,グレースケール表示や拡大表示機能などがある.また,複数のエフェクトを重ねて適用することが可能であり,エフェクト適用前後の画像を確認しながら作業を進めることもできる.画像プロファイルでは網膜の厚さの測定,任意の2点間の距離測定,網膜厚マッププログラムなどが行える.網膜厚マッププログラムでは自動で内境界膜から網膜色素上皮までの距離を選択するが,ときにこの選択が不適切な場合がある.EGではこのような場合,画像を確認しながら適切と思われる任意のポイントを検者が選択して解析を行うことができる(図1).?本装置の利点操作は,タッチパネル型ディスプレーを中心にほとんどの操作が可能である.また,EGは画像の解析を含む動作が非常に高速であり,検査時間が短縮できる.図2にEGにより撮影した代表症例画像を示す.このようにEGはOCTの基本性能を備えており,かつ動作が高速でインターフェースも使いやすく画像の解析においても有用である.従来から普及しているOCT2000と網膜厚プログラムを比較した結果,高い相関が得られ2),網膜厚の定量に関しても信頼性が高いと評価している.現在もマイクロトモグラフィー社では3D再構築プログラムなどの開発,さらなる測定速度の高速化などに取り組んでいると聞いている.EGは純国産のOCTでありメーカーはユーザーの意見を取り入れながら次期機種の開発を続けているとのことである.今後も眼科医からの要望に応えた開発を期待したい.文献1)丹野直弘,市村勉,佐伯昭雄:「光波反射像測定装置」日本特許第2010042号,1990年出願2)川崎良,土谷大仁朗,芳賀真理江ほか:OCT光干渉断層計2機種による網膜厚マッププログラム測定の比較.臨眼59:1357-1361,2005(70)?本方法に対するコメント?OCTは元来,網膜の断面像を描出して,黄斑疾患の病態の理解や,正確な診断補助に役立ってきたが,近年,網膜厚のマップ作成を簡便に行うファーストプログラムの採用によって,特に黄斑浮腫などの網膜肥厚性疾患の経過観察や,手術,レーザー光凝固治療の効果を定量的に判定するのに威力を発揮するようになった.従来,黄斑浮腫の定量解析に用いられてきた中心窩網膜厚の測定は,中心窩位置の決定が測定者によってばらつき,測定値の再現性を低下させるなどの問題点があった.直径6mmまたは3.5mmの円内のretinalmap作成によって得られる黄斑ボリュームは,それに比べ再現性にすぐれている.ただし,カールツァイスメディテック社製のOCT3000でのretinalmap作成においては,コンピュータが自動描画する網膜内境界膜と網膜色素上皮の2本の境界線が,画像のコントラストが低い場合に誤ってトレースされ,しかもそれを補正できないという欠点があった.EG-SCANNERではこの点が改良されており,コンピュータの誤ったトレースを検者が手動で補正できる機能が評価できる.図2EGによる測定例左:正常者黄斑部.中:糖尿病黄斑浮腫(強い?胞様黄斑浮腫を認める).右:加齢黄斑変性(網膜?離・網膜色素上皮?離を認める).

涙点プラグ:初心者のための涙点プラグ

2006年5月30日 火曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.23,No.5,2006???0910-1810/06/\100/頁/JCLS涙点プラグ挿入術はドライアイの治療として非常に有用であり1,2),縫合や焼?による涙点閉鎖術に比べて患者への侵襲が少ないため,眼科医にとっても患者にとっても施行への敷居は高くないと思われる.しかし,適応を安易にとらえ十分な説明なしに施行することは患者の信頼を失うことになりかねない.手技に関するちょっとしたコツや,アフターケアにおける細かい配慮が,治療の結果を大きく変えることもありうる.●インフォームド・コンセント本術施行にあたって,適応や手技,合併症についての情報を提供し患者の同意を得ることが必要であるが,筆者らは,特に以下の3点に重きをおいている.1)流涙や異物感が出現する可能性があり,場合によっては治療を中断(涙点プラグを抜去)せざるを得ないことがある.流涙が出現すると視機能が低下することがあるため,次回受診時まで車の運転など危険を伴う作業に注意を払う必要がある.2)涙点プラグが自然脱落する可能性が割と高い2,3).その場合,必要により再挿入や異なった術式による涙点閉鎖を行う.脱落した涙点プラグは小さなものなので,眼脂とともにどこかへいってしまうため心配ない.3)費用について.