———————————————————————-Page10910-1810/07/\100/頁/JCLSIアプタマーとは?アプタマー(aptamer)は核酸分子が連なって一本鎖を形成し,標的蛋白質と特異的に結合する能力をもった核酸分子で,蛋白質の機能を阻害,または促進する働きをもつ.アプタマーには増殖因子,酵素,受容体,膜蛋白質,ウイルス,金属イオンなどと結合するものもあることがわかっている.このようにアプタマーは結合する対象に制約がないだけではなく,抗体では実現できなかった分子量の小さな分子やわずかに配列の異なる蛋白質や,立体構造のみが異なる分子も区別できることが明らかになっている.アプタマーを得るにはSELEX法(systematicevolu-tionofligandsbyexponentialenrichment:試験管内人工進化法)2)という方法を通常用いる.まずランダム配列をもつRNAプールのなかからターゲットに結合する配列をもつものを選択し,逆転写,PCR(polymerasechainreaction)での増幅を行う.それを転写したもののなかから再び結合する配列を選択するというサイクルをくり返すのだが,それぞれのサイクルにおいて選択の際に蛋白質とRNAプールの濃度比を変えたり,競合剤を加えたりすることで結合条件を厳しくすることによって結合特異性の高い配列を得ることができるのである.アプタマーには大量の合成が容易,作用機序が単純といった利点もあり,構造プロテオミクス,ターゲット解析,創薬などの分野で強力なツールとして期待されていはじめに加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegeneration:AMD)に対する治療として現在国内において数種類の薬物の臨床試験が行われている.本稿ではそのなかの一つであるpegaptanibsodium(Macugen?)について紹介する.Pegaptanibsodiumは血管内皮細胞増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)に対するアプタマーで,2006年6月時点で,42カ国注1)で承認または市販されている.アメリカでは2004年12月に,EUでは2006年2月に承認され,実際に多くのAMD症例に投与されている.P?zer社の2006年9月11日のプレスリリース1)によるとpegaptanibsodiumはアメリカで2005年に7万人以上の滲出型AMD患者に投与されたそうである.本稿では読者の一番疑問な点であろうと思われる「アプタマーって何?」ということからpegaptanibsodiumの作用や海外の臨床試験の結果などを紹介する.注1)2006年6月時点でpegaptanibsodiumが承認または市販されている国:アルゼンチン,オーストリア,ベルギー,ブラジル,イギリス,カナダ,キプロス,チェコ,コロンビア,デンマーク,エストニア,フィンランド,フランス,ドイツ,ギリシア,ハンガリー,アイスランド,インド,アイルランド,イタリア,ラトビア,リトアニア,ルクセンブルク,マルタ,メキシコ,オランダ,ノルウェー,パキスタン,ペルー,フィリピン,ポーランド,ポルトガル,シンガポール,スロバキア,スロヴェニア,スペイン,スウェーデン,スイス,タイ,トルコ,アメリカ,ベネズエラ.(3)???*YoshihiroNoda:九州大学大学院医学研究院眼科学分野〔別刷請求先〕野田佳宏:〒812-8582福岡市東区馬出3-1-1九州大学大学院医学研究院眼科学分野特集●加齢黄斑変性の薬物治療あたらしい眼科24(3):269~273,2007VEGFアプタマー:PegaptanibSodium(Macugen?)????????????:?????????????????(????????)野田佳宏*———————————————————————-Page2???あたらしい眼科Vol.24,No.3,2007る.そして今回この技術の結晶というべきpegaptanibsodiumが世に出ることになったのは非常に感慨深いことなのである.IIPegaptanibsodiumとはPegaptanibsodiumはVEGFアイソフォームの一つであるVEGF165を阻害するアプタマーとよばれるRNA分子で,VEGF165分子に結合しVEGF受容体との結合を阻害する(図1).一般的にRNAはDNAに比して安定が悪く,通常は核酸分解酵素によって短時間で分解されてしまうが,pegaptanibsodiumは核酸分解酵素による分解を抑えるためにポリエチレングリコールな(4)図2Pegaptanibsodiumの構造式(アメリカMacugen?添付文書より)WhereRisandnisapproximately450.図1Pegaptanibsodium(Macugen?)の作用イメージPegaptanibsodiumはVEGF165分子に結合しVEGF受容体との結合を阻害する.(P?zer社資料より許可を得て掲載,一部改変)Macugen?Macugen?bindstoVEGF165VEGF165blockedfrombindingtoreceptors———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.24,No.3,2007???どの修飾が加えられ,硝子体中での半減期を延長するよう工夫されている(構造式を図2に示す).VEGF165の165はアミノ酸数を表しており,ヒトのVEGFのアイソフォームには,ほかにもVEGF121,VEGF145,VEGF189,VEGF206などが報告されている.VEGF165はほかのアイソフォームとの違いは,生物活性が高くVEGFR-2(KDR)やVEGF165の特異的受容体であるニューロピリン(neuropilin)-1を介した病的血管新生との関係が深いことがあげられる3,4).AMDや糖尿病網膜症などのVEGF濃度の上昇した血管新生が優勢な環境ではVEGFの過剰な働きを抑制することが病態を改善することは多くの研究者の意見が一致するところであるが,一方VEGFには生理的な役割ももつことを忘れてはならない.VEGF遺伝子は1アレルの欠損でも胎生致死になることから胎生期において重要であることは言うまでもないが,創傷治癒,血管狭窄や閉塞の際の虚血の改善にもVEGFが重要な役割を果たしている.