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アルコール依存症に合併した栄養欠乏視神経症の1 例

2021年3月31日 水曜日

《原著》あたらしい眼科38(3):352.356,2021cアルコール依存症に合併した栄養欠乏視神経症の1例福島亘希*1芳賀彰*1筒井順一郎*2井上俊洋*1*1熊本大学大学院生命科学研究部眼科学講座*2熊本赤十字病院眼科CNutritionalOpticNeuropathyinaCaseofAlcoholismKoukiFukushima1),AkiraHaga1),JunichiroTsutsui2)andToshihiroInoue1)1)DepartmentofOphthalmology,FacultyofLifeSciences,KumamotoUniversity,2)DepartmentofOphthalmology,JapaneseRedCrossKumamotoHospitalC症例はC47歳,男性.アルコール依存症に対して精神科病院にて入院治療経過中,約C1年前から続く両眼の視力低下を訴え近医眼科を受診し,両眼の視神経症疑いで当院を紹介受診した.初診時最良矯正視力は右眼C0.3,左眼C0.3と低下しており,両眼の中心暗点とCMariotte盲点拡大を認めた.限界フリッカ値は右眼C19CHz,左眼C21CHzと低下を認め,両眼とも視神経乳頭耳側に網膜神経線維層の菲薄化を認めた.臨床所見に加え,過剰飲酒や喫煙,不規則な食生活の病歴から栄養欠乏視神経症と診断し,断酒と食生活の改善,総合ビタミン剤の継続投与によってC12カ月後には最良矯正視力は両眼ともにC1.2,限界フリッカ値は右眼C31Hz,左眼C32CHzと良好な視機能の回復を認めた.CPurpose:Toreportnutritionalopticneuropathyinacaseofalcoholism.Casereport:Thisstudyinvolveda47-year-oldmalewhohadcomplainedofprogressivebilateralvisualdisturbanceforapproximately1yearduringtheCcourseCofChospitalizationCforCalcoholismCatCaCpsychiatricChospital.CUponCinitialCexamination,ChisCbest-correctedCvisualacuity(BCVA)was.0.52logMARinbotheyes,andvisual.eldtestingrevealedbilateralcentralscotomasandCblind-spotCenlargements.CCriticalC.ickerfusion(CFF)testingCrevealedCfrequenciesCofC19CHzCandC21CHzCinChisCrighteyeandlefteye,respectively.Wesubsequentlydiagnosedthecaseasnutritionalde.ciencyopticneuropathybasedonthepatient’shistoryofexcessivedrinkingandsmokingandirregulareatinghabits,inadditiontotheclin-ical.ndings.Inbotheyes,visualfunctionimprovedviasystemictreatmentwithmultivitamincomplex,abstinencefromCalcohol,CandCbalancedCmeals.CTwelveCmonthsClater,ChisCBCVACwasC0.08ClogMARCinCbothCeyes,CandCtheCCFFCfrequencieswere31CHzand32CHzinhisrighteyeandlefteye,respectively.Conclusion:Our.ndingsshowedthatsystemicCtreatmentCwithCmultivitaminCcomplex,CabstinenceCfromCalcohol,CandCbalancedCmealsCwasCe.ectiveCforCrecoveryofvisualfunctioninnutritionalopticneuropathyinacaseofalcoholism.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)38(3):352.356,C2021〕Keywords:栄養欠乏視神経症,アルコール依存症.nutritionalde.ciencyopticneuropathy,alcoholism.はじめに栄養欠乏視神経症は,飢餓や偏食,過度の飲酒や喫煙,消化管疾患などによるビタミンCB群の欠乏が発症の原因と考えられている.現在,わが国においては飢餓による本症の発症はきわめてまれであるが,偏食や神経性食思不振症などによる摂取不足,消化管疾患による消化・吸収不良,また過度の飲酒や喫煙による消費亢進によって発症しうる1).