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硝子体手術のワンポイントアドバイス:バスケットボールに起因する外傷性網膜剝離(初級編:

2022年3月31日 木曜日

硝子体手術のワンポイントアドバイス●連載226226バスケットボールに起因する外傷性網膜.離(初級編)池田恒彦大阪回生病院眼科●はじめにスポーツに起因する外傷性網膜.離は球技や格闘技によるものが多く,原因裂孔としては,網膜振盪症部位に生じた壊死性裂孔や,眼球の高度の変形による鋸状縁断裂などがある.一般に球技ではボールによる鈍的外傷によって壊死性裂孔が生じ,網膜.離が発症することが多い.一方,球技の一つであるバスケットボールは,選手同士が至近距離でプレーを行うため,ボールによる直接的な打撲よりもむしろ選手同士の接触プレーによる打撲が多発すると考えられる.筆者らは以前にバスケットボールに起因する外傷性網膜.離の2例を報告したことがある1).●症例提示症例1は17歳,男性.バスケットボールプレー中に相手の指が右眼に当たり,右眼下方の網膜格子状変性が全周にわたって打ち抜かれたような形状の裂孔を認め,その周囲に網膜.離が生じていた(図1).後日,強膜バックリング手術を施行し復位を得た.症例2は17歳,男性.同様にバスケットボールプレー中に相手の指が左眼に当たり,上方2カ所の不規則な裂孔と上鼻側に鋸状縁断裂を認めた.また,上鼻側約90°にわたって硝子体基底部.離があり,紐状に.離した毛様体色素上皮が硝子体腔内に浮遊していた(図2).後日,強膜バックリングを施行し復位を得た.●バスケットボールに起因する外傷性網膜.離の特徴症例1では網膜格子状変性の全周が打ち抜かれたような裂孔を生じており,比較的珍しいタイプと考えられる.網膜格子状変性では全周に網膜硝子体癒着を形成しているが,今回の症例1は指による眼球の高度な変形により,瞬間的に網膜格子状変性の全周が裂けたものと考えられる.症例2では硝子体中に紐状に.離した毛様体色素上皮が浮遊していたが,これも指による高度な眼球変形の結果,硝子体基底部.離を生じたためと考えられ(71)0910-1810/22/\100/頁/JCOPY図1症例1の術前眼底写真右眼の下方に網膜格子状変性の全周が打ち抜かれたような裂孔を認める.(文献1より引用)図2症例2の術前細隙灯顕微鏡所見左眼上鼻側に紐状の毛様体色素上皮.離を認め,硝子体基底部.離に起因するものと考えられる.(文献1より引用)る.他の球技による外傷性網膜.離とは異なり,この2例はいずれもボールによる鈍的打撲ではなく,相手の指の接触に起因したものだった.バスケットボールは接触プレーが多く,相手の手指などで眼部を打撲する頻度が予想以上に高く,瞬間的な眼球の高度な変形により外傷性網膜.離をきたす危険性が高いと考えられる.文献1)明石麻里,森下清太,福本雅格ほか:バスケットボールプレー時の外傷性網膜.離の臨床的特徴.眼科手術4:690-693,2016あたらしい眼科Vol.39,No.3,2022333

考える手術:増殖糖尿病網膜症に対する硝子体手術

2022年3月31日 木曜日

考える手術③監修松井良諭・奥村直毅増殖糖尿病網膜症に対する硝子体手術坂西良仁順天堂大学医学部附属浦安病院眼科増殖糖尿病網膜症は糖尿病による網膜虚血から新生血管が発生し,そこから増殖膜が発生して牽引性網膜.離などをきたしていく疾患で,硝子体手術における難治疾患の一つです.その理由として,多彩な眼底所見をきたすことがあげられます.したがって,可能であれば術前にフルオレセイン蛍光眼底造影検査を広角眼底撮影にて行うことで,増殖膜と網膜の癒着が強いepicenterの場所を把握することが容易になり,手術の進め方の参考になります.次に増殖膜処理に移りますが,複数のepicenterにまたがる増殖膜が問題となりますので,増殖膜を硝子体カッターなどで切除し,それを硝子体カッターで処理することで効率よく膜処理を行うことができます.増殖膜と網膜の癒着が強くどこにepicenterがあるかわからない場合は,増殖膜の辺縁を硝子体カッターあるいは硝子体鑷子で把持して軽く牽引するとepicenterのある部位が視認でき,それ以外の部分はそのまま緩徐に牽引すると増殖膜と網膜をわりと簡単に分離することができます.このとき留意する点はepicenterがないことをしっかり視認しながら牽引するという点で,これをおろそかにしてしまうと誤って網膜裂孔を作成してしまうことがあります.網膜裂孔と網膜.離が存在することで増殖膜処理の難易度が格段に上がるため,増殖膜処理においてもっとも重要なことはいかに網膜裂孔を作製しないかという点です.言い換えれば裂孔を作製しないために増殖膜と網膜の間のepicenterを視認できる環境を常に作りながら処理していくことが重要です.聞き手:手術に臨むにあたって術前に気をつけるポイン診察し,増殖膜の所在や牽引性網膜.離の有無,後部硝トはありますか?子体.離の範囲を把握することがポイントです.網膜上坂西:増殖糖尿病網膜症はその所見が症例によりさまざに広範囲に増殖膜があっても,強固に癒着しているのはまであり,その症例がどのような眼底の状態なのかを把おもにepicenterとよばれる網膜からの新生血管が増殖握してから手術に臨むのがよいと思います.直接眼底を膜に伸びている部位であり,それがどこにあるかを把握(69)あたらしい眼科Vol.39,No.3,20223310910-1810/22/\100/頁/JCOPY考える手術するためには可能なら広角眼底撮影でのフルオレセイン蛍光眼底造影検査が有用です.硝子体出血を伴っていて詳細な眼底の観察ができないことも多くありますが,その際は断層超音波検査を行うことで網膜.離や増殖膜の所在がおおよそわかります.また,糖尿病という全身疾患に伴う病気であることから眼底の状態も左右で同程度であることが多く,瞭眼の状態を確認することができれば,術眼の状態把握の参考になります.聞き手:手術中にどのように増殖膜にアプローチすればよいか迷うことがありますが?坂西:やるべきことは増殖膜と網膜の間隙を探し出し,網膜から増殖膜を取り除くことです.昨今の硝子体手術機器の進歩により,増殖膜へのアプローチがしやすくなってきています.先に述べたようにepicenterの部位で増殖膜と網膜の癒着が強いので,それがどこにあるかをよく見ながら増殖膜を.離していきます.具体的には,硝子体カッターの先端が増殖膜の下に回りこむことができれば,カッターの吸引口を増殖膜に当てて上に引っかけるようにしながら少しずつ増殖膜を切除していきます.このとき,とくに牽引性網膜.離がある状態で吸引圧を上げると網膜を誤吸引してしまうので,吸引圧はあまり上げずに切除することが重要です.もし増殖膜と網膜の間隙がわからないときは,硝子体鑷子で増殖膜を少し引っ張ってみるとよいです.Epi-centerがない部位であればそのまま増殖膜が.離できますし,増殖膜をよく観察しているとepicenterの部位は.離ができないためにその部位がはっきり視認できます.そのようにepicenterの部位を残して増殖膜を切除していくと,それぞれのepicenter一つずつに孤立した増殖膜が付着している状況になり,ここまでくれば硝子体カッターで容易に増殖膜とepicenterを同時に処理することができます.牽引性網膜.離のある箇所の増殖膜処理や硝子体カッターが下に入り込む余地がなければ,シャンデリアライトを立てたうえで双手法が有効です.これは片手に硝子体鑷子で増殖膜を上に持ち上げながら,もう片手で硝子体剪刀を用いて,①増殖膜を切る,②鈍的に.離する,③epicenterを切る,という方法です.両手で細かい操作を必要とするため手技の鍛錬が必要ですが,最近ではフットスイッチで鑷子と剪刀の開閉を制御できるpneu-matichandpieceというデバイスもありますので,これを用いることで鑷子や剪刀を開閉するときのブレがほぼなくなり,かなり精密な操作で双手法を行うことができます.聞き手:増殖糖尿病網膜症で牽引性網膜.離がある際にガスなど入れる必要があるかないかは,何を基に判断していますか?坂西:網膜.離があっても裂孔がなければタンポナーデは不要と思われます.つまり牽引性網膜.離であればその牽引の原因となっている増殖膜を切除することで自然と網膜は復位するからです.しかし,裂孔が開いているのかわからないくらい小さい裂孔が開いている場合もあり,このように網膜裂孔が開いていないか確信がもてない場合は念のためガスタンポナーデを行ったほうが安全です.さらに,裂孔が開いていなくても.離範囲が広い症例では,ガスタンポナーデを行わないと復位を得にくいと報告されており,やはりこのような症例でもタンポナーデは必要です.タンポナーデ物質としてガスのほかにシリコーンオイルを用いる場合もあります.シリコーンオイルはガスと異なり,半永久的に眼内でタンポナーデ効果が持続されます.シリコーンオイルのその他の特徴として術直後から眼底の透見がよい,前房と後房の隔壁ができ血管新生緑内障が引き起こされにくい,などがあります.したがって,シリコーンオイルを選択する対象となるケースとしては,両眼の重症増殖糖尿病網膜症で片眼の術後にすぐ対眼の手術が必要な場合や,虚血が強く血管新生緑内障を合併することが予想される場合,長期に網膜.離があり網膜の復位に時間がかかりそうな場合などがあげられます.332あたらしい眼科Vol.39,No.3,2022(70)

