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眼内レンズ:低加入度数分節型眼内レンズの偏心による近視化

2022年10月31日 月曜日

眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎・佐々木洋431.低加入度数分節型眼内レンズの柴田哲平金沢医科大学眼科学講座偏心による近視化低加入度数分節型眼内レンズ「レンティスコンフォート」(以下,LC)は分節型構造による特有の合併症が生じる可能性がある.本稿ではLCの偏心により近視化を生じ,偏心の補正により屈折が正常化した2症例を経験したので提示する.●はじめにレンティスコンフォート(以下,LC.参天製薬)は,単焦点レンズを分節型に組み合わせた構造の眼内レンズ(intraocularlens:IOL)であり,遠方から中間距離までの広い明視域が得られる保険適用の多焦点IOLである.遠用部の下方に扇状の中間部領域が配置されているため,IOLが偏心すると瞳孔領に占める遠用部と中間部領域の比率が変化し,屈折値の変化をきたすことがある.IOL偏心により著明な近視化を生じた2症例を提示する.●症例1患者は78歳の女性.両眼の白内障に対し-1.0D狙いとして水晶体再建術を行い,両眼にLCを挿入した.術後1週間目の診察において,視力は右眼0.2(1.2×-2.5D),左眼0.9(1.2×-0.75D(cyl-0.5DAx20°)と右眼が目標屈折値より-1.5D近視化していた.上方に位置する遠用部領域側の支持部が.外固定となっており前房深度は右眼3.63mm,左眼3.95mm,偏心は右眼0.80mm,左眼0.09mm,傾斜は右眼8.1°,左眼4.9°であり,右眼の浅前房化,上方への偏心を生じていた(図1a).浅前房化および偏心により中間部領域が瞳孔中心に移動したための近視化と考え,術後8日目に右眼のIOL整復を施行した.右眼術後の前房深度は3.91mm,偏心0.11mm,傾斜5.4°に改善し(図1b),視力も右眼0.6(1.2×-1.0D)と狙いどおりの屈折値となった.●症例2患者は66歳の男性.両眼の白内障に対し正視狙いで水晶体再建術を行い,両眼にLCを挿入した.術後1週(69)0910-1810/22/\100/頁/JCOPYab図1症例1の左眼初回手術後(a)とIOL整復術後(b)の前眼部OCT所見および徹照画像a:左眼IOLは0.80mm上方に偏心し,上方光学部が前方に8.1°傾斜していた.徹照像では上方の支持部がCCC縁の上にあり,上方支持部が.外固定になっていることがわかる.b:左眼IOL整復により,偏心は0.11mm,傾斜は5.4°と改善し,前房も深くなっている.徹照像ではCCC縁が全周で光学部をカバーしており,上方支持部も.内固定になっていることがわかる.間目の視力は右眼0.4(1.0×-1.0D),左眼1.2(1.5×-0.25D(cyl-0.5DAx70°)と右眼に近視ずれを生じていた.前房深度は右眼3.00mm,左眼2.98mm,偏心は右眼0.96mm(遠用部領域方向に偏心),左眼0.12mm,傾斜は右眼2.4°,左眼3.8°であり,右眼にIOLの偏心を認めた(図2a).初回手術から2週間後に偏心の原因検索およびIOL整復目的で再手術を施行した.術中鼻側上方のIOL支持部が赤道部より.外に脱出していることが確認されたため,支持部を.内に戻し,わずかに回旋して整復を終了した.術翌日,右眼のIOL偏心は0.11mmと著明に改善し(図2b),右眼視力は1.2(1.5×-0.5D)と0.5D遠視化し,裸眼視力は改善した.あたらしい眼科Vol.39,No.10,20221361ab図2症例2の右眼初回手術後とIOL整復術後の前眼部OCT所見および徹照画像a:右眼IOLは両側の支持部ともに.内固定であったが,鼻側上方に0.96mm偏心しており,徹照像でも大きく偏心していることがわかる.b:右眼IOLは2時方向で支持部が破.した赤道部水晶体.から脱出していたので,回転し.内に整復した.IOLの偏心は0.11mmと改善し,徹照像で偏心が改善していることがわかる.●LCで偏心が生じた場合の注意点と対処LCは遠用部と中間部領域に1.5Dの屈折力差(角膜面で1.06D)があるため,偏心により中間部領域が瞳孔中心を占めると目標屈折値より-1D前後の近視ズレを生じ,遠用部領域がおもに瞳孔中心を占めると中間部領域が使用されないため単焦点IOLとほぼ同等の明視域となる.偏心の要因としてもっとも多いと考えられるのは,片側の支持部が.外固定の状態で手術を終了した場合である.術中視認性のよい先行支持部(中間部領域側)は.内固定されることが多いが,後方支持部(遠用部側)は.内固定をしっかり確認しないと症例1のように.外固定で手術が終了してしまう可能性がある.多くの場合,図3IOL裏面のOVD抜去時のIOLの偏心(他症例)IOL裏面のOVDを抜去するときにIOLが大きく偏心すると,支持部が赤道部を圧迫し破.することがあり,注意を要する.この症例では.の距離だけ偏心している.IOLは遠用部側に偏心するため,瞳孔中心を中間部領域が占める面積が増えることにより近視化を生じる.さらに片側の支持部が.外固定である分,IOLは前房側に傾斜するため浅前房となり,さらに近視ズレが強くなる.また,LCは対角線方向の長径が11mmの大きなプレート型であるため,IOL裏面の粘弾性物質抜去時やIOL回転時に水晶体.赤道部やZinn小帯に大きなストレスがかかり(図3),症例2のような破.やZinn小帯断裂を生じる可能性がある.ワンピースIOL挿入時より大きめの連続円形切.(continuouscircularcapsulorhexis:CCC)の作製は,LCの安全な.内挿入およびIOL後方の粘弾物質抜去時のIOL偏位が少ないため有用である.自覚的屈折値が-1D前後近視ずれした場合や中間部領域が生かされず明視域が狭くなっている場合はLCの偏心を疑い,極大散瞳下でIOL偏位について検査することが重要である.LCは親水性IOLであるため水晶体.との癒着は疎水性IOLに比べ弱く,IOLの整復は容易である.

