《原著》あたらしい眼科30(12):1739.1743,2013c眼瞼脂腺癌34例の臨床像と組織学的検討中山智佳渡辺彰英上田幸典木村直子川崎諭木下茂京都府立医科大学大学院視覚機能再生外科学ClinicalandHistopathologicAnalysisof34CasesofEyelidSebaceousGlandCarcinomaTomokaNakayama,AkihideWatanabe,KosukeUeda,NaokoKimura,SatoshiKawasakiandShigeruKinoshitaDepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine目的:当科における眼瞼脂腺癌の臨床像,組織学的所見について検討すること.対象および方法:対象は2004年1月から2012年7月までの間に切除・再建術を施行した眼瞼脂腺癌34例(平均年齢70.9±11.3歳,男性20例,女性14例).臨床像,病理組織学的所見,再発・転移の有無,生存率について欧米人の報告と比較検討した.結果:臨床像は,nodulartype32例(94%),diffusetype2例(6%)に分類され,上皮内浸潤を認めた症例は7例(21%)であった.経過観察期間が最低1年以上のものに対象症例を絞った22例のうち,局所再発4例(18%),転移3例(14%)であり,経過観察期間35.9カ月で,生存率は100%であった.結論:日本人の脂腺癌は,欧米人と比較して臨床像が大きく異なり,組織学的所見の特徴も異なると考える.しかし,組織学的所見については多様な所見を呈するため,判断が困難である.今後,更なる検討が必要である.Purpose:Toanalyzeclinicalandhistopathologicfeaturesofeyelidsebaceousglandcarcinoma.SubjectsandMethods:In34casesofsebaceousglandcarcinomaseenfromJanuary2004toJuly2012(14female,20male;averageage:70.9±11.3years),weretrospectivelyanalyzedclinicalfeaturesandhistopathologicfindings,localrecurrence,metastasisandsurvivalrate,andcomparedthemtoaCaucasianstudy.Results:Tumorswereclassifiedbyclinicaltypeasnodular(32cases,94%)anddiffuse(2cases,6%).Histopathologically,7cases(21%)showedintraepithelialinvolvement.In22casesfollowedupforaminimumof1year,localrecurrencedevelopedin4cases(18%)andmetastasisoccurredin3cases(14%).Therewasa100%survivalrateforthemedianfollow-upperiodof35.9months.Conclusion:ThereweremanydifferencesbetweenJapaneseandCaucasiansintermsofclinicalandhistopathologicfeaturesofsebaceousglandcarcinoma.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(12):1739.1743,2013〕Keywords:脂腺癌,上皮内浸潤,結節性病変,びまん性病変.sebaceousglandcarcinoma,pagetoidspread,nodulartype,diffusetype.はじめに眼瞼原発悪性腫瘍のなかで頻度の高い腫瘍として,基底細胞癌,脂腺癌,扁平上皮癌といった上皮性悪性腫瘍が挙げられ,過去には三大眼瞼原発悪性腫瘍とされてきた.しかし,欧米においては,基底細胞癌が最も多く眼瞼悪性腫瘍の約90%を占めると言われており,脂腺癌は全眼瞼腫瘍のなかでは1%以下,眼瞼悪性腫瘍のなかでも4.7%を占めるだけであるとされている1.4).日本では,基底細胞癌,脂腺癌,扁平上皮癌の順に多いとされていたが,近年の報告では,基底細胞癌の頻度が欧米に比べて低く,脂腺癌はアジアで頻度が高くなっている傾向にあり,基底細胞癌と脂腺癌が日本の二大眼瞼原発悪性腫瘍となってきており,脂腺癌は眼瞼悪性腫瘍のなかで30.40%を占めるとされている5.10).また,脂腺癌は基底細胞癌,扁平上皮癌と比較して局所再発やリンパ節転移・遠隔転移が多く,悪性度が高いとされている.