平成18年4月の診療報酬改定により,涙点プラグ挿入術が片眼630点,涙点プラグの材料費が1個につき486点になった.したがって,両眼の上下涙点に涙点プラグを挿入すると630×2+486×4=3,204点となる.●涙点プラグ挿入術時のコツ<セットアップ>筆者らは細隙灯顕微鏡を使用して本術を行っている(図1).仰臥位にて処置用顕微鏡を使用する場合に比べ,患者が移動する手間と時間を省くことができる.しかし,患者の理解と協力がより必要であり,術者が涙点プラグ初心者で時間がかかりそうなら後者で行うほうが患者の負担が少ないかもしれない.筆者らは通常点眼麻酔を使用しないで涙点プラグを挿入している.挿入後,涙点プラグのつば44が結膜や角膜に接触して強い違和感や痛みが出現する症例が見受けられるが,麻酔をすると帰宅するまでそれが気づかれず,次回受診時まで患者に苦痛を強いることになるからである.挿入時の違和感や痛みは軽微で一瞬感じるだけである.やむをえず麻酔を使用する場合は,術後しばらく院内にて観察することを勧める.<涙点プラグのサイズの選択>適切なサイズを選択するために,サイズ選択用ゲージを使用するのが望ましい.イーグル社のフレックスプラグTMとスーパーフレックスプラグTMの場合,涙点に挿入しうる最大のゲージサイズより1ないし2段階大きな(67)涙点プラグセミナー監修/坪田一男石田玲子慶應義塾大学医学部眼科2.初心者のための涙点プラグ涙点プラグ挿入術はドライアイに対して効果が高く,かつ侵襲の少ない優れた治療法である.しかし,インフォームド・コンセントを得ることや,術後フォローを怠るとトラブルにつながりかねないのは他の治療法と同様である.手技は決してむずかしくはないが,特に初心者は,ちょっとしたコツを知っていると役に立つ.ホワイトメディカル提供図1細隙灯顕微鏡を使用しての涙点プラグの挿入眼瞼皮膚を十分に牽引すると挿入が容易になる.術者の利き腕が右の場合,左上涙点への挿入は涙点がインサーターの動線方向に向かないためやや困難である.この場合は患者の顔を左に振ってもらうとやりやすくなる.———————————————————————-Page2???あたらしい眼科Vol.23,No.5,2006(00)サイズを選択するのが,涙点へのフィッティングや脱落率の低下の面から適切であるといわれている3)が,初心者の場合は慣れるまで小さめのもの(ゲージと同サイズ程度のもの)が挿入しやすいかもしれない.ただし,小さすぎると涙点プラグが涙小管内に埋没してしまうことがあるので注意を要する.<眼瞼の牽引>涙点プラグ挿入時,涙点周囲組織の弾性により押し戻されないために眼瞼の皮膚を牽引し張力をかけることは非常に重要な作業である.下涙点への挿入時は,下眼瞼皮膚を眼窩縁に押しつけながら下耳側方向に牽引すれば十分な張力が得られるが,上涙点の場合は,上眼瞼の上耳側方向への牽引のみでは張力が不十分な場合が多い.筆者は,上眼瞼を翻転させながら牽引することにより涙点を露出させ,かつ張力も得て挿入を容易にさせている.<インサーターの保持>涙点プラグはインサーターに装着されている.インサーターの,涙点プラグの反対側は涙点拡張針になっており,挿入前にこれを使用し涙点を拡張させる.インサーターの中央よりやや涙点プラグ側にリリースボタンがある.涙点プラグを挿入した後スムーズにリリースさせないと,せっかく挿入したのに抜けてしまったり,涙小管内へ埋没させてしまうことがある.そのため,リリースしやすいようにインサーターを保持することは重要である.イーグル社の製品はリリースボタンが1指で押すようにできているため,母指(図2-a)または示指(図2-b)のやりやすいほうで行う.●アフターケア涙点を閉塞させることにより結膜?内の涙液クリアランスが低下するため,術後はアレルギーや感染を予防する目的で自己洗眼をするよう指導する必要がある.筆者らは,防腐剤フリー人工涙液(ソフトサンティアTM)を結膜?内へ十分に流し込みながら眼球を上下左右に動かす方法による洗眼を勧めている.術後数日は,感染予防のため抗生剤の点眼を処方している.その後も,感染を疑わせる着色した眼脂の分泌を認めた際は点眼するよう指導している.おわりに涙点プラグ初心者向けに,筆者らの経験から得た心構えやコツを示した.ドライアイの適応や手技に関しては成書や他の文献を参照されたい.今後のドライアイの治療に,ぜひ涙点プラグ治療を取り入れて欲しい.文献1)後藤英樹,坪田一男:ドライアイ─最新のトピックス.あたらしい眼科20:3-9,20032)篠崎和美:涙点プラグ─利点と欠点─.あたらしい眼科20:23-27,20033)西井和正,横井則彦,小室青ほか:新しい涙点プラグ(フレックスプラグ)の脱落についての検討.日眼会誌108:139-143,2004図2イーグル社スーパーフレックスプラグ?によるインサーターの保持涙点プラグのシャフト部が涙点内に挿入されたら,素早くリリースボタンを押してインサーターをスムーズに引き抜く.母指(a)または示指(b)でボタンを押せるようにインサーターを保持する.ab