抗 VEGF治療:滲出型加齢黄斑変性に対するブロルシズマブの治療成績

2022年3月31日 木曜日

●連載117監修=安川力髙橋寛二97滲出型加齢黄斑変性に対する松本英孝群馬大学大学院医学系研究科脳神経病態制御学講座眼科学ブロルシズマブの治療成績ブロルシズマブは滲出型加齢黄斑変性における滲出を改善させる効果が高い.また,ポリープ状脈絡膜血管症におけるポリープ状病巣の高い消失効果が期待できる.しかし,眼内炎症をきたしやすいため慎重な経過観察が必要であるとともに,眼内炎症発症時には速やかにステロイド治療を行う必要がある.ブロルシズマブの対象症例滲出型加齢黄斑変性(age-relatedCmacularCdegenera-tion:AMD)に対する抗CVEGF薬治療のこれまでの成績から,type2またはCtypeC3CmacularCneovasculariza-tion(MNV)を伴う滲出型CAMDに対しては,新生血管が網膜色素上皮上に存在し抗CVEGF薬の効果が出やすいため,VEGF抑制効果の比較的弱いラニビズマブを用いても十分に治療効果が期待できると筆者らは考えている.一方で,新生血管が網膜色素上皮下に存在するCtype1MNVに対してはラニビズマブよりアフリベルセプトのほうが高い有効性を示すと報告されており,筆者らもアフリベルセプトを用いて治療を行ってきたが,それでも治療効果が不十分なケースは少なからず存在する.ブロルシズマブは,2020年C5月に日本でも使用可能となった新規の抗CVEGF薬である.ヒト化一本鎖抗体フラグメントであり,26kDaという質量の小ささと120Cmg/mlの溶解性により,モル換算でラニビズマブと比較して約C22倍の投与量を実現している.滲出型AMDに対する国際共同第CIII相試験であるCHAWKC&HARRIER試験1)において,ブロルシズマブの視力改善量はアフリベルセプトと比較して非劣性であることが示された.また,網膜内液,網膜下液だけでなく,網膜色図1PCVに対するブロルシズマブ硝子体内注射を用いた導入治療例76歳,男性,左眼視力(0.6).左:治療前の眼底写真で黄斑部に橙赤色隆起病巣を伴う色素上皮.離と色素上皮萎縮がみられ,インドシアニングリーン蛍光造影で異常血管網と色素上皮.離内のポリープ状病巣がみられる.光干渉断層計ではポリープ状病巣による色素上皮の急峻な立ち上がりがみられ,それが漿液性色素上皮.離に連なりCtomographicnotchsignを呈している.また,異常血管網を反映するCdoublelayersignがみられ,漿液性網膜.離を伴っている.さらに,doubleClayersignの部位に一致して脈絡膜外層血管の拡張を伴う脈絡膜肥厚がみられる.中心窩下脈絡膜厚はC360Cμmである.右:ブロルシズマブ導入治療後.左眼視力(1.2).眼底写真では黄斑部の橙赤色隆起病巣と色素上皮.離が消退しており,インドシアニングリーン蛍光造影ではポリープ状病巣の消失が確認できる.光干渉断層計では色素上皮.離,漿液性網膜.離が消退しており,中心窩下脈絡膜厚もC303Cμmに減少している.(文献C2より改変引用)(67)あたらしい眼科Vol.39,No.3,2022C3290910-1810/22/\100/頁/JCOPY眼内炎症ステロイド治療後図2ブロルシズマブ関連眼内炎症例77歳,女性.PCVに対するブロルシズマブ初回注射のC3週後に飛蚊症を自覚して来院.硝子体炎と周辺の網膜血管炎がみられ,ブロルシズマブ関連眼内炎症の診断でトリアムシノロン後部CTenon.下注射とベタメタゾン点眼で治療を行い,眼内炎症は鎮静化した.(文献C2より改変引用)素上皮下液のコントロール効果もブロルシズマブはアフリベルセプトと比較して有意に高いことが示された.つまり,ブロルシズマブはアフリベルセプトと比較して網膜色素上皮下病変に対する有効性が高いことを示唆している.以上のことから,筆者らはポリープ状脈絡膜血管症(polypoidalCchoroidalvasculopathy:PCV)やCpachychoroidneovasculopathyを含むCtypeC1MNVを伴う滲出型CAMDに対してブロルシズマブを使用している.ブロルシズマブの治療成績治療経験のないCtypeC1MNVを伴う滲出型CAMDC42眼に対する導入期治療成績をまとめた筆者らの研究2)では,36眼(85.7%)でC3回のブロルシズマブ注射を完遂でき,これらの症例では視力と滲出性変化の有意な改善が得られた.また,導入治療後にC94%の症例でCdrymaculaが得られた.さらに,導入治療を完遂できたC36眼中C19眼がCPCVであり,そのうちC15眼(78.9%)でポリープ状病巣の完全消失が得られた(図1).導入治療後のポリープ状病巣の消失率は,ラニビズマブ単独で約30%,アフリベルセプト単独で約C50%と報告されているため,これまでの抗CVEGF薬と比較してブロルシズマブでは高いポリープ状病巣の消失率が得られる可能性がある.PCVは日本人の滲出型CAMDの約半数を占めると報告されている.また,ポリープ状病巣は黄斑下血種のリスクファクターであることや,ポリープ状病巣が残存すると滲出が再燃しやすく頻回の抗CVEGF薬治療が必要になることが報告されている.以上のことから,PCVに対するブロルシズマブの有効性は,滲出型CAMD診療において明るい知らせといえる.筆者らは,最長投与間C330あたらしい眼科Vol.39,No.3,2022隔をC16週に設定してCtreat-and-extendレジメンでブロルシズマブ治療を継続しており,今後,長期的な治療成績をまとめていく予定である.ブロルシズマブ関連眼内炎症ブロルシズマブは滲出型CAMDに対して高い有効性を示すが,懸念されるのは硝子体内注射後の眼内炎症である.ブロルシズマブはこれまでの抗CVEGF薬と比較して非感染性眼内炎症の発現率が高く1),重症化した場合,網膜血管閉塞による恒久的な高度の視力低下をきたすリスクがある.また,HAWK試験に参加した日本人の眼内炎症発現率はC12.9%と全体の平均値より高いことが報告されており,筆者らの検討でも導入期治療中に19.0%の症例で眼内炎症が確認された2).また,眼内炎症のリスクファクターとしては,女性,糖尿病合併,高齢などがあげられている2,3).ブロルシズマブ関連眼内炎症に対してはステロイド治療の有効性が確認されており,早期発見と集中的なステロイド治療,そして注意深い経過観察が推奨されている4).筆者らは,ブロルシズマブ治療を開始する前に眼内炎症のリスクについて患者に詳しく説明するとともに,治療眼に飛蚊症などの症状を自覚した場合にはすぐに電話で相談するよう指導し,眼内炎症の早期発見,早期治療に努めている.眼内炎症が確認された場合,当科ではブロルシズマブ治療を中止し,一律トリアムシノロンC30Cmg後部CTenon.下注射とベタメタゾン点眼で治療を行っており,現在のところ網膜血管閉塞に伴う高度視力低下の経験はない(図2).文献1)DugelCPU,CSinghCRP,CKohCACetal:HAWKCandCHARRI-ER:Ninety-six-weekoutcomesfromthephase3trialsofbrolucizumabCforCneovascularCage-relatedCmacularCdegen-eration.Ophthalmology128:89-99,C20212)MatsumotoH,HoshinoJ,MukaiRetal:Short-termout-comesCofCintravitrealCbrolucizumabCforCtreatment-naiveCneovascularage-relatedmaculardegenerationwithtype1choroidalneovascularizationincludingpolypoidalchoroidalvasculopathy.SciRep11:6759,C20213)MukaiCR,CMatsumotoCH,CAkiyamaH:RiskCfactorsCforCemergingintraocularin.ammationafterintravitrealbrolu-cizumabCinjectionCforCage-relatedCmacularCdegeneration.CPLoSOne16:e0259879,C20214)BaumalCR,BodaghiB,SingerMetal:Expertopiniononmanagementofintraocularin.ammation,retinalvasculitis,andvascularocclusionafterbrolucizumabtreatment.Oph-thalmolRetinaC5:519-527,C2021(68)

