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問診時に児童用顕在性不安検査を行った春季カタルの1 症例

2022年2月28日 月曜日

《原著》あたらしい眼科39(2):230.234,2022c問診時に児童用顕在性不安検査を行った春季カタルの1症例白木夕起子*1,2庄司純*2樋町美華*3廣田旭亮*2稲田紀子*2山上聡*2*1相模原協同病院*2日本大学医学部視覚科学系眼科学分野*3東海学園大学心理学部CACaseofVernalKeratoconjunctivitisthatUnderwentChildren’sManifestAnxietyScalePsychologicalTestingYukikoShiraki1,2),JunSyoji2),MikaHimachi3),AkiraHirota2),NorikoInada2)andSatoruYamagami2)1)SagamiharaKyodoHospital,2)DivisionofOphthalmology,DepartmentofVisualSciences,NihonUniversitySchoolofMedicine,3)DepartmentofPsychology,TokaigakuenUniversityC目的:治療経過中に,日本版児童用顕在性不安尺度(Children’sManifestAnxietyScale:CMAS)による心理検査が施行できた春季カタルの症例報告.症例:症例は春季カタルのC9歳,男児である.既往歴としてチック症がある.2018年夏頃よりチック症と右眼の充血・疼痛・眼脂が出現した.1年間近医で治療を受けたが症状が改善せず,当科紹介受診した.初診時所見は,両眼上眼瞼結膜に活動性の巨大乳頭を認めたが,角膜上皮障害はなかった.春季カタルと診断しタクロリムス点眼液C1日C2回両眼点眼を開始した.タクロリムス点眼治療開始後C1カ月目には自覚症状が軽減し,巨大乳頭は扁平化した.初診時とタクロリムス点眼治療開始後C1カ月目のC2回,CMASによる心理テストを施行した.初診時の結果は,合計C28点で不安の程度はC5段階のうちC4の「高い」,検査の妥当性を示すCL尺度項目はC0で,強い不安が検出された.点眼治療開始後C1カ月目の結果は,合計C16点で不安の程度はC3の「正常」,L尺度項目はC1と軽快していた.結論:免疫抑制点眼薬による春季カタルの軽症化により,不定の程度も改善したことが心理テストで確認できたC1例を経験した.CPurpose:Toreportacaseofvernalkeratoconjunctivitis(VKC)thatunderwentpsychologicaltestingviatheJapaneseversionoftheChildren’sManifestAnxietyScale(CMAS)duringthetreatmentcourse.Casereport:A9-year-oldboypresentedwithvernalkeratoconjunctivitis.Hehadahistoryofticdisorder,andinthesummerof2018,inadditiontohisticdisorder,hyperemia,ocularpain,anddischargeinhisrighteyeoccurred.Althoughhehadbeentreatedfor1yearataneyeclinicnearhishome,hissymptomsdidnotimproveandhewasreferredtoourdepartment.Clinical.ndingsattheinitialvisitshowedactivegiantpapillaeintheupperpalpebraconjunctivaofbotheyes,yetnocornealepithelialdamage.HewasdiagnosedwithVKC,andatwice-dailytreatmentwithtopi-calCtacrolimusCophthalmicCsuspensionCwasCinitiated.CAtC1-monthCpostCtreatmentCinitiation,CsubjectiveCsymptomsCimprovedCandCtheCgiantCpapillaCwasC.attened.CAtCinitialCpresentationCandCatC1-monthCpostCtreatmentCinitiation,CCMASpsychologicaltestingwasperformed.TheCMAStestresultsatinitialpresentationrevealedstronganxietyby28pointsintotal,andthedegreeofanxietywasIVoutofVclasses.TheLscaleitemindicatingthevalidityofthetestwas0.TheCMAStestresultsat1-monthposttreatmentinitiationshowed16pointsintotal,adegreeofanxietyCofCIII,CandCthatCtheCLCscaleCitemCwasC1.CConclusion:WeCexperiencedCaCpatientCwithCVKCCwhoseCCMASCpsychologicaltestingimprovedduetotreatmentwithimmunosuppressiveeyedrops.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)39(2):230.234,C2022〕Keywords:春季カタル,ストレスチェック,他覚的評価,CMAS.vernalkeratoconjunctivitis,stresscheck,ob-jectiveevaluation,CMAS.C〔別刷請求先〕白木夕起子:〒173-8610東京都板橋区大谷口上町C30-1日本大学医学部視覚科学系眼科学分野Reprintrequests:YukikoShiraki,M.D.,DivisionofOphthalmology,DepartmentofVisualSciences,NihonUniversitySchoolofMedicine,30-1OyaguchiKamicho,Itabashi-ku,Tokyo173-8610,JAPANC230(98)表1乳頭・輪部・角膜スコア(PLCスコア)点数乳頭巨大乳頭輪部腫脹トランタス斑角膜所見0点1点2点3点なし直径C0.1.0C.2Cmm以上直径C0.3.0C.5Cmm以上直径C0.6Cmm以上なし平坦化局所全体なし1/3周未満1/3.C2/3周2/3周以上なし1.4個5.8個9個以上なし点状表層角膜炎落屑状点状表層角膜炎シールド潰瘍はじめに春季カタルは結膜に増殖性変化がみられるアレルギー性結膜疾患であるとされ,アレルギー性結膜疾患診療ガイドライン第C2版1)では,春季カタルで発症する結膜の増殖性変化を眼瞼結膜の乳頭増殖,増大あるいは輪部結膜の腫脹や堤防状隆起と定義している.臨床的には,5.10歳の男児に好発し,春季に増悪する季節性があり,重症化すると角膜上皮障害やシールド潰瘍を併発して視力障害を生じるなどの臨床的特徴を有するが,アトピー性皮膚炎を伴う患者が多いことも特徴としてあげられている1).アレルギー疾患の一つであるアトピー性皮膚炎については,日本皮膚科学会のアトピー性皮膚炎診療ガイドライン2018年版2)に,心身医学的側面にも留意した包括的な治療を心がけるべきと記載されている.これまでに,アトピー性皮膚炎と心身医学的側面との関係として,ランダム化比較試験による効果が実証された心身医学的介入は,行動療法や認知行動療法などの行動科学的アプローチであるという報告3)や,適切な薬物療法,リラクセーション訓練や認知行動療法などのストレス免疫訓練,習慣性掻破行動をやめる行動療法,アドヒアランスを向上させるコーチングや動機づけ面接など,行動科学的アプローチを用いて総合的な患者教育を行うことが大切であるという報告4)がなされている.春季カタルも重症型アレルギー性結膜疾患であると同時にアトピー性皮膚炎や気管支喘息などのアレルギー疾患の合併率が高いことから,アトピー性皮膚炎における治療的アプローチと同様に,春季カタルについても病状と心身医学的側面との関係について検討していく必要があると考えられる.児童の不安を検査する方法の一つに,児童用顕在性不安尺度がある.CMAS(ChildrenC’sCManifestCAnxietyScale:CMAS)は身体各部の異常や疾患に基づいて生じるさまざまな身体的不安の程度を測定する質問紙検査で,身体的不安や精神的不安などを含む各種不安の総合的な程度を評価するために開発されたCManifestCAnxietyScale(MAS)の小児版である.CMASにより,不安の程度が高いと評価された場合には,さらにその不安の種類や不安が生じる誘因や原因を考察することで不安をなくすために必要な具体的対策を講ずることが可能となる.これまでに眼科領域では,心因性視覚障害の小児に使用した報告5)がみられるが,春季カタルの経過観察に使用した報告はみられない.今回,筆者らはCCMSの日本版である『CMS児童用顕在性不安尺度』(以下,日本版CAMS)(三京房,京都)を用いて春季カタル症例の治療奏効の過程で,不安の程度が軽減したことが確認できたC1例を経験したので,若干の考察を加えて報告する.CI方法および症例1.顕在性不安尺度顕在性不安尺度の測定には,CMASを用いた.日本版CMASの質問用紙に記載されている不安尺度C42項目および妥当性を示すCL(lie)尺度C11項目に関する質問の計C53項目について「はい」と「いいえ」で自己回答させた.検者は,回答後に診断基準に従って不安傾向をC5段階で評価した.0.5点はC5段階評価のC1「非常に低い」,6.12点はC2で「低い」,13.20点はC3で「正常」,21.28点はC4で「高い」,29点以上はC5で「非常に高い」となる.また,妥当性尺度を使用して回答の信頼性について評価した.C2.臨床スコア他覚所見は,アレルギー性結膜疾患診療ガイドライン第C2版2)に記載されている臨床評価基準をもとに,春季カタル患者用に主要項目を抜粋した乳頭・輪部・角膜(papillae-lim-bus-cornea:PLC)スコアを作成し,数値化した(表1).C3.症例患者:9歳,男児.主訴:右眼充血・疼痛.既往歴:チック症.アレルギー歴:ダニ・ハウスダスト.家族歴:特記事項なし.現病歴:2018年夏頃よりチック症と右眼の充血・疼痛・眼脂が出現した.近医でエピナスチン点眼薬による治療が開始され,症状の改善があるたびに点眼薬の使用を自己中断していた.2019年C8月になり,点眼薬を使用しても右眼の充血および疼痛が改善しなくなったため当院初診となった.初診時所見:視力は,右眼=0.3(0.6),左眼=1.2(n.c.)であった.眼圧は眼刺激症状により十分な開瞼が行えず測定不能であった.細隙灯顕微鏡所見では,両眼の上眼瞼結膜に巨大乳頭と眼脂の貯留とがみられた.巨大乳頭所見は,左眼に比較して右眼のほうが重症であった.球結膜には高度の充血を認めたが,角膜・輪部には特記すべき所見はみられなかった(図1a,b).これらの所見から,PLCスコアは,右眼C6図1治療前後の前眼部写真治療開始前の右眼(Ca)および左眼(Cb).活動性の巨大乳頭と巨大乳頭の間隙に貯留した眼脂,および球結膜充血がみられる.治療開始C4週間目の右眼(Cc)および左眼(Cd).巨大乳頭は扁平化し,球結膜の充血は消退傾向である.タクロリムス点眼CMAS:ChildrenManifestAnxietyScale図2PLCスコアおよび日本版CMASの治療前後の比較治療開始前のCPLCスコアは両眼ともC6点,日本版CCMASはC28点と高い不安を示した.タクロリムス点眼C1日C2回両眼点眼による治療開始後よりCPLCスコアは減少し,4週後の日本版CCMASもC16点と,不安の程度は正常となった.20週目よりタクロリムス点眼C1日C1回両眼点眼に変更した.点,左眼C6点と判定した.春季カタルと診断しタクロリムス点眼液C1日C2回両眼点眼を開始した.タクロリムス点眼薬による治療開始前に,日本版CCMASを本人に回答させた.合計C28点で不安の程度はC5段階のうちC4の「高い」で,診断としては高い不安を示した.検査の妥当性を示すCL尺度項目はC0で妥当性はあった.治療経過:治療開始からC1週後,右眼裸眼視力はC1.2に向上した.両眼上眼瞼結膜の巨大乳頭は縮小傾向を示し,眼脂や充血も軽快していた.この時点で,PLCスコアは右眼C5点,左眼C5点に減少した.自覚症状は,時折掻痒感を自覚する程度にまで改善した.自覚所見および他覚所見は軽快傾向を示したものの,結膜の炎症所見と結膜増殖性変化である巨大乳頭が残存していたため,タクロリムス点眼液C1日C2回点眼は継続した.その後,自覚症状および他覚所見は徐々に軽症化し,初診からC1カ月後には巨大乳頭は扁平化した(図1c,d).治療開始後C1カ月目のCPLCスコアは,右眼C3点,左眼C4点であった.再度,日本版CCMASを施行したところ,合計C16点で不安の程度はC3の「正常」で,診断としては正常となった(図2).検査の妥当性を示すCL尺度項目はC1で妥当性はあった.初診からC5カ月後には巨大乳頭がほぼ消失し,現在は経過観察中である.CII考按今回筆者らは,急性増悪期と鎮静期に日本版CCMASを施行して,両病期間で不安傾向に差があった春季カタル症例を経験した.春季カタルを含めたアレルギー性結膜疾患では,患者がもっとも高頻度に自覚する症状として眼.痒感があげられている7).また,眼掻痒感は患者の生活の質(qualityCoflife)を低下させることが報告されている8).春季カタルでは,病状の増悪に伴って,眼掻痒感,流涙,羞明感,眼脂,眼痛などの自覚症状が悪化する.重症化すると登校が困難になることもあり,患児が眼掻痒感ばかりでなく眼痛や羞明感などにより強いストレスを感じていることが予想されていた.しかし,現在の春季カタル診療では,ストレスの程度を把握する臨床検査法が確立していないため,医師側が患児のストレスを把握しきれないのが現状である.一方,病状とストレスとの関連が検討されてきたアレルギー性疾患の代表的疾患は気管支喘息とアトピー性皮膚炎である.大矢は,心身症的側面を有する気管支喘息では,vocalCcodedysfunctionなどの心因性上気道閉塞性疾患との鑑別診断が重要であるとともに,心理社会的ストレッサーをチェックし,適切な対応を行うことが重要であることを指摘している9).また,アトピー性皮膚炎では,病状にストレスの関与があることが指摘されており,心身医学的側面からの検討が行われている.羽白は,アトピー性皮膚炎が心身症としては,「狭義の心身症タイプ」「アトピー性皮膚炎による適応障害タイプ」「アトピー性皮膚炎による管理障害(治療遵守不良)タイプ」のC3種類に分類されるとしている10).また,アトピー性皮膚炎における心理的側面を診断する方法として,樋町らは,ItchAnxietyScaleforAtopicDermatitis(IAS-AD)11)を,安藤らはアトピー性皮膚炎心身症尺度(Psycho-somaticCScaleCforCAtopicDermatitis:PSS-AD)12)を発表している.したがって,ストレスを含めた心理的影響が疑われる春季カタルなどのアレルギー性結膜疾患でも,検査法を確立して心身症的側面を把握し,病態の理解に努めることが重要であると考えられる.今回の症例では,日本版CCMASを使用することで,春季カタルの重症度の変化に伴う患児のストレスが検出可能であることが示唆された.MASは,1951年CTaylorら13)が発表した質問紙法による不安傾向の測定法で,TaylorCPersonalityCInventory(TPI)ともよばれている.顕在性不安とは,自分自身で身体的,精神的な不安の症候が意識化できたものをさし,行動観察などにより主観的に捉えられることが多かった不安が,MASにより患者報告アウトカムとして臨床現場で使用できるようになっている.MASの適応年齢はC16歳以上とされているが,16歳未満の児童用CCMASがある.今回の症例には,簡単な日本語で質問表が書かれた日本版CCMASを用いた.不安は,状態不安と特性不安との二つに大別されている.状態不安は,ある特定の時点や場面で感じる不安のことをさし,ストレスが強いほど状態不安が高くなるとされている.また,特性不安は,性格などに由来する不安になりやすい傾向を示すとされ,ストレスにより不安になりやすい人を意味している.CMASは,顕在性不安の検出を目的とするための検査法であるが,おもに特性不安を検出する質問項目を中心に作成されており,状態不安を測定する項目に乏しいことが指摘されている.今回の症例では日本版CCMASにより検出された不安傾向が,春季カタルの治療により改善したことが特徴的な変化であると考えられた.顕在性不安と特性不安の両者を測定する目的で作成された検査法として,state-traitanxietyCinventory(STAI)がある.今後は,春季カタルにおける不安検査として,CMASとCSTAIとの比較を行い,春季カタル患者における不安検査としての妥当性について検討していく必要があると考えられた.本症例報告の概要は,第C3回日本眼科アレルギー学会学術集会で発表した.文献1)アレルギー性結膜疾患診療ガイドライン作成委員会:アレルギー性結膜疾患診療ガイドライン(第C2版).日眼会誌C114:829-870,C20102)アトピー性皮膚炎診療ガイドライン作成委員会:アトピー性皮膚炎診療ガイドラインC2018年版.日皮会誌C128:C2431-2502,C20183)EhlersA,StangierU,GielerU:Treatmentofatopicder-matitis:acomparisonofpsychologicalanddermatologicalapproachesCtoCrelapseCprevention.CJCConsultCClinCPsycholC63:624-635,C19954)StevenCJ,CFionaCC,CSueCLCetal:PsychologicalCandCeduca-tionalCinterventionsCforCatopicCeczemaCinCchildren.CCochraneDatabaseSystRevC2014:CD004054,C20145)原涼子,和田直子,並木美夏ほか:他科との連携が必要であった心因性視覚障害.日本視能訓練士協会誌C37:123-128,C20086)ShojiJ,OhashiY,FukushimaAetal:TopicaltacrolimusforchronicallergicconjunctivitisdiseasewithandwithoutCatopicdermatitis.CurrEyeResC44:796-805,C20197)庄司純,内尾英一,海老原伸行ほか:アレルギー性結膜疾患診断における自覚症状,他覚所見および涙液総CIgE検査キットの有用性の検討.日眼会誌116:485-493,C20128)深川和己,岸本弘嗣,庄司純ほか:季節性アレルギー性結膜炎患者におけるCWebアンケートを用いた抗ヒスタミン点眼薬の点眼遵守状況によるCQOLへの影響.アレルギーの臨床C39:825-837,C20199)大矢幸弘:心因性喘息と鑑別が必要なCVocalcorddysfunc-tion─.Q&Aでわかるアレルギー疾患C4:193-196,C200810)羽白誠:アトピー性皮膚炎への心身医学的対応.医学のあゆみ228:109-114,C200911)樋町美華,岡島義,大澤香織ほか:成人型アトピー性皮膚炎患者の痒みに対する不安尺度の開発信頼性・妥当性の検討.心身医学47:793-802,C200712)AndoT,HashiroM,NodaKetal:Developmentandvali-dationCofCtheCpsychosomaticCscaleCforCatopicCdermatitisCinCadults.JDermatolC33:439-450,C200613)TaylorJA:Therelationshipofanxietytotheconditionedeyelidresponse.JExpPsycholC41:81-89,C1951***

