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白内障術後Descemet 膜剝離の治療に難渋した1 例

2024年5月31日 金曜日

《原著》あたらしい眼科41(5):592.596,2024c白内障術後Descemet膜.離の治療に難渋した1例横田智香小林隆幸国家公務員共済組合連合会吉島病院眼科CARefractoryCaseofDescemetMembraneDetachmentafterCataractSurgeryChikaYokotaandTakayukiKobayashiCDepartmentofOphthalmology,FederationofNationalPublicServiceandA.liatedPersonnelMutualAidAssociations,YoshijimaHospitalC目的:白内障術後にデスメ膜.離(Descemetmembranedetachment:DMD)を診断し,治療に難渋した症例を報告する.症例:74歳,男性.数カ月前から左眼視力低下が進行したため吉島病院眼科を受診した.左眼の視力は(0.15)であった.左眼の核白内障と黄斑前膜に伴う視力低下と診断し,左眼白内障手術,硝子体手術を行った.術中に角膜浮腫を生じ,手術翌日の診察で左眼CDMDを診断した.2度の前房内気体注入を行ったがCDMDは治癒しなかった.3度目の前房内空気注入は細隙灯顕微鏡でCDescemet膜の位置を確認しながら行ったところ,正確に前房内空気注入を行うことができ,Descemet膜の接着を得られた.注入した空気が吸収した後もCDMDの再発はなく左眼視力(0.7)まで改善した.結論:白内障術後CDMDに対して,細隙灯顕微鏡を用いて処置を行うことでCDescemet膜の接着が得られたC1例を経験した.CPurpose:ToreportachallengingcaseofDescemetmembranedetachment(DMD)followingcataractsurgery.Case:A74-year-oldmalepresentedtotheDepartmentofOphthalmologyatYoshijimaHospitalwithprogressivevisionlossinhislefteyeandabest-correctedvisualacuityof0.15.Hewasdiagnosedwithcataractandepiretinalmembraneinthateye,andsubsequentlyunderwentcataractsurgeryandvitrectomy.Intraoperativecornealede-maoccurred,andDMDwasobservedat1-daypostoperative.Despitetwoattemptsatintracameralairtamponade,DMDwasnotcured.Athirdintracameralairtamponadeguidedviatheuseofaslitlampwasperformed,result-inginaccurateinjectionandsuccessfulreattachment.Followingcompletegasabsorptioninthetreatedeye,therewasnorecurrenceofDMDandvisualacuityimprovedto0.7.Conclusion:WepresentacaseofDMDaftercata-ractsurgeryinwhichDescemetmembranereattachmentwassuccessfullyachievedthroughtreatmentguidedbyuseofaslitlamp.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)41(5):592.596,C2024〕Keywords:デスメ膜.離,白内障手術,前房内空気置換.Descemetmembranedetachment,cataractsurgery,intracameralairtamponade.Cはじめにデスメ膜.離(Descemetmembranesetachment:DMD)は内眼手術後,眼外傷後に生じうる疾患である.DMDを発症すると角膜内皮細胞のポンプ機能が失われ,角膜浮腫を生じ,視機能低下をきたす1).DMDの原因となる内眼手術としてもっとも多いのが白内障手術であるが2,3),白内障術中に作製した角膜切開創のCDescemet膜の裂け目に沿って房水が流れ込むことで発症すると考えられている2).白内障術後DMDはまれな合併症ではなく,注意深い観察を行うと多くの症例に生じていたという報告がある4).軽症のCDMDは自然軽快することが多いが,まれに重症CDMDを生じた場合には早急な治療を行うことが必要である.今回広範囲なCDMDを生じ,複数回の処置を行ったがCDescemetの膜の接着を得られず,最終的に細隙灯顕微鏡で観察しながら前房内空気注入を行ったことでCDMDを治すことができたC1例を経験したので報告する.〔別刷請求先〕横田智香:〒730-0822広島市中区吉島東C3-2-33吉島病院眼科Reprintrequests:ChikaYokota,M.D.,DepartmentofOphthalmology,FederationofNationalPublicServiceandA.liatedPersonnelMutualAidAssociations,YoshijimaHospital,3-2-33Yoshijima-higashi,Naka-ku,Hiroshima-shi,Hiroshima730-0822,JAPANC592(120)図1初診時眼所見a,c:右眼の前眼部写真と眼底三次元画像解析(opticalcoherencetomography:OCT)画像であり,軽度白内障と,黄斑部COCTでは一部網膜色素上皮の不整を認めるのみだった.Cb:左眼前眼部写真であり,Emery-Little分類2.3程度の核白内障がある.Cd:左眼COCT画像であり,網膜前膜と中心窩陥凹の消失がある.CI症例患者:74歳,男性.主訴:左眼視力低下.既往歴:高血圧症,心房細動.現病歴:数カ月前からの左眼視力低下がありC2022年C7月吉島病院眼科を初診した.左眼白内障,黄斑前膜を認め,2022年C10月左眼白内障手術と硝子体手術を行うこととなった.初診時所見:矯正視力は右眼(1.2),左眼(0.15),眼圧は右眼C13CmmHg,左眼C12CmmHgであった.左眼核白内障,左眼黄斑前膜(図1)を認めた.術前検査時のスペキュラーマイクロスコープCEM-4000(トーメーコーポレーション)による評価では角膜内皮数は右眼C2,808/mmC2,左眼角膜内皮細胞数C3,092/mmC2であり,滴状角膜などの角膜内皮異常はなかった.術中記録:2022年C10月左眼白内障と黄斑前膜に対して白内障手術と硝子体手術を行った.麻酔はC2%リドカイン塩酸塩水和物CTenon下麻酔,創はC12時にC2.75Cmmの強角膜C3面切開,10時とC2時にC1mmのサイドポートを作製した.前.切開のためにC26CGチストトームをC10時のサイドポートから挿入した際に,サイドポートの角膜切開創においてわずかなCDMDを生じCDescemet膜が翻転した.その後の前.切開,ハイドロダイセクション,超音波乳化吸引術後の際にはDMDの拡大を認めなかった.創口閉鎖のためにハイドレーションを行い,その後C27CGシステムを用いて硝子体手術を行った.黄斑前膜の除去を行っている最中に角膜浮腫を生じ,眼底の視認性が低下したが,角膜上皮掻把により透明性は改善したため,手術を続行し,予定どおりの術式を完了し,手術を終了した.術後経過:手術翌日,細隙灯顕微鏡での診察を行い,広範囲に及ぶCDMDと著明な角膜浮腫を認めた.DMDは広範囲に及び,自然軽快はむずかしいと考え,前房内ガス注入を行うこととした.仰臥位になり,顕微鏡下で処置を行った.耳下側にCDMDを生じていない部位があったため,そこへ新たにサイドポートを作製し,27G鈍針でC20%六フッ化硫黄(SFC6)の前房内注入を行った.20%CSFC6を前房内のC80%程度置換し,処置後は仰臥位とした(図2).処置翌日,角膜浮腫の改善はなく,前房内ガスはC50%残存しており,DMDの詳細な評価はできなかった.処置C3日後にガスがほぼ消失したところ,角膜全体にCDMDを再度認めた.初回処置時にCSF6の注入量が十分でなかったことを反省点とし,また前房内気体注入の角膜内皮毒性(5)を懸念し,2回目の処置時にはCSF6ではなく空気を用いて前房内完全置換を行った.初回処置時に作製したサイドポートに,27CG鋭針のベベルを圧着させて空気注入を行った.この方法をとることで前房内の完全空気置換を行うことができた.処置C3時間後に眼痛を生じ,左眼眼圧C60CmmHgに上昇した.瞳孔ブロックを生じた図2手術翌日の左眼前眼部写真a,b:中央から下方にかけてCDescemet膜.離(.)がある.c:耳下側のCDescemet膜.離を生じていない部分から処置を行った.図32回目処置後の左前眼部写真a:処置直後,前房内はC100%空気置換された.b:処置C3時間後に瞳孔ブロックを生じた(.).c:前房内空気部分除去後,Descemet膜.離を生じた(.).ため空気注入で使用したサイドポートにC27CG鋭針を挿入し前房内空気の部分除去を行ったところ,DMDを再度認めた(図3).その際,残存した空気がCDescemet膜上に存在していたため,空気注入部位が誤っていたことが判明した.3度目の処置時は角膜内皮後面に確実に空気を注入するために,細隙灯顕微鏡の観察下で処置を行った.まず洗眼を行い,開瞼器をかけた.その状態で眼周囲が不潔にならないように看護師に誘導してもらいながら座位で細隙灯顕微鏡に顔を乗せ,処置中に頭が動かないように頭部を看護師が固定しつづけた.27CG鈍針を前回処置時のサイドポートから挿入したが,鈍針ではCDescemet膜を穿破できなかった.30CG鋭針を今までの処置で使用したサイドポートとは別部位の耳下側角膜輪部から刺入した.針先がCDescemet膜を穿破したことを確認し,空気注入を行った.完全前房内空気置換を行うことができたが,2回目の処置時に注入したCDescemet膜前面の空気が残存したため,2回目の処置時に使用したサイドポートへC30G針を刺入し,創口を圧迫することで残存したDescemet膜前面の空気を除去した.3度目の前房内完全空気置換後も処置C3時間後に瞳孔ブロックを生じたため,耳下側角膜輪部の創にC30CG針を再度挿入し,前房内空気の部分除去を行った.空気はC50%程度に減少したが,DMDの再燃はなく,角膜の透明性は良好であった(図4).処置翌日には完全に空気が消失したが,その後もCDMDの再発はなかった.術後半年時点でCDMDの再発はなく,角膜透明性を維持している.術後半年CVD=(0.7)まで向上し,内皮細胞数はC2,518/mm2と保たれていた(図5).CII考察今回,白内障術後にCDMDと診断し,その治療に難渋した1例を報告した.白内障手術に併発するCDMDは主創口から生じることがもっとも多いと考えられており2),術中COCTで主創口を観察したCDaiらの報告では,133例中C125例(94%)でCDMDを生じていた6).既報では白内障術後CDMDは0.04.0.5%とまれな合併症であるという報告もあったが1,2),白内障術後全例で前眼部三次元画像解析(anteriorsegmentopticalCcoherencetomography:AS-OCT)を行った報告ではC36.7%,82.0%にCDMDを生じていた4,7).白内障手術では,周辺に存在しているCDMDや小さなCDMDは検眼鏡検査のみでは見落とされることが多いと考えられる.DMDを疑う所見ではCAS-OCTの撮像が詳細な病状把握には有効であると考える.本症例ではCAS-OCTがなかったため細隙灯顕微鏡の観察のみだったが,広範囲な丈の高いCDMDであった図43回目処置後の左眼前眼部写真a:前房内完全空気置換を行った.Cb:前房内空気部分除去後,前房内の空気はC50%程度となったが,Descemet膜.離は再発せず,角膜透明性を維持した.ため診断はむずかしくなかった.本症例では術中にCDMDの拡大を把握できておらず,また術後の動画検証においても,DMDがいつ拡大したのかは不明であった.推測にはなるが,サイドポートからの器具の出し入れの際にCDescemet膜の翻転を生じており,創口閉鎖のためのハイドレーションにより.離が広がった可能性を考えた.山口らは,白内障術後CDMD6症例中C3症例がハイドレーションをきっかけに拡大したと報告しており,術中にCDMDを生じている症例では角膜内方弁にかかる位置でハイドレーションを行うと灌流液が迷入しやすいため,DMDの拡大を回避するために切開創側面の角膜実質に針先を向ける方法が安全であると考えられている8).チストトームの出し入れの際に,針先が角膜内皮側に当たることでCDMDを生じるので,器具の出し入れの際には注意が必要であり,またCDMDを生じた場合はハイドレーションの方法にも配慮が必要である.DMDは自然軽快するものが存在するが,自然軽快を得られずCDMDが長期間持続するとCDescemet膜の線維化を生じる.自然軽快を得られにくいと予想される症例では早期に治療を検討すべきである.DMDの予後予測の分類として,Mackoolらは.離の大きさ(1Cmm未満か,1Cmm以上か)9),Mulhernらは.離の部位(周辺部のみか,中央も含むか)10)を提唱している.DMDの治療基準はまだ確立したものはないが,視軸にかかるような.離範囲の大きなCDMDでは早期治療介入を検討するべきだろう.DMDの治療方法としては前房内気体注入によるタンポナーデがもっとも一般的である.これは角膜内皮移植(Des-cemetCstrippingCautomatedCendothelialkeratoplasty:DSAEK)において角膜内皮グラフトをホスト角膜実質裏面に接着させる際に用いる手技と同様である.DSAEKでは眼圧がC30.60CmmHgに上昇する程度の完全前房気体置換を少なくともC15分間行うことが接着のために重要と考えられている10).前房内完全気体置換を行う時間は術者により異なる図5術後半年の左眼前眼部写真Descemet膜.離の再発はなく,角膜透明性を維持した.が,DSAEK310症例をまとめたCRoyらの報告では,瞳孔ブロックや空気による角膜内皮障害を懸念して処置後C1時間後に前房内気体を完全に除去したが,術後CDescemet膜.離を生じた割合はC1.3%と低かった11).また,本症例でも完全前房内空気置換後C3時間で前房内空気の部分除去を行ったが,Descemet膜の接着を得られた.完全前房内気体置換を行うと,数時間後に瞳孔ブロックを生じることが多い.角膜内皮移植(DescemetCmembraneCendothelialkeratoplasty:DMEK)では瞳孔ブロック予防のため前房内空気注入を行う前に周辺虹彩切除術を行うことがあるが,周辺虹彩切除術を行っていても瞳孔ブロックを生じた報告がある12).よって前房内完全空気置換を行った後は瞳孔ブロックの予防のために処置後早期に前房内空気の部分除去を行うか,眼圧上昇をきたした際にすぐに処置ができるように慎重な処置後のフォローを行う必要がある.処置方法は.離範囲が広範囲に及ぶ場合はCDescemet膜を観察しながらでないと適切な位置に注入を行うことがむずかしい.よって広範囲CDMDの場合は細隙灯顕微鏡またはCAS-OCTでCDescemet膜の後方に注入針が入ったことを確認したうえで注入を行うべきである.本症例のようにCDescemet膜.離が角膜全体に及んだ場合は鈍針でDescemet膜を穿破することがむずかしいため注入針は鋭針を用いるべきと考える.また,DMDでは部分的なCDes-cemet膜の亀裂から房水が流入しているので,DSAEKと比較しCDescemet膜前面のフルイド除去がむずかしいことが予想される.本症例においても誤って注入したCDescemet膜前面の空気をサイドポートから除去したが,丈の高い.離となっている場合はCDescemet膜前面のフルイドを除去することが接着率向上につながると考える.結論として,本症例は広範囲に及ぶCDMDであり視力低下が著明であったため早期処置を行った.処置用顕微鏡にAS-OCTやスリット照明が搭載されていなかったため,適切な部位に空気を注入することができず,複数回の処置が必要となったが,診察用の細隙灯顕微鏡を用いることで対応することができた.DMDを生じた際にCAS-OCTが搭載された顕微鏡がない場合でも本方法であれば多くの施設で施行可能であると考える.DMDは適切な処置を行えば,治癒率の高い疾患であるので,処置の必要があれば積極的に行うべきである.文献1)ChowCVW,CAgarwalCT,CVajpayeeCRBCetal:UpdateConCdiagnosisCandCmanagementCofCDescemet’sCmembraneCdetachment.CurrOpinOphthalmolC24:356-361,C20132)TiCSE,CCheeCSP,CTanCDTCetal:DescemetCmembraneCdetachmentCafterCphacoemulsi.cationsurgery:riskCfac-torsCandCsuccessCofCairCbubbleCtamponade.CCorneaC32:C454-459,C20133)MulhernCM,CBarryCP,CCondonP:ACcaseCofCDescemet’sCmembraneCdetachmentCafterCphacoemulsi.cationCsurgery.CBrJOphthalmolC80:185-186,C19964)XiaY,LiuX,LuoLetal:EarlychangesinclearcorneaincisionCafterphacoemulsi.cation:anCanteriorCsegmentCopticalCcoherenceCtomographyCstudy.CActaCOphthalmolC87:764-768,C20095)LandryH,AminianA,Ho.artLetal:CornealendothelialtoxicityCofCairCandCSF6.CInvestCOphthalmolCVisCSciC52:C2279-2286,C20116)DaiCY,CLiuCZ,CWangCWCetal:Real-timeCimagingCofCinci-sion-relatedDescemetmembranedetachmentduringcat-aractsurgery.JAMAOphthalmolC139:150-155,C20217)FukudaCS,CKawanaCK,CYasunoCYCetal:WoundCarchitec-tureCofCclearCcornealCincisionCwithCorCwithoutCstromalChydrationCobservedCwithC3-dimensionalCopticalCcoherenceCtomography.AmJOphthalmolC151:413-419,C20118)山口大輔,西村栄一,早田光孝ほか:治療を要した小切開水晶体乳化吸引術後のデスメ膜.離.臨眼C71:1723.1729,C20179)MackoolCRJ,CHoltzSJ:DescemetCmembraneCdetachment.CArchOphthalmolC95:459-463,C197710)GharraM,AchironA,NaftaliLetal:Wound-assistedairinjectionCinCDescemetCstrippingCautomatedCendothelialCkeratoplasty.AmJOphthalmolCaseRepC26:1-3,C202211)LehmanRE,CopelandLA,StockEMetal:Graftdetach-mentrateinDSEK/DSAEKaftersame-daycompleteairremoval.CorneaC34:1358-1361,C201512)LivnyE,BaharI,LevyIetal:“PI-lessDMEK”:ResultsofCDescemet’sCmembraneCendothelialCkeratoplasty(DMEK)withoutCaCperipheralCiridotomy.CEyeC33:653-658,C2019C***

