‘記事’ カテゴリーのアーカイブ

海外ドナー角膜の国内保存時間の差異が角膜移植後の 角膜内皮細胞密度へ及ぼす影響

2022年6月30日 木曜日

《原著》あたらしい眼科39(6):827.829,2022c海外ドナー角膜の国内保存時間の差異が角膜移植後の角膜内皮細胞密度へ及ぼす影響渡辺真子*1,2脇舛耕一*1,2山崎俊秀*1,2外園千恵*2木下茂*1,3*1バプテスト眼科クリニック*2京都府立医科大学大学院医学研究科視機能再生外科学*3京都府立医科大学感覚器未来医療学CE.ectoftheDomesticPreservationTimeofInternationally-ShippedDonorCorneasonCornealEndothelialCellDensityPostCornealTransplantationMakoWatanabe1,2)C,KoichiWakimasu1,2)C,ToshihideYamasaki1,2)C,ChieSotozono2)andShigeruKinoshita1,3)1)BaptistEyeInstitute,2)DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine,3)DepartmentofFrontierMedicalScienceandTechnologyforOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicineC目的:海外ドナー角膜の国内保存時間の差異が角膜移植後の角膜内皮細胞密度に及ぼす影響を検討した.方法:バプテスト眼科クリニックにて全層角膜移植術および角膜内皮移植術を施行したC117例を対象とし,ドナー角膜が国内に到着してから移植を行うまでの時間がC24時間C±12時間であったC62眼をC1日群,48時間C±12時間であったC57眼を2日群とした.2群間で死亡日時から手術までに要した日数,術前(ドナー角膜保存時)および術後C6カ月時点におけるドナー角膜内皮細胞密度を後ろ向きに比較検討した.結果:死亡日時から手術までに要した日時はC1日群ではC6.1C±1.0日,2日群ではC6.5C±0.7日であった(p=0.02).また,術前および術後の角膜内皮細胞密度は,1日群では術前がC2,747C±156個/mmC2(平均±標準偏差),術後がC2,018C±468個/mmC2,2日群では術前がC2,739C±個/mmC2,術後がC1,951C±472個/mmC2であり,有意差を認めなかった.結論:海外ドナー角膜を用いた角膜移植術では,国内保存時間がC24時間延長されても角膜移植術後の角膜内皮細胞密度の予後に影響を及ぼす可能性は低いと考えられた.CPurpose:Toinvestigatethee.ectofthedomesticpreservationtimeofinternationally-shippeddonorcorneasoncornealendothelialcell(CEC)densitypostcornealtransplantation.PatientsandMethods:Thisstudyinvolved119CeyesCofC117CpatientsCwhoCunderwentCpenetratingCkeratoplastyCandCDescemetCstrippingCautomatedCendothelialCkeratoplastyattheBaptistEyeClinic,Kyoto,Japan.The119eyeswerecategorizedintothefollowingtwogroupsbasedontheelapsedtimebetweenwhenthedonorcorneasarrivedinJapanandsurgerywasperformed:24C±12hours(1-daygroup,n=62eyes)and48±12hours(2-daygroup,n=57eyes).Thenumberofdaysfromthedateofdonorcornealpreservationtosurgery,anddonorCECdensityatpriortosurgeryand6-monthspostoperative,wereCretrospectivelyCanalyzedCandCcomparedCbetweenCtheCtwoCgroups.CResults:InCtheC1-dayCgroupCandC2-dayCgroup,CtheCmeanCelapsedCtimeCfromCtheCdateCofCpreservationCtoCsurgeryCwasC6.1±1.0CdaysCandC6.5±0.7Cdays,respectively(p=0.02)C,andthepre-andpostoperativeCECdensitieswere2,747±156cells/mm2(mean±SD)and2,018±468Ccells/mm2,CandC2,739±cells/mm2CandC1,951±472Ccells/mm2,Crespectively,CthusCshowingCnoCsigni.cantCdi.erencebetweenthetwogroups.Conclusion:Our.ndingsshowedthatincornealtransplantationsusingdonorcorneasCshippedCfromCoverseas,CaCdomesticCstorageCperiodCextensionCofC24ChoursCdidCnotCsigni.cantlyCa.ectCCECCdensitypostcornealtransplantation.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C39(6):827.829,C2022〕Keywords:角膜移植,角膜内皮細胞密度,角膜輸送,角膜保存時間.cornealtransplantation,cornealendothelialcelldensity,cornealtransplantation,corneapreservationtime.C〔別刷請求先〕渡辺真子:〒606-8287京都市左京区北白川上池田町C12バプテスト眼科クリニックReprintrequests:MakoWatanabe,M.D.,BaptistEyeInstitute,12KitashirakawaKamiikedacho,SakyoWard,Kyoto606-8287,CJAPANC0910-1810/22/\100/頁/JCOPY(131)C827はじめに角膜混濁,円錐角膜,水疱性角膜症などの種々の角膜疾患に対する視力改善を目的とした外科的治療法の一つとして角膜移植術が確立している1.3).実際,2020年には,116カ国で年間約C185,000件の角膜移植が行われ,82カ国でC284,000眼のドナー角膜が提供された.それぞれの国内はもとより,全ドナー角膜のC55%は米国とインドから提供されている4).ドナー角膜は角膜移植術に必須であり,ドナー角膜,とくに角膜内皮細胞層の質の担保にかかわる数多くの研究がなされてきた.影響する因子として,ドナー角膜内皮細胞そのものの細胞生物学的な質,ドナー角膜の摘出までの時間,ドナー角膜の保存方法,保存時間,輸送方法,輸送時間などが検討されてきた5.7).ドナー角膜は,国内では臓器移植法に基づきアイバンクにより管理,斡旋される.このため各都道府県にはアイバンクが設立され,ドナー角膜の摘出から保存までが臓器移植に関する法律に基づいて適切に行われている.令和元年度の国内の献眼者数はC725人であり,移植実施数は1,207例であった8).一方,緊急避難的に海外ドナー角膜を用いる場合がある.海外ドナー角膜は,国内ドナー角膜より安定的に確保できる利点があるが,少なくとも輸送にかかわるいくつかの問題点が懸念される.例をあげれば,海外からの航空便による輸送距離と時間に加え,国内輸送の方法,とくに発着時間の制限などによる国内到着後から通関そして医療施設到着までの時間,さらにその間のドナー角膜の輸送における温度管理や輸送の間の振動などにも懸念がある.そこで,筆者らは,海外ドナー角膜の安全性を実務的に検証するために,ドナー角膜内皮細胞密度について海外アイバンクでのドナー角膜保存時と角膜移植後C6カ月の差異について検討し報告してきた9).今回はさらに実際的な見地に立って検討するために,米国アイバンクから提供されたドナー角膜について,国内到着後のC2つの異なる輸送方法と保存期間が角膜移植の成績にもたらす影響について対象をC2群に分け後ろ向きに検討したので報告する.CI対象および方法2018年C1月.2019年C12月に,バプテスト眼科クリニック(以下,当院)で海外ドナー角膜を使用し,全層角膜移植術(penetratingCkeratoplasty:PKP)および角膜内皮移植術(Descemetstrippingautomatedendothelialkeratoplasty:DSAEK)を施行したC313眼を対象とした.そのうちCprima-rygraftfailure2眼,DSAEKでのドナー角膜縫合例C17眼,角膜内皮細胞密度追跡不能例C175眼を除外したのち,手術後C6カ月の角膜内皮細胞密度の経過が追えたC119例を検討した.なお,手術後C6カ月はC6カ月C±2カ月と定義した.そのうち,ドナー角膜が国内に到着してから移植を行うまでの時間がC24時間C±12時間であったC62例をC1日群(緊急輸送群),C48時間C±12時間であったC57例をC2日群(通常輸送群)と規定した.ドナー角膜は,いずれの群も輸送中の保冷温度は2.8℃が保たれる冷蔵保存であった.当院到着後は4℃に設定された医療用冷蔵庫にて手術開始まで保存した.検討項目は,両群のレシピエント年齢,性別,術式,ドナー角膜年齢と性別,死因,死亡から強角膜片作製までの時間,角膜移植術までの時間,海外アイバンクによる角膜保存開始時のドナー角膜内皮細胞密度および手術施行C6カ月後の移植片の角膜内皮細胞密度とし,各項目について両群間での検討を行った.統計学的手法としてCWilcoxonの順位符号和検定を用い,p値C0.05未満を有意水準として判定した.CII結果2群間のレシピエントの年齢,性別,術式,ドナー角膜の年齢と性差,死因,死亡日時から強角膜片作製までの時間に統計学的な有意差を認めなかった(表1).国内に到着してから当院に到着するまでの時間はC1日群でC11時間,2日群で17時間であった.上記に加え,院内到着後,手術開始時間との兼ね合いで両群ではC24時間の差異が生じた.死亡日時表12群間の背景検討項目1日群症例数C62CPKP(PEA+IOL同時施行)11(4)DSAEK(PEA+IOL同時施行)37(10)性差(男:女)34:2C8年齢(歳)70.3(C±12.7)ドナー角膜年齢60.4(C±9.7)ドナー性差(男:女)42:2C0死亡から強角膜片作製までの時間(時間)C12.80±6.30C死亡から手術までの日数C6.1±1.0CPEA+IOL:水晶体乳化吸引術+眼内レンズ挿入術2日群5716(8)26(7)28:2C967.0(C±16.7)C59.0(C±13.4)C37:2C0C12.06±5.32C6.5±0.7Cp値p=0.58p=0.46p=0.74p=0.44p=0.02828あたらしい眼科Vol.39,No.6,2C022(1C32)から手術までに要した日時は緊急予想群のC1日群ではC6.1C±1.0日,通常輸送群のC2日群ではC6.5C±0.7日であり,2日群が有意に長かった(p=0.02).術前の角膜内皮細胞密度は,1日群ではC2,747C±156個/mmC2(平均C±SD),2日群では術前がC2,739C±155個/mmC2で有意差はなく(p=0.87),術後C6カ月ではC1日群がC2,018C±468個/mmC2,2日群がC1,951C±472個/mmC2であり,有意差を認めなかった(p=0.30)(図2).CIII考按ドナー角膜の保存期間と術後経過の関係については,Ros-enwasserらにより,8.14日間保存されたドナー角膜のうち,保存期間がC11日までは術後成績に差を認めなかったと報告されている7).しかし,これらの研究は米国内のアイバンクから提供されたドナー角膜が同国内で使用された場合に限定されていた.ドナー角膜が海外へ輸送された場合については,温度や湿度などの環境変化,輸送時の振動,そして時間経過がドナー角膜へもたらす影響が懸念される.海外ドナー角膜の国際航空輸送に伴うドナー角膜内皮細胞密度への影響はCNakagawaらが検討し,航空機輸送に伴う気圧変化や衝撃などの影響による内皮細胞密度の減少率は2.3%であったと報告している9).これは緊急輸送を用いて,ドナー角膜の摘出後の角膜内皮細胞密度と角膜移植時のドナー角膜残りリムの周辺部角膜内皮細胞密度を比較している.しかし,ドナー角膜が日本に到着してからの輸送法に緊急輸送と通常輸送があるとすれば,そのドナー角膜内皮細胞への影響についての客観的データが必要とされるところであるが,現時点まで詳細に検討された報告は筆者の調べた限りではなかった.今回,ドナー角膜が日本に到着するまでの諸条件は足立らの報告と同一であったが,国内輸送として二つの方法を施行したために,国内到着後から手術開始時間までに約C24時間の差異が生じたため検討を行った.その結果,当院に到着し,手術開始まで保管するC24時間の保存期間の差では,角膜移植術後C6カ月時点での角膜内皮細胞密度減少率に有意な変化を認めなかった.このことは,ドナー角膜保存器に満たされた限られた量の角膜保存液であっても,冷所保存に問題なければ,臨床的な角膜内皮細胞密度に影響しないということを示したことになる.本研究の限界としては,後ろ向き研究であること,原疾患による差異が検討されていないこと,長期経過が追えてないこと,検討条件が限定されていることなどがあげられる.しかし,海外ドナー角膜を用いた角膜移植術では,少なくとも国内保存期間がC24時間延長されても,角膜移植術後の予後に重大な影響は及ぼさないことが示されたと考えられる.角膜内皮細胞密度(cells/mm2)3,0002,5002,0001,5001,0001日群術前術前術後6カ月図1術前および術後6カ月の角膜内皮細胞密度1日群では術前がC2,747C±156個/mmC2(平均C±標準偏差),術後がC2,018C±468個/mmC2,2日群では術前がC2,739C±155個/mmC2,術後がC1,951C±472個/mmC2であり,術前および術後ともに両群間で有意差を認めなかった.文献1)TanCDT,CDartCJK,CHollandCEJCetal:CornealCtransplanta-tion.LancetC379:1749-1761,C20122)PriceCMO,CCalhounCP,CKollmanCCCetal:DescemetCstrip-pingCendothelialkeratoplasty:ten-yearCendothelialCcellClosscomparedwithpenetratingkeratoplasty.Ophthalmol-ogyC123:1421-1427,C20163)PatelCSV,CDiehlCNN,CHodgeCDOCetal:DonorCriskCfactorsCforgraftfailureina20-yearstudyofpenetratingkerato-plasty.ArchOphthalmolC128:418-425,C20104)GainCP,CJullienneCR,CHeCZCetal:GlobalCsurveyCofCcornealCtransplantationandeyebanking.JAMAOphthalmolC134:C167-173,C20165)KhattakCA,CanNakhliF:Five-yearCendothelialCcellCcountCpostCpenetratingCkeratoplastyCusingCinternationally-trans-portedcornealdonortissue.SaudiJOphthalmolC33:7-11,C20196)LassJH,BenetzBA,VerdierDDetal:Cornealendotheli-alCcellClossC3CyearsCafterCsuccessfulCDescemetCstrippingCautomatedCendothelialCkeratoplastyCinCtheCcorneaCpreser-vationCtimestudy:ACrandomizedCclinicalCtrial.CJAMACOphthalmolC135:1394-1400,C20177)RosenwasserCGO,CSzczotka-FlynnCLB,CAyalaCARCetal:CE.ectofcorneapreservationtimeonsuccessofDescemetstrippingCautomatedCendothelialkeratoplasty:ACrandom-izedCclinicalCtrial.CJAMACOphthalmolC135:1401-1409,C20178)厚生労働省:令和C2年度臓器移植の実施状況等に関する報告書(令和C2年度国会報告).2020.06.169)NakagawaH,InatomiT,HiedaOetal:ClinicaloutcomesinDescemetstrippingautomatedendothelialkeratoplastywithCinternationallyCshippedCprecutCdonorCcorneas.CAmJOphthalmolC157:50-55.Ce1,C20142日群術前1日群術後2日群術後(133)あたらしい眼科Vol.39,No.6,2022C829