今回筆者らは,京都府立医科大学眼科(以下,当科)における脂腺癌34例について,臨床像および組織学的所見について,欧米人における脂腺癌の報告と比較検討し,日本人における脂腺癌の特徴について若干の知見を得たので報告する.〔別刷請求先〕中山智佳:〒602-8566京都市上京区梶井町465京都府立医科大学大学院視覚機能再生外科学Reprintrequests:TomokaNakayama,DepartmentofOphthalmology,KyotoPrefecturalUniversityofMedicine,465Kajii-cho,Kamigyo-ku,Kyoto602-8566,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(91)1739I対象および方法対象は,2004年1月から2012年7月までの約8年半の間に,当科において切除・再建術を施行した眼瞼脂腺癌34症例である.これらの症例について,年齢,性別,部位,腫瘍の横径,腫瘍の臨床像,病理組織学的所見,再発・転移の有無,生存率について検討した.再発・転移の有無,生存率については,経過観察期間が1年以下と短期間のものも含まれているため,1年以上のものに対象症例を絞り,22症例で検討した.腫瘍の横径は初診時に測定し,他院での生検または切除術施行症例に関しては,それらの術前の画像を入手し測定した.腫瘍の臨床像については,腫瘍の横径測定と同様に初診時または術前画像から判定し,結節性病変を有する腫瘍をnodulartype,そのなかでも境界明瞭な腫瘍をnodularclearmargintype,境界不明瞭な腫瘍をnodularunclearmargintypeに分類し,眼瞼内にdiffuseに広がり,結節性病変を有しない腫瘍をdiffusetypeと分類した.病理組織学的所見については,切除術後の腫瘍標本を全例ヘマトキシリン・エオジン染色(H-E染色)にて鏡検し,pagetoidspread(腫瘍細胞の上皮内浸潤)の有無について検討した.II結果1.年齢平均年齢は70.9±11.3歳(44.92歳)であった.2.性別性別は,男性20例,女性14例であった.3.平均観察期間34症例の平均経過観察期間は25.6カ月,最短経過観察期間は1カ月,最長経過観察期間は90カ月であった.経過観察期間が最低1年以上のものに対象症例を絞った22症例の平均経過観察期間は35.9カ月,最短経過観察期間は13カ月,最長経過観察期間は90カ月であった.4.患側と部位症例の患側は右眼16例,左眼18例であった.部位については,上眼瞼22例,下眼瞼12例であった.5.腫瘍の横径腫瘍の横径は,平均9.5mmであり,最大径25mm,最小径3mmであった.6.腫瘍の臨床像(図1)方法の項で述べたように腫瘍の臨床像を分類すると,nodulartypeが32例(94%),そのうちclearmargintypeは23例,unclearmargintypeは9例であった.diffusetypeは2例(6%)のみであった.7.病理組織学的所見(図2)腫瘍細胞の上皮内浸潤を示すpagetoidspreadを認めた症1740あたらしい眼科Vol.30,No.12,2013abc図1脂腺癌の臨床像a:Nodularclearmargintype.病変の境界は明瞭である.b:Nodularunclearmargintype.病変は瞼結膜から眼瞼皮膚まで浸潤し,境界は不明瞭である.c:Diffusetype.病変は眼瞼皮膚全体にびまん性に広がり,結節性病変は認めない.結膜炎様の所見を呈する.例は7例(21%)であった.眼瞼皮膚の表皮内浸潤を呈したのが1例,結膜上皮内への浸潤を呈した症例が5例,眼瞼皮膚と結膜の両方にpagetoidspreadを認めた症例が1例であった.8.再発,転移の有無経過観察期間が最低1年以上のものに対象症例を絞った22例のうち,局所再発は4例(18%)に認められ,転移は3例(14%)に認めた.転移した症例の腫瘍横径は7mm,10(92)図2脂腺癌の病理組織像(H.E染色)上:Pagetoidspreadの症例.眼瞼皮膚の表皮内に腫瘍細胞が浸潤している.下:Pagetoidspreadを認めない症例.空胞を伴う淡明な胞体を有し,胞巣状構造を呈している.mm,14mmであった.7mmの症例は前医で切除後,半年で再発し,当科で切除・再建術を施行した14カ月後に耳前リンパ節転移を認めた.また,10mmの症例は初診時に耳前リンパ節へすでに転移していた.14mmの症例は切除・再建術後24カ月後に耳前リンパ節および深部頸部リンパ節転移を認めた.9.生存率生存率は100%であった.しかし,平均経過観察期間が最低1年以上のものに対象症例を絞っても経過観察期間は35.9カ月であり,転移した症例も3例認めることから,今後の経過観察により生存率は減少する可能性もある.III考按脂腺癌は,眼瞼悪性腫瘍のなかでは再発や遠隔転移が多く,悪性度が高いとされている.