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再発性多発性軟骨炎の1 例

2010年12月31日 金曜日

1714(82あ)たらしい眼科Vol.27,No.12,20100910-1810/10/\100/頁/JC(O0P0Y)《原著》あたらしい眼科27(12):1714.1716,2010cはじめに再発性多発性軟骨炎(relapsingpolychondritis)は,全身の軟骨組織を冒す自己免疫疾患で,II型コラーゲンに対する自己免疫が発症に関与しているといわれている.1976年にMcAdamら1)が両側耳介軟骨炎,非びらん性血清反応陰性多発関節炎,鼻軟骨炎,眼の炎症症状,気道軟骨炎,蝸牛・前庭機能障害が6大症状とする診断基準を報告した.今回25年間虹彩炎・強膜炎などの眼症状をくり返した症例で,再発性多発性軟骨炎と診断されたまれな1例を経験したので報告する.I症例患者:51歳の男性.主訴:右眼視力低下.既往歴:4歳時にアデノイド摘出.家族歴:父:筋萎縮性側索硬化症(ALS).母:Sjogren症〔別刷請求先〕能谷紘子:〒162-8666東京都新宿区河田町8-1東京女子医科大学病院眼科Reprintrequests:HirokoNotani,M.D.,DepartmentofOphthalmology,SchoolofMedicine,TokyoWomen’sMedicalUniversity,8-1Kawada-cho,Shinjuku-ku,Tokyo162-8666,JAPAN再発性多発性軟骨炎の1例能谷紘子*1島川眞知子*1豊口光子*1菅波由花*1上村文*1幸野敬子*2堀貞夫*1*1東京女子医科大学病院眼科*2幸野メディカルクリニック眼科ACaseofRelapsingPolychondritisHirokoNotani1),MachikoShimakawa1),MitsukoToyoguchi1),YukaSuganami1),AyaUemura1),KeikoKono2)andSadaoHori1)1)DepartmentofOphthalmology,SchoolofMedicine,TokyoWomen’sMedicalUniversity,2)DepartmentofOphthalmology,KonoMedicalClinic長期に遷延していたぶどう膜炎の原因検索において,再発性多発性軟骨炎と診断された1例を経験した.症例は51歳の男性.25歳頃より,両眼のぶどう膜炎,両耳介の変形,鼻根部の発赤・腫脹・疼痛をくり返していたが精査をされなかった.50歳時に右眼視力低下を主訴に東京女子医科大学眼科を初診し,視力は右眼(0.3),左眼(0.8),両眼に眼球突出,輪部に沿った全周の著明な強膜菲薄化と角膜混濁があり,右眼には,フィブリン塊を伴う虹彩炎,虹彩後癒着を認めた.耳介軟骨炎,鼻軟骨炎,ぶどう膜炎,気管軟骨炎,感音性難聴を認め,再発性多発性軟骨炎と診断した.再発性多発性軟骨炎は全身の軟骨組織を冒すまれな自己免疫疾患で,耳介軟骨や鼻中隔軟骨,気管軟骨,眼球,関節などに多彩な症状を呈する.生命予後は不良であり,眼合併症による視機能低下を予防するためにも早期診断,治療が重要である.Wereportararecaseofchronicuveitisassociatedwithrelapsingpolychondritis.Thepatient,a51-year-oldmalewitha25-yearhistoryofbilateralrecurrentuveitis,hadbilateralauriculardeformityaccompaniedbyrecurrentnasalinflammation,butnofurtherinvestigationhadbeenconducted.Heconsultedourclinicwithchiefcomplaintofdecreasedvision.Hiscorrectedvisualacuitywas0.3ODand0.8OS.Exophthalmos,scleralthinningandcornealopacitywereobservedbilaterally.Inaddition,iritiswithfibrinformationandposteriorsynechiawaspresentintherighteye.Ocularfindings,togetherwithassociatedsystemicfindingsofchondritisofauricles,nasalcartilage,bronchusandsensorineuraldeafness,ledtothediagnosisofrelapsingpolychondritis.Arareautoimmunediseaseaffectingcartilagetissuessuchasauricularcartilage,nasalseptalcartilage,trachealcartilages,theeyeballandarticulation,relapsingpolychondritisshouldbediagnosedandtreatedassoonaspossible.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(12):1714.1716,2010〕Keywords:再発性多発性軟骨炎,ぶどう膜炎,強膜炎,耳介軟骨炎,鼻軟骨炎.relapsingpolychondritis,uveitis,scleritis,chondritisofauricles,nasalcartilage.(83)あたらしい眼科Vol.27,No.12,20101715候群疑い,子宮癌,狭心症.現病歴:25歳頃より,両眼のぶどう膜炎を発症し,約3カ月に一度の割合で,再燃していた.同時期より両耳介の変形,鼻根部の発赤・腫脹・疼痛をくり返し,45歳頃には突発性難聴と診断され,ステロイド治療を受けた.25年間特に精査をされずに近医でステロイドの内服,局所投与で加療されていた.50歳時に転院をきっかけに,Wegener肉芽腫などの膠原病が疑われ,精査目的に東京女子医科大学眼科初診となった.初診時所見:1)眼所見:矯正視力は右眼0.08(0.3×.3.50D(cyl.1.25DAx20°),左眼0.30(0.8×.1.75D(cyl.2.00DAx140°)で,眼圧は右眼4mmHg,左眼10mmHgであった.Hertel眼球突出計で両眼ともに19mmと眼球突出がみられた.前眼部では両眼とも輪部から後方約6mm幅で全周にわたってぶどう膜が透見されて,強膜菲薄化が著明であった(図1).角膜周辺部には全周に硬化性角膜炎を示唆する実質混濁があり(図2),以前に強膜炎が持続していたことが推測された.右眼前房内炎症細胞2+あり,前房内下方に多くのフィブリン塊,さらに5時方向に虹彩後癒着を認めた.両眼とも虹彩紋理が粗になっていた.中間透光体に中等度白内障を認め,右眼虹彩後癒着のため散瞳不良であり,両眼にびまん性の硝子体混濁で透見困難であったが,眼底には明らかな出血,滲出斑,血管炎などはなかった.その他の所見として,両耳介の変形(図3),鞍鼻(図4)を認め,耳介軟骨炎,鼻軟骨炎が疑われた.2)臨床検査所見:血液検査で白血球10,700/mm3,CRP(C反応性蛋白)10.41mg/dl,赤沈1時間値92mm,2時間値117mm,Ig(免疫グロブリン)G:2,264mg/dl,IgA:556mg/dl,IgE:210mg/dl,C3:145mg/dlと高値であったが,抗核抗体や抗白血球細胞質抗体(PR3-ANCA,MPOANCA)は陰性であった.その他の血液,生化学所見に特記すべき異常は認めなかった.3)頭部CT(コンピュータ断層撮影)所見:前頭洞,篩骨洞の粘膜肥厚を認め副鼻腔炎が示唆された.4)胸部CT所見:両側気管支の石灰化,内腔狭窄を認めた.5)気管支鏡検査所見:喉頭軟骨,輪状軟骨,主気管・気管支軟骨の浮腫を認めた.6)耳鼻科的所見:聴力検査で両側感音性難聴であり,耳介軟骨炎,鼻軟骨炎を認めた.Wegener肉芽腫に典型的な膿性,血性鼻汁,鼻中隔穿孔などの所見は認めず,特異的なANCAも陰性であり,当初疑ったWegener肉芽腫は否定的であった.以上より両耳介軟骨炎,鼻軟骨炎(鞍鼻),ぶどう膜炎,気管軟骨炎,難聴を認めることにより再発性多発性軟骨炎と診断された.図1前眼部両眼ともに19mmと両眼球突出が著明であり,前眼部は両眼ともに輪部から約6mmにわたり全周にぶどう膜が透見されて,強膜菲薄化が著明である.(図1~4は患者の同意のもにと写真を掲載)図2右眼周辺角膜実質混濁両眼ともに角膜輪部から約1mm幅で角膜実質混濁を認め,硬化性角膜炎を疑う.図4鞍鼻鼻背部が陥凹しており,鞍鼻を呈している.図3左耳介の変形左耳介の腫脹・変形.右耳介も同様の変形を認めた.1716あたらしい眼科Vol.27,No.12,2010(84)経過:内科で両側気管軟骨炎に対してプレドニゾロン(プレドニンR)60mg内服治療を開始した.