白内障手術における患者因子および術中,術後合併症が 術後屈折誤差に与える影響

2024年5月31日 金曜日

《原著》あたらしい眼科41(5):569.573,2024c白内障手術における患者因子および術中,術後合併症が術後屈折誤差に与える影響野々村美保*1稗田牧*1岡田陽*1小室青*2山崎俊秀*3加藤雄人*4木下茂*5外園千恵*1*1京都府立医科大学眼科学教室*2四条烏丸小室クリニック*3バプテスト眼科クリック*4京都府立医科大学附属北部医療センター*5京都府立医科大学感覚器未来医療学CE.ectofPatient-RelatedFactorsandComplicationsonRefractiveErrorafterCataractSurgeryMihoNonomura1),OsamuHieda1),YoOkada1),AoiKomuro2),ToshihideYamasaki3),YutoKato4),ShigeruKinoshita5)andChieSotozono1)1)DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine,2)Shijo-KarasumaKomuroEyeClinic,3)BaptistEyeInstitute,4)NorthernMedicalCenterKyotoPrefecturalUniversityofMedicine,5)DepartmentofSensoryOrgansandFutureMedicineKyotoPrefecturalUniversityofMedicineC目的:白内障手術におけるさまざまな患者背景および術中術後合併症のうち術後屈折誤差に影響を与える要因を明らかにすること.対象および方法:京都府立医科大学附属病院とC3つの関連施設において,白内障単独手術のC820眼のデータを後ろ向きに収集した.対象は男性C354眼,女性C466眼,年齢はC74.5C±8.9歳(平均C±標準偏差)である.術後の屈折誤差(SRK-T式による予測屈折度と手術C1カ月後の自覚的屈折度との差の絶対値)を目的変数とし,性別,年齢,眼軸長,角膜屈折力,眼既往症・併存症,眼手術歴,術中・術後の合併症を説明変数として多変量解析を行った.緑内障は病型の判断がむずかしいため,今回の検討には含めていない.結果:術後の屈折誤差は長眼軸,急峻な角膜屈折力,変形を伴う角膜疾患,および術中の破.のC4要因が術後屈折誤差の増加に影響を与えた.結論:これらの要因に該当する患者は屈折誤差が生じやすく,SRK-T式以外の計算式も検討すべきである.CPurpose:ToCinvestigateCvariousCpatient-relatedCfactorsCandCintraoperative/postoperativeCcomplicationsCthatCin.uencerefractiveerror(RE)aftercataractsurgery.Methods:Inthisretrospectivestudy,themedicalrecordsof820eyes(354CmaleCeyes,C466Cfemaleeyes;meanCpatientage:74.5C±8.9years)thatCunderwentCcataractCsurgeryCatCKyotoCPrefecturalCUniversityCofCMedicineCHospitalCandCthreeCassociatedCfacilitiesCwereCreviewed.CPostoperativeRE(absoluteCdi.erenceCbetweenCrefractionCpredictedCbyCtheCSRK/TCformulaCandCRECatC1-monthpostoperative)Cservedasthedependentvariable.Multivariateanalysisincludedpatientbackground,ocularhistory/comorbidities,surgeryhistory,andintraoperative/postoperativecomplications.GlaucomatouseyeswereexcludedfromthestudydueCtoCaCdi.cultyCinCdeterminingCtheCspeci.cCtypeCofCglaucoma.CResults:PostoperativeCRECwasCsigni.cantlyCin.uencedCbyCtheCfollowingC4factors:1)axialClength,2)cornealCrefractiveCpower,3)cornealCdeformation,Cand4)CposteriorCcapsuleCrupture.CConclusion:OurC.ndingsCshowCthatCpatientsCwithCtheCabove-statedCfactorsCareCmoreClikelytoexperiencepostoperativeRE,yetalternativecalculationformulasbeyondtheSRK/Tformulashouldalsobeconsidered.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C41(5):569.573,C2024〕Keywords:術後屈折誤差,白内障手術,SRK/T式.post-operativerefractiveerror,cataractsurgery,SRK/Tformula.C〔別刷請求先〕稗田牧:〒602-8566京都府京都市上京区河原町通広小路上ル梶井町C465京都府立医科大学眼科学教室Reprintrequests:OsamuHieda,DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine,465Kajii-cho,Kawaramachi-Hirokoji,Kamigyo-ku,Kyoto602-8566,JAPANCはじめに現在の日本ではC65歳以上の人口がC28.4%となり1),高齢者の増加が指摘されている.これに伴い白内障患者も増加し,手術を希望する患者の背景も多様化している.白内障手術は患者が術前に希望する屈折度に近いほど術後満足度が高いため2),白内障術後の屈折誤差を小さくする必要がある.白内障術後屈折誤差の減少には適切なパワーの眼内レンズ(intraocularlens:IOL)を挿入する必要があり,IOLパワーの決定にはCIOL計算式を用いる.現在多くのCIOL計算式が存在し,SRK-T式はそのうちの一つである.既報ではSRK-T式を用いた場合,術後屈折誤差がC±0.5ジオプター(D)以内の割合は約C74%と報じられている3).一方で,術後屈折誤差には眼軸長4,5),角膜屈折力6)などの患者背景や眼既往症または併存症として円錐角膜7,8),屈折矯正手術後9,10),緑内障11),網膜前膜12),手術中の破.13)が影響するといわれている.近年,日常の臨床から収集される実際のデータを使用したリアルワールド研究が行われるようになり,海外では全症例を登録してデータを収集するレジストリーが活用されている.わが国では,多施設連続症例における白内障術前検査の測定値や術後屈折誤差を比較した研究はあるが14),多施設連続症例における患者背景や術中,術後合併症といった複数の要因が術後屈折誤差に与える影響についての研究は筆者らが知る限り報告されていない.今回,4施設のリアルワールドデータを用いて,術後屈折誤差に患者背景および術中,術後合併症が与える影響を検討した.CI対象および方法本研究は京都府立医科大学附属病院(大学),京都府立医科大学附属北部医療センター,バプテスト眼科クリニック,四条烏丸小室クリニックのC4施設において,白内障単独手術を行った連続症例を対象とした多施設後ろ向き研究である.この研究は京都府立医科大学倫理委員会の承認を得て実施された(番号:ERB-C-1235-2).術前に光学式眼軸長測定装置による眼軸長および角膜屈折力測定装置による角膜屈折力を測定し,かつ,手術C1カ月後時点で視力測定を行い,矯正視力がC0.5以上の症例を解析の対象とした.2018年C4月より開始し,男性C354眼,女性466眼であり,右眼はC424眼,左眼はC396眼の計C820眼であった.平均年齢C±標準偏差はC74.5C±8.87歳(20歳からC94歳)であった.また,患者背景として眼軸長および角膜屈折力,術後矯正視力と屈折値を表1にまとめた.本研究における対象患者の術前の眼既往症や併存症,眼手術歴,術中合併症の内訳は図1に示した.使用した光学式眼軸長測定装置と角膜屈折力測定装置について,大学ではCIOLマスターC700(カール・ツァイス社)とCTONOREFRKT-7700(ニデック社),京都府立医科大学附属北部医療センターではCIOLマスターC500(カール・ツァイス社)とCTONOREFIII(ニデック社),バプテスト眼科クリニックではCIOLマスターC700とCTONOREFIIおよびCIII(ニデック社),四条烏丸小室クリニックではOA-1000(トーメーコーポレーション社)とCTONOREFCRIIを使用した.手術で使用したCIOLはCSZ-1(ニデック社),XY1-SP(HOYA社),ZCB00V(エイエムオー・ジャパン社)を中心に多種類を使用し,A定数はメーカー推奨値(光学式測定機器用)とした.主要評価項目は術後屈折誤差である.術後屈折誤差はSRK-T式による予測屈折度と手術C1カ月後の自覚的屈折度との差の絶対値と定義した.調査項目は患者CID番号および術後屈折誤差に影響を与えうる要因として,患者背景,術前の眼既往症または併存症,眼手術歴,術中合併症,術後合併症とした.患者背景として性別,年齢,眼軸長,角膜屈折力(強主経線と弱主経線の平均)を調査した.術前の眼既往症または併存症として角膜疾患は変形,混濁,疾患なしのC3分類で調査した.網膜前膜はあり,なしのC2分類で調査した.既報では緑内障も術後屈折誤差に影響を与えると報告されているが,本調査は後ろ向き研究であり,カルテデータでは正確な緑内障病型判断が困難であったため,今回は調査項目には含めていない.術前の眼手術歴として角膜移植,屈折矯正手術,緑内障手術,硝子体手術の有無について調査した.術中および術後の合併症として破.,Zinn小帯断裂,核落下,眼内炎の有無を調査し,計C15項目となった.各疾患の有無については,カルテに「病名」の記載がある,またはカルテ上の所見や検査データから判断し,すべてのデータはC2名の調査医師で確認を行った.調査項目は,過去の研究や既報4.13)を参考に複数名で検討し決定した.研究に必要な症例数は戸ケ里の論文15)を参考に,1つの調査項目ごとにC10眼以上のデータを収集することにした.そのためC150眼以上が必要となり,施設ごとにC200眼,全体でC800眼を目標とした.データ収集は複数の眼科医で行い,バイアスの軽減をめざした.収集したデータをもとに,術後屈折誤差が絶対値C0.5D以内の割合を算出した.本研究では片眼手術の患者と両眼手術の患者がデータ内で混在するため,個人内の相関の影響に対して,患者CID番号を変量効果として解析に組み込むことで調整した.また,術後屈折誤差に影響を与える要因を把握するため,目的変数を術後屈折誤差の絶対値,説明変数を調査項目として変数減少法を用いて重回帰分析を施行した.最初にすべての説明変数を用いて重回帰分析を施行し,p値が最大となる項目をC1つ除外し,それ以外の全項目で再度重回帰分析を施行した.この操作を繰り返し,全説明変数のCp値がC0.05以下になるまで行った.表1患者背景n=820C手術前平均値±標準偏差範囲眼軸長(mm)C24.0±1.8420.5.C34.39角膜屈折力(D)C44.25±1.7034.25.C53.35手術C1カ月後矯正視力(logMAR)C.0.02±0.120C.0.176.C0.301球面度数(D)C.0.62±1.45C.8.00.+4.00円柱度数(D)C.0.86±0.65C.5.5.C0角膜疾患(眼)網膜前膜(眼)混濁(12)1.46%屈折矯正手術(5)手術歴(眼)0.61%術中,術後合併症(眼)破.(6)0.73%Zinn小帯断裂(1)0.12%硝子体手術(12)1.46%図1眼既往症・併存症,手術歴,術中術後合併症の内訳対象であるC820眼のうち,各疾患,手術歴,術中,術後合併症例数を円グラフまとめた.II結果全症例C820眼における術後屈折誤差の平均値はC0.53C±0.64D(0.6.23D)であり,このなかで絶対値C0.5D以内となったのはC537眼で全体のC65.5%であった.術後屈折誤差の絶対値に影響を与える要因を重回帰分析すると,眼軸長,角膜屈折力,変形を伴う角膜疾患,破.のC4項目が術後屈折誤差の増加に影響することが明らかになった(表2).偏回帰係数が眼軸長,角膜屈折力ともに正の数値であることから,眼軸長および角膜屈折力の数値が大きいほど,すなわち長眼軸長や急峻な角膜屈折力であるほど術後屈折誤差が増加した.偏回帰係数が正の値であったことから変形を伴う角膜疾患,破.は術後屈折誤差を増加させ,偏回帰係数が負の値であることから混濁を伴う角膜疾患がある場合は術後屈折誤差を減少させた.表2術後屈折誤差に影響する説明変数の回帰分析結果説明変数偏回帰係数p値眼軸長角膜屈折力変形を伴う角膜疾患混濁を伴う角膜疾患C破.ありC0.05C0.08C0.71.0.29CC0.31C<C0.0001<C0.0001<C0.00010.0270.002p<0.05とした.CIII考按本研究では,多施設連続症例に対して患者背景や術前の眼既往症および併存症,眼手術歴,術中,術後合併症といった複数の項目を用いて術後屈折誤差に影響を与える要因を調査した.その結果,長眼軸,急峻な角膜屈折力,変形伴う角膜疾患,破.が術後屈折誤差の増加に有意に影響を及ぼしていた.既報どおり眼軸長4,5)や角膜屈折力6)は術後屈折誤差に影響を与えた.変形を伴う角膜疾患について,代表疾患として円錐角膜8)や角膜屈折矯正術後眼10)があり,術後屈折誤差の増大が指摘されている.これらの疾患で術後屈折誤差が増加する原因として,角膜前後面比率の変化のため角膜屈折力の測定に系統誤差が生じている.一方,混濁を伴う角膜疾患について既報13)とは異なり,本研究では術後屈折誤差が減少するという結果になった.本研究では変形と混濁をともに認める症例については,変形のほうが術後屈折誤差に影響すると考え,変形に分類した.混濁により散乱が生じ,レンズ矯正が困難なため屈折誤差が減少した可能性がある.近年,長眼軸や急峻な角膜屈折力に対してCSRK-Tを含む多くの計算式で誤差が生じやすいことが指摘されており16)CBarrettCUniversalII式17,18)が開発され,IOLパワーの測定が正確にできるようになった.さらに変形を伴う角膜疾患は,前後面の角膜形状の測定やCKANECformula19)を用いた場合,SRK-Tと比較して術後屈折誤差が改善する可能性がある.今回,可能な限り除外項目を設けず,臨床に即したデータを用いて,白内障術後屈折誤差の増加に影響を与える患者背景および術中術後合併症を検討した.長眼軸,急峻な角膜屈折力,変形を伴う角膜疾患,破.のC4要因に該当する患者は術後屈折誤差が生じやすく,SRK-T式以外の計算式も参考に眼内レンズ度数を決定することが望ましい.また,術前に誤差が生じやすい患者に個別に説明することで患者への適切な情報提供がおこなえる.このような術後屈折誤差への配慮を行うことで,手術への患者満足度の向上が期待できると思われる.謝辞:本調査のデータ抽出に協力した専攻医(調査当時)の,足立瑛美,岡本真子,鍵谷悠,片岡佑人,喜多遼太,小林嶺央奈,小山達夫,柴田学,高橋実花,千森瑛子,堤亮太,三木岳,山下耀平,伊部友洋,大久保寛,岡田陽,北野ひかる,長野広実,中村藍,細田明良,渡邉聖奈,弓削皓斗(敬称略),に感謝申し上げます.利益相反野々村美保なし稗田牧なし岡田陽なし小室青なし山崎俊秀なし加藤雄人:なし木下茂【P】あり,【F】AurionBiotechnologies,千寿製薬株式会社,興和株式会社,参天製薬株式会社外園千恵:【P】あり,【F】参天製薬株式会社,サンコンタクトレンズ株式会社,CorneaGen,文献1)内閣府ホーム:令和C2年板高齢社会白書.厚生労働省.2018-7-20.Chttps://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/w-2020/html/Czenbun/s1_1_1.html.(参照C2021-5-28)2)菊池理香,須藤史子,島村恵美子ほか:眼軸長別にみた術後の患者希望屈折度と術前屈折値との関連.日本視能訓練士協会誌33:91-96,C20043)RBMelles,JTHolladay,WJChang:Accuracyofintraocu-larClensCcalculationCformulas.COphthalmologyC125:169-178,C20184)ZhuCX,CHeCW,CSunCXCetal:FixationCstabilityCandCrefrac-tiveCerrorCafterCcataractCsurgeryCinChighlyCmyopicCeyes.CAmJOphthalmolC169:89-94,C20165)GavinCEA,CHammondCJ:IntraocularClensCpowerCcalcula-tioninshorteyes.Eye(Lond)C22:935-938,C20086)EomCY,CKangCSY,CSongCJSCetal:UseCofCcornealCpower-speci.cconstantstoimprovetheaccuracyoftheSRK/Tformula.OphthalmologyC120:477-481,C20137)WatsonCMP,CAnandCS,CBhogalCMCetal:CataractCsurgeryCoutcomeCinCeyesCwithCkeratoconus.CBrCJCOphthalmolC29:C361-364,C20148)GhiasianCL,CAbolfathzadehCN,CMana.CNCetal:IntraocularClenspowercalculationinkeratoconus;Areviewoflitera-ture.JCurrOphthalmolC31:127-134,C20199)StakheevAA,BalashevichLJ:Cornealpowerdetermina-tionafterpreviouscornealrefractivesurgeryforintraocu-larlenscalculation.CorneaC3:214-220,C200310)CheanCCS,CYongCBKA,CComelyCSCetal:RefractiveCout-comesCfollowingCcataractCsurgeryCinCpatientsCwhoChaveChadmyopiclaservisioncorrection.BMJOpenOphthalmolC4:e000242,C201911)ManoharanCN,CPatnaikCJL,CBonnellCLNCetal:RefractiveCoutcomesCofCphacoemulsi.cationCcataractCsurgeryCinCglau-comapatients.JCataractRefractSurg44:348-354,C201812)KimCM,CKimCHE,CLeeCDHCetal:IntraocularClensCpowerCestimationCinCcombinedCphacoemulsi.cationCandCparsCplanaCvitrectomyCinCeyesCwithCepiretinalmembranes:aCcase-controlstudy.YonseiMedJC56:805-811,C201513)LundstromCM,CDickmanCM,CHenryCYCetal:RiskCfactorsCforCrefractiveCerrorCafterCcataractsurgery:AnalysisCofC282C811CcataractCextractionsCreportedCtoCtheCEuropeanCregistryCofCqualityCoutcomesCforCcataractCandCrefractiveCsurgery.JCataractRefractSurgC44:447-452,C201814)KamiyaK,HayashiK,TanabeMetal:NationwidemultiC-centreCcomparisonCofCpreoperativeCbiometryCandCpredict-abilityCofCcataractCsurgeryCinCJapan.CBrCJCOphthalmolC106:1227-1234,C202215)戸ヶ里泰典:サンプルサイズ緒論.順天堂大学医療看護学部医療看護研究23:1-8,C201916)ReitblatCO,CLevyCA,CKleinmannCGCetal:A.liationsCexpandCIntraocularClensCpowerCcalculationCforCeyesCwithChighandlowaveragekeratometryreadings:ComparisonbetweenCvariousCformulas.CJCCataractCRefractCSurgC9:C1149-1156,C201717)ZhouCD,CSunCZ,CDengG:AccuracyCofCtheCrefractiveCpre-dictionCdeterminedCbyCintraocularClensCpowerCcalculationCcornealCcurvature11:https://doi.org/10.1371/journal.CformulasCinChighCmyopia.CIndianCJCOphthalmolC67:484-pone.0241630,C2020C489,C201919)JackCXK,CBenjaminCC,CHarryCYCetal:AccuracyCofCintra-18)ZhangCC,CDaiCG,CPazoCEECetal:AccuracyCofCintraocularCocularlenspowerformulasmodi.edforpatientswithker-lensCcalculationCformulasCinCcataractCpatientsCwithCsteepCatoconus.OphthalmologyC127:1037-1042,C2020***

トラベクトームが有効であった遅発性水晶体起因性続発 緑内障の1 例

2023年5月31日 水曜日

《原著》あたらしい眼科40(5):697.700,2023cトラベクトームが有効であった遅発性水晶体起因性続発緑内障の1例小野萌古畑優貴子松原美緒杉山敦柏木賢治山梨大学医学部眼科学講座CACaseofLate-onsetLens-inducedSecondaryGlaucomaSuccessfullyTreatedbyAb-InternoTrabeculotomyMoeOno,YukikoFuruhata,MioMatsubara,AtsushiSugiyamaandKenjiKashiwagiCDepartmentofOphthalmology,FacultyofMedicine,UniversityofYamanashiC目的:白内障手術後C30年を経て発症した残存皮質起因性の続発緑内障のC1例を報告する.症例:66歳,男性.幼少時に右眼外傷性白内障となり,33歳時に白内障手術を施行,39歳時に眼内レンズ二次挿入を行った.問題なく経過していたが術後C30年を経たC2020年C7月,右眼の眼痛とかすみを自覚し,近医を受診した.右眼眼圧C35CmmHgと高値を認めたため,点眼加療が行われたが,眼圧下降が得られず,精査加療のため同月山梨大学医学部附属病院眼科(以下,当院)紹介となった.当院初診時,右眼眼圧C42CmmHg,角膜浮腫,前房内炎症細胞,残存水晶体皮質を認め,隅角は周辺虹彩前癒着などの異常所見は認めず開放していた.右眼水晶体起因性続発緑内障と診断し,トラベクトーム+眼内レンズ摘出+眼内レンズ強膜内固定+硝子体切除術を施行した.術翌日に一過性の眼圧上昇がみられたものの,その後眼圧下降が得られた.結論:外傷性白内障の手術からC30年を経過して,誘因なく発症した水晶体起因性続発緑内障に対し,トラベクトーム+眼内レンズ摘出+眼内レンズ強膜内固定+硝子体切除術を行い良好な術後経過を得た.水晶体起因性続発緑内障の眼圧上昇例において,開放隅角眼ではトラベクトームが有効な可能性がある.CPurpose:Toreportacaseoflate-onsetlens-inducedsecondaryglaucomasuccessfullytreatedbyab-internotrabeculotomy.Casereport:Thisstudyinvolveda66-year-oldmalepatientwhohadpreviouslyundergonesur-geryinhisrighteyewhenhewas33yearsoldforatrauma-relatedcataractthatdevelopedatchildhood,andsub-sequentCintraocularlens(IOL)implantationCinCthatCeyeCinC1992.CInCJulyC2020,CheCvisitedCaClocalCclinicCdueCtoCblurredCvisionCandCocularCpainCinCthatCeye,CandChighCintraocularpressure(IOP)andCresidualClensCparticlesCwereCobserved.CSinceClocalCsteroidCandCglaucomaCtreatmentCfailedCtoCcontrolCtheCelevatedCIOP,CheCwasCreferredCtoCourCdepartment.CUponCexamination,ChighCIOP,CcornealCedema,CintracameralCin.ammation,CandCresidualClensCcortexCwasCobserved.CForCtreatment,Cab-internoCtrabeculotomyCwithCIOLCextraction,CsecondaryCIOLCimplantation,CandC.xationCatCtheCintrascleralCspace,CandCvitrectomyCforClens-inducedCsecondaryCglaucomaCwasCperformedCinChisCrightCeye,CwhichCsuccessfullyCloweredCtheCIOP.CConclusion:Ab-internoCtrabeculotomyCmayCbeCe.ectiveCevenCforCcasesCofClate-onsetlens-inducedsecondaryglaucoma.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C40(5):697.700,C2023〕Keywords:水晶体起因性続発緑内障,遅発性,白内障手術,残存皮質,トラベクトーム.lens-inducedsecondaryglaucoma,late-onset,cataractsurgery,residuallensparticles,trabeculotomy.Cはじめに後の残存皮質はC0.1.1.5%程度に発症すると報告されている水晶体に起因した続発緑内障は,水晶体の膨化による隅角が2.4),多くの場合は自然吸収される.しかし,術後に角膜閉塞,膨化水晶体.や外傷による水晶体蛋白の房水中漏出に浮腫や長期化する眼内炎症などを発症するものは残存皮質の対する炎症反応などさまざまな原因で発症する1).白内障術除去が通常術後数カ月程度で行われる.既報では白内障の術〔別刷請求先〕小野萌:〒409-3898山梨県中央市下河東C1110山梨大学医学部眼科学講座Reprintrequests:MoeOno,M.D.,DepartmentofOphthalmology,FacultyofMedicine,UniversityofYamanashi,1110Shimokato,ChuoCity,YamanashiPref.409-3898,JAPANC後C30年以上経過して角膜浮腫や眼内炎症をきたした症例の報告があるが5),水晶体起因性続発緑内障は,手術後数日以内の発症が多数である1).今回白内障手術後C30年を経て発症した残存皮質起因性の続発緑内障のC1例を経験したので報告する.CI症例患者:66歳,男性.主訴:右眼の眼痛,かすみ.現病歴:右眼を幼少時に受傷し,外傷性白内障となった.1987年C12月(33歳時)に右眼水晶体乳化吸引術を施行,1992年C11月に眼内レンズ二次挿入術を施行した.以後近医を定期受診し,経過は良好であった.2020年C7月C15日に右眼の眼痛とかすみを自覚し,前医を受診した.右眼前房内炎症細胞および高眼圧(35CmmHg)を認め,抗炎症薬および抗緑内障薬点眼開始となった.同年C7月C25日前医再診時,右眼眼圧がさらに上昇(37CmmHg)し,瞳孔領に水晶体上皮細胞の塊と思われる白色物質を認めた.図1前眼部写真残存水晶体皮質を認めた.右眼水晶体起因性続発緑内障が疑われ,2020年C7月C27日に山梨大学医学部附属病院(以下,当院)へ紹介となった.当院初診時の所見としては,VD=0.2(1.0CpC×IOL×sphC.2.25D(cyl.1.75DCAx165°),VS=1.0(1.5C×IOL×sphC.0.75D),眼圧は右眼C42mmHg,左眼C16CmmHgであった.右眼は角膜浮腫と前房内炎症細胞,残存水晶体皮質を認め(図1),広角眼底写真で鼻側上方に残存皮質を確認できた(図2).隅角は両眼開放隅角で,隅角新生血管や周辺虹彩前癒着,隅角後退を認めなかった(図3).右眼は視神経乳頭陥図2広角眼底写真鼻側上方に残存皮質を確認できた.図3隅角写真開放隅角で,隅角新生血管や周辺虹彩前癒着,隅角後退を認めなかった.図4右眼Humphrey視野検査下鼻側の視野障害を認めた.凹拡大を認め,視野では乳頭所見に一致する右眼下鼻側の視野障害を認めた(図4).血液検査や手術時に採取した房水を用いて行ったぶどう膜炎マルチスクリーニング検査では特記すべき異常所見は認めなかった.経過:右眼水晶体起因性続発緑内障と診断,残存水晶体皮質の膨化進行,眼圧コントロールの悪化を認めたため,2020年C8月C6日右眼トラベクトーム+眼内レンズ摘出+眼内レンズ強膜内固定+硝子体切除術(25ゲージ)を施行した.残存した.の赤道部から前部硝子体に膨張した水晶体・硝子体が絡んでおり,眼内レンズと.を残したまま残存水晶体のみを完全に処理するのは困難と判断,眼内レンズ摘出・強膜内固定も行った.術中所見としては,残存水晶体皮質は白色に膨化しており,水晶体.ごと除去した.前房出血は少量であった.術後経過:術翌日に右眼眼圧C36CmmHgと一過性の上昇を認めたが,タフルプロストとブリンゾラミド・チモロール配合薬の再開により術後C2日目には右眼眼圧C15CmmHgと速やかに下降が得られ,術後炎症も比較的軽度であった.術後C8日目に右眼眼圧C15CmmHg,VD=0.9Cp(1.2C×IOL×sph+0.50D(cyl.1.75DAx75°)で,退院とした.外来でも眼圧上昇なく経過,前医へ紹介とした.II考按水晶体起因性続発緑内障のメカニズムとして,水晶体小片による物理的線維柱帯閉塞や免疫反応・炎症によるアナフィラキシー機序などがあると考えられる1).水晶体小片による物理的線維柱帯閉塞は水晶体.外摘出術,超音波水晶体乳化吸引術,YAGレーザー後.切開術,穿孔性水晶体外傷後などで発生した水晶体小片が線維柱帯間隙を閉塞することで生じる1).免疫反応・炎症によるアナフィラキシー機序では,水晶体物質を異物と認識し,免疫機序によって炎症を生じ眼圧上昇が発症する.既報における水晶体起因性続発緑内障は,手術後数日以内の発症が多数である1).治療は残存水晶体皮質除去などの外科的加療例が中心であることが多く,本症例のような遅発性水晶体起因性続発緑内障の報告は少ない.Barnhorstらは術後C65年を経て発症した水晶体小片緑内障を報告している6).また,多田らは術後C10年以上経過して発症したC4例を報告している7).そのうちC2例は抗炎症および抗緑内障薬点眼・内服加療で軽快,1例はプラトー虹彩形状を認めレーザー隅角形成術で加療,1例は水晶体遺残物を水晶体.とともに除去し,脱臼眼内レンズ摘出/縫着,トラベクレクトミーで加療を行っており,トラベクトームのような流出路手術による改善例の報告はなかった.Konoらはトラベクトームの術後成績には緑内障の病型は有意には影響しないと報告しているが8),流出路手術は.性緑内障やステロイド緑内障において原発開放隅角緑内障に対してよりも大きな眼圧下降効果が得られるという報告もみられ9,10),まだ結論は出ていない.流出路手術は一般的にステロイド緑内障を除き,続発緑内障には有効性が低いとされているが,これはCSchlemm管内腔の閉鎖が成立していることが影響していると考えられる.今回の症例の眼圧上昇機序は,線維柱帯路に近年になって膨化した水晶体線維や反応性物質が沈着し,流出路抵抗が上がったためと考えられる.眼圧上昇が急速に発症したが,発症から外科的治療までが比較的短期間であり,Schlemm管内の器質的閉塞が完成しなかったため,トラベクトームが有効であった可能性が考えられた.このため,水晶体起因性の続発開放隅角緑内障でも,発症から比較的短期間で,Schlemm管腔の閉鎖が発症する前には流出路手術が有効な場合があると考えられた.既報11)では残存水晶体皮質の除去のみで眼圧が正常化した報告があるが,本症例では術後も眼圧コントロールのためにタフルプロストとブリンゾラミド・チモロール配合薬の継続的処方が必要であったため,なんらかの緑内障手術は必要であった可能性が高い.CIII結論外傷性白内障の手術からC30年を経過して,誘因なく発症した遅発性水晶体起因性続発緑内障に対し,トラベクトーム手術と眼内レンズ摘出+眼内レンズ強膜内固定+硝子体切除術を行い,良好な術後経過を得た.水晶体起因性続発緑内障の眼圧上昇例において,開放隅角眼ではトラベクトームが有効な可能性がある.文献1)RichterCU:Lens-inducedopen-angleglaucoma.In:Theglaucomas(edbyRitchR,ShieldsMB,KrupinT)C,Vol2,2ndCed,p1023-1031,Mosby,StLouis,19962)PandeM,DabbsTR:IncidenceoflensmatterdislocationduringCphacoemulsi.cation.CJCCataractCRefractCSurgC22:C737-742,C19963)KageyamaCT,CAyakiCM,COgasawaraCMCetal:ResultsCofCvitrectomyCperformedCatCtheCtimeCofCphacoemulsi.cationCcomplicatedCbyCintravitrealClensCfragments.CBrCJCOphthal-molC85:1038-1040,C20014)AasuriMK,KompellaVB,MajjiAB:RiskfactorsforandmanagementCofCdroppedCnucleusCduringCphacoemulsi-.cation.JCataractRefractSurgC27:1428-1432,C20015)TienT,CrespoMA,MilmanTetal:Retainedlensfrag-mentpresenting32yearsaftercataractextraction.AmJOphthalmolCaseRepC26:2022-06-016)BarnhorstCD,CMeyersCSM,CMyersT:Lens-inducedCglau-comaC65CyearsCafterCcongenitalCcataractCsurgery.CAmJOphthalmolC118:807-808,C19947)多田香織,上野盛夫,森和彦ほか:白内障術後に生じた遅発型水晶体起因性続発緑内障のC4例.あたらしい眼科C30:569-572,C20138)KonoY,KasaharaM,HirasawaKetal:Long-termclini-calCresultsCofCtrabectomeCsurgeryCinCpatientsCwithCopen-angleglaucoma.GraefesArchClinExpOphthalmolC258:C2467-2476,C20209)TaniharaH,NegiA,AkimotoMetal:Surgicale.ectsoftrabeculotomyCabCexternoConCadultCeyesCwithCprimaryCopenCangleCglaucomaCandCpseudoexfoliationCsyndromeCArchOphthalmolC111:1653-1661,C199310)IwaoK,InataniM,TaniharaH:Successratesoftrabecu-lotomyCforCsteroid-inducedglaucoma:aCcomparative,Cmulticenter,retrospectivecohortstudy.AmJOphthalmolC151:1047-1056,C201111)KeeC,LeeS:Lensparticleglaucomaoccurring15yearsaftercataractsurgery.KoreanJOphthalmolC15:137-139,C2001C***