ブリモニジン/ブリンゾラミド配合点眼薬の処方パターンと 短期効果

2022年2月28日 月曜日

《原著》あたらしい眼科39(2):226.229,2022cブリモニジン/ブリンゾラミド配合点眼薬の処方パターンと短期効果井上賢治*1國松志保*2石田恭子*3富田剛司*1,3*1井上眼科病院*2西葛西・井上眼科病院*3東邦大学医療センター大橋病院眼科CExaminationofthePrescriptionsandShort-TermE.cacyofBrinzolamide/BrimonidineFixedCombinationEyeDropsforGlaucomaKenjiInoue1),ShihoKunimatsu-Sanuki2),KyokoIshida3)andGojiTomita1,3)1)InouyeEyeHospital,2)NishikasaiInouyeEyeHospital,3)DepartmentofOphthalmology,TohoUniversityOhashiMedicalCenterC目的:ブリモニジン/ブリンゾラミド配合点眼薬(以下,BBFC)処方症例の特徴と短期効果を後向きに調査する.対象および方法:2020年C6.9月にCBBFCが新規に処方されたC138例の患者背景と処方パターンを調査した.変更症例では変更前後の眼圧を比較した.結果:原発開放隅角緑内障C85例,正常眼圧緑内障C35例,その他C18例だった.眼圧はC15.3±5.0CmmHg,使用薬剤数はC3.6±1.3剤だった.BBFC変更C121例,追加C4例,変更追加C13例だった.変更薬剤はブリモニジン点眼薬+ブリンゾラミド点眼薬C62例,ブリンゾラミド点眼薬C29例などだった.眼圧はブリモニジン点眼薬+ブリンゾラミド点眼薬からの変更症例では変更前C14.2±3.0CmmHgと変更後C14.9±4.4CmmHgで同等だった.中止例はC14例(10.1%)で眼圧上昇C5例,掻痒感C3例などだった.結論:BBFC処方は同成分同士,含有薬剤からの変更が多かった.眼圧は同成分同士の変更では変化なく,安全性も良好だった.CPurpose:ToCinvestigateCpatientCcharacteristicsCandCshort-termCe.cacyCofCbrinzolamide/brimonidineC.xedcombination(BBFC)eyeCdropsCforCglaucoma.CSubjectsandmethods:ThisCretrospectiveCstudyCinvolvedC138patientsnewlyprescribedwithBBFCinwhomintraocularpressure(IOP)beforeandafterswitchingwereinvesti-gatedandcompared.Results:Inthe138patients,thediagnosiswasprimaryopen-angleglaucomain85,normal-tensionglaucomain35,andotherin18.ThemeanIOPvaluewas15.3±5.0CmmHg,andthemeannumberofmedi-cationsCusedCwasC3.6±1.3.CPrescriptionCpatternsCwereswitching(121patients),adding(4patients),CandCadding/switching(13patients).CInCtheCswitchingCgroup,C62CpatientsCswitchedCfromCbrinzolamide+brimonidineCandC29CpatientsCswitchedCfromCbrinzolamideCalone.CInCtheCpatientsCwhoCswitchedCfromCbrinzolamide+brimonidine,CnoCsigni.cantCdi.erenceCofCmeanCIOPCwasCobservedCbetweenCpreCandpostCswitching(i.e.,C14.2±3.0CandC14.9±4.4CmmHg,Crespectively).CPostCadministration,C14patients(10.1%)wereCdiscontinued.CConclusions:BBFCCwasCusedasswitchingfromallorpartofthesameingredients.Therewasnosigni.cantdi.erenceinIOPpostswitch-ingbetweenthesameingredients,andthesafetywassatisfactory.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)39(2):226.229,C2022〕Keywords:ブリモニジン/ブリンゾラミド配合点眼薬,処方パターン,眼圧,安全性,変更.brimonidine/brinzol-amide.xedcombination,prescriptionspattern,intraocularpressure,safety,switching.Cはじめに低下が問題となる2).そこでアドヒアランス向上のために配緑内障点眼薬治療においてはアドヒアランス維持,向上が合点眼薬が開発された.わが国ではC2010年にラタノプロス重要である.アドヒアランス低下は緑内障性視野障害の進行ト/チモロール配合点眼薬が使用可能になり,2019年C12月に関与している1).また,多剤併用治療ではアドヒアランスまでにC7種類が上市された.このC7種類の配合点眼薬の特徴〔別刷請求先〕井上賢治:〒101-0062東京都千代田区神田駿河台C4-3井上眼科病院Reprintrequests:KenjiInoue,M.D.,Ph.D.,InouyeEyeHospital,4-3Kanda-Surugadai,Chiyoda-ku,Tokyo101-0062,JAPANC226(94)は,すべての配合点眼薬にCb遮断点眼薬が配合されていることである.Cb遮断点眼薬の眼圧下降効果は強力である3).しかし,循環器系や呼吸器系の全身性副作用が出現することがあり,コントロール不十分な心不全,洞性徐脈,房室ブロック(II・III度),心原性ショックのある患者,重篤な慢性閉塞性肺疾患のある患者では使用禁忌である.そのためCb遮断点眼薬を配合しない配合点眼薬の開発が望まれていた.2020年C6月にブリモニジン点眼薬とブリンゾラミド点眼薬を配合したブリモニジン/ブリンゾラミド配合点眼薬(アイラミド)が使用可能となり,日本で実施された治験において良好な眼圧下降効果と高い安全性が報告された4,5).しかし,臨床現場でどのような患者にブリモニジン/ブリンゾラミド配合点眼薬が使用されているかを調査した報告は過去にない.そこで今回,ブリモニジン/ブリンゾラミド配合点眼薬が新規に投与された患者について,その処方パターン,短期的な眼圧下降効果と安全性を後ろ向きに検討した.CI対象および方法2020年C6.9月に井上眼科病院に通院中でブリモニジン/ブリンゾラミド配合点眼薬(1日C2回朝夜点眼)が新規に投与された緑内障あるいは高眼圧症患者C138例C138眼(男性70例,女性C68例)を対象とした.平均年齢はC68.2C±10.5歳(平均C±標準偏差)(33.87歳)であった.緑内障病型は原発開放隅角緑内障C85例,正常眼圧緑内障C35例,続発緑内障14例(ぶどう膜炎C7例,落屑緑内障C6例,血管新生緑内障C1例),原発閉塞隅角緑内障C1例であった.投与前眼圧は投与時の眼圧,投与後眼圧は投与後初めての来院時,2.3C±0.9カ月後,1.4カ月後に測定した.投与前眼圧はC15.3C±5.0mmHg,8.43CmmHgであった.ブリモニジン/ブリンゾラミド配合点眼薬が新規に投与された症例を,ブリモニジン/ブリンゾラミド配合点眼薬が追加投与された症例(追加群),前投薬を中止してブリモニジン/ブリンゾラミド配合点眼薬が投与された症例(変更群),複数の薬が変更,追加となった症例(変更追加群)に分けた.変更群では変更した点眼薬を調査した.変更群ではブリモニジン点眼薬とブリンゾラミド点眼薬,ブリモニジン点眼薬,ブリンゾラミド点眼薬から変更した症例についてはおのおの投与前後の眼圧を比較した.投与後の副作用と中止症例を調査した.配合点眼薬は薬剤数C2剤として解析した.診療録から後ろ向きに調査を行った.片眼該当症例は罹患眼,両眼該当症例は投与前眼圧が高いほうの眼を対象とした.変更前後の眼圧の比較には対応のあるCt検定を用いた.有意水準はCp<0.05とした.本研究は井上眼科病院の倫理審査委員会で承認を得た.研究情報を院内掲示などで通知・公開し,研究対象者などが拒否できる機会を保証した.図1変更症例の変更前薬剤II結果全症例のうち追加群はC4例(2.9%),変更群はC121例(87.7%),変更追加群はC13例(9.4%)であった.追加群は正常眼圧緑内障C2例,原発開放隅角緑内障C1例,続発緑内障(血管新生緑内障)1例であった.追加前眼圧はC19.5C±9.7CmmHg(14.34CmmHg),追加後眼圧はC13.3C±4.7CmmHg(9.20CmmHg)で,眼圧は追加前後で同等であった(p=0.100).使用薬剤はなしがC3例,ラタノプロスト/カルテオロール配合点眼薬がC1例であった.副作用出現症例と中止症例はなかった.変更追加群は原発開放隅角緑内障C9例,正常眼圧緑内障C2例,続発緑内障(ぶどう膜炎)2例であった.変更追加前眼圧はC20.5C±9.6CmmHg(10.43CmmHg),変更追加後眼圧はC15.0C±3.7CmmHg(10.20CmmHg)で,眼圧は変更追加前後で同等であった(p=0.051).使用薬剤数はC3.0C±1.8剤であった.変更追加後の副作用はC1例(眼刺激)で出現した.中止症例は眼圧下降不十分C1例,眼刺激C1例,眼圧が下降したため追加C1カ月以内に中止C1例であった.