眼で見つかる全身血管障害SystemicVascularDisordersDetectedThroughtheEye坪田欣也*はじめに眼底は「全身の鏡」と古くからよばれ,網膜の血管変化は高血圧症や動脈硬化症など全身の血管状態を映し出す重要な指標である.眼科領域では,網膜動脈硬化の重症度評価にKeith-Wagener-Barker(KWB)分類やScheieのS/H分類が歴史的に用いられてきた.とくに,Keith-Wagener-Barker分類(KWB分類)は高血圧性網膜症の古典的な分類として知られ,健診の現場などで広く使われてきた1).一方で,Scheie分類は網膜動脈硬化度(S0.S4)と高血圧性変化(H0.H4)をそれぞれ評価する特徴をもち,高血圧症の眼底所見判定基準として定着している2).こうした古典的な手法により,眼科医は全身の血管疾患の影響を眼底所見から評価し,内科的管理に役立ててきた3).近年では,眼科領域にオキュロミクス(oculomics)とよばれる新たな概念も登場しつつある.オキュロミクスは網膜をはじめとする網膜の画像データを高度に解析することによって,従来の肉眼では捉えきれない微細な変化を検出し,各種データ処理手法や人工知能(arti.cialintelligence:AI)の発展によって,眼所見から全身疾患を予測することが改めて注目され,眼科領域でのオミクス技術を活用した研究や診療の概念をさす造語である.オキュロミクスの台頭によって,眼科は古典的な診察所見のみならず,AIとビッグデータを活用した最先端の全身スクリーニングの場へと変貌しつつある.本稿では,動脈硬化,高血圧や血管炎症候群などの全身血管障害を示唆する眼所見から,オキュロミクスの新しい知見について紹介する.I高血圧性網膜症と網膜動脈硬化症高血圧症による網膜血管の変化は,高血圧性網膜症(高血圧性眼底)と網膜動脈硬化症の二つの側面がみられる.高血圧性網膜症とは,急性または可逆的な血圧上昇による網膜血管の攣縮や透過性亢進による所見をさし,軽度の網膜細動脈狭細や局所的な動静脈交叉現象から,重症例では網膜出血,硬性白斑,軟性白斑,乳頭浮腫に至る段階的な所見を呈する(図1).KWB分類ではI群(軽度の狭細),II群(狭細と交叉現象の著明化),III群(網膜出血や白斑の出現),IV群(乳頭浮腫の合併)と4段階に分類される.急性発症した悪性高血圧(高血圧緊急症)では漿液性網膜.離を伴うこともあり,Vogt-小柳-原田病と誤診されることもある(図2)4).近年は降圧療法の進歩により悪性高血圧眼底(IV度)を目にする機会は減少したものの,軽度の網膜症所見であっても心血管イベント発症リスクの上昇と相関することが報告されている5).日本の吹田研究(SuitaStudy)では,KWB分類で軽度と判定される網膜症所見を有する高血圧患者は網膜所見のない患者に比べ将来の脳卒中リスクが有意に高いことが明らかとなった6).したがって,高血圧性網膜症の評価は単に眼合併症の有無をみるだけでなく,全身の臓器障害の有無や今後のリスク予測において重要であることが示された.KWB分類I群以上は血管疾患リスクおよび脳卒中リスクと正の相関を示してお*KinyaTsubota:東京医科大学臨床医学系眼科学分野〔別刷請求先〕坪田欣也:〒160-0023東京都新宿区西新宿6-7-1東京医科大学臨床医学系眼科学分野(1)(39)2670910-1810/26/\100/頁/JCOPY図1高血圧性網膜症の眼底写真a:右眼.Cb:左眼.両眼ともに網膜出血,黄斑近傍の硬性白斑,乳頭周囲の軟性白斑,一部銀線動脈がみられ,右眼には網膜下出血と硝子体硝子体出血まで伴っている.Keith-Wagener-Barker分類のCIII群,Scheie分類のHIII度,SIV度.ab図2悪性高血圧(高血圧緊急症)に伴う漿液性網膜.離a:右眼.b:左眼.乳頭周囲の出血・白斑に加え,後極部を中心とした漿液性網膜.離がみられ,OCTではVogt-小柳-原田病急性期に類似した漿液性網膜.離を呈しているが,脈絡膜の肥厚はみられない.-図3Hollenhorst斑(網膜動脈内コレステロール塞栓)網膜動脈分枝内に黄色光沢を伴う塞栓子がみられ(.),硝子体出血,網膜新生血管と増殖性変化までみられる.図4多発血管炎性肉芽腫症の眼球破裂a:転倒受傷前.角膜輪部周辺の強膜の菲薄化がみられ,脈絡膜が薄く透見されている.b:転倒受傷後.転倒により眼球を打撲し,強膜菲薄部が裂け眼球破裂をきたした.図5顕微鏡的多発血管炎による虚血性視神経症a:右眼.b:左眼.右眼の視神経乳頭は蒼白浮腫をきたし,乳頭周囲には虚血を思わせる軟性白斑様の変化と動脈白線化がみられる(Ca1).左眼の動脈血管の一部は反射が亢進しているものの明らかな虚血を疑う所見はみられない(Cb1).OCTAでは右眼に視神経乳頭周囲領域の毛細血管灌流低下を示す低信号がみられ(Ca2),左眼の視神経乳頭周囲領域の灌流低下はみられない(Cb2).眼徴候を手がかりに血管炎症候群が診断される症例も少なくなく,眼科医はぶどう膜炎や強膜炎を発見した際には常に背景にある全身疾患を鑑別にあげる必要がある.とくに原因不明の血管炎性眼疾患に遭遇した場合は,リウマチ専門医との連携のもとで早期に全身検索を行い,適切な診断と治療につなげることが患者の予後改善につながる.PANとCAAVにおけるオキュロミクスは,光干渉断層計(opticalCcoherencetomography:OCT)/光干渉断層血管撮影(OCTangiography:OCTA)などの有用性の報告が蓄積しつつあるものの(図5)17,18),どの眼所見が血管炎の発症・再燃・全身イベントを一貫して予測しうるかは,現段階では確立していない.一方で,測定・解析の標準化と前向き検証が進めば,将来的に臨床予測へ実装可能となる見込みがある.