《原著》あたらしい眼科32(3):419.424,2015cラット角膜上皮.離モデルを用いた種々市販緑内障治療配合剤の角膜傷害性評価長井紀章*1吉岡千晶*1森愛里*1伊藤吉將*1岡本紀夫*2下村嘉一*2*1近畿大学薬学部製剤学研究室*2近畿大学医学部眼科学教室InVivoEvaluationofCornealDamagesafterInstillationofCommerciallyAvailableAnti-glaucomaCombinationEyedrops,UsingRatDebridedCornealEpitheliumNoriakiNagai1),ChiakiYoshioka1),AiriMori1),YoshimasaIto1),NorioOkamoto2)andYoshikazuShimomura2)1)FacultyofPharmacy,KinkiUniversity,2)DepartmentofOphthalmology,KinkiUniversitySchoolofMedicine市販緑内障治療配合剤を対象に,ラット角膜上皮.離モデルを用いたinvivo角膜傷害性評価を行った.緑内障治療薬はキサラタンR,チモプトールR,トラバタンズR,トルソプトRおよび配合点眼薬であるザラカムR,デュオトラバR,コソプトRの7剤を用いた.本研究の結果,緑内障治療薬の角膜傷害性はキサラタンR≒ザラカムR>チモプトールR>コソプトR>トルソプトR≒デュオトラバR>トラバタンズRの順であった.また,これまで報告してきた不死化ヒト角膜上皮培養細胞(HCE-T)を用いたinvitro角膜細胞傷害性評価(急性,慢性毒性)と本研究結果であるinvivo角膜傷害性結果を比較評価したところ,急性,慢性毒性ともに角膜傷害治癒速度と負の相関を示した.さらに,角膜傷害治癒速度と慢性毒性間で有意に高い相関性が認められた(r=0.9879).以上,市販緑内障治療配合剤の角膜傷害性を明確にするとともに,筆者らが確立した点眼薬毒性評価法が有用であることを明らかとした.Inthisstudy,weinvestigatedtheeffectofcommerciallyavailableanti-glaucomacombinationeyedrops(XalacomR,DuotravRandCosoptR)oncornealwoundhealing,usinganinvivoratmodel.ThetoxicitywasXalatanR≒XalacomR>TimoptolR>CosoptR>TrusoptR≒DuotravR>TravatanzR.Wepreviouslyreportedcornealepithelialcelldamagefromanti-glaucomaeyedropsusingculturecell(HCE-T),andcalculatedeyedropsacuteandchronictoxicity.Inthisstudy,wealsodemonstratedtherelationshipbetweeninvivoandinvitroevaluationofcornealdamages.Thecornealwoundhealingrate(invivostudy)wasenhancedwiththedecreaseinacuteandchronictoxicity(invitrostudy),andacloserelationshipwasobservedbetweeninvivocornealwoundhealingrateandinvitrochronictoxicity(r=0.9879,p<0.05).Thesefindingsprovidesignificantinformationforuseindesigningfurtherstudiesaimedatreducingcornealdamagecausedbyeyedrops.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(3):419.424,2015〕Keywords:角膜,ザラカムR,デュオトラバR,コソプトR,キネティック解析.cornea,XalacomR,DuotravR,CosoptR,kineticanalysis.はじめに緑内障治療の第一選択としては,もっとも作用が強いという理由から,おもにプロスタグランジン(PG)点眼薬が用いられ,眼圧コントロールが困難な場合には作用機序の異なる複数の緑内障治療薬が適宜追加される.しかし,長期連続投与や緑内障治療薬の多剤併用により点眼表層角膜症や眼瞼炎といった眼局所の副作用がみられており,また点眼薬使用後のしみる,かすむ,眼の充血といった不快な症状は患者のアドヒアランス低下につながる.そこで近年では,ラタノプロスト・チモロールマレイン酸塩配合剤であるザラカムRなどが市販され,qualityoflife(QOL)の高い治療法へつながるものとして注目されている.