《原著》あたらしい眼科34(4):555.559,2017cオルソケラトロジーレンズを使用中にアカントアメーバ角膜炎を両眼に生じた1例三田村浩人市橋慶之内野裕一川北哲也榛村重人坪田一男慶應義塾大学医学部眼科学教室ACaseofBilateralAcanthamoebaKeratitisRelatedtoOrthokeratologyLensesHirotoMitamura,YoshiyukiIchihashi,YuichiUchino,TetsuyaKawakita,ShigetoShimmuraandKazuoTsubotaDepartmentofOphthalmology,KeioUniversitySchoolofMedicineオルソケラトロジーレンズを使用中に両眼のアカントアメーバ角膜炎を生じた1例を経験したので報告する.アカントアメーバ角膜炎は治療抵抗性であり失明に至ることもある重篤な感染症である.症例は13歳,女性.近医Aでオルソケラトロジーレンズ(オサート)を使用,日中は追加矯正のため1日交換型ソフトコンタクトレンズを使用していた.両眼の充血・羞明を自覚,近医Bを受診し両眼ヘルペス角膜炎の診断で治療受けるも改善せず,近医Cを受診し両眼アカントアメーバ角膜炎の疑いで当科紹介となった.放射状角膜神経炎を認め,矯正視力右眼(1.0),左眼(0.9p).角膜上皮.爬物とレンズケースから培養にてアカントアメーバ陽性であった.治療開始後一時的に,矯正視力右眼(0.5),左眼(0.01)まで低下したが,10カ月経過した時点で両眼ともに矯正視力(1.2)まで回復した.レンズ処方にはガイドラインの遵守,適切なケアの周知が必要である.両眼発症の可能性を減らすにはポビドンヨードの使用,左右分離型のケースなどが考えられる.Wedescribeapatientwhosu.eredbilateralAcanthamoebakeratitiswhileusingorthokeratologylenses.The13-year-oldfemalehadbeenprescribedwithorthokeratologylenses(OSEIRT)atanearbyclinic(A).Shealsouseddailydisposablesoftcontactlensesduringtheday,foradditionalvisualacuitycorrection.Shedevelopedhyperemiaandphotophobiainbotheyesandvisitedanotherclinic(B).Shewasdiagnosedwithbilateralherpeskeratitisandreceivedtreatment,buttherewasnoimprovement.ShethenvisitedhospitalCandwasreferredtoourdepartmentforsuspectedbilateralAcanthamoebakeratitis.CulturesfromcornealcurettageandhercontactlenscasewerepositiveforAcanthamoeba.Sincethelenscasewasaone-unitcasewithoutleftandrightsepara-tion,Acanthamoebakeratitismayhavedevelopedinbotheyesmediatedbythecaseandthestoragesolution.Theuseofpovidone-iodineandalenscasewithseparateleftandrightcompartmentsmayreducethepossibilityofbilateralinvolvement.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(4):555.559,2017〕Keywords:アカントアメーバ,角膜炎,オルソケラトロジー,コンタクトレンズ.Acanthamoeba,keratitis,or-thokeratology,contactlens.はじめにオルソケラトロジーレンズとは,就寝中のみに装用して角膜形状を変化させることで,日中の裸眼視力の向上を目的にしたリバースジオメトリーとよばれる,特殊なデザインをもつハードコンタクトレンズである1).とくにリバースカーブとよばれる部分は,1mm程度の狭い溝構造となっており,通常のこすり洗いでも汚れが落ちにくいといわれている.睡眠時装用による涙液交換の低下,角膜酸素不足による上皮細胞のバリア機能の障害なども感染症のリスクになりうると考えられている2.4).現在の日本でおもに流通しているのは,医薬品医療機器総合機構(PMDA)の認可を受けたaオルソK,マイエメラルド,ブレスオーコレクトなどがあるが,本症例で使用されていたオサートのようにPDMA未認可のものもある.〔別刷請求先〕三田村浩人:〒160-8582東京都新宿区信濃町35慶應義塾大学医学部眼科学教室Reprintrequests:HirotoMitamura,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KeioUniversitySchoolofMedicine,35Shinanomachi,Shinjuku-ku,Tokyo160-8582,JAPANアカントアメーバ角膜炎は,われわれの周辺環境の至る所に生息する原虫であるアカントアメーバが原因で発症する.アカントアメーバ角膜炎は進行するときわめて難治であり,高度の視力障害をきたす例も少なくない5).アカントアメーバは栄養体とシストの2つの形態があり,生育条件が悪化するとシスト化し,さまざまな薬物治療に抵抗する6).アカントアメーバ角膜炎は1974年に英国で初めて報告され7),日本では1988年に石橋らが初めて報告した8).米国では2004年以降急激な増加が指摘され9),わが国でも同様に今世紀に入ってから増加傾向にあり10),近年ではオルソケラトロジーレンズ装用者で報告され始めている11,12).今回筆者らは,オルソケラトロジーレンズ使用中に両眼アカントアメーバ角膜炎を発症した症例を経験したので報告する.I症例患者:13歳,女性.主訴:両眼)視力低下,充血,眼痛.現病歴:近医Aでオルソケラトロジーレンズ(オサート)を8カ月ほど前から使用開始し,日中は追加矯正のため1日交換型のソフトコンタクトレンズを使用していた.2015年11月,両眼の充血と羞明を自覚し,近医Aが休日であったaため症状出現2日後に近医Bを受診,両眼のヘルペス角膜炎の診断を受けた.アシクロビル眼軟膏,モキシフロキサシン点眼液,プラノプロフェン点眼液,フラビンアデニンジヌクレオチドナトリウム点眼液による治療が開始され通院するも症状が改善せず,近医Aでもヘルペスの治療を継続するよう指示されたため,症状出現8日後に近医Cを受診したところ放射状角膜神経炎を認め,アカントアメーバ角膜炎の疑いで同日当科紹介となった.初診時所見:視力は右眼0.2(1.0×sph.3.75D(cyl.2.50DAx25°),左眼0.5(0.9p×sph.1.75D(cyl.3.00DAx20°).細隙灯顕微鏡では両眼ともに充血と輪部結膜の腫脹,特徴的な放射状角膜神経炎,点状表層角膜症,角膜上皮欠損,角膜混濁を認めた(図1,2).前眼部OCT(CASIA)では,両眼ともに角膜全体に軽度の浮腫を認め,上皮下を中心に,軽度の角膜混濁が出現していた.生体共焦点顕微鏡(HRT-II)では,両眼ともに角膜上皮内にアカントアメーバのシストと思われる,白血球(10.15μm)よりも少し大きな直径15.25μmの高輝度な円形構造物を多数認めた(図3,4).塗抹検査ではグラム染色とファンギフローラY染色を施行するもアメーバのシストは陰性であったが,培養では右眼の角膜擦過物から3日後に栄養体が検出され,アメーバ陽bc図1初診時右眼前眼部写真a:充血と輪部結膜の腫脹.b:特徴的な放射状角膜神経炎(強膜散乱法).c:点状表層角膜症,偽樹枝状の角膜上皮欠損(フルオレセイン染色).ab図2初診時左眼前眼部写真a:充血と輪部結膜の腫脹.b:特徴的な放射状角膜神経炎,左眼と比べて瞳孔領にも角膜混濁が強い(強膜散乱法).c:点状表層角膜症,偽樹枝状の角膜上皮欠損(フルオレセイン染色).図3初診時右眼画像検査写真a:角膜上皮内にアカントアメーバのシストと思われる直径15.25μmの高輝度な円形構造物を認める(.,生体共焦点顕微鏡HRT-II).Scalebar:50μm.b:角膜全体に軽度の浮腫を認め,不正乱視を認める(CASIA).c:上皮下を中心とした軽度の角膜混濁を認める(CASIA).図4初診時左眼画像検査写真a:右眼と同様に角膜上皮内にアカントアメーバのシストと思われる直径15.25μmの高輝度な円形構造物を認める(.,生体共焦点顕微鏡HRT-II).Scalebar:50μm.b:右眼よりやや強い角膜全体に軽度の浮腫を認め,不正乱視を認める(CASIA).c:右眼より明確な上皮下を中心とした軽度の角膜混濁を認める(CASIA).図5レンズケースa:別のメーカの一体型レンズケース(完全貫通型とクロスタイプ).b:分離型ケース.図6両眼の前眼部写真と画像検査写真(治療開始後7カ月)a:角膜混濁は4時に軽度認めるのみとなっている(右眼).b:不正乱視が大幅に改善した(右眼CASIA).c:角膜厚は正常にまで改善した(右眼CASIA).d:瞳孔領に角膜混濁がまだ残存している(左眼).e:不正乱視が大幅に改善したものの軽度残存している(左眼CASIA).f:角膜厚は改善してきたが不均一な部分を認める(左眼CASIA).性が確認された.また,左眼の培養は陰性であったものの,レンズケースの保存液からもアメーバが培養で陽性であった.レンズケースからは他にChryseobacteriummeningos-peticum,Stenotrophomonasmaltophilia,Acinetobacterlwo.i,nonfermentativeG-neg.rodsが陽性であったが,いずれもニューキノロン系抗菌薬に感受性を認めた.使用していたケア用品はオフテクス社のバイオクレンエルI(液体酵素洗浄剤)とバイオクレンエルII(陰イオン界面活性剤),週1回のアクティバタブレットMini(蛋白分解酵素,脂肪分解酵素,非イオン界面活性剤,陰イオン界面活性剤)であった.本症例のレンズケースは培養に提出したため破棄されてしまい,また同メーカのものも,その後入手できなかったため図5aのケースは本症例のものではないが,写真のように左右のレンズが一体型でセットされ,保存液が両側にいきわたる構造であった.経過:通院治療にて週2回の病巣.爬と,レボフロキサシン点眼液1日6回,自家調剤した0.02%クロルヘキシジン点眼液1時間毎,ボリコナゾール点眼液1時間毎,ピマリシン眼軟膏1日1回就寝前,イトリコナゾール内服を開始,治療開始4週後,角膜混濁の増悪と上皮不整などにより,矯正視力右眼0.5,左眼0.01まで低下したが,その後は徐々に改善を認めた.初診時から10カ月経過し両眼ともに軽度の角膜混濁を認めるものの,右眼は0.09(1.2×sph.5.75D(cyl.0.75DAx70°),左眼は0.15(1.2×sph.4.50D)まで改善した(図6).II考按本症例では当院初診の時点で患者本人も家族も適切にレンズケアをしていると認識していたが,後日詳細に尋ねると充血などの症状が出現する約1週間前に,保存液がなくレンズケースを水道水で保存したことが判明した.