緑内障眼に対する白内障手術併用Ab Interno Trabeculotomy の手術成績

2022年10月31日 月曜日

《原著》あたらしい眼科39(10):1417.1420,2022c緑内障眼に対する白内障手術併用AbInternoTrabeculotomyの手術成績石部智也*1八坂裕太*1,2久保田敏昭*1*1大分大学医学部眼科学教室*2九州大学大学院医学研究院眼科学教室SurgicalOutcomesofAb-InternoTrabeculotomyCombinedwithCataractSurgeryforGlaucomaTomoyaIshibe1),YutaYasaka1,2)andToshiakiKubota1)1)DepartmentofOphthalmology,OitaUniversityFacultyofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,KyushuUniversityGraduateSchoolofMedicine白内障手術併用abinternotrabeculotomyの術後短期成績について報告する.対象は2018.2021年に大分大学医学部附属病院眼科にて白内障手術と併施してマイクロフックを用いて線維柱帯切開術を施行した26例37眼.年齢は47.89歳(平均73.7歳),術前眼圧は8.25mmHg(平均14.1mmHg),術後観察期間は6.21カ月(平均7.7カ月)であった.病型は原発開放隅角緑内障14例18眼,落屑緑内障10例16眼,続発開放隅角緑内障2例3眼であった.術後3カ月で13.5±3.7mmHg,術後12カ月の眼圧は13.3±3.4mmHgと術前と比較して有意な変化はみられなかったが,薬剤スコアが術前2.6±1.3点から術後3カ月で0.4±0.7点,術後12カ月で0.9±1.4点とぞれぞれ有意に減少した.眼圧のコントロール不良により追加手術が必要となった症例は存在せず,また術後感染症や低眼圧をきたした症例もみられなかった.術後黄斑浮腫が1例にみられたが,その他白内障手術に関連した合併症はみられなかった.白内障手術併用abinternotrabeculotomyは良好な眼圧コントロールを得ながら薬剤スコアを減少させる.緑内障眼に対して,白内障併用abinternotrabeculotomyは良好な眼圧コントロールを得ながら薬剤スコアを減少させるのに有用であった.Purpose:Toreporttheshort-termsurgicaloutcomesofab-internotrabeculotomy(TLO)combinedwithcat-aractsurgeryforglaucoma.PatientsandMethods:Thisstudyinvolved37eyesof26glaucomapatients[meanage:73.7years(range:47.89years)]whounderwentmicrohookab-internoTLOcombinedwithcataractsur-geryattheDepartmentofOphthalmology,OitaUniversityHospital,Oita,JapanfromDecember2018toJune2021.Themeanfollow-upperiodwas7.7months(range:6.21months).Results:Meanintraocularpressure(IOP)priortosurgerywas14.7mmHg(range:8.25mmHg),whilethatat3-and12-monthspostoperativewas13.5±3.7mmHgand13.3±3.7mmHg,respectively.Themedicationscoredecreasedfrom2.6±1.3priortosurgeryto0.4±0.7and0.9±1.4,respectively,at3-and12-monthspostoperatively(p<0.01).Nopatientrequiredanadditionaloperation,andnohypotonyorpostoperativeinfectionwasobserved.Therewerenocomplicationsassociatedwithcataractsurgery,except1caseinwhichpostoperativemaculaedemaoccurred.Conclusion:Inglaucomapatients,ab-internoTLOtrabeculotomycombinedwithcataractsurgerycanreducethemedicationscorewithgoodIOPcontrol.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)39(10):1417.1420,2022〕Keywords:線維柱帯切開術,白内障手術,手術成績.trabeculotomy,cataractsurgery,surgicaloutcomes.はじめにり,おもに眼球外からアプローチする眼外法(abexterno)緑内障眼に対する線維柱帯切開術(trabeculotomy)は線維と眼内からアプローチする眼内法(abinterno)が存在する.柱帯を切開することで生理的房水流出を再建する術式であ近年低侵襲緑内障手術(minimallyinvasiveglaucomasur-〔別刷請求先〕久保田敏昭:〒879-5593大分県由布市挟間町医大ケ丘1-1大分大学医学部眼科学教室Reprintrequests:ToshiakiKubota,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,OitaUniversityFacultyofMedicine,1-1Idaigaoka,Hasama-machi,Yufu,Oita879-5593,JAPANgery:MIGS)とよばれる低侵襲な緑内障手術が開発され,角膜の小切開創から施行でき,重篤な術後合併症が非常に少ない手術法として注目を浴びている.2016年に谷戸らが報告したマイクロフックを用いた線維柱帯切開術は簡便な手術器具によって短時間のうちに行える新たなabinternotra-beculotomyであり,眼圧下降効果も従来のabexternotra-beculotomyと遜色ないことが報告されている1.3).今回筆者らは,大分大学医学部付属病院眼科(以下,当院)で施行した白内障手術併用のマイクロフックを用いたabinternotra-beculotomy(以下μLOT)の短期手術成績について報告する.I対象および方法対象は2018年12月.2021年6月に当院で白内障手術と表1患者背景症例数37眼/26例年齢,歳平均±標準誤差(レンジ)73.7±10.5(47.89)歳性別男性女性16眼/13例21眼/13例病型原発開放隅角緑内障落屑緑内障続発緑内障18眼16眼3眼logMAR視力平均±標準誤差(レンジ)0.34±0.35(0.1.7)眼圧平均±標準誤差(レンジ)14.1±4.3(8.32)mmHg屈折値平均±標準誤差(レンジ).3.6±6.92(.25.2)D内皮細胞数平均±標準誤差(レンジ)2,496±281(1,934.3,114)個/mm2MD値平均±標準誤差(レンジ).10.6±8.71(.30.3.0.01)dB併用して谷戸氏abinternoトラベクロトミーマイクロフック(以下,谷戸氏フック)(M-2215S,イナミ)を用いてtra-beculotomyを施行した26例37眼である.性別は男性13人16眼,女性13人21眼であった.平均年齢は73.7±10.5歳(47.89歳),平均観察期間は7.7±4.2カ月(6.21カ月)であった.病型は原発開放隅角緑内障14例17眼,落屑緑内障10例16眼,続発開放隅角(ステロイド)緑内障2例3眼であった(表1).全例白内障手術との併用手術であり,耳側からのアプローチで白内障手術を施行し,眼内レンズを挿入後に角膜サイドポートから直の谷戸氏フックを挿入し,隅角プリスムでの観察下に鼻側の線維柱帯を約120°切開した.術前後の眼圧値,薬剤スコア,視力,屈折誤差,角膜内皮細胞数について比較検討,術後合併症についても検討した.薬剤スコアは緑内障点眼薬を1点,配合剤点眼薬を2点,アセタゾラミド内服を2点とした.緑内障点眼薬は術後に原則的にすべて中止とし,術後の眼圧に応じて適宜点眼,内服薬を再開した.眼圧値と薬剤スコアはDunnett法を用いて統計学的検討を行い,有意水準5%未満を有意差ありとした.II結果術前と術後の眼圧値,薬剤スコア,視力について示す(図1~3).術前の眼圧値は14.7±5.2mmHg(8.32mmHg),術後の眼圧値は術後1週間で17.5±9.0mmHg(7.4328n=37logMAR視力眼圧(mmHg)24201612840術前124132652(週)図1術前後の眼圧経過術前と比較してすべての時点で有意差を認めなかった.3.50.83.00.62.5薬剤スコア(点)0.42.01.51.00.20術前124132652(週)-0.2術前42652(週)図2術前後の点眼スコア経過図3術前後の視力経過術前と比較して各時点で有意な減少を認めた(p<0.01).術後早期より有意な改善を認めた(p<0.01).mmHg),術後2週間で15.0±4.8mmHg(7.29mmHg),術後1カ月で12.6±3.0mmHg(7.19mmHg),術後3カ月で13.5±3.7mmHg(7.22mmHg),術後6カ月で12.6±3.6mmHg(7.20mmHg),術後12カ月で13.3±3.4mmHg(9.21mmHg)であった.術前と比較してすべての時点で有意差を認めなかった.薬剤スコアは術前が2.6±1.3点(0.5点),術後1週間で0.5±0.9点(0.3点),術後2週間で0.5±0.9点(0.3点),術後1カ月で0.4±0.7点(0.2点),術後3カ月で0.4±0.7点(0.3点),術後6カ月で0.5±0.8点(0.4点),術後12カ月で0.9±1.4点(0.4点)であった.薬剤スコアは術前と比較して各時点で有意に減少した(p<0.01).視力は平均logMAR視力にて術前0.35±0.35(0.+1.70),術後1カ月で0.04±0.14(.0.08.+0.40),術後6カ月で0.01±0.11(.0.20.+0.10),術後12カ月で.0.02±0.09(.0.20.+0.10)と術前と比較して有意に改善した(p<0.01).(1,934角膜内皮細胞数は術前2,496±281個/mm2.3,114個/mm2),術後1.3カ月で2,499±269個/mm2(1,669.3,073個/mm2).術後1.3カ月での角膜内皮細胞数は0.4±9.0%で術前とほぼ変化はなかった.術後3カ月における平均屈折誤差は.0.09±0.54D(.1.25.+0.75D)で,73%(27眼)が目標屈折の±0.5D以内,97%(36眼)が±1.0D以内の誤差であった.術後合併症を表2に示す.線維柱帯を切開した際に認める逆流性出血は92%(34眼)にみられた.術後1日目にニーボーを形成する前房出血は27%(10眼)にみられたが,いずれも1週間以内に吸収された.一過性眼圧上昇(術後1週間以内で一過性に眼圧30mmHg以上)は16%(6眼)にみられた.遷延性の眼圧上昇(術後3カ月以降で眼圧21mmHg以上)は8.1%(3眼)にみられ,緑内障点眼再開により眼圧下降している.眼圧のコントロール不良により線維柱帯切除術などの追加手術が必要となった症例は存在しなかった.また,術後感染症や5mmHg以下の術後低眼圧をきたした症例はみられなかった.角膜上皮障害が5.4%(2眼)にみられたが,いずれも点眼加療にて3日以内に軽快した.また,黄斑浮腫が2.7%(1眼)にみられたが,点眼加療により増悪なく経過している.III考按従来,緑内障に対する観血的治療は線維柱帯切除術および眼外から行う線維柱帯切開術が主であったが,2011年にわが国で認可されたTrabectomeを皮切りにiStent,KahookDualBladeなど,低侵襲の緑内障手術を可能とするさまざまなデバイスが登場してきた.欧米では成人の開放隅角緑内障に対する標準術式は線維柱帯切除術とされているが,このようなデバイスを用いた線維柱帯切開術も行われるようになっている1).利点として,結膜を温存することができるため,表2術後合併症逆流性出血34眼(92%)術後1日目にニボー形成する前房出血10眼(27%)一過性眼圧上昇(術後1週間以内で一過性に眼圧30mmHg以上)6眼(16%)遷延性の眼圧上昇(術後3カ月以降で眼圧21mmHg以上)3眼(8.1%)角膜上皮障害2眼(5.4%)黄斑浮腫1眼(2.7%)術後に眼圧のコントロールが困難となった場合でも追加で線維柱帯切除術やインプラント手術を行うことができる.谷戸氏フックはそれらのデバイスと同様に角膜小切開創から施行でき,手術時間も短時間で行うことができる.また,比較的安価な手術器具によって手術を行うことができることは他のデバイスと比較して秀でている点である2,3).谷戸氏フックの登場からまだ年月が浅いことや海外では一般的でないこともあるが,μLOTの手術成績に関する報告はあまり多くない.既報では2017年に谷戸らがμLOT単独手術で術前眼圧25.9±14.3mmHgおよび薬剤スコア3.3±1.0が,188.6±68.8日の平均観察期間で14.7±3.6mmHgおよび2.8±0.8に,白内障手術併用のμLOTで術前眼圧16.4±2.9mmHgおよび薬剤スコア2.4±1.2が,術後9.5カ月で11.8±4.5mmHgおよび2.1±1.0に低下したと報告している1).当院における手術では術後にすべての緑内障点眼薬を中止し,その後の経過観察中に必要に応じて点眼薬を再開しており一概に比較ができないが,術前の眼圧をほぼ維持しながら薬剤スコアを顕著に減少させており非常に良好な手術成績を得られていると思われる.術後になんらかの合併症を認めた頻度は30%(37眼中11眼)と既報3.6)より低めであった.低眼圧,感染症などの重篤な合併症は過去の報告も当院でも存在しなかった.筆者らは白内障手術を併用したμLOTを行い良好な眼圧コントロールを得ながら薬剤スコアを減少させることができた.緑内障眼に対して白内障手術を行う際,点眼加療でコントロールできている症例に対しμLOTは点眼を減らすために有用と思われる.今回の報告は観察期間が短期間かつ症例が少数であり,今後はさらなる長期的かつ多数例での観察が必要である.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)TanitoM,SanoI,IkedaYetal:Short-termresultsofmicrohookabinternotrabeculotomy,anovelminimallyinvasiveglaucomasurgeryinJapaneseeyes:initialcaseseries.ActaOphthalmol95:e354-e360,20172)TanitoM,SanoI,IkedaYetal:Microhookabinternotrabeculotomy,anovelminimallyinvasiveglaucomasur-gery,ineyeswithopen-angleglaucomawithscleralthin-ning.ActaOphthalmol94:e371-e372,20163)TanitoM,IkedaY,FujiharaEetal:E.ectivenessandsafetyofcombinedcataractsurgeryandmicrohookabinternotrabeculotomyinJapaneseeyeswithglaucoma:reportofaninitialcaseseries.JpnJOphthalmol61:457-464,20174)EsfandiariH,ShahP,TorkianPetal:Five-yearclinicaloutcomesofcombinedphacoemulsi.cationandtrabectomesurgeryatasingleglaucomacenter.GraefesArchClinExpOphthalmol257:357-362,20195)MoriS,MuraiY,UedaKetal:Acomparisonofthe1-yearsurgicaloutcomesofabexternotrabeculotomyandmicrohookabinternotrabeculotomyusingpropensityscoreanalysis.BMJOpenOphthalmol5:e000446,20206)石田暁,庄司信行,森田哲也ほか:TrabectomeRを用いた線維柱帯切開術の短期成績.あたらしい眼科30:265-268,2013***

