《原著》あたらしい眼科37(5):636.639,2020cCTLA4Igのパラドキシカルリアクションが疑われた強膜炎の2症例大石典子*1,2武田彩佳*1,3堀純子*1,3*1日本医科大学眼科学教室*2日本医科大学千葉北総病院眼科*3日本医科大学多摩永山病院眼科CTwoCasesofScleritisInducedasaParadoxicalReactiontoCTLA4IgNorikoOishi1,2),AyakaTakeda1,3)andJunkoHori1,3)1)DepartmentofOphthalmology,NipponMedicalSchool,2)DepartmentofOphthalmology,NipponMedicalSchoolChiba-HokusoHospital,3)DepartmentofOphthalmology,NipponMedicalSchoolTama-NagayamaHospitalC背景:近年,生物学的製剤の投与によるパラドキシカルリアクションが報告されている.今回,関節リウマチ(RA)に対してCCTLA4Igを導入され,パラドキシカルリアクションとして強膜炎の発症が疑われたC2症例を経験したので報告する.症例:症例C1はC64歳,女性.RAに対しアバタセプト(ABT)を導入したC3カ月後に左眼周辺部角膜浸潤を伴うびまん性強膜炎を発症し,眼瞼炎,続発緑内障を合併した.ABTは投与継続とし,ステロイド眼局所治療で強膜炎は消炎した.症例C2はC76歳,女性.RAに対しCABT投与歴があり,右眼びまん性強膜炎を発症し遷延化したため,内科から重症感染症のリスクが低いCABTが再度選択された.ABT導入後C1週間で強膜炎は増悪し黄斑浮腫も併発しC10週後も改善せず,ゴリムマブへ変更後C1カ月で速やかに鎮静化した.考察:RA患者に対するCCTLA4Ig投与はパラドキシカルリアクションとして強膜炎を発症することがあり,強膜炎の鎮静化にはステロイド治療の追加やCTNF-a阻害薬への変更が有用であった.CPurpose:Multipleparadoxicalreactionstobiologicalagentshavebeenidenti.ed,includingincasesofoculardisease.CHereCweCreportC2CcasesCofCscleritisCinducedCbyCCTLA4Ig.CCasereport:CaseC1CinvolvedCaC64-year-oldCfemalepatienthadbeenreceivingabataceptforrheumatoidarthritis.After3months,shedevelopeddi.usescleri-tisCwithCperipheralCcornealCin.ltration,Cblepharitis,CandCsecondaryCglaucoma.CTopicalCsteroidsCwereCadministered,CandCtheCsymptomsCresolved.CSheCcurrentlyCcontinuesCtoCreceiveCabatacept.CCaseC2CinvolvedCaC76-year-oldCfemaleCpatientCwhoCdevelopedCpneumocystisCpneumoniaCassociatedCwithCabatacept.CAbataceptCwasCsuspended,CandCsheCdevelopedCdi.useCscleritis.CAbataceptCwasCre-administered,CbutCtheCscleritisCworsenedCandCwasCaccompaniedCbyCmacularCedema.CAfterCswitchingCfromCabataceptCtoCgolimumab,CherCscleritisCandCmacularCedemaCcompletelyCresolved.Conclusion:Scleritis,asaparadoxicalreaction,canbeinducedbyCTLA4Ig.Scleritisresolvedfollowingadministrationofsteroidtherapyorswitchingthebiologictreatment.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)37(5):636.639,C2020〕Keywords:強膜炎,パラドキシカルリアクション,生物学的製剤,アバタセプト,CTLA4Ig,関節リウマチ.scleritis,paradoxicalreaction,biologicalproducts,abatacept,CTLA4Ig,rheumatoidarthritis(RA).Cはじめに近年,炎症性疾患の治療薬としての生物学的製剤の開発はめざましく,多様な炎症性サイトカインや細胞表面分子の機能調節をする製剤が臨床応用されている.