‘記事’ カテゴリーのアーカイブ

未破裂内頸動脈瘤に対するフローダイバーターステント留置 術後に網膜内層虚血に伴うParacentral Acute Middle Maculopathy を発症した1 例

2022年9月30日 金曜日

《原著》あたらしい眼科39(9):1281.1287,2022c未破裂内頸動脈瘤に対するフローダイバーターステント留置術後に網膜内層虚血に伴うParacentralAcuteMiddleMaculopathyを発症した1例林孝彰飯田由佳東京慈恵会医科大学葛飾医療センター眼科CACaseofParacentralAcuteMiddleMaculopathywithIntraretinalIschemiathatDevelopedImmediatelyPostFlow-DivertingStentTreatmentforanUnrupturedInternalCarotidArteryAneurysmTakaakiHayashiandYukaIidaCDepartmentofOphthalmology,TheJikeiUniversityKatsushikaMedicalCenterC目的:未破裂内頸動脈瘤に対するフローダイバーターステント留置術後に網膜内層虚血に伴うCparacentralCacuteCmiddlemaculopathy(PAMM)を発症したC1例を報告する.症例:47歳,女性.海綿静脈洞部の未破裂左内頸動脈瘤に対するフローダイバーターステント留置術直後に左視野異常を自覚し,留置術C11日後に東京慈恵会医科大学葛飾医療センター眼科を受診した.矯正視力は両眼それぞれC1.5であった.左眼中心窩の鼻側上方に約C1/3.1/2乳頭径の黄白色病変を認めた.光干渉断層計で病巣部の網膜神経線維層から外網状層にかけての高反射ラインに加え,内顆粒層の高反射ラインを認めた.光干渉断層血管撮影では,高反射部に一致して表層および深層毛細血管網の血流シグナルが低下しており,網膜内層虚血に伴うCPAMMと診断した.発症C38日後の左眼矯正視力はC1.5と不変で,自覚症状の改善はなかった.結論:フローダイバーターステント留置術の血栓塞栓性合併症として,網膜内層虚血に伴うCPAMMは起こりうる.CPurpose:Toreportacaseofparacentralacutemiddlemaculopathy(PAMM)withintraretinalischemiathatdevelopedimmediatelypost.ow-divertingstent(FDS)treatmentforanunrupturedinternalcarotidartery(ICA)Caneurysm.CCaseReport:AC47-year-oldCfemaleCexperiencedCvisualC.eldCdisturbanceCinCherCleftCeyeCimmediatelyCpostCFDSCtreatmentCforCanCunrupturedCleftCICACaneurysm,CandCpresentedCatCourCdepartmentC11CdaysClater.CHerCbest-correctedvisualacuity(BCVA)was1.5ODand1.5OS,andafundoscopyexaminationrevealedayellowish-whiteClesionCofCone-thirdCtoCone-halfCdiscCdiameterCinCsizeClocatedCsuperior-nasalCofCtheCfovea.COpticalCcoherencetomography(OCT).ndingsrevealedhyperre.ectivebandsattheleveloftheinnernuclearlayer,aswellasfromthenerve.berlayertotheouterplexiformlayer.OCTangiography.ndingsrevealeddecreasedblood-.owsignalsinCtheCsuper.cialCandCdeepCcapillaryCplexus,CthusCleadingCtoCaCdiagnosisCofCPAMMCwithCintraretinalCischemia.CAtC38-dayspostonset,herleft-eyeBCVAremainedat1.5,yetthesymptomsdidnotimprove.Conclusion:PAMMwithintraretinalischemiaisathromboemboliccomplicationthatcanoccurpostFDStreatment.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C39(9):1281.1287,C2022〕Keywords:paracentralacutemiddlemaculopathy,光干渉断層計,光干渉断層血管撮影,内頸動脈瘤,フローダイバーターステント.paracentralacutemiddlemaculopathy,opticalcoherencetomography,opticalcoherenceto-mographyangiography,internalcarotidarteryaneurysm,.owdiverterstents.C〔別刷請求先〕林孝彰:〒125-8506東京都葛飾区青戸C6-41-2東京慈恵会医科大学葛飾医療センター眼科Reprintrequests:TakaakiHayashi,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,TheJikeiUniversityKatsushikaMedicalCenter,6-41-2Aoto,Katsushika-ku,Tokyo125-8506,JAPANCはじめにParacentralCacuteCmiddlemaculopathy(PAMM)は,2013年にCSarrafらによって報告され,光干渉断層計(opti-calcoherencetomography:OCT)で内顆粒層と外網状層のラインが高反射を示す所見を呈する1).光干渉断層血管撮影(OCTangiography:OCTA)を用いた研究で,PAMMは網膜血管が深層に向かう網膜毛細血管網の虚血がその本態と考えられている2,3).PAMMは,傍中心窩急性中間層黄斑症と訳されることがあるが,本報告ではCPAMMと表記する.未破裂脳動脈瘤に対する血管内治療として,これまでコイル塞栓術が施行されてきた.しかし,大型動脈瘤や紡錘状動脈瘤に対してはコイル塞栓術施行が困難となること,コイル塞栓術だけでは大型およびネックの広い脳動脈瘤において再開通率が高いなどの問題点が指摘されていた4,5).2015年に未破裂内頸動脈瘤に対して新たな治療法として,フローダイバーターステント(.owdiverterstents:FDS)留置術が保険収載された.これは動脈瘤をまたぐように脳血管にフローダイバーターというステントを入れ血流が動脈瘤に入るのを防ぐ治療法である.2020年C9月に「頭蓋内動脈ステント(脳動脈瘤治療法CFlowDiverter)適正使用指針」第C3版(最新版)が策定された6).今回,筆者らは,未破裂無症候性内頸動脈瘤に対するFDS留置術後に,網膜内層虚血に伴うCPAMMを発症した症例について報告する.CI症例患者:47歳,女性.主訴:左視野異常.現病歴:海綿静脈洞部に位置し内側へ膨隆する未破裂無症候性左内頸動脈瘤(長径C8Cmm)に対して,他院でCFDS留置術が施行され,全身麻酔覚醒直後から左中心部の視野異常を自覚した.5日後に他院眼科受診し,左眼黄斑部異常を認めたため,FDS留置術C11日後に東京慈恵会医科大学葛飾医療センター(以下,当院)眼科へ初診となった.FDS留置術C2週前より,アスピリンおよびクロピドグレル硫酸塩による抗血小板薬C2剤併用療法(dualantiplateletCtherapy:DAPT)が施行され,当院初診時もCDAPTが継続されていた.既往歴:高血圧,糖尿病,脂質異常症など基礎疾患はなし.初診時眼所見:視力は右眼C0.1(1.5C×sph.3.50D(.1.00DCAx150°),左眼0.1(1.5C×sph.3.50D(.0.25DCAx120°),眼圧は右眼C13CmmHg,左眼C13CmmHgであった.両眼ともに前眼部および中間透光体に異常所見はなかった.眼底所見として,右眼眼底に異常はなかったが,左眼中心窩の鼻側上方に約C1/3.1/2乳頭径の黄白色病変を,視神経乳頭上方に小さな網膜表層出血を認めた(図1a).黄斑部COCT(CirrusHD-OCT5000)のCBスキャン・水平断画像で,黄白色病変中央部では網膜神経線維層から外網状層にかけて高反射ラインを(図1b),そのやや上方で内顆粒層に高反射ラインを(図1c)認め,PAMM所見と考えられた.OCTA(CirrusHD-OCT5000)では,高反射部に一致して表層網膜毛細血管網および深層網膜毛細血管網の血流シグナルが低下(図2)しており,網膜内層虚血に伴うCPAMMと診断した.フルオレセイン蛍光造影検査(.uoresceinangiography:FA)を施行し,造影早期では黄白色病変部の網膜毛細血管充盈遅延・ブロックによる低蛍光を認め,造影中期でも病変部網膜毛細血管の造影不良を認めた(図3).黄白色病変は,網膜内層の循環不全によるものと考えられた.また,FA造影早期に血管アーケード内に多数の斑状低蛍光の所見がみられ,局所的脈絡膜充盈遅延と考えられた.血液検査を施行し,赤血球数・白血球数・血小板数,凝固系,電解質に異常値はなかった.肝機能および腎機能は正常であった.経過:FDS留置術後でCDAPTが継続されていたことから,当院では無治療で経過観察となった.その後自覚症状は不変であった.発症C38日後の左眼矯正視力はC1.5と不変で,黄白色病変は消失した(図4).OCTでは,病変部の網膜神経線維層から外網状層にかけて菲薄化し,相対的に外顆粒層が肥厚していた(図4).Humphrey静的視野(SITA-standard,プログラム中心C10-2)で,中心窩閾値はC37CdBと良好で中心下方に感度低下(MD値:C.2.6CdBp<5%,PSD値:4.71CdBp<1%)を認めた(図5).経過中,症状の改善・悪化はみられなかった.CII考按今回,未破裂内頸動脈瘤に対するCFDS留置直後に網膜内層虚血に伴うCPAMMを発症したC1例を報告した.PubMedと医中誌を調べた限り,FDS留置後にCPAMMを発症した報告例はなかった.本症例は,基礎疾患が存在しなかったこと,内頸動脈瘤が眼動脈に近い近位部に位置していたこと,FDS留置術直後に同側眼に網膜内層虚血に伴うCPAMMを発症していることから,FDS留置術と関連して本疾患が発症したと考えられた.2020年C9月に日本脳神経外科学会,日本脳卒中学会,日本脳神経血管内治療学会から,「頭蓋内動脈ステント(脳動脈瘤治療法CFlowDiverter)適正使用指針」第C3版が策定された6).FDS留置の適応は,内頸動脈の錐体部から床上部に位置し,最大径C5Cmm以上のワイドネックまたは紡錘状動脈瘤で,症候性・無症候性は問わないとなっている6).本症例も長径C8Cmmの海綿静脈洞部に位置する動脈瘤で,FDS留置術の適応であったと考えられる.周術期管理として,術前C10日以上前よりCDAPT投与が開始され,術中はヘパリン全身投与により活性化凝固時間をC250.300秒(コントローab図1初診時の眼底写真と左眼病変部OCTのBスキャン・水平断画像a:右眼に異常はなかったが,左眼中心窩の鼻側上方に約C1/3.1/2乳頭径の黄白色病変を,視神経乳頭上方に小さな網膜表層出血を認める.Cb:OCTにおいて黄白色病変中央部では,網膜神経線維層から外網状層にかけて高反射ラインを認める.c:そのやや上方では,内顆粒層に高反射ラインを認める.ル比C2.2.5倍)に維持し,術後は,DAPTをC6カ月投与す物表面での血小板活性化による白色血栓予防の目的で術前かることが推奨されている6).本症例に関して,術中の詳細はらCDAPTが行われる.FDS留置術の術後合併症として,血はっきりしないが,術後もCDAPTが継続されていた.一般栓塞栓性および出血性の合併症がある6).海外の国際共同研的に,血管内治療では術中の血流うっ滞による赤色血栓予防究におけるCFDS留置術の合併症率は,虚血性脳卒中がC4.7で全身ヘパリン化による抗凝固療法が行われ,ステント留置%,脳出血はC2.4%で,動脈瘤破裂はC0.6%とわずかであっ図2左眼黄斑部のOCTA画像(初診時)上段は,表層毛細血管網を捉えたセグメンテーションを示す.OCTCenface像の高反射部に一致して血流シグナルが低下している.下段は,深層毛細血管網を捉えたセグメンテーションを示す.病変部の血流シグナルが低下している.C図3初診時の左眼フルオレセイン蛍光造影写真造影早期(造影開始C14秒,16秒,24秒)では黄白色病変部の網膜毛細血管充盈遅延・ブロックによる低蛍光を認め,造影中期(造影開始C3分C11秒)でも病変部網膜毛細血管の造影不良を認める.また,造影早期(造影開始C14秒,16秒,24秒)に血管アーケード内に多数の斑状低蛍光の所見がみられる.図4左眼眼底写真と病変部OCTのBスキャン・水平断画像(発症38日後)黄白色病変は消失している.OCTでは,病変部の網膜神経線維層から外網状層にかけて菲薄化し,相対的に外顆粒層が肥厚している.た7).一方,眼動脈から分岐する網膜中心動脈の閉塞など眼PAMMは,OCTで内顆粒層の高反射を示す所見として合併症の記述はなかった7).本症例では,FDS留置術後に眼報告され1),その後,網膜血管が深層に向かう網膜毛細血管外症状は出現しなかった.網の血流障害・虚血によって引き起こされる病態として報告図5左眼Humphrey静的視野(SITA.standard,プログラム中心10.2)(発症38日後)中心窩閾値はC37dB,中心下方に感度低下(MD値:C.2.6CdBp<5%,PSD値:4.71CdBp<1%)を認める.されている2).PAMMは,単独で発症することもあるが,糖尿病網膜症,高血圧性網膜症,網膜動脈閉塞症,網膜静脈閉塞症など網膜血管閉塞疾患に合併してみられることが多い3,8).筆者らは,脳動脈瘤に対するコイル塞栓術後にPAMMを発症したC2例を報告している9).眼動脈の近位部に位置する内頸動脈瘤だけでなく,遠位部に位置する前交通動脈瘤に対するコイル塞栓術後であってもCPAMMは発症する9).このようにCPAMMは,脳血管内治療に関連する血栓塞栓性合併症として起こりうる.PAMMは網膜毛細血管の存在しない中心窩無血管域には発生しないため,PAMMを単独で発症した場合,中心視力は保たれることが多い.しかし,中心窩無血管域周囲の網膜毛細血管網が障害されると,視野異常の自覚は必発である8,9).逆に,黄斑部外にCPAMMが発症した場合,気づくことなく過ぎ去っていく可能性が考えられる.本症例に発症した網膜内層虚血に伴うCPAMMは中心窩に近く(図1,2),視野異常を自覚し,視野検査でも中心下方の感度低下が続いていた(図5).本症例では,その病変とは別に,FA早期で局所的脈絡膜充盈遅延による多数の斑状低蛍光の所見がみられた(図3).同様な所見は,巨細胞性動脈炎に合併したCPAMMでもみられていることから10),眼動脈から分岐する短後毛様動脈系にも循環障害が生じた可能性が示唆された.PAMMの長期経過に関する報告は少ない.筆者らは,2.5年以上経過観察したCPAMMのC2例について検討し,視野障害は改善せず持続していることを報告した8).このことから,PAMMでは組織虚血によって不可逆的な網膜神経細胞障害が生じ,視野障害が永続すると考えられる.PAMMの治療に関して,原疾患があればその治療を優先するが,PAMM自体に有効な治療法はない.最後に本症例では,FDS留置術の全身麻酔覚醒直後から左視野異常を自覚していたことから,FDS留置術と関連して網膜内層虚血に伴うCPAMMが発症したと考えられた.FDS留置術の血栓塞栓性合併症として,PAMMは起こりうる.FDS留置術は,PAMMの新たな発症要因と考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)SarrafCD,CRahimyCE,CFawziCAACetal:ParacentralCacuteCmiddlemaculopathy:aCnewCvariantCofCacuteCmacularCneuroretinopathyCassociatedCwithCretinalCcapillaryCisch-emia.JAMAOphthalmolC131:1275-1287,C20132)Nemiro.CJ,CKuehleweinCL,CRahimyCECetal:AssessingCdeepretinalcapillaryischemiainparacentralacutemiddleCmaculopathyCbyCopticalCcoherenceCtomographyCangiogra-phy.AmJOphthalmolC162:121-132,Ce121,C20163)ScharfCJ,CFreundCKB,CSaddaCSCetal:ParacentralCacuteCmiddleCmaculopathyCandCtheCorganizationCofCtheCretinalCcapillaryplexuses.ProgRetinEyeResC81:100884,C20214)MurayamaCY,CNienCYL,CDuckwilerCGCetal:GuglielmiCdetachableCcoilCembolizationCofCcerebralaneurysms:11Cyears’experience.JNeurosurgC98:959-966,C20035)RaymondCJ,CGuilbertCF,CWeillCACetal:Long-termCangio-graphicCrecurrencesCafterCselectiveCendovascularCtreat-mentCofCaneurysmsCwithCdetachableCcoils.CStrokeC34:C1398-1403,C20036)日本脳神経外科学会,日本脳卒中学会,日本脳神経血管内治療学会策定:頭蓋内動脈ステント(脳動脈瘤治療用CFlowDiverter)適正使用指針第C3版.20207)KallmesCDF,CHanelCR,CLopesCDCetal:InternationalCretro-spectivestudyofthepipelineembolizationdevice:amul-ticenteraneurysmtreatmentstudy.AJNRAmJNeurora-diolC36:108-115,C20158)NakamuraCM,CKatagiriCS,CHayashiCTCetal:LongitudinalCfollow-upCofCtwoCpatientsCwithCisolatedCparacentralCacuteCmiddleCmaculopathy.CIntCMedCCaseCRepCJC12:143-149,C20199)NakamuraCM,CKatagiriCS,CHayashiCTCetal:ParacentralCacuteCmiddleCmaculopathyCafterCendovascularCcoilCemboli-zation.RetinCasesBriefRepC15:281-285,C202110)KasimovCM,CPopovicCMM,CMicieliJA:ParacentralCacuteCmiddleCmaculopathyCassociatedCwithCanteriorCischemicCopticneuropathyandcilioretinalarteryocclusioningiantcellarteritis.JNeuroophthalmolC42:e437-e439,C2022***