レンズケースの保存液からはアカントアメーバが培養検査にて陽性と判定とされ,ケースは左右一体型であったことから,水道水からアメーバが混入し,ケース・保存液・レンズを介して,両眼に発症した可能性も考えられた.その他の発症の要因としては日中も追加矯正のため1日交換型のソフトコンタクトレンズを使用していたため,涙液交換の低下・酸素不足により上皮バリア機能の低下がより促進された可能性がある.また,オサートRが強度近視への矯正も可能にするステップアップ形式とよばれる装用方法を採用しており,複数のレンズについて時期をずらして使い分ける必要があり,長期間保存液に入れたままのレンズを再度使用していたことなども原因となった可能性がある.Wattらによれば,オルソケラトロジーレンズによる感染性角膜潰瘍を発症した123例のうち緑膿菌が46例(38%),アカントアメーバが41例(33%)と2大原因とされている13).筆者らが文献を渉猟した限りでは,日本でのオルソケラトロジーレンズによるアカントアメーバ角膜炎の報告は片眼発症のみで11,12),両眼発症の報告は本症例が初めてであり,海外でも数例しか報告がない14,15).日本におけるオルソケラトロジーレンズによるアカントアメーバ角膜炎片眼発症の報告は,加藤らが11歳女児の症例を報告しており,初診時矯正視力(0.03)であったが,治療開始後8カ月で(1.0)まで改善している11).また,加治らは2例報告しており,17歳と18歳のいずれも女性であり初診時矯正視力は(0.1)と(0.2)であったが,治療後の矯正視力は2例ともに(1.2)まで改善している12).日本におけるオルソケラトロジーにおける感染発症率の報告としては,日本眼科医会が行った全国規模のアンケート調査があり,具体的な菌種などは不明であるが感染性角膜潰瘍を7.7%の施設が経験している16).一方で平岡らのaオルソKR3年間のオルソケラトロジー使用成績調査69例136眼(8施設)では感染症の発症はないことから,レンズの種類や指導を行う施設によって発症率に差があると思われる17).オルソケラトロジーレンズ使用を起因とする眼感染症を未然に防ぐためには,適応度数を超えた無理な矯正はレンズのベースカーブ部を過度にフラットなフィッティングにさせることとなり角膜中央部へのびらんを生じやすいことからも18),2009年に日本コンタクトレンズ学会が作成したオルソケラトロジー・ガイドライン(以下,ガイドライン)1)に提示されている基準以上の近視にはレンズを処方しないなどのガイドラインの遵守が重要である.一方で,日本のガイドラインでは20歳以上の処方を原則としているが,本症例を含めて日本眼科医会のアンケート調査では20歳未満への処方が66.8%行われているのが実情である15).ガイドラインを逸脱して処方する場合は,より慎重なインフォームド・コンセントが求められる.さらにCopeら19)が報告しているコンタクトレンズ装用時の感染に関するリスクファクターを参考にして,レンズを水道水では保管しない,ケースを完全に乾燥させるなどの適切なレンズケアを患者へ周知させる必要がある.一方で医療者側もオルソケラトロジーレンズによって両眼にアカントアメーバ角膜炎が発症する可能性を認識する必要がある.具体的な感染コントロールの方法としては,眼科医による定期検査,適切なレンズ装用の指導,レンズ上における汚れが付着しやすい部位への綿棒によるこすり洗い,消毒効果がより高いポビドンヨードによるレンズ洗浄の推奨などがあげられる.さらに本症例のような両眼発症という事態を予防するために,同環境・同条件で管理されることから完全な対策ではないものの,左右が分離されたレンズケース(図5b)を使用することで,ケース・保存液・コンタクトレンズを介する両眼感染のリスクを減らすことができると考えられる.本論文の要旨は第59回コンタクトレンズ学会(2016)にて発表した.文献1)日本コンタクトレンズ学会オルソケラトロジーガイドライン委員会:オルソケラトロジー・ガイドライン.日眼会誌113:676-679,20092)SunX,ZhaoH,DengSetal:lnfectiouskeratitisrelatedtoorthokeratology.OphthalmicPhysiolOpt26:133-136,20063)HsiaoCH,LinHC,ChenYFetal:Infectiouskeratitisrelatedtoovernightorthokeratology.Cornea24:783-788,20054)Araki-SasakiK,NishiI,YonemuraNetal:Characteris-ticsofPseudomonascornealinfectionrelatedtoorthokera-tology.Cornea24:861-863,20055)鳥山浩二,鈴木崇,大橋裕一ほか:アカントアメーバ角膜炎発症者数全国調査.日眼会誌118:28-32,20146)日本眼感染症学会感染性角膜炎診療ガイドライン第2版作成委員会:感染性角膜診療ガイドライン(第2版).日眼会誌117:484-490,20137)NagintonJ,WatsonPG,PlayfairTJetal:Amoebicinfec-tionoftheeye.Lancet2(7896):1537-1540,19748)石橋康久,松本雄二郎,渡辺亮子ほか:Acanthamoebakeratitisの1例─臨床像病原体検査法および治療についての検討─.日眼会誌92:963-972,19889)ThebpatiphatN,HammersmithKM,RochaFNetal:Acanthamoebakeratitis:aparasiteontherise.Cornea26:701-706,200710)石橋康久:最近増加するアカントアメーバ角膜炎─報告例の推移と自験例の分析─.眼臨紀3:22-29,201011)加藤陽子,中川尚,秦野寛ほか:学童におけるオルソケラトロジー経過中に発症したアカントアメーバ角膜炎の1例.あたらしい眼科25:1709-1711,200812)加治優一,大鹿哲郎:オルソケラトロジーレンズ装用者に生じたアカントアメーバ角膜炎の2例.眼臨紀7:728,201413)WattKG,SwarbrickHA:Trendsinmicrobialkeratitisassociatedwithorthokeratology.EyeContactLens33:373-373,200714)KimEC,KimMS:Bilateralacanthamoebakeratitisafterorthokeratology.Cornea29:680-682,201015)TsengCH,FongCF,ChenWLetal:Overnightorthoker-atologyassociatedmicrobialkeratitis.Cornea24:778-782,200516)柿田哲彦,高橋和博,山下秀明ほか:オルソケラトロジーに関するアンケート調査集計結果報告.日本の眼科87:527-534,201617)平岡孝浩,伊藤孝雄,掛江裕之ほか:オルソケラトロジー使用成績調査3年間の解析結果.日コレ誌56:276-284,201418)吉野健一:オルソケラトロジーによる合併症(2)角膜感染症.あたらしい眼科24:1191-1192,200719)CopeJR,CollierSA,ScheinODetal:Acanthamoebaker-atitisamongrigidgaspermeablecontactlenswearersintheUnitedStates,2005through2011.Ophthalmology123:1435-1441,2016***
《第51回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科32(4):551.555,2015cラクトフェリンの抗アカントアメーバ活性に及ぼすリゾチームおよびムチンの影響鈴木智恵*1矢内健洋*1野町美弥*2今安正樹*2佐々木香る*3冨田信一*1*1玉川大学農学部*2株式会社メニコン*3JCHO星ヶ丘医療センターEffectsofLysozymeandMucinonAmoebicidalActivityofLactoferrinAgainstAcanthamoebasp.AA014ChieSuzuki1),KenyouYanai1),MiyaNomachi2),MasakiImayasu2),KaoruAraki-Sasaki3)andShinichiTomita1)1)FacultyofAgriculture,TamagawaUniversity,2)MeniconCo.,Ltd.,3)JCHOHosigaokaMedicalCenterアカントアメーバによる角膜炎は,しばしば治療に難渋する.本研究では,Acanthamoebasp.AA014臨床分離株の栄養体を用いて,涙液中に存在するリゾチームやムチンがラクトフェリン(LF)の抗アカントアメーバ活性に及ぼす影響について検討した.アメーバは,脱鉄ウシLF(apo-bLF)30μM,60分間処理によって不定形の状態で死滅し,その生存率は6.33±0.58%であった.apo-bLFはリゾチームとの共存で相加作用を示したが,この作用はムチンの共存で低下する傾向が認められた.また,フローサイトメトリー分析によると,apo-bLFとリゾチームで処理したアメーバはDiBAC4(3)によるピークが右へとシフトしたが,ムチンの共存によってピークは小さくなった.LFはアメーバ表層の負電荷部位との静電的な相互作用によって膜の脱分極を生じ,抗アメーバ活性を発揮しているものと推察した.MedicaltreatmentofAcanthamoebakeratitisisoftendifficult.Inthisstudy,weexaminedtheinfluenceoflysozymeandmucinontheamoebicidalactivityoflactoferrin(LF)againstAcanthamoebasp.AA014clinical-isolatetrophozoites.Inthecaseofthetreatmentwithiron-freebovineLF(apo-bLF)at30μMfor60minutes,themeanratioofcellviabilitywas6.3±0.58%.Themorphologyofdeadcellsshowedanalmostnon-globularform.Althoughtheamoebicidalactivityofapo-bLFincreasedinthepresenceoflysozyme,itdecreasedslightlyinthepresenceofmucin.FlowcytometryrevealedthepeakofAcanthamoebatreatedwithapo-bLFandlysozymewasshiftedtotheright,however,thepeakwassmallbycoexistenceofthemucin.ThedepolarizationofthecellmembranewascausedbyelectrostaticinteractionbetweentheLFmoleculeandthecellmembrane.ThefindingsofthisstudyindicatethattheamoebicidalactivityofLFisexertedbythedepolarizationofamoebacells.