虚血網膜症モデルラットにpegaptanibsodiumを投与すると生理的血管新生を温存しながら病的血管新生は抑制したという報告もある5).このことからVEGFすべてを抑制するより特に過剰な働きをするVEGF165を治療のターゲットとすることはVEGFの生理的役割に配慮した理にかなった方法であるといえる.III使用方法Pegaptanibsodiumの海外での1回投与量は0.3mg/90??である.日本での臨床試験においては0.3mgと1.0mgの2用量が使用されている.Pegaptanibsodiumの溶液は注射針付きのガラス製プレフィルド・シリンジ中に封入されており,1回で全量を使い切るようになっている(図3に海外での製剤写真を示す).投与は6週間に1回のペースで硝子体内注射によって行われており,国内および海外の臨床試験では9回投与して効果を判定している.IV海外の臨床試験結果国内の臨床試験は原稿執筆時にはまだ発表前であり,症例や治療成績について呈示することができない(自験例ではpegaptanibsodiumはかなり有効であったという印象であることのみ記しておく).そこで本稿では,pegaptanibsodiumに関する海外の臨床試験の結果について紹介する.VISION(VEGFInhibitionStudyinOcularNeovas-cularization)ClinicalTrial(以下,VISION試験)6)はアメリカ,カナダ,ヨーロッパ,イスラエル,オーストラリア,南アメリカの117施設,1,186人に対して行われたランダム化比較試験である.視力が20/320から20/50(小数視力で0.06から0.5)の間のAMD患者を無作為に4群に分け,3群にはpegaptanibsodiumの投(5)図3Pegaptanibsodium(Macugen?)の製剤写真Pegaptanibsodiumの溶液は注射針付きのガラス製プレフィルド・シリンジ中に封入されており,1回で全量を使い切るようになっている.(P?zer社資料より許可を得て掲載)図4VISION試験1年目の平均視力の推移Pegaptanibsodiumを投与群は非投与群に比して視力低下の度合いが小さい.(P?zer社資料より許可を得て掲載):0.3mg(n=286):1.0mg(n=292):3.0mg(n=286):Sham/Usualcare(n=291)47%Bene?tp<0.01061218243036424854Time(weeks)0-2-4-6-8-10-12-14-16-18MeanChangeinVA(Letters)———————————————————————-Page4???あたらしい眼科Vol.24,No.3,2007与をそれぞれ0.3mg,1.0mg,3.0mg,残りの1群には擬似注射(sham群)を,6週ごとに9回行い54週間経過をみている.54週間後に視力を維持した症例注2)はsham群で55%に留まったのに対しpegaptanibsodiumを0.3mg,1.0mg,3.0mg投与した場合はそれぞれ70%(p<0.001),71%(p<0.001),65%(p=0.03)であった.54週後の平均視力はsham群に比してpegap-tanibsodiumを投与した3群のほうが良好な結果であり,0.3mg群と1.0mg群がほぼ同等で3.0mg群がやや劣るというものであった(図4).治療前のフルオレセイン蛍光眼底造影により母集団をpredominantlyclassic,minimallyclassic,occultwithnoclassicの3型に層別しても3型ともにほぼ同様の効果が認められた.治療前の視力,病変サイズで層別した場合同様に薬効が認められた.病変サイズが小さく,治療前の視力がよく,以前に治療を受けておらず,萎縮や瘢痕のない早期のAMD,またはoccultwithnoclassicで脂質の沈着がなく僚眼の視力の良い早期のAMDでは無治療または光線力学的療法より成績が良く,視力悪化率が無治療または光線力学的療法が23~29%であるのに対しpegaptanibsodium0.3mg反復投与群では3~10%であった.15文字以上の視力改善も同様に0~4%に対して12~20%とpegap-tanibsodium群で良い成績であった7).VISION試験の2年目8)では54週(1年)終了後に再ランダム化を行い治療継続と無治療の比較もしているがpegaptanibsodium0.3mgを2年間投与した群は1年間で治療を中止した群に比して視力維持率が高いという結果であった.注2)視力を維持した症例:ETDRS(EarlyTreatmentDiabeticRetinopathyStudy)チャート(文字数で判定,5文字で1段階相当)による視力低下が15文字(3段階相当)未満の症例.V有害事象・副作用VISION試験においての重大な合併症としてはまず眼内炎があげられ,その頻度は54週(1年),9回の投与で1.3%,硝子体注射1回当たりの発生率は0.16%であった.水晶体の損傷は年間0.6%,注射1回当たり0.07%,網膜?離は年間0.7%,注射1回当たり0.08%の頻度であった.そのうち30文字(6段階)以上の視力低下がみられたのは眼内炎で全体の0.1%,水晶体損傷で0.1%,網膜?離では0%であったと報告されている6).試験眼に対する有害事象のおもなものとして眼痛(34%),硝子体内浮遊物(33%),点状角膜炎(32%),白内障(20%),硝子体混濁(18%),前房内炎症(14%),視覚異常(13%),角膜浮腫(10%),眼脂(9%)が報告されている.そのうちpegaptanibsodium投与群とsham群の間に差があったのは硝子体浮遊物,硝子体混濁,前房内炎症であった.そのほかの有害事象の多くは手技によるものの割合が高いことが考えられる.全身性の有害事象では高血圧,血管透過性異常,出血性のイベント,血栓性塞栓のイベントなどの発生が報告されているが,pegaptanibsodium投与群とsham群の間に明らかに差があるものはなかった.薬剤の安全性という点では大きな問題はないようであるが,投与手技による有害事象・合併症の発生確率が高いという印象である.