初回緑内障手術にアーメド緑内障バルブを選択した 落屑緑内障の1 例

2022年6月30日 木曜日

《第32回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科39(6):823.826,2022c初回緑内障手術にアーメド緑内障バルブを選択した落屑緑内障の1例愛知梨沙都筑賢太郎輿水純子本田理峰聖路加国際病院眼科CACaseofExfoliationGlaucomainwhichAhmedGlaucomaValveImplantationwasSelectedfortheInitialSurgeryRisaAichi,KentaroTsuzuki,JunkoKoshimizuandRioHondaCDepartmentofOphthalmology,St.Luke’sInternationalHospitalC目的:緑内障チューブインプラントは難治性緑内障に対して有効な治療と位置づけられているため,濾過手術が不成功であった場合に適応と考えられている.今回,筆者らは初回緑内障手術にアーメド緑内障バルブ(Ahmedglauco-mavalve:AGV)挿入術を選択した症例を経験したので報告する.症例:84歳,女性,両眼の落屑緑内障.受診時に抗緑内障点眼を使用していたが(点眼スコアC3点),左眼眼圧がC57CmmHgと上昇していた.角膜は上皮浮腫を呈していたが透明で人工レンズ眼であった.また,瞳孔領に白色の落屑所見を認めた.左眼矯正視力(0.6),Humphrey静的視野検査(C30-2)でMD値C.16.2CdBと重症緑内障であり,早急な観血的手術を要すると判断した.僚眼はC1年前に線維柱帯切開術を施行していたが,眼圧再上昇により光覚を消失していたため,AGV挿入術を選択し,チューブ先端は虹彩下に留置した.手術C1年後の時点で左眼矯正視力(0.7),眼圧C16CmmHg,点眼点数C0点という良好な結果を得ている.考察:高齢の緑内障患者に対して初回緑内障手術にCAGVを選択し,術後C1年時点で良好な結果が得られた.高齢で術後管理がむずかしい患者に対してCAGVは有効な選択肢と考えられた.CPurpose:Toreportacaseofexfoliationglaucoma(EG)inwhichAhmedGlaucomaValve(AGV)(NewWorldMedical)implantationCwasCselectedCforCtheCinitialCsurgery.CCaseReport:ThisCstudyCinvolvedCanC84-year-oldCfemalewithbilateralEGwhowasbeingtreatedwithanti-glaucomaeyedrops.Uponexamination,theintraocularpressure(IOP)inCherCleftCeyeC57CmmHg,CandCwhiteCexfoliationCmaterialCdepositsCwereCobservedConCtheCpupillaryCborderofthateye.Herleft-eyebest-correctedvisualacuity(BCVA)was(0.6)C,andstaticvisual.eldtestingwithaHumphreyvisual.eldanalyzer(C30-2program)showedameandeviationvalueof.16.2CdB,indicatingdiseaseprogression.Inherrighteye,lightvisionwaslostduetore-increasedIOP.Fortreatment,AGVimplantationwasimmediatelyperformed.At1-yearpostoperative,BCVAwas0.7andIOPwas16CmmHginherlefteyewithouttheuseCofCanti-glaucomaCeyeCdrops.CConclusion:InCcasesCofCEG,CAGVCimplantationCforCtheCinitialCsurgeryCisCanCe.ectiveoption,especiallyforelderlypatientswithhighIOPwhohavedi.cultyusingeyedrops.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C39(6):823.826,C2022〕Keywords:落屑緑内障,アーメッド緑内障バルブ,初回緑内障手術,緑内障チューブシャント手術.exfoliativeCglaucoma,Ahmedglaucomavalve,initialglaucomasurgery,glaucomatubeshunts.Cはじめにロングチューブシャント手術は,シリコーン製の人工物(glaucomaCdrainagedevice:GDD)を用いた濾過手術であり,2012年からわが国で保険適用となった.プレート付きのインプラントとして,現在わが国ではバルベルト緑内障インプラント(BaerveldtCGlaucomaImplant:BGI)とアーメド緑内障バルブ(AhmedCGlaucomaValve:AGV)のC2種類が承認されている.ロングチューブシャント手術は,代謝拮抗薬を併用した線維柱帯切除術が不成功に終わった患者,手術既往により結膜の瘢痕化が高度な患者,線維柱帯切除術の〔別刷請求先〕愛知梨沙:〒104-8560東京都中央区明石町C9-1聖路加国際病院眼科Reprintrequests:RisaAichi,M.D.,DepartmentofOphthalmoligy,St.Luke’sInternationalHospital,9-1Akashicho,Chuo-ku,Tokyo104-8560,JAPANC成功が見込めない患者,他の濾過手術が技術的に困難な患者が適応となる1).ロングチューブシャント手術の有効性についてはすでに多数の報告がなされており,その有効性と安全性が認められている2).米国ではC1995.2004年のロングチューブシャント手術件数はC184%増加しており,世界的にも増加傾向である3.5).今回,筆者らは,聖路加国際病院(以下,当院)眼科にて,初回緑内障手術にCAGV挿入術を選択し,良好な結果を得た1例を経験したので報告する.CI症例患者:84歳,女性(身長C145cm,体重C39kg).主訴:左眼の視力低下,左眼圧上昇.現病歴:X年,左眼の急激な視力低下を自覚し,当院を受診した.両眼の落屑緑内障があり,緑内障点眼スコアC3点,右眼はC2年前に線維柱帯切開術を施行.既往歴:右乳癌,肺転移(腫瘍内科通院中),アレルギー性鼻炎.図1細隙顕微鏡検査写真a:初診時の左眼の前眼部写真.毛様充血を認める.Cb:初診時の隅角のスリット写真.色素沈着およびCSampaoleisilineは認めない.初診時所見:視力は右眼光覚なし,左眼C0.2(0.6C×sph.1.00D(cyl.1.00DCAx90°×IOL),右眼眼圧C16.0mmHg,左眼眼圧C57CmmHg.1年前の左眼矯正視力は(1.2)であったが,急激に低下しており,左眼眼圧の著明な上昇を認めた.細隙灯顕微鏡検査では,左眼の毛様充血,角膜上皮浮腫を認めた(図1a).瞳孔散大は認めなかった.両眼の瞳孔領に白色の落屑様物質の付着を認めた(図1b).前房内,硝子体に炎症細胞は認めなかった.眼痛や頭痛,嘔気・嘔吐は認めなかった.白内障手術後で人工レンズ眼であった.隅角検査では,周辺虹彩前癒着を認め,隅角に色素沈着およびCSampaolesilineは認めなかった.右眼はC1年前に線維柱帯切開術を施行したが,その後の眼圧再上昇により,光覚を消失していた.経過:落屑緑内障による左眼眼圧の上昇を認めたため,緑内障点眼C5種およびアセタゾラミドC750Cmg/日を処方したところ翌日には左眼眼圧C16CmmHgと下降が得られた.翌日に行ったCHumphrey静的視野検査CC30-2では,中心30°内の視野が欠損しており,平均偏差(meandeviation:MD)値は.16.2CdBと著明に低下していた(図2).点眼および内服で一度は眼圧の下降得られたものの,静的視野検査で急激な視野欠損の進行を認め,今後も眼圧の再上昇の可能性があり,早急な観血的治療が必要であると考えた.X年C5月に,左眼に対し初回のCAGV挿入術を選択し,チューブ先端は虹彩下に留置した.僚眼は失明しており,唯一眼であることを考慮した手術計画となった.インプラントは,BGIよりも低図2Humphrey視野検査C30.2の結果MD値C.16.2CdBの重症緑内障であった.眼圧による低眼圧黄斑症のリスクが少なく6),術直後から眼圧降下が得られることが見込まれるCAGVを選択した,図3に示すように手術直後から眼圧はC1桁まで下がり,その後も1年後の時点まで眼圧C20CmmHg以下で安定している.高齢であり点眼管理が困難であったため追加の緑内障点眼は行わなかったが,手術C1年後の時点で左眼矯正視力(0.7),緑内障点眼スコアC0点で左眼眼圧C16CmmHgであり,良好な結果が得られている.CII考按ロングチューブシャント手術は先述したとおり難治性緑内障に対して適応となっているが,その有効性と安全性は多数の報告から認められている.2012年のCTubeversusTrabe-culectomy(TVT)studyの報告2)ではCBGI手術の術後C5年時点における眼圧コントロール成績は線維柱帯切除術のそれを上回り,術後合併症の発生率においても線維柱帯切除術と比較して有意に少ない結果となっている.またCAGVとCBGIを比較した多施設無作為化臨床試験であるCAhmedCBaer-veldtCComparisonCStudy6)のC5年成績が発表され,手術の成功率において両群に有意差は認めなかった.BGIはCAGVよりも高い眼圧下降効果を示し,再手術率も低かったが,合併症により不成功になった症例数はCAGVのC2倍であり,安全性においてはCAGVがまさる結果となった.本症例は,落屑緑内障の進行により眼圧が再上昇し,僚眼である右眼は失明した.高齢であり,今後点眼管理を確実に行っていくことが困難であること,長期入院は望ましくなかったこと,今回手術を行った左眼が唯一眼であることを考慮し,初回のCAGV挿入術を選択した.ガイドラインから外れた使用であるが,患者に十分に説明し,納得,同意を得たうえで手術を行った.緑内障治療において点眼アドヒアランスを維持することは眼圧管理を行っていくうえで重要であるが,アドヒアランス向上の取り組みは決して簡単ではない.NorwichCAdher-enceCGlaucomaCStudy7)では緑内障患者C208名を無作為に通常治療群C106名とアドヒアランス向上目的の教育プログラムに組み込んだ群C102名に分け,点眼アドヒアランスを評価した.点眼率は無介入群でC77.2%,介入群でC74.8%とC2群間の点眼アドヒアランスに有意差を認めないという結果となった.また,眼圧降下率に関しても無介入群でC27.6%,介入群でC25.3%と有意差を認めなかった.点眼アドヒアランスを向上させるのは患者教育をしたとしても困難であることが示唆される結果となった.緑内障はわが国におけるC40歳以上の人口のC5.0%で認められる8).今後わが国において高齢化がさらに進むに伴い,認知機能の低下や,全身状態や環境因子により,点眼アドヒアランスの維持に難渋する患者や,長期入院や頻回な通院が困難な患者は増えることが予想眼圧(mmHg)60504030201001234567891011121314術後経過期間(月)図3手術後の左眼眼圧の推移される.点眼管理ができなければ眼圧コントロールが不良となり,進行を防ぐことができないため,他の治療を選択する必要がある.ロングチューブシャント手術は,線維柱帯切除術と比較し,術後管理が少なく入院期間が短くてすむこと,術後合併症も少ないという点からも,有効な選択肢であると考える.また,高齢者に限らず毎日の点眼をしなくてよいということは生活の質の向上にもつながる.眼圧が安定していれば外来通院の頻度も減らせる可能性がある.緑内障治療は,まず薬剤治療やレーザー治療を行い,それでも進行を抑制できない場合には手術を選択する.しかし,本症例のような高齢者にとって,手術に伴う長期入院や頻回な通院は負担が大きく,全身状態を考慮すると困難な場合が少なくない.高齢で入院期間を短くしたい場合や通院頻度を極力減らしたい場合,点眼管理が困難であり眼圧コントロールが難渋することが見込まれる患者においては,医師の適切な判断に基づき初回手術にロングチューブシャント手術を選択することは有効であると考える.利益相反:利益相反該当基準に該当なし文献1)日本緑内障学会緑内障診療ガイドライン作成委員会:緑内障診療ガイドライン(第C4版).日眼会誌122:5-53,C20182)GeddeCSJ,CSchi.manCJC,CFeuerCWJCetal:TreatmentCout-comesintheTubeVersusTrabeculectomy(TVT)studyafter.veyearsoffollow-up.AmJOphthalmolC153:789-803,C20123)MurphyCC,COgstonCS,CCobbCCCetal:RecentCtrendsCinCglaucomaCsurgeryCinCScotland,CEnglandCandCWales.CBrJOphthalmolC99:308-312,C20154)BronAM,MarietAS,BenzenineEetal:Trendsinoper-atingCroom-basedCglaucomaCproceduresCinCFranceCfromC2005to2014:anationwidestudy.BrJOphthalmolC101:C1500-1504,C20175)AroraCKS,CRobinCAL,CCorcoranCKJCetal:UseCofCvariousCglaucomaCsurgeriesCandCproceduresCinCmedicareCbene.ciariesCfromC1994CtoC2012.COphthalmologyC122:C1615-1624,C20156)BudenzDL,BartonK,GeddeSJetal;AhmedBaerveldtComparisonStudyGroup:Five-yeartreatmentoutcomesinCtheCAhmedCBaerveldtCcomparisonCstudy.COphthalmolo-gyC122:308-316,C20157)CateH,BhattacharyaD,ClarkAetal:Improvingadher-enceCtoCglaucomamedication:aCrandomisedCcontrolledCtrialCofCaCpatient-centredintervention(TheCNorwichCAdherenceCGlaucomaStudy)C.CBMCCOphthalmologyC14:C1471-2415,C20148)YamamotoCT,CIwaseCA,CAraieCMCetal;TajimiCStudyGroup,JapanGlaucomaSociety:TheTajimiStudyreport2:prevalenceCofCprimaryCangleCclosureCandCsecondaryCglaucomaCinCaCJapaneseCpopulation.COphthalmologyC112:C1661-1669,C2005C***