今回筆者らは,アルコール依存症に対して精神科病院にて加療中であった症例において,臨床症状や所見,生活歴などから栄養欠乏視神経症と診断し,総合ビタミン剤の継続投与や禁酒,禁煙,バランスの取れた食事を継続することで良好に視機能が改善した症例を経験したので報告する.CI症例患者:47歳,男性.主訴:両眼視力低下.現病歴:2012年頃からアルコール依存症の離脱期けいれん発作を繰り返しており,2015年C6月,アルコール依存症の加療目的に精神科病院に入院となった.入院時にC1年ほど前から徐々に進行する両眼視力低下の訴えがあり,近医眼科〔別刷請求先〕福島亘希:〒860-8505熊本市中央区本荘C1-1-1熊本大学大学院生命科学研究部眼科学講座Reprintrequests:KoukiFukushima,M.D.,DepartmentofOphthalmology,FacultyofLifeSciences,KumamotoUniversity,1-1-1Honjo,Chuo-ku,Kumamoto860-8505,JAPANC352(114)を受診し,両眼性の視神経症を疑われ,2015年C7月に当院紹介となった.既往歴:アルコール依存症,高血圧症,虫垂炎.生活歴:17歳より毎日飲酒しており,ここC10年間は焼酎1Cl/日を飲酒していた.飲酒の際にはほとんど食事を摂取していなかった.喫煙歴は約C20本/日をC27年間.内服歴:2015年C6月より精神科病院にて処方された総合ビタミン剤(パンビタン2Cg/日),嫌酒薬および降圧薬を内服.初診時所見:視力は右眼C0.3(矯正不能),左眼C0.2(0.3C×sph.0.50D),眼圧は右眼C19mmHg,左眼C17mmHgであった.眼位は両眼ともに正位で,眼球運動障害および眼球運動痛は認めなかった.瞳孔は両眼ともに正円同大であり,直接および間接対光反射は正常,相対的瞳孔求心路障害は陰性右眼であった.限界フリッカ値は右眼C19CHz,左眼C21CHzと両眼ともに低下を認めた.前眼部および中間透光体に異常は認めず,黄斑部に異常所見は認めなかった.視神経乳頭の境界は両眼ともに明瞭であったが,耳側の色調は蒼白であった(図1).光干渉断層計(opticalCcoherencetomography:OCT)で両眼ともに中心窩近傍はとくに問題なく,右眼は視神経乳頭を中心としてC8時からC10時,左眼はC1時からC3時の乳頭周囲網膜神経線維層の菲薄化を認めた(図2上段,図3).CGoldmann視野検査において両眼に中心暗点とCMariotte盲点拡大を認めた(図4上段).全身検査所見:血液生化学検査では,血清総蛋白C7.0Cg/dl,血清アルブミン値C4.4Cg/dl,AST26CU/l,ALT34CU/l,血糖値88Cmg/dlといずれも基準範囲内であり,CRPも陰性であった.血液一般検査では赤血球数やヘモグロビン,白血左眼図1初診時眼底写真両眼ともに黄斑部の異常は認めなかった.視神経乳頭は境界明瞭であったが,耳側の色調は蒼白であった.右眼左眼図2初診時(上段)と5カ月後(下段)の光干渉断層計画像両眼ともに治療前後において明らかな異常は認めなかった.右眼左眼図3初診時の光干渉断層計画像(視神経乳頭マップ)右眼はC8時からC10時,左眼はC1時からC3時に視神経乳頭周囲網膜神経線維層の菲薄化を認めた.右眼左眼図4初診時(上段)と18カ月後(下段)のGoldmann視野検査上段:両眼の中心暗点,Mariotte盲点の拡大を認めた.下段:右眼はほぼ正常な視野所見に改善した.左眼は中心比較暗点が残存するものの,初診時と比較して改善を認めた.球数,血小板数などいずれも基準範囲内であった.血中ビタ診断:初診時には血中ビタミン値の低下は認められなかっミン値は,ビタミンCBC12がC385Cpg/ml(正常値:233.914)たが,炎症性やその他の視神経症を除外診断し,過度の飲酒と基準範囲内,葉酸がC29.5Cng/ml(正常値:3.6.12.9)と高や喫煙,不規則な食事摂取などの生活歴から栄養欠乏視神経値であった.頭部単純CCT,頭部および全脊髄造影CMRIを症と診断した.施行したが異常は認められなかった.治療と経過:入院中の精神科病院で処方されていた総合ビタミン製剤(パンビタン,2Cg/日)の継続投与,禁酒と禁煙およびバランスの取れた規則正しい食生活の継続を行った.初診からC1カ月後には視力は右眼C0.7(矯正不能),左眼C0.9(矯正不能),12カ月後には右眼C1.2(矯正不能),左眼C1.0(1.2C×sph+0.50D)へと改善を認めた.限界フリッカ値は早期の改善は認めなかったが,12カ月後には右眼C31CHz,左眼C32CHzまで改善を認めた(図5).また,視野障害も緩徐に改善を認め,18カ月後には右眼の中心暗点および盲点拡大は消失し,左眼は中心に比較暗点を残すのみとなった(図4下段).CII考按栄養欠乏視神経症は低栄養状態に加えてビタミンCB群の欠乏や不足を生じることが原因とされており,偏食や神経性食思不振症などによる摂取不足や消化管疾患による消化・吸収障害,また過度の飲酒や喫煙による消費亢進などが発症に関与していると考えられている.ビタミンCB群の不足によって神経伝達機能に障害をきたし,その結果,視機能障害を呈する可能性が示唆されているが,詳細な発症機序については不明な点が多い2,3).臨床所見の特徴として徐々に進行する視力障害,中心暗点あるいは盲点中心暗点を認め,通常は両眼性であるが,発症時期に左右差のあった症例も報告されている4).