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ガンシクロビル点眼療法が奏効したサイトメガロウィルス角膜内皮炎の1例

2017年6月30日 金曜日

《原著》あたらしい眼科34(6):888.892,2017cガンシクロビル点眼療法が奏効したサイトメガロウィルス角膜内皮炎の1例向井規子出垣昌子吉川大和田尻健介勝村浩三清水一弘池田恒彦大阪医科大学眼科学教室CaseofCytomegalovirusCornealEndotheliitisTreatedbyGanciclovirEyedropsNorikoMukai,MasakoIdegaki,YamatoYoshikawa,KensukeTajiri,KozoKatsumura,KazuhiroShimizuandTsunehikoIkedaDepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollage目的:白内障手術後に発症したサイトメガロウィルス(CMV)角膜内皮炎に対し,ガンシクロビル点眼療法が奏効した1症例を経験した.症例:症例は77歳,男性.右眼白内障手術4カ月後より前房内炎症と硝子体混濁を生じ,特発性ぶどう膜炎として加療を受けていたが,術1年半後に限局性の角膜浮腫と豚脂様角膜後面沈着物(KP)を認めたため,当科紹介となった.当初,ヘルペス性角膜内皮炎を疑い,アシクロビル眼軟膏を投与したが改善せず,その後コイン状に配列するKPが角膜浮腫に伴って出現してきた.前房水のpolymerasechainreaction(PCR)検査を施行し,CMV-DNA陽性,単純ヘルペス・水痘帯状疱疹ウィルス陰性であったことより,CMV角膜内皮炎と診断した.患者自身の事情で,ガンシクロビル全身投与が施行困難であったため,自家調整した0.5%ガンシクロビル点眼および,0.1%フルオロメトロン点眼で治療したところ,角膜浮腫とKPは著明に改善した.結論:ガンシクロビル点眼による局所療法が奏効したCMV角膜内皮炎を経験した.ガンシクロビル点眼療法は本疾患に対する治療において一つの選択肢になると考えられた.Purpose:Toreportacaseofcytomegalovirus(CMV)cornealendotheliitisthatdevelopedaftercataractsur-geryandrespondedtoaganciclovireyedropsolutiontreatment.Case:Thepatient,a77-year-oldmale,hadprevi-ouslyundergonetreatmentforidiopathicuveitisinhisrighteye,signi.edbyin.ammationintheanteriorchamberalongwithvitreousopacitythatdeveloped4-monthsaftercataractsurgery.At18monthsafterthesurgery,cor-nealedemaandmutton-fatkeraticprecipitates(KPs)werediscoveredintheeye,andthepatientwasreferredtoourdepartmentfortreatment.Weinitiallysuspectedherpeticcornealendotheliitis,andadministeredacycloviroint-ment.However,noimprovementwasobservedandKPscoalescingintoacoin-likeshapesubsequentlyemergedinassociationwiththecornealedema.Wethereforeperformedapolymerasechainreactiontestontheanterioraque-oushumoroftheeyeanddiagnosedCMVcornealendotheliitisonthebasisofpositiveCMV-DNAandnegativeherpessimplexvirusandvaricella-zostervirus.Forpersonalreasons,thepatientwasunabletoundergosystemicadministrationofganciclovir,sohewasconsequentlytreatedwithadministrationofanoriginal-formulaeyedropsolutionconsistingof0.5%ganciclovirand0.1%.uorometholone,resultinginmarkedimprovementofthecornealedemaandKPs.Conclusion:WeobservedacaseinwhichCMVcornealendotheliitisrespondedtolocalizedtreat-mentwithaganciclovireyedropsolution,showingittobeaviabletreatmentoptionforpatientswithCMVcornealendotheliitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)34(6):888.892,2017〕Keywords:サイトメガロウィルス,角膜内皮炎,ガンシクロビル,ガンシクロビル点眼,水疱性角膜症.cyto-megalovirus(CMV),cornealendotheliitis,ganciclovir,ganciclovireyedrops,bullouskeratopathy.