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原因不明のβ-Dグルカン上昇を伴うAcute Syphilitic Posterior Placoid Chorioretinopathy(ASPPC)の1例

2020年6月30日 火曜日

《原著》あたらしい眼科37(6):758.762,2020c原因不明のb-Dグルカン上昇を伴うAcuteSyphiliticPosteriorPlacoidChorioretinopathy(ASPPC)の1例高橋良太渡辺芽里井上裕治高橋秀徳川島秀俊自治医科大学付属病院眼科ACaseofAcuteSyphiliticPosteriorPlacoidChorioretinopathy(ASPPC)withHighb-D-GlucanemiaRyotaTakahashi,MeriWatanabe,YujiInoue,HidenoriTakahashiandHidetoshiKawashimaCDepartmentofOphthalmology,JichiMedicalUniversityC目的:原因不明のCb-Dグルカン上昇が継続したCacuteCsyphiliticCposteriorCplacoidchorioretinopathy(ASPPC)の1例を経験したので報告する.症例:39歳,女性.1カ月前からの右眼羞明,中心暗点,飛蚊症で近医受診.精査加療目的に当院へ紹介受診.視力は右眼(0.8),左眼(1.2),眼圧は右眼C13CmmHg,左眼C12CmmHg.両眼に前部硝子体細胞,右眼眼底は上方を中心に一部癒合した淡い白斑を多数認めた.蛍光眼底造影では,両眼に末梢網膜静脈の蛍光漏出を認めた.OCTでは,右眼のみCellipsoidC&CinterdigitationCzoneの不整を認めた.血液検査にて,梅毒陽性(STS,TPHA)およびCb-Dグルカン上昇を認めたがCHIVは陰性だった.腟分泌液や血液培養でも真菌感染症を示唆する所見はなかった.駆梅療法を実施し,眼底所見およびCOCT所見は改善した.しかし,高Cb-Dグルカン血症は原因を究明できないまま持続している.CPurpose:Toreportacaseofacutesyphiliticposteriorplacoidchorioretinopathy(ASPPC)withextraordinari-lyhighb-D-glucan(BDG)levels.Case:Thisstudyinvolveda39-year-oldfemalewithphotophobia,centralscoto-ma,andC.oatersinherrighteyefor1monthpriortopresentationatourhospital.Herbest-correctedvisualacuitywasC0.8ODCandC1.2OS.CAnteriorCvitreousCcellsCwereCobserved,CandCtheCrightCfundusCexhibitedCmanyCpaleCwhiteCspotsCthatCwereCpartiallyCfused.CFluoresceinCangiographyCshowedCleakageCinCtheCperipheralCretinalCveinsCinCbothCeyes.COpticalCcoherenceCtomographyC.ndingsCshowedCirregularityCofCtheCellipsoid/interdigitationCzoneConlyCinCherCrightCeye.CSystemicCexaminationCrevealedCthatCsheCwassyphilisCpositive(STS,CTPHAtests)andCthatCBDGClevelsCwereextraordinarilyelevated.ShewasHIVnegative,andnosignsoffungalinfectionweredetected.Conclusion:CAlthoughthesyphilistreatmentthatwasadministeredimprovedherocularC.ndings,thehighBDGlevelsthatstillpersistedcouldnotbeexplained.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)37(6):758.762,C2020〕Keywords:b-Dグルカン,梅毒,擬陽性,性感染症,ASPPC.b-Dglucan,syphilis,pseudopositive,sexuallytransmitteddisease,ASPPC.Cはじめに梅毒はペニシリンの普及とともに予後が劇的に改善し,日本では第二次世界大戦後減少していた.しかし,2012年から患者数が増加しており,その後も増加し続けている.とくにC2015年頃から新規患者が急激に増加しており,原因として男性同性愛者や異性間性交渉による若年女性の感染があげられている1).梅毒性ぶどう膜炎の所見はさまざまで特異的な症状はない.前眼部炎症は角膜後面沈着物をきたすことが多く,肉芽腫性(muttonCfatKPs)のことも,非肉芽種性(.neKPs)のこともある.