しかし一方で,生物学的製剤が炎症を誘発するパラドキシカルリアクション(paradoxicalreaction:逆説的反応)とよばれる現象が,副反応として報告されるようになった1).生物学的製剤を投与された患者に,パラドキシカルリアクションによる眼炎症が誘発された報告も散見される2).関節リウマチ(rheumatoidarthritis:RA)は強膜炎に随伴する疾患としてもっとも頻度が高いが,今回,眼炎症疾患の既往のないCRA患者にCTLAIg製剤であるアバタセプト(ABT)がCRA治療目的で〔別刷請求先〕大石典子:〒270-1694千葉県印西市鎌苅C1715日本医科大学千葉北総病院眼科Reprintrequests:NorikoOishi,DepartmentofOphthalmology,NipponMedicalSchoolChibaHokusoHospital,1715Kamagari,Inzai,Chiba270-1694,JAPANC636(134)abcd図1症例1の左眼前眼部所見と眼窩MRI像関節リウマチに対するアバタセプト導入C3カ月後に角膜周辺部浸潤を伴うびまん性強膜炎を発症し(Ca),眼窩CMRI(T2脂肪抑制CSTIR)で左眼瞼と眼球壁に一致した高輝度を認めた(Cb.).強膜炎はステロイド点眼薬と免疫抑制薬点眼およびセレコキシブ内服では消退せず(Cc),トリアムシノロンアセトニド結膜下注射により消炎した(Cd).導入され,パラドキシカルリアクションによる強膜炎の発症が疑われたC2症例を経験したため報告する.CI症例〔症例1〕64歳,女性.主訴:左眼の充血と疼痛,左眼瞼腫脹.既往歴:RA.現病歴:59歳でCRAと診断され,近医内科でメソトレキサート(MTX)内服下でCRAはC4年間寛解状態であった.その後CRAの全身症状が再燃したため,プレドニゾロン(PSL)5Cmg,タクロリムス(Tac)1Cmgを投与されたが軽快せず,当院リウマチ内科に紹介されCABTを導入された.ABT導入のC3カ月後に左眼の充血と疼痛,眼瞼腫脹を自覚し近医眼科を受診し,左眼の強膜ぶどう膜炎,眼瞼炎,続発緑内障の診断でC201X年C1月C23日に日本医科大学眼炎症外来(以下,当科)に紹介された.なお,今回まで眼炎症疾患の既往はなかった.初診時所見:矯正視力は右眼C0.6(0.9C×sph.1.75D(cylC.1.75DAx80°),左眼C0.4(0.6C×sph+2.00D(cyl.2.00DAx90°),眼圧は右眼C21mmHg,左眼C26mmHgであった.左眼瞼腫脹と,左眼の角膜周辺部浸潤を伴うびまん性強膜炎(図1a),前房内炎症細胞(セル)1+を認めた.右眼の前眼部には異常所見は認めなかった.両眼ともCEmery-Little分類C2の加齢性白内障は認めたが,硝子体混濁は認めず,眼底図2症例2の右眼前眼部所見関節リウマチに対するアバタセプト(ABT)投与歴がありプレドニゾロンとタクロリムス内服中に強膜炎を発症した(Ca).ステロイド点眼と免疫抑制薬点眼,セレコキシブ内服,トリアムシノロンアセトニド結膜下注射のC6カ月後も強膜炎症は遷延した(Cb).ABT再投与のC1週間後に強膜炎は増悪し(Cc),10週間後にCABTをゴリムマブに変更したところC1カ月で消炎した(Cd).A.Dのそれぞれ上段は右眼上方,下段は右眼鼻側.に異常を認めなかった.初診時の眼窩CMRI(T2脂肪抑制STIR)像で,左眼瞼と眼球壁に一致した高輝度を認めた(図1b).経過:リウマチ内科からのCABTは継続したままで,ベタメタゾンC0.1%点眼左眼C6回,免疫抑制薬点眼C5回,セレコキシブC200Cmg内服,眼圧下降薬点眼(ラタノプロスト,ドルゾラミド塩酸塩・チモロールマレイン酸塩,ブリモニジン酒石酸塩)を追加したところ,1週後には眼瞼腫脹は消退し,眼圧は正常値(16/20CmmHg)になったが,強膜炎は消炎しなかった(図1c).そのため,トリアムシノロンアセトニド結膜下注射を施行したところ,そのC1カ月後には消炎した(図1d).2カ月後には左眼矯正視力は(1.2C×sph+2.00D(cyl.2.75DAx90°)まで改善を認めた.〔症例2〕76歳,女性.主訴:右眼の充血と疼痛.既往歴:RA,2型糖尿病(HbA1c7.5%,リナグリプチン5Cmg1日C1回内服にて加療中).現病歴:67歳でCRAと診断され,近医内科でCPSLとCMTXの内服併用で加療されていた.一時関節炎のコントロール不良時にCABT導入されたがニューモシスチス肺炎を発症したため中止し,当院リウマチ内科に紹介されCPSL4CmgとCTac2Cmg内服中に右眼の充血と疼痛を自覚し,201X年C3月C22日に当科に紹介となった.初診時所見:矯正視力は右眼(0.8C×sph+0.50D(cyl.1.50CDAx70°),左眼(0.9C×sph+1.75D(cyl.1.75DAx100°),眼圧は右眼C15CmmHg,左眼C12CmmHgであった.