変更群の変更した点眼薬の内訳はブリモニジン点眼薬+ブリンゾラミド点眼薬C62例(51.2%)(以下,A群),ブリンゾラミド点眼薬C29例(24.0%)(以下,B群),ブリモニジン点眼薬C14例(11.6%)(以下,C群),その他C16例(13.2%)(以下,その他群)であった(図1).各群の変更前の平均薬剤数は,A群C4.3C±0.8剤,B群C3.1C±0.8剤,C群C2.8C±0.9剤,その他群C3.5C±1.1剤であった.平均使用点眼薬(ボトル)数は変更前CA群C3.7C±0.7本,B群C2.5C±0.7本,C群C2.4C±0.8本,変更後CA群C2.7C±0.7本,B群C2.5C±0.7本,C群C2.4C±0.8本であった.1日の平均点眼回数は,変更前CA群C6.2C±1.2回,B群C3.8C±1.2回,C群C4.0C±1.4回,変更後CA群C4.2C±0.7回,B群C3.8C±1.2回,C群C4.0C±1.4回であった.薬剤変更理由は,A群はアドヒアランス向上,B群,C群は眼圧下降不十分であった.その他群の変更理由は,視野障害進行C8例,眼圧下降不十分C4例,アドヒアランス向上C3例,副作用発現A群(ブリモニジン点眼薬+B群(ブリンゾラミド点眼薬からの変更)30ブリンゾラミド点眼薬からの変更)**p<0.00013025252015105201510500C群(ブリモニジン点眼薬からの変更)NS30変更前変更後変更前変更後眼圧(mmHg)16.12514.420151050変更前変更後図2変更症例の眼圧変化(*p<0.05,対応のあるCt検定)(不整脈)1例であった.眼圧はCA群では変更前C14.2C±3.0mmHg,変更後C14.9C±4.4CmmHgで,変更前後で同等であった(p=0.119)(図2).B群では変更前C15.0C±3.6CmmHg,変更後C12.6C±2.8CmmHgで,変更後に有意に下降した(p<0.0001).C群では変更前C16.1±5.6CmmHg,変更後C14.4C±4.3CmmHgで,変更前後で同等であった(p=0.150).投与後に副作用はC11例(8.0%)で出現した.その内訳は変更追加群では眼刺激C1例,変更群ではCA群で掻痒感C2例,視力低下C1例,結膜充血C1例,掻痒感+結膜充血C1例,B群で掻痒感C2例,掻痒感+眼瞼発赤C1例,めまいC1例,C群で眼刺激C1例であった.中止症例はC14例(10.1%)であった.その内訳は変更追加群で眼圧下降C1例,眼刺激C1例,眼圧下降不十分C1例,変更群ではCA群で眼圧上昇C3例,視力低下1例,掻痒感C1例,B群で掻痒感C1例,掻痒感+眼瞼発赤C1例,めまいC1例,C群で眼刺激C1例,眼圧上昇C1例,その他群で眼圧上昇C1例であった.CIII考按ブリモニジン/ブリンゾラミド配合点眼薬が新規に投与された症例を検討したが,さまざまな処方パターンがみられた.ブリモニジン/チモロール配合点眼薬の処方パターンの報告6)では,変更群がC93.7%を占めていた.変更群の変更した点眼薬の内訳は,ブリンゾラミド/チモロール配合点眼薬+ブリモニジン点眼薬からブリモニジン/チモロール配合点眼薬+ブリンゾラミド点眼薬への変更C53.4%,Cb遮断点眼薬18.3%,ブリモニジン点眼薬C8.3%などであった.ブリンゾラミド/チモロール配合点眼薬の処方パターンの報告7)では,変更群がC85.1%を占めていた.変更群の変更した点眼薬の内訳は,ドルゾラミド/チモロール配合点眼薬C43.4%,Cb遮断点眼薬+炭酸脱水酵素阻害点眼薬C34.9%,Cb遮断点眼薬16.9%,炭酸脱水酵素阻害点眼薬C4.2%などであった.同成分同士の変更がブリモニジン/チモロール配合点眼薬C53.3%,ブリンゾラミド点眼薬/チモロール配合点眼薬C78.3%と多く,今回(51.2%)もほぼ同様の結果であった.今回のブリモニジン点眼薬+ブリンゾラミド点眼薬からの変更(A群)では眼圧は変更前後で同等だった.海外で行われたブリモニジン/ブリンゾラミド配合点眼薬とブリモニジン点眼薬+ブリンゾラミド点眼薬併用の比較試験において眼圧下降は同等であった8).ただし海外のブリモニジン点眼薬の濃度はC0.2%で,日本のC0.1%製剤とは異なる.A群では平均使用薬剤数はC1剤,1日の平均点眼回数はC2.0回減少したので患者の点眼の負担は減少したと考えられる.一方,今回のブリンゾラミド点眼薬からブリモニジン/ブリンゾラミド配合点眼薬への変更(B群)では眼圧は変更後に有意に下降し,眼圧下降幅はC1.7C±4.2mmHg,眼圧下降率はC7.6C±20.2%であった.日本で行われた治験では,ブリンゾラミド点眼薬からの変更では眼圧は変更C4週間後に有意に下降し,ピーク時の眼圧下降幅はC3.7C±2.1CmmHg,眼圧下降率はC18.1±10.3%であった4).今回のブリモニジン点眼薬からブリモニジン/ブリンゾラミド配合点眼薬への変更(C群)では眼圧は変更前後で同等だった.日本で行われた治験ではブリモニジン点眼薬からの変更では眼圧は変更C4週間後に有意に下降し,ピーク時の眼圧下降幅はC2.9C±2.0CmmHg,眼圧下降率はC14.8C±10.3%であった5).今回の調査では日本で行われた治験5)より眼圧下降は不良であったが,変更前の使用薬剤数がC2.8C±0.9剤と多剤併用であったためと考えられる.また日本で行われた治験においても眼圧下降幅はブリモニジン/ブリンゾラミド配合点眼薬への変更した薬剤としてブリンゾラミド点眼薬症例(3.7C±2.1CmmHg)のほうがブリモニジン点眼薬症例(2.9C±2.0CmmHg)よりも大きかった.つまりブリモニジン点眼薬のほうがブリンゾラミド点眼薬よりも眼圧下降効果が強い可能性がある.メタアナリシスにおいても眼圧下降のピーク値はブリモニジン点眼薬(6.1CmmHg)はブリンゾラミド点眼薬(4.4mmHg)より強力であった9).今回変更後に副作用はC11例(8.0%)で出現した.その内訳は掻痒感C4例,眼刺激C2例,視力低下C1例,結膜充血C1例,めまいC1例,掻痒感+結膜充血C1例,掻痒感+眼瞼発赤1例であった.日本で行われたブリンゾラミド点眼薬からの変更の治験では副作用はC8.8%に出現した4).その内訳は霧眼C8.2%,点状角膜炎C2.7%,結膜充血C0.5%,眼脂C0.5%,眼の異物感C0.5%,眼刺激C0.5%,眼瞼炎C0.5%,眼乾燥C0.5%,硝子体浮遊物C0.5%などであった.日本で行われたブリモニジン点眼薬からの変更の治験では副作用はC12.9%に出現した5).その内訳は霧視C6.7%,眼刺激C2.8%,結膜充血C1.1%,眼の異常感C1.1%,結膜炎C1.1%,アレルギー性結膜炎0.6%,結膜浮腫C0.6%,眼脂C0.6%,点状角膜炎C0.6%などであった.副作用に関して今回調査と治験4,5)の結果を比較すると今回調査では掻痒感が多かったが,それ以外はほぼ同等だった.中止症例は今回はC10.1%であったが,治験では有害事象による中止症例はなかった4,5).今回,ブリモニジン/ブリンゾラミド配合点眼薬が新規に処方された患者を調査した.ブリモニジン点眼薬+ブリンゾラミド点眼薬からの変更がもっとも多く,ブリンゾラミド点眼薬,ブリモニジン点眼薬からの変更が続いた.ブリモニジン点眼薬とブリンゾラミド点眼薬からの変更とブリモニジン点眼薬からの変更では投与後に眼圧に変化はなく,ブリンゾラミド点眼薬からの変更では投与後に眼圧は有意に下降した.副作用はC8.0%に出現したが,重篤ではなかった.ブリモニジン/ブリンゾラミド配合点眼薬は短期的には良好な眼圧下降効果と高い安全性を示した.今後は長期的な経過観察による検討が必要である.文献1)ChenPP:BlindnessCinCpatientsCwithCtreatedCopen-angleCglaucoma.OphthalmologyC110:726-733,C20032)DjafariCF,CLeskCMR,CHayasymowyczCPJCetal:Determi-nantsCofCadherenceCtoCglaucomaCmedicalCtherapyCinCaClong-termCpatientCpopulation.CJCGlaucomaC18:238-243,C20093)LiCT,CLindsleyCK,CRouseCBCetal:ComparativeCe.ective-nessCofC.rst-lineCmedicationsCforCprimaryCopen-angleglaucoma:Asystematicreviewandnetworkmeta-analy-sis.OphthalmologyC123:129-140,C20164)相原一,関弥卓郎:ブリモニジン/ブリンゾラミド配合懸濁性点眼液の原発開放隅角緑内障(広義)または高眼圧症を対象とした第III相臨床試験─ブリンゾラミドとの比較試験.あたらしい眼科C37:1299-1308,C20205)相原一,関弥卓郎:ブリモニジン/ブリンゾラミド配合懸濁性点眼液の原発開放隅角緑内障(広義)または高眼圧症を対象とした第CIII相臨床試験─ブリモニジンとの比較試験.あたらしい眼科C37:1289-1298,C20206)小森涼子,井上賢治,國松志保ほか:ブリモニジン/チモロール配合点眼薬の処方パターンと短期的効果.臨眼C75:C521-526,C20217)井上賢治,藤本隆志,石田恭子ほか:ブリンゾラミド/チモロール配合点眼薬の処方パターン.あたらしい眼科C32:C1218-1222,C20158)Gandol.CSA,CLimCJ,CSanseauCACCetal:RandomizedCtrialCofbrinzolamide/brimonidineversusbrinzolamideplusbri-monidineforopen-angleglaucomaorocularhypertension.AdvTherC31:1213-1227,C20149)VanderValkR,WebersCA,SchoutenJSetal:Intraocu-larpressure-loweringe.ectsofallcommonlyusedglauco-madrugs:aCmeta-analysisCofCrandomizedCclinicalCtrials.COphthalmologyC112:1177-1185,C2005***