緑内障:OCTによる網膜神経節細胞の観察

2022年3月31日 木曜日

●連載261監修=山本哲也福地健郎261.OCTによる網膜神経節細胞の観察中野絵梨京都大学大学院医学研究科眼科学従来の光干渉断層計(OCT)の解像度では網膜神経節細胞(RGC)の細胞体を描出することはできなかった.補償光学(adaptiveoptics)を応用したCAO-OCTを用いることで解像度が向上し,細胞体の観察が可能となった.緑内障眼では正常眼に比べCRGCの細胞体密度が減少し,細胞体径が大きくなっていることがわかった.●はじめに約C30年前に出現した光干渉断層計(opticalCcoher-encetomography:OCT)1)は,さまざまな眼疾患の診断治療のあり方を劇的に変え,病態解明に貢献してきた.Time-domainOCTでは網膜全層の厚みや大まかな形態の把握にとどまったが,spectral-domainOCTの出現により網膜内の層ごとの評価が可能となった.しかし,細胞体を描写するには解像度が不足しており,各層の厚みや層内の輝度・構造変化を観察することで,間接的に細胞の状態や細胞数を推測するしかなかった.近年,補償光学適用COCT(adaptiveCoptics-OCT:AO-OCT)を用いることで,ヒト生体における網膜神経節細胞(retinalCganglioncell:RGC)の細胞体が観察できるようになった2,3).本稿では,AO-OCTの原理,AO-OCTにより観察されたCRGCの形態について紹介する.●AO.OCTの原理補償光学(adaptiveoptics:AO)はもともと天体観測における解像度向上のために発達した技術である.星から発せられた光波は,地上に届くまでに大気のゆらぎの影響を受け歪んでしまい,望遠鏡で観測するとぼやけた像となってしまう.眼底イメージングにおいては,測定のために眼内に照射した光の,眼底からの反射光が星の光,角膜や水晶体といった眼球光学系の収差が大気のゆらぎにあたる.反射光が収差の影響でどれくらい歪んでいるかがわかり,さらにその歪みを光学的な処理で打ち消すことができれば,歪みのない反射光,つまり鮮明な眼底像を獲得できるはずである.この補正技術がCAOである.具体的には,図1のように反射光の歪みを波面センサー(Shack.Hartmann波面センサー)で計測する.計測結果をもとに,表面の凹凸を高速に細かく変化させる図1AO.OCTの撮像原理撮像中,眼球光学系の収差の影響を受け歪んだ光波をリアルタイムに波面センサーで計測し,歪みを打ち消すように可変形状ミラーの形状を瞬時に変化させ続け,高解像度の画像を構築する.(65)あたらしい眼科Vol.39,No.3,2022C3270910-1810/22/\100/頁/JCOPY2520151050Numberofaveraging,n図2AO.OCTで撮像された網膜神経節細胞の細胞体加算平均なし(左上)ではノイズが多く細胞体は確認できないが,加算平均枚数を増やすことでコントラストが向上し,網膜神経節細胞体が可視化される(左下,137枚加算.の高反射体が網膜神経節細胞の細胞体を示していると考えられている).(文献C2より引用.は筆者が追記)ことができる可変形状ミラーという特殊な鏡でうまく歪みを打ち消して反射し,検出器に対して理想的な平面波を入力する.これを眼底撮影中リアルタイムで行い続けることで,高解像度の画像を取得することができる.従来のCOCTの分解能は縦C5Cμm,横C20Cμm程度であるが,AO-OCTでは縦C3Cμm,横C3Cμmになる.RGCの細胞体径はC10Cμm前後であり,細胞体の描出にたる分解能といえる.C●AO.OCTによる網膜神経節細胞の観察2017年に初めて,米国インディアナ大学の研究グループからCAO-OCTを用いてCRGCを可視化する研究が発表された2).RGCは細胞体のなかでも透明性が高く描出がむずかしいため,同部位をC11回撮像して得られた137枚の画像を加算平均することでコントラストを高め,RGCの細胞体と思われる円形高反射体の観察に成功した(図2).同じ機械を用いて緑内障眼と正常眼を比較した報告3)では,緑内障眼はCRGCの細胞体密度が低下していた.図3のように視野欠損部位に対応する下方網膜ではCRGCがほとんど観察されない(図3右下).また,緑内障眼では正常眼に比べてCRGCの細胞体平均径が大きく,細胞体内の輝度変化に富んでいた.筆者らは,アポトーシス前の細胞体や,周囲のCRGCの細胞死C328あたらしい眼科Vol.39,No.3,2022図3AO.OCTで撮像した緑内障眼の網膜神経節細胞a:スペクトラリス(ハイデルベルグ社)による網膜全層のCthicknessmap.下方網膜の菲薄化を認める.Cb:HFA24-2では菲薄下網膜に対応する上方視野の異常を認める.Cc:AO-OCTで撮像した中心窩耳側C12°の網膜神経節細胞.中段CL7が耳側縫線上で,上段CL5と下段CL6はそれぞれ耳側縫線からC2.5°上下した部位.比較的健常な部位(L5)では網膜神経節細胞体の密度はある程度保たれるが,患側(L6)に近づくにつれ細胞体の密度は著しく減少する.(文献C3より引用.は筆者が追記)に伴い生まれた死腔を補.するために膨化した細胞体を見ているのではないかと推察している.このようにCAO-OCTは画期的な眼底イメージング機器であるが,約C500Cμm四方という画角の小ささや,被写界深度(ピントが合っているように見える範囲)の狭さ,現在普及しているCOCTに搭載されているようなフォローアップモードがないなど,ハード面での課題がまだ多いのが現状である.今後の改善および続報が期待される.文献1)HuangCD,CSwansonCEA,CLinCCPCetal:OpticalCcoherenceCtomography.ScienceC254:1178-1181,C19912)LiuZ,KurokawaK,ZhangFetal:Imagingandquantify-ingCganglionCcellsCandCotherCtransparentCneuronsCinCtheClivinghumanretina.ProcNatlAcadSciUSAC114:12803-12808,C20173)LiuCZ,CSaeediCO,CZhangCFCetal:Quanti.cationCofCretinalCganglionCcellCmorphologyCinChumanCglaucomatousCeyes.CInvestOphthalmolVisSciC62:34,C2021(66)

屈折矯正手術:ICLにおける乱視矯正

2022年3月31日 木曜日

監修=木下茂●連載262大橋裕一坪田一男262.ICLにおける乱視矯正五十嵐章史スカイビル眼科ICL(STAAR社)は専用インジェクターの形状より角膜切開創はC3.0~3.2Cmmが必要とされ,通常の白内障手術より術後惹起乱視の影響を考慮する必要がある.また,乱視矯正可能なCtoricICLは術後回転による乱視矯正効果の低下が問題であるが,眼球の解剖学的特徴を考慮した垂直固定にすることでそのリスクは軽減できる.●はじめに後房型有水晶体眼内レンズCImplantableContactLens(ICL,STAAR社)は,若年の健常眼に対してQOL(qualityCoflife)を向上させることが目的となるため,術後は良好な裸眼視力を獲得することが必須であり,そのためには術後乱視を限りなくゼロにすることが望ましい.近年では術式が白内障手術に近いことから,これまで屈折矯正手術を専門としていない術者も増えているが,術後乱視のマネージメントに関しては通常の白内障手術と異なる点があるため,本稿でそのポイントを解説する.C●ICLおよびtoricICLICLには近視のみを矯正するCnon-toricレンズと近視および乱視を矯正するCtoricレンズのC2種類がある.屈折度数は-0.5D~-18.0D(うち国内承認範囲は-3.0~-18.0D),乱視度数は+0.5~+6.0D(うち国内承認範囲は+1.0~+4.5D)と矯正範囲が広いのが特徴である.ICLの度数計算は白内障手術と異なり,他覚検査ではなく自覚屈折値にてほぼ決定するため,まず正確な視力検査を行うことが重要となる.●手術手技と惹起乱視量ICLは耳側角膜切開が基本であるが,STAAR社から提供されるCICL専用のインジェクターの形状から,レンズ挿入にはC3.0~3.2Cmmの切開幅を必要とする.図1に過去に清水が報告1)した耳側角膜切開幅と乱視量の関係を示す.清水の報告によるとC3.2CmmではC0.24Dの惹起乱視が生じ,最新のCkamiyaらの報告でもほぼ同様である2).ICL手術対象の若年者の場合,ほとんどが直乱視であるため,3.0~3.2Cmmの耳側切開で手術を行うと術後に角膜乱視はC0.2~0.3D,自覚乱視はC0.5D程度直乱視が強くなることを考慮しなければいけない.C●上方角膜切開によるICL挿入直乱視例は角膜耳側切開で直乱視化することから,逆に角膜上方切開にて惹起乱視を利用し直乱視を軽減させる方法がある.図2にCkamiyaら2)の直乱視例に対する角膜耳側切開と上方切開での角膜乱視度数の変化を示す.上方切開では術後角膜乱視がC0.23D程度軽減しており,自覚乱視ではおおむねC0.5D程度の直乱視軽減効果があると考える.このように直乱視が多いCICL対象C2.5CornealAstigmatism(D)2.01.51.00.50.4術後乱視変化(D)0.0図2術前・術後3カ月の角膜乱視度数の変化(耳側切開,(文献C1より改変引用)C上方切開)(文献C2より引用)(63)あたらしい眼科Vol.39,No.3,2C022C3250910-1810/22/\100/頁/JCOPY96.4%(425/441)軸ずれ修正なしTotal:441眼3.6%(16/441)軸ずれ修正あり93.8%(15/16)水平固定図3ToricICL挿入後1年までの乱視軸ずれによる修正の有無例では上方切開を行うことで直乱視が軽減できるため,近年筆者はほとんど上方切開で行うようになっており,non-toricレンズを選択する割合が増えている.ただし,角膜上方切開は手術手技上少し注意が必要である.適切な角膜切開位置がポイントとなるが,上方は耳側と比べ瞳孔中心に近いため,あまり角膜寄りに切開を行うと惹起乱視が強く起こりすぎる可能性があり,場合によっては術後に斜乱視化や倒乱視化することとなる.また,逆に強膜寄りに切開すると出血が多く術野の透見が不良になり,切開創の閉鎖不全も起こりやすく,また上方隅角が下方に比べ浅いことから虹彩脱出が生じやすくなる.筆者は上方切開を行う場合はそれらを考慮し,whitetowhite部分のやや角膜側を切開位置としている.C●ToricICLの回転前述のように軽度直乱視であれば角膜上方切開にて乱視軽減は可能であるが,より強い乱視例ではCtoricレンズを用いることで良好な臨床成績を得ることができる.しかし,toricレンズで注意すべき点は,術後のレンズ回転による乱視矯正効果の減弱である.通常,toricレンズはC1°のずれで約C3%乱視矯正効果が減弱するとされており,30°レンズが回転してしまうと,理論上,乱視矯正効果はほとんどなくなることになる.ToricICL挿入後C1年経過観察できた症例の乱視軸ずれに対して修正処置を行った割合を図3に示す.近年はサージカルガイダンスも登場し,より正確な術中のレンズ固定が可能となっているが,このデータはすべてマニュアルでマーキングを行った例であり,術直後の位置修正も含まれている.術後に位置修正が必要であった例はC3.6%であり,過去の報告と同様かやや少ない割合である.一般的に術後レンズが回転する原因にレンズサイズが小さいことがC326あたらしい眼科Vol.39,No.3,2022あげられるが,筆者は固定位置がより重要と考えている.解剖学的に眼内のCsulcustosulcusは垂直方向のほうが水平方向に比べて約C0.3Cmm長い3)とされており,レンズ固定位置として理論的には長い方向に固定したほうが安定する.図3における術後位置修正が必要となった症例のほとんどは水平固定であり,1眼の位置補正を行った垂直固定例は術直後に施行した例であったことから,長期的には垂直固定のほうがレンズ位置は安定するのではないかと考えている.C●おわりに本稿で説明したように,ICLにおける乱視矯正の一番の問題点は大きな切開幅による惹起乱視である.図1に示すように清水は惹起乱視がほとんど生じない乱視中立の切開サイズはC2.5Cmm程度としており,より小さな切開創で挿入できるインジェクターが望まれる.最近,既存の白内障手術に用いるインジェクターを応用して小切開でCICL挿入を行う試みが始まっている.これらの安全性や有効性については,また症例が集まりしだい報告したい.文献1)清水公也:角膜耳側切開白内障手術.眼科C37:323-330,C19952)KamiyaCK,CAndoCW,CTakahashiCMCetal:ComparisonCofCmagnitudeCandCsummatedCvectorCmeanCofCsurgicallyCinducedastigmatismvectoraccordingtoincisionsiteafterphakicCintraocularClensCimplantation.CEyeVis(Lond)C8:C32,C20213)BiermannJ,BredowL,BoehringerDetal:EvaluationofciliaryCsulcusCdiameterCusingCultrasoundCbiomicroscopyCinCemmetropicCeyesCandCmyopicCeyes.CJCCataractCRefractCSurg37:1686-1693,C2011(64)

