Behcet病に対するバイオ治療薬と治療戦略BiotherapeuticsandTreatmentStrategyforBehcet’sDisease竹内正樹*はじめにBehcet病とは,全身の臓器に発作性の炎症を繰り返す慢性炎症性疾患である.眼病変であるぶどう膜炎は,口腔内潰瘍,皮膚病変,陰部潰瘍とともに主症状に分類され,副症状には関節炎,精巣上体炎,消化管病変,血管炎,中枢神経症状がある1).Behcet病の発症原因については未だ完全に解明されていないが,遺伝子解析研究などから得られた知見からは,さまざまな免疫系が病態に関与していると考えられる2).1999年にCKastnerらは自然免疫系異常を病態の中心とする疾患を自己炎症疾患として分類し,獲得免疫系の異常による自己免疫疾患と対比した3).Behcet病では,発作性のエピソードや,好中球主体の炎症など,獲得免疫だけでなく自然免疫の異常も大きくかかわっており,自己炎症疾患としての側面がある.狭義の自己炎症疾患は,自然免疫にかかわる単一遺伝子の異常を原因とするものが多く,非常にまれな疾患であり,眼病変を伴うものも存在する(表1).本稿ではCBehcet病を中心として自己炎症疾患を含めたバイオ治療薬とその治療戦略について述べる.Behcet病の眼病変は,非肉芽腫性ぶどう膜炎が発作性に生じることが特徴である.90%以上は両眼性ではあるが,発作は片眼ずつに生じることが多い.発作時には結膜毛様充血や眼内炎症による霧視,視力低下を自覚する.眼炎症は比較的短い期間で消退することが多いが,発作時の網膜や視神経へのダメージが蓄積されることで不可逆的な視機能障害につながる1).Behcet病のぶどう膜炎の有病率は,1970年代には男性でC80%以上,女性でC60%以上であったが,2000年代にかけて有病率は低下し,現在は男性でC40%台,女性はC30%前後で推移している.それに伴い,国内のぶどう膜炎の原因疾患の割合の疫学調査(2016年)においても,Behcet病は第C6位に後退しC4.2%であった4).以前はCBehcet病は視力予後不良の代表的な眼疾患であり,2000年以前では4割近くの患者でC10年後の矯正最高視力がC0.1未満となっていた5).近年では眼病変有病率の低下,重症眼発作の減少に加えて,バイオ治療薬の登場により視力予後は大きく改善するに至った.CIBehcet病眼病変治療の変遷わが国ではCBehcet病の眼炎症発作の予防に痛風治療薬であるコルヒチンや免疫抑制薬のシクロスポリンが用いられてきた.しかし,これらの既存治療薬の効果が不十分である患者も多く存在し,前述の通りCBehcet病の視力予後は長らく不良であった.このような状況のなか,2007年に世界に先駆けて腫瘍壊死因子(tumorCnecrosisfactor:TNF)阻害薬であるインフリキシマブが,わが国でCBehcet病による難治性網膜ぶどう膜炎に対して保険収載されることとなった.TNFは単球やマクロファージ,T細胞から産生される生体反応のメディエーターである.TNFはインターロイキン(interleu-kin:IL)-1やCIL-6,IL-8といった炎症性サイトカインの産生を刺激するほか,好中球を活性化し免疫応答を活*MasakiTakeuchi:横浜市立大学大学院医学研究科視覚器病態学〔別刷請求先〕竹内正樹:〒236-0004横浜市金沢区福浦C3-9A345横浜市立大学大学院医学研究科視覚器病態学C0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(3)C989表1眼病変を伴う自己炎症疾患自己炎症疾患略語原因遺伝子眼病変クリオピリン関連周期熱症候群CCAPSCNLRP3ぶどう膜炎家族性地中海熱CFMFCMEFVぶどう膜炎・強膜炎A20ハプロ不全症CHA20CTNFAIP3ぶどう膜炎TNF受容体関連周期性症候群CTRAPSCTNFRSF1A眼科周囲浮腫・結膜炎アデノシンデアミナーゼC2欠損症CDADA2CADA2網膜閉塞性血管炎Blau症候群C─CNOD2ぶどう膜炎±±・ステロイドテノン.下注射・ステロイド結膜下注射・ステロイド内服図1Behcet病眼病変治療アルゴリズム・眼発作時の治療(文献C1より転載)めわが国の第一選択薬はコルヒチンとなる(図2上).コルヒチンで効果不十分な症例では,シクロスポリンの内服が行われる.これらの治療でも眼発作抑制が困難な症例にCTNF阻害薬の投与が行われる(図2下).しかし,頻度の高い発作や後極部に病変が及ぶような視機能低下リスクが高い患者では,早期のCTNF阻害薬の導入が重要であり,コルヒチン投与後にシクロスポリンの投与を介さずにCTNF阻害薬を導入することが推奨されている.TNF阻害薬の有効性についてはインフリキシマブ,アダリムマブの両剤でさまざまな報告がなされている.インフリキシマブの有効性について,Okadaらは,投与後C1年間でC60%の眼発作が消失し,90%の患者で有効性が認められたと報告している9).2023年には,Takeuchiらによってわが国でのC10年間のインフリキシマブの使用実績が報告された.140例中C75.7%でインフリキシマブが継続されており,導入後C10年間でC50%以上の患者で発作の再発を一度も認めなかった10).