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運転外来における高齢視野障害患者の運転の特徴

2025年8月31日 日曜日

《第13回日本視野画像学会原著》あたらしい眼科42(8):1031.1036,2025c運転外来における高齢視野障害患者の運転の特徴平賀拓也*1國松志保*1岩坂笑満菜*1佐藤菜摘子*1千葉るい*1黒田有里*1桑名潤平*2伊藤誠*2広田雅和*3溝田淳*1井上賢治*4*1西葛西・井上眼科病院*2筑波大学システム情報系*3帝京大学医療技術部視能矯正学科*4井上眼科病院CCharacteristicsofOlderDriverswithVisualFieldImpairmentinaDrivingAssessmentClinicTakuyaHiraga1),ShihoKunimatsu-Sanuki1),EminaIwasaka1),NatsukoSato1),RuiChiba1),YuriKuroda1),JunpeiKuwana2),MakotoItoh2),MasakazuHirota3),AtsushiMizota1)andKenjiInoue4)1)NishikasaiInouyeEyeHospital,2)InstituteofSystemsandInformationEngineering,UniversityofTsukuba,3)COrthoptics,FacultyofMedicalTechnology,TeikyoUniversity,4)InouyeEyeHospitalCDepartmentof目的:高齢視野障害患者の自動車事故のリスクと運転行動を,ドライビングシミュレータ(DS)を用いて検討した.対象と方法:運転外来を受診したC162例に対し,視力検査,Humphrey視野検査(HFA24-2),認知機能検査(MMSE),DSを施行した.DS時には据え置き型眼球運動計測装置にて視線の広がりを求めた.HFA24-2データを基に両眼重ね合わせ視野(IVF)を算出し,DS事故とCIVFの不一致率を調べた.対象を若年群(50歳未満:34名),中年群(50歳以上C70歳未満:76名),高齢群(70歳以上:52名)に分類して比較検討した.結果:高齢群は若年群,中年群と比較して,視野障害度に差がないもののCMMSEスコアは低く,DS事故は多く,水平方向の視線の広がりは小さく(p<C0.005),DS事故とCIVFの不一致率は有意に高かった(p<0.0001).結論:70歳以上のドライバーは,視野障害やその他の要因による自動車事故のリスクを理解する必要がある.CPurpose:Toinvestigatemotorvehiclecollision(MVC)riskanddrivingbehaviorinolderdriverswithvisual.eld(VF)impairmentCusingCaCdrivingsimulator(DS)C.CSubjectsandMethods:ThisCstudyCinvolvedC162Cpatients(patientage:<50years[n=34]C,50-70years[n=76]C,and.70years[n=52])fromCourCdrivingCassessmentCclinicCwhoCunderwentDS(HondaCMotorCo.)testingCwithCtheCHumphreyCFieldCAnalyzerC24-2CSITA-SCprogram(HFA24-2)C.CWeCcalculatedCtheCintegratedVF(IVF)basedConCtheCHFAC24-2Cdata.CEyeCmovementsCduringCtheC5-minuteDStestweremeasuredwitheyetracking(TobiiProNano),andthestandarddeviationofthexcoordi-natewasusedtoassessthehorizontalspreadofsearch.ThediscordancebetweenMVCsintheDSandtheIVFwasdeterminedbyexaminingeye-trackingdatainarecordingoftheDStest.Results:Althoughtherewerenosigni.cantdi.erencesinHFA24-2meandeviationvaluesamongthethreeagegroups,MVCsintheDSincreasedandChorizontalCspreadCofCsearchCwasClowerCinCtheColdestgroup(p<0.0001,Cp=0.0004)C.CDiscordanceCbetweenCDSCMVCsCandCtheCIVFCincreasedCwithage(i.e.,8.3%,9.9%,Cand37.5%;p<0.0001)C.CConclusion:DriversCaged>70CyearsshouldbeawareoftheriskofMVCsduetoVFimpairmentandotherfactors.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C42(8):1031.1036,C2025〕Keywords:ドライビングシミュレータ,高齢視野障害患者.drivingsimulator,DS,olderdrivers.はじめにわが国では,社会全体の高齢化に伴い,高齢運転者の自動車事故が問題となっている.わが国のC2023年のC70歳以上の運転免許保有者数はC1,362万人(運転免許保有者のC16.6%)に達しており,2001年のC70歳以上の運転免許保有者数C396万人(当時の運転免許保有者数のC5.2%)と比較して,高齢運転者の人数および比率は大幅に増加している1).一方で,交通事故死者数はC2001年からC2023年にかけて,飲酒運転防止対策などにより年々減少傾向にある.しかし,2023年の年齢層別免許保有者C10万人あたり死亡事故件数は,70.〔別刷請求先〕平賀拓也:〒134-0088東京都江戸川区西葛西C3-12-14西葛西・井上眼科病院Reprintrequests:TakuyaHiraga,NishikasaiInouyeEyeHospital,3-12-14Nishikasai,Edogawa-ku,Tokyo134-0088,JAPANC0910-1810/25/\100/頁/JCOPY(97)C103174歳でC2.92件,75.79歳でC4.19件,80.84歳でC5.67件,85歳以上ではC9.75件と,年齢が高くなるにつれて多くなっており,高齢運転者の死亡事故のリスクは高いといえる2).視野障害を伴う多くの眼疾患は加齢により増加し,視野障害を自覚しないまま進行することが多い.視野障害をきたす代表的な疾患である緑内障の有病率は,40歳以上ではC5.0%だが,70歳代ではC10.5%,80歳以上ではC11.4%と高齢者に多い3).視野障害が進行すると自動車事故のリスクが増加するとの報告も多く4.7),自動車事故を減少させるためには,視野障害患者のなかでも,とくに高齢視野障害患者に対する安全運転指導が必要と考える.では,高齢視野障害患者にはどのような特徴があるのだろうか.西葛西・井上眼科病院(以下,当院)はC2019年C7月に,速度一定の条件下で,視野障害患者が事故を起こしやすい場面を再現するアイトラッカー搭載ドライビングシミュレータ(drivingsimulator:DS)を用いた「運転外来」を開設した8).この外来では,DSを使用して,視野障害が原因の事故発生リスクについて患者およびその家族に説明を行っている.筆者らは過去に,運転時に水平方向への視線の広がりが大きいほどCDS事故が少ないこと9,10),DS事故のなかには視野障害では説明できないCDS事故と視野障害との不一致例があること11)を報告してきた.今回,高齢視野障害患者の視線の広がりやCDS事故と視野障害の不一致率を若年・中年視野障害患者と比較することにより,高齢視野障害患者の運転の特徴を明らかにして,どのような運転指導が適切か検討した.CI対象と方法2019年C7月からC2024年C2月までに,当院運転外来を受診した視野障害患者C183例(緑内障C149例,網膜色素変性17例,脳血管障害・脳腫瘍C17例,男性:女性=143:40)に対して,視力検査,Humphrey視野計CSITACStandard24-2プログラム(HFA24-2),両眼開放CEstermanテスト,運転調査(1週間あたりの運転時間,運転目的,過去C5年間の事故歴の有無),認知機能検査(mini-mentalCstateCexami-nation:MMSE)を行い,DSを施行した.また,HFA24-2をもとに,既報に基づき12,13)両眼重ね合わせ視野(integrat-edvisual.eld:IVF)を作成し,上下半視野ごとの平均網膜感度を算出した.視力検査,MMSE,DSは同一日に実施し,視力は普通自動車免許取得基準(両眼でC0.7以上,一眼でC0.3以上)を満たす患者を対象とした.HFA24-2および両眼開放CEster-manテストはCDS実施日の前後C3カ月以内に実施した結果を使用した.HFA24-2では,固視不良がC33%以上,偽陽性がC15%以上,偽陰性がC20%以上の場合は対象から除外した.運転評価のためのCDSはエコ&安全運転教育用CDSであるHondaセーフティナビ(本田技研工業)を改変したものを使用した.運転条件を統一するために速度は一定とし,ハンドル操作はなく危険を感じたらブレーキを踏むのみとしており,所要時間は練習走行約C3分,本走行約C5分とした.運転場面は,信号や右折車,止まれの標識,側方からの飛び出しなどがあり,14場面中の事故件数を記録した11).また,運転時の視線の動きは,据え置き型視線計測装置CTobiiCProX3-120およびCTobiiProNano(TobiiTechnology社)を使用し,サンプリングレートをC100CHzに統一して解析した.解析にあたっては,5分間の走行中の視線の動きをC10ミリ秒ごとに記録し,走行中のすべての視線指標記録の水平方向(x),垂直方向(y)の視線の座標位置(視線の動きの標準偏差,視線水平/垂直Cstandarddeviation:SD)を求め「視線の広がり」と定義した(図1).視線の広がりの数値が大きいほど眼の動きが大きく,数値が小さいほど眼の動きが小さいことを示している9).さらに,サンプリングレートをC100CHzで測定し,0.5°内にC60ミリ秒以上視線が留まったものを「注視」と定義した.つぎに,IVF網膜感度がC20CdB以下の視野障害部位と一致する事故・一致しない事故に分類した.今回はリプレイ画像を用いて,対象物(信号,止まれの標識,右折してくる対向車,側方からの飛び出し)を注視せず,対象物が視野障害に重なり,DS事故が起きたと考えられる場合を「DS事故とCIVFの一致」(図2a),対象物を注視した,あるいは対象物が視野障害に重ならずにCDS事故が起きた場合を「DS事故とCIVFの不一致」と定義した(図2b).また,DS事故とCIVFの不一致件数を全CDS事故件数で割った値を「DS事故とCIVFの不一致率」とした.対象物と視野障害部位の重なりの判定は,DS施行後に,医師および視能訓練士の計C3名以上がリプレイ映像を確認し,DS事故が視野障害部位と一致しているかどうかを判定した.解析にあたっては,対象を若年群(50歳未満),中年群(50歳以上C70歳未満),高齢群(70歳以上)に分けて,年齢,性別,1週間の運転時間,MMSECtotalscore,完全矯正視力(logMAR),視野障害度〔meandeviation:MD(dB)〕,Estermanスコア,IVF上下半視野平均網膜感度(dB),DS事故件数,視線の広がり(ピクセル),DS事故とCIVFの不一致率を比較した.比較にあたってはCKruskal-Wallis検定を行い,Steel-Dwass検定を用いて多重比較を行った.年齢とCDS事故件数,水平方向の視線の広がりの比較にあたっては,Spearmanの順位相関係数を用いて検討した.統計学的検討にはCJMPバージョンC14.0を用い,p<0.05を統計学的に有意と判定した.本研究は,当院倫理委員会の承認のもと(「視野障害患者に対する高度運転支援システムに関する研究」(課題番号:C201906-1)に行い,各対象者よりインフォームドコンセントを得た.aVerticaleyeposition(ピクセル)02004006008001,0001,2001,4001,6001,80001002003004005006007008009001,000Horizontaleyeposition(ピクセル)bVerticaleyeposition(ピクセル)02004006008001,0001,2001,4001,6001,80001002003004005006007008009001,000Horizontaleyeposition(ピクセル)図1視線の動き(視線の広がり)が大きい例と小さい例の比較走行中のすべての視線指標記録をCxy座標軸にプロットしたもの.Ca:全視線指標が中央にまとまって分布している.視線の動きの幅が小さいことを示す.Cb:全視線指標が水平方向にばらついて分布している.視線の動きの幅が大きいことを示す.CII結果運転外来を受診したC183例のうち,車酔いによりCDSを途中で中止したC5例,視野検査の信頼性が低かったC3例,認知症の疑いがあったC2例,視線解析の信頼性がC50%以下であったC11例を除いたC162例〔年齢C22.87歳,61.2C±13.9歳(平均±SD),男性:女性=126:36〕を対象とした.対象疾患の内訳は,緑内障C133例,網膜色素変性C16例,脳血管障害・脳腫瘍C13例,視野良好眼のCMD値はC.11.95±7.15CdB,視野不良眼のCMD値はC.18.27±8.31CdBであった.