眼内レンズ:硝子体内注射による後嚢損傷に起因する白内障

2022年3月31日 木曜日

眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎・佐々木洋424.硝子体内注射による後.損傷竹下百合香中尾功江内田寛佐賀大学医学部眼科学講座に起因する白内障抗VEGF薬硝子体内注射後に後.破損および外傷性白内障を生じた患者に対し,硝子体手術を併施せずに水晶体再建術のみを行った症例を提示する.後.破損を認める患者では,術中合併症を回避するためにも,破損部位が拡大しないようなより慎重な手術操作が必要となる.●はじめに抗血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)薬は2008年に日本で承認されて以降,新規薬剤が続々と承認され,その適応疾患も徐々に拡大されている.今後は抗VEGF薬の注射数のさらなる増加が見込まれる.その一方で,ときに注射針による後.破損に起因する外傷性白内障に遭遇することがある.本稿ではそのような場合の術手技を紹介する.●症例77歳,女性.右眼視力低下を主訴に当院を紹介受診した.視力は右眼0.02(n.c),左眼0.15(0.2×sph-0.5D(cyl-1.0DAx180°),眼圧は右眼13mmHg,左眼13mmHgであった.これまで前医で右眼糖尿病黄斑浮腫に対し抗VEGF薬の硝子体内注射を計3回施行されていた.両眼に中等度の核白内障を認め,右眼には中央耳側に層状の強い水晶体皮質混濁を認めた.細隙顕微鏡では皮質混濁により後.の状態は視認できなかったが,前眼部光干渉断層計(opticalcoherencetomography:OCT)で後.破損,水晶体皮質の脱出を認めた(図1).注射針による外傷性白内障と診断し,右眼水晶体再建術を施行した.通常どおり連続円形切.(continuouscurvilinearcapsulorrhexis:CCC)を遂行した.後.損傷部が拡大する可能性を考慮し,hydrodissectionは行わずに超音波乳化吸引術(phacoemulsi.cationandaspi-ration:PEA)を開始した.水晶体核を1/6~1/4程度に分割し,分割フックにてやさしく核を前房内へ掻き出すよう脱臼させることを繰り返し(図2a),脱臼させた核を随時,超音波乳化吸引した(図2b).1/4以上の核を処理し,後.への水圧負荷がかかりにくくなったところで,軽くhydrodissectionを施行した.残存した核を処理し,通常通り灌流吸引(irrigation/aspiration:I/A)チップにて皮質処理を行った.いずれも,ボトルの高さや吸引流量は通常と同様の設定で行ったが,硝子体脱出は認めなかった.皮質処理後,術前に皮質混濁の強かった部位に後.破損を認めた(図2c).眼内レンズは,後.破損の程度が大きくなかったことから,1ピースアクリルレンズ(XY-1,HOYA)を.内に固定した.術後右眼視力は0.1(0.15×sph+1.50D(cyl-2.0DAx110°)に改善した.術後,眼内レンズの偏位は生じていない.●おわりに注射針による後.破損例に対しては,術中に後.破損図1術前の細隙灯顕微鏡写真(a)および前眼部OCT画像(b)a:中央耳側に層状の強い水晶体皮質混濁を認める.後.破損は混濁のため確認できなかった.b:後.破損,水晶体皮質の脱出を認めた(←).(61)あたらしい眼科Vol.39,No.3,20223230910-1810/22/\100/頁/JCOPY図2術中所見a:dvivideandconquer法にて核を2分割したのち,phacochop法で核を小さく分割した.b:分割した核を分割フックで脱臼させてから超音波乳化吸引を施行した.c:1/4以上の核を処理したのち,hydrodissectionを施行した.d:皮質処理後,中央耳側に後.破損を認めた(←).図3術後の細隙灯顕微鏡写真1ピースアクリル眼内レンズを.内固定後,眼内レンズの偏位は認めなかった.の拡大をきたすことから,硝子体手術を併用した水晶体再建術を施行する場合が多く,それらの報告もなされている1).とくに他の合併症をもつ場合は,それらの増悪などを回避する意味でも最少侵襲の手術が望ましいことはいうまでもない.本症例のようにあらかじめ術中に生じうる合併症を想定し,丁寧によく考えた戦略的な手術を施行することで,侵襲の少ない手術の実現が可能になる場合もある.術中合併症が拡大した場合は硝子体手術手技も必要となることも想定されるが,まずは最少侵襲の手術を心がけることも重要である.文献1)加納俊祐,清崎邦洋,福井志保ほか:硝子体注射1カ月後に診断された外傷性白内障の1例.あたらしい眼科36:544-547,2019

コンタクトレンズ:コンタクトレンズの処方とフォロー 10.ソフトコンタクトレンズによる老視矯正(その3)