網膜色素線条に合併した脈絡膜新生血管に対する 抗血管内皮増殖因子の治療成績

2022年9月30日 金曜日

《原著》あたらしい眼科39(9):1277.1280,2022c網膜色素線条に合併した脈絡膜新生血管に対する抗血管内皮増殖因子の治療成績熊谷真里子中山真紀子江本宜暢山本亜希子岡田アナベルあやめ杏林大学医学部眼科学教室COutcomesbyTreatmentRegimenforChoroidalNeovascularizationinAngioidStreaksMarikoKumagai,MakikoNakayama,YoshinobuEmoto,AkikoYamamotoandAnnabelleAyameOkadaCDepartmentofOphthalmology,KyorinUniversitySchoolofMedicineC目的:網膜色素線条(AS)に合併した脈絡膜新生血管(CNV)に対する抗血管内皮増殖因子(VEGF)薬の治療方針別成績を明らかにすること.方法:CNVを合併したCAS15例C22眼に対し抗CVEGF薬治療を行い,後ろ向きに検討した.結果:平均経過観察期間はC63カ月(12.115カ月).抗CVEGF薬治療開始時の方針は,14眼(64%)が必要時投与(PRN),8眼(36%)がCtreat-and-extend(TAE)であった.PRN眼で,治療開始後C1年以内に再発がみられたのはC9眼であり,再発のためCPRNからCTAEに移行したのはC10眼であった.最終治療方針はC18眼(82%)がCTAEとなった.平均矯正視力はC1年とC3年で有意に改善したが,最終視力が低下した症例は全例初期からCPRN眼であった.結論:ASに合併するCCNVは再発が多く,抗CVEGF薬治療はCPRNよりは初期からCTAEの方針が視力予後には有効であった.CPurpose:ToCanalyzeCoutcomesCbasedConCtheCtreatmentCregimenCofCanti-vascularCendothelialCgrowthCfactor(VEGF)therapyforchoroidalneovascularization(CNV)inretinalangioidstreaks(AS)C.Methods:Thisretrospec-tiveobservationalstudyinvolved22eyesof15patientswithAS-associatedCNVtreatedwithanti-VEGFintravit-realinjections.Results:Themeanfollow-upperiodwas63months(range:12-115months)C.Theinitialtreatmentregimenwasprorenata(PRN,“asneeded”)in14eyes(64%)andtreat-and-extend(TAE)in8eyes(36%)C.Ofthe14PRNeyes,recurrenceofCNVoccurredwithin1yearin9eyes,and10eyesweretransitionedtoTAEduetoCrecurrence.CTheC.nalCtreatmentCregimenCwasCTAECinC18eyes(82%)C.CMeanCbest-correctedCvisualCacuityCsigni.cantlyimprovedat1-and3-yearsposttreatmentinitiation,however,alleyeswithdecreasedvisualacuityat.nalfollow-upwereinitialPRNeyes.Conclusion:AlthoughrecurrenceofAS-associatedCNVwasfrequentlyobservedpostanti-VEGFintravitrealinjection,thetreatmentregimenofinitialTAEresultedinbettervisualout-comescomparedtothatofinitialPRN.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C39(9):1277.1280,C2022〕Keywords:網膜色素線条,脈絡膜新生血管,抗CVEGF治療.angioidstreaks,choroidalneovascularization,anti-vascularendothelialgrowthfactor.Cはじめに網膜色素線条(angioidstreaks:AS)はCBruch膜に弾性線維の変性を引き起こす疾患であり,Bruch膜の肥厚,石灰化や断裂を生じる.特発性の場合もあるが,多くは弾性線維性仮性黄色腫(pseudoxanthomaelasticum:PXE)をはじめ複数の全身疾患に続発する.ABCC6遺伝子変異が原因であるCPXEが背景にある場合は,重篤な心臓や脳血管系の合併症にも注意する必要がある1.3).中心窩近傍に脈絡膜新生血管(choroidalCneovasculariza-tion:CNV)を合併すると,視力予後が不良となることが多い.この続発性CCNVに対しては抗血管内皮増殖因子(vas-cularCendothelialCgrowthfactor:VEGF)薬の硝子体内注射により,視力改善および維持,またはCCNV進行予防の有効性が報告されている4.6).しかし,今までの報告では必要時投与(proCrenata:PRN)の方針が多く,CNVの再発を繰り返すことで瘢痕および網脈絡膜萎縮が拡大するため,長期〔別刷請求先〕熊谷真里子:〒181-8611東京都三鷹市新川C6-20-2杏林大学医学部眼科学教室Reprintrequests:MarikoKumagai,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KyorinUniversitySchoolofMedicine,6-20-2Shinkawa,Mitaka,Tokyo181-8611,JAPANC的にみると視力低下する症例が少なくない.今回,AS合併CCNVに対する抗CVEGF薬硝子体内投与の治療経過についてCPRN,またはCtreat-and-extend(TAE)の治療方針別に後ろ向きに検討した.CI対象および方法対象はC2003年C11月.2017年C9月に杏林大学医学部附属病院眼科にてCASに活動性CCNVを合併し,抗CVEGF治療を施行した15例22眼(女性10例14眼,男性5例8眼)である.本研究は杏林大学医学部倫理委員会の承認のもと行った.ASの診断基準としては検眼的に視神経乳頭から放射状に伸びる典型的なCAS,視神経乳頭周囲の萎縮性変化,周辺部梨子地眼底を認めるものとした.一部症例ではフルオレセイン蛍光造影(.uoresceinangiography:FA)にて色素線条部のCwindowdefect,AS部周囲の組織染,インドシアニングリーン蛍光造影後期にCAS部の組織染を認めるものも診断根拠とした.CNVの活動性は,病変付近に網膜下出血,光干渉断層計(opticalCcoherencetomography:OCT)で滲出性変化,またはCFAで病変の蛍光漏出を認めたものと定義した.経過観察期間がC12カ月未満のものは除外した.抗CVEGF薬治療(ベバシズマブまたはラニビズマブを倫理委員会承認のもと使用)を施行し,これらの症例のCCNV発症部位,治療方針,投与回数,再発,視力の変化,合併症について後ろ向きに検討した.治療方針は初期治療として,抗CVEGF薬を活動性が消失するまでC4週ごとに硝子体内投与を継続した.活動性が消失した段階で,患者の希望を踏まえた医師の判断にてCPRN,またはCTAEの治療方針を決めた.PRNの方針では,毎月検査を行いながら,活動性が生じた際に投与を再開し,滲出性変化が完全に消失するまで基本的に毎月投与を行った.一方,TAEの方針では,滲出性変化が完全に消失するまで毎月投与を継続し,消失と確認できた段階から約C2週の投与間隔の延長を試みた(最長C12週間隔).滲出性変化が再度生じた場合は,投与間隔をC1.2週間短縮した.視力は小数視力表を用いて測定し,その結果をClogarithmofCtheCminimumCangleCofresolution(logMAR)値へ換算したうえで解析を行った.CII結果初診時平均年齢はC67歳(40.87歳)で,平均経過観察期間はC63C±30カ月(12.115カ月)であった.平均等価球面度数は.1.69D(+1.50.C.11.38D)であった.治療開始時の治療方針はPRNが14眼(64%),TAEが8眼(36%)であった.1.CNVの発症部位と治療方針両眼ともに治療の対象となった症例はC7例,片眼のみはC8例であった.CNVの発症部位は中心窩下がC17眼(77%),傍中心窩がC4眼(18%),傍中心窩から視神経乳頭周囲がC1眼(5%)であった.治療開始時の治療方針はCPRNがC14眼(64%),TAEがC8眼(36%)であった.その後CCNV再発のためCPRNからCTAEに移行したのはC10眼であり,最終的な治療方針はPRNが4眼(18%),TAEが18眼(82%)となった.C2.投与回数平均投与回数はCPRNで治療を開始したC14眼において,1年目は6.3回,2年目は2.3回,3年目は2.0回,4年目は0回,5年目はC0回であった.TAEで治療を開始したC8眼において,1年目は9.8回,2年目は8.7回,3年目は7.4回,4年目はC8.6回,5年目はC4.8回であった.C3.再発CNV再発の定義は網膜出血や網膜内液,網膜下液などの滲出性変化を認めた場合とした.PRNで治療を開始したC14眼において,CNVの再発は治療開始から平均C12.4カ月であり,1年以内がC9眼,2年目が1眼,3年目がC1眼,4年目がC1眼,再発がみられなかったのはC2眼であった.14眼中C12眼(86%)でC4年以内にCCNVの再発を認めた.最終的にC10眼がCPRNからCTAEに移行した.1年以内に再発したC9眼のうちC8眼は同部位の再発であったが,1眼はまったく別の部位に新たなCCNVが生じた.TAEで治療を開始したC8眼において,CNVの再発は治療開始からC2年目がC2眼,3年目がC1眼でみられた.そのC3眼のうちC2眼は同部位で,1眼は別の部位で再発がみられた.C4.視力の変化治療開始時の平均ClogMAR視力C0.40に比べ,治療開始C1年後はC0.26(n=22眼),3年後はC0.28(n=15眼),5年後は0.36(n=14眼)であり,1年後とC3年後に有意な視力改善が認められた(図1,Wilcoxonsigned-ranktest,p<0.01).治療方針別の視力経過では治療開始時と最終受診時を比較し,logMAR0.2以上の変化を改善または悪化,0.2未満の変化を維持として,PRN継続で行ったC4眼では改善がC2眼,維持と悪化がそれぞれC1眼,PRNからCTAEに移行したC10眼では改善がC2眼,維持がC7眼,悪化がC1眼,初期からTAEで行ったC8眼では改善がC5眼,維持がC3眼であった(図2).C5.全身疾患の合併症対象患者の既往歴として脳梗塞C2例,脳動脈瘤C1例を認めた.また,経過観察中に脳出血を生じた症例がC1例あった.C6.代表症例69歳,女性.右眼の中心暗点を自覚し当院受診となった.logMAR(小数視力)治療開始時と治療開始C1年後,3年後,5年後の平均ClogMAR視改善がC5眼,維持がC3眼であった.力を比較したところ,1年後とC3年後に有意な視力改善が認められた(Wilcoxonsigned-ranktest,p<0.01).d図3代表症例a:右眼の矯正視力はC1.2であった.眼底所見において視神経乳頭周囲の萎縮と色素線条,傍中心窩にCCNVを示唆する網膜下出血に伴う隆起性病変を,さらに後極部上方に梨子地眼底を認めた.Cb:OCT所見において出血に相当する部位に網膜下液がみられた.c:FA所見において色素線条のブロックと色素線条の先にCCNVを示唆する蛍光漏出および出血によるブロックがみられた.Cd:ASに合併した活動性CCNVと診断し,PRNの方針でC5回投与後での矯正視力はC1.2で出血がほぼ消失した.しかし,最後の投与後C7カ月の段階で,CNV再発を示唆する瘢痕隣接の出血がみられ,抗CVEGF薬の投与を再開し,治療方針はCTAEに変更された.経過を図3に示す.CIII考按活動性CCNVを合併したCASに対する抗CVEGF療法は,過去の研究においてCPRNの方針が多かった.Sawaらの報告では,13例C15眼の患者(男性C5例,女性C8例,平均年齢C59歳,54.70歳)において,PRNの方針で治療し,初発時CNVの平均投与回数はC4.5回(1.9回)であった6).本研究の平均投与回数は,PRNの方針のC1年目はC6.3回(n=14眼),TAEの方針のC1年目はC9.8回(n=8眼)と既報よりも投与回数は多い結果であった.OCT解像度の向上によりごくわずかな滲出性変化が検出可能となり,本研究ではそのような変化に対しても投与を行ったため,既報と比較し投与回数が多くなったと考えられる.PRNの方針であったC14眼中,治療開始後C1年以内に再発がみられたのはC9眼(64%)と多かった.最終的に再発でPRNからCTAEに切り替えたのはC10眼であった.1年以内に再発したC9眼において治療開始後から平均C7.2カ月で再発がみられ,Sawaらの報告においてもC5眼(33%)で最終投与から平均C5.1カ月に再発がみられた.本研究では滲出性変化がなくなった状態をC2回確認できるまで投与を継続していた症例が多く,既報より投与回数は多くなったが,その分再発が抑えられたと考えられ6),とくに治療開始からC1年以内は再発に留意すべきと考える.また,全体の平均ClogMAR矯正視力は治療開始時C0.40,1年後C0.26(n=22眼),3年後C0.28(n=15眼),5年後C0.36(n=14眼)であり,1年後とC3年後に有意な改善(p<0.01)がみられたもののC5年後はベースラインに戻っていた.治療経過中にCAS合併CCNVによる網脈絡膜萎縮が進行したため,5年後平均ClogMAR矯正視力の有意な改善が得られなかったと考えられる.しかし,治療方針別の最終視力解析により,PRNよりも初期からCTAEのほうが視力維持・改善できる可能性が示唆された.Lekhaらの報告においてはC15眼全例に新規CCNVがあり,発症部位は傍中心窩がC8眼(53%)で,中心窩下がC7眼(47%)であった7).本研究のCCNV発症部位は傍中心窩がC4眼(18%),中心窩下がC17眼(77%),傍中心窩から視神経乳頭周囲がC1眼(5%)と,Lekhaらの報告より中心窩下の発症が多かったが,既報,本研究ともにCCNVの発症部位は中心窩下および傍中心窩が大半を占めていた.CNVの再発率はLekhaらの報告(PRN方針,平均経過観察期間C57カ月間以内)ではC73%に対し7),本研究(PRN方針,48カ月間以内)はC86%とどちらも高頻度にみられた.CNVの発生場所に違いがみられても,ASのCCNVは再発しやすい可能性がある.症例数は少ないが,本研究においてCASに合併するCCNVの再発が多くみられ,抗CVEGF薬治療の方針としては初期からCTAEとするほうが視力維持・改善できる可能性があることが示唆された.今後症例数を増やし,TAE方針における有効性をさらに検討する余地があると考えられる.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)RoachCES,CIslamMP:PseudoxanthomaCelasticum.CHandbCClinNeurolC132:215-21.C20152)KatagiriCS,CNegishiCY,CMizobuchiCKCetal:ABCC6CgeneCanalysisCinC20CJapaneseCpatientsCwithCangioidCstreaksCrevealingfourfrequentandtwonovelvariantsandpseu-dodominantCinheritance.CJCOphthalmol2017:ArticleCIDC1079687,C20173)SoutomeCN,CSugaharaCM,COkadaCAACetal:SubretinalChemorrhagesafterblunttraumainpseudoxanthomaelas-ticum.RetinaC27:807-808,C20074)TeixeiraA,MoraesN,FarahMEetal:Choroidalneovas-cularizationCtreatedCwithCintravitrealCinjectionCofCbevaci-zumab(Avastin)inCangioidCstreaks.CActaCOphthalmolCScandC84:835-836,C20065)TilleulCJ,CMimounCG,CQuerquesCGCetal:IntravitrealCranibizumabCforCchoroidalCneovascularizationCinCangioidstreaks:Four-yearfollow-up.RetinaC36:483-491,C20166)SawaM,GomiF,TsujikawaMetal:Long-termresultofintravitrealbevacizumabinjectionforchoroidalneovascu-larizationsecondarytoangioidstreaks.AmJOphthalmolC148:584-590,C20097)LekhaT,PrasadHN,SarwateRNetal:Intravitrealbeva-cizumabCforCchoroidalCneovascularizationCassociatedCwithCangioidstreaks:Long-termCresults.CMiddleCEastCAfrCJCOphthalmolC24:136-142,C2017***