おわりに眼を通じて全身の血管疾患を診るという眼科の伝統的アプローチは,古典的な眼底所見の把握からCAI時代のオキュロミクスへと大きな広がりを見せている.高血圧性網膜症の所見は依然として患者の全身管理における貴重な指標であり,眼科医はそれらを正確に評価・報告することで内科診療に寄与している.一方で,網膜に現れるサインから全身疾患を予見しようとする試みはますます高度化しており,深層学習(ディープラーニング,Cdeeplearning:DL)技術の応用により,これまで人間が捉えきれなかった微細なパターンから疾患リスクを読み解くことが可能になりつつある.高齢社会を迎えるなかで生活習慣病や認知症の早期発見・予防が重要課題であり,眼科がその入り口として大きな役割を果たすことが期待される.今後,オキュロミクスのエビデンスが蓄積され実用性が高まれば,眼科健診での眼底写真一枚から個々の患者の心血管リスクプロファイルや臓器障害の程度を評価し,必要に応じて専門診療科へ迅速に紹介する,といった新たなクリニカルパスが確立する可能性もある.これは眼科医にとって従来の視力や眼病変の管理を超え,全身の健康管理に深く関与することを意味する.幸い,眼科医療はテクノロジーとの親和性が高く,多くの眼科医や研究者を中心にCAI性能のさらなる向上やデータサイエンスへの関心も高まりつつある.「予防眼科」ともよぶべき新しいコンセプトのもと,眼科と他科の垣根を越えた包括的な医療提供が将来のスタンダードになるかもしれない.古典的知見と最新技術の融合により,眼科診療は今後ますます発展し,患者の全身の健康長寿に貢献できる分野へと進化していくことが期待される.文献1)KeithCNM,CWagenerCHP,CBarkerNW:SomeCdi.erentCtypesofessentialhypertension:theircourseandprogno-sis.AmJMedSciC268:336-345,C19742)SCHEIEHG:EvaluationCofCophthalmoscopicCchangesCofChypertensionandarteriolarsclerosis.AMAArchOphthal-molC49:117-138,C19533)川崎良:眼底検査の方法高血圧症に伴う眼底変化・糖尿病による眼底変化.日循環器予防誌56:226-232,C20214)HayrehCSS,CServaisCGE,CVirdiPS:FundusClesionsCinCmalignantChypertension.CVI.CHypertensiveCchoroidopathy.COphthalmologyC93:1383-1400,C19865)SairenchiCT,CIsoCH,CYamagishiK:MildCretinopathyCisCaCriskCfactorCforCcardiovascularCmortalityCinCJapaneseCwithCandwithouthypertension:theIbarakiPrefecturalHealthStudy.CirculationC124:2502-2511,C20116)LiCJ,CKokuboCY,CArafaA:MildChypertensiveCretinopathyandriskofcardiovasculardisease:theSuitaStudy.JAth-erosclerThrombC29:1663-1671,C20227)LiewG,XieJ,NguyenH,KeayL:Hypertensiveretinopa-thyCandCcardiovascularCdiseaserisk:6Cpopulation-basedCcohortsmeta-analysis.IntJCardiolCardiovascRiskPrevC17:200180,C20238)Gra.-RadfordJ,BoesCJ,BrownRDJr:Historyofhollen-horstplaques.StrokeC46:e82-e84,C20159)WongTY,IslamFM,KleinRetal:Retinalvascularcali-ber,CcardiovascularCriskCfactors,Candin.ammation:theCmulti-ethnicCstudyCofatherosclerosis(MESA)C.CInvestCOphthalmolVisSciC47:2341-2350,C200610)LiCL,CVermaCM,CWangCBCetal:AutomatedCgradingCsys-temCofCretinalCarterio-venouscrossingCpatterns:aCdeepClearningCapproachCreplicatingCophthalmologist’sCdiagnosticCprocessCofCarteriolosclerosis.CPLOSCDigitCHealthC2:Ce0000174,C202311)PoplinCR,CVaradarajanCAV,CBlumerCKCetal:PredictionCofCcardiovascularCriskCfactorsCfromCretinalCfundusCphoto-graphsCviaCdeepClearning.CNatCBiomedCEngC2:158-164,C201812)YavariCN,CGhorabaCH,CMohammadiCSSCetal:PresumedCgranulomatosisCwithCpolyangiitisCpresentingCwithCanteriorCscleritisCandCin.ammatoryCciliaryCbodyCgranuloma.CJCOph-thalmicIn.ammInfectC15:26,C2025272あたらしい眼科Vol.43,No.3,2026(44)’C-