歩行に関するロービジョンケアLowVisionCareforOrientationandMobility別府あかね*はじめに視覚に障害があると,日常のさまざまな場面で支障をきたしてくるが,おもな困りごととして,読み書きと歩行があげられる.「歩行訓練」や「白杖」と聞くとまったく見えない全盲の人のケアのイメージが強いかもしれないが,ロービジョンの人にとっても必要なロービジョンケアのひとつである.I視覚障害者の歩行視覚障害者の歩行というと白杖というイメージであると思うが,白杖歩行以外にも,屋内では白杖を使用しない屋内歩行や,介助者と同行する手引き歩行,盲導犬との歩行など,方法はさまざまである.また,最近ではさまざまな歩行デバイスが登場しており,白杖と併用するなど視覚障害者の歩行を取り巻く環境もIT化が進んできている.II歩行訓練目の見えない・見えにくい視覚障害者が歩行するとき,白い杖を持つだけで簡単に自由に歩行できるわけではない.視覚障害者の歩行訓練は英語で「orientation&mobility」といわれ「定位と移動」と表現されている.このように単なる歩くという意味の歩行ではなく,目的地まで安全・安心して移動するために,周囲の環境を確認しながら歩くことを意味する.そのため,視覚障害者の歩行訓練は白杖の持ち方や振り方といった白杖の操作技術だけでなく,目的地までの歩行ルート上の目印(ランドマーク)を確認し,今いる場所がどこかということを常に確認しながら移動をするための訓練となる.また,白杖を使用した単独歩行についても,完全に一人ですべてを歩くことだけをめざすのではなく,援助依頼をすることも含まれている.援助依頼についても歩行訓練の中で実施する場合がある.IIIロービジョン者の歩行訓練視力や視野など活用できる保有視覚がどの程度かにより,困りごとは異なってくる.ロービジョン者の歩行訓練は保有視覚を活用しながら,白杖はシンボル的な活用のみでよいか,また歩行する環境などにも合わせて,一人ひとりのニーズに合わせて実施していく.そのため訓練時には,見え方を把握することはとても大切である.たとえば,道路の白線は視認できるかどうか,信号機の色は判別できるのか,信号機の位置を把握するのに視野障害の影響はあるのか,これらの見え方は天候によって左右されるのかといったことを丁寧に確認しながら行う.眼科では,診察時や視力検査時に「信号が見えにくい」「車止めにつまずく」「目の前を自転車が横切ってびっくりした」「下りの段差が見えなくて怖い」「溝に片足を落とした」など,具体的なエピソードを聞く機会があるのではないだろうか.まずは眼科でできるロービジョンケアとして,所持眼鏡の矯正度数の確認や羞明があれ*AkaneBefu:岡本石井病院眼科(歩行訓練士・視能訓練士)〔別刷請求先〕別府あかね:〒425-0031静岡県焼津市小川新町5-2-3岡本石井病院眼科0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(35)613ば遮光眼鏡の処方を行い,保有視覚を最大限に生かせるよう光学的なケアを行うことが第一歩である.所持眼鏡のチェックはどこのクリニックでもできることなので,ロービジョンケアを実施していない眼科でもぜひ確認をお願いしたい.眼鏡処方においては,矯正視力が裸眼視力とあまり変わらない場合に,眼鏡をしても意味がないと眼鏡処方をしてもらっていないロービジョンの人もいるが,拡大鏡を使うときも屈折矯正をきちんとしてから補助具を使うということはロービジョンケアの基本である.裸眼のほうが楽で見やすいという人もいるのでケースバイケースであるが,最初からあきらめずに眼鏡処方についても試していただきたい.そして,遮光眼鏡の処方ができない場合は,近隣のロービジョン外来のある眼科につないでもらいたい.眼科で視機能を最大限活用できるようにケアしてから歩行訓練士につなぐと,視覚を活用しながらの歩行訓練を効果的に行うことができる.また,高齢者の患者の場合,一人では外出しないという患者も少なくない.そのような場合でも,「ゴミ箱を蹴飛ばしてしまう」「引き戸が開いていると思ったら半分閉まっていて肩をぶつけた」など家の中での移動に不便を抱えていることもある.年齢に限らず,その患者の生活環境の中で,見えにくさのために困っていることがあれば,安全に安心して移動できるように,歩行訓練についての情報提供をしていただきたい.IV歩行訓練士(視覚障害生活訓練等指導者)視覚障害者の歩行訓練をする「歩行訓練士」という職種がある.視覚障害生活訓練等指導者ともいわれ,歩行訓練のみならず,調理訓練や掃除などの日常生活動作訓練や,文字の読み書き・点字や音声パソコンなどのコミュニケーション訓練など,見えない・見えにくいことが原因での生活の不便を解消するための視覚リハビリテーション全般を担っている.