ぶどう膜炎によって発見された梅毒の1 例

2022年9月30日 金曜日

《原著》あたらしい眼科39(9):1272.1276,2022cぶどう膜炎によって発見された梅毒の1例西崎理恵平野彩和田清花砂川珠輝小菅正太郎岩渕成祐昭和大学江東豊洲病院眼科CACaseofSyphilisDiagnosedviaaUveitisExaminationRieNishizaki,AyaHirano,SayakaWada,TamakiSunakawa,ShotaroKosugeandShigehiroIwabuchiCDepartmentofOphthalmology,ShowaUniversityKotoToyosuHospitalC諸言:近年,梅毒は増加傾向であり,また症状は多彩である.今回,眼科受診を契機に梅毒と診断された症例を経験したので報告する.症例:49歳,男性.両視力低下で近医を受診後,ぶどう膜炎の診断で精査加療目的に昭和大学江東豊洲病院紹介受診となった.初診時矯正視力は右眼C0.4,左眼C1.2,両眼硝子体混濁と左眼網膜静脈分枝閉塞症様出血を認めた.フルオレセイン蛍光造影検査で両眼網膜血管炎と周辺部網膜の無血管野を認めた.血液検査を行い,梅毒CTP抗体,RPR定量,FTA-ABS定量から梅毒性ぶどう膜炎と診断した.ペニシリン大量点滴療法,ステロイド内服,網膜光凝固術で硝子体混濁は消失し,視力は両眼C1.2に回復した.考察:今回の症例は,網膜炎発症から間もないうちにペニシリン大量点滴療法を施行したことから,眼底に変性を残さずに完治したと考えられる.結論:近年,梅毒感染が増加し,症状が多彩であることから,ぶどう膜炎診察時には梅毒血清反応をルーチンに検査する必要があることを今回再認識できた.CPurpose:Inrecentyears,thenumberofsyphilispatientshasbeenincreasing.Symptomsandeyelesionsarenonspeci.c,andtheirappearancecanvary.Herewereportacaseofsyphilisdiscoveredduringanophthalmologi-calexamination.CaseReport:A49-year-oldmalepresentedafterbecomingawareofalossofvisualacuity(VA)CandCsubsequentlyCbeingCdiagnosedCwithCuveitisCatCaClocalCclinic.CUponCexamination,ChisCcorrectedCVACwasC0.4CODCand1.2OS,andbilateralvitreousopacitywasobserved.Abloodtestwasperformed,thusleadingtoadiagnosisofsyphilis.ThevitreousopacitydisappearedandhiscorrectedVArecoveredto1.2inbotheyesviahigh-dosepeni-cillininfusiontherapy,oralsteroids,andretinalphotocoagulation.Conclusion:The.ndingsinthiscaserevealtheimportanceofroutinelyperformingbloodtestsforsyphiliswhentreatingpatientswithuveitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)39(9):1272.1276,C2022〕Keywords:梅毒,ぶどう膜炎,ペニシリン大量点滴療法.syphilis,uveitis,penicillinhigh-doseinfusiontherapy.はじめに近年,梅毒の報告数は増加傾向にある1).とくに働き盛りの年代で患者が多く発生している.梅毒は多彩な全身症状を示し2),眼病変も非特異的である3,4).今回,感染経路が不明で全身症状がなく,眼科受診によって梅毒が発見された症例を経験したので報告する.CI症例患者:49歳,男性.主訴:両眼視力低下,霧視,飛蚊症.既往歴:1年前に皮疹で皮膚科受診歴あり.家族歴:特記すべきことなし.現病歴:近医眼科にて両眼硝子体混濁と診断され,精査加療目的で紹介受診となった.初診時眼科所見:矯正視力は右眼(0.4),左眼(1.2),眼圧は右眼C10.3CmmHg,左眼C9.7CmmHgであった.前眼部には炎症所見やその他視力低下をきたす異常は認めなかった.中間透光体は両眼に硝子体混濁を認めた.眼底は両眼に細動脈の狭小化や蛇行を認め,左耳側網膜に網膜静脈分枝閉塞症様の網膜出血を認めた(図1).フルオレセイン蛍光造影検査(.uoresceinangiography:FA)で網膜動脈と静脈からの蛍光漏出,両眼周辺部網膜に無血管領域を認めた(図2).以上〔別刷請求先〕西崎理恵:〒135-8577東京都江東区豊洲C5-1-38昭和大学江東豊洲病院眼科Reprintrequests:RieNishizaki,DepartmentofOphthalmology,ShowaUniversityKotoToyosuHospital,5-1-38Toyosu,Koto-ku,Tokyo135-8577,JAPANC1272(114)図1初診時眼底写真a:右眼,b:左眼.両細動脈の蛇行,狭小化,左眼耳側網膜に網膜静脈分枝閉塞症様の網膜出血を認めた.図2初診時フルオレセイン蛍光造影(FA)a:右眼,b:左眼.両眼に網膜血管炎と,両眼の周辺部網膜に無血管領域を認めた.より動脈炎,静脈炎があると判断し,また血管閉塞,無血管領域も生じていることから,感染性ぶどう膜炎の可能性が高い5)と考えられた.血液検査はCCRP1.17,梅毒トレポネーマ(TP)抗体陽性を認めた.このことから追加で血液検査を行ったところ,迅速プラズマレアギン(rapidCplasmareagin:RPR)定量C64倍,FTA-ABS定量C1,280倍と上昇を認めたことから梅毒性ぶどう膜炎と診断した.また,同時にヒト免疫不全ウイルス(humanimmunode.ciencyvirus:HIV)抗原も検査を行ったが陰性であった.梅毒の感染機会を患者に聴取するも感染経路は不明であった.経過:神経梅毒に準じたペニシリン大量点滴療法をすすめたが,本人の都合ですぐに入院することができず,アモキシシリン内服C1,500Cmg/日をC12日間投与した.しかし,硝子体混濁の程度や眼底所見の改善はみられなかった.初診から15日目に入院し,駆梅療法としてペニシリンCG1,800万単位/日点滴をC14日間投与した.炎症の改善に乏しかったことからプレドニンC30Cmg/日の内服も併用した.点滴治療C10日目に神経梅毒スクリーニング目的に神経内科を受診し髄液検査を行った.高次脳機能障害やCArgyllRobertson瞳孔を含む神経学的所見は認めなかったが,髄液細胞数C18/μl,髄液蛋白C42Cmg/dl,髄液中の梅毒血清反応(FTA-ABS定性)が陽性となり,無症候性神経梅毒と診断され神経内科での経図3点滴14日間+内服24日後のフルオレセイン蛍光造影(FA)a:右眼,b:左眼.網膜血管炎は改善傾向だが,両眼周辺部網膜に無血管領域が悪化した.図4治療終了後57日目の眼底写真a:右眼,b:左眼.硝子体混濁はほぼ消失した.過観察を受けることになった.点滴C14日目には両眼硝子体混濁は減少し,矯正視力は右眼C0.9,左眼C1.2に改善した.その後はアモキシシリンC1,500Cmg/日内服とプレドニンC30mg/日内服を行った.点滴加療終了後C24日目の血液検査では,RPR定量C32倍,FTA-ABS定量C1,280倍とCRPRの減少を認めた.FAでは両網膜血管炎は改善傾向であったが,両眼周辺部網膜の無灌流領域は増加したため(図3),その後無血管領域に光凝固を施行した.点滴治療後の内服はC197日間行い,その後は経過観察を行った.治療終了後C57日目の検査で矯正視力は右眼C1.2,左眼C1.2,眼圧は右眼12.7mmHg,左眼はC12.7CmmHg,両眼硝子体混濁はほぼ消失し(図4),血液検査は梅毒CTP抗体陽性,RPR定量C8倍,FTA-ABS定量C640倍と有意に改善を認め,ガイドラインの定める治癒基準(RPRがC2倍系列希釈法でC4分の1)を達成した.治療終了から約C1年後も両眼矯正視力C1.2が維持され,梅毒CTP抗体陽性,PRP定量C8倍,FTA-ABS定量C320倍と経過は良好である.CII考按以前は減少傾向と考えられていた梅毒だが,近年,性生活の多様性などから報告数は増加傾向となっている1).2010年以降は男性と性交をする男性(menCwhoChaveCsexCwithmen:MSM)を中心とした感染が増加していたが,その後,国立感染症研究所がC2018年に行った都内の医療機関で診断された第CI期,II期梅毒患者を対象とした調査では,2014年以降は異性間の感染事例が急増し,2015年にはCMSMを上回ったとされており,2016.2018年にはCMSMおよび男性の異性間性的接触の増加はみられないが女性の異性間の感染事例は引き続き増加していると報告している.さらに,女性の異性間性的接触による感染のうち性風俗産業従事歴は64.7%,利用歴(直近C6カ月以内)は男性の異性間性的接触のC68.8%と報告されており,異性間性的接触増加の背景には性風俗産業従事者・利用者の感染があると考察されている.梅毒への偏見から患者自身が感染を伏せようとする場面に実臨床でしばしば遭遇する.本症例では感染経路に関する情報を問診から得られなかったが,感染経路が推測されればパートナーへ注意喚起を行うなど対策を講じることが可能となるが,このような偏見も感染の一因となっている可能性が考えられる.梅毒の初期症状として皮膚所見が一般的に知られているが,患者自身に梅毒感染の心当たりがあっても診察に対する羞恥心から受診につながらない可能性が考えられる.しかし,眼症状の一般での認知度は低く,また自覚として表れやすいことから,患者は梅毒を疑わずに病院を受診し,偶発的に感染が発覚することが多いと推測される.こういった患者を見逃さず全身治療につなげることが大切である.梅毒性ぶどう膜炎は全ぶどう膜炎の原因疾患のなかでC0.4%にすぎず4,6,7),また海外の報告では梅毒患者がぶどう膜炎を起こす割合はC1.8%程度と報告されており8),頻度は少ないものの特異的な所見がなく,多彩な症状を呈する.このことから梅毒性ぶどう膜炎を疑って診察や問診,血液検査などを行い,総合的に判断することが必要であり,ルーチンで梅毒血清反応を行うことが必要であると考えられた.また,梅毒とCHIVの混合感染も多く報告されており,混合感染例では眼梅毒を発症しやすく発症時期や進行が早いとの報告や,HIV感染者は非感染者より治療反応性が悪く,再発が多い9)との報告もあり,梅毒血清反応陽性を認めた際には,同時にHIVも検査が必要である4,6,8,10).ぶどう膜炎はいずれのステージにおいても生じうるが11),一般的には第二期または第三期にみられるといわれている.本症例では眼以外の所見に乏しく,病期の判定は困難だが,1年前に皮疹で皮膚科受診歴があり,これが梅毒によるものならば少なくとも発症からC1年以上が経過しており第二期または第三期である可能性が高く,眼梅毒が発症する好発ステージと矛盾はない.治療に関しては米国疾病予防管理センター(CenterCforCDiseaseCControlCandPrevention:CDC)が,眼梅毒に対しては神経梅毒に準じてペニシリン投与を行うとガイドラインに定めているが8),わが国においては神経梅毒合併例ではベンジルペニシリンの静脈投与,非合併例ではアモキシシリンの経口投与を行うことが多いと報告がある11).現在のところ梅毒トレポネーマのペニシリン耐性は確認されておらず,ペニシリンはいずれのステージの梅毒に対しても有効とされており,米国ではペニシリンアレルギーを有する患者に対しても脱感作療法を行いながら投与を行うことが推奨されている12).日本では代替薬としてマクロライド系やテトラサイクリン系,エリスロマイシン系薬剤が用いられている6,10).今回当院ではCCDCのガイドラインに準じて治療を行う予定であったが,患者都合によりアモキシシリンの経口投与を行うことになった.しかし,加療が奏効せず,その後静脈投与に切り替えた.駆梅療法開始後に死滅した梅毒トレポネーマに対するアレルギー反応であるCJarisch-Herxheimer反応6,7,9)で発熱や悪心などの症状が生じることがあり,ペニシリンアレルギーと鑑別が必要である.ステロイドの併用は,梅毒性ぶどう膜炎自体が病原体に対するアレルギーが関与していると考えられていること6)やJarisch-Herxheimer反応の予防,また消炎を考慮してしばしば用いられるが,これに関しては統一した見解はなく,眼内の炎症が強い場合にのみ併用が推奨される場合7)や視神経症や.胞様黄斑浮腫をきたした場合に併用するといった報告もある13).海外ではワクチンの研究も行われており実用化の目処はたっていないものの,予防的にドキシサイクリンを投与したところ,梅毒を含む一部の性感染症の発症率が低下したとの報告もあり,今後予防薬が用いられるようになるかもしれない12).本症例では神経症状は認めなかったが,CDCはすべての眼梅毒患者が髄液検査を受けることを推奨しており4,11),本症例でも点滴治療C10日目に実施し無症候性神経梅毒の診断に至った.梅毒性ぶどう膜炎では,炎症が長期化すると神経網膜や網膜色素上皮の萎縮をきたし,ごま塩様眼底を呈するが,今回の症例では網膜炎を起こしてから間もないうちに神経梅毒に準じたペニシリン大量点滴療法と網膜光凝固術を施行したことにより,眼底に変性を残さずに完治したと考えられた.CIII結語今回,眼科受診を契機に梅毒感染が判明し,ペニシリン大量点滴療と網膜光凝固術によって治癒した症例を経験した.近年梅毒感染が増加しており,多彩な症状を呈することから,ぶどう膜炎診察時には梅毒血清反応を必ずルーチンに検査したほうがよいと再認識できた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)国立感染症研究所厚生労働省健康局,結核感染症課:病原微生物検出情報41:6-8:20202)日本性感染症学会梅毒委員会梅毒診療ガイド作成小委員会,日本性感染症学会:梅毒診療ガイド.5,2018C3)原ルミ子,三輪映美子,佐治直樹ほか:網膜炎として発症した梅毒性ぶどう膜炎のC1例.あたらしい眼科C25:855-859,C20084)中西瑠美子,石原麻美,石戸みづほほか:後天性免疫不全症候群(AIDS)に合併した梅毒性ぶどう膜炎の症例.あたらしい眼科33:309-312,C20165)KaburakiT,FukunagaH,TanakaRetal:Retinalvascu-larCin.ammatoryCandCocclusiveCchangesCinCinfectiousCandCnon.infectiousCuveitis,CJpnCJCOphthalmolC64:150-159,C20206)蕪城俊克:梅毒性ぶどう膜炎.臨眼75:58-62,C20217)岩橋千春,大黒伸行:梅毒性ぶどう膜炎.臨眼C73:290-294,C20198)佐藤茂,橋田徳康,福島葉子ほか:Acutesyphiliticpos-teriorCplacoidchorioretinitis(ASPPC)を呈した梅毒性ぶどう膜炎のC3例.臨眼72:1263-1270,C20189)木村郁子,石原麻美,澁谷悦子ほか:眼梅毒C5症例の臨床像について.臨眼71:1731-1736,C201710)鈴木重成:疾患別:梅毒性ぶどう膜炎.臨眼C70:260-265,C201611)牧野想,蕪城俊克,田中理恵ほか:中心性漿液性脈絡網膜症と鑑別を要した梅毒性ぶどう膜炎のC1例.臨眼C73:C753-760,C201912)GhanemCKG,CRamCS,CRicePA:TheCmodernCepidemicCofCsyphilis.NEnglJMedC382:845-854,C202013)近澤庸平,山田成明,高田祥平ほか:眼の水平様半盲を呈した梅毒性ぶどう膜炎.臨眼70:1047-1052,C2016***

片眼性に眼窩先端症候群をきたし,後に十二指腸原発びまん性 大細胞型B 細胞性悪性リンパ腫と診断された1 例

2022年9月30日 金曜日

《原著》あたらしい眼科39(9):1266.1271,2022c片眼性に眼窩先端症候群をきたし,後に十二指腸原発びまん性大細胞型B細胞性悪性リンパ腫と診断された1例伊藤裕紀*1後藤健介*2平岩二郎*2*1中部ろうさい病院眼科*2江南厚生病院眼科CACaseofDuodenalDi.useLargeB-CellLymphomainwhichtheInitialSymptomwasOrbitalApexSyndromeHirokiIto1),KensukeGoto2)andJiroHiraiwa2)1)DepartmentofOphthalmology,ChubuRosaiHospital,2)DepartmentofOphthalmology,KonanKoseiHospitalC目的:眼窩部への圧迫と浸潤により症状が出現し,眼窩先端症候群を呈した転移性十二指腸原発びまん性大細胞型B細胞リンパ腫(DLBCL)のC1例を報告する.症例:61歳,男性.2カ月前に右眼瞼腫脹が出現し,いったん改善するもその後再燃,さらに右眼球突出も出現したため,近医眼科より中部ろうさい病院紹介となった.初診時矯正小数視力は右眼光覚なし,左眼C1.5.右眼は眼球突出,眼球運動障害のほか,眼底には脈絡膜ひだがみられ,磁気共鳴画像診断にて右眼窩に腫瘤性病変がみられた.後日,腹痛にて近医内科を受診したところ,腹部にコンピュータ断層撮影にて軟部影がみられ,当院内科紹介となった.生検にて十二指腸原発CDLBCLと診断され,眼窩内腫瘍が転移巣であることが確認された.化学療法により腫瘍は縮小したが,失明に至った.結論:眼窩にCDLBCLが確認された場合,たとえ症状がなくとも原発巣の同定のためには腹部の腫瘍性病変の精査が必要である.CPurpose:ToCreportCaCcaseCofCmetastaticCdi.useClargeCB-celllymphoma(DLBCL)ofCtheCorbitCthatCcausedCorbitalapexsyndromeandoptic-nervedysfunction.Casereport:A61-year-oldmalewasreferredtoourdepart-mentwithexophthalmosandeyelidswellinginhisrighteye.Uponexamination,therewasnolightperceptionintheCrightCeyeCandCoculomotorCparalysisCwasCobserved.CMagneticCresonanceCimagingCrevealedCaCmassCinCtheCorbit,CthusCsupportingCorbitalCapexCsyndrome.CAfterCbeingCdiagnosedCasCmetastaticCDLBCLCviaCpathologicalCexaminationCofCtheCduodenum,CsystemicCchemotherapyCwasCinitiated.CTheCtumorCsizeCdecreased,CyetCvisualCacuityCdidCnotCimprove.CConclusion:ForCorbitalCDLBCLCpatients,CsearchingCforCneoplasticClesionsCinCtheCabdomenCmayCbeCanCimportantfactorforidenti.cationoftheprimarylesion,eveniftherearenoabdominalsymptoms.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)39(9):1266.1271,C2022〕Keywords:眼窩先端症候群,悪性リンパ腫,化学療法.orbitalapexsyndrome,malignantlymphoma,chemo-therapy.Cはじめに眼付属器悪性リンパ腫は眼窩における発生例が多く,眼付属器に原発する場合と,隣接臓器や他臓器の悪性リンパ腫が眼付属器に浸潤,転移する続発性の場合がみられる.眼窩では筋円錐内外を満たすほどの腫瘤を形成する場合があり,眼球突出や眼球運動制限は診断のきっかけとなる.今回,右眼球突出,右眼瞼腫脹をきたし,後日腹部症状の出現により診断に至った十二指腸原発びまん性大細胞型CB細胞リンパ腫(diffuseClargeCB-celllymphoma:DLBCL)のC1例を経験したので報告する.CI症例61歳,男性.右眼瞼腫脹のため近医眼科を受診.右眼瞼炎を疑われガチフロキサシン点眼液,フルオロメトロン点眼液を処方されいったん改善したが,その後発症時期は不明であるが右眼瞼下垂が出現し,前医受診のC2カ月後に再度右眼〔別刷請求先〕伊藤裕紀:〒455-8530愛知県名古屋市港区港明C1-10-6中部ろうさい病院眼科Reprintrequests:HirokiIto,M.D.,DepartmentofOphthalmology,ChubuRosaiHospital,1-10-6Komei,Minato,Nagoya,Aichi455-8530,JAPANC1266(108)図1初診時の眼底写真,超音波画像とMRI画像右眼眼底に脈絡膜ひだ(Ca)を,超音波画像矢状断にて右眼眼窩部に眼球を圧迫する腫瘤性病変(Cb)を,MRI画像にて.の先端に円周状にCT1強調画像にて等信号(Cc),T2強調画像にて等信号.高信号(Cd),DWIにて高信号(Ce),ADCにてやや高信号(Cf)な所見があり,右眼球を圧排,眼窩尖部から眼窩内を占拠するC31C×25C×28Cmm大の腫瘤を認める.内部は腫瘍内出血をきたしているためCDWIにて信号の低下,ADCにて高信号を認める.図2病理画像の結果核腫大したCN/C比の高い異型細胞が密に増殖し,間質に浸潤する像(Ca)をみる.異型細胞は免疫染色にてCD20(Cb),MUM1(Cc),bcl-6(Cd)陽性であった.スケールバー:20Cμm.瞼腫脹が出現したため前医を受診,同点眼で症状改善がみられなかった.さらにC10日後,右眼眼球突出もみられたため中部ろうさい病院(以下,当院)眼科紹介となった.既往歴として高血圧,高脂血症,糖尿病があるが眼科既往はなかった.当院初診時,矯正小数視力は右眼光覚なし,左眼C1.5であった.右眼視力低下の自覚はあったとのことだが発症時期は不明であった.眼圧は右眼C13.0CmmHg,左眼C11.5CmmHg.相対的瞳孔求心路障害(relativeCafferentCpupillarydefect:RAPD)は右眼陽性.右眼は眼瞼下垂のため閉瞼しており,開瞼時上斜視のほか外転障害,上転障害,下転障害がみられた.眼球突出度は右眼C26.0mm,左眼C15.0mmであった.両眼の前眼部,中間透光体に特記すべき異常はみられなかったが,右眼眼底には脈絡膜ひだがみられ(図1a),超音波画像検査では右眼の眼球形態の変化を認め,眼窩部からの圧迫性病変が疑われた(図1b).そのため当日に緊急で磁気共鳴画像(magneticCresonancetomography:MRI)検査を行ったところ,右眼窩に腫瘤性病変がみられ,T1強調画像にて等信号,T2強調画像にて等信号.高信号,拡散強調画像(diffusionweightedCimage:DWI)にて高信号,apparentCdi.usioncoe.cient(ADC)マップにてやや高信号(図1c~f)を呈し,眼窩先端症候群の診断に至った.血液検査にて可溶性インターロイキン(interleukin:IL)-2受容体1,520CU/mlであり,眼窩悪性リンパ腫が疑われた.また,同じ週に腹部中心に鈍痛症状の持続があり,近医内科を受診し,コンピュータ断層撮影(computedtomography:CT)にて腹部大動脈右側にC50Cmm大の軟部影がみられたため当院内科紹介となった.内科にて透視下胃十二指腸ファイバー検査を施行し,十二指腸病変の病理検査を施行したところ,核腫大した核・細胞質比(nucleo-cytoplasmicratio:N/C比)の高い異型細胞が密に増殖し,間質に浸潤する像がみられた.免疫染色にて異型細胞はCAE1/AE3陰性,CD20,MUM1,bcl-6陽性で,CD3,CD5,CD10,Cyclin-D1陰性,Ki-67陽性率はC90%以上だった(図2)ため,Hansらの分類法により非胚中心CB細胞型CB細胞リンパ腫と診断された.転移性悪性リンパ腫を疑い陽電子放出断層撮影(positronCemissionCtomogra-phy:PET)を施行,右眼窩内腫瘤,心臓に接する軟部腫瘤,膵尾部腹側の軟部腫瘤,下腸管膜動脈分岐レベル腹部大動脈右側の腫瘤,左外腸骨動脈腹側腫瘤に集積がみられた(図3).以上から,AnnArbor病期分類CIV期の多発転移性の十二指腸原発CDLBCLと当院血液内科で診断された.DLBCLに対して同科でリツキシマブ・シクロホスファミド・ドキソルビシン・ビンクリスチン・プレドニゾロンからなるR-CHOP療法をC6クール施行されたところ,腹腔内浸潤の縮小とともに眼窩病変も縮小(図4)し,眼球運動障害・眼瞼下垂は改善したが視力は改善しなかった.また,脈絡膜ひだは改善したが残存している.治療開始からC13カ月経過しているが,同科で化学療法継続中である.CII考按今回,片眼性の眼症状とほぼ同時期に腹部症状が出現し,十二指腸を原発とする眼窩転移性のCDLBCLのC1例を経験した.本症例は十二指腸に病変がみられ,十二指腸病変の生検に(111)d図3PETの結果転移性悪性リンパ腫を疑いCPETを施行したところ,右眼窩内腫瘤(Ca),心臓に接する軟部腫瘤(Cb),膵尾部腹側の軟部腫瘤(Cc),下腸管膜動脈分岐レベル腹部大動脈右側の腫瘤(Cd),左外腸骨動脈腹側腫瘤(Ce)に集積がみられた.よってCDLBCLと診断された.多発する悪性リンパ腫においてCLewinの基準1)では,病変の主体が十二指腸,小腸,大腸に存在すれば他臓器やリンパ節浸潤の有無にかかわらず腸管原発とみなされる.眼窩腫瘍に対しても生検による病理学的診断が望ましいが,眼窩腫瘍の扱いに慣れない一般眼科医にとっては生検にて眼窩病変を採取することは困難であることが多い.眼窩内悪性リンパ腫は一般的にCDWI高信号,ADC低信号2)であり,本症例はCADC高信号ではあるところは典型例からはずれているが,腫瘍内出血により灌流の影響を受けてCADC信号の上昇が起きたものと考えられる.また,眼窩病変と同時期に十二指腸や腹腔内に病変を認めたことを踏まえると,十二指腸を原発とした眼窩転移性のCDLBCLであると考えられた.本症例では腹部症状が強く,腹腔内多発転移がみられ,速やかに治療を開始する必要があったため,あたらしい眼科Vol.39,No.9,2022C1269図4治療前後のMRI画像初診時に右眼窩尖部から眼窩内を占拠し,眼球を圧排していた腫瘤(Ca)は,治療後には縮小(Cb)しているのが確認された.眼窩病変の生検は行わずに化学療法を開始した.眼付属器病変も合わせるとCAnnArbor病期分類ではCIV期に該当しており,日本血液学会造血器腫瘍診療ガイドラインに沿ってCR-CHOP療法が施行された.施行後すべての腫瘤に対し縮小傾向がみられ,治療効果が確認された.同様に眼窩病変の縮小も認め,眼球運動や眼球突出,眼瞼下垂は改善したが光覚の回復はみられなかった.視力低下をきたした時期は不明だが,当院受診C2カ月前に眼瞼腫脹を認めており,同時期から眼窩病変が存在していた可能性が高いと思われる.十二指腸には濾胞性リンパ腫(follicularlymphoma:FL)やCMALT(mucosaCassociatedClymphoidtissue)リンパ腫といった低悪性度リンパ腫の発生頻度が高く,十二指腸にDLBCLなどの中悪性度リンパ腫を認めることはまれである3).一方,原発性眼窩悪性リンパ腫としてはCMALTリンパ腫が一番多く,DLBCLやCFLがC2番目に多いといった報告がある4,5).さらに眼窩が原発の悪性リンパ腫は眼窩悪性腫瘍のC43%6)を占めると報告されている.したがって,本症例のように十二指腸を原発とする眼窩転移性のCDLBCLの症例は少ないと考えられる.悪性リンパ腫は病変部によって症状の出現頻度は異なり,十二指腸におけるCDLBCLの場合,潰瘍型の病変であることが多く腸管壁の伸展性が比較的保たれ,管腔が狭小化していても腹部症状が出現することは少ない3).一方で,眼窩悪性リンパ腫が眼窩先端部に浸潤した場合は,視神経や動眼神経,外転神経,三叉神経などのさまざまな神経障害をきたすことが報告されている7.13).そのため本症例のように眼窩と十二指腸に病巣がある場合,原発巣の腹部症状よりも転移巣の眼窩病変による症状のほうが早期に出現することがある.したがって,眼窩悪性リンパ腫を疑った場合,症状の有無にかかわらず,十二指腸などの消化管を含めて早期に全身検査を行うことが重要である.眼窩後方に腫瘍が限局している場合,当院のように腫瘍の生検が困難な施設もあるため,大学病院などに紹介する前に消化管内視鏡検査を含めた全身精査を行うことで早期診断,早期加療につながるケースがあると思われる.CIII結論今回,片眼性の眼球突出・眼瞼腫脹で発見され,眼窩先端症候群により失明に至った転移性十二指腸原発CDLBCLのC1例を経験した.初診時に腹部症状がみられなくとも,消化管悪性リンパ腫の転移巣の可能性があるため,随伴症状の有無にかかわらず腹部を含め全身の腫瘍性病変を精査することが,原発巣の早期発見につながる可能性が示唆された.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)LewinCKJ,CRanchodCM,CDorfmanRF:LymphomasCofCtheCgastrointestinaltract;ACstudyCofC117CcasesCpresentingCwithgastrointestinaldisease.CancerC42:693-707,C19782)HaradomeK,HaradomeH,UsuiYetal:Orbitallympho-proliferativedisorders(OLPDs):valueofMRimagingfordi.erentiatingorbitallymphomafrombenignOPLDs.AmJNeuroradiolC35:1976-1982,C20143)赤松泰次,下平和久,野沢祐一ほか:十二指腸悪性リンパ腫の診断と治療.消化管内視鏡27:1142-1147,C20154)FerryJA,FungCY,ZukelbergLetal:Lymphomaoftheocularadnexa;ACstudyCofC353Ccases.CAmCJCSurgCPatholC31:170-184,C20075)瀧澤淳,尾山徳秀:節外リンパ腫の臓器別特徴と治療眼・眼付属器リンパ腫.日本臨牀C73(増刊号C8):614-618,C20156)後藤浩:眼部悪性腫瘍の診断と治療.東京医科大学雑誌C65:350-358,C20077)後藤理恵子,米崎雅史:三叉神経の単神経障害を初発症状とした悪性リンパ腫例.日本鼻科学会会誌C56:103-109,C2017C8)高橋ありさ,川田浩克,錦織奈美ほか:眼症状を伴った小児の副鼻腔原発CBurkittリンパ腫のC1例.眼臨紀C11:349-352,C20189)山本一宏,神田智子,中井麻佐子:Tolosa-Hunt症候群様症状を呈し,篩骨洞病変で診断された悪性リンパ腫のC1症例.日本鼻科学会会誌41:19-22,C200210)浅香力,三戸聡:外転神経麻痺で発症した蝶形骨洞悪性リンパ腫例.耳鼻咽喉科臨床補冊:48-52,201011)米澤淳子,安東えい子,手島倫子ほか:急速な増大を示した眼窩悪性リンパ腫のC1例.眼臨97:107-109,C200312)野澤祐輔,佐藤多嘉之,十亀淳史ほか:非ホジキンリンパ腫の一症例.北海道農村医学会雑誌41:100-102,C200913)三浦弘規,鎌田信悦,多田雄一郎ほか:当院における鼻腔・篩骨洞悪性腫瘍の検討.頭頸部癌39:21-26,C2013***

