弱視治療後の視機能異常VisualOutcomesafterAmblyopiaTreatment三原美晴*はじめに弱視治療は,臨床では第一に視力で治療効果を判断することがほとんどである.弱視眼の見え方は患者本人にしかわからないが,視力は,患者にとって治療の励みになるであろうし,保護者も治療をサポートするよりどころとなり,医療者にとっては治療計画のもっとも重要な指標となる.もちろん,弱視の視覚を理解するにあたって,視力ですべてが解明するわけではない.適切な治療により弱視眼の視力が1.0以上を達成された,あるいは健眼と同じ視力になったとしても,片眼弱視患者はやはり弱視眼は見えにくいと認識していることが多く,視力のみで健眼と同等の機能を獲得したと決めることはできない.そもそも視覚経路には複数の処理段階があり,弱視は各段階での視覚刺激に対する反応の変化が積み重なったものと考えられる.また,弱視の原因やその形成時期,治療状況によって視力予後の違いがあるように,これらは視力以外の視機能にも異なる影響を及ぼす.弱視患者は視力以外にどのような視機能異常があるのだろうか.弱視治療後にもみられる視機能異常について,これまでの弱視研究や患者体験をもとに弱視眼の感覚面と運動面で正常と異なる点を解説する.I立体視左右眼の網膜像のずれ,つまり両眼視差による奥行き知覚が両眼立体視(stereopsis)である.これが成立するには,①顕性斜視がない,②左右眼の視力・コントラスト比に大きな差がない,③大きな不等像視がない,④網膜対応が正常である,⑤視覚中枢に両眼視細胞が存在する,という条件が必要である.さらに片眼性の弱視(不同視弱視・斜視弱視・一部の形態覚遮断弱視)では,両眼開放下で健眼から弱視眼へ強い抑制がないことも必要である1,2).1.不同視弱視弱視を治療する前の弱視眼視力と立体視には関連があり,視力がよいほど有意に立体視も良好であるという結果であった.そして弱視の治療後もその傾向は有意にみられた(図1a)3).また,弱視治療の成功症例(視力20/25以上,健眼との視力差が1段階以内)であっても,弱視の既往のない小児と比較すると立体視は有意に低下している(図1b)3).これは斜視と同様に,出生早期の両眼視機能の発達期に健眼と弱視眼の視力差が大きい場合は,その後の弱視治療が成功しても,立体視発達に与えた影響を反映していると考えられる.2.斜視弱視弱視眼の視力に関係なく斜視弱視は立体視が不良であるという報告が多い4,5).弱視治療により視力が良好となっても,斜視であり続ければ立体視はできない.また乳児内斜視に代表されるように,視覚感受性期にみられる恒常性の斜視は,弱視がなくても眼位矯正後も多くの*MiharuMihara:富山大学学術研究部医学系眼科学講座〔別刷請求先〕三原美晴:〒930-0194富山市杉谷2630富山大学学術研究部医学系眼科学講座0910-1810/22/\100/頁/JCOPY(23)877a>800弱視治療後の立体視(arcsec)800400200100604020/2020/2520/3220/4020/5020/63orbetterorworse弱視治療後の弱視眼のSnellen視力b>800弱視治療後の立体視(arcsec)8004002001006040図1不同視弱視の治療後の視力と立体視の関係4~<55~<66~<77~<12年齢(歳)a:不同視弱視において,弱視治療後に獲得できていた立体視の弱視眼の視力ごとの平均値(立体視はランドットプレスクールステレオアキュイティで検査).治療後の視力が良好なほど立体視レベルも高い.b:不同視弱視の治療により,弱視眼の視力が20/25以上で健眼との視力差が1段階以内になった小児(水色ボックス)と弱視のない正常小児(白色ボックス)との年齢ごと(4,5,6歳,7.12歳)の立体視の比較.年齢とともに立体視レベルは上昇するが,5歳を除くすべての年齢で不同視弱視は有意に立体視レベルが低い.ボックス内のひし形は平均値,太線は中央値.ATS:AmblyopiaTreatmentStudyの被験者.(文献3より改変引用)0.80.60.40.20不同視弱視斜視弱視片眼性両眼性図2弱視の成因による立体視獲得の割合過去の12の研究文献から,不同視弱視(n=55),斜視弱視(n=47),形態覚遮断弱視(片眼性n=38・両眼性n=68)で800秒より良好な立体視が測定可能であった割合を示している.斜視弱視がもっとも立体視獲得の割合が低い.(文献6より改変引用)800秒以上の立体視が測定可能であった割合361218c/d空間周波数図3コントラスト感度a:上段は空間周波数であり,視角1°の中に明暗が繰り返される数をいう.視力検査は高輝度のコントラスト視標(白黒はっきり)で,見分けられる最高の空間周波数(最小のLandolt環の切れ目)を測定しているともいえる.b:正常眼と治療後の弱視眼のコントラスト感度の結果(文献9より引用).弱視眼は感度が低下するという報告が多い.c:コントラスト感度検査に用いるCSV-1000E(VectorVision社).A.D(3,6,12,18cycle/degree)の空間周波数ごとに8段階のコントラストがあり,上下段で縞のあるほうを選択する.図4副尺視力(vernier視力)空間知覚により,上下の線分のわずかなずれを検出することができる.図の上下の線分で中央の組み合わせだけは水平位置のずれはない.そのほかの上下の線分は水平のずれがある.弱視眼ではこのずれの検出精度が低下する.b図5弱視眼の固視の安定性a,b:固視の安定性をCbivariatecontourellipsearea(BCEA)の面積値を用いて比較することができる(視線の位置をCxy座標で示し,xyおのおのの標準偏差と相関係数で算出する.詳しい算出方法は文献C17を参照).BCEAが小さいほど固視が安定していることを示す.aは正常眼,bは不同視弱視眼での固視時の視線の位置の範囲を示している.