多施設による緑内障患者の実態調査2020 年度版 ─高齢患者と若年・中年患者─

2022年2月28日 月曜日

《原著》あたらしい眼科39(2):219.225,2022c多施設による緑内障患者の実態調査2020年度版─高齢患者と若年・中年患者─藤嶋さくら*1井上賢治*1國松志保*2井上順治*2石田恭子*3富田剛司*1,3*1井上眼科病院*2西葛西・井上眼科病院*3東邦大学医療センター大橋病院眼科CASurveyofElderlyandYoung/Middle-AgeGlaucomaPatientsSeenatMultipleInstitutionsin2020SakuraFujishima1),KenjiInoue1),ShihoKunimatsu-Sanuki2),JunjiInoue2),KyokoIshida3)andGojiTomita1,3)1)InouyeEyeHospital,2)NishikasaiInouyeEyeHospital,3)DepartmentofOphthalmology,TohoUniversityOhashiMedicalCenterC目的:眼科病院または診療所に通院中の緑内障患者の薬物治療実態を調査し,そのなかから高齢患者と若年・中年患者の相違を検討した.対象および方法:本調査の趣旨に賛同したC78施設にC2020年C3月C8.14日に外来受診した緑内障,高眼圧症患者C5,303例を対象とし,患者背景,使用薬剤を調査した.そのなかでC65歳以上の高齢患者C3,534例とC65歳未満の若年・中年患者C1,769例に分けて比較した.さらにC2016年の前回調査と比較した.結果:薬剤数は高齢患者(1.8C±1.3剤)で若年・中年患者(1.7C±1.2剤)より多かった.単剤例は高齢患者(1,431例)と若年・中年患者(772例)でともにプロスタグランジン(PG)関連薬が最多だった.2剤例は高齢患者(815例)と若年・中年患者(402例)でともにCPG関連薬/Cb遮断薬配合剤が最多だった.前回調査と比べてC2剤例で配合剤が増加し,PG関連薬+b(ab)遮断薬が減少した.結論:高齢患者と若年・中年患者の薬物治療は似ていた.単剤例はCPG関連薬,2剤例ではPG関連薬/Cb遮断薬配合剤が多く使用されていた.CPurpose:Toinvestigateage-relateddi.erencesinmedicationsusedandtherapiesadministeredinglaucomapatientsseenatmultipleinstitutions.Subjectsandmethods:Inthisstudy,weinvestigatedandcomparedpatientbackgroundCandCmedicationsCadministeredCinC5,303CpatientsCwithCglaucomaCandCocularChypertensionCdividedCintoCtwoCagegroups[elderly:≧65Cyearsold(n=3,534patients);young/middle-age:<65Cyearsold(n=1,769patients)]seenat78outpatientclinicsinJapanbetweenMarch8andMarch14,2020.Themedicationsandtypesusedwerecomparedbetweenthetwogroups,andalsocomparedwiththe.ndingsinour2016study.Results:CThemeannumberofmedicationsadministeredintheelderlypatientswasgreaterthanthatintheyoung/middle-agedpatients(i.e.,1.8±1.3vs.1.7±1.2,respectively).Inbothgroups,prostaglandin(PG)-analogswerethedrugsmostCfrequentlyCadministeredCinCtheCpatientsCundergoingCmonotherapy,CwhileCPG-analogs/b-blockersC.xed-combinationwerethedrugsmostfrequentlyadministeredinthe‘multiple-medication’patients.Comparedtothe.ndingsinthe2016study,theuseof.xed-combinationdrugsincreasedinthemultiple-medicationpatients,whiletheCuseCofCPG-analogs+b(ab)-blockersCdecreased.CConclusion:AlthoughCtheCmedicationsCadministeredCinCbothCgroupsweresimilar,PG-analogsandPG-analogs/b-blockers.xed-combination,respectively,werethedrugsmostfrequentlyadministeredinmonotherapyandmultiple-medicationglaucomapatients.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C39(2):219.225,C2022〕Keywords:緑内障,薬物治療,高齢患者,若年・中年患者,配合剤.glaucoma,medication,elderpatients,youngerormiddleagedpatients,.xedcombinationeyedrops.C〔別刷請求先〕藤嶋さくら:〒101-0062東京都千代田区神田駿河台C4-3井上眼科病院Reprintrequests:SakuraFujishima,M.D.,InouyeEyeHospital,4-3Kanda-Surugadai,Chiyoda-ku,Tokyo101-0062,JAPANC0910-1810/22/\100/頁/JCOPY(87)C219表1参加施設ふじた眼科クリニックえづれ眼科川島眼科鬼怒川眼科医院とやま眼科博愛こばやし眼科いずみ眼科クリニックおおはら眼科さいはく眼科クリニックサンアイ眼科篠崎駅前髙橋眼科久が原眼科さいき眼科みやざき眼科藤原眼科石井眼科クリニックはしだ眼科クリニックかわぞえ眼科クリニックやながわ眼科そが眼科クリニック槇眼科医院ふかさく眼科高輪台眼科クリニック大原ちか眼科たじま眼科・形成外科早稲田眼科診療所かさい眼科あおやぎ眼科井荻菊池眼科ほりかわ眼科久我山井の頭通り本郷眼科いなげ眼科やなせ眼科吉田眼科赤塚眼科はやし医院的場眼科クリニックのだ眼科麻酔科医院えぎ眼科仙川クリニックにしかまた眼科みやけ眼科東小金井駅前眼科小川眼科診療所高根台眼科後藤眼科良田眼科谷津駅前あじさい眼科おがわ眼科白金眼科クリニックおおあみ眼科西府ひかり眼科あつみクリニック中山眼科医院だんのうえ眼科クリニックあつみ整形外科・眼科クリニックもりちか眼科クリニック綱島駅前眼科林眼科医院中沢眼科医院眼科中井医院なかむら眼科・形成外科駒込みつい眼科さいとう眼科さくら眼科・内科立川しんどう眼科ヒルサイド眼科クリニック井上眼科病院町屋駅前眼科図師眼科医院お茶の水・井上眼科クリニック菅原眼科クリニックいまこが眼科医院西葛西・井上眼科病院うえだ眼科クリニックむらかみ眼科クリニック大宮・井上眼科クリニック江本眼科ガキヤ眼科医院札幌・井上眼科クリニックはじめに日本の総人口はC2019年C10月現在C1億C2,617万人である1).2015年頃より総人口は減少を続けている.一方,65歳以上人口はC3,589万人で,総人口に占める割合(高齢化率)は28.4%である.65歳以上人口と高齢化率は年々増加している.このことから眼科を受診する患者もC65歳以上の高齢者が増加すると予想される.40歳以上を対象として行われた多治見スタディにおいても緑内障の有病率は年齢とともに増加していた2).今後,高齢患者はますます増加し,われわれ眼科医が高齢の緑内障患者を診察する機会も増加することが予想される.緑内障治療の第一選択は点眼薬治療である3).点眼薬には効果と副作用があり,処方する際にはそのバランスを考慮する必要がある.副作用には全身性と眼局所性があり,全身性の副作用では他の疾患を引き起こしたり悪化させたりする危険がある.そこで身体機能が若年・中年者に比べて低下していると考えられる高齢者では使用しづらい.また,眼局所性の副作用ではアドヒアランスが低下する危険がある.近年プロスタグランジン関連薬による眼局所の美容的副作用(眼瞼色素沈着,上眼瞼溝深化)3)が問題になっており,女性や若年患者では使用しづらい状況である.それらを考慮した薬剤順不同・敬称略処方が眼科医によって行われていると考えると,高齢患者と若年・中年患者では使用する薬剤が異なる可能性がある.そこで年齢による緑内障薬物治療の相違を調査する目的で筆者らは緑内障患者の薬物治療の実態調査をC2007年より定期的に行っている4.7).2016年の前回調査4)よりC4年が経過し,さらにその間に眼圧下降の作用機序の異なる点眼薬(オミデネパグ点眼薬)とC2種類の配合点眼薬(ラタノプロスト/カルテオロール配合点眼薬,ブリモニジン/チモロール配合点眼薬)の合計C3種類の点眼薬が新規に使用可能となった.そこで今回,緑内障薬物治療の実態調査を再度行い,高齢患者と若年・中年患者での使用薬剤の違いを再検討した.さらに前回調査4)の結果と比較することで,経年的変化を検討した.CI対象および方法この調査は,調査の趣旨に賛同した眼科病院あるいは眼科診療所C78施設において,2020年C3月C8.14日に行った(表1).この調査期間内に,調査施設の外来を受診した緑内障および高眼圧症患者全員で,1例C1眼を対象とした.総症例数はC5,303例(男性C2,347例,女性C2,956例),年齢はC68.7C±13.1歳(平均C±標準偏差,年齢分布C11.101歳)であった.緑内障の診断と管理は,緑内障診療ガイドライン3)に則り,220あたらしい眼科Vol.39,No.2,2022(88)図1調査票(89)あたらしい眼科Vol.39,No.2,2022C221各施設の医師の判断で行った.片眼のみの緑内障または高眼圧症患者では罹患眼を,両眼罹患している場合は右眼を調査対象眼とした.調査施設にあらかじめ調査票(図1)を送付し,診療録から診察時の年齢,性別,病型,使用薬剤(薬剤濃度は問わない),レーザー治療の既往,緑内障の手術既往を調査した.調査施設からのすべての調査票を井上眼科病院内の集計センターに回収し,集計を行った.なお,前回調査までは点眼薬は先発医薬品と後発医薬品に分けて調査していたが,今回調査では薬剤は一般名での収集とした.65歳以上の高齢患者C3,534例とC65歳未満の若年・中年患者C1,769例に分け,患者背景因子(平均年齢,男女比,緑内障病型,レーザー治療既往,緑内障手術既往)および薬物治療におけるC2群間の相違を検討した(Cc2検定,Mann-Whit-neyU検定).薬剤治療では使用薬剤数,単剤例の薬剤,2剤例の薬剤を調査し,さらにそれぞれの結果をC2016年に行った前回調査の結果4)と比較した(Cc2検定,Mann-WhitneyU検定).配合点眼薬はC2剤として解析した.全症例での病型は,正常眼圧緑内障C2,710例(51.1%),(狭義)原発開放隅角緑内障C1,638例(30.9%),続発緑内障435例(8.2%),高眼圧症C286例(5.4%),原発閉塞隅角緑内障C225例(4.2%),小児緑内障C4例(0.1%)などであった.レーザー治療はC220例(4.1%)に行われていた.内訳はレーザー虹彩切開術C151例(68.6%),選択的レーザー線維柱帯形成術C68例(30.9%)などであった.緑内障手術はC366例(6.9%)に行われていた.術式は線維柱帯切除術C263例(71.9%),線維柱帯切開術C60例(16.4%),チューブシャント手術C18例(4.9%)などであった.CII結果患者背景は,平均年齢は高齢患者C76.4C±6.8歳,若年・中年患者C53.4C±8.5歳であった(表2).性別は高齢患者が男性1,477例,女性C2,057例で,若年・中年患者の男性C870例,女性C899例に比べて女性の割合が有意に多かった(p<0.0001,Cc2検定).緑内障の病型は原発開放隅角緑内障,原発閉塞隅角緑内障,続発緑内障が高齢患者に,正常眼圧緑内障が若年・中年患者に有意に多かった(p<0.001,Cc2検定)(表2).レーザー治療既往症例は高齢患者C189例(5.3%)が若年・中年患者C31例(1.8%)に比べて有意に多かった(p<0.0001,Cc2検定).レーザー治療の内訳は高齢患者ではレーザー周辺虹彩切開術C133例,選択的レーザー線維柱帯形成術C55例など,若年・中年患者ではレーザー周辺虹彩切開術18例,選択的レーザー線維柱帯形成術C13例であった.緑内障手術既往症例は高齢患者がC278例(7.9%)で,若年・中年患者C88例(5.0%)に比べて有意に多かった(p<0.0001,Cc2検定).手術の内訳は高齢患者では線維柱帯切除術C193例,線維柱帯切開術C50例,チューブシャント手術C12例など,若年・中年患者では線維柱帯切除術C70例,線維柱帯切開術10例,チューブシャント手術C6例などであった.平均使用薬剤数は高齢患者がC1.8C±1.3剤で,若年・中年患者のC1.7C±1.2剤に比べて有意に多かった(p<0.05,Mann-WhitneyU検定)(図2).