———————————————————————-Page10910-1810/06/\100/頁/JCLS識を有しているかを知る目的で,当院の朝のカンファレンスにおいて,出席医師(n=22)にその場で(書物などを調べずに)中毒性視神経症の原因となる物質,薬物で知っているものを回答してもらった.図1は上位6位の調査結果である.予想どおり,薬物としてはエタンブトール,化学物質としてメタノール(単にアルコールと記した医師が4名あったが,これもここに含めた)をあげる医師が多かった.しかし,3位にあるサリンは,わが国ではオーム事件での急性中毒があるが,中毒性視神経症といえる視神経への直接作用は証明されていない.5位の農薬(2名は有機リン,1名は抗コリンエステラーゼと回答)も,慢性中毒が実験的にも,臨床的にもわが国で多くの研究があったが,最近は臨床例の報告はほとんどみられていなはじめに中毒性視神経症の存在は,頭ではわかっていても,視神経症の症例を前にすると,しばしばその原因,鑑別診断から落ちこぼれてしまう.その最大の理由として,中毒性の大部分は急性中毒ではなく,微量の薬物やガスに曝露し続けた結果,網膜神経節ないしその軸索突起である視神経が傷害される形が多く,その原因や過程が確認しにくいことがあげられる.また,中毒性視神経症においては,因果関係の同定がしにくいことに加え,単発的な症例報告しかなく,原因物質ごとの臨床的特徴の全貌が必ずしも明らかになっていないことも問題である.こうしたなかで,視神経乳頭所見が中毒性視神経症の診断の助けになりうるか,というクエスチョンを問題意識として念頭に置きながら,中毒性視神経症についての知識を整理してみたい.I最近の中毒性視神経症に注目そもそも,特定化学物質や薬物の副作用としての中毒性視神経症は,その物質の使用の可能性や曝露の有無に思い至らなければ診断ができない.つまり,特定物質との関連を知らなければ,原因不明の視神経症(または炎)とか,進行した緑内障だとか,といった診断が,高いレベルの証拠なくつけられてしまいがちである.したがって,まず,どのような薬物や化学物質と視神経症の間に関連がありうるかという知識が大切である.一般眼科医が,中毒性視神経症についてどの程度の知(15)???*MasatoWakakura:井上眼科病院〔別刷請求先〕若倉雅登:〒101-0062東京都千代田区神田駿河台4-3井上眼科病院特集●視神経疾患と乳頭所見─異常所見の鑑別法あたらしい眼科23(5):577~580,2006中毒と視神経乳頭所見????????????????????????????????????????????若倉雅登*図1一般眼科医の念頭にある中毒性視神経症の原因物質(上位6位)井上眼科病院眼科医(n=22)に対する調査より.02468101214161820エタンブトールメタノールサリンシンナー農薬トルエン回答数———————————————————————-Page2???あたらしい眼科Vol.23,No.5,2006い.そのほか,この調査であげられたものとしては,タモキシフェン,キノホルム,タバコ,イソニアチド,一酸化炭素など,中毒性視神経症としての確実性の高い報告があるものが含まれていた.また,インターフェロンをあげた医師があったが,インターフェロンアルファーでは網膜出血のほか,虚血性視神経症の報告もあることを知っていたのであろう1).しかし,むしろ網膜毒性のみが知られているクロロキン,ジゴキシン,アレビアチンなどの物質をあげた医師や,網膜・視神経毒性としての明確な証拠がない水俣病やカネミ油症関連物質をあげている医師もあった.なお,22名のうち,中毒性視神経症や網膜症を経験したことがないという医師は9名であった.一方,臨床的に比較的多く用いられ,眼科医としては知っておくべきではないかと考えられる物質として,クロラムフェニコール,シスプラチン,ビンクリスチン,5-フルオロウラシル(5-FU),シクロスポリン,タクロリムス,エチレングリコール,鉛,タリウムなどがあるが,これらはあげられなかった.また,抗菌薬では,最近筆者らや他のグループにより次々と報告されたリネゾリドは,まだ知られていなかった.