良好な視力経過をたどったStaphylococcus lugdunensis による白内障術後眼内炎の1 例

2022年5月31日 火曜日

《第57回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科39(5):644.648,2022c良好な視力経過をたどったCStaphylococcuslugdunensisによる白内障術後眼内炎のC1例佐藤慧一竹内正樹石戸みづほ岩山直樹岡﨑信也山田教弘水木信久横浜市立大学大学院医学研究科眼科学教室CARareCaseofEndoophthalmitisCausedbyStaphylococcuslugdunensisCafterCataractSurgeryCKeiichiSato,MasakiTakeuchi,MiduhoIshido,NaokiIwayama,ShinyaOkazaki,NorihiroYamadaandNobuhisaMizukiCDepartmentofOphthalmologyandVisualScience,YokohamaCityUniversitySchoolofMedicineC目的:硝子体検体からCStaphylococcusClugdunensis(S.lugdunensis)が培養された良好な視力経過をたどった白内障術後眼内炎のC1例を報告する.症例:64歳,女性.左眼白内障手術施行後C8日目に霧視を自覚し前医を受診し,当院紹介となった.左眼矯正視力はC20Ccm手動弁まで低下しており,前房蓄膿と硝子体混濁を認め,左眼白内障術後眼内炎と診断した.霧視出現の翌日に眼内レンズ抜去と硝子体切除術を施行し,術後に硝子体検体からCS.lugudunensisが培養された.培養されたCS.lugudunensisはセフタジジムとバンコマイシンに感受性を示し,レボフロキサシンに中間耐性を示した.術後経過は良好であり,左眼矯正視力は(1.2)まで改善した.結語:眼内炎の起因菌として,S.lugu-dunensisも考慮する必要がある.早期の硝子体手術と抗菌薬の硝子体注射により眼内炎の予後は良好となりうる.CPurpose:ToreportararecaseofendophthalmitispostcataractsurgerycausedbyStaphylococcuslugdunen-sis(S.lugdunensis)inCwhichCaCgoodCvisualCoutcomeCwasCobtained.CCaseCreport:AC64-year-oldCfemaleCpresentedCwithCblurredCvisionCinCherCleftCeyeC8CdaysCafterCundergoingCphacoemulsi.cationCandCaspirationCcataractCsurgeryCwithCintraocularlens(IOL)implantation.CUponCexamination,Cvisualacuity(VA)inCthatCeyeCwasChandCmotionCatC20Ccm,andhypopyonandvitreousopacitywereobserved.Shewassubsequentlydiagnosedaspostoperativeendo-phthalmitis,andparsplanavitrectomy(PPV)andIOLexplantationwereimmediatelyperformedthefollowingday.ACcultureCtestCofCanCobtainedCvitreousChumorCspecimenCshowedCpositiveCforCS.lugdunensis,CwithCsusceptibilityCtoCceftazidimeandvancomycin,yetnotlevo.oxacin.Posttreatment,thebest-correctedVAinherlefteyeimprovedtoC20/16.CConclusion:Inthisrarecase,agoodvisualoutcomewasobtainedviaearlyPPVcombinedwithintravit-realantibioticadministration,andcliniciansshouldbestrictlyawarethatendophthalmitiscausedbyS.lugdunensisCcanoccurpostcataractsurgery.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)39(5):644.648,C2022〕Keywords:Staphylococcuslugdunensis,白内障手術,術後眼内炎,硝子体手術.Staphylococcuslugdunensis,cat-aractsurgrery,endopthalmitis,postoperativeendophthalmitis,parsplanavitrectomy.Cはじめに術後眼内炎は白内障手術の重大な合併症である.起炎菌としては,コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(coagulase-negativestaphylococci:CNS)が半数を占め,とくにCStaphylococcusepidermidisが多い.StaphylococcusClugdunensis(S.lug-dunensis)はCCNSに含まれる皮膚常在菌の一つであり,軟部組織感染や菌血症,心内膜炎などの原因菌として近年報告されているが1.3),眼内炎の起因菌としての報告はまだ少ない.抗血管内皮増殖因子薬硝子体内注射後の眼内炎は犬塚らの報告がわが国でもされているが4),白内障術後眼内炎の起因菌となった症例はわが国ではまだ報告がない.今回,StaphylococcusClugdunensisによる白内障術後眼内〔別刷請求先〕佐藤慧一:〒236-0004神奈川県横浜市金沢区福浦C3-9横浜市立大学大学院医学研究科眼科学教室Reprintrequests:KeiichiSato,DepartmentofOphthalmologyandVisualScience,YokohamaCityUniversitySchoolofMedicine,3-9Fukuura,Kanazawa-ku,Yokohama,Kanagawa236-0004,JAPANC644(94)図1初診時所見a:前眼部写真.前房蓄膿と前房内フィブリン析出を認める.Cb:超音波断層検査像.硝子体混濁を認める.明らかな網膜.離は認めない.炎を生じ,良好な経過をたどったC1例を経験したので報告する.CI症例患者:64歳,女性.主訴:左眼視力低下.既往歴:左眼白内障,右眼眼内レンズ(intraocularlens:IOL)挿入眼.その他特記事項なし.糖尿病罹患歴なし.現病歴:左眼白内障の進行により近医にて左超音波乳化吸引術とCIOL挿入術を施行された.術後点眼として,モキシフロキサシンC4回,ベタメタゾンC4回,ブロムフェナクC2回の点眼が行われていた.手術C8日後,外来診察にてCVS=(1.0)であり,診察上感染兆候はみられなかったが,同日帰宅後に左眼霧視を自覚した.手術C9日後,起床時から左眼視力低下を自覚し,近医受診し,同日横浜市立大学附属病院(以下,当院)紹介受診となった.当院受診時所見:視力は左眼C20Ccm手動弁であり矯正不能であった.眼圧は左眼C11CmmHg,右眼C17CmmHgであった.左眼前眼部には前房蓄膿に加え,多数の炎症細胞とフィブリン析出,虹彩癒着を認めた.左眼CIOLは.内固定されており,左眼底は透見不可能であった.右眼は特記すべき異常はみられなかった.Bモード断層超音波検査では左眼の硝子体混濁を認め,明らかな網膜.離はみられなかった(図1).以上の病歴と所見より白内障術後感染性眼内炎と診断した.同日硝子体手術およびCIOL摘出術を施行し,術中の灌流液にバンコマイシン(VCM)10Cmg/500Cmlおよびセフタジジム(CAZ)20Cmg/500Cmlを混注した.術中所見では濃厚な硝子体混濁と,網膜の全象限に網膜出血と浸潤病巣が観図2術中眼底写真硝子体混濁に加え,網膜に出血と浸潤病巣が観察される.察された.網膜.離はみられなかった(図2).経過:術直後からセフトリアキソン(CTRX)1Cg/日の点滴を開始した.また,当院では硝子体手術後術後に追加治療としての硝子体内注射を行っており,術後C2日目とC5日目にCVCM2.0Cmg/0.2CmlとCCAZ4.0Cmg/0.2Cmlの連続した硝子体注射を行った.点眼としてガチフロキサシン(GFLX)6回,ベタメタゾンC6回,ブロムフェナクC2回を開始した.術後翌日から前房蓄膿は消失した.術後C6日目,術中の硝子体検体からCS.lugdunensisが培養され,眼底透見も改善傾向であった.本症例で培養されたCS.lugdunensisの薬剤感受性結果は,CAZとCVCMに感受性を示し,レボフロキサシ表1薬剤感受性試験結果ン(CLVFX)に中間耐性を示していた(表1).感受性確認後,薬剤MIC(Cμg/ml)判定CCTRXの点滴からセファレキシン(CCEX)C750Cmg/日内服へPCGC≦0.06CSC抗菌薬を変更し,退院とした.CGFLX点眼は術後感染予防目ABPCC≦1CSC的に退院後も継続した.術後C16日目には,CVS=(C0.5C×IOLCMPIPCC0.5CSC×sph+5.50D(cyl.0.75DAx5°)まで改善し,前眼部は炎CEZCCMZC≦1C≦4CSCSC症細胞を軽度認め,眼底には線状硝子体混濁がわずかに残るIPM/CSC≦1CSCが,網膜色調は良好であり,白斑や変性巣はみられなかっSBT/ABC≦2CSCた.術後C1カ月後にはCVS=(C1.0C×IOL×sph+5.00(cylCGMC≦1CSC.0.50DAx165°)の視力が得られた.術後C2カ月で点眼をABKCEMC≦1C≦0.25CNACSC終了した.術後C5カ月の時点で硝子体混濁は消失し,CIOL二CLDMC≦0.25CSC次挿入を施行した.術後C11カ月の時点でCVS=(C1.2C×IOL×MINOC≦1CSCsph.1.50(cyl.0.50)の最終視力が得られ,経過は非常にCAZC1CSC良好であった.CLVFXC2CICVCMC0.5CSCII考按TEICC≦1CSCDAPC≦0.25CSCS.lugdunensisは皮膚常在菌であり,CNSの一つである.STC≦0.5CSC皮膚感染症に加え,脳膿瘍,膿胸,軟部膿瘍,心内膜炎,FOMCRFPC≦4C≦0.5CSCSC敗血症,腹膜炎,人工関節周囲感染の原因菌としても知られLZDC1CSCている.他のCCNSに比べ病原性が高く,皮膚感染症や整形MUPC≦256CS外科疾患の領域ではCStaphylococcusaureus(CS.aureus)と臨PCG:ベンジルペニシリン,ABPC:アンピシリン,MPIPC:オ床上同等に扱われている2,3).キサシリン,CEZ:セファゾリン,CMZ:セフメタゾール,IPM/S.lugdunensisに起因する白内障術後眼内炎のこれまでのCS:イミペネム/シラスタチン,SBT/AB:スルバクタム/アンピ報告ではCLVFXに対して感受性をもつ株が培養されているシリン,GM:ゲンタマイシン,ABK:硫酸アルベカシン,EM:が5,6),本症例では感受性をもたなかった.エリスロマイシン,CLDM:クリンダマイシン,MINO:ミノサイクリン,CAZ:セフタジジム,LVFX:レボフロキサシン,2007年のChiquetらの報告では,白内障術後のS.VCM:塩酸バンコマイシン,TEIC:テイコプラニン,DAP:ダlugdunensis眼内炎C5例のうち,4例について硝子体切除術プトマイシン,ST:スルファメトキサゾール・トリメトプリム合を施行し,3例については術後網膜.離を発症し最終矯正視剤,FOM:ホスホマイシン,RFP:リファンピシン,LZD:リネゾリド,MUP:ムピロシン.力は手動弁以下であり,網膜.離を発症しなかった残りC1例CX-8日X日X+1日X+1カ月X+2カ月X+5カ月PEA+IOL挿入発症初診S.lugdunensis検出PPV+IOL摘出IOL二次挿入VCM+CAZ(I.V.)CTRX(div)CEX(p.o.)GFLX(点眼)矯正視力1.00.1図3治療経過PEA:水晶体乳化吸引術,IOL:眼内レンズ,PPV:経毛様体扁平部硝子体手術,VCM(I.V.):バンコマイシン硝子体注射(2.0Cmg/0.2Cml),CAZ(I.V.):セフタジジム硝子体内注射(4.0Cmg/0.2Cml),CTRX(div):セフトリアキソン経静脈投与(1Cg/日),CEX(p.o.):セファレキシン内服(750Cmg/日),GFLX(点眼):ガチフロキサシン点眼(6回/日).表2Staphylococcuslugdunensisによる白内障術後眼内炎の報告報古者発症から発症から受診時最終年齢術後受診まで手術まで治療合併症(報告年)の日数の日数矯正視力矯正視力827日2日5日硝子体手術Cm.m.C0.5特記なしCChiquetら(C2007)C8478696日5日12日不明不明不明C7日4日N/A硝子体手術C硝子体手術C硝子体注射Cs.L(+)Cs.l.(+)C0.2Cm.m.s.1.(.)1.0術後網膜.離C術後網膜.離C特記なしC647日不明5日硝子体手術Cm.m.Cn.d.術後網膜.離6810日不明CN/A硝子体注射Cn.d.C0.7特記なしGaroonらC757日1日CN/A硝子体注射Cn.d.C0.5特記なし(2018)C7321日不明2週間硝子体手術Cn.d.C0.2特記なし本症例(2021)C648日1日1日硝子体手術Cm.m.C1.0特記なしN/A:手術未施行につき該当なし,m.m.:手動弁,n.d.:指数弁,s.I.:光覚弁.は最終矯正視力はC0.5であった.いずれも受診時の視力は手動弁以下であり,発症から手術までの期間はC4.7日であった.1例については受診時矯正視力がC0.2と良好であり,硝子体注射による治療で最終矯正視力C1.0が得られている5).またCGaroonらの報告では白内障術後のCS.lugdunensis眼内炎C3例のうち,硝子体手術を施行した症例はC1例で,発症から手術まではC2週間が経過しており,最終矯正視力はC0.2であった.残りC2例は硝子体内注射で治療が行われ,最終矯正視力はそれぞれC0.7とC0.5であった(表2).Garoonらは硝子体手術には術後網膜.離のリスクが伴い,硝子体手術を施行しなかった症例に比べて視力予後が悪いとして,S.lugdu-nensis眼内炎に対する硝子体手術治療については懐疑的な提言をしていた6).しかし,本症例では矯正視力が手動弁からC1.0まで回復した.本症例では発症C1日以内と早期に手術治療を行ったことが過去の症例と異なっており,発症後早期に手術加療を行った場合は高い治療効果が期待できる可能性があると考える(表2).また,網膜全象限に浸潤病巣が出現していたが,網膜.離は生じておらず,網膜.離が生じる前に硝子体手術を完了できたことも治療効果につながった可能性がある.今回の症例では前房蓄膿が生じていたが,前述したCChi-quetらとCGaroonらのC8例の報告においても,Chiquetらの硝子体注射のみで治療を行ったC1例を除き,すべての症例で前房蓄膿を合併していた5,6).また,Cornutらの報告でもS.lugudunensis白内障術後眼内炎における前房蓄膿はその他のCCNS術後眼内炎による前房蓄膿に比べ丈が高いことが報告されている7).他科領域でもCS.lugdunensisによる人工関節周囲感染症は高率で膿瘍を合併することが知られており2),眼内炎の際に前房蓄膿の合併が多いことはCS.lugdu-nensis眼内炎の特徴の一つであると考えられる.先に述べた白内障術後眼内炎の報告において,発症から手(97)術まで数日以上経過している原因として,EndophtalmitisVitrectomyCStudy(EVS)の影響が考えられる.EVSでは1990.1995年にかけて白内障術後眼内炎に対する硝子体手術の治療効果を検討し,光覚弁まで低下している患者に対しては硝子体茎離断術の利益が考えられるが,手動弁以上の視力がある症例には必ずしも硝子体茎離断術は必要でないと提言している8).2013年のCEuropeanCSocietyCofCCataractCandCRefractiveSurgeon(ESCRS)のガイドラインでは,まず前房穿刺を行い,初期治療としてはクラリスロマイシンの経口投与が提言されている.硝子体手術は前房水の培養とCPCRで感染が確認された場合に検討し,その際抗菌薬の硝子体注射と併用することが提言されている.また,手術の際も初回はCIOL摘出を行わず,後.切開を伴う硝子体切除に留めるとされている9).当院においては術後眼内炎発症時は早期に初期治療として硝子体切除術と硝子体検体の培養検査を施行し,その後数回の硝子体注射を施行している.IOL摘出術については必ずしも視力予後に寄与しないという報告もあるが10),今回は施行した.S.lugdunensis感染症は組織破壊性が高く,とくに心内膜炎の起因菌としてはCS.aureusと比べても死亡率が高いため,積極的な手術治療の必要性が論じられている11,12).S.lugdu-nensisに起因する心内膜炎のみならず,眼内炎についても,早期の手術治療の必要性について論じる余地があると考える結果であった.今回はわが国でこれまで報告のなかったCS.lugdunensisによる白内障術後眼内炎を経験した.S.lugdunensisは発症早期に硝子体手術を行い,硝子体培養によって適切な抗菌薬を選択することが予後につながると考えられた.あたらしい眼科Vol.39,No.5,2022C647C文献1)FrankKL,PozoJLD,PatelR:FromclinicalmicrobiologytoCinfectionpathogenesis:HowCdaringCtoCbeCdi.erentCworksforStaphylococcuslugdunensis.,ClinMicrobiolRev21:111-133,C20082)Lourtet-HascoeJ,Bicart-SeeA,FeliceMPetal:Staphy-lococcusClugdunensis,CaCseriousCpathogenCinCperiprostheticjointinfections:comparisontoStaphylococcusCaureusCandCStaphylococcusCepidermidis,IntCJCInfectCDisC51:56-61,C20163)桜井博毅,堀越裕歩:小児のCStaphylococcuslugdunensisによる市中感染症と院内感染症の臨床像と細菌学的検討,小児感染免疫31:21-26,C20194)犬塚将之,石澤聡子,小澤憲司ほか:StaphylococcusClug-dunensisによる抗血管内皮増殖因子薬硝子体内投与後眼内炎のC1例.眼科61:1535-1540,C20195)ChiquetCC,CPechinotCA,CCreuzot-GarcherCCCetal:AcuteCpostoperativeCendophthalmitisCcausedCbyCStaphylococcusClugdunensis.JClinMicrobiolC45:1673-1678,C20076)GaroonCRB,CMillerCD,CFlynnCHWJr:Acute-onsetCendo-phthalmitisCcausedCbyCStaphylococcusClugdunensis.AmJOphthalmolCaseRepC9:28-30,C20187)CornutCPL,CThuretCG,CCreuzot-GarcherCCCetal:RelationC-shipCbetweenCbaselineCclinicalCdataCandCmicrobiologicCspectrumCinC100CpatientsCwithCacuteCpostcataractCendo-phthalmitis.RetinaC32:549-557,C20128)EndophthalmitisCVitrectomyCStudyGroup:ResultsCofCtheCEndophthalmitisVitrectomyStudy.ArandomizedtrialofimmediateCvitrectomyCandCofCintravenousCantibioticsCforCtheCtreatmentCofCpostoperativeCbacterialCendophthalmitis.CArchOphthalmolC113:1479-1496,C19959)BarryCP,CCordovesCL,CGardnerS:ESCRSCguidelinesCforCpreventionCandCtreatmentCofCendophthalmitisCfollowingCcataractsurgery:Data,CdilemmasCandCconclusions.Cwww.Cescrs.org/endophthalmitis/guidelines/ENGLISH.pdf,201310)望月司,佐野公彦,折原唯史:硝子体手術を施行した白内障術後急性眼内炎の起炎菌と手術成績の推移.日眼会誌C121:749-754,C201711)KyawCH,CRajuCF,CShaikhAZ:StaphylococcusClugdunensisCendocarditisCandCcerebrovascularaccident:ACsystemicCreviewCofCriskCfactorsCandCclinicalCoutcome.CCureusC10:Ce2469,C201812)AngueraI,DelRioA,MiroJMetal:Staphylococcuslug-dunensisCinfectiveendocarditis:descriptionCofC10CcasesCandCanalysisCofCnativeCvalve,CprostheticCvalve,CandCpace-makerleadendocarditisclinicalpro.les.Heart(Britshcar-diacsociety)91:e10,C2005***

眼内レンズの強膜内固定術と毛様溝縫着術の比較

2021年6月30日 水曜日

《原著》あたらしい眼科38(6):709.713,2021c眼内レンズの強膜内固定術と毛様溝縫着術の比較中村陸田村弘一郎岸大地横山勝彦木許賢一久保田敏昭大分大学医学部附属病院眼科ComparativeStudyofIntraocularLensImplantation:SuturelessIntrascleralFixationversusCiliarySulcusSutureFixationRikuNakamura,KohichiroTamura,DaijiKishi,KatsuhikoYokoyama,KenichiKimotoandToshiakiKubotaCDepartmentofOphthalmology,OitaUniversityFacultyofMedicineC目的:眼内レンズ(IOL)の強膜内固定術と毛様溝縫着術の術後成績を比較検討した.対象および方法:水晶体脱臼,IOL脱臼,無水晶体眼に対して,IOLの強膜内固定術を施行したC23例C23眼(69.7C±13.9歳)と毛様溝縫着術を施行したC17例C18眼(77.6C±12.5歳).術後C1週間,1カ月,3カ月,6カ月における術前後の矯正視力差,予測屈折値と術後屈折値の差,惹起角膜乱視,惹起CIOL乱視,角膜内皮細胞密度減少率,術後合併症を比較,検討した.結果:毛様溝縫着術で術後C1週間での視力の改善が術後C3カ月,6カ月と比較して有意に不良(p<0.01)であったが,術式間に有意差はなかった.術後屈折値は予測屈折値よりやや近視化するが,術式間に有意差はなかった.術後合併症は術式間で有意差はなかったが,毛様溝縫着術のみで縫合糸露出を認めた.網膜.離は認めなかった.結論:当院で行った強膜内固定術は縫着術同様に術後早期から安定した視機能が得られる有用な術式と考えられた.CPurpose:Tocomparethesurgicaloutcomesofsuturelessintrascleralintraocularlens(IOL).xationwiththatofciliarysulcussuture.xation.SubjectsandMethods:In23eyesof23patientswhounderwentsuturelessintra-scleralCIOLC.xationCandC17CeyesCofC18CpatientsCwhoCunderwentCciliaryCsulcusCIOLC.xation,Cvisualacuity(VA)C,Crefractiveerror(RE)C,CcornealCandCIOLCastigmatism,CcornealCendothelialCcells,CandCsurgicalCcomplicationsCwereCexamined.Results:Intheciliarysulcus.xationeyes,theincreaseofVAwassigni.cantlysmallerat1-weekthanat3-and6-monthspostoperative.Nodi.erencebetweenpredictedandactualREwasobservedbetweenthetwooperations.Sutureexposurewasobservedpostciliarysulcussuture.xation.Inbothoperations,noretinaldetach-mentoccurred.Conclusions:IntrascleralsuturelessIOL.xationise.ectiveforobtainingearlyvisualrecovery.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C38(6):709.713,C2021〕Keywords:白内障手術,眼内レンズ強膜内固定術,眼内レンズ毛様溝縫着術,水晶体脱臼,眼内レンズ脱臼.cat-aractsurgery,intrascleral.xationofintraocularlens,ciliarysulcus.xationofintraocularlens,lensluxation,intra-ocularlensluxation.Cはじめに水晶体脱臼や眼内レンズ(intraocularlens:IOL)脱臼,白内障手術中に生じたCZinn小帯断裂や破.による無水晶体眼に対して,従来はCIOL毛様溝縫着術が行われてきたが,2007年にCGaborら1)がCIOL強膜内固定術を報告し,2008年にはCAgarwalら2)がフィブリン糊を用いたCIOL強膜内固定術を発表した.これらの術式はわが国でも急速に普及した.大分大学医学部附属病院眼科(以下,当院)でも,2013年までは毛様溝縫着術を行ってきたが,強膜内固定術では糸を結紮する煩雑さがなく,また縫合糸に関連した合併症もない3)ことからC2014年から強膜内固定術を導入した.手術症例の蓄積によって,当院での強膜内固定術と毛様溝縫着術の術後成績の比較検討が可能となったので報告する.CI対象および方法対象は水晶体脱臼,IOL脱臼,白内障術後の無水晶体眼に対してC2017年C4月.2018年C6月に強膜内固定術を行い,半年以上経過観察を行ったC23例C23眼と,2012年C7月.〔別刷請求先〕田村弘一郎:〒879-5593大分県由布市挾間町医大ヶ丘C1-1大分大学医学部附属病院眼科Reprintrequests:KohichiroTamura,M.D.,DepartmentofOphthalmology,OitaUniversityFacultyofMedicine,1-1Idaigaoka,Hasamamachi,Yufu-shi,Oita879-5593,JAPANC表1患者背景強膜内固定術毛様溝縫着術p値♯男性:女性15人:8人9人:8人C0.65♯右眼:左眼11眼:1C2眼11眼:7眼C0.60♯年齢(平均値C±SD)C69.7±13.9歳C77.6±12.5歳C0.08♭原因C0.58♯水晶体脱臼水晶体亜脱臼IOL脱臼IOL亜脱臼白内障術後の無水晶体眼1眼(4%)8眼(35%)6眼(26%)5眼(22%)3眼(13%)1眼(6%)6眼(33%)1眼(6%)8眼(44%)2眼(11%)#Chi-squaretest,♭Unpairedt-test.2013年C12月に毛様溝縫着術を行い,半年以上経過観察を行ったC17例C18眼である.IOL脱臼眼のうち,脱臼CIOLを摘出せずに利用した症例は除外した.患者背景について表1に示した.男女比は強膜内固定術群(以下,固定群)では男性15例,女性C8例,毛様溝縫着術群(以下,縫着群)では男性9例,女性C8例であり,平均年齢は,固定群はC69.7C±13.9歳,縫着群はC77.6C±12.5歳で,それぞれ有意差はなかった.原因疾患は,固定群では,水晶体脱臼,水晶体亜脱臼,IOL脱臼,IOL亜脱臼,白内障術後の無水晶体眼の順にC1眼,8眼,6眼,5眼,3眼であり,縫着群では,それぞれC1眼,6眼,1眼,8眼,2眼であった.術式間で有意差は認めなかった.強膜内固定術は,Kawajiらの報告4)に基づいて施行した.まず上方に約C3Cmmの強角膜創を作製し,水晶体やCIOLが残存する症例は水晶体乳化吸引術またはCIOL摘出術を行った.硝子体切除術は,25ゲージシステムで後部硝子体.離を作製し,強膜圧迫を行いながら硝子体を周辺部まで徹底して切除した.耳側,鼻側強膜の角膜輪部からC2Cmmの位置にMVRナイフでC3Cmmの強膜トンネルを作製した.IOLを強角膜創から挿入し,IOL支持部を鑷子で強角膜創から眼外に引き出し,強膜トンネル内に無縫合で固定した.毛様溝縫着術は,強膜内固定術と同様にCIOLや水晶体を除去し,硝子体切除を行った.IOL縫着用の眼内レンズを使用することが多く,上方の強角膜創は大きく切開せざるをえなかったため,3.6Cmmとばらつきがあった.耳側,鼻側強膜の角膜輪部からC2Cmmの位置に強膜半層切開または強膜フラップを作製し,Abexterno法5)でC10-0ポリプロピレン糸を通糸した.IOL支持部に強角膜創から引き出したポリプロピレン糸を眼外で結紮し,IOLを眼内に挿入して強膜に縫着固定した.対象の症例の診療録をさかのぼり,術後C1週間,1カ月,3カ月,6カ月の術前後の矯正視力差(logarithmicminimumangleofresolution:logMAR),屈折値誤差,惹起角膜乱視,惹起CIOL乱視,角膜内皮細胞密度減少率,術後合併症のC6項目について比較検討した.術前後の矯正視力差は,術前矯正視力と各術後時期の矯正視力の差と定義し,比較した.屈折値誤差は,術後の屈折値と予測屈折値との差とし,評価した.いずれの屈折値も等価球面の値を用いた.予測屈折値は光学式眼軸長測定装置(OA-2000,トーメーコーポレーション)で測定した眼軸長と角膜乱視度数から,SRK/Tを用いて算出した.術前と術後の角膜乱視の差を惹起角膜乱視と定義し,比較した.また,全乱視と角膜乱視との差をCIOL(水晶体)乱視とし,術前と術後のCIOL(水晶体)乱視の差を惹起CIOL乱視と定義し,比較した.乱視度数の計算にはCJa.e法6)を用いた.角膜内皮細胞密度減少率と,術後合併症の頻度も,術式間で比較した.術式間の比較はCunpairedt-test,術後経過による変化の比較はCrepeatedCmeasuresANOVAを用いた.多重比較にはCStudent-Newman-Keulstestを用いた.術後合併症は,術式間の比較にCchi-squaretestを用いて比較した.p<0.05を有意差ありとした.本検討は,倫理研究法を遵守し,世界医師会ヘルシンキ宣言に則り,倫理委員会による適切な審査を受け承認を得て行った.CII結果表2に術前後の矯正視力差,屈折値誤差,惹起角膜乱視,惹起CIOL乱視の結果を示す.術前後の矯正視力差は,固定群では,術後C1週間,1カ月,3カ月,6カ月の順に,C.0.08C±0.68,C.0.17±0.70,C.0.17±0.79,C.0.27±0.74であり,術後時間が経過しても有意な変化はみられなかった.縫着群では,+0.04±0.31,C.0.03±0.31,C.0.08±0.24,C.0.14±0.26であり,術後C1週間での矯正視力の改善が術後C3カ月,6カ月と比較して有意に不良(p<0.05,p<0.01)であった(図1).それぞれの術後時期で術式間における有意差は認めなかった.屈折値誤差は,固定群では,C.1.17±1.26D,C.0.68±1.32D,.0.91±1.54D,C.0.82±1.39Dであり,縫着群では,C.1.47±1.50D,C.1.07±1.49D,C.1.60±2.46D,C.0.87±2.75Dであった.それぞれの術後時期で術式間に有意差はみられず,術後時間が経過しても有意な変化はみられなかった.惹起角膜乱視は,固定群では,C.1.39±1.12D,C.1.24±1.19D,C.1.08±1.33D,C.0.99±0.98Dであり,縫着群では,C.1.98±1.13D,C.1.67±0.76D,C.1.64±0.84D,C.1.39±0.70Dであった.両術式で術後時間が経過しても有意な変化はみられなかった.それぞれの術後時期で術式間に有意差はみられなかった.惹起CIOL乱視は,固定群ではC.2.48±1.62D,C.2.90±3.25D,.2.05±2.93D,C.2.13±1.72Dであり,縫着群ではC.2.63C±2.03D,C.1.79±0.93D,C.1.82±0.77D,C.2.58±2.53DC表2術前後の視力差,屈折値誤差,惹起角膜乱視,惹起IOL乱視術後1週間術後1カ月術後3カ月術後6カ月p値♯C術前後の視力差強膜内固定術C.0.08±0.68C.0.17±0.70C.0.17±0.79C.0.27±0.740.12毛様溝縫着術+0.04±0.31C.0.03±0.31C.0.08±0.24C.0.14±0.26<0.01p値♭C0.55C0.48C0.69C0.50C屈折値誤差強膜内固定術C.1.17±1.26DC.0.68±1.32DC.0.91±1.54DC.0.82±1.39DC0.11毛様溝縫着術C.1.47±1.50DC.1.07±1.49DC.1.60±2.46DC.0.87±2.75DC0.41p値♭C0.92C0.56C0.39C0.95C惹起角膜乱視強膜内固定術C.1.39±1.12DC.1.24±1.19DC.1.08±1.33DC.0.99±0.98DC0.52毛様溝縫着術C.1.98±1.13DC.1.67±0.76DC.1.64±0.84DC.1.39±0.70DC0.06p値♭C0.19C0.31C0.24C0.26C惹起CIOL乱視強膜内固定術C.2.48±1.62DC.2.90±3.25DC.2.05±2.93DC.2.13±1.72DC0.33毛様溝縫着術C.2.63±2.03DC.1.79±0.93DC.1.82±0.77DC.2.58±2.53DC0.40p値♭C0.77C0.23C0.82C0.84C#repeatedmeasuresANOVA,♭unpairedt-test.C術前後の矯正視力差1**0.8*0.60.40.20-0.2-0.4-0.6-0.8-1-1.2術後1週間術後1カ月術後3カ月術後1週間■強膜内固定術毛様溝縫着術図1術前後の矯正視力差毛様溝縫着術後C1週間の視力改善は,術後C3カ月,6カ月と比較して有意に不良であった.*:p<0.05,**:p<0.01(Student-Newman-Keulstest).表3角膜内皮細胞密度表4術後合併症術前術後減少率強膜内固定術C2,186±375cells/mm2C1,783±571cells/mm217.6%毛様溝縫着術C2,356±370cells/mm2C1,986±553cells/mm214.4%p値♯C0.73#Unpairedt-test.C強膜内固定術(23眼)毛様溝縫着術(18眼)p値♯C低眼圧(≦5mmHg)9眼(39%)5眼(28%)C0.67高眼圧(≧25mmHg)1眼(4%)4眼(22%)C0.21虹彩捕獲3眼(13%)1眼(5%)C0.70IOL偏位,傾斜2眼(9%)1眼(5%)C0.90逆瞳孔ブロック1眼(4%)0眼(0%)C0.94虹彩偏位1眼(4%)0眼(0%)C0.94縫合糸露出0眼(0%)2眼(10%)C0.41硝子体出血0眼(0%)0眼(0%)網膜.離0眼(0%)0眼(0%)であった.それぞれの術式で術後時間が経過しても有意な変化はみられず,術後時間が経過しても有意な変化はみられなかった.角膜内皮細胞密度の減少率は固定群でC17.6%,縫着群で14.4%であり,有意差は認めなかった(表3).術後合併症を表4に示す.術後合併症は術式間で有意差を認めなかった.縫合糸露出は縫着群のみに認めた.硝子体出血,網膜.離はC1例も認めなかった.CIII考察強膜内固定術は近年急速に普及しており,強膜内固定術を従来の毛様溝縫着術と比較した報告はあるが,各施設によって術式が少しずつ異なる.今回はCKawajiらの報告4)に基づいて強膜内固定術を行い,後部硝子体.離を作製し周辺部まで硝子体切除を行った.縫着群では,術後C1週間の矯正視力が術前よりも低下しており,術後C3カ月,術後C6カ月と比較して有意に改善が乏しかったが,固定群では,術後早期から矯正視力が安定していた.この理由として,縫着群には強角膜創の大きさにばらつき(3.6Cmm)があったことが考えられる.本検討では,有意差はなかったが,固定群に比べ縫着群で惹起角膜乱視が大きい傾向にあり,縫着群で視力改善が遅かったことに関与している可能性がある.縫着群には強角膜創が大きかった症例が含まれており,それらの症例では角膜への侵襲が大きく,惹起角膜乱視が大きくなったと予想される.惹起角膜乱視はどちらの術式でも時間経過とともに改善傾向であった.屈折値誤差に関しては,固定群と縫着群との間に有意差はなく,いずれも近視化する傾向であった.既報4,7.9)では毛様溝縫着術では近視化し,強膜内固定術ではやや遠視化,またはごく軽度近視化するという報告が多いが,本報告で近視化した理由として,当院では硝子体切除術の際,前部硝子体切除のみではなく,周辺部硝子体まで切除していることがあげられる.Choら10)は毛様溝縫着術の際にCparsCplanaCvit-rectomy(PPV)を行った群と前部硝子体切除術を施行した♯Chi-squaretest.群とを比較したが,前部硝子体切除群と比較してCPPV群のほうが予測屈折値よりも近視化した(p=0.04)と報告している.Jeoungら11)は,前部硝子体切除よりもCPPVを行うほうが強膜への侵襲が大きく,強膜が菲薄,伸展することで近視化すると推測している.また,角膜輪部からCIOL支持部を固定する位置までの距離や,IOLの全長,強膜トンネルに挿入するCIOL支持部の長さによって,IOL光学面の位置が変化し,術後屈折値に影響する.本検討では両術式で角膜輪部からC2Cmmの位置にCIOL支持部を固定したが,Abbeyら8)は強膜内固定術において,IOL支持部を角膜輪部からC2Cmmの位置に固定した場合,1.5Cmmの位置に固定した場合と比較して,0.23D近視化すると報告している.現在,これらのパラメータの屈折値への影響について検討した報告は少ないため,今後検討が必要である.Kawajiら4)の報告では強膜内固定術での角膜内皮細胞密度減少率はC12.5%であり,他の報告4,12)と比較しても本報告では角膜内皮細胞密度減少率はやや高い結果となった.本報告では硝子体切除を徹底して行ったため,手術時間も長くなり,角膜内皮細胞への侵襲も大きかったと考えられる.術後合併症は,両術式間で有意差はみられなかった.網膜.離は両術式でC1例も認めなかった.これは硝子体切除を徹底して行ったためと思われる.Choら10)の報告でも,毛様溝縫着術にCPPVを併施したC47眼では網膜裂孔や裂孔原性網膜.離は発生しなかったが,前部硝子体切除を併施した36眼では網膜裂孔をC1眼,裂孔原性網膜.離をC1眼で認めている.柴田ら13)は,毛様溝縫着術時に周辺硝子体を可能な限り切除することで,硝子体ゲルの虚脱や嵌頓,術中の毛様溝への通糸操作による網膜.離の発生を予防できる可能性があると述べている.硝子体切除を徹底して行うことで,網膜裂孔,裂孔原性網膜.離を防ぐことができるが,予想屈折値より近視化する点,角膜内皮細胞密度減少率がやや高い点に注意する必要がある.今回の報告では,毛様溝縫着術を行っていた時期と強膜内固定術を行っていた時期が異なるため,使用するCIOLや術者が異なっていた.また,本来CIOL摘出の際の強角膜創の大きさを揃える必要があったが,3Cmmの強角膜創を作製して毛様溝縫着術を行った症例数が十分ではなく,厳密な比較が困難であった.また,症例数も少ないため,さらなる検討が必要である.CIV結論強膜内固定術は比較的早期から良好な視機能が得られる有用な術式である.予測屈折値よりもやや近視化する傾向にあることに留意する必要がある.文献1)GaborCSG,CPavlidisMM:SuturelessCintrascleralCposteriorCchamberCintraocularClensC.xation.CJCCataractCRefractCSurgC33:1851-1854,C20072)AgarwalA,KumarDA,JacobSetal:Fibringlue-assist-edsuturelessposteriorchamberintraocularlensimplanta-tionCinCeyesCwithCde.cientCposteriorCcapsules.CJCCataractCRefractSurgC34:1433-1438,C20083)山根真:眼内レンズ強膜内固定法.眼科C59:1471-1477,C20174)KawajiCT,CSatoCT,CTaniharaH:SuturelessCintrascleralCintraocularlens.xationwithlamellardissectionofscreraltunnel.ClinOphthalmolC10:227-231,C20165)LewisJS:AbCexternoCsulcusC.xation.COphthalmicCSurgC11:692-695,C19916)Ja.eCNS,CClaymanHM:TheCpathophysiologyCofCcornealCastingmatismCafterCcataractCextraction.CTransCAmCAcadCOphthalmolOtolaryngolC79:615-630,C19757)武居敦英,横山利幸:強膜内固定術と毛様溝縫着術の比較.眼科60:733-741,C20188)AbbeyAM,HussainRM,ShahARetal:Suturelessscler-al.xationofintraocularlenses:outcomesoftwoapproach-es.The2014YasuoTanoMemorialLecture.GraefesArchClinExpOphthalmolC253:1-5,C20159)長田美帆子,藤川正人,川村肇ほか:眼内レンズ強膜内固定術における術後屈折値の検討.眼科C59:289-294,C201710)ChoBJ,YuHG:SurgicaloutcomesaccordingtovitreousmanagementCafterCscleralC.xationCofCposteriorCchamberCintraocularlenses.RetinaC34:1977-1984,C201411)JeoungCJW,CChungCH,CYuCHGCetal:FactorsCin.uencingCrefractiveCoutcomesCafterCcombinedCphacoemulsi.cationCandparsplanavitrectomy.Resultofaprospectivestudy.JCataractRefractSurgC33:108-114,C200712)YamaneS,InoueM,ArakawaAetal:Sutureless27-gaugeneedle-guidedCintrescleralCintraocularClensCimplantationCwithClamellarCscleralCdissection.COphthalmologyC121:61-66,C201413)柴田朋宏,井上真,廣田和成ほか:眼内レンズ縫着術後に生じた後眼部合併症の臨床的特徴.日眼会誌C117:19-26,C2013C***

