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眼窩疾患と斜視

2026年4月30日 木曜日

眼窩疾患と斜視ClinicalFeaturesofStrabismusCausedbyOrbitalDiseases飯田貴絵*神前あい**はじめに眼窩疾患は非共同性斜視を診た際に鑑別する必要がある.非共同性斜視患者の診察では,むき運動およびひき運動での眼球運動検査やHess赤緑試験を行い,眼球運動制限のある筋の同定をはかる.非共同性斜視の鑑別疾患としては,脳神経麻痺(外転神経,滑車神経,動眼神経),重症筋無力症,眼窩疾患による斜視があげられ,眼窩疾患としては甲状腺眼症,免疫グロブリンG(immunoglobulinG:IgG)4関連眼疾患,特発性眼窩炎症,眼窩腫瘍,眼窩底骨折などがある.成人の非共同性斜視の多くは後天性複視を主訴とする.複視が急性発症であれば脳神経麻痺を疑うが,緩徐進行性であれば眼窩疾患や重症筋無力症を疑う.特発性眼窩炎症や眼窩蜂巣炎は,眼痛を伴った比較的急性発症の複視をきたす.眼窩疾患では血液検査および眼窩MRI検査が必須となる.いずれの眼窩疾患も鑑別になることが多いため,C反応性蛋白(C-reactiveprotein:CRP),血沈,甲状腺機能,甲状腺関連自己抗体,抗アセチルコリン受容体(acetylcholinereceptor:AChR)抗体,IgG,IgG4,可溶性インターロイキン(interleukin:IL)-2受容体,抗好中球細胞質抗体(anti-neutrophilcytoplasmicanti-body:ANCA),血清アンジオテンシン変換酵素(angio-tensinconvertingenzyme:ACE),抗SS-A抗体,抗SS-B抗体などを含めた採血セットを作製しておくと測定漏れを防げる.また,眼窩MRIでは,外眼筋の評価には水平断だけでなく,冠状断撮影が必須となる.また,垂直直筋や上眼瞼挙筋などの評価が必要となる甲状腺眼症では矢状断も含めた3方向撮影をするのが望ましい.本稿では,斜視を生じる眼窩疾患の特徴を述べる.I甲状腺眼症症例:70歳代,女性.2年前からの複視を主訴に来院.交代プリズム遮閉試験(alternateprismcovertest:APCT)では遠見40Δの右下斜視を認めた.眼球突出,眼瞼腫脹,眼瞼後退などは認めなかった.右眼上転制限による上下斜視を認めており(図1a,b),右眼下直筋腫大(図1c)を認めた.甲状腺機能低下のBasedow病(hypothyroidGraves’disease)に伴う甲状腺眼症と診断された.1.原因甲状腺眼症は,眼窩周囲軟部組織(眼瞼,結膜,涙腺,外眼筋,眼窩脂肪)の自己免疫炎症性疾患である.甲状腺機能亢進症に伴うことが多いが,甲状腺機能低下症や機能正常例に発症することもある1).平均年齢は44.6歳,男女比は1対3と中高年の女性に好発し2),重症筋無力症と異なり朝に症状が強いという日内変動をきたす.症状としては,複視のほか,眼球突出,眼瞼腫脹,眼瞼後退(Dalrymple徴候),眼瞼遅滞(Graefe徴候)など顔貌変化を伴うことも多い.最重症例では圧迫性視神経*KieIida:東京慈恵会医科大学眼科学講座**AiKozaki:オリンピア眼科病院〔別刷請求先〕飯田貴絵:〒105-8461東京都港区西新橋3-25-8東京慈恵会医科大学眼科学講座(1)(71)4130910-1810/26/\100/頁/JCOPYa図1甲状腺眼症による斜視甲状腺機能低下がみられ,TSH受容体抗体(TRAb)15.6IU/L,TSH受容体刺激抗体(TSAb)871%でhypoGravesdiseaseの症例であった.a:9方向眼位写真にて上下斜視がみられる.b:Hess赤緑試験にて右眼の上転障害がみられる.c:眼窩MRI冠状断T1強調画像で下直筋腫大()(右>左)を認める..図2コカ・コーラボトルサイン眼窩MRIT1水平断画像.右内直筋は筋付着部は腫大がなく,筋腹のみ腫大しており,コカ・コーラボトルサインを呈している.a図3免疫グロブリンG4(IgG4)関連眼疾患による斜視採血では橋本病を認めたものの,TSAbの上昇はなく,IgG4は252Cmg/dlと上昇を認めた.Ca:9方向眼位写真では両側の上眼瞼腫脹を認める.Cb:Hess赤緑試験でも眼球運動制限はほとんど認めない.Cc:眼窩CMRIT1画像では両側涙腺腫脹と右眼内外直筋,左眼外直筋腫大を認めた.2.自然経過患者のC86%で涙腺腫大を認めるため,上眼瞼腫脹は必発である.必ずしも両側性とは限らず,片側性のこともある.症状としてはドライアイ,複視や斜視などを生じ,緩徐進行性の経過をとり,重症化すると視神経周囲腫瘤病変による圧迫性視神経症により視力低下や視野障害をきたすこともある.外眼筋肥大や腫瘤病変は,4直筋のいずれにも生じ,筋腫大が著明でも眼球運動制限は軽度であることがその他の眼窩疾患との違いである.C3.必要な検査涙腺腫大や眼窩内占拠病変をきたす疾患である,サルコイドーシス,Sjogren症候群,粘膜関連リンパ組織(mucosa-associatedClymphoidtissue:MALT)リンパ腫を含む悪性リンパ腫,甲状腺眼症,特発性眼窩炎症,肥厚性硬膜炎などが鑑別疾患となる.Ca.血液検査IgG,IgG4,甲状腺機能検査,甲状腺関連自己抗体,ACE,抗CSS-A抗体,抗CSS-B抗体,可溶性CIL-2受容体,ANCAなどを確認する.Cb.眼窩部MRI涙腺,外眼筋,三叉神経など眼窩内組織の腫大を確認する.眼窩の三叉神経(眼窩上神経,眼窩下神経)腫大はCIgG4関連眼疾患に特異的な所見とされている7).視神経周囲の病変は視力低下の原因となるので注意を要する.IgG4関連眼疾患の診断基準としては,①画像所見でさまざまな眼組織に腫瘤,腫大,肥厚性病変がみられる.②病理組織学的検査で高度なCIgG4陽性形質細胞浸潤がみられる.③血中CIgG4濃度上昇(>135Cmg/dl)のすべてを満たして確定診断群となり,①+②は準確診群,①+③は疑診群となる8).もっとも問題となるのは悪性リンパ腫との鑑別であり,悪性リンパ腫では腫瘍随伴免疫反応により血清IgG4値が上昇する症例が存在する.確定診断のためには生検を行う.また,多臓器病変の検索目的に,全身の造影CCTを行う.とくに血清CIgG4値がC900Cmg/dl以上では,眼外の病変を併発する可能性が高いとされている9).4.治療方法症状が軽微な場合には,無治療で経過観察が可能である.一方で,複視,視力低下,眼球突出や眼瞼腫脹などによる顔貌の変化など,臨床的な支障を認める場合には適切な治療介入を行う.経口プレドニゾロンが第一選択となり,初期投与量はプレドニゾロンC30.40Cmg(0.5.0.6Cmg/kg/日)から開始し,2.4週間の継続投与後に漸減する.10Cmgまでは,1.2週ごとに,臨床症状を参考にC5Cmgずつ減量する10).その後はC1Cmg/月で徐々に漸減し,維持量(5.10Cmg/日)を決定する.IgG4関連眼疾患は,初期のステロイドに対する反応性は良好であるが,ステロイド漸減中に約C1/3の症例で再発することも知られており,ゆっくりと漸減することが重要である11).ステロイド以外の治療法としては,抗CCD20抗体であるリツキシマブの有用性が知られているが,わが国ではCIgG4関連疾患に対しては保険適用外である.2025年C11月に抗CCD19モノクローナル抗体製剤であるイネビリズマブ(ユプリズナ)がCIgG4関連疾患の治療薬として国内初となる保険適用を取得した.再燃抑制を目的とした治療として適応となる.また,観血的治療法としては,涙腺や眼瞼皮下の腫瘤性病変に対する外科的切除による減量手術により,再発率やステロイド使用率などを減らすことができると報告されている12,C13).CIII特発性眼窩炎症症例:50歳代,男性.10日前より左眼瞼腫脹と眼痛を自覚.強膜炎の診断でステロイド点眼を処方されたものの,眼痛が持続し,複視が出現したため受診.左眼の外転制限を認め(図4a,b),眼窩CMRIで左眼外直筋に筋腱付着部を含む筋肥大がみられた(図4c).甲状腺機能,TSAb,IgG4は正常範囲内であり,CRPはC1.0mg/dlと軽度上昇を認めた.外眼筋炎と診断し,プレドニゾロンC20Cmgより投与開始したところ,眼球運動障害および斜視の速やかな改善を認めた(図4d,e).C1.原因特発性眼窩炎症は,眼窩および眼付属器の原因不明の(75)あたらしい眼科Vol.43,No.4,2026C417ad図4特発性眼窩炎症による斜視甲状腺機能,TSAb,IgG4は正常範囲内であり,C反応性蛋白はC1.0Cmg/dlと軽度上昇を認めた.外眼筋炎と診断.Ca~c:ステロイド治療前.9方向眼位写真(Ca),Hess赤緑試験(Cb)で左眼の外転制限を認める.眼窩CMRIT1画像(Cc)では左眼外直筋に筋腱付着部を含む筋肥大を認める.d,e:ステロイド内服後のC9方向眼位写真(Cd)およびCHess赤緑試験(Ce).ステロイド治療後速やかに眼球運動および斜視の改善を認めた.ab図5眼窩腫瘍による斜視a,b:右眼の上下転制限を認める.c:眼窩CCT画像にて右眼窩筋円錐内に腫瘍性病変を認め,腫瘍による眼球圧迫を認めた.管腫,神経鞘腫の頻度が高く,悪性腫瘍としては,腺様.胞癌,孤立性線維腫などが多い18).良性腫瘍,悪性腫瘍のいずれにおいても斜視は生じうるが,症状の増悪が早い場合は悪性腫瘍を疑う.炎症性腫瘤,腺様.胞癌,神経鞘腫の一部では痛みを伴う.眼窩腫瘍のC10%は転移性腫瘍であり,原発巣は乳癌,肺癌,前立腺癌,肝癌などがあげられるので,癌の既往歴などの問診も重要である.C2.必要な検査および治療他の眼窩疾患を鑑別するため,血液検査と画像検査を行う.画像検査では,MRIは腫瘍の性状や境界,眼窩内構造との位置関係を把握するのに有用である.腫瘍の血流や浸潤を評価するために,可能な限り造影剤を使用する.CTは腫瘍による骨変化の確認に有用であり,骨破壊は悪性腫瘍に多く,骨菲薄化は良性腫瘍による慢性的な圧迫にみられることが多い.Ca.生検か全摘出か悪性リンパ腫やCIgG4関連眼疾患などのリンパ増殖性疾患や,腺様.胞癌などの悪性腫瘍は,生検による確定診断が必要である.これらは手術で一期的に全摘出することがむずかしく,診断結果により,ステロイド治療,化学療法,放射線治療など治療方針も異なる.生検を行わずに全摘出する疾患のほとんどは良性腫瘍である.とくに涙腺多型腺腫は長期の経過で悪性転換しやすく,生検や腫瘍摘出時の被膜損傷により多発性の再発性腫瘍となることがあり,生検は禁忌とされている.そのほか,海綿状血管腫や神経鞘腫など上皮性腫瘍も全摘出を計画する.いずれにしても,確定診断は病理組織学的検査であり,評価や摘出が自施設で困難な場合は専門施設に紹介するのが望ましい.文献1)HiromatsuY,EguchiH,TaniJetal:Graves’ophthalmop-athy:epidemiologyCandCnaturalChistory.CInternCMedC53:C353-360,C20142)WatanabeCN,CKozakiCA,CInoueCKCetal:Prevalence,Cinci-dence,andclinicalcharacteristicsofthyroideyediseaseinJapan.JEndocrSocC8:bvad148,C20233)PerrosP,CrombieAL,MatthewsJNetal:Ageandgen-derCinfluenceCtheCseverityCofCthyroid-associatedCophthal-mopathy:aCstudyCofC101CpatientsCattendingCaCcombinedCthyroid-eyeCclinic.CClinEndocrinol(Oxf)C38:367-372,C19934)KozakiCA,CInoueCR,CKomotoCNCetal:ProptosisCinCdysthy-roidophthalmopathy:aCcaseCseriesCofC10,931CJapaneseCcases.OptomVisSciC87:200-204,C20105)PontoKA,KanitzM,OlivoPDetal:Clinicalrelevanceofthyroid-stimulatingCimmunoglobulinsCinCGraves’Cophthal-mopathy.OphthalmologyC118:2279-2285,C20116)GotoCH,CUedaCSI,CNemotoCRCetal:ClinicalCfeaturesCandCsymptomsCofCIgG4-relatedCophthalmicdisease:aCmulti-centerstudy.JpnJOphthalmolC65:651-656,C20217)GotoH,SoneK,AsakageMetal:Evaluationofthespeci-ficityCofCtrigeminalCnerveCenlargementCinCtheCdiagnosisCofCIgG4-relatedCophthalmicCdisease.CJpnCJCOphthalmolC68:C676-680,C20248)TakahiraCM,CGotoCH,CAzumiA:TheC2023CrevisedCdiag-nosticCcriteriaCforCIgG4-relatedCophthalmicCdisease.CJpnJOphthalmolC68:293-301,C20249)KubotaCT,CKatayamaCM,CMoritaniCSCetal:SerologicCfac-torsCinCearlyCrelapseCofCIgG4-relatedCorbitalCinflammationCafterCsteroidCtreatment.CAmCJCOphthalmolC155:373-379,C201310)瀬戸口京吾:IgG4関連疾患の治療における最新の動向.胆と膵46:667-671,C202511)YukaS,SatoruK,KanIetal:AclinicopathologicalstudyonCIgG4-relatedCophthalmicCdisease.CIntCJCOphthalmolC11:1539-1544,C201812)OminatoJ,OyamaT,ChoHetal:ThenaturalcourseofIgG4-relatedophthalmicdiseaseafterdebulkingsurgery:Casingle-centreretrospectivestudy.BMJOpenOphthalmolC4:e000295,C201913)IwasakiCR,CKitaguchiCY,CMorimotoCTCetal:PostoperativeCoutcomesofbiopsyversusdebulkingsurgeryforimmuno-globulinCG4-relatedCophthalmicdisease:aCretrospectiveCcomparativestudy.JpnJOphthalmolC69:203-213,C202514)MombaertsI,BilykJR,RoseGEetal:Consensusondiag-nosticCcriteriaCofCidiopathicCorbitalCinflammationCusingCaCmodifiedCDelphiCapproach.CJAMACOphthalmolC135:769-776,C201715)平竹純一朗,木村亜紀子,増田明子ほか:特発性眼窩炎症の臨床像.神経眼科40:32-37,C202316)NishikawaCY,COkuCH,CTonariCMCetal:C-reactiveCproteinCmayCbeCusefulCtoCdifferentiateCidiopathicCorbitalCinflamma-tionandorbitalcellulitisincaseswithacuteeyeliderythe-maandedema.ClinOphthalmolC12:1149-1153,C201817)MooreCGH,CRootmanDB:OrbitalCinflammatoryCdiseaseCmanagement.ExpertRevOphthalmolC11:415-428,C201618)GotoH,YamakawaN,KomatsuHetal:Clinico-epidemio-logicalanalysisof1000casesoforbitaltumors.JpnJOph-thalmolC65:704-723,C2021420あたらしい眼科Vol.43,No.4,2026(78)

