ドライアイの点眼療法EyeDropTreatmentforDryEye堀裕一*はじめに2016年に改訂されたわが国におけるドライアイの定義では,ドライアイとは「涙液層の安定性の低下」が病態の中心であることが強調されている1).そのため,わが国におけるドライアイ治療の中心は「眼表面の涙液層を安定化させる」ことにあり,その観点で点眼薬が開発,発売されてきた.2019年に発表された「ドライアイ診療ガイドライン」においても,眼表面の層別治療(tearC.lmCorientedtherapy:TFOT)の重要性が強調され,ジクアホソルナトリウムやレバミピドといった涙液層を安定化させる点眼が高い推奨を得ている2).一方,世界に目を向けると,シクロスポリン点眼をはじめとする抗炎症療法がドライアイに対する点眼治療の第一選択とされている国も散見される3).本稿では,ドライアイに対する点眼療法について,TFOTや日本の「ドライアイ診療ガイドライン」に則って解説するとともに,日本以外の国で使われているドライアイ点眼についても言及する.CI眼表面の層別治療(TFOT)涙液層は,マイボーム腺からのマイバムによる油層と,水および分泌型ムチンを含む液層からなり,膜型ムチンを発現している角結膜上皮の上に薄く均一に存在することが理想とされる.これらの成分が不足していると,眼表面における涙液層の安定性が低下し,ドライアイの状態となる.TFOTは,涙液層および眼表面の不足分を補うことで涙液層の安定性を高めてドライアイを治療しようとする概念であり,日本・アジアを中心に広がっているドライアイ治療の考え方である(図1)2,4).このような概念が実現できたのも,わが国のドライアイ治療薬として,2010年にムチンや水分を増加させるジクアホソルナトリウムが,またC2012年にムチンを増加させ角結膜上皮細胞のバリア機能を向上させるレバミピドがそれぞれ上市され,層別治療な点眼を使うことができるというブレイクスルーがあったことが大きいと考える.CII眼表面の層別診断(TFOD)眼表面の層別治療(tearC.lmCorienteddiagnosis:TFOD)を成立させるためには,涙液層のどの成分が不足しているかを正しく見きわめる(診断する)必要がある.そのような考え方がCTFODである.TFODを正しく行うためには,フルオレセイン染色時の涙液層の破壊パターン(break-uppattern:BUP)から判断する方法が有用である.BUPはline,area,spot,dimple,rapidexpansion,randomのC6つのCbreakに分類されるが,この分類によって自動的に涙液層のどこに異常があるかを判断することができる.正しくCBUPを観察するためにはフルオレセイン染色の方法が重要で,理想的なフルオレセイン染色としては,1)涙液貯留量を変化させず,2)侵襲が少なく(反射性涙液分泌を起こさない),3)簡便に外来で行える方法があげられる2).「ドライアイ診*YuichiHori:東邦大学医療センター大森病院眼科〔別刷請求先〕堀裕一:〒143-8541東京都大田区大森西C6-11-1東邦大学医療センター大森病院眼科C0910-1810/23/\100/頁/JCOPY(33)C315【正しい方法】フルオレセイン試験紙に点眼液をC2滴たらす.試験紙をよく振って水分を十分に切る.試験紙を下眼瞼のメニスカスに軽く触れて染色する.【患者への声かけ】「目を軽く閉じてください.ぱっと眼を開けて,そのまま眼を開けたままにしてください」☆軽い閉瞼と早い開瞼を促すことが重要.表2Breakupパターンとドライアイの分類,層別異常,推奨される治療法の選択Breakupパターン(BUP)ドライアイの分類眼表面の層別異常推奨される治療法CLinebreak涙液減少型(軽度.中等度)液層ジクアホソルナトリウムヒアルロン酸人工涙液CAreabreak涙液減少型(重症)液層上皮涙点プラグCSpotbreak水濡れ性低下型表層上皮(膜型ムチン)ジクアホソルナトリウムレバミピドCDimplebreak水濡れ性低下型表層上皮(膜型ムチン)ジクアホソルナトリウムレバミピドCRapidexpansion水濡れ性低下型表層上皮(膜型ムチン)ジクアホソルナトリウムレバミピドCRandombreak蒸発亢進方油層人工涙液ヒアルロン酸ジクアホソルナトリウムに上市されており,長年広く各科で使用されてきた.眼表面も粘膜組織であるため,ドライアイ治療薬としても開発され,ムコスタ点眼液CUD2%としてC2012年に上市された11).レバミピド点眼はヒトにおいて結膜の杯細胞数を増加させることが証明されており12),涙液中への分泌型ムチン量を増加させる.