‘アジア人’ タグのついている投稿

経過観察で症状改善した網膜色素上皮腺腫の1 例

2010年4月30日 金曜日

———————————————————————-Page1554あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(00)554(138)0910-1810/10/\100/頁/JCOPYあたらしい眼科27(4):554557,2010cはじめに網膜色素上皮腺腫は網膜色素上皮(RPE)原発の色素性良性腫瘍である.網膜色素上皮に原発する腫瘍はまれであり,1972年にFrontら1)が報告して以来,網膜色素上皮原発の網膜色素上皮腺腫はアジアからの報告はほとんどなく,わが国では2006年に中村ら2)が日本眼科学会で報告した1例のみであった.まれな腫瘍であるが,色素性腫瘍であるため,脈絡膜悪性黒色腫と黒色細胞腫との鑑別を要する.その他の鑑別として,網膜色素上皮過誤腫,転移性脈絡膜腫瘍,炎症,外傷,レーザー,手術などにより網膜色素上皮の反応性過形成などがあげられる.今回筆者らは,外傷や眼疾患の既往のない健常人の黄斑部に網膜色素上皮腺腫が生じた1例を経験し,従来の画像検査に加え,眼底自発蛍光所見を観察したので報告する.I症例20歳の中国人男性.3カ月前からの左眼視力低下と中心暗点を主訴に当科を初診した.外傷歴,眼科および内科既往歴,生肉を食する習慣など特記すべき事項はなかった.初診〔別刷請求先〕野地裕樹:〒960-1295福島市光が丘1番地福島県立医科大学医学部眼科学講座Reprintrequests:HirokiNoji,M.D.,DepartmentofOphthalmology,FukushimaMedicalUniversitySchoolofMedicine,1Hikarigaoka,Fukushima-shi960-1295,JAPAN経過観察で症状改善した網膜色素上皮腺腫の1例野地裕樹古田実石龍鉄樹飯田知弘福島県立医科大学医学部眼科学講座ACaseofRetinalPigmentEpitheliumAdenomaImprovedinVisualAcuitywithObservationHirokiNoji,MinoruFuruta,TetsujuSekiryuandTomohiroIidaDepartmentofOphthalmology,FukushimaMedicalUniversitySchoolofMedicine網膜色素上皮腺腫は,周辺部網膜に好発するまれな色素性良性腫瘍であり,脈絡膜悪性黒色腫との鑑別を要する.今回,黄斑部に網膜流入血管を伴う色素性腫瘤を伴った症例を経験した.症例は20歳,中国人男性,3カ月前からの左眼視力低下を主訴に受診.矯正視力0.2であった.左眼黄斑部耳側に4乳頭径大の褐色の腫瘤を認めた.腫瘤は網膜表面に浸潤し,硝子体内に色素性細胞が散在していた.腫瘤周囲には滲出性網膜離と網膜皺襞,硝子体の牽引がみられた.フルオレセイン蛍光眼底造影で,拡張した網膜血管が腫瘤に流入しており,腫瘤は造影早期に低蛍光と後期組織染を示した.超音波所見からも網膜原性の色素性腫瘤で,腫瘤への網膜流入血管,滲出性網膜離という特徴的な所見から網膜色素上皮腺腫と診断した.腫瘤は青色眼底自発蛍光で低蛍光,赤外眼底自発蛍光では過蛍光を示した.1年6カ月間経過観察し,滲出の減少により視力は0.5に改善した.Wereportacaseoftheretinalpigmentepithelium(RPE)adenoma.Thepatient,a20-year-oldChinesemale,hadexperienceddecreasedvisualacuityofthelefteyefor3months.Oninitialpresentation,hisleftvisualacuitywas0.2;fundusexaminationrevealedapigmentedmasswithretinalfeedervesselsandexudativeretinaldetach-mentinthetemporalmacula.Fluoresceinangiographydiscloseddilatedretinalfeedervesselsandearlyhypo-uorescenceofthemassinarterialphase,withlatestaininganddyeleakage.Short-wavelengthautouorescencerevealedhypouorescence,andinfra-redautouorescenceshowedhyperuorescenceofthemass,suggestingoflackofnormalRPEmetabolismwiththemelaninpigment.TheseimagingswerecharacteristicofRPEadenoma.