ANCA 関連血管炎が原因と考えられる外転神経麻痺の1 例

2022年9月30日 金曜日

《原著》あたらしい眼科39(9):1261.1265,2022cANCA関連血管炎が原因と考えられる外転神経麻痺の1例上杉義雄*1大西純司*1立石守*1小島一樹*1渡邉佳子*1竹内正樹*2水木信久*2*1国際親善総合病院眼科*2横浜市立大学大学院医学研究科眼科学CCaseofAbducensNervePalsyThoughtCausedbyANCA-AssociatedVasculitisYoshioUesugi1),JunjiOnishi1),MamoruTateishi1),KazukiKojima1),YoshikoWatanabe1),MasakiTakeuchi2)andNobuhisaMizuki2)1)DepartmentofOphthalmology,InternationalGoodwillHospital,2)DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,YokohamaCityUniversityGraduateSchoolofMedicineC目的:ANCA関連血管炎が原因と考えられる両側外転神経麻痺の症例を経験したので報告する.症例:74歳,男性,ANCA関連肺疾患の維持療法中に右外転神経麻痺による複視が出現した.シクロホスファミドによる寛解導入療法とアザチオプリン,プレドニゾロンによる維持療法を施行し,右眼外転障害は改善傾向であったが,プレドニゾロン漸減後に増悪傾向に転じた.リツキシマブで再度寛解導入療法施行したが増悪傾向が続き,さらに左外転神経麻痺が出現し両側の外転神経麻痺となった.その後プレドニゾロンのみ継続したが両側外転神経麻痺の改善は得られなかった.結論:本症例はミエロペルオキシダーゼ(MPO)陽性の分類不能例と考えられた.ANCA関連血管炎には外転神経麻痺が合併する可能性があり,治療では内科医と薬剤投与量,疾患活動性,症状改善の有無などの情報を共有し,連携して治療にあたることが必要である.CPurpose:Toreportacaseofbilateralabducensnervepalsy(ANP)thoughtcausedbyanti-neutrophilcyto-plasmicantibody(ANCA)C-associatedvasculitis(AAV)C.CCaseReport:ThisCstudyCinvolvedCaC74-year-oldCmaleCwithCdiplopiaCdueCtoCrightCANPCthatCappearedCduringCtherapyCforCANCA-associatedClungCdisease.CForCtreatment,Ccyclophosphamide,CasCwellCasCmaintenanceCtherapyCwithCazathioprineCandCprednisolone,CwasCperformed,CandCtheCpatient’srightANPimproved.However,itworsenedafterthetaperingofprednisolone.Remissioninductionthera-pywasonce-againtriedwithrituximab,yetexacerbationtendedtocontinueandleftANPappeared,thusresult-inginbilateralANP.Subsequently,onlytreatmentwithprednisolonewascontinued.However,noimprovementinbilateralCANPCwasCobtained.CConclusion:ThisCcaseCwasCconsideredCtoCbeCanCmyeloperoxidase-positiveCunclassi.ablecase.AAVmaybeassociatedwithANP,andtreatmentshouldbecarriedoutviasharinginformationsuchasdrugdose,diseaseactivity,andthepresenceorabsenceofsymptomimprovementwiththeattendingphy-sician.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C39(9):1261.1265,C2022〕Keywords:ANCA関連血管炎,MPO,外転神経麻痺.ANCA-associatedvasculitis,MPO,abducensnervepalsy.CはじめにANCA関連血管炎(ANCA-associatedvasculitis:AAV)が原因として疑われる外転神経麻痺の報告は非常に少ない.AAVに合併する眼病変としては結膜炎,強膜炎,周辺部角膜潰瘍,虹彩炎,網膜血管炎,網膜出血,眼窩の腫瘤性病変などがある1).AAVで脳神経が障害される頻度はC2.10%であり,影響を受ける脳神経はCII.VIIIの脳神経であるという報告がある2.4).今回,AAVが原因と考えられる右外転神経麻痺の診断で寛解導入療法,維持療法を施行するも両側の外転神経麻痺をきたした症例を経験したので報告する.CI症例患者:74歳,男性.主訴:複視.〔別刷請求先〕上杉義雄:〒252-0157神奈川県相模原市緑区中野C256相模原赤十字病院眼科Reprintrequests:YoshioUesugi,DepartmentofOphthalmology,SagamiharaRedCrossHospital,256Nakano,Midori-ku,Sagamihara,Kanagawa252-0157,JAPANCMPO定量(IU/ml)400350300250200150100500年月日図1MPO陽性を認めてからのMPO定量の推移寛解導入療法と維持療法により陰性化しているが,2017年C7月.2018年C2月にかけて軽度上昇を認める.既往歴:特記事項なし.アレルギー:花粉症(スギ)嗜好歴:喫煙20本/日(20.70歳),飲酒歴日本酒C1合/日.現病歴:2015年C1月に発熱・咳嗽が出現し,近医で抗菌薬を処方されるも改善せず,3月に国際親善総合病院(以下,当院)内科を受診した.血液検査でCRP18.98mg/dl,CWBC14,010/μlと炎症反応上昇があり,胸部CCTではすりガラス陰影や結節陰影が散在していた.クラリスロマイシン,セフトリアキソンを投与するも発熱,咳嗽は改善せず,胸部陰影は増悪し,全身関節痛も出現した.各種自己抗体を測定したところミエロペルオキシダーゼ(myelo-peroxidase:MPO)定量C219.0CIU/mlと高値であったことからCAAVの関与が疑われた.気管支鏡検査を施行したところ,軽度の間質性病変を伴うびまん性肺胞出血および血管炎がみられ,顕微鏡的多発血管炎(microscopicCpolyangiitis:MPA)として典型的ではないが,臨床的にCANCA関連肺疾患として矛盾しない所見であり,MPO-ANCA関連肺疾患の診断となった.静注シクロホスファミド(cyclophospha-mide:CY)1,000Cmgによる寛解導入療法施行後,プレドニゾロン(prednisolone:PSL)とシクロスポリンCA(ciclospo-rinA:CsA)内服で維持療法が開始された.発熱,咳嗽は改善し,胸部陰影も改善し内服終了となった.2016年C1月に滲出性中耳炎を発症し,MPO定量C15.2CIU/mlと上昇を認めたため(図1),CsA150Cmg/日より再開された.2018年1月CCsA150Cmg/日,PSL10Cmg/日で維持療法中であったところ複視を自覚し,眼科を受診した.眼科初診時所見:・身体所見:意識清明,言語正常,運動障害なし,感覚障害なし,協調運動障害なし.・眼所見:前眼部異常なし,中等度白内障あり,眼底異常なし,乳頭浮腫なし.眼球運動:右眼外転障害(+).対光反射正常,瞳孔不同(.),眼振(C.),眼球突出(C.),眼瞼下垂(C.).・視力:右眼0.5(1.0×+2.00D(cyl.0.50DAx45°),左眼C0.4(0.6×+2.00D(cyl.0.50DAx100°).・眼圧:右眼C14mmHg,左眼C14mmHg.・HESS赤緑試験(図2):右眼外転障害(+).・血液検査所見(表1)CCRP0.06Cmg/dl,WBC5,580/μl,血沈(1時間値)24mm,MPO判定(+),MPO定量C11.7CIU/ml(基準値C3.5未満).・頭部CMRI(図3):右外直筋萎縮あり,左乳頭蜂巣に乳様突起炎あり,硬膜肥厚なし,内頸動脈海綿静脈洞瘻なし,副鼻腔の肉芽種なし,その他粗大病変なし.・頭部MRA異常所見なし.経過:AAVによる右外転神経麻痺の診断で,2018年C2月に静注CCY800Cmgで寛解導入療法を施行したのちに,ア図2Hessチャート上から2018年C1月:眼科初診時,右眼に軽度外転障害を認める.2018年C2月:寛解導入療法後,初診時よりも右外転障害は増悪した.2018年C7月:発症からC6カ月後,もっとも外転障害が改善したとき.2018年C11月:発症からC10カ月後,リツキシマブで寛解導入療法後,右外転障害に加えて左外転障害が出現した.表1眼科初診時(2018年2月)の血液検査結果結果単位基準値血糖C111Cmg/dl70.110CBUNC25Cmg/dl8.20クレアチニンC1.69Cmg/dl0.6.1.1CeGFRC31.890以上CRP定量C0.0.6Cmg/dl0.3以下白血球数C5580C/μl4,000.8,000血沈(1時間値)C24Cmm0.10CKL-6C314CU/ml500未満MPO判定(+)MPO定量C11.7CIU/ml3.5未満血沈,MPO定量の上昇を認める.図3眼科初診時の頭部MRI右外直筋萎縮を認める.ザチオプリン(azathioprine:AZA)100mg/日とPSLC50mg/日の内服を開始した.治療開始からC1カ月後,右眼外転障害はさらに増悪したが,2カ月後には改善傾向を示した.また,3カ月後のCMPO定量はC2.8CIU/mlと陰性化していた.CAZA100Cmg/日は継続し,PSLを漸減した.右眼外転障害は改善傾向であり,5カ月後にCPSL5Cmg/日とした.7カ月後に右眼外転障害が増悪したため,PSL10Cmg/日に増量したが右眼外転障害はさらに増悪した.このときCMPO定量は1.6CIU/mlと上昇はみられなかった.PSLをさらに増量すると,再度漸減後に右眼外転障害が再燃することが予測されたことからCPSL増量はせずに,リツキシマブ(rituximab:RTX)600CmgをC1週間ごとにC4回投与し,PSL10Cmg/日も継続した.右眼外転障害は増悪し続け,10カ月後には左眼外転障害も出現し両側の外転神経麻痺となった.このときMPO定量はC2.0IU/mlと上昇はみられなかった.その後PSLをC40Cmg/日に増量し半年間経過をみたが両側外転障害に改善はみられなかった.MPO定量は毎月測定していたが,複視出現後に陰性化してからはC1度も陽性化はみられなかった.CII考按外転神経麻痺の原因として糖尿病,虚血,高血圧,頭蓋内圧亢進,頭部外傷,髄膜炎,脳動脈瘤,血管炎,多発性硬化症,脳梗塞,頭蓋内出血や腫瘍による神経圧迫,甲状腺眼症,Fisher症候群,外眼筋炎,Tolosa-Hunt症候群などが鑑別にあげられる.本症例では上記疾患のなかで虚血と血管炎以外を疑う所見を認めず,虚血または血管炎が原因として考えられた.眼科初診時にCANCA関連肺疾患の維持療法中であったこと,AAVが原因として疑われる中耳炎の既往があったこと,MPO定量がC11.2CIU/mlと陽性となっていたことから,AAVに合併した外転神経麻痺がもっとも疑われた.寛解導入療法後に一時的ではあったものの右眼外転障害が改善したことから,AAVに合併した外転神経麻痺として矛盾しないと考えられた.また,最終的に両側の外転神経麻痺となったことから,全身性疾患であるCAAVが原因であった可能性が高いと考えられた.AAVは抗好中球細胞質抗体(anti-neutrophilCcytoplasmicantibody:ANCA)が病態に関与しており,ANCAにはMPO-ANCAとCPR3-ANCAの二つのサブタイプがある.また,AAVはCMPA,多発血管炎性肉芽腫症(granulomato-siswithpolyangiitis:GPA),好酸球性多発血管炎性肉芽腫症(eosinophilicCgranulomatosisCwithpolyangiitis:EGPA)のC3疾患に分類され,いずれも特徴的な肺病変を認める.MPAでは肺胞出血や間質性肺炎,GPAでは上・下気道に肉芽腫性血管炎,EGPAでは喘息および好酸球浸潤を認める肉芽腫性血管炎を生じる.3疾患の日本での頻度はCMPAC50%,GPA21%,EGPA9%であり,また分類不能例をC20%に認め,このうちのC94%がCMPO-ANCA陽性である5).また,AAV患者の遺伝因子は疾患分類よりもCANCAサブタイプへの関連が強いと報告されている5).ANCAサブタイプと疾患分類の組み合わせは患者ごとに異なることから,AAVをCMPO-ANCA陽性CAAVとCPR3-ANCA陽性CAAVに分け,そこに疾患分類を組み合わせて,たとえばCMPO-MPAやCMPO-GPAなどのようにCANCAと疾患分類を同時に記載するという考え方が提案されている5).本症例ではEGPAの特徴である好酸球増多はみられておらず,MPAまたはCGPAであったと考えられるが,MPA,GPAのどちらの診断基準も満たしており,病理所見からもMPA,GPAのどちらかを確定することは困難であった.MPAで多くみられる間質性肺炎や外転神経麻痺の原因として考えられる血管炎による神経炎と,GPAで多くみられる中耳炎を合併していた本症例はCMPO-ANCA陽性の分類不能例であった可能性が高い.本症例ではCAAVの再燃として中耳炎と外転神経麻痺をきたしたと考えられるが,どちらも陰性化していたCMPO定量が軽度ではあるが上昇し陽性となっている期間に発症していた.このことからCMPO定量が基準値のC3.5CIU/mlを超えていることは再燃の一つの予測因子になると考えられる.しかし,MPO定量が陰性化してからは一度も陽性化はみられなかったにもかかわらず,外転神経麻痺は改善傾向から増悪傾向に転じた.AAVではCMPO-ANCA再陽性化は再燃の予知因子として有用とされているが6),ANCA値のみで疾患活動性を判断せずに臨床所見と合わせて治療方針を検討することが重要と考えられる.AAV再燃時の治療として明確な基準はない7)が,再燃した場合,PSL,CY,AZAなどの投与量を寛解導入期の投与量(PSL:1mg/kg/日,静注CCY:15Cmg/kgをC2.3週ごと,AZA:2Cmg/kg/日)に戻すことが推奨されている7).本症例では外転神経麻痺が出現してからC1回目の寛解導入療法で静注CCYをC1回しか施行しなかった点が推奨される治療方法と異なっており,右眼外転障害が軽快するまでC2.3週ごとに施行することでよりよい治療結果を得られた可能性がある.また,静注CCYで外転神経麻痺の改善傾向を得られていたことから,2回目の寛解導入療法もCRTXではなくCCYを選択したほうが改善を得られた可能性がある.また,PSL減量方法は維持療法を検討したCCYCAZAREMでCPSLをC1Cmg/kg/日から開始し,1週間ごとにC0.75,0.5,0.4Cmg/kgと減量し,以後漸減するプロトコールが推奨されている7).また,2009年CEULARrecommendationではC3カ月以内にCPSL15mg/日未満に減量すべきではないとされている7).本症例ではCPSL減量は推奨方法に従ったものであった.AAVに合併した外転神経麻痺の報告は,国内でC2009年にCMPO-ANCA関連肺疾患に合併した外転神経麻痺の報告が1例あり8),維持療法でCCsA200Cmg/日とCPSLC12.5Cmg/日を併用していたところ外転神経麻痺が出現し,CsAC200mg/日を継続したままメチルプレドニゾロンC1CgをC3日間投与後,PSL40Cmg/日投与にてC1週間で外転神経麻痺は軽快し,麻痺の改善後にCPSL15Cmg/日へ漸減し外転神経麻痺の再燃はみられていない.今回,筆者らは両側外転神経麻痺を合併したCAAVのC1例を経験した.AAVに外転神経麻痺を合併した患者では,臨床所見の改善・増悪の程度,疾患活動性,薬剤投与量などの情報を内科と共有し,連携して治療を行うべきと考えられる.文献1)宮永将,高瀬博:ANCA関連血管炎;専門領域の視点からANCA関連血管炎の眼病変.日本臨牀C76:355-359,C20182)ZhengY,ZhangY,CaiMetal:CentralnervoussysteminvolvementinANCA-associatedvasculitis:whatneurol-ogistsneedtoknow.FrontNeurolC9:1166,C20183)RothschildPR,PagnouxC,SerorRetal:OphthalmologicmanifestationsCofCsystemicCnecrotizingCvasculitidesCatdiagnosis:aCretrospectiveCstudyCofC1286CpatientsCandCreviewoftheliterature.SeminArthritisRheumC42:507-514,C2013C4)伊野田悟,吉田淳,川島秀俊:視神経障害を発症したと思われるCANCA関連血管炎のC1例.臨眼C69:869-873,C20155)有村義宏:ANCA関連血管炎診療の進歩.日本サルコイドーシス/肉芽腫性疾患学会雑誌39:19-24,C20196)白井剛志,石井智徳:全身疾患におけるCANCA測定の意義.MBENTONI:17-22,C20187)尾崎承一,槇野博史,松尾清一:ANCA関連血管炎の診療ガイドライン.厚生労働省難治性疾患克服研究事業:C53-72,C20118)岡田秀明,望月吉郎,中原保治ほか:外転神経麻痺を併発した間質性肺炎合併顕微鏡的多発血管炎のC1例.日本呼吸器学会雑誌C47:1015-1019,C2009***