後眼部所見は,硝子体混濁,網膜血管炎(動脈炎,静脈炎,毛細血管炎)や,視神経乳頭炎,黄斑浮腫を生じるとした報告もある2).1990年にCGassが命〔別刷請求先〕高橋良太:〒329-0498栃木県下野市薬師寺C3311-1自治医科大学付属病院眼科Reprintrequests:RyotaTakahashi,DepartmentofOphthalmology,JichiMedicalUnicersity,3311-1Yakushiji,Shimotsuke-shi,Tochigi329-0498,JAPANC758(114)図1眼底写真a:初診時の右眼眼底写真,Cb:初診時の左眼眼底写真,Cc:3カ月後の右眼眼底写真,Cd:3カ月後の左眼眼底写真.初診時右眼上方(Ca,b)に大小さまざまな多数の淡い白斑を認めたが,特徴的な円盤状病変は認めなかった.治療後(Cc,d)に所見は消退している.名したCacuteCsyphiliticCposteriorCplacoidCchorioretinopathy(ASPPC)は,黄斑部に特徴的な大型の円盤状黄白色病変を認めるものとしている3).また,Cb-Dグルカンは,主要な病原真菌に共通する細胞壁構成多糖成分の一つであり,深在性真菌症のスクリーニング検査として位置づけられる4).今回,ぶどう膜炎を認め,性産業に従事していることから性感染症を疑った.梅毒血清反応陽性で,梅毒治療に反応したが,原因不明のCb-Dグルカンの上昇は継続した梅毒性ぶどう膜炎の症例を経験した.CI症例患者:44歳,女性.主訴:飛蚊症.現病歴:受診C2週間前から右眼羞明,視力低下,飛蚊症が出現した.また,中心暗点が出現した.受診C1週間前に近医受診し,前部ぶどう膜炎を認め,抗菌薬,ステロイド点眼に(115)よる治療を行ったが症状は改善せず,当科紹介となった.既往歴・家族歴:7年前に子宮頸癌に対し子宮および卵巣摘出術,化学療法,放射線治療を行った.特記すべき家族歴なし.初診時所見:矯正視力は右眼C0.8(n.c),左眼C1.2(n.c),眼圧は右眼C13CmmHg,左眼C12CmmHgであった.前眼部所見は認めなかったが,両眼前部硝子体にごくわずかな炎症細胞を認めた.眼底には,右眼上方アーケード血管の周辺に小さな円形の淡い白斑を多数認めた.左眼には明らかな異常所見を認めなかった(図1a,b).蛍光眼底造影検査では両眼の網膜周辺部の血管に蛍光漏出を認めた(図2a,b).光干渉断層計(opticalCcoherencetomography:OCT)では右眼網膜外層のCellipsoidzone,interdigitationzoneの欠損を認めた(図3a).左眼には明らかな異常所見を認めなかった.初診時検査としてルーチンであるぶどう膜炎全身諸検査を施行行ったところ,下記血液検査結果となった.白血球数:7.8C×103/ml,好中球:72%,好酸球:1%,好図2眼底造影検査a:初診時の右眼底造影検査,Cb:初診時の左眼底造影検査,Cc:3カ月後の右眼眼底造影検査,Cd:3カ月後の左眼眼底造影検査.初診時(Ca,b),両眼の末梢網膜静脈に蛍光漏出あり.治療後(Cc,d)は蛍光漏出が消退している.塩基球:1%,単球:10%,リンパ球:16%,赤血球数:456C×103/μl,ヘモグロビン:13.1Cg/dl,血小板:31.3C×104/μl,梅毒CRPR:300CR.U.,梅毒CTP:3,970,CRP:0.39Cmg/dl,総蛋白:6.9Cg/dl,アルブミン:4.0Cg/dl,尿素窒素:14Cmg/dl,クレアチニン:0.45Cmg/dl,尿酸:2.5Cmg/dl,総ビリルビン:1.47Cmg/dl,AST:14CU/l,ALT:9CU/l,ナトリウム:141Cmmol/l,カリウム:4.0Cmmol/l,クロール:108mmol/l,カルシウム:9.1Cmg/dl,血糖:95Cmg/dl,Cb-Dグルカン:503Cpg/ml,HIV陰性.梅毒CRPR陽性,梅毒CTP陽性であったことから梅毒による網脈絡膜炎と診断した.あわせてCb-Dグルカンが503pg/mlと異常高値であったことから,深部真菌感染を考え頭部,胸腹部CCT,頭部CMRIを施行したが,後述する頭部画像所見以外の病態を示唆する所見は認めなかった.頭部CCT,MRIにて側脳室の左右差を認めたため,梅毒によるゴム腫による頭蓋内圧亢進と推察した.脊椎穿刺は危険性が認められたため実施せず,神経梅毒に準じて駆梅療法セフトリアキソンC2Cg/日を導入し,2週間継続後にアモキシシリンC4g/日とプロベネシド内服をC2週間行った.駆梅治療前より両眼矯正視力はC1.2と改善しており,治療後速やかに,自覚症状も改善した.側脳室の左右差はその後も変化せず,経過中に神経梅毒の症状が出現しなかったため,経過観察とした.OCTでは眼網膜外層のCellipsoidzone,interdigita-tionzoneの欠損は消退し,蛍光眼底造影検査での網膜周辺血管での蛍光漏出,眼底所見での右眼の白斑が消退した(図1c,d,2c,d,3b,c).治療に伴い眼内病変は消退し,梅毒CRPRは速やかに減少したが,Cb-Dグルカンは一時的に減少したもののその後低下せず,依然異常高値が持続している(図4).