歩行訓練士は,日本で養成している機関が2カ所しかなく,養成課程の修了者は1,000人近くいるが,実際に職場で歩行訓練に携わっているのは半分の500人くらいといわれている.まだ1人もいない県もあるが,日本盲導犬協会など広域に訪問リハビリテーションを実施している施設がカバーしている状況である.また歩行訓練士は,視覚障害情報提供施設(点字図書館のある場所)などの福祉機関や視覚特別支援学校(盲学校)などの教育機関に在籍していることが多い.最近では眼科に在籍している歩行訓練士も少しずつ増えてきている.日本眼科医会が各都道府県の眼科医会に働きかけて整備された「スマートサイト」というロービジョンケア紹介リーフレットがある.現在はすべての都道府県で整備されており,このリーフレットには,各都道府県の歩行訓練士のいる施設なども紹介されている.スマートサイトがまだ眼科に設置されていない場合は,ぜひ地元の眼科医会から取り寄せて情報提供できるように整備していただきたい.V白杖身体障害者福祉法では「視覚障害者安全つえ」と表現されているが,一般的には白杖(はくじょう)とよばれている.白杖には三つの役割がある.1.白杖の役割a.安全の確保1.2歩前方を確認することにより,障害物を発見するバンパーの役割で身体を保護する.この役割を果たすためには杖の長さが重要である.一般的には白杖を直立したときに脇の下あたりにくる長さが必要である.歩行速度が速い人や,成長期の子どもの場合などは,基本の長さより少し長めの杖を使用する場合がある.b.情報の入手段差の発見や路面の変化,電柱や標識のポールなどの目印の情報を得ることができる.溝蓋を白杖で触れたときの音やスーパーの入口のマットなどから位置情報として情報を入手できる.また,道路横断後に歩道と車道の境の縁石を確認することによって「歩道に到着した」という情報から安全に道路横断を終えたということを確認している.c.シンボルの役割運転手や歩行者など,周囲の人に見えない・見えにくいことを知らせ,援助依頼や周囲の見守りなどの効果が614あたらしい眼科Vol.40,No.5,2023(36)図1いろいろな種類の石突き(チップ)左からノーマルチップ,パームチップ(キノコ型),ティアドロップ,ミズノチップ(ティアドロップ),ローラーチップ.(写真は高知県視覚障害者向け機器展示室ルミエールサロン提供)図2一般的な白杖直杖(左)と折りたたみ式の白杖(右).(写真は高知県視覚障害者向け機器展示室ルミエールサロン提供)図3折りたたんだ白杖一般的な白杖の折りたたみ式(左)とシンボル用の白杖を折りたたんだ状態(右).比較するとシンボル用のほうがコンパクトである.(写真は高知県視覚障害者向け機器展示室ルミエールサロン提供)図4身体支持用の白杖長さ調節式で72.92cmまで9段階で調整可能である.このほか,スライド式で自由に長さが調節できるタイプや,購入時に長さを決めて注文するタイプなどがある.(写真は高知県視覚障害者向け機器展示室ルミエールサロン提供)図5盲導犬との歩行交差点で横断前の位置で停止している様子.(写真は関西盲導犬協会提供)図6暗所視支援眼鏡HOYAMW10HiKARI新モデル本体.コントローラーはケーブルで本体とつなががっている.(写真はViXion株式会社提供)図7暗所視支援眼鏡の見え方左から市販のビデオカメラの見え方,MW10標準カメラの見え方,MW10広角カメラレンズでの夜間の横断歩道の見え方の比較.(写真はViXion株式会社提供)図8視覚障がい者向け歩行ナビゲーションシステム「あしらせ」四角い箱の部分は5cm×4cm,厚みは1cmで,スマホとの通信機器やバッテリーが内蔵されている.靴の中に入れる部分は柔らかく,カカトから足の甲まで,足の側面に沿うようになっているため,足の裏には何もない形状となっており,重さは100g以下と軽い.(写真は株式会社Ashirase提供)図9スニーカーに装着した「あしらせ」装着時は四角い箱の部分のみが靴の外に出る.白色以外に青色もある.(写真は株式会社Ashirase提供)図10NaviLensタグの活用事例神戸アイセンター2階のビジョンパーク入り口にある検温と手指消毒につけられたNaviLensのタグ.専用アプリを開いてタグを読み取ると「2メートル先,消毒液」と消毒液があることとその距離について音声で情報を得ることができる.(写真は公益社団法人NEXTVISION提供)図11コード化点字ブロックの活用事例すでに敷設されている点字ブロックにコードを設置した実証実験中の点字ブロック.写真は高知県のオーテピア声と点字の図書館の入り口の点字ブロック.専用アプリで読み取ると点字図書館やトイレの位置を音声で情報を得ることができる.(写真は高知県視覚障害者向け機器展示室ルミエールサロン提供)