眼筋型重症筋無力症における複視治療

2026年4月30日 木曜日

眼筋型重症筋無力症における複視治療TreatmentofDiplopiainOcularMyastheniaGravis龍井苑子*はじめに重症筋無力症(myastheniagravis:MG)は神経・筋接合部が自己抗体により障害され,神経筋伝達効率が低下した結果,筋力低下をきたす自己免疫疾患である.本疾患では全身の随意筋が障害されうるが,とくに外眼筋は構造的・生理学的特性から筋力が低下しやすく,眼瞼下垂や複視などの眼症状が初発症状,あるいは主症状として出現することが多い.また,MGは日内変動を特徴とし,症状の程度や表現形式が時間帯や状況により変化しやすい.そのため,患者は予測のつかない症状に日常的に悩まされることが少なくない.MGは臨床的に全身型と眼筋型に大別されるが,本稿ではとくに眼筋型重症筋無力症(ocularmyastheniagravis:OMG)に焦点をあて,臨床症状のなかでも複視を中心に,その対応について概説する.I重症筋無力症の原因MGの原因となる自己抗体としては,アセチルコリン受容体(acetylcholinereceptor:AchR)抗体がもっとも代表的であり,このほかに筋特異的受容体型チロシンキナーゼ(muscle-specifickinase:MuSK)抗体や抗横紋筋抗体なども報告されている.このうち,OMGにおいて病態の中心となるのはAchR抗体である.MuSK抗体は全身型MGでは一定の割合で認められるものの,OMGにおいてMuSK抗体が陽性となることはまれであるとされている.従来OMGではAchR抗体陰性例が多いと考えられてきたが,近年では検査法の改良や症例集積の進展により,OMGにおいてもAchR抗体は70~80%以上の症例で検出されることが報告されている1).つまり,OMGは「抗体が存在しないこともある軽症型MG」ではなく,抗体介在性病態が明確に存在するMGの一病型として再認識されつつある.AchR抗体は,AchのAchRへの結合を阻害する(図1)ほか,AchRの内在化(図2),ならびに補体活性化によるpostsynapticmembraneの構造破壊(図3)を介して神経筋接合部を障害する2).もともと,外眼筋の神経筋接合部では,他の骨格筋に比べてAchR密度が低く,postsynapticmembraneの構造的余裕も乏しいため,抗体によるAchR減少の影響を受けやすい.そのため,比較的軽度の神経筋接合部障害であっても,外眼筋では筋収縮が不安定となり,筋力低下が容易に顕在化する.その結果,MGでは眼瞼下垂や複視といった眼症状が初発症状,あるいは主症状として出現しやすい.このような病態的背景を理解することは,OMGの自然経過や治療反応性,さらに複視・斜視への対応を考えるうえで重要である.II眼筋型重症筋無力症の自然経過OMGは,症状が外眼筋に限局する点で全身型MGとは異なる臨床像を示すが,その自然経過は必ずしも良好*SonokoTatsui:北里大学医療衛生学部リハビリテーション科視覚機能療法学専攻視能矯正学〔別刷請求先〕龍井苑子:〒252-0374相模原市南区北里1-15-1北里大学医療衛生学部リハビリテーション科視覚機能療法学専攻視能矯正学(1)(63)4050910-1810/26/\100/頁/JCOPY図1アセチルコリン受容体(AchR)抗体による神経筋伝達障害AchR抗体はシナプス後膜のCAchRに結合し,Achの受容体への結合を阻害することにより神経筋伝達効率を低下させる.図3AchR抗体による補体活性化とシナプス後膜障害AchR抗体の結合により補体が活性化され,シナプス後膜に直接的な膜障害が生じることで神経筋伝達が低下する.図2AchR抗体によるAchRの内在化AchR抗体はCAchRに結合し,受容体の架橋を介してCAchRの内在化を誘導する.その結果,シナプス後膜表面のCAchR数が減少し,神経筋伝達効率が低下する.A.症状表1重症筋無力症(MG)の診断基準(1)眼瞼下垂(2)眼球運動障害(3)顔面筋力低下(4)構音障害(5)嚥下障害(6)咀嚼障害(7)頸部筋力低下(8)四肢筋力低下(9)呼吸障害<補足>上記障害は易疲労性や日内変動を呈する(1)抗アセチルコリン受容体(AChR)抗体陽性B.病原性自己抗体(2)抗筋特異的受容体型チロシンキナーゼ(MuSK)抗体陽性(1)眼瞼の易疲労試験陽性(2)アイスパック試験陽性C.神経筋接合部障害(3)塩酸エドロホニウム(テンシロン)試験陽性(4)反復刺激試験陽性(5)単線維筋電図でジッターの増大D.支持的診断所見血漿浄化療法によって改善を示した病歴がある以下のいずれかの場合C,重症筋無力症と診断する(1)Aの一つ以上C,Bのいずれかが認められるE.判定(2)Aの一つ以上C,Cのいずれかが認められC,他の疾患が鑑別できるProbable:Aの一つ以上C,Dを認めC,血漿浄化療法が有効な他の疾患を除外できる(文献C5より改変引用)図4上方注視負荷試験図5アイスパックテスト上方注視を持続することで筋疲労を誘発し,眼瞼下垂や眼位上眼瞼にアイスパックを約C2分間当てることで,神経筋接異常の増悪を確認する検査.合部におけるCAch分解が抑制され,一過性に眼瞼下垂が改善するかを評価する検査.多い負荷試験である.抗コリンエステラーゼ薬は,神経終末から放出されるアセチルコリンの分解を阻害することで,神経筋伝達を一過性に改善させる作用を有する.テンシロンは効果発現時間がきわめて短く(約C5分),治療薬としては適さない一方で,診断薬としては有用性が高い.わが国ではアンチレクスとして使用されている.CIV眼筋型重症筋無力症の治療OMGの治療は,まず内科的治療により自己免疫学的病態を制御することを基本とする.しかし,内科的治療によって疾患活動性が十分に抑制されたあとであっても,複視や眼位異常といった眼症状が完全に消失しない患者は少なくない.そのため,OMGにおける複視・斜視への対応は,内科的治療を前提としつつ,治りきらない眼症状に対して保存的治療を行い,日常生活への影響を最小限に抑えることを第一の目標とする.さらに,保存的治療によっても十分な生活の質(qualityoflife:QOL)改善が得られない場合に病状が安定した段階で観血的治療を検討する,という段階的な治療戦略が妥当である.C1.内科的治療OMGに対する薬物療法は,抗コリンエステラーゼ阻害薬を基本とし,症状や経過に応じて低用量の経口ステロイドを併用することから開始される.2022年改訂の重症筋無力症/ランバート・イートン筋無力症候群診療ガイドライン5)においても,OMGに対する経口ステロイドはプレドニゾロンC5Cmg/日以下の少量維持を基本とし,長期にわたる中等量以上の投与は推奨されていない.一方で,症状が急激に増悪した場合や,経口治療のみでは十分なコントロールが得られない場合には,ステロイドパルス療法としての静注メチルプレドニゾロン(intravenousmethylprednisoloneCpulseCtherapy:IVMP)が選択される.IVMPは炎症および免疫活性を短期間で強力に抑制することが可能であり,急性増悪時の「レスキュー治療」として位置づけられる.ガイドラインではCIVMPの反復投与が推奨されているとおり,その効果は一過性であることが多く,IVMP単独で長期的な症状安定化を得ることは困難である.また,投与量や投与間隔については明確な規定がないため,現時点では個々の患者に応じた判断が求められる.抗コリンエステラーゼ阻害薬,低用量経口ステロイド,IVMPを含む内科的治療を行っても症状の再燃を繰り返す場合や,眼症状のコントロールが不十分な患者が存在する場合には,ステロイド依存や副作用の回避を目的として免疫抑制薬の併用が検討される.免疫抑制薬は,効果発現までに時間を要するものの,IVMP後の再燃を抑制し,症状の不安定化を防ぐ目的で用いられる.OMGでの治療で保険適用が認められているものはタクロリムスであり,低用量ステロイドと併用することで,より安定した疾患コントロールをめざす治療選択肢として位置づけられる.近年,高容量経口ステロイドの長期使用が種々の副作用を通じてCQOL低下を招く弊害が問題となっている.そのため,内科的治療にもかかわらず症状の安定化が得られない患者においては,免疫抑制薬の導入を積極的に検討する意義がある.C2.保存的治療内科的治療によって疾患活動性が一定程度制御されたあとであっても,OMGでは複視や眼位異常が完全に消失しない患者が少なくない.前述のとおり,免疫学的病態が安定しても,外眼筋の筋力不均衡や眼位の不安定性が残存することがあり,これらは患者の日常生活に大きな支障をきたす要因となる.そのため,OMGにおける複視・斜視への対応では,内科的治療を前提としたうえで,保存的治療を適切に組み合わせ,QOLの改善をはかることが重要である.保存的治療の代表的な方法としては,プリズム眼鏡および遮閉療法があげられる.プリズム眼鏡は,眼位ずれを光学的に補正することで複視を軽減する方法であり,偏位角が比較的小さい患者や,眼位変動が比較的軽度な患者において有用である.一方で,OMGでは日内変動や注視方向による眼位変化が大きい患者も多く,固定度数のプリズムでは十分な効果が得られない場合も少なくない.そのような患者で(67)あたらしい眼科Vol.43,No.4,2026C409は,完全な複視消失をめざすのではなく,「複視を軽減する」「困る場面を減らす」という現実的な目標設定を提示し,十分な説明のもとで治療方針を決定することが望ましい.遮閉療法は,複視を確実に抑制できる方法であり,偏位角が大きい患者や,プリズム眼鏡での対応が困難な患者において有用である.完全遮閉に加え,Bangerterフィルターなどを用いた部分遮閉により,視機能を可能な限り温存しつつ複視を軽減する工夫も行われる.とくに一時的な症状増悪期や,治療方針決定までの移行期において,遮閉療法は現実的かつ即効性のある対応法である.以上のような保存的治療は,OMGにおける複視・斜視に対して一定の有用性を有するものの,偏位角が大きい患者や,日内変動が減弱して眼位が固定化してきた患者では,十分なCQOL改善が得られない場合もある.そのような場合には,病状が安定した段階で,観血的治療を含めた治療戦略を再検討することが望ましい.CV観血的治療OMGに対する斜視手術を行ううえで,もっとも判断に迷う点の一つが,手術を行うタイミングである.この点について,これまでの報告をみても明確な統一基準は示されておらず,術前に求められる眼位の安定期間についても一定の見解は得られていない.既報では,OMGにおける術前眼位の安定期間として,約C5カ月~2年程度と幅のある期間が報告されている4).一方で,眼位が長期間安定した後に手術が行われた患者と,比較的短期間の安定後に手術が行われた患者とを比較した検討では,最終的な手術成績に明らかな差は認められていない11).すなわち,術前眼位安定期間の長短と最終的な手術成績との間に有意な関連は示されておらず,複視消失および正位(C±10Δ)を良好な手術成績と定義した場合でも,両群間で成績に差はみられなかったと報告されている.これらの知見から,一定期間にわたり眼位の安定を確認することは重要であるものの,過度に長い安定期間を待つことが必ずしも手術成績の向上につながるとは限らない可能性が示唆される.さらに,術前眼位の定量的評価方法や手術適応の閾値についても,現時点では統一された基準は確立されておらず,既報では各研究者の臨床的判断に基づいて評価が行われているのが現状である.したがって,斜視手術の適応および時期の判断にあたっては,厳密な数値基準に依存するのではなく,一定期間にわたり眼位の大きな変動がみられないこと,診察中や反復注視後にも偏位角が大きく変化しないこと,保存的治療による改善が頭打ちとなっていることなどを総合的に評価することが現実的である.とくに,日内変動が著明な時期に手術を行うことは避けるべきである.おわりにOMGにおける複視および斜視は,経時的な変動を伴い,単一時点での評価や画一的な治療アルゴリズムでは対応が困難な症状である.完全寛解を得ることが必ずしも容易ではない疾患の特性を踏まえると,治療の目的は症状を「完全に消失させる」ことに限定されるものではなく,日常生活に支障の少ない状態を維持することにおかれるべきである.そのため,内科的治療,保存的治療,観血的治療はいずれも単独で完結するものではなく,病態の推移と患者の生活への影響を踏まえながら,段階的かつ柔軟に組み合わせて用いられるべき治療手段である.内科的治療と同様に,保存的治療や斜視手術においても,症状を最小限に抑えた「許容可能な状態」を目標とし,過度な治療介入を避ける視点が重要である.OMGの複視・斜視への対応においては,「どこまで改善させるか」だけでなく,「どこで止めるか」を含めた治療目標を共有し,時間軸を意識した総合的判断を行うことが,長期的なCQOL維持につながると考えられる.文献1)PeelerCCE,CDeCLottCLB,CNagiaCLCetal:ClinicalCutilityCofCacetylcholinereceptorantibodytestinginocularmyasthe-niagravis.JAMANeurolC72:1170-1174,C20152)Conti-FineCBM,CMilaniCM,CKaminskiHJ:MyastheniaCgra-vis:past,Cpresent,CandCfuture.CJCClinCInvestC116:2843-2854,C20063)KupersmithMJ:OcularmyastheniaCgravis:treatmentCsuccessesCandCfailuresCinCpatientsCwithClong-termCfollow-410あたらしい眼科Vol.43,No.4,2026(68)-