霰粒腫と誤診され診断が遅れたり,局所切除のみ施行し再発を繰り返したりすることがあるのも事実である.Shieldsらは,脂腺癌の生存率は,平均22カ月の観察期間で94%の生存率と報告している2).しかし,過去の報告には,5年生存率が79%程度であるとするものもある11).BoniukとZimmermanらは脂腺癌88例の5年生存率は70%と報告し12),Niらは脂腺癌82例の4年生存率は71%と報告している13).最近の報告では,Songらは31例の5年生存率は93.5%と報告しており14),早期診断と早期完全切除術を行えば生存率が上昇することを示している.また,わが国における5年生存率の文献上の報告は筆者らの知る限りなかった.一方,今回の当科における検討では,平均経過観察期間35.9カ月で生存率は100%であったが,22例中3例に耳前リンパ節転移,うち1例では深部頸部リンパ節転移を認めており,今後の経過観察により生存率は減少する可能性もある.今回,筆者らは腫瘍の臨床像を結節性の腫瘤を呈するnodulartypeと,びまん性に眼瞼肥厚を示し,眼瞼結膜炎,眼瞼炎様の所見を呈するdiffusetypeとに分類した結果,34例のうち2例のみがdiffusetypeであった.わが国における過去の文献には,脂腺癌13例中1例(8%)がdiffusetypeであったと報告されている15).上眼瞼に明瞭な結節形成があるにもかかわらず,他の結膜部分は充血と濾胞がみられあたかも結膜炎様を呈しており,組織学的にはpagetoidspreadを認めていたと報告されている.しかし,Shieldsらによる脂腺癌60例のうち95%がCaucasianの報告2)では,nodulartype26例(43%),diffusetype34例(57%)とdiffusetypeの割合が高く,さらに28例(47%)にpagetoidspreadを認め,筆者らの報告とは大きな差がみられた(表1).また,わが国の報告にも,脂腺癌30例中pagetoidspreadが18例(60%)に認められたとする文献もみられる16).脂腺癌の組織学的診断は,症例数が少ないこと,また腫瘍細胞が未分化増殖細胞で,脂腺に分化している所見であると判断するのが困難であり,基底細胞癌や扁平上皮癌と誤って診断してしまうことがあるため,組織学的診断が確実に施行されているわけではないとされている.筆者らは,日本人における脂腺癌の特徴として,Caucasianと比較して結節性の腫瘤を呈する腫瘍が圧倒的に多く,pagetoidspreadをきたす頻度も少ないと考えたが,組織学的診断の精度により異なってくる可能性もあるため,今後更なる検討が必要である.局所再発,転移の割合は,Shieldsらの報告2)では局所再発11例(18%),転移5例(8%)であり,筆者らの報告と同程度であった(表1).腫瘍の臨床像の2つのtypeで再発,(93)あたらしい眼科Vol.30,No.12,20131741表1Shieldsらの報告(Ophthalmology2004)と当科における症例の比較Caucasian(Shields2004)日本人(当科)年齢72歳(17.90歳)70.9歳(44.92歳)性別男性16例(27%)20例(59%)女性44例(73%)14例(41%)経過観察期間22カ月25.6カ月(1.90カ月)左右右23例(38%)16例(47%)左37例(62%)18例(53%)上下眼瞼上眼瞼45例(75%)22例(65%)下眼瞼13例(22%)12例(35%)臨床像Nodulartype26例(43%)32例(94%)Diffusetype34例(57%)2例(6%)組織学的所見Pagetoidspread有28例(47%)7例(21%)局所再発11例(18%)4例(18%)*転移5例(8%)3例(14%)*臨床像,組織学的所見は両者で差を認めるが,局所再発,転移率はほぼ同程度である.*1年以上経過観察可能であった22例での結果.転移の割合に差はなかったとしている.わが国における過去の報告では,宮村らは局所再発が47.8%,同側頸部リンパ節転移が21.7%であったとしている5).田村らは10%に局所再発または転移を認め,腫瘍の大きさが予後に強く関与していると報告している17).後藤らは海外における近年の報告をまとめ,5年以内の局所再発率は6.36%,転移率は8.25%,転移部位は耳前,耳下腺,顎下,頸部の所属リンパ節が最多で,ついで肝,肺,脳,骨の順に転移が多く,腫瘍関連死亡率が以前は24.33%であったが,最近は9.15%以下と改善されてきているとしている6).また,欧米での最近の報告では,リンパ節転移が18%に及ぶとされ,腫瘍径が10mm以上のものに多い傾向があるとされている11).本検討症例の平均腫瘍横径は9.5mm,転移は3例(14%)であったが,転移の割合については,早期に診断可能であったかどうかで大きく異なると考えられるため,日本人における脂腺癌の転移について論じるためには,さらに多症例での長期の検討が必要であると考えられる.