浸潤型蝶形骨洞アスペルギルス症による死亡例と生存例

2022年9月30日 金曜日

《原著》あたらしい眼科39(9):1256.1260,2022c浸潤型蝶形骨洞アスペルギルス症による死亡例と生存例津村諒*1尾上弘光*2末岡健太郎*2岡田尚樹*2三好庸介*3小林隆幸*4木内良明*2*1市立三次中央病院眼科*2広島大学大学院医系科学研究科視覚病態学*3三好眼科*4国家公務員共済組合連合会吉島病院眼科CDeathandSurvivalDuetoInvasiveSphenoidSinusAspergillosisRyoTsumura1),HiromitsuOnoe2),KentaroSueoka2),NaokiOkada2),YousukeMiyoshi3),TakayukiKobayashi4)andYoshiakiKiuchi2)1)DepartmentofOphthalmology,MiyoshiCentralHospital,2)DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,GraduateSchoolofBiomedicalSciences,HiroshimaUniversity,3)MiyoshiEyeClinic,4)DepartmentofOphthalmology,YoshijimaHospitalC浸潤型副鼻腔アスペルギルス症は死亡率の高い疾患である.筆者らは,浸潤型副鼻腔アスペルギルス症により眼窩先端部症候群をきたし,死亡した症例と生存した症例を経験した.症例C1はC82歳,男性.左眼視力低下と中心暗点があった.眼底検査および頭部CMRI検査で異常は見つからず,左球後視神経炎としてステロイド全身投与を行った.2カ月後,左眼瞼下垂と全方向の眼球運動障害を生じた.頭部CMRIでは蝶形骨洞・篩骨洞に一部がCT1低信号,T2低信号を示す腫瘤があった.内視鏡下副鼻腔手術(ESS)を行い,病理診断でアスペルギルスが見つかり抗真菌薬を投与した.しかし,硬膜外膿瘍に進展し逝去された.症例C2はC85歳,女性.左眼瞼下垂と全方向の眼球運動障害があった.頭部単純CMRI検査で左蝶形骨洞に腫瘤があった.ESSが行われ,視機能の改善は得られなかったが生存しえた.二つの症例を対比すると死亡を防ぐためには早期の診断がなにより重要と考えられた.CPurpose:ToCreportCtwoCcasesCofCorbitalCapexCsyndromeCcausedCbyCinvasiveCsinusaspergillosis:oneCthatCpassedCawayCandConeCthatCsurvived.CCaseReports:CaseC1CinvolvedCanC82-year-oldCmaleCwhoCpresentedCwithCdecreasedvisualacuityandacentraldarkspotinhislefteye.Twomonthslater,ptosisandocularmotorimpair-mentCinCallCdirectionsCdevelopedCinCthatCeye.CACmagneticCresonanceimaging(MRI)examinationCofCtheCpatient’sCheadCrevealedCaCmassCinCtheCsphenoidCandCethmoidCsinuses.CEndoscopicCsinussurgery(ESS)wasCperformed,CandCpathologicaldiagnosisrevealedinvasiveaspergillosis,forwhichantifungaldrugswereadministered.However,theaspergillosisCdevelopedCintoCanCepiduralCabscessCandCtheCpatientCpassedCaway.CCaseC2CinvolvedCanC85-year-oldCfemalewhopresentedwithptosisandoculardyskinesiainalldirectionsinherlefteye.AsimpleMRIexaminationofCtheCpatient’sCheadCrevealedCaCmassCinCtheCleftCsphenoidCsinus.CESSCwasCperformed,CandCtheCpatientCsurvived,CalthoughCherCvisualCfunctionCdidCnotCimprove.CConclusion:InCcasesCofCorbitalCapexCsyndrome,CstrictCfollow-upCisCnecessary,asinvasivesphenoidsinusaspergillosiscandevelop.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)39(9):1256.1260,C2022〕Keywords:浸潤型副鼻腔真菌症,アスペルギルス,眼窩先端部症候群.invasivefungalrhinosinusitis,aspergillus,orbitalapexsyndrome.Cはじめに内に浸潤すると硬膜外膿瘍や硬膜静脈洞血栓症をきたし,致浸潤型副鼻腔真菌症は死亡率C50%といわれる致死的疾患死的になる.そのため早期の診断,加療が必要である.である1,2).副鼻腔から眼窩内に浸潤すると眼窩先端部症候今回,筆者らが経験した,死亡と生存という異なる転機を群をきたし,失明や不可逆的な眼球運動障害を生じる.頭蓋とったアスペルギルスによる浸潤型副鼻腔真菌症により眼窩〔別刷請求先〕津村諒:〒734-8551広島市南区霞C1-2-3広島大学大学院医系科学研究科視覚病態学Reprintrequests:RyoTsumura,M.D.,DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,GraduateSchoolofBiomedicalSciences,HiroshimaUniversity,1-2-3,Kasumi,Minami-ku,Hiroshima-shi,Hiroshima734-8551,JAPANC1256(98)図1症例1の初診時MRI蝶形骨洞から後部篩骨洞に軟部組織陰影とCT1低信号(Ca),T2低信号(Cb)の腫瘤(C.)があるが,撮影時は指摘できなかった.先端部症候群をきたした症例について報告する.CI症例[症例1]82歳,男性.主訴:左眼視力低下.既往歴:リウマチ性多発筋痛症(プレドニゾロンC5Cmg/日を内服),高血圧.現病歴:初診C2カ月前から左側頭部痛を自覚していた.初診C2日前,起床時に左眼視力低下を自覚し,近医眼科を受診した.Goldmann動的視野検査で左眼に中心暗点があり,左視神経炎疑いとして市立三次中央病院眼科を受診した.初診時所見:VD=1.0(1.2C×sph+0.50D(cyl.0.75DAx80°),VS=0.15(n.c),RT=16CmmHg,LT=17CmmHgであった.眼球運動障害や眼球運動時痛はなく,左側頭部痛を訴えた.相対性求心性瞳孔障害は左眼陽性であった.外眼部,前眼部,中間透光体に異常はなく,眼底も視神経乳頭の腫脹・発赤はなかった.頭部単純CMRI検査では,蝶形骨洞から後部篩骨洞に軟部組織陰影とCT1低信号,T2低信号を示す腫瘤があるが,撮影時は指摘できなかった(図1).経過:左球後視神経炎として,翌日からステロイドミニパルス療法(メチルプレドニゾロンC500Cmg/日C3日間)を行った.初診C6日後にCVS=0.3(0.4C×sph+1.00D(cyl.1.00DCAx100°)に改善し,左側頭部痛も自制内となった.パルス治療C3週後に左側頭部痛が再発し,さらなる左眼視力低下を自覚し,再診時,左眼視力は=光覚弁になっていた.眼底および頭部造影CMRIでは明らかな異常は見つからず,左球後視神経炎の再発と考え同日からステロイドパルス療法(メチルプレドニゾロンC1,000Cmg/日C3日間,プレドニゾロン内服50Cmg/日による後療法)を行った.1週後,VS=30Ccm指数弁になり,左側頭部痛は軽度に残存するだけになった.プレドニゾロンはC1カ月でもともと内服していたC5Cmgまで漸減図2症例1の眼窩先端部症候群となった際のMRIT1強調画像(Ca),T2強調画像(Cb),造影CT1強調画像(Cc).蝶形骨洞の腫瘤(C.)が眼窩内に浸潤している.造影CMRIでは不均一な造影効果があった.図3症例1の病理組織学的検査Glocott染色陽性(Ca),PAS染色陽性(Cb)でCY字に分枝する菌体が多数ある.図4症例2の初診時MRI蝶形骨洞に一部CT1低信号(Ca),T2無信号(Cb)を示す腫瘤(C.)があり,眼窩先端部に連続している.した.2カ月後,左眼瞼下垂が出現し,左眼は完全に閉瞼しており,全方向の眼球運動障害があり,瞳孔は散大していた.単純CMRIでは,蝶形骨洞・篩骨洞に液体の貯留と,眼窩先端部に続くCT1低信号,T2低信号を示す部分を含む腫瘤があり,造影CMRIでは不均一な造影効果を示した(図2).CTでは骨破壊像を伴っており,石灰化陰影はなかった.Cb-DグルカンはC72.2Cpg/ml(基準値C11以下)であった.浸潤型副鼻腔真菌症による眼窩先端部症候群と考え,同日他院耳鼻咽喉科へ転院し,緊急に内視鏡下副鼻腔手術が行われた.術中,蝶形骨洞に白色の膿汁と真菌塊があった.病理組織学的検査ではCPAS染色陽性の分枝状真菌があり蝶形骨洞アスペルギルス症と診断された(図3).培養は提出されていない.術後はボリコナゾールC200Cmg/1日C2回で加療されたが,硬膜外膿瘍に進展した.病変はさらに反対の右眼窩先端部まで達し右眼も失明した.徐々に全身状態は悪化し,初診からC4カ月後に逝去された.[症例2]85歳,女性.主訴:左眼瞼下垂.既往歴:糖尿病(HbA1c6.6),肺癌(初診C13年前とC2年前に手術,化学療法),高血圧.現病歴:糖尿病網膜症のため定期受診しており,今回の受診C2週間前の視力はCVD=(0.7),VS=(0.8)であった.胃ポリープ切除のため入院しており,2日前から左眼瞼下垂が生じたため,国家公務員共済組合連合会吉島病院眼科を受診した.頭痛や眼痛の訴えはなかった.受診時所見:VD=0.5×(0.9C×sph.0.75D(cyl.1.75DCAx40°),VS=0.05×IOL(0.1(cly.1.75DAx60°)であった.左眼瞼下垂(眼縁角膜反射距離-1=0Cmm)があり,全方向の眼球運動障害があった.相対性求心性瞳孔障害は左眼陽性であった.外眼部,前眼部,中間透光体に異常はなく,眼底は両眼に糖尿病網膜症による軽度の点状出血があるのみで,視神経乳頭の発赤・腫脹はなかった.経過:症状と所見から左眼窩先端部症候群と判断し,同日頭部単純CMRIを撮影した.蝶形骨洞にCT1低信号,T2低信号を示す腫瘤があり,眼窩先端部に連続していた(図4).血液検査では,カンジタ抗原は陰性,Cb-DグルカンはC2.598Cpg/ml(基準値C11以下)であったが,アスペルギルス抗原はC2.9(基準値C0.5未満)で陽性だった.アスペルギルスによる浸潤型副鼻腔真菌症による眼窩先端部症候群を疑い,初診翌日に他院耳鼻咽喉科へ転院し,同日副鼻腔内視鏡下手術が行われた.左蝶形骨洞には真菌塊が充満しており,可及的に摘出された.病理組織学的検査では鋭角な分枝をもつ菌糸の集簇があった(図5).培養は提出されていない.術翌日からイトラコナゾールC100Cmg経口/1日C1回がC1週間,同時にボリコナゾールC200Cmg静脈内投与/1日C2回がC2週間行われた.左眼視力の改善は得られず指数弁まで増悪し,眼瞼下垂と眼球運動障害は部分的な改善に留まった.視機能の改善は得られなかったが生存しえた.抗菌治療は前述のもので終了し,現在も無治療経過観察で全身状態は良好である.CII考察副鼻腔真菌症の原因菌としてはC80%以上がアスペルギルス属である.アスペルギルスは土壌など広い範囲に存在しており,口腔,鼻腔,副鼻腔にも常在している.副鼻腔真菌症は組織浸潤を認め重篤な症状を呈する浸潤型と,限局した病変を呈する組織非浸潤型に分けられる.浸潤型副鼻腔真菌症は,アスペルギルスが起炎菌としてもっとも多く,ついでムコールが多い.骨破壊を伴い隣接臓器へと病変が浸潤する.眼窩内に浸潤すれば眼窩先端部症候群をきたし,視神経障害や不可逆的な眼球運動障害を生じる.頭蓋内に浸潤すれば硬膜外膿瘍や硬膜静脈洞血栓症,感染性動脈瘤をきたし,致死率はC50%といわれている1,2).一方,非浸潤型副鼻腔真菌症もアスペルギルスが起炎菌としてもっとも多く,ついで黒色真菌,スケドスポリウムが多い.真菌塊(fungusball)を形成し,まれに骨を介した圧迫により視神経障害や眼球運動障害をきたすことがあるが,致死的な経過にはならない.非浸潤型副鼻腔真菌症では正常免疫であることが多いが,浸潤型の患者背景は悪性腫瘍,癌化学療法,免疫抑制薬,ステロイド投与などの免疫不全患者であることがほとんどである3).副鼻腔真菌症の罹患部位は上顎洞に多く4),蝶形骨洞に生じることは少ない.副鼻腔真菌症C143例中C11例(7.7%)のみが蝶形骨洞真菌症であったという国内からの報告がある5).また海外から,細菌感染も含めた副鼻腔感染症のうち蝶形骨洞病変はC2.7%という報告があり,真菌感染の頻度はさらに数は少なくなる6).図5症例2の病理組織学的検査鋭角な分岐,分生子形成を示す菌糸の集簇があった.蝶形骨洞真菌症では副鼻腔真菌症の一般的な症状である膿性または粘性鼻漏や鼻出血などの鼻症状7)がなく,頭痛や眼窩部痛といった非特異的な症状が主となり,視力低下,眼瞼下垂,眼球運動障害といった眼窩先端部浸潤を示す所見で初めて診断に至ることもある8,9).浸潤型副鼻腔真菌症におけるCCT検査の特徴として石灰化がC90%以上の症例にあり,菌体の集簇による濃淡のある軟部組織濃度,骨破壊像がみられる.MRI検査では真菌の集簇に相当する部位がCT1強調像で低信号,T2強調像では著明な低信号を呈する10).炎症や腫瘍では通常CT2強調像で高信号を呈するため,T2強調像の低信号は真菌性副鼻腔真菌症とその他の副鼻腔炎症性疾患や腫瘍との鑑別に有用である.深在性真菌症に対する血清学的診断法としてCb-Dグルカンやアスペルギルス抗原が用いられる.Cb-Dグルカンは真菌の細胞壁の構成成分であり,アスペルギルス以外にもカンジダやフサリウム,ニューモシスチス肺炎でも陽性になる.ムコールは浸潤型真菌症の原因になるが,細胞壁にCb-Dグルカンを含まないため陰性になることに注意が必要である.アスペルギルス抗原検査はアスペルギルスに特異的な抗原で,細胞壁に含まれるガラクトマンナンを検出する.真菌が生体組織に浸潤することで菌体成分が血中に検出されるようになるため,非浸潤型真菌症では陰性のことが多く11),colo-nizationでも陽性にならない12).b-Dグルカンとアスペルギルス抗原の感度と特異度は報告によって差があり,浸潤型副鼻腔真菌症に対するCb-Dグルカンの感度は60.80%程度で,特異度はC80.90%とされる13).浸潤型アスペルギルス症に対するアスペルギルス抗原の感度はC60.80%程度で,特異度はC80.90%程度と報告されている13).感度は決して高いといえず,陰性であってもこれらを否定することはできない.一方,特異度は比較的高く,陽性であった場合は真菌の血管浸潤や組織破壊によってこれらの物質が血中に入ったことを示しており,Cb-Dグルカンは浸潤型真菌症,アスペルギルス抗原は浸潤型アスペルギルス症に対して診断的価値がある.いずれも偽陽性には注意が必要で,Cb-Dグルカンは透析患者や血管製剤の使用者,手術の際にガーゼを使用した場合や菌血症で陽性になることがある.アスペルギルス抗原は抗菌薬であるタゾバクタム・ピペラシン,クラブラ酸・アモキシシリン投与や食事の影響で陽性になることがある14).確定診断は罹患部位を生検し,病理組織学的検査によって行う.真菌の存在と組織への浸潤所見(血管の血栓,組織への直接浸潤など)があれば浸潤型副鼻腔真菌症と診断する.また,菌種を確認することが重要で,起因菌によって有効な抗真菌薬が異なる.アスペルギルス属とフサリウムはボリコナゾールが有効であるが,ムコールには無効でアムホテリシンCBが選択される.フサリウムとムコールも浸潤型副鼻腔真菌症の起炎菌となり,その場合は致死的である.ムコールは有効な抗真菌薬は少なく予後不良である.培養検査はC10.30%15)と低く,診断は病理組織学的検査に頼らざるをえないが,薬剤感受性の情報が得られる点は有用である.今回,アスペルギルスによる副鼻腔真菌症により眼窩先端部症候群をきたした症例で死亡例と生存例を経験した.症例C1は頭痛と眼症状のみで,鼻症状や眼瞼下垂,眼球運動障害といった眼窩先端部の症状はなく,真菌性副鼻腔症を疑うことができず,球後視神経炎を疑った.当初はC2名の眼科医師,放射線診断科医師によりCMRI画像の読影を行ったが,診断は困難であった.視神経炎を疑った症例においてMRIで視神経に炎症所見が確認できない場合はステロイド全身投与を行う前に真菌症も含めた感染症の可能性がないか検討すべきと考えた.症例C2は鼻症状はなかったが,初診時から眼窩先端部症候群であったことから蝶形骨洞の腫瘤に気づくことができ,早期診断につながった.最終的に視力の改善は得られず失明に至ったが,早期の副鼻腔内視鏡手術によって排膿と確定診断を行い,抗真菌薬を投与したことで頭蓋内浸潤を防ぎ救命しえた.このC2症例を対比すると,致死的経過を防ぐためには早期の診断がなにより重要と思われた.文献1)ChoiCHS,CChoiCJY,CYoonCJSCetal:ClinicalCcharacteristicsCandCprognosisCofCorbitalCinvasiveCaspergillosis.COphthalCPlastReconstrSurgC24:454-459,C20082)TurnerJH,SoudryE,NayakJVetal:SurvivaloutcomesinCacuteCinvasiveCfungalsinusitis:aCsystematicCreviewCandquantitativesynthesisofpublishedevidence.Laryngo-scopeC123:1112-1118,C20083)ChakrabartiCA,CDenningCDW,CFergusonCBJCetal:Fungalrhinosinusitis:aCcategorizationCandCde.nitionalCschemaCaddressingCcurrentCcontroversies.CLaryngoscopeC119:C1809,C20094)長谷川稔文,雲井一夫:鼻副鼻腔真菌症C54例の臨床的検討.耳鼻臨床98:853-859,C20055)佐伯忠彦,竹田一彦,白馬伸洋:副鼻腔真菌症の臨床的検討.耳鼻臨床89:199-207,C19966)LeeTJ,HuangSF,ChangPH:CharacteristicsofisolatedsphenoidCsinusaspergilloma:reportCofCtwelveCcasesCandCliteratureCreview.CAnnCOtolCRhinolCLaryngolC118:211-217,C20097)鴻信義:副鼻腔真菌症.日本耳鼻咽喉科学会会報C110:C36-39,C20078)田口享秀,椙山久代,高橋明洋ほか:蝶形骨洞アスペルギルス症の検討.日本耳鼻咽喉科学会会報C102:1042-1045,C19999)ZhangCH,CJiangCN,CLinCXCetal:InvasiveCsphenoidCsinusCaspergillosisCmimickingCsellartumor:aCreportCofC4CcasesCandsystematicliteraturereview.ChinNeurosurgJ6:10,202010)川内秀之:侵襲性鼻副鼻腔真菌症の診断と治療.日本耳鼻咽喉科学会会報C117:1492-1495,C201411)太田伸男,鈴木祐輔:浸潤型副鼻腔真菌症最新の知見.日耳鼻116:581-585,C201312)Ostrosky-ZeichnerCL,CVitaleCG,CNucciMarcio:NewCsero-logicalCmarkersCinCmedicalmycology:(1,3)C-(-D-glucanCandCAspergillusCgalactomannan.CInfectio16(Supple.3):C59-63,C201213)HongzhengWeiH,YunchuanLi,HanDetal:Thevaluesof(1,3)C-b-D-glucanCandCgalactomannanCinCcasesCofCinva-siveCfungalCrhinosinusitis.CAmCJCOtolaryngolC42:102871,C202114)MaesakiS:Aspergillosis.MedMycolJC52:97-105,C201115)NomuraCK,CAsakaCD,CNakayamaCTCetal:SinusCfungusCballCinCtheJapaneseCpopulation:clinicalCandCimagingCcharacteristicsCofC104Ccases.CIntCJCOtolaryngolC2013:C731640,C2013C***