眼感染症:ウイルス血清抗体価測定

2006年5月30日 火曜日

———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.23,No.5,2006???0910-1810/06/\100/頁/JCLS眼科医が,日常臨床において知っておくべきウイルス血清抗体価といえば,「患者のための診断目的」と「自身およびスタッフのための感染予防目的」という2局面である.■ウイルス抗体価測定の方法ウイルス抗体価測定には補体結合反応(CF)法,赤血球凝集反応(HI),蛍光抗体法(FA),中和試験(NT)法,酵素免疫法(EIA)などがある(表1),ここで注目すべきは,EIA法の免疫グロブリンIgG測定のみが定量性があることである.CF法やNT法では8倍という結果が出た場合,血清を2倍階段希釈して8倍までは陽性反応を認めたというものであり定量性はない.同じEIA法でもIgM測定では,カットオフのコントロールの吸光度で検体の吸光度を割った抗体指数(インデックス)で表されており定量性はない.一方,IgG測定は既知のコントロール抗体で検量線を作成し検体の抗体価をEIA価として表しており,定量性がある1).すべて保険適用であるが,CF,HI,FA,NTに比べてEIA法の点数が高くなっている.なお,アデノウイルスのように種々の型が知られているウイルスの場合,型別で検査すると患者からは1型しか請求ができないので注意が必要である.■眼科疾患でのウイルス抗体価さて,眼科領域では局所免疫機構が主体であるために,従来,血清抗体価の価値は低く捉えられてきた.すなわち,急性期とその後2週間経過時点で得られるペア血清においてCF価あるいはNT価が4倍以上上昇する,あるいは急性期にIgMが上昇する場合にのみ,診断価値があるとされてきた.しかし,実際には日常臨床でペア血清や急性期血清を採取することは困難であるため,血清抗体価測定はないがしろにされてきた.しかし,血清抗体価の有用性を指摘した論文も散見される.たとえば,単純ヘルペス性ぶどう膜炎の場合,薄井らの報告2)にあるようにNTによる血清抗体価は眼内液のpolymerasechainreaction(PCR)産物のヘルペス型別と相関しており,血清抗体価からHSV網膜炎のウイルス型別を推測しうる.さらに病状の進退に伴って水痘・帯状疱疹ウイルス(VZV)血清抗体価(CF,EIA)が連動した脈絡膜炎3)や,HSV-2血清抗体価(EIA)上昇から前房内HSV-2検出に至った前部ぶどう膜炎の報告4)も認められる.筆者らは図1のような壊死性角膜ヘルペスにおいて,①上皮型病変および円板状病変をくり返した症例に多いこと,②角膜ヘルペス再発モデルにおいて,三叉神経節での抗体産生が増加すること,③上皮型の再発時に角膜内ウイルス量が増加することなどの理(65)眼感染症セミナー─スキルアップ講座─●連載?監修=大橋裕一井上幸次36.ウイルス血清抗体価測定佐々木香る宮田眼科病院眼科領域ではウイルス抗体価の診断価値は低い.しかし,複数回に及ぶ感作を生じるヘルペスでは,病態によって抗体価が補助診断として活用されうる.種々の測定方法のうち,酵素免疫法(EIA)免疫グロブリンIgGには定量性があることが特徴である.一方,予防的な見地からは,麻疹,ムンプス,風疹,水痘の血清抗体スクリーニングの必要性も頭に入れておきたい.表1各血清ウイルス抗体価測定法の特徴検査法原理所要時間感度備考補体結合反応(CF)抗原抗体複合体と結合した補体の間接的証明(溶血を指標)短い低い群特異性高いスクリーニング用赤血球凝集反応(HI)赤血球凝集を抑制する抗体の証明短い低いウイルス型特異性高いスクリーニング用中和試験(NT)活性ウイルスを中和する感染防御抗体を証明長い/手間がかかる高いウイルス型特異性高い蛍光抗体法(FA)ウイルス抗原と抗体との反応を蛍光標識抗体で証明短い高い抗体分画が可能酵素抗体(ELISA)ウイルス抗原と抗体との反応を酵素標識抗体で証明短い最も高い抗体分画が可能———————————————————————-Page2???