ぶどう膜炎・強膜炎に対して,局所ステロイド治療,トロピカミド・フェニレフリン点眼液(ミドリンPR),0.05%シクロスポリン点眼薬を開始した.虹彩炎の再燃をくり返し,点眼加療にて改善を認めたが,強膜菲薄化,眼球突出,硝子体混濁に改善はみられなかった.現在白内障の進行により,徐々に視力低下をきたしているが,強膜の状態などから慎重に手術を検討予定である.全身状態はステロイド療法でやや緩解はしたが,依然として,気道軟骨炎,関節痛,耳漏などに加え,最近は帯状疱疹や呼吸器真菌症を併発し,今後とも他科での加療が必要である.II考按本症例は両側耳介軟骨炎,鼻軟骨炎,ぶどう膜炎,気道軟骨炎,蝸牛・前庭機能障害を認めた.1976年にMcAdamが報告した再発性多発軟骨炎の診断基準を,1979年にDamianiら2)が改定し,両側耳介軟骨炎,非びらん性血清反応陰性多発関節炎,鼻軟骨炎,眼の炎症症状,気道軟骨炎,蝸牛・前庭機能障害の6項目中,3項目以上あれば診断基準を満たすと改定した.本症例は5項目が当てはまり,再発性多発性軟骨炎の確定診断に至った.再発性多発性軟骨炎は,全身の軟骨組織やムコ多糖類を多く含む組織を冒すまれな自己免疫疾患である.II型コラーゲンに対する自己免疫が発症に関与しているともいわれている3).耳介軟骨や鼻中隔軟骨,気管軟骨,眼球,多関節などに多彩な症状を呈する特徴がある.海外では,本症は50~70%に眼症状が合併すると報告されている1)が,わが国では,谷村ら4)が眼科領域の報告14例をまとめたところ,上強膜炎は8例(57%),ぶどう膜炎は6例(43%),視神経乳頭炎は5例(36%),角膜浸潤は4例(29%)に合併していた.欧米では前房蓄膿がみられたという報告5)があるが,ぶどう膜炎や強膜炎の病型や頻度はまだ明らかではない.そのほかにまれではあるが重篤な後部強膜炎,網膜静脈炎,漿液性網膜.離,視神経萎縮などの報告がある4,6).気管軟骨病変が進行すると,肺炎や気管閉塞による窒息が生じることがあり,本症の5年生存率は70~80%といわれている7).また,慢性関節リウマチや全身性エリテマトーデスなどの自己免疫疾患を合併することもあり症状はさらに多彩,複雑になる.本症の治療で主体をなすのは現在のところはステロイドの全身投与であり,ステロイド使用中の再燃例では,アザチオプリンやシクロフォスファミドなどの免疫抑制薬を併用することがある8).本症例は眼症状が初発であり,25年間ぶどう膜炎をくり返した.すでに強膜の菲薄化が著明であり,眼球穿孔も危惧された.これは,強膜に軟骨の主成分であるムコ多糖類が存在しているため,強膜のくり返す炎症の後に菲薄化が生じたと考えられる9).本症例のようにぶどう膜炎に対してステロイド内服・点眼を漫然と続けており,精査されずに,診断がついていないこともまれではない.実際に,眼症状・耳痛・呼吸苦で各診療科を受診していても,生前には診断がついていないままで,窒息による心肺停止に至った1例の報告もある10).さらに,本症例は,ステロイド内服治療が開始された後に,肺真菌症や顔部帯状疱疹など,ステロイドの副作用と考えられる合併症を起こしている.そのため,他科と連携して,注意深く治療・経過観察していかなければならない.まれではあるものの,予後不良であるので,強膜炎,ぶどう膜炎をくり返す症例では,眼症状だけでなく,耳や鼻などの多臓器所見にも注意深い観察が必要で,原因疾患として本症も念頭におき,早期診断・早期治療をすることが重要である.文献1)McAdamLP,O’HanlanMA,BluestoneRetal:Relapsingpolychondritis:prospectivestudyof23patientsandareviewoftheliterature.Medicine55:193-215,19762)DamianiJM,LevineHL:Relapsingpolychondritis.Reportoftencases.Laryngoscope89:929-946,19793)FoidartJM,AbeS,MartinGRetal:AntibodiestotypeIIcollageninrelapsingpolychondritis.NEnglJMed299:1203-1207,19784)谷村真知子,横山勝彦,安部ひろみほか:後部強膜炎を合併した再発性多発軟骨炎の1例.臨眼61:1299-1303,20075)AndersonNG,Garcia-Valenzuela,MartinDF:Hypopyonuveitisandrelapsingpolychondritis.Ophthalmology111:1251-1254,20046)田邊智子,山本禎子,上領勝ほか:硝子体手術によりぶどう膜炎が軽快した再発性多発性軟骨炎の1例.臨眼61:215-219,20077)岡見豊一,松永裕史,白数純也ほか:多彩な眼症状を示した再発性多発性軟骨炎の症例.臨眼57:867-871,20038)渡邉紘章,平松哲夫,松本修一:視力障害を主訴とした再発性多発性軟骨炎の1例.内科98:939-941,20069)田中才一:眼症状を初発とし診断に苦慮した再発性多発性軟骨炎の一症例.眼臨紀1:662-666,200810)山口充,間藤卓,福島憲治ほか:窒息による心肺停止で搬入された再発性多発性軟骨炎の1例,日救急医会誌19:972-978,2008***

久留米大学眼科におけるぶどう膜炎患者の臨床統計

2010年4月30日 金曜日

———————————————————————-Page1544あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(00)544(128)0910-1810/10/\100/頁/JCOPY43回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科27(4):544548,2010cはじめにぶどう膜炎の病因は環境や地域性,診断技術の確立などの諸因子の影響により,年次的に変化している.今回,久留米大学眼科(以下,当科)における,最近7年間のぶどう膜炎患者の統計調査を行い,過去の当科での統計結果1993年1),2004年2)の報告をまとめて12年間と比較検討し,最近のぶどう膜炎の傾向について報告する.I対象および方法対象は,2002年1月1日2008年12月31日までの7年間に当科を受診したぶどう膜炎新患患者637例である.1990年1月1日2001年12月31日まで12年間のぶどう膜炎新患患者1,443例について,患者数,性別,年齢,病因などを比較検討した.統計学的検定にはc2検定を使用した.さらに,ぶどう膜炎の三大疾患であるサルコイドーシス,Behcet病,原田病について,過去の当科での報告1,2)に基づ〔別刷請求先〕田口千香子:〒830-0011久留米市旭町67久留米大学医学部眼科学教室Reprintrequests:ChikakoTaguchi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KurumeUniversitySchoolofMedicine,67Asahi-machi,Kurume-city,Fukuoka830-0011,JAPAN久留米大学眼科におけるぶどう膜炎患者の臨床統計梅野有美田口千香子浦野哲河原澄枝山川良治久留米大学医学部眼科学教室IncidenceofUveitisatKurumeUniversityHospitalYumiUmeno,ChikakoTaguchi,ToruUrano,SumieKawaharaandRyojiYamakawaDepartmentofOphthalmology,KurumeUniversitySchoolofMedicine久留米大学眼科における最近7年間のぶどう膜炎患者の統計調査を行い,過去の統計結果12年間と比較検討する.2002年から2008年に初診したぶどう膜炎患者637例(男性269例,女性378例)を対象として,ぶどう膜炎の病因と病型について以前報告した1990年から2001年までの12年間の統計結果(1,443例)と比較した.病因はサルコイドーシス78例(12.1%)が最も多く,ついで原田病77例(11.9%),ヘルペス性ぶどう膜炎25例(3.9%),Behcet病23例(3.6%),humanT-lymphotropicvirustypeI(HTLV-I)ぶどう膜炎19例(2.9%),humanleukocyteantigen(HLA)-B27関連ぶどう膜炎16例(2.5%)で,分類不能のものは292例(45.1%)であった.