〔別刷請求先〕向井規子:〒569-8686大阪府高槻市大学町2-7大阪医科大学眼科学教室Reportrequests:NorikoMukai,DepartmentofOphthalmology,OsakaMedicalCollage,2-7Daigaku-cho,Takatsukicity,Osaka569-8686,JAPAN888(130)はじめに角膜内皮炎は1982年にKhodadoustらによって初めて報告された角膜内皮細胞に特異的な炎症を生じる疾患であり1),これまではヘルペスウィルス角膜炎の一病型とされてきた2,3).しかし,抗ヘルペス薬による治療に抵抗し角膜内皮障害が進行する症例が散見されることから,近年,それらの一部にサイトメガロウィルス(cytomegarovirus:CMV)が関与する角膜内皮炎があり,ガンシクロビルの全身投与を合わせた治療が有効であるという報告もされている4.7).今回筆者らは,白内障手術後4カ月後に発症したぶどう膜炎治療経過中に認めたCMV角膜内皮炎で,ガンンシクロビルの全身投与が行えなかったにもかかわらず,点眼によるガンシクロビルの局所投与が奏効した1症例を経験したので報告する.I症例患者:77歳,男性.現病歴:2005年6月に近医にて右眼白内障手術を施行さ傍中心部の角膜浮腫角膜後面沈着物図1初診時の右眼細隙灯顕微鏡所見角膜傍中心部に限局性の角膜浮腫を(→)認め,角膜下方に集中する角膜後面沈着物(→)と軽度の虹彩毛様体炎を認めた.れ術後経過順調であったが,同年9月より虹彩炎,硝子体混濁が出現し,特発性ぶどう膜炎の診断で加療を受けていた.その後,眼内の炎症所見は改善するも角膜の進行性浮腫が出現したため,2007年1月,精査・加療目的で大阪医科大学病院角膜外来へ紹介受診となった.既往歴・家族歴:特記すべきものなし.初診時所見:視力は右眼0.1(0.2×sph+3.5D(cyl.2.0DAx90°),左眼0.2(0.8×sph+3.0D(cyl.1.5DAx90°).眼圧は右眼17mmHg,左眼13mmHgであった.前眼部所見として右眼の角膜傍中心部に限局性の角膜浮腫と,角膜下方に集中する角膜後面沈着物(keraticprecipitate:KP)を認めた.虹彩毛様体炎は軽度(+)であった(図1).左眼には軽度白内障を認めた.眼底所見として右眼は軽度の硝子体混濁を認め,左眼は網膜静脈分枝閉塞症治療後であった.角膜内皮細胞数は右眼1,212cells/mm2(図2),左眼2,801cells/mm2であった.加療経過:右眼ヘルペス性角膜内皮炎を考え,アシクロビル眼軟膏5回/日,0.1%ベタメタゾン点眼4回/日,0.5%レボフロキサシン点眼4回/日を開始したが,2007年3月の時点には角膜浮腫と前房内炎症が増悪し右眼視力(0.02)まで低下をしたため全身投与としてプレドニゾロン内服(10mg/日)も追加した.9月には角膜浮腫は軽快し右眼視力(0.3)まで改善傾向となったが,角膜浮腫と前房内炎症とKPは完全には改善せず,抗ヘルペス治療に抵抗する原因不明の角膜内皮炎として,点眼,軟膏加療のみで経過観察をすることになった.その後,治療開始後1年2カ月後の2008年4月受診時,右眼のKPが円形に配列した衛星病巣所見(コインリージョン)を呈していたため(図3),この時点でCMV角膜内皮炎を疑い,前房水PCR(polymerasechainreaction)検査を施行した.この時点での右眼視力は(0.3)であった.結果はCMV-DNAが陽性,単純ヘルペスウイルス(herpes図2初診時の右眼角膜内皮スペキュラー角膜内皮細胞数は右眼1,212cells/mm2に減少していた.図3治療開始1年2カ月後の右眼細隙灯顕微鏡所見角膜後面沈着物が円形に配列した衛星病巣所見(コインリージョン)(→)を呈していた.simplexvirus:HSV),水痘・帯状疱疹ウイルス(varicella-zostervirus:VZV)は陰性であったため,角膜所見とあわせてCMV角膜内皮炎と確定診断した.治療としてガンシクロビルの全身投与を開始しようとしたが,患者が入院による点滴加療を拒否したため,6月18日より,ガンシクロビル注射液を0.5%に自家調整し,点眼投与を外来通院にて開始した.点眼開始2日後の6月20日の再診所見では角膜浮腫とKPの所見は改善せず,前房内炎症が悪化したため,0.1%フルオロメトロン点眼4回/日を0.5%レボフロキサシン点眼4回/日とともに追加投与したところ,1カ月後の7月16日には角膜浮腫は著明に改善しKPと虹彩炎も消失した.