頭蓋内疾患

2026年4月30日 木曜日

頭蓋内疾患StrabismusAssociatedwithIntracranialDisorders望月嘉人*はじめに頭蓋内疾患と一言でいっても,疾患によってさまざまな症状を呈すうえ,発症部位によっても斜視や眼球運動制限の発症の仕方は異なる.代表的なものとして,脳出血や脳梗塞,くも膜下出血などの脳血管障害,頭蓋内腫瘍,脳外科術後などがあがり,麻痺性斜視や眼球運動制限を呈するため,水平だけでなく上下回旋偏位を伴うことが多く,場合によっては筋移動術など煩雑な斜視手術を行う必要がある.そのため,頭蓋内疾患が原因の麻痺性斜視に対しては手術を行わない方針とする施設も少なくない.斜視手術は麻痺した神経機能を回復させるものではないが,第一眼位での眼位を改善することで複視を軽減し,視覚の質(qualityCofvision:QOV)の向上が期待できる.本稿では当院で経験した症例を提示し,頭蓋内疾患による麻痺性斜視や眼球運動制限があっても,斜視手術をすることにより患者満足度は高くなるということを解説する.CI自然経過斜視の原因が頭蓋内疾患の場合,まずは原疾患の治療が優先となる.微小循環障害による眼運動神経麻痺は70~80%程度自然回復することは知られている.同様に,脳梗塞や脳出血後の眼球運動制限も自然軽快する既報がある.脳梗塞などの脳血管障害後の第一眼位複視の自然軽快率はC78.8%であったという報告1)や脳卒中後の動眼神経麻痺,滑車神経麻痺,外転神経麻痺の自然軽快はC65.5%であった報告などがある2).また,注視麻痺・内側縦束(medialClongitudinalfasciculus:MLF)症候群などの自然経過をみた報告では,完全に眼球運動制限が改善した症例はC4%,部分的に改善した症例はC66%であったとされている3).自然軽快を期待できる期間も2週間~6カ月と症例によって差がある.このように,微小循環障害に伴う眼運動神経麻痺と比較すると改善率はやや低い傾向にあるが,いずれにしても脳血管障害発症後C6カ月までは自然軽快する可能性があり,斜視角が安定するまでは斜視手術は施行するべきではない.CII必要な検査まず,原因が判然としない麻痺性斜視をみた場合は,MRIで頭部や外眼筋の精査はしておくべきであろう.眼位・眼球運動の検査として,麻痺性斜視の場合は眼位をみるために交代プリズム遮閉試験(alternateCprismCcovertest:APCT),眼球運動の精査のためにCHess赤緑試験,回旋偏位を評価するために大型弱視鏡Csynop-tophoreを施行する.また,術前にプリズム順応検査(prismCadaptationtest:PAT)を施行し,斜視手術をすることによって見え方の自覚が改善するか評価しておく必要がある.なかには頭蓋内疾患によってCcentralCfusionaldisruptionが生じ,眼位が改善しても複視の自覚が消失しない症例もある.PATを術前に施行することによって,そのような症例かどうかを見定めることができ,患者に事前に説明しておくことができる.*YoshihitoMochizuki:兵庫医科大学眼科学講座〔別刷請求先〕望月嘉人:〒663-8501兵庫県西宮市武庫川町C1-1兵庫医科大学眼科学講座(1)(57)C3990910-1810/26/\100/頁/JCOPYacb図1脳梗塞後の斜視の症例(76歳,男性)a:中脳の障害による両眼の上方注視麻痺を認め,左眼は正中を越えて上転できなかった.遠見でC4CΔXT,30CΔR/LTで,7°の外方回旋を認めている.b:Knapp法の術式の模式図.内直筋と外直筋を切腱し,上直筋付着部に縫着する.Cc:上転制限は残存するも正面での眼位がC2CΔET,6ΔR/LTとなり,2°の外方回旋となり,頭位異常も改善した.abc図2視神経脊髄炎後の斜視の症例(20歳,女性)a:頭部CMRI,T2FLAIR画像.中脳に広範な高信号域を認める.延髄にも淡い高信号域を認める.Cb:遠見眼位は,66CΔXT,C39ΔL/RT,5°の外方回旋であり,左眼の下転制限を認める.Cc:2ΔXT,8CΔL/RTとなり,眼位の改善を認めたが,上下複視の残存があり,プリズム眼鏡を装用した.ab図3多発性脳梗塞による斜視手術後の複視残存症例(52歳,男性)a:両眼の下方注視麻痺が高度で,頭位をただした際に両眼とも上転している.Cb:下方注視麻痺のため,顎下げ頭位(chin-down)になっている.Cc:術後眼位はC4CΔR/LTと改善した.Fresnel膜を貼付しても,複視残存したため,オクルージョン膜を貼付した.図4脳梗塞後のMLF症候群の自然軽快例(52歳,男性)a:左眼の内転制限,両眼の外転制限を認めている.Cb:輻湊刺激を加えると,内転は可能であった.Cc:両外転制限,左眼内転制限は自然軽快した.

外転神経麻痺

2026年4月30日 木曜日

外転神経麻痺AbducensNervePalsy髙井佳子*はじめに外転神経麻痺は,外直筋の機能低下による外転障害と内斜視による複視を主訴とする疾患である.外転神経は脳神経のなかでもっとも走行が長く,屈曲点が多いという特徴をもつ.頭蓋内圧の変化や牽引,炎症,腫瘍,血管障害など多様な病態の影響を受けやすい.Miyataら1)によれば,2019年の日本での動眼神経麻痺,滑車神経麻痺,外転神経麻痺の割合はそれぞれ38.1%,15.0%,46.9%であり,外転神経麻痺がもっとも頻度が高い.男性と高齢者で罹患率が高い傾向がみられる.本稿では,一般眼科医が外来で外転神経麻痺の遭遇した際に,原因の見極め,必要な検査,治療方針の立て方を理解しやすいよう,臨床的観点から外転神経麻痺を整理する.I原因1.外転神経の走行と脆弱性外転神経の走行を図1に示す.外転神経核は橋の背側,第四脳室の手前に左右対称に位置しており,運動ニューロン,介在ニューロン,paramediantract(PMT)ニューロンから構成される.このうち,運動ニューロンは外転神経として外直筋を支配する.介在ニューロンは対側の内側縦束(mediallongitudinalfasciculus:MLF)を経由して反対側の動眼神経の内直筋核に分布する.PMTニューロンは小脳と連絡し,視線の保持に関与している.橋延髄移行部の前外側縁から脳幹を出た外転神経は,橋前脳槽を前上方に進み,斜台硬膜の間隙を急角度で前上方に走行し,後床突起と内側蝶形骨縁を結ぶGruber靭帯の下を通り,Dorello管へ入る.Dorello管は長さ4~13mm,直径0.5~3mmの硬膜性のトンネルで,周囲を静脈叢に囲まれている.この部位は狭く,頭蓋内圧や蝶形骨洞付近の炎症や腫瘍の影響を受けやすいため,この部位の障害が外転神経麻痺の原因となりやすい.さらに,海綿静脈洞では,外転神経が内頸動脈および交感神経叢と近接して走行するため,外転神経麻痺にHorner症候群を合併している場合は病変部の推定に有用な情報となる.海綿静脈洞からは上眼窩裂を通って眼窩内,外直筋へと至る.外転神経の走行に関係して,斜台の骨を挟んだ反対側は蝶形骨洞,上咽頭である.蝶形骨内側縁は髄膜腫の好発部位の一つである.2.外転神経麻痺の原因外転神経麻痺の原因は,年齢層や単独麻痺か複合麻痺かによって大きく異なる.小児では,単独麻痺よりも複合麻痺の頻度が高い.単独麻痺はウイルス感染症や特発性であることが多いが,複合麻痺では頭蓋内圧亢進,脳腫瘍,中枢神経感染症など重篤な疾患が背景に存在することが多い.特発性頭蓋内圧亢進症(idiopathicintra-cranialhypertension:IIH),シャント不良,静脈洞血栓症なども小児の外転神経麻痺の原因として重要である.*YoshikoTakai:岡田眼科医院,名古屋大学〔別刷請求先〕髙井佳子:〒444-0847愛知県岡崎市六名東町2-3岡田眼科医院(1)(47)3890910-1810/26/\100/頁/JCOPY上小脳動脈後大脳動脈海綿静脈洞上眼窩裂視交叉内頸動脈蝶形骨洞上咽頭Dorello管斜台脳底動脈外転神経前下小脳動脈椎骨動脈図1外転神経の走行外転神経核は橋の背側,第四脳室の手前に左右対称に位置している.外転神経核からの運動ニューロンが外転神経(.)として外直筋を支配する.外転神経は橋延髄移行部前外側縁から脳幹を出て,橋前脳槽を経由し,斜台硬膜の間隙を急角度で前上方に走行し,後床突起と内側蝶形骨縁を結ぶGruber靱帯の下を通り,長さ4~13.mm,直径0.5~3.mmの管状の組織であるDorello管を通って海綿静脈洞(●),上眼窩裂を通って眼窩へと至る.斜台では椎骨・脳底動脈(.),海綿静脈洞付近では内頸動脈(―),交感神経叢の近傍を走行する.a図2外転神経を巻き込んだ錐体斜台部髄膜腫の切除後の左外転神経麻痺(75歳,女性)術前の正面眼位は約60プリズムジオプター(Δ)の内斜視(ET),左眼は内転位で固定し外転はまったく不能であった.麻痺の発症から1年8カ月後に左眼に対して西田法,内直筋後転3mm,後転した内直筋にA型ボツリヌス毒素2.5Uを投与した.術後7カ月での眼位は12~14ΔET,5Δ左上斜視(L/R),正面での複視はないが側方視での複視が気になり,遮閉膜の処方を希望した.a:斜視手術前の9方向眼位.b:眼球は内転位で固定して外転不能.c:斜視術後の9方向眼位.d:術後も正中を越えての外転は不能.ab左方視右方視図3左外転神経麻痺での赤ガラステスト(a)とHess赤緑試験(b)の結果a:赤ガラステスト結果(模式図).右眼の前に赤ガラスを置いてペンライトを固視させたとき,正面で同側性複視,患側を向かせると複視が増悪し,健側を向かせると軽減する.b:Hess赤緑試験の結果(想定図).左方視で左眼の動きが少なく,右眼はHerringの法則により動きすぎている.純粋な外転神経麻痺のみでの結果を想定している.-表1外転神経の走行と疾患核性外転神経核介在ニューロンPMTニューロン対側の内転制限小脳症状髄内顔面神経核・根PPRF内側縦束錐体路患側の顔面神経麻痺★☆水平注視麻痺☆核間麻痺(患眼の内転制限,健眼外転時の眼振)対側の上下肢の片麻痺★☆核下性斜台椎骨動脈,脳底動脈,AICA第Ⅲ-XII脳神経蝶形骨後床突起蝶形骨洞錐体上咽頭neuro-vascularcompression4)それぞれの脳神経症状髄膜腫など副鼻腔炎中耳炎上咽頭腫瘍の上方進展海綿静脈洞内頸動脈交感神経線維第III,IV,V1+2脳神経内頸動脈海綿静脈洞瘻Hornel症候群他の眼球運動異常,疼痛上眼窩裂第III,IV,V1脳神経他の眼球運動異常,疼痛眼窩先端部第II,III,IV,V1視神経障害,他の眼球運動異常,疼痛★Millard-Gubler症候群☆Foville症候群PPRF:paramedianpontinereticularformation(傍正中橋網様体),AICA:anteriorinferiorcere-bellarartery(前下小脳動脈).表2鑑別診断疑われる疾患・病態鑑別のために想定される検査交差固視の乳児内斜視人形の眼現象重症筋無力症採血(抗AChR抗体など)外眼筋疾患(甲状腺関連眼症,眼窩筋炎,外眼筋ミオパチーなど)採血(抗TRAb抗体,抗TPO抗体,抗核抗体,ミトコンドリア点突然変異など)MRI,CT輻輳痙攣負荷屈折検査先天性Duane症候群眼球運動,内転時の瞼裂狭小の有無,MRIで外転神経の欠損Mobius症候群顔面神経麻痺の合併,全身状態(哺乳障害など)眼球運動失行視線移動時の頭部の代償運動(thrust)の確認Fisher症候群前駆症状の確認採血(抗ガングリオシドGQ1b抗体)眼窩壁骨折外傷の既往,CT発達障害児の衝動性眼球運動制限問診,観察AChR:acetylcholinereceptor(アセチルコリン受容体),TRAb:thyroidstimulatinghor-mone(TSH)receptorantibody(TSH受容体抗体),TPO:thyroidperoxidase(甲状腺ホルモン合成酵素).Mobius症候群,眼球運動失行,Fisher症候群,眼窩壁骨折,固定内斜視,などがあげられ,それぞれに応じた検査が必要となる.鑑別に参考になるポイントを表2にまとめた.CIV治療方法(観血・非観血)治療は原因疾患の治療と複視への対処の二本柱で進める.IIH,腫瘍,炎症など原因疾患が特定できれば,まず原疾患の治療が優先する.微小血管障害性麻痺では患者は複視に対して不安を感じていることが多いため,3カ月程度で改善することが多い旨を伝える.治療には非観血的治療と観血的治療があり,非観血的治療はプリズム使用,遮閉,斜視視能訓練,観血的治療はCA型ボツリヌス毒素(以下,ボトックス)使用と手術である.複視に対する非観血的治療としてはプリズム療法がもっとも一般的である.プリズムは内斜視に対しては基底外方で使用する.プリズムにはクリアな組み込み用プリズムと眼鏡につけはずしが可能なCFresnel膜プリズム(図4a)がある.組み込みプリズムは透明で見やすく目立たないため長期の使用に適している.屈折矯正用のレンズと一体型に作製するため,眼鏡の屈折度数,フレームの形状により組み込めるプリズム度数が変動するがおおむね片眼につき5~7Δ程度までの作製が可能である.どの程度組み込めるかは眼鏡店で相談することを勧める.Fresnel膜プリズムは貼付式で度数調整が容易であり,短期間の使用に適している.購入前に試用期間があれば結局利用できなかったという失敗が減るため,貸し出し用のCFresnelがあると便利である(図4b).組み込みプリズム眼鏡作製前のお試し用としても有用である.費用,使用方法,手入れの仕方を説明した用紙を渡している(図4c).プリズムの調整の仕方は,麻痺性斜視では頭位により斜視角が変動するため,顔を正面に向けた状態でプリズムバーを斜視眼にあてて,複視が改善する斜視角を測定する.複視の有無がはっきり答えられない場合は赤ガラスを片眼にあてるのもよい.使用時はCFresnel膜の縞が気になることが多いため,非優位眼に添付したほうが受け入れやすい.麻痺眼を外転させる訓練を目的として使用するときは健眼に基底外方で使用する.プリズムを使用しても麻痺眼方向を向くと複視が残ることを説明する.正面で複視があれば全面に貼り(図4d),患側を向いたときだけ複視がある場合は部分貼りにするなど,患者の状態に応じて調整する.Fresnel膜を添付すると見やすくなるわけではなく,像が一致することが目的と繰り返し説明することが重要である.3カ月を経過しても複視が改善せず,その角度がおおむねC10CΔ以下であれば,Fresnel膜ではなく組み込みプリズム眼鏡の作製を考える.累進焦点眼鏡へのプリズム組み込みは理論的には可能であるが,累進焦点レンズにさらにプリズムを付加すると視線の向きによりプリズム度数が変動し,使いづらくなることについて理解を得る必要がある.プリズムが使用できない場合は,遮閉を行う.簡便な方法は,マスキングテープを所持眼鏡の必要な部分のみに貼ることである.市販の遮閉レンズ(商品名オクルア)や貼り付け式の遮閉膜(商品名ルミエパッチ,バンガーターフォイル)もあり,商品によっては遮閉の程度を選択することができる.側方視のみの複視であればレンズ面の小さい太めの眼鏡フレームを使用することでフレームが遮閉膜代わりになる場合がある.視能訓練は融像保持,複視軽減,麻痺筋の廃用性萎縮,拮抗筋拘縮の予防,改善に有用である.早期に導入したほうが治癒率が高いようだが,行える施設が限られていることが問題である.観血的治療としては,成人では重症筋無力症が否定できればボトックス注射の使用が考慮される.ボトックスは筋の働きを弱める作用がある薬物で,麻痺筋の拮抗筋である内直筋内に投与することで内直筋の収縮を抑制し,麻痺した外直筋とのバランスをとる.発症後C1カ月を経過すれば使用できる.注射の効果の持続は通常約C3カ月といわれているが,持続期間にはばらつきがある.副作用には眼瞼下垂と上下斜視の発生がある.効果も副作用も時間とともに自然に消失する.発症早期の複視の改善,拮抗筋の拘縮予防に有用であり,とくに自然回復が見込まれる微小血管障害性麻痺では追加投与が不要であることが多く,有効である.眼鏡装用が困難でプリズムが使用できない症例にも適応がある.外傷や腫瘍関連の麻痺で複視が永続的に残る可能性が高ければ,いずれ394あたらしい眼科Vol.C43,No.4,2026(52)図4Fresnel膜プリズムa:販売されているCFresnel膜プリズム,販売店によってC1枚C6,000円前後(税込,商品のみ)からC10,000円以上(技術料込み).b:切り分けて保管してあれば気楽に貸し出しができる.Cc:貸し出しと使用方法の説明書.術後に正面の複視が改善すれば,耳側のみに添付すると遮閉膜代わりにもなって患側での複視が軽減される.d:実際に使用している様子.見かけの斜視が治るわけではない.図5斜視手術(前転法,後転法)内直筋(緑)を付着部で切断し,後方に移動して強膜に固定する.2度目の結紮を片蝶結びにしておくことで,早期であれば後転量を増やせる.外直筋(青)は付着部から短縮量を測定し,縫合糸を縫着し,付着部の手前の強膜に通る(plica-tion).これも片蝶結びにすれば早期であれば短縮量を減らすことが可能である.赤:上直筋,青:外直筋,黄:下直筋,×:縫着.図6筋移動術のさまざまな術式a:Hummelsheim法(Wright変法).上下直筋を分割,外側の半分のみを切腱して外直筋の上下縁に縫着する.Wright変法では,術式を強化するために上下直筋と外直筋の筋腹を縫着する.Cb:Jensen法.上下直筋を分割して,二分割した外直筋とそれぞれ結びつける.c:Foster法.上下直筋を全幅で切腱して外直筋の横に縫着する(Knapp法).変法では外側に引く力を強くするために上下筋の筋腹を強膜に縫着する.Cd:西田法変法.上下直筋を分割せずに外直筋寄りの強膜に縫着する.Ce:double-underCmuscletransposition(DUMT).上下直筋を分割して鼻側の半分を同じ筋の耳側の半分の下を通し,外直筋の下で上下の筋が接するように強膜に縫着する.Cf:muscleCunionCprocedure(MUP).上下直筋と外直筋を付着部からC8.mmで緩く結合し,その後C6.mmでしっかり縫着する.abcc図7約25年前のインフルエンザ罹患後から複視を自覚し次第に内斜視が悪化した症例(67歳,男性)内斜視のために視力検査が困難となり,治療を勧められた.術前の正面眼位はC95~110CΔET,左眼は正中近くまで外転可能だった.MRIで左外直筋の萎縮が確認された.左眼に対して西田法(上下直筋を外直筋の上下端まで移動),内直筋後転C6Cmm,後転した内直筋にCA型ボツリヌス毒素C5Uを投与した.術後C11カ月での眼位は遠見C2~4CΔET,近見C8CΔ外斜位,複視の訴えはない.術後,左眼の外転は改善したが内外下転制限がある.立体視はCTSTC(3/9)であった.Ca:術前のC9方向眼位.Cb:MRI,左外直筋が萎縮している.c:術後のC9方向眼位.C-