単剤例の使用薬剤を表3に示す.EP2作動薬は若年・中年患者が高齢患者に比べて有意に多かった(p<0.0001,Cc2検定).2剤例の使用薬剤の組み合わせを図3に示す.もっとも多く使用されていたプロスタグランジン関連薬/Cb遮断薬配合剤の内訳は,高齢者(304例)ではラタノプロスト/カルテオロール配合点眼薬C118例(38.8%),ラタノプロスト/チモロール配合点眼薬C103例(33.9%),タフルプロスト/チモロール配合点眼薬C42例(13.8%),トラボプロスト/チモロール配合点眼薬C41例(13.5%)であった.若年・中年患者(217例)ではラタノプロスト/カルテオロール配合点眼薬C86例(39.6%),ラタノプロスト/チモロール配合点眼薬C64例(29.5%),トラボプロスト/チモロ表2患者背景年齢C男女比病型正常眼圧緑内障原発開放隅角緑内障続発緑内障原発閉塞隅角緑内障高眼圧症小児緑内障レーザー既往症例緑内障手術既往症例高齢患者3,534例76.4±6.8歳C1,477:C2,0571,678例(C47.5%)1,148例(C32.5%)331例(C9.4%)199例(C5.6%)177例(C5.0%)0例(0C.0%)189例(C5.3%)278例(C7.9%)若年・中年患者1,769例53.4±8.5歳870:C8991,032例(C58.3%)490例(C27.7%)C104例(C5.9%)26例(1C.5%)109例(C6.2%)C4例(0C.2%)C31例(1C.8%)88例(5C.0%)p値<C0.0001<C0.00010.0004<C0.0001<C0.00010.08190.0124<C0.0001<C0.0001222あたらしい眼科Vol.39,No.2,2C022(90)4剤271例7.7%高齢患者(3,534例)5剤6剤116例25例3.3%0.7%平均1.8±1.3剤*若年・中年患者(1,769例)5剤6剤4剤120例44例2.5%9例0.5%7剤1例0.1%6.8%*p<0.05平均1.7±1.2剤*図2使用薬剤数表3使用薬剤内訳(単剤例)高齢患者若年・中年患者プロスタグランジン関連薬974例68.1%496例64.2%Cb遮断薬314例21.9%172例22.3%Ca2作動薬56例3.9%22例2.8%EP2受容体**45例3.1%**62例8.0%炭酸脱水酵素阻害薬27例1.9%12例1.6%ROCK阻害薬7例0.5%2例0.3%Ca1遮断薬5例0.3%1例0.1%その他3例0.2%5例0.6%合計1,431例772例PG+a265例8.0%CAI/b配合剤96例11.8%PG+b(ab)119例14.6%**p<0.0001(Cc2検定)高齢患者(815例)若年・中年患者(402例)PG+a220例5.0%CAI/b配合剤50例12.4%PG+b(ab)43例10.7%**PG+点眼CAI**PG+点眼CAI121例14.8%22例5.5%**p<0.0001(c2検定)図3使用薬剤(2剤例)(91)あたらしい眼科Vol.39,No.2,2022C223ール配合点眼薬C37例(17.1%),タフルプロスト/チモロール配合点眼薬C30例(13.8%)であった.2剤例では,プロスタグランジン関連薬/Cb遮断薬配合剤が若年・中年患者で高齢患者に比べて有意に多かった(p<0.0001,Cc2検定).また,プロスタグランジン関連薬+炭酸脱水酵素阻害薬が高齢患者で若年・中年患者に比べて有意に多かった(p<0.0001,Cc2検定).今回調査とC2016年の前回調査4)の結果を比較すると,高齢患者では年齢は有意に上昇し(p<0.0001),男女比では男性の割合が有意に増加していたが(p<0.05),若年・中年患者では同等であった.病型は高齢患者では原発開放隅角緑内障が有意に増加し(p<0.001,Cc2検定),原発閉塞隅角緑内障が有意に減少した(p<0.05,Cc2検定)が,若年・中年患者では同等であった.レーザー治療既往症例は高齢患者では今回調査(5.3%)が前回調査(7.7%)に比べて有意に減少し(p<0.01),若年・中年患者では同等であった.緑内障手術既往症例は高齢患者,若年・中年患者ともに今回調査では同等であった.使用薬剤数は高齢患者では今回調査(1.8C±1.3剤)で前回調査(1.7C±1.2剤)に比べて有意に増加し(p<0.01,Mann-WhitneyU検定),若年・中年患者では同等であった.単剤例は高齢患者では前回調査に比べて有意に減少し(p<0.001,Cc2検定),4剤例は有意に増加した(p<0.05,Cc2検定).若年・中年患者ではC2剤,5剤例は有意に増加した(p<0.0001,Cc2検定).単剤例は高齢患者では前回調査に比べてプロスタグランジン関連薬(p<0.001,Cc2検定)とCa1遮断薬(p<0.05,Cc2検定)が有意に減少し,Ca2作動薬が有意に増加した(p<0.05,Cc2検定).若年・中年患者では同等であった.一方,2剤例では高齢患者,若年・中年患者ともにプロスタグランジン関連薬/Cb遮断薬配合剤が前回調査に比べて有意に増加し(p<0.01,Cc2検定),プロスタグランジン関連薬+b(ab)遮断薬が前回調査に比べて有意に減少した(p<0.0001,Cc2検定).若年・中年患者ではプロスタグランジン関連薬+a2作動薬が前回調査に比べて有意に減少した(p<0.05,Cc2検定).CIII考按患者背景については,今回調査でも前回調査同様に女性の割合が高齢患者で若年・中年患者に比べて有意に多かったが,これは女性の平均寿命が長いことが一因と考えられる.緑内障病型は高齢患者,若年・中年患者ともに(広義)原発開放隅角緑内障がC80%以上を占め,多治見スタディ2)の結果と同様であった.正常眼圧緑内障が若年・中年患者で高齢患者に比べて有意に多かったが,緑内障の啓発活動,職場での健康診断,人間ドックによってみつかったケースが多かったと考えられる.レーザー治療既往症例が高齢患者で若年・中年患者に比べて有意に多かったが,レーザー虹彩切開術がとくに多かったことが影響したと考えられる.緑内障手術既往症例が高齢患者で若年・中年患者に比べて有意に多かったが,緑内障罹病期間が長いことがその原因と考えられる.前回調査と比較すると若年・中年患者では患者背景に変化は少なかった.高齢患者では平均年齢が有意に高くなったが,平均寿命の伸長が関与していると考えられる.高齢患者ではレーザー治療既往症例が有意に減少したが,原発閉塞隅角緑内障が有意に減少したことが関連していると考えられる.高齢患者では使用薬剤数は今回調査では有意に増加したが,その理由としてこのC4年間で従来の点眼薬とは眼圧下降の作用機序が異なる点眼薬(オミデネパグ点眼薬)と新規の配合点眼薬(ラタノプロスト/カルテオロール配合点眼薬,ブリモニジン/チモロール配合点眼薬)が使用可能になり,それらの点眼薬が追加投与されて多剤併用症例となったことが考えられる.単剤例の使用薬剤は高齢患者と若年・中年患者でほぼ同様であった.EP2作動薬のみが若年・中年患者で高齢患者に比べて有意に多かったが,EP2作動薬は従来のプロスタグランジン関連薬で出現する美容的な眼局所副作用が少ないこと8,9)が影響したと考えられる.高齢患者ではプロスタグランジン関連薬が前回調査に比べて有意に減少したが,Ca2作動薬とCEP2作動薬が増加したことが原因と考えられる.2剤例ではプロスタグランジン関連薬/Cb遮断薬配合剤が若年・中年患者で高齢患者に比べて有意に多く,プロスタグランジン関連薬+炭酸脱水酵素阻害薬が高齢患者で若年・中年患者に比べて有意に多かった.高齢者では全身性副作用が出現しやすいCb遮断薬の使用を控えて全身性副作用が出現しにくい炭酸脱水酵素阻害薬を使用したことと,1日C1回点眼のアドヒアランス向上からアドヒアランスが不良と考えられる若年・中年患者にプロスタグランジン関連薬/Cb遮断薬配合剤が使用されたことの両方が原因と考えられる.さらに2017年より使用可能となったラタノプロスト/カルテオロール配合点眼薬がプロスタグランジン関連薬/Cb遮断薬配合剤のなかで高齢患者(38.8%),若年・中年患者(39.6%)ともにもっとも多く使用されていた.この配合点眼薬は従来のチモロール点眼薬との配合ではなくカルテオロール点眼薬との配合である.カルテオロール点眼薬がチモロール点眼薬と眼圧下降効果は同等で,安全性はチモロール点眼薬よりも高いことが影響したと考えられる10,11).また,前回調査と比べて高齢患者,若年・中年患者ともにプロスタグランジン関連薬+b(ab)遮断薬が有意に減少し,プロスタグランジン関連薬/b遮断薬配合剤が有意に増加した.単剤の併用よりも配合剤C1剤のほうがC1日の総点眼回数が少なく,アドヒアランスの面から配合剤が増加したと考えられる.また,若年・中年患者ではプロスタグランジン関連薬+a2作動薬と炭酸脱水酵素阻害薬+a2作動薬が有意に減少したが,アドヒアランス向上の面からプロスタグランジン関連薬/Cb遮断薬配合224あたらしい眼科Vol.39,No.2,2022(92)剤が増加したことが原因と考えられる.今回調査ではC65歳を境にして高齢患者と若年・中年患者に分けたところ高齢患者が若年・中年患者に比べてC2.0倍多かった.もう少し高い年齢で区切って検討したほうがよい可能性がある.また,高齢患者では緑内障の罹病期間が長く,治療が落ちつき同じ点眼薬が継続的に使用されていることも考えられる.一方,年齢的に手術適応ではなく,多剤併用のままアドヒアランスにやや問題があっても継続使用している高齢患者も存在すると考えられる.あるC1回の外来受診時に使用している薬物調査のため,患者個々人の経時的変化が不明なことが今回調査の問題点と考えられる.今回調査はC78施設C5,303例,前回調査4)はC57施設C4,288例で行った.前回調査,今回調査ともに参加した施設はC53施設であった.施設数や症例数も異なるため,両調査を直接的に比較することは妥当性がない可能性も考えられる.前回調査と同一施設,同一患者で調査を行うのが理想だが,現実にはむずかしい.そこで,なるべく多くの施設,多くの症例からデータを集めることで緑内障患者の実態がより判明すると考えて施設や症例を増加させて今回の検討を行った.今回の結果をまとめる.高齢と若年・中年の緑内障患者の薬物治療を比較すると,高齢患者,若年・中年患者ともに単剤例では依然としてプロスタグランジン関連薬が最多だった.2剤例では,高齢患者,若年・中年患者ともにプロスタグランジン関連薬/Cb遮断薬配合剤がもっとも多かった.配合剤はC2剤例で高齢患者ではC49.6%,若年・中年患者では67.9%の症例で使用されていた.前回調査4)との比較では,使用薬剤数が高齢患者では増加した.単剤例は高齢患者ではプロスタグランジン関連薬が減少した.2剤例は高齢患者,若年・中年患者ともにプロスタグランジン関連薬+b(ab)遮断薬が減少し,プロスタグランジン関連薬/Cb遮断薬配合剤が増加した.今後ますます配合剤や新しい眼圧下降の作用機序を有する点眼薬(EP2作動薬)の使用が増加すると予想される.文献1)内閣府:令和C2年版高齢社会白書(全体版)第C1章高齢化の状況2)IwaseA,SuzukiY,AraieMetal:Theprevalenceofpri-maryCopen-angleCglaucomaCinJapanese:theCTajimiCStudy.OphthalmologyC111:1641-1648,C20043)InoueK:ManagingCadverseCe.ectsCofCglaucomaCmedica-tions.ClinOphthalmolC12:903-913,C20144)井上賢治,岡山良子,井上順治ほか:多施設による緑内障患者の実態調査C2016年度版─高齢患者と若年・中年患者.眼臨紀C10:627-633,C20175)井上賢治,塩川美菜子,岡山良子ほか:多施設による緑内障患者の実態調査C2012年度版:高齢患者と若年・中年患者.眼臨紀C6:869-874,C20136)野崎令恵,井上賢治,塩川美菜子ほか:多施設による緑内障患者の実態調査C2009年度版─高齢患者と若年・中年患者.臨眼C66:495-501,C20127)増本美枝子,井上賢治,塩川美菜子ほか:多施設による緑内障患者の実態調査高齢患者と若年・中年患者.臨眼C63:1897-1903,C20098)AiharaCM,CLuCF,CKawataCHCetal:PhaseC2,Crandomized,Cdose-.ndingCstudiesCofComidenepagCisopropyl,CaCselectiveCEP2Cagonist,CinCpatientsCwithCprimaryCopen-angleCglauco-maCorCocularChypertension.CJCGlaucomaC28:375-385,C20199)NakakuraS,TeraoE,FujisawaYetal:Changesinpros-taglandin-associatedCperiobitalCsyndromeCafterCswitchCfromconventionalprostaglandinF2atreatmenttoomide-nepagCisopropylCinC11consecutiveCpatients.CJCGlaucomaC29:326-328,C202010)LiCT,CLindsleyCK,CRouseCBCetal:ComparativeCe.ective-nessCofC.rst-lineCmedicationsCforCprimaryCopen-angleCglaucoma.OphthalmologyC123:129-140,C201611)湖崎淳:抗緑内障点眼薬と角膜上皮障害.臨眼C64:729-732,C2010C***(93)あたらしい眼科Vol.39,No.2,2022C225