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)27(4):554557,2010〕Keywords:網膜色素上皮腺腫,脈絡膜悪性黒色腫,眼底自発蛍光,アジア人.retinalpigmentepitheliumadeno-ma,malignantmelanoma,fundusautouorescence,Asian.———————————————————————-Page2あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010555(139)時左眼矯正視力は(0.2),左眼黄斑部耳側に色素性腫瘤とその周囲に滲出性網膜離と網膜皺襞,硝子体が癒着し牽引を形成していた(図1a).フルオレセイン蛍光眼底造影では拡張した網膜血管が腫瘤に流入しており,腫瘤は造影早期に低蛍光と後期組織染を示した(図1b).インドシアニングリーン蛍光眼底造影では造影早期から一貫して腫瘤は低蛍光であった(図1c).超音波断層検査では高反射腫瘤と脈絡膜は分離可能で,網膜起源の腫瘍が考えられた(図1d).光干渉断層計では高反射の腫瘤と硝子体内に大小多数の高反射塊がみられ,周囲には網膜離がみられた(図1e,f).青色光による眼底自発蛍光では腫瘤は低蛍光を示した(図1g).赤外光による眼底自発蛍光では腫瘤と色素に一致する過蛍光を示した(図1h).血液,生化学検査では特に異常はなく,ツベルクリン反応は陰性であった.陽電子放射断層撮影(posittronemissiontomogra-phy:PET)でも特に異常はなかった.僚眼には異常はなかった.以上の検査所見から,網膜色素上皮腺腫と臨床的に診断し,定期経過観察を行った.1年6カ月後には滲出性変化は減少し,視力は(0.5)へと改善した(図2).II考按本症例は,黄斑耳側に網膜流入血管を伴った網膜原性の色図1初診時眼底画像所見a:眼底写真.色素性腫瘤とその周囲に漿液性網膜離と網膜の牽引および硝子体中の色素細胞散布.b:フルオレセイン蛍光眼底造影検査(造影中期).病巣中心部は低蛍光,周囲の網膜血管から腫瘤への流入血管,周辺部網膜血管から漏出.c:インドシアニングリーン蛍光眼底造影検査(造影中期).腫瘤は低蛍光で組織染なし.d:超音波断層検査.高反射腫瘤と脈絡膜は分離可能.e:光干渉断層計.高反射の腫瘤と硝子体内の高反射粒.f:光干渉断層計.腫瘤周囲に網膜離.g:眼底自発蛍光.腫瘤は低蛍光.h:眼底自発蛍光.腫瘤は過蛍光,色素塊も過蛍光.adghefbc———————————————————————-Page3556あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010(140)素性腫瘤で,滲出性網膜離を伴っていた.この特徴的所見から,網膜色素上皮腺腫と診断した.網膜色素上皮腺腫の症例報告は海外からのものを含め少数である.Shieldsら3)の報告では,13症例の年齢は2878歳と幅広く,発生部位は周辺部,中間周辺部,視神経乳頭近傍,黄斑部とさまざまである.眼底周辺部が約半数で最も多く,視神経乳頭近傍や黄斑部には少ない.視力は光覚なしから1.0に保たれているものまで幅広い.黄斑部に発生したものは視力不良だが,周辺部に発生したものでも滲出性網膜離や増殖性病変のために指数弁になることもあり,発生部位と視力との関連は低い.治療は腫瘍が小さい場合は経過観察されているものが多いが,大きくなると眼球摘出,経強膜的腫瘍切除術,小線源放射線治療が施行されることもある.基本的には腫瘍の増大は緩徐とされており,急速な増大を認めた場合は腺癌との鑑別を要する.脈絡膜悪性黒色腫との鑑別が重要で,Shieldsら4)の報告によると,悪性黒色腫として紹介された1,739例中13例(約1%)が網膜色素上皮腺腫であり,まれな疾患であるが誤診率が高いといえる.鑑別点として最も参考になる臨床所見は網膜色素上皮腺腫では腫瘍の急峻な隆起,網膜流入血管,滲出性離の存在である3).