あたらしい眼科Vol.23,No.5,2006由からEIA法IgGを測定し,ヘルペス既往のない健常人や上皮型初発症例と比較(図2)して診断における有用性を報告した5).HSVの1型と2型の交差性の問題は残るが,病態を限れば血清抗体価の診断的価値はまだ検討の余地があると思われる.また眼科特異的な抗体価として,眼内液ウイルス抗体率の測定がある.下記のように,総IgG量などを指標として血清抗体価との比較でFA法にて算出するが,一般臨床への普及が待たれるところである.抗体率=眼内液ウイルス抗体価÷眼内液IgG量血清ウイルス抗体価÷血清IgG量■院内感染予防におけるウイルス抗体価予防医学の見地から,麻疹,ムンプス,風疹,水痘に関する血清抗体スクリーニングについて少し触れる.医療従事者や患者において風疹の院内感染が発症した報告6)や,医療従事者における麻疹の感染率は一般人に比べて13倍高いという報告7)があり,一旦院内感染が生じると経済的損失は計140万円にのぼるとされている8).医療従事者を対象とした2005年の報告9)では,ムンプス,風疹,麻疹,水痘の抗体非保有者はおのおの15.2%,9.9%,8.6%,0.7%であり,男性職員におけるムンプス,若年女性職員における風疹にはワクチン接種などの対策が必要と思われる.ワクチンを接種するためのカットオフ価(EIA-IgG価)に関しては,まだ議論のあるところである.どこまでこの予防対策に取り組むかは,各病院の事情によって違うと思われるが,少し頭に残していただければと思う.文献1)佐藤俊則,平野勝,横尾裕ほか:単純ヘルペスウイルス抗体測定EIA試薬キットの開発と評価.臨床とウイルス25:48-55,19972)薄井紀夫,柏瀬光寿,箕田宏ほか:ヘルペス性ぶどう膜炎における単純ヘルペスウイルスの型別.日眼会誌104:476-482,20003)西田直子,川浪美穂,田中康之ほか:水痘・帯状疱疹ウイルスの関与が疑われる脈絡膜炎の1例.眼紀54:711-714,20034)InodaS,WakakuraM,HirataJetal:Stromalkeratitisandanterioruveitisduetoherpessimplexvirus-2inayoungchild.?????????????????45:618-621,20015)佐々木香る,子島良平,関山勝好ほか:壊死性角膜炎患者におけるEIA法による抗単純ヘルペスIgG測定の意義.あたらしい眼科23:233-236,20066)GreavesWL,OrensteinWA,StetlerHCetal:Preventionofrubellatransmissioninmedicalfacilities.????248:861-864,19827)AtkinsonWL,MarkowitzLE,AdamasNCetal:Trans-missionofmeaslesinsetting,Unitedstates1985-1989.????????91:320S-324S,19918)寺田喜平,新妻隆広,荻田聡子ほか:麻疹の院内感染とその後の抗体検査および対策─医療経済的な検証も含めて─.感染症学会雑誌75:480-484,20019)白石正,中川美貴子,仲川義人ほか:医療従事者における麻疹,風疹,ムンプスおよび水痘・帯状疱疹ウイルスに対する血清抗体価の測定とその解析.感染症学会雑誌79:322-328,2005(66)■コメント■眼のウイルス感染症は局所であること,体内に潜伏感染しているヘルペス属ウイルスによるものが多いことから,抗体価を診断に生かしにくい一面がある.たとえば単純疱疹ウイルス(HSV)血清抗体価が陽性であるというだけで,角膜ヘルペスであるとはまったくいえないわけであり,逆にそれが抗体価の意義をunderestimateさせているのかもしれない.著者が述べているように,検出部位や病態,抗体量などの情報を駆使すれば有益な情報に化けることもあり,今後さらに検討が必要な分野であろう.鳥取大学医学部視覚病態学井上幸次図1壊死性角膜炎の1例(71歳,女性)EIA法HSV-IgGは128EIA価.図2口唇,角膜,および性器ヘルペスの既往をもたない健常人におけるEIA法HSV-IgG価分布矢印は,健常人,初発上皮型ヘルペス,壊死性角膜炎の中央値を示す.壊死性角膜炎では高値を示した.健常人中央値89.1壊死性角膜炎中央値119.1EIA価初発上皮型ヘルペス中央値59.7530.0025.0020.0015.0010.005.000.00分布率(%)0.0~4.0~20.0~40.0~60.0~80.0~100~120以上