翼状片手術の短期成績と術後円柱度数,高次収差

2022年9月30日 金曜日

《原著》あたらしい眼科39(9):1249.1255,2022c翼状片手術の短期成績と術後円柱度数,高次収差大久保篤*1,2難波広幸*1唐川綾子*2,3西塚弘一*1山下英俊*1*1山形大学医学部眼科学講座*2東京大学大学院医学系研究科外科学専攻眼科学*3さいたま赤十字病院眼科CTheIn.uencesofPterygiumExcisiononAstigmatismandHigher-OrderAberrationsAtsushiOkubo1,2)C,HiroyukiNamba1),AyakoKarakawa2,3)C,KoichiNishitsuka1)andHidetoshiYamashita1)1)DepartmentofOphthalmologyandVisualSciences,YamagataUniversityFacultyofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,GraduateSchoolofMedicineandFacultyofMedicine,TheUniversityofTokyo,3)DepartmentofOphthalmology,SaitamaRedCrossHospitalC目的:翼状片手術に伴う術前後の光学的変化,およびそれに関連する因子について検討を行った.対象および方法:2014年C1月.2018年C12月に山形大学医学部附属病院で翼状片手術を施行し,6カ月以上経過観察できたC39例C44眼を対象とした.術前,術後に波面収差解析を行い,その変化と関連する因子について検討した.結果:最終受診までの間に再発がみられたのはC1眼で,再手術を要した症例はなかった.術前と比較し,術後C1カ月時点で角膜円柱度数,全高次収差は全眼球・角膜ともに有意に減少した.眼球円柱度数,眼球コマ収差も術後C3カ月までに有意に減少した.術後C6カ月では角膜コマ収差も有意な減少を認めた.再発翼状片は初発に比較して,術後C6カ月時点での角膜の全高次収差とコマ収差が有意に大きかった.結論:翼状片手術後の光学的な安定には術後C6カ月を要した.再発翼状片は初発に比較して術後の角膜高次収差が有意に高値であった.CPurpose:ToCinvestigateCtheCin.uencesCofCpterygiumCexcisionConCastigmatismCandChigher-orderCaberrations(HOAs),andelucidatethepossiblefactorsthata.ectpostoperativevisualfunction.Methods:Thisstudyinvolved44eyesof39patientswhounderwentpterygiumexcisionattheYamagataUniversityHospitalfromJanuary2014toCDecemberC2018.CAstigmatismCandCHOACdataCwasCobtainedCpreCandCpostCsurgery,CandCchange-relatedCfactorsCwereanalyzed.Results:Although1eyeshowedrecurrenceofpterygium,noreoperationwasrequiredwithinthefollow-upCperiod.CCornealCcylinder,CocularCtotalCHOA,CandCcornealCtotalCHOACwereCsigni.cantlyCdecreasedCatC1-monthCpostoperative.CSigni.cantCreductionCinCcornealCcoma-likeCHOACwasCobservedCatC6-monthsCpostoperative.CPreviousCrecurrenceCwasCtheConlyCfactorCassociatedCwithCincreaseCofCcornealCtotalCHOACandCcoma-likeCHOACatC6-monthsCpostoperative.CConclusions:OurC.ndingsCrevealCthatC6CmonthsCmayCbeCneededCtoCstabilizeCaberrationsCafterpterygiumsurgery,andthatpreviousrecurrencea.ectspostoperativevisualfunction.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C39(9):1249.1255,C2022〕Keywords:翼状片手術,円柱度数,高次収差,波面収差解析.pterygiumexcision,astigmatism,higher-orderaberrations,wave-frontanalyzer,postoperativestability.Cはじめに翼状片は,紫外線曝露,ウイルス感染,環境因子などのさまざまなリスク因子により生じた慢性炎症により,球結膜に弾性線維の変性やリンパ球浸潤を生じ,異常増殖した線維性増殖組織である.その進展により,視軸を遮閉し視力低下を引き起こし,涙液の分布不良に加え,乱視や高次収差の増加により視機能を低下させる1,2).近年の報告では,翼状片の頂点近傍での弾性線維化,新生血管増生,角膜のCBowman膜破壊などの組織的な変化が示唆されている3).翼状片の治療は外科的切除が推奨され,これにより瞳孔領の遮閉の解除,増殖組織による角膜牽引の解除と乱視の改善,涙液分布や不正乱視の改善などによる視機能の改善が報告されている3.6).しかし,ある程度の乱視・不正乱視が残存し,視機能への影響が残る患者が散見される7).今回の検討では,翼状片手術後の視機能の変化と,それに影響を与える因子を,円柱度数・高次収差を中心に検討した.〔別刷請求先〕大久保篤:〒330-8553埼玉県さいたま市中央区新都心C1-5さいたま赤十字病院眼科Reprintrequests:AtsushiOkubo,DepartmentofOphthalmology,SaitamaRedCrossHospital,1-5Shintoshin,Chuo-ku,Saitama330-8553,JAPANCI対象および方法対象は,2014年C1月.2018年C12月に山形大学医学部附属病院で翼状片手術を施行し,6カ月以上経過観察できた患者である.条件を満たすC39例C45眼を対象とし,手術成績,症例の特徴について後ろ向きに検討を行った.翼状片の大きさは,Zhongらの報告8)に従ってCGrade分類した.加えて術後の光学的な変化を評価するため,波面センサーKW-1W(トプコン)を用いて円柱度数,高次収差(全高次収差・コマ収差・球面収差)を測定し,全眼球・角膜に分けてCrootCmeansquare(μm)で評価,検討した.上記対象のなかで術前,術後C1カ月,術後C3カ月,術後C6カ月すべての時点で円柱度数・高次収差の測定ができたC25例C27眼において,収差の経時変化を評価するためCFriedmann検定を行い,有意であったものはペアごとの多重比較(Mann-Whit-neyのCU検定をCBonferroni法によって補正)を行った.さらに,術後C6カ月時点で波面収差解析を行ったC31例C35眼について,術後の収差に関連する因子について検討した.検定は,IBM社CSPSSCversion21.0を用い,単回帰分析,Mann-WhitneyのCU検定,Kruskal-Wallis検定を行った.手術は同一術者によって行われ,症例に合わせて切除+遊離弁移植,切除+有茎弁移植,切除+羊膜移植を行い,症例によってはマイトマイシンCC(MMC,適用外使用)を併用した.いずれの方法でも角膜上の翼状片組織は鈍的に.離し,Tenon.の増殖組織を切除(綿抜き法)した.MMCを使用する場合には,0.04%希釈液を染み込ませたスポンジを結膜下にC4分間留置し,生理食塩水C200.300Cmlで十分に洗浄した.遊離弁移植を行った症例では耳側下方結膜から遊離無茎弁を採取し,結膜欠損部に縫着した.有茎弁を用いる際は江口らの方法で施行した.羊膜移植の場合は,結膜欠損部に羊膜の上皮側を上にして縫着した.いずれも弁・羊膜の縫着にはC10-0ナイロン糸を用いた.角結膜上皮の創傷治癒を促進させるため,ソフトコンタクトレンズを装着して手術を終了した.術翌日からC0.3%ガチフロキサシン点眼,0.1%ベタメタゾン点眼を各々C1日C4回点眼し,おおむね術後C3カ月前後で切除部の炎症の軽減に応じてC0.1%フルオロメトロン点眼に変更した.その後漸減し,術後C6カ月以降に点眼は中止した.本研究は臨床研究法を遵守し,世界医師会ヘルシンキ宣言に則っている.診療録を用いた侵襲を伴わない後ろ向き研究のため,インフォームド・コンセントはオプトアウトによって取得され,山形大学医学部倫理委員会の承認を得て研究を行った.表1円柱度数,高次収差の経時変化術前術後C1カ月術後C3カ月術後C6カ月平均標準偏差平均標準偏差平均標準偏差平均標準偏差眼球角膜円柱度数(Diopter)C全高次収差(Cμm)Cコマ収差(Cμm)C球面収差(Cμm)C円柱度数(Diopter)C全高次収差(Cμm)Cコマ収差(Cμm)C球面収差(Cμm)C4.938C1.472C0.667C0.023C6.189C1.210C0.500C0.192C3.032C1.035C0.641C0.145C3.301C0.956C0.435C0.394C2.435C0.639C0.335C0.049C2.104C0.616C0.262C0.057C1.730C0.502C0.366C0.136C1.374C0.318C0.138C0.104C1.884C0.464C0.219C0.045C2.098C0.654C0.252C0.080C1.339C0.267C0.133C0.078C1.631C0.532C0.171C0.096C1.901C0.431C0.234C0.038C2.003C0.514C0.223C0.073C1.2750.2330.2060.0761.3950.2860.1350.075p値Friedman検定術前Cvs術後C1カ月*術前Cvs術後C3カ月*術前Cvs術後C6カ月*術後C1カ月Cvs術後C3カ月*術後C3カ月Cvs術後C6カ月*円柱度数(Diopter)<C0.001C0.079<0.001<0.0010.614C1.000眼球全高次収差(Cμm)コマ収差(Cμm)C<C0.001C0.003C0.0110.079C<0.0010.004<0.0010.0160.184C1.000C1.0001.000球面収差(Cμm)C0.027C0.122C0.092C0.050C1.000C1.000円柱度数(Diopter)<C0.001<0.001<0.001<0.0011.000C1.000角膜全高次収差(Cμm)コマ収差(Cμm)C<C0.001C0.019C0.0010.271C<0.0010.092C<0.0010.019C1.000C1.000C1.0001.000球面収差(Cμm)C0.945*:Mann-WhitneyのCU検定,Bonferroni調整後.1250あたらしい眼科Vol.39,No.9,2C022(92)C円柱度数全高次収差コマ収差(Diopter)(μm)*(μm)*(μm)10*31.40.22.51.280.1512球面収差0.81.50.10.641眼球60.40.0520.50.20術前1M3M6M0術前1M3M6M0術前1M3M6M0術前1M3M6M*(Diopter)(μm)*(μm)*(μm)102.510.60.5280.8角膜64201.510.5術前1M3M6M00.60.40.2術前1M3M6M00.40.30.20.1術前1M3M6M0術前1M3M6M(*:p<0.05)図1円柱度数,高次収差の経時変化術前と比較し,術後C1カ月時点で角膜円柱度数と,全高次収差は全眼球・角膜ともに有意に減少した.眼球円柱度数,眼球コマ収差は術後3カ月で有意に減少し,術後C6カ月では角膜コマ収差も減少を認めた.エラーバーは標準偏差を示す.*:p<0.05.II結果平均年齢はC68.6C±11.7歳,男性C29眼,女性C16眼であった.翼状片の部位は鼻側C34眼,耳側C10眼,両側C1眼で,初発翼状片はC36例,再発翼状片はC9例であった.大きさはCGrade2がC19眼,Grade3がC15眼,Grade4がC11眼であった.有水晶体眼はC36眼で,眼内レンズ挿入眼はC9眼であった.術中CMMCを使用した例はC17眼で,その他C28例では使用せず手術を施行した.検討期間中,最終受診までの間に再発を認めたのはC1眼で,再手術を要した症例はなかった.術前から術後C6カ月まですべての時点で波面収差の測定ができたC25例C27眼(平均年齢C67.9C±12.0歳,男性C17眼,女性C10眼)について,眼球全体・角膜における円柱度数・全高次収差・コマ収差・球面収差の経過を示す(表1,図1).Friedman検定では角膜の球面収差のみ有意差を認めなかった(p=0.945).術前と比較すると,術後C1カ月時点で角膜の円柱度数は有意に低下し(p<0.001),全高次収差は眼球(p=0.011),角膜(p=0.001)ともに低下を認めた.術後C3カ月では眼球全体の円柱度数(p<0.001),コマ収差(p=0.004)が術前に比べて有意に低下した.角膜コマ収差は術後C6カ月で,術前からの有意な低下を認めた(p=0.019).いずれの項目でも術後C1カ月とC3カ月,3カ月とC6カ月との間では有意な変化は認めなかった.術後C6カ月で波面収差解析を施行できたのはC31例C34眼(平均年齢C67.9C±12.0歳,男性C21眼,女性C13眼)であった.翼状片の大きさや手術法などの条件と,術後乱視・高次収差との関連を検討するため,術後C6カ月時点での円柱度数・高次収差について,各条件での差異を統計学的に検討した.翼状片の位置については耳側がC1眼のみであったため,鼻側と両側の眼で解析を行った.性別,翼状片の部位と大きさ,術式,MMC使用の有無はいずれも円柱度数・高次収差との関連は認めなかった.再発翼状片においては,初発翼状片に比較して角膜の術後全高次収差(p=0.024)・コマ収差(p=0.027)が有意に大きいことが示された(表2).さらに,術後C6カ月時点での円柱度数・高次収差について,術前の円柱度数・高次収差との関連も検討した.その結果,眼球全体では術前の全高次収差(p=0.023)が術後全高次収差と関連しており,術前コマ収差は術後の円柱度数(p=0.032),全高次収差(p=0.015)と関連していた.これら表2術後6カ月時点での円柱度数・高次収差と患者背景の関連眼球n円柱度数(Diopter)全高次収差(Cμm)コマ収差(Cμm)球面収差(Cμm)平均標準偏差p値平均標準偏差p値平均標準偏差p値平均標準偏差p値性別*男性C女性C21C13C2.096C1.586C1.238C1.042C0.454C0.472C0.354C0.250C0.176C0.396C0.262C0.180C0.226C0.097C0.414C0.037C0.025C0.070C0.0750.495水晶体*有水晶体C眼内レンズ挿入眼C29C5C1.964C1.534C1.232C0.786C0.603C0.440C0.350C0.240C0.143C0.777C0.211C0.346C0.112C0.436C0.925C0.033C0.026C0.073C0.0630.539Grade2C13C1.777C1.183C0.410C0.264C0.273C0.281C0.044C0.072C翼状片の大きさ†CGrade3C13C1.786C1.040C0.808C0.387C0.180C0.498C0.188C0.109C0.624C0.045C0.068C0.106CGrade4C8C2.289C1.434C0.519C0.243C0.230C0.086C.0.008C0.066鼻側C25C1.927C1.226C0.428C0.234C0.231C0.214C0.032C0.078C翼状片の位置*耳側C10.951C1.000C0.789C0.550両側C8C1.818C1.172C0.414C0.241C0.212C0.103C0.026C0.048再発の有無*初発C再発C27C7C1.828C2.179C1.156C1.311C0.452C0.395C0.550C0.224C0.221C0.139C0.221C0.268C0.208C0.100C0.177C0.034C0.024C0.065C0.0960.803マイトマイシンCCの術中使用*不使用C使用C20C14C1.658C2.247C1.107C1.228C0.158C0.443C0.404C0.240C0.219C0.743C0.242C0.213C0.231C0.115C0.959C0.020C0.049C0.082C0.0430.436無茎弁C24C1.913C1.260C0.416C0.237C0.234C0.218C0.045C0.067C再建術式†有茎弁C併用C3C5C1.483C2.256C0.352C1.306C0.793C0.388C0.473C0.121C0.294C0.835C0.247C0.217C0.128C0.123C0.929C0.052C0.014C0.0500.0500.099羊膜移植C2C1.491C0.821C0.500C0.176C0.201C0.059C.0.098C0.092角膜Cn円柱度数(Diopter)全高次収差(Cμm)コマ収差(Cμm)球面収差(Cμm)平均標準偏差p値平均標準偏差p値平均標準偏差p値平均標準偏差p値性別*男性C女性C21C13C2.173C1.496C1.341C1.141C0.263C0.539C0.410C0.273C0.243C0.175C0.238C0.162C0.142C0.082C0.154C0.064C0.059C0.079C0.0670.987水晶体*有水晶体C眼内レンズ挿入眼C29C5C2.016C1.324C1.351C0.727C0.342C0.491C0.482C0.263C0.313C0.925C0.196C0.282C0.093C0.252C0.741C0.057C0.087C0.069C0.1030.637Grade2C13C1.794C1.217C0.475C0.325C0.225C0.161C0.070C0.094C翼状片の大きさ†CGrade3C13C1.787C1.258C0.655C0.451C0.221C0.360C0.182C0.104C0.676C0.075C0.045C0.263CGrade4C8C2.317C1.549C0.576C0.239C0.226C0.101C0.027C0.073鼻側C25C1.976C1.337C0.490C0.283C0.207C0.140C0.055C0.083C翼状片の位置*耳側C10.789C0.853C0.636C0.665両側C8C1.783C1.301C0.486C0.242C0.207C0.089C0.072C0.027再発の有無*初発C再発C27C7C1.839C2.204C1.233C1.578C0.531C0.4430.6680.2520.2590.0240.1950.2630.1340.0750.0270.071C0.026C0.067C0.0940.239マイトマイシンCCの術中使用*不使用C使用C20C14C1.707C2.210C1.197C1.413C0.306C0.512C0.458C0.292C0.230C0.823C0.221C0.192C0.145C0.098C0.877C0.054C0.072C0.087C0.0510.457無茎弁C24C1.914C1.358C0.465C0.272C0.204C0.141C0.066C0.075C再建術式†有茎弁C併用C3C5C1.287C2.286C0.583C1.357C0.756C0.419C0.561C0.082C0.286C0.535C0.220C0.209C0.080C0.108C0.666C0.088C0.070C0.0580.0220.333羊膜移植C2C1.927C1.712C0.714C0.375C0.248C0.084C.0.046C0.121*:Mann-WhitneyのCU検定,C†:Kruskal-Wallis検定.再発翼状片症例では,術後C6カ月時点での角膜高次収差,コマ収差が大きい.表3眼球全体での術前と術後6カ月時点の円柱度数・高次収差の関連術後C6カ月術前円柱度数(Diopter)全高次収差(Cμm)係数95%信頼区間p値係数95%信頼区間p値円柱度数(Diopter)C0.023C.0.134,C0.179C0.768C0.017C.0.011,C0.045C0.222眼球全高次収差(Cμm)Cコマ収差(Cμm)C0.306C0.809.0.173,C0.784C0.077,1.5400.200C0.0320.0960.1650.014,0.1770.035,0.2960.0230.015球面収差(Cμm)C.0.778C.4.288,C2.733C0.653C0.021C.0.624,C0.665C0.948眼球(有水晶体眼Cn=29)円柱度数(Diopter)C全高次収差(Cμm)Cコマ収差(Cμm)C球面収差(Cμm)C0.028C0.310C0.791.0.993C.0.135,C0.190C.0.183,C0.803C0.040,1.543.4.618,C2.632C0.730C0.207C0.0400.577C0.018C0.0970.162.0.013C.0.011,C0.047C0.013,0.1810.028,0.296.0.681,C0.655C0.2080.0260.0200.968術後C6カ月術前コマ収差(Cμm)球面収差(Cμm)係数95%信頼区間p値係数95%信頼区間p値円柱度数(Diopter)C0.001C.0.024,C0.026C0.924C.0.007C.0.016,C0.002C0.104眼球全高次収差(Cμm)Cコマ収差(Cμm)C0.015C0.050C.0.064,C0.095C.0.077,C0.178C0.696C0.425C.0.021C.0.027C.0.050,C0.007C.0.074,C0.019C0.1320.241球面収差(Cμm)C0.193C.0.369,C0.756C0.486C.0.013C.0.224,C0.198C0.901眼球(有水晶体眼Cn=29)円柱度数(Diopter)C全高次収差(Cμm)Cコマ収差(Cμm)C球面収差(Cμm)C0.009C0.028C0.042C0.019C.0.004,C0.022C.0.013,C0.069C.0.024,C0.109C.0.285,C0.323C0.146C0.167C0.200C0.899C.0.007C.0.020C.0.028C.0.030C.0.016,C0.003C.0.049,C0.009C.0.075,C0.020C.0.247,C0.187C0.1570.1700.2400.778単回帰分析.術前の全高次収差が術後全高次収差と関連し,術前コマ収差は術後の円柱度数,全高次収差と関連していた.表4角膜での術前と術後6カ月時点の円柱度数・高次収差の関連術後C6カ月術前円柱度数(Diopter)全高次収差(Cμm)係数95%信頼区間p値係数95%信頼区間p値円柱度数(Diopter)C0.026C.0.118,C0.170C0.713C.0.012C.0.041,C0.017C0.405眼球全高次収差(Cμm)Cコマ収差(Cμm)C.0.224C0.408C.0.807,C0.358C.0.875,C1.692C0.436C0.519C0.004C0.224C.0.118,C0.125C.0.027,C0.476C0.9490.078球面収差(Cμm)C0.146C.1.285,C1.576C0.836C0.201C.0.083,C0.486C0.157術後C6カ月術前円柱度数(Diopter)全高次収差(Cμm)係数95%信頼区間p値係数95%信頼区間p値円柱度数(Diopter)C.0.010C.0.023,C0.003C0.134C.0.004C.0.011,C0.004C0.300眼球全高次収差(Cμm)Cコマ収差(Cμm)C.0.008C0.057C.0.065,C0.049C.0.067,C0.180C0.783C0.354C.0.009C.0.023C.0.041,C0.022C.0.092,C0.045C0.5420.489球面収差(Cμm)C0.055C.0.082,C0.192C0.418C.0.007C.0.084,C0.069C0.844単回帰分析.関連は認められなかった.の関連は有水晶体眼のみ(26例C29眼)に限定しても確認された(表3).一方で角膜では術前後の円柱度数・高次収差に有意な関連を認めなかった(表4).CIII考按今回の研究では,翼状片に伴う円柱度数,高次収差はともに術後に減少が認められた.術前と比較すると,全高次収差は術後C1カ月には眼球全体・角膜ともに有意に減少し,円柱度数は角膜では術後C1カ月で,眼球全体でもC3カ月で有意に減少した.コマ収差は眼球全体でC3カ月,角膜では術後C6カ月で有意な減少が得られた.加えて眼球・角膜の円柱度数,全高次収差,コマ収差のすべてで,術後C3カ月とC6カ月の間で有意な差は認められなかったことから,翼状片術後の光学的変化は,術後C6カ月である程度安定すると考えられた.Gumusら9)は翼状片術後C3カ月とC12カ月に波面収差解析を行い,術後C3カ月には高次収差が有意に改善し,術後C12カ月ではさらに改善したことを報告した.また,Ozgurhanら7)は翼状片手術後C12カ月以降も高次収差が残存する可能性を報告している.Onoら10)は,角膜トポグラフィーを用いて,角膜不正乱視を,球面成分,正乱視成分,非対称成分,高次不正乱視成分のC4成分に分離して定量解析した.その結果,正乱視成分,非対称成分,高次不正乱視成分では,すべて術後C1カ月から有意に減少し,早期から視機能の改善が得られている一方で,再発翼状片においては術後C6.12カ月の間で非対称成分がさらに減少したと報告している.これらの報告と測定機器は異なるが,今回の研究で光学的な非対称性を表す指標であるコマ収差の減少には時間を要していることから,これがC6カ月以降にも,まだ変化している可能性は否定できない.翼状片の外科的切除により視機能が改善するまでには,増殖組織による角膜遮閉の解除や涙液分布の改善といった比較的早期から変化する要素に加え,角膜の組織,形状変化など変化に時間がかかる因子も高次収差に影響している.今回の結果は,これらの変化過程と論理的に乖離しない結果であった.今回の検討から,翼状片術後に白内障手術を施行する場合,とくに高機能眼内レンズを用いる場合は術後C6カ月以上経過してから白内障手術を施行することが推奨される.今回の検討では過去の報告7,10,11)と同様に,再発翼状片では,初発に比べて術後の角膜高次収差が有意に大きく,角膜乱視が残存していた.再発翼状片では初発翼状片切除後の瘢痕を超える範囲まで進行していることが多く,より広範な外科的介入を要することが,高次収差が増大する原因となっている可能性がある.このことから術後によりよい視機能を保つためには,有茎弁や遊離弁での再建12),MMCの併用13)などを行って可能な限り再発を防ぐことが望まれる.また,組織学的にも,GarciaTiradoらが再発翼状片で結膜杯細胞の密度が減少していることを報告している14).膜型,分泌型ムチンの減少による涙液層の不安定化も,角膜高次収差の増大に影響しているかもしれない.過去に翼状片の大きさが角膜乱視および高次収差の変化に有意な相関を示すことが報告されている1,11,15.17)が,今回の検討では,翼状片の大きさは術後の円柱度数,高次収差に関連しなかった.本検討ではCGrade1が含まれておらず,加えて術前に波面収差が測定不能であった症例も除外したため,限られた範囲での検討となったことが原因と考えられた.また,眼球全体では術前の高次収差,とくにコマ収差が術後の円柱度数や高次収差に関連していたが,角膜においては関連がなかった.角膜実質.後面の変化を示している可能性はあるが,既報では,翼状片の影響は角膜表面に限定していることが報告されている18).これについてもさらに検討が必要であろう.今回の臨床研究では,翼状片手術後は円柱度数,高次収差ともに速やかに減少していたが,角膜コマ収差は有意な減少を得るのにC6カ月を要した.初発翼状片に比べ,再発翼状片で術後C6カ月での角膜高次収差,コマ収差が高い結果であった.翼状片を可能な限り再発させないことが,視機能を保つために重要である.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)TomidokoroCA,COshikaCT,CAmanoCSCetal:QuantitativeCanalysisCofCregularCandCirregularCastigmatismCinducedCbyCpterygium.CorneaC18:412-415,C19992)ZareCM,CZarei-GhanavatiCS,CAnsari-AstanehCMCetal:CE.ectsCofCpterygiumConCocularCaberrations.CCorneaC29:C1232-1235,C20103)ZhouCW,CZyuCY,CZhangCBCetal:TheCroleCofCultravioletCradiationCinCtheCpathogenesisCofCpterygia.CMolCMedCRepC14:3-15,C20164)RazmjooH,VaeziM,PeymanAetal:Thee.ectofpte-rygiumCsurgeryConCwavefrontCanalysis.CAdvCBiomedCResC3:196,C20145)OhCJY,CWeeWR:TheCe.ectCofCpterygiumCsurgeryConCcontrastsensitivityandcornealtopographicchanges.ClinOphthalmolC4:315-319,C20106)ShahrakiCT,CArabiCA,CFeiziS:Pterygium:anCupdateConCpathophysiology,CclinicalCfeatures,CandCmanagement.CTherCAdvOphthalmolC13:1-21,C20217)OzgurhanCEB,CKaraCN,CCankayaCKICetal:CornealCwave-frontCaberrationsCafterCprimaryCandCrecurrentCpterygiumCsurgery.EyeContactLensC41:378-381,C20158)ZhongH,ChaX,WeiTetal:Prevalenceofandriskfac-torsCforCpterygiumCinCruralCadultCchineseCpopulationsCofCtheCBaiCnationalityCinDali:theCYunnanCMinorityCEyeCStudy.InvestOphthalmolVisSciC53:6617-6621,C20129)GumusCK,CTopaktasCD,CGokta.ACetal:TheCchangeCinCocularChigher-orderCaberrationsCafterCpterygiumCexcisionCwithCconjunctivalautograft:aC1-yearCprospectiveCclinicalCtrial.CorneaC31:1428-1431,C201210)OnoCT,CMoriCY,CNejimaCRCetal:ComparisonCofCcornealCirregularityCafterCrecurrentCandCprimaryCpterygiumCsur-geryCusingCfourierCharmonicCanalysis.CTranslCVisCSciCTechnolC10:13,C202111)OnoCT,CMoriCY,CNejimaCRCetal:Long-termCchangesCandCe.ectofpterygiumsizeoncornealtopographicirregulari-tyCafterCrecurrentCpterygiumCsurgery.CSciCRepC10:8398,C202012)MurubeJ:Pterygium:evolutionCofCmedicalCandCsurgicalCtreatments.OculSurf4:155-161,C200813)Cano-ParraCJ,CDiaz-LlopisCM,CMaldonadoCMCJCetal:Pro-spectiveCtrialCofCintraoperativeCmitomycinCCCinCtheCtreat-mentCofCprimaryCpterygium.CBrCJCOphthalmolC79:439-441,C199514)GarciaCTiradoCA,CBotoCdeCLosCBueisCA,CRivasCJaraL:COcularCsurfaceCchangesCinCrecurrentCpterygiumCcasesCpost-operativelyCtreatedCwithC5-.uorouracilCsubconjuncti-valinjections.EurJOphthalmolC29:9-14,C201915)MinamiCK,CTokunagaCT,COkamotoCKCetal:In.uenceCofCpterygiumCsizeConCcornealChigher-orderCaberrationCevalu-atedCusingCanterior-segmentCopticalCcoherenceCtomogra-phy.BMCOphthalmolC18:166,C201816)PesudovsCK,CFigueiredoF:CornealC.rstCsurfaceCwave-frontCaberrationsCbeforeCandCafterCpterygiumCsurgery.CJRefractSurgC22:921-925,C200617)GumusK,ErkilicK,TopaktasDetal:E.ectofpterygiaonrefractiveindices,cornealtopography,andocularaber-rations.CorneaC30:24-29,C2011C18)DCo.anCE,CCak.rCB,CAksoyCNCetal:DoesCpterygiumCmor-phologya.ectcornealastigmatism?TherAdvOphthalmol13:1-8,C2021***