緑内障患者支援システムACT Pack 導入前後の 緑内障患者通院継続率の変化

2022年6月30日 木曜日

《第32回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科39(6):814.817,2022c緑内障患者支援システムACTPack導入前後の緑内障患者通院継続率の変化髙田幸尚*1住岡孝吉*1田中公子*1,2雑賀司珠也*1*1和歌山県立医科大学視覚病態眼科学*2南和歌山医療センター眼科CTheChangeinGlaucomaPatientsVisitContinuationRateBeforeandAftertheIntroductionofthe“ACTPack”GlaucomaPatientSupportSystemYukihisaTakada1),TakayoshiSumioka1),HirokoTanaka1,2)andShizuyaSaika1)1)DepartmentofOphthalmology,WakayamaMedicalUniversity,2)DepartmentofOphthalmology,MinamiWakayamaMedicalCenterC目的:緑内障患者向け通院継続支援システムCAimingforContinuousTreatment(ACT)Pack(参天製薬)の導入前後における緑内障患者の診断からC12カ月間の受診状況に関して検討を行った.症例:2018年C4月.2019年C3月に南和歌山医療センター眼科でCACTPackを用いたC46例C46眼(導入後群)と,2017年C4月.2018年C3月のCACTPackを用いていないC22例(導入前群)を対象とした.連続症例とし,死亡・転居・転院した患者は除外とした.方法:緑内障治療開始C6,12カ月後に受診した割合をCc2検定で比較検討した.また,治療開始C12カ月における治療継続率をKaplan-Mayer法で検討した.通院脱落を死亡としてClog-rank検定で比較した.結果:緑内障治療開始6,12カ月後の受診率は導入前群でC90.9%,77.3%,導入後群でC100%,96.2%でありC12カ月後に有意差があった(p<0.05).また,log-rank検定より,ACTPack導入後のほうが治療開始C12カ月後の生存率は有意に高かった(p<0.05).結論:ACTPack導入により,治療開始C12カ月の時点で治療継続率は高まった.CPurpose:ToCexamineCtheCstatusCofCconsultationCforC12CmonthsCfromCtheCdiagnosisCofCglaucomaCbeforeCandCafterCtheCintroductionCofCtheCAimingCforCContinuousCTreatmentPack(ACTPack).CPatientsandMethods:ThisCstudyinvolved46ACTPackpatientsand22nonACTPackpatientsseenattheMinamiWakayamaMedicalCen-ter.Theproportionsofpatientswhovisitedthehospitalat6and12monthsafterthestartoftreatmentwerecom-paredandexaminedbythec2Ctestineachofthetwogroups.Moreover,thevisitcontinuationrateat12monthswasexaminedusingtheKaplan-Mayermethod,andvisitdropoutswerede.nedasdeathsandcomparedbyuseofthelog-ranktest.Results:Theconsultationratesat6and12monthswere90.9%Cand77.3%,respectively,inthenon-introducedCgroupCand100%Cand96.2%,Crespectively,CinCtheCintroducedgroup(p<0.05).CTheCsurvivalCrateCafterC12CmonthsCwasCsigni.cantlyChigherCinCtheCinductiongroup(p<0.05).CConclusion:TheCintroductionCofCACTCPackincreasedtherateoftreatmentcontinuationat12monthsafterthestartoftreatment.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)39(6):814.817,C2022〕Keywords:緑内障,通院継続率,患者支援システム.glaucoma,visitcontinuationrate,patientsupportsystem.はじめに緑内障は進行性の疾患で眼圧下降が唯一エビデンスのある治療であり1),長期にわたる継続した治療が必要な疾患である.しかし,現実には約C4割の患者が治療開始からC1年で治療を中断している2).患者の治療中断を防ぐためには,副作用の少ない点眼薬の選択,正しい緑内障に対する知識の習得,患者のアドヒアランス向上が不可欠である.そこで,医師だけでなく,薬剤師,看護師といった医療従事者が確実な点眼や患者のアドヒアランス向上のために,これまでさまざまな取り組みを行い,成果を報告してきた3.5).また,各医療機関は独自の方法でアドヒアランス向上のために患者教育を行ってきた.〔別刷請求先〕髙田幸尚:〒641-8509和歌山市紀三井寺C811-1和歌山県立医科大学視覚病態眼科学Reprintrequests:YukihisaTakada,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,WakayamaMedicalUniversity,811-1Kimiidera,WakayamaCity641-8509,JAPANC814(118)2017年C4月より参天製薬会社が作成したCDVD・冊子・資料を用いた通院継続を支援するための緑内障患者通院継続支援システムCAimingCforCContinuousCTreatmentPack(ACTPack)をどの医療機関でも使用可能となった.南和歌山医療センター(和歌山県田辺市)では,2018年C4月C1日から緑内障と診断,治療開始した全患者に対してCACTPack導入した.CACTPackは,検査と診療で緑内障と診断された患者向けの「緑内障教育CDVD」,資料「病状の説明」「眼圧記録カード」,帰宅後に患者自身に緑内障についての理解を深めてもらうための資料「あなたの目を守るために」などで構成されている.アドヒアランスと通院継続率向上のためのCACTPack導入による緑内障患者の受診状況を含めた緑内障治療への影響について検討した報告は少ない.クリニックでの導入成果の報告はあるが6),眼科外来担当の看護師を含めたスタッフが他科と兼務で人材配置が一定でない総合病院でのCACTPack導入成果について検討した報告はない.そこで,今回筆者らは総合病院におけるCACTPack導入前と導入後で緑内障患者のC12カ月にわたる通院継続率について検討を行った.CI対象対象は2017年4月1日.2019年3月31日に南和歌山医療センター眼科(和歌山県田辺市)を受診し,緑内障と診断後,点眼加療を開始した連続症例C68例C68眼である.2018年C4月C1日より南和歌山医療センター眼科で緑内障と初めて診断したすべての患者に対してCACTPackを導入しており,ACTPack導入後の症例数はC46例C46眼(以下,導入後群)であった.平均年齢はC74.7C±8.0歳,男女比は男性C28例,女性C18例であった.2018年C4月C1日以前のCACTPackを導入前の症例数はC22例C22眼(以下,導入前群),平均年齢はC77.2C±9.8歳,男女比は男性C12例,女性C10例であった.導入前群と導入後群のC2群間で年齢(studentt検定),男女比(Cc2検定),治療開始時の緑内障点眼薬スコア(Mann-WhitneyU検定),治療開始前の静的視野検査CHumphreyのCMD値(Mann-WhitneyU検定)に統計学的有意差はみられなかった(表1).両眼が検討対象となる症例については対象を左眼に統一した.CII方法1.眼圧変化両群間で緑内障治療開始前,点眼開始C6カ月後,12カ月後の眼圧を対応あるCt検定で比較検討した.C2.通院継続率(1)両群間で緑内障治療開始C6カ月後,12カ月後の通院継続率をCc2検定で比較検討した.(2)緑内障治療開始からC12カ月間における治療継続率を両群間で比較検討した.Kaplan-Mayer法で通院脱落を死亡として生存率を算出し,log-rank検定で比較検討した.診察予定日や検査予定日に受診がなかった場合は通院脱落とし,転居・死亡・転院した症例は除外した.今回の検討はカルテベースの後ろ向き研究であり,南和歌山医療センターの倫理委員会の承認を受けて行った(承認番号C2021-12).CIII結果1.眼圧変化導入前群の緑内障治療開始前,治療開始C6カ月後,12カ月後の眼圧はそれぞれC14.6C±3.0CmmHg,12.9C±2.6CmmHg,C12.4±3.2CmmHgであり,緑内障治療開始前に比して,6カ月後(p<0.05),12カ月後(p<0.01)ともに有意に眼圧の低下がみられた.導入後群では緑内障治療開始前,治療開始C6カ月後,12カ月後の眼圧はそれぞれC15.2C±3.5CmmHg,13.2C±2.9CmmHg,12.9C±3.0CmmHgであり,緑内障治療開始前に比して,6カ月後(p<0.01),12カ月後(p<0.01)ともに有意に眼圧の低下がみられた(図1).表1両群の患者背景導入前群導入後群p値期間.C2018年3月31日2018年4月1日.性別男12例C/女10例男28例C/女18例C0.620§年齢C77.2±9.8歳C74.7±8.0歳C0.298#治療開始時の緑内障点眼薬スコアC1.05±0.21点C1.02±0.15点C0.875$静的視野検査(平均偏差値)C.5.99±5.52CdBC.6.48±4.74CdBC0.465$§:c2検定,#:Studentt検定,$:Mann-WhitneyU検定.******2020眼圧(mmHg)151051510500開始前6カ月後12カ月後開始前6カ月後12カ月後図1ACTPack導入前後の眼圧変化対応あるCt検定*:p<0.05**:p<0.01.n.s.*2.通院継続率(1)導入前群の緑内障治療開始C6カ月後,12カ月後の通院継続率はそれぞれC90.9%,77.3%であり,導入後群の緑内障治療開始C6カ月後,12カ月後の通院継続率はそれぞれ100%,96.2%であった.治療開始C6カ月後では両群間で通院継続率に統計学的有意差はなかったが,治療開始C12カ月後では導入後群で有意に通院継続率が高かった(p<0.05)(図2).(2)緑内障治療開始C12カ月後の生存率は導入後群で有意に高値であった(p<0.05).CIV考察緑内障は長期にわたる継続した治療が必要である.しかし,現実的にはさまざまな要因により治療を中断する患者が少なくない2).治療継続のためには,患者の治療に対する主体性が重要であり,患者が治療内容を理解し,治療に参加することでアドヒアランスが向上すると考えられている.緑内障患者ではアドヒアランス不良により視野障害が重篤化するとの報告もある7).そのため,副作用やアドヒアランスの低下について早期から対応が必要である.緑内障患者のアドヒアランス向上,通院継続率向上のために参天製薬が作成した緑内障患者通院継続支援システムCACTPackがC2017年C4月から全国の医療機関で使用可能となった.ACTPackはCDVDや冊子,資料を用いた緑内障教育と通院継続を支援するシステムである.南和歌山医療センターは常勤眼科医C1名,視能訓練士C1名,固定制ではない外来看護師C1名で診療を行っている総合病院である.ACTPackの運用は具体的には,検査と診療で緑内障と診断したのちに,「緑内障教育CDVD」の視聴(コメディカルと眼科医対応),DVD視聴後の補足説明(眼科医対応),資料「病状の説明」の配布(眼科医対応),「眼圧記録カード」に記載・配布(眼科医対応),次回予約票配布(眼科医対応),帰宅後に患者自身に緑内障についての理解を深めてもらうための資料「あなたの目を守るために」配布(眼科医対応)をして,診察終了としている(図3).CACTPack導入前後で南和歌山医療センターの眼科外来のコメディカルの配置状況は不変であり,ACTPack導入前は緑内障診断と診断した後に,緑内障について口頭で説明し,次回予約表配布して診療終了としていた.検査以外のすべてを眼科医で対応していた.ACTPack導入により「緑内障教育CDVD」の視聴をコメディカルと眼科医が担当することでディスカッションをする機会が生まれ,相互の疾患に対する理解と知識の共有が進むことが期待された.緑内障の治療は,緑内障診療ガイドラインを元に,緑内障と診断後は目標眼圧を設定して,それに向けて点眼薬治療を開始,適宜調整が必要である.今回の検討では,ACTPack導入前後ともに,通院を継続できた症例に限定すると眼圧は治療開始前に比してC6,12カ月後で有意に低下していた.図3ACTPackの内容a:「緑内障教育CDVD」の視聴.Cb:緑内障とその検査について理解を深めるための資料「あなたの目を守るために」.c:「眼圧記録カード」.d:現在の病状を説明するための資料「病状の説明」.このことから,患者の通院を継続させることが重要であることが示唆された.田中らの報告6)では,眼科クリニックでCACTPack導入によって緑内障治療開始からC180日間の通院継続率が向上していた.しかし,今回の検討ではCACTPack導入前後で治療開始C6カ月後の通院継続率に有意差がなかったが,治療開始C12カ月後の通院継続率はCACTPack導入により有意に高値であったことから,長期的な通院継続においてもCACTPackは有効であることが示唆された.Kashiwagiらの報告2)では,治療開始C6カ月後の時点で通院継続率は約C70%,12カ月後の時点で通院継続率は約C60%であったが,今回の検討ではCACTPack導入前でも同報告より通院継続率は高値であったことから地域性など母集団の特性が影響していた可能性がある.今回の検討では,ACTPack導入前で治療開始からC12カ月後の通院継続率はC77.3%であったが,ACTPack導入後ではC96.2%と通院継続率は有意に高値であり,CACTPack導入により,患者の緑内障に対する理解が深まり,通院継続の動機づけとなった可能性もある.CV結論ACTPackの導入の有無にかかわらず,通院継続ができれば眼圧下降がみられたことから通院継続は重要である.既報の眼科クリニックだけではなく総合病院でもCACTCPack導入により通院継続率は向上しており,ACTPackは緑内障診療において有効なツールとなる可能性が示唆された.【利益相反】髙田幸尚,雑賀司珠也:利益相反有興和住岡孝吉,田中公子:利益相反無文献1)CassonCRJ,CChidlowCG,CGoldbergCICetal:De.nitionCofglaucoma:ClinicalCandCexperimentalCconcepts.CClinCExpCOphthalmolC40:341-349,C20122)KashiwagiCT,CFuruyaT:PersistenceCwithCtopicalCglauco-maCtherapyCamongCnewlyCdiagnosedCJapaneseCpatients.CJpnJOphthalmol58:68-74,C20143)谷戸正樹:点眼指導の繰り返しによる点眼手技改善効果.あたらしい眼科C35:1675-1678,C20184)石塚友一,川村和美,兵頭明由美ほか:薬剤師と看護師との協働による点眼アドヒアランス向上への取り組み.日病薬誌C51:861-865,C20155)古沢千晶,安田典子,中元兼二ほか:緑内障一日教育入院の実際と効果.あたらしい眼科C23:651-653,C20066)田中敏博,近藤美鈴,渕上あきら:緑内障患者通院継続システム導入による緑内障患者の通院継続率に及ぼす影響.眼科C62:801-807,C20207)SleathCB,CBlalockCS,CCovertCSCetal:TheCrelationshipCbetweenCglaucomaCmedicationCadherence,CeyeCdropCtech-nique,CandCvisualC.eldCdefectCseverity.COphthalmologyC118:2398-2402,C2011***