コンタクトレンズ:読んで広がるコンタクトレンズ診療 ハードコンタクトレンズは必要か

2022年10月31日 月曜日

提供コンタクトレンズセミナー読んで広がるコンタクトレンズ診療2.ハードコンタクトレンズは必要か糸井素啓京都府立医科大学大学院医学研究科■はじめに過去C15年の間に,わが国のコンタクトレンズ処方におけるハードコンタクトレンズ(HCL)が占める割合は激減した1).そのため,以前と比較して,HCLの処方経験を積みにくくなっている.HCL処方が減った要因として,レンズ素材やデザインの進歩に伴って,乱視用レンズなどを含めたソフトコンタクトレンズ(SCL)の性能が向上し,SCLの適応が拡大していることがあげられる.HCL処方枚数の減少と並行してCSCL処方量は爆発的に増加しており,HCLはCSCLにとって代わられようとしている(図1)1).しかし,HCLはCSCLでは得がたいメリットを有しており,適応をみきわめることができれば有用な選択肢となる.本項ではCHCLのメリット・デメリットを解説する.C■メリットその1:優れた光学性HCLは素材内に水分をほとんど含まないため,屈折面が安定し光学面精度が高くなる.そのためCHCLは光学性に優れており,SCLに比較してクリアな視界を得ることができる.HCLの高い光学面精度は,不正乱視や強度乱視を有さない患者にも有用であり,HCLはSCLに比較して良好なコントラスト感度を得ることができる.実際に,HCL装用者がCSCLに変更した際に,視力は変わらないにもかかわらず「なんとなく見づらい」という愁訴が出ることは多い.また,コンタクトレンズ初装用となる患者に処方する際に,HCLとCSCLの見え方の差からCHCLを選択する場合は少なくない.光学性に優れた屈折矯正手法として,見え方にこだわりの強い患者に対してはCHCLも選択肢の一つとして考えたい.C■メリットその2:乱視矯正HCLは剛性が高く,角膜上で形状が保たれるため,角膜乱視を矯正することが可能である.乱視矯正には乱視用CSCLも有効な選択肢となるが,その矯正範囲には(67)視覚再生機能外科学道玄坂糸井眼科%5045403530252015105020032004200520062007200820092010201120122013201420152016年レンズの種類別CLの処方割合図1日本におけるコンタクトレンズの種類別の処方割合ハードコンタクトレンズ(HCL)は減少傾向を示す一方,1日使い捨て型ソフトコンタクトレンズ(SCL)は増加傾向にある.(文献C1より改変引用)限界がある.そのため,-3.0Dを超える近視性乱視や,斜乱視,遠視性乱視,角膜不正乱視では,十分な矯正効果が得られないため,HCLがよい適応となる.とくに角膜形状異常に伴う角膜不正乱視は,眼鏡やCSCLでの矯正が困難であり,非外科的治療としてCHCLが第一選択となる(図2).C■メリットその3:高い安全性HCLはCSCLに比較して安全性が高い.その理由としては,角膜低酸素の危険性が低いこと,レンズ下に迷入した異物の排除が容易なこと以外に,レンズに異物が付着しにくいことがあげられる.重症角膜感染症のおもな原因である緑膿菌・アカントアメーバは,SCLに比較してCHCLに付着しにくい2.3).わが国で行われた感染性角膜炎全国サーベイランスと重症コンタクトレンズ関連角膜感染症全国調査の結果では,1日使い捨て(終日装用)SCLがそれぞれC19例(7.5%)とC26例(7.4%),2週間交換型CSCLがそれぞれC43例(16.9%)とC196例(56.0%)を占めた一方で,HCLはC13例(5.1%)とC17例(4.9%)を占めたのみで,HCLは重症角膜感染症が比較的生じにくい可能性が示唆された4.5).HCLであっても過信は禁物であり,安全に使用するには適切なレンあたらしい眼科Vol.39,No.10,2022C13590910-1810/22/\100/頁/JCOPYHCL涙液角膜裸眼(不正乱視)HCL装用時図2ハードコンタクトレンズ(HCL)の光学性HCLを装用することで光学第一面が整った球面となり,外から来た光がきれいに屈折し,網膜に正しく結像するようになる.ズケアが必須だが,SCLよりは安全といえる.また,角膜低酸素の危険性が低いことから,強度近視などのレンズが分厚くなる患者もCHCLがよい適応となる.C■デメリットその1:初期装用感の不良HCLはCSCLに比較して装用開始初期における異物感が生じやすく,HCLが敬遠される一因となっている.装用初期の異物感は,HCLの上下運動に伴う角膜との摩擦が原因と考えられており,角膜知覚が鋭敏な若年者,直径の小さなCHCLの装用者でとくに強い.この異物感は,一定時間の装用を毎日継続できれば,装用開始後約C2週間程度で大幅に改善する場合がほとんどである.しかし,一部にはこの異物感が継続し,HCLの装用中止に至ることもある.そのため,機会装用者や異物感が持続する装用者についてはCHCLはよい適応とならず,SCLや眼鏡による矯正を検討したい.C■デメリットその2:環境による制限HCLは外気・作業などの装用環境によって装用が大きく制限されるというデメリットがある.まず,レンズ下に異物が入りやすいCHCLは埃や強風などの環境には適していない.また,HCLを自ら操作できない状況が続く長距離運転手などの職業は,レンズが偏位した際に直すことができないため,HCLは適さない.格闘技やサッカーなどの接触を伴うスポーツではCHCLが脱落する危険性が高く,SCLがよりよい適応と考えられる.一方,精度の高い視力を必要とする弓道や射撃などのスポーツでは,光学性の差からCHCLが有利となる場合もあり,「スポーツ=SCL」ではないことに注意したい.C■おわりに一般にコンタクトレンズの適応には絶対的なものはなく,状況に応じた柔軟な判断が必要である.しかし,HCLのメリット・デメリットは上述のように比較的明確であり,患者の職業や生活,ニーズをしっかりと聴き取ることができれば,その適応をみきわめるのは決してむずかしくない.適応をしっかりと理解し適切な処方を行うことで,HCLの唯一無二のメリットを活用した,満足度の高いコンタクトレンズ診療を行いたい.文献1)ItoiM,ItoiM,EftonNetal:Trendsincontactlenspre-scribingCinJapan(2003-2016)C.CContCLensCAnteriorCEyeC41:369-376,C20182)RenDH,YamamotoK,LadagePMetal:Adaptivee.ectsof30-nightwearofhyper-O2CtransmissiblecontactlensesonCbacterialCbindingCandCcornealepithelium:AC1-yearCclinicaltrial.Ophthalmology109:27-39,C20023)SealCDV,CBennettCES,CMcFadyenCAKCetal:Di.erentialCadherenceCofCAcanthamoebaCtoCcontactlenses:e.ectsCofCmaterialcharacteristics.OptomVisSciC72:23-28,C19954)感染性角膜炎全国サーベイランススタディグループ:感染性角膜炎全国サーベイランス─分離菌・患者背景・治療の現況.日眼会誌110:961-972,C20065)宇野敏彦,福田昌彦,大橋裕一ほか:重症コンタクトレンズ関連角膜感染症全国調査.日眼会誌115:107-115,C2011

写真:Alport症候群に合併した前部円錐水晶体

2022年10月31日 月曜日

写真セミナー監修/島﨑潤横井則彦461.Alport症候群に合併した前部円錐水晶体加藤久美子三重大学大学院医学系研究科臨床医学系眼科学図2図1のシェーマ水晶体の突出(C..).図1初診時の前眼部写真水晶体の中央が突出している.図3初診時の波面収差解析OPD-Scan(ニデック)を用いて波面収差解析を行った.角膜収差は認められなかったが(左側),全眼球収差が増大していた(右側).図4Oildroplet像手術顕微鏡下で認められたCoildroplet像.図5前.切開時の異常所見水晶体突出している部位(10~12時)の水晶体.が脆弱で,ところどころに亀裂を生じた().(65)あたらしい眼科Vol.39,No.10,2022C13570910-1810/22/\100/頁/JCOPYAlport症候群は,IV型コラーゲンのa3鎖,a4鎖,a5鎖蛋白のいずれかの遺伝子変異に起因する進行性遺伝性腎症である1).IV型コラーゲンは眼ではおもにBowman層,Descemet膜,水晶体.,網膜内境界膜,そしてCBruch膜に発現している2).そのため,Alport症候群に合併する眼病変は,角膜,水晶体,網膜に生じる.前部円錐水晶体は,Alport症候群においてもっともよくみられる特徴的な眼病変であるが,後部円錐水晶体を呈する場合もある.円錐水晶体はC20~30代で明らかになることが多く,頻度は常染色体劣性(潜性)型でC80~100%,X連鎖型で約C30%と報告されている1).IV型コラーゲンの異常で水晶体.の菲薄化,脆弱性があるところに,調節に伴う水晶体へのストレスが加わることで円錐水晶体が形成されると考えられている.手術時に摘出した前.を電子顕微鏡で観察したところ,水晶体.に対し垂直方向の亀裂が観察されたとの報告もある3).進行した前部円錐水晶体では,細隙灯顕微鏡検査で水晶体.の突出を確認することができる.網膜からの徹照を利用すると,油滴のような像(oildroplet像)を観察することができる.波面収差解析装置,前眼部光干渉断層計を用いると軽度の円錐水晶体も評価可能である.治療は,前部円錐水晶体の進行に伴う屈折異常を矯正する目的で水晶体再建術が行われる.本疾患では水晶体.が脆弱であるため前.切開が困難である4).そのため,フェムトセカンドレーザーを用いて前.切開を行うという試みもなされている4).術後の視力回復は良好で,術後に水晶体.が断裂するなどの異常を認めたという報告はない.症例は,両眼の視力低下を主訴とするC50代男性である.初診時の矯正視力は右眼C0.2,左眼C0.15であった.細隙灯顕微鏡では左眼に顕著な前部円錐水晶体を認めたが(図1,2),水晶体の混濁は認めなかった.波面収差解析を行ったところ,全眼球収差は増大していたが,角膜収差はほとんど認められなかった(図3).前部円錐水晶体による屈折異常が原因で視力低下をきたしたものと考え,左眼に対し水晶体再建術を施行した.手術顕微鏡下で観察すると,水晶体.は中央部で突出し,oildrop-let像を呈していた(図4).水晶体.をCVisionBlueで染色し前.を攝子で把持して前.切開を行った.水晶体が突出している部位まで切.したところ,水晶体.が裂けはじめ,連続円形切.が完成する前に切れてしまった(図5).核硬度が低かったため,吸引のみで水晶体を除去し眼内レンズを.内固定した.術後の左眼矯正視力は1.0と良好である.前部円錐水晶体に対する水晶体再建術は非常に有効な治療法である.しかし前.切開に困難が生じる可能性が高く,前.染色を行うなど十分な安全対策を講じる必要がある.文献1)日本小児腎臓病学会編:眼病変.アルポート症候群診療ガイドラインC2017.p59~65,診断と治療社,20172)SavigeJ,ShethS,LeysAetal:OcularfeaturesinAlportsyndrome:pathogenesisCandCclinicalCsigni.cance.CClinCJCAmSocNephrol10:703-709,C20153)木全正嗣,水口忠,三宅悠三ほか:網膜と前.組織の異常を示したアルポート症候群のC1例.臨床眼科C74:721-728,C20204)BarnesCAC,CRothAS:FemtosecondClaser-assistedCcata-ractCsurgeryCinCanteriorClenticonusCdueCtoCAlportCsyn-drome.AmJOphthalmolCaseRepC6:64-66,C2017