経皮的切開が必要だった大きな涙小管結石を伴った涙小管炎

2022年9月30日 金曜日

《第9回日本涙道・涙液学会原著》あたらしい眼科39(9):1245.1248,2022c経皮的切開が必要だった大きな涙小管結石を伴った涙小管炎久保勝文*1櫻庭知己*2*1吹上眼科*2青森県立中央病院眼科CACaseofGiantCanalicularConcretionTreatedwithTranscutaneousRemovalMasabumiKubo1)andTomokiSakuraba2)1)FukiageEyeClinic,2)DepartmentofOphthalmology,AomoriPrefecturalCentralHospitalC目的:涙小管炎の根本的治療である涙点鼻側切開で治癒せず,結石部の皮膚切開を要したC1例を報告する.症例:66歳,女性.右眼充血,眼脂で近医を受診したが点眼で治癒せず吹上眼科を紹介受診した.涙道閉塞および右側上涙小管近傍の腫瘤を認め,右側上涙小管炎と診断した.涙点鼻側切開を行い,膿と少量の結石を排出したが,結石を完全に除去できず,手術はいったん終了した.自覚症状は少し改善したが,結石部分の大きさは不変で石様の塊を触知できるように変化した.2回目の手術では,結石部の皮膚切開を行い,多量の膿とC9C×7×3Cmmの巨大な緑色涙小管結石を排出した.結膜炎は改善し,涙小炎の再発は認められない.細菌培養は陰性で,結石の病理検査で放線菌を認め,結石周囲に涙小管上皮を認めず,線維化した結合組織が確認され,結石が皮下に脱出したものと考えた.結論:涙小管近傍の巨大涙小管結石が予想される涙小管炎の場合は,結石部分の皮膚切開も考慮した治療方針も必要と考えられる.CPurpose:Toreportacaseofgiantcanalicularconcretioninthecanaliculitisthatrequiredtranscutaneoussur-gicalapproach.CaseReport:Thisstudyinvolveda66-year-oldfemalewhopresentedwithchronicconjunctivitisinherrighteyeandacanalicularobstructionandtumornearthelacrimalcanaliculi.Uponexamination,wediag-nosedherasrightsuperiorcanaliculitis.Fortreatment,canaliculotomywas.rstperformed,andasmallamountofpusswasremoved.However,wewereunabletocompletelyremovetheconcretion.Thus,weperformedasecond-aryoperationviaatranscutaneousapproach.Thespace.lledbyalargeamountofyellowpusswasdilated,andagiantCcanalicularconcretion(i.e.,C9×7×3Cmm)wasCremoved.CTheCresultsCofCaCbacterialCcultureCwereCfoundCtoCbeCnegative.However,apathologicalexaminationledtothediagnosisofalacrimalstoneduetoActinomycesspecies.PostCsurgery,CtheCoutcomeCwasCdeemedCsatisfactory.CConclusion:InCcasesCwithCaClargeCconcretionCtumorClocatedCnearthecanaliculi,atranscutaneoussurgicalapproachshouldbeconsideredforremovaloftheconcretion.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C39(9):1245.1248,C2022〕Keywords:涙小管炎,涙小管結石,病理検査,皮膚切開,治療.canalolithiasis,canalicularconcretion,stoneanalysis,transcutaneousremoval,therapy.Cはじめに涙小管炎は,涙道疾患のなかではまれな疾患である1.3).涙小管炎自体が見落とされ,慢性結膜炎と診断され治療されていることも多い疾患でもある1.5).治療は,涙小管内の結石を完全除去排出することが必要である1.5).逆に涙点鼻側切開を行えば涙小管結石を除去でき,治療できると考えられる.しかし,今回涙点鼻側切開で涙小管結石を排出できず,皮膚切開を要した症例を経験したので報告する.I症例患者はC66歳,女性.右眼充血,眼脂にて近医を受診した.点眼薬を変えながらC1カ月間加療するも変化せず,他院を受診し涙道閉塞および右側上涙小管近傍に腫瘤を認めるとの診断で,吹上眼科(以下,当院)を紹介受診した.当院初診時は,右側上涙点より膿が排出し,涙小管周囲の発赤腫脹を認め,上涙小管上方に腫瘤を認めた.腫瘤は膿が大量に存在している緊慢性で,圧迫すると涙点より膿が排出され涙小管炎〔別刷請求先〕久保勝文:〒031-0003青森県八戸市吹上C2-10-5吹上眼科Reprintrequests:MasabumiKubo,M.D.,Ph.D.,FukiageEyeClinic,2-10-5Fukiage,Hachinohe,Aomori031-0003,JAPANC0910-1810/22/\100/頁/JCOPY(87)C1245図1初診時の前眼部写真a:右眼上眼瞼の内上側に腫瘤を認めた.b:涙点周囲の発赤と腫脹を認め,涙点から膿が排出された.図22回目の手術前a:涙小管結石は少し小さくなり,固いものを触れるように変化した.b:結石を圧迫すると,膿が排出された.と診断した(図1).右側上涙点より涙管通水検査を行った.通水はなく,上涙点からわずかな膿と直径C0.5Cmm程度の細かい結石がC2.3個が混じった逆流を認めた.上下交通はなかった.垂直部から水平部に移行したところで閉塞していて,涙洗針で測定すると約C3Cmmだった.右側上涙小管の涙点鼻側切開をC3Cmm行い,少量の膿と直径C1.2Cmmの涙小管結石をC4.5個排出し,結石は若干小さくなった.涙小管の状態は,手術前の検査と同様に垂直部までは問題なく,水平部が始まったところで閉塞していた.結石を強く圧迫し排出を試みるもできず,涙点より鋭匙を入れて結石を取り出そうとしたが,水平部の閉塞部に膜様の厚い壁があり取り出すことはできなかった.結石の完全除去を断念して手術をいったん終了とした.閉塞部位より涙.側の涙小管以降の状態は検査は行わなかった.手術後は自覚症状が少し良くなったが(図2),涙点からの膿の排出は持続した.結石の大きさは変化なく,石様の塊を触知するようになった.約C1カ月後にC2回目の手術を行った.結石部分の皮膚切開を行うと,皮下に線維化した被膜があり,切開し多量の膿とC9C×7×3Cmm程度の緑色の巨大な涙小管結石を排出した(図3).結石周囲の内腔は平滑な組織で,皮膚創口より観察したが涙小管との交通の有無は不明だった.内腔と涙小管の交通を確認するため,上涙小管よりブジーを入れたがC1Cmm程度で閉塞し,涙小管と内腔との交通は確認できなかった.涙小管閉塞の穿破は過度な侵襲と考え,それ以上は行わなかった.内腔が涙小管の拡張か否かを病理学的に検索するため,結石を覆っていた組織をC2カ所切除し(図3d)病理検査を行った.創を縫合して終了した.翌日から結膜炎や涙小管からの膿の排出は消失し,結石も消失した(図4).涙小管結石の病理検査で放線菌を認め(図5a,b),膿からの細菌発育はなく,結石周囲の組織は,線維化した結合組織であり(図5c),涙小管上皮は確認できなかった.術後経過は良好で,涙小管炎の再発は確認されていない.CII考按涙小管炎は,結膜炎と症状が似ているため見落とされがちな疾患である1.5).いったん診断がつき菌石を除去すれば,治療は容易と考えられてきた1.5).結石が少量の場合は,圧1246あたらしい眼科Vol.39,No.9,2022(88)図32回目手術の術中写真a:被膜が観察される.Cb:多量の膿を排出した.Cc:大きい結石が見える.Cd:厚い被膜断面..の部分を切除し,病理検査を行った.図42回目手術翌日の前眼部写真a:涙小管炎は消失した.b:涙点の発赤・腫脹および膿の排出も消失した.出や掻把でも治癒可能である疾患である5).しかし,今回は涙小管鼻側切開を行ったほかに,皮膚切開の手術を要した.今回の症例は,涙点からの膿の排出や涙点周囲発赤,腫瘤を圧迫すると膿の排出があり,涙小管炎の診断は容易であった1.5).触診では結石そのものは触れず,膿などで満たされていると考えた.涙小管鼻側切開を行えば大量に膿と結石が排出されて治癒できると考えた.涙道造影CCTは当院では施設がなく,MRIは近くの公立病院で可能だったが予約時間が長く,現実的でなく断念した.涙道内視鏡検査は炎症悪化の可能性もあり行わなかったがやってみてもよかったと反省している.また,Bモード超音波検査で腫瘤内を調べれば,さらに治療に役立つ情報が得られた可能性もあった.初回手術後に結石は石様のものを触れるように変化した.周囲の膿などの液性の物質が出たため,膿の中心部に浮かんでいた大きな涙小管結石が触れるように変化したものと考えた.涙小管結石の病理検査では放線菌が確認され以前の報告と同様だった6).涙小管内にできた結石が,強い炎症や長い経(89)あたらしい眼科Vol.39,No.9,2022C1247過のため涙小管を破り憩室を作り7),その憩室の壁も破り皮下に飛び出し,周囲組織が線維化したものと考えられた.結石を圧迫すると,残った交通路を経由して涙点より膿が出てきたものと考えられた.涙小管結石の治療は,涙点鼻側切開による菌石の完全除去が原則である1.5).しかし,今回のように涙点切開では治癒に至らなかった症例の報告もある8).皮膚切開を行い治癒した症例報告は少なく,珍しい症例と考えた7,9,10).廣瀬の文献に,「まれに巨大な霰粒腫様の腫瘤があり,治療で皮膚側から横切開皮膚切開すると多量の菌石が確認される」とある2).手術治療を行ったあと涙小管炎・涙小管結石が判明したという報告もあり10),涙小管および涙小管近傍の腫瘤の治療について再考されられた.涙小管近傍の大きい涙小管結石が予想される涙小管炎の場合は,涙点鼻側切開による治療のほかに,腫瘤部分の皮膚切開の可能性を考慮し手術に臨む必要があると考えられる.文献1)岡島行伸:眼感染症レビュー涙.炎・涙小管炎.OCU-図5病理検査の結果a,b:涙小管結石の病理検査(a:HE染色,b:Grocott染色)..部分に放線菌が確認される.Cc:結石周囲の組織(HE染色).上部が結石側で,強い出血と炎症が認められる.下部は皮膚側で,線維化した結合組織が観察される.barは,Ca:50Cμm,Cb:100μm,Cc:200Cμm.倍率はそれぞれC10C×40倍,10C×20倍,10C×10倍.CLISTAC72:66-71,C2019002)廣瀬浩士:エキスパートに学ぶ眼科手術の質問箱涙小管炎の診断と治療方針について教えてください.眼科手術C34:106-107,C20213)鶴丸修士:涙小管疾患の治療-涙小管再建できる場合.COCULISTAC35:30-36,C20164)AnandCS,CHollingworthCK,CKumarCVCetal:Canaliculitis:CtheCincidentCofClong-termCepiphoraCfollowingCcanaliculoto-my.OrbitC23:19-26,C20045)後藤聡:感染性涙道疾患の臨床.日本の眼科C89:25-29,C20186)久保勝文,櫻庭知己,板橋智映子:涙小管炎病因精査での涙小管結石の病理検査の有用性.眼科手術C21:399-402,C20087)水戸毅,児玉俊夫,大橋裕一:憩室を形成した涙小管放線菌症のC1例.眼紀56:349-354,C20058)SerinCD,CKarabayCO,CAlagozCGCetal:MisdiagnosisCinCchroniccanaliculitis.OphthalPlastReconstrSurgC23:255-256,C20079)北山瑞恵,大島浩一:大きな涙小管結石の手術療法.臨眼C60:1313-1316,C200610)小嶌洋和,藤村貴志,松本美千代:霰粒腫の涙小管炎への波及として治療した涙小管炎の一例.眼臨紀C12:650-650,C2019C***1248あたらしい眼科Vol.39,No.9,2022(90)