対象としたC162例を,若年群(50歳未満:34例),中年群(50歳以上C70歳未満:76例),高齢群(70歳以上:52例)のC3群に分けて比較した結果を表1に示す.高齢群は若年群および中年群と比較してCMMSECtotalscore,視力良好眼,視力不良眼の視力は有意に低かった(p=0.0002,p=0.0083,Cp=0.013,Kruskal-Wallis検定).一方で,性別,1週間の運転時間,視野良好眼,視野不良眼のCMD値,Estermanスコア,IVF上半・下半視野の平均網膜感度は年齢群による有意差はみられなかった.また,高齢群ほど,DS事故件数(99)は有意に多く,水平方向の視線の広がりは有意に小さかった(p=0.0004,p<0.0001,Kruskal-Wallis検定).しかし,垂直方向の視線の広がりについては年齢群による有意差はみられなかった.DS事故とCIVFの不一致率は,年齢とともに増加した(8.3C±25.4%,9.9C±27.3%,37.5C±44.7%,p<C0.0001)(図3).年齢とCDS事故件数,年齢と水平方向の視線の広がりは,それぞれ有意な相関が認められた(rs=0.28,p=0.0003,rs=.0.40,p<0.0001,Spearman順位相関係数)(図4a,b).CIII考按筆者らは,高齢視野障害患者の運転の特徴について,若年群(50歳未満)34例,中年群(50歳以上C70歳未満)76例,高齢群(70歳以上)52例に分けて比較検討した.その結果,高齢群は若年群および中年群と比較して,認知機能,視力が低下し,DS事故件数が多く,DS事故とCIVFの不一致率が高く,水平方向の視線の広がりが小さかった.若年群および中年群と比較して,高齢群の認知機能や視力が低下していたのは,加齢に伴い認知機能が低下しているたあたらしい眼科Vol.42,No.8,2025C1033IVFIVF図2DS事故とIVFの一致例(上段)とDS事故とIVFの不一致例(下段)上段:下方視野障害のために,白いトラックが見えず衝突した例.C●は視線の位置.Ca:IVFのグレースケール.Cb:通常CDS画面.Cc:運転場面にCIVFを重ねたもの.下段:白いトラックを何度も見ていたにも関わらずに衝突した例.視線の位置(C●)がトラックに重なった時点で,ブレーキを踏めば停止できる距離であった.d:IVFのグレースケール.Ce:通常CDS画面.Cf:運転場面にCIVFを重ねたもの.表1患者背景若年群(n=34)中年群(n=76)高齢群(n=52)p値年齢(歳)C41.1±7.3C60.4±6.0C76.8±4.8<C.0001+性別(男性:女性)28:660:2C038:1C0C0.66++1週間の運転時間(h/w)C9.1±12.5C6.6±12.2C4.5±8.8C0.48+MMSEtotalscoreC29.2±1.3C29.1±1.3C27.9±2.1C0.0002+視力良好眼視力(logMAR)C.0.04±0.08C.0.03±0.08C.0.0004±0.01C0.0083+視力不良眼視力(logMAR)C0.13±0.07C0.17±0.05C0.26±0.06C0.013+視野良好眼CMD(dB)C.13.74±8.56C.11.61±6.97C.11.26±6.33C0.42+視野不良眼CMD(dB)C.19.15±9.06C.17.90±7.27C.19.19±7.10C0.50+EstermanスコアC75.6±28.3C85.5±18.7C80.1±18.2C0.067+IVF上半視野の平均網膜感度(dB)C18.47±9.88C21.37±9.16C19.69±8.74C0.53+IVF下半視野の平均網膜感度(dB)C22.24±9.97C24.79±8.72C23.00±8.32C0.51+DS事故件数(件)C0.9±1.4C1.0±1.7C2.1±2.1C0.0004+DS事故とCIVFの不一致率(%)C8.3±25.4C9.9±27.3C37.5±44.7<C.0001+水平方向の視線の広がり(ピクセル)C205.7±42.4C189.7±42.2C159.4±33.3<C.0001+垂直方向の視線の広がり(ピクセル)C96.0±23.1C87.1±21.2C89.8±19.7C0.15+平均±SD値/+Kruskal-Wallis検定++Fisher正確確率検定MMSE:mini-mentalstateexamination,logMAR:logarithmoftheminimumangleofresolution,MD:meandevi-ation,IVF:integratedvisual.eld,DS:drivingsimulator(n=162)100DS事故と視野障害との不一致利率(%)806040200若年群中年群高齢群8.3±25.4%9.9±27.3%37.5±44.7%年齢群Kruskal.Wallis検定,Wilcoxon検定図3DS事故-視野障害との不一致率(年齢群別)水平線は全体平均,ひし形の中央線は各群の平均値,ひし形の縦の長さは平均のC95%信頼区間を表している.ひし形の横の長さは被験者数に対応している.若年群・中年群と比較して,高齢群はCDS上の事故と視野障害との不一致率が高い.Cab40035030025020015010050DS事故件数(件)76500202530354045505560657075808590202530354045505560657075808590年齢(歳)年齢(歳)図4年齢とDS事故件数の相関(a),年齢と水平方向の視線の広がりの相関(b)a:年齢とCDS事故件数は有意な相関が認められた(rs=0.28,p=0.0003,Spearman順位相関係数).b:年齢とCDS事故件数は有意な相関が認められた(rs=.0.40,p<0.0001,Spearman順位相関係数).め11),また,緑内障患者が高齢になるほど罹病期間が長く,進行例が多くなるためと考える.今回は,高齢群で水平方向への視線の動きが小さく,DS事故件数が多くなっていた.水平方向への視線の動きは,左右からの車や自転車,歩行者の飛び出しなど,危険を発見するために必要である14).Romoserらは,高齢ドライバーC18名(年齢C72.87歳,平均C77.7歳)と経験豊富な若年ドライバーC18名(年齢C25.55歳,平均C35歳)を対象に,視線の動きを記録しながら,DSを走行させ,3カ所の交差点進入時のCscanningbehaviorについて評価した.その結果,高齢ドライバーは,交差点進入時に前方の進路方向を注視し,左右の危険な場所をCscanしていないため,若年ドライバーと比較してCscanningCperformanceが劣っており,高齢ドライバーは交差点での事故のリスクが高い可能性があると報告している15).筆者らの検討でも高齢群ほど水平方向への視線の広がりが小さく,DS事故件数が多かったことから,高齢視野障害患者では,左右への視線の動きが小さいことが,DS事故の増加につながる可能性があると考えた.CLeeSSらは,高齢緑内障患者では,scanningbehaviorを変えることで,運転技能と安全性が向上する可能性があると報告している16).深野らは,過去にCDS事故と視線の動きの関連について,水平方向への視線の広がりが大きい群と,それが小さい群に分けて比較検討した.その結果,水平方向への視線の広がりが大きい群は,DS事故件数が少なく,危険を予測しながら運転していたと報告している10).今回の結果では,高齢群において水平方向の視線の動きが小さく,DS事故件数が多い傾向が見られた.このことから,高齢視野障害患者に対して,危険を予測しながら運転するように指導する安全運転教育を行うことで,視線の動きが左右に広がり,自動車事故の減少が期待できると考えた.今回,高齢群では視野と一致しない自動車事故が増えていた.小原らは過去に,高齢群は若年群および中年群と比較して,DS事故とCIVFの不一致率が高かったと報告している11).今回,症例数を増やしても同様の結果が得られた.高齢視野障害患者は,視野障害が原因ではない認知機能や判断力,運動能力の低下による事故が増えるため,DS事故とIVFの不一致率が高くなったと考えた.自動車の運転は,認知,判断,操作のC3要素で成り立っている17).交通事故は,このC3要素のいずれかで運転者のミスが生じることにより発生する.高齢視野障害患者は,認知,判断,操作の能力が低下することに加えて,視野障害により認知の失敗のリスクが高くなり,さらに運転事故のリスクは高くなることが考えられるため,高齢視野障害患者の運転指導においては,視野障害部位にあわせて,どのような運転場面で事故リスクが高まるかを周知し,注意喚起を行うことが重要である.今回の結果から,高齢視野障害患者では視線の左右の動きが小さかったことから,危険予測をするように目を左右によく動かすように指導する必要がある.さらに,高齢視野障害患者では視野と一致しないCDS事故が増えることから,視野障害に起因する事故と,それ以外の運動能力の低下などで起きた事故とを分けて説明することも大事である.今後は,運転外来受診後に再度CDSを行うことにより,視線の広がりやCDS事故件数に改善がみられるのか,DSを用いた訓練が可能であるかどうかを検討していきたい.本研究は,トヨタモビリティー基金およびCJSPS科研費21K09737の助成を受けたものである.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)警察庁交通局運転免許課:運転免許統計(令和C5年版).警察庁CWebサイト.https://www.npa.go.jp/publications/Cstatistics/koutsuu/menkyo/r05/r05_main.pdf2)警察庁交通局:令和C5年における交通事故の発生状況について.警察庁CWebサイト.https://www.npa.go.jp/bureau/Ctra.c/bunseki/nenkan/060307R05nenkan.pdf3)疫学調査委員会:日本緑内障学会多治見疫学調査報告書(2000-2001年),日本緑内障学会,20124)JohnsonCCA,CKeltnerJL:IncidenceCofCvisualC.eldClossCinC20,000CeyesCandCitsCrelationshipCtoCdrivingCperformance.CArchOphthalmolC101:371-375,C19835)OwsleyCC,CBallCK,CMcGwinCGCetal:VisualCprocessingCimpairmentCandCriskCofCmotorCvehicleCcrashCamongColderCadults.JAMAC279:1083-1088,C19986)McGwinG,XieA,MaysAetal:Visual.elddefectsandtheCriskCofCmotorCvehicleCcollisionsCamongCpatientsCwithCglaucoma.InvestOphthalmolVisSciC46:4437-4441,C20057)TanabeCS,CYukiCK,COzekiCNCetal:TheCassociationCbetweenprimaryopen-angleglaucomaandmotorvehiclecollisions.InvestOphthalmolVisSciC52:4177-4181,C20118)平賀拓也,國松志保,野村志穂ほか:運転外来にて認知機能障害が明らかになったC2例.あたらしい眼科C38:1325-1329,C20219)平賀拓也,國松志保,深野佑佳ほか:運転外来におけるドライビングシミュレータ事故に関与する因子.臨眼77:C1296-1302,C202310)深野佑佳,國松志保,平賀拓也ほか:運転外来における視野障害患者のドライビングシミュレータ事故と視線の動きの関連.臨眼78:1220-1226,C202411)小原絵美,野村志穂,國松志保ほか:西葛西・井上眼科病院運転外来における視野障害と事故との関連.あたらしい眼科40:257-262,C202312)Nelson-QuiggJM,CelloK,JohnsonCA:PredictingbinocC-ularCvisualC.eldCsensitivityCfromCmonocularCvisualC.eldCresults.InvestOphthalmolVisSciC41:2212-2221,C200013)CrabbCDP,CFitzkeCFW,CHitchingsCRACetal:ACpracticalCapproachCtoCmeasuringCtheCvisualC.eldCcomponentCofC.tnesstodrive.BrJOphthalmolC88:1191-1196,C200414)UdagawaCS,COhkuboCS,CIwaseCACetal:TheCe.ectCofCcon-centricCconstrictionCofCtheCvisualC.eldCtoC10CandC15CdegreesConCsimulatedCmotorCvehicleCaccidents.CPLosCOneC13:e0193767,C201815)RomoserCMR,CPollatsekCA,CFisherCDLCetal:ComparingCtheCglanceCpatternsCofColderCversusCyoungerCexperienceddrivers:scanningCforChazardsCwhileCapproachingCandCenteringCtheCintersection.CTranspCResCPartCFCTra.cCPsy-cholBehavC16:104-116,C201316)LeeCSS,CBlackCAA,CWoodJM:ScanningCbehaviorCandCdaytimeCdrivingCperformanceCofColderCadultsCwithCglauco-ma.JGlaucomaC27:558-565,C201817)三村將,藤田佳男:2.安全運転と認知機能.日老医誌C55:191-196,C2018***