高齢者の加齢黄斑変性

2022年10月31日 月曜日

高齢者の加齢黄斑変性Age-RelatedMacularDegenerationinAdvanced-AgePatients大音壮太郎*はじめに滲出型加齢黄斑変性(age-relatedmaculardegenera-tion:AMD)もしくはwetAMDに対する治療法として,抗血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)薬硝子体内注射が第一選択となっている.複数の大規模臨床試験で示されたように,頻回の治療・モニタリングを行った患者では視力の改善が見込めるようになった.しかし,実臨床において長期に改善された視力を維持することは,困難であることも明らかとなった.また,アジア人で多い表現型であるポリープ状脈絡膜血管症(polypoidalchoroidalvasculopathy:PCV)に対しては,抗VEGF併用光線力学療法(photo-dynamictherapy:PDT)の有効性も示されている.近年,ブロルシズマブ,ラニビズマブバイオシミラー,ファリシマブの三つの抗VEGF薬が使用可能となった.超高齢社会において,AMDは生涯にわたるマネジメントが必要な疾患であるが,長期経過で視力を維持するという観点において,個々の患者に対し,どのように抗VEGF療法やPDTを行うかを再考する時期にきているといえる.萎縮型AMDもしくはdryAMDは地図状萎縮(geo-graphicatrophy)が形成されるAMDである(図1).萎縮型AMDは白人に多くみられるタイプで,日本人を含むアジア人では萎縮型AMDの頻度が低かったが,近年このタイプのAMDも増加傾向にある.現在に至るまで萎縮型AMDに対する有効な治療法は存在しないが,図1萎縮型加齢黄斑変性(AMD)萎縮型AMDでみられる地図状萎縮は,眼底写真で境界鮮明な円形,楕円形で低色素,脱色素もしくはRPE欠損により,周囲網膜よりも鮮明に脈絡膜血管が透見できるもの(→)と定義される.黄斑部新生血管(macularneovascularization:MNV)を合併する患者も少なからず存在する.両眼性に萎縮型AMDが発生し,著明な視力障害をきたした患者には適切なロービジョンケアが必要である.本稿では,超高齢社会における滲出型・萎縮型AMDに対する最新のマネジメントについて紹介する.*SotaroOoto:大津赤十字病院眼科〔別刷請求先〕大音壮太郎:〒520-0046滋賀県大津市長等1-1-35大津赤十字病院眼科0910-1810/22/\100/頁/JCOPY(55)1347文字視力の変化15MARINA,ANCHORHORIZONSEVEN-UP1050-5-10-15-20図2SEVEN.UP試験MARINA:ANCHOR試験中(ラニビズマブ毎月投与)は視力の上昇がみられたが,HORIZON試験中(ラニビズマブ必要時投与)には視力の低下がみられ,その後の実臨床ではさらに視力の低下がみられた.(文献1より改変引用)文字視力の変化1086420ブロルシズマブ3mg(n=358)ブロルシズマブ6mg(n=360)アフリベルセプト2mg(n=360)BL4812162024283236404448525660646872768084889296週図3HAWK試験45%の症例がブロルシズマブ12週間隔で投与され,ブロルシズマブ投与群はアフリベルセプト8週間隔投与群に比べ,視力改善効果の非劣勢が示された.(文献7より改変して転載)文字視力の変化1411.6(10.3~12.9)*1210.9(9.6~12.2)*10.7(9.4~12.0)*8642010図4TENAYA試験ファリシマブは約45%の患者で16週間隔で投与され,ファリシマブ投与群はアフリベルセプト8週間隔投与群に比べ,視力改善効果の非劣性が示された.(文献9より改変して転載)-図5フルオレセイン蛍光造影での活動性所見早期像(Ca)に比べ,後期像(Cb)では蛍光漏出の拡大を認め,occultCNVを示す所見である.活動性ありと判断する.図6OCTでみられる.uidaではCintraretinal.uid,CbではCsubretinal.uid,CcではCsubRPE.uidを認める(→).CaではCsubretinalhyperre.ectivematerialを認める(C→).すべて活動性ありと判断する所見である.図7網膜下出血,網膜色素上皮下出血aのカラー眼底写真では網膜下に,Cbでは色素上皮下に出血を認める.OCTでは出血の表面は高反射となるが(→),出血の深部では信号がブロックされ低反射となる.新規の出血や出血の拡大は活動性ありと判断する.図8フルオレセイン蛍光造影での非活動性所見a(初期像),b(後期像)で過蛍光像を認めるが,漏出の拡大はなく,活動性なしと判断する.は組織染,は網膜色素上皮(RPE)の萎縮によるCwindowdefectである.Ccの眼底自発蛍光と見比べると,RPEの萎縮部位()がはっきりし,windowdefectと同定できる.図9線維瘢痕病巣線維瘢痕病巣は脈絡膜新生血管の存在を示唆する所見ではあるが,活動性に乏しいと判断する.図10萎縮瘢痕病巣萎縮瘢痕病巣は眼底自発蛍光で低蛍光となる.ときに萎縮瘢痕病巣内に.胞様変化(→)を認めることがあるが,網膜の変性所見と考えられ,活動性に乏しいと判断する.図11ドルーゼンと色素沈着多数の軟性ドルーゼンを認め,黄斑部では融合しCdrusenoidPEDとなっている.→は色素沈着で,将来のCAMD進行がハイリスクであることを示す所見である.OCTでは網膜色素上皮下に中等度反射像を認め,ドルーゼン物質を示す(C→).図12PseudodrusenPseudodrusenは黄斑部の上方にみられることが多く,軟性ドルーゼンよりやや白色で点状・網目状形態を示す(→).OCTでは網膜色素上皮上の高反射物質として同定される(→).Pseudodrusenは後期CAMD発症のハイリスク所見である.図13Calci.eddrusenCalci.eddrusenは光沢のあるドルーゼンで(→),OCTでは網膜色素上皮下に点状の高反射点を認める(→).Calci.eddrusenは地図状萎縮発生のハイリスク所見である.図14網膜内血管腫状増殖(RAP)aの眼底写真では網膜内出血を(C→),bのインドシアニングリーン蛍光造影ではChotspotを(C→),cのCOCTではCintraCretinalC.uid,CsubCRPE.uidとともに網膜内新生血管を示唆するCbumpCsign(C→)を認め,これらはCRAPの特徴的な所見である.Cbでは黄斑部上方にCpseudodrusenを示す低蛍光所見もみられる.RAPは両眼性に発症しやすく,RAPの僚眼はハイリスクである.C–