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(4):551.555,2015〕Keywords:ラクトフェリン,リゾチーム,ムチン,アカントアメーバ,抗アメーバ活性.lactoferrin,lysozyme,mucin,Acanthamoeba,amoebicidalactivity.はじめにアカントアメーバは,土壌や水環境に生息する自由生活型アメーバであり,ライフサイクル中では栄養体とシスト体の二形態をとる1).栄養体は不定形であることが多いが,栄養源の枯渇などにより環境が悪化すると自己防御のために球形に変化し,さらに悪化するとシスト体へと形態変化する.通常,アカントアメーバによる角膜炎の治療として,角膜掻爬+抗真菌薬+消毒剤の併用療法が行われるが,病期が進み,アメーバがシスト化すると治療は困難となることが知られている2).また,汚染原因とされるソフトコンタクトレンズのケース内にシスト体として存在する場合,消毒剤に抵抗性となる.したがって,コンタクトレンズの保存液として安全に使用でき,かつシスト体に有効な薬剤の開発が必須である.すでにコンタクトレンズの洗浄保存液としては,この目的でヨード製剤が発売されているが,中和が必要である.また,長期使用によるレンズの劣化や眼に対する副作用なども未知〔別刷請求先〕冨田信一:〒194-8610町田市玉川学園6-1-1玉川大学農学部Reprintrequests:ShinichiTomita,Ph.D.,DepartmentofLifeScience,FacultyofAgriculture,TamagawaUniversity,6-1-1TamagawaGakuen,Machida,Tokyo194-8610,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(87)551である.一方,ラクトフェリン(LF)は母乳,涙を含め,もともと生体内に存在する蛋白質である.これまでに筆者らは,牛乳由来のLFがアカントアメーバの類縁種であるHartmannella栄養体の増殖を抑制することを報告した3).その作用機序として,LFの鉄キレート能の関与以外に,LFとアメーバの特異的な結合から,鉄キレート能以外の作用機序,すなわち膜電位の変動と脱分極の可能性を報告した.このLFの将来的な臨床現場での応用を考えた場合,涙液の混和による影響は無視できない.涙液にはLFやリゾチームのような感染防御因子が存在し,外来微生物の定着や増殖を抑制している.また,ムチンは涙液保持を担うことで眼表面の保護の役割を果たしている4).そこで,本研究では涙液に存在するリゾチームやムチンがLFの抗アカントアメーバ活性に及ぼす影響について検討するとともに,LFの抗アメーバ活性における作用機序について考察した.I実験方法1.材料アメーバは,大阪大学から分譲されたAcanthamoebasp.AA014臨床分離株の栄養体を用いた.また,脱鉄ウシLF(apo-bLF,牛乳由来,森永乳業社製),リゾチーム(ニワトリ卵白由来,シグマ社製)およびムチン(ウシ顎下腺由来,TypeI-S,シアル酸含有量:9.17%,シグマ社製)を用い§§§§§§0204060801000102030405060生存率(%)†††††※※※※※※※※※※※※※※££†††時間(分)図1apo.bLFのリゾチームおよびムチン存在下におけるAcanthamoebasp.AA014の生存率●:Control,○:apo-bLF30μM,△:リゾチーム130μM,□:apo-bLF+リゾチーム,◇:apo-bLF+リゾチーム+ムチン0.2mg/mL.実験データの各時間における比較はANOVAで行い,差が認められた場合にSNK検定を行った.各時間での異なる記号において有意差あり(p<0.05)とした.552あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015た.2.生存性試験アメーバの生存性は,トリパンブルー法で評価した3).大腸菌抽出液を塗布した寒天培地で30℃,2日間培養したアメーバを回収後,ノイバウエル計算盤を用いて懸濁液(2×106cells/mL)を調製し,各種蛋白質溶液と等量混合した(1×106cells/mL).この混合液を10分間隔で採取して,0.25%トリパンブルー溶液(フルカ社製)と等量混合し,位相差顕微鏡(200倍,CX41,オリンパス社製)で形態およびトリパンブルー染色性を観察した.評価方法は冨田ら3)の報告に従い,染色陰性を生細胞,陽性を死細胞とし,それぞれ不定形および球形に分類した.また,各種蛋白質溶液は涙液中の濃度を想定して,apo-bLF30μM5),リゾチーム130μM6)およびムチン0.2mg/mL7)とした.3.細胞膜電位細胞膜電位の変動をフローサイトメトリーで検討した3).AC#6培地で25℃,5日間静置培養した栄養体を1/4Ringersolution(日本製薬社製)で回収し,洗浄後にノイバウエル計算盤を用いて懸濁液(2×106cells/mL)を調製した.この懸濁液と各種蛋白質溶液を等量混合し,37℃,60分間処理した後(1×106cells/mL),アニオン性膜電位感受性色素Bis(1,3-dibutylbarbituricacid)trimethineoxonol,sodiumsalt(DiBAC4(3),同仁化学研究所社製)で染色し,フローサイトメトリー(FACSCalibur,ベクトン・ディッキンソン社製)で蛍光強度を測定した(FL1チャネル,530nm,アメーバ数が10,000に達した時点で終了とした).II結果1.生存性に及ぼす影響apo-bLF,リゾチームおよびムチン処理におけるアカントアメーバの生存率を図1に示した.これによると,apo-bLF30μMの場合,60分後の生存率は6.33±0.58%となり未処理(Control)に比べて有意に低下した(p<0.01)ことから,apo-bLFの非常に高い抗アカントアメーバ活性が認められた.また,リゾチーム130μMでは,60分後の生存率は47.67±10.69%となり,約半数のアカントアメーバは死滅した.さらに,apo-bLFおよびリゾチームが共存した場合,60分後の生存率は4.67±4.62%となりapo-bLF単独と比べて有意差はなかったものの,それぞれ単独での処理よりも生存率は低い傾向であり,相加的な抗アカントアメーバ活性を示した.しかし,apo-bLF,リゾチームおよびムチンが共存した場合,生存率は16.00±9.54%となり,抗アカントアメーバ活性はわずかに低下傾向を示した.ついでapo-bLF,リゾチームおよびムチン処理によるアメーバの形態に及ぼす影響を観察した(図2).これによると,アメーバの形態はいずれの処理においても死細胞の90(88)%以上が不定形であり,LF,リゾチームおよびムチンがアメーバの形態変化に影響を与えることはほとんどなかった.2.細胞膜電位に及ぼす影響蛍光色素のDiBAC4(3)を用いてLFの細胞膜電位に及ぼす影響を検討した.この蛍光色素は,図3のように細胞膜が脱分極することで色素がアメーバ内に入り込み,蛍光強度が増加する.DiBAC4(3)を用いたフローサイトメトリーでの細胞膜電位の変動をヒストグラムで示した(図4).これによると,加熱処理(80℃,30分)のピークは,Controlのピークと比べて103付近にシフトし蛍光強度が増加したことから,アカントアメーバの脱分極が認められた.apo-bLFの場合,加熱処理と同様にピークシフトは103付近であり,蛍光強度が増加し,脱分極を生じた.また,リゾチームにおいても蛍光強度の増加は認められたが,ピークは102付近であり,完全な脱分極にまでは至らなかった.さらに,apo-bLFおよびリゾチームの共存では,それぞれ単独で処理した場合よりもDiBAC4(3)の取り込み量は増加し,蛍光強度は増加した.しかし,apo-bLF,リゾチームおよびムチンが共存した場合,ピークは102および103付近に分かれ,蛍光強度は低下した.III考察アカントアメーバ栄養体に対するLFの抗アメーバ活性は,apo-bLF30μMで高い活性を示し,栄養体がシスト化することなく死滅した.また,抗アメーバ活性はリゾチームとの共存で相加作用が認められた.同時に,アメーバ細胞膜はapo-bLFによって脱分極し,その程度はリゾチームの共に高い抗アカントアメーバ活性とともに,鉄キレート作用以外の静電的なアメーバ細胞膜への直接作用も示した8,9).さらに,LFは細胞膜からリポ多糖(LPS)の遊離を引き起こし,細胞膜を損傷することで細胞死を導く機序も報告されている.たとえば,Yamauchiら10)は,bLFがEscherichiacoliCL991-2のLPSを遊離させることを確認し,ヒトリゾチームによるグラム陰性菌の死滅率が増加したと報告している.また,Ellisonら11)は,ヒトLFがE.coli5448の膜透過性に影響を与えるだけでなく,LPSに直接結合することで抗菌活性に関与していることを示し,LFとリゾチームが相乗的にグラム陰性菌を死滅させることを報告している.すなわち,グラム陰性菌に対するLFの抗菌活性は,リゾチームによって増強される細胞膜への直接的な影響が示されている.本研究でも,アカントアメーバ栄養体の細胞膜電位は,apo-bLF処理において大きく変動し,脱分極を生じた.さらにリゾチームの共存によって,細胞膜の脱分極は増大した.このことから,LFが鉄のキレートのみではなく,LF.100800存在比(%)604020存下でさらに増大することが明らかとなった.しかし,これらの抗アメーバ活性は,ムチンが共存することによりわずかな低下傾向を示した.このLFの抗アメーバ活性は静電的な機序が推測される.従来,LFの抗微生物活性は,微生物の増殖に必須な鉄をキレート化し,増殖環境を鉄欠乏状態にすることで発揮され図2apo.bLF,リゾチームおよびムチン共存下におけると考えられてきた.しかし,筆者らがすでに報告したトリるAcanthamoebasp.AA014細胞の形態:不定形死細胞,パンブルー法およびLogreduction法を用いたapo-bLFの:不定形生細胞,:球形生細胞,:球形死細胞.抗アカントアメーバ活性の検討において,apo-bLFは非常処理時間:60分Ⅰ-AⅠ-BⅡ-AⅡ-B図3apo.bLF処理におけるAcanthamoebasp.AA014のDiBAC4(3)染色性I:Control,II:apo-bLF30μM.A:位相差顕微鏡,B:蛍光顕微鏡.観察条件:励起480nm,蛍光530nm,Bar=20μm.(89)あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015553100FL1-H200Events0101102103100FL1-H200Events0101102103104100FL1-H200Events0101102103104100FL1-H200Events0101102103100FL1-H200Events0101102103100FL1-H200Events0101102103ABCDEF100FL1-H200Events0101102103100FL1-H200Events0101102103104100FL1-H200Events0101102103104100FL1-H200Events0101102103100FL1-H200Events0101102103100FL1-H200Events0101102103ABCDEF図4apo.bLF,リゾチームおよびムチン共存下におけるAcanthamoebasp.AA014のDiBAC4(3)の取り込みによる蛍光強度の変動A:Control,B:加熱(80℃,30分),C:apo-bLF30μM,D:リゾチーム130μM,E:apo-bLF+リゾチーム,F:apo-bLF+リゾチーム+ムチン0.2mg/mL.