滑車神経麻痺

2026年4月30日 木曜日

滑車神経麻痺TrochlearNervePalsy古森美和*はじめに成人でみられる滑車神経麻痺(上斜筋麻痺)は,大きくつぎの二つの病態に分類される.一つは後天性滑車神経麻痺で,外傷,血管障害(糖尿病・高血圧・動脈硬化など)に伴い急性に発症する神経障害であり,急な上下複視・回旋複視を主訴とする.もう一つの代償不全型上斜筋麻痺は,幼少期から存在していた軽度の上斜筋機能不全(筋・腱の形態異常)が加齢などで融像が破綻することにより,成人になって初めて複視として自覚されるものである.幼少期写真での異常頭位,顔面非対称が診断の手がかりとなる.両者の臨床像は似ているが,原因・自然経過・治療戦略が大きく異なるため,成人の神経眼科領域ではまず,以上の二つに分けて理解することが重要である.I原因1.後天性滑車神経麻痺後天性滑車神経麻痺の原因として,50歳未満では頭部外傷が,50歳以上では末梢循環不全(糖尿病・動脈硬化・高血圧)がもっとも頻度として高い.後天性では発症時期が明らかで,突然発症する眼位異常に対して複視を強く自覚する.上下複視に加え,回旋複視を主訴とすることが特徴的である.a.両側性を示唆する所見両側性では上下偏位が左右眼で打ち消されるため,第一眼位では上下斜視がほとんど見えず,回旋性複視のみが著明になる.両側性を疑うポイントとして下記があげられる.・Bielschowsky頭部傾斜試験が両側陽性・外方回旋偏位15°以上・V型斜視の存在とくに,交通外傷などで強く頭部を打撲した症例では両側性麻痺を起こしやすい.b.鑑別すべき全身疾患・甲状腺機能異常・重症筋無力症・ウイルス/細菌感染・脳血管障害など発症時期が明らかな後天性麻痺では,頭蓋内病変の除外のため画像検査(CT/MRI)が重要であり,必要に応じて血液検査による全身検索を行う.2.代償不全型上斜筋麻痺先天性・特発性上斜筋麻痺の一部には,幼少期から上斜筋腱の弛緩・付着異常などの軽微な解剖学的異常があり,成人になって融像が保てなくなることで複視を自覚する「代償不全型」が存在する.代償不全型の特徴として下記があげられる.・幼少期から軽度の異常頭位(問診や写真などで確認)・顔面非対称の合併・融像域が広い*MiwaKomori:浜松医科大学医学部眼科学講座〔別刷請求先〕古森美和:〒431-3192静岡県浜松市中央区半田山1-20-1浜松医科大学医学部眼科学講座(1)0910-1810/26/\100/頁/JCOPY(39)381図1第一眼位(健眼固視)とBielschowsky頭部傾斜試験右代償不全型上斜筋麻痺の症例.健眼(左眼)固視では右上斜視を呈する.患側(右側)へのBielschowsky頭部傾斜試験で陽性を認めるため,患者は健側(左側)への頭部傾斜を好む.図29方向眼位写真(患眼固視)図C1と同一症例(右代償不全型上斜筋麻痺).患眼(右眼)固視では,第一眼位において健眼(左眼)が下斜視や眼瞼下垂を呈しているように見えることがある.また,健眼(左眼)の上転障害やCBrown症候群を疑わせる所見を示すこともあり,鑑別には注意を要する.第三眼位では,患眼(右眼)の下斜筋過動および上斜筋遅動を認める.図39方向眼位写真(両側性の滑車神経麻痺)両側性では上下偏位が打ち消され,9方向眼位写真で眼位異常がないように見えることもある.本症例では大型弱視鏡で大角度の外方回旋偏位を認めた(図C5b参照).ab右眼左眼図4Hess赤緑試験a:右眼の滑車神経麻痺,Cb:両側性の滑車神経麻痺.片側性(Ca)では上下偏位が明瞭で,両側性(b)ではCV型斜視のパターンをとりやすい.ab+1+103R/L3R/L4R/LEx4Ex4Ex305R/LEx7+18R/LEx6+17R/LEx4+1+1+212R/L15R/L14R/LEx9Ex7Ex500+14L/R2L/R2L/REx14Ex14Ex14+11L/REx1601R/LEx1603R/LEx16+4+4+31L/R2R/L5R/LEx22Ex23Ex23図5大型弱視鏡a:右眼の滑車神経麻痺,Cb:両側性の滑車神経麻痺.上段:水平偏位(+:内斜,-:外斜).中段:上下偏位(R/L:右上斜,L/R:左上斜).下段:回旋偏位(Ex:外方回旋).数字はすべて度を表す.片側性(Ca)では上下偏位,外方回旋偏位を認める.両側性(Cb)では上下偏位は軽度であるが,15°以上の外方回旋偏位を伴うことが多く,とくに下方で大きくなる.図6眼底写真A線:視神経乳頭中心を通る線.B線:視神経乳頭中心から中心窩に引いた線.A線とCB線のなす角(乳頭中心窩傾斜角)が他覚的回旋角度となる.図7左代償不全型上斜筋麻痺症例のMRI(T1強調画像)MRI冠状断像にて,健側(右)と比較し患側(左)の上斜筋が萎縮している.表1下斜筋減弱術の上下偏位および回旋偏位の矯正効果表2他の術式の回旋矯正効果他の術式の矯正効果回旋偏位自覚的他覚的Harada-Ito法(片眼)CC8.4°Harada-Ito法(両眼)C12.0°上斜筋縫縮CC6.2°C5.8°下直筋C1筋幅鼻側移動術(片眼)CC5.6°下直筋C1筋幅鼻側移動術(両眼)C10.9°CabTillauxの螺旋に沿って鼻側移動図8健眼の下直筋後転術(a)と下直筋後転鼻側移動術(b)下直筋を鼻側移動する際には,Tillauxの螺旋に沿って移動させる.回旋偏位【右眼を下から見た図】abc眼窩内壁外直筋神経線維性血管束.:力のモーメントの向き図9下斜筋減弱術a:後転術.下斜筋の走行と同じ向きに後転することで,定量的に下斜筋の作用を減弱する術式.Cb:前方移動術.下直筋の付着部耳側に縫合することで,本来もつ上転作用から下転作用に変える術式.Cc:前方鼻側移動術.縫合部を下直筋付着部よりC2mm鼻側,2mm後方に移動することで,前方移動術の下転作用に加えて本来下斜筋の持つ外方回旋を内方回旋に変える術式C.C