緑内障患者に対する点眼補助具(Just in)の使用感アンケート 調査

2022年6月30日 木曜日

《第32回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科39(6):808.813,2022c緑内障患者に対する点眼補助具(Justin)の使用感アンケート調査江本美佐*1坂本麻里*1曽谷尭之*1高野史生*1村井祐輔*1西庄龍東*1盛崇太朗*1大塚尚美*2髙木泰孝*2堀清貴*2中村誠*1*1神戸大学医学部附属病院眼科*2参天製薬株式会社CAQuestionnaireSurveyontheUsabilityoftheEyeDropAid‘Justin’inPatientswithGlaucomaMisaEmoto1),MariSakamoto1),NoriyukiSotani1),FumioTakano1),YusukeMurai1),RyutoNishisho1),SotaroMori1),NaomiOtsuka2),YasutakaTakagi2),KiyotakaHori2)andMakotoNakamura1)1)DepartmentofOphthalmology,KobeUniversityHospital,2)SantenPharmaceuticalCo.,Ltd.C目的:緑内障患者における点眼補助具CJustinの使用意義の検討.対象および方法:神戸大学医学部附属病院眼科を受診した緑内障患者のうちディンプルボトル製品を使用し自己点眼しているC20歳以上の者が対象.Justin使用後に点眼操作や使用感に関するアンケート調査を行った.結果:登録C74例中C72名を解析.JustinなしでC1滴で点眼できる者(A群)がC53例,2滴以上を要する者(B群)はC19例だった.点眼操作の評価スコアはCJustin使用により全体(p=0.03)およびCA群(p<0.01)で有意に低下し,B群では有意差はないものの増加した.また,Justin使用によりCB群で点眼に必要な滴下数が有意に減少した(p=0.03).結論:Justinは点眼操作に問題がない患者においては点眼操作性を低下させ,点眼困難な患者では点眼操作を向上させる可能性がある.CPurpose:Toinvestigatetheusabilityoftheeyedropaid‘Justin’inpatientswithglaucoma.Methods:Thisstudyinvolvedglaucomapatients(age:≧20years)seenattheGlaucomaClinicoftheDepartmentofOphthalmol-ogy,KobeUniversityHospital,Kobe,Japanwhoself-administereyedropsandwhoansweredaquestionnaireafterusingCJustCin.CResults:OfCtheC72CpatientsCanalyzed,C53CreportedCthatCtheyCcouldCsuccessfullyCself-administerCeyeCdropswiththe.rstdropwithoutusingJustin(GroupA),while19neededmorethantwodropsinordertoprop-erlyapplythemontotheireyes(GroupB).ThescoreevaluatingtheperformanceofeyedropinstillationwithandwithoutJustinwassigni.cantlyhigherwithoutJustininallsubjects(p=0.03)andinGroupA(p<0.01),whileitwasChigher,CalthoughCnotCstatisticallyCsigni.cant,CwithCJustCinCinCGroupCB.CJustCinCdecreasedCtheCnumberCofCeyeCdropswastedinGroupB.Conclusions:Justinmayworseneyedropdeliveryinpatientswhohavenoinstillationproblems,yetmayimproveitinthosewithinstillationdi.culties.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)39(6):808.813,C2022〕Keywords:点眼補助具,Justin,緑内障.eyedropaid,Justin,glaucoma.はじめに緑内障の唯一エビデンスのある治療は眼圧下降であり,緑内障患者の多くは,複数の点眼薬による長期の薬物治療が必要となる.しかし,緑内障患者のなかには点眼操作が困難な者が存在し,とくに高齢者でその割合が多いことが報告されている1.8).点眼のしづらさは治療のアドヒアランスを阻害する要因となり,正確に点眼することができなければ,治療効果が得られず緑内障の進行と視機能低下を招く.また,点眼時に容器が眼球周囲に接触している患者や高齢者では,点眼瓶の汚染が高率であることも報告されている9).点眼操作性向上アタッチメントCJustin(参天製薬)(図1)は,ディンプルボトル専用の点眼補助具であり,高齢者や手の震え・手指の障害などで点眼がうまくできない患者が,①点眼容器を睫毛や眼に触れさせることなく点眼できる,②手〔別刷請求先〕坂本麻里:〒650-0017兵庫県神戸市中央区楠町C7-5-2神戸大学医学部附属病院眼科Reprintrequests:MariSakamoto,DepartmentofOphthalmology,KobeUniversityHospital,7-5-2Kusunoki-cho,Chuo-ku,Kobe,Hyogo650-0017,JAPANC808(112)が震えても点眼できる,③点眼位置がわかりやすくなることを目指して開発された.本研究では,点眼治療中の緑内障患者において,JustCinにより点眼操作性が向上するかどうかを検討した.CI対象および方法本研究は前向き調査研究,神戸大学と参天製薬の共同研究で,神戸大学倫理委員会の承認の下(承認番号CB200119),大学病院医療情報ネットワーク(UMIN000040646)に登録し「ヘルシンキ宣言」および「人を対象とする医学系研究に関する倫理指針」およびその他関連規制を遵守して行われた.すべての対象者から文書による同意を取得した.2020年C8月.2020年C11月に神戸大学医学部附属病院眼科を受診した緑内障患者(病型不問)のうち,ディンプルボトル製品をC1種類以上使用し自己点眼をしているC20歳以上の者を対象とした.両眼ともに矯正視力が小数視力C0.1未満の者および,内眼手術後C1カ月未満の者(濾過手術についてはC3カ月未満)は除外した.対象者には通常の緑内障診療時にCJustinとアンケートを配布しCJustinの使用方法を説明,60.120日後の再診日にアンケートを回収した.年齢,性別,1年以内のCHumphrey視野検査の平均偏差(meanCdevia-tion:MD),矯正視力,屈折値,眼圧値,点眼動作に影響を及ぼす既往歴・合併症,使用中の緑内障点眼薬について診療録より情報を取得した.アンケートの集計および統計解析は神戸大学が行った.本研究に使用したCJustinは参天製薬から無償提供を受けた.Justinの形状と使用方法を図1に示す.既存の他の点眼補助具と異なり,Justinには,眼に当てる部分に切り込みがある.点眼時にこの切り込み部から指を挿入し下眼瞼を下に引くことで,確実に結膜.内に点眼することができる.CJustinの使用法は,まずディンプルボトルの蓋をはずしCJustinにセットし(図1a),Justinを眼の周囲に密着させるように押し当て,切り抜き部分から指を入れ(図1b),指で下眼瞼を下に引き点眼する.アンケートの質問項目を表1に示す.本研究の主要評価項目はCJustin装着の有無による点眼操作の評価スコア(質問5)である.評価スコアは,Justin使用の有無で点眼液の眼への入りやすさをC0(点眼しにくい)からC10(点眼しやすい)のC11段階とした.CJustCin使用前・後の評価スコアおよび使用前後の変化量の中央値を算出し,使用前後の評価スコア値に対しCWilcox-on符号付順位検定を行った.統計はCGraphPadPrismver-sion9.0.1(128)(GraphPadCSoftware,USA)およびCMed-CalcCversion20.105(MedCalcSoftware,CBelgium)を用い,両側検定,有意水準C5%とした.目標症例数は,Justin未使用時における点眼操作の評価スコア(0.10)の平均値をC4.0,Justin使用時の平均値を6.0と推定し,Justin使用前後の差をC2.0,標準偏差C5.5と仮定した場合,有意水準C5%,検出力C80%ではC62例が必要図1Justinの形状および使用法a:Justinに点眼容器をセットした状態,Cb:実際に使用している様子..:下眼瞼を指で下に引くための切り抜き部分.表1アンケートの質問事項質問C1Justinを使用する前と後で,何滴目で点眼液がきちんと眼に入ったか質問C2Justinにより点眼容器の先が睫毛や眼に触れる回数が減ったか質問C3Justinにより手が震えて点眼できない回数が減ったか質問C4Justinにより点眼の位置がわかりやすくなったか質問C5Justin使用前後での点眼操作の評価スコア(1C1段階評価)(0:点眼しにくい.10:点眼しやすい)質問C6-1Justinを現在も使用しているか質問C6-2Justinを現在も使用するおもな理由質問C6-3Justinを使用しない理由質問C7Justinを今後も使用したいか質問C8Justinの改善点*実際のアンケートでは患者が理解可能な文言を使用した.表2患者背景年齢(歳)C66.4±11.5性別(男,%)30(C42%)MD(dB)右眼C.10.96±7.58左眼C.10.74±7.28logMAR視力*右眼0.00(C.0.18.C0.22)左眼C.0.08(C.0.18.C0.15)眼圧*(mmHg)右眼12.50(C10.00.C15.00)左眼13.00(C11.00.C15.00)使用点眼数*(本)2.0(C2.00.C3.00)MD:meandeviation,logMAR:theClogarithmCofCtheminimalangleofresolution.平均±標準偏差,*中央値(四分位範囲)*Fisher’sexacttest質問1)Justinなしで点眼に必要な滴下数質問2)Justinで点眼容器が睫毛や眼に触れる回数が減ったか質問3)Justinで手が震えて点眼できない回数が減ったか質問4)Justinで点眼の位置がわかりやすくなったか質問6)現在もJustinを使用しているか質問7)今後もJustinを使用したいかYes改善すればYesNoYes改善NoすればYes図2アンケート(Q1.4,6,7)の回答結果(人)質問C1でCJustinの使用なしでC1滴で点眼できると回答した者をCA群,2滴以上要する者をCB群とした.質問C2.4ではCJustinにより点眼操作が向上した者の割合はCA群に比べCB群に多く,質問C4でその差は有意であった(Fisher正確検定,p=0.03).現在もCJustinを継続使用する者の割合はCB群で有意に多かった(質問6,p=0.03).今後もCJustinを使用したい・改善すれば使用したいと回答した者の割合は両群間で差を認めなかった(質問7).となることから,アンケート未回収を約C10%見込み,70例と設定した.CII結果74例を登録し,同意撤回したC1例とアンケート未回収の1例を除くC72例を解析した.患者背景を表2に示す.72例中C70歳以上の者はC32人(44%)で,点眼操作に影響する既往症・合併症を有する者はいなかった.アンケート結果を図2および表3に示す.質問C1では補助具なしで点眼液がC1滴で眼に入ると答えた者がC53人(74%)と多く,2滴以上を要する者はC19人(26%)だった.1滴で点眼できる群をCA群,2滴以上を要する群をCB群とし,その後の解析を行った.両群間で患者背景に差はなかった(表4).