処理時間:60分.アメーバ間の静電的な相互作用によって,アメーバ細胞膜の脱分極および膜損傷を引き起こしていることが明らかとなった.一方,リゾチーム130μM単独での処理でも,apo-bLFほどではないが,抗アカントアメーバ活性が認められた.リゾチームは,細菌細胞壁のペプチドグリカン成分であるNアセチルムラミン酸およびN-アセチルグルコサミン間のb-1,4結合を加水分解することで抗菌活性を示す.LeonSicairosら12)による報告では,リゾチームが赤痢アメーバ栄養体に対して抗アメーバ活性を示すことから,アメーバ細胞膜には細菌のペプチドグリカンと類似の成分を有している可能性を示唆している.このLFおよびリゾチームの抗アメーバ活性がムチンで阻害傾向を示したことにも静電的な機序が関与していると推測される.塩基性蛋白質であるLFおよびリゾチームは,反応系中では正に帯電しており,負に帯電している細胞膜と静電的に相互作用している.そのため,塩基性蛋白質であるapo-bLFおよびリゾチームの共存は,アメーバ細胞膜への静電的な相互作用を大きくしたと考えられる.一方,ムチン分子は糖鎖非還元末端のN-アセチルノイラミン酸によって分子表面が負に帯電している.したがって,正電荷を有するapo-bLFやリゾチームと,負電荷を有するムチンが共存することにより,それらが静電的に相互作用し合い,apo-bLFやリゾチームの細胞膜への相互作用が弱まったと考えられる.実験に用いた各種蛋白質の濃度は,既報5.7)に基づいて設定し,ウシ顎下腺ムチンのN-アセチルノイラミン酸含有量は9.17%であった.ムチンは250kDa以上の分子量でその50%以上が糖鎖によるものであるが,涙液ムチンのN-アセチルノイラミン酸の含有量は明確ではない.このようなことから,今回の結果が臨床症例の炎症状態の眼表面や涙が付着したソフトコンタクトレンズにおいて,どのように反映されているかは不明であるが,実際の臨床現場でも,涙液中のLF,リゾチーム,ムチンが互いに関与していると考えられる.しかし,本研究から,apo-bLFがアカントアメーバ栄養体に対して高い抗アメーバ活性を有することは明らかであり,アカントアメーバ角膜炎の予防や治療における応用の可能性が示唆される.今後は,臨床的に問題となるシスト体に対するLFの作用およびLFとリゾチーム,ムチンの相互作用について検討する予定である.最後に,アメーバを分譲していただいた大阪大学感染制御部浅利誠志先生ならびに砂田淳子先生に感謝申し上げます.また,bLFを提供していただいた森永乳業株式会社食品基盤研究所山内恒治博士ならびに若林裕之博士に感謝申し上げます.利益相反:野町美弥(カテゴリーE:(株)メニコン),今安正樹(カテゴリーE:(株)メニコン)554あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015(90)文献1)MaP,VisvesvaraGS,MartinezAJetal:NaegleriaandAcanthamoebainfections:review.RevInfectDis12:490513,19902)YokogawaH,KobayashiA,YamazakiNetal:Bowman’slayerencystmentincasesofpersistentAcanthamoebakeratitis.ClinOphthalmol6:1245-1251,20123)冨田信一,魚谷孝之,高野真未ほか:ラクトフェリンによるHartmannella細胞の増殖抑制作用.ラクトフェリン2009:137-141,20094)堀裕一:涙液層にかかわる眼組織と涙液層の層別機能.専門医のための眼科診療クオリファイ19ドライアイスペシャリストへの道(横井則彦編),p34-37,中山書店,20135)KijlstraA,JeurissenSHM,KoningKM:Lactoferrinlevelsinnormalhumantears.BrJOpthalmol67:199-202,19836)砂田順,松尾信彦,藤井洋子ほか:シェーグレン病における涙液および唾液リゾチーム濃度の研究.眼臨80:816819,19867)中村葉,横井則彦,徳重秀樹ほか:健常者における涙液中のシアル酸測定.日眼会誌104:621-625,20008)冨田信一,長谷川祥太,魚谷孝之ほか:ラクトフェリンのアカントアメーバ臨床株における抗アメーバ活性.ラクトフェリン2011:35-40,20119)冨田信一,鈴木智恵,野町美弥ほか:Logreduction法によるラクトフェリンの抗アカントアメーバ活性の評価.ラクトフェリン2013:115-120,201310)YamauchiK,TomitaM,GiehlTJetal:Antibacterialactivityoflactoferrinandapepsin-derivedlactoferrinpeptidefragment.InfectImmun61:719-728,199311)EllisonRT,GiehlTJ:Killingofgram-negativebacteriabylactoferrinandlysozyme.JClinInvest88:1080-1091,199312)Leon-SicairosN,Lopez-SotoF,Reyes-LopezMetal:Amoebicidalactivityofmilk,apo-lactoferrin,sIgAandlysozyme.ClinMedRes4:106-113,2006***(91)あたらしい眼科Vol.32,No.4,2015555
0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(117)117《原著》あたらしい眼科29(1):117?122,2012c岐阜大学およびその関連病院におけるアカントアメーバ角膜炎の12症例大家進也*1小森伸也*1高橋伸通*1堅田利彦*1望月清文*1堀暢英*2石橋康久*3大楠清文*4呉志良*5高橋優三*5末松寛之*6浅野裕子*7*1岐阜大学大学院医学系研究科眼科学*2大垣市民病院眼科*3東鷲宮病院眼科*4岐阜大学大学院医学系研究科病原体制御分野*5岐阜大学医学部寄生虫学教室*6JA岐阜中濃厚生病院検査室*7大垣市民病院検査室EpidemiologicalFeatures,MicrobiologicalDiagnosisandTreatmentOutcomeofAcanthamoebaKeratitis:ARetrospectiveStudyof12CasesShinyaOie1),ShinyaKomori1),NobumichiTakahashi1),ToshihikoKatada1),KiyofumiMochizuki1),NobuhideHori2),YasuhisaIshibashi3),KiyofumiOhkusu4),WuZhiling5),YuzoTakahashi5),NoriyukiSuematsu6)andYukoAsano7)1)DepartmentofOphthalmology,GifuUniversityGraduateSchoolofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,OgakiMunicipalHospital,3)DepartmentofOphthalmology,Higashi-WashinomiyaHospital,4)DepartmentofMicrobiology,GifuUniversityGraduateSchoolofMedicine,5)DepartmentofParasitology,GifuUniversityGraduateSchoolofMedicine,6)DepartmentofClinicalLaboratory,JAGifuKoserenChunoGeneralHospital,7)DepartmentofClinicalLaboratory,OgakiMunicipalHospital目的:岐阜大学およびその関連病院眼科にてアカントアメーバ角膜炎と診断し治療を行った12例の概要報告.方法:2002年6月から2009年12月の間にアカントアメーバ角膜炎と診断された12例14眼(男性4例,女性8例)を対象に,初診時の病期,治療法や治療経過などについて検討した.結果:平均年齢は30.5歳で両眼発症が2例あった.全例がコンタクトレンズ装用者で5例が前医でヘルペス性角膜炎と診断されていた.初診時の病期は初期10眼,移行期3眼,完成期1眼であった.全症例で角膜擦過物の検鏡および培養を行い,検鏡にてシストを認めたものが11眼,培養陽性が10眼であった.Polymerasechainreaction(PCR)法を行った5眼はすべて陽性で,うち検鏡および培養ともに陰性であった3眼ではPCR法にて診断に至った.種の検索を行った5例はすべてAcanthamoebapolyphagaであった.治療として3者併用療法(病巣掻爬,抗真菌薬と消毒薬の頻回点眼,抗真菌薬の全身投与)を行い全例で瘢痕治癒を得た.最終矯正視力は1.0以上が9眼で,初診時に完成期であった1例では指数弁に留まり,早期治療の必要性が示された.結論:アカントアメーバ角膜炎の診断において培養陰性例ではPCR法が補助診断として有用であった.また,病初期からの3者併用療法は有効であるが,重症例をなくすためにもアカントアメーバ角膜炎のさらなる啓蒙が重要である.Purpose:Toreporttheclinicalfeaturesandtreatmentof12patientswithAcanthamoebakeratitisdiagnosedattheDepartmentofOphthalmologyofGifuUniversityGraduateSchoolofMedicineandUniversityofGifuaffiliatedhospitals.Methods:Thisretrospectivestudyinvolved14eyesof12patients(4males,8females)whohadbeendiagnosedwithAcanthamoebakeratitisbetweenJune2002andDecember2009.Results:Meanpatientagewas30.5years;2patientswereaffectedinbotheyes;5hadbeendiagnosedwithherpetickeratitisbeforevisitingus.Allpatientswerecontactlensusers.Ofthe14eyes,10werediagnosedasinitialstage,3astransitstageand1asestablishingstage.Allpatientsunderwentcornealbiopsy,cytologicalexaminationandculturing;11eyeswerecytologypositive;10wereculture-positive.Polymerasechainreaction(PCR)wasperformedon6eyesof5patients;alleyeswerepositiveforAcanthamoeba.ThreeofthepatientswerePCRpositive,butnegativeinbothcultureandcytology.PCRresultsshowedthatthe5patientswithpositivecultureswereinfectedwithAcanthamoebapolyphaga.Thecorneallesionsofallpatientswhounderwentcornealscrapingandsystemicadministrationofanantifungalagent,antifungaleyedropsandadditionalapplicationofdisinfectanteyedropshealedwith〔別刷請求先〕大家進也:〒501-1194岐阜市柳戸1-1岐阜大学大学院医学系研究科眼科学Reprintrequests:ShinyaOie,M.D.,DepartmentofOphthalmology,GifuUniversityGraduateSchoolofMedicine,1-1Yanagido,Gifu-shi501-1194,JAPAN118あたらしい眼科Vol.29,No.1,2012(118)はじめにアカントアメーバ角膜炎は1974年に英国で初めて報告された難治性疾患である1).