アダリムマブについては,Behcet病ぶどう膜炎患者の発作回数を投与前のC2回から平均投与期間C21カ月でC0.42回に減少させたと報告されている.また,Fabianiらの報告では,アダリムマブの投与によりC1年あたりの眼発作回数がC2回からC0.085回に減少していた.自己炎症疾患の眼病変治療については,非感染性ぶどう膜炎の治療に準じて,局所治療は副腎皮質ステロイド点眼,散瞳薬を投与する.重症例では全身治療としてバイオ治療薬を投与するが,自己炎症疾患では眼病変以外の病変を伴うため,リウマチ内科や小児科と連携して治療にあたることが重要である.自己炎症疾患のうち,クリオピリン関連周期熱症候群(cryopyrin-associatedCperiodicsyndrome:CAPS),TNF受容体関連周期性症候群(tumorCnecrosisCfactorCreceptor-associatedperiodicCsyndrome:TRAPS),高CIgD症候群,家族性地中海熱(familialCmediterraneanfever:FMF)では,ヒト型抗ヒトCIL-1Cbモノクローナル抗体のカナキヌマブが承認されている.「自己炎症性疾患診療ガイドラインC2017」では,Blau症候群において眼症状にCTNF阻害薬の使用を考慮するとされており,後部ぶどう膜炎,汎ぶどう膜炎に対してはアダリムマブの適用となる11).IIIバイオ治療の今後の課題登場からC15年以上経過した現在も,Behcet病眼病変治療におけるCTNF阻害薬の重要性はゆるぎないものの,課題もあげられる.まずは,高い有効性を示すCTNF阻害薬ではあるが,効果不十分な患者は依然として存在する.無効例には,導入時より効果不良な一次無効,一定期間の治療継続後に効果が不十分となる二次無効がある.また,有害事象によって中断を余儀なくされる場合もある.筆者らの報告では,140例中,10年間に再発が理由でインフリキシマブが投与中断となった症例はC6例(4.3%),有害事象により中断となった症例はC19例(13.6%)であった10).眼発作再発の時期では,TNF阻害薬投与直前には血中濃度が低下しているため,発作が生じやすいとされる.「ベーチェット病診療ガイドライン」では,TNF阻害薬の効果不良例では,シクロスポリンなどの併用薬の追加やCTNF阻害薬の増量または投与間隔の短縮,もう一方のCTNF阻害薬へのスイッチを提案している1).しかし,増量や投与間隔の短縮は承認されていないため,所属施設での倫理委員会で承認を得る必要がある.また,Behcet病で使用できるバイオ治療薬はC2剤しかない現状では,安易な切り替えは治療の選択肢を狭めてしまうため,慎重に検討すべきである.TNF阻害薬以外のバイオ治療薬のCBehcet病への応用についての報告もいくつかある(表2)12.15).有効性を示すものが多いが,DickらはセクキヌマブによるBehcet病ぶどう膜炎患者C118例を含む無作為化比較試験を行ったが,プラセボ群と比較して有意な差はなかったと報告した15).新たなバイオ治療薬の可能性についてはコンセンサスに至っておらず,今後の研究が待たれる.次に,TNF阻害薬により長期寛解が得られている患者にCTNF阻害薬をいつまで継続するべきかという点についても議論の余地がある.有害事象のリスクや患者の負担の観点から可能であるなら休薬によるメリットが見込まれるが,血中濃度が低下することで抗製剤抗体が産生されるリスクが高まる.抗製剤抗体が産生されるとTNF阻害薬再開時に効果減弱や投与時反応を引き起こす可能性があることに留意すべきである.また,筆者らはCTNF阻害薬導入後C5年以上にわたり長期寛解が得ら(5)あたらしい眼科Vol.40,No.8,2023C991ベーチェット病に伴うぶどう膜炎と診断±治療不要*1治療必要経過観察治療の継続高い*3低い視機能低下リスク*1視機能に影響しない軽い眼炎症発作であると判断される場合.*2臨床的寛解は発作が6か月間以上みられない状態とし,達成できなくても低疾患活動性を目指す.*3眼発作を頻発する症例,後極部に眼発作を生じる症例,視機能障害が著しく失明の危機にある症例では早期のTNF阻害薬導入を検討する.±±±±±Yes治療の継続Yes治療の継続NoNo*2臨床的寛解は発作が6か月間以上みられない状態とし,達成できなくても低疾患活動性を目指す.*4保険外治療に関しては各施設における倫理委員会の承認が必要.図2Behcet病眼病変治療アルゴリズム・眼発作抑制の治療(文献C1より転載)表2ぶどう膜炎に対するTNF阻害薬以外のバイオ治療薬の有効性一般名標的分子研究概要著者カナキヌマブCIL-1bTNF阻害薬抵抗性のCBehcet病患者で眼炎症発作とPSL量を有意に低下させたFabianiら12)トシリズマブCIL-611例中C11例でCBehcet病ぶどう膜炎の寛解を得たAtienza-Mateoら13)セクキヌマブCIL-17A16例中C11例でぶどう膜炎患者の眼炎症を抑制したHueberら14)セクキヌマブCIL-17ABehcet病ぶどう膜炎C118例,活動性ぶどう膜炎C31例,非活動性ぶどう膜炎C125例を含むランダム化比較試験でプラセボ群と比較して有意な差はなかったDickら15)-’’C’C’C