この抗生物質は,視神経症のほか末?神経障害も惹起し,視神経症は薬物中止により可逆性が高い点から,眼科医が知っておくべき薬物である2~4).これらの中毒性視神経症における,視神経乳頭所見については,症例により正常所見,乳頭腫脹,視神経萎縮などさまざまであり,特徴的,特異的なものは知られていない.機序が循環障害であり,前部虚血性視神経症を呈する場合は,しばしば出血を伴う腫脹,もしくは蒼白腫脹となり,慢性期には乳頭陥凹を呈する可能性もある5).IIシンナー中毒とは図1で4位にあげられたシンナーとは,もちろん特定の化学物質を指すのではなく,文字どおり「薄め液」,有機溶剤である.成分としてはトルエン,酢酸エチル,メチルアルコールなどがある.ほかにも,キシレン,ホルマリン,ノルマルヘキサン,トリクロールエタンなど,シンナー成分や有機溶剤の種類は,枚挙に暇がない.シンナーによる視神経症のわが国での報告は,竹内ら6)が皮切りのようであり,その後,シンナー乱用に警告を発する多数の報告がある7,8).多くは,他の神経学的所見を有するが,視神経症単独でみられるものもある.ここで,自験例を簡単に述べる.16歳の男性で,1週間程度前から右眼の視力低下に気づき当院を受診,入院した.矯正視力は右眼0.2,左眼0.6,右眼に相対的瞳孔反応障害がみられ,中心フリッカー値は,右眼25Hz,左眼35Hzであった.両眼に中心暗点がみられた.乳頭は一見異常とは思われなかった(図2)が,蛍光眼底造影では乳頭に軽度の過蛍光がみられ,乳頭周辺に顆粒状の蛍光のむらがみられた.このむらは,木村,石川(16)図3シンナー乱用が原因と考えられる両眼性視神経症患者にみられた乳頭の深い陥凹図2シンナー吸引により視覚障害が発症したと考えられる16歳,男性の右眼乳頭所見———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.23,No.5,2006???らが報告していた所見に一致し7),入院中にシンナーを乱用していたことが明らかになり,シンナー中毒による視神経症と診断した.他の神経学的症候はみられず,頭部画像診断,脳波にも異常はみられなかった.本例は,シンナーからの離脱に成功したが,当初は,他の仲間のほうが頻繁に乱用しているのに視力がよい,自分はときどきなのになぜ視神経が悪くなったのかと,シンナーによる障害であることをなかなか受け入れなかった.なお,最終矯正視力は右眼0.1,左眼1.0であった.これまでの報告は,いずれもこのようなシンナー遊びなどシンナー乱用によるものであるが,筆者は職業上のシンナーの長期曝露によると考えられる視神経症を複数経験している.さて,シンナー乱用者は多幸感が得られやすい純粋トルエンを好むといわれ,石川7)はそうした中毒の臨床経験などからトルエン中毒の存在を主張している.一方,シンナーの気相成分として最も多いメタノールが原因であると考えている報告も少なくない.特に,メタノールの飲用などによる失明は戦後よくみられた,との言い伝えが残っているが,その一つの特徴として,非常に深い乳頭陥凹が知られている(図3).それは,緑内障性陥凹と区別がつかないと記載されている9,10).ここで,わが国でシンナー視神経症として報告されたものの乳頭所見を検討してみる.乳頭正常,乳頭発赤,乳頭周囲神経線維層の腫脹,耳側蒼白,視神経萎縮など,時期や症例ごとにかなり異なる.そのなかに,乳頭陥凹の拡大もしくは深い乳頭陥凹の存在を記載したものがあった11~13).これが,シンナー中毒の主因がメタノールであるという,もう一つの根拠ともなっている.シンナー中毒では網膜反射の異常,網膜脈絡膜の蛍光眼底造影上の異常など視神経乳頭以外の眼底異常や網膜電図(ERG)の異常,さらに中枢神経系のさまざまな異常が合併しうることを付け加えておく7,8).III中毒性視神経症における乳頭所見の特異性虚血性視神経症,特発性視神経炎,Leber遺伝性視神経症などでも,慢性期に乳頭陥凹の拡大がみられる症例のあることは,すでによく知られている5).