原田病,ヘルペス性ぶどう膜炎,糖尿病虹彩炎,サイトメガロウイルス網膜炎,眼内悪性リンパ腫が有意に増加し,Behcet病,HTLV-Iぶどう膜炎,真菌性眼内炎が有意に減少していた.Thepurposeofthisstudywastocomparethestatisticalresultsofasurveyofuveitispatientsseenoverthepast7yearswiththeresultsofaprevioussurvey.Thesurveyresultsfor637patients(269males,378females)whorstvisitedtheuveitisclinicofKurumeUniversityHospitalbetween2002and2008werecomparedwiththeresultsofaprevioussurveyperformedon1,443uveitispatientsseenbetween1990and2001.Inthepast7years,themostcommonetiologywassarcoidosis(78patients,12.1%),followedbyHarada’sdisease(77patients,11.9%),herpeticuveitis(25patients,3.9%),Behcet’sdisease(23patients,3.6%),humanT-lymphotropicvirustypeI(HTLV-I)uveitis(19patients,2.9%)andhumanleukocyteantigen(HLA)-B27-associateduveitis(16patients,2.5%).Theetiologyof292patients(45.1%)wasunknown.Incomparisontotheprevioussurvey,therewasasignicantincreaseintheincidenceofHarada’sdisease,herpeticuveitis,diabeticuveitis,cytomegalovirusretinitisandintraocularmalignantlymphoma,andasignicantdecreaseintheincidenceofBehcet’sdisease,HTLV-Iuveitisandfungalendophthalmitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(4):544548,2010〕Keywords:ぶどう膜炎,臨床統計,サルコイドーシス,原田病,Behcet病.uveitis,clinicalstatistics,sarcoidosis,Vogt-Koyanagi-Haradadisease,Behcet’sdisease.———————————————————————-Page2あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010545(129)いて,19901994年,19952001年,20022008年の3期間に分けて検討した.診断と分類は,既報1,2)と同様にした.Behcet病は,特定疾患診断基準に基づき完全型と不全型に属するもの,サルコイドーシスは,旧診断基準に基づき組織診断もしくは臨床診断を満たしたものとし,疑い症例は分類不能とした.急性前部ぶどう膜炎は,humanleukocyteantigen(HLA)-B27陽性をHLA-B27関連ぶどう膜炎とし,HLAが陰性,未検,原因不明のものは分類不能とした.ヘルペス性ぶどう膜炎は,典型的な角膜病変や眼部帯状疱疹に随伴したもので,臨床的に特有の眼所見があり抗ウイルス薬に対する反応性がみられ,血清抗体価の上昇がみられたものとした.外傷や術後眼内炎などの外因性による二次性の炎症や陳旧性ぶどう膜炎などは除外した.なお,転移性眼内炎(細菌性,真菌性)は対象に含まれている.II結果1.患者数,性別,年齢分布外来総新患数に占めるぶどう膜炎新患数の割合は,20022008年(以下,今回)は23,897例中647例(2.7%)であり,19902001年(以下,前回)の40,048例中1,443例(3.6%)と比較し減少していた(p<0.01).男性269例,女性378例と女性が多く,男女比は1:1.4で,前回の男女比1:1.3とほぼ同じであった.今回の初診時年齢は688歳で,平均51.1歳であり,前回の45.6歳と比べやや高くなっていた.今回の年齢分布は50歳代(20.9%)にピークがあり,ついで60歳代(18.4%)が多く,前回と比べるとピークは40歳代から50歳代へシフトし,70歳代が8.3%から13.4%へ,80歳代以上の患者が1.5%から4.3%と増加していた(図1).2.ぶどう膜炎の病因別分類ぶどう膜炎の病因別の内訳は図2に示したとおりである.最も多いのはサルコイドーシス,ついで原田病,ヘルペス性ぶどう膜炎,Behcet病の順であった.これら疾患別頻度について,前回の統計結果との比較をすると,ともに一番多いのはサルコイドーシスであった.前回2位であったBehcet病は今回4位と減少し,前回5位であった真菌性眼内炎は10位以下となっていた(表1).ヘルペス性ぶどう膜炎患者25例のうち帯状疱疹を伴ったものは10例で,そのうち9例が60歳以上であった.原田病は7.8%から11.9%,ヘルペス性ぶどう膜炎は1.2%から3.9%,糖尿病虹彩炎は0.6%から1.7%,サイトメガロウイルス網膜炎は0.6%から1.5%,眼内悪性リンパ腫は0.3%から1.4%へ有意に増加していた.Behcet病は8.2%から3.9%へ,humanT-lymphotropicvirustypeI(HTLV-I):男性:女性020406080100120140160807060504030201009年齢(歳)患者数(例)050100150200250300患者数(例)19902001年20022008年図1ぶどう膜炎患者の性別・年齢分布症炎症性疾患サイイルス膜炎膜炎ぶどう膜炎ルス性ぶどう膜炎原田病サルコイドーシスぶどう膜炎その性膜病症病性炎眼性分類症数性性症数図2ぶどう膜炎の疾患別患者数とその割合(20022008年)HTLV-I:humanT-lymphotropicvirustypeI,HLA:humanleukocyteantigen.———————————————————————-Page3546あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(130)ぶどう膜炎は5.3%から2.9%へ,真菌性眼内炎は2.6%から0.6%へ有意に減少していた.3.ぶどう膜炎の三大疾患について既報の19901994年1),19952001年2),今回の20022008年と3期間に分けて検討した.a.サルコイドーシス患者数はそれぞれの期間で70例から80例で,それぞれの期間の平均は,15.4例/年,12.4例/年,11.1例/年で,19952001年と20022008年ではほぼ横ばいであった(図3a).年齢別にみると,19901994年では20歳代と50歳代,60歳代が多かったのに比べ,19952001年では50歳代と60歳代に,20022008年では50歳代と60歳代さらに70歳代が増加していた.サルコイドーシス患者の高齢化がみられた(図3b).今回の診断の内訳は,組織診断群38例,臨床診断群40例で,組織診断群の割合は,19901994年は36.4%,19952001年は65.5%,20022008年は48.7%であった.表1ぶどう膜炎の疾患別患者数とその割合19902001年(%)20022008年(%)サルコイドーシス11.4サルコイドーシス12.1Behcet病8.2原田病11.9原田病7.8ヘルペス性ぶどう膜炎3.9HTLV-Iぶどう膜炎5.3Behcet病3.6真菌性眼内炎2.6HTLV-Iぶどう膜炎2.9HLA-B27関連ぶどう膜炎2.1HLA-B27関連ぶどう膜炎2.5トキソカラ症1.9トキソプラズマ症1.9トキソプラズマ症1.9強膜炎1.7急性網膜壊死1.8糖尿病虹彩炎1.7ヘルペス性ぶどう膜炎1.2サイトメガロウイルス網膜炎1.5HTLV-I:humanT-lymphotropicvirustypeI,HLA:humanleukocyteantigen.199019942002200819952001患者数(例/年)(年):男性:女性181614121086420図3aサルコイドーシスの年平均患者数年年年年齢患者数図3bサルコイドーシス患者の年代別推移患者数年年性性図4aBehcet病の年平均患者数年年年患者数年齢図4bBehcet病患者の年代別推移———————————————————————-Page4あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010547(131)b.Behcet病患者数は,19901994年は82例(11.7%),19952001年は36例(4.9%),20022008年は23例(3.6%)で,それぞれの期間では16.4例/年,5.1例/年,3.3例/年と減少していた(図4a).19952001年と20022008年を比べると,女性患者数が減少し,年齢別にみると特に30歳代と40歳代の減少が著明であった(図4b).c.