成人斜視の治療方法

2026年4月30日 木曜日

成人斜視の治療方法ClinicalManagementofAdultStrabismus宇井牧子*はじめに成人斜視は,小児期からの斜視が遺残・再発したものに加え,生活習慣,加齢,近視,視力低下,脳神経疾患,甲状腺眼症,重症筋無力症,外傷,眼科手術後など,多様な要因によって生じる眼位異常を含む広い概念である.近年では,後天共同性内斜視(いわゆるスマホ内斜視)やsaggingeyesyndrome(SAS)といった,現代の生活様式や加齢変化に関連した斜視を診断する機会が増加している.成人斜視は決してまれな疾患ではなく,日常診療において遭遇する頻度の高い病態として,眼科診療のなかで重要な位置を占めている.成人斜視の診療において重要なのは,単なる眼位異常としてではなく,複視,眼精疲労,異常頭位,視野障害といった機能的問題,さらに対人関係や就労機会に影響する心理社会的問題を引き起こしうる疾患として捉えることである.米国眼科学会(AmericanAcademyofOphthalmology:AAO)による成人斜視診療ガイドライン1)では,成人の斜視は生活の質(qualityofLife:QOL)に深刻な影響を及ぼしうる疾患であり,適切な治療介入によって機能的・心理社会的両面で有意な改善が得られることが強調されている.一方で,成人では感覚適応の可塑性が乏しく,小児斜視と同様の治療戦略が必ずしも適用できない.斜視角が病期によって変動したり,治療によって新たな複視が出現する可能性もあるため,治療方法の選択には慎重な判断が求められる.本稿では,成人斜視の治療方法について,保存的治療,ボツリヌス毒素療法,手術治療の位置づけと考え方を概説する.I治療選択の基本的な考え方1.成人斜視治療のゴール設定成人斜視治療は目標指向型(goal-directedmanage-ment)で行われるべきであり,そのゴールは症例ごとに異なる.治療目標として以下があげられる.・複視の軽減または消失・異常頭位の改善・眼精疲労の軽減・両眼視機能の回復または改善・両眼視野の拡大・眼位ずれによる心理社会的負担の軽減とくに成人では,完全な正位よりも,患者が日常生活を支障なく送れるかどうかが治療成否を判断する重要な指標となる.2.治療方針決定前に整理すべき要素治療方法を選択する前に,以下の点を体系的に評価することが不可欠である.第一に,斜視の原因と病態である.小児期発症斜視の遺残や再発,生活習慣・加齢・近視に関連する斜視,感覚性斜視,麻痺性斜視,甲状腺眼症,重症筋無力症など,原因により治療のタイミングと有効性は大きく異なる.第二に,発症様式と経過である.急性発症の麻痺性斜視や外傷後斜視では自然回復が*MakikoUi:CS眼科クリニック〔別刷請求先〕宇井牧子:〒113-0033東京都文京区本郷3-15-1美工本郷ビル5F・8FCS眼科クリニック(1)(23)3650910-1810/26/\100/頁/JCOPY期待される場合があり,一定期間の経過観察が推奨される.一方で,慢性期に入り斜視角が固定している症例では,積極的治療の適応となる.第三に,斜視角の大きさと安定性である.斜視角が変動している時期に恒久的治療を行うことは,過矯正や低矯正のリスクを高める.第四に,患者の症状,患者の意向と社会的背景である.複視の有無,職業上の支障,整容面への影響などを十分に把握し,患者と治療目標を共有することが重要である.CII保存的治療成人斜視の治療は,必ずしもただちに外科的介入が適応されるものではない.病態の安定性,自然回復の可能性,患者の症状や意向を踏まえたうえで保存的治療を選択することは合理的なアプローチである.とくに急性発症例や軽度偏位で外科的介入を希望しない例では,保存的対応が治療戦略の第一段階となる.C1.プリズム療法プリズム眼鏡は成人斜視における非侵襲的治療の中心的手段であり,おもに複視の軽減または消失を目的として用いられる.Ca.適応プリズム療法のおもな適応は以下である・小角度の水平または垂直偏位・麻痺性斜視の急性期から回復期・手術適応となるまでの待機期間・手術を希望しない症例麻痺性斜視の急性期においては,自然軽快を待ちながら日常生活機能を維持する目的でプリズム眼鏡が有用であるが,斜視角が変化した場合にはプリズムがあわなくなる可能性について伝えておく必要がある.Cb.処方上の留意点プリズム眼鏡の処方においては,「理論的正位」(眼位ずれが完全に補正された状態)を目標とするのではなく,「症状軽減」を最優先とする.必要以上のプリズム度は融像力の低下や不快感を招く可能性があるため,患者がもっとも快適に単一視を維持できる度数を選択する.斜視角が変動している症例では,Fresnel膜プリズムを用いることで度数調整を柔軟に行うことが可能である.しかし,膜プリズムは整容面の問題や視界のぼやけを伴うため,斜視角が安定した段階で研磨プリズムへ移行することが望ましい.Cc.限界プリズム療法には以下の限界があり,患者も理解のうえで処方する必要がある.・中等度以上の偏位では補正困難・回旋偏位は補正不可能・あくまで第一眼位での症状軽減である・眼位ずれ自体を治療しているわけではない・整容的改善は得られない・長期使用でプリズム量が増大する例があるプリズム眼鏡は根治的治療ではなく,症状緩和を目的とした対症療法として位置づけることが適切である.C2.経過観察成人斜視における「経過観察」は,ただ漫然と様子をみることを意味するものではない.病態の自然回復可能性を評価すると同時に,発症要因となりうる要素の是正を含めた指導を行うことが重要である.Ca.急性期の麻痺性斜視動眼神経麻痺,滑車神経麻痺,外転神経麻痺といった急性脳神経麻痺では,自然回復する例が少なくない.微小血管性単神経麻痺の多くはC3カ月前後で自然軽快し,報告によりC60.80%程度が改善するとされている2,3).発症早期に恒久的手術を行うことは推奨されず,通常は最低C6カ月間の経過観察が行われる.画像や病歴から原因が明らかでない麻痺性斜視では微小循環障害が疑われるため,高血圧や糖尿病といった生活習慣病の確認とともに他科と連携してその治療を行う.Cb.発症早期の後天共同性内斜視後天共同性内斜視,とくにデジタルデバイスの長時間使用と関連する斜視では,生活習慣の是正のみで症状が改善する例がある.わが国で行われた多施設前向き研究では,5.35歳の後天共同性内斜視患者C156例のうち,デジタルデバイスの使用制限によって治癒がC6%,改善がC37%で得られた4).発症C3カ月以内の受診,遠見での斜視角が小さいこと,および良好な立体視が良好な転帰と関連していた.自験例でも,生活習慣のみで緩解した366あたらしい眼科Vol.43,No.4,2026(24)症例はC314例中C5例(1.6%)あり,そのC5例の受診までの中央値はC3カ月であった.JCaiらは発症のリスクファクターについて,「近見時に眼鏡装用をしないこと」と「寝転がっての近業」が独立した後天共同性内斜視のリスクファクターであるとしている5).とくに,中等度以上の近視があり,寝転がって,裸眼による至近距離でデジタルデバイスを見る習慣が問題である.具体的には以下のような指導を行う.・30cm以上視距離を保ち,30分間画面を見たら,30秒遠方を見る(30-30-30ルール)・適切な屈折矯正を行い,中等度.強度近視者が裸眼で至近距離を見ない近視を有する人が老視になるとより裸眼で近業を行うため,後天共同性内斜視は若年層だけでなく中高年層にも発症しうる.当院で診断した後天共同性内斜視C228例のうち,23%がC40歳以上であった.持続的な輻湊位の固定を解除し開散刺激を適切に与えることが,眼位制御機構の再調整に寄与すると考えられる.この生活習慣指導は続いて述べるボツリヌス毒素注射や手術となる症例にも行うことが,後天共同性内斜視の管理としてきわめて重要なポイントである.Cc.眼科手術後斜視他の眼科手術後に発症する斜視は,白内障手術,緑内障手術,強膜バックリング術,硝子体手術,翼状片手術,眼瞼手術などの後に生じる医原性斜視である.原因は開瞼器や手術操作による外眼筋の損傷,麻酔による筋毒性,瘢痕や癒着による拘縮,インプラントやバックルによる機械的制限,優位眼の変化や融像破綻など多岐にわたる.麻痺性か拘縮性かの鑑別が治療方針決定に重要である.術後複視は一過性のこともあるため,症状に応じて経過観察やプリズム眼鏡を選択する.6カ月以上持続する場合は自然軽快が期待しにくく,ボツリヌス毒素療法や手術を検討する.Cd.中心窩牽引性複視中心窩牽引性複視(dragged-foveaCdiplopiaCsyn-drome)は,網膜上膜,中心窩を含む網膜.離術後などにより中心窩が牽引・偏位することで両眼の中心窩像の位置が一致しなくなり,融合が破綻して生じる両眼性複視である1,6).多くは黄斑疾患の進行に伴って数日.数週間の比較的急性の経過で発症し,明らかな眼位異常を認めないにもかかわらず中心視で強い複視を自覚する.遮閉検査では斜視が認められないか,あっても小角度の垂直偏位にとどまることが多く,斜視角と症状の強さが一致しない.片眼バンガーターフィルターは中心窩間の競合を軽減することで症状緩和に有効な場合がある.網膜上膜などの器質的病変が明らかな場合には網膜手術によって改善することもあるが,新たな複視を生じる可能性もあり,慎重な適応判断が求められる.本疾患は自然軽快することが少なく,症状が持続または進行する可能性があるため,患者には病態の機序と治療の限界を十分に説明する必要がある.CIIIボツリヌス毒素療法成人斜視治療において,ボツリヌス毒素療法は保存的治療と手術治療の中間に位置づけられる可逆的介入法である.侵襲が少なく,外来中に短時間で施行でき,症状の固定していない発症早期から介入できる点が大きな特徴である.とくに複視を強く自覚する後天発症の斜視においてその有用性が高い.成人斜視では早期に症状の軽減をはかることがCQOLに直結するが,本療法はその目的に合致した選択肢であり,適切な症例を選択することで手術を回避できる可能性がある7.10).C1.作用機序外眼筋にCA型ボツリヌス毒素(botulinumCtoxinCtypeA:BTX-A)を注射することで,神経筋接合部におけるアセチルコリン放出を抑制し,対象筋の収縮力を減弱させる.斜視手術における弱化術に類似した効果を得ることが可能であるが,その作用は通常C3.4カ月で減弱し,可逆的である.しかし,外眼筋は繊細な筋線維を多く含むため,注射後筋に軽度の萎縮や線維化が生じるとする報告もある11).実際,注射によってCBTX-Aの薬効期間をはるかに超える残存効果が得られる症例も多い.したがって,本療法は単なる一時的対症療法ではなく,場合によっては長期的眼位安定化に寄与する治療法である.(25)あたらしい眼科Vol.43,No.4,2026C367図1ボツリヌス毒素(BTX-A)注射に必要な物品(a)と内直筋にBTX-Aを注射している様子(b)筋電図ガイド下で行うため,ポータブル筋電計(ニューロパックCn1)を用いる.電極兼注入針(27.30G)を筋内に挿入し,筋活動電位を確認しながら薬液を注入する.皮膚電極は前額面をアルコール消毒のうえ乾いたこと確認して貼付する.薬液は0.05Cml以下を目安に調整する.表1斜視角と初回投与量斜視角初回投与量C12Δ未満1.25単位C12Δ以上C20CΔ未満2.0単位C20Δ以上C30CΔ未満2.5単位C30Δ以上C45CΔ未満4.0単位C45Δ以上5.0単位て低く,有害事象が起こっても可逆的であることを事前に説明することが重要である.CIV手術治療成人斜視に対する手術治療は,保存的治療やボツリヌス毒素療法によっても十分な改善が得られない症例,あるいは恒久的な眼位矯正が必要と判断される症例において検討される.C1.手術適応の判断手術適応を判断するうえで重要なのは,以下の要素を総合的に評価することである.第一に,斜視角の安定性である.麻痺性斜視や甲状腺眼症などでは,一定期間の経過観察を経て偏位が安定したことを確認してから手術を検討することが望ましい.第二に,保存的治療やボツリヌス毒素療法に対する反応である.これらの治療で十分な改善が得られない場合,恒久的矯正を目的として手術が選択される.第三に,患者の症状,患者の意向と生活背景である.複視によって就労や日常生活に支障をきたしている場合や,整容面の問題が心理的負担となっている場合には,手術による改善が大きな意義をもつ.C2.成人斜視手術の特徴成人では感覚適応が限られているため,術後に新たな複視が出現する可能性がある.このため,術前には融像能や複視の出現範囲を十分に評価し,術後に予想される変化について患者と共有することが不可欠である.ただし,筆者の経験上,術前検査において異常対応と考えられる症例であっても,患者の希望で全斜視角を矯正目標として眼位を正位に持ち込んだとして実生活では問題にならないことが多い.患者が整容面での改善を期待している場合術前に術後複視の可能性について説明し,それでも正位に近づける術量を希望するのか,共通のゴールを設定しておく必要がある.成人斜視手術では術後眼位の調整が必要となる場合があり,調節糸法を活用すると過矯正や低矯正への対応が可能となる.術後過矯正に対してCBTX-A注射も有用である.3.成人斜視手術の進め方成人斜視は小児と比較して病態が多様であり,症状や既往歴も複雑である.局所麻酔で行われることが多いため,一般に小児より難易度は高い.したがって,より慎重な術前評価と周到な手術計画が求められる.Ca.術前評価と手術計画術前には第一眼位における水平斜視角のみならず,回旋偏位,筋の遅動・過動,網膜対応を含む両眼視機能,頭位異常について入念に評価し,術式を検討する.手術計画においては,過去の斜視手術,眼窩手術,網膜硝子体手術,緑内障インプラント,眼瞼手術歴の有無を必ず確認する.これらは外眼筋の瘢痕,拘縮,付着異常などを引き起こし,術中所見や術後経過に大きく影響する.手術歴がある場合は,その医療機関に診療情報提供の依頼を行うが,十年以上前の手術であったりするため診療録が残っておらず,情報が得られないことも多い.細隙灯顕微鏡で結膜瘢痕の有無を確認し,現在の状態を可能な限り評価する.眼球運動制限を認める場合には遅動筋のCslippedmuscle(筋滑落)やCstretchedscar(伸展瘢痕),拮抗筋の拘縮の可能性を考える.術前の眼窩CMRIの撮像が有用なこともある(図2a,b).麻酔の方法も重要な検討事項である.小児と異なり,成人では局所麻酔下手術が可能ではあるが,麻痺性斜視や強度近視性内斜視で筋移動術が必要な場合や,バックル術後で高度な癒着が予想される場合は,前述のような筋肉の異常が疑われる場合などでは全身麻酔を選択するほうが無難である.ただし,基礎疾患のために全身麻酔がハイリスクと判断される場合では,球後麻酔を行うことで比較的難易度の高い手術も局所麻酔で可能である.筆者は経CTenon.下球後麻酔を用いており,この方法であれば結膜切開創からガイド針を用いて球後に到達できるため,痛みが少なく安全性の高い球後麻酔を行うことができる16).Cb.術中の注意点成人では,小児に比べて術中に遭遇しやすい特有の問題に十分注意する.必要に応じて熟練した助手を確保し,十分な手術時間を確保することが望ましい.CPulled-in-two症候群は,脆弱性を有する筋肉に牽引が加わることで,付着部から約8.10Cmm後方で筋腹が(27)あたらしい眼科Vol.43,No.4,2026C369a図2過去の手術歴が不明な成人外斜視症例(a)と眼窩MRI(b)a:62歳,女性.大斜視角の恒常性外斜視.過去にC2回斜視手術を受けたとのことだが,40年以上前のため詳細不明.両眼の鼻側・耳側結膜に手術痕を認めた.右眼固視であるが,両眼の内転制限を認めた.Cb:眼窩MRIでは右内直筋のCstretchedscarが疑われた().術中所見は両眼ともに内直筋が瘢痕組織で付着しており,正常な筋線維は付着部より約C10Cmm後方に存在した.C–

