———————————————————————-Page1あたらしい眼科Vol.24,No.7,2007???0910-1810/07/\100/頁/JCLSはじめに再生医療は不可逆的機能喪失に陥った重篤な疾患に対する根本的治療として研究が進められ,その臨床応用の確立が大いに期待されています.その一つのキーポイントとなるのが幹細胞研究です.生体には,発生過程から成体に至るまで,自己複製能,分化能をもった多種の幹細胞が存在しています.成体の臓器における機能,恒常性を維持する自己修復能を担っているのが組織幹細胞(臓器幹細胞)とよばれる細胞群からなるシステムです.幹細胞の維持,分化・増殖についての研究は,移植再生治療の基礎研究という位置づけからも,近年,急速に進められ,これまでに幹細胞の複製に関してNotch,Wnt,BMP,Shh,LIF,FGFなどのシグナルが広く複数の幹細胞システムに共通した重要な分子機構であることが知られています1).幹細胞の分化に関してもさまざまな分子の報告がなされています.幹細胞を利用する再生治療ではこれらの分化増殖にかかわるシグナルを応用制御することでより有効な移植細胞の獲得,機能発現が試みられています.本稿では,筆者らの試みと最近の知見を併せて紹介します.網膜幹細胞とWntシグナル幹細胞の特質を利用して傷害された組織を再構築させ,機能を取り戻す幹細胞移植は,角膜上皮幹(前駆)細胞で,すでに臨床応用され,成果をあげています.哺乳類の成体網膜では幹細胞となりうる細胞の存在が示唆されているものの,再生を証明する報告はなく,再生を担う幹細胞システムの働きが非常に抑制された状態にあると考えられています2).網膜移植再生治療としては胎児より得られた網膜シートを網膜色素変性症患者に移植する試みがごく限られた施設でなされていますが,その有効例はわずかな数の報告にとどまっています3).胎児組織の使用は供給や倫理的面で問題があり,これを解決しうる移植細胞源として,網膜に分化しうる幹細胞の探索が行われてきました.成体毛様体色素上皮組織に存在する細胞は,成体内で傷害された組織を補?する組織幹細胞としてのふるまいを示す報告はありませんが,単離し,増殖因子下で浮遊培養すると,増殖能,神経網膜への多分化能を有する網膜幹細胞としての性質を示す細胞を得ることができます4,5).マウスやラット,ヒト眼球にも存在し6),自己の眼球やアイバンクに提供された眼球から網膜幹細胞を得ることが可能です.しかしながら毛様体由来網膜幹細胞の増殖能は他の幹細胞に比べて低いこと,自己毛様体組織から得られる細胞の数には制限があることから,移植再生治療に応用するには細胞数を増やす手段が必須です.Wntは,ショウジョウバエの体節形成にかかわる遺伝子Winglessとマウス乳癌の原因遺伝子???-?のアミノ酸配列の相同性が高いことから命名された分泌型糖蛋白で,体軸形成,中枢神経発生,器官形成,発癌などに関与しています7).そのシグナル(69)◆シリーズ第79回◆眼科医のための先端医療監修=坂本泰二山下英俊福島美紀子(熊本大学大学院医学薬学研究部視機能病態学分野)幹細胞にかかわるシグナル伝達図1Wnt-bカテニン経路の模式図Wntの刺激のない状態では,細胞内のb-カテニンはGSK3の複合体によりリン酸化を受けて,ユビキチン化され,分解される.転写因子Lef/Tcfはb-カテニンの代わりにGrgと結合し,標的遺伝子の転写が抑制される(図左).Wntがレセプターに結合するとb-カテニンは分解が抑制され,核内へ移行する.Lef/Tcfはb-カテニンと結合することで????????や?-???などの標的遺伝子の転写を促進し,細胞周期を進行させる(図右).———————————————————————-Page2???あたらしい眼科Vol.24,No.7,2007の一つであるWnt-bカテニン経路(図1)は造血幹細胞をはじめさまざまな幹細胞の自己複製や成体海馬脳における神経再生を促進すること8)が知られています.さらにWnt分子が発生過程の網膜における未分化維持機構にかかわっていることも明らかにされていました9,10).筆者らはこれらの知見から増殖環境下の毛様体由来網膜幹細胞においてb-カテニン経路を活性化したところ,未分化性を維持したまま,増殖が促進されることを見いだしました11).b-カテニン経路の活性化は移植に十分な数の細胞を得るために???????で網膜幹細胞を増殖させる際の有用な手段の一つになることが期待されます.