硝子体手術のワンポイントアドバイス:267.Ocular decompression retinopathy(初級編) 

2025年8月31日 日曜日

267Oculardecompressionretinopathy(初級編)池田恒彦大阪回生病院眼科●はじめにOculardecompressionretinopathyは急激な眼圧の低下に続発して生じる網膜中心静脈閉塞症様の多数の網膜出血をきたす病態1)である.急性閉塞隅角緑内障に対する治療後や緑内障濾過手術に続発したとする報告が多い2)が,硝子体手術関連でも生じることがある3).C●症例症例C1はC62歳,男性.前医で水晶体前房内亜脱臼による急性緑内障をきたし,水晶体.内摘出術,眼内レンズ強膜内固定を施行された.その際に下方の虹彩根部からの出血が持続して硝子体出血となり,眼圧がC60CmmHgに上昇したため急遽紹介となった.前房穿刺後に緊急手術で硝子体切除を施行した.術中所見として眼底の耳側~上方にかけて散在性の網膜内出血を認めた(図1).術後,眼圧は低下し出血は徐々に吸収した.症例C2はC43歳,男性.右眼に活動性の高い増殖糖尿病網膜症を認めた(図2a).初回硝子体手術後に再出血をきたし,眼圧がC50CmmHgに上昇したため,前房穿刺後に再手術を施行した.術中所見として眼底の広範囲に多数の網膜内出血を認めた(図2b).術後,出血は徐々に吸収したが,中心窩の出血が器質化して視力はC0.05にとどまった.C●Oculardecompressionretinopathyと硝子体手術今回のC2例は,いずれも硝子体手術施行前に前房穿刺で急速に眼圧を低下させたことが誘因でCoculardecom-pressionCretinopathyが生じ,硝子体手術時に初めて確認された可能性が高い.一方でCAgarwalらは硝子体手術中の眼圧変動によりCocularCdecompressionCretinopa-thyをきたした症例を報告している3).既報では,濾過手術など急激な眼圧低下後C1~2日以内に出現すること(89)C0910-1810/25/\100/頁/JCOPY図1症例1の硝子体手術中所見眼底の耳側から上方にかけて散在性の網膜内出血を認める.Cab図2症例2の術前眼底写真(a)と硝子体手術中所見(b)活動性の高い増殖糖尿病網膜症(a)に対して硝子体手術を施行した.術後に再出血,眼圧上昇をきたし再手術を施行したところ,眼底の広範囲に多数の網膜内出血を認めた(b).が多いとされているが,前房穿刺施行後数分で生じたとする報告もある4).発症機序としては急激な眼圧低下により網膜血流量が増加し,血管の自動調節能が制御不能となり静脈が破綻する説などがある1).通常は自然吸収されるが,中心窩に出血が生じて遷延すると永続的な視力低下をきたす.文献1)MukkamalaCSK,CPatelCA,CDorairajCSCetal:OcularCdecom-pressionCretinopathy:aCreview.CSurvCOphthalmolC58:C505-512,C20132)FechtnerCRD,CMincklerCD,CWeinrebCRNCetal:Complica-tionsofglaucomasurgery.Oculardecompressionretinopa-thy.ArchOphthalmolC110:965-968,C19923)AgarwalCL,CPradhanCD,CAgrawalCNCetal:IntraoperativeCocularCdecompressionCretinopathyCduringC23CgaugeCtrans-conjunctivalvitrectomy:acasereport.IntMedCaseRepJC12:389-392,C20194)PrinceCJ,CFleischmanD:ImmediateCmanifestationCofCocu-lardecompressionretinopathyfollowinganteriorchamberparacentesis.CaseRepOphthalmolC10:287-291,C2019あたらしい眼科Vol.42,No.8,20251023

考える手術:円錐角膜合併の白内障治療の戦略

2025年8月31日 日曜日

考える手術.監修松井良諭・奥村直毅円錐角膜合併の白内障治療の戦略北澤耕司京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学円錐角膜は一般的に思春期から20代前半に発症し,数年から数十年かけて徐々に角膜が菲薄化し,前方に突出する疾患である.有病率は約2,000人に1人とされているが,近年,前眼部OCTを用いた詳細な角膜形状解析の報告では,35歳以上の約50人に1人が円錐角膜またはその疑いがあるとされている.角膜が非対称に突出するため光学系に歪みを生じ,重症例では白内障手術時の立体視や術野の把握が困難になることがある.視認性の確保のためには,粘稠型の粘弾性物質を角膜上に塗布し,屈折率を変化させることで術確保するように努める.軽症例では角膜切開も可能だが,トンネル長を意識した創口作製が重要である.円錐角膜では角膜の前方突出により前房深度が4.0mmを超える患者も多く,サイドポート作製時には器具の角度調整に注意が必要である.前房容積も大きいため,十分な粘弾性物質の注入により前房を安定させることが重要である.さらに,角膜混濁を伴う場合も少なくなく,混濁部位を避けながらの核処理が求められる.核処理においても同様に,長眼軸による深い前房を考慮し,確実に分割できるように溝掘り,またはフックなどの器具の挿入角度や深度の調整を行うことが大切である.重度の円錐角膜では屈折力の異常により,後発白内障に対するYAGレーザーの焦点が合わず,YAGレーザーを実施できないこともある.そのため,眼内レンズの長期安定性および後発白内障予防の観点からも,連続円形切.ではフルカバーをめざすことが重要である.聞き手:円錐角膜眼に対して白内障手術を行う際に,もえて,角膜の突出も高度です.さらに,円錐角膜眼ではっとも注意している点は何ですか?強度近視を伴うことも多く,角膜のみならず強膜の剛性北澤:市中病院で経験する円錐角膜眼は比較的軽症例がも低下していることが少なくありません.したがって,多いですが,大学病院に紹介されてくる患者は重症例が創口の設計には常に注意を払っています.具体的には,中心です.当院で手術を行っている円錐角膜眼のうち,基本的に強角膜切開を選択するようにしています.半数以上はAmsler-Krumeich分類でステージ3.4に円錐角膜眼は眼球が大きく,deep-setな眼は少ない該当します(表1).これらの患者では角膜の菲薄化に加ため,強角膜切開の作製自体は一般的な症例よりも容易(87)あたらしい眼科Vol.42,No.8,202510210910-1810/25/\100/頁/JCOPY考える手術表1Amsler-Krumeich分類GradesCharacteristicsStage1EccentricsteepingMyopiaandastigmatism<5.00DMeancentralKreadings<48.00DStage2Myopiaandastigmatismfrom5.00to8.00DMeancentralKreadings<53.00DAbsenceofscarringMinimumcornealthickness>400μmStage3Myopiaandastigmatismfrom8.00to10.00DMeancentralKreadings<53.00DAbsenceofscarringMinimumcornealthicknessfrom300to400μmStage4RefractionnotmeasurableMeancentralKreadings<55.00DCentralcornealscarringMinimumcornealthickness200μmStageisdeterminedifoneofthecharacteristicsapplies.D:Diopter,K:Keratometry.なことが多いです.ただし,強膜が薄いこともあるため,切開の深さには細心の注意を払い,トンネル長が短くならないよう,しっかりとしたトンネルを作製するよう心がけています.軽症例では角膜切開を選択することもありますが,将来的な進行や角膜移植の可能性を考慮し,基本的には角膜切開は避けるようにしています.聞き手:角膜の突出が強い円錐角膜眼で白内障手術を行う際に,とくに気をつけている点はありますか?北澤:突出により前房深度が非常に深くなるため,白内障手術の操作は通常とは大きく異なります.私が担当する患者の多くは,前房深度は強度近視眼と同程度の3.5mm以上で,そのうち約2割は4.0mm以上です.このような深い前房では,連続円形切.(continuouscurvi-linearcapsulorrhexis:CCC)や核処理の操作角度に工夫が必要です.とくにサイドポートの角度には注意しており,通常より立て気味に作製することで,操作時に創口に余分な力がかからず,角膜の歪みを最小限に抑えるようにしています.また,術中の視認性向上のために,常にビスコートを角膜上に塗布して人工的に屈折力を調整しています.重症例では角膜の歪みにより視界が不鮮明で,立体感がつかみにくいことも多いためです.最近では3D手術システムを用いることもあります.これにより,術中の見え方に違和感が少なくなり,非常に快適に手術が行えると感じています.聞き手:重症の円錐角膜では角膜混濁を伴うこともありますが,その際の注意点はありますか?北澤:角膜混濁が中央からやや下方に位置していることが多く,ちょうど核処理の視野と重なることがあります.その場合は,混濁部位を避けて核を処理するようにしています.角膜全体が混濁しているような重症疾患とは異なり,局所的な混濁が多いため,通常の手術手技を意識しながら半盲目的に核処理を進めることもあります.また,前述の通り前房が深く,眼軸が長く,Zinn小帯が伸びている場合も多いため,器具が想定より浅く入ってしまうことがあります.フックの操作や溝掘りの際の角度・深さの調整にはとくに注意が必要です.さらに,角膜屈折力が強いため,術中に見えている方向と実際の動きが一致しないことがあります.そのため,視覚情報だけに頼らず,手指の感覚に基づいて操作することも多いです.聞き手:CCCの大きさについては何か意識されていることはありますか?北澤:円錐角膜では角膜屈折力が強いため,術後のYAGレーザー時にピントが合わず,照射が困難となることがあります.頻度としてはまれですが,YAGが行えないケースも経験しています.そのため,後発白内障の予防の意味でも,CCCでは光学部全体をフルカバーすることを常に意識しています.また,円錐角膜眼では前房が不安定で,眼内レンズの回旋が起きやすいため,屈折の安定性を保つためにも完全なCCCが重要だと考えています.1022あたらしい眼科Vol.42,No.8,2025(88)