診察方法

2026年4月30日 木曜日

診察方法ExaminationMethodsforaCorrectDiagnosis植木智志*はじめに本稿では,成人の後天性斜視の診察方法について解説する.両眼視機能がある程度発達した成人に後天性に斜視が発症すれば複視を自覚することになる.成人の後天性斜視の診察は,複視を主訴とする症例について鑑別疾患を念頭におきながら診察を進めることと同義となる.鑑別疾患は多くあるが,①単眼性か両眼性か,②眼球運動制限があるかないか(共同性か非共同性か),を考慮することで診断に至りやすくなる.診断までのフローチャートを図1に示す.本稿では麻痺性斜視・Fisher症候群・重症筋無力症・甲状腺眼症・急性後天共同性内斜視・眼窩窮屈症候群・saggingeyesyndrome(SES)をおもな鑑別疾患にあげ,それらを診断するまでの道のりについて述べる.それぞれの疾患の詳細については本特集の他項を精読してほしい.I問診表・紹介状からの臨床推論まず,クリニックにおける問診表や総合病院への紹介状の内容から臨床推論をはじめることができる.1.複視の有無を確認するa.両眼性複視か単眼性複視かb.正面視および特定の方向で複視があるか正面視以外の特定の方向のみで複視があるかc.水平性複視か垂直性複視か両眼性複視か単眼性複視かは重要であるが,問診表や紹介状には記載がないことが多い.甲状腺眼症では正面視で複視がなく特定の方向のみの複視の訴えのことがある.垂直性複視ならば回旋複視の有無を問診でも検査でも評価する.2.発症時期・発症様式・発症後の経過を確認するa.数日から数週以内に発症したのか,1カ月以上前からなのかb.突然に発症したのか発症時期が不明なのかc.発症から症状は不変なのか,増悪しているのか,改善しているのか1カ月以上前に発症し症状が不変なのであれば,増大傾向にある脳腫瘍の可能性は低くなる.発症後1カ月以上経過し改善傾向なのであれば末梢循環不全による眼運動神経麻痺が診断の候補にあがる.重症筋無力症や甲状腺眼症,急性後天共同性内斜視・眼窩窮屈症候群・SESは発症時期が不明なことが多い.3.既往歴を確認するa.高血圧や糖尿病の有無b.悪性腫瘍の有無,治療は現在進行形なのかすでに寛解なのかc.Basedow病の有無d.眼手術歴の有無e.複視のエピソードに関連したMRI撮像歴はあるのか*SatoshiUeki:新潟大学医歯学総合病院眼科〔別刷請求先〕植木智志:〒951-8520新潟県新潟市中央区旭町通一番町754新潟大学医歯学総合病院眼科(1)(15)3570910-1810/26/\100/頁/JCOPY問診:単眼性複視か両眼性複視か図1複視を主訴とする症例の診断までのフローチャートいた眼球運動の評価を行い,検査では交代プリズムカバーテストやCHessチャートをオーダーする.Ca.眼位ズレがあり眼球運動制限もある眼球運動制限から罹患筋を推定し,まずは罹患筋が眼運動神経麻痺(動眼神経麻痺・滑車神経麻痺・外転神経麻痺)の支配筋に合致するのかを検討する.動眼神経麻痺の臨床所見は眼瞼下垂・内転制限・外上転制限・外下転制限・内上転制限(内方回旋)・瞳孔散大である.CTips:瞳孔散大を呈する動眼神経麻痺を疑ったら脳動脈瘤のルールアウトを可及的速やかに行う.動眼神経麻痺の不全型は,狭義には瞳孔散大がないものである.動眼神経上枝麻痺であれば眼瞼下垂・外上転制限,下枝麻痺であれば内転制限・外下転制限・内上転制限(内方回旋)がみられるが,たとえば内転制限のみがみられるような症例では動眼神経麻痺ではなく内側縦束(medialClongitudinalfasciculus:MLF)症候群を考えるべきである.眼瞼下垂を伴わない眼球運動制限のみの重症筋無力症である可能性もある.CTips:内転制限のみがみられる症例ではCMLF症候群を考え,輻湊運動をチェック.MLF症候群では輻湊運動は保持される.滑車神経麻痺では内下転制限(外方回旋)がみられる.滑車神経麻痺を疑ったら頭部傾斜の有無に注目し(実際にはまず頭部傾斜に気づくことが多い),ParksのCthree-steptestを行い診断に近づいていく.CTips:ParksのCthree-steptestは以下のとおりに進める.Step1:正面視でどちらの眼が上斜視かStep2:側方視で上下斜視が大きくなるのは右か左かCStep3:頭部傾斜で上下斜視が大きくなるのは右か左か(Bielshowskyheadtilttest)両眼性垂直性複視を主訴とする症例については眼球運動制限の有無を評価しにくい症例も存在し,先天滑車神経麻痺の代償不全とCSESとの鑑別が重要となる.両者の鑑別には回旋ズレが上斜視眼でみられるのか下斜視眼でみられるのかの評価が重要であり,診察ではCParksのCthree-steptestを進めCBielshowskyCheadCtilttestを行い,検査ではCMaddoxテスト・cyclophorometer・眼底写真撮像などを行う.外転神経麻痺では外転制限がみられるが,両眼むき運動のみでなく単眼ひき運動で外転制限がみられることの確認がまず行うべきことである.単眼ひき運動で片眼の外転制限がみられたら,鑑別疾患として外転神経麻痺以外に甲状腺眼症,重症筋無力症,Duane症候群,眼窩内壁骨折があがるため,これらの疾患を除外することで外転神経麻痺と診断できる.外転神経麻痺の原因疾患としては脳腫瘍があげられる(図2).とくに,50歳以下では脳腫瘍が原因である可能性が比較的高くなるため注意する必要がある.脳腫瘍による頭蓋内圧亢進により外転神経麻痺が生じている可能性があり,うっ血乳頭の有無にも注意する必要がある.CTips:外転神経麻痺では原因疾患として脳腫瘍の可能性を考える.うっ血乳頭はないか.両眼性の外転制限がみられたら,Fisher症候群の可能性を考える.CTips:両眼性の外転制限がみられたら,運動失調がないかも問診などでチェック.Fisher症候群かもしれない.外転神経麻痺と滑車神経麻痺など複合脳神経麻痺を疑ったら視力視野を評価し,視神経の障害の可能性が低ければ海綿静脈洞の病変を考える.海綿静脈洞を走行する脳神経は動眼神経・滑車神経・三叉神経第一枝および第二枝・外転神経である.重症筋無力症・甲状腺眼症の可能性には常に注意をはらう必要がある.重症筋無力症および甲状腺眼症は推定した罹患筋が眼運動神経麻痺の支配筋に合致しない症例では考えなければならない疾患である.両者ともに眼瞼所見に注目することで診断にたどり着きやすくなる.重症筋無力症は眼瞼下垂を呈することが多いため,眼瞼下垂は診断のきっかけになる.日内変動のみならず日差変動の有無も問診で確認する.眼瞼下垂があればアイステストを行う.2分間アイスパックを眼瞼下垂が生じている眼瞼に当ててC2Cmm以上眼瞼下垂が改善するかを評価する.眼瞼下垂を呈さず眼球運動制限のみがみられる重症筋無力症症例の診断はむずかしいことが多い.症状に日内変動・日差変動がみられたら,もしくはみられずとも重症筋無力症を鑑別すべきと考えたら,1分間程(17)あたらしい眼科Vol.43,No.4,2026C359図2右聴神経腫瘍および右外転神経麻痺の症例(45歳,女性)軸位断CT2強調画像.Ca:右聴神経腫瘍があり(),両側視神経の蛇行()がみられる.Cb:脳室拡大がみられる.両側視神経の蛇行および脳室拡大から頭蓋内圧亢進があったと考えられる.図3右強度近視性内斜視の症例(70歳,女性)冠状断CT2強調画像(脂肪抑制なし)(a).冠状断CbalancedCfastCfieldecho画像(Phillip社製CMRIのCtrueCFISP系シーケンス)(b).右眼の強度近視.右上直筋の鼻側偏位・右外直筋の下方偏位がみられ(),右眼球は筋円錐から脱臼している().右眼内斜視・下斜視および右眼外転制限・上転制限あり.図4甲状腺眼症の症例(74歳,女性)冠状断CSTIR画像.右上直筋・外直筋・下直筋・内直筋・上斜筋の腫大および高信号,左上直筋の腫大,左外直筋・下直筋の腫大および高信号,左上斜筋の腫大がみられる.図5Saggingeyesyndrome(SES)の症例(79歳,女性)冠状断CbalancedCfastCfieldecho画像(Phillip社製CMRIのCtrueFISP系シーケンス).両側のCLR-SRバンドの延長・伸展がみられる().遠見>近見の小角度の内斜視あり.C’C