また,質問C1のCJustin使用前後の点眼に必要な滴下数は,中央値(四分位範囲)で全体では使用前C1(1.1.8)滴から使用後C1(1.2)滴に増加し(Wilcoxon符号付順位検定,p=0.02),A群で使用前C1滴から使用後はC1(1.2)滴と増加(p=0.0001),B群ではC2(2.3)滴からC1.5(1.2)滴に減少した(p=0.03)(図3).質問C2のCJustinにより点眼容器の先が睫毛や眼に触れる回数が減った者,質問C3の手が震えて点眼できない回数が減った者は全体では少なかったが,質問C4の点眼の位置がわかりやすくなった者は全体の半数を占めた.群別では,点眼容器の接触が減った者,手が震えて点眼できない回数が減った者,点眼の位置がわかりやすくなった者の割合はいずれもCB群で多く(Fisher正確検定,質問C2:p=0.05,質問3:p=0.06,質問4:p=0.03),B群でより点眼操作が向上していることがわかった.質問C6ではCJustinを現在も使用継続している者の割合はCB群で有意に高かった(p=0.03).質問C7で今後もCJustinを使用したい・改善されれば使用したいと答えた者の割合に両群間で差はなかった.質問C6-2,6-3および質問C8の回答を表3に示す.点眼操作の評価スコア(質問5)の結果を表5に示す.全体ではCJustin使用前後で評価スコアは有意に低下した(p=0.03).群別では,A群で有意に低下し,B群では統計学的に有意ではないものの増加した.また,点眼容器の接触が減った者,手が震えて点眼できない回数が減った者,および点眼の位置がわかりやすくなった者では,評価スコアがCJustin使用で増加した.CIII考按本研究では,対象のC74%がC1滴で正確に点眼できると回答した.Stoneらは緑内障患者C139人の点眼操作を調査し93%の患者が点眼操作に問題ないと回答したものの,ビデオ判定で正確に点眼できた者はC22.31%だったと報告した1).Guptaらの報告では,70人の緑内障患者のうち正確に点眼できたのはわずかC8.5%だった2).また,Naitoらは,本研究と年齢やCMD値が同等の緑内障患者C78例の点眼操作をビデオ判定し,62%が点眼不成功であったと報告している4).本研究でも既報のようにビデオ判定を行えばさらに多くの患者が正確に点眼できていない可能性がある.CJustCinは,前述のように①点眼容器を睫毛や眼に触れさせることなく,②手が震えても点眼でき,③点眼位置がわかりやすくなることをめざして開発された.点眼容器と眼および眼付属器との接触は,既報では対象のC30.76%と高率に報告されている1,2,4).本研究ではCB群で半数以上の患者で接触が減り,一定の効果があると考えられた.また,A群でもC30%が接触が減ったことから,点眼容器の接触は「1滴で点眼できると」回答した患者においても相当数起きていると考えられた.次に,手が震えて点眼できない回数が減ったとの回答は全体としては少なかった.本研究では,点眼操作に影響する全身合併症や手指の異常を有する者はおらず,また,半数以上(54%)がもともと手の震えはないと回答して表3アンケート回答<質問C6-2Justinを現在も使用するおもな理由>うまく点眼液が眼に入るから6人点眼容器が眼の周囲に触れないから5人点眼する位置がわかりやすくなったから5人手が震えていても点眼ができるから1人その他2人<質問C6-3Justinを使用しないおもな理由>点眼容器に取り付けるのが面倒26人使いにくい・持ちにくかった7人補助具を使ってもうまく点眼ができない4人点眼容器に取り付けるのがむずかしい2人その他13人<質問8Justinに期待される改善点>着脱不要にしてほしい大きさを小型化してほしいすべての点眼薬に使用できるようにしてほしい首を垂直に曲げなくても使えるようにしてほしい表4患者背景(A群vsB群)A群B群p値年齢(歳C±標準偏差)C65.3±11.2C69.6±11.9C0.161)性別(男,%)22(C41%)8(C42%)C1.002)MD値(dBC±標準偏差)右眼C.9.36±7.40C.13.67±8.74C0.061)左眼C.9.86±6.46C.13.71±8.28C0.071)logMAR視力(四分位範囲)右眼0.00(C.0.18.C0.10)0.10(C0.00.C0.40)C0.073)左眼C.0.08(C.0.18.C0.08)0.00(C.0.08.C0.82)C0.133)眼圧(mmHg,四分位範囲)右眼13.00(C10.25.C15.00)12.00(C9.75.C15.25)C0.363)左眼13.00(C11.00.C16.00)12.50(C10.75.C15.00)C0.833)使用点眼数(本,四分位範囲)2.0(C2.00.C3.00)2.0(C1.00.C3.00)C0.193)MD:meandeviation,logMAR:thelogarithmoftheminimalangleofresolution.中央値(四分位範囲),1)Unpairedttest,2)Fischer’sexacttest,3)Mann-WhitneyU検定.(115)あたらしい眼科Vol.39,No.6,2022C811全体A群B群555444滴下数滴下数333p=0.03*2221110使用前0使用後使用前使用後0図3Justin使用前後での滴下数の変化質問C1でCJustin使用なしでC1滴で点眼できると回答した者をCA群,2滴以上要する者をCB群とした.Justin使用前後の点眼に必要な滴下数は,全体で使用前後に有意に増加した(Wilcoxon符号付順位検定,p=0.02).A群でも使用後に有意に増加したが(p=0.0001),B群では有意に低下した(p=0.03).表5Justin使用前後の点眼操作の評価スコアp値1)質問別群使用前スコア使用後スコア(前後)スコア変化量全例8(7.C10)8(5.9)C0.030(.3.1)評価スコア(0:点眼しにくい.10:点眼しやすい)A群(Cn=53)B群(Cn=19)p値2)(AvsB群)9(8.C10)6(4C.3.8)<C0.01C8(5.9)8(5C.3.9)C0.86<C0.01C0.16.1(.4.3.1)1(.1.C2.8)<C0.01点眼容器が睫毛や減った(n=27)8(6.9)9(8.10)C0.081(0.2)減らない(n=45)9(7.5.10)6(2.5.9)<0.01C.2(.5.5.1)眼に触れる回数p値2)(減Cvs減らない)C0.02<0.01<0.01手が震えて点眼減った(n=11)8(7.8)9(8.10)C0.362(.2.3)減らない(n=61)9(7.10)7(3.5.9)<0.01C.1(.4.5.1)できない回数p値2)(減Cvs減らない)C0.07C0.04C0.02C点眼の位置がわかりYes(n=36)8(6.3.9)9(8.10)C0.021(0.2)No(n=36)9(8.10)5(1.3.8)<0.01C.3(.6.C.0.2)やすくなったかp値2)(YesvsNo)C0.02<0.01<0.01中央値(四分位範囲),1)Wilcoxon符号付順位和検定,2)Mann-WhitneyU検定.いることが影響したと考えられる.最後に,Justinで点眼の位置がわかりやすくなった者は,B群でC74%,全体でも半数を占めた.このことから,Justinの三つの開発目的のうち,点眼の位置がわかりやすくなるという点がもっとも効果的であったと考えられた.CJustCin使用前後の点眼操作の評価スコアは,対象全体およびCA群で有意に低下した.本研究ではCA群が全体の約3/4を占め,A群の結果が全体の結果に影響したと考えられる.JustCinを使用しない理由として「点眼容器に取り付けるのが面倒」という回答がもっとも多く,もともと上手に点眼できる者にとってはむしろ点眼操作が増え評価が低下したと考えられた.一方CB群では,評価スコアはCA群に比べ有意に増加し,点眼に必要な滴下数も使用前より有意に減少した.また,点眼容器の接触が減った,手が震えて点眼できない回数が減った,点眼の位置がわかりやすくなったと回答した者で評価スコアの有意な増加がみられたことから,補助具なしで点眼操作が困難な患者においてCJustinは有用であると考えられた.Newman-Caseyらは,190人の緑内障患者の点眼アドヒアランスを調査し,約C1/5の患者が補助具の使用に興味を示したと報告している3).本研究においても,Justinを今後も使用したい者,改善されれば使用したい者を合わせると半数近い患者が点眼補助具の使用に前向きであり,患者が点眼操作の向上を望んでいることがわかった.Sanchezらは,点眼操作が困難なC50人の緑内障患者に対し点眼補助具の使用意義を検討した.補助具により点眼操作が向上し,対象の94%が補助具使用を好んだと報告している6).Justinについても,点眼操作が困難な患者のみを対象としてさらに検討が必要と考えられた.本研究のClimitationとして,Justinはディンプルボトル製品専用であり,本研究の対象は同製品を使用している者に限られた.そのため,本研究の結果は,神戸大学附属病院眼科で診療中の全緑内障患者の結果を反映しているとはいえない.また,両眼の視力がC0.1より低下した者は除外しており,ロービジョン患者における点眼補助具の有用性についてはさらに検討が必要である.結論として,Justinは点眼操作に問題がない患者においては点眼操作性を低下させるが,点眼にC2滴以上要する患者においては,Justin使用により滴下数の減少と点眼操作の向上がみられ,Justinは有用であると考えられた.利益相反開示:本研究は,参天製薬株式会社からの資金提供により実施された.筆者である大塚尚美,髙木泰孝,堀清貴は参天製薬株式会社の社員である.文献1)StoneJL,RobinAL,NovackGDetal:Anobjectiveeval-uationCofCeyedropCinstillationCinCpatientsCwithCglaucoma.CArchOphthalmolC127:732-736,C20092)GuptaCR,CPatilCB,CShahCBMCetal:EvaluatingCeyeCdropCinstillationCtechniqueCinCglaucomaCpatients.CJCGlaucomaC21:189-192,C20123)Newman-CaseyCPA,CRobinCAL,CBlachleyCTCetal:MostCcommonCbarriersCtoCglaucomaCmedicationadherence:aCcross-sectionalCsurvey.COphthalmologyC122:1308-1316,C20154)NaitoCT,CNamiguchiCK,CYoshikawaCKCetal:FactorsCa.ectingCeyeCdropCinstillationCinCglaucomaCpatientsCwithCvisual.elddefect.PLoSOneC12:e0185874,C20175)NaitoT,YoshikawaK,NamiguchiKetal:Comparisonofsuccessratesineyedropinstillationbetweensittingposi-tionandsupineposition.PLoSOneC13:e0204363,C20186)SanchezCFG,CMansbergerCSL,CKungCYCetal:NovelCeyeCdropCdeliveryCaidCimprovesCoutcomesCandCsatisfaction.COphthalmolGlaucomaC12:4:440-446,C20217)McClellandJF,BodleL,LittleJ-A:Investigationofmedi-cationCadherenceCandCreasonsCforCpoorCadherenceCinCpatientsConClong-termCglaucomaCtreatmentCregimes.CPatientPreferAdherenceC13:431-439,C20198)小長谷百絵,林みつる,いとうたけひこほか:高齢者にとっての点眼容器の使いやすさに関する研究.人間工学C51:441-448,C20159)細田源浩,塚原重雄,岡部忠志:緑内障患者使用中の点眼薬の微生物汚染.あたらしい眼科C11:755-757,C1994***