両眼に強膜血管の拡張と怒張,強い充血を認め,びまん性強膜炎の所見を呈した(図2a).角膜浸潤や前房内炎症は認めなかった.両眼にCEmery-Little分類C2の加齢性白内障は認めたが,硝子体混濁は認めず,眼底に異常を認めなかった.経過:ベタメタゾンC0.1%点眼両眼C4回とCTac0.1%点眼C5回,セレコキシブC200Cmg内服により,8週後には左眼の強膜炎は消退したが,右眼は消炎せず,トリアムシノロンアセトニドC0.1Cml結膜下注射施行後も約C6カ月強膜炎は遷延化した(図2b).そのためリウマチ内科にCTNFCa阻害薬の導入を依頼したが,肺炎の既往があり重症感染症リスクがCTNFa阻害薬よりも低い薬剤選択が望ましいという理由でABTが投与された.ところが,ABT導入後C1週で右眼の強膜炎は増悪し(図2c)黄斑浮腫も併発した.その後も改善を認めず,ABT導入C10週後にリウマチ内科でCABTをゴリムマブ(GLM)に変更したところC1カ月で強膜炎は速やかに消炎した(図2d).CII考按RAは,早期に集中した治療を行うことが寛解や炎症活動性の低下に結びつくとして,従来の抗リウマチ薬(disease-modifyingCantirheumaticdrugs:DMARDs)無効例に対し,生物学的製剤(biologicaldrugs)の導入が推奨されている.現在わが国では,ABTを含むC7種類の生物学的製剤が承認され臨床的に使用されている3).ABTは,CTLA4CIg4)すなわち,CTLA4分子の細胞外ドメインとヒト免疫グロブリンIgG1のCFc領域からなる可溶性融合蛋白である.CTLA4は免疫チェックポイント分子の一つであり,CTLA4IgはCD80/86に結合することで,CD80/86のCT細胞表面レセプターであるCCD28を介したCT細胞の活性化を阻害する4).わが国でも欧米に続き,関節リウマチ治療薬として承認され,有効性および安全性が報告されている5).生物学的製剤は,単一のサイトカインや細胞表面分子を阻害して抗炎症効果を発揮するが,逆に炎症を誘発する現象が起きることがあり,これをパラドキシカルリアクションとよぶ1).代表的なものとして,TNFCa阻害薬による乾癬の発生がよく知られるが,パラドキシカルリアクションの臨床症状は多彩であり,皮膚症状,炎症性腸疾患,ぶどう膜炎や強膜炎,サルコイドーシス,血管炎,その他の自己免疫性疾患などの発生が報告されている1).眼科領域では,TNFCa阻害薬のエタネルセプトがパラドキシカルリアクションとしてぶどう膜炎や強膜炎を誘発することが広く知られているが2),眼炎症疾患に対する高い治療効果が知られるインフリキシマブとアダリムマブによるパラドキシカルリアクションとして眼炎症疾患の発症や増悪が起きた報告もまれではあるが存在する6).パラドキシカルリアクションを生じる生物学的製剤は,TNFCa阻害薬の他にも,IL-12/23p40抗体であるウステキヌマブ,CD20抗体であるリツキシマブ,IL-6抗体であるトシリズマブ,ABTなど多種が報告されている1).ABTによるパラドキシカルリアクションは乾癬様皮疹の発生の報告が多く,その機序として,T細胞サブセットのCTh1細胞の活性化を抑制するCCTLA-4Igは,むしろCTh17を活性化させ,Th17細胞が炎症病態の中心的役割をもつ乾癬が誘発されると考えられている7).わが国では,眼科領域の疾患に対して,ABTの保険適応はなく,欧米でも眼炎症疾患に対するその治療効果については明らかではない8).また,ABTによるパラドキシカルリアクションとしてぶどう膜炎や強膜炎が発症した報告も筆者らが検索した範囲ではなく,本論文が最初の症例報告である.実験的ぶどう膜炎においてはCCTLA4Igは網膜炎の抑制効果をもつことが示されている9).しかし,その一方で,ぶどう膜炎と強膜炎の病態にCTh17が関与することは報告されており10),前述したCCTLA4Igによる乾癬発症の機序7)から推察すれば,CTLA4IgによりCTh1の炎症は抑制されても,一方でCTh17が誘導され,Th17による強膜炎が誘発された可能性がある.今回経験したCCTLA4Ig投与後に発症した強膜炎のC2症例のうち,症例C1は眼局所ステロイド治療で強膜炎および眼瞼炎症は改善した.しかし,症例C2は眼局所ステロイド治療後も強膜炎が遷延化したため,生物学的製剤をCABTからCTNFa阻害薬であるCGLMに切り替えたところ,強膜炎は速やかに消退した.眼炎症疾患の原因として薬剤のパラドキシカルリアクションが疑われた場合は,薬剤の切り替えが有用である.とくにCGLMは眼炎症を誘発した報告はなく,他剤のパラドキシカルリアクションを疑う場合に,切り替え候補薬として念頭に置く必要がある.また,今回のC2症例においては皮膚症状や炎症性腸疾患などの眼科領域以外のパラドキシカルリアクションの症状は認めなかった.