誘因はコンタクトレンズ(CL)ではなく外傷が示唆された症例であった.1980年代に入りCLとの関連が指摘され2),1988年に石橋らにより非含水性ソフトCL(SCL)(ソフィーナR)装用者に生じた1例がわが国で最初に報告された3).当初比較的まれな疾患とされていたが,米国では2004年以降急激な増加が指摘され4)2006年の時点で推定患者数は少なくとも5,000例と報告され5),わが国でも同様に今世紀から増加傾向にある6).その要因としてCL装用者の増加,多目的用剤(multi-purposesolution:MPS)使用の増加およびそれらに付随した不適切なCL管理があげられている6,7).本症では特異的な臨床像を呈し,その確定診断には角膜病変部から採取した標本の検鏡あるいは培養が以前から行われ,最近ではpolymerasechainraction(PCR)法やレーザー共焦点顕微鏡による生体観察なども用いられている8).治療法として消毒薬および抗真菌薬による薬物療法ならびに病巣掻爬が有効とされ9),その視力予後は初期では比較的良好であるが,完成期では不良例が多い6).今回,岐阜大学(以下,当院)およびその関連病院にてアカントアメーバ角膜炎と診断された12症例につき,その疫学的特徴,臨床像,発症の契機,治療法および視力予後などについてレトロスペクティブに検討したので報告する.I対象および方法対象は2001年1月から2009年12月までの8年間に当院,大垣市民病院および中濃厚生病院眼科にて経験したアカントアメーバ角膜炎症例である.初診時の病期分類および臨床所見,前医における診断ならびに投薬内容,CL装用の有無,保存液の種類,検鏡・培養・PCR法による検出率,当院眼科における治療法ならびに視力予後などについて検討した.本研究でアカントアメーバ角膜炎と確定診断したのは,特徴ある臨床経過と臨床所見からアカントアメーバ角膜炎を疑い,病巣部の擦過標本から直接検鏡,分離培養あるいはPCR法にてアカントアメーバの存在を確認できた症例である.なお,直接検鏡にはパーカーインクKOH法,グラム染色,パパニコロウ染色あるいはファンギフローラYR染色などを用いて観察した.培養には大腸菌の死菌あるいは納豆菌を塗布した無栄養寒天培地を用いた.なお,病巣擦過物からのPCR法には標的領域18SrRNA遺伝子で増幅産物のサイズ(basepair)180および500前後とする既報10,11)に基づいて設計し2つのプライマーを用いた.今回は培養にて得られた検体のみアカントアメーバの種の同定を行った.同定には3種のAcanthamoeba(以下A.と略す)(A.polyphage,A.astronyxisおよびA.culbertsoni)を参考に標的領域を18SrRNA遺伝子としたプライマー(Primersequence;Forward:GGCCCAGATCGTTTACCGTGAA,Reverse:TCTCACAAGCTGCTAGGGGAGTCA)を新たに設計しPCRを行い,電気泳動にて行った.病期の診断には細隙灯顕微鏡所見から石橋の分類に基づいて病期分類を行った12).なお,患者から採取した検体の検索に関しては,患者に詳細な説明および十分な理解のもとに,同意を得た.II結果アカントアメーバ角膜炎と診断され加療を行った症例数は12例14眼であった.患側では右眼6例,左眼4例および両眼2例であった.性別では男性3例,女性9例で,平均年齢は30.5±12.9歳(16?54歳)で,平均経過観察期間は469.25±323.6日(37?973日)であった.なお,年齢分布では10歳代3例,20歳代4例,30歳代1例,40歳代3例および50歳代1例であった.1.原因CLならびにCL消毒剤の種類12例全例がCL装用者であった.CLの種類では,ディスポーザブルソフトコンタクトレンズ(DSCL)2例(17%),頻回交換型ソフトコンタクトレンズ(FRSCL)5例(42%),定期交換型ソフトコンタクトレンズ(PRSCL)2例(17%)および従来型SCL3例(25%)であった.なお,ハードコンタクトレンズ(HCL)および非含水SCL症例は1例もなかった.SCL装用者の中で使用していたケア用品の記載があったものは7例であった.うち6例ではMPSを,残り1例では過酸化水素を使用していた.DSCL装用にて発症した2例でsomescarring.Best-correctedvisualacuityin9eyeswas1.0orbetter.Astothe1eyetreatedattheestablishingstage,finalvisualacuitywasfingercounting.Conclusion:TheidentificationofAcanthamoebaDNAwithPCRwasusefulintheculture-negativecasesasaconfocaldiagnosisofAcanthamoebakeratitis.CombinationtreatmentatanearlystageiseffectiveagainstAcanthamoebakeratitis.ThereisneedformoreeducationofcontactlenswearersregardingtheriskofdevelopingAcanthamoebakeratitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(1):117?122,2012〕Keywords:アカントアメーバ,角膜炎,コンタクトレンズ,遺伝子解析,地域分布.Acanthamoeba,keratitis,contactlens,geneanalysis,arealdistribution.(119)あたらしい眼科Vol.29,No.1,2012119は,井戸水で洗浄,その後保存(保存液不明)していた.2.発症月別症例数紹介状あるいは診療録から推定された発症月および月別症例数(図1)は,1月1例,4月2例,5月1例,7月4例,9月2例,11月1例および12月1例であった.3.発生地域12例中11例が岐阜県内で,残り1例は静岡県下田市からの紹介患者であった.図2に岐阜県内発症患者を市町村別(現住所による,就業あるいは就労先住所は不明)で示す.東濃地区の症例はなく,西濃地区5例および中濃地区6例であった.具体的には関市2例,富加町2例,郡上市1例,岐阜市1例,安八町2例,北方町1例,垂井町1例および大垣市1例であった.分離培養された8例のうち5例6眼で種の検索を行い,全例A.polyphagaが同定された.地域として関市2例,大垣市1例,郡上市1例および安八町1例であった(図2白抜き数字).4.初期症状および前医における診断ならびに治療初期自覚症状では,疼痛12例(100%),流涙(33%),充血(83%),眼脂(8%)および視力障害(83%)であった.7例で眼窩部MRI(磁気共鳴画像)を施行したところ,全例でT2強調画像にて患側涙腺のhighintensityを認めた.ヘルペス性角膜炎あるいは細菌性角膜炎として診断あるいは治療されていた症例はそれぞれ5例であった.前医でアカントアメーバ角膜炎を疑われ紹介された症例は1例のみであった.確定診断されるまでの投薬歴(重複あり)として,抗菌薬では眼軟膏3例および点眼薬10例で,うち3例では複数の点眼薬を使用していた.アシクロビル眼軟膏は5例で使用され,副腎皮質ステロイド薬では点眼薬4例,結膜下注射2例および全身投与1例であった.5.検査法およびその検出率病巣擦過標本の検鏡ならびに分離培養は14眼全例で,PCR法は5眼で施行した.検出率は,検鏡では78%(11眼/14眼),分離培養では71%(10眼/14眼)およびPCR法では100%(5眼/5眼)であった.なお,PCR法が陽性であった5眼中3眼では検鏡および分離培養ともに陰性であった.6.治療法治療として病巣掻爬,抗真菌薬と消毒薬の頻回点眼および抗真菌薬の全身投与の3者併用療法を行った(表1).点眼薬として具体的には,消毒薬では0.02%クロルヘキシジンおよび0.025%塩化ベンザルコニウムをそれぞれ12例および3例に(重複あり),抗真菌薬では0.2%フルコナゾール,0.1%ミコナゾール,0.2%ミカファンギン,1.0%ボリコナゾールおよび5%ピマリシンをそれぞれ9例,3例,3例,7例および5例に用いた(重複あり).抗菌薬として2例で0.5%硫酸フラジオマイシン点眼液を用いた.なお,二次感染予防のために全例でフルオロキノロン系点眼薬を併用した.5例で抗真菌薬である1%ピマリシン眼軟膏を用いた.抗真菌薬の全身投与薬剤ではイトラコナゾール,フルコナゾール,ミカファンギンおよびボリコナゾールをそれぞれ12例,8例,1例および2例に用いた(重複あり).なお,全例角膜病巣掻爬を併用した.7.受診時の病期および視力予後12例14眼の石橋分類による病期別症例数は,初期,移行期および完成期においてそれぞれ10眼,3眼および1眼であった.病期別初診時視力と最終視力を図3に示す.病期が初期であった10眼すべてで最終矯正視力は0.9以上であった.初診時すでに完成期であった1眼では指数弁であった.1月2月3月4月5月6月7月8月9月10月11月12月1214211図1月別症例数??????????????????????????????11図2岐阜県内での発生地域黒抜き数字:種の検索を行わなかった症例.白抜き数字:種の検索の結果A.polyphagaであった症例.120あたらしい眼科Vol.29,No.1,2012(120)III考按本研究ではアカントアメーバ角膜炎の発症平均年齢は30歳であったが,10歳代あるいは50歳代の症例にも認められ,既報6)同様にアカントアメーバ角膜炎症例の低年齢化ならびに長期CL使用者での発症が危惧される.患側では右眼6例,左眼4例および両眼2例と左右差はほとんどなく,両眼発症に関しては石橋6)や米国の報告13)と同様な傾向であった.性別では,米国では性差はない13)とされるが,本研究では男性4例,女性8例とやや女性に多い傾向を認めた.この結果はわが国におけるCL装用者の男女比を反映したものと推定される6).アカントアメーバ角膜炎では症例の85?90%がCL装用者に発症する6)とされ,本研究においても12例全例がCL装用者であった.その内訳ではFRSCL使用例が5例(42%)と最も多く,HCL装用者は1例も認めなかった.