抗VEGF治療セミナー:わが国における3タイプの新生血管型加齢黄斑変性に対する抗VEGF治療

2025年8月31日 日曜日

●連載◯158監修=安川力五味文米田圭佑138わが国における3タイプの新生血管型今関雅也加齢黄斑変性に対する抗VEGF治療竹内大防衛医科大学校眼科新生血管型加齢黄斑変性(nAMD)の抗CVEGF治療に関しては,ランダム化比較試験(RCT)により有効性が示されているが,日常臨床ではCRCTプロトコールが必ずしも再現されているわけではなく,実臨床での有効性を評価することが重要である.さらに,nAMDのサブタイプにより,治療効果に差があることが知られている.本稿では,第一世代の抗CVEGF薬のCnAMDに対する実臨床での治療効果を三つのサブタイプ別に評価した,わが国での多施設共同研究の結果を紹介する.はじめに加齢黄斑変性(age-relatedCmaculardegeneration:AMD)は,わが国の視覚障害の主要原因であり,新生血管型CAMD(neovascularAMD:nAMD)と萎縮型AMD(atrophicAMD:aAMD)がある.nAMDはAMDによる重度の視力低下と失明のうちC90%を占める.nAMDの診療ガイドラインはC2024年に更新されたが1),nAMDは典型CAMD(typicalAMD:tAMD),網膜血管腫状増殖(retinalangiomatousCproliferation:RAP),ポリープ状脈絡膜血管症(polypoidalCchoroidalvasculopathy:PCV)のC3サブタイプに分類される2).本稿では,わが国の多施設共同研究グループCJ-CRESTで行った第一世代の抗CVEGF薬であるラニビズマブとアフリベルセプトC2CmgのCnAMDに対する実臨床での治療効果を,3サブタイプ別に評価した結果3)について述べる.対象本研究は,J-CRESTグループに所属するC9医療機関にて,新たにCnAMDと診断され,ラニビズマブ(0.5mg)またはアフリベルセプト(2.0Cmg)による治療が開始されたC621例を対象とした.抗CVEGF治療開始後に白内障手術を受けたC19例とC1年間抗CVEGF治療を継続できなかったC102例を除外し,少なくともC1年以上抗VEGF治療を継続できたC500例について解析した.結果500例中,tAMDが268例,PCVが200例,RAPが32例であった.平均年齢はCRAP患者がCtAMDまたはPCV患者よりも有意に高く,女性の割合,対眼に黄斑病変を認める割合もCRAP患者がCtAMDまたはCPCV患者よりも有意に高く,過去の報告と同様であった.表1はサブタイプ別のベースライン時の患眼,対眼の(85)logMAR視力,各CSD-OCT所見を示している.患眼および対眼のClogMAR視力はCRAP患者がCtAMDまたはPCV患者よりも有意に悪く,中心窩網膜厚もCRAP患者がCtAMDまたはCPCV患者よりも有意に厚かった.一方,中心窩下脈絡膜厚はCPCV患者がCtAMDまたはRAP患者よりも有意に厚かった.SD-OCT所見では,網膜下液はCtAMDおよびCPCVで,網膜内液はCRAP患者でより多くみられ,漿液性網膜色素上皮.離と網膜下出血はCPCV患者でCtAMDまたはCRAPより多く観察された.硬性白斑および網膜下高反射物質はC3つのサブタイプ間で有意差はなかった.nAMD全体では,150例(30.0%)がラニビズマブ,350例(70.0%)がアフリベルセプトを投与され,ラニビズマブとアフリベルセプトの比率はC3つのサブタイプ間で有意差はなかったが,RAP患者ではラニビズマブがより多く使用されている傾向があった.表2にラニビズマブとアフリベルセプトの治療開始後C1年間の投与回数を示す.投与回数は全体でC5.3±2.4回であり,PCV患者(5.6±2.5回)がもっとも多く,次いでCtAMD患者(5.2±2.4回),RAP患者(4.5±1.9回)であり,PCVとRAPの間には有意差があった.ラニビズマブとアフリベルセプトの比較では,全体でラニビズマブがC5.6±2.5回,アフリベルセプトがC5.2±2.4回でラニビズマブがやや多かったがほぼ同等であり有意差はなく,サプタイブ別でも同様の結果であった.投与法は全体でC267例(53.4%)がCPRN(proCrenata:必要に応じて)法C222例(44.4%)がCTAE(treatandextend)法C11例(2.2%)がC2カ月ごとであり,PRNの割合はCtAMDまたはCPCV患者と比較してCRAP患者で有意に高かった.nAMD全体ではC45例(9.0%)で薬剤切り替えが行われ,PCV患者ではラニビズマブからアフリベルセプトへの切り替えが有意に多かった.tAMD,PCV,RAP患者における抗CVEGF治療開始あたらしい眼科Vol.42,No.8,202510190910-1810/25/\100/頁/JCOPY表1tAMD,PCV,RAP患者のベースライン時視力およびSD-OCT所見tAMD(n=268)PCV(n=200)RAP(n=32)p値*患眼のClogMARVA平均(標準偏差)中央値(範囲)0.43(C0.48)0.30(C.0.18~4)0.38(C0.52)0.22(C.0.18~4)0.62(C0.44)0.61(C0.05~C1.52)C0.0013対眼のClogMARVA平均(標準偏差)中央値(範囲)0.18(C0.52)0(.0.18~3)0.22(C0.76)0(.0.18~6)0.53(C0.76)0.15(C.0.18~3)C0.0036患眼の平均中心窩網膜厚(SD)(C140)C334Cμm(C132)C349Cμm(C179)C438CμmC0.0040患眼の平均中心窩下脈絡膜厚(SD)SD-OCT所見(%)硬性白斑(n=488)網膜内液(n=498)網膜下高反射物質(n=500)網膜下液(n=500)網膜下出血(n=493)漿液性網膜色素上皮.離(n=500)(C85.5)C252Cμm70(C27.2)69(C25.8)106(C39.9)223(C83.2)87(C33.0)122(C45.5)(C93.9)C274Cμm62(C31.2)42(C21.1)82(C41.4)178(C89.0)90(C45.2)142(C71.0)(C90.0)C214Cμm15(C46.9)30(C96.8)16(C51.6)22(C68.8)10(C33.3)20(C62.5)C0.0011C0.0678<C0.0001C0.4513C0.0085C0.0230<C0.0001*統計解析は,連続変数については一元配置分散分析(ANOVA)を,カテゴリカル変数についてはC|二乗検定を用いて,tAMD,PCV,RAPのサブタイプ間で比較を行った.表2ラニビズマブとアフリベルセプトの治療開始後1年間の投与回数の比較全体ラニビズマブアフリベルセプトp値*tAMD5.2(2.4)5.2(2.3)5.2(2.4)C0.9213CPCV5.6(2.5)6.1(2.7)5.4(2.4)C0.1097CRAP4.5(1.9)4.8(2.0)4.3(1.9)C0.2445C*Mann.WhitneyのCU検定前とC1年後の平均ClogMAR視力を表3に示す.抗VEGF薬開始後C1年後の平均ClogMAR視力は,nAMD全体(0.42C±0.50からC0.31C±0.40),tAMD(0.43C±0.48からC0.33C±0.40),PCV(0.38C±0.52からC0.24C±0.38)でベースラインと比較して有意に改善したが,RAP患者(0.62C±0.44からC0.56C±0.47)では改善はみられなかった.アフリベルセプトが最初の抗CVEGF薬であった場合は,nAMD全体(0.43C±0.53からC0.30C±0.41),tAMD(0.42C±0.50からC0.31C±0.40),PCV患者(0.41C±0.57からC0.24C±0.38)でベースラインと比較してC1年後のClogMAR視力の有意な改善が認められたが,RAP患者では認められなかった.ラニビズマブが最初の薬剤であった場合は,PCV患者(0.34C±0.39からC0.23C±0.38へ)では有意な改善がみられたが,tAMD患者(0.44C±0.41からC0.40C±0.41へ),RAP患者(0.50C±044からC0.43±0.37へ)ではみられなかった.この原因としては,維持期ではC1カ月ごと投与が推奨されているラニビズマブとC2カ月ごと投与のアフリベルセプトの治療開始後C1年間の投与回数がほぼ同等であったことがあげられる.おわりに本研究はCJ-CRESTに所属する名古屋市立大学の加藤C1020あたらしい眼科Vol.42,No.8,2025表3tAMD,PCV,RAP患者におけるベースラインおよび抗VEGF治療開始後1年のlogMAR視力の比較tAMD(n=268)ラニビズマブ(n=150)アフリベルセプト(Cn=350)PCV(n=200)ラニビズマブ(n=150)アフリベルセプト(Cn=350)RAP(n=32)ラニビズマブ(n=150)アフリベルセプト(Cn=350)平均ClogMAR視力(標準偏差)ベースライン1年後0.43(C0.48)0.33(C0.40)0.44(C0.41)0.40(C0.41)0.42(C0.50)0.31(C0.40)0.38(C0.52)0.24(C0.38)0.34(C0.39)0.23(C0.38)0.41(C0.57)0.24(C0.38)0.62(C0.44)0.56(C0.47)0.50(C0.44)0.43(C0.37)0.71(C0.43)0.65(C0.52)p値*C0.0010C0.5483C0.0005C0.0022C0.0274C0.0009C0.5211C0.8366C0.6359*Mann.WhitneyのCU検定亜紀,安川力,鹿児島大学の寺崎寛人,坂本泰二,兵庫医科大学の山本有貴,五味文,聖マリアンナ医科大学の重城達哉,山口大学の湧田真紀,木村和博,三重大学の松原央,近藤峰生,徳島大学の三田村佳典,川崎・多摩アイクリニックの高木均の各先生にご協力いただいた.今後は第二世代を含めた抗CVEGF薬の実臨床でのnAMD治療における比較が,わが国の多施設共同研究により検討されることを期待する.文献1)日本網膜硝子体学会新生血管型加齢黄斑変性診療ガイドライン作成ワーキンググループ:新生血管型加齢黄斑変性の診療ガイドライン.日眼会誌116:680-698,C20242)高橋寛二,小椋祐一郎,石橋達朗ほか;厚生労働省網膜脈絡膜・視神経萎縮症調査研究班加齢黄斑変性治療指針作成ワーキンググループ:加齢黄斑変性の治療指針.日眼会誌C116:1150-1155,C20123)YonedaCK,CTakeuchiCM,CYasukawaCTCetal:Anti-VEGFCtreatmentCstrategiesCforC3CsubtypesCofCneovascularCage-relat-edCmacularCdegenerationCinCaCclinicalsetting:ACmulticenterCcohortCatudyCinCJapan.COphthalmolCRetinaC7:869-878,C2023(86)