高齢者の網膜硝子体疾患

2022年10月31日 月曜日

高齢者の網膜硝子体疾患CommonRetinalDiseasesSeeninElderlyPatients宇治彰人*はじめに高齢者が視力障害を主訴に眼科を受診する機会は多い.白内障や緑内障などは高齢者の視力障害の原因として指摘することが多い疾患ではあるが,網膜硝子体疾患も単一の原因として,あるいは前述の疾患に混在して指摘することは意外と多い.とくに,黄斑疾患は,変視症や中心視野の見えにくさを訴える場合は診断が容易であるが,近年の非散瞳下に網膜の詳細を検査できる光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)や走査レーザー検眼鏡(scanninglaserophthalmoscope:SLO)の進歩・普及を背景に,このような典型的な症状を訴えない患者や軽症の状態においても発見される機会が多くなってきたことは,多くの眼科医が肌で感じていると思われる.視力障害のない軽症の網膜前膜(epireti-nalmembrane:ERM)はあまり問題にならないが,高血圧や糖尿病を背景にした眼底の病的変化の見落としは高齢者においてはときに致命的となる.このような全身疾患を事前の問診で把握している場合は診断が容易となるが,患者自身が知らなければ,当然未知の全身疾患の存在を申告するはずもなく,眼底所見を正確にもれなく指摘することは眼科医の重大な責務である.本稿では高齢者に好発する網膜硝子体疾患(加齢黄斑変性を除く)のマネージメントのポイントを解説する.I網膜前膜ERMは硝子体網膜界面に生じる膜状の細胞増殖で,特発性,続発性(macularpucker)に分けられる.後者の原因として網膜裂孔や網膜.離の治療後,ぶどう膜炎,網膜血管疾患,眼内腫瘍などがあげられる.ERMの肥厚,収縮に伴い,視力低下や変視症が生じるが,軽症の場合は自覚症状がなく,先述の通り偶然的に発見される場合も多い.根治療法として硝子体手術が有効であり,ERMを除去することで視力回復や変視症の軽減が得られる.II網膜の形態変化と視機能の関係OCTは網膜の層構造を詳細に観察することが可能であり,網膜硝子体疾患の診療においては必要不可欠である.網膜硝子体疾患の存在を疑う場合には必ず施行するべきである.強く疑う場合にのみ施行するのではなく,わずかに疑う場合にでも施行する.眼科医の検眼鏡検査よりもはるかに詳細に観察できるためであり,またそれを記録できるからである.鋭い観察眼をもつという個人的な主張はOCTを施行しないことの言い訳にはならない.ERMにおいてもOCTの観察は多くの情報をもたらす.たとえば,網膜内層はERMにおいては平行な縞模様が崩れ,弯曲する.この縞模様の変形はERMでは正常眼と比べて大きくなるばかりでなく,変視量と強く相関することがすでに示されている.また,術前の変形の程度が術後視力と相関し,網膜厚や外層障害よりも視力を予測できるパラメータであることもわかっており,術前の構造変化が術後視力を左右する可能性がある1,2).*AkihitoUji:宇治眼科〔別刷請求先〕宇治彰人:〒512-0923三重県四日市市高角町1556-1四日市メディカルビレッジ内宇治眼科0910-1810/22/\100/頁/JCOPY(47)1339図1網膜前膜のOCT中心窩における網膜外層に外層障害(cottonballsign)を認める.図2網膜前膜のカラーSLO画像(a)とその拡大画像(b).矢頭に囲まれた範囲にparavascularinnerretinaldetectを認める.-1.60.2立体感005101520253035眼内レンズ度数(D)図3Resight(Zeiss社)使用時の硝子体手術における眼内レンズ度数と拡大率,立体感の関係のシミュレーション結果60Dのフロントレンズ使用時の立体感は,水晶体と同様のC20Dの眼内レンズ挿入時と比較して,15Dの眼内レンズにおいてはC2割弱まる.0D(無水晶体眼)では約C6割も減ってしまう.図4糖尿病網膜症におけるOCTAa:新生血管の拡大図.Cb:硝子体出血を伴うCPDR症例の超広角走査型レーザー検眼鏡(OPTOS)の画像.Cc:bの症例の広角COCTA.人工知能を用いたCOCTA画像では混濁がある条件の不良な症例でもCOCTAは撮影可能である.図5糖尿病黄斑浮腫における網膜外層障害のOCTEllipsoidzoneや外境界膜が描出されておらず,高輝度粒子(hyperre.ecitvefoci)も多数認める(白枠内).害の程度も評価しておく(図5).外層障害がある場合には,治療によって浮腫が軽快しても十分な視力回復が得られない可能性が高いからである.CV網膜静脈閉塞症網膜静脈閉塞症(retinalCveinocclusion:RVO)は網膜静脈が閉塞することで循環障害をきたし,網膜出血,網膜浮腫を起こす疾患であり,網膜中心静脈閉塞症(centralretinalveinocclusion:CRVO),網膜静脈分枝閉塞症(branchCretinalCveinocclusion:BRVO),半側網膜静脈閉塞症(hemiretinalveinocclusion)を含む.C1.CRVO視神経内で網膜中心静脈が閉塞され,全象限に出血や網膜虚血を引き起こす疾患である.高齢者においては,高脂血症や糖尿病,高血圧などの疾患を背景に有することも多い.黄斑浮腫を起こしやすく,視力低下を招く.また,虚血型ではCNVGに移行する可能性が高く,緑内障で失明することもある.受診時には,黄斑浮腫による視力低下が主訴のこともあるが,視力低下に気がつかず,すでにCNVGが進んだ状態で,高眼圧による眼痛を主訴に受診するケースもある.治療としては,黄斑浮腫に対しては抗CVEGF薬の硝子体内注射を行う.NVGに対しては,PRPを十分に行う.受診時にすでに施行ずみでも,さらに密に追加する.薬物治療を追加しても眼圧下降が十分に得られない場合は,緑内障手術を検討する.非虚血型であっても虚血型に移行する可能性があるので慎重な経過観察が必要であり,フルオレセイン蛍光造影(.uoresceinangiog-raphy:FA)を定期的に行う.一方でCFAを繰り返し行うことは負担が大きい.OCTAにて無灌流領域や新生血管の評価を行うほか,周辺部網膜の斑状出血の大きさに注目して経過観察するのも有用である12,13).虚血型では虚血領域において斑状出血が大きい傾向があり,PRPのタイミングを評価できるからである.サイズが大きくなる原因としては神経細胞,Muller細胞の減少・消失によって,網膜面に面状に出血が拡大しやすくなったことが関連していると推察される.非虚血型であっても経過中にサイズの大きな出血斑が増えてきた場合は注意を必要とする.C2.BRVOCRVO同様,高脂血症や糖尿病,高血圧を基礎疾患として有することが多く,問診で既往歴がとくに明らかではない場合には,少なくとも血圧測定程度は施行したほうがよい.視野欠損や黄斑浮腫による視力低下をきたすが,閉塞のメカニズムとしては,近年のCOCTを用いた解析によると,動静脈交叉部において固い動脈に押される形で,ILMとの間で圧迫されるパターンと,静脈が網膜外層に向かって弯曲して循環障害が発生することで中枢側に血栓を形成してCBRVOをきたすパターンが想定されている14).黄斑浮腫に対しては抗CVEGF薬の硝子体内注射が有効である.無潅流域が広がるものや新生血管が認められるものに対しては光凝固を行うが,広角COCTAはCFAの代替して有用である15,16).新生血管が破れて硝子体出血をきたしている場合は,硝子体手術の適応がある.BRVOの範囲は網膜が薄く,とくに新生血管周囲には網膜裂孔が発生し,網膜.離をきたしている場合もあるので,高齢者においては腹臥位が可能かどうか手術前に評価しておいたほうがベターである.半側網膜静脈閉塞症の治療はCRVO,BRVOに準じる.CVI高血圧網膜症高血圧網膜症(hypertensiveretinopathy)の分類として,1939年にCKeith,Wagener,Barkerらによって高血圧患者の眼底所見と全身状態ないし予後が関係づけられたCKeith-Wagener分類が有名である.本来は高血圧症の重症度分類であったが,眼底所見の分類として広く用いられるようになった経緯があり,本分類は全身状態・生命予後の判断材料という側面があることを知っておく必要がある.分類におけるCIII群,IV群の診断は悪性高血圧の診断基準の一つでもあり,放置すれば死に至る可能性が高く,眼科医の果たすべき責任は重大である.よって,日常診療においては高血圧の既往がない(本人が知らない)患者において,とくに重症の高血圧が慢性的に持続したり,急激に血圧が亢進する加速型高血圧や悪性高血圧をきたしたりした場合を診断すること1344あたらしい眼科Vol.39,No.10,2022(52)図6高血圧患者の眼底写真a:視神経腺維層欠損を認める.血圧C156/102mmHg.Cb:綿花様白斑を認める.血圧C172/112mmHg.C–