黒色細胞腫は視神経乳頭に好発するが,まれに脈絡膜にも発生する.14%に滲出性網膜離を伴うことが報告されている4)が,増大した例でなければ網膜栄養血管を伴わないことで,網膜色素上皮腺腫とは異なる.本症例の場合,超音波断層検査で脈絡膜と腫瘤が明瞭に分離されており,脈絡膜悪性黒色腫との鑑別は可能であった.鑑別を要する腫瘍との特徴的な鑑別点を表1に示す.近年,眼底自発蛍光は非侵襲的な検査として臨床応用されている.青色光による眼底自発蛍光でRPE中に多く含まれるリポフスチンの発する蛍光物質が過蛍光を示し,RPEや網膜外層の生理活性や機能評価に有用であること5),赤外光による眼底自発蛍光ではメラニンが過蛍光を示すことが報告されている6).本症例では青色眼底自発蛍光で腫瘤と周囲の網膜離部分に一致した低蛍光を示した.赤外眼底自発蛍光では過蛍光を示した.正常RPEでは青色眼底自発蛍光,赤外眼底自発蛍光ともに自発蛍光の増強がみられることから,病変部のRPEは機能異常をきたしていると考えられる.腫瘤にメラニンが存在すること,および硝子体中に散布された色素塊もメラニンが主成分であり過蛍光を示したと考えられた.脈絡膜悪性黒色腫の青色眼底自発蛍光所見は,随伴するオレンジ色素やドルーゼンで過蛍光,RPE離や網膜下液領域では弱い過蛍光を示すことが報告されている7).本症例では,腫瘍自体だけでなく,網膜離の範囲にも過蛍光を認めず,脈絡膜悪性黒色腫との有用な鑑別点になりうると考えられた.また,脈絡膜悪性黒色腫の赤外眼底自発蛍光での報告は検索した範囲ではみられなかった.本症例では発生部位は黄斑耳側で,観察した1年6カ月間に腫瘍の増大はなく,滲出性網膜離の減少に伴い視力は0.5へと改善した.アジア人で報告が少ない網膜色素上皮腺腫の1例を経験し,おもに眼底画像検査の結果について報告した.近年注目されている眼底自発蛍光検査は網膜色素上皮腺腫が小さいうちから特徴的所見を示すと考えられ,今後症例を蓄積し,検表1網膜色素上皮腺腫とその他の腫瘍の特徴網膜色素上皮腺腫脈絡膜悪性黒色腫網膜色素上皮過誤腫脈絡膜転移性腫瘍好発年齢2080歳60歳代2045歳原発巣による(男性は肺,女性は乳房が多い)形態黒色急峻な隆起茶褐-黒色ドーム状隆起マッシュルーム状隆起Orangepigment黒色隆起は小さい境界不明瞭灰白色扁平-ドーム状隆起栄養血管網膜血管脈絡膜血管網膜血管脈絡膜血管網膜離の併発滲出性離漿液性離なし漿液性離図2初診時から1年6カ月後の眼底所見腫瘤径は変化なく,腫瘤周囲の滲出性変化は減少.———————————————————————-Page4あたらしい眼科Vol.27,No.4,2010557(141)討する必要がある.文献1)FrontRL,ZimmermanLE,FineBS:Adenomaofthereti-nalpigmentepithelium.AmJOphthalmol73:544-554,19722)中村宗平,末田順,疋田直文ほか:網膜色素上皮腺腫の診断がついた一例.日眼会誌110(臨増):222,20063)ShieldsJA,MashayekhiA,SeongRAetal:Pseudomela-nomasoftheposterioruvealtract.Retina25:767-771,20054)ShieldsJA,ShieldsCL,GunduzKetal:Neoplasmasoftheretinalpigmentepithelium.ArchOphthalmol117:601-607,19995)SekiryuT,IidaT,MarukoIetal:Clinicalapplicationofautouorescencedensitometorywithascanninglaserophthalmoscope.InvestOphthalmolVisSci50:994-3002,20096)KeilbauerCN,DeloriFC:Near-infraredautouorescenceimagingoffundus:visualizationofocularmelanin.InvestOphthalmolVisSci47:3556-3564,20067)ShieldsCL,BianciottoC,PirondiniCetal:Autouores-cenceofchoroidalmelanomain51cases.BrJOphthalmol92:617-622,2008***