2022年3月31日 木曜日

・・提供コンタクトレンズセミナーコンタクトレンズユーザーの満足度向上をめざすコンタクトレンズの処方とフォロー小玉裕司小玉眼科医院10.ソフトコンタクトレンズによる老視矯正(その3)■はじめに前回のセミナーでは比較的シンプルに処方できる有水晶体眼症例や人工水晶体眼(白内障術後)症例,モディファイド・モノビジョン法を使用した症例を紹介した.今回のセミナーではさらに工夫を要する遠近両用ソフトコンタクトレンズ(multi-focalsoftcontactlens:MFSCL)の処方について解説する.■少し工夫を要したMFSCL処方例<処方例1>低加入度数MFSCLと高加入度数MFSCLの併用58歳,男性.事務職.球面1日使い捨てSCLの度数を落として対応していたが,遠くも近くも見にくくなってきた.・完全矯正屈折値RV=(1.2×sph-5.50D)利き目LV=(1.2×sph-4.75D)近見に必要な加入度数は両眼ともに+1.75D・使用SCLRV=(0.8×880/-4.50/14.2)LV=(0.7×880/-4.00/14.2)BV(両眼遠見視力)=(0.8×SCL)NBV(両眼近見視力)=(0.5×SCL)・初回処方MFSCL:シード1dayPureマルチステージ(図1)RV=(0.9×880/-4.75/14.2/+0.75)LV=(0.9×880/-4.00/14.2/+0.75)BV=(0.9×MFSCL)NBV=(0.5×MFSCL)これで満足が得られたら処方終了であるが,遠くも近くも前のレンズよりもよく見えるが,もう少し近くが見えるようになりたいとのことであった.・2回目処方MFSCLそこで非利き目を近見優先にする目的で,右眼はそのままで左眼の度数を-3.75Dに落とした.BV=(0.8×MFSCL)NBV=(0.6×MFSCL)この結果,近くは見やすくなったが,遠くが見にくくなった.(59)0910-1810/22/\100/頁/JCOPY図1シード1dayPureマルチステージ中心遠用二重焦点MFSCLで移行部を有している1日使い捨てタイプのレンズである.・3回目処方MFSCL利き目の度数を-0.25D強くした.BV=(1.0×MFSCL)NBV=(0.5×MFSCL)この結果,遠くは見やすくなったが,近くが見えにくくなった.・4回目処方MFSCLそこで利き目の度数はそのままの-5.00Dにして,非利き目は最初の度数の-4.00Dに戻して強い加入度数のレンズを選択した.BV=(1.0×MFSCL)NBV=(0.7×MFSCL)この結果,遠見も近見も満足のいく結果が得られた.このように利き目は低加入度数,非利き目は高加入度数のMFSCLを用いることでうまくいった.■乱視眼へのMFSCL処方-0.75Dくらいまでの乱視眼であれば,通常のMFSCLでどうにか満足できる程度の遠近視力を提供できるが,それ以上の乱視になると工夫が必要になる.近年,乱視の入ったMFSCLトーリックが市販されており,とても処方しやすくなったが,その前にディセンターのMFSCLで満足のいく結果を得られた症例があるので紹介する.<処方例2>中心ディセンターの近用二重焦点タイプ47歳,女性.美容師.トーリックSCLを使用していたが近くが見にくくなってきた.あたらしい眼科Vol.39,No.3,2022321図22WEEKメニコンプレミオ遠近両用・完全屈折矯正値RV=(1.2×sph-5.75D(cyl-0.75DAx180°)利き目LV=(1.2×sph-6.00D(cyl-1.25DAx180°)・使用SCL:メダリスト66トーリックRV=(1.2×850/-5.25/14.5/cyl-0.75Ax180°)LV=(1.2×850/-6.50/14.5/cyl-0.75Ax180°)BV=(1.2×SCL)BNV=(0.4×SCL)・初回処方SCL:メダリスト・マルチフォーカルR:900/-6.00/14.5/LowL:900/-6.50/14.5/LowBV=(0.8×MFSCL)BNV=(0.5×MFSCL)使用中のレンズよりも見やすいとのことで2週間試用させたが眼精疲労が強く,他のレンズを希望.・2回目処方MFSCL:2WEEKメニコンプレミオ遠近両用バイフォーカルデザイン(図2,3)R:860/-6.50/14.2/HighL:860/-6.50/14.2/HighBV=(1.0×MFSCL)BNV=(0.6×MFSCL)ディセンタータイプのMFSCLは比較的乱視眼であっても遠近ともに視力が出やすいという印象をもっていたが,この症例では満足のいく結果が得られた.<処方例3>モノビジョン法を用いて処方49歳,女性.主婦.トーリックSCLを試用していたが近くが見えにくい.・完全屈折矯正値RV=(1.2×sph-8.50D(cyl-0.75DAx180°)利き目LV=(1.2×sph-6.50D(cyl-2.25DAx180°)・使用SCL:メダリスト66トーリックR:850/-8.00/14.5/cyl-0.75DAx180°図32WEEKメニコンプレミオ遠近両用のデザインa:加入度数+1.0D,+2.0Dではプログレッシブデザインが採用されている.遠近度数の間には累進的に中間用度数が配置されている.b:加入度数+2.0Dのみにバイフォーカルデザインのものが用意されている.遠近度数のみがあり,近用度数は鼻側にディセンターに配置されている.L:850/-6.50/14.5/cyl-1.75DAx180°BV=(1.2×SCL)BNV=(0.4×SCL)この症例は右眼の球面度数が強いので,強弱主経線で頂点間補正を行ったところ,実際の乱視度数は-0.50Dとなり,MFSCLでも有効な遠近視力が得られる可能性が高いと推測されたので試してみた.・初回処方MFSCL:右眼メダリスト・マルチフォーカルR:900/-8.50/14.5/LowL:850/-6.50/14.5/cyl-1.75DAx180°BV=(1.0×SCL)BNV=(0.5×SCL)2週間試用させたところ,近くが見えにくく疲れやすいとのことであった.・2回目処方SCLR:900/-8.50/14.5/HighL:850/-6.50/14.5/cyl-1.75DAx180°BV=(1.0p×SCL)BNV=(0.6×SCL)この処方で満足のいく結果が得られた.このように乱視の少ない方の眼にMFSCL,乱視の強いほうにトーリックSCLを処方するモノビジョン法を用いて成功することがある.■おわりに以上の処方例は乱視用MFSCLが市販される前の対処法であり,市販後の処方については次回以降のセミナーで解説する.

写真:帯状疱疹後に角膜ぶどう膜炎を認めた症例

2022年3月31日 木曜日

写真セミナー監修/島﨑潤横井則彦454.帯状疱疹後に角膜ぶどう膜炎を南幸佑横井則彦京都府立医科大学眼科学教室認めた症例図1初診時前眼部所見Dscemet膜皺襞と結膜充血を認める.図3初診時角膜フルオレセイン染色所見(ブルーフリーフィルター使用)角膜周辺のC3時からC6時にかけて上皮欠損を認める.図4当科終診時前眼部所見角膜実質浮腫,結膜充血の改善を認める.(57)あたらしい眼科Vol.39,No.3,2022C3190910-1810/22/\100/頁/JCOPY症例は72歳,女性.頭部と顔面の痛みを自覚し,内科を受診.帯状疱疹と診断された.バラシクロビル3,000mgの内服が開始されたが,その後左眼の充血を認めたため,アシクロビル眼軟膏の点入が追加された.しかしC1週間経過しても症状の改善が認められなかったため,近医眼科を受診し,翌日当院を紹介されて受診した.受診時の左眼前眼部所見としてCDscemet膜皺襞と結膜充血(図1,2),角膜上皮欠損(図3),角膜実質浮腫および角膜後面沈着物を認めた.最大矯正視力は右眼C1.5,左眼C0.2と左眼で悪く,眼圧は右眼C15CmmHg左眼C20CmmHgと左眼で高く,左右差を認めた.バラシクロビルC1,000mg/日の内服を継続し,ベタメタゾン1Cmg/日の内服,1.5%レボフロキサシンC2回/日および0.1%フルオロメトロンC4回/日の点眼で治療を開始した.1週間後の再診時には左眼角膜の上皮欠損,実質浮腫に改善を認め,左眼圧の低下を認めた.ベタメタゾン内服を終了し,フルオロメトロン点眼をC0.1%ベタメタゾンC3回/日の点眼に強化して治療を継続し,その後,角膜実質浮腫や視力のさらなる改善を認めたため,ベタメタゾン点眼を再びフルオロメトロンC3回/日とし,左眼矯正視力はC0.9まで改善したため,フルオロメトロン2回/日を継続として紹介元での経過観察を指示した(図4).しかし,1カ月後に左眼の結膜充血と角膜実質浮腫の再発を認めたため,同様の治療を行い,1週間後に寛解を得たため,バラシクロビルの内服を中止し,アシクロビル眼軟膏C2回/日とフルオロメトロンもC2回/日を投与しながら経過観察を行った.その後は再発を認めなかったため,アシクロビル眼軟膏をC1回/日,フルオロメトロンC1回/日で経過をみている.今回の経過において,角膜内皮細胞密度の左右差や減少はみられなかった.眼部帯状ヘルペス(herpesCzosterophthalmicus:HZO)とは,三叉神経第一枝神経節に潜伏感染した水痘帯状疱疹ウイルス(varicella-zostervirus:VZV)が再活性化し,眼病変を示すものであり,1865年にHutchinsonによって報告された1)が,HZOにおいて鼻毛様体神経が関与すると,50~76%の頻度で眼病変を合併するとされる2).そして,鼻部の皮疹はCHutchinson徴候として知られ,眼疾患の出現の可能性を示唆する指標とされる.HZOのC2/3の患者になんらかの角膜病変,すなわち,偽樹枝状病変,角膜実質浸潤,角膜炎,強膜炎,角膜内皮炎などを呈する3).また,皮疹が消失し,1週間ほど経過したのちに,角膜ぶどう膜炎を生じることがあり,眼圧上昇,角膜浮腫,虹彩萎縮を認め,その病態はウイルスに対する免疫反応によると考えられている.今回経験した角膜ぶどう膜炎では,角膜の実質浮腫や後面沈着物,眼圧上昇を認めたが,経過観察中に虹彩萎縮がみられることはなかった.VZVによる角膜ぶどう膜炎に対する治療は,標準的な抗ウイルス治療に加えて副腎皮質ステロイドを使用する.ステロイドの使用は角膜ぶどう膜炎の病態の中心をなす免疫反応に伴う炎症所見に対して有用であり,アシクロビルによる治療はウイルスの再活性化を抑え,角膜ぶどう膜炎の再発を抑制する4).今回の症例では,フルオロメトロン点眼を漸減したC1カ月後に角膜ぶどう膜炎の再発を認めたため,その後,アシクロビル眼軟膏とフルオロメトロン点眼を眠前C1回継続することで,現在に至るまで寛解を得ている.HZOに伴う角膜ぶどう膜炎では,初回の治療開始時に治療が長期になる可能性があることを説明しておくことも重要である.文献1)HutchinsonJ:Aclinicalreportonherpeszosterfrontalisophthalmicus(shinglesCa.ectingCtheCforeheadCandnose)C.CRLondonOphthalmolHospRepC5:191,C1865COphthalmicCHospitalCReportsCandCJournalCofCtheCRoyalCLondonCOphthalmicCHospitalC3:865-866,1864;C5:191,C18652)CoboCM,CFoulksCGN,CLiesegangCTCetal:ObservationsConCtheCnaturalChistoryCofCherpesCzosterCophthalmicus.CCurrCEyeResC6:195-199,C19873)MarshRJ:Herpeszosterkeratitis.TransOphthalmolSocC93:181-192,C19734)Hu.CJC,CBeanCB,CBalfourCHHCetal:TherapyCofCherpesCzosterwithoralacyclovir.AmJMedC85:84-88,C1988