高齢者の緑内障

2022年10月31日 月曜日

高齢者の緑内障GlaucomainOlderAdults馬嶋一如*三木篤也**はじめに日本は1970年より高齢化社会に入り,2007年には超高齢社会に入った.それに伴い緑内障に罹患している患者も高齢者が多くなっている.ここでは高齢者の緑内障患者に特有の診断,治療上の問題点と,その対処法について概説する.Iアイフレイルと視野高齢者では,加齢の変化に伴い身体のさまざまな機能が低下することによって健康障害に陥りやすい状態を生じるが,このような状態をフレイルとよぶ.厚生労働省の「健康日本21」で健康寿命の延伸と健康格差の縮小を目標と掲げており,フレイルを予防し健康寿命を延ばすことをめざしている.また,2020年からフレイル検診が全国で始まっている.さらに最近ではアイフレイルという概念が登場した.アイフレイルとは,加齢に伴って目が衰えてきたうえに,さまざまな外的ストレスが加わることによって眼の機能が低下した状態,またそのリスクが高い状態と定義されている1).アイフレイルは視機能の低下のほかに,フレイルの構成要素である心理的・認知的フレイル(うつ,認知機能の低下),社会的フレイル(孤立,社会参加の減少),身体的フレイル(移動機能低下)を総合的にみて,対応する必要がある.緑内障はわが国での視覚障害の原因疾患の第1位であり,視野欠損が進行することで認知機能の低下を見えないことで外出や社会へ接する機会や移動機能の低下を引き起こすので,アイフレイルが進行しやすい.したがって,高齢者の場合,視野異常はアイフレイルの進行につながり,自立機能の低下や日常生活の制限を生じる.そのことにより,点眼手技や治療アドヒアランスの低下をきたし,さらなる視野異常の進行に至るという悪循環をもたらすおそれがある.一般的に,緑内障を疑う所見や緑内障を認めた場合,視野がどの程度残存しているのか,また寿命までの視野を予測しどう治療介入を行うか考える必要がある.そのため,眼圧以外に,視野検査や光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)による網膜神経線維層(retinalnerve.berlayer:RNFL)の経時的な観察が必要である.高齢者の場合,これらに加えて,加齢による身体,認知機能の低下を考慮して治療方針を考える必要がある.また,視野検査の機械台に顔を乗せることが困難であったり,顔を乗せても姿勢保持が困難で顔がズレてしまい,正確な結果が得られなかったり,姿勢を保持することで極度の疲労が蓄積し,集中力の低下や検査の中断が起こったりする場合がある.ほかにも検査時間が長いため集中力が切れ,正確な結果を得られない場合がある.このような高齢患者に対しては,視野検査の方法を工夫し,OCTなどの別の手段を用いて進行評価を行うことも考慮する必要がある.近年,ヘッドマウント型の視野検査機器アイモ(imo.クリュートメディカルシステムズ,図1)が登場した.imoは暗室でなくても明室で測*KazuyukiMajima:愛知医科大学医学部眼科学講座**AtsuyaMiki:愛知医科大学医学部近視進行抑制寄附講座〔別刷請求先〕馬嶋一如:〒480-0015愛知県長久手市岩作雁又1-1愛知医科大学医学部眼科学講座0910-1810/22/\100/頁/JCOPY(41)1333図1imo(クリュートメディカルシステムズ)(https://www.crewt.co.jp/product/imoより)図3らくらく点眼III(川本産業)図2らくらく点眼(川本産業)(https://www.kawamoto-sangyo.co.jp/products/products_(https://www.kawamoto-sangyo.co.jp/products/products_cat/medical/eye/より)cat/medical/eye/より)図4マイクロパルスレーザーでおもに使用されるCYCLOG6TM(トプコン)(https://topconhealthcare.jp/ja/products/cyclo-g6/より)図5BimatoprostSustained.Release(https://doi.org/10.1016/j.ajo.2016.11.020より)–

高齢者の白内障

2022年10月31日 月曜日

高齢者の白内障StrategiesforCataractSurgeryinElderlyPatients永田万由美*はじめに近年,日本は世界でも類をみない超高齢社会に突入している.それに伴い白内障手術の適応も拡大し,高齢者に対する手術が求められるようになった.白内障手術の安全性も向上し,高齢者に対する白内障手術でも良好な視機能が得られるようになっている1).70歳以上のC14~48%が軽度認知障害という報告もあるが2),認知機能に対する白内障手術の効果はこれまでも報告されおり3,4),高齢社会における白内障手術の役割は大きい5).しかし,認知機能低下のため術中患者の協力が得られない場合もあり,局所麻酔が主流の白内障手術では医師側にとってストレスの大きい患者である.さらに,このような患者は小瞼裂,進行した核硬度の高い白内障,散瞳不良やCZinn小帯脆弱例などの難症例が多く,術者を悩ませる.したがって,高齢者に対する白内障手術を検討する場合は,詳細な手術戦略をもって手術に臨むことが必要不可欠である.本稿では当院で実際に行っている高齢者白内障患者に対する周術期管理や術中対策について紹介する.CI術前診察のポイント1.問診と手術の決定高齢者に対する白内障手術では,術前から手術戦略は始まっている.まず,入室時の動作を観察し,しっかり歩けるか,介助を必要としていないかを確認する.そして問診時の注意点として,意思の疎通が可能かどうか,自分の病状や手術を受けることを理解しているかどうかを判断する.これは白内障手術を施行する際,局所麻酔で施行可能かどうかの重要な判断材料になる.一見意思疎通が困難に感じる患者でも,難聴が原因になっている場合もあるので,患者とゆっくり会話できるように問診の時間は余裕をもってとるようにする.また,近年は独居のため一人で受診される高齢者も多い.一人で受診される高齢者はしっかりした人が多いが,可能であれば家族との再受診を勧め,再度病状説明の時間をとるようにしたほうが安全である.