原田病患者数は,それぞれの期間で平均すると10例/年,7.6例/年,11.1例/年で(図5a),年齢別にみると20022008年で50歳代の患者の増加がみられた(図5b).III考按当科におけるぶどう膜炎の傾向を解析するため,20022008年(今回)と19902001年(前回)の結果1,2)を比較した.ぶどう膜炎新患数の割合は前回の3.6%から今回2.7%へ減少していたが,他施設での報告37)13%程度と同様であった.男女比は変化なく,平均年齢は高くなり,特に70歳代以上の高齢患者が増加していた.社会の高齢化率上昇に伴い当科においてもぶどう膜炎患者の高齢化がみられた.サルコイドーシスは他施設でも頻度が最も多く37),今回の結果でも原因疾患の1位であったが,前回と比べると症例数は横ばいであった.年齢別にみると,70歳代患者は倍増し80歳代患者もみられ,サルコイドーシスは,高齢患者が増加しているという他施設との報告5,8)と同様であった.組織診断群は,19952001年の65.5%と比し,今回は48.7%と減少していた.眼所見からサルコイドーシスが疑われた場合,胸部X線単純撮影や胸部CTで胸部病変が疑われる際には呼吸器内科に紹介している.呼吸器内科では,積極的に気管支鏡検査を行っているが,呼吸器症状がない患者は気管支鏡検査を躊躇することも多く,さらに高齢患者では検査自体のリスクも大きくなり,高齢患者の増加が組織診断率の低下につながった可能性もある.1990年代からBehcet病のぶどう膜炎患者の減少が指摘され,他施設でも多数の報告がある5,7,8).当科でも既報で患者数の減少を報告した2)が,3期間に分けてみると,11.7%から4.9%へ,さらに今回は3.6%と減少していた.当科では女性患者の減少がみられたが,男性患者が減少している報告もある7).Behcet病の総患者数の減少に伴いぶどう膜炎を有する患者も減少しているのか,ぶどう膜炎を有する患者のみ減少しているのか,全国的な疫学調査が必要と考えられる.原田病については前回と同様に従来の臨床診断に基づいており,有病率はほぼ一定していると考えていたが他施設では減少している報告もある5,6).今回,50歳代の患者が増加していたがその原因は不明であり,さらに検討していきたい.そのほか,ヘルペス性虹彩炎,糖尿病虹彩炎,サイトメガロウイルス網膜炎,眼内悪性リンパ腫が増加していた.ヘルペス性虹彩炎は,60歳以上で帯状疱疹に伴うものが1/3を占めており,帯状疱疹の発症は高齢者に多いため今後の増加が予測される.同様に,糖尿病患者の増加に伴い今後も糖尿病虹彩炎の増加も予測される.サイトメガロウイルス網膜炎の原因疾患として以前は後天性免疫不全症候群が多かったが,多剤併用療法の効果によりサイトメガロウイルス網膜炎は一旦減少していたが,今回は増加していた.原因疾患としては血液悪性腫瘍患者が多く,血液悪性腫瘍の治療の進歩により増加したと思われ,今後も増加する可能性がある.眼内悪性リンパ腫では診断に硝子体手術が積極的に行われ,病理組織学的検索だけでなく硝子体液のインターロイキンの測定が診断率上昇の一因と考えられた.一方,HTLV-Iぶどう膜炎と真菌性眼内炎が減少していた.元来,HTLV-Iキャリアが多い地域であるが,おもな感染経路である母乳感染や献血時のスクリーニングなど感染予防対策が行われ,九州地方ではHTLV-Iキャリアが減少したためと考えられる.減少はしているものの,病因別の第5位と依然として上位の疾患である.また,真菌性眼内炎は中心静脈カテーテル留置症例における真菌性眼内炎の発症が199019942002200819952001患者数(例/年)(年):男性:女性121086420図5a原田病の年平均患者数年年年患者数年齢図5b原田病患者の年代別推移———————————————————————-Page5548あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(132)眼科医以外にも十分に認知され,早期に中心静脈カテーテルの抜去や抗真菌薬の投与が行われているため減少したと思われた.ぶどう膜炎の病因の増減はあるが,分類不能例は40%程度と変わらず存在する.新たな診断技術や疾患概念の導入により確定診断可能な症例が増える一方で,時代背景とともに病因も変化している.今後もさらなる診断技術や診断基準の確立,その時代にあった診断基準の見直しが必要であると考えられる.文献1)池田英子,和田都子,吉村浩一ほか:九州北部と南部のぶどう膜炎の臨床統計.臨眼47:1267-1270,19932)吉田ゆみ子,浦野哲,田口千香子ほか:久留米大学におけるぶどう膜炎の臨床統計.眼紀55:809-814,20043)伊藤由紀子,堀純子,塚田玲子ほか:日本医科大学付属病院眼科における内眼炎患者の統計的観察.臨眼63:701-705,20094)GotoH,MochizukiM,YamakiKetal:EpidemiologicalsurveyofintraocularinammationinJapan.JpnJOph-thalmol51:41-44,20075)秋山友紀子,島川眞知子,豊口光子ほか:東京女子医科大学眼科ぶどう膜炎の臨床統計(20022003年).眼紀56:410-415,20056)小池生夫,園田康平,有山章子ほか:九州大学における内因性ぶどう膜炎の統計.日眼会誌108:694-699,20047)藤村茂人,蕪城俊克,秋山和英ほか:東京大学病院眼科における内眼炎患者の統計的観察.臨眼59:1521-1525,20058)中川やよい,多田玲,藤田節子ほか:過去22年間におけるぶどう膜炎外来受診者の変遷.臨眼47:1257-1261,19939)橋本夏子,大黒伸行,中川やよいほか:大阪大学眼炎症外来における初診患者統計─20年前との比較─.眼紀55:804-808,200410)糸井恭子,高井七重,竹田清子ほか:大阪医科大学におけるぶどう膜炎患者の臨床統計.眼紀57:90-94,2006***

バルガンシクロビル内服が奏効した再発性サイトメガロウイルス角膜内皮炎の1例

2010年3月31日 水曜日

———————————————————————-Page1(89)3670910-1810/10/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科27(3):367370,2010c〔別刷請求先〕唐下千寿:〒683-8504米子市西町36-1鳥取大学医学部視覚病態学Reprintrequests:ChizuTouge,M.D.,DivisionofOphthalmologyandVisualScience,FacultyofMedicine,TottoriUniversity,36-1Nishi-cho,Yonago-shi,Tottori683-8504,JAPANバルガンシクロビル内服が奏効した再発性サイトメガロウイルス角膜内皮炎の1例唐下千寿*1矢倉慶子*1郭權慧*1清水好恵*1坂谷慶子*2宮大*1井上幸次*1*1鳥取大学医学部視覚病態学*2南青山アイクリニックACaseofRecurrentCytomegalovirusCornealEndotheliitisTreatedbyOralValganciclovirChizuTouge1),KeikoYakura1),Chuan-HuiKuo1),YoshieShimizu1),KeikoSakatani2),DaiMiyazaki1)andYoshitsuguInoue1)1)DivisionofOphthalmologyandVisualScience,FacultyofMedicine,TottoriUniversity,2)MinamiaoyamaEyeClinic角膜移植術後にサイトメガロウイルス(CMV)角膜内皮炎を再発性に発症し,バルガンシクロビル内服が奏効した1例を経験した.症例は55歳,男性.ぶどう膜炎に伴う緑内障に対して,両眼に複数回の緑内障・白内障手術を受けている.炎症の再燃をくり返すうちに右眼水疱性角膜症を発症し,当科にて全層角膜移植術を施行した.術後約半年で右眼にコイン状に配列する角膜後面沈着物(KP)を認め,ヘルペス性角膜内皮炎を疑いバラシクロビル(3,000mg/日)内服を開始したが炎症の軽快徴候はなかった.前房水のreal-timepolymerasechainreaction(PCR)にてherpessim-plexvirus(HSV)-DNA陰性,CMV-DNA:27コピー/100μlであったため,バルガンシクロビル(900mg/日)内服を開始したところKPは減少した.その後バルガンシクロビル内服を中止すると炎症が再燃し,内服を再開すると炎症が軽快する経過をくり返した.2度目の再燃時にも前房水のreal-timePCRにてCMV-DNA陽性を認めている〔HSV-DNA陰性,varicella-zostervirus(VZV)-DNA陰性,CMV-DNA:1.1×105コピー/100μl〕.