基礎研究コラム:57.PPARの眼局在と役割

2022年2月28日 月曜日

PPARの眼局在と役割PPARとはペルオキシソーム増殖剤活性化受容体(peroxisomeprolif-erator-activatedreceptor:PPAR)は核内受容体の一つで,Ca,b/d,gの三つのアイソフォームが存在し,糖や脂質の代謝に関与しています.近年,PPARは本来の機能だけでなく,炎症および酸化ストレスを抑制することがわかってきました.筆者らの実験においても,PPARCaアゴニストの角膜への点眼は炎症の転写因子であるCnuclearCfactor-kappaCB(NF-kB)の発現を抑制し,angiopoietin(Ang)-2および血管内皮増殖因子(vascularCendothelialCgrowthfactor:VEGF)の両方を抑制することで抗炎症作用や抗血管新生作用を有していました1).眼の領域ではどうでしょうか眼組織における各CPPARの局在には違いがあり,PPARCaは角膜上皮細胞,網膜内顆粒層,血管内皮細胞に多く,CPPARb/dは角膜上皮細胞,角膜内皮細胞に,そしてCPPARgは角膜上皮細胞,炎症浸潤細胞に多く発現しています.局在と役割には相関関係があり,PPARCaは血流の多い網膜内顆粒層といった血管やCVEGF,Ang-2に関連した働きとかかわりが強いことがわかっています.PPARCb/dアゴニストに関しては角膜内皮細胞に発現しやすい点だけでなく,細胞分裂を促すCKi67を活性化することも他のCPPARアゴニストにはない大きな特徴です.PPARCb/dアゴニストは角膜創傷治癒に寄与する一方で血管新生を促進するという性質ももっています2).PPARCgアゴニストはマクロファージ上に局在することで炎症を抑えるだけでなく,創傷治癒を促すCM2マクロファージの分化を促す点から,特徴的な抗炎症作用を有しています.各アゴニストを角膜アルカリ外傷後に点眼したところ,すべてのサブタイプで創傷治癒を促進する(図1)ことがわかっていますが,各CPPARアゴニストは独CVehiclePPARaPPARbPPARg0hour12hour24hour図1ラット角膜アルカリ外傷モデルを用いた各PPARアゴニスト点眼の効果の比較基剤に比べてすべてのサブタイプで角膜創傷治癒が促進され,24時間後には角膜上皮細胞の修復が完成している.有馬武志日本医科大学眼科学解析人体病理学自の特徴を有しており,抗炎症の機序にも違いがあります.たとえばCNF-kBとの関係において,PPARCaやCPPARCb/dはCNF-kBを競合阻害するCKappaClightCpolypeptideCgeneCenhancerintheB-cellinhibitor,alpha(I-kBCa)を活性化することで炎症を抑えますが,PPARCgに関してはCNF-kBの発現そのものを抑制することで炎症を抑え込むことがわかっています(図2).このように各サブタイプで作用機序が違っていることを加味して,より強力な抗炎症作用を示すCPPARaアゴニストとCPPARCgアゴニストの合剤も今後注目されます3).今後の展望現在,PPARCaアゴニストの内服や硝子体内注射による網膜血管新生病変への新規治療法の可能性が検討されています.抗CVEGF療法の薬剤は高価であるのに対し,PPARは安価で治療効果が見込める可能性があり,医療財政事情の逼迫にも貢献できるかもしれません.PPARCb/dアゴニストに関しては,角膜内皮細胞に発現が多く,細胞分裂能の促進を認める点から,角膜内皮細胞の再生を促進する可能性が示唆されました.PPARCgアゴニストはCPPARCaとの合剤でより強力に炎症を抑制する点から,新たな消炎治療薬候補として広く普及する可能性があります.今後,さらなる解明が行われることが期待されます.文献1)ArimaT,UchiyamaM,NakanoYetal:Peroxisomepro-liferator-activatedCreceptorCalphaCagonistCsuppressesCneo-vascularizationCbyCreducingCbothCvascularCendothelialCgrowthCfactorCandCangiopoietin-2CinCcornealCalkaliCburn.CSciRepC7:17763,C20172)TobitaY,ArimaT,NakanoYetal:Peroxisomeprolifer-ator-activatedCreceptorCbeta/deltaCagonistCsuppressesCin.ammationCandCpromotesCneovascularization.CIntCJCMolCSciC21:E5296,C20203)NakanoY,ArimaT,TobitaYetal:Combinationofper-oxisomeproliferator-activatedreceptor(PPAR)alphaandgammaCagonistsCpreventsCcornealCin.ammationCandCneo-vascularizationCinCaCratCalkaliCburnCmodel.CIntJMolSci21:E5093,C2020CVehiclePPARaPPARbPPARgI-kBNF-kB図2各PPARアゴニスト点眼後のI.kBとNF.kBのかかわり基剤群ではCI-kBは発現せず,NF-kBが核内移行して発現している.PPARCa群やCPPARCb/d群ではCI-kBが発現することで競合阻害し,NF-kBの核内移行を抑制している.PPARCg群ではCI-kBの発現は認めないがCNF-kBの発現そのものを抑制している.(77)あたらしい眼科Vol.38,No.2,2021C2090910-1810/22/\100/頁/JCOPY

硝子体手術のワンポイントアドバイス:225.晩期再手術時の眼内液の性状(初級編)

2022年2月28日 月曜日

硝子体手術のワンポイントアドバイス●連載225225晩期再手術時の眼内液の性状(初級編)池田恒彦大阪回生病院眼科●はじめに種々の網膜硝子体疾患で初回硝子体手術後の状態が安定していても,なんらかの理由で数年後などに再手術を余儀なくされることがある.このときに,初回硝子体手術直後は液体であったはずの眼内液にかなりの粘性が生じていることはしばしば経験する.C●症例提示61歳,女性.左眼の網膜血管腫,続発黄斑上膜(図1)に対してC3年前に硝子体手術+白内障手術を施行した.術後経過良好であったが,最近になって黄斑上膜が再発し(図2),硝子体内のフレアも増加していた.インフュージョンカニューレを設置後に眼内液を十分に洗浄しないまま黄斑部にCBBGを塗布しようとしたが,眼内液の粘性が高く拡散が悪かった(図3a).硝子体カッターで眼内液を洗浄し,再度CBBGを塗布したところ容易に拡散した(図3b).その後,再発黄斑上膜を.離し,網膜血管腫にレーザー光凝固を施行し手術を終了した.C●硝子体手術後晩期の眼内液の性状硝子体手術後の眼内液は時間の経過とともに粘性が高くなり,眼内で硝子体の構成成分が再生されていると考えられる.Itakuraらは,黄斑円孔に対する硝子体手術後,眼内液中のCII型プロコラーゲンのCC-プロペプチド(pCOL-II-C)とヒアルロン酸(HA)を測定しCpCOL-II-C濃度は通常の硝子体と同程度のレベルであり,HAのレベルは通常の硝子体よりも有意に低いものの,十分に検出可能であったとしている1).これらのことより,硝子体手術後も持続的にCpCOL-II-CやCHAが眼内で分泌されている可能性がある.培養CMuller細胞は,内境界膜や硝子体のコラーゲンを合成するといった報告2)や,グリア細胞にCHA合成能があるとする報告3)などがあることから,硝子体手術後もおそらくCMuller細胞がコラーゲンやCHAなどの硝子体構成成分を再生しているものと考えられる.初回硝子体手術後,長期経過している症例に再手術を(75)C0910-1810/22/\100/頁/JCOPY図1初診時の左眼眼底写真(a)とOCT画像(b)上方に網膜血管腫を認め,それに続発する黄斑上膜を認めた.図2初回手術3年後黄斑上膜が再発し,.胞様黄斑浮腫も生じている.図3再手術の術中所見インフュージョンカニューレを設置後に眼内液を十分に洗浄しないまま,黄斑部にCBBGを塗布しようとしたが,眼内液の粘性が高く拡散が悪かった(Ca).硝子体カッターで眼内液を洗浄したのち,再度CBBGを塗布したところ容易に拡散した(Cb).施行する際には,上記のことを十分に念頭においたうえで,まず粘性のある眼内液を十分に洗浄してから,諸操作を施行すべきと考えられる.文献1)ItakuraCH,CKishiCS,CKotajimaCNCetal:VitreousCcollagenCmetabolismCbeforeCandCafterCvitrectomy.CGraefesCArchCClinCExpOphthalmolC243:994-998,C20052)PonsioenCTL,CvanCLuynCMJA,CVanCderCWorpCRJCetal:CHumanretinalMullercellssynthesizecollagensofthevit-reousCandCvitreoretinalCinterfaceCinCvitro.CMolCVisC14:C652-660,C20083)MarretCS,CDelpechCB,CDelpechCACetal:ExpressionCandCe.ectsCofChyaluronanCandCofCtheChyaluronan-bindingCpro-teinhyaluronectininnewbornratbrainglialcellcultures.JNeurochem62:1285-1295,C1994あたらしい眼科Vol.39,No.2,2022C207

考える手術:2.黄斑円孔への硝子体手術

2022年2月28日 月曜日

考える手術②監修松井良諭・奥村直毅黄斑円孔への硝子体手術向後二郎聖マリアンナ医科大学眼科学教室特発性黄斑円孔に対する治療法を考えるうえで,その歴史と変遷を知るということは非常に重要です.1990年にKellyとWendelによってそれまで難治性疾患とされていた黄斑円孔に対する硝子体手術および液空気置換の手術成績が報告されました.その後,論文ベースでは2000年にBrooksが内境界膜(ILM)を硝子体手術に併用して.離することで95%以上の脅威的な円孔閉鎖率を報告し,同時期に門之園やBurkがインドシアニングリーン(ICG)を用いたchromo-vitrectomyを考案して手術の難易度が下がりました.そして2010年ような歴史から黄斑円孔の病態と治療の最適化を考える必要があります.黄斑円孔手術は,core-vitrectomy,shaving,ILM.離,液空気置換というように手術の行程数は少ないですが後部硝子体.離(PVD)の有無,周辺の硝子体癒着,ILM.離方法,タンポナーデ物質などさまざまな場面でのバリエーションがあります.また,手術目的は当然,円孔閉鎖ですが,そのメカニズム・ILMの特性を意識して挑むことが重要と考えます.たとえばどんなに大きな円孔であってもC3F8ガスなどの長期滞留ガスを用いて厳格なうつ向きをとれば閉鎖することが多いと思いますが,どれだけ患者負担を減らせるか(体位制限の短縮),どれだけ網膜に負担をかけず閉鎖させるか(ILM.離の方法),術後の変視症・歪視をどう減らすかなど,まだまだ改良の余地があると思います.聞き手:黄斑円孔の手術時期としてはいつがよいのでStageIIでは1~2週間単位で進行し,手術する時期にしょうか?網膜.離ほどの緊急性はないと思いますがはIII以降になっていることをよく経験します.これを適切な時期はあるのでしょうか?踏まえて黄斑円孔は準緊急疾患として2週間以内に手術向後:まず重要なこととしては当然ですが,ステージに予定を立てています.よってPVDが起きているかを理解することが重要です.StageI~IIはPVDが完成されておらず,StageIIIでは聞き手:円孔径の大きさによって手術内容は変える必要黄斑部にPVD,StageIVでは完全なPVD完成というこはありますか?とになります.手術時期に関しては,StageIII以降の黄向後:よくいわれていることは,円孔径が400μm以上斑部のPVDが完成されている場合は,比較的それ以降を巨大黄斑円孔とよぶことが多いのですが,これはさまの進行(円孔拡大)が遅いことが多いですが,とくにざまな研究でも400μmを超えると円孔閉鎖率が低くな(73)あたらしい眼科Vol.39,No.2,20222050910-1810/22/\100/頁/JCOPY考える手術ることがその理由となっています.術前のOCTのBスキャン画像から円孔径(この場合は最小円孔径)を測定することは重要です.感覚的に普通の円孔径くらいと思っていてもしっかり測定すると400μm以上であることもあります.一般的には400μm以下の円孔であればおよそ2乳頭径のILM.離を行い,20%SF6ガスを留置すればよいとされています.ガスの注入法は濃度調整をしたガスを全置換する方法や,正視眼であれば眼内容積はおよそ4mlなので0.8~1mlの100%ガスを注入するとおよそ20%になるのでワンショットで注入したりもしますが,術者の嗜好によります.聞き手:それでは400μm以下の円孔ではすべて同じ手技を用いるということになりますか?向後:術者によってはすべて同じ方法という場合もありますが,うつ向き姿勢の時間などは術者や施設によって異なると思います.3~7日間のうつむき姿勢,1日のみ,3時間のみ,術直後よりうつむきなしの側臥位などさまざまです.いずれの場合においてもガスが円孔に触れていることが重要です.円孔縁にガスが触れている時間が継続するとgliosisが促進され,円孔にbridgingが起こり,円孔閉鎖へと進みます.400μm以下では手術後3時間程度で円孔閉鎖がOCTで認められることもあります.聞き手:400μm以上の場合はいかがでしょうか?注入ガス濃度を濃くしたり,ILM.離の範囲を広げたりすると思いますが.向後:そうですね,invertedILM.ap法が出てくるまでは多くの術者がそうしていたと思いますが,現在では400μm以下でも罹病期間の長い患者やうつむき姿勢をとることが困難な患者に対してもinvertedILM.ap法を用いることが多いと思います.聞き手:その理由はなんでしょうか?通常のILMpeelhemi-temporalILMpeel向後:まずは高い閉鎖率が期待できるということと,うつむき姿勢をとらなくても閉鎖しやすいためです.聞き手:それでは全例でinvertedILM.ap法を用いるということはしないのでしょうか?向後:まずは手技的に多少煩雑であるため,経験の浅い術者にとっては不向きであるということと,400μm以下の円孔に対する通常のILM.離とinvertedILM.ap法で比べると,術後の網膜外層の回復に差があり,通常のILM.離のほうが良好であったとする報告があり(差がなかったという報告もありますが),見解がさまざまです.現法のinvertedILM.ap法よりILMを一方から(耳側や上方から)coveringする方法の術者のほうがわが国では多い気がします.聞き手:先生はILM.離に関して考え方やこだわりはありますか?向後:はい,非常にこだわりをもってやっています.円孔閉鎖という目的を達成することは前提として,どれだけ術後の視機能を回復させられるかを研究しています.聞き手:たとえばどんなことでしょうか?向後:ILM.離を行うと,どんな疾患においても黄斑部の網膜は鼻側の視神経乳頭側に移動するという特性があります.さらに,中心窩より耳側のほうが,鼻側より大きく移動するということまでわかっています.この特性を利用して円孔の耳側のみILM.離を行う手法をとっています(hemi-temporalILMpeelingと同僚の塩野先生が名づけました).この手法で円孔が閉鎖すると,通常の.離の際より中心窩の移動が抑えられ,術後の歪視の軽減につながる可能性があります.しかも円孔の鼻側,つまり乳頭黄斑線維束に触れないため,網膜障害のリスクが低く,安全に行えるというメリットもあります.とにかく現在は,ILM.離に伴うさまざまな合併症を減らすために,侵襲の少ない手術を心がけています.ILMcoveringinvertedILM.aptechnique図1さまざまなILM.離方法206あたらしい眼科Vol.39,No.2,2022(74)