不測の事態のときに家族の協力があることは重要である.家族がいない場合は,役所の福祉相談課などで民生委員の介入を依頼する方法もある.高齢者の場合,なんらかの基礎疾患を伴う患者は少なくなく,低侵襲,短時間の白内障手術でも術中や術後に思わぬ体調変化を起こすことがある.よって薬手帳やかかりつけ医からの情報を得て全身的状況について把握しておくことが重要である.既往が不明な高齢者に対しては血液検査,心電図,胸部CX線などの検査を行い,異常所見があれば当該科に相談し手術の可否を確認しておく.そのほか,今まで入院をしたことがあるかどうか,入院中せん妄を指摘されたことはないかなどを確認する.経験上,外来で問題ない振る舞いをしていた患者でも,入院や手術によるストレスで夜にせん妄や徘徊をするケ*MayumiNagata:獨協医科大学眼科学教室〔別刷請求先〕永田万由美:〒321-0293栃木県下都賀郡壬生町大字北小林C880獨協医科大学眼科学教室C0910-1810/22/\100/頁/JCOPY(35)C1327図1布かけテスト外来にある処置用ベッドに仰臥位になり,顔に孔開き布をかけてから開瞼器を付け,顕微鏡の光を当てて術中と同じ状況を体験してもらい,不穏にならず安静が保たれるかどうかを確認する.図2小瞼裂症例に対するドレープとテガダーム装着ドレープとテガダームで上下眼瞼をしっかり押さえ,開瞼を保持する.図3固視不良症例に対する上直筋への通糸a:有鈎鑷子で上直筋をしっかりつかみ,強膜を穿孔しないよう針を寝かせて確実に上直筋に通糸する.Cb:眼球の固視が安定する.る.認知症患者にも積極的な声かけが効果的で,筆者の経験では「手術を受けている」という状況を自覚させないような会話が有用である.患者の家族や趣味の話など,手術とまったく関係ない話をひたすら会話しているうちに患者の緊張がほぐれ,問題なく手術を終えることが多い.C3.手術手技前述のように高齢者の白内障は難易度が高いため,十分な準備をして手術に臨む.手術難易度が高く術中合併症のリスクも高いので,強角膜切開を推奨する.高齢者では長期にわたり抗血栓薬を内服している人も多いため,術中虹彩へのダメージに注意し,手術侵襲の大きい水晶体.外摘出術や水晶体.内摘出術,IOL強膜内固定の施行が予想される場合はかかりつけ医に相談し,術前の休薬も検討する.老人環や角膜混濁など術中視認性が悪い患者ではトリパンブルーによる前.染色やライトガイドを用いて視認性を確保し,小瞳孔患者では虹彩剪刀による虹彩切開や虹彩リトラクターによる瞳孔拡張を行う.また,Zinn小帯脆弱例には水晶体.拡張リングを併用し低吸引圧,低灌流量でのスローサージェリーを心がけ,可能な限り小切開白内障手術での完了をめざす.近年使用されているフェイコマシンは前房安定性や核破砕効果が高いので,核硬度が高い患者でも水晶体乳化吸引(phacoemulsi.cationCandaspiration:PEA)での手術完了が可能なことが多い9).ただし,DivideC&CCon-quar法による確実な溝堀りが必要であるため,当院では核硬度に合わせてCUSpowerを上げたフェイコマシン設定に変えて手術を施行している.核硬度と年齢には正の相関があるので,高齢になるほど核破砕には時間がかかり角膜内皮細胞数も減少する1).よってCPEA前のソフトシェルテクニックは必須であり,術中に分散型眼粘弾剤を追加するなど,PEA中は硬い核による内皮への物理的障害にも注意を払う必要がある.認知機能が低下し,術後眼帯による保護に不安がある患者の場合は,創口を縫合することでできるだけ感染を予防する.CIII術後フォローアップのポイント入院中は病棟看護師の協力のもと,術後せん妄の発症に注意し,早期退院を検討する.一般のクリニックでは日帰り手術が主流かもしれないが,大学病院などでは全身合併症や通院困難などの理由で入院での手術を希望する患者も多い.核硬度が高く,眼合併症を伴う難症例の高齢者の白内障手術後は角膜浮腫や虹彩炎,高眼圧を認めることも多いので,入院加療は頻回に診察して対処できるメリットもある.入院中は家族やスタッフの協力のもとしっかりと点眼指導を行い,退院後も定期的な通院を促す.とくに認知機能低下患者に対しては,誤って眼を擦るなど術後接触による感染や創口離開に十分注意する必要があり,当院では術後C1カ月間は保護用眼鏡の使用を勧めている.おわりに高齢者の白内障手術はさまざまな留意点が多く,周術期の詳細な準備と的確な手術,病棟や手術室のスタッフとの協力が必要不可欠である.また,術中ある程度患者の協力が得られなくても手術を続投できる術者のスキルも求められる.しかし,検査がうまく施行できない認知機能低下患者でも術後明らかにCqualityoflifeやCactivi-tiesofdailylivingが改善し,患者や介護する家族から喜ばれることが多い.今後ますます進行する超高齢社会において,日本眼科学会が推奨する視覚に関する健康・医療・福祉に貢献するアイフレイル政策10)のためにも,高齢者に対する白内障手術は積極的に検討すべきであると考える.文献1)城山朋子,松島博之,高橋鉄平ほか:獨協医科大学病院におけるC90歳以上の超高齢者に対する白内障術後成績,臨眼C74:1017-1021,C20202)PetersenCRC,CKnopmanCDS,CBoeveCBSCetal:MildCcogni-tiveimpairment:tenCyearsClater.CArchCNeurolC66:1447-55,C20093)IshiiK,KabataT,OshikaT:Theimpactofcataractsur-geryConCcognitiveCimpairmentCandCdepressiveCmentalCsta-tusCinCelderlyCpatients,CAmCJCOpthalmolC146:404-409,C20084)MiyataK,YoshikawaT,MorikawaMetal:E.ectofcata-ractCsurgeryConCcognitiveCfunctionCinelderly:ResultsCofCFujiwara-kyoEyeStudy,PlosOneC13:e0192677,C20185)緒方奈保子:白内障手術がもたらす全身へのベネフィット.1330あたらしい眼科Vol.39,No.10,2022(38)