最後に,生物学的製剤の開発と臨床応用の進歩はめざましいものがあり,RAや炎症性腸疾患をはじめとする難治性炎症疾患の治療予後が向上しているのは間違いない.しかし,その一方で,生物学的製剤のパラドキシカルリアクションの原因薬剤と臨床症状は多様化し増加しているので注意を要する.眼炎症疾患の患者の診療においては,背景となる全身疾患を把握するとともに,他科での薬剤投与歴を正確に把握し,パラドキシカルリアクションを疑ったら他科と連携して薬剤変更を検討することが必要である.文献1)PuigL:Paradoxicalreactions:Anti-tumorCnecrosisCfac-torCalphaCagents,Custekinumab,Csecukinumab,Cixekizumab,Candothers.CurrProblDermatolC53:49-63,C20182)SassaY,KawanoY,YamanaTetal:Achangeintreat-mentCfromCetanerceptCtoCin.iximabCwasCe.ectiveCtoCcon-trolCscleritisCinCaCpatientCwithCrheumatoidCarthritis.CActaCOphthalmologicaC90:e161-e162,C20123)SmolenCJS,CLandeweCR,CBijlsmaCJCetal:EULARCrecom-mendationsCforCtheCmanagementCofCrheumatoidCarthritisCwithCsyntheticCandCbiologicalCdisease-modifyingCantirheu-maticCdrugs.C2016Cupdate.CAnnCRheumCDisC76:960-977,C20174)GreeneJL,LeytzeGM,EmswilerJetal:Covalentdimer-izationCofCCD28/CTLA-4CandColigomerizationCofCCD80/CCD86CregulateCTCcellCcostimulatoryCinteractions.CJCBiolCChemC271:26762-26771,C19965)KremerCJM,CDougadosCM,CEmeryCPCetal:TreatmentCofCrheumatoidarthritiswiththeselectivecostimulationmod-ulatorabatacept:twelve-monthCresultsCofCaCphaseCiib,Cdouble-blind,Crandomized,Cplacebo-controlledCtrial.CArthri-tisRheumC52:2263-2271,C20056)ToussirutE,AibinF:ParadoxicalreactionsunderTNF-ablockingCagentsCandCotherCbiologicalCagentsCgivenCforCchronicCimmune-medicateddiseases:anCanalyticalCandCcomprehensiveoverview.RMDOpenC2:e000239,C20167)AndersonCDE,CBieganowskaCKD,CBar-OrCACetal:Para-doxicalinhibitionofT-cellfunctioninresponsetoCTLA-4blockade;heterogeneitywithinthehumanT-cellpopu-lation.NatMed6:211-214,C20008)ChristophT,ElisabettaM,BahramBetal:Abataceptinthetreatmentofsevere,longstanding,andrefractoryuve-itisassociatedwithjuvenileidiopathicarthritis.JRheuma-tolC42:706-711,C20159)IwahashiC,FujimotoM,NomuraSetal:CTLA4-Igsup-pressesCdevelopmentCofCexperimentalCautoimmuneCuveitisCinCtheCinductionCandCe.ectorphases:ComparisonCwithCblockadeofinterleukin-6.ExpEyeResC140:53-64,C201510)Amadi-ObiA,YuCR,LiuXetal:TH17cellscontributetoCuveitisCandCscleritisCandCareCexpandedCbyCIL-2CandCinhibitedbyIL-27/STAT1.NatMedC13:711-718,C2007