緑内障セミナー:前房出血スコアリングシステム「SU-RLC」

2025年8月31日 日曜日

●連載◯302監修=福地健郎中野匡302.前房出血スコアリングシステム「SU-RLC」原野晃子島根大学医学部眼科学講座低侵襲緑内障手術後の前房出血はだれしも経験する術後合併症である.術後数日間の浮遊赤血球や液面形成は術後早期の眼圧上昇に関与し,血餅は長期的な眼圧上昇に関与する可能性がある.前房出血を種類別に評価する前房出血スコアリングシステムは個別化医療の新たなツールになりうる.●はじめに眼内出血は誰もが経験する眼内手術の合併症であり,低侵襲緑内障手術における前房出血はほぼ必発である.筆者らは,術後の前房出血のグレーディングシステムとして,島根大学前房出血スコアリングシステム「SU-RLC」を報告した1).本誌では,術後前房出血が術後の経過に及ぼす影響や,手術別の前房出血の程度などを紹介する.C●SU-RLCSU-RLCは,眼内出血を「R(redCbloodcells):浮遊赤血球」「L(layerformation:液面形成)」「C(bloodclot:血餅)」のC3要素に分け,それぞれの程度をC3桁の数字で表す評価方法である(表1).評価の実際を図1に示す.C●術後早期の前房出血と術後眼圧の関係筆者らはCmicrohookab-internotrabeculotomy(以下,μLOT)とCiStentの術後眼内出血の程度を,SU-RLCを用いて解析した.術後C3日目まではCμLOT群がCiStent群よりも術後前房出血が多く,術後C2日間はCμLOT群で術後眼圧が高かった.しかし,術後C3日目以降C2群間に差はみられなくなった.この結果から,術後早期の前房出血は眼圧上昇に関与するが,術後しばらく経過し出血が引くと眼圧は下がる傾向があると考えられた.また,単変量解析にて「C:血餅」の値と術後C3カ月目の眼圧に正の相関が出たことから,Cスコアは長期的な眼圧上昇に関係する可能性が示唆された.同研究においてCCスコア上昇のリスク因子として近視・若年があげられており,近視・若年者は術後血餅の発生に注意が必要である.他の研究でも,Cスコアは術後眼圧上昇と関係することが示唆されている.μLOTの術後前房出血による液面形成がある患者の中で,血餅あり・なしを比較した報(83)告では,術後C1週間目の眼圧は,血餅がある群のほうがない群よりも有意に高く,血餅がある群の術後スパイクの眼圧は,血餅がない群よりも有意に高かった2).RLCスコアの中でもとくにCCスコアは,術後早期と長期的な眼圧・術後眼圧スパイクに関係する可能性がある.抗凝固薬・抗血小板薬の内服と前房出血の関係については,iStentにおいては内服群でCRLCスコアが高値となったが,μLOTでは内服の有無で差が出なかった1).このことから抗凝固薬・抗血小板薬は少なくとも前房出血の増加に関与している可能性があるが,μLOTのようにもともと出血量が多い手術では,内服の有無での微量な差は検出できない可能性がある.筆者の施設では眼内手術全般において,原則術前の抗血小板薬・抗凝固薬を中止していないが,大量の抗凝固薬・抗血小板薬の内服のある場合やCiStentの場合は,術後の眼内出血が予想より多くなる可能性があるため,術前に術後眼内出血が起こることを十分に説明している.C●線維柱帯切除術の切開範囲と前房出血μLOTは,線維柱帯を切開することで房水流出抵抗を低下させ,眼圧下降を図る緑内障手術である.線維柱帯の切開範囲と眼圧下降効果の関係については現在も議論されているところである.C360°切開とC180°切開を検討した筆者らの前向きランダム化比較試験では,術後C1年目の生存率に有意差はなく,術後の前房出血の液面形成の頻度は,360°切開群で有意に増加した3).また,傾向スコアマッチングを用いて,μLOTと白内障手術の同時手術を両側切開または鼻側切開したC1年成績の比較を行った筆者らの研究でも4),術後C1年の眼圧・薬剤数に差はなく,前房出血による液面形成(Lスコア)の頻度は,両側切開群のほうが高くなった.μLOT単独(白内障手術なし)においても同様に眼圧下降率に差はなく,RスコアとCLスコアは有意に両側切開のほうが高くなった5).眼内出血特に血餅は術後眼圧を高くするという研究結果もふまえ,筆あたらしい眼科Vol.42,No.8,202510170910-1810/25/\100/頁/JCOPY表1島根大学前房出血評価システム「SU-RLCスコア」図1島根大学前房出血評価スコアリングシステム「SU-RLC」の例a:R=3(浮遊赤血球により虹彩紋理がまったく見えない),L=1(1Cmm未満の液面形成あり,..),CC=1(血餅あり).診療録には「RLC311」と記載する.b:R=2(浮遊赤血球により虹彩紋理がぼやけて見える),L=0(液面形成なし),C=0(血餅なし).診療録には「RLC200」と記載する.スコアC0C1C2C3CR浮遊赤血球なし浮遊赤血球あり虹彩紋理が明瞭に観察できる浮遊赤血球あり虹彩紋理が明瞭に観察できない多数の前房内浮遊赤血球あり虹彩紋理が観察できないCL液面形成なし1Cmm(2角膜厚)までの液面形成瞳孔領下縁までの液面形成瞳孔領下縁を超える液面形成CC血餅なし血餅ありR:浮遊赤血球,L:液面形成,C:血餅.者らの施設では前房出血をできるだけ抑えるために基本的に鼻側切開のみとしている.しかし,線維柱帯を半周程度切開するよりも全周切開したほうが房水流出抵抗が下がるというヒト献眼での研究6)や,全症例での解析では術後成績に差は認めなかったが,眼圧がC21CmmHg以上の高眼圧症例のみで比較するとC360°切開のほうがC240°切開に比べて眼圧コントロール不良・追加の緑内障手術の頻度が低かったという報告がある7).現在,どのような症例で切開範囲を広げる必要があるのかは議論されているところであり,さらなる研究が必要である.C●おわりにひとまとめに眼内出血といってもCRスコア,Lスコア,Cスコアはそれぞれ術後に及ぼす影響が異なる可能性がある.出血は術後眼圧を短期的にも長期的にも高くすることが示唆されており,できるだけ出血を減らす工夫をする必要がある.客観的な前房出血の指標であるSU-RLCは術後成績との関連などの評価に利用できるため,ぜひ臨床で活用していただきたい.文献1)IshidaCA,CIchiokaCS,CTakayanagiCYCetal:ComparisonCofCpostoperativeChyphemasCbetweenCmicrohookCabCinternoCtrabeculotomyCandCiStentCusingCaCnewChyphemaCscoringCsystem.JClinMedC10:5541,C20212)ChiharaCE,CChiharaT:ConsequencesCofCClotCformationCandhyphemapost-internaltrabeculotomyforglaucoma.JGlaucomaC33:523-528,C20243)SatoT,KawajiT:12-monthrandomisedtrialof360°Cand180°CSchlemm’scanalincisionsinsuturetrabeculotomyabinternoCforCopen-angleCglaucoma.CBrCJCOphthalmolC105:C1094-1098,C20214)SugiharaCK,CShimadaCA,CIchiokaCSCetal:ComparisonCofCphaco-Tanitomicrohooktrabeculotomybetweenpropensi-ty-score-matchedC120-degreeCandC240-degreeCincisionCgroups,JClinMedC12:7460,C20235)SugiharaCK,CIdaCC,COhtaniCHCetal:ComparisonCofCstand-aloneTanitomicrohooktrabeculotomybetweenunilateralandbilateralincisiongroups.JClinMedC14:1976,C20256)RosenquistR,EpsteinD,MelamedSetal:Out.owresis-tanceofenucleatedhumaneyesattwodi.erentperfusionpressuresCandCdi.erentCextentsCofCtrabeculotomy.CCurrCEyeResC8:1233-1240,C19897)YokoyamaCH,CTakataCM,CGomiF:One-yearCoutcomesCofCmicrohooktrabeculotomyversussuturetrabeculotomyabinterno,GraefesArchClinExpOphthalmolC260:215-224,C2022C1018あたらしい眼科Vol.42,No.8,2025(84)