これは,HCLがSCLより感染リスクが低いわけではなく,最近のCL販売数を反映したものと考えられる6,14).CL消毒剤としてMPSが最近の主流であるが,MPS単独ではアカントアメーバに対する消毒効果は不十分であるという16).MPSを使用する際には残存するアカントアメーバを完全に除去するために,こすり洗いとすすぎ,レンズケースの洗浄および交換の徹底による清潔管理が重要である.月別の症例数では,4月から9月の6カ月間に10例(83%)と比較的気温が高い時期に多い傾向を認めた.米国ではアカントアメーバ発生数は夏から初秋に多いと報告されてい表1アカントアメーバ角膜炎症例のCL種類と治療の概要症例年齢(歳)性別患側CL種類治療矯正視力角膜擦過局所投与全身投与消毒薬抗真菌薬ピマリシン0.5%FRMアトロピン抗真菌薬初診時最終139女性左眼DSCL+0.02%クロルへキシジン1.0%VRCZ点眼?+ITCZ,F-FLCZ0.150.2216女性右眼PRSCL+0.025%ベンザルコニウム1.0%VRCZ点眼?+ITCZ0.31.5324女性左眼FRSCL+0.025%ベンザルコニウム0.2%FLCZ─?+ITCZ,F-FLCZ0.081.0441女性右眼FRSCL+0.025%ベンザルコニウム0.2%FLCZ1.0%VRCZ0.2%MCFG点眼?+ITCZ,F-FLCZ,MCFG手動弁指数弁522女性右眼PRSCL+0.02%クロルへキシジン0.2%FLCZ1.0%VRCZ0.2%MCFG眼軟膏?+ITCZ,F-FLCZ,VRCZ1.01.0642女性右眼DSCL+0.02%クロルへキシジン0.2%FLCZ0.1%MCZ─++ITCZ,FLCZ1.01.2717男性両眼従来型SCL+0.02%クロルへキシジン0.2%FLCZ0.1%MCZ0.2%MCFG眼軟膏++ITCZ,FLCZ両眼0.4左眼1.0右眼1.2844女性左眼従来型SCL+0.02%クロルへキシジン0.2%FLCZ1.0%VRCZ眼軟膏?+ITCZ,FLCZ1.20.9916女性左眼FRSCL+0.02%クロルへキシジン0.2%FLCZ1.0%VRCZ眼軟膏?+ITCZ,F-FLCZ0.61.51054男性右眼FRSCL+0.02%クロルへキシジン1.0%VRCZ眼軟膏?+ITCZ,VRCZ0.011.21127男性右眼従来型SCL+0.02%クロルへキシジン0.2%FLCZ0.1%MCZ点眼??ITCZ0.011.01224男性両眼FRSCL+0.02%クロルへキシジン0.2%FLCZ0.2%MCFG点眼?+ITCZ両眼0.3両眼0.6SCL:ソフトコンタクトレンズ,DSCL:ディスポーザブルソフトコンタクトレンズ,FRSCL:頻回交換型ソフトコンタクトレンズ,PRSCL:定期交換型ソフトコンタクトレンズ,VRCZ:ボリコナゾール,FLCZ:フルコナゾール,MCFG:ミカファンギン,MCZ:ミコナゾール,ITCZ:イトラコナゾール,F-FLCZ:ホスフルコナゾール,FRM:フラジオマイシン.:初期:移行期:完成期1.01.00.10.10.010.01CFCFHM初診時視力最終視力*図3病期別初診時視力と最終視力*:2眼重複.(121)あたらしい眼科Vol.29,No.1,2012121る8)が,インドにおける外傷を契機に発症したアカントアメーバ角膜炎の検討では季節性はなかったという17).アカントアメーバの培養可能温度の上限が26?29℃で,逆に15℃前後では運動が阻害されかつ8℃以下では増殖困難になる18)ことから,わが国では季節として初夏および初秋に注意すべきと思われる.アカントアメーバ角膜炎の確定診断には,病巣部擦過標本の直接検鏡,分離培養,PCR法,病理診断あるいは電子顕微鏡検査によるアカントアメーバの同定である.直接検鏡は簡便でかつ短時間に検出可能な検査であるが判定には経験を要し,その検出率は30?60%という8).分離培養での検出率は50?60%とされ8),種の同定や薬剤感受性試験への利用が可能である.PCR法は特異度100%,感度80%以上とされる8,19).本研究では直接検鏡,分離培養あるいはPCR法を用いた.その検出率は直接検鏡,分離培養およびPCR法において,それぞれ75%,67%および100%であった.よって,アカントアメーバ角膜炎の検出にはPCR法が有効と考えられたが,最も大切なことは十分な検体の採取と迅速な検体処理にあると思われる.角膜炎を惹起するアカントアメーバとしてA.castellanii,A.polyphaga,A.lenticulata,A.hatchetti,A.astronyxis,A.culbertsoniおよびA.rhysodesなどが知られている17).なかでもA.castellaniiおよびA.polyphagaが最も多いという8).本研究でも異なる地域から同種のA.polyphagaが分離され,アカントアメーバ角膜炎の原因アメーバとしてその存在が再認識された.一方で,2種のアカントアメーバによる角膜炎3)あるいは異種アカントアメーバによる時期を異にした角膜炎の報告20)もあるので,種の同定は重要といえる.ところで,18SrRNAを用いた遺伝子型分類では,遺伝子型としてT1?T15の15種類に分類され,なかでもT4がアカントアメーバ角膜炎から最も分離され角膜に対し病原性を有する可能性が示唆されている21).本研究では病巣擦過物からのPCR法にT4を含むプライマーを用いたが,得られたPCR産物の塩基配列は決定していない.しかし,アカントアメーバの種や遺伝子型の分類はアカントアメーバ角膜炎の疫学,予防,診断ならびに治療方針などの確立に重要であり,今後当施設においても検討する予定である.アカントアメーバ角膜炎の治療には①角膜病巣掻爬,②抗アメーバ作用のある薬剤の点眼,③抗真菌薬の全身投与の3者併用療法が有効15,22)とされ,今回12例全例で3者併用療法を行った.現在わが国における点眼薬の中心は消毒薬であるクロルヘキシジンで今回の12症例全例に対しても用いた.他の消毒薬では海外で使用されているpolyhexametylenebiquanide(PHMB)があり,近年わが国でもその有効例が散見される7).アゾール系抗真菌薬では初期にはフルコナゾールあるいはミコナゾールを中心に用いていたが,現在では1%ボリコナゾール23)あるいは0.1%ミカファンギンが主体となっている.抗真菌薬の全身投与ではイトラコナゾールを全例で用い,前房内炎症所見が高度な例あるいは移行期以降など病態に応じてフルコナゾールあるいはボリコナゾールなどを併用した.ところで,アカントアメーバの栄養体とシストに対しinvitroで殺菌作用を示す薬剤はPHMB,クロルヘキシジンおよびプロパミジンで,フルコナゾール,ミコナゾールおよびアムホテリシンBなどの抗真菌薬では効果がないという24).アカントアメーバに対する薬剤感受性に関してその試験法,検査基準ならびに種間での感受性などいまだ確立されておらず,今後早急に検討すべき課題といえる.最後に,アカントアメーバ角膜炎は近年増加傾向にある疾患である.今後,利便性や簡便性からFRSCLあるいはDSCLのシェア拡大が予想され,オルソケラトロジーの普及あるいはカラーCLのネット販売などにも鑑み,アカントアメーバ角膜炎症例の増加が危惧される.一方で,アカントアメーバ培養陰性例ではPCR法が補助診断として有用であったので,今後眼感染症専門検査機関での導入が望まれる.重症例をなくすためにも一般眼科医に対するアカントアメーバ角膜炎のさらなる啓蒙およびCLユーザーに対する十分な教育が重要といえる.本論文の要旨は第47回日本眼感染症学会(2010)にて発表した.文献1)NagintonJ,WatsonPG,PlayfairTJetal:Amoebicinfectionoftheeye.Lancet2(7896):1537-1540,19742)JonesDB:Acanthamoeba─theultimateopportunist?.AmJOphthalmol102:527-530,19863)石橋康久,松本雄二郎,渡辺亮子ほか:Acanthamoebakeratitisの1例─臨床像,病原体検査法および治療についての検討─.日眼会誌92:963-972,19884)ThebpatiphatN,HammersmithKM,RochaFNetal:Acanthamoebakeratitis:aparasiteontherise.Cornea26:701-706,20075)VisvesvaraGS,MouraH,SchusterFL:Pathogenicandopportunisticfree-livingamoebae:Acanthamoebaspp.,Balamuthiamandrillaris,Naegleriafowleri,andSappiniadiploidea.FEMSImmunolMedMicrobiol50:1-26,20076)石橋康久:最近増加するアカントアメーバ角膜炎─報告例の推移と自験例の分析─.眼臨紀3:22-29,20107)篠崎友治,宇野敏彦,原祐子ほか:最近11年間に経験したアカントアメーバ角膜炎28例の臨床的検討.あたらしい眼科27:680-686,20108)DartJK,SawVP,KilvingtonS:Acanthamoebakeratitis;diagnosisandtreatmentupdate2009.AmJOphthalmol148:487-499,20099)石橋康久:眼感染症Now!眼感染症医療の標準化ガイドラインのポイントはこれだアカントアメーバ角膜炎の治療のポイントは?あたらしい眼科26(臨増):38-43,2010122あたらしい眼科Vol.29,No.1,201210)QvarnstromY,VisvesvaraGS,SriramRetal:Multiplexreal-timePCRassayforsimultaneousdetectionofAcanthamoebaspp.,Balamuthiamandrillaris,andNaegleriafowleri.JClinMicrobiol44:3589-3595,200611)SchroederJM,BootonGC,HayJetal:Useofsubgenic18SribosomalDNAPCRandsequencingforgenusandgenotypeidentificationofAcanthamoebaefromhumanswithkeratitisandfromsewagesludge.JClinMicrobiol39:1903-1911,200112)石橋康久,本村幸子:眼感染症アカントアメーバ角膜炎の診断と治療.眼科33:1355-1361,199113)Stehr-GreenJK,BaileyTM,VisvesvaraGS:TheepidemiologyofAcanthamoebakeratitisintheUnitedStates.AmJOphthalmol107:331-336,198914)能美典正,近間泰一郎,守田裕希子ほか:アカントアメーバ角膜炎の臨床像の推移.臨眼63:1385-1390,200915)石橋康久:アカントアメーバ角膜炎の治療─トリアゾール系抗真菌剤の内服,ミコナゾール点眼,病巣掻爬の3者併用療法.あたらしい眼科8:1405-1406,199116)森理:マルチパーパスソリューション(MPS)の消毒効果.あたらしい眼科26:1173-1177,200917)ManikandanP,BhaskarM,RevathyRetal:Acanthamoebakeratitis─asixyearepidemiologicalreviewfromatertiarycareeyehospitalinsouthIndia.IndianJMedMicrobiol22:226-230,200418)鶴原喬,富山康,石橋康久ほか:Acanthamoebaの土壌内分布.