緑内障診療ガイドライン第5版のダイジェスト─クリニカルクエスチョンを中心にDigestontheGuidelinesforGlaucoma5thEdition木内良明*はじめに診療ガイドラインはその時々の診療にかかわる最新の情報をまとめたものであり,診療の「よすが」となる.医療は時とともに進歩するため,ガイドラインも日々改訂改定する必要がある.緑内障診療ガイドラインも2018年1月までに4版を重ねたが1),さらなる改定が必要と考えられて第5版を発表することになった2).第5版のおもな改定点は以下の二つである.1.緑内障診療の進歩に伴い第4版以降に導入された検査,薬物,手術術式(レーザーや観血的手術)に関する記述を追加した.2.緑内障治療に関する重要課題をあげた.課題を疑問文の形にして,その疑問に答えるために論文を集めて,システマティックに評価した.本稿では推奨,推奨の強さ,エビデンスの強さの記載方法は『緑内障診療ガイドライン』(第5版)に準じた2).I作成過程医学の進歩は著しい.診療内容はもちろん,医学研究に要求される事項,診療内容に対する評価方法も進歩している.一方,ガイドラインの作成方法も日々進歩している.ガイドラインの作成方法を示す「Minds診療ガイドライン作成マニュアル」も定期的に改定されている.現在は「Minds診療ガイドライン作成マニュアル2020ver3.0」が公表されている3)が,緑内障診療ガイドラインの改定には2017年版を利用した.『緑内障診療ガイドライン』(第4版)はその当時の最新情報に「推奨の強さ」と「根拠の強さ」を加えて2018年1月に『日本眼科学会雑誌』に掲載された.『緑内障診療ガイドライン』(第5版)は『Minds診療ガイドライン作成マニュアル』に従うべく,システマティックレビュー(systematicreview:SR)の結果を取り上げること,SRは治療法にフォーカスを当てることをめざした.今回のガイドラインの改定のために,ノバルティスファーマ株式会社からの研究支援金を使わせていただくことができた.逆にそのために印刷代,送料,謝金などの経費に対する支払い期限があり,当初の予定よりもガイドライン改定の期間が1年以上短縮された.コロナ禍のために関係者が集まって会議を開くこともできず,すべてをWeb会議で決定せざるを得なかった.不慣れな作業であることも相まって,すべての作成過程を『Minds診療ガイドライン作成マニュアル』に沿うことができなかった(組織立て,外部評価,パブリックコメントなど).クリニカルクエスチョン(CQ)の文章もこなれていない.次回の改定ではさらによい緑内障診療ガイドラインに成長させてもらいたい.IIクリニカルクエスチョンと推奨臨床上重要と思われる課題をクリニカルクエスチョン(CQ)という.CQを設定するために緑内障学会評議員から9名のガイドライン作成グループメンバーが地域*YoshiakiKiuchi:広島大学医学部眼科学教室〔別刷請求先〕木内良明:〒734-8551広島市南区霞1-2-3広島大学医学部眼科学教室0910-1810/22/\100/頁/JCOPY(69)461表1重要臨床課題のリスト1高眼圧症の治療を始める基準は?2正常眼圧の前視野緑内障(preperimetricglaucoma:PPG)の治療を推奨するか?3点眼薬で眼圧が10mmHg台前半になっていても視野障害が進行する症例に緑内障手術を推奨するか?4チューブシャント手術を線維柱帯切除術の代わりに推奨するか?5原発開放隅角緑内障(primaryopenangleglaucoma:POAG)に対する線維柱帯切除術後の副腎皮質ステロイド点眼は推奨されるか?6線維柱帯切除術後の抗菌薬の点眼・軟膏治療はいつまで必要なのか?7POAGに対して線維柱帯切除術を施行する際に白内障手術の併施を推奨するか?8原発閉塞隅角緑内障(primaryangleclosureglaucoma:PACG)およびその前駆病変としての原発閉塞隅角症(primaryangleclosure:PAC)に対する治療の第一選択は水晶体再建術か,レーザー治療か?9原発閉塞隅角症疑い(primaryangleclosuresuspects:PACS)に治療介入は必要か?1妊娠,出産,授乳時のPOAGの薬物治療はどうするか?2線維柱帯切除術の術後管理1第一選択薬で効果が不十分なときは薬剤の追加が必要か?2POAG(広義)の多剤併用において,観血的治療も選択肢として考慮されるタイミングは?3眼圧下降以外に有用な治療(神経保護,血流改善など)は存在するか?