抗 VEGF治療:糖尿病黄斑浮腫:増殖糖尿病網膜症の治療選択のポイント

2022年2月28日 月曜日

●連載116監修=安川力髙橋寛二96糖尿病黄斑浮腫:増殖糖尿病網膜症の引地泰一ひきち眼科治療選択のポイント増殖糖尿病網膜症(PDR)では糖尿病黄斑浮腫(DME)を併発する頻度が高くなる.中心窩を含むCDMEには抗CVEGF療法が第一選択であるものの,VEGFの抑制は線維血管増殖膜の線維化を促し,網膜への牽引を増強させるため,牽引性網膜.離や硝子体出血の発生,悪化に留意を要する.汎網膜光凝固と抗VEGF療法1970年代に行われたCDiabeticRetinopathyCStudy以降,汎網膜光凝固(panretinalCphotocoagulation:PRP)が増殖糖尿病網膜症(proliferativeCdiabeticCretinopa-thy:PDR)に対する標準的治療となった.とくにCPDRのなかでも,①乳頭外新生血管,②乳頭新生血管,③重度の新生血管(視神経乳頭からC1乳頭径大内の新生血管でC1/3~1/4乳頭面積以上のものや,乳頭外新生血管で少なくともC1/2乳頭面積以上のもの),④硝子体出血または網膜前出血のうち三つを有するもの,をハイリスクPDRと定義し,ハイリスクCPDRに対しては可及的速やかにCPRPを行うべきとしている1).CDiabeticCRetinopathyCClinicalCResearchCNetwork(DRCR.net)ProtocolCS2)では,PDRに対するラニビズマブを用いた抗血管内皮増殖因子(vascularendothelialgrowthfactor:VEGF)療法(日本では適用外使用)とPRPの治療成績が比較検討された.治療C2年後では,ラニビズマブ群の視力改善がCPRP群と比べ良好であり,抗CVEGF療法がCPRPの代替治療になる可能性が示されたものの,治療をC5年間継続した症例の検討3)では,両群間の視力成績に違いは認められなかった.PRPは周辺視野の感度低下が問題となるが,治療C2年目では抗VEGF群と比べ周辺視野の感度低下が認められたが,治療C5年目では差は認められなかった.また,抗VEGF療法は中断後に著しい視機能低下を招く症例が多く4),PDRに対する抗CVEGF療法の評価にはさらなる検討が待たれる.糖尿病黄斑浮腫に対する治療中心窩を含む糖尿病黄斑浮腫(diabeticCmacularedema:DME)には抗CVEGF療法が第一選択の治療法図1軽度硝子体出血を伴う増殖糖尿病網膜症軽度硝子体出血(Ca)と中心窩周囲に軽度螢光漏出を認め(Cb,c),中心窩にわずかな浮腫(Cd)と血管アーケードと黄斑間に後部硝子体.離(PVD)を認める.トリアムシノロンアセトニドをCTenon.下注射し,汎網膜光凝固を開始.PVD進行により硝子体出血が増強し(Ce),硝子体手術を行い,網膜症は鎮静化した(Cf).(71)あたらしい眼科Vol.39,No.2,2022C2030910-1810/22/\100/頁/JCOPY図2黄斑浮腫を伴う増殖糖尿病網膜症初診時(Ca~d),網膜無灌流領域が広がり,視神経乳頭や血管アーケードに網膜新生血管を認め,網膜.胞を伴う黄斑浮腫のため,視力は(0.4)であった.アフリベルセプト硝子体内注射(導入期C3回+必要に応じて)と汎網膜光凝固を施行.繰り返す硝子体出血に対し硝子体手術を施行.網膜症は鎮静化し,視力は(1.0)を維持している(Ce).である.PDRではCDMEを併発する患者の割合が高くなる.DRCR.netCProtocolCS2,3)では,DMEを伴うCPDRも対象に含まれており,DMEに対しては両群ともに,治療開始時と必要に応じてラニビズマブが投与された.5年間治療を継続したCDMEを伴うCPDRに対するラニビズマブ群の年間投与回数(中央値)は,1年目がC9回,2年目4.5回,3年目4.5回,4年目5回,5年目4回であった.一方,PRP群でのCDMEに対するラニビズマブ投与回数はC6回,3回,0.5回,0回,0回であった.ラニビズマブ群とCPRP群のC5年目の視力改善は治療開始時(両群とも小数視力C0.4~0.5)と比べC2.5文字,4.6文字であった.抗CVEGF薬は線維血管増殖膜の線維化を促し,網膜への牽引を増強させるため,牽引性網膜.離や硝子体出血の発生や悪化,網膜血管収縮による網膜虚血の進行に留意を要する5).DRCR.netCProtocolCS3)のラニビズマブ群において,5年間で網膜.離が生じたのはC6%(12/191),ほとんどが牽引性網膜.離で(83%,10/12),硝子体出血の発生はC48%(91/191)であった.5年間に硝子体手術を施行したのはC21%(11/191)であった.おわりに抗CVEGF療法とCPRPのCPDRに対する長期治療成績に明らかな差がないことから,当面,わが国におけるPDR治療は,網膜症の鎮静化にCPRPを第一選択とし,網膜症の状況に応じて硝子体手術を選択することになるものと思われる.PRP施行中にCDMEの発生や悪化により視機能が低下することがあり,あらかじめトリアムC204あたらしい眼科Vol.39,No.2,2022シノロンアセトニドをCTenon.下注射することで,DMEの発生予防や治療効果が期待できる.DMEを伴うCPDRには抗CVEGF療法の併用を考慮するが,視神経乳頭からアーケード血管に線維血管増殖膜を認めるようなハイリスクCPDRでは,抗CVEGF薬投与後に中心窩に迫る牽引性網膜.離の発生が危惧されるため,投与には慎重を期す必要がある.黄斑部網膜への硝子体牽引を認めるCDMEや網膜前膜を伴うCDMEは硝子体手術の適応となる.PDRに伴うCDME治療は,眼底所見に応じた治療戦略が求められる.文献1)DiabeticRetinopathyStudyResearchGroup:Photocoagu-lationtreatmentofproliferativediabeticretinopathy.Clini-calCapplicationCofCDiabeticRetinopathyCStudy(DRS)C.ndings,DRSReportNumber8.OphthalmologyC88:583-600,C19812)GrossCJG,CGlassmanCAR,CJampolCLMCetal;WritingCCom-mitteefortheDiabeticRetinopathyClinicalResearchNet-work:Panretinalphotocoagulationvsintravitreousranibi-zumabCforCproliferativeCdiabeticretinopathy:aCrandomizedclinicaltrial.JAMAC314:2137-2146,C20153)GrossJG,GlassmanAR,LluDetal:Five-yearoutcomesofpanretinalphotocoagulationvsintravitreouranibizumabforCproliferativeCdiabeticCretinopathy.CACrandomizedCclini-caltrial.JAMAOphthalmololC136:1138-1148,C20184)ObeidCA,CSuCD,CPatelCSNCetal:OutcomesCofCeyesClostCtoCfollow-upCwithCproliferativeCdiabeticCretinopathyCthatCreceivedCpanretinalCphotocoagulationCversusCintravitrealCanti-vascularCendothelialCgrowthCfactor.COphthalmologyC126:407-413,C20195)ArevaloCJF,CMaiaCM,CFlynnCHWCJrCetal:TractionalCreti-nalCdetachmentCfollowingCintravitrealbevacizumab(Avas-tin)inpatientswithsevereproliferativediabeticretinopa-thy.BrJOphthalmolC92:213-216,C2008(72)

緑内障:緑内障患者の点眼アドヒアランス向上をめざしたスマホアプリの活用法

2022年2月28日 月曜日

●連載260監修=山本哲也福地健郎260.緑内障患者の点眼アドヒアランス向上を馬場昭典中野匡東京慈恵会医科大学眼科めざしたスマホアプリの活用法加藤昌寛東京慈恵会医科大学眼科,岸田眼科緑内障は長期にわたる治療継続が不可欠なため,患者の点眼アドヒアランスのレベルが治療効果に大きく影響すると考えられている.しかし,点眼状況を正確に把握することはかなりむずかしく,主治医は受診時の問診や患者が求める処方点眼本数などから間接的に推測する以外,なかなかよい評価方法がないのが現状である.本稿では近年高齢者の普及率がますます高まってきたスマートフォンを活用し,点眼アドヒアランスの向上をめざしたアプリケーションを開発したので,実施症例を交えて紹介する.●はじめに緑内障診療において点眼薬による薬物療法は治療戦略の要であり,いかに良好な点眼治療を長きにわたり継続し続けるかが予後に大きく影響すると思われる.そのため医師は外来診療で点眼薬の効果・副作用のみならず,点眼継続の必要性を重視して治療説明をすることが重要である.本稿では新しいアドヒアランス確認方法として,安価・導入時間の短縮・結果の即時確認をめざして作成したアプリケーション(以下,アプリ)を紹介する.C●MediFiles筆者らはCBeeline社と共同で点眼管理アプリCMediFilesを作成した.このアプリは,点眼時間に合わせスマートフォンに点眼指示が通知され,患者が点眼実施後にアプリの点眼終了ボタンを押すことで,何時に点眼されたかがクラウド上に記録されるようになっている.日本で使用されている後発薬品も含めたすべての薬品情報が入っており,患者側が薬局で後発品に変更した場合でも医師側がわかるようになっている.なお,クラウド上の管理に個人情報は一切入っていない.ホーム画面には点眼がしっかりできていると葉が生い茂り,点眼記録が確認されなくなると葉が落ちてキャラクターからのメッセージも変わり,患者を励まし,優しく点眼を促す表示がされる仕組みになっている.複数の点眼薬が処方された場合は点眼間隔,点眼時間が重なるが,その際は最初の点眼薬の点眼終了ボタンを押したあと,一般に推奨されているC5分間の点眼間隔からカウントダウン表示し,2剤目以降の点眼時間を指示していくようになっている.複数点眼を使用する可能性が高い緑内障患者にとって,ストレスなく確実に適切な点眼時間が指示されるよう配慮されている.図1aの画面は毎日の点眼がおろそかになっている患者スマートフォンのホーム画面である.木が枯れはじめ,キャラクターがアドヒアランスの不良を心配している.図1bの画面ではコソプトとキサラタンの点眼時間が同じだったためコソプトを点眼し,タップした直後の画像を表示している.コソプトは点眼済みとなっているが,その下に次にキサラタンを点眼するC5分間のカウントダウンが始まっている.C●実際の点眼状況の表示例図2にCMediFilesを使用した詳細な患者記録を示す.この患者は,朝はC2剤,夜はC3剤の点眼が指示されていた.受診時にこれまでの点眼状況を診療デスクのCPC画面上に提示し,点眼状況の問題点を検証することができる.生データを確認した患者からのコメントは,朝の点眼時間は規則正しく安定していたが(土日や祝日を除く),夜に関しては仕事の状況によって帰宅時間が不規Cab図1ModiFilesのスマートフォン画面(69)あたらしい眼科Vol.39,No.2,2022C2010910-1810/22/\100/頁/JCOPY図2ModiFilesの患者記録の表示例則となることが多く,結果として点眼時間のばらつきにつながったとの自己分析であった.既報でも朝点眼の方が夜点眼よりも比較的アドヒアランスがよくなる傾向があるとの報告もある1).このようにリアルデータを患者と共有することで,自身の点眼アドヒアランスを視覚的に理解し,今後のアドヒアランス改善をめざして具体的な取り組みを医師患者間で相談し,次回受診時に対策後の効果を容易に検証できるのが,このアプリの最大の特徴といえる.本症例では,朝点眼と比較して夜点眼で点眼時間のみならず点眼間隔のばらつきが増えた.過去の報告と同様,点眼回数の増加にともない点眼アドヒアランスが悪化する傾向にあった2,3).C●今後のMediFilesの可能性近年,電子端末はますます日常生活に浸透し,とくに過去C5年間は飛躍的に増加傾向にあったことが令和C2年度の総務省データで明らかとなった.この報告によればインターネット利用者はC13~59歳でC9割を超え,さらにC60~69歳のC64.4%がすでにスマートフォンを通常使用している4).今後スマートフォンがますます日常生活に不可欠なものとなっていくことは確実で,とくに緑内C202あたらしい眼科Vol.39,No.2,2022障の有病率が高く,これまでモバイル端末の利用にストレスを感じる傾向にあった高齢者層においても,スマートフォンアプリへの抵抗感は徐々に解消されていくと思われる.配合剤や新規緑内障点眼薬が次々に上市され,点眼管理がますます複雑化する今日の緑内障治療戦略のなかで,いかに適切に長期継続治療を遂行できるかは,今後の緑内障診療の重要な課題である.緑内障患者の点眼アドヒアランスの向上をめざす有力なツールとしてMediFilesが活用されることを大いに期待する.文献1)FordCAB,CGooiCM,CCarlssonCACetal:MorningCdosingCofConce-dailyCglaucomaCmedicationCisCmoreCconvenientCandCmayCleadCtoCgreaterCadherenceCthanCeveningCdosing.CJGlaucomaC22:1-4,C20132)PatelCSC,CSpaethGL:ComplianceCinCpatientsCprescribedCeyedropsCforCglaucoma.COphthalmicCSurgC26:233-236,C19953)RobinCAL,CCovertD:DoesCadjunctiveCglaucomaCtherapyCa.ectCadherenceCtoCtheCinitialCprimaryCtherapy?COphthal-mology112:863-868,C20054)総務省:令和C2年通信利用動向調査.(70)