血液培養は真菌陰性であり,Cb-Dグルカン擬陽性の可能性を考え,治療前より使用しているサプリメントや栄養剤を中止したが,Cb-Dグルカン値は改善しなかった.CII考按今回筆者らは,梅毒感染と高Cb-Dグルカン血症を認める梅毒性ぶどう膜炎を経験した.当科初診時,前眼部炎症は軽抗菌薬投与期間a2,5002,0003503001,5002001,000150100500500002468101214初診時からの経過期間(月)図4治療後の血中b-Dグルカンと梅毒RPR(pg/ml)(R.U.)b図3右眼OCT写真a:初診時,Cb:治療C2週間後,Cc:治療C3カ月後.初診時(Ca)は黄斑部のCellipsoidzone,interdigitationzoneの欠損を認めるが,治療C2週間後(Cb),3カ月後(Cc)は網膜外層の異常所見が時間経過とともに改善している.度,OCTで網膜外層構造の変化を認めるものの,眼病態による視力低下は軽度であった.梅毒による眼症状は結膜炎,角膜炎,強膜炎,虹彩毛様体炎,網膜炎,視神経炎など非常に多彩であるとされる.今回の症例では前眼部炎症所見がなく,眼底,OCT所見から網膜炎のなかでもCouterCretinitisの一病型であると考えた5).すなわち,outerretinitisは網膜外層の病態であり,その一つとしてのCASPPCと診断を下駆梅療法後,梅毒CRPRは速やかに低下したが,高Cb-Dグルカン血症は継続した.した.このCASPPCはC1990年にCGassらが命名した疾患であり,梅毒患者において黄斑部に特徴的な大型の円盤状黄白色病変を認めるものとしている3).眼底病変は脈絡毛細血管板から視細胞層に可溶性免疫複合体の沈着が起こるためと考えられているが,詳しくは不明である.半数はヒト免疫不全ウイルス(HIV)陽性であり,およそC80%に前房,硝子体に炎症がみられる.治療に反応し視力予後は比較的良好,眼底所見は可逆的であることが多いとされている.Eandiらは初診時中央値C20/80であった視力が,治療後中央値C20/25まで改善し,また,25眼のうちC20眼で眼底の黄色病変が消退したと報告している6).また,OCTではCellipsoidzoneと外境界膜の消失,網膜色素上皮の肥厚,結節性突出を認めると報告されている7).今回の症例では眼底の黄斑部の特徴的な円盤状黄白色病変は認めなかったが,OCTで既報と同様の所見を認めたこと,蛍光眼底造影検査で網膜動静脈炎を認め,血清梅毒反応陽性であったことから,ASPPCと診断した.また,駆梅治療を行い,治療への反応は既報と同様に良好であり,眼底所見は改善して視力予後も良好であった.ASPPC患者における視力予後には患者の免疫機能が関与していると考えられている.本症例では受診当初は視力低下,眼底の白斑,OCTの構造変化を認めていたが,治療直前には視力改善,自覚症状の緩和があった.Francoらの報告では無治療のCASPPC患者において,無治療でも低下した視力が改善し,眼底所見が消退する場合があることを示している8).Eandiらの報告ではCouterretinitisの一種であるASPPCに罹患したC16人のうちC9人がCHIV陽性患者であり,TranらはCHIV陽性例では眼症状,所見が強く出現することを報告している6,9).一方では免疫不全状態ではCASPPCが生じにくくなるとの報告もされている10).さらには,後天性免疫不全症候群(acquiredCimmunode.ciencyCsyndrome:AIDS)患者に発症したサイトメガロウイルス網膜炎患者における炎症反応が微弱となり,免疫機能の回復とともに炎症病勢が強まってくる現象が認められており,immunerecov-eryuveitisとよばれている11).免疫不全とCtreponemaCpalli-dum感染病態の形成は,免疫不全による免疫複合体の作成能低下により眼底所見が軽減する可能性も否定できない.翻ってCFrancoらはCHIV陰性患者において,ASPPCの病勢が激しかったにもかかわらず,その病態が自然に軽快した症例を報告している.今回の筆者らの症例はCHIV陰性で患者における免疫機能は正常であり,網膜所見が強く出現していないのは眼科受診前に自然治癒過程であった可能性が考えられる.頭部CMRIにて神経梅毒を否定できず,頭部腫瘤による頭蓋内圧亢進の可能性を否定できなかったため,通常であれば行う髄液検査は施行できなかった12).また,抗菌薬は第一選択としてペニシリンCGの投与があげられるが,ペニシリンGはわが国ではアレルギー発症例が多いため使用されておらず,わが国では一般的であるセフトリアキソン点滴治療,アモキシシリンとプロベネシドの内服を併用した治療を行った13).経過中,神経梅毒による症状は出現せず,神経梅毒は否定的と考えられた.高Cb-Dグルカン血症に対しては全身の造影CCT,頭部のMRIを行い精査したが,真菌感染を疑わせる病巣は確認できなかった.Cb-Dグルカンはムコール属やクリプトコッカス属を除く多くの真菌の細胞壁成分として含まれており,真菌感染を診断するにあたり重要な値の一つとなっている.ただし,およそC15%の確率で擬陽性を示すことが報告されており,それらの原因として透析に使用するセルロース膜,抗癌剤,血液製剤,手術におけるガーゼの使用,Alcaligenesfaecalisによる菌血症があげられる4,14).