「ドライアイ診療ガイドライン」では,レバミピド点眼は従来の点眼治療と比べて自覚症状,角結膜上皮障害を改善させる特徴があり,エビデンスレベルは「B(中)」で,推奨の強さは「強い:実施することを推奨する」位置づけとなった2).レバミピドは,結膜だけでなく,角膜上皮細胞に対するバリア機能保護作用が上市後のさまざまな基礎研究により明らかになっている13,14).さらにジクアホソルナトリウムと同様にレバミピドも眼表面の膜型ムチン発現を増加させることが報告されている15).レバミピド点眼も「水濡れ性低下型」ドライアイの患者に対し有用であり,CspotbreakやCdimplebreakなどのCBUPを呈する患者に対して第一選択となっている(表2).また,レバミピドには消炎効果があり,ドライアイにする抗炎症療法としての側面にも期待が寄せられており,基礎研究の結果からもとくにCSjogren症候群のような眼表面の炎症が強い患者には有効であると思われる16).また,眼表面の炎症とドライアイの自覚症状は密接に関連していると思われ,実際,ドライアイに対する長期の臨床研究の報告では,レバミピド点眼後C1年間にわたって自覚症状のスコアが改善し続けており17),一見,充血などの炎症がひどくない通常のドライアイ患者に対しても,症状を改善させる意味で抗炎症作用を有するレバミピド点眼は期待できると思われる.C3.ヒアルロン酸点眼液と人工涙液2010年代初め以降のジクアホソルナトリウムやレバミピドが上市されるまでは,ドライアイの患者に対しての点眼治療はヒアルロン酸点眼液と人工涙液,またコンドロイチンなどの角膜保護薬しか存在していなかった.そのため,長期にわたってヒアルロン酸点眼や人工涙液を使用している患者は非常に多く,長期安全性という意味では大変優れた点眼薬である.「ドライアイ診療ガイドライン」では,ヒアルロン酸点眼と人工涙液のエビデンスレベルは「B(中)」であり,推奨の強さについては,ヒアルロン酸が「強い:実施することを推奨する」であり,人工涙液が「弱い:実施することを提案する」となっている2).ジクアホソルナトリウムやレバミピドが上市されてからこれらの点眼の使用状況について,リアルワールドでの上市前後の処方の変化の比較を検討した山田の大変興味深い総説がある18).それによると,ジクアホソルナトリウムやレバミピドが上市される前(2005.2008年)の調査19)と上市後20)を比べて,人工涙液の使用割合は33.9%からC15.6%と半分以上減少しているが,ヒアルロン酸点眼液はC73.7%からC65.9%とあまり減少していなかった18).ヒアルロン酸はわが国では角結膜上皮障害治療薬としても承認されており,世界の多くの国々でドライアイの治療薬として承認されている(米国ではCOTC医薬品の扱い).日本でもC2020年にC0.1%ヒアルロン酸点眼液の一部がスイッチCOTC化しており,そのようなOTC化の流れが続く可能性はあると思われるが,山田の総説でも述べられているように,ヒアルロン酸点眼の角膜上皮の創傷治癒促進作用と涙液の安定化作用は他のドライアイ治療薬にはない独特のものであり18),これからもヒアルロン酸点眼液のニーズは続くと考えられる.CIVドライアイにおける抗炎症療法ドライアイは炎症性疾患であることは以前からいわれており,海外では免疫抑制薬であるシクロスポリン点眼がドライアイ治療薬として承認されており広く使われている.しかし,わが国では未承認となっており,実臨床では,炎症が強いドライアイ患者に対しては,シクロスポリン点眼ではなく副腎皮質ステロイド点眼をC1日C2回程度使用することが多い.ここでは,ドライアイに対する抗炎症療法について言及する.C1.副腎皮質ステロイド「ドライアイ診療ガイドライン」では,副腎皮質ステロイド点眼は従来の点眼治療と比べて自覚症状,涙液の安定性を改善させる特徴があり,エビデンスレベルは「B(中)」で,推奨の強さは「弱い:実施することを提案する」位置づけとなっている2).フルオロメトロンな318あたらしい眼科Vol.40,No.3,2023(36)どの低力価のステロイド点眼をC1日C2回C1カ月程度続けると,ドライアイ患者の自覚症状が劇的に改善する場合がある.ランダム化比較試験の報告においてもステロイド点眼はドライアイ患者の自覚症状および上皮障害の改善に有効であると報告されている21).ただし,ステロイドの長期投与は眼圧上昇や,角膜感染症のリスクがあるため,実際の臨床で使用する場合は適正な使用が求められる.やはり涙液の安定性の向上の観点からは,ステロイド点眼のみよりも,なんらかの涙液安定性を向上させる点眼液(ジクアホソルナトリウム,レバミピド,ヒアルロン酸,人工涙液)と併用したほうがよいと考える.C2.