総説:肥満症と糖尿病血管合併症

2022年3月31日 木曜日

あたらしい眼科39(3):313.318,2022c第26回日本糖尿病眼学会総会特別講演肥満症と糖尿病血管合併症TheAssociationbetweenObesityandDiabeticVascularComplications石垣泰*はじめに第26回日本糖尿病眼学会総会の特別講演の機会をいただき,会長の高木均先生と座長の曽根博仁先生に心より感謝申しあげたい.高血糖が糖尿病血管合併症のリスクであることは論を待たないが,インスリン抵抗性,さらにその上流である肥満の影響については明らかでない点も多い.本稿ではこれまでの報告を整理していきたい.I肥満症と内臓脂肪蓄積国民健康栄養調査によると,わが国では男性はおおむねどの年代もBMI25以上の肥満者は年々増加する傾向にある.一方で,女性はほぼすべての年代で肥満者の割合は横ばいで推移しており,わが国の肥満の動向は性と年代によって異なる.日本肥満学会から1993年に初めて肥満症の診断基準が出され,その後2000年にbodymassindex(BMI)25以上を肥満とする基準が定められた.あらためて定義を確認すると,BMI25以上が肥満であり,加えて関連する健康障害を合併したもの,あるいは内臓脂肪蓄積が認められるものを肥満症として取り扱っている1).わが国では,とくに代謝異常の原因として内臓脂肪蓄積を一貫して重視していることが特徴である.肥満に起因・関連する健康障害とは,代謝異常をはじめ月経異常,整形外科的疾患なども含まれ,いずれも体重増加で増悪し,減量によって病態の改善が期待できるものである(表1).内臓脂肪型肥満は男性に優位にみられ,増えやすく減りやすいのが特徴である.皮下脂肪型肥満は女性に多表1肥満に起因ないし関連し,減量を要する健康障害1.肥満症の診断基準に必須な健康障害1)耐糖能異常(2型糖尿病・耐糖能異常など)2)脂質異常症3)高血圧4)高尿酸血症・痛風5)冠動脈疾患:心筋梗塞・狭心症6)脳梗塞:脳血栓症・一過性脳虚血発作(TIA)7)非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)8)月経異常,不妊9)閉塞性睡眠時無呼吸症候群(OSAS)・肥満低換気症候群10)運動器疾患:変形性関節症(膝,股関節)・変形性脊椎症,手指の変形性関節症11)肥満関連腎臓病2.診断基準には含めないが,肥満に関連する健康障害1)悪性疾患:大腸がん,食道がん(胃がん),子宮体がん,膵臓がん,腎臓がん,乳がん,肝臓がん2)良性疾患:胆石症,静脈血栓症・肺塞栓症,気管支喘息,皮膚疾患,男性不妊,胃食道逆流症,精神疾患(肥満症診療ガイドライン2016より)く,下半身や大腿に脂肪がつきやすい.いずれの体脂肪も体重増加につながるが,内科的疾患の原因となるのは内臓脂肪で,内臓脂肪面積が大きくなるとともに,糖,脂質,血圧異常といったリスク因子が増加していく.女性は皮下脂肪優位だが,内臓脂肪が蓄積するにつれリスク因子が増えていくのは男性と同様である.内臓脂肪蓄積のスクリーニング目安は,ウエスト周囲径が男性85mm,女性90mmである.体格の大きい男性のほうがウエストの基準値が小さい理由は,腹部CTで測定した内臓脂肪面積100cm2に,男性は85cm,女性は90cmのウエスト周囲径が相当するためである.内臓脂*YasushiIshigaki:岩手医科大学医学部内科学講座糖尿病・代謝・内分泌内科分野〔別刷請求先〕石垣泰:〒028-3695岩手県紫波郡矢巾町医大通2-1-1岩手医科大学医学部内科学講座糖尿病・代謝・内分泌内科分野0910-1810/22/\100/頁/JCOPY(51)313図1内臓脂肪蓄積と血管合併症の関係肪蓄積が糖代謝,脂質代謝,血圧などに異常を及ぼす機序は,脂肪細胞から分泌されるさまざまな物質,アディポサイトカインのバランスの異常で説明されている.すなわち,一つひとつの内臓脂肪細胞が肥大化することにより,インスリン抵抗性を惹起する遊離脂肪酸やCTNFaなどのサイトカインの分泌が増加し,代謝改善や血管保護作用を有するアディポネクチンの分泌が低下することで代謝に悪影響を及ぼす.内臓脂肪蓄積に対して早期に介入することが特定健診の大きなミッションであり,内臓脂肪蓄積の概念を身近にしたのがメタボリックシンドロームである.一方で,皮下脂肪面積の増加はリスク因子に影響しないことが示されていることに加えて,皮下脂肪を欠失した脂肪萎縮症や皮下脂肪を除去したマウスは強いインスリン抵抗性を示すことが知られており,皮下脂肪の役割については議論が続いている.肥満,とくに内臓脂肪蓄積はアディポサイトカインの分泌異常に加えて,脂肪組織へのマクロファージ浸潤や肝臓,筋肉などへの異所性脂肪沈着,内臓脂肪由来の遊離脂肪酸の上昇などが相まってインスリン抵抗性を生じさせる.これが,糖尿病,高血圧,脂質異常といった代謝異常を引き起こすことで動脈硬化性疾患や腎障害のリスクを上昇させる.もちろん肥満以外の原因によっても代謝異常が引き起こされるほか,高CLDLコレステロールや喫煙も血管障害の原因となる(図1).II肥満症と糖尿病血管合併症肥満はインスリン抵抗性を介して糖尿病を悪化させるので,糖尿病血管合併症全般に悪影響を及ぼすと考えられる.しかし,統計的に多因子の解析を行うと,肥満と交絡性の強い糖尿病や脂質異常症の寄与度が大きくなり,肥満単独としてはリスク因子として残らないといわれている.まず,大血管障害に関しては,アジア人C112万人を平均C10年間追跡したコホート研究では,BMIが高い肥満群では動脈硬化性疾患のリスクが高いことが示されており,またCFraminghamCHeartStudyの解析では,内臓脂肪の蓄積が高くなるに従って心血管疾患の発症率は上昇し,内臓脂肪蓄積が動脈硬化の強いリスクであることがわかる.細小血管障害のリスク因子としては,網膜症と神経障害においては血糖コントロールと糖尿病罹病期間の寄与度が高く,肥満単独の影響は重要視されていない.しかし,糖尿病性腎症の重症化リスク因子の一つとして,肥満や内臓脂肪蓄積をあげている報告が多い.糖尿病網膜症と肥満の関係について,いくつかの研究を紹介する.500名弱を検討したシンガポールの横断研究では,BMIが小さい,すなわちやせ型であるほど網膜症のリスクが高いことが報告されている2).たしかに,筆者らが診療している網膜症の進行した患者でも,糖尿糸球体肥大・巣状糸球体硬化症蛋白尿(アルブミン尿)図2肥満関連腎臓病の発症機序病罹病期間の長い,インスリン分泌の低下したやせ形の人が多い印象がある.一方,この研究では,内臓脂肪蓄積を意味するウエストヒップ比が高いほど網膜症が多い,すなわち内臓脂肪蓄積と網膜症の発症頻度は相関すると考えられ,血糖コントロールなどで補正後も同様の傾向であった.網膜症とCBMIのデータがある臨床研究C27件のメタ解析では,BMIをC25以上,あるいはC30以上で群別化した場合でも,BMIを連続変数とした解析でも,BMIが高いことは網膜症の存在とは関連を示さなかった3).複数の指標で肥満を評価した中国人C4,600名を対象にした横断研究では,首まわり,ウエスト周囲長,ウエストヒップ比に加えて,生化学的パラメーターも計算に加えたいくつかの内臓脂肪蓄積の指標と,糖尿病血管合併症との関係を解析している4).興味深いことに脳心血管疾患や糖尿病性腎臓病(diabeticCkidneydisease)は内臓脂肪蓄積によってリスク上昇がみられるが,網膜症は男女ともに関係を示さなかった.このように,肥満と網膜症の関係は,研究報告によって結果が異なっており,コンセンサスが定まっていない状況といえる.糖尿病性腎症と肥満との関係は明らかである.アジア人を対象としたメタ解析では,微量アルブミン尿,あるいはCeGFR低下で定義された糖尿病性腎症はCBMI30以上の肥満,内臓脂肪蓄積の両方に強い関連を示していた5).肥満に伴う健康障害のなかに肥満関連腎臓病という疾患名があげられている.すなわち,肥満状態では糸球体過剰濾過が引き起こされ,糸球体内圧の上昇から糸球体肥大を招き,尿蛋白が出やすい状態になる.加えて,インスリン抵抗性やアディポサイトカインの異常もさまざまな機序で糸球体肥大,巣状糸球体硬化に寄与する(図2).このため,肥満者では糖尿病性腎症と相まって蛋白尿・腎障害が高頻度にみられる.肥満患者の腎障害を考えるうえでは,糖尿病性腎症単独の関連を評価することはむずかしく,肥満関連腎臓病の影響で肥満C2型糖尿病患者では尿蛋白の出現が高頻度にみられる.糖尿病データマネジメント研究会(JDDM)は糖尿病専門医のクリニックが中心となって,20年にわたって活動している研究組織である.登録されている全国C51施設,5万C5千例あまりのC2型糖尿病患者のCBMIはこのC5年余りC25弱で横ばいとなっている.筆者は,JDDM登録時患者のなかから,BMI35以上の高度肥満者C1,061名を選定し,さらに網膜症,腎症のデータがそろっているC555名を抽出した.これに対して,性,年齢,糖尿病罹病期間でマッチングした同数のCBMI20.25の非肥満者との比較検討を行った.日本人高度肥満2型糖尿病患者は非肥満C2型糖尿病患者に比べて血糖コントロールが不良で,高血圧と脂質異常症の有病率が高いことがわかった.網膜症のステージについて高度肥満群と非肥満群を残渣検定で比較したところ,網膜症の有病率や重症度には差がないことが示された(表2).海外からの報告と同様に,日本人C2型糖尿病患者でも肥満度は網膜症に影響しない可能性が示唆された.一方,腎症に関しては高度肥満群における高い有病率が認められた.この結果からは,日本人高度肥満は糖尿病性腎症に強く寄与しているものの,糖尿病網膜症に対してはニュートラルであると考えられる.表2非肥満群と高度肥満群の2群間の網膜症ステージ非肥満群(2C0.0≦BMI<2C5.0)高度肥満群(3C5.0≦BMI)p値網膜症有効数C555調整済み残渣有効数C555調整済み残渣C0.422所見なし(%)422/555(C76.0)-0.4427/555(C76.9)C0.4単純網膜症(%)90/555(C16.2)-0.293/555(C16.8)C0.2前増殖網膜症(%)13/555(C2.3)-0.717/555(C3.1)C0.7増殖網膜症(%)27/555(C4.9)C1.517/555(C3.1)-1.5失明(%)3/555(0C.5)C1.01/555(0C.2)-1.0X2Ctest.CResidualCanalysis.(日本糖尿病データマネジメント研究会登録症例の解析より)III減量による糖尿病合併症の改善腹部肥満に積極的に介入する特定健診のデータが蓄積されてきたことで,体重減少率がわずかC2%やC4%であっても有意にCHbA1cおよび空腹時血糖値が低下することが明らかになった.すなわち糖尿病コントロールを改善するためには,わずかであっても減量に取り組むことの重要性が共通の認識となっている.米国糖尿病学会の指針でも,肥満C2型糖尿病患者では5%の体重減少が目標とされている.2型糖尿病患者を対象に生活習慣介入による減量と代謝指標を検討した17試験のメタ解析では,12カ月でC5%減量することで,HbA1c,LDL-C,トリグリセリド,血圧が改善することが示され,5%体重減少をめざす根拠の一つとなっている.減量に向けての治療にはC5本の柱,すなわち食事療法,運動療法,認知行動療法,薬物治療,外科治療がある.なかでも食事療法は肥満症治療の根幹をなすもので,エネルギー摂取量を制限することでまずはC3%の体重減少をめざす.通常食でのエネルギー制限がむずかしい場合は,フォーミュラ食への置き換えなどを推奨する.食事・運動療法による肥満C2型糖尿病患者への介入を試みたのがCLookAHEAD研究である6).5,145名の大きな規模でおよそC8年にわたって,エネルギー制限,日常的な運動などの生活習慣に対する介入が行われた.