臨眼47:1665-1669,199319)MathersWD,NelsonSE,LaneJLetal:ConfirmationofconfocalmicroscopydiagnosisofAcanthamoebakeratitisusingpolymerasechainreactionanalysis.ArchOphthalmol118:178-183,200020)TuEY,JoslinCE,ShoffMEetal:SequentialcornealinfectionwithtwogenotypicallydistinctAcanthamoebaeassociatedwithrenewedcontactlenswear.Eye24:1119-1121,201021)BootonGC,VisvesvaraGS,ByersTJetal:IdentificationanddistributionofAcanthamoebaspeciesgenotypesassociatedwithnonkeratitisinfections.JClinMicrobiol43:1689-1693,200522)日本眼感染症学会感染性角膜炎診療ガイドライン作成委員会:感染性角膜炎診療ガイドライン.日眼会誌111:770-809,200723)BangS,EdellE,EghrariAOetal:Treatmentwithvoriconazolein3eyeswithresistantAcanthamoebakeratitis.AmJOphthalmol149:66-69,201024)加治優一:アカントアメーバ角膜炎に対するPHMB単独療法.大橋裕一編:眼科プラクティス28,眼感染症の謎を解く,文光堂,p446-447,2009(122)***
———————————————————————-Page1(91)8150910-1810/09/\100/頁/JCLS45回日本眼感染症学会原著》あたらしい眼科26(6):815819,2009cはじめに近年,角膜感染症の若年化が問題となっており,2003年に行われた感染性角膜炎の全国サーベイランス1)においても,年齢分布は二峰性を示し,60歳代以外に20歳代にもピークを生じていた.さらに,若年層ではコンタクトレンズ(CL)使用中の感染が9割以上を占め,わが国の感染性角膜炎の発症の低年齢化の大きな原因として,CLの使用がある1,2).この10数年間に,使い捨てソフトCL(DSCL)や頻回交換ソフトCL(FRSCL)の登場により,装用者は急激に増加し,CLの使用状況は大きく変わっている.約1,500万人を超えるといわれるCL装用者がいるなか,近年,CL使用の低年齢化が起こり,10歳代,20歳代の若者の使用が増〔別刷請求先〕池田欣史:〒683-8504米子市西町36-1鳥取大学医学部視覚病態学Reprintrequests:YoshifumiIkeda,M.D.,DivisionofOphthalmologyandVisualScience,FacultyofMedicine,TottoriUniversity,36-1Nishi-cho,Yonago,Tottori683-8504,JAPAN鳥取大学における若年者の角膜感染症の現状池田欣史稲田耕大前田郁世大谷史江清水好恵唐下千寿石倉涼子宮大井上幸次鳥取大学医学部視覚病態学CurrentStatusofInfectiousKeratitisinStudentsatTottoriUniversityYoshifumiIkeda,KohdaiInata,IkuyoMaeda,FumieOtani,YoshieShimizu,ChizuToge,RyokoIshikura,DaiMiyazakiandYoshitsuguInoueDivisionofOphthalmologyandVisualScience,FacultyofMedicine,TottoriUniversity近年,角膜感染症の若年化が問題となっており,重症例が増加している.今回,当院での若年者の角膜感染症の現状を報告する.2004年1月2008年2月に入院加療した角膜感染症患者のうち,発症年齢が30歳未満であった13例14眼を対象に,コンタクトレンズ(CL)使用状況・治療前後の視力・起炎菌について検討した.発症年齢1428歳.男性5例5眼,女性8例9眼.11例で頻回交換ソフトCL,1例でハードCLを使用していた.初診時視力が0.5以下は9例10眼,0.1以下は6例7眼であった.治療後の最高視力は比較的良好であったが,0.04にとどまった例が1例,治療的角膜移植施行例が1例あった.推定起炎菌はアカントアメーバ4眼,細菌10眼であり,分離培養で確認されたものは緑膿菌2眼,黄色ブドウ球菌2眼,セラチア1眼,コリネバクテリウム1眼であった.若年者角膜感染症でも特に重症例が増加しており,早期の的確な診断・治療の重要性とともにCL装用における感染予防策の必要性が示唆された.WereportthecurrentstatusofinfectiouskeratitisinstudentsatTottoriUniversity.Wereviewedtherecordsof14eyesof13patientsbelow30yearsofageamongthosetreatedforinfectiouskeratitisatTottoriUniversityHospitalfromJanuary2004toFebruary2008.Patientswereevaluatedastomethodofcontactlensuse,visualacuitybeforeandaftertreatmentandmicrobiologicaletiology.Theagedistributionrangedfrom14to28years.Ofthe13patients,11usedfrequent-replacementsoftcontactlensesand1usedhardcontactlenses.Atinitialvisit,thevisualacuityof10eyes(9patients)waslessthan20/40,andthatof7eyes(6patients)waslessthan20/200.Bettervisualacuitywasnotedaftertreatmentinallbut2cases,1ofwhichhadpoorvisualacuity,theotherhav-ingreceivedpenetratingkeratoplasty.ThepresumedcausativeagentswereAcanthamoebaspeciesin4eyesandbacteriain10eyes.SomeofthesewereprovenbyculturingtobePseudomonasaeruginosa(2eyes),Staphylococ-cusaureus(2eyes),Serratiamarcescens(1eye)andCorynebacterium(1eye).Reportsofyoungercasesofcontactlens-relatedsevereinfectiouskeratitishavebeenontheincrease.Theimportanceofearlyproperdiagnosisandtreatmentisindicated,asistheneedforstrategyinpreventingcontactlens-relatedinfectiouskeratitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(6):815819,2009〕Keywords:角膜感染症,若年者,アカントアメーバ,緑膿菌,コンタクトレンズ.infectiouskeratitis,younggeneration,Acanthamoeba,Pseudomonasaeruginosa,contactlens.———————————————————————-Page2816あたらしい眼科Vol.26,No.6,2009(92)加している.今後ますます若年者のCL原因の感染性角膜炎が増加すると予想される.啓発活動も含めた意味で,今回筆者らは,鳥取大学における角膜感染症のうち,特に30歳未満の若年者を対象に,CLの使用状況・起炎菌・初診時視力・治療後視力などについて検討し,予防策について考察したので報告する.I対象および方法対象は,鳥取大学医学部附属病院眼科において2004年1月から2008年2月までの約4年間に,入院加療を要した角膜感染症117症例(ヘルペス感染を含む)のうち,30歳未満の13例14眼(男性5例5眼,女性8例9眼)である.117症例に対する若年者の割合と若年者全例の年齢・性別・発症から当院紹介までの日数・初診時視力・治療後最高視力・起炎菌・前医での治療の有無・ステロイド使用歴の有無・CLの種類や使用状況についての検討を行った.II結果角膜感染症117症例全体の若年者の年代別の割合を図1に示す.2004年は5.9%,2005年は0%,2006年は9.5%と低かったが,2007年には21.4%と上昇し,2008年には1月,2月のみで,42.9%と高かった.なお,30歳未満13例表1全症例(13例14眼)の内訳症例年齢(歳)性別患眼発症から当院初診までの日数起炎菌初診時視力治療後最高視力前医での治療114女右42アカントアメーバ0.81.2あり(ステロイド)217女右4細菌0.81.2なし322男右11細菌0.091.0なし注1415女左3セラチア0.91.2あり528女右14アカントアメーバ0.21.0あり(ステロイド)621男左22アカントアメーバ0.41.5あり719男左2緑膿菌0.51.0あり(ステロイド)816女左3細菌手動弁/30cm0.9あり928男左3細菌1.21.5なし1024女右4黄色ブドウ球菌0.030.9なし24女左4黄色ブドウ球菌0.011.2なし1118女左33アカントアメーバ指数弁/15cm1.2注2あり(ステロイド)1216女左4緑膿菌手動弁/10cm0.04あり1323男左2コリネバクテリウム0.030.6なし注1:知的障害およびアレルギーあり.注2:治療的全層角膜移植術施行後の視力.症例CLの種類CL誤使用の有無1FRSCL(1M)無2FRSCL(2W)有(就寝時装用)3なし4FRSCL(2W)無5FRSCL(2W)無6FRSCL(2W)無7FRSCL(1M)有(使用期限超え,消毒不適切)8FRSCL(1M)有(連続装用,消毒不適切)9FRSCL(2W)有(連続装用,消毒不適切)10HCL有(消毒不適切)HCL有(消毒不適切)11FRSCL(1M)有(消毒不適切)12FRSCL(1M)有(就寝時装用,消毒不適切)13FRSCL(2W)有(連続装用,消毒不適切)05101520253035402004年2005年2006年2007年2008年(12月):30歳以上:30歳未満2/34(5.9)0/27(0)2/21(9.5)6/28(21.4)3/7(42.9)症例数(人)図1鳥取大学における角膜感染症の若年者の割合の推移(13/117症例)上段の数値は年別の若年者数/全症例数(若年者の割合)を示す.———————————————————————-Page3あたらしい眼科Vol.26,No.6,2009817(93)14眼の内訳(表1)は,男性5例5眼,女性8例9眼で,発症年齢は1428歳(平均20±5歳)であり,10歳代が7例と半数近くを占めていた.