緑内障連絡カードを用いた患者の病識向上と他科, 薬局との連携強化

2022年6月30日 木曜日

《第32回日本緑内障学会原著》あたらしい眼科39(6):803.807,2022c緑内障連絡カードを用いた患者の病識向上と他科,薬局との連携強化金原左京*1井上賢治*1國松志保*2石田恭子*3富田剛司*1,3*1井上眼科病院*2西葛西・井上眼科病院*3東邦大学医療センター大橋病院眼科ImprovementinGlaucomaInsightandCooperationStrengtheningUsingtheGlaucomaInformationCardSakyoKanehara1),KenjiInoue1),ShihoKunimatsu-Sanuki2),KyokoIshida3)andGojiTomita1,3)1)InouyeEyeHospital,2)NishikasaiInouyeEyeHospital,3)DepartmentofOphthalmology,TohoUniversityOhashiMedicalCenter目的:日本眼科医会から配布された緑内障連絡カードの有効性を検討した.対象および方法:2020年12月の外来受診時に緑内障連絡カードを渡した緑内障患者2,877例のうち,2021年3月に外来受診し,アンケート調査に協力した526例を対象とした.緑内障連絡カードでは緑内障病型(開放隅角,閉塞隅角),緑内障禁忌薬の使用の可否を指示している.アンケートは①緑内障病型の認識,②緑内障禁忌薬の認識,③緑内障連絡カードを他科や薬局で提示したか,④緑内障連絡カードの評価とした.結果:診断は開放隅角497例(94.5%),閉塞隅角16例(3.0%)などだった.緑内障禁忌薬の「使用制限はありません」が98.9%だった.アンケート結果は①緑内障病型を知っていた38.8%,②禁忌薬を知っていた43.3%,③緑内障連絡カードを提示した27.0%,④緑内障連絡カードは良い51.9%,まあ良い25.7%だった.結論:緑内障連絡カードは緑内障患者の病識を向上させた可能性がある.Purpose:Toinvestigatethee.cacyoftheJapanOphthalmologistsAssociationglaucomapatientinformationcard.PatientsandMethods:2,877glaucomapatientsreceivedtheglaucomainformationcardatoutpatientclinicsinDecember2020,and526patientscompletedaquestionnaireinMay2021.Thecardindicatesadiagnosis(open-angleorangle-closure)andwhetherornotglaucomacontraindicateddrugscanbeused.Thequestionnairecon-sistedof1)recognitionoftheglaucomatype,2)recognitionofthecontraindicateddrugs,3)whetherthecardwaspresentedatotherclinicsorpharmacies,and4)evaluationofthecard.Results:Inthe526patients,theglaucomatypewasopen-anglein497(94.5%)andangle-closurein16(3.0%),and98.9%ofthepatientshadnorestrictiononthetypeofmedicationsadministered.Thepatientquestionnaire.ndingsrevealedthat38.8%knewtheglauco-matype,43.3%knewthecontraindicateddrug,27.0%hadpresentedthecard,and51.9%deemedthecardgoodwhile25.7%deemedthecardsomewhatgood.Conclusion:Useoftheglaucomainformationcardwasfoundtoimproveinsightintoglaucomaandstrengthencooperationwithotherdepartmentsand/orpharmacies.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)39(6):803.807,2022〕Keywords:緑内障連絡カード,閉塞隅角,開放隅角,抗コリン作用,緑内障禁忌薬.informationcardofglauco-ma,angle-closure,open-angle,anticholinergicagent,contraindicantofglaucoma.はじめに抗コリン作用や交感神経刺激作用を有する薬剤は投与することで瞳孔が散大し,隅角が閉塞し,急性緑内障発作をひき起こす危険がある.そのためこれらの薬剤は閉塞隅角患者には投与が禁忌とされている.実際に緑内障禁忌と記載のある薬剤は,精神・神経治療薬(抗不安薬など),中枢神経治療薬(抗てんかん薬・抗Parkinson病治療薬),消化性潰瘍治療薬(鎮痙薬),抗ヒスタミン薬,循環器系治療薬,排尿障害治療薬,気管支拡張薬と多岐にわたっている.しかし,薬剤添付文書では禁忌病名に緑内障とだけ記載されている場合〔別刷請求先〕金原左京:〒101-0062東京都千代田区神田駿河台4-3井上眼科病院Reprintrequests:SakyoKanehara,M.D.,InouyeEyeHospital,4-3Kanda-Surugadai,Chiyoda-kuTokyo101-0062,JAPAN0910-1810/22/\100/頁/JCOPY(107)803表面・裏面中面図2「緑内障連絡カード」のアンケート調査用紙図1日本眼科医会「緑内障連絡カード」が多く,開放隅角緑内障患者では投与が禁忌ではないことはあまり知られていない.患者が自分の緑内障病型を理解していれば,他科での薬剤投与の際に混乱をきたすことが少ないので,医師は患者に緑内障病型を説明している.しかし,患者が自分の緑内障病型を正確に理解することはむずかしい.そこで一部の診療所,病院では患者の緑内障病型や禁忌薬を記したカードを配布している1.4).これらのカードは統一されておらず,また地域限定であり,全国民にカードの恩恵が行き渡っていないのが問題である.そのため公益社団法人日本眼科医会では広島県眼科医会が作成した「緑内障情報連絡カード」を基にして緑内障連絡カード(図1)を2020年10月に作成し,全国の会員に配布した.今回「緑内障連絡カード」を井上眼科病院の外来を受診した緑内障患者に渡し,その効果と問題点を検討した.I対象および方法2020年12月より井上眼科病院(以下,当院)では外来受診時に緑内障患者に対して「緑内障連絡カード」を渡している.2020年12月に「緑内障連絡カード」を渡した2,877例のなかで2021年3月に外来を受診し,以下に示すアンケート調査に協力した526例を対象とした.「緑内障連絡カード」では,緑内障病型(開放隅角,閉塞隅角,その他)を提示し,緑内障禁忌薬の使用については「使用制限はありません」「抗コリン作用・交感神経刺激作用のある薬剤の使用禁止」「眼科への問い合わせ希望」を指示している.「緑内障連絡カー閉塞隅角3.0%開放隅角+その他1.0%図3「緑内障連絡カード」に記された緑内障の病型ド」の病型は,主治医の判断のもと記載した.アンケート調査の内容(図2)は,①緑内障病型を知っていたか,②緑内障の禁忌薬を知っていたか,③「緑内障連絡カード」を他科や薬局で提示したか,④「緑内障連絡カード」の評価,感想とした.さらに「緑内障連絡カード」の配布が薬剤に関する当院への問い合わせ件数に及ぼす影響を評価した.具体的には患者・家族,あるいは調剤薬局から当院への薬剤使用可否の問い合わせ件数を「緑内障連絡カード」配布前(2020年9.11月)と配布後(2021年1.3月)の各3カ月間で比較した.本研究は井上眼科病院の倫理委員会で承認を得た.研究の趣旨と内容を患者に開示し,患者の同意を文書で得た.II結果対象患者526例の内訳は男性247例,女性279例だった.年齢は67.0±11.8歳(平均値±標準偏差),24.98歳だった.「緑内障連絡カード」に記載した緑内障の病型は,開放隅角497例(94.5%),閉塞隅角16例(3.0%),その他8例(1.5%),開放隅角+その他5例(1.0%)だった(図3).緑内障禁忌薬の使用は,「使用制限はありません」520例(98.9%),「抗コリン作用・交感神経刺激作用のある薬剤の使用禁止」5例(1.0%),「抗コリン作用・交感神経刺激作用のある薬剤の使用禁止+眼科への問い合わせ希望」1例(0.2%)だった(図4).アンケートの結果を以下に示す.問①「緑内障連絡カード」をもらう前にご自分の緑内障の病型をご存じでしたか?知っていた204例(38.8%),知らなかった317例(60.3%),その他5例(1.0%)問②「緑内障連絡カード」をもらう前に緑内障の禁忌薬についてご存じでしたか?知っていた228例(43.3%),知らなかった297例(56.5%),未回答1例(0.2%)問③他科の受診の際などに実際に「緑内障連絡カード」図4「緑内障連絡カード」に記された緑内障禁忌薬の使用を提示しましたか?提示した142例(27.0%),提示しなかった332例(63.1%),その他52例(9.9%)問③-1具体的にどこで提示されましたか?(重複あり)他科83例(58.5%),薬局83例(58.5%),その他2例(1.4%)問③-2「緑内障連絡カード」は役立ったと思いますか?役立った90例(63.4%),まあ役立った26例(18.3%),あまり役立たない4例(2.8%),役立たない3例(2.1%),その他14例(9.9%),未回答5例(3.5%)問④「緑内障連絡カード」についての評価,ご感想をお聞かせください.良い273例(51.9%),まあ良い135例(25.7%),あまり良くない7例(1.3%),良くない3例(0.6%),その他105例(20.0%),未回答3例(0.6%).感想は,評価が「良い」「まあ良い」と回答した人では,安心して処方薬が服薬できる,自分に対して安心感がある,向こうの病院の医師に伝わってよかったなどだった.評価が「あまり良くない」「良くない」と回答した人では,とくに見せても何もなかった,提示したが先生から何もいわれなかったなどだった.薬剤に対する当院への問合せ件数は,配布前は患者・家族からの問合せ53件,調剤薬局からの問合せ22件の合計75件だった.配布後は患者・家族からの問合せ47件,調剤薬局からの問合せ20件の合計67件だった.III考按緑内障禁忌薬は多数存在する.日本医薬情報センター発刊の2015版の医療用一般用医薬品集に掲載されている医薬品21,311剤中緑内障禁忌薬は1,255剤(5.9%)であった1).緑内障禁忌の理由は眼圧上昇の恐れで,作用機序として抗コリン作用を有する(77%)がもっとも多かった.閉塞隅角の患者が抗コリン作用を有する緑内障禁忌薬を投与することで眼圧が上昇,あるいは急性緑内障発作を誘発することが問題となる.しかし,原発閉塞隅角緑内障あるいは原発閉塞隅角緑内障疑い患者は日本緑内障学会が行った疫学調査では0.83%と少数である5).開放隅角緑内障患者が圧倒的に多いにもかかわらず,それらの患者が緑内障のために本来他科の治療で使用可能である抗コリン作用を有する薬剤を使用できないことが問題である.つまり患者が緑内障病型(開放隅角緑内障あるいは閉塞隅角緑内障)を知っていることは他科の治療にとっても有益である.外来通院中の緑内障患者,緑内障手術で入院した緑内障患者の緑内障禁忌薬の使用を調査した報告がある.外来通院中の閉塞隅角緑内障患者83例のうち16例(19.3%)で緑内障禁忌薬が投与されていた6).11例はレーザー虹彩切開術や線維柱帯切除術などの眼科的外科処置が行われていた.1例は失明し,眼圧は0mmHg程度だった.残りの4例のうち2例に対してレーザー虹彩切開術を行い,他の2例は内科での緑内障禁忌薬の処方を中止してもらった.緑内障手術で入院した緑内障患者のうち38例が他科での処方薬があった7).そのなかの5例(13.2%)で緑内障禁忌薬が投与されていた.2例は開放隅角緑内障で,1例は眼科で眼圧が急激に上昇しないように処置済みだった.2例は閉塞隅角緑内障で緑内障禁忌薬は手術後まで投与中止となった.今回の「緑内障連絡カード」と同様の試みは各地で行われている.具体的には投薬禁忌がある由を記載したカードと投薬禁忌がない由を記載したカード2),緑カードと赤カード3),隅角シール(「私は開放隅角です」と「私は閉塞隅角・狭隅角です」)1),「閉塞隅角緑内障,狭隅角眼の方へ」と「緑内障(経過観察を含む),高眼圧症の方へ」4)などがあり,これらのカードやシールはすべて2枚に分けられている.日本眼科医会では全国に配布するためカードはシンプルにと考えて1枚にした.今回の緑内障病型は,開放隅角94.5%,閉塞隅角3.0%で,開放隅角が圧倒的に多かった.多治見スタディでの緑内障病型は疑い症例を含むと原発開放隅角緑内障80.2%,原発閉塞隅角緑内障11.0%だった5).今回,閉塞隅角が少なかった理由として,外来受診した患者を対象としたため,原発閉塞隅角症,原発閉塞隅角症疑い患者は眼科に通院していない可能性が考えられる.また,白内障手術により相対的瞳孔ブロックを解除した患者では,元来閉塞隅角であるが,臨床的には開放隅角と診断されている可能性が考えられる.今回の対象の緑内障病型は閉塞隅角が16例だったが,緑内障禁忌薬の使用の可否では「抗コリン作用,交感神経刺激作用のある薬剤の使用禁止」は6例だった.閉塞隅角でもレーザー虹彩切開術や白内障手術施行眼では「使用制限はありません」と記載されたため人数に差があったと考えられる.他科や薬局では最終的に緑内障禁忌薬の使用についてを参照していただきたいと考えている.今回のアンケート調査の結果を年代により差があるかどうかを検証する目的で,65歳以上(317例)と65歳未満(209例)で比較した(c2検定).問①緑内障病型を知っていたかについては差がなかった(p=0.1750).問②禁忌薬を知っていたかは,「知っていた」が65歳未満症例で65歳以上症例より有意に多かった(p<0.05).問③「緑内障連絡カード」を提示したかは,「提示した」が65歳以上症例で65歳未満症例より有意に多かった(p<0.001).若年・中年者のほうが禁忌薬を学ぶ機会・手段が多く,高齢者のほうが他科に受診している人が多いことが関与していると考えられる.過去の報告2)では事前に緑内障禁忌薬の知識があったのは52例(29%),今回「知っていた」と回答した患者は228例(43.3%)で,今回のほうが多かった.しかし,過去の報告2),今回ともに緑内障禁忌薬の知識は50%以下であり,診療時に眼科医が患者に緑内障の禁忌薬について重点的に説明すべきである.実際に他科や薬局で「緑内障連絡カード」を提示したのは過去の報告2)では66%,今回は27.0%だった.今回のほうが「緑内障連絡カード」を提示した患者の割合が少なかったが,過去の報告2)の対象者はカードを渡してから3カ月以上経過した症例で,今回よりも期間が長かったことが一因と考えられる.今回の「緑内障連絡カード」の提示先は他科と薬局が多く,同数だった.今後,他科や薬局での「緑内障連絡カード」の提示がさらに増加すると考えられる.「緑内障連絡カード」が役に立ったと回答したのは,過去の報告2)では56%,今回は81.7%だった.今回配布した「緑内障連絡カード」は患者に好評であった.「緑内障連絡カード」の問題点として隅角の状態が経過とともに変化する可能性があり,過去の報告では有効期限を設ける2)ことがあげられている.アンケート調査での「緑内障連絡カード」の評価として「あまり良くない」「良くない」と回答した人では提示しても反応がなかったという意見が多かった.薬局や他科への「緑内障連絡カード」の周知が今後必要と思われる.実際に笠岡市で行われた「緑内障禁忌薬投与可否カード」の運用では地元医師会で説明を行い,他科との連携が機能したと報告されている2).薬剤に対する当院への問合せ件数は,配布後に配布前に比べてやや減少傾向にあった.今回,他科や薬局で「緑内障連絡カード」を提示した患者は27.0%とまだ少なかったが,期間が長くなれば,提示する患者が増えて,薬剤に対する当院への問合せ件数はさらに減少すると予想される.もしそうなれば,患者,薬局,当院にとって有益である.今後も長期的な効果を検討する必要がある.今回,緑内障の病型と緑内障禁忌薬の使用可否を記した「緑内障連絡カード」を緑内障患者に配布した.「緑内障連絡カード」は緑内障患者の病識を向上させた可能性がある.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)細川由美,奥山和江,上神千里ほか:「緑内障注意」の薬剤について.当院の取り組み..日本視機能看護学会誌1:129-131,20162)永山幹夫,永山順子,東馬千佳ほか:緑内障禁忌薬投与可否カードを用いた他科連携.臨眼69:1557-1561,20153)馬場哲也:緑内障連絡カードを用いた医療連携に対するアンケート調査.香川県眼科医会報160:15-20,20214)井上賢治:第5回緑内障診療に影響する薬剤-薬剤師なら知っておきたい-薬剤性眼障害のキホン.調剤と情報26:74-78,20195)YamamotoT,IwaseA,AraieMetal:TheTajimiStudyreport2:prevalenceofprimaryangleclosureandsec-ondaryglaucomainaJapanesepopulation.Ophthalmology112:1661-1669,20056)遠藤奈々,鈴木敦子,片桐歩ほか:緑内障と禁忌薬第1報当院眼科外来における緑内障患者の禁忌薬使用実態調査.新潟県厚生連医誌10:60-63,20007)村中直子,藤田美奈,川上由紀子ほか:緑内障患者における投与禁忌薬の使用実態と適正使用.医療薬学30:276-279,2004***

基礎研究コラム:61.前眼部診断AIの研究開発

2022年6月30日 木曜日

前眼部診断AIの研究開発前眼部診断AI開発はむずかしい眼科診療では眼底写真や光干渉断層撮影などを使用し,眼科医の視診によって診断を下します.すなわち,眼科は画像診断を行う診療科といえます.そのため,眼科画像を用い,機械学習を行い,診断人工知能(arti.cialintelligence:AI)を開発する研究が可能です.とくに海外では,眼底写真などの画像から眼科医のアノテーションをもとに診断CAIを開発する流れが盛んで,糖尿病網膜症,加齢黄斑変性などの眼底疾患の診断を行うアルゴリズム開発が行われています1).一方,前眼部疾患に関しては世界的にも研究開発が行われていません.これは,診断CAI開発に必要な細隙灯顕微鏡で撮影された前眼部画像を,①大量に集めることが困難で,②画像規格が一定でなく,③診察方法が医師によって異なる,ことが原因としてあげられます.前眼部診断AI開発のこころみ筆者らはこの問題に対し,ポータブルに大量の前眼部画像を同一規格と診察方法で収集可能な細隙灯顕微鏡CSmartCEyeCamera(SEC)に着目しました.筆者らが開発したSECは,スマートフォンに取り付けてスマートフォンのカメラと光源を利用して前眼部の観察を行う医療機器で,①動画で撮影することでC1症例から大量の,②スマートフォンのカメラを使用することで同一規格の,③撮影方法が限られているため,同一診察方法の前眼部画像が収集可能です.SECを用い前眼部疾患診断CAI開発の可能性を検証するため,まず初めに代表的な前眼部疾患であり世界の失明原因の第一位である白内障の診断CAI開発を試みました(図1).SECを用いて撮影された大量の白内障画像を後向きに収集し,眼科専門医によるアノテーションと機械学習を行っ図1SECの使用シーンOpthalmologistOTHERNUC0清水映輔慶應義塾大学医学部眼科学教室株式会社COUIて,白内障診断CAIアルゴリズムを開発しました.1,268眼(21,306フレーム)を使用した機械学習の結果,白内障診断において感度C94.8%,特異度C95.0%を達成しました.このアルゴリズムは散瞳眼と無散瞳眼が混在しており,散瞳眼のみ(525眼)では感度C98.0%,特異度C88.3%,無散瞳眼のみ(743眼)では感度C90.4%,特異度C96.2%でした(図2).前眼部画像を用いた白内障診断CAI開発の既報は唯一中国に存在し,37,638枚の前眼部画像を学習,その感度はC92.0%,特異度はC83.9%でした2).これらの結果より,SECを用いた動画撮影による機械学習の手法は,白内障診断CAI開発に有用である可能性が示されました.また,他の前眼部疾患の診断CAI開発に関しての既報では,1枚の前眼部画像を切り抜き・反転などでC6倍に増やして学習用データとして使用しており3),本研究手法と類似しているため,動画撮影による機械学習の方法が他前眼部疾患の診断CAI開発にも有用である可能性が示唆されます.前眼部診断CAIの開発は世界的にも発展途上ですが,SECを用いた動画撮影により飛躍的に発展する可能性があります.白内障以外に,角膜疾患やドライアイ,アレルギー性結膜疾患など応用される可能性もあります.文献1)SonCJ,CShinCJY,CKimCHDCetal:DevelopmentCandCvalida-tionofdeeplearningmodelsforscreeningmultipleabnor-malC.ndingsCinCretinalCfundusCimages.COphthalmologyC127:85-94,C20202)WuCX,CHuangCY,CLiuCZCetal:UniversalCarti.cialCintelli-genceplatformforcollaborativemanagementofcataracts.BrJOphthalmolC103:1553-1560,C20193)LiZ,JiangJ,ChenKetal:PreventingcornealblindnesscausedCbyCkeratitisCusingCarti.cialCintelligence.CNatCCom-munC12:3738,C2021Non-mydriatic+Mydriaticeyes7004.7e+0225600value(95%信頼区間)500正確度0.949(0.935~0.959)400感度0.948(0.937~0.957)300特異度0.950(0.933~0.963)407.3e+02200AUC0.965(0.955~0.975)100(AUC:ROC曲線下面積)NUC0_predOTHER_predAIestiamtion図2白内障診断AIアルゴリズムの感度と特異度本研究結果はC2019年の「第C2回日本眼科CAI学会総会」で発表した.(101)あたらしい眼科Vol.39,No.6,2022C7970910-1810/22/\100/頁/JCOPY