白内障手術を契機に実質型に移行した両眼性角膜ヘルペスの1例

2021年1月31日 日曜日

《原著》あたらしい眼科C38(1):91.96,2021c白内障手術を契機に実質型に移行した両眼性角膜ヘルペスの1例池田悠花子佐伯有祐岡村寛能内尾英一福岡大学医学部眼科学教室CACaseofHerpeticStromalKeratitisthatTransitionedfromEpithelialTypeFollowingBilateralCataractSurgeryYukakoIkeda,YusukeSaeki,KannoOkamuraandEiichiUchioCDepartmentofOphthalmology,FukuokaUniversitySchoolofMedicineC皮膚疾患に合併した両眼上皮型角膜ヘルペス治癒後に白内障手術を行い,実質型ヘルペスが発症したC1例を経験したので報告する.症例はC59歳,男性.毛孔性紅色粃糠疹にて福岡大学病院皮膚科に入院中,プレドニンC40Cmg内服時に左眼の痛みを訴えたため眼科を受診した.左眼細菌性角膜潰瘍を認め抗菌薬頻回点眼を開始した.加療C14日目,左眼の細菌性角膜潰瘍は消失するも両眼の下方角膜から下方眼球結膜を中心にターミナルバルブを伴う小樹枝状潰瘍の多発を認めた.両眼上皮型角膜ヘルペスと診断し,アシクロビル眼軟膏,バラシクロビル内服にて加療を行い治癒に至ったが,2カ月後,両眼の後.下白内障を認め右眼の白内障手術を施行した.術後C2日目,右眼矯正視力は(1.5)に改善したが,術後C14日目,右眼の角膜中央実質混濁,浮腫を認め矯正視力は(0.7)と低下していた.実質型角膜ヘルペスと診断し,ベタメタゾン点眼,プレドニン内服,アシクロビル眼軟膏にて加療し徐々に軽快した.左眼手術時は術翌日よりルーチンでベタメタゾン点眼,アシクロビル眼軟膏を使用し,術後角膜混濁は軽度であった.角膜ヘルペスは原則的に片眼性であるが,皮膚疾患合併症例には両眼性に認められることがある.また,手術侵襲により角膜ヘルペスの病型が変化することがあり,術後に詳細な細隙灯顕微鏡による観察が必要である.CPurpose:WeCreportCaCcaseCofCherpeticCstromalCkeratitisCthatCtransitionedCfromCepithelialCtypeCafterCbilateralCcataractsurgery.Case:Thepatient,a59-year-oldmalewhowasdiagnosedaspityriasisrubrapilaris,wastreatedwith40CmgoralprednisoloneatFukuokaUniversityHospital.Afterpresentingatourcliniccomplainingofright-eyeCpain,CheCwasCdiagnosedCasCbacterialCcornealCulcer,CandCwasCtreatedCwithCantibacterialCeyeCdrops.CAtC2-weeksCposttreatment,smalldendriticulcerswithterminalbulbswereobservedinbothcorneasandconjunctivabulbi.HewasCdiagnosedCasCbilateralCherpeticCepithelialCkeratitis,CandCtreatedCwithCacyclovirCeyeCointment.CAtC1-weekCpostCtreatment,thesymptomsdisappearedandthedrugsweretapered.At2-monthsposttreatment,bilateralposteriorsubcapsularcataractswereobserved,andcataractsurgerywasperformedinhisrighteye.Followingsurgery,thebest-correctedvisualacuityintherighteyewas(1.5)C.At2-weekspostoperative,stromalopacityandedemawasobservedintheright-eyecornea,andvisualacuityworsenedto(0.7)C.Wediagnosedherpeticstromalkeratitis,andtheCconditionCgraduallyCimprovedCafterCtreatmentCwithCbetamethasoneCeyeCdrops,CoralCprednisolone,CandCacyclovirCeyeointment.Thattreatmentwasusedroutinelyaftercataractsurgeryinthepatient’slefteye,andthepostopera-tiveCcourseCwasCgood.CConclusion:BilateralCherpeticCkeratitisCisCrarelyCobservedCwithCcomplicatedCskinCdiseases.CSincethetypeofherpetickeratitiscanchangeaftercataractsurgery,detailedpostoperativeslit-lampobservationofthecorneaisimportant.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C38(1):91.96,2021〕Keywords:角膜ヘルペス,再発,白内障手術,毛孔性紅色粃糠疹.herpessimplexkeratitis,recurrence,cataractsurgery,pityriasisrubrapilaris.C〔別刷請求先〕佐伯有祐:〒814-0180福岡市城南区七隈C7-45-1福岡大学医学部眼科学教室Reprintrequests:YusukeSaeki,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,FukuokaUniversitySchoolofMedicine,7-45-1Nanakuma,Jonan,Fukuoka814-0180,JAPANC図1全身皮膚所見顔面,手掌,全身に鱗屑を伴う紅斑の多発が認められる.a:顔面,b:手掌,c:体幹胸部.図2左眼前眼部所見左眼角膜上方に円形の潰瘍を認める.潰瘍底に小さな膿瘍を併発している.はじめに単純ヘルペスウイルス(herpesCsimplexvirus:HSV)I型はヘルペス性角膜炎の原因ウイルスであり,初感染後,三叉神経に潜伏し,寒冷,外傷,精神ストレスや手術侵襲などの誘因により再賦活化され,再度角膜病変を生じる.ヘルペス性角膜炎の病変はその首座により上皮型,実質型,内皮型に分類されるが,再発時,そのいずれかの形態をとりうる1).また,ヘルペス性角膜炎は通常片眼性であり,両眼性のものはまれであるが,免疫抑制状態やアトピー性皮膚炎合併症例にはしばしば認められる2).今回筆者らはまれな皮膚疾患に合併し,白内障手術後にその病型が変化した両眼角膜ヘルペス症例を経験したので報告する.I症例患者:59歳,男性.主訴:左眼視力低下.現病歴:2014年C5月初旬より突然胸腹部に小紅斑が出現し,近医受診のうえ,ステロイド外用,内服にて軽快せず福岡大学病院(以下,当院)皮膚科を紹介受診した.顔面,体幹,四肢の鱗屑を伴う紅斑を認め(図1),皮膚病理所見より毛孔性紅色粃糠疹と診断され,7月初旬当院入院となった.PUVA療法を行うも全身は紅皮症を呈し,鱗屑は悪化,両下腿浮腫が出現し,血液検査で炎症反応高値(WBC:13,200,CRP:3.2)であり腎機能低下(Cr:1.2)と発熱を認め,cap-illaryCleaksyndromeと判断しヒドロコルチゾンC200Cmgよりステロイド投与を行った.プレドニゾロンC40Cmg内服中に左眼痛の訴えありC2014年C8月中旬に当院眼科外来を紹介受診した.初診時所見:VD=0.15(1.5C×sph.4.50D(cyl.1.0DAx95°).VS=0.15(1.5C×sph.4.50D(cyl.0.50DCAx25°).眼圧:右眼C19CmmHg,左眼C14CmmHg.前眼部:右眼には異常所見は認められず,左眼は角膜上方に小さな膿瘍を伴う潰瘍あり(図2).眼底:両眼視神経乳頭陥凹の拡大あり(C/D比:右眼0.8,左眼C0.6).臨床経過C1:左眼の細菌性角膜潰瘍と診断し,レボフロキサシン,セフメノキシムの頻回点眼を開始した.病巣の擦過培養にてCS.aureusが検出された.加療C14日後のC8月下旬に角膜潰瘍は消失するも,両眼の角膜,結膜にターミナルバルブを伴う大小の樹枝状潰瘍が多発していた(図3).また,同図3角膜ヘルペス発症時の前眼部所見両眼角膜ならびに眼球結膜にターミナルバルブを伴う大小の樹枝状潰瘍が多発している.Ca:右眼角膜上方,Cb:右眼角膜下方,c:左眼角膜上方,d:左眼角膜下方.2014年8月9月10月11月12月図4臨床経過1時期に原因不明の小丘疹が顔面を中心に全身に認められた.両眼上皮型角膜ヘルペスと診断し,また眼所見より皮疹もKaposi水痘様発疹症と皮膚科にて診断された.9月初旬に施行された血清ウイルス抗体価(EIA法)は抗CHSV-IgG:696.0,抗CHSV-IgM:0.28であった.アシクロビル眼軟膏を両眼にC5回使用し,バラシクロビルC1,000Cmg/日内服を行ったところC7病日で軽快し,14病日で樹枝状潰瘍は消失した.以後再発は認めず,静的量的視野検査にて両眼の鼻側視野欠損を認めたためラタノプロスト,チモロール点眼を開始した.両眼の点状表層角膜びらんが経過中に認められ,皮膚科にてステロイド内服を継続されていたため,アシクロビル眼軟膏をゆっくりと漸減した(図4).臨床経過C2:以後,上皮型角膜ヘルペスの再発は認めず,両眼水晶体後.下に混濁を認めたため,ステロイド白内障と診断し,2015年C10月下旬に右眼の白内障手術を施行した.手術前日よりアシクロビル眼軟膏を右眼にC2回使用し,白内障手術はC3Cmm強角膜切開による水晶体超音波乳化吸引術と眼内レンズ挿入術を行った.術翌日,右眼角膜は透明であり視力はC1.2(矯正不能)であった.術後点眼は非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)を使用せず,0.1%フルオロメトロン点眼,レボフロキサシン点眼をC4回使用し,アシクロビル眼軟膏をC2回継続した.手術C14日後,外来受診時,右眼のかすみの訴えがあり,右眼矯正視力は(0.6)と低下していた.前眼部所見は角膜中央の実質の淡い混濁と浸潤,ならびに強い浮腫が認められた(図5).右眼の実質型角膜ヘルペスと診断し,バラシクロビルC1,000mg/日内服ならびにプレドニンC30Cmg/日内服を追加したが,角膜浮腫は悪化し,手術C28日後,右眼矯正視力が(0.1)と低下したためC0.1%フルオロメトロン点眼をC0.1%ベタメタゾン点眼C4回に変更した.変更後,右眼角膜浮腫は軽快し矯正視力は(0.8)に改善したが,手術C56日後,上皮型ヘルペス発症を疑う小潰瘍を認めたため(図6),0.1%ベタメタゾン点眼C3回をC0.1%フルオロメトロン点眼C4回に変更したと図5右眼白内障術後14日目の前眼部所見a:角膜中央の実質の淡い混濁と浸潤ならびに浮腫を認める.Cb:角膜中央部に点状表層角膜びらんの多発がみられ,その周囲に角膜浮腫を反映した同心円状の皺襞が認められる(.).明らかな樹枝状潰瘍は認められない.図6右眼白内障術後56日目の前眼部所見a:角膜全体にびまん性の浮腫が認められる.Cb:同心円状の皺襞は軽快傾向である.Cc:bの拡大所見.点状表層角膜びらんの多発ならびに上皮型ヘルペスの発症を疑う小潰瘍が散見される.FLM:0.1%フルオロメトロン点眼BET:0.1%ベタメタゾン点眼2015年10月11月12月2016年1月2月図7臨床経過2ころC2週間で潰瘍は消失し,再度C0.1%ベタメタゾン点眼C2回に変更した.以後,右眼の角膜浮腫は軽快し,実質型ならびに上皮型ヘルペスの再発は認められなかった.2016年C1月下旬,左眼白内障手術を施行した.術前よりアシクロビル眼軟膏をC3回使用し,術後点眼としてC0.1%ベタメタゾン点眼とレボフロキサシン点眼をC4回使用した.手術C10日後より角膜傍中心部に実質型ヘルペスを疑う混濁と浮腫を認めたが,右眼の発症時と比較し軽度であった.点眼を継続したところC2カ月で治癒した(図7).以後,両眼の角膜ヘルペスの再発は認められず,右眼手術11カ月,左眼手術C8カ月後の最終所見では,両眼視力は矯正C1.5であり,両眼の角膜実質浮腫,上皮病変はみられなかった.0.005%ラタノプロスト点眼をC1回,0.5%チモプトール点眼をC2回,0.1%ブリモニジン酒石酸塩点眼をC2回,アシクロビル眼軟膏をC1回両眼に使用し,右眼眼圧はC13CmmHg,左眼眼圧はC11CmmHgに保たれている.CII考按今回筆者らは,毛孔性紅色粃糠疹という比較的まれな皮膚疾患に合併した両眼同時発症の上皮型角膜ヘルペスを経験した.毛孔性紅色粃糠疹は毛孔一致性の角化性丘疹,手掌,足底のびまん性紅斑と過角化を特徴とする炎症性疾患であり,現在のところ病因は不明とされている.治療は外用薬としてビタミンCDC3,ステロイド,尿素軟膏を使用し,内服薬はレチノイド,免疫抑制薬などが報告されている3).今回の症例では,毛孔性紅色粃糠疹にCcapillaryCleaksyndromeを合併していた.CapillaryCleaksyndromeは皮下の毛細血管透過性亢進に伴う浮腫,脱水を認め,重症例では多臓器不全に至る疾患であり,ステロイド全身投与を必要とする.今回の症例でもヒドロコルチゾンC200Cmgが投与された.本症例は原疾患である毛孔性紅色粃糠疹にCcapillaryCleaksyndrome,ステロイド全身大量投与といった上皮のバリア機能を低下させる要因が重なったため,HSVの感染もしくは再燃が誘発されたと考えられた.単純ヘルペス角膜炎は片眼に発症することが多く,両眼性は比較的まれであるが,免疫抑制状態や皮膚疾患の合併例に認められる2,4,5).升谷ら4)は両眼に初感染をきたしたヘルペス角結膜炎のC2例を報告しており,初感染の根拠として両眼性,眼瞼皮疹,結膜炎,発熱と咽頭痛といった全身症状をあげている.また,奥田ら5)は,輪部病変と周辺角膜に樹枝状病変を伴った両眼性ヘルペス性結膜炎の1例を報告し,皮疹ならびに輪部から周辺角膜に樹枝状の上皮病変を認めたこと,抗CHSV-IgM抗体価が上昇したことから初発感染としている.また,大久保ら6)は唐草状の角膜上皮炎といった非定型な単純ヘルペス性角膜炎が,健常者であるにもかかわらず両眼性に認められたまれな症例を報告し,抗CHSV-IgMが上昇していたため,初感染であると考察している.今回の症例においては初発時の両眼上皮型ヘルペス病変が,結膜にも樹枝状潰瘍を認めたこと,Kaposi水痘様発疹症を疑う皮疹を全身に合併していたことから,HSVの初感染が疑われた.しかし,抗CHSV-IgM抗体の上昇は認められず抗CHSV-IgG抗体の著明な上昇を認めており,ステロイド内服およびCcapillaryCleaksyndromeといった重篤な皮膚疾患を有していたことから,HSVの既感染が両眼性に顕在化した可能性が考えられた.手術侵襲とステロイド投与における角膜ヘルペス発症についての報告は,鈴木ら7)による角膜移植後の免疫抑制薬やステロイド使用時に角膜ヘルペスが発症した報告や,谷口ら8)による実質型角膜ヘルペスが上皮型として白内障手術後に再発した報告,三田ら9)による角膜ヘルペスにC20年前罹患した症例が白内障術後に再発により角膜穿孔をきたした報告など多数認められる.今回の右眼白内障術後のヘルペス再発においても,これらの報告同様,手術侵襲・ステロイド局所投与が原因と考えられた.角膜ヘルペスの既往歴を有する症例において白内障手術を施行する際に,0.1%ベタメタゾン点眼液を使用している間は必ず予防的にアシクロビル眼軟膏点入をC1.2回行い,ステロイド点眼はできるだけ早く中止することが推奨されている10).今回の症例ではアシクロビル眼軟膏の予防投与を行い,比較的弱いC0.1%フルオロメトロンの投与を行っていたため,上皮型は再発しなかったが実質型という形で再燃した.既報に角膜ヘルペス治癒C2年後の白内障手術においてベタメタゾン点眼を使用することにより再発を認めたC2症例8),治癒よりC10年後に白内障手術を契機として再発した症例9)が認められるが,それらの報告と比較し,筆者らの症例は治癒よりC1年と比較的短期間での白内障手術であったことが原因と考えられた.また,角膜ヘルペス初発時に両眼性かつ比較的重篤な臨床症状を有していたことも関与していると推測した.また,今回の症例は実質型ヘルペスとして再発したため難治であった.白内障術後に実質型ヘルペスが認められた症例の治療として,抗ウイルス薬の併用とステロイドの漸減が推奨されている10).筆者らも当初ステロイド点眼を強いものに変更することは病態が悪化するおそれがあると判断し,ステロイドならびにバルガンシクロビルの全身投与を行った.しかし,角膜浮腫が悪化したため,0.1%フルオロメトロン点眼をC0.1%ベタメタゾンに変更することにより角膜浮腫の軽快が認められ治癒に至った.今回,術後の実質型ヘルペスの治療においてフルオロメトロン点眼投与で改善しない場合,さらに強いステロイドであるベタメタゾンの局所投与が有用である可能性が示唆された.とはいえ,経過中に上皮型ヘルペスの再燃もきたしており,アシクロビル眼軟膏のカバーが必要であることと,詳細かつ短時間での経過観察ならびに角膜ヘルペスの病型にあわせた抗ウイルス薬やステロイドの変更が必要であることが示唆された.以上をふまえ,左眼の手術時には手術直後よりベタメタゾン点眼ならびにアシクロビル眼軟膏を使用した.術後に実質型角膜ヘルペスとして再発したものの,右眼に比較し混濁は軽度であり,速やかに治癒させることができた.以後角膜ヘルペスの再発は認めていないが,毛孔性紅色粃糠疹再発時や,緑内障点眼の上皮障害性より今後の再発が危惧されるため,以後の経過観察において詳細な角膜の観察,ならびに必要時にはアシクロビル眼軟膏とステロイドの局所投与が必要となる可能性があると考えられた.CIII結語今回,白内障手術を契機に上皮型角膜ヘルペスが実質型角膜ヘルペスへと移行した両眼性の角膜ヘルペス症例を経験した.毛孔性紅色粃糠疹といったまれな皮膚疾患には両眼性角膜ヘルペスを併発することがあり,また手術侵襲やステロイド投与によりその病型も多彩に変化するため,経過中,詳細な前眼部の観察ならびに適切な治療が必要と考えられた.文献1)下村嘉一,松本長太,福田昌彦ほか:ヘルペスと戦ったC37年.日眼会誌119:145-166,C20142)PaulaCMF,CEdwardCJH,CAndrewJW:BilateralCherpeticCkeratoconjunctivitis.OphthalmologyC110:493-496,C20033)小谷晋平,大森麻美子,小坂博志ほか:シクロスポリンが著効した毛孔性紅色粃糠疹のC1例.臨皮71:216-220,C20174)升谷悦子,北川和子,藤沢綾ほか:両眼に初感染のヘルペス性角膜炎と思われる症状を示したアトピー性皮膚炎患者のC2例.眼紀56:498-502,C20055)奥田聡哉,宮嶋聖也,松本光希:輪部病変と周辺角膜に樹枝状病変を伴った両眼性ヘルペス性角膜炎のC1例.あたらしい眼科18:651-654,C20016)大久保俊之,山上聡,松原正男:唐草状の角膜上皮炎を呈した両眼性単純ヘルペス性角膜炎のC1例.臨眼C66:653-657,C20127)鈴木正和,宇野敏彦,大橋裕一:局所免疫不全状態において経験した非定型的な上皮型角膜ヘルペスのC3例.臨眼C57:137-141,C20038)谷口ひかり,堀裕一,柴友明ほか:白内障術後に上皮型角膜ヘルペスを発症したC2症例.眼臨紀C6:363-367,C20139)三田覚,篠崎和美,高村悦子ほか:白内障術後に角膜ヘルペスの再発から角膜穿孔に至ったC1例.あたらしい眼科C24:685-687,C200710)藤崎和美:白内障術後感染症(ヘルペスを含む).IOL&RSC29:344-349,C2015***