屈折矯正手術セミナー:眼内レンズ度数計算式Kane formula

2025年8月31日 日曜日

●連載◯303監修=稗田牧神谷和孝303.眼内レンズ度数計算式Kaneformula森洋斉宮田眼科病院Kaneformulaは,生体計測値と性別情報を用いて高精度な眼内レンズ(IOL)度数計算を可能にするアルゴリズムであり,現在はCWEB上で利用可能である.従来式に比較して予測精度が高く,現在もっとも普及しているCBarrettCUniversalCII式と同等以上とされている.また,トーリックCIOLのスタイル算出や円錐角膜にも対応している点も特徴的である.●Kaneformulaの概要Kaneformulaは,2017年にCJ.Kaneによって発表されたCWEB上で利用可能な眼内レンズ(intraocularlens:IOL)度数計算アルゴリズムである(図1).従来の計算式と比較して,より多くの生体計測パラメータを活用している点が特徴としてあげられる.具体的には,眼軸長(axiallength:AL),角膜屈折力(keratometry:K値),前房深度(anteriorchamberdepth:ACD),水晶体厚(lensthickness:LT),中心角膜厚(centralcor-nealthickness:CCT)といった詳細な眼球情報に加え,患者の性別も入れることで,術後の屈折値を高精度に予測することを可能にしている.このアルゴリズムは,精密な理論光学モデルと機械学習を含む高度なビッグデータ解析技術を融合させることにより,異常眼軸長眼のように眼球形態のプロポーションが標準的な範囲から逸脱している患者においても,高い予測精度を維持できるよう綿密に設計されている.また,トーリックCIOLのスタイルと軸を算出する機能も備わっており,特筆すべき点として,これまで予測が困難であった円錐角膜例にも対応できるという利点をもっている.C●予測精度Kaneformulaをはじめとする新世代の計算式は,図1Kaneformulaのデータ入力画面https://www.iolformula.comC(81)あたらしい眼科Vol.42,No.8,202510150910-1810/25/\100/頁/JCOPY表1Kaneformulaと各計算式の屈折誤差の割合の比較屈折誤差の割合C≦±0.25D(C%)p値C≦±0.50D(C%)p値C≦±1.0D(C%)p値CKaneC60.7C86.5C99.2CHillC54.5C0.022C83.4C0.063C98.9C1.00CBarrettC49.7<C0.001C82.3C0.015C98.9C1.00CHaigisC52.5C0.009C81.2C0.004C97.8C0.182CSRK/TC59.3C0.542C86.0C0.789C99.4C1.00CMcNemar’stest.p値はCKaneformulaとの比較.SRK/TやCHo.erQ,Haigisといった従来の計算式に比較して予測精度が高いことが複数の研究によって明らかにされている.Saviniら1)の前向き研究では,15種類の計算式を用いて予測精度を比較した結果,屈折誤差C±0.5D以内の割合がC90%以上であったのは,EVO,Hill-RBF,そしてCKaneformulaのみであったと報告している.さらに,別の前向き研究2)では,24種類の計算式を対象とした比較が行われ,KaneformulaはVRG-Fについで優れた予測精度であったことが示された.筆者の施設における単一CIOL挿入の連続症例C356例C356眼のデータにおいても,KaneformulaはCHill-RBF(ver.3.0)やCBarrettU2,Hagisよりも良好な予測精度が得られたことが確認されている(表1)3).とくにCKaneformulaの予測精度はCALやCK値などの生体計測値に影響を受けにくいことが示めされた.従来の計算式は異常眼軸長眼への対応がむずかしく,予測精度が低いために補正が必要とされてきた.しかし,Kaneformu-laは調整なしに高い予測精度が得られることが期待される.BarrettU2も眼軸長に影響を受けにくいとされているが,最近のメタ解析によるとCKaneformulaは長・短眼軸眼ともにCBarrettU2よりも予測精度が高いことが示されている.なお,CCTやCLTはオプション入力となっており必須ではないが,短眼軸長眼,steep角膜眼,浅前房眼ではCLTを入力しないと精度が低下することが指摘されているので注意が必要である.C●円錐角膜例におけるKaneformulaの有効性不正乱視を伴う円錐角膜眼では,角膜前後面曲率比の異常や非対称な形状のために,通常の計算式では予測精度が低く,とくに遠視側へ誤差を生じやすいことが知られている.Kaneformulaは円錐角膜にも対応しており,計算画面上のCkeratoconusアイコンをクリックすることで,円錐角膜用の計算(Kane-KC)を行うことができる仕組みになっている.Kaneらの多施設研究4)によれば,Kane-KCの平均絶対誤差はC0.81Dともっとも小さく,C1016あたらしい眼科Vol.42,No.8,2025(文献C3より引用)約C50%で屈折誤差C±0.50D以内に達した.とくに平均誤差がC0.04Dとほぼゼロであり,従来式でみられた遠視ずれが改善されている点が注目されている.わが国の多施設研究5)においても,Kane-KCは従来式と比較して高い予測精度を示していた.しかし,円錐角膜の重症例においてはCBarrettTrue-K(WEBのみ円錐角膜に対応した式が使用可能)のほうが予測精度良好であった.今後,バージョンアップにより,さらなる精度向上が期待される.C●今後の展望Kaneformulaは,現在わが国でもっとも普及しているCBarrettU2と比較して同等以上の予測精度を有している.しかし,BarrettU2が多くの生体計測装置に搭載されているのに対し,KaneformulaはCWEB上でのみ利用可能という欠点がある.オンライン計算式は場所を選ばずに使用できる利点があるものの,データ入力の手間やヒューマンエラーといった課題も存在する.今後,各種生体計測装置への搭載が望まれる.文献1)SaviniCG,CHo.erCKJ,CBalducciCNCetal:ComparisonCofCfor-mulaCaccuracyCforCintraocularClensCpowerCcalculationCbasedonmeasurementsbyaswept-sourceopticalcoher-encetomographyopticalbiometer.JCataractRefractSurgC46:27-33,C20202)VoytsekhivskyyOV,Ho.erKJ,TutchenkoLetal:Accu-racyof24IOLpowercalculationmethods.CJRefractSurg39:249-256,C20233)徳田祥太,森洋斉,徳永忠俊ほか:Kaneformulaの予測精度の検討.IOL&RSC36:251-257,C20224)KaneJX,ConnellB,YipHetal:AccuracyofintraocularlensCpowerCformulasCmodi.edCforCpatientsCwithCkeratoco-nus.OphthalmologyC127:1037-1042,C20205)YokogawaT,MoriY,ToriiHetal:Accuracyofintraocu-larlenspowerformulasineyeswithkeratoconus:Multi-centerstudyinJapan.GraefesArchClinExpOphthalmol262:1839-1845,C2024(82)

眼内レンズセミナー:ガード付きphaco chopper

2025年8月31日 日曜日

眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎・佐々木洋459.ガード付きphacochopper本田有希秋元正行大阪赤十字病院眼科白内障手術における核分割の方法には,おもにCdivideandconquer法とCphacochop法がある.Divideandconquer法に対してCphacochop法は,核分割に必要な超音波エネルギーが少なく,角膜内皮へのダメージを軽減することができるが,一般的にCphacochop法のほうが習得がむずかしい.とくに,習得したての専攻医は後.破損を恐れてCphacochopperの差し込みの深さが足りず,核分割ができないことが多い.そこで,安全な深さに差し込めるようにガード付きのCphacochopperを開発した.●核分割の歴史と開発に至った経緯1991年にGimbelによって提示されたdivideCandconquer法は,その習得のしやすさから現在でも広く受け入れられている技術である1).一方,1993年に永原が開発したCphacochop法はCdivideandconquer法に比べてより効率的に核分割を施行できる方法として開発され,角膜内皮へのダメージを軽減することができる2)が,一般的にCphacochop法のほうが習得がむずかしいため,若い専攻医はまずCdivideandconquer法から習うことが多い.また,divideCandconquer法からCphacoCchop法にうまく移行するためには訓練が必要であり,頭を悩ませる専攻医も多い.核分割においては,divideandconquer法でもCphacochop法でも,しっかりと器具で深さを出すほど,少ない力で分割ができ,分割の確実性は上がる.Phacochop法では多くの場合,左手のCphacochopperと右手のCUSによる協調作業で深さを出していくが,この両手の器具の扱いがCphacochop法のむずかしさの一つである.Phacochop法の学習過程において,手術を修練中の専攻医は,はじめは深く器具を差し込むことができず,うまく割ることができない.一方,うまく分割できたときは,しっかりと深く差し込めていることがわかる.Phacochopperの差し込み具合は眼外でもみてとれる.うまく分割できたときと,うまく分割できなかったときを比較すると,その差は明らかである(図1).専攻医がCphacochopperを十分な深さまで差し込めないのは,どのぐらいまで差し込んだら後.破.をするのかという加減がわからないからだと考えられる.そこで安心してCphacoCchopperを差し込めるよう,phacochopper先端にこれ以上差し込めないようにガードを付ければ,破.を気にせずCphacochopperをしっかり差し込めるのではないかと考えた.C●開発方法まず適切な鍔の位置を検討するため,前眼部光干渉断層計(opticalCcoherencetomorgaphy:OCT)を用いて角膜ポートから水晶体.後極までの距離を計測した(図2).図1専攻医による核分割の様子分割できたとき(Ca)と分割できなかったとき(Cb).Phacochopperの差し込みの深さに違いがあることがみてとれる.(79)あたらしい眼科Vol.42,No.8,2025C10130910-1810/25/\100/頁/JCOPY図2前眼部OCTを用いた計測角膜ポートから水晶体.後極までの距離は平均でC7.9Cmm強であった.図4専攻医Aによるガード付きphacochopperの使用例ガードの根本まで深くCphacochopperを差し込めているのがわかる.結果はC7.9mm強であり,この結果をもとにCphacochopperにつける鍔の位置を先端からC7.9mmとし,ガード付きCphacochopperが完成した(図3).C●結果ガード付きCphacochopperの安全性を確認するため,核処理後にCphacochopperを挿入し,灌流下で先端が後.に当たらないことを確認し,まだCphacochop法を試みていない専攻医C2名に使用してもらった.専攻医CAは第一症例では両手の協調ができず分割に失敗したが,第二症例以降では成功した(図4).専攻医図3ガード付きphacochopper(上)と通常のphacochopper(下)通常のCphacochopperと比べてガードが付いている以外の変更点はなく,通常のCphacochopperへの移行もスムーズにできるような設計をめざした.Bも第一症例では分割に失敗したが,第二症例以降では核分割に成功した(図4).ガード付きCphacoCchopperによる後.破損はなかった.C●おわりに今回のガード付きCphacochopperは,トレーニング中の専攻医がCphacochop法の技術を迅速に習得できるようにすることを目的として開発した.ガード付きCphacochopperの使用により,差し込む深さを物理的に安定させることができるため,トレーニング中の専攻医にとって有用だと考える.また,ガードが付いている以外は通常のCphacochopperと同形状のため,差し込みの深さを理解したあとは,通常のCphacochopperへの移行も容易であると考える.文献1)GuedesCJ,CPereiraCSF,CAmaralCDCCetal:Phaco-chopCver-susCdivide-and-conquerCinCpatientsCwhoCunderwentCcata-ractsurgery:ACsystematicCreviewCandCmeta-analysis.CClinOphthalmolC18:1535-1546,C20242)MahdyCMA,CEidCMZ,CMohammedCMACetal:RelationshipCbetweenendothelialcelllossandmicrocoaxialphacoemul-si.cationCparametersCinCnoncomplicatedCcataractCsurgery.CClinOphthalmolC6:503-510,C2012