ガイドライン統括委員会ガイドライン作成グループシステマティックレビューチーム体制の決定重要臨床課題からクリニカルクエスチョンの設定草案の評価エビデンス収集エビデンス評価・統合推奨作成公開ガイドライン草案作成図1緑内障診療ガイドライン改定委員会ガイドライン統括委員会が体制を決定し,ガイドライン作成グループとともにクリニカルクエスチョンを設定した.ガイドライン作成グループとシステマティックレビューチームがエビデンスの収集,評価・統合を行ったのちに推奨文草案を作成した.その草案をガイドライン統括委員会が評価改善して公開に至った.表2薬物治療にかかわる重要課題BQ1妊娠,出産,授乳時のCPOAGの薬物治療はどうするか?CFQ1第一選択薬で効果が不十分なときは薬剤の追加が必要かC?CFQ2POAG(広義)の多剤併用において,観血的治療も選択肢として考慮されるタイミングは?CFQ3眼圧下降以外に有用な治療(神経保護,血流改善など)は存在するか?CCQ1高眼圧症の治療を始める基準は?CCQ2正常眼圧のCPPGの治療を推奨するか?眼圧下降薬(配合点眼薬を含む)をC3剤併用しても明らかに眼圧のコントロールが不良,あるいは目標眼圧を達成できない時点が,観血的治療も選択肢に含め治療法が検討されているタイミングと考えられた.CFQ3眼圧下降以外に有用な治療(神経保護,血流改善など)は存在するか?交感神経Ca2受容体作動薬(Ca2作動薬),メマンチンなどのCNMDA受容体拮抗薬,カルシウム拮抗薬,シチコリン,カシスアントシアニンなどを扱った研究結果がまとめられている.いくつかの薬剤で神経保護効果を有することが示唆されているが,エビデンスレベルの高い論文は少ない.現時点で眼圧下降以外に臨床的に推奨できるレベルの治療方法はない.CCQ1高眼圧症の治療を始める基準は?①推奨提示高眼圧症患者の治療を開始する基準として,危険因子を有する症例では治療を開始することが推奨される.②推奨の強さ「危険因子を有する症例では治療すること」を強く推奨する.③CCQに対するエビデンスの強さ□A(強)■B(中)□C(弱)□D(非常に弱い)高眼圧症からCPOAGを発症する危険因子として,年齢が高い,垂直CC/D比が大きい,眼圧が高い,patternstandarddeviation(PSD)が大きい,中心角膜厚(cenC-tralCcornealthickness:CCT)が薄い,視神経乳頭出血の出現があげられる.残念ながら眼圧がどのくらいなら治療開始したほうがよいのかわからない.かかわる因子が多いためと思われる.https://ohts.wustl.edu/risk/に危険因子とされる項目を入力すると症例ごとに危険率が計算できることが紹介されている.CCQ2正常眼圧の前視野緑内障(preperimetricglaucoma:PPG)の治療を推奨するか?①推奨提示正常眼圧のCPPGに対して慎重な経過観察を行ったうえで,危険因子を勘案しながら治療開始を随時検討することを提案する.②推奨の強さ「治療すること」を弱く推奨する③CCQに対するエビデンスの強さ□A(強)■B(中)□C(弱)□D(非常に弱い)PPGの治療効果を前向きに評価した無作為化比較試験(randomizedCcontrolledtrial:RCT)は一篇もない.正常眼圧緑内障(normalCtensionglaucoma:NTG)に関するCRCTで得られた知見はおおむねCPPGにも当てはまると考え,NTGの論文を参考にした.そのため推奨の強さは「弱く」,エビデンスレベルも「弱い」と判定された.PPGは自覚症状や生活の質(qualityoflife:QOL)低下がまだ乏しい病期であることを考えると,治療によるCQOL低下も考慮に入れる必要がある.しかし,PPG症例を対象にして治療によるCQOLの変化をみた論文はなかった.CIV手術治療にかかわる重要課題(表3)C1.手術適応に関する重要課題CQ3点眼薬で眼圧が10mmHg台前半になっていても視野障害が進行する症例に緑内障手術を推奨するか?①推奨提示点眼治療下で眼圧がC10CmmHg台前半にもかかわらず視野障害が進行する症例に対して,線維柱帯切除術を行うことを弱く推奨する.手術自体あるいは術後低眼圧による合併症の可能性があるが,それらに伴うCQOL低下を評価した報告はない.手術に伴うリスクを考慮し,十分な説明を行ったうえで,手術を検討する.②推奨の強さ「実施すること」を弱く推奨する.③CCQに対するエビデンスの強さ□A(強)■B(中)□C(弱)□D(非常に弱い)点眼薬を使って診察時の眼圧が日本人の平均眼圧と同程度,あるいはそれ以下にコントロールされていても視機能障害が進行する症例があることは広く認識されている.