シクロスポリン点眼「ドライアイ診療ガイドライン」では,シクロスポリン点眼は自覚症状,角結膜上皮障害を改善させる特徴があり,エビデンスレベルは「B(中)」であるが,わが国では未承認であるため,推奨の強さは「弱い:実施しないことを提案する」の位置づけとなっている2).しかし,世界的には,ドライアイ治療薬としてシクロスポリン点眼が有効であることは,広く認識されており,米国では,0.05%シクロスポリン点眼(Restasis,CAllergan社)がドライアイ治療薬としてC2003年に食品医薬品局(FoodCandCDrugAdministration:FDA)に承認され,ヨーロッパではC0.1%シクロスポリン点眼(Ikervis,参天製薬)がC2015年に欧州医薬品庁(EuropeanCMedicinesAgency:EMA)に承認され,現在,アジアを含め世界各国で使用されている3).今後はわが国でもシクロスポリン点眼がドライアイに対する治療の選択肢の一つとして使用することができるようになることを期待する.C3.その他の抗炎症治療現在もドライアイに対する抗炎症治療について多くの研究や治験が行われている.実際に海外で上市されている抗炎症をターゲットとしたドライアイ治療薬としては,lymphocyteCfunction-associatedCantigen1(LFA-1)アンタゴニストであるCli.tegrastがあげられる).免疫グロブリン・スーパーファミリーに属する細胞間接着分子であるCintercellularCadhesionmolecule-1(ICAM-1)と,そのリガンドであるCLFA-1の結合はCT細胞の活性化に重要な役割を担っており,ドライアイと関連しているとされている22).Li.tegrastはCICAM-1のLFA-1の結合を阻害する競合的アンタゴニストであり,T細胞の遊走やサイトカインの放出を阻害する22).米国ではC5%Cli.tegrast点眼(商品名:Xiidra)がC2016年にFDAよりドライアイ治療薬として承認された.おわりに今回,2019年に発表された「ドライアイ診療ガイドライン」に沿ってドライアイの点眼療法について解説した.ガイドラインはC5年も経過すると新しいエビデンスが報告され,内容もやや古くなり,改定する必要があるといわれている.今後わが国でも抗炎症療法を含め,新しいドライアイ治療薬が上市されることが期待され,治療法も少しずつ変わっていくと予想される.しかし,ドライアイ診療の基本であるフルオレセイン染色を行ってドライアイのサブタイプ分類を行い,治療法を選択するというCTFODおよびCTFOTという理念は今後も変わらないと思われる.文献1)島﨑潤,横井則彦,渡辺仁ほか:日本のドライアイの定義と診断基準の改定(2016年度版).あたらしい眼科C34:309-313,C20172)ドライアイ研究会診療ガイドライン作成委員会:ドライアイ診療ガイドライン.日眼会誌123:489-592,C20193)堀裕一:ドライアイにおける抗炎症治療の功罪.あたらしい眼科37:667-669,C20204)YokoiCN,CGeorgievGA:TearC.lm-orientedCdiagnosisCandCtear.lm-orientedtherapyfordryeyebasedontear.lmdynamics.CInvestCOphthalmolCVisCSciC59:DES13-DES22,C20185)山口昌彦,大橋裕一:ムチンと水分を供給するジクアス点眼薬.あたらしい眼科32:935-942,C20156)MatsumotoCY,COhashiCY,CWatanabeCHCetal:E.cacyCandCsafetyCofCdiquafosolCophthalmicCsolutionCinCpatientsCwithCdryeyesyndrome:aJapanesephase2clinicaltrial.Oph-thalmologyC119:1954-1960,C20127)TakamuraCE,CTsubotaCK,CWatanabeCHCetal:ACrandom-ized,Cdouble-maskedCcomparisonCstudyCofCdiquafosolCver-susCsodiumChyaluronateCophthalmicCsolutionsCinCdryCeyeCpatients.BrJOphthalmol96:1310-1315,C20128)七條優子:培養ヒト角膜上皮細胞におけるジクアホソルナトリウムの膜結合型ムチン遺伝子の発現促進作用.あたらしい眼科28:425-429,C2011(37)あたらしい眼科Vol.40,No.3,2023C319-