コンタクトレンズセミナー:英国コンタクトレンズ協会のエビデンスに基づくレポートを紐解く エビデンスに基づくコンタクトレンズ診療(2) 

2025年8月31日 日曜日

■オフテクス提供■コンタクトレンズセミナー英国コンタクトレンズ協会のエビデンスに基づくレポートを紐解く20.エビデンスに基づくコンタクトレンズ診療(2)土至田宏聖マリアンナ医科大学横浜市西部病院眼科松澤亜紀子聖マリアンナ医科大学/川崎市立多摩病院眼科英国コンタクトレンズ協会の“ContactCLensCEvidence-BasedCAcademicReports(CLEAR)”の第C10章は「エビデンスに基づく診療(evidencebasedpractice)」の概念をコンタクレンズ診療にどう応用するかを解説している1).今回はその後半部分をまとめた.レンズ選択の根拠コンタクトレンズ(CL)処方において,素材,設計,交換頻度,度数補正方法などの選択は,装用者の快適性と安全性,視力の質に大きく影響する.素材に関しては,酸素透過性(Dk値),水濡れ性,硬度,含水率などが装用感や角膜生理に影響を及ぼす.ハイドロゲルとシリコーンハイドロゲルでは後者のほうが酸素透過性に優れるが,表面処理法や素材のイオン性の違いにより,涙液との親和性や汚れの沈着傾向が異なる.酸素透過性(rigidCgaspermeable:RGP)CLにおいても,素材の硬度や光学特性がフィッティングの安定性と直結するため,角膜形状や装用目的に応じた適正な選択が求められる.設計面では,球面,非球面,トーリック,マルチフォーカルなどが存在し,それぞれ乱視補正,老視対応,不正乱視への対応などに応用されている.トーリックレンズの軸安定性やマルチフォーカルの設計における加入度や瞳孔径との関係は,視機能と装用に対する満足度に大きく関係する.また,RGPCLや強膜レンズでは,光学ゾーンの径やレンズエッジの形状が,視野とフィッティングに影響を及ぼす.レンズの使用期間や交換頻度も重要である.1日使い捨てタイプは感染リスクがもっとも低く,アレルギーやコンタクトレンズ不快感(contactClensdiscomfort)の予防にも有用とされるが,コストや環境負荷の面で制約がある.一方,2週間で交換する頻回交換型やC1カ月交換型は経済的だが,ケア不良による合併症のリスクが相対的に高くなる.RGPCLは長期使用が可能である反面,装用に慣れるまで時間を要することが多い.不同視,角膜不正,円錐角膜,白内障術後などの患者には,オーダーメイド設計やハイブリッド,強膜レンズなどの選択肢が必要となる.(77)レンズの選択は眼の生理的条件,生活環境や背景,装用を希望する条件,衛生管理能力など,多因子を考慮した包括的判断によって行うべきであり,その根拠は科学的データと実臨床の知見の両方に基づいている.レンズフィッティングの評価レンズフィッティングは,CL処方の成否を左右する重要な過程のひとつであり,眼表面の解剖学的特性とレンズ構造との適合性を評価する.ソフトCCL(SCL)においては,レンズのセンターリング,動き,カバーする範囲,リムの接触状態などが主要な評価項目となる.適正な動きがないと涙液交換が不十分となり,汚れの蓄積や上皮障害の原因となる.RGPCLでは,フルオレセインを用いた染色パターンにより中央部・周辺部の接触と浮きのバランスを観察する.角膜形状とのミスマッチにより点状上皮障害やC3・9時染色が発生することがあり,早めの対処が求められる.Sagittalheightは近年注目されているレンズデザイン上の重要要素であり,その調整はベースカーブや直径のみならず,レンズフィッティングにおいて有効な要素のひとつである場合がある.強膜レンズやハイブリッドレンズでは,レンズの裏面と角膜の間に十分な間隙が確保されているかや,その間隙が多すぎないかを評価する必要がある.さらに,レンズの縁が結膜を過度に圧迫していないかどうかを確認すべきで,これらの評価により角膜への不要な接触を防ぎ,安全な装用が可能となる.フィッティング評価は観察所見の良否ではなく,快適性,安全性,視力安定性を長期的に支える臨床的根拠であり,トポグラフィーなどの機器を用いた客観的手法も重要性を増すと考えられる.あたらしい眼科Vol.42,No.8,2025C10110910-1810/25/\100/頁/JCOPY装用指導と教育CLの安全な使用には装用者自身の理解と行動が不可欠である.そのための装用指導は診療の重要な一環である.初心者には着脱方法,手指衛生,装用時間,交換頻度,ケア手順の正確な理解と習得が求められる.教育は説明のみでなく,実践と確認を伴うべきであり,対象者に応じた視覚教材や反復練習が必要となる.装用者の多くが装用上の基本事項を部分的にしか理解していないことから,再教育を定期的に行うことの必要性が指摘されている.誤ったケア行動(就寝時装用,水道水使用,保存液の使い回しなど)は感染や炎症惹起の主要因であり,具体的なリスク提示による行動変容が望まれる.装用者のヘルスリテラシーを高め,自身の眼の状態を観察し異常時に対応できる力を養うことも,長期装用成功の鍵となる.定期検査と経過観察定期検査は,CL装用中の眼表面への影響を早期に検出し,CL装用を継続するための安全性を評価するプロセスである.視力,角膜・結膜の染色,レンズの状態,ケア状況などの定期的な評価により,無症候でも進行する異常を見逃さず,トラブルを未然に防ぐことができる.CL装用初回からC1週間程度といった装用開始早期における経過観察がとくに重要であり,そこで得られる情報は処方の修正や教育の補強に直結する.その後もC3~6カ月ごとの定期検査が推奨され,長期装用者では慢性的な変化(新生血管,角膜混濁など)にも注意が必要である.患者に対する問診も重要で,生活スタイルや装用動機の変化にも対応することが,定期検査の本質である.まとめ本ガイドラインは,CL診療においてエビデンスに基づく実践(evidenceCbasedpractice:EBP)を推進するため,診療全体を構造的に整理したものである.診療の各段階──すなわち問診,所見評価,レンズ選択,フィッティング,装用指導,定期検査──における科学的根拠,臨床判断,患者の理解とが求められる.これらに関してはシステマティックレビューやランダム化比較試験といった高位エビデンスは乏しいが,専門家の知見や症例蓄積が代替エビデンスとして機能している.CLの技術の多様化と装用者の背景の複雑化により,柔軟な対応力が今後一層求められる.とくに,装用指導と定期検査によって装用者の行動変容を促し,CL診療を長期的・包括的医療と位置づける視点が重要である.最後に本ガイドラインが,現場のCCL診療の実践における知的な基盤となることを期待する,と綴られている.文献1)Wol.sohnCJS,CDumbletonCK,CHuntjensCBCetal:CLEARC-Evidence-basedCcontactClensCpractice.CContCLensCandCAnteriorEyeC44:368-397,C2021

写真セミナー:進行した両眼偽翼状片にTerrien角膜変性症を伴った一例

2025年8月31日 日曜日

写真セミナー監修/福岡秀記山口剛史495.進行した両眼偽翼状片にTerrien角膜変性症中川迅井上眼科医院を伴った一例図1両眼の進行した翼状片両眼ともに鼻側,耳側の両方向から翼状片の進行がみられる.とくに鼻側からの進行が著しい.角膜実質C12時方向には脂肪蓄積がみられる.図3両眼の翼状片切除および羊膜移植術後半年の前眼部所見上方の角膜脂肪蓄積像の近傍には透明帯が存在する.図4両眼角膜透明帯の前眼部OCT像周辺角膜透明帯部位の角膜は菲薄化している.角膜実質からCcavityformation発生後の菲薄化所見と考えられ,Terrien角膜変性症と考えられる.左眼に一つ,右眼には二つのCcavityformationが発生したと考えられる陥凹所見(C..)がみられる.(75)あたらしい眼科Vol.42,No.8,2025C10090910-1810/25/\100/頁/JCOPY両眼に鼻側耳側,両方向から進行した偽翼状片がみられた50歳,女性の症例を提示する.両眼の翼状片切除および羊膜移植手術を施行した.その後,両眼角膜輪部上方に径2×2~3mm大の透明帯の存在が確認され,角膜の菲薄化が認められた.また,その近傍の角膜内に脂肪蓄積像がみられた.前眼部COCT撮影を行ったところ,cavityCformation後と考えられる角膜菲薄化所見がみられた.角膜内の脂肪集積所見と前眼部COCTによるCcavityformationからTerrien角膜変性症(TerrienC’sCmarginalCdegenera-tion:TMD)と診断した.本症例は両眼に進行した翼状片と角膜内脂肪集積およびCTMDが同時にみられた事例であった.TMDはC1990年にCTerrienによって報告された病態であるが,1881年にCTrumpyがCcornealChyalineCdegen-erationと記した症例が世界で初めて発見されたCTMDだとされている.特徴は両眼性の非炎症性の角膜変性であり,所見は角膜の菲薄化,角膜実質の萎縮,角膜脂質沈着,角膜表層の血管侵入である.まれに著しく角膜菲薄化が進行したケースでは,突発的に角膜穿孔をきたす場合がある.発症年齢はC10~70歳と幅広く,40歳以下は全体のC1/3で,女性より男性に多く発症するといわれている.2013年には服部らが前眼部COCTを用いたTMDの発症病態に関して報告し1),まず角膜実質内にCcavityformationが発生し,その後,眼内圧に伴って角膜内皮側が角膜上皮側に圧出され,接着し,菲薄化していく,という病態仮説を立てている.また,長年CTMDは非炎症性の角膜変性症と考えられてきたが,近年では生体共焦点顕微鏡(inCvivoCconfocalmicroscopy:IVCM)を用いた研究により,炎症が病態進行に必須だと考えられている.Ferrariらの報告では,TMD患者にCIVCMを施行したところ,角膜実質内に活性化した免疫細胞と樹状細胞がみられ,免疫が病態に関与していると考察された2).また,Chenらの報告では,TMD患者の角膜には周辺と中心の上皮神経叢の減少がみられ,活性化したCLangerhans細胞がCBowman膜,上皮下神経叢にみられた3).これによって病態進行には炎症による活動期が存在すると考えられている.これまでCTMDは非炎症性の角膜変性と考えられてきたが,炎症性病態も必須であると考えるならば,翼状片とCTMDが共存することも納得ができる.文献1)HattoriT,KumakuraS,MoriHetal:DepictionofcavityformationCinCTerrienCmarginalCdegenerationCbyCanteriorCsegmentCopticalCcoherenceCtomography.CCorneaC32:615-618,C20132)FerrariCG,CTedescoCS,CDel.niCECetal:LaserCscanningCinCvivoCconfocalCmicroscopyCinCaCcaseCofCTerrienCmarginalCdegeneration.Cornea29::471-475,C20103)ChenT,LiQ,TangXetal:InvivoCconfocalmicroscopyofCcorneaCinCpatientsCwithCTerrien’sCmarginalCcornealCdegeneration.JOphthalmol2019:3161843,C2019