しかし,どの程度の頻度で生じ,個々の例が,その形態だけで緑内障性乳頭陥凹と鑑別できるかどうかについては,十分信頼できる研究はない.冒頭にも記したように,中毒性視神経症の症例の多くは慢性期に見出され,眼科を訪れたときはすでに視神経萎縮に陥っていることが多い.その(17)ab図4エタンブトール視神経症患者の左眼眼底(a)と同眼のHumphrey視野(30-2)(b)———————————————————————-Page4???あたらしい眼科Vol.23,No.5,2006ときに生じているかもしれない乳頭陥凹が,緑内障性陥凹と区別可能かという問いに対する回答を得ることは,さらにむずかしい.というのは,中毒性視神経症とはいうが,それで一括することはできず,中毒の原因となる物質ごとに臨床像は異なるはずで,しかも,各々の症例はかなり少ないため,特異的乳頭所見があるかどうかを研究することはきわめてむずかしい.比較的多くみられるエタンブトール視神経症の1例(57歳,女性)を見てみよう.矯正視力は右眼0.2,左眼0.1であった.左眼の乳頭所見と視野を図4に示す.右眼も同様の所見であった.乳頭は陥凹があり,耳側蒼白,視野は両眼とも上方から上耳側に感度低下が顕著であった.エタンブトール内服の既往がある点,感度低下域が耳側に強い点からは,それと診断がつくが,乳頭所見から疾患を推定することは困難である.もちろん,エタンブトール視神経症がこのような乳頭所見を呈しやすいという意味ではなく,もともとある視神経乳頭の種々の形態バリエーションや,決してまれでない緑内障性視神経乳頭の上に,中毒という因子がかぶる可能性があることを,強調したいのである.このように,メタノール中毒でみられる深い乳頭陥凹所見を除くと,中毒性視神経乳頭所見に特異性があるとは,現時点では明言できないのが実状である.(18)文献1)VardizerY,LinhartY,LowensteinAetal:Interferon-alpha-associatedbilateralsimultaneousischemicopticneu-ropathy.????????????????????24:98-99,20042)SaijoT,HayashiK,YamadaHetal:Linezolid-inducedopticneuropathy.???????????????139:1114-1116,20053)McKinleySH,ForoozanR:Opticneuropathyassociatedwithlinezolidtreatment.????????????????????25:18-21,20054)RuckerJC,HamiltonSR,BardensteinDetal:Linezolid-associatedtoxicopticneuropathy.?????????66:595-598,20065)若倉雅登:緑内障と鑑別を要する視神経疾患の眼底.神経眼科22:184-193,20056)竹内忍,久保田伸枝:シンナー・接着剤常用者にみられた急性視力障害.眼臨68:909-914,19747)石川哲:シンナー中毒と眼.その臨床と眼.臨眼39:245-255,19858)菅澤淳:シンナー中毒.眼科34:857-863,19929)PhillipsPH:Toxicandde?ciencyopticneuropathies.WalshandHoyt?sClinicalNeuro-Ophthalmology(edbyMillerNR,NewmanNJ),6thedition,Vol1,p447-463,LippincottWilliams&Wilkins,Philadelphia,200510)StelmachMZ,O?DayJ:Partlyreversiblevisualfailurewithmethanoltoxicity.?????????????????????20:57-64,199211)植田良樹,新井三樹,河野眞一郎ほか:シンナー中毒性視神経症の1症例.神経眼科7:87-91,199012)二宮元,浅原茂生,横田健司ほか:シンナー中毒による視神経障害の1例.眼紀41:640,1990