介入群では開始後C1年間は大幅な減量と糖尿病改善が認められたが,その翌年にはリバウンドがみられた.結果的に介入群の減量幅は最後まで通常治療群より大きかったものの,主要エンドポイントである心血管イベントの抑制はみられなかった.この研究からは数多くのアドホック解析が発表された.たとえば,1年後以降にリバウンドしたとしてもC1年後の時点で減量幅が大きかった患者は予後が良好であることや,試験終了時に良好なデータを示した患者は期間を通じて良好な生活習慣が保たれていたことなどが示されている.このCLookCAHEAD研究は,生活習慣の介入を長期間継続することの困難さをはじめ,肥満症診療に関する数多くの知見を示したが,大血管障害をはじめとする糖尿病血管障害に対する明確な結果は得られなかった.筆者が肥満症診療でもっとも大事だと考えているのはセルフモニタリングである.肥満症患者は体重を計らない,測りたくない人が少なくないので,体重測定を習慣化し,毎日の体重変化を自覚することで,生活へフィードバックされることを促す.合わせて歩数などの活動量や食事記録を記入することで,生活習慣の見直しにつなげたい.診察時にノートを持参してもらうことで,体重変化などを共有し医師やコメディカルからのアドバイスが広がることが期待される.肥満症に対するもっとも強力な治療法は外科手術である.欧米ではバイパス系の手術が主流だが,わが国ではスリーブ状胃切除術が保険適用となっている.2015年版からの日本糖尿病学会のガイドラインでも,高度肥満症を伴うC2型糖尿病に対して外科療法の有効性が記載されており,選択肢の一つとして明示されている.現時点の手術適応は,BMIがC35以上で糖尿病などの合併症を一つ以上有する者,あるいはC6カ月以上の内科的治療によっても合併症コントロールが改善しないCBMI32.5以上の者である(表3).日本における肥満外科手術の件数は,最近では年間C1,000例に迫るまで増加しているが,世界では年間C50万件以上が行われており,わが国でもこの治療の普及に向けてさまざまな活動が行われているところである.減量手術・バリアトリックサージェリーや代謝手術・メタボリックサージェリーなどと呼称されてきたが,わが国では減量・代謝改善手術に統一される表3肥満外科治療の適応肥満症治療学会ガイドライン2013(『日本における高度肥満症に対する安全で卓越した外科治療のためのガイドライン(2013年版)』)・18歳.65歳・BMIC35以上・BMIC32以上かつ肥満に関連する合併症がC2つ以上(糖尿病の場合はC1つ)・6カ月以上の内科治療によっても有意な体重減少や合併症改善がない保険適用(腹腔鏡下スリーブ状胃切除術)・6カ月以上の内科的治療によっても十分な効果が得られないCBMIがC35以上の肥満症の患者であって,糖尿病,高血圧症,脂質異常症または閉塞性睡眠時無呼吸症候群のうちC1つ以上を合併しているもの.・6カ月以上の内科的治療によっても十分な効果が得られないCBMIがC32.5.34.9の肥満症およびHbA1cがC8.4%以上の糖尿病の患者であって,高血圧症(6カ月以上,降圧薬による薬物治療を行っても管理が困難(収縮期血圧C160.mmHg以上)なものに限る),脂質異常症(6カ月以上,スタチン製剤などによる薬物治療を行っても管理が困難(LDLコレステロールC140Cmg/dl以上またはCnon-HDLコレステロールC170Cm/dl以上)なものに限る)または閉塞性睡眠時無呼吸症候群(AHI≧30の重症のものに限る)のうちC1つ以上を合併しているもの.ことになった.日本糖尿病学会,日本肥満学会,日本肥満症治療学会のC3学会が合同で,2型糖尿病患者に対する外科手術のコンセンサスステートメントを作成し公表された.岩手医科大学外科ではC10年以上前から肥満外科治療を先駆的に開始している.自験例のまとめでは,平均121Ckgあった高度肥満患者が,術後大きなリバウンドなくC90Ckg以下に減量し,その減量が維持されている.肥満外科治療は肥満関連健康障害のなかでも,とくに糖尿病に対する治療効果が劇的なことが知られている.米国の無作為化比較試験では,外科治療は内科治療に比べ,糖尿病治療薬が大幅に簡略化されても,長期間にわたって良好な血糖コントロールが得られていることが示されている.米国糖尿病学会では,世界中で肥満外科手術により糖尿病が大幅に改善する症例が増えていることから,糖尿病治療薬なしでCHbA1c6%未満に到達した状態を糖尿病の寛解と定義した.どのような患者に糖尿病寛解が得られるのか,いくつかの指標が提唱されていて,ABCDスコアが代表的である.Age,BMI,Cペプチド,Durationの頭文字で,手術時に若く,肥満度が高く,インスリン分泌が十分で,糖尿病歴が短い患者でより肥満外科治療による糖尿病治療効果が大きいことが示されている.実際に筆者らの自験例でも,ABCDスコアの良好な患者ではほぼ全員が薬物治療なしでCHbA1c6%未満が得られている.肥満外科治療による大幅な減量と糖尿病を中心とした効果によって,心血管疾患発症抑制や死亡率低下が得られることも報告されている.現時点でもっとも強力な肥満症治療法といえる.それでは,肥満外科治療で大幅に体重が減少することは,糖尿病血管合併症に対してどのような影響を及ぼすのだろうか.米国の医療情報データベースを基に,外科手術群C4,024名の術後の糖尿病血管合併症の新規発症率をみたコホート研究では,神経障害,腎症,網膜症のすべてでコントロール群と比較して半分以下の発症率に抑制されていた7).台湾のコホート研究は,症例数は比較的少ないものの,詳細に細小血管障害を検討しており,またすでに糖尿病合併症を発症している症例も含まれていることから,肥満外科治療による合併症改善効果も検討している.手術C2年後の評価をみると,腎症の指標はどれも大幅に改善していた8).神経障害の指標のうち,内顆振動覚の改善がみられる一方で,アキレス腱反射やモノフィラメント検査には変化がみられなかった.また,網膜症に関しては術前後で変化が認められなかった.肥満外科治療後の糖尿病網膜症に関する研究を集めたメタ解析によると,術後に網膜症の新規発症は抑制されるが,すでにみられていた網膜症の状態には変化がみられなかったとことが報告されている9).北欧の大規模研究によると,肥満外科術後に糖尿病細小血管障害の新規発症が抑えられるなかで,罹病期間がC4年以上の群では発症抑制が認められなかった10).術後の血糖コントロールは多くの患者で良好だったと思われるので,手術までの糖尿病罹病期間に蓄積した血管へのダメージが残存し増悪していった可能性があるため,肥満外科治療の実施はできるだけ早期に考慮することが望ましい.また,この研究では,手術の時点で増殖網膜症だった患者の眼科的予後を検討している.手術を受けなかった群に比べ,手術群では血糖管理は良好にもかかわらず,眼内出血,血管新生緑内障,網膜静脈閉塞が高率に発生している.いくつかの報告から,術後の網膜症悪化が懸念されるが,術後の増悪と関連する因子は術後の大幅なHbA1c低下,術前の網膜症の重症度であることが報告されており,肥満外科治療の糖尿病予後改善効果を十分に発揮するには,合併症が出現していない罹病期間の短い段階での実施がふさわしいことを改めて強調しておく.おわりに糖尿病性腎症を含めた慢性腎臓病に対して肥満は強い増悪因子であることが改めて確認できたが,糖尿病網膜症に関しては肥満の影響ははっきりしなかった.さらに,減量することで糖尿病網膜症の新規発症は抑制されるものの,すでに存在する網膜症の進展抑制が得られる可能性は低いと考えられた.糖尿病診療では糖尿病血管合併症の発症予防がもっとも重要であるため,体重管理に留意した良好な血糖コントロール維持をめざしていきたい.文献1)日本肥満学会編:肥満症診療ガイドラインC2016.ライフサイエンス出版,20162)ManCRE,CSabanayagamCC,CChiangCPPCetal:Di.erentialCassociationCofCgeneralizedCandCabdominalCobesityCwithCdia-beticCretinopathyCinCAsianCpatientsCwithCtypeC2Cdiabetes.CJAMAOphthalmolC134:251-257,C20163)ZhouCY,CZhangCY,CShiCKCetal:BodyCmassCindexCandCriskCofCdiabeticretinopathy:ACmeta-analysisCandCsystematicreview.CMedicine(Baltimore)C96:e6754,C20174)WanCH,CWangCY,CXiangCQCetal:AssociationsCbetweenabdominalCobesityCindicesCandCdiabeticcomplications:Chi-neseCvisceralCadiposityCindexCandCneckCcircumference.CCardiovascDiabetolC19:118,C20205)ManCRE,CGanCAT,CFenwickCEKCetal:TheCrelationshipCbetweenCgeneralizedCandCabdominalCobesityCwithCdiabeticCkidneyCdiseaseCinCtypeC2diabetes:aCmultiethnicCAsianCstudyCandCmeta-analysis.CNutrients10:1685,C20186)TheCLookCAHEADCResearchGroup:CardiovascularCe.ectsCofCintensiveClifestyleCinterventionCinCtypeC2Cdiabetes.CNEnglJMedC369:145-154,C20137)OC’BrienCR,CJohnsonCE,CHaneuseCSCetal:MicrovascularCoutcomesCinCpatientsCwithCdiabetesCafterCbariatricCsurgeryCversusCusualaare:aCmatchedCcohortCstudy.CAnnCInternMed169:300-310,C20188)ChangCYC,CChaoCSH,CChenCCCCetal:TheCe.ectsCofCbariat-ricCsurgeryConCrenal,Cneurological,CandCophthalmicCcompli-cationsCinCpatientsCwithCtypeC2diabetes:theCTaiwanCdia-besityCstudy.CObesSurgC31:117-126,C20219)MerlottiCC,CCerianiCV,CMorabitoCACetal:BariatricCsurgeryCandCdiabeticretinopathy:aCsystematicCreviewCandCmeta-analysisCofCcontrolledCclinicalCstudies.CObesityReviewsC18:C309-316,C201710)SjostromCL,CPeltonenCM,CJacobsonCPCetal:AssociationCofCbariatricCsurgeryCwithClong-termCremissionCofCtypeC2Cdia-betesCandCwithCmicrovascularCandCmacrovascularCcompli-cations.CJAMAC311:2297-2304,C2014☆☆C☆