年間9回も硝子体内注射を行うことを考えると眼内炎,水晶体の損傷,網膜?離には薬剤投与時および経過観察時において細心の注意を払う必要があり,その点はvertepor?nを用いた光線力学的療法に比してリスクが大きいため,硝子体手術が可能な医療施設においてpegaptanibsodiumが投与されることが望ましいと筆者は考える.VI今後の展開1.光線力学的療法との併用加齢黄斑変性に対してpegaptanibsodiumと光線力学的療法の併用療法はあまり有効だという報告がみられないが,pegaptanibsodiumの1回投与量の値段設定が日本円で10万円以上することに関係があるかもしれない.2.合併症低減薬剤の半減期を延ばすためにpegaptanibsodiumの徐放剤をPRPharmaceuticals社が開発中とのプレスリリースが出ている9).投与回数が減れば年間の合併症発生率も下がることが予想されるため早期の開発・発売が期待されるが,Eyetech社を買収したOSIPharmaceu-(6)———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.24,No.3,2007???ticals社が眼科部門からの撤退を検討しているとのことで,今後の動きによっては開発に大きな影響がある可能性がある10).3.糖尿病黄斑浮腫・網膜中心静脈閉塞症による黄斑浮腫への応用加齢黄斑変性だけではなく,糖尿病黄斑浮腫11,12)や網膜中心静脈閉塞症13)に対する臨床試験も行われており,良好な成績が報告されている.おわりに抗VEGFアプタマーであるpegaptanibsodiumの臨床試験における効果や問題点について述べた.分子生物学の結晶である本薬剤がわが国でも認可されれば治療の有力な選択肢となり,患者にとって大きな福音となることであろう.文献1)P?zer社プレスリリース(日本語版)http://www.p?zer.co.jp/p?zer/company/press/2006/2006_09_19.html2)TuerkC,GoldL:Systematicevolutionofligandsbyexponentialenrichment:RNAligandstobacteriophageT4DNApolymerase.???????249:505-510,19903)SokerS,Gollamudi-PayneS,FidderHetal:Inhibitionofvascularendothelialgrowthfactor(VEGF)-inducedendo-thelialcellproliferationbyapeptidecorrespondingtotheexon7-encodeddomainofVEGF165.???????????272:31582-31588,19974)SokerS,TakashimaS,MiaoHQetal:Neuropilin-1is(7)expressedbyendothelialandtumorcellsasanisoform-speci?creceptorforvascularendothelialgrowthfactor.?????92:735-745,19985)IshidaS,UsuiT,YamashiroKetal:VEGF164-mediatedin?ammationisrequiredforpathological,butnotphysio-logical,ischemia-inducedretinalneovascularization.?????????198:483-489,20036)GragoudasES,AdamisAP,CunninghamETJretal:Pegaptanibforneovascularage-relatedmaculardegenera-tion.????????????351:2805-2816,20047)GonzalesCR:Enhancede?cacyassociatedwithearlytreatmentofneovascularage-relatedmaculardegenera-tionwithpegaptanibsodium:anexploratoryanalysis.??????25:815-827,20058)ChakravarthyU,AdamisAP,CunninghamETJretal:Year2e?cacyresultsof2randomizedcontrolledclinicaltrialsofpegaptanibforneovascularage-relatedmaculardegeneration.?????????????113:1508.e1-1508.25,20069)PRPharmaceuticals社プレスリリースhttp://www.prpharm.com/news.asp?id=10310)OSIPharmaceuticals社プレスリリースhttp://phx.corporate-ir.net/phoenix.zhtml?c=70584&p=irol-newsArticle&ID=927532&highlight=11)CunninghamETJr,AdamisAP,AltaweelMetal:AphaseIIrandomizeddouble-maskedtrialofpegaptanib,ananti-vascularendothelialgrowthfactoraptamer,fordiabeticmacularedema.?????????????112:1747-1757,200512)AdamisAP,AltaweelM,BresslerNMetal:Changesinretinalneovascularizationafterpegaptanib(Macugen)therapyindiabeticindividuals.?????????????113:23-28,200613)OSIPharmaceuticals社プレスリリースhttp://phx.corporate-ir.net/phoenix.zhtml?c=70584&p=irol-newsArticle&ID=862675&highlight=