本症例は前房水のreal-timePCRでのCMV陽性所見に加え,バルガンシクロビル内服にて炎症軽快し,内服中止にて炎症再燃を認めることよりCMVが角膜内皮炎の病態に関与していると考えることに十分な妥当性があると思われる.CMV角膜内皮炎の診断は分子生物学的検査結果に加え,抗CMV治療に対する反応も含めて考える必要があると思われる.Weexperiencedacaseofrecurrentcytomegalovirus(CMV)cornealendotheliitisafterpenetratingkerato-plasty,whichhadbeentreatedusingvalganciclovir.Thepatient,a55-year-oldmaleaectedwithsecondaryglau-comaduetouveitis,hadundergonecataractandglaucomasurgeryinbotheyes,resultinginbullouskeratopathyinhisrighteye,forwhichheunderwentpenetratingkeratoplastyatourclinic.At6monthspostsurgery,coin-likearrangedkeraticprecipitates(KP)wereobserved.Suspectingherpeticcornealendotheliitis,weadministeredoralvalacyclovir,withnonotableeect.SinceCMV-DNA(27copies/100μl)wasdetectedintheaqueoushumorsamplebyreal-timepolymerasechainreaction(PCR),oralvalganciclovirwasadministered,andKPdecreased.Thereafter,repeatedadministrationoforalvalganciclovircausedtheinammationtosubside,thecessationsubsequentlyinduc-inginammationrecurrence.Atthesecondrecurrence,CMV-DNA(1.1×105copies/100μl)wasdetectedintheaqueoushumorsamplebyreal-timePCR(herpessimplexvirus-DNAandvaricella-zostervirus-DNAwerenega-tive).Inthiscase,thereal-timePCRresult(CMV-DNApositiveintheaqueoushumor)andthechangeofclinicalndingsbroughtaboutbyvalganciclovir,properlysupportthenotionofCMV’srelationtothepathogenesisofcor-nealendotheliitis.Cornealendotheliitisshouldbediagnosedinconsiderationofanti-CMVtherapyresponse,aswellasofmolecularbiologyresult.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(3):367370,2010〕Keywords:サイトメガロウイルス角膜内皮炎,バルガンシクロビル,ぶどう膜炎,水疱性角膜症,角膜移植.cytomegaloviruscornealendotheliitis,valganciclovir,uveitis,bullouskeratopathy,keratoplasty.———————————————————————-Page2368あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010(90)はじめに角膜内皮炎は,角膜浮腫と浮腫領域に一致した角膜後面沈着物を特徴とする比較的新しい疾患単位である1).角膜内皮炎の原因の多くはウイルスと考えられており,herpessim-plexvirus(HSV)24),varicella-zostervirus(VZV)5,6),mumpsvirus7)が原因として知られているが,HSVをはじめ,これらのウイルスが実際に検出された報告は意外に少なく,他の原因があるのではないかと考えられてきた.ところが最近,免疫不全患者の網膜炎の原因ウイルスとして知られているサイトメガロウイルス(cytomegalovirus:CMV)が角膜内皮炎の原因になるという報告が新たになされ812),注目を集めている.今回筆者らは,角膜移植術後にCMVによると考えられる角膜内皮炎を再発性に発症し,バルガンシクロビル内服に呼応して炎症の消長を認めた1例を経験したので報告する.I症例および所見症例:55歳,男性.現病歴:両眼ぶどう膜炎および続発緑内障に対して,1988年より治療中.右眼は,炎症の再燃をくり返すうちに2004年2月頃より水疱性角膜症を発症.2005年4月20日,右眼水疱性角膜症に対する角膜移植目的にて鳥取大学医学部附属病院(以下,当院)へ紹介となった.眼科手術歴:1988年両)trabeculotomy1989年左)trabeculotomy1994年左)trabeculectomy右)trabeculectomy+PEA+IOL1995年左)PEA+IOL,bleb再建術既往歴・家族歴:特記すべき事項なし.初診時所見:視力:VD=0.04(矯正不能),VS=0.08(0.2×sph+2.0D(cyl1.25DAx110°).眼圧:RT=12mmHg,LT=5mmHg.角膜内皮:両)測定不能.前眼部所見:右)下方に周辺部虹彩前癒着,水疱性角膜症.左)広範囲に周辺部虹彩前癒着,周辺角膜に上皮浮腫.動的量的視野検査(Goldmann):右)湖崎分類I,左)湖崎分類IIIa.II治療経過2005年8月1日,右眼の全層角膜移植術を施行した.術後8日目に角膜後面沈着物(KP)の増加を認め,ステロイド内服を増量した.また,術中採取した前房水のreal-timepolymerasechainreaction(PCR)はHSV-DNA陰性であったが,ヘルペス感染による炎症の可能性も考えバラシクロビル塩酸塩(3,000mg/日)内服を行った.その後所見は軽快し,2005年8月26日退院となった.右眼矯正視力は0.7まで回復し,ベタメタゾン点眼(4回/日)・レボフロキサシン点眼(4回/日)を継続していた.角膜移植を行い約半年後の2006年2月2日に,右眼矯正視力が0.6と軽度低下し,KPの出現と球結膜充血の悪化を認めた.KPはコイン状に配列しており,前房に軽度の炎症細胞を認めた.角膜浮腫はごくわずかであった(図1).最初はヘルペス性角膜内皮炎を疑いバラシクロビル塩酸塩(3,000mg/日)内服を開始した.しかし5日後の2月7日,KP・充血ともに軽快を認めなかった.その後,2月2日に採取した前房水のreal-timePCRにてHSV-DNA陰性,CMV-DNA:27コピー/100μlという結果が判明し,2月14日よりバルガンシクロビル(900mg/日)内服を開始したところKPは減少し,3月14日には右眼視力矯正1.2まで回復し,3月29日にバルガンシクロビル内服を中止した.内服中止後,再び徐々にKPが増加し,バルガンシクロビル(900mg/日)内服を再開したところ,再び炎症は落ち着いた.前回のこともあり3カ月間内服を継続しab図1右眼前眼部写真(角膜移植半年後:2006年2月2日)a:充血とコイン状に配列するKP(矢印)を認める.b:KPの部位の拡大(矢印,点線丸).———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010369(91)て中止とした.しかし内服中止後2カ月で,下方に再び角膜上皮浮腫を併発してきたため,2006年9月26日,バルガンシクロビル(900mg/日)内服を再開した.その後,9月26日に採取した前房水のreal-timePCRにてHSV-DNA陰性,VZV-DNA陰性であったが,CMV-DNAは1.1×105コピー/100μl検出という結果が判明した.これまでの経過中,ベタメタゾン点眼は終始使用していたが,このための免疫抑制がCMV角膜内皮炎の発症に関連している可能性も考え,ベタメタゾン点眼(4回/日)を,フルオロメトロン点眼(4回/日)に変更し,炎症の再燃を認めないことを十分確認後,バルガンシクロビル内服を3カ月半後に中止した.この経過中,角膜内皮細胞密度は1,394/mm2から550/mm2まで減少した.III考按CMV角膜内皮炎に関する論文はKoizumiらの報告後8),近年増加しており912),角膜の浮腫と,コイン状に配列するKPがその臨床的特徴として指摘されている.本症例は,この臨床的特徴と合致した所見を認めた.しかし,CMVは末梢血単球に潜伏感染しているため,CMVが病因となっていなくても炎症で白血球が病巣部にあれば検出される,すなわち,原因ではなく結果として検出されている可能性がある.特に本症例の場合,角膜移植後であるため,臨床的には非定型的とはいえ拒絶反応の可能性も否定できない.