3 種類の涙道内視鏡における焦点距離の比較

2022年9月30日 金曜日

《第9回日本涙道・涙液学会原著》あたらしい眼科39(9):1241.1244,2022c3種類の涙道内視鏡における焦点距離の比較岩崎明美眞鍋洋一大多喜眼科CComparisonofFocalLengthsinThreeTypesofDacryoendoscopeAkemiIwasakiandYoichiManabeCOtakiEyeClinicC目的:涙道内視鏡で観察すると閉塞部が小さなくぼみとして見えることがある.今回,3種類の涙道内視鏡を使い,距離を変えてくぼみの観察をしたので報告する.方法:粘土にC0-0ブジー(直径C0.43mm),5号釣り糸(直径C0.36mm),3号釣り糸(直径C0.27Cmm)で作製したC3種類のくぼみを,ファイバーテック社の涙道内視鏡CMD10,DD10,CK10で0.5.5.0Cmmの距離から観察した.結果:0.43CmmのくぼみはCMD10では2.5Cmm,DD10ではC0.5.2Cmm,CK10ではC0.5.5Cmmで鮮明に観察できた.0.36,0.27CmmのくぼみはCDD10ではC0.5Cmmの距離でやや不鮮明だった.結論:MD10は2.5Cmm,DD10はC0.5.2.0Cmm,CK10はC0.5.5Cmmで焦点が合うことがわかった.焦点距離が違う涙道内視鏡を使う際には,観察距離に気をつけて検査をする必要があることがわかった.CPurpose:Whenobservedwithadacryoendoscope,anareaofobstructionmayappearasasmalldimple.Thepurposeofthisstudywastocomparethreedi.erenttypesofdacryoendoscopetoobservethedimpleatdi.erentdistances.CMethods:ThreeCtypesCofCdimplesCmadeCinCclayCwithCaC0-0probe(0.43mm)C,CaCNo.C5C.shingCline(0.36Cmm)C,CandCaCNo.C3C.shingline(0.27Cmm)wereCobservedCfromCaCdistanceCof0.5.5.0CmmCwithCdacryoendo-scopesMD10,DD10,andCK10(Fibertech)C.Results:The0.43Cmmdimpleswereclearlyobservedatdistancesof2.5CmmCinCMD10,0.5.2CmmCinCDD10,Cand0.5.5CmmCinCCK10.CTheC0.36CandC0.27CmmCdimplesCwereCslightlyCunclearatdistancesof0.5CmminDD10.Conclusion:MD10wasfoundtofocusat2.5Cmm,DD10at0.5.2.0Cmm,andCK10at0.5.5Cmm.Whenusingdacryoendoscopeswithdi.erentfocaldistances,itisnecessarytopaycloseattentiontotheobservationdistance.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C39(9):1241.1244,C2022〕Keywords:涙道内視鏡,焦点距離,総涙小管閉塞,鼻涙管閉塞.dacryoendoscope,focallength,commoncanalic-ularobstruction,nasolacrimalductobstruction.Cはじめに涙道内視鏡1)はC2002年に販売開始され,2012年には涙道内視鏡を使用した涙管チューブ挿入術が保険収載されるようになり,涙管チューブ挿入術には必須となってきている.各社からさまざまな内視鏡が発売され,現在はC10,000画素が主流となり,焦点距離や焦点深度の違いにより,各内視鏡の特徴に違いが出てきている.以前筆者らは,ファイバーテック社の従来型涙道ファイバースコープのCMD10と,2019年に発売されたCDD10では,0.1.5mmはCDD10の画像が優れ,2.10mmはCMD10の画像のほうが観察しやすいことを報告している2).涙道内視鏡で閉塞部を開放する際に,狭窄や閉塞している部分がくぼみとして観察でき,それを目印として開放するが,実際のくぼみの大きさと内視鏡による見え方について検討した報告はない.今回,3種類の内視鏡を使い,距離を変えてくぼみの観察をしたので報告する.CI方法粘土にC0-0ブジー(直径C0.43Cmm),5号釣り糸(直径C0.36mm),3号釣り糸(直径C0.27Cmm)を押し当て,3種類のくぼみを作る(図1).ファイバーテック社の涙道内視鏡MD10,DD10,CK10のC3種類の内視鏡を使用して,0.5〔別刷請求先〕岩崎明美:〒298-0215千葉県夷隅郡大多喜町久保C166大多喜眼科Reprintrequests:AkemiIwasaki,M.D.,OtakiEyeClinic,166Kubo,Otaki-machi,Isumi-gun,Chiba298-0215,JAPANC0910-1810/22/\100/頁/JCOPY(83)C1241mm,1.0mm,1.5mm,2.0mm,3.0mm,4.0mm,5.0Cmmの距離からくぼみを観察し,得られた画像を記録し比較した.カメラはCFC-304(ハイレゾルーション),光源システムはCFL-301を使用した.距離が正確に測定できるように,マイクロメータ─(OptoSigma社製CRS-20-30)を使用した.なお,本研究は大多喜眼科倫理委員会による適切な審査を受け承認を得て行った.図1くぼみをつけた粘土①C0-0ブジー(直径0.43mm),②C5号釣り糸(直径0.36Cmm),③C3号釣り糸(直径C0.27Cmm)でくぼみをつけた..はくぼみを示す.II結果直径C0.43Cmmのくぼみは,MD10ではC0.5Cmm,1.0Cmm,1.5Cmmでは輪郭がぼやけて不鮮明であった.一方C2.0Cmm,3.0Cmm,4.0Cmm,5.0Cmmではくぼみから離れるため小さく映るものの,焦点の合った鮮明な画像が得られた.DD10ではC0.5mmは少し不鮮明だがくぼみは確認でき,1.0mm,1.5Cmm,2.0Cmmの画像は鮮明,それ以上の距離ではくぼみとは確認できるが不鮮明な画像であった.CK10ではC0.5.C5.0Cmmまで遠くになると小さくなるものの,鮮明な画像が得られた.CK10は他の内視鏡と比べ画角が広いことが一緒に撮影した定規のメモリ(1メモリC0.5Cmm)から確認できた(図2).直径C0.36Cmm,0.27Cmmのくぼみでは,0.5Cmmの距離でDD10はやや不鮮明になったが,CK10では観察でき,その他は,ほぼ同様の結果が得られた(図3,4).CIII考按今回の研究で観察した直径C0.27.0.43Cmmのくぼみの大きさは,実臨床で内視鏡で得られる総涙小管狭窄や閉塞の際のくぼみと近似した画像であった.涙道手術の術者は,総涙小管閉塞を開放する際に直径C0.3.0.4Cmmくらいの小さなくぼみを探して治療していると推察できた.涙道内視鏡で閉塞部を探す際,閉塞部を明瞭に観察できれ距離0.5mm1.0mm1.5mm2.0mm3.0mm4.0mm5.0mmMD10DD10CK10図20.43mmのくぼみの観察結果0.43CmmのくぼみをCMD10,DD10,CK10のC3種の涙道内視鏡でC0.5.5.0Cmmの距離から観察した結果.MD10は2.5Cmm,DD10はC0.5.2.0Cmm,CK10はC0.5.5Cmmで焦点が合っている.MD10のC0.5Cmmは無地画面,MD10のC1.0mm,1.5Cmmは実際のくぼみより広い部分が暗くなっている.1242あたらしい眼科Vol.39,No.9,2022(84)距離0.5mm1.0mm1.5mm2.0mm3.0mm4.0mm5.0mmMD10DD10CK10図30.36mmのくぼみの観察結果DD10はC0.5Cmmでやや不明瞭である.距離0.5mm1.0mm1.5mm2.0mm3.0mm4.0mm5.0mmMD10DD10CK10図40.27mmのくぼみの観察結果DD10はC0.5Cmmでやや不明瞭である.ば容易に治療ができる.しかし,実際は閉塞部がはっきりせず,周囲の画像より少し暗い部分を探す,あるいは観察できる画像がぼやけて「無地画面3)(=不鮮明だが色で判定する状態)」のまま,仮道をあけてしまっているのではないか,あるいは今どこの部位を見ているのだろうかと推測しながら治療をすることがある.直径C0.43CmmのくぼみをCMD10でC1.0Cmmの距離から観察した画像のように,焦点が合わずに不鮮明になったくぼみは,やや広がりをもって暗く映ることがわかった.以前からいわれている「少し暗い部分を開放する」というのは,くぼみが不鮮明に観察されている状態であると推察できた.また直径C0.43CmmのくぼみをCMD10でC0.5Cmmの距離から観察した画像は,全体がぼやけたピンク色になっている.このように焦点が合わずに近づきすぎたときに「無地画面」となることもわかった.どちらも内視鏡の焦点距離と対象物の距離が合わないときに起きる現象であるとわかった.(85)あたらしい眼科Vol.39,No.9,2022C1243表1距離による内視鏡の見え方のまとめ距離CmmC0.5C1.0C1.5C2.0C3.0C4.0C5.0CMD10C×××○C○C○C○CDD10C△C○C○C○C×××CK10C○C○C○C○C○C○C○○は明瞭に観察可能,△はくぼみの大きさにより不鮮明,C×は不鮮明.今回の研究で,観察しやすい距離は各内視鏡により違いがあることがはっきりした.3種類の大きさのくぼみは,焦点が合っていればどの内視鏡でも確認できたが,MD10では2.5mm,DD10ではC0.5.1.5mm,CK10ではC0.5.5mmに焦点が合うことがわかった(表1)焦点が合う距離を理解して,その距離を保ちながら治療をすれば,涙道内視鏡手術で見ながら開放することができる.しかし,実臨床では,MD10を使用しているときは,近づきすぎによる無地画面が発生しやすい.MD10で開放する際はシース4)でC2Cmm以上の距離を保ちながら観察し,画像が不鮮明になったときは一度手前に内視鏡を引いて確認するとよいと考えられる.DD10は近方で焦点が合い,かつ近方の拡大効果もあるため,総涙小管閉塞の開放は行いやすい.しかし,鼻涙管閉塞でやや離れた部分を探すとき,画像は不鮮明になる.鼻涙管を開放する際は近づいて探す必要があるが,近づくと画角が狭くなってしまうので,内視鏡の先端を少し動かして見落としている角度がないか探す必要がある.また,シースをC2Cmm以上内視鏡の先端から伸ばすと画像が不鮮明になることに留意するとよいと考える.CK10はC2020年にファイバーテック社から発売された内視鏡でCMD10,DD10と同様のC10,000画素であるが,遠近ともに焦点が合って観察しやすい.これは対物レンズに組みレンズを使用していて,焦点深度が深くなっているためである.画角が少し広いために,遠方のくぼみが少し小さく見えることに留意して観察すれば,今までの内視鏡より治療が容易になる.涙道手術の術者は,使用している涙道内視鏡の特性をよく理解して適切な焦点距離を保つことで,涙道内視鏡治療の際,くぼみを見逃さずに治療が行えると考える.文献1)鈴木亨:涙道ファイバースコピーの実際.眼科C45:C2015-2023,C20032)岩崎明美,眞鍋洋一:涙道内視鏡の距離による見え方の違いの検討.眼科62:617-620,C20203)宮久保純子:眼科診療のコツと落とし穴C3.p226-227,中山書店,20084)杉本学:涙道シース.眼科手術C21:471-474,C2008***1244あたらしい眼科Vol.39,No.9,2022(86)

基礎研究コラム:ミトコンドリアと代謝解析

2022年9月30日 金曜日

ミトコンドリアと代謝解析ミトコンドリアミトコンドリアは真核生物細胞のエネルギー源であるアデノシン三リン酸(adenosinetriphosphate:ATP)を生み出す細胞内小器官であり,解糖系と比較すると約C15倍のCATPを生成し,生命活動に必要なCATPのC95%を担っています.一方で,ミトコンドリアはエネルギー代謝だけではなく,細胞情報伝達や増殖,分化,細胞死など,さまざまな生体内プロセスに関与することが近年明らかになっています.たとえば,ミトコンドリアの機能不全はCAlzheimer病,糖尿病などの加齢により発症しやすくなる疾患を引き起こす原因となり,それに伴う代謝経路変化は細胞内の病的変化を反映します1).このようにミトコンドリアは細胞内エネルギー代謝だけではなく,生命活動の中心的役割を担うため,創薬研究におけるターゲットとして注目を集めています.代謝解析細胞の代謝状態を知る方法としていくつかの方法があります.細胞内の代謝関連のCmessengerRNAはトランスクリプトーム解析,代謝酵素関連蛋白質の発現量はプロテオーム解析,代謝産物はメタボローム解析,代謝物質の速度や物質の流れを解析するための安定同位体を用いたトレーサー解析などは,細胞内の情報を知ることができる反面,細胞を回収する時点での細胞内の状態,いわばその瞬間でのスナップショット的な情報という制限がつきます.一方で,細胞外バイオプロファイル(培養液中のグルコースやアミノ酸などのC●角膜内皮機能不全ドナー(43歳,女性)酸素消費速度/cell(pmol/min)0.07●健常ドナー(55歳,男性)0.060.050.040.030.020.010020406080100(min)図1角膜内皮機能不全ドナー角膜と健常ドナー角膜における内皮細胞のミトコンドリア機能の差異脱共役剤であるCFCCPを添加することで測定される最大酸素消費速度(MaxOCR)は,生体内のミドコンドリアによるCATP活性を反映していると考えられている.沼幸作京都府立医科大学眼科学教室CBuckInstituteforResearchonAging定量評価)や細胞外フラックスアナライザー(解糖系とミトコンドリア呼吸のバランスなどの解析)は,取得できる情報は限られますが,代謝情報を生細胞のまま得られるというメリットがあります.通常はこれらを組み合わせてその細胞の代謝状態を考察します.眼の領域ではどうでしょうか角膜内皮細胞や網膜色素上皮細胞などがミトコンドリアを豊富に含有する細胞として知られています.たとえば,角膜内皮機能不全に対する新規再生医療となりえる培養ヒト角膜内皮細胞注入療法では,注入される細胞の質が重要です2).筆者らは細胞外フラックスアナライザーを用い,細胞注入療法に適する質を有する細胞の最大酸素消費速度(maximumCoxygenCconsumptionrate:MaxOCR)が,それ以外の細胞と比較し有意に高いことを示しました3).このCMaxOCRは生体内のCATP活性を反映すると考えられており,これによって細胞の質を評価する手段としてミトコンドリア機能評価が有用である可能性が示唆されました.さらに,ドナー角膜を用い,角膜内皮機能不全をきたした角膜内皮細胞では,健常な角膜内皮細胞と比較し,MaxOCRが有意に低下していることを示しました(図1).これは,角膜内皮機能不全に至った角膜内皮細胞がミトコンドリア機能不全をきたしている可能性を示す結果です.今後の展望角膜内皮機能不全に対する標準治療は現在のところ角膜移植しかありません.しかし今後,角膜内皮細胞のミトコンドリアや代謝機能をターゲットにした研究が進展すれば,角膜内皮機能不全に有効な治療薬が現実になる日も遠くないかもしれません.文献1)ChenCJX,CYanSD:Amyloid-beta-inducedCmitochondrialCdysfunction..JAlzheimer’sDis.12:177-184,C20072)UenoCM,CTodaCM,CNumaCKCetal:SuperiorityCofCmatureCdi.erentiatedCculturedChumanCcornealCendothelialCcellCinjectionCtherapyCforCcornealCendothelialCfailure.CAmJOphthalmol237:267-277,C20223)NumaK,UenoM,FujitaTetal:Mitochondriaasaplat-formfordictatingthecellfateofculturedhumancornealendothelialcells.InvestOphthalmolVisSci61:10,C2020(73)あたらしい眼科Vol.39,No.9,2022C12310910-1810/22/\100/頁/JCOPY