今回の検討により,日本人の脂腺癌は,欧米人と比較して,眼瞼悪性腫瘍のなかでの頻度が高く,臨床像が大きく異なり,組織学的所見の特徴も異なることがわかった.これらの違いが人種による遺伝子差,または解剖学的差異によるものかどうか,今後検討する余地があると考えられた.IV結語京都府立医科大学眼科で経験した脂腺癌34例について検討した.腫瘍の臨床像と病理組織学的所見について,欧米人と比較して結節性病変を有する腫瘍が圧倒的に多く,pagetoidspreadをきたす腫瘍が少ないことがわかった.しかし,局所再発,転移の割合は欧米人の報告と差がなく,脂腺癌に対しては早期の診断・治療が最も重要である.文献1)ShieldsJA,DemirciH,MarrBPetal:Sebaceouscarcinomaoftheocularregion:areview.SurvOphthalmol50:103-122,20052)ShieldsJA,DemirciH,MarrBPetal:Sebaceouscarcinomaoftheeyelids:personalexperiencewith60cases.Ophthalmology111:2151-2157,20043)ZurcherM,HintschichCR,GarnerAetal:Sebaceouscarcinomaoftheeyelid:aclinicopathologicalstudy.BrJOphthalmol82:1049-1055,19984)HusainA,BlumenscheinG,EsmaeliB:Treatmentandoutcomesformetastaticsebaceouscellcarcinomaoftheeyelid.IntJDermatol47:276-279,20085)宮村紀毅,三島一晃,田代順子ほか:脂腺癌の9例.眼臨87:971-975,19936)後藤豊,高村浩,山下英俊ほか:再発を繰り返した眼瞼脂腺癌の1例.あたらしい眼科23:807-811,20067)TakamuraH,YamashitaH:ClinicopathologicalanalysisofmalignanteyelidtumorcasesatYamagataUniversityHospital:StatisticalcomparisonoftumorincidenceinJapanandinothercountries.JpnJOphthalmol49:349354,20058)川名聖美,後藤浩,森秀樹ほか:眼瞼悪性腫瘍60例の臨床的検討.眼科手術16:407-410,20039)小幡博人,青木由紀,久保田俊介ほか:眼瞼・結膜の良性1742あたらしい眼科Vol.30,No.12,2013(94)腫瘍と悪性腫瘍の発生頻度.日眼会誌109:573-579,200510)杉本聡子,高見淳也,林暢紹ほか:高知大学医学部眼科における過去10年間の眼瞼悪性腫瘍の検討.眼紀56:817-820,200511)EsmaeliB,NasserQJ,CruzHetal:AmericanJointCommitteeonCancerTcategoryforeyelidsebaceouscarcinomacorrelateswithnodalmetastasisandsurvival.Ophthalmology119:1078-1082,201212)BoniukM,ZimmermanLE:Sebaceouscarcinomaoftheeyelid,eyebrow,caruncle,andorbit.TransAmAcadOphthalmolOtolaryngol72:619-642,196813)NiC,SearlSS,KuoPKetal:Sebaceouscellcarcinomasoftheocularadnexa.IntOphthalmolClin22(Spring):23-61,198214)SongA,CarterKD,SyedNAetal:Sebaceouscellcarcinomaoftheocularadnexa:clinicalpresentations,histopathology,andoutcomes.OphthalPlastReconstrSurg24:194-200,200815)河野宗浩,西條正城,佐藤嘉男:眼瞼癌19例の検討.眼臨84:1439-1442,199016)IzumiM,MukaiK,NagaiTetal:Sebaceouscarcinomaoftheeyelids:ThirtycasesfromJapan.PatholInt58:483-488,200817)田村千恵,小島孚允,石井清:眼瞼脂腺癌20例の治療成績.臨眼56:475-478,2002***(95)あたらしい眼科Vol.30,No.12,20131743