高齢者の眼瞼下垂

2022年10月31日 月曜日

高齢者の眼瞼下垂BlepharoptosisinElderlyPatients大山泰司*渡辺彰英**はじめにわれわれ眼科医は,日常診療において白内障をはじめとした加齢性疾患の診療を行うことが多い.その中で眼瞼下垂も加齢性疾患の一つであり,高齢社会の進行に伴って増えてきていると考えられる.眼瞼下垂は,整容面のみならず上方視野の狭窄により視機能への弊害をきたしうる疾患として知られているが,視力低下など直接的な視機能障害をきたすことは少ないため,ともすれば放置されがちである.治療機会を逸しないためには,診察担当医が眼瞼下垂を正しく評価するとともに,治療適応があれば積極的に治療を勧める姿勢が必要である.本稿では,眼瞼下垂の病態および診断などについて総論的に述べ,次に診察の進め方と手術の概要をポイントを交えながら解説する.I加齢性眼瞼下垂の病態と診断眼瞼下垂を理解するために,まず解剖を知っておく必要がある.上眼瞼は,上眼瞼挙筋とMuller筋の二つの筋によって瞼板を介して挙上される(図1).上眼瞼挙筋は挙筋腱膜(aponeurosis)を介して瞼板へ挙上力を伝える動眼神経支配の筋である.Muller筋は挙筋腱膜の裏側に位置し,瞼板上縁に付着して交感神経の刺激によって収縮する.眼瞼下垂はこれら二種類の筋や神経の障害によって生じ,大きく先天性と後天性の二つに分類される.後天性眼瞼下垂はさらに腱膜性,筋原性,神経原性,機械性に分けられる.具体的には,加齢やハードコンタクトレンズ装用に伴う眼瞼下垂,内眼術後の眼瞼下垂などは腱膜性眼瞼下垂に分類される.また,外眼筋ミオパチーや重症筋無力症などは筋原性に,動眼神経麻痺やHorner症候群,顔面神経麻痺などは神経原性に,腫瘍や外傷に伴うものは機械性眼瞼下垂に分類される.高齢者の眼瞼下垂でもっとも多い原因は,加齢に伴う腱膜性眼瞼下垂である.腱膜性眼瞼下垂では,挙筋腱膜が弛緩,菲薄化することで上眼瞼挙筋の収縮力が瞼板に伝わりづらくなり眼瞼挙上力が低下する.また,挙筋腱膜の過度な引き込みによって眼窩隔膜内脂肪もともに眼窩内へと引き込まれることで上眼瞼眼窩縁に陥凹を生じることがある(図2).症状の多くは両眼性であるが,片眼性のこともある.ただし,片側の眼瞼下垂手術のみ行った場合に,一見正常であった対側に眼瞼下垂を生じることがある(Heringの法則)(図3).術前にこれを予測するためには徒手的に術眼を挙上させて対側に下垂が生じないかを確認する.もし対側の下垂がみられた場合には両側の手術を勧めたほうがよい.しかし,Heringの現象を術前に完全に予測しきることは困難であり,片側手術の際には対側の眼瞼下垂手術も必要になる可能性についてあらかじめ伝えておくほうが無難である.高齢者では過去に内眼手術を受けている場合も多い.問診にて内眼手術後からの症状であれば診断は容易である.その本態は,退行性眼瞼下垂と同様に挙筋腱膜の弛緩であり,手術時の開瞼器による過度な開瞼や長時間の手術侵襲が原因と考えられている.内眼手術後の眼瞼下*TaishiOyama:那覇市立病院眼科**AkihideWatanabe:京都府立医科大学大学院医学研究科視覚機能再生外科学〔別刷請求先〕大山泰司:〒902-8511沖縄県那覇市古島2-31-1那覇市立病院眼科0910-1810/22/\100/頁/JCOPY(25)1317線維脂肪組織Whitnall靭帯眼輪筋上眼瞼挙筋眼窩隔膜上直筋上眼瞼挙筋腱膜前層上眼瞼挙筋腱膜後層Muller筋眼輪筋-瞼板結膜図1上眼瞼の解剖上眼瞼の挙上は上眼瞼挙筋およびMuller筋が担う.図2挙筋前転術施行術前後術前には過度な挙筋腱膜の引き込みに伴う上眼瞼陥凹がみられていた(a).術後,眼瞼下垂が解消されると陥凹も消失した(b).図3Heringの法則右眼のみ手術希望されたため右眼挙筋短縮術を施行したところ,術後にHeringの法則によって左眼瞼下垂の悪化がみられた(写真右).この患者ではHeringの現象について術前にも説明しており,納得の上で追加治療は希望されなかった.図4Marginalre.exdistans.1(MRD.1)と挙筋機能(levatorfunction)の計測代償性に前頭筋での挙上をしている患者では眉を軽く押し下げて計測する.この症例ではMRD-1は0である(写真右上).挙筋機能は上方視と下方視での上眼瞼移動距離を計測する(写真下).この症例は12mmと計測される.図5偽眼瞼下垂重度の上眼瞼弛緩皮膚による眼瞼下垂を認めるが,皮膚を挙げると上眼瞼瞼縁の下降はない.偽眼瞼下垂症であり,皮膚切除術が適応となる.に一期的に重瞼切開で皮膚切除を行うことも多い.しかし,重度の皮膚弛緩であれば二期的手術で予定したほうが術中定量はしやすい.一期的手術か二期的手術か,重瞼の有無,眉の状態など個々の患者に応じてどちらを選択するか決める.CIV手術方法ここでは,基本の手技となる挙筋腱膜前転術と瞼縁余剰皮膚切除術について解説をする.皮膚切開のデザインには竹串とピオクタニンエタノールの組み合わせ,もしくは皮膚ペンどちらでもよいが,皮膚ペンを用いる場合にはなるべく細いほうがデザインは容易である.C1.挙筋腱膜前転術a.局所麻酔(図6a,b)30G針を用いて,反転させた上眼瞼結膜下と皮膚側から眼輪筋下へ麻酔を行う.結膜下への麻酔では下方視してもらうことで上眼瞼の緊張もとけて麻酔液が注入しやすくなる.最初,麻酔液を少し注入して膨らんだところへ追加注入するとやりやすい.Cb.皮膚切開と止血(図6e,d)No.15C円刃を用いてデザインに沿って皮膚切開を行う.このときに左右の手の指をしっかり使って皮膚にテンションをかけることがポイントである.とくに高齢者では皮膚弛緩を伴っていることが多いため,しっかり緊張をかけることを心がける.止血時には左手の示指,中指を使って創部を上下に開くように軽く押さえながらガーゼを少しずつずらして出血点を探していく.Cc.術野展開(瞼板露出)(図7)瞼縁側の眼輪筋を天井側へ牽引しつつ,右手の薬指で眉側の皮膚にテンションをかけて創部を展開する.ここでは,左手で天井に向けて創部を展開する点がポイントである.これにより立体的な術野の展開が可能になり,一気に瞼板に到達することができる.瞼板前には脂肪沈着がみられる場合もあるが,スプリング剪刀の刃先の感触を頼りにバイポーラで止血しながら展開していく.とくに鼻側では脂肪沈着が多くなり手技がむずかしいこともあるが,小まめに止血しながら鼻側も確実に瞼板前面を露出していく.Cd.挙筋腱前後面の露出(図7,8)頭側,足側それぞれ眼輪筋下に釣り針鉤をかけて術野を展開し,挙筋腱膜を軽く頭側へ牽引しながら瞼板前面に付着した残存組織を切開する.Muller筋前面が確認できるようになったら,Muller筋と挙筋腱膜間の疎な組織を切開し,腱膜後面の白くつるっとした組織を露出させる.この操作をしっかり行うことがポイントで,ここを怠ると挙筋腱膜の前転操作がしづらくなり,結果的に矯正効果も不十分となってしまう.後面がしっかり露出できたら眼窩隔膜を切開して前面を露出させる.ここで外側(lateralhorn)に切開を加える一手間によって格段に腱膜の前転操作が容易になるため,筆者は全例で行うようにしている.挙筋腱膜の脂肪変性が強い場合には,Muller筋を瞼板上縁でバイポーラで止血しながら切開し結膜面からも.離することで挙筋腱膜群前転術へとコンバートする(図9).Ce.挙筋腱膜の前転(図10)ホワイトライン(眼窩隔膜と挙筋腱膜の折り返しにみられる白くしっかりした横走組織)を基準に,挙筋腱膜に通糸し瞼板上縁から約C1/3の部分へC6-0ナイロン糸で仮固定する.ホワイトラインの上には下横走靭帯(lowerCpositionedCtransverseligament)が走っているのがみられることがあるが,これは切開してよい.矯正量は瞳孔上縁より上で角膜輪部よりC1.2Cmm下を基本として4)対側の状態などで術前にあらかじめ決めておく.矯正量に過不足があれば適宜通糸位置をホワイトラインからずらして調整する.瞼縁が自然な形になり,矯正量もよければ,中央の縫着位置と同じ高さで耳側,鼻側にも同様に瞼板への固定を追加しC3点固定とする.術中定量の際には仰臥位のままでもよいが,できれば座位の姿勢で重力がかかった状態で確認するとより確実である.余剰となった眼窩隔膜の断端はトリミングしておく.Cf.重瞼作製~閉創(図10)重瞼作製にはいくつかの方法があるが,筆者は瞼縁側の眼輪筋と挙筋腱膜断端を縫合する方法を好んで行っている.7-0アスフレックスでC3カ所程度通糸固定する.そのほかに,皮膚縫合の際に挙筋腱膜を縫い込む方法な(29)あたらしい眼科Vol.39,No.10,2022C1321図6麻酔~止血a:眼瞼結膜下への麻酔注入.Cb:皮膚側からの麻酔.Cc:両手の指を使ってしっかり皮膚にテンションをかけながら皮膚切開する.d:止血時にはガーゼを少しずつずらしながら出血点を探す.図7瞼板露出~眼窩隔膜切開a:左手でしっかりと眼輪筋を天井に向けて牽引し,術野を立体的に展開する.Cb:挙筋腱膜を軽く頭側へ牽引し,瞼板前結合組織を切開している.Cc:Muller筋と挙筋腱膜の間の疎な組織を切開し,挙筋腱膜後面を露出させている.d:眼窩隔膜を切開し,挙筋腱膜前面を露出させている.図8挙筋腱膜を持ち挙げたところa:Lateralhornを止血切開している.Cb:挙筋腱膜が持ち上がり,ホワイトラインも確認できる.Cc:挙筋腱膜後面が見えている.図9術中コンバートした症例挙筋腱膜の脂肪変性が強くみられたため挙筋腱膜群前転術へとコンバートした.図10挙筋腱膜の前転~手術終了a:腱膜を前転し瞼板へ固定したところ.Cb:術中定量にてほどよい挙上量で瞼縁の形状もよい.Cc:瞼縁下の眼輪筋と眼窩隔膜断端とを通糸している.d:手術終了時.図11瞼縁余剰皮膚切除上眼瞼の余剰皮膚が瞳孔を覆うほど被さっている(Ca).瞼縁皮膚切除を施行し,重瞼線が見えるようになった(b).追加で挙筋短縮術もすすめたが希望されなかった.