しかし,前房水のreal-timePCRでのCMV陽性所見に加え,抗CMV薬であるバルガンシクロビル内服にて炎症軽快し,内服中止にて炎症再燃を認めることより,CMVがその病態に関与していると考えることに十分な妥当性があると思われた.バルガンシクロビル内服期間と視力経過を図2にまとめたが,バルガンシクロビル内服後,炎症が軽快するのにあわせて視力が向上し,内服を中止し炎症が再燃すると視力が下がっていることがよくわかる.本症例の内皮炎発症のメカニズムについて考えてみた.CMV網膜炎の場合は,血流を介して網膜血管からCMVに感染した血球が供給されることが容易に理解されるが,角膜には血流はなく,どうやってCMVが内皮にやってきたのかということが問題になる.一つは,最初に移植後の拒絶反応が生じ,白血球が,ターゲットである角膜内皮細胞へ付着したという可能性が考えられる.そして拒絶反応を抑制するために使用したステロイド点眼による免疫抑制で,付着した白血球中のCMVが内皮細胞中で増殖し角膜内皮炎を発症したという考え方である.もう一つの可能性として,もともと既往としてあったぶどう膜炎,つまり虹彩や毛様体の炎症の原因がそもそもCMVであり,前房に多数の白血球が出現し,それが内皮炎に移行したという可能性が考えられる.内皮炎の報告がなされる以前よりCMVによって生じるぶどう膜炎の報告もあり13,14),その特徴として,片眼性前部ぶどう膜炎で眼圧上昇を伴っていることがあげられる1317).本症例では経過中に眼圧上昇は認めていないが,その報告例のなかには角膜浮腫を伴っていたり15),角膜内皮炎を合併している報告もあるため16),CMVによる角膜内皮炎とぶどう膜炎は一連の流れで起こっている可能性が十分考えられる.今回使用したバルガンシクロビルは抗CMV化学療法薬でガンシクロビルをプロドラッグ化した内服用製剤である.腸管および肝臓のエステラーゼにより速やかにガンシクロビルに変換され抗ウイルス作用を示す.点滴静注を行うガンシクロビルと異なり,本症例のように外来で経過をみていく患者で使用しやすい利点がある.眼科領域では,後天性免疫不全症候群(エイズ)患者におけるCMV網膜炎の治療に使用されており,その用法は,初期治療として1,800mg/日,3週間,維持療法として900mg/日を用いる.副作用としては白右眼視力0.10.20.40.81.0H17.9.8H18.2.7H18.2.14H18.3.29H18.4.27H18.5.9H18.8.1H18.8.29H18.9.26H18.10.3H19.1.16H19.3.20:バルガンシクロビル内服期間前房水:CMV-DNA(+)HSV-DNA(-)前房水:CMV-DNA(+)HSV-DNA(-)VZV-DNA(-)図2バルガンシクロビル内服期間と視力経過バルガンシクロビル内服後,炎症が軽快するのに合わせて視力が向上し,内服中止し炎症が再燃すると視力が下がる経過を示した.———————————————————————-Page4370あたらしい眼科Vol.27,No.3,2010(92)血球減少,汎血球減少,再生不良性貧血,骨髄抑制などがあげられる.CMV角膜内皮炎に対する抗CMV療法のルートや用法はまだ基準がなく,バルガンシクロビルを用いた報告もあまりない.当然その用法も定められていないが,本症例はCMV網膜炎に使用する用量を参考に決定した.また,その副作用を考えると,高齢者には使いづらい面があるが,本患者はもともと血球数がやや高値であったこともあり,重篤な副作用は認めなかった.本症例ではバルガンシクロビル内服を半年以上かけて使用しているが,定期的な血液検査を施行し副作用のチェックを行っている.また,文献的にもCMVぶどう膜炎の症例ではぶどう膜炎再発の予防には長期のバルガンシクロビル内服を要している症例もあり15,17),今回の症例でも内皮炎再燃による角膜内皮減少のリスクを考えると長期の内服は必要であったと考える.CMV角膜内皮炎に対してガンシクロビル点眼を使用する症例もあるが,組織移行性がはっきりわかっておらず,角膜障害をきたす可能性も否定できない.本症例はもともと角膜上皮がやや不整であるため,角膜障害をきたす可能性も考慮してガンシクロビル点眼は使用せず,バルガンシクロビル内服を用いた.なお本症例は,血液検査にて免疫状態に問題はなく,眼底にCMV網膜炎の所見は認めなかった.本症例は,経過中に2度の前房水real-timePCRを行っている.1回目に比較して2回目で逆にコピー数が増加しているが,これは1回目が外注(probe法)であり,2回目は当科で独自に立ち上げたサイバーグリーン法による結果で,両者をそのまま比較することはできない.この点はreal-timePCR法の現状での欠点であろう.また,real-timePCRは感度がよいが,CMVもHSVと同様に人体に潜伏感染していることから,逆にそれが病因でなくても検出される可能性がある.このため各施設で基準を定める必要性があると思われる.HSVの場合は上皮型で1×104コピー以上のHSV-DNAが検出された場合は病因と考えられるという結果が出ている18)が,CMVにおいては量的な評価の基準が示された報告はなく,今後の検討が必要である.今回,角膜移植術後にCMV角膜内皮炎を再発性に発症し,バルガンシクロビル内服が奏効した1例を経験した.角膜内皮炎の診断に前房水のreal-timePCRが有用であったが,CMV角膜内皮炎の診断はDNA検出に加え,治療への反応性も加味して考える必要があることを強調したい.また,CMV角膜内皮炎の発症機序は不明だが,局所的な免疫抑制(ステロイド点眼使用)が関与している可能性が推察され,ステロイドにて軽快しない内皮炎・ぶどう膜炎については,病因として,今後HSV・VZVなどのほかにCMVも念頭に置く必要があると考えられる.文献1)大橋裕一:角膜内皮炎.眼紀38:36-41,19872)大久保潔,岡崎茂夫,山中昭夫ほか:樹枝状角膜炎に進展したいわゆる角膜内皮炎の1例.眼臨83:47-50,19893)西田幸二,大橋裕一,眞鍋禮三ほか:前房水に単純ヘルペスウイルスDNAが証明された特発性角膜内皮炎患者の1症例.臨眼46:1195-1199,19924)ShenY-C,ChenY-C,LeeY-Fetal:Progressiveherpet-iclinearendotheliitis.Cornea26:365-367,20075)本倉眞代,大橋裕一:眼部帯状ヘルペスに続発したcornealendotheliitisの1例.臨眼44:220-221,19906)内尾英一,秦野寛,大野重昭ほか:角膜内皮炎の4例.あたらしい眼科8:1427-1433,19917)中川ひとみ,中川裕子,内田幸男:麻疹罹患後に生じた急性角膜実質浮腫の1例.臨眼43:390-391,19898)KoizumiN,YamasakiK,KinoshitaSetal:Cytomegalovi-rusinaqueoushumorfromaneyewithcornealendothe-liitis.AmJOphthalmol141:564-565,20069)CheeS-P,BacsalK,JapAetal:Cornealendotheliitisassociatedwithevidenceofcytomegalovirusinfection.Ophthalmology114:798-803,200710)ShiraishiA,HaraY,OhashiYetal:Demonstrationof“Owl’seye”morphologybyconfocalmicroscopyinapatientwithpresumedcytomegaloviruscornealendothe-liitis.AmJOphthalmol143:715-717,200711)SuzukiT,HaraY,OhashiYetal:DNAofcytomegalovi-rusdetectedbyPCRinaqueousofpatientwithcornealendotheliitisafterpenetratingkeratoplasty.Cornea26:370-372,200712)KoizumiN,SuzukiT,KinoshitaSetal:Cytomegalovirusasanetiologicfactorincornealendotheliitis.Ophthalmolo-gy115:292-297,200713)MietzH,AisenbreyS,KrieglsteinGKetal:Ganciclovirforthetreatmentofanterioruveitis.GraefesArchClinExpOphthalmol238:905-909,200014)NikosN,ChristinaC,PanayotisZetal:Cytomegalovirusasacauseofanterioruveitiswithsectoralirisatrophy.Ophthalmology109:879-882,200215)SchryverID,RozenbergF,BodaghiBetal:Diagnosisandtreatmentofcytomegalovirusiridocyclitiswithoutretinalnecrosis.BrJOphthalmol90:852-855,200616)VanBoxtelLA,vanderLelijA,LosLIetal:Cytomega-lovirusasacauseofanterioruveitisinimmunocompetentpatients.Ophthalmology114:1358-1362,200717)CheeS-P,BacsalK,JapAetal:Clinicalfeaturesofcyto-megalovirusanterioruveitisinimmunocompetentpatients.AmJOphthalmol145:834-840,200818)Kakimaru-HasegawaA,MiyazakiD,InoueYetal:Clini-calapplicationofreal-timepolymerasechainreactionfordiagnosisofherpeticdiseasesoftheanteriorsegmentoftheeye.JpnJOphthalmol52:24-31,2008***