CIELABを用いた白内障手術におけるブリリアントブルーG前囊染色の視認性評価

2020年7月31日 金曜日

《原著》あたらしい眼科37(7):883.890,2020cCIELABを用いた白内障手術におけるブリリアントブルーG前.染色の視認性評価柴宮浩希*1,2寒竹大地*1石川慎一郎*1中尾功*1樋田太郎*3西村知久*3江内田寛*1*1佐賀大学医学部眼科学教室*2高邦会高木病院眼科*3美川眼科医院CVisibilityEvaluationofBrilliantBlueGCapsuleStaininginCataractSurgeryusingCIELABHirokiShibamiya1,2)C,DaichiKantake1),ShinichiroIshikawa1),IsaoNakao1),TarouHida3),TomohisaNishimura3)CHiroshiEnaida1)Cand1)DepartmentofOphthalmology,SagaUniversityFacultyofMedicine,2)CHospital,3)MikawaEyeClinicCDepartmentofOphthalmology,KouhoukaiTakagi目的:白内障手術において水晶体前.を染色するために投与されたブリリアントブルーCG(BBG)の有効性を確認し,染色領域と前.切除領域の色差をCCIE1976L*a*b*色空間(CIELAB)を用いて定量的に評価し,CIELABの評価指標としての妥当性を検討する.対象および方法:2014年C1月.2018年C2月に佐賀大学医学部附属病院眼科で施行した白内障手術のうち,前.の視認性が不良であり,視認性改善のためにCBBGを使用し前.切開を行ったC76例C85眼を後ろ向きに検討した.まず術者および第三者によって,5段階(レベルC0.4:5段階レベルでC2以上を有効と判定)でBBG投与後の可視化の程度・前.切開の容易性を評価した.さらに手術中の静止画像を用いて染色領域と前.切除領域の色差をCCIELABを用いて数値化し,第三者による評価との間に相関があるかを検討した.結果:第三者と術者による可視化の程度および手術容易性の評価は,平均でいずれも前.の視認性が明瞭なレベルC3以上であり,第三者評価ではC98.8%の症例で有効,術者評価では全例が有効と判定された.CIELABを用いた染色領域と前.切除領域の色差の検討では,色差に相当するユークリッド距離ΔEと第三者による評価とのCSpearmanの順位相関係数はC0.66であり,両者には正の相関があると示された.結論:BBG染色は白内障手術時の前.の可視化に有効であり,さらに前.染色の視認性の定量的評価指標としてCCIELABは有用であった.CPurpose:Toevaluatethee.cacyofbrilliantblueG(BBG)dyeinjectedforvisualizationoftheanteriorcap-suleofthelensandquantitativelyevaluateitsvisibilityintheanteriorcapsuleusingCIE1976L*a*b*Ccolorspace(CIELAB)C,CandCtoCexamineCtheCuseCofCCIELABCasCanCevaluationCindex.CSubjectsandMethods:WeCevaluatedC85Ceyesof76patientswhounderwentBBGcapsulestainingfromJanuary2014toFebruary2018atSagaUniversityHospital.CTheCsurgeonCandCaCthirdCpartyCevaluatedCtheCstainingCgradeCandCeaseCofCanteriorCcapsulotomyCinC.vesteps(level0to4,withalevelhigherthan2beingjudgede.ective)C.Inaddition,thecolordi.erenceofthestain-ingregionandanteriorcapsuleremovalregionwasquanti.edusingCIELAB.Wealsoinvestigatedwhetherornottherewasanassociationbetweenthecolordi.erenceofCIELABandevaluationbythethirdparty.Results:Theprocedurewasjudgede.ectivein98.8%ofthecasesbythirdpartyevaluationandin100%ofthecasesbysur-geonevaluation.Inexaminingcolordi.erenceusingCIELAB,theSpearman’srankcorrelationcoe.cientbetweenCΔEandthirdpartyevaluationwas0.66,indicatingthatbothhadpositivecorrelation.Conclusions:BBGstainingwase.ectiveforvisualizationoftheanteriorcapsuleofthelens,andCIELABwasfoundtobeusefulasaquantita-tiveevaluationindexofvisibility.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C37(7):883.890,C2020〕〔別刷請求先〕柴宮浩希:〒849-8501佐賀県佐賀市鍋島C5-1-1佐賀大学医学部眼科学教室Reprintrequests:HirokiShibamiya,DepartmentofOphthalmology,SagaUniversityFacultyofMedicine,5-1-1Nabeshima,SagaCity,SagaPrefecture849-8501,JAPANCKeywords:CIELAB,BBG,前.染色,前.切開,白内障手術.CIELAB,BBG,anteriorcapsulestaining,anteriorcapsulotomy,cataractsurgery.Cはじめに白内障手術において,連続円形切.(continuouscurvilin-earcapsulorrhexis:CCC)は,重要な要素である.不完全なCCCCは術後の眼内レンズの安定性を欠くのみならず,術中の後.破損などにつながり,手術の安全性を損なう要因になりえる.しかし,成熟・過熟白内障の症例や皮質・後.下混濁の強い症例,角膜の透見不良な症例,硝子体出血を有する症例では白内障手術時に徹照光が不良となり,CCCの作製が困難となる.そのような症例では,前.の視認性を高めるため染色剤を使用した前.染色が行われており,以前よりインドシアニングリーン(indocyaninegreen:ICG)やトリパンブルー(trypanblue:TB)などが用いられている1,2).その有用性が報告されている一方で,角膜内皮や網膜への毒性に関する報告がなされ,安全性への懸念があるとされている3.6).今回前.染色に使用したブリリアントブルーCG(brilliantCblueG:BBG)は,もともとは硝子体手術において,ICGやTBに代わる内境界膜の染色剤として開発され,その安全性と良好な染色性から広く用いられているものである7,8).今回筆者らはCBBGを用いた水晶体前.染色での視認性を術者および第三者により評価することで染色の有効性を確認し,加えて国際照明委員会(CommissionCInternationaleCdeCl’Eclairage:CIE)が策定した色空間であるCCIELAB9)を用いて前.染色領域と切除領域の色差を定量化し,加えて,第三者評価との相関をみることで,CIELABが視認性の評価指標として妥当であるか検討を行った.CI対象および方法1.対象2014年C1月.2018年C2月に佐賀大学医学部附属病院眼科にて白内障手術を行った症例のうち,前.の可視化のためにBBGを用いて前.染色を行ったC76例C85眼を対象とした(表1).年齢はC32.94歳(平均C73.6C±12.3歳,平均値C±標準偏差)であった.性別は男性C29例(38%)32眼,女性C47例(62%)53眼であった.白内障の原因別分類としては大部分が加齢性であり,それ以外はアトピー性白内障C3例C3眼,外傷性白内障C1例C1眼の他,急性原発閉塞隅角緑内障C7例C7眼が含まれていた.染色を要した理由としては,成熟または過熟白内障がC35例C38眼(45%),皮質・後.下混濁がC28例C32眼(38%),角膜透見不良(急性原発閉塞隅角緑内障による角膜浮腫を含む)がC13例C15眼(18%)であった.本研究はヘルシンキ宣言を遵守し,佐賀大学医学部附属病院医学倫理審査委員会の承認(承認番号C2013-11-01)を受け,研究参加および未承認薬品使用に関するインフォームド・コンセントを十分に行い書面による同意を得て行った.また,本研究はC2018年C3月C31日をもってすべてを終了している.C2.手.術.方.法BBGは,CoomassieCBrilliantCblueCG250(シグマアルドリッチ社製)を眼内灌流液(オペガード)に溶解し,最終濃度をC0.25Cmg/mlに調整して使用した.薬剤の調整は当院薬剤部に依頼し,調整された院内製剤は滅菌さらにバイアル化され供給された.サイドポート作製後,上記のように調整したCBBGを注入し前房内を全置換した.置換後にC30秒程度経過したあと,眼内灌流液(BSSplus)にて前房を洗浄した.その後,粘弾性物質(ビスコートもしくはシェルガン)で前房内を置換し,2.4Cmm強角膜創もしくは角膜切開創を作製,チストトーム・前.切開鑷子を用いてCCCCを作製した.その後は通常の方法で手術を行い,全例に眼内レンズを挿入した.また,手術顕微鏡にはCOPMILumeraT(CarlZeiss)またはCOPMIVISU210(CarlZeiss)を用い,いずれもハロゲン光源を使用し,手術開始時には毎回必ず手術用ガーゼでホワイトバランスを調整して手術を行った.また,術中の動画は色彩設定などの編集を行わずに用いた.C3.評.価.方.法本研究における主要評価項目は第三者による視認性の評価とし,副次評価項目を術者による視認性の評価とした.術者による評価は,手術終了後に染色による視認性を評価した.第三者による評価では,手術開始時から終了時までを動画で記録し,その動画より前.染色後,CCC施行中,CCC終了後のC3枚の静止画像を加工しない状態で抽出し,評価の資料とした.評価基準は,術者・第三者ともにCBBGによる前.染色の視認性をレベルC0.4のC5段階(表2)で評価した.評価指標には本研究と同時期に試行していた「A0001(ブリリアントブルーCG250)の内境界膜染色と.離に対する有効性と安全性の検討─多施設共同第CIII相医師主導治験7」」の評価指標を一部改変し,白内障用の評価指標を新たに構築して使用した.第三者による評価は前述の手術動画より抽出した静止画像を用いて,院外の熟練した白内障術者C2名に評価を依頼した.術者評価および第三者による評価は,それぞれにおいて5段階の評価でレベルC2以上を有効と定義した.また,第三表1被験者背景項目区分割合(眼数%)解析対象76例85眼性別年齢男性女性平均値C標準偏差C最小値C中央値C最大値C29例32眼C47例53眼C73.612.332759437.662.4対象眼右眼左眼42眼(内両眼943眼C)C49.450.6病型加齢性白内障アトピー性白内障急性原発閉塞隅角緑水晶体異物65例74眼C3例3眼C内障7例7眼C1例1眼C87.13.58.21.2染色理由成熟・過熟白内障皮質・後.下混濁角膜透見不良35例38眼C28例32眼C13例15眼C44.737.617.6表2術者および第三者による可視化の程度の評価および手術容易性の評価に用いた指標指標※指標の詳細レベルC0※※前.の染色は確認できず,手術の操作は困難である(と考えられる)CレベルC1前.の染色はレベルC0に比して明瞭であるが,手術の操作は困難である(と考えられる)レベルC2前.の染色は不十分であるが,手術操作可能なレベルである(と考えられる)レベルC3前.の染色はレベルC2に比して明瞭であり,手術の操作は問題なく行える(と考えられる)レベルC4前.の視認性は十分であり,手術操作にまったく問題のない状態である(と考えられる)C※A0001(ブリリアントブルーCG250)の内境界膜染色と.離に対する有効性と安全性の検討─多施設共同第CIII相医師主導治験(文献C7より引用)C※※括弧内は第三者評価時の指標者による評価と術者による評価の評価指標レベルC0.4をそれぞれC0.4のスコアに置き換え,第三者評価ではC2評価者の平均値をとり,それぞれ第三者評価スコア,術者評価スコアとした.さらに,第三者評価スコアで視認性不良群:スコアC1.5.2,視認性中等度群:2.5.3,視認性良好群:3.5.4のC3群に分けた.さらに探索的評価項目として視認性の定量的な評価を目的とし,染色領域と前.切除領域の色差の定量的な評価を行い主要評価項目の妥当性を検討した.主要評価項目評価に用いたCCCC終了後の静止画像から前.の切開線を挟むCBBG染色領域と前.切除領域で関心領域をC6セット抽出した(図1a).この関心領域間でのコントラストを定量的に評価するため,CIELABを用いた.これは人間の視覚による知覚に近似するように作られた三次元の色空間であり,この色空間内の座標間の距離が大きいほど,大きな色差として知覚される10,11)という特性がある.そこで測定したC2領域間の色差をCIELAB色空間内での距離(CΔE)として定量的に評価した.画像からC6セット,計C12カ所の関心領域のCCIELAB色空間内での座標を画像処理ソフトCImageJを用いて抽出し,座標間の距離(CΔE)を以下の式にて計算した.CΔE=√(ΔL*)2+(Δa*)2+(Δb*)2CΔL*=L*染色領域.L*前.切除領域CΔa*=a*染色領域.a*前.切除領域CΔb*=b*染色領域.b*前.切除領域6セット分のCΔEを算出し,平均化した.また,CΔEと第三者評価スコアの相関をみた.さらに,第三者評価スコアで分けたC3群(視認性不良群,視認性中等度群,視認性良好群)それぞれのΔEの平均を比較した.今回直接的な評価項目とはしていないが,手術における有害事象についても併せて検討を行った.a14b12108データの分析に関してCWelchのCt検定およびCSpearmanの順位相関係数を用いた.患者属性や病型,染色理由,有害事象については診療録の記録をもとに集計を行った.CII結果1.有効性の評価主要評価項目である第三者による前.染色の有効性の評価に関しては,2人の評価者の間で軽微な差異はあるものの,レベルC3とレベルC4が約C80%を占める結果となった.各評価者ともC1眼のみレベルC1との評価であった(表3).有効(レベルC2以上)または,無効(レベルC2未満)の割合を表4に示す.2評価者とも有効がC84眼(98.8%),無効がC1眼(1.2%)であった.第三者評価において視認性不良群(第三者評価スコアC1.5.2),視認性中等度群(スコアC2.5.3),視認性良好群(スコアC3.5.4)それぞれの代表症例を図2に示す.視認性不良群や視認性中等度群には角膜透見不良な症例や皮質・後.下混濁の症例が多く,視認性良好群には成熟・過熟白内障の症例が多く含まれた.副次評価項目である術者による前.染色の有効性の評価に関しては,レベルC4がもっとも多くC44眼(51.8%)を占め,ついでレベルC3がC31眼(36.5%)を占めた(表3).有効または,無効の割合を表4に示す.有効と判定された症例はC856420第三者評価スコア*11.522.533.54DE11*眼(100%)であった.第三者による評価と同様に,視認性が不十分から中等度で109あった症例(術者評価スコアC2,3)には角膜透見不良な症例87や皮質・後.下混濁の症例が多く,視認性が良好であった症6543210第三者評価スコア例(スコア4)には成熟・過熟白内障の症例が多く含まれた.C2.CIELABを用いた定量的評価と第三者による評価の比較各症例で,CIELAB空間内での染色領域・前.切除領域それぞれのCL*,a*,b*座標間の距離ΔEを求めた.CΔEの平均はC6.15C±2.32(平均値C±標準偏差)であった.CΔEと第三者評価スコアの分布は図1bのようになった.SpearmanのDE1.5~22.5~33.5~4*:p<0.05図1関心領域の抽出および第三者評価とΔEの相関a:関心領域の抽出.CCC終了後の静止画像から前.の切開線を挟むようにBBG染色領域(赤丸)と前.切除領域(緑丸)をC6セット抽出.Cb:第三者評価スコアとCΔEの分布.第三者評価スコアとCΔEには正の相関を認めた.Cc:第三者評価スコア毎のΔE.視認性不良群(第三者評価スコアC1.5.2)ではCΔEの平均はC4.23C±1.49,視認性中等度群(スコアC2.5.3)ではC5.09C±1.34,視認性良好群(スコアC3.5.4)ではC7.67C±2.28となり,各群間でCΔEの平均値は有意差を認めた.CΔE:BBG染色領域と前.切除領域のCCIELAB色空間内の距離.C886あたらしい眼科Vol.37,No.7,2020順位相関係数はC0.66であり,両者には正の相関があると示された.また,第三者評価スコアごとにCΔEの平均を比較すると図1cのようになった.それぞれの群間でCΔEの平均値は有意差を認め,第三者評価において視認性が良い症例ほど有意にΔEの値が大きくなった.これにより,客観的な評価であるCCIELABを用いて色差を定量化したCΔEは,主観的な評価である第三者評価と同様に前.染色の視認性の評価指標となりうることが示唆された.また,白内障のタイプすなわち前.染色を要した理由ごとに解析を行うと,第三者評価では成熟・過熟白内障でもっとも評価が良好であり,第三者評価スコアは平均C3.38C±0.57(112)表3術者および第三者による可視化の程度の評価および手術容易性の評価の結果第三者評価者C1第三者評価者C2術者評価指標指標の詳細眼数割合(%)眼数割合(%)眼数割合(%)レベルC0前.の染色は確認できず,手術の操作は困難である(と考えられる)C0C0.0C0C0.0C0C0.0レベルC1前.の染色はレベルC0に比して明瞭であるが,手術の操作は困難である(と考えられる)C1C1.2C1C1.2C0C0.0レベルC2前.の染色は不十分であるが,手術操作可能なレベルである(と考えられる)C18C21.2C16C18.8C10C11.8レベルC3前.の染色はレベルC2に比して明瞭であり,手術の操作は問題なく行える(と考えられる)C29C34.1C46C54.1C31C36.5レベルC4前.の視認性は十分であり,手術操作にまったく問題のない状態である(と考えられる)C37C43.5C22C25.9C44C51.8表4術者および第三者による可視化の程度の評価および手術容易性の評価のまとめ第三者評価者C1第三者評価者C2術者眼数割合(%)眼数割合(%)眼数割合(%)解析対象C85C85C85有効※C84C98.8C84C98.8C85C100.0無効※※C1C1.2C1C1.2C0C0.0C※有効はレベルC2以上をさす.C※※無効はレベルC2未満をさす.図2第三者評価におけるスコアごとの代表例a:視認性不良群(第三者評価スコアC1.5.2)全周にわたってCCCCの境界線がほとんど視認できない.角膜透見不良症例.Cb:視認性中等度群(スコアC2.5.3)部分的にCCCCの境界線が確認できるが,一部は視認性が不良.皮質・後.下混濁症例.Cc:視認性良好群(スコアC3.5.4)全周にわたってCCCCの境界線が明瞭に観察できる.成熟白内障症例.(平均値C±標準偏差)であった.皮質・後.下混濁の症例はC±標準偏差),ついで,皮質・後.下混濁の症例C5.81C±2.13C2.97±0.75(平均値C±標準偏差),角膜透見不良な症例がもっ(平均値C±標準偏差),角膜透見不良な症例C4.22C±1.18(平均とも評価が低く,第三者評価スコアはC2.80C±0.68(平均値C±値±標準偏差)の順となった.CΔEの平均値は,それぞれの標準偏差)であった.それぞれの症例でのCΔEの平均値を図群間で有意差を認めた.C3に示す.CΔEも第三者評価スコアと同様に,成熟・過熟白C3.有害事象の検討内障の症例でΔEがもっとも大きく平均C7.20C±2.28(平均値安全性に関して今回筆者らの調査では,有害事象はC85眼*11109876543210角膜透見不良DE皮質・後.下混濁成熟・過熟白内障*:p<0.05図3染色理由ごとのΔE角膜透見不良な症例ではΔEの平均値はC4.22C±1.18(平均値C±標準偏差),皮質・後.下混濁の症例ではC5.81C±2.13(平均値C±標準偏差),成熟・過熟白内障の症例ではC7.20C±2.28(平均値C±標準偏差)となり,それぞれの群間でCΔEの平均値は有意差を認めた.CΔE:BBG染色領域と前.切除領域のCCIELAB色空間内の距離.中C75眼(88.2%)報告された.表5に認められた有害事象を示した.発現割合がもっとも高かったものは結膜充血でC50眼(58.8%),ついで角膜浮腫C35眼(41.2%),点状表層角膜炎C15眼(17.6%),結膜下出血C14眼(16.5%)と続いた.追加での処置を要した有害事象として後.破損をC2眼(2.4%)に認めたが,いずれもCCCC作製は問題なく行われ,その後の手術操作のなかで生じたものであった.両症例とも硝子体切除を追加し,1例は眼内レンズを.内固定,もうC1例は.外固定を行いいずれも術中に対応を完了した.また,角膜内皮細胞密度に関しては,術前の平均がC2,556個/mmC2,術後の平均がC2,031個/mmC2であった.CIII考按白内障手術において,成熟・過熟白内障や皮質・後.下混濁が強い症例,角膜透見不良な症例,硝子体出血の症例では網膜からの反射光である徹照光が得られにくく,前.の視認性が不良となり,CCCの施行が困難となる.前.の視認性を改善するために染色剤として以前よりCICGやCTBが使用され,その有用性が報告されてきた1,10.13).一方で,前.染色は症例により術中の視認性にかなりの差異を生じるため,染色の有効性を確認し,さらに今後,染色の特性や観察手技の検討をするには定量的かつ客観的な評価指標が必要と考えられた.今回CBBGを前.に対する染色剤としていくつかの検討を表5有害事象合併症眼数頻度(%)結膜充血C50C58.8角膜浮腫C35C41.2点状表層角膜炎C15C17.6結膜下出血C14C16.5眼圧上昇C3C3.5後.破損C2C2.4角膜混濁C1C1.2結膜浮腫C1C1.2C行ったが,主要評価項目とした第三者による前.染色の視認性の評価では,98.8%の症例で染色の有効性を認め,さらに副次評価項目である術者の評価ではC100%の症例で有効と判定され,BBGによる前.染色の有効性を確認した.今回,ほかの染色剤のとの比較は行っていないが,既報ではCBBGとCTBによる前.染色の有効性としてCCCCの成功率を比較しており,両者ともCCCC成功率C100%で同等の有効性を認めたとされている5).今回筆者らは前.染色の視認性の定量的評価のためCIELABを用いた.色空間にはさまざまなものがあるが,一般に,色空間内でのC2点間距離は視覚による色差の感覚とは一致していない.色空間内での距離と肉眼での感覚の不一致を減らすことを目的に作製されたのが,CIELABである.CIELAB色空間は色の明度(L*=0は黒,L*=100は白の拡散色),マゼンタと緑の間の位置(a*:負の値は緑寄りで,正の値はマゼンタ寄り),黄色と青の間の位置(b*:負の値は青寄り,正の値は黄色寄り)の座標で定義される.CIELABは完全な均等色差空間ではないものの,色空間内での距離はある程度視覚による色差の大きさを反映する.すなわちCCIELAB色空間内の座標間の距離が大きいほど,大きな色差として知覚される14,15).CIELABは日本産業規格(JIS)にも採用され,一般に産業分野での色差を表す標準規格として用いられているが,眼科領域の使用例としては内境界膜染色の評価16,17)や内境界膜染色における染色剤ごとの染色性の比較18),染色手技の検討19)で用いられており,前.染色においても染色に用いるCTBの至適濃度の検討20)で用いられている.このように染色性を主観的な評価ではなく,客観的な評価とすることで,染色剤ごとの違いや染色方法,観察方法の比較・検討を可能としている.主要評価項目である第三者による評価とCCIELAB座標内の距離ΔEを用いた染色領域と前.切除領域の色差の評価ではCSpearmanの順位相関係数でC0.67と正の相関を認めた.第三者評価において視認性不良群(第三者評価スコアC1.5.2)と,視認性良好群(第三者評価スコアC3.5.4)では,CΔEの平均値に約C1.81倍のスコア差を認め,視認性の評価において,CIELABを用いた定量的な評価の有用性が示された.ΔEの値ごとに第三者評価の評価指標をみると,CΔEが4以上となれば全症例で有効な視認性が得られており,さらにC5以上となれば多くの症例で視認性は十分で手術操作に問題ないレベルとなっていた.また,今回筆者らの調査では,CCCの成功率はC100%と既報と同様に高い数値であったが,染色の有効性をC5段階で評価することで,CCCは成功しているものの,その染色の程度や手術の容易性に症例間で差があることがわかった.その一因としては,染色を行った症例による染色後の視認性の違いが考えられた.CIELABを用いて染色理由ごとのCΔEの平均値を比較すると,成熟・過熟白内障の症例ではC7.20ともっとも大きく,ついで皮質・後.下混濁の症例でC5.81,角膜透見不良な症例はC4.22ともっとも小さい値であった.このような症例によってΔEに差が生じた原因として,成熟・過熟白内障や皮質・後.下混濁の症例では水晶体前.下の色調が白色となっているものが多く含まれ,白色の水晶体と染色された前.の間でコントラスト差が大きいのに対し,角膜透見性が不良な症例では水晶体は必ずしも白色ではないため,染色した前.との間にコントラスト差が生じにくい点や,角膜混濁のために染色で生じたコントラスト差が不明瞭化している可能性が考えられた.したがって,染色後の視認性不良となりやすい角膜透見不良な症例において前.染色を行う際には,染色性・視認性を高める手技の検討が必要と考えられた.染色による視認性の改善が得られにくい角膜透見不良例などにおいては,レトロイルミネーション21,22)やフィルター23)の使用,染色時間を長くとるなどの観察方法や染色手技の検討が必要と考えられた.その際,今回の検討で視認性や手術容易性が担保された染色領域と前.切除領域での色差ΔEがC4.5以上とすることが一つの基準になるのではないかと考えている.前.染色の安全性に関して,ICGやCTBは臨床的利用においては安全に使用できるとの報告24)がなされているが,久富らの電子顕微鏡を用いた前.染色後の角膜内皮細胞への影響を調べた研究では,ICGやCTBは内皮細胞の構造的な変化を認めたのに対し,BBGではそのような変化を認めなかった点から,BBGはより安全に使用できると報告6)している.また,長島らはCTBとCBBGによる前.染色を行い,両者とも同等の染色性と安全性を示したが,Zinn小帯が脆弱な症例や硝子体手術を併施する症例では染色剤が硝子体腔へ流入し,網膜毒性を生じる可能性から,BBGがより安全であるとの報告5)をしている.今回の筆者らの調査では,結膜充血(58.8%)や角膜浮腫(41.2%)など,有害事象の発生頻度が多く,角膜内皮細胞密度の減少量も大きかったが,これは通常の白内障手術でも起こりうる軽微な有害事象もすべて含まれており,加えて,急性原発閉塞隅角緑内障の症例では,白内障手術の施行の有無にかかわらず充血や角膜浮腫を生じていたことや核硬化度が高い症例が多く含まれていたために,角膜内皮細胞密度の減少が大きかったと考えられた.また,角膜染色や硝子体染色といったCBBG投与によると考えられる有害事象は認めなかったが,適切な使用方法を遵守するべきであることはいうまでもない.今回の研究で,BBGによる水晶体前.染色の有用性が確認され,CIELABを用いて色差を定量化したCΔEは視認性の定量的な評価指標となりうることが示唆された.また,染色に至る理由によって染色で得られる視認性に差が生じることが証明された.本研究の課題としては,後ろ向き研究であること,手術顕微鏡の照度や染色時間などが一定ではなかったことがあげられる.より正確性を期すためには統一条件下での検討が望まれた.本論文の一部の内容は第C122回日本眼科学会総会にて発表した.利益相反:江内田寛(カテゴリーP)文献1)HoriguchiM,MiyakeK,OhtaIetal:Stainingofthelenscapsuleforcircularcontinuouscapsulorrhexisineyeswithwhitecataract.ArchOphthalmolC116:535-537,C19982)MellesGR,deWaardPW,PameyerJHetal:Trypanbluecapsulestainingtovisualizethecapsulorhexisincataractsurgery.JCataractRefractSurgC25:7-9,C19993)VeckeneerM,OverdamK,vanMonzerJetal:Oculartox-icityCstudyoftrypanblueinjectedintothevitreouscavityofCrabbitCeyes.CGraefesCArchCClinCExpCOphthalmolC239:C698-704,C20014)JacksonTL,HillenkampJ,KnightBCetal:Safetytest-ingCofCindocyanineCgreenCandCtrypanCblueCusingCretinalCpigmentepitheliumandglialcellcultures.InvestOphthal-molVisSciC45:2778-2785,C20045)NagashimaT,YudaK,HayashiT:ComparisonoftrypanblueCandCbrilliantCblueCGCforCstainingCofCtheCanteriorClensCcapsuleCduringCcataractsurgery:short-termCresults.CIntCOphthalmolC39:33-39,C20196)HisatomiT,EnaidaH,MatsumotoHetal:StainingabilityandCbiocompatibilityCofCbrilliantCblueG:PreclinicalCstudyCofCbrilliantCblueCGCasCanCadjunctCforCcapsularCstaining.CArchOphthalmolC124:514-519,C20067)江内田寛,平形明人,大路正人ほか:A0001(ブリリアントブルーCG250)の内境界膜染色と.離に対する有効性と安全性の検討─多施設共同第CIII相医師主導治験.日眼会誌C120:439-448,C20168)BabaT,HagiwaraA,SatoEetal:Comparisonofvitrec-tomywithbrilliantblueGorindocyaninegreenonretinalmicrostructureCandCfunctionCofCeyesCwithCmacularChole.COphthalmologyC119:2609-2615,C20129)SchandaJ:ColorimetryCUnderstandingCtheCCIECSystem.CJohnWiley&Sons,NewYork,p58-64,200710)木内貴博,石井晃太郎,矢部文顕ほか:成熟白内障手術におけるインドシアニングリーン前.染色の有効性と限界.あたらしい眼科C20:1159-1162,C200311)中野敦雄,永本敏之,浜由起子ほか:トリパンブルー前.染色を用いた白色白内障の手術成績.日眼会誌C108:283-290,C200412)二井宏紀,亀井千夏,小沢信介:トリパンブルー前.染色を行った白内障手術成績.臨眼C57:325-328,C200313)高原眞理子,土居亮博:トリパンブルー前.染色施行,Tor-sionalCphaco使用白内障手術による角膜内皮への影響.臨眼C69:1475-1479,C201514)KuehniRG:Colour-toleranceCdataCandCtheCtentativeCCIEC1976Labformula.JOptSocAmC66:497-500,C197615)LogvinenkoAD:Anobject-colorspace.JVisC5:1-23,C200916)SteelDH,KarimiAA,WhiteK:Anevaluationoftwoheavi-er-than-waterCinternalClimitingCmembrane-speci.cCdyesCduringmacularholesurgery.GraefesArchClinExpOph-thalmolC254:1289-1295,C201617)HenrichCPB,CValmaggiaCC,CLangCCCetal:ContrastCrecog-nizabilityduringbrilliantblueG-andheavier-than-waterbrilliantCblueCG-assistedchromovitrectomy:aCquantita-tiveanalysis.ActaOphthalmolC91:120-124,C201318)HenrichPB,PriglingerSG,HaritoglouCetal:Quanti.ca-tionCofcontrastrecognizabilityduringbrilliantblueG-andindocyanineCgreen-assistedCchromovitrectomy.CInvestCOph-thalmolVisSciC52:4345-4349,C201119)TotanY,GulerE,Gura.acFBetal:BrilliantblueGassist-edCmacularsurgery:thee.ectofairinfusiononcontrastrecognisabilityininternallimitingmembranepeeling.BrJOphthalmolC99:75-80,C201520)YetikH,DevranogluK,OzkanS:Determiningthelowesttrypanblueconcentrationthatsatisfactorilystainstheante-riorCcapsule.JCataractRefractSurgC28:988-991,C200221)BilginCS,CKayikciogluO:ChandelierCretroillumination-assistedcataractsurgeryduringvitrectomy.EyeC30:1123-1125,C201622)NagpalCMP,CMahuvakarCSA,CChaudharyCPPCetal:Chan-delier-assistedretroilluminationforphacoemulsi.cationinphacovitrectomy.IndianJOphthalmolC66:1094-1097,C201823)EnaidaH,HachisukaY,YoshinagaYetal:Developmentandpreclinicalevaluationofanewviewing.ltersystemtocontrolre.ectionandenhancedyestainingduringvitrec-tomy.CGraefesCArchCClinCExpCOphthalmolC251:441-451,C201324)ChungCCF,CLiangCCC,CLaiCJSCetal:SafetyCofCtrypanCblue1%andindocyaninegreen0.5%inassistingvisualizationofCanteriorCcapsuleCduringCphacoemulsi.cationCinCmatureCcataract.JCataractRefractSurgC31:938-942,C2005***