屈折矯正手術:ICLの長期経過

2022年2月28日 月曜日

監修=木下茂●連載261大橋裕一坪田一男261.ICLの長期経過中村友昭名古屋アイクリニックICLは若年者に対する治療のため,長期的な安全性と有効性,およびレンズの安定性が重要である.筆者の施設ではC10年間の長期経過を通じて,安全性,有効性,矯正精度,安定性において良好な結果が示された.また,長期間埋植されたのち眼内から摘出されたCICLを検証し,分光透過特性,電子顕微鏡的検討においてレンズに変化がないことを確認した.C●はじめに水晶体を残したまま眼内レンズ(intraocularlens:IOL)を挿入し,近視,乱視などの屈折矯正を行う手術を有水晶体眼内レンズ(phakicIOL)挿入術という.そのなかで後房型のレンズであるCICL(implantableCcon-tactlens)は,1997年に現行のタイプが発売され,2005年に米国食品医薬品局が認可した.わが国でも2010年のCICL認可に引き続き,2011年には乱視矯正可能なトーリックCICLも認可された.近視は-18Dまで,乱視はC4.5Dまでと,幅広く矯正できる.ICLはコラーゲンとCHEMAの共重合体であるコラマー(collamer)とよばれる生体適合性に優れた素材でできており,虹彩など眼内組織への刺激がほとんどないのが特長である.毛様溝に固定され,問題があれば元の状態に戻せる,可逆性があることも利点である(図1).近年は清水らにより開発された,レンズの中心にC0.36mmの小さな穴を開けたCKS-AquaPORT,通称CholeICLがC2014年にわが国でも承認され,術前のレーザー虹彩切開が不要となり,さらに安全性が高まったことから,現在では屈折矯正手術の主流となりつつある.ICLは登場からC20年以上経過し,その有効性とともに安全性も数多く報告されている.しかし,若年者の健図1眼内に入ったICLの模式図康な眼に対する治療であるため,もっとも大切なことは長期的な安全性と有効性,そしてレンズの安定性であるが,10年以上の長期にわたる経過の報告はごくわずかである.筆者らはC10年経過時の結果1)と,長期間埋植されたのち,眼内から摘出されたCICLについて検証し報告した2).今回は,その内容を中心に述べる.C●10年経過の検討近視および近視性乱視の矯正のために名古屋アイクリニックでCICL手術を受けたC61人C114眼が対象である.安全性,有効性,予測可能性,安定性,および有害事象を,6カ月(106眼)および1年(94眼),3年(58眼),5年(65眼),8年(89眼),10年(70眼)で評価した.裸眼,矯正視力(logMAR)の平均は,術後C10年で-0.01±0.24(小数視力C1.02)および-0.18±0.07(同C1.51)と良好であったが,10年経過すると,多くの症例は若干の近視化を示し,裸眼視力が低下するものも認めた(図2).安全性と有効性の指標である安全係数,有効係数は,それぞれC0.88C±0.15とC0.66C±0.26で,有効係数は低下した.矯正精度については,術後C10年でC±0.5およびC1.0D以内となったのは,それぞれC71.4%とC87.1%であり,比較的矯正効果は保たれていた.眼圧は術前6カ月1年3年6年8年10年%ofEyes10090807060504030201002.01.21.00.50.2視力図2各期間における裸眼視力の割合(67)あたらしい眼科Vol.39,No.2,2022C1990910-1810/22/\100/頁/JCOPY表1ICLの長期経過の報告ICL眼数観察期間年齢等価球面度数安全係数有効係数予測性(±1.0D)角膜内皮減少率白内障(摘出)Alfonso(2C011)CIgarashi(2C014)CMoya(2C015)CGuber(2C016)CLee(2C016)CNakamura(2C019)CV4V4V3,CV4V4V4V4188眼41眼144眼133眼281眼114眼5年8年12年10年7.3年10年33.5歳37.3歳30.7歳38.8歳30.3歳36.2歳-11.17DC-10.19DC-16.9DC-11.4DC-8.74DC-9.97DC1.27C1.13C1.22C1.25C1.20C0.88C0.89C0.83C0.65C0.76C1.01C0.66C6285.434.365.787.287.17.5%6.2%9.17%変化なし7.8%5.3%1.6%(0C.5%)24.5%(C4.9%)13.88%(C7.63%)54.8%(C18.3%)2.1%(0%)11.4%(C3.51%)100nm波長(nm)図3摘出したICLと未使用のICLとの分光透過率13.1±2.4mmHgが術後C10年でC13.1C±2.9mmHgと不変であった.すべての症例に対し,術前にレーザー虹彩切開を施行したが,平均角膜内皮細胞密度の減少率は術後C10年でC5.3%であり,これは年C0.5%減少するという加齢による減少率と変わらないものであった.合併症として,5~10年の追跡期間中にC114眼のうち12眼(10.5%)が前.下白内障を発症した.そのうちC4眼(3.5%)に水晶体乳化吸引術が施行された.そのほかに観察期間中に視力低下をきたす合併症は発生しなかった.白内障の発生はCholeICLとなってから激減し,清水らのC5年の報告ではC0件に3),筆者らのC3年の経過観察ではC0.7%と軽減した.以上,ICL手術は,10年間の長期経過を通じて,安全性,有効性,矯正精度,および安定性のすべてにおいて良好な結果を示した1).他施設の報告でも同様の結果が示されている(表1).C●摘出レンズの電顕所見と分光透過特性現バージョンであるCV4が登場しC20年経過したが,いまだレンズの混濁を理由とした摘出例などの報告はなく,年数を経て視機能が低下した報告もないが,これまで長期埋植後の摘出CICLについては検討されていなかった.そこで,名古屋アイクリニックにて埋植し,白内障手術の際に摘出したCICL(10例C13眼)に対し,分光C200あたらしい眼科Vol.39,No.2,2022透過率(%)200300400500600700800未使用10年使用V46年使用V4c図4摘出したICLと未使用のICLの電顕像透過特性と電子顕微鏡による検討を行った.眼内にあった期間はC10.5C±2.7年(4.4~13.7年).摘出時の年齢はC50.5C±8.5歳.分光透過特性はいずれのレンズも未使用のレンズと変わらず(図3),電子顕微鏡的検討においても,なんらレンズに変化を認めず,付着物も認められなかった(図4).この結果から,ICLは眼内にあっても,長期にわたり混濁など変性を認めず,光学的にも安定した状態を維持できることが確認できた2).C●おわりに近年,その安全性の高まりとともに,屈折矯正手術の主流はCICLとなってきた.ただし,若者に対する手術であることを念頭に,適応基準をしっかりと定め,検査や手術は慎重に行うとともに,術後は長期にわたり入念に経過観察をすべきと考える.文献1)NakamuraCT,CKojimaCT,CSugiyamaCYCetal:PosteriorCchamberCphakicCintraocularClensCimplantationCforCtheCcor-rectionCofCmyopiaCandmyopicCastigmatism:aCretrospec-tiveC10-yearCfollow-upCstudy.CAmCJCOphyhalmolC206:C1-10,C20192)NakamuraT,KojimaT,SugiyamaYetal:Long-terminvivoCstabilityCofCposteriorCchamberCphakicCintraocularlens:propertiesCandClightCtransmissionCcharacteristicsCofCexplants.CAmJOphthalmol219:295-302,C20203)ShimizuCK,CKamiyaCK,CIgarashiCACetal:Long-termCcom-parisonofposteriorchamberphakicintraocularlenswithandCwithoutCaCcentralhole(holeCICLCandCconventionalICL)implantationCforCmoderateCtoChighCmyopiaCandCmyo-picastigmatism.Medicine(Baltimore)C95:e3270,C2016(68)

眼内レンズ:形状記憶合金製の瞳孔拡張器

2022年2月28日 月曜日

眼内レンズセミナー監修/大鹿哲郎・佐々木洋留守良太423.形状記憶合金製の瞳孔拡張器トメモリ眼科・形成外科小瞳孔や術中虹彩緊張低下症候群などの難症例にリング状の瞳孔拡張器を使用することは,手術の選択肢として一般的になってきた.従来のリングとは異なる,形状記憶合金製の瞳孔拡張リング「X1」(Diamatrix社)が登場した.その特性,使用方法,注意点を解説する.●はじめに白内障手術や硝子体手術の際,小瞳孔や術中虹彩緊張低下症候群(intraoperative.oppyirissyndrome:IFIS)などの難症例の場合に,リング状の瞳孔拡張器を眼内に挿入して散瞳を確保することは広く知られるようになってきた.従来のものとは異なる素材を使用したDiamatrix社の瞳孔拡張リング「X1」を紹介する.●X1の特徴X1は国内未承認品であるが,イナミが日本代理店となって販売している.X1はインジェクター内に滅菌された状態で装.されているので,ケースから取り出してすぐに使用することができる(図1).素材は従来のものと大きく異なり,ニッケルとチタンの合金であるニチノールワイヤーである.一般的には形状記憶合金といわれる材質である.そのため長期間インジェクターに装.した状態で保存していても,使用時は速やかに元のリング形状に復元する.0.003mm径のレザー溶接されたワイヤーで形成され,6.7mmの散瞳が得られる.丸く形成された0.8mmのポケット形状が4カ所あり,長い肩部と短い脚部がそれぞれ4カ所存在する.肩部が虹彩前面側となる(図2).ワイヤー8カ所で瞳孔縁と接触することで,虹彩損傷が少なく,円形の瞳孔が得られる.肩部,脚部は瞳孔縁から0.8mmの幅で虹彩を面状に押さえ込むことから,IFISのフラッタリングを抑制できる.●X1の挿入方法2.4mm角膜切開,2.2mm強角膜切開創より挿入が可能である.①粘弾性物質を虹彩下にも注入し,水晶体から少し持ち上げた状態にしてから(図3a)ポケットを一つだけ押し出し,6時部の瞳孔縁を挟み隅角方向へ押し込む.②さらにリングを押し出しながら,3時と9時部の瞳孔縁を挟みながらリングを放出する.リングの開く力が強く,素早いため,ゆっくりと押し出すように注意する(図3b).うまくできなかった場合は,虹彩上に放出し1カ所ずつフックで装着する.③12時部ポケットは虹彩上に放出してから,好みのフックを用いて瞳孔縁を挟み込む(図3c).●X1の取り出し方法プッシュアンドプルフックなどの好みのフックを用いてすべてのポケットをはずし,虹彩上に露出させる(図4a).マニピュレーターで12時部の脚部を挟み,眼内でカニューラ内に引き込む.引き込むに従い,リングは図1ケース外観図2X1の側面と正面X1はインジェクターに装.され,滅菌ずみである.凹んでいる部分がポケットである.(65)あたらしい眼科Vol.39,No.2,20221970910-1810/22/\100/頁/JCOPY図3挿入方法a:6時部を装着し,押し広げる.b:3時と9時部分を同時に装着する.c:12時部を装着する.図4取り出し方法a:ポケットを外し虹彩上に露出する.b:半分引き込むと角膜側に持ち上がる.c:リングが図5リングが絡まって開かない状態角膜内皮に接触しないようにフックで抑える.まず角膜方向に折れ曲がり(図4b),その後,眼内レンズ方向に折れ曲がるため,フックで押さえ込みながらすべてを引き込み,眼外へ取り出す(図4c).●X1使用の注意点前述のように,X1は強い力で素早く開くため,不用意に放出すると瞳孔縁の断裂やそれに伴う出血を合併する.ゆっくりと操作することが大切である.偽落屑症候群や緑内障眼などの瞳孔縁の柔軟性がない場合は,フックなどを用いて十分なストレッチをしてからの使用が好ましい.製品にムラがあり,リング放出時に絡まって開かない場合がある(図5).その際は,眼内ですぐにカニューラ内に引き込み,眼外でセッティングしなおしてから使用する必要がある.ただし,この状況をDiamatrix社に伝えたところ,2021年8月現在,構造,機構を少し変更し,トラブルは改善されたと報告を受けている.初めて使用する場合は,中等度散瞳で虹彩も柔らかいIFIS症例が適している.●X1その他の使用法Zinn小帯脆弱や部分断裂に対しては,虹彩と水晶体.を同時に挟み込むカプセルリトラクター様の使用が可能であるが,5.5~6.0mm程度のきれいな円形連続切.が作製できていることが重要である.また,ポケットは0.8mmしかないため水晶体.の赤道部まではリングで押さえ込むことは不可能で,保持効果は弱く,注意が必要である.