検査チョイスと結果の解釈─大人の斜視と神経眼科

2026年4月30日 木曜日

検査チョイスと結果の解釈─大人の斜視と神経眼科ChoosingtheRightExaminationsandInterpretingtheResults:AdultStrabismusandNeuro-Ophthalmology登澤達也*はじめに神経眼科疾患は,小児と大人では傾向が異なる.小児では「発達・先天・遺伝・免疫成熟過程・発達中の神経系の弱さ」などが原因となるのに対して,大人では「加齢・血管・免疫・代謝(糖尿病など)・外傷・精神神経的要因」などがおもな要因になっていることが多い.大人は長く生きている分,病歴,手術歴,内服薬などの情報が多くなりがちでチェックが大変だが,「急がば回れ」である.事前に原疾患の傾向を考慮し,考えられるリスクを把握することが,早い段階での追加問診や正しい検査の選択につながり,注意すべきポイントにあらかじめ網をかけることができる.I検査の選択とSOAP検査の選択には,問題志向型診療記録(problemori-entedmedicalrecord:POMR)1)を利用するとよい.POMRは問題志向型診療システム(problemorientedsystem:POS)に基づく診療記録で,これと深くかかわるのが以下のSOAPである.S:subjectivedata(自覚的所見.主訴や問診)O:objectivedata(他覚的所見.病歴や検査結果.①入力系,②統合系,③出力系に分かれる)A:assessment(評価や問題点)P:plan(追加検査,他施設紹介,治療計画など)このS→O(入力系→統合系→出力系)→A→Pの順にみていく癖をつけると漏れがない.II事前準備とS(自覚的所見)カルテを開き,受付での一次問診の内容に目を通す.紹介状や過去のカルテがあればそれもチェックする.病歴,手術歴,内服薬などをチェックする.これらの組み合わせから検査リストを推測できることが多く,絶対に見逃せない疾患に対し事前に用心できる.足りない部分は追加問診を行う.1.具体的なチェックポイント・年齢:青年期(~30歳頃),中年期(40~64歳),前期高齢期(65~74歳),後期高齢期(75歳~)・病歴(例:糖尿病,Basedow病,全身性エリテマトーデス,癌)・手術歴(例:癌摘出手術)・内服(例:ステロイド,免疫抑制薬,ベンゾジアゼピン系)・頭部精査歴:あり,なし・発症時期:年単位,月単位,日単位・悪化傾向:年単位,月単位,日単位・症状:霧視,複視,見た目の眼の位置・屈折〔例:強度近視,長眼軸,眼内レンズ(intraocu-larlens:IOL)で-3.0Dより強度の近視〕2.チェック結果の例例1:前期高齢期,発症時期年単位,悪化傾向年単位,*TatsuyaTozawa:眼科杉田病院〔別刷請求先〕登澤達也:〒460-0008愛知県名古屋市中区栄5-1-30眼科杉田病院(1)(3)3450910-1810/26/\100/頁/JCOPY症状複視,IOL眼で屈折S-4.50Dであれば,「もうこの時点で強度近視関連の内斜視における鑑別検査が必要そうだ」と,落とせない検査ラインナップが決まってくる.眼軸長測定や,planに眼窩MRIが必要となるかもしれない.例2:後期高齢期,糖尿病,膀胱癌摘出手術後,発症時期日単位,悪化傾向日単位,症状霧視複視であれば,「もうこの時点で眼窩先端部症候群などの鑑別検査が必要そうだ」と,落とせない検査ラインナップが決まってくる(瞳孔入力系検査,眼位眼球運動,眼瞼検査,眼球突出度など).検査結果によっては早急に耳鼻咽喉科や脳外科への紹介がplanになる可能性がある.例3:青年期,病歴なし,手術歴なし,内服なし,頭部精査歴なし,発症時期年単位,悪化傾向月単位,症状複視であれば,「この時点で後天共同性内斜視や,念のためその他の麻痺性斜視の鑑別検査が必要そうだ」と,落とせない検査ラインナップが決まってくる〔眼鏡やコンタクトレンズ(contactlens:CL)規格や装用状態,近業時間などのチェック,眼位眼球運動検査〕.若年なので,たとえ共同性でも頭部精査のplanがよさそうである.このように,検査前の情報収集でかなり検査ラインナップのイメージができる.瞳孔検査や直視下の眼球運動検査がすめば,多くの場合で残りの検査ラインナップやassessment,planが決まる.IIIO(他覚的所見)1.入力系視力低下があった場合,それが視神経障害によるものかどうかをまず把握する必要がある.まず押さえたいのが以下に解説するピンホール視力や,交互点滅対光反射試験(swinging.ashlighttest:SFT)による相対的瞳孔求心路障害(relativea.erentpupillarydefect:RAPD)のチェックであり,視力低下が中間透光体のコンディションによるものか,それ以外かを判別するうえで重要な手がかりになる.どちらも非常に時間対効果が高い.a.ピンホール視力ピンホール(通常直径1~2mm程度の小さな穴)を通して見ると,光線がほぼ直進するため,眼の屈折系の影響が大幅に減少し,屈折異常がある場合でも網膜上に鮮明な像が結ばれ視力が上昇する.しかし,視神経疾患を含む器質的病変によって視力が低下している場合は上昇しない.ピンホール径が小さいほど光の直進性が強まり,網膜像は鮮明になる.しかし,通過する光量が減るために暗くなる.大きすぎると光の直進性の利点が減り,屈折誤差の影響が再び現れてしまう.一方で0.5mm以下など,小さすぎると光量が不足して実用的ではない.明確な決まりはないが,1~2mm程度だと十分な明るさと焦点深度のバランスがとれる2).b.SFT明るさという刺激に対し瞳孔を縮瞳させる筋肉は「出力系の経路」が支配する.しかし,それら出力系の経路が発動するには,明るさという視覚情報を「入力系の経路」が運んできてくれないと出力系は駆動せず,縮瞳も起こらない.当然,視神経障害や,広範な網膜障害があれば刺激があっても十分に縮瞳できない.しかし,対光反射の経路には特徴がある.たとえば,健康な右眼に光を照射すると,光を照射していない左眼も同時同程度に縮瞳することである.しかも,たとえ左眼に重篤な視神経障害があってもきちんと縮瞳する.では,視神経が障害されている左眼に照射した場合はというと,両眼とも十分に,もしくはまったく縮瞳できない.これを利用したのがSFTである.右眼が健康な眼で,左眼には視神経炎が起こっているとする.遠方視の状態で右眼に光を照射すると(図1a,b),右視神経→非交差線維は右の視蓋前域に,交差線維は左の視蓋前域に至り,シナプスを変え出力系にチェンジする.この時点でもう右と左に視覚情報が届いている.さらに,右の視蓋前域核,左の視蓋前域核のいずれも左右両方の動眼神経副核(EdingerWestphalnucle-us:EW核)に投射する.これが健康な眼に光をあてると,他眼に視神経炎が起こっていたとしても両眼とも縮瞳できる仕組みである.EW核は,素直に左右それぞれ同側の瞳孔括約筋に投射する.右眼に照射している状態では左眼も縮瞳状態にある.そこから素早く照射を左眼へ切り替える(図1c).当然左眼も最初こそ縮瞳してい346あたらしい眼科Vol.43,No.4,2026(4)a後交連b後交連c後交連d後交連視神経じわ~っとL)RAPD(+)散瞳してくる図1交互点滅対光反射試験(SFT)による相対的瞳孔求心路障害(RAPD)の検出健眼に照射すると両眼縮瞳する.素早く障害側に照射を移すと,縮瞳した状態から徐々に散瞳する.再度健眼に照射を戻すと速やかに両眼縮瞳する.観察するのはあくまで照射したほうの瞳孔だけでよい.SFT:swinging.ashlighttest(交互点滅対光反射試験),RAPD:relativea.erentpupillarydefect(相対的求心路瞳孔障害),EW核:Edinger-Westphalnucleus(動眼神経副交感核).-面からの圧迫に弱いため,散瞳を伴う動眼神経麻痺は動脈瘤の切迫破裂をより危惧しなければならないサインといわれる.この動脈瘤を内頸動脈-後交通動脈瘤(inter-nalcarotid-posteriorcommunicatinganeurism:IC-PCAN)という.動脈瘤のなかでも破裂頻度が高く,3週間以内に3割近くが破裂するといわれ,破裂するとクモ膜下出血で4割近くがその場で亡くなり,社会復帰ができるのは3割に満たない.切迫破裂する前に対処が必要で,動眼神経麻痺をみたら早急に処置の可能な病院でMRI,MRAを行う必要がある.散瞳を呈していなければいいかといえば,答えはNoである.原因がIC-PCANでも散瞳をきたさないケースがあり,同様の対応が必要である.交感神経麻痺だった場合はどうであろうか.交感神経は長く,中枢線維である第一ニューロンは視床下部から脳幹内を下降してBudgeの毛様脊髄中枢でシナプスを変える.節前線維である第二ニューロンは脳幹を出て肺尖部も通り,鎖骨下動脈を潜り,再び脳幹の外を上行し,上頸神経節でシナプスを変える.節後線維である第三ニューロンは総頸動脈,そして内・外頸動脈へ網状に上行する.外頸動脈系のほうは眼表面に分布し,内頸動脈系のほうはそのままCSを経てまもなく分離し,外転神経や三叉神経第一枝と合流し視神経管から眼窩内に入り,毛様体神経節を経て瞳孔散大筋に至る.脳幹で障害が起きても,肺気腫になっても,ICA解離(痛みを伴う)が起きていても,CS疾患でも交感神経麻痺であるHorner症候群を呈しうる3).散瞳障害による瞳孔不同,Muller筋麻痺による軽度眼瞼下垂と,顔面発汗減少を呈する(すべて同側障害).とくに痛みを伴うHorner症候群は注意が必要である.b.Horner症候群Horner症候群を疑った際にはアプラクロニジン塩酸塩(アイオピジン)点眼液0.5%または1.0%を用いる.Nd:YAGレーザー照射時にも使用する点眼液である.Horner症候群では瞳孔散大筋の脱神経過敏(denerva-tionsupersensitivity)が生じる.通常の瞳孔にはほぼ作用しない弱いα作動薬でもHorner症候群例では散瞳する.伝達物質が届かないから敏感になるのである.イメージ的には,極限の空腹状態だと,かすかな食べ物のにおいにも反応してしまうような感じだろうか.両眼の瞳孔径と瞼裂幅を測定し,両眼に1滴ずつアイオピジンを点眼する.30分(できれば60分)待ってから再評価する.患眼が散瞳したり,瞳孔不同が逆転したり,軽度の眼瞼下垂の改善が起これば陽性である.c.瞳孔緊張症瞳孔緊張症(tonicpupil)はそこまで怖い疾患ではない.節後副交感神経が障害され,散瞳,対光反射障害を呈するわけであるが,機序としてのポイントはその後に「異常神経支配」が起きることである.本来は毛様体へ接続し調節にかかわっていた線維が,再生時に瞳孔括約筋のほうに再配線されてしまう.つまり,近見反応でゆっくりと縮瞳が可能なのである.もともと縮瞳にかかわる線維は調節にかかわる線維よりも少なく,対光反射のほうに正しく再生するのがむずかしい.これが瞳孔緊張症における対光近見反射解離(light.neardissociation:LND)の機序といわれている.また,限局的な障害や再生によって部分的な瞳孔括約筋の収縮である分節性収縮(segmentalvermiformmovement)を呈する.長時間光を照射すると徐々に縮瞳する収縮遅延や弛緩遅延を呈する.特発性(idiopathicAdiepupil)がもっとも多く,ついでウイルス感染後(post-viraltonicpupil)が多いとされる.20~40歳の女性に多い.片側発症が多いが,数年後に反対側が出ることがある.約30~50%にみられる深部腱反射低下を呈するとAdie症候群とよばれるが,この場合は両眼性が多い.点眼試験では両眼の瞳孔径を測定(明所・暗所)してから,0.125%ピロカルピン塩酸塩を両眼に点眼し3),20~40分後に再度瞳孔径を測定する.脱神経性過敏が生じている状態なら患眼のみ縮瞳する.瞳孔緊張症やAdie症候群に出会ったら垂直サッケードの確認をしたい(図2).もし,サッケードの選択的障害があればそのLNDは「中枢性LND」である可能性がきわめて高い.中脳背側症候群(dorsalmidbrainsyndrome)による後交連障害に起因している可能性があり,MRIやCTによる精査が必要である.特発性は,軽微なウイルス感染後,軽微な自己免疫性,微小虚血,一過性神経炎であり,検出されないだけで病理的には軽度の神経節炎や神経変性と考えられてい348あたらしい眼科Vol.43,No.4,2026(6)図2衝動性眼球運動の評価a:垂直サッケードの観察方法.b:水平サッケードの観察方法.正中から一側間のサッケードを観察したら,つぎは正中から反対側間のサッケードも確認する.通常の眼球運動検査は滑動性追従運動(パシュート)である.注視麻痺ではサッケードが選択的に障害される.上―下涙点線に瞳孔内縁が至る角膜外縁が外眼角に達する図3むき運動両眼解放で観察する.正面視の第一眼位,垂直方向や側方視は第二眼位,斜めは第三眼位である.むき運動のときは,第三眼位観察時の呈示角度は45°である.ひき運動のときと角度が異なるので注意.左眼は外転位で固定.角膜外縁が外眼角に達する状態(第二眼位)+1:第二眼位でわずか(第三眼位では明らか)+2:第二眼位ですでに明らか+3:第二眼位で+4まではいかないが重度+4:第二眼位でほぼ真上に上転図4過動の定量左眼,下斜筋過動の例.内上転(下斜筋)外上転(上直筋)内転(内直筋)外転(外直筋)上―下涙点線に瞳孔内縁が至る角膜外縁が外眼角に達する外眼角―内眼角線に角膜上縁が至る51°23°内下転(上斜筋)外下転(下直筋)図5ひき運動(左眼)一眼をしっかり遮閉した状態で観察する.斜筋はC51°内転位で,上下直筋はC23°外転位で観察する.むき運動の第3眼位観察のときと角度が異なるので注意.0:正常-1:正中を越えて可動域の75%まで動くー2:正中を越えて可動域の50%まで動くー3:正中を越えて可動域の25%まで動くー4:正中を越えないー5:正中から反対方向にシフトしたまま動かない図6遅動の定量左眼,外転(LR)の例.Vpatternの例(左眼IO過動)頭位異常は外斜視ならchinup※内斜視は逆Apatternの例(左眼SO過動)頭位異常は外斜視ならchindown※内斜視は逆図7Vpattern/Apatternと頭位異常Vpattern/Apatternや頭位異常の検出は重要である.なぜなら,それらを呈する筋の異常はある程度決まっているからである.Vpatternなら下斜筋(IO)過動,上斜筋(SO)遅動,上直筋(SR)遅動が多く,ApatternならSO過動,IO遅動,下直筋(IR)遅動があることが多い.芋づる式に所見が出てくる,推測ができることが多い.外斜視の場合CVpatternでは顎上げを呈するし,Apatternなら顎引きを呈しやすい.内斜視なら逆になる.IO:inferiorobliquemuscle(下斜筋),SO:superiorobliquemuscle(上斜筋).右眼図8Parksの3steptestとBielschowskyのheadtilttest(BHTT)Step1:L/Rなら右眼の上転筋群と左眼の下転筋群である青線の箇所を囲む.Step2:右方視で増大なら右眼の垂直筋群と左眼の斜筋群である緑線の箇所を囲む.Step3(BHTT):左にかしげてCL/R増大なら左に傾いた赤線の箇所で囲む.上図の場合,左眼上斜筋(SO)が麻痺(または機能不全)である分,左眼上直筋(SR)が内方回旋を補おうとするが,SRの主作用である上転作用が働くことで左眼上斜視(右眼下斜視)が増大することによる.三つの楕円に囲まれた箇所が推定される原因筋である(上図の場合は左眼SO).IO:inferiorobliquemuscle(下斜筋),SR:superiorrectusmuscle(上直筋),MR:medialrectusmuscle(内直筋),IR:inferiorrectusmuscle(下直筋),SO:superiorobliquemuscle(上斜筋),LR:lateralrectusmuscle(外直筋).内直動動回旋外内直外直外滑外滑滑外動(黒):動眼神経,滑(青):滑車神経,外(緑):外転神経.図9眼球運動チェックシート神経眼科疾患においては遅動が大切になる.①むき運動,ひき運動,8方向交代遮閉試験の結果をチェックする.②CParksのC3steptestの結果を書き込む(step2の判断がむずかしい場合はつぎのCstepに進む).③回旋検査を行い,内方回旋か外方回旋か,上方視で増大するか下方視で増大するかをチェックする.④遅動のある各神経支配領域にチェックし,障害部位を推測する(本文参照)C.C図10写真の撮影例a,b:右眼の眼球突出,眼瞼下垂,外斜視.Ca:正面からの撮影.Cb:上からの撮影.正面からの撮影よりも眼球突出がわかりやすい.Cc,d:瞳孔.Cb:明所撮影.Cc:暗所撮影.遠方視で視線を遮らないように下方から撮影する.赤目補正モードはオフにする.

序説:大人の斜視と神経眼科─最先端の診断と治療

2026年4月30日 木曜日

大人の斜視と神経眼科─最先端の診断と治療AdultStrabismusandNeuro-Ophthalmology:Cutting-EdgeDiagnosisandManagement後関利明*佐藤美保**斜視は小児疾患というイメージがあるが,大人で発症する斜視は,まれな病態ではない.高齢化,生活様式の変化,近視人口の増加,そして全身疾患を抱える患者の増加により,大人の斜視を診療する機会は確実に増えている.大人の斜視の本質は,単なる眼位異常ではなく,「複視」という強い自覚症状を伴う機能障害であり,さらに,その背後には神経疾患,眼窩疾患,免疫疾患,眼窩支持組織変化など,多様な病態が潜んでいる点にある.したがって,大人の斜視診療は斜視学のみでは完結せず,神経眼科学的視点を不可欠とする領域である.小児斜視では感覚適応や抑制が働きうるが,両眼視が確立した大人では,わずかな眼位ずれであっても複視として顕在化する.患者は読書や運転,パソコン作業といった日常動作に直結する不自由を訴え,社会生活や心理的側面にも影響を受ける.さらに,麻痺性斜視の背後に動脈瘤や腫瘍といった生命予後にかかわる疾患が潜む可能性もあり,「見える」「ずれている」という訴えの奥にある病態を見抜く力が求められる.一方で近年,saggingeyesyndrome(SES)や強度近視関連斜視など,加齢や眼球形態変化に基づく機械的要因による斜視の概念が整理され,大人の斜視の理解は大きく進歩した.従来は「外転神経麻痺様」と捉えられていた病態の中に,眼窩支持組織の変性という新たな病因が存在することが明らかとなり,画像診断と外科的アプローチの進歩がそれを裏付けている.大人の斜視診療は,神経学的思考と眼窩解剖学的理解の両輪で進化してきたといえる.本特集では,診断の基本的思考過程から各疾患の病態,自然経過,治療戦略までを体系的に整理した.検査の選択と解釈,診察の進め方といった診療の基盤を再確認したうえで,動眼・滑車・外転神経麻痺,頭蓋内疾患,眼筋型重症筋無力症,眼窩疾患,さらにSESやheavyeyesyndrome(HES)といった眼窩プリー異常に至るまで,大人の斜視を構成する主要病態を網羅している.それぞれの稿は独立した各論でありながら,「複視を訴える大人の患者をどう診るか」という一本の軸で貫かれている.大人の斜視診療において重要なのは,過不足のない評価である.過剰な検査は避けるべきだが,見逃してはならない病態は確実に拾い上げなければならない.自然回復を待つべき時期と,積極的治療へ踏み出す時期を見極める判断力も不可欠である.そして治療の最終目標は,単に眼位を整えることではなく,患者の生活の質(qualityoflife:QOL)を回復させることである.大人の斜視は,斜視学と神経眼科学の接点に位置*ToshiakiGoseki:国際医療福祉大学熱海病院眼科,北里大学医学部眼科**MihoSato:浜松医科大学医学部眼科学教室0910-1810/26/\100/頁/JCOPY(1)343