緑内障に対する唯一有効な治療は眼圧下降だけである.線維柱帯切除術を行うと眼圧は平均C11.12CmmHg464あたらしい眼科Vol.39,No.4,2022(72)表3手術治療にかかわる重要課題CQ3点眼薬で眼圧がC10CmmHg台前半になっていても視野障害が進行する症例に緑内障手術を推奨するか?CCQ4チューブシャント手術を線維柱帯切除術の代わりに推奨するか?CCQ7POAGに対して線維柱帯切除術を施行する際に白内障手術の併施を推奨するか?BQ2線維柱帯切除術の術後管理CCQ5POAGに対する線維柱帯切除術後の副腎皮質ステロイド点眼は推奨されるか?CCQ6線維柱帯切除術後の抗菌薬の点眼・軟膏治療はいつまで必要なのか?CQ8PACGおよびその前駆病変としてのCPACに対する治療の第一選択は水晶体再建術か,レーザー治療か?CCQ9PACSに治療介入は必要か?いという報告がある.白内障手術と緑内障手術の両者が必要な患者に対する考え方を整理する目的でCCQを立てた.眼圧調整成績(術後眼圧,点眼スコア,生存率),合併症の頻度,視力改善についてCSRを行った.エビデンスレベルの高いCRCTやメタアナリシスは存在しないうえに,個々の報告での症例数も少なく,バイアスリスクも深刻と判断し,エビデンスレベルはCDとした.C2.周術期の重要課題CQ5POAGに対する線維柱帯切除術後の副腎皮質ステロイド点眼は推奨されるか?①推奨の強さ「投与すること」を強く推奨する.②CCQに対するエビデンスの強さ□A(強)■B(中)□C(弱)□D(非常に弱い)POAGに対する線維柱帯切除術後には,ステロイド点眼などの局所消炎治療を行うことが眼圧コントロールに有利であり推奨された.ステロイド点眼と非ステロイド系消炎鎮痛薬点眼に差がないという研究もあるが,一般的に行われるステロイド投与を非ステロイド系消炎鎮痛薬に置き換えるに十分な量,質の研究が行われているとはいえない.施設によって処方期間に差がある.いつまで続けるのかという結論は得られなかった.CCQ6線維柱帯切除術後の抗菌薬の点眼・軟膏治療はいつまで必要なのか?①推奨の強さ「実施すること」を強く推奨する.②CCQに対するエビデンスの強さ□A(強)■B(中)□C(弱)□D(非常に弱い)抗菌薬の長期投与は耐性菌出現を促す.適正な抗菌薬の使用が求められている現在,必要最低限の使用期間にとどめたいという思いからこのCCQが立てられた.線維柱帯切除術は濾過胞を作製するため,他の眼科手術と異なり,術後早期だけではなく,術後長期にも濾過胞感染を生じる危険性がある.この背景があるために術後しばらくは抗菌薬の点眼・軟膏を継続して使用することが推奨された.期間に関しては濾過胞感染リスクに応じて抗菌薬の点眼・軟膏を適宜使用する.という推奨になった.ステロイドと同様に使用期間に関する答えは得られなかった.C3.原発閉塞隅角緑内障の治療に関する重要課題CQ8原発閉塞隅角緑内障(primaryangleclosureglaucoma:PACG)およびその前駆病変としての原発閉塞隅角症(primaryangleclosure:PAC)に対する治療の第一選択は水晶体再建術か,レーザー治療か?①推奨提示原発閉塞隅角緑内障CPACGと原発閉塞隅角症CPACに対する第一選択治療は水晶体再建術を強く推奨する.症候性白内障の有無にかからず水晶体再建術を第一選択として選択可能であるが,絶対的な第一選択ではなく個々の患者の状況に応じてレーザー治療を選択する.また,眼圧が正常なCPACについては治療適応を慎重に検討すべきことに留意する.②推奨の強さ「水晶体再建術を施行すること」を強く推奨する.③CCQに対するエビデンスの強さ□A(強)■B(中)□C(弱)□D(非常に弱い)このCCQに対しては明確な答えが得られている.緊急的にレーザー虹彩切開術(laserperipheralCiridotomy:LPI)またはレーザー隅角形成術(またはアルゴンレーザー周辺虹彩形成術)を施行してから水晶体再建術を行う場合などを想定したCRCTは実施されておらず,この推奨が水晶体再建術をすべての急性CPAC(acutePAC:APAC),PACG,高眼圧のCPACに対する絶対適応の第一選択とすることを意味しない.CEuropeanCGlaucomaCSociety,CAmericanCAcademyCofOphthalmology,AsianPaci.cGlaucomaSocietyのガイドラインはCLPIを含めたレーザー治療を初期治療として選択していることも紹介されている.466あたらしい眼科Vol.39,No.4,2022(74)