白内障術後に遅発性Descemet膜剝離を生じたSchnyder角膜ジストロフィの1例

2019年12月31日 火曜日

《原著》あたらしい眼科36(12):1579.1583,2019c白内障術後に遅発性Descemet膜.離を生じたSchnyder角膜ジストロフィの1例勝部志郎*1,2安田明弘*1舟木俊成*3大越貴志子*1門之園一明*2*1聖路加国際病院眼科*2横浜市立大学附属市民総合医療センター眼科*3順天堂大学医学部附属病院眼科CSpontaneousDetachmentoftheDescemetMembraneafterPhototherapeuticKeratectomyandCataractSurgeryinanElderlyPatientwithSchnyderCrystallineCornealDystrophyShiroKatsube1,2)C,AkihiroYasuda1),ToshinariFunaki3),KishikoOhkoshi1)andKazuakiKadonosono2)1)DepartmentofOphthalmology,St.Luke’sInternationalHospital,2)DepartmentofOphthalmology,YokohamaCityUniversityMedicalCenter,3)DepartmentofOpthalmology,JuntendoUniversityHospitalCレーザー治療的角膜切除術(phototherapeuticCkeratectomy:PTK)と白内障術後に遅発性CDescemet膜.離を生じステロイド点眼で治癒したCSchnyder角膜ジストロフィのC1例を報告する.症例はC80歳,男性.前医にて両眼角膜混濁と白内障の診断で,白内障手術前処置としてのCPTK目的に聖路加国際病院(以下,当院)を紹介受診.両眼CPTKを施行後C3カ月に前医にて右眼白内障手術を施行されたが,1カ月を経ても角膜実質浮腫が改善せず,ステロイド点眼で術後C3カ月に浮腫は消失した.その後当院にて左眼白内障手術を施行し順調な経過だったが,3週後に突如CDes-cemet膜.離を伴う角膜実質浮腫を生じた.前房空気タンポナーデは効果なく,ステロイド点眼で発症C12日後にCDes-cemet膜は接着し,角膜浮腫が消失した.遺伝子検査でCUBIAD1遺伝子CP128L変異を認めた.臨床経過より,Schny-der角膜ジストロフィはCDescemet膜と内皮細胞にも脂肪が沈着しており,Descemet膜の接着が脆弱なため術後炎症による内皮機能低下からCDescemet膜.離を生じる病態があるのではないかと考按した.CAn80-year-oldmalewithbilateraldensecornealopacitiesatthestromalsurfacewasclinicallydiagnosedasSchnydercrystallinecornealdystrophy(SCCD)C,andsubsequentlyunderwentphototherapeutickeratectomy(PTK)ConCbothCeyes,CfollowedCbyCcataractCsurgeries.CAfterCcataractCsurgery,CcornealCstromalCedemaCwasCobservedCinCtheCpatient’sCrightCeye,CyetCdisappearedCbyC3-monthsCpostoperativeCviaCtreatmentCwithCtopicalCdexamethasone.CThreeCweeksaftercataractsurgeryonhislefteye,spontaneousdetachmentoftheDescemetmembrane(DM)andcorne-alstromaledemaoccurred.AnteriorsegmentopticalcoherencetomographydetectedahigherdensityC.uidundertheCDM.CAirCtamponadeCinCtheCanteriorCchamberCwasCine.ective,Chowever,CtopicalCdexamethasoneCadministrationCledCtoCtheCcorneaCbeingCcompletelyCcured.CGenotypicCanalysisCdetectedCaCmutationCofCtheCUBIAD1gene(P128L)C,andthepatientwasgeneticallydiagnosedasSCCD.Inthisrareclinicalcourse,SCCDcausedspontaneousdetach-mentoftheDMafterPTKandcataractsurgery.Inthispresentcase,wetheorizethatpathologiesofthecorneaandpostoperativein.ammationcausedadysfunctionofthecornealendotheliumthatledtotheDMbeingsponta-neouslydetached.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C36(12):1579.1583,C2019〕Keywords:Schnyder角膜ジストロフィ,角膜変性症,治療的角膜切除術,Descemet膜.離,白内障手術.Schny-derCcornealdystrophy,cornealendothelium,phototherapeutickeratectomy,Descemetmembrane,cataractsurgery.Cはじめに幼少時に発症し緩徐に進行するとされ,壮年になり両眼の角Schnyder角膜ジストロフィは常染色体優性遺伝で両眼の膜中央部に円盤状またはリング状の混濁を呈し,進行すると角膜実質に脂質沈着による混濁を生じるまれな疾患である1,2).角膜全体が混濁する.混濁部に針状結晶を生じ,角膜周辺部〔別刷請求先〕勝部志郎:〒104-8560東京都中央区明石町C9-1聖路加国際病院眼科Reprintrequests:ShiroKatsube,DepartmentofOphthalmology,St.Luke’sInternationalHospital,9-1Akashicho,Chuo-ku,Tokyo104-8560,JAPANC右眼右眼右眼左眼図1初診時所見上段:細隙灯顕微鏡所見では,両眼ともにCBowman層.角膜実質浅層にびまん性混濁と微小びらんの既往を疑う上皮下瘢痕,老人環様の周辺部混濁を認めた.虹彩異常なし.白内障(Emery-Littele分類C2度)を認める.下段:前眼部COCTでは実質全層に淡く高輝度であり,とくにCBowman層に強い高輝度層を認めた.に老人環様の混濁を認めることがある.全身合併症として高脂血症,脊椎・手指奇形,外反膝などが知られている.遺伝子検査ではCUBIAD1遺伝子の変異が報告されている4,5).今回,治療的レーザー角膜切除術(phototherapeutickera-tectomy:PTK)と白内障術後に遅発性CDescemet膜.離を生じ,ステロイド点眼により治癒したCSchnyder角膜ジストロフィのC1例を経験したので報告する.CI症例患者:80歳,男性.初診時主訴(2014年C8月):まぶしい,見えにくい.現病歴:60歳頃より家族が角膜混濁に気づいていたが,5年前から通院していた近医より,白内障手術目的に前医を紹介されたところ角膜混濁を指摘され,白内障手術の前処置としてのCPTK目的に聖路加国際病院(以下,当院)を紹介受診となった.既往歴:74歳糖尿病(HbA1c7.4%),75歳胆.手術後の腸閉塞,脂質異常症なし.家族歴:父が徴兵検査で視力不良で不合格.同胞,子は異常なし.初診時所見:遠方視力:VD=0.1(0.3C×sph+2.00(cyl.4.00DAx70°)VS=0.3(0.8C×sph+0.75(cyl.2.00DAx90°)眼圧:右眼C11CmmHg,左眼C11CmmHg.細隙灯顕微鏡所見:角膜CBowman層.実質浅層全体にCcombpatternの密な混濁のため実質深層の混濁の状態は視認が困難だった.角膜上皮の微小びらんの既往を疑う瘢痕と老人環様の周辺部混濁を認めた.前房と虹彩に異常なし.水晶体は白内障CEmery-Little分類C2度(図1)を認め,眼底は透見困難だった.II治.療.経.過1.PTKSchnyder角膜ジストロフィまたはCReis-Bucklers角膜ジストロフィを疑い,当院にてC2014年C8月に右眼CPTK(切除深度C109Cμm/含上皮),2014年C10月に左眼CPTK(切除深度68Cμm/含上皮)を施行した.PTKによりCBowman層.実質浅層の混濁は除去され視力は改善し,実質深層に至る淡い実質混濁が確認された(図2).その後,白内障手術までのCPTK術後最高視力は,VD=0.3(0.4C×S+0.75C.5.00Ax95°),VS=0.6(0.9C×S+3.50CC.2.00Ax80°)に改善した.C2.右眼白内障手術と右眼の経過PTK術後C3カ月で,前医にて右眼白内障手術が施行された.術後C1カ月を経ても角膜実質浮腫が遷延しているとのことで,精査加療目的に再び当院を紹介受診となった.受診時視力はCVD=0.02(n.c.)で,術後炎症による角膜内皮機能不全による角膜実質浮腫を考え,デキサメタゾン点眼C1日C4回を開始,治療開始C4週後には角膜浮腫は消失し,デキサメタゾン点眼を中止した(図3).視力はCFRV=0.09(0.3C×S.2.00)に回復し,さらにC6カ月後にはCVD=0.2(0.7C×S+0.50C.2.0Ax85°)に改善した.C3.左眼黄斑牽引症候群PTK術後C1年C5カ月(2016年C5月)に左眼黄斑牽引症候群を発症し視力はCVS=0.1(0.4pC×S+2.50C.2.50Ax90°)に低下したが,1カ月後には後部硝子体.離により自然治癒した(図4).しかしながら視力はCVS=0.2(0.4C×S+2.0C.2.50Ax90°)に低下したままだった.C4.左眼白内障手術PTK術後C1年C9カ月(2016年C7月)に,当院にて左眼白右眼左眼図2PTK術後所見PTKによりCBowman層.実質浅層の混濁は除去され視力は改善したが,実質全体の淡い混濁も確認された.発症時白内障術後1カ月白内障術後2カ月図3右眼白内障術後前医での術後C1カ月を経ても実質浮腫が遷延していたため,再び当院を紹介受診.デキサメタゾン点眼C1日C4回を開始し,術後C2カ月で実質浮腫は消失した.自然治癒時図4左眼黄斑牽引症候群の経過左:PTK術後C1年C5カ月で左眼に黄斑牽引症候群を発症した.発症時に,中心窩が後部硝子体膜により牽引され,中心窩.離と.胞様所見を認めた.右:1カ月後の時点では中心窩の牽引がとれ,黄斑形態が改善していた.内障手術が施行された.術前の角膜内皮細胞密度はC2,681個C/mm2で,術式は点眼麻酔下耳側角膜切開にて超音波乳化吸引術および眼内レンズ挿入術で,合併症なく終了した.術後経過も順調で,術後C11日目の視力はCVS=0.1(0.3C×S.3.00CC.2.00Ax90°)であったが,術後C3週目に突然CDescemet膜.離と角膜実質浮腫を認め(図5),前眼部光干渉断層計(OCT)(CASIA,トーメーコーポレーション)で耳側角膜切開の創口に連続しないCDescemet膜.離を認め,Descemet膜下の貯留液は高輝度を呈していた.左眼視力はC0.03(n.c.)に低下していた.30ゲージ針で角膜上皮側から穿刺し,Descemet膜下貯留液の排液を試みたが微量しか排液できなかった.なお,Descemet膜下貯留液の内容については詳細な検査を行っていない.前房内に空気を注入し空気タンポナーデ(仰臥位)を施行したが著効なく,翌日以降もCDes-cemet膜.離は残存していた.ベタメタゾン点眼C1日C4回で経過をみていたところ,12日後にCDescemet膜は接着し角膜浮腫は消失した(図6).最終診察時(2018年C8月),両眼ともに角膜浮腫を認めず,視力はCVD=0.4(0.6pC×S+1.50C.2.50Ax83°),VS=0.3(0.6C×S.1.25C.2.50Ax85°)で,自覚的にも安定している.C5.遺伝子検査まれな経過であったため,順天堂大学医学部眼科に遺伝子検査を依頼した結果,UBIAD1遺伝子CP128L変異を認め,図5Descemet膜.離と角膜浮腫出現時の細隙灯顕微鏡所見左白内障術後C3週目に突然CDescemet膜.離と角膜実質浮腫を認めた.Schnyder角膜ジストロフィの確定診断を得た.CIII考按Schnyder角膜ジストロフィは角膜の脂質沈着による角膜実質混濁を生じる比較的まれな疾患である.1924年にCvanWentとCWibautら1)が,続いてC1929年にCSchnyder2)が臨床所見を詳細に報告した.角膜混濁のタイプは円盤状.びまん性,結晶の沈着の有無などバリエーションが多い.本症例には結晶の沈着はなく,Bowman層に強い混濁を認めたことから当初CReis-Bucklers角膜ジストロフィも鑑別にCPTKを施行したが,PTK術後の臨床像がCSchnyder角膜ジストロフィに一致していたことや,遺伝子検査からCSchnyder角abcd図6前眼部OCTでの左眼Descemet膜.離と角膜浮腫の治療経過a:発症時,耳側角膜切開の創口に連続しないCDescemet膜.離を認め,Descemet膜下の貯留液は高輝度を呈していた.Descemet膜.離部に角膜実質浮腫を認めた.Cb:発症C5日目,Descemet膜.離は認めるが,貯留液の輝度は低下してきた.Cc:発症C12日目,Descemet膜は接着し,角膜実質浮腫もほぼ消失した.Cd:発症C7週目,Descemet膜.離の再発はなく,角膜実質浮腫は完全に消失している.膜ジストロフィの確定診断に至った.Schnyder角膜ジストロフィは第C1染色体短腕に存在するUBIAD1蛋白の構造異常3)により,apoEを介したコレステロールの細胞内濃度の安定化や細胞内からの除去に異常をきたし,コレステロールなどの脂質が沈着する可能性が示唆されている4).遺伝子変異では複数の変異が報告されている5).本症例でのCP128L変異には既報がなく,Bowman層から実質浅層に密な混濁が特徴のまれな変異である可能性がある.Schnyder角膜ジストロフィでは角膜混濁部位にリン脂質が沈着しており,角膜局所での脂質代謝異常による脂質沈着から角膜混濁に至る病態と考えられている.Schnyder角膜ジストロフィは角膜実質内の脂質沈着が本態であり,Des-cemet膜や内皮細胞は影響を受けないとされてきたが,Freddoら6)はCSchnyder角膜ジストロフィの角膜切片を電子顕微鏡で調べた結果,実質とCDescemet膜の間にも脂質沈着を疑う多数の空間が存在することや,角膜内皮細胞の変性を確認している.山本ら7)はCSchnyder角膜ジストロフィに全層角膜移植を施行後に病理組織学的検討を行った結果,角膜実質のコラーゲン線維間に多数の空胞があり,その中に脂質と思われる電子密度の高い物質が沈着していること,また,実質細胞内と内皮細胞内に微細な空胞を電子顕微鏡で確認している.Arnold-Wornerら8)は,角膜実質と内皮細胞に脂質沈着を確認している.白内障術後に遅発性CDescemet膜.離が生じた報告を調べたところ,Schnyder角膜ジストロフィやCFuchs角膜ジストロフィを有する症例の白内障術後に遅発性CDescemet膜.離を生じた報告は確認できなかった.一方,梅毒性角膜白斑合併白内障症例で術中および術後C3週間後にCDescemet膜.離を生じた報告9)では,Descemet膜と角膜実質間の接着異常が原因と考按されている.また,顆粒状角膜ジストロフィに対するCPTK後の白内障術後に生じた合併症について検討した報告10)には,術後合併症にCDescemet膜.離はなかった.これらの既報をまとめると,PTK施行の有無にかかわらず,白内障術後に遅発性CDescemet膜.離を生じることはきわめてまれであると考えられた.本症例のCDescemet膜.離時に前眼部COCTで確認されたDescemet膜下の貯留液は高輝度を呈しており,前房水とは交通していない脂質を含む貯留液であった可能性を考えた.すなわち,通常の白内障手術時に器械的に生じうる創口と連続したCDescemet膜.離ではなく,何らかの機序により遅発性にCDescemet膜下に貯留液を生じていたと考える.なお,前医で行われた右眼白内障術後に遷延した実質浮腫に対しては前眼部COCTでの確認を行っていなかったが,左眼と同様の臨床像を呈していた可能性も疑われた.Descemet膜.離は自然治癒した可能性もあるが,ステロイド点眼による抗炎症治療が奏効した可能性もあると思われた.以上の経過やデキサメタゾン点眼での抗炎症治療後に治癒した経過から考え,本症例で白内障術後にCDescemet膜.離が生じた背景として①CDescemet膜に脂肪が沈着しており角膜実質とCDes-cemet膜の接着が脆弱であったこと,②術後内眼炎症により角膜内皮細胞の機能が低下していたことのC2点を考えた.CIV結語PTK後の白内障術後に遅発性CDescemet膜.離を生じたSchnyder角膜ジストロフィのC1例を経験した.Schnyder角膜ジストロフィの白内障手術後に遅発性CDescemet膜.離の合併に留意する必要がある.このCDescemet膜.離に空気タンポナーデは著効ないが,自然経過あるいはステロイド点眼により治癒する視力予後良好な病態と考えた.文献1)VanWentJM,WibautF:EenzyeldzameerfelijkeHornv-liesaandoening.CNedCTydschrCGeneesksC68:2996-2997,C19242)Schnyder,WF:MitteilungCuberCeinenCneuenCTypusCvonCfamiliarerCHornhauterkrankung.CScweizCMedCWochenschrC59:559-571,C19293)WeissCJS,CKruthCHS,CKuivaniemiH:MutationsCinCtheCUBIAD1geneConCchromosomeCshortCarmC1,CregionC36,CcauseSchnydercrystallinecornealdystrophy.InvestOph-thalmolVisSciC48:5007-5012,C20074)WeissJS,KruthHS,KuivaniemiHetal:Geneticanalysisof14familieswithSchnydercrystallinecornealdystrophyrevealscluestoUBIAD1proteinfunction.AmJMedGenetA146A(3):271-283,C20085)小林顕:シュナイダー角膜ジストロフィの原因遺伝子UBIAD1(解説).あたらしい眼科C27:337-339,C20106)FreddoCTF,CPolackCFM,CLeibowitzHM:UltrastructuralCchangesintheposteriorlayersofthecorneainSchnyder’scrystallinedystrophy.CorneaC8:170-177,C19897)山本純子,日比野剛,福田昌彦ほか:全層角膜移植術を行ったシュナイダー角膜ジストロフィのC1例.眼紀C51:C643-647,C20008)Arnold-WornerCN,CGoldblumCD,CMiserezCARCetal:Clini-calCandCpathologicalCfeaturesCofCaCnon-crystallineCformCofCSchnydercornealdystrophy.GraefesArchClinExpOph-thalmolC250:1241-1243,C20129)西村栄一,谷口重雄,石田千晶:両眼性デスメ膜.離を繰り返した梅毒性角膜白斑合併白内障症例.IOLC&RS24:C100-106,C201010)沼慎一郎:角膜ジストロフィのレーザー角膜切除術(PTK)と白内障手術の視力向上への有効性の検討.山口医学C61:C23-29,C2012C***