Stevens Johnson症候群(重症薬疹)の鑑別と眼科的対応

2025年8月31日 日曜日

StevensJohnson症候群(重症薬疹)の鑑別と眼科的対応DiagnosisandOcularManagementofStevens-JohnsonSyndrome駒井清太郎*外園千恵*はじめにStevens-Johnson症候群(Stevens-JohnsonCsyn-drome:SJS)は,高熱や全身倦怠感に加えて,皮膚や口唇,口腔,眼,外陰部など全身の粘膜に紅斑,びらん,水疱を多発する重篤な疾患である.壊死性の組織障害を特徴とし,表皮.離が全身のC10%未満のものをSJS,10%以上に及ぶものを中毒性表皮壊死症(toxicepidermalCnecrolysis:TEN)と分類するが,両者は連続した疾患スペクトラムと考えられており,本稿ではこれらを区別せず,SJSとして取り扱う.SJSは全身性の疾患として非常に重篤であり,致死率も高く報告されている.眼科領域では,急性期に眼合併症を認める割合は約C60%とされており,そのうちの半数近くで重篤な眼障害に進展し,視力に大きな影響を及ぼす可能性がある1).かつては,重篤な全身状態のために眼科的介入が遅れ,慢性期に最重度の眼障害を呈した状態で紹介されるケースもしばしばみられた.こうした背景から,SJSにおける眼病変の重症度とその早期対応の重要性が強く認識されるようになってきた.2005年に改訂された重症多形滲出性紅斑の診療ガイドラインでは,眼所見が重症度評価スコアに加えられ,それを受けて発症直後に眼科へのコンサルトが増加し,眼科医が急性期の治療にかかわる機会も増えている.急性期においては,全身的なステロイドパルス療法の有効性や,局所へのステロイド投与による消炎効果が報告されており,炎症の早期制御が視機能予後においてきわめて重要とされている.しかし,SJSは比較的まれな疾患であり,多くの眼科医にとって急性期の治療経験は限られている.また,発症早期には全身状態が不安定で,専門施設への迅速な紹介がむずかしいことも少なくない.そのため,普段あまり経験のない眼科医が急性期のCSJS患者に直面した際に適切な対応に戸惑うことも想定される.こうした背景を踏まえ,本稿では急性期SJSにおける眼科的管理の実際を整理し,臨床現場において突発的に対応を求められる状況においても適切な判断と対応が行えるよう,その一助となることを願う.慢性期に移行したCSJSでは,眼表面に瘢痕性変化を残し,重篤な視機能障害を引き起こすことが多く,患者の生活の質(qualityoflife:QOL)を著しく低下させる.これまで,慢性期眼合併症に対する外科的治療は難渋し,視力回復は困難であると考えられてきた.しかし近年,再生医療の応用や特殊なコンタクトレンズ(contactlens:CL)の導入など,治療法の選択肢が広がり,患者が自立した生活を送るための視機能回復も現実味を帯びてきた.SJSは若年者にも発症しうる疾患であり,視機能障害はその後の人生に大きな影響を及ぼす.本稿では,SJSの急性期治療におけるアプローチと,慢性期の治療戦略の進歩について概説することで,患者の長期的な視機能維持とCQOL向上をめざした診療に貢献することを目的とする.*SeitaroKomai&ChieSotozono:京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学〔別刷請求先〕駒井清太郎:〒602-0841京都市上京区河原町広小路上ル梶井町C465京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学(1)(67)C10010910-1810/25/\100/頁/JCOPY図1急性期SJSの眼所見上眼瞼結膜に偽膜の形成がみられる.角膜上皮欠損はフルオレセイン蛍光造形により観察される.図2急性期SJSにおける偽膜除去結膜上に形成される偽膜は,鑷子などを用いて組織に対して愛護的に除去する.図3慢性期SJSにおける眼瞼結膜の瘢痕化と眼瞼縁の不整眼瞼結膜の瘢痕化や角化は軽症例にもみられ,眼表面との摩擦を増加させて慢性的な炎症を引き起こす.-図4瞼球癒着の解除を目的としたCOMET術前後の前眼部所見a:術前の前眼部写真.角膜上に高度の瞼球癒着を認める.b:COMET後C6カ月.瞼球癒着が解除され,瞳孔領が確認できる.Cc:COMET後C9年.瞼球癒着の解除部位は癒着の再発なく長期的に維持されている.図5輪部支持型コンタクトレンズ輪部支持型コンタクトレンズを装用した慢性期CSJSの前眼部写真.レンズは角膜輪部で支持され,不正乱視の矯正による視力向上と,眼表面摩擦の低減や涙液の保持による眼表面環境の改善が期待される.アイや眼痛のため,一般的なCHCLの装用は困難なことが多い.一方,欧米で使用される強膜レンズは直径が16.23Cmmと大きく,癒着性変化により結膜.が短縮している患者では装用自体がむずかしい.輪部支持型CCLは直径C13.14Cmmとやや小さく,角膜輪部を支持部とするため装用時の刺激が少なく,涙液交換が十分に行なわれる設計となっている.また,輪部支持型CCLの装用が視力を改善するだけではなく,慢性期CSJSの眼表面障害におけるサイトカインの減少や眼表面炎症の抑制に寄与することが明らかになってきている15.17)(図5).上述したCCOMETと輪部支持型(limbalrigid)CLを併用することで,角化や癒着を伴う最重症の眼の視力回復が可能になってきた14).おわりに本稿では,SJSにおける眼障害に対して,急性期・慢性期の管理から,慢性期における眼表面再建の課題から新たな治療戦略までを概説した.急性期には適切かつ十分な消炎治療を行うとともに,急激に変化しうる眼所見を的確に評価し,早期に対応することが求められる.とくに,眼所見は全身治療方針の決定に影響を与えることがあるため,眼科医が果たす役割はきわめて重要である.一方で慢性期においては,多因子的かつ複雑な病態が想定されることから,各要素を丁寧に評価し,個々に応じた管理を行うことが求められる.従来の外科的手法の限界を踏まえたうえで,着実に成果を上げつつある新たな治療戦略として登場した輪部支持型CCLやCCOMETといったアプローチは,眼表面環境の改善と視機能の維持・向上に寄与する治療手段として確立されつつある.今後は,これらの治療法を個々の病態に応じて適切に選択・組み合わせることで,長期的な治療成績の向上およびCQOLの改善がいっそう期待される.文献1)PowerCWJ,CGhoraishiCM,CMerayo-LlovesCJCetal:AnalysisCofCtheCacuteCophthalmicCmanifestationsCofCtheCerythemaCmultiforme/Stevens-JohnsonCsyndrome/toxicCepidermalCnecrolysisCdiseaseCspectrum.COphthalmologyC102:1669-1676,C1995C2)SotozonoCC,CUetaCM,CNakataniCECetal:PredictiveCfactorsCassociatedwithacuteocularinvolvementinStevens-John-sonSyndromeandtoxicepidermalnecrolysis.AmJOph-thalmol160:228-237,C20153)UetaM,InoueC,NakataMetal:Severeocularcomplica-tionsCofCSJS/TENCandCassociationsCamongCpre-onset,acute,andchronicfactors:areportfromtheinternationalophthalmologycollaborativegroup.FrontMed(Lausanne)C10:1189140,C20234)UetaM,KaniwaN,SotozonoCetal:IndependentstrongassociationCofCHLA-A*02:06CandCHLA-B*44:03withcoldCmedicine-relatedCStevens-JohnsonCsyndromeCwithCseveremucosalinvolvement.SciRepC4:4862,C20145)AkpalaCCO,CErfaniCYJ,CYoungCJCetal:Stevens-JohnsonCsyndromeandtoxicepidermalnecrolysis-likeeruptionsinpatientsCtreatedCwithCimmuneCcheckpointinhibitors:aCsystematicreview.IntJDermatolC63:e397-e404,C20246)QinCK,CGongCT,CRuanCSFCetal:ClinicalCfeaturesCofCSte-vens-JohnsonCsyndromeCandCtoxicCepidermalCnecrolysisCinducedCbyCimmuneCcheckpointCinhibitorCversusCnon-immunecheckpointinhibitordrugsinChina:across-sec-tionalCstudyCandCliteratureCreview.CJCIn.ammCResC17:C7591-7605,C20247)ArakiCY,CSotozonoCC,CInatomiCTCetal:SuccessfulCtreat-mentCofCStevens-JohnsonCsyndromeCwithCsteroidCpulseCtherapyCatCdiseaseConset.CAmCJCOphthalmolC147:1004-1011,C20098)MienoCH,CUetaCM,CKinoshitaCFCetal:CorticosteroidCpulseCtherapyCforCStevens-JohnsonCsyndromeCandCtoxicCepider-malnecrolysispatientswithacuteocularinvolvement.AmCJOphthalmolC231:194-199,C20219)MatsumotoCK,CUetaCM,CInatomiCTCetal:TopicalCbeta-methasoneCtreatmentCofCStevens-JohnsonCSyndromeCandCtoxicepidermalnecrolysiswithocularinvolvementintheacutephase.AmJOphthalmolC253:142-151,C202310)IyerCG,CPillaiCVS,CSrinivasanCBCetal:MucousCmembraneCgraftingCforClidCmarginCkeratinizationCinCStevens.Johnsonsyndrome:results.CorneaC29:146-151,C201011)長野広実,渡辺彰英,奥拓明ほか:難治性眼表面疾患に伴う眼瞼の異常に対する手術治療.日眼会誌C128:672-679,C202412)KomaiCS,CInatomiCT,CNakamuraCTCetal:Long-termCout-comeCofCcultivatedCoralCmucosalCepithelialCtransplantationCforfornixreconstructioninchroniccicatrisingdiseases.BrJOphthalmolC106:1355-1362,C202213)InatomiCT,CNakamuraCT,CKojyoCMCetal:OcularCsurfaceCreconstructionCwithCcombinationCofCcultivatedCautologousCoralCmucosalCepithelialCtransplantationCandCpenetratingCkeratoplasty.AmJOphthalmolC142:757-764,C200614)AzizaCY,CImaiCK,CItoiCMCetal:StrategicCcombinationCofCcultivatedoralmucosalepithelialtransplantationandpost-operativeClimbal-rigidCcontactClens-wearCforCend-stageCocularsurfacedisease:aretrospectivecohortstudy.BrJ1006あたらしい眼科Vol.42,No.8,2025(72)