硝子体手術のワンポイントアドバイス:シリコーンオイル注入眼 に対するヤグレーザー後 囊切開術(中級編)

2022年6月30日 木曜日

硝子体手術のワンポイントアドバイス●連載229229シリコーンオイル注入眼に対するヤグレーザー後.切開術(中級編)池田恒彦大阪回生病院眼科●はじめにシリコーンオイル(siliconeoil:SO)注入眼に生じた後発白内障に対してヤグレーザー後.切開術を施行する機会は少ないが,SO抜去の適応時期ではない場合や毛様体機能不全のため抜去困難な患者に対しては,視力改善あるいは眼底の視認性を改善する目的で適応となることがある.C●症例提示症例C1:40歳,女性.左眼のアトピー性網膜.離に対して複数回の硝子体手術を施行し,SO下で網膜は復位していたが,後発白内障が進行し眼底の視認性が低下した.眼底の再増殖,再.離の有無を確認するためにヤグレーザー後.切開術を施行した.術中に発生した気泡および後.破片がCSOにトラップされて移動せず,視認性の確保に苦慮した.出力C0.7~0.9CmJでC120発の照射数を要したにもかかわらず,切開部位を大きくすることが困難であった(図1).術後,矯正視力は眼前手動弁からC0.01とやや改善を認めたが,本人のCSO抜去の希望はなく経過観察にとどめている.症例C2:44歳,女性.左眼の全身性エリテマトーデス網膜症と多発性後極部網膜色素上皮症による続発網膜.離に対して複数回の硝子体手術を施行し,SOタンポナーデで網膜は復位したが,後発白内障が進行したためヤグレーザー後.切開術を施行した.0.7CmJで約C100発施行したが,症例C1と同様,気泡や後.の破片が移動せず,術終了時には混濁が残存した.2日後には気泡および後.の破片は移動し,やや範囲は狭いが瞳孔中央部の混濁は軽減した(図2).眼底の視認性はやや改善したが,黄斑浮腫のため矯正視力はC0.04にとどまった.C●SO注入眼に対するヤグレーザー後.切開術の問題点DietleinらはC5眼のCSO注入眼に対してヤグレーザー後.切開術を施行し,後.切開に要するパワーが大きく,3眼は後.切開が完遂できず,2眼でC2カ月後に後(99)C0910-1810/22/\100/頁/JCOPY図1症例1の細隙灯顕微鏡写真(a:術前,b:術後)術中に発生した気泡や後.の破片がCSOにトラップされて移動せず,視認性の確保に苦慮した.多数の照射を要したにもかかわらず十分な切開範囲が得られなかった.図2症例2の細隙灯顕微鏡写真(a:術前,b:術直後,c:術2日後)術終了時には混濁が残存したがC2日後には気泡および後.の破片は移動し,やや範囲は狭いが瞳孔中央部の混濁は軽減した.発白内障の再発が生じたと報告している1).SO注入眼ではCSOの界面張力で後.が後方から圧迫されているため,眼内レンズと後.の間隙がほとんどなく,ヤグレーザーの焦点を正確に合わせないと眼内レンズにクラックが生じやすい.また,術中に発生した気泡や後.の破片がCSOにトラップされて移動しにくく,切開に要する出力が大きくなりがちである.通常,2~3日で気泡は上方に,後.の破片は下方に移動することが多いが,1回で十分な切開範囲が得られず,複数回の施行を余儀なくされることもある.また,切開が大きいと前房内にCSOが脱出する危険性がある.SO眼に対してヤグレーザー後.切開術を施行する際には,上記のことを念頭においたうえで慎重に行う必要がある.文献1)DietleinCTS,CLukeCC,CJacobiCPCCetal:Neodymium:YAGClaserCcapsulotomyCinCvitrectomizedCpseudophakicCeyesCwithCpersistentCendotamponade.CJCCataractCRefractCSurgC29:2385-2389,C2003あたらしい眼科Vol.39,No.6,2022C795

考える手術:Minimally Invasive Glaucoma Surgery(MIGS): マイクロフックを用いたab interno トラベクロトミー

2022年6月30日 木曜日

考える手術⑥監修松井良諭・奥村直毅MinimallyInvasiveGlaucomaSurgery(MIGS):マイクロフックを用いたabinternoトラベクロトミー徳田直人聖マリアンナ医科大学眼科学教室緑内障手術の目的はただ一つ,「眼圧を下げること」である.手術で眼圧を下げる方法は大きく濾過手術と流出路再建術の二つに分けられる.この二つの術式の特徴を一言で説明するならば,濾過手術は「ハイリスク,ハイリターン」,流出路再建術は「ローリスク,ローリターン」となる.つまり,濾過手術は「眼圧はよく下がるものの,合併症が心配な術式」であり,流出路再建術は「合併症のリスクは少ないものの,眼圧の下がりは濾過手術にはかなわない」ということである.目標眼圧を低く設定せざるをえない進行した緑内障には濾過手術が必けられ,眼内法は結膜切開も縫合もほとんどないため,低侵襲緑内障手術(minimallyinvasiveglaucomasurgery:MIGS)とよばれている.本稿では眼内法として谷戸氏abinternoトラベクロトミーマイクロフック(μフック)を用いた術式(μLOT)を紹介する.μLOTを行ううえでもっとも重要なポイントは「視認性」である.手術用隅角鏡と顕微鏡を駆使することで視認性は向上する.μLOTを行うにあたり,白内障手術創口ではなくサイドポートからμフックを挿入すること,そしてμフックは創口を支点にして動かすことを意識することより,前房内から粘弾性物質を漏らさず,高い視認性を維持したまま線維柱帯を切開することができる.また,μLOTは白内障手術と同時に行うことができることも利点としてあげられるが,その際には,はじめに前.切開を行い,そのあとにμLOT,そして水晶体摘出の順で行うことで,μLOT時により高い視認性を得ることができる.聞き手:μLOTを行うにあたり,重要なポイントはなMIGSでは太刀打ちできない緑内障病型があるというこんでしょうか?とです.徳田:MIGSの重要なポイントをあげるとしたら,①適応,②視認性,③術後管理です.適応については,聞き手:それはどの緑内障病型ですか?MIGSが「ローリスク,ローリターン」な緑内障術式で徳田:血管新生緑内障は術後激しい前房出血を起こす可あることを忘れてはいけないと思います.緑内障術式は能性が高く,MIGSの適応にはなりません.また,ぶど病期,病型,そして患者背景を考慮して決めますが,こう膜炎続発緑内障にも効果があったとする論文もあるよの中で私が一番重要と考えるのが「病型」です.つまりうですが,予後の観点から選択すべきではないと考えま(97)あたらしい眼科Vol.39,No.6,20227930910-1810/22/\100/頁/JCOPY考える手術す.過去の手術などが原因で無硝子体眼になった眼の続発緑内障にも効果が薄いと考えています.聞き手:ではそれ以外の緑内障病型はMIGSの適応になり得るということでしょうか?徳田:そこで重要になってくるのが病期と患者背景です.たとえば,開放隅角で緑内障点眼薬を複数使用している高齢者に対して白内障手術を行う際にMIGSを同時に行うことは,術後に緑内障点眼薬を減らすことができる可能性もあるのでよい適応といえるでしょう.聞き手:白内障手術とμLOTの相性はどうでしょう.徳田:白内障手術により隅角が開大し,術中に前房洗浄できることなどから,μLOTをMIGS白内障手術との相性はよいといえます.聞き手:白内障手術とμLOTを同時に行うに際して重要なポイントはなんでしょうか?徳田:手術の順番と考えています.つまり白内障手術を行ったのちにμLOTをするのか,それともμLOTをしてから白内障手術をするのか,ということです.前者の場合,水晶体摘出により前房隅角が開大し,その後アセチルコリン塩化物であるオビソートを前房内に注入(適用外使用)し,縮瞳させてからμLOTを行うため,理論上ではこの順番がよいのですが,私はあえて後者をお勧めします.μLOTの重要なポイントは「視認性」です.手術用隅角鏡を使用する手術では角膜を通して隅角を観察します.より角膜がクリアな状態でμLOTを行うためには,水晶体摘出の前にμLOTを行うほうが優れていると思います.緑内障を併発している白内障症例では,「浅前房,散瞳不良,Zinn小帯脆弱」といった「難治白内障3拍子」がそろっていることも多く,白内障手術の際に角膜にかかるストレスも多くなりがちです.このような症例の水晶体摘出後の角膜は多かれ少なかれ視認性が落ちてしまうので,そのような状態になる前にμLOTを施行しておくことがよいと考えます.聞き手:μLOTを白内障手術よりも先に行うということは散瞳状態でμLOTを行う,ということですか?徳田:理論上,散瞳時のほうが隅角は狭くなり隅角の観察がしにくくなりそうですが,正しい手術用隅角鏡の使用法で行えば通常は散瞳下でも線維柱帯を同定できます.ただしμLOT時は水晶体前.への注意が向かなくなるため,前.切開は先に終わらせておきたいです.聞き手:μLOTを行う際に使用する眼粘弾剤にはこだ794あたらしい眼科Vol.39,No.6,2022わりはありますか?徳田:前房内操作をするので角膜内皮細胞を保護する目的で分散型(ビスコート)を,前房形成を良好に保つために凝集型(高分子量のヒアルロン酸ナトリウム:ヒーロン)の眼粘弾剤を使用します.前.切開の際にこの二つの眼粘弾剤を使用しています.聞き手:正しい手術用隅角鏡の使用法とはどのようなものでしょうか?徳田:手術用隅角鏡はプリズムレンズです.プリズムレンズでは分厚い基底の方向に光が曲がります.手術用隅角鏡を眺めてみると,どうしたら上手に手術用隅角鏡が使えるのか見えてきます.プリズムレンズの基底部を見えるようにすればより光が曲げられるわけですから,頭位は術者の反対側に向け,手術用顕微鏡は手前にあおる必要があります.顕微鏡を手前にあおると,同時に鏡筒が下がるため椅子の高さを下げるとよいです.聞き手:線維柱帯切開について教えてください.徳田:まず眼圧が保たれていることを確認します.眼粘弾剤が抜けると眼圧が低くなりますので,手術用隅角鏡を角膜に載せると角膜に皺がより,良好な視認性が得られません.必要に応じて眼粘弾剤の追加を検討すべきでしょう.サイドポートからμフックを前房内の中心部を越えたところまで挿入し,その時点で手術用隅角鏡を載せます.強膜岬の上に存在する線維柱帯をμフックで切開していきますが,その際,「μフックは創口を支点にして動かす」ということが重要です.これができないと創口から眼粘弾剤が漏れ,眼圧が保てなくなります.線維柱帯を切開する際にμフックをあまり奥に入れず,軽い抵抗を感じつつ手前に引くイメージで切開していくことで,Schlemm管の奥にある強膜まで切ってしまうことを防ぐことができます.聞き手:他に重要なポイントはありますか?徳田:「いかに術後に前房出血を残さないか」ということです.線維柱帯切開術ですから術中,術後の前房出血は必発ですが,術後にニボーを生じるような前房出血ではかなり高率に一過性眼圧上昇をきたすため,前房出血は避けたい術後合併症です.術後前房出血を生じさせない重要なポイントは「手術終了時に眼圧を上げ圧迫止血してから開瞼器を外す」ことです.原始的な方法ですが,これで術後前房出血は非常に少なくなります.眼圧を下げる手術をしたはずなのに逆に眼圧が上がってしまうことがないように気をつける必要があると思います.(98)