TorsionalモードPEAにおいてキャビテーションを抑制する新形状チップの開発

2017年2月28日 火曜日

《原著》あたらしい眼科34(2):296.301,2017cTorsionalモードPEAにおいてキャビテーションを抑制する新形状チップの開発岸本眞人岸本眼科医院NewlyDevelopedTipInhibitsCavitationduringPhacoemulsi.cationandAspirationinTorsionalModeMakotoKishimotoKishimotoEyeClinic目的:白内障手術中に超音波を発振すると前房内にキャビテーションが発生する.今回,開発したキャビテーションを抑制できる新型チップ(MKチップ)とそれ以外のチップを比較しながら,キャビテーションにより起こりうる問題点をinvitroで検討した.方法:インフィニティとOZIL用ハンドピースを用い,チーズ片をチップの先端に付け,超音波発振を行った.また,試験管の内側にインクを塗布し超音波発振を行った.さらに,灌流液にルミノール溶液を加え超高感度カメラで撮影を行った.結果:従来の超音波チップでは,チーズ片は水晶体乳化吸引術(PEA)中にキャビテーション発生方向へ弾かれたが,MKチップではそれらが認められなかった.また,試験管内側に塗布されたインクは,超音波発振することにより発生したキャビテーションによって.離された.ルミノール溶液を加えた灌流液中では,キャビテーション発生部分が青く発光するソノルミネッセンスが認められた.結論:新形状のMKチップは,invitroでもキャビテーションの抑制が確認され,preliminarilyな臨床評価でも十分なPEAを施行することができた.キャビテーションを抑制するMKチップは臨床上有用と考えられた.Objectives:Ultrasoundduringcataractsurgeryresultsincavitationintheanteriorchamber.WeexaminedpossibleissuesassociatedwithcavitationbycomparingthenewlydevelopedMKtip,whichinhibitscavitation,withothertips.Methods:Apieceofcheesewasattachedtothetips,andultrasoundwasperformedwithINFINITYandtheOZILhandpiece.Ultrasoundwasalsoperformedwithinkappliedinsidethemock-up.Further,luminolwasaddedtotheirrigatingsolution,andimageswereobtainedusingahigh-sensitivitycamera.Results:Withconventionalultrasoundtips,thepieceofcheesewas.ipped,whereaswiththeMKtipitwasnot.Theinkappliedinsidethemock-upbecamedetachedbythecavitation.Sonoluminescence,i.e.,bluelightemissionfromcavitation,wasobservedintheirrigatingsolutionwithluminoladded.Conclusion:TheMKtipinhibitedcavitationinvitro,ensuringsu.cientPEAinapreliminaryclinicalevaluation.TheMKtipisconsideredclinicallyusefulbecauseitinhibitscavitation.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(2):296.301,2017〕Keywords:白内障手術,トーショナルモード,キャビテーション,ヒドロキシラジカル,ソノルミネッセンス,MKチップ.cataractsurgery,torsionalmode,cavitation,hydoroxylradical,sonoluminescence,MKtip.はじめによって起こる発泡現象であり,いまだに未解明な部分も多水中で超音波(ultrasound:US)を発振するとキャビテーい.ションが発生することは古くから知られている.キャビテー水晶体乳化吸引術(phacoemulsi.cationandaspiration:ションとは液体中の限局した空間において急激な圧力低下にPEA)による白内障手術でも,同じようにUSを発振すると〔別刷請求先〕岸本眞人:〒524-0022滋賀県守山市守山1-10-8岸本眼科医院Reprintrequests:MakotoKishimoto,M.D.,KishimotoEyeClinic,1-10-8Moriyama,Moriyama-shi,Shiga524-0022,JAPAN296(154)前房内にキャビテーションが発生する.しかし,キャビテーションが生体組織へ与える影響については,ラジカルの発生1,2)やその組織毒性についていくつかの報告3.5)はあるものの,筆者が知る限り多くの術者は特段の関心を有しているとは言いがたい.今回,torsionalmode(反復回転振動)でのキャビテーションを抑制できる新型チップ(以下,MKチップ)を開発し,キャビテーションにより起こりうる問題点をinvitroで検討したので報告する.I対象および方法MKチップ(シャルマン製:福井県鯖江市)を図1に示す.チップ先端断面は楕円形状を呈しており,寸法は縦1.6mm,横0.6mmのストレートチップである.ストレート部の軸径は1.1mm(19G),0.9mm(20G),0.8mm(21G)が製品化されている.本報告では軸径1.1mmチップを用いた.MKチップがTorsionalmodeにおけるキャビテーションを抑制できる理由は後述する.対照としてアルコン製TurboSonicTip(30°RoundTip:以下,ストレートチップ)および同TurboSonicMini-.aredTip30°(Kelman0.9mm:以下,ケルマンチップ)を用いた.以上のチップをアルコン製OZIL用ハンドピースに接合し,アルコン製PEA機器インフィニティを用いて実験を行った(方法1および2).またキャビテーションによる発光現象の観察(方法3)では,上記に加えAMO製PEA機器シグネチャーおよび20Gチップも用いた.【方法1:キャビテーションによるチーズ片の弾き飛ばし】PEAの設定値を吸引圧300mmHg,吸引流量30ml/mとし,スリーブを装着せず,核に見立てた一辺2mmのチーズ片*をチップの先端に付け,灌流遮断条件下にて灌流液(BSSプラス,アルコン)中で3種のチップ(MKチップ,ストレートチップ,ケルマンチップ)を用いてUS発振を行った.*:筆者のこれまでの経験より水晶体核硬度2.3程度の図1シャルマン製19GのMKチップ(15°)表1試用チップおよびUS発振条件チップUS発振条件Traditionalmode(前後振動)Torsionalmode(反復回転振動)ストレートチップ(アルコン)TurboSonicTip(30°RoundTip)70%0%ケルマンチップ(アルコン)TurboSonicMini-.aredTip30°(Kelman0.9mm)0%70%MKチップ(シャルマン)1.1mm(スタンダードタイプ)ベベルアングル15°0%70%表2試用PEA機器およびチップならびにUS発振条件PEA機器およびチップUS発振条件PEA機器チップTraditionalmode(前後振動)Torsionalmode(反復回転振動)シグネチャー(AMO)20Gチップ(AMO)80%.インフィニティ(アルコン)ケルマンチップ(アルコン)TurboSonicMini-.aredTip30°(Kelman0.9mm)0%70%インフィニティ(アルコン)MKチップ(シャルマン)1.1mm(スタンダードタイプ)ベベルアングル15°0%70%核にもっとも近似すると考えることから,本報告ではNCL製オランダ産ゴーダチーズを用いた.US発振条件を表1に示す(traditionalmodeとは従来の前後振動のことである).US発振時のチップ先端から発生するキャビテーションの状態と乳化吸引されるチーズ片の動向をカシオ製デジタルカメラ(HIGHSPEEDEXILIMEX-FH20)にて撮影した.【方法2:キャビテーションの多寡による油性インクへの衝撃】試験管の内側に油性インク(三菱ペイントマーカーPX-20)を約1.5mm四方に塗布した.PEAのUS発振をtor-sionalmodeのみ70%と設定し,MKチップおよびケルマンチップを用いてチップ先端がインクの塗布部分の近傍(目安として1mm程度)となるようにしてUS発振を行った.US発振時,油性インクの塗布部分の変化について目視にて観察した.Torsionalmodeのみで実験を実施した理由は,MKチップはtorsionalmode時のキャビテーション抑制を目的に開発されているためである.【方法3:キャビテーションによる発光現象(ソノルミネッセンス)】試験管に20mlの灌流液および1mlのヒアルロン酸製剤ビスコート0.5眼粘弾剤(アルコン)を入れて,灌流液と粘弾性物質が混ざらないように注意し,試験管底部に粘弾性物質が貯留するようにした後,ルミノール溶液(和光純薬工業ルミノール試薬混合品)を2滴加え,灌流および吸引のいずれも遮断した状態で,暗室下にて表2に示す条件でUS発振を行い,ソニー製a7S,超高感度カメラで撮影を行った.撮影条件はシャッタースピード10秒,F2.8,ISO409600とした.II結果【方法1:キャビテーションによるチーズ片の弾き飛ばし】ストレートチップ(アルコン)でのtraditionalmode発振ではチップ先端から前方へキャビテーションが観察され,チーズ片はPEA中にキャビテーション発生方向へ弾かれた(図2).またケルマンチップ(アルコン)でのtorsionalmode発振ではチップ先端の両側面にキャビテーションが観察され,チーズ片はキャビテーション発生方向に弾かれた(図3a,b).MKチップでのtorsionalmode発振ではキャビテーションを認めず,チーズ片を弾くことなくスムーズに吸引した(図4).図2ストレートチップ(アルコン)でのtraditionalmodeでの発振チップ前方にキャビテーションを認め,チーズ片が(前方へ)弾き飛ばされている図3aケルマンチップ(アルコン)でのtorsionalmodeでの発振チップ側方にキャビテーションを認め,チーズ片が(側方へ)弾き飛ばされている.図3bケルマンチップ(アルコン)でのtraditionalmodeでの発振チップ前方にキャビテーションを認め,チーズ片が(前方へ)弾き飛ばされている.図4MKチップ(シャルマン)でのtraditionalmodeでの発振図5ケルマンチップ(アルコン)でのtorsionalmodeでの発振安定してチーズ片がスムーズに乳化吸引されている.キャビテーションにより油性インクが試験管壁より.離した.図6MKチップ(シャルマン)でのtorsionalmodeでの発振油性インクに変化は認められなかった.図7AMO製チップのUS発振によるソノルミネッセンス現象キャビテーションが発生している方向に大きく青く発光している.図8ケルマンチップ(アルコン)でのtorsionalmodeでの発振チップ側方の数カ所にキャビテーションを認め,発光現象が観察される.図9MKチップ(シャルマン)でのtorsionalmodeでの発振発光現象は観察されなかった.【方法2:キャビテーションによる油性インクへの衝撃】ケルマンチップ(アルコン)でのtorsionalmode発振では,発生したキャビテーションにより試験管内側に塗布された油性インクの.離が認められた(図5).MKチップでのtor-sionalmode発振ではキャビテーションは発生せず,油性インクの.離は認められなかった(図6).【方法3:キャビテーションによる発光現象(ソノルミネッセンス)】シグネチャー/20Gチップ(AMO)およびインフィニティ/ケルマンチップ(アルコン)でのUS発振では,いずれもキャビテーション発生部分が青く発光していることが認められた(図7,8).MKチップでは明らかな発光はみられなかった(図9).III考按キャビテーションは液体中の圧力差によりごく短時間で気泡の発生と消滅を繰り返す現象であり,100年以上前,船舶用のスクリューの回転数を上げても推進力が思うように上がらない原因を追究するなかで発見された.超高速でスクリューが液体中を回転した際,その付近では一時的な圧低下が誘発されて部分的な沸騰状態となり無数の気泡が発生する.この気泡が消滅する瞬間には大きな衝撃波が発生し,その衝撃波による物理的な力がスクリューの破損などのさまざまな問題を引き起こすことがわかっている.白内障手術におけるPEAにおいても,チップの先端でキャビテーションが発生する6).たとえばtraditionalmodeでチップをUS発振した場合,超高速の前後振動によりチップ先端が手前に引かれた瞬間には,その部分の圧が急激に低下し気泡(キャビテーション)が発生する.発生したキャビテーションは周囲の高い圧力に晒されると,大抵はごく短い時間で消滅する.US発振時に発生したキャビテーションは,その飛び散るエネルギーにより周辺組織に対してさまざまな影響を与えていることが知られている6.11).今回の試験条件では灌流を行っていないなかで,キャビテーションの発生方向とチーズ片がチップの先端から弾き飛ばされた方向が一致していた.このことからキャビテーションにはチーズ片を直接または間接的(例:水流の発生)に弾く力を惹起することが示唆され,キャビテーションによってPEA中の核処理の効率が低下する可能性も考えられた.試験管内側に塗布された油性インクが近傍で発生したキャビテーションによって.離されたことから,キャビテーションは大きな衝撃力を有することも示唆された.ケルマンチップでのtorsionalmodeにおいて起こりやすいとされる虹彩色素脱出7)は,チップの弯曲によりスリーブが虹彩に強く接触するために起こるという報告8)もあるが,今般の結果からキャビテーションも原因の一つではないかと示唆された.また,キャビテーションの発生方向によっては角膜内皮に障害陰圧陰圧陽圧陽圧図10MKチップのキャビテーション抑制原理Torsionalmodeで発生する陽圧および陰圧がきわめて短時間に相殺され,キャビテーションが抑制される.を与える可能性も考えられる.以上より,キャビテーションは核処理効率の低下や虹彩色素脱出,角膜内皮障害の原因になるため,抑制すべきであると考えられる.本報告で示された試験官内で青く発光する現象はソノルミネッセンス(sonoluminescence)12)とよばれ,液中においてキャビテーションが圧壊する際に起こる発光現象である.すなわち,US振動によって発生したキャビテーションの気泡は膨張収縮を繰り返し,もっとも収縮したときの気泡内の温度は数千から数万度,気圧は数百気圧となる.このとき,水はHラジカル(水素ラジカル)とOHラジカル(ヒドロキシルラジカル)に分解されるといわれている.発光はルミノールがラジカルと反応し生じるものであることから,本報告の結果からOHラジカルも発生している可能性が強く示唆された.したがって本報告で認められたキャビテーションの発生状況から,OHラジカルはtraditionalmodeではチップ前方に大きく遠くまで,またtorsionalmodeの発振ではチップ両側面方向に短距離に多数発生していると推察される.眼内で実際にOHラジカルの発生程度や,臨床上の侵襲程度については今後さらなる検討が必要であるが,本報告の発光範囲からすると,毒性が強いとされているOHラジカルが角膜内皮に到達している可能性は否定できない.MKチップではキャビテーションを抑制するためチップの先端形状を前述のようにしており,torsionalmodeにおいて図10のように両側の上部と下部に陰圧と陽圧が常に交代しながら,同時に,しかも近傍に存在することになる.この隣り合う陽圧から陰圧に向けて瞬時に動く液体の流れが作られることによって,きわめて短時間に圧力差が相殺され,結果的にキャビテーション発生が抑制される.Torsionalmodeは32KHzの発振で「往復」のアタックがあるため,traditionalmodeでの40KHzよりも効率がよいとされている.しかし,チップ先端部の断面が円形のストレート型チップでは破砕効果が得られないので,屈曲チップ(ケルマン型チップ)が用いられてきた.MKチップはストレート型チップながら,ユニークな先端形状を有していることからtorsionalmodeを用いることができる.MKチップはtorsionalmodeでのキャビテーションを抑制することで,核を弾くことなく効率よい乳化吸引ができ,なおかつ虹彩色素脱出のリスクや角膜内皮細胞の減少も抑制できるのではないかと考えられる.IV結語Torsionalmodeでキャビテーションの発生を抑制する新形状チップ(MKチップ)を開発した.MKチップはinvitroにおいてキャビテーションの抑制が確認された.PEA中に発生するキャビテーションは手術効率の低減や眼内組織への侵襲も危惧されるため,キャビテーションを抑制するMKチップは臨床上の有用性が期待できる可能性があるものと考えられた.文献1)安田啓司:超音波による化学物質の分解と超音波反応器の開発.TheChemicalTimes212:2-7,20002)RieszP,KondoT:Freeradicalformationinducedbyultrasoundanditsbiologicalimplications.FreeRadicBiolMed13:247-270,19943)高橋浩:PEAにおけるフリーラジカル発生と粘弾性物質の効果.IOL&RS18:448-449,20044)TakahashiH,SakamotoA,TakahashiRetal:Freeradi-calsinphacoemulsi.cationandaspirationprocedures.ArchOphthalmol120:1348-1352,20025)MuranoN,IshizakiM,SatoSetal:Cornealendothelialcelldamagebyfreeradicalsassociatedwithultrasoundoscillation.ArchOphthalmol126:816-821,20086)MiyoshiT,YoshidaN:Ultra-high-speeddigitalvideoimagesofvibrationsofanultrasonictipandphacoemulsi-.cation.JCataractRefractSurg134:1024-1028,20087)杉浦毅,下分章裕:新しい超音波白内障乳化吸引方式OZilTortionalPhacoの合併症の検討.眼科手術21:513-517,20088)大木孝太郎:EllipsFX.IOL&RS25:254-256,20119)辰巳郁子:TorsionalPhacoemulsi.cationと虹彩色素脱出の関係.あたらしい眼科28:531-535,201110)鈴木久晴:SignatureEllipsFXによる虹彩色素脱出の頻度と原因の検討.眼科手術26:99-102,201311)高橋和久:SignatureEllipsの虹彩色素脱出の予防におけるCurvedTipの効果.IOL&RS28:180-183,201412)安井久一:ソノルミネセンスとソノケミストリー.ながれ24:413-420,2005***