インフリキシマブ投与を行ったBehcet病の4症例

2009年4月30日 木曜日

———————————————————————-Page1(101)5330910-1810/09/\100/頁/JCLS42回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科26(4):533537,2009cはじめにBehcet病は原因不明の炎症性疾患であり,主症状の一つであるぶどう膜炎は難治性で,失明に至ることもある.従来の治療法で眼炎症を抑制できないBehcet病の難治性ぶどう膜炎に対して,抗ヒトtumornecrosisfactor-a(TNF-a)モノクローナル抗体であるインフリキシマブが適用認可され,有効な治療法と期待されている.今回筆者らは,久留米大学眼科においてBehcet病による難治性ぶどう膜炎の4症例にインフリキシマブを投与したので報告する.I症例症例は,15歳女性,31歳男性,40歳男性,43歳男性の4例.病型はすべて不全型であった.Behcet病と診断し,インフリキシマブ投与開始までの罹患期間は,5カ月から6年4カ月で,インフリキシマブ投与前の治療は,全例シクロスポリンを使用していた.インフリキシマブ投与開始後の経過観察期間は5カ月から12カ月であった(表1).インフリキシマブの投与方法は,投与量5mg/kgを2時間以上かけて点滴投与を行い,0,2,6,14週と以降8週おきに投与した.インフリキシマブ投与開始後は,免疫抑制薬〔別刷請求先〕田口千香子:〒830-0011久留米市旭町67久留米大学医学部眼科学教室Reprintrequests:ChikakoTaguchi,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KurumeUniversitySchoolofMedicine,67Asahi-machi,Kurume-city,Fukuoka830-0011,JAPANインフリキシマブ投与を行ったBehcet病の4症例田口千香子浦野哲河原澄枝山川良治久留米大学医学部眼科学教室FourCasesofBehcet’sDiseaseTreatedwithIniximabChikakoTaguchi,ToruUrano,SumieKawaharaandRyojiYamakawaDepartmentofOphthalmology,KurumeUniversitySchoolofMedicine目的:Behcet病の4例に抗ヒトtumornecrosisfactor-a(TNF-a)モノクローナル抗体であるインフリキシマブ(レミケードR)を投与したので報告する.方法:インフリキシマブ投与開始後3カ月以上経過観察をした4例(女性1例,男性3例)について,投与前後の眼炎症発作回数,副作用を調べた.結果:インフリキシマブ投与開始時の年齢は15歳,31歳,40歳,43歳で,投与開始までの罹患年数は5カ月から6年4カ月であった.4例のうち2例では眼炎症発作が完全に抑制され,その他の2例では減少した.副作用は4例中2例にみられ,帯状疱疹が1例,頬部蜂窩織炎と投与中に蕁麻疹がみられたのが1例であった.副作用は,治療やインフリキシマブの点滴速度を遅くすることで速やかに改善し,2例ともインフリキシマブはほぼ予定どおりの投与が可能であった.結論:インフリキシマブは,難治性ぶどう膜炎に対し有効な治療法である.副作用には十分に注意し,慎重な対応が必要であると考えられる.Wereport4patients(1female,3males)withBehcet’sdiseasetreatedwithiniximab(RemicadeR),ananti-tumornecrosisfactor-a(TNF-a)monoclonalantibody.Weevaluatedthenumberofocularattacksbeforeandaftertreatment,andthesideeects,withaminimumfollow-upof3months.Agesatiniximabtreatmentinitiationwere15,31,40and43years.Timebetweendiseaseonsetandadministrationrangedfrom5to76months.Ocularinammationwascompletelysuppressedin2casesandreducedin2cases.Sideeectswereseenin2cases:1patientdevelopedvaricellazosterand1developedcellulitisofthecheek,andhives,duringiniximabadministra-tion.Thesideeectsimprovedpromptlywhentheinfusionratewasslowed;these2patientsthenunderwentiniximabadministrationasscheduled.Iniximabiseectiveinthetreatmentofrefractoryuveitis;however,itrequirescarefulattentionandappropriateresponsetosideeects.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(4):533537,2009〕Keywords:Behcet病,インフリキシマブ,ぶどう膜炎.Behcet’sdisease,iniximab,uveitis.———————————————————————-Page2534あたらしい眼科Vol.26,No.4,2009(102)は中止した.〔症例1〕15歳,女性.2006年11月28日に当院を初診.初診時矯正視力は右眼0.1,左眼1.2.両眼の汎ぶどう膜炎を認め,口内炎と皮膚症状の既往があったため,Behcet病と診断し,コルヒチン1mgの内服を開始した.12月左眼に強い炎症発作がみられ,視力(0.01)まで低下した(図1).この強い炎症発作に対して,リン酸ベタメタゾン(6mg)を3日間点滴し,内服治療をコルヒチンからシクロスポリンに変更した.しかし,その後も炎症発作をくり返したため,シクロスポリンを100mgから150mgへ増量したにもかかわらず,初診から5カ月間に9回の炎症発作を認めた.シクロスポリン内服後の頭痛・体調不良の訴えもあったため,2007年4月24日からインフリキシマブを開始した.開始後から現在まで約12カ月が経過しているが,眼炎症発作は完全に抑制されている.視力も,インフリキシマブ投与前の右眼(0.7),左眼(手動弁)から右眼(1.2),左眼(0.9)と著明に改善している(図2,3).初診1234567インフリキシマブ4/24開始89104(月)2008年2007年リンロン6mg3日間点滴100mg125mg150mg治療コルヒチンシクロスポリン11/281.51.0視力0.10.01:右眼:左眼眼炎症図3症例1の経過図1症例1の左眼炎症発作時の眼底写真視神経乳頭は発赤し,黄斑部を含んで強い網膜浮腫を認め,周辺網膜には出血や滲出斑が散在している.図2症例1の現在の左眼眼底写真視神経は正常色調で,黄斑部に網膜浮腫はなく,網膜にも出血や滲出斑はみられない.