さらに2週間後の7月30日には角膜浮腫も消失し,視力0.3(0.6sph+2.75D(cyl.1.5DAx90°)と改善したため,この時点でいったん0.5%ガンシクロビル点眼を中止した.しかし,2月後の9月10日,角膜浮腫が再度出現し,KPは前回と同様にコインリージョンを呈していた.CMV角膜内皮炎の再発と診断し,0.5%ガンシクロビル点眼を再開した.その後1カ月後の10月8日には角膜浮腫は速やかに消失しており,0.5%ガンシクロビル点眼を再度中止とした.12月17日の診察時所見では,角膜浮腫,KPは消失し,矯正視力(0.9)と良好な視力を保持していた.その後,当科経過観察中に,再発は認められなかったが,角膜内皮細胞密度は経過中に712cells/mm2まで減少した(図4,5).II考按CMV角膜内皮炎は,Koizumiらによってわが国から2006年に初めて報告された疾患であり4),これまでに多数の症例報告がなされてきている.近年では,特発性角膜内皮炎研究班によってCMV角膜内皮炎診断基準が提唱され(表1)8),図4治療開始6カ月後の右眼細隙灯顕微鏡所見角膜浮腫,KPは消失し,矯正視力(0.9)と良好な視力を保持していた.図5治療開始6カ月後の右眼角膜内皮スペキュラー角膜内皮細胞密度は712cells/mm2まで減少した.これにより,一般臨床の場でもCMV角膜内皮炎は広く認知されるようになってきた.抗ヘルペス治療薬が奏効しない難治性の角膜内皮炎や,角膜移植を繰り返す原因不明の水疱性角膜症に対しても,CMV角膜内皮炎と確定診断が可能な症例が増えてきていると推測される.本症例においては,先に述べた診断基準が提唱される前であったこともあり,原因不明の前部ぶどう膜炎に起因する角膜内皮炎で,しかも抗ヘルペス治療に抵抗性のものとして長期間経過観察されていた.しかし,現在の診断基準と照らし合わせてみると,IおよびII-①,②に該当するものであり,CMV角膜内皮炎の典型的な所見を呈していたものと考えられる.しかし一方で,以前から大橋らが提唱していた9)角膜内皮炎の臨床病型分類に照らし合わせてみると,Koizumiらの報告ではCMV角膜内皮炎の臨床所見は1型角膜内皮炎(進行表1サイトメガロウィルス角膜内皮炎診断基準(平成24年度特発性角膜内皮炎研究班)I.前房水PCR検査所見①CytomegalovirusDNAが陽性②HerpessimplexvirusDNAおよびvaricella-zostervirusDNAが陰性II.臨床所見①小円形に配列する白色の角膜後面沈着物様病変(コインリージョン)あるいは拒絶反応線様の角膜後面沈着物を認めるもの②角膜後面沈着物を伴う角膜浮腫があり,かつ下記のうち2項目に該当するもの・角膜内皮細胞密度の減少・再発性・慢性虹彩毛様体炎・眼圧上昇もしくはその既往<診断基準>典型例Iおよび,II-①に該当するもの非典型例Iおよび,II-②に該当するもの<注釈>1.角膜移植後の場合は拒絶反応との鑑別が必要であり,次のような症例ではサイトメガロウィルス角膜内皮炎が疑われる.①副腎皮質ステロイド薬あるいは免疫抑制薬による治療効果が乏しい.②Host側にも角膜浮腫がある.2.治療に対する反応も参考所見となる.①ガンシクロビルあるいはバルガンシクロビルにより臨床所見の改善が認められる.②アシクロビル・バラシクロビルにより臨床所見の改善が認められない.表2サイトメガロウイルス角膜内皮炎に対する初期治療の例①ガンシクロビル5mg/kgを1日2回点滴投与,2週間(保険適用外)あるいはバルガンシクロビル900mg,1日2回内服,4.12週間(保険適用外)②0.5%ガンシクロビル点眼液(自家調整)1日4.8回(保険適用外)③0.1%フルオメロトロン点眼1日4回性周辺部浮腫型)をとり,周辺部から中央部に向かって角膜浮腫が進行し,拒絶反応線に類似したKPやコインリージョンを伴う症例が多いとされているが10),本症例では2型(傍中心部浮腫型)に近い病型であり,角膜の中央から外れた場所の角膜実質浮腫と病変内に散在するKPが特徴である所見を呈していた.CMV角膜内皮炎に対する治療は,保険適用のある薬剤を用いた標準治療は確立していないものの,具体的な治療プロトコールは表2のものが多く用いられている8).2007年までの報告としては,Suzukiら,続いてShiraishiらはガンシクロビル点滴500mg/日,0.5%ガンシクロビル点眼8回/日を2週間投与することで角膜浮腫,KP,眼圧上昇が改善した1症例を報告ており6,7),また,Koizumiらは,ガンシクロビル点滴5.10mg/kg/日,0.3.0.5%ガンシクロビル点眼5.8回/日に加え,ステロイドの内服と点眼,抗菌薬の点眼投与を行い,8例中5例の角膜所見の改善をみたと報告していた5).また,唐下らは,バルガンシクロビルの内服加療が奏効した症例を報告している11).いずれの報告においても,ガンシクロビルの全身投与が主体であり,現在においても表2の①に示される,抗CMV薬としてガンシクロビルの全身投与を初期治療とすることが基本とされている.