また,本症やメタノール中毒性視神経症,Leber遺伝性視神経症においては対光反応が温存されることが多く,これらの疾患群には共通してアデノシン三リン酸(ATP)欠乏が存在することからCATP欠乏性視神経症として知られている.X細胞系であるCmidget細胞は網膜神経節細胞の約70.80%を構成しており,ATP要求性が高いためCATP低下によって細胞障害を受けやすく,その結果,網膜神経節細胞の機能障害を惹起する5).細い軸索をもつ乳頭黄斑線維はATP欠乏による障害を受けやすいが,網膜神経節細胞のなかでも対光反応に関与するCW細胞系はCX細胞系やCY細胞系と比べてCATP欠乏による障害を受けにくく,そのため対光反応が保たれやすいと考えられている2,6).本症例においては前眼部および中間透光体,黄斑部には異常所見を認めなかった.対光反応は温存されていたが限界フリッカ値は低下しており,Goldmann視野検査において中心暗点およびCMariotte盲点拡大を認めた.また,視神経乳頭は両眼とも検眼鏡的に境界明瞭であったが耳側の色調は蒼白であり,OCTでは両眼の視神経乳頭耳側に網膜神経線維層の菲薄化を認めたため視神経疾患が疑われた.初診時,血中ビタミン値の低下は認められなかったのは,総合ビタミン剤の投与開始からC1カ月以上を経過した時点のもので,すでに血清値が改善していた可能性が考えられる.また,ビタミンCB12含有量は神経組織では血清値の約C100倍にも達しているといわれており7),血清値がただちに神経組織のビタミン値1.61.41.210.80.60.40.20初診時1カ月矯正視力2カ月5カ月右眼12カ月左眼18カ月Hz35限界フリッカ値3025201510初診時1カ月2カ月5カ月右眼12カ月左眼18カ月図5矯正視力,限界フリッカ値の経過矯正視力は両眼ともに速やかに改善し,限界フリッカ値は両眼ともに緩徐に改善を認めた.を反映しているとはいえず,今回の検査値によってビタミン群の欠乏を否定することはできない.また,栄養欠乏視神経症の鑑別疾患としてCLeber遺伝性視神経症があがるが,本症例においてミトコンドリア遺伝子解析は行っていない.Leber遺伝性視神経症の発症はこれまでC10.20歳代が中心とされてきたが,2014年に行われた調査によると発症時の平均年齢はC33.5歳と以前より発症年齢が上昇している可能性が示唆されている8).本症例においてもCLeber遺伝性視神経症の可能性を完全に否定することはできないが,臨床経過や所見に加えて,総合ビタミン剤の内服,禁酒や禁煙,規則正しくバランスのとれた食生活を継続したことにより改善を認めたことから,その背景にはビタミンCB群の欠乏が存在していたことが推測された.本症例のように初診時ですでに治療介入されている場合,典型的な所見や症状を呈さないこともあるため,より慎重な鑑別が必要である.既報では栄養欠乏視神経症において乳頭黄斑線維束に一致して網膜内層が菲薄化し,OCTを用いた網膜断面の評価にて視機能改善後も網膜内層厚に変化は認めなかったと報告されている5).本症例では初診時と治療後C5カ月の時点でCOCTを撮影しているが,初診時において両眼ともに明らかな網膜内層の菲薄化は認めず,視機能改善の前後においても網膜内層厚に明らかな変化は認めなかった(図2).栄養欠乏視神経症は早期に補充療法などの治療を行うことで視力予後の改善が期待されるが,治療介入が遅れた例では視神経萎縮をきたし予後不良となることがあるといわれている7).これまでの報告では視機能が低下して数日からC3カ月程度と比較的短期間で治療介入に至った症例が多いが1,2,4.7),本症例では治療介入まで約C1年経過していたものの良好な視力,視野の改善を認めている.したがって,諸検査によっても確定診断に至らない視神経障害では,比較的まれな疾患ではあるが本症の鑑別,除外が必要であるため,生活歴や身体症状に留意した詳細な問診を行うことが重要であり,聴取した情報をもとに行った臨床検査で本症が強く疑われる場合には,経過期間の長短にかかわらず積極的な治療介入を行うことが望ましいと考えられる.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)足立格郁,鈴木克佳,熊谷直樹ほか:ビタミンCB1欠乏が主因であると考えられた栄養欠乏性視神経症のC1例.臨眼C58:607-611,C20042)藤田今日子,奥英弘,菅澤淳ほか:栄養欠乏性視神経症のC1例.神経眼科21:41-46,C20043)松井淑江:栄養欠乏性視神経症.視神経疾患のすべて(中馬秀樹編),眼科診療クオリファイC7,p189-191,中山書店,20114)大江敬子,岸俊行:悪性貧血と亜急性連合性脊髄変性症に合併した栄養欠乏性視神経症のC1例.臨眼C64:517-520,C20105)佐藤慎,石子智士,籠川浩幸ほか:Spectral-domeinOCTにて網膜内層の菲薄化を認めた栄養欠乏性視神経症の1例.臨眼67:1373-1379,C20136)RizzoJF:AdenosineCtriphosphateCde.ciency.CaCgenreCofCopticneuropathy.NeurologyC45:11-16,C19957)明石智子,飯島康仁,渡辺洋一郎ほか:Crohn病に合併した栄養欠乏性視神経症が疑われたC1例.臨眼C58:1945-1949,C20048)上田香織:Leber遺伝性視神経症最新の話題.眼科C62:C255-258,C2020C***