黄色楕円は95%CBCEA,赤色円は視標の大きさを示している(文献C17より引用).c:正常者,不同視弱視,斜視弱視の固視安定性をCBCEAで比較した結果.不同視弱視,斜視弱視とも健眼より弱視眼のCBCEAが有意に大きく,また斜視弱視眼は不同視弱視眼よりもCBCEAが大きく,固視の安定性が低下していることを示している(文献C18より改変引用).bその他の異常a不同視のみ不同視・斜視200斜視のみ150100500-50Non-amblyopicAmblyopic0.01.02.03.0logMAR視力の時間差図6弱視患者のサッケード潜時a:正常コントロールと不同視弱視の患者が(a)両眼視と(b)単眼視(正常は左眼,弱視患者は弱視眼で固視)で右方向C10°の位置に表示された視標にサッケードを行ったときの眼球運動速度.サッケード潜時は,両眼視および単眼視の試行ともにコントロールよりも弱視患者において増加し変動も大きい(文献C21より改変引用).b:logMAR視力の眼間差に対してプロットされたサッケード潜時の眼間差.不同視(n=82);斜視(n=39);斜視と不同視(n=85);そのほかの異常(n=187).斜視弱視眼および斜視・不同視弱視眼は,不同視弱視眼の傾きとは大きく異なる(p<0.001)(文献C20より改変引用).abc図7ある片眼弱視患者の見え方a:健眼で見たとき.b:健眼を遮閉し屈折矯正した弱視眼で見たとき.c:弱視眼で固視し続け,徐々に視野全体が暗くなってきたとき.このとき瞬目をするとCbの見え方に戻る.この患者の弱視眼の矯正視力は(1.0)であるが,視標を見る際は健眼より視標に集中し,瞬目を多く行う必要があるという.し,一点を固視し続けると数秒程度でノイズが増加し,弱視眼の視野全体がどんどん暗くなり(図7c),そのまま固視を続けるとほぼ真っ暗になる.このとき,瞬目などで視覚刺激をいったんリセットすると,直ちに図7bの見え方に復旧する.つまり,瞬目と固視によって図7bと図7cが繰り返される.そのため弱視眼の視力検査や視野検査を受けるときは,できるだけ図7bの状態を維持するため,意識的に瞬目をしながら健眼の何倍も集中して検査を受けていたという.繰り返すが,この見えかたは片眼弱視患者の一例であり,参考である.弱視眼で見ても健眼と比較して暗く感じることはほとんどないという患者もいるし,良好な立体視を確認できる患者も少なくない.視覚経路やその発達は複雑であり,空間知覚,立体視,コントラスト感度などの視機能の関与する部位とその発達時期も異なる.いつから,どのような原因で正常な視覚刺激を得られなくなったのか,いつから両眼の不均等が発生したのか.弱視の原因と発症時期,治療までの期間によって,最終的な見え方の特徴も見えにくさの程度にも違いが生じる.視力値は良好でも,それだけでは表すことのできない弱視眼の視覚異常(見えにくさ)は存在している.おわりに弱視患者のコントラスト感度や立体視は,治療により弱視眼の視力が向上した後でも,弱視の原因の影響を残している可能性がある.また,視覚情報処理の異常による空間知覚の低下などのほか,固視やサッケードなど運動面への影響もみられる.とくにコントラスト感度や立体視は臨床でも検査可能であり,治療前,中,後でこれらも確認することをお勧めしたい.もちろん患者の自覚症状を完全共有することは叶わないが,医療者として弱視眼の視力発達をアシストしつつ,多面的な指標から視機能にアプローチし,弱視患者の症状をより正しく理解するよう努めるべきである.文献1)大庭紀雄,野原尚美,宮本安住己:弱視の病態生理に関する最近の知見.あたらしい眼科32:229-237,C20152)LiCJ,CThompsonCB,CLamCCSYCetal:TheCroleCofCsuppres-sionCinCamblyopia.CInvestCOphthalmolCVisCSciC52:4169-4176,C20113)WallaceCDK,CLazarCEL,CMeliaCMCetal:StereoacuityCinCchildrenCwithCanisometropicCamblyopia.CJCAAPOSC15:C455-461,C20114)LeviCDM,CMcKeeCSP,CMovshonJA:VisualCde.citsCinCanisometropia.VisionResC51:48-57,C20115)前原吾朗:1弱視の病態.7弱視の研究.Bヒト弱視,心理物理.小児の弱視と視機能発達(三木淳司,荒木俊介編),p101-110,三輪書店,20206)HammCLM,CBlackCJ,CDaiCSCetal:GlobalCprocessingCinamblyopia:areview.FrontCPsycholC5:583,C20147)JiaY,YeQ,ZhangS:Contrastsensitivityandstereoacu-ityCinCsuccessfullyCtreatedCrefractiveCamblyopia.CInvestCOphthalmolVisSciC63:6,C20228)TeedCRGW,CWallaceDK:Chapter47:AmblyopiaCman-agementCinCtheCpediatricCcataractCpatient.In:PediatricCcataractCsurgeryCtechniques,CcomplicationsCandCmanage-ment.C2nded.(WilsonCME,CTrivediCRHeds)C.Cp320-325,CWoltersKluwerHealth.Philadelphia,20149)雲井弥生:M系とCP系の役割分担.三次元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