表2の②のガンシクロビルの点眼治療については,全身投与に付加する眼局所的な投与として0.1%フルオロメトロン点眼とともに用いられており,ガンシクロビル全身投与が終了した後も再発予防のために用いられることが多く,角膜内皮機能の維持に長期間の0.5%ガンシクロビル点眼の継続投与が有用であるという報告も出ている12).本症例の治療については,患者の家庭事情により入院管理によるガンシクロビルの点滴投与が不可能であったため,0.5%ガンシクロビル点眼を用いた局所投与のみで治療を開始した.治療開始後,1度の再発は認められたものの,治療開始4カ月後には角膜浮腫とKPコインリージョンは消失し,視力も著明に改善した.幸いなことにそれ以降経過観察をしえた期間中には再発は認めなかった.このことより,本症例のようにガンシクロビル点眼による局所投与のみでも有用であるCMV角膜内皮炎も存在し,全身投与が困難な症例に対してはガンシクロビル点眼治療のみの治療も選択肢の一つになりうると考えられた.また,最近では0.15%ガンシクロビル眼軟膏のみでの良好な治療成績も報告されている13).しかし,本症例においても軽快後2カ月と経過が早いうちに再発をきたしたことと,それに伴い角膜内皮細胞密度は712cells/mm2まで減少したことを考えると,ガンシクロビルの局所投与のみでの治療の際は,水疱性角膜症へと移行するリスクを常に念頭に入れて,ガンシクロビル全身投与を施行する症例に比べてより注意深く経過を観察しながら治療にあたる必要があると思われる.文献1)KhodadoustAA,AttarzadehA:Presumedautoimmunecornealendotheliopathy.AmJOphthalmol93:718-722,19822)OhashiY,YamamotoS,NishidaKetal:DemonstrationofherpessimplexvirusDNAinidiopathiccornealendo-theliopathy.AmJOphthalmol112:419-423,19913)AmanoS,OshikaT,kajiYetal:Herpessimplexvirusinthetrabeculumofaneyewithcornealendorheliitis.AmJOphthalmol127:721-722,19994)KoizumiN,YamasakiK,KawasakiSetal:Cytomegalovi-rusinaqueoushumorfromaneyewithcornealendotheli-itis.AmJOphthalmol141:564-565,20065)KoizumiN,SuzukiT,UnoTetal:Cytomegalovirusasanetiologicfactorincornealendotheliitis.Ophthalmology115:292-297,20086)SuzukiT,HaraY,UnoTetal:DNAofcytomegalovirusdetectedbyPCRinaqueousofpatientwithcornealendo-theliitisfollowingpenetratingkeratoplasty.Cornea26:370-372,20077)ShiraishiA,HaraY,TakahashiMetal:Demonstrationof“Owl’seye”patternbyconfocalmicroscopyinpatientwithpresumedcytomegaloviruscornealendotheliitis.AmJOphthalmol114:715-717,20078)小泉範子:ウィルス編-1:CMV角膜内皮炎の診断基準.あたらしい眼科32:637-641,20159)大橋裕一,真野富也,本倉真代ほか:角膜内皮炎の臨床分類の試み.臨眼42:676-680,198810)KoizumiN,InatomiT,SuzukiTetal:Clinicalfeaturesandmanagementofcytomegaloviruscornealendotheli-itis:analysisof106casesfromtheJapancornealendo-theliitisstudy.BrJOphthalmol99:54-58,201511)唐下千寿,矢倉慶子,郭權慧ほか:バンシクロビル内服が奏効した再発性サイトメガロウィルス角膜内皮炎の1例.あたらしい眼科27:367-370,201012)FanNW,ChungYC,LiuYCetal:Long-termtopicalganciclovirandcorticosteroidspreservecornealendotheli-alfunctionincytomegaloviruscornealendotheliitis.Cor-nea35:596-601,201613)KoizumiN,MiyazakiD,InoueTetal.Thee.ectoftopi-calapplicationof0.15%ganciclovirgeloncytomegalovi-ruscornealendotheliitis.BrJOphthalmol101:114-119,2017***