表1患者背景投与開始時年齢性病型投与開始までの罹患期間投与開始前の治療114歳女性不全型5カ月シクロスポリン231歳男性不全型3年6カ月シクロスポリン343歳男性不全型6年4カ月シクロスポリン440歳男性不全型3年1カ月シクロスポリン———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.4,2009535(103)〔症例2〕31歳,男性.2003年からBehcet病のぶどう膜炎のため加療していた.2004年からシクロスポリン投与を行ったが,眼炎症は抑制できず,2007年5月15日にインフリキシマブを開始した.2回目投与の4週間後,大腿部に帯状疱疹が出現したため,翌日予定していた3回目の投与を延期し,同日より塩酸バラシクロビル3,000mg内服を1週間行った.帯状疱疹の改善を確認後,インフリキシマブ投与3回目を7月3日に行った.その後は,副作用の出現も認めず,眼炎症も現在まで完全に抑制されている(図4).〔症例3〕43歳,男性.2001年に初診し,シクロスポリン投与にても眼炎症は抑制できず,左眼はすでに失明している.2005年7月に,はじめて右眼の炎症発作を認め,その後から右眼の炎症発作をくり返していた.唯一眼であり,シクロスポリンの副作用である腎機能障害や高血圧が出現していたため,2007年7月24日よりインフリキシマブ投与を開始した.2回目投与の1週間後から頬部腫脹が出現し,頬部蜂窩織炎と診断され,レボフロキサシン300mg内服を1週間行った.症状が改善したため,予定どおりに9月4日にインフリキシマブ3回目の投与を行った.4回目のインフリキシマブ投与中に,腹部に蕁麻疹が出現した.投与時反応(infusionreaction)と考え,インフリキシマブの点滴速度を遅くし,抗ヒスタミン薬を内服させた.しばらく経過すると,蕁麻疹が消退したため,点滴速度を戻し,その後は予定どおりにインフリキシマブの点滴を行った.5回目以降は,抗ヒスタミン薬を前投薬とし,その後は現在まで副作用はみられていない.インフリキシマブ開始後は,強い発作が3回あり,眼炎症発作は抑制できていインフリキシマブ5/15開始(月)2008年2007年6/25大腿部帯状疱疹出現6/257/2塩酸バラシクロビル3,000mg内服2006年治療136912369123シクロスポリン200mg1.51.0視力0.10.01:右眼:左眼眼炎症図4症例2の経過炎回目に治眼炎症図5症例3の経過———————————————————————-Page4536あたらしい眼科Vol.26,No.4,2009(104)ない.しかし,シクロスポリンによる副作用があり,現在もインフリキシマブの投与を継続している(図5).〔症例4〕40歳,男性.2005年からBehcet病のぶどう膜炎のため加療し,シクロスポリン投与にても眼炎症は抑制できず,2007年11月27日にインフリキシマブを開始した.投与中,投与後も副作用はなく,インフリキシマブ投与開始後の眼炎症は,軽度な発作が1回のみで,ほぼ抑制されている(図6).II結果2007年4月から2008年4月までのインフリキシマブの投与回数は4回から9回であった.インフリキシマブ投与前後の月平均眼炎症発作回数を,症例1,4は投与前後5カ月,症例2,3は投与前後9カ月で比較した.症例1は1.8回から0回,症例2は0.4回から0回と眼炎症が完全に抑制され,症例4は0.8回から0.2回へと眼炎症は減少していた.しかし,症例3は0.2回から0.3回と眼炎症は抑制できなかった.インフリキシマブの副作用は2例にみられ,帯状疱疹が1例,頬部蜂窩織炎と投与中に蕁麻疹が出現したのが1例であった.III考按Behcet病の病態形成においてさまざまなサイトカインが関与し,なかでもTNF-aは,Behcet病のぶどう膜炎の活動性と有意に相関し,病態に深く関与していることが示唆されている1).近年,抗TNF-a抗体であるインフリキシマブが,Crohn病や関節リウマチなどの治療に用いられ,優れた治療効果が報告された2,3).そこで,わが国において,難治性ぶどう膜炎を有するBehcet病患者に対して,抗TNF-a抗体の多施設の臨床治験が行われた.10週間にインフリキシマブを4回投与した結果,眼炎症発作が有意に減少し視力改善すると報告され4,5),2007年1月にBehcet病にもインフリキシマブの保険適用が拡大された.その後,Behcet病の難治性ぶどう膜炎に対するインフリキシマブの有用性が報告されている6,7).当科において,2007年4月よりインフリキシマブの投与を開始し,4症例に投与を行った.眼炎症は4症例中の2例では完全に抑制され,その他の1例でも眼炎症は減少し,インフリキシマブはBehcet病の眼炎症の抑制に有効な治療方法であると考えられた.特に,症例1は15歳と若年だが,強い眼炎症発作を頻発し,シクロスポリンによる頭痛や体調不良もあったため,初診から5カ月後と早期からインフリキシマブの投与を行った.眼炎症は完全に抑制され,視力も著明に改善し,現在も良好な視力を保っている.インフリキシマブは,従来の治療法に抵抗性の難治例において適応とされているが,この症例のように早期から投与し,視力予後を良好に保つことができる可能性もある.しかし,いつまでインフリキシマブ投与を継続すべきなのか,インフリキシマブを中止する目安をどのように定めるのかなど,課題も残されている.インフリキシマブ治療が効果的な症例がある一方で,症例3のように眼炎症発作を抑制できない症例も存在している.インフリキシマブ投与後も眼炎症発作を起こし,その1回は,投与予定の前の週(インフリキシマブ投与後7週目)に眼炎症を起こしている.症例に応じインフリキシマブの至適投与量や投与間隔を設定する必要があるのかもしれない.また,当科では,インフリキシマブ投与開始後は免疫抑制薬は中止しているが,関節リウマチでは既存のメトトレキサートとの併用が推奨されており,インフリキシマブのみでは炎症が抑制できない症例においては,免疫抑制薬の併用が必要であるのかもしれない.症例3では,腎:右眼:左眼眼炎症インフリキシマブ11/27開始2007年123(月)0.010.11.01.5視力962006年2008年3129631治療150mgシクロスポリンコルヒチン図6症例4の経過———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.26,No.4,2009537(105)機能障害がやや改善していることもあり,現在も免疫抑制薬の併用は行っていない.合併症は4例中の2例にみられ,帯状疱疹,頬部蜂窩織炎,投与中のinfusionreactionと思われる蕁麻疹であった.帯状疱疹と頬部蜂窩織炎は治療により症状は1週間程度で改善した.蕁麻疹は抗ヒスタミン薬を内服し,点滴速度を遅くすることで速やかに症状は消退した.このように合併症がみられたものの,インフリキシマブの投与は中止することなく,ほぼ予定どおりに可能であった.しかし,合併症には十分に注意する必要があり,さらにインフリキシマブの長期の副作用なども懸念される問題である.インフリキシマブは,従来の治療法で眼炎症を抑制できないBehcet病の難治性ぶどう膜炎に対し有効な治療方法であり,Behcet病患者の臨床経過の改善が期待される.副作用には十分に注意し,慎重な対応が必要である.今後,インフリキシマブの長期の副作用や,インフリキシマブ治療でも眼炎症発作を抑制できない症例への対策が必要と思われた.文献1)中村聡,杉田美由起,田中俊一ほか:ベーチェット病患者における末梢血単球のinvitrotumornecrosisfactor-alpha産生能.日眼会誌96:1282-1285,19922)ElliottMJ,MainiRN,FeldmannMetal:Repeatedthera-pywithmonoclonalantibodytotumornecrosisfactoralpha(cA2)inpatientswithrheumatoidarthritis.Lancet344:1125-1127,19943)PresentDH,RutgeertsP,TarganSetal:IniximabforthetreatmentofstulasinpatientswithCrohn’sdisease.NEngJMed340:1398-1405,19994)OhnoS,NakamuraS,HoriSetal:Ecacy,safety,andpharmacokineticsofmultipleadministrationofiniximabinBehcet’sdiseasewithrefractoryuveoretinitis.JRheu-matol31:1362-1368,20045)中村聡,堀貞夫,島川眞知子ほか:ベーチェット病患者を対象とした抗TNFa抗体の前期第Ⅱ相臨床試験成績.臨眼59:1685-1689,20056)AccorintiM,PirragliaMP,ParoliMPetal:IniximabtreatmentforocularandextraocularmanifestationsofBehcet’sdisease.JpnJOphthalmol51:191-196,20077)TakamotoM,KaburakiT,NumagaJetal:Long-terminiximabtreatmentforBehcet’sdisease.JpnJOphthal-mol51:239-240,2007***