さらに,このWntシグナルと網膜幹細胞の組み合わせによる臨床応用可能な新しい治療として,M?llerグリアによる成体網膜幹細胞治療が開発され,期待されています12).M?llerグリアは網膜固有のグリア細胞で,ニワトリ成体網膜ではM?llerグリアが網膜幹細胞として再生にかかわることが報告されていました13).マウスやラットにおいても網膜に傷害を与えると限られた数であるもののM?llerグリアが分裂開始し,神経網膜への分化能を獲得することが示され,M?llerグリアが哺乳類の成体網膜で幹細胞の性質をもつ細胞であることが明らかにされました14).この実験系においてb-カテニン経路を活性化したところ,M?llerグリアの分裂が亢進し,これをレチノイン酸添加により視細胞に分化誘導すると外顆粒層に遊走する視細胞の数が著しく増加することが明らかにされました.この現象は網膜変性モデルの??マウス網膜においても観察され,さらに下流のシグナルを促進するGSK3b(glycogensynthasekinase3b)阻害薬投与でも同様の結果が得られました.GSK3b阻害薬は低分子化合物で薬として期待できることから難治性神経変性疾患の予防・治療薬の開発に重要な知見が得られたものとしても非常に期待されています12).網膜再生治療の今後の課題幹細胞治療の今後の課題としては,増殖させた網膜幹細胞をいかに傷害網膜内で適切に分化,統合させ,機能回復させるかという点にあります.網膜内に移植された幹細胞の分化が生体の宿主傷害網膜由来のシグナルに影響されることを筆者らも明らかにしています15)が,再生にかかわるさまざまなシグナルを明らかにし,それをいかに制御できるかが,臨床応用に向けた重要な研究課題と考えています.これまで,解析困難であったシナプス形成に関する重要な知見も,最近,網膜変性モデルでの網膜細胞移植実験で得られてきています16).網膜再生治療の臨床応用にはいまだ解決すべき問題が多く残されていますが,実現の可能性が少しずつ広がってきていることは間違いなく,今後さらに臨床応用に向けた研究の進展が望まれています.文献1)MimeaultM,BatraSK:Concisereview:recentadvancesonthesigni?canceofstemcellsintissueregenerationandcancertherapies.??????????24:2319-2345,20062)MoshiriA,CloseJ,RehTA:Retinalstemcellsandregeneration.??????????????48:1003-1014,20043)RadtkeND,AramantRB,SeilerMJetal:Visionchangeaftersheettransplantoffetalretinawithretinalpigmentepitheliumtoapatientwithretinitispigmentosa.???????????????122:1159-1165,20044)TropepeV,ColesBL,ChiassonBJetal:Retinalstemcellsintheadultmammalianeye.???????287:2032-2036,20005)AhmadI,TangL,PhamH:Identi?cationofneuralpro-genitorsintheadultmammalianeye.??????????????????????????270:517-521,20006)ColesBL,AngenieuxB,InoueTetal:Facileisolationandthecharacterizationofhumanretinalstemcells.??????????????????????101:15772-15777,20047)HopplerS,KavanaghCL:Wntsignalling:varietyatthecore.??????????120:385-393,20078)LieDC,ColamarinoSA,SongHJetal:Wntsignallingregulatesadulthippocampalneurogenesis.??????437:1370-1375,20049)KuboF,TakeichiM,NakagawaS:Wnt2binhibitsdi?er-entiationofretinalprogenitorcellsintheabsenceofNotchactivitybydownregulatingtheexpressionofpro-neuralgenes.???????????132:2759-2770,200510)KuboF,TakeichiM,NakagawaS:Wnt2bcontrolsretinalcelldi?erentiationattheciliarymarginalzone.????????????130:587-598,200311)InoueT,KagawaT,FukushimaMetal:ActivationofcanonicalWntpathwaypromotesproliferationofretinalstemcellsderivedfromadultmouseciliarymargin.??????????24:95-104,200612)OsakadaF,OotoS,AkagiTetal:Wntsignalingpro-motesregenerationintheretinaofadultmammals.???????????27:4210-4219,200713)FischerAJ,RehTA:M?llergliaareapotentialsourceofneuralregenerationinthepostnatalchickenretina.????????????4:247-252,200114)OotoS,AkagiT,KageyamaRetal:Potentialforneuralregenerationafterneurotoxicinjuryintheadultmamma-lianretina.??????????????????????101:13654-13659,200415)MawatariY,FukushimaM,InoueTetal:Preferentialdi?erentiationofneuralprogenitorcellsintothegliallin-(70)———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.24,No.7,2007???repairbytransplantationofphotoreceptorprecursors.??????444:203-207,2006eagethroughgp130signalinginN-methyl-D-aspartate-treatedretinas.?????????1055:7-14,200516)MacLarenRE,PearsonRA,MacNeilAetal:Retinal(71)☆☆☆■「幹細胞にかかわるシグナル伝達」を読んで■現在,治療が最も困難な眼科領域の疾患は,緑内障や網膜変性などの神経(網膜)が傷害される疾患です.それらの治療法開発のため,遺伝子治療,人工視覚など,多くの研究がなされていますが,特に注目されているのが,網膜再生治療です.2000年に網膜幹細胞の存在が報告されて以来,網膜再生は,網膜変性疾患治療の切り札と考えられてきました.しかし,いざ臨床応用するには,治療に必要な幹細胞の量と質を得る方法が不十分,幹細胞が視細胞に分化してネットワークをつくるかどうか不明などの大きな問題がありました.そのため,網膜再生治療の実現は,当分先になるという悲観的な見方がされるようになりました.そのようななかで,最近,きわめて重要な報告がありました.一つは,2006年MacLarenらによる,視細胞前駆細胞移植によりシナプス形成を伴う網膜修復が可能であったという報告,もう一つは,本文でも紹介されている,OsakadaらによるWntシグナル調節による網膜再生亢進の報告です.網膜細胞の増殖・分裂を亢進させる因子は,今までにもFGF(?broblast-growthfactor)やインスリンなど,多くのものが知られていました.しかし,これらは,網膜細胞を増殖させるだけではなく,線維芽細胞など非網膜細胞も増殖させて,眼内増殖性病変をひき起こすので,網膜再生治療には使えませんでした.それに比べ,Wntシグナル経路の活性化は,網膜内の網膜幹細胞のみの選択的増殖が可能なので,網膜再生治療に用いることが可能です.この方法で,幹細胞が増えれば,数少ない網膜幹細胞を探し求めたり,それを移植したりする必要はありません.さらに,Wntシグナル経路の活性化は,薬物投与により可能であり,細胞移植,遺伝子治療の際に大きな問題となる外科的侵襲が不要です.これは,実際の治療では,大きなメリットとなります.本稿を書かれた福島美紀子先生たちのグループは,網膜幹細胞におけるWntシグナルの重要性を最初に見いだしました.Wntシグナルが,ヒトにおいても,網膜幹細胞再生のキーであることが証明されたら,網膜再生治療の実現は,もうすぐそこかもしれません.鹿児島大学医学部眼科坂本泰二