乳癌治療後の50 歳代女性のperipheral exudative hemorrhagic chorioretinopathy の1 例

2026年3月31日 火曜日

《原著》あたらしい眼科43(3):330.334,2026c乳癌治療後の50歳代女性のperipheralexudativehemorrhagicchorioretinopathyの1例猪狩優佳小沼こころ渡邉朗中野匡東京慈恵会医科大学眼科学講座CACaseofPeripheralExudativeHemorrhagicChorioretinopathyinaWomaninHer50sAfterBreastCancerTreatmentYukaIgari,KokoroKonuma,AkiraWatanabeandTadashiNakanoCDepartmentofOphthalmology,TheJikeiUniversitySchoolofMedicineC目的:網膜周辺部に滲出性変化,網膜下出血,硝子体出血をきたす病態として周辺部滲出性出血性脈絡網膜症(peripheralCexudativehemorrhagicCchorioretinopathy:PEHCR)が報告されている.今回,乳癌治療後C50歳代女性にみられたCPEHCRのC1例を報告する.症例:51歳,女性.3年前に乳癌治療の既往.東京慈恵会医科大学附属病院初診時,右眼鼻側に限局した硝子体混濁,硝子体出血を認めた.混濁下の網膜は透見できず,超音波検査,眼窩CMRIにて約C9Cmmの扁平なCT2強調画像で低信号,T1強調画像で高信号の隆起性病変を認めた.硝子体混濁の増強により硝子体手術を施行した.術中に硝子体混濁を除去すると鼻側網膜に境界明瞭な灰白色の網膜下出血による隆起性病変を認めた.術後C1カ月に行ったフルオレセイン蛍光造影(FA)では病変部位は均一なブロックによる低蛍光所見であり転移性腫瘍を疑う所見はなかった.経過観察により腫瘤性病変は徐々に消退し網脈絡膜萎縮をきたした.結論:50歳代でも転移性脈絡膜腫瘍の鑑別疾患としてCPEHCRを考慮する必要が考えられた.CPurpose:PeripheralCexudativehemorrhagicCchorioretinopathy(PEHCR)isCaCrareCconditionCcharacterizedCbyCperipheralexudation,subretinal,andvitreoushemorrhage.Herein,wereportacaseofPEHCRinawomaninher50swithahistoryofbreastcancertreatment.CaseReport:A51-year-oldwomanpresentedwithvitreoushem-orrhagelocalizedtothenasalretinaoftherighteye.Imagingrevealeda.atelevatedlesionwithlowT2andhighT1CsignalCintensity.CDueCtoCprogressiveCvitreousCopacity,CvitrectomyCwasCperformed.CIntraoperatively,CaCwell-de.ned,Cgrayish,CsubretinalChemorrhagicClesionCwasCnoted.CPostoperativeC.uoresceinCangiographyCshowedCuniformChypo.uorescenceCdueCtoCblockage,CwithoutCfeaturesCsuggestiveCofCmetastasis.CTheClesionCspontaneouslyCregressedCoverCtime,CleavingCchorioretinalCatrophy.CConclusion:ThisCcaseCunderscoresCtheCneedCtoCconsiderCPEHCRCinCtheCdi.erentialdiagnosisofchoroidaltumors,eveninmiddle-agedpatientswithahistoryofsystemicmalignancy.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)43(3):330.334,C2026〕Keywords:網膜下出血.peripheralexudativehemorrhagicchorioretinopathy,subretinalhemorrhage,vitreoushemorrhage.Cはじめに網膜周辺部に滲出性変化,網膜下出血,硝子体出血をきたす病態として周辺部滲出性出血性脈絡網膜症(peripheralCexudativehemorrhagicCchorioretinopathy:PEHCR)が1980年にCAnnesleyにより報告されている1).加齢や脈絡膜の血管変化の関与による加齢黄斑変性の一病型と考えられており,高齢者の発症の報告が多い1.10).本疾患は,眼底検査において周辺部の出血や滲出が確認され,フルオレセイン蛍光造影(.uoresceinangiography:FA)や光干渉断層計(opticalCcoherencetomography:OCT)を用いた画像診断によって,さらに詳しい情報が得られることにより診断される2.6,9).しかし,その病態については不明な点が多く,病変内にポリープ状脈絡膜血管や脈絡膜の肥厚がみられることがあり,〔別刷請求先〕渡邉朗:〒105-8461東京都港区西新橋C3-25-8東京慈恵会医科大学眼科学講座Reprintrequests:AkiraWatanabe,DepartmentofOphthalmology,TheJikeiUniversitySchoolofMedicine,3-25-8,NishiSinbashi,Minato-ku,Tokyo105-8461,JAPANC330(102)加齢黄斑変性,ポリープ状脈絡膜血管症の周辺型の可能性が示唆されているが7,8),さまざまな病態の疾患を含んでいる可能性がある.PEHCRはC60歳代以上での報告が多いが,比較的若年で発症した場合は,他の網膜疾患や脈絡膜疾患,とくに悪性黒色腫や転移性脈絡膜腫瘍との鑑別が重要であり9.11),早期の診断と適切な治療が視機能の保存に重要である.今回は,当初に脈絡膜転移が疑われた,乳癌治療後のC50歳代女性にみられたCPEHCRのC1例を報告する.CI症例症例:51歳,女性.X年C8月C16日に右眼の飛蚊症のため,近医眼科を受診した.X年C8月C19日に右眼網膜.離が疑われ,東京慈恵会医科大学附属病院を紹介されて受診した.既往歴:高血圧,アトピー性皮膚炎.3年前に乳癌治療(手術+化学療法).X年C8月C14日コロナワクチン(モデルナ)接種.初診時所見:右眼視力はC1.2(1.5C×sph+1.00D(cyl.0.75DAx170°).左眼視力はC0.8(1.5C×sph+1.25D(cyl.0.75DAx15°).右眼眼圧はC15mmHg,左眼眼圧は14mmHgであった.前眼部所見としては,前房内炎症がなく,水晶体には混濁はなかった.右眼眼底には,視神経乳頭鼻側から周辺部にかけてC2.5時の範囲に限局した硝子体出血を含んだ硝子体混濁を認めた.混濁下の網膜は透見できなかった(図1).広角眼底カメラでのCFAでは混濁部位はブロックによる低蛍光所見となり,透見可能な部位では血管炎の所見は認めなかった(図2).Bモード超音波検査では,右眼の硝子体混濁部位の下に一致して網脈絡膜の隆起性病変を認めた(図3).眼窩CMRIでは右眼球内の内側縁に沿ってCT1で高信号,T2で低信号の約C9Cmmの扁平な形状の病変を認め,脈絡膜.離に伴う血腫やメラノーマ,癌の脈絡膜転移などが疑われた(図4).血液検査では有意な所見を認めず.乳癌の治療施設で施行したCpositronCemissiontomography(PET)陽電子放出断層撮影では,乳癌の脈絡膜転移の可能性は低いとの結果だった.経過:硝子体混濁の拡大がみられたため,X年C9月C28日に右眼水晶体再建術+硝子体手術+硝子体生検を施行した.硝子体混濁を除去すると,視神経乳頭よりも鼻側の網膜に境界明瞭な灰白色の隆起性病変を認めた(図5).ほかに出血の原因となりうる所見はなかった.硝子体生検では,悪性細胞は認めず,インターロイキン(interleukin:IL)-6はC71.7pg/mlIL-10はC2Cpg/ml以下であった.術後C1カ月で施行した広角眼底カメラによるCFAでは,病変部位は均一なブロックによる低蛍光所見であり,転移性腫瘍を疑う所見はなかった.病変内に明らかなポリープ状病図1左眼初診時広角眼底写真乳頭鼻側から周辺部にかけてC2.5時の範囲に限局した硝子体出血を含んだ硝子体混濁を認めた.巣,異常血管網,滲出性や血管閉塞所見は認めなかった(図6).術後所見からCPEHCRと診断した.病変は直接的に治療をすることなく,術後C6カ月で退縮し,網脈絡膜萎縮をきたした(図7).CII考按PEHCRは網膜周辺部に滲出性変化,網膜下出血,硝子体出血をきたす病態としてC1980年にCAnnesleyにより報告された1).PEHCRの滲出性変化や網膜下出血による腫瘤性病変は耳側に多いことが報告されている2,8,9).また,PEHCRは高齢者での発症が多く,病態としては加齢黄斑変性の一病系と考えられている2.8).とくにパキコロイドやポリープ状脈絡膜血管症(polypoidalchoroidalvasculopathy:PCV)と関連性についての報告がある7,8).しかし,PEHCRは高齢の白人女性に多く,加齢黄斑変性(age-relatedCmacularCdegenera-tion:AMD)におけるCPCVの割合が高いとされるアジア諸国からの報告では,欧米よりCPEHCRの発症率は低い8).このため,PEHCRとCPCVとの関連性についてはさらに検討が必要だと思われる.現在のところCPEHCRの明確な診断基準はなく,症例により眼底所見や重症度はさまざまであるC2.4).PEHCRと診断された症例に,いくつかの異なる病態が原因で発症した症例が含まれている可能性がある.近年では,PEHCRの診断に広角眼底カメラによるCFA所見の有用性が報告されている.PEHCRのCFA所見としては,病変部の網膜下出血や円板状瘢痕のブロックによる低蛍光,図2左眼初診時のFA硝子体混濁部位はブロックによる低蛍光となり,透見可能な部位では血管炎の所見は認めなかった.図3左眼初診時のBモード超音波検査右眼の硝子体混濁部位の下に一致して網脈絡膜の隆起性病変を認めた.図4初診時の眼窩MRI右眼球内の内側縁に沿ってCT1(a)で高信号,T2(b)で低信号の約C9Cmmの扁平な形状の病変を認めた.図5術後1日の左眼広角眼底写真硝子体混濁を除去すると,視神経乳頭よりも鼻側の網膜に境界明瞭な灰白色の隆起性病変を認めた.網膜色素上皮萎縮による過蛍光,病変内にポリープや異常血管網などの所見がみられることがある5,6).壮年期のCPEHCRが疑われる患者においては,生命予後にかかわる転移性脈絡膜腫瘍や悪性黒色腫との鑑別が重要になる.悪性黒色腫との鑑別については,FAやCOCTの所見が鑑別の根拠となる9.11).悪性黒色腫のCFAでは腫瘍内血管(intrinsicCvascularityCofmass)や二重循環(doubleCcircula-tion)の所見を呈することが報告されている9.11).また,今回の症例では乳癌治療の既往があり,当初は転移性脈絡膜腫瘍が疑われた.転移性脈絡膜腫瘍から硝子体出血をきたすことはまれではあるが報告はある12).転移性脈絡膜腫瘍との鑑別にはCPET,FA,OCT,MRIによりマルチモーダルイメージングに診ていくことが重要である11).FAは典型的には動脈相の初期段階で低蛍光パターンを示し,静脈図6術後1カ月で施行した蛍光造影広角眼底カメラによる蛍光造影.病変部位は均一なブロックによる低蛍光所見であった.相の後期段階では過蛍光を示し,これはほとんどの脈絡膜黒色腫よりも遅い.脈絡膜転移には,73%の症例で腫瘍の境界でピンポイントの漏出を伴う拡張した網膜毛細血管も含まれると報告されている13).今回の症例は,50歳代の女性で乳癌の既往があったため,当初は癌転移による所見を疑い検査・経過観察を行っていたが,術中・術後所見からはCPEHCRと診断された.PEHCRは自然経過ではC60.90%は不変,または自然退縮し瘢痕・萎縮・線維化をきたすC2.4).本症例では硝子体出血の増悪がみられたため,硝子体手術を行っているが病変への直接的な治療はなく,病変は退縮し網脈絡膜萎縮をきたした.現在は,PEHCRに対する治療法は確立されていないが,硝子体出血,滲出性網膜.離,黄斑病変が生じて視力が低下している症例,黄斑方向へ拡大し視力障害が切迫している症例,病変が著明に大きい例などには抗血管内皮増殖因子(vascularCendothelialCgrowthfactor:VEGF)薬の硝子体内注射,網膜光凝固術,光線力学療法,硝子体手術などが選択肢となる3,4).最近の研究では,疾患の進行を抑制するための治療法に関する期待が高まっており,今後の臨床的な知見の蓄積が重要である.今回の症例におけるCPEHCRの発症病態については不明ではある.本人の自覚症状の発症C2日前に新型コロナウイルス感染症(coronavirusdisease-2019:COVID-19)ワクチンの接種を受けていた.わが国においてもCCOVID-19ワクチンの接種による,さまざまなおもに眼内炎症や血管閉塞に起因する眼合併症が報告されている14,15).今回の症例と同様の報告は筆者らが調べた限りではなかったが,COVID-19ワクチンの接種との関連性は完全には否定できないと思われる.今後さらに症例を蓄積してCPEHCRの病態,診断,治療について確立していく必要がある.図7術後6カ月の左眼眼底病変は退縮し,網脈絡膜萎縮をきたした.III結論本症例のCPEHCR発症の機序は不明だが,50歳代でも転移性脈絡膜腫瘍の鑑別疾患としてCPEHCRを考慮する必要があると考えられた.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)AnnesleyWHJr:Peripheralexudativehemorrhagiccho-rioretinopathy.CTransCAmCOphthalmolCSocC78:321-364,C19802)ElwoodCKF,CRichardsCPJ,CSchildrothCKRCetal:PeripheralCExudativeHemorrhagicCChorioretinopathy(PEHCR):CDiagnosticCandCTherapeuticCChallenges.CMedicina(Kaunas)59:1507,C20233)Sa.rCM,CZlotoCO,CFabianCIDCetal:PeripheralCexudativeChemorrhagicCchorioretinopathyCwithCandCwithoutCtreat-ment-clinicalCandCmultimodalCimagingCcharacteristicsCandCprognosis.PLoSOneC17:e0275163,C20224)GowdaA,BahramiB,JieWWJetal:Theroleofintravit-realCanti-vascularCendothelialCgrowthCfactorCinjectionCinCperipheralCexudativehemorrhagicCchorioretinopathy:aCsystematicreview.SurvOphthalmolC69:173-178,C20245)ZicarelliCF,CPreziosaCC,CStaurenghiCGCetal:PeripheralCexudativeChaemorrhagicchorioretinopathy:aCwide.eldCimagingstudy.BrJOphthalmolC105:1410-1414,C20216)KumarCV,CJanakiramanCD,CChandraCPCetal:Ultra-wideC.eldCimagingCinCperipheralCexudativeChaemorrhagicchorioretinopathy(PEHCR)C.CBMJCCaseCRepC2015:bcr2015213628,C20157)Shro.D,SharmaM,ChhablaniJetal:Peripheralexuda-tivehemorrhagicchorioretinopathy-anewadditiontothespectrumofpachychoroiddisease?RetinaC41:1518-1525,C20218)ChoiCS,CLeeCSC,CByeonCSHCetal:PeripheralCexudativeChemorrhagicchorioretinopathyinAsianpopulations.Reti-naC43:762-766,C20239)LiuT,KimB.J,TaoJ:Peripheralexudativehemorrhagicchorioretinopathy.EyeNetAprilC2023:33-35,C202310)ShieldsCCL,CSalazarCPF,CMashayekhiCACetal:PeripheralCexudativeChemorrhagicCchorioretinopathyCsimulatingCcho-roidalCmelanomaCinC173Ceyes.COphthalmologyC116:529-535,C200911)MathisCT,CJardelCP,CLoriaCOCetAl:NewCconceptsCinCtheCdiagnosisCandCmanagementCofCchoroidalCmetastases.CProgCRetinEyeResC68:144-176,C201912)ShieldsCJA,CShieldsCCL,CEagleCRCCJrCetal:LungCcancerCpresentingasvitreoushemorrhagefromchoroidalmetas-tasis.RetinaC24:168-170,C200413)ArepalliCS,CKalikiCS,CShieldsCL:Choroidalmetastases:Corigin,Cfeatures,CandCtherapy.CIndianCJCOphthalmolC63:C122-127,C201514)YasakaY,HasegawaE,KeinoHetal;JOISUveitisSur-veyCWorkingGroup:ACmulticenterCstudyCofCocularCin.ammationCafterCCOVID-19Cvaccination.CJpnCJCOphthal-mol67:14-21,C202315)池上靖子,沼賀二郎:COVID-19ワクチン接種後の網膜関連疾患.臨眼76:1504-1512,C2022***