高齢者の内反症─退行性下眼瞼内反症の診断と治療

2022年10月31日 月曜日

高齢者の内反症─退行性下眼瞼内反症の診断と治療EntropioninOlderAdults-DiagnosisandTreatment豊野哲也*野田実香**はじめに退行性下眼瞼内反症は,下眼瞼を構成する組織の加齢による弛緩に伴い,眼瞼自体が眼球側に向かって回旋している状態である(図1).睫毛の生え際が潜り込み確認できない状態が特徴的な所見であり(図2),下眼瞼を用手的に下方に引くと内反は一時改善するが,瞬目すると元に戻る.異物感による流涙や眼脂の訴えが多く,眼表面疾患の合併例では角膜実質に不可逆性の障害が及ぶこともある.内反症が治療により改善すると,即時に不快な症状が消失するため,とても高い患者満足度が得られることも特筆すべき点である.本稿では,退行性眼瞼内反症が生じる原因を三つに大別し,それぞれの評価方法と治療法について解説する.I退行性下眼瞼内反症の原因退行性眼瞼内反症の原因は以下の三要素に大別できる.①垂直方向の弛緩:下眼瞼牽引筋腱膜(lowereyelidretractors:LER)が,瞼板下縁から断裂し,瞼板を下方に引いて眼表面に密着させる力が失われた状態である(図1).②水平方向の弛緩(horizontallidlaxity):瞼板を水平方向に牽引している組織,すなわち皮膚,眼輪筋瞼板部,内角靭帯,外角靭帯が弛緩している状態である.③表層組織の乗り上げ:垂直方向と水平方向の弛緩の要素のみであれば眼瞼は外反すると考えられるが,この要素が加わることで内反となる.眼輪筋隔膜部が収縮する際に眼輪筋および皮膚が瞼板上方を乗り越えて,眼瞼は内反する.II退行性下眼瞼内反症の診断1.垂直方向の弛緩の評価下眼瞼翻転テスト:下眼瞼を指で下方に引いた際,瞼板下縁がLERにより固定されていると翻転するが,LERが瞼板下縁から断裂していると翻転せず,瞼板下縁に沿った溝が形成される(図3).この溝を観察することでLERがはずれている範囲を推定できる.2.水平方向の弛緩の評価Lateraldistractionテスト:下眼瞼を耳側に牽引し,下涙点の移動距離で水平方向の弛緩の程度を評価する(図4).Snapbackテスト:下眼瞼皮膚をつまんで眼球表面から離した後に解放し,戻るスピードを評価する.定性的な評価となる.Pinchテスト:下眼瞼皮膚をつまんで眼球から離れる斜め下方向に牽引し,眼球表面からの距離を計測する.水平方向の弛緩の程度が評価され,8mm以上を陽性とする(図5).3.垂直方向の弛緩,水平方向の弛緩,表層組織の乗り上げの組み合わせ評価瞬目テスト:下眼瞼を下方に引き,一時的に内反が改*TetsuyaToyono:東京大学医学部附属病院眼科**MikaNoda:野田実香まぶたのクリニック〔別刷請求先〕豊野哲也:〒113-8655東京都文京区本郷7-3-1東京大学医学部附属病院眼科0910-1810/22/\100/頁/JCOPY(19)1311ab図1下眼瞼の解剖a:正常.b:眼瞼内反症.ab図2眼瞼内反症のスリット所見ab図3下眼瞼翻転テストa:右眼陽性.b:左眼陰性.図4Lateraldistractionテスト図5Pinchテストa:陰性例.b:陽性例.瞼板図6Jones変法(bはサージャンズビュー)図7Evertingsuture法図8Kuhnt.SzymanowskiSmith変法図9Jones変法とKuhnt.SzymanowskiSmith変法の組み合わせa:術前.b:術後2週間.図10Wideevertingsuture法図11Wideevertingsuture法による治療例a:術前.b:術後2週間.c:術後3カ月.

高齢者の眼瞼炎

2022年10月31日 月曜日

高齢者の眼瞼炎BlepharitisintheElderly有田玲子*はじめに眼瞼炎は,眼瞼の炎症によって特徴づけられる疾患である.視力を脅かすことはほとんどないが患者の症状は強く,慢性化するとCqualityCoflifeやCqualityCofCvisionを著しく低下させる.最近,わが国で行われた疫学調査でも,眼瞼炎の最大のリスクファクターは高年齢であることが明らかになった.さらに,眼瞼炎はメタボリックシンドロームの早期から認められる所見であり,メタボリックシンドロームの重症度と相関するという報告もなされている.まさに,人生C100年時代,超高齢社会を迎えた日本において,眼瞼炎は国民病ともなりえるとともに,全身疾患とのかかわりという点からも,適切な診断と早期からの治療が望ましい.本稿では,眼瞼炎の診断から最先端の治療までわかりやすく解説する.CI分類眼瞼炎の原因は,急性期か慢性期か,また慢性期の場合はその解剖的位置によって前部,後部に分類される(図1).臨床的に問題になるのは慢性眼瞼炎であり,もっとも頻度が高いのは後部眼瞼炎(マイボーム腺機能不全)である1).C1.急性眼瞼炎潰瘍性または非潰瘍性である.潰瘍性眼瞼炎は感染症によって起こる.これは通常,細菌性であり,もっとも一般的にはブドウ球菌性である(図2)1).単純ヘルペスおよび水痘帯状疱疹の感染のようなウイルス性の場合もある.非潰瘍性眼瞼炎は,通常,アトピー性または季節性などのアレルギー反応である1).慢性眼瞼炎は,その部位によって分類されることが多い.前部眼瞼炎では,感染症(通常はブドウ球菌),または脂漏性疾患が関与している.患者はしばしば顔面および頭皮の脂漏性皮膚炎を有する1).また,前部眼瞼炎は酒さを伴うことがある.C2.後部眼瞼炎(マイボーム腺機能不全)マイボーム腺機能不全は,後部眼瞼炎を引き起こし,慢性化する.マイボーム腺が過剰に分泌され,油性の物質が詰まり,眼瞼炎が充血する1).酒さを伴うこともある1).最近,ニキビダニ(Demodexfolliculorum)(図3)よって引き起こされることが報告されている2).CII疫学年齢,民族,性別を問わず,すべての人に発症しうるが,50歳以上の高齢者に多くみられる.わが国におけるC2017年に行われた住民検診の結果,マイボーム腺機能不全の有病率はC32.9%であった(図4)3).危険因子は,高齢,男性,抗脂質異常症薬の内服であった3).台湾におけるC5年にわたる縦断的疫学調査によると,眼瞼炎はメタボリックシンドロームの初期サインとして重要であり,その重症度と一致していた4).*ReikoArita:伊藤医院〔別刷請求先〕有田玲子:〒337-0042埼玉県さいたま市見沼区大字南中野C626-11伊藤医院C0910-1810/22/\100/頁/JCOPY(11)C1303MGD(meibomianglanddysfunction):マイボーム腺機能不全図1眼瞼炎の分類図2ブドウ球菌性眼瞼炎(前部眼瞼炎)の症例68歳,男性.右眼,睫毛根部に痂疲がみられる.図3ニキビダニニキビダニ(D.folliculorum)は体長C300.400Cμm,頭部+4対の足+腹部からなる.睫毛を抜去し,光学顕微鏡で観察できる(C×400倍).(高橋研一先生のご厚意による)9080706050403020100020406080100年齢男性女性図4マイボーム腺機能不全の年代別性別有病率40歳を過ぎると男性の有病率が女性を上回り,60歳以上の男性ではC50%,80代以上ではC80%の有病率となる.図7マイボーム腺開口部閉塞(Plugging)78歳,男性.右眼,上眼瞼のすべてのマイボーム腺開口部にCpluggingを認める.図6後部眼瞼炎の睫毛脱落81歳,男性.右眼,上眼瞼の眼瞼縁には著明な血管拡張を認め,下眼瞼には睫毛脱落を多数認める.有病率(%)図5前部眼瞼炎患者のコラレット82歳,女性.右眼,睫毛にフケ状沈着物を認める.ブドウ球菌であることが多いが,ニキビダニの関与も報告されている.図8マイボーム腺開口部閉塞(Ridge)図9後部眼瞼炎の血管拡張73歳,女性.左眼,上眼瞼のマイボーム腺開口部が閉塞69歳,男性.左眼,マイボーム腺開口部周囲の血管拡張してすべてつながり,ridgeとよばれる状態になっている.を認める.図10後部眼瞼炎(マイボーム腺機能不全)の角膜上皮障害72歳,女性.左眼,角膜下方に特徴的な上皮障害を認める.アイホットR(セプト)トルマリンアイマスク(リンケージワークス)図11市販されている温罨法グッズ市販されている温罨法グッズを上手に利用する.Cab蒸気でホットアイマスク(花王)目もとエステ(Panasonic)図12最先端の医療機器a:LipiFlow(Johnson&CJohnson社):ThermalpulsationCsystemのひとつで,45℃でC12分間,マイボーム腺を瞼結膜側から温め,マッサージする.b:M22(LumenisBe社):IntenseCPulsedLight(IPL).c:AQUACCEL(Jeisys社):IntensePulsedLight(IPL).表1目元専用洗浄液商品名アイシャンプーティーツリーオキュソフトマイボシャンプーメシル販売元メディプロダクトホワイトメディカルホワイトメディカルラ・ショエットロート製薬容量C60CmlC50Cml30個入りC50CmlC150Cml標準価格1,260円2,100円1,980円1,500円990円.特徴液状泡状滅菌個包装洗い流し不要泡状CBACfree泡状市販されている目元専用洗浄液を使うと眼瞼の汚れが落ちやすい.日本でも複数種類市販されている.泡タイプとジェルタイプがあり,好みで選んでもらうとよい.表2オメガ3脂肪酸のサプリメントと処方薬写真商品名フィッシュオイルCDHA&EPACDHA&EPA青魚CDHACDHA&EPAエパデールロトリガEPA含有量(mg)C360C100C96C100C300C1,800C930DHA含有量(mg)C240C300C276C500C145C0C750オメガC3脂肪酸は後部眼瞼炎(マイボーム腺機能不全)に有効であり,市販のサプリメントや処方薬などから摂取可能である(処方薬は眼瞼炎の適用外).-