抗VEGF治療:加齢黄斑変性:トリアムシノロン併用ブロルシズマブ硝子体内注射

2022年6月30日 木曜日

●連載120監修=安川力髙橋寛二100加齢黄斑変性:トリアムシノロン併用木許賢一大分大学医学部眼科学講座ブロルシズマブ硝子体内注射ブロルシズマブは非常に良好な滲出液の抑制効果(.uidコントロール)を示すが,投与後の眼内炎症がC10%以上の患者に発症し,臨床上無視できない.既存の薬剤で鎮静化できない難治例に対して,ブロルシズマブを使用したいが眼内炎症の発症を危惧して躊躇する場合は,予防的にトリアムシノロンを併用するのも選択肢の一つである.トリアムシノロン併用ブロルシズマブ硝子体内注射滲出型加齢黄斑変性(age-relatedCmacularCdegenera-tion:AMD)治療において網膜下滲出液,網膜色素上皮.離(pigmentCepithelialdetachment:PED)および網膜内滲出液のC.uidの有無は維持期における再治療の判断基準となる重要な所見である.未治療のCAMD患者を対象にブロルシズマブのアフリベルセプトに対する非劣図1ブロルシズマブ硝子体内注射後の網膜血管炎・動脈閉塞例(57歳,男性)a:広角眼底写真.動脈の白鞘化が後極部から周辺にわたって散在する().周辺部では静脈閉塞もみられる.視力は投与前の(0.5)から(0.05)に低下した.Cb:蛍光眼底造影写真の後期像(11分C23秒).左はフルオレセイン蛍光造影.右はインドシアニングリーン蛍光造影で動脈閉塞部位がよくわかる.性を検証したCHAWK/HARRIER試験において,ブロルシズマブはアフリベルセプトより優れたC.uidコントロールをもたらすことが示された1).難渋するCAMD治療に対する切札として大きな期待とともに登場したブロルシズマブであるが,良好なC.uidコントロールと同時に,投与後に眼内炎症,網膜血管炎,網膜血管閉塞を生じるケースがあることが判明し,このため現状ではブロルシズマブの使用を躊躇する医師も少なくない.ノバルティス社が設置した外部の安全性評価委員会の報告によると,HAWK試験での日本人の発現割合は眼内炎症12.9%,眼内炎症+網膜血管炎C9.9%,眼内炎症+網膜血管炎+網膜血管閉塞C5.0%であり2),日本人で発現頻度が高い傾向にあった.日本での市販後の報告をみても臨床上無視できないC10数%の眼内炎症が発症し3),な図2図1の症例の後極カラー写真と光干渉断層計(OCT)像a:カラー写真.動脈の分節状の白鞘化がよくわかる.広角写真だけでは見逃すため,しっかり通常の眼底写真による観察も必要である.Cb:近赤外線画像.Cc:bの近赤外線画像で示すスキャン部位のCOCT画像.動脈に沿ってスキャンすると分節状の動脈壁高反射が描出される.(95)あたらしい眼科Vol.39,No.6,2022C7910910-1810/22/\100/頁/JCOPYかには血管閉塞による重篤な視力低下をきたす例も散見される(図1,2).眼内炎症の発症機序として,投与後に誘導される自己抗体の関与や,非常に強力なCVEGF阻害による網膜血管内皮障害などが考えられているが,十分な解明にはほど遠い.糖尿病や血管炎などの全身疾患,ぶどう膜炎などの炎症性眼疾患の既往,自己免疫疾患など,ブロルシズマブ投与に関して事前に留意すべき患者群はあるが,なかなか予測できるものではない.眼内炎症発症後の対処に関してはステロイド点眼,トリアムシノロンアセトニドのCTenon.下投与(sub-TenonC’sCtriamcinoloneCacetonideinjection:STTA)あるいは硝子体内注射,ステロイド内服などを眼内炎症の程度により使い分ける.ステロイドに対する反応性は非常に良好である4).重篤な動脈閉塞に至ってしまう前に炎症の早期発見に努め,視機能へのダメージを軽減することが重要であるが,そうはいっても一人では容易に受診できない患者や頻回に受診できない遠方の患者に対しての慎重な判断も必要になり,従来の治療薬のような投与スタイルとはならない.このような背景から予防的な対応が望まれ,適用外使用であるものの,ブロルシズマブ硝子体内注射時にSTTAを併用しようとする流れは自然に思われる.筆者の施設では現在までC30例程度CSTTA併用ブロルシズC792あたらしい眼科Vol.39,No.6,2022図3難治性AMDへのトリアムシノロンアセトニドTenon.下投与(STTA)併用ブロルシズマブ硝子体内注射(IVBr)症例(81歳,男性)アフリベルセプト硝子体内注射をC8カ月連続投与後も大きなCPEDはまったく反応しなかった.LV=(0.8).初回STTA併用CIVBrを施行し,以後CIVBrを単独でC2回追加したところ,PEDは徐々に消退しCLV=(1.0)となった.12週後も再発がなかった.経過中眼内炎症はみられていない.マブ硝子体内注射を行っているが,導入期に眼内炎症を生じたケースはない.しかし,長期にわたる治療であるため,維持期のC3~4カ月ごとにブロルシズマブ硝子体内注射が必要になった場合,全患者に毎回CSTTAを併用できるか否かという問題は残る.頻回のCSTTA治療による白内障の進行,眼圧上昇,眼瞼下垂,真菌感染などにも当然留意が必要になってくる.現状での使用機会としては,既存の薬剤ではどうしても鎮静化できない難治症例(図3)に対しては積極的に行ってもよいのではないかと考える.文献1)DugelCPU,CKohCA,COguraCYCetal:HAWKCandCHARRI-ER:Phase3,multicenter,randomized,double-maskedtri-alsCofCbrolucizumabCforCneovascularCage-relatedCmacularCdegeneration.OphthalmologyC127:172-184,C20202)MonesCJ,CSrivastavaCSK,CJa.eCGJCetal:RiskCofCin.amma-tion,retinalvasculitisandretinalocclusion-relatedeventswithbrolucizumab:posthocreviewofHAWKandHAR-RIER.OphthalmologyC128:1050-1059,C20213)MatsumotoH,HoshinoJ,MukaiRetal:Short-termout-comesCofCintravitrealCbrolucizumabCforCtreatment-naiveCneovascularage-relatedmaculardegenerationwithtype1choroidalneovascularizationincludingpolypoidalchoroidalvasculopathy.SciRepC11:6759,C20214)KataokaK,HoriguchiE,KawanoKetal:Threecasesofbrolucizumab-associatedCretinalCvasculitisCtreatedCwithCsystemicandlocalsteroidtherapy.JpnJOphthalmolC65:C199-207,C2021(96)

緑内障:マイクロパルス経強膜的毛様体光凝固術

2022年6月30日 木曜日

●連載264監修=福地健郎中野匡264.マイクロパルス経強膜的毛様体光凝固術藤代貴志東京大学医学部附属病院眼科わが国においてもC2017年から半導体レーザー装置CCYCLOG6を用いたマイクロパルス経強膜的毛様体光凝固による治療が行われるようになった.最近では,海外や日本からも良好な治療成績が報告されており,新しい緑内障治療として注目されている.●MP.CPCの治療の原理マイクロパルス経強膜的毛様体光凝固(micropulsecyclophotocoagulation:MP-CPC)は,連続波経強膜的毛様体光凝固(continuousCwaveCcyclophotocoagula-tion:CW-CPC)と同様に半導体レーザー装置CCYCLOG6(IRIDEX社製)を用いて行う(図1).CYCLOG6は810Cnmの赤外線光を照射するレーザー装置で,専用のP3プローブを接続することにより,経強膜的に毛様体扁平部へのレーザー照射を行う.CW-CPCとCMP-CPCの照射のイメージの比較を図2に示す.従来の連続波によるレーザー発振は,フットスイッチをオンにすることで,連続的に一定のパワーのレーザーが照射されるが,新しいマイクロパルスの技術は,レーザー発振のCONとCOFFを極短時間に制御してマイクロパルス秒でのレーザー発振を行うものであり,0.5Cmsの照射とC1.1Cmsの照射休止時間を交互に行いながらレーザー発振を行う.この新しいマイクロパルスの技術によって,組織への熱の蓄積を防ぐことが可能となり,組織侵襲を少なくすることが可能になった.CW-CPCとCMP-CPCの照射条件などの比較を図3に図1半導体レーザー装置CYCLOG6(IRIDEX社製)本体とブローブ(手前がマイクロパルス用のCP3プローブ,奥が連続波用プローブ).(トーメーコーポレーション提供)示す.まず用いるプローブが異なり,CW-CPCではCGプローブ,MP-CPCではCP3プローブである.プローブの向き,当てる場所は,CW-CPCでは眼球の視軸と平行で毛様体皺襞部であるが,MP-CPCでは眼球の垂線方向で,毛様体扁平部となる.照射のパワー,範囲については,CW-CPCではC2,000CmW,2Csec程度で,照射時にポップ音が出るくらいに照射するとされ,眼球結膜に対して,点状に照射してく.一方,MP-CPCでは出力C2,000CmWで,上半球C4往復,下半球にC4往復,それぞれC80秒(片道C10秒),合計C160秒間連続的に照射を行い,これが大きな違いとなる.レーザー治療の効果に対する作用機序は,CW-CPCでは毛様体の熱凝固による破壊の結果生じる房水産生の抑制であるが,MP-CPCでは毛様体を刺激することによるぶどう膜強膜流出促進であるとされている.合併症は,CW-CPCでは重篤な合併症が多く眼球勞も発症することがあるが,MP-CPCでは重篤な合併症はほぼないとされている.C●当院におけるMP.CPCの治療手順<治療前>①前投薬はとくに行わず,処置室にて仰臥位になってもらい,原則,日帰りで加療を行う.Cab図2連続波(CW)とマイクロパルス(MP)の出力時間の模式図a:従来のCCWによるレーザー発振は,フットスイッチをオンにすることで,連続的に一定のパワーのレーザー照射される.右Cb:新しいCMPは,レーザー発振のCONとCOFFを極短時間に制御して,マイクロパルス秒でのレーザー発振を行う.(トーメーコーポレーション提供)(93)あたらしい眼科Vol.39,No.6,2022C7890910-1810/22/\100/頁/JCOPY図3CW.CPCとMP.CPCの比較(トーメーコーポレーション提供)②麻酔は球後麻酔(2%キシロカイン,4~5Cml)もしくはCTenon.下麻酔(2%キシロカイン,4~5Cml)を行う.Tenon.下麻酔は,疼痛の程度に応じて眼球の上方と下方のどちらか,もしくは両方に行っている.③患者の眼瞼の状態に応じて開瞼器を使用したほうが照射しやすい場合と,使用しない方が照射しやすい場合がある.そのため,術者がやりやすいほうを選択している.④照射する直前と上半球への照射および下半球への照射のたびに,結膜に十分にスコピゾールを滴下し,結膜とプローブ先端を濡れた状態にしておく.<治療時>①プローブの平らな面を瞼側に向け,凹みが常に角膜輪部側とする(図4a).②プローブを結膜と強膜に対して垂直に支持し,プローブ端と角膜輪部との間に強膜を視認できるよう約1Cmmの距離をとる(図4b)③照射によって毛様動脈の損傷のリスクがあるためC3時とC9時の位置の照射を避けて,結膜上を角膜輪部に沿って一定の速度(片道C10秒)で滑らせ照射し続ける(図4c).④眼裂が狭く,プローブを角膜輪部に沿って動かすことがむずかしい場合では,さまざまな開瞼器を準備しておき,眼球をコントロールできる綿棒,有鈎・無鈎鑷子,未熟児鈎なども使用しながら照射を行っていく.<治療後>①照射後は必要に応じて眼帯をする(球後麻酔を使用した際に眼瞼下垂が出現するために眼帯を使用することが多い).②抗炎症薬(リンデロンC0.1%など)と抗菌薬(ガチフロなど)を処方し,1日C4回で1~2週間程度点眼する.C790あたらしい眼科Vol.39,No.6,2022bc陥凹側:角膜輪部側平らな面:眼瞼側図4MP.CPCの方法a:プローブ先端の拡大図.上の陥凹部分を角膜輪部側にし,平らな面を眼瞼側にする.Cb:プローブと角膜の間にC1Cmm程度の間隔(..)を作り,眼球に対して垂線の方向で照射する.Cc:毛様動脈の照射による損傷を避けるために,3時とC9時方向の照射は避ける.(トーメーコーポレーション提供)③鎮痛薬(ロキソニンC60Cmgなど)を屯用としてC3回分程度を処方する(実際に内服するのは,照射した当日の夜間に内服するかどうか程度である).④レーザー治療後は,1週間後,1カ月後に眼圧を測定する.緑内障点眼薬や内服薬は治療後も処方を継続し,治療後に眼圧の下降を確認したのちに漸減を行い,十分な眼圧の下降があれば適宜中止していく.C●まとめまだ新しい治療方法であることから,当院での治療成績を含め,既報1~5)では観察期間がまだ短く,長期成績が出せていないことや,症例数が比較的小規模な報告に限られているのが現状であり,今後,MP-CPC治療の長期の成績(眼圧,視力予後,合併症など)の報告が待たれる.MP-CPCは術後の合併症が少なく安全性が高いことから,将来的に,早期から中期の緑内障患者への治療の適応拡大が期待される.文献1)TanAM,ChockalingamM,AquinoMCetal:Micropulsetransscleraldiodelasercyclophotocoagulationinthetreat-mentCofCrefractoryCglaucoma.CClinCExpCOphthalmolC38:C266-272,C20102)AquinoCMCD,CBartonCK,CTanCAMWTCetal:MicropulseCversuscontinuouswavetransscleraldiodecyclophotocoag-ulationinrefractoryglaucoma:arandomizedexploratorystudy.ClinExpOphthalmolC43:40-46,C20153)KucharCS,CMosterCMR.CReamerCCBCetal:TreatmentCout-comesCofCmicropulseCtransscleralCcyclophotocoagulationCinCadvancedglaucoma.LasersMedSciC31:393-396,C20164)山本理紗子,藤代貴志,杉本宏一郎ほか:難治性緑内障におけるマイクロパルス経強膜的毛様体凝固術の短期治療成績.あたらしい眼科36:933-936,C20195)牧野想,藤代貴志,杉本宏一郎ほか:眼虚血症候群による血管新生緑内障に対してマイクロパルス毛様体光凝固術を施行したC1例.あたらしい眼科37:989-993,C2020(94)