近視進行抑制眼鏡アップデート

2022年3月31日 木曜日

近視進行抑制眼鏡アップデートCurrentKnowledgeontheUseofSpectacleLensesforMyopiaControl長谷部聡*はじめに二重焦点レンズからはじまる眼鏡による近視進行抑制の研究は,すでにC60年を超す歴史があり,高レベルのエビデンスが蓄積されている.屈折矯正が治療を兼ねることから,患児への時間的,経済的負担が少なく,長期間継続して使用できる.また,他の予防的治療で指摘されているような副作用や治療中止後のリバウンドの問題も少ない.有効性にはなお議論があるが,低濃度アトロピン点眼など他の予防的治療と併用することも可能かもしれない.しかし,累進屈折力眼鏡(progressiveCadditionClens-es:PAL)など在来型の多焦点レンズを利用した研究では,臨床的治療として有効とされる抑制率(30~40%)を得るに至らなかった1)(図1).この理由としてCFlitcroft2)は,ことに屋内においては,視線の方向や視距離,構造物の三次元的配置などの相互作用により,周辺部網膜におけるデフォーカスは絶えず大きく変動しており,眼鏡レンズのように固定された光学系では近視進行のトリガーと考えられている網膜後方へのデフォーカスを十分取り除くことはできないことを指摘している.しかし,眼鏡もギブアップしたわけではなかった.約10年前,複数の動物実験3~5)により,網膜上のフォーカスとは別に網膜前方へ大きなデフォーカスを組み込むことで,レンズ誘発近視を強力に抑制することが明らかになった.この理論(デフォーカス組込み理論)を基に,新しい近視進行抑制眼鏡であるCdefocusCincorporatedCmultiplesegments(DIMS)レンズ眼鏡6,7)が考案された.ランダム化比較試験(randomizedCcontrolledtrial:RCT)において,相ついで好成績が報告されたため,新たなブレイクスルーとして脚光を浴びている.現時点で,コンタクトレンズや低濃度アトロピンを含め,医薬品医療機器総合機構(PMDA)から承認を得た予防的治療は皆無であるが,海外での趨勢をみれば,ブリッジング試験を経て,DIMS眼鏡が早い時期にCPMDAの承認を受ける可能性もある.そこで本稿では,学童への近視進行抑制眼鏡に関する最新情報を解説する.CIPAL眼鏡治療機転としては,近業時にみられる網膜後方へのデフォーカス(調節ラグ)の軽減が主体である.調節は,視距離の変化という外乱に対して,網膜像を鮮明に保つためのフィードバック制御である.ところが実際に調節反応を測定すると,生物学的制御であるため,調節安静位(遠点に対してC0.5~1.5D近方)を起点として,視距離が短くなるとともに調節反応は鈍り,網膜後方へのデフォーカスが増大する特徴がある.眼軸長の視覚制御機転(visualregulationofaxiallength)においては網膜後方へのデフォーカスが眼軸長の進展を加速させるトリガーと考えられており,さらに,調節ラグに注目することで「近業は軸性近視を進行させる」という経験則を説明することができる.調節安静位ではデフォーカスは生じない,したがって,近視進行抑制に用いるCPALの近見*SatoshiHasebe:川崎医科大学眼科学C2教室〔別刷請求先〕長谷部聡:〒700-8505岡山市北区中山下C2-6-1川崎医科大学総合医療センター眼科C0910-1810/22/\100/頁/JCOPY(45)C307等価球面度数における平均抑制率(%)VL透過型眼鏡(2年)DIMS-Essilor(1年)DIMS-Hoya(2年)PAL(2年)PAL(1年)01020304050607080眼軸長における平均抑制率(%)VL透過型眼鏡(2年)DIMS-Essilor(1年)DIMS-Hoya(2年)PAL(2年)PAL(1年)01020304050607080図1報告されている抑制効果の比較VL透過型眼鏡では有意差が得られていない.VL:バイオレットライト,DIMS:defocusincorporatedmultisegmentslenses,PAL:progressiveadditionlenses.-図2HOYAのDIMS(MiyoSmart)(HOYA株式会社のご厚意による)Cab10mm図3DIMS眼鏡のデザインの違いHOYA社製の眼鏡(Ca)は微小(球面)レンズがハニカム状に配列されているのに対し6),Essilor社製の眼鏡(Cb)は微小(非球面)レンズが同心円状に配置されている7).いずれも中央にクリアゾーンをもち,矯正ゾーンと加入ゾーン(微小レンズ)の面積比はC6:4となっている.破線は一般的な眼鏡フレームサイズを示す.=図4DIMS眼鏡(HOYA社)の光学的作用微小レンズを除いた領域を通過する光線(黄色で示す)は網膜上に焦点を結ぶ.一方,微小レンズを通過する光線(赤色で示す)によって,網膜上の焦点からC3.5D前方に第2の焦点を組み込む(Ca).眼球運動が生じても,瞳孔領には常に複数の微小レンズが含まれるためコンプライアンスは低下しない(Cb).周辺視野から来る光線も,一部は微小レンズを通過するため,周辺網膜に対しても同様の効果が期待できる(Cc).図5Neitzの低光線拡散レンズ眼鏡=