今回来院前より患者が使用していたサプリメント,化粧品が血液中のCb-Dグルカン上昇の原因となっている可能性を考え,各社に問い合わせしたが,高Cb-Dグルカン血症をきたした前例はないとのことであった.過去に.のリフトアップ手術を行っており,その際に使用した糸が原因の可能性を考え,製造元に確認したが,診断につながる有用な情報は得られなかった.受診当初は梅毒と真菌の混合感染を考えたが,治療後もCb-Dグルカン高値が継続していることから,Cb-Dグルカン高値は,擬陽性所見であると考えている.以上,梅毒感染としてCASPPCを発症し,併せて原因不明のCb-Dグルカン異常高値を呈する症例を経験した.HIV陰性で,駆梅治療にはよく反応し,視力予後も良好であった.文献1)早川直,早川智:梅毒の疫学歴史と現在の遺伝子解析から.臨床検査62:162-167,C20182)根本穂高,蕪木俊克,田中理恵ほか:日本における梅毒性ぶどう膜炎C7例の臨床像の検討.あたらしい眼科C34:702-712,C20173)GassJD,BraunsteinRA,ChenowethRG:Acutesyphiliticposteriorplacoidchorioretinitis.OphthalmologyC97:1288-1297,C19904)深在性真菌症のガイドライン作成委員会:血清診断.深在性真菌症の診断・治療ガイドラインC2007,p45-47,協和企画,20075)DavisJL:Ocularsyphilis.CurrOpinOphthalmolC25:513-518,C20146)EandiCCM,CNeriCP,CAdelmanCRACetal:AcuteCsyphiliticCposteriorCplacoidchorioretinitis:reportCofCaCcaseCseriesCandCcomprehensiveCreviewCofCtheCliterature.CRetinaC32:C1915-1941,C20127)BritoP,PenasS,CarneiroAetal:Spectral-domainopticalcoherencetomographyfeaturesofacutesyphiliticposteriorplacoidchorioretinitis:theCroleCofCautoimmuneCresponseCinpathogenesis.CaseRepOphthalmolC2:39-44,C20118)FrancoCM,CNogueiraV:SevereCacuteCsyphiliticCposteriorCplacoidCchorioretinitisCwithCcompleteCspontaneousCresolu-tion:Thenaturalcourse.GMSOphthalmolCasesC6:Doc02,20169)TranCTH,CCassouxCN,CBodaghiCBCetal:SyphiliticCuveitisCinCpatientsCinfectedCwithChumanCimmunode.ciencyCvirus.CGraefesArchClinExpOphthalmolC243:863-869,C200510)FonollosaCA,CMartinez-IndartCL,CArtarazCJCetal:ClinicalCmanifestationsandoutcomesofsyphilis-associateduveitisinNorthernSpain.OculImmunolIn.ammC159:334-343,C201511)UrbanB,Bakunowicz-LazarczykA,MichalczukM:Immunerecoveryuveitis:pathogenesis,CclinicalCsymptoms,CandCtreatment.CHindawiCPublishingCCorporationCMediatorsCIn.amm2014:971417,C201412)SalehCMG,CCampbellCJP,CYangCPCetal:Ultra-wide-.eldCfundusauto.uorescenceandspectral-domainopticalcoher-enceCtomography.ndingsinsyphiliticouterretinitis.Oph-thalmicSurgLasersImagingRetinaC48:208-215,C201713)TanizakiCR,CNishijimaCT,CAokiCTCetal:High-doseCoralCamoxicillinCplusCprobenecidCisChighlyCe.ectiveCforCsyphilisCinCpatientsCwithCHIVCinfection.CClinCInfectCDisC61:177-183,C201514)KarageorgopoulosCDE,CVouloumanouCEK,CNtzioraCFCetal:b-D-glucanassayforthediagnosisofinvasivefungalinfections:aCmeta-analysis.CClinCInfectCDisC52:750-770,C2011C***