初診時矯正視力は0.5以下が9例10眼で,0.1以下が6例7眼と重症例が目立った.治療後最高視力は0.6以上が11例12眼で,1.0以上が9例9眼と比較的良好であった.しかし,最終的に1例は治療的角膜移植術を行い,1例は最終視力0.04と視力不良であった.症例3は知的障害とアレルギー性結膜炎があり,角膜潰瘍を生じた例で,それ以外は,全例CL使用者で,11例にFRSCL,1例にハードCL(HCL)の装用を認めた.なお,CLの洗浄,擦り洗い,CLケースの定期交換などの適切な消毒を行っていない症例や,CLの使用期限を守らない,就寝時装用,連続装用など不適切なCL装用状況が8例9眼で認められた.推定起炎菌は細菌が10眼,アカントアメーバが4眼で,細菌10眼のうち6眼が分離培養できたが,アカントアメーバは分離培養できておらず,検鏡にて確認した.HCL使用の1例2眼で黄色ブドウ球菌が検出され,FRSCLでは緑膿菌が2眼,セラチアとコリネバクテリウムが1眼ずつ検出された.なお,セラチアは主要な細菌性角膜炎の起炎菌であり1),病巣部より分離培養できたことから起炎菌と判断した.コリネバクテリウムは結膜の常在菌であり,角膜での起炎性は低いが,この例では病巣部よりグラム陽性桿菌を多量に認め,分離培養結果も一致し,好中球の貪食像も認められたため起炎菌とした.また,発症から当院へ紹介されるまでの日数は平均11日であるが,アカントアメーバ角膜炎は平均28日と約1カ月かかっていた.さらに,前医で治療を受けた8例中半数の4例にステロイドの局所または全身投与がなされており,そのうち,3例がアカントアメーバであった.ここで重症例の症例11と12の経過を報告する.〔症例11〕18歳,女性.現病歴:平成19年12月7日左眼眼痛と充血を主訴に近医を受診し,角膜上皮障害にてSCL装用を中止し,抗菌薬,図3症例11:左眼前眼部写真(平成20年1月22日)ステロイド中止後に角膜混濁は悪化した.図5症例11:ホスト角膜の切片(ファンギフローラYR染色)ホスト角膜にアカントアメーバシスト(矢印)が散在した.図2症例11:初診時左眼前眼部写真(平成20年1月8日)角膜中央に円形の角膜浸潤と毛様充血を認め,角膜擦過物よりアカントアメーバシストを認めた.VS=15cm/指数弁.図4症例11:左眼前眼部写真(平成20年3月12日)2月26日に治療的全層角膜移植術を施行した.VS=(1.0).———————————————————————-Page4818あたらしい眼科Vol.26,No.6,2009(94)角膜保護薬の点眼にて経過観察されていた.12月26日に,角膜後面沈着物が出現し,ヘルペス性角膜炎と診断され,ステロイド点眼・内服を追加されるも,改善しないため,平成20年1月7日に鳥取大学医学部附属病院眼科を紹介となった.なお,CLは1日15時間以上使用し,CLの消毒はマルチパーパスソリューション(multi-purposesolution:MPS)を使用し,週に23回しか消毒しておらず,CLケースもほとんど交換していなかった.初診時所見:左眼視力は15cm指数弁で,角膜中央に円形で境界不明瞭な角膜浸潤と角膜浮腫および上皮欠損を生じており,特に下方では潰瘍となっていた(図2).治療:角膜擦過物のファンギフローラYR染色にてアカントアメーバシストが確認されたため,アカントアメーバ角膜炎との診断で,ステロイド中止のうえ,角膜掻爬に加え,イトラコナゾール内服,0.02%クロルヘキシジン・フルコナゾール・1%ボリコナゾール点眼,オフロキサシン眼軟膏の三者併用療法を開始した.ステロイド中止後,角膜混濁は悪化し(図3),ピマリシン点眼に変更するも,治療に反応せず,角膜混濁もさらに悪化したため,平成20年2月26日に治療的全層角膜移植術を施行した(図4).術後,再発を認めず,矯正視力1.2と安定した.なお,角膜移植時に切除したホスト角膜片の病理検査でのファンギフローラYR染色にてアカントアメーバシストが認められた(図5).〔症例12〕16歳,女性.現病歴:平成20年2月7日からの左眼眼痛にて翌日近医を受診し,角膜上皮離の診断にて点眼加療された.2月9日角膜混濁が出現し,抗菌薬の点眼・内服を追加されるも改善せず,2月10日に,角膜潰瘍と前房蓄膿が出現したため,同日,鳥取大学医学部附属病院眼科を紹介となった.なお,CLは1日16時間以上使用し,毎日MPSにて消毒はしていたが,擦り洗いは週に1回程度であり,ときどき装用して就寝することもあった.初診時所見:左眼視力は10cm手動弁で,角膜中央に輪状膿瘍,角膜潰瘍を認め,さらに,前房蓄膿を伴っていた(図6).治療:急速な進行と臨床所見から,緑膿菌感染と判断し,イミペネムの点滴,ミクロノマイシン点眼,オフロキサシン眼軟膏にて治療を開始した.角膜擦過物の塗抹鏡検にてグラム陰性桿菌を認め,後日培養にて緑膿菌を検出した.治療にはよく反応し,翌日には前房蓄膿は消失し,角膜潰瘍は徐々に軽快した.しかし,最終的に角膜中央に混濁を残して治癒し(図7),最終視力は0.04と良好な視力を得られなかった.III考按2003年の角膜サーベイランス1)での年齢分布のグラフにおけるCL非使用の感染性角膜炎の年齢分布は,1972年から1992年にかけての報告を集計した金井らの論文にみられる60歳代にピークをもつ感染性角膜炎の年齢分布2)とあまり変わっていない.このことから,使用しやすいSCL(DSCL,FRSCL)の登場により,CL使用者(おもに若年者)が急激に増加し,その安易な使用によって,CL使用者の感染性角膜炎が上乗せされた形となり,10歳代,20歳代にもう1つのピークが生じたとみてとれる.さらに,10歳代の感染はほぼ100%CL関連であり,20歳代もCL使用が89.8%であったと報告されている.しかも,20歳代の割合が60歳代を上回る状況となっている1,3).20歳代のCL関連の感染の増加はCL使用割合がその年代に多いためと推察されるが,10年後,20年後には,これがさらに上の年代へと拡大していく危険性をはらんでいる.今回,筆者らは30歳未満の若年者を対象にデータ解析を行ったが,CL関連が92.3%であり,レンズの不適切な使用によると思われる感染が大半を占めていた.若年者の失明は以後のQOL(qualityoflife)を大きく損なうため,早期発見と適切な早期治療が必須である.図6症例12:初診時左眼前眼部写真(平成20年2月10日)角膜中央に輪状膿瘍と前房蓄膿を認めた.VS=10cm/手動弁.図7症例12:左眼前眼部写真(平成20年3月11日)最終的に角膜中央に混濁を残して治癒した.VS=0.04(n.c.).———————————————————————-Page5あたらしい眼科Vol.26,No.6,2009819(95)今回の4例のアカントアメーバ角膜炎では,症状発生から適切な治療までに2週間から約1カ月半が経過しており,そのうち3例はヘルペス感染との診断にて,ステロイド加療がされており,最終的に1例に治療的角膜移植術を施行した.そのため,眼科医の早期の適切な診断と治療が重要となってくる.CL装用者の場合には,ヘルペスと思われる上皮・実質病変が存在しても,ヘルペスよりもアカントアメーバの感染をまず念頭に置き,前房内炎症が生じていても,ステロイド投与の開始については慎重に考慮する必要がある.また,SCL装用による両眼性アカントアメーバ角膜炎も報告46)されており,診断,治療が困難な場合には,早急に角膜疾患の専門家のいる病院へ紹介することが重要である.一方,細菌感染の場合は,アメーバと異なり進行が速いため,症状発生から紹介までは約4日と短く,抗菌薬頻回点眼・点滴を含めた早期治療が大切となる.細菌性角膜感染炎ではアカントアメーバ角膜炎よりも診断が容易であるが,緑膿菌では進行が速く,重症化するため,症例12のように治癒しても社会的失明の状態となる.若年者の角膜感染による失明を防止するには,CL関連感染角膜感染症の存在とその予防策について,若年のCL装用者に十分知識をもってもらうことが重要である.さらに,CLケースの洗浄や交換が行われていなかった例や,インターネットにて購入した例もあり,眼科専門医の適切な指導のもと,CLの処方のみならず,洗浄液も処方箋による販売が行われる体制が望ましいのではないかと思われる.現にシリコーンハイドロゲルレンズにおいて,洗浄液との相性があわず,上皮障害をひき起こす場合もあり79).眼科医がしっかりとCL装用者のCL使用状況を把握するうえでも,CLと洗浄液とを同時に眼科医が処方できるようにすべきではないかと考える.今回の症例に使用されたSCLはすべてFRSCLであり,適切に使用した症例でも,感染をひき起こしていることを考慮すると,感染予防という点では,現行のMPSでは限界があり,煮沸消毒に及ばないと考えられる10).また,適切に使用すれば外部からの細菌の持ち込みがないという点において,DSCLへの変更も留意する必要がある.一番の問題点はCL使用者がCLの利便性のみにとらわれ,CLの危険性に関して無知であることである.これは,各CLメーカーの宣伝の影響が大きいと考える.SCLのパンフレットには注意事項は裏面に小さな字で記載されているのみで,内容も「調子よく使用し,異常がなくても,定期検査は必ず受けてください」・「少しでも異常を感じたら,装用を中止し,すぐに眼科医の診察を受けてください」といった,当たり障りのない文句が書かれている.適切な使用を怠ると,感染性角膜炎になり,失明する可能性があることを説明し,実際の感染性角膜炎の写真を掲載するなどして,視覚的に訴えていく必要がある.タバコの外箱に記載されている肺癌の危険性と同様に,常時手にとるCLのパッケージへも失明の可能性ありとの記載があると,CL装用者への啓発となると考える.今後も,若年性CL関連角膜感染症は増加していくと推察されるため,CL装用指導と角膜感染症発症についてのCL装用者への啓発の重要性を改めて認識する必要性がある.文献1)感染性角膜炎全国サーベイランス・スタディグループ:感染性角膜炎全国サーベイランス分離菌・患者背景・治療の現況.日眼会誌110:961-972,20062)金井淳,井川誠一郎:我が国のコンタクトレンズ装用による角膜感染症.日コレ誌40:1-6,19983)宇野敏彦:コンタクトレンズの角膜感染症予防法.あたらしい眼科25:955-960,20084)WilhelmusKR,JonesDB,MatobaAYetal:Bilateralacanthamoebakeratitis.AmJOphthalmol145:193-197,20085)VoyatzisG,McElvanneyA:Bilateralacanthamoebakera-titisinanexperiencedtwo-weeklydisposablecontactlenswearer.EyeContactLens33:201-202,20076)武藤哲也,石橋康久:両眼性アカントアメーバ角膜炎の3例.日眼会誌104:746-750,20007)JonesL,MacdougallN,SorbaraLG:Stainingwithsili-cone-hydrogelcontactlens.OptomVisSci79:753-761,20028)植田喜一,稲垣恭子,柳井亮二:化学消毒剤による角膜ステイニングの発生.日コレ誌49:187-191,20079)工藤昌之,糸井素純:シリコーンハイドロゲルコンタクトレンズと消毒剤との相性.あたらしい眼科22:1349-1355,200510)白石敦:マルチパーパスソリューション(MPS)の現況および問題点.日本の眼科79:727-732,2008***