緑内障治療薬の角膜障害評価法については多くの報告がなされており,筆者らもこれまで,不死化ヒト角膜上皮培養細胞(HCE-T)を用いた点眼薬の角膜傷害性評価法を作成してきた1.3).また,点眼薬処方時の角膜上皮細胞の生存率から〔別刷請求先〕伊藤吉將:〒577-8502東大阪市小若江3-4-1近畿大学薬学部製剤学研究室Reprintrequests:YoshimasaIto,Ph.D.,FacultyofPharmacy,KinkiUniversity,3-4-1Kowakae,Higashi-Osaka,Osaka577-8502,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(109)419表1各種緑内障治療薬に含まれる添加物緑内障治療薬添加物ザラカムRベンザルコニウム塩化物(0.02%),無水リン酸一水素Na,リン酸二水素Na一水和物,等張化剤デュオトラバR塩化ポリドロニウム(濃度非公開),ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油40,プロピレングリコール,ホウ酸,塩化Na,D-マンニトール,pH調節剤2成分コソプトRベンザルコニウム塩化物液(濃度非公開),ヒドロキシエチルセルロース,D-マンニトール,クエン酸Na水和物,水酸化NaチモプトールRベンザルコニウム塩化物液(0.005%),水酸化Na,リン酸二水素Na,リン酸水素Na水和物キサラタンRベンザルコニウム塩化物(0.02%),等張化剤,無水リン酸一水素Na,リン酸二水素Na一水和物トラバタンズRホウ酸,塩化亜鉛,D-ソルビトール(SofZiaR),プロピレングリコール,ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油40,pH調節剤2成分トルソプトRベンザルコニウム塩化物液(0.005%),ヒドロキシエチルセルロース,D-マンニトール,クエン酸Na水和物,塩酸下線は保存剤を,括弧はその濃度または名称を示す.細胞死亡率を測定し,1次速度式を用いた細胞傷害性解析にて,急性および慢性毒性を算出する方法(invitro角膜上皮細胞傷害性評価)を確立し,緑内障治療薬の角膜傷害性を明らかとするうえで有用であることを報告してきた3).一方,主薬および添加剤の角膜傷害を正確に評価・解明するためには,invitroおよびinvivo両面からの観察が必須と考えられる.しかし,点眼薬の毒性評価実験の多くは培養細胞を用いており,invivo評価の結果は十分とは言えないのが現状である.点眼薬のinvivo角膜傷害性評価には主として家兎が用いられている.また,評価法として点眼後の角膜組織所見からの傷害性評価,上皮のバリア機能を評価することのできる角膜上皮の経上皮電気抵抗値測定やフルオレセインの透過性検討が行われている4,5).しかし,家兎を用いた実験系では,数多くある点眼薬や点眼用添加剤を評価するのはむずかしく,ラットやマウスなどより小動物を用いた評価法の確立が望まれる.一方,筆者らは角膜上皮.離モデルを用いることで,主薬および添加剤による点眼薬角膜傷害性を評価することができ,従来の臨床報告と同様な結果が得られることを明らかにしてきた1,6,7).このinvivo評価系は,ラットを使用するため同条件下(一度の実験)で多数の比較が可能であり,動物を殺さず,経時的に点眼薬の角膜傷害度を定量化できる.このため,ラット角膜上皮.離モデルを用いたinvivo角膜傷害性評価法は,今後の点眼薬毒性評価において有用な実験系となる可能性を示している.今回,このinvivo角膜傷害性評価法を用いて,現在臨床現場で多用されている緑内障治療配合剤のinvivo角膜傷害性比較評価を行った.また,これまで報告してきたHCE-Tを用いたinvitro角膜細胞傷害性評価(急性,慢性毒性)と本研究結果であるinvivo角膜傷害性結果との相関性について検討を行った.I対象および方法1.実験動物実験にはWistarラット(7週齢)を用いた.これらラット420あたらしい眼科Vol.32,No.3,2015は25℃に保たれた環境下で飼育し,飼料(飼育繁殖固形飼料CE-2,日本クレア)および水は自由に摂取させた.また,動物実験は近畿大学実験動物規定に従い行った.2.試薬生検トレパンはカイインダストリーズ,ブレード(BDMicro-SharpTM,Blade3.5mm,30°)はBectonDickinson,塩酸オキシブプロカイン(ベノキシールR)は参天製薬,イソフルランはSigma-Aldrich,フルオレセインは日本アルコンから購入したものを用いた.緑内障治療薬は市販製剤である0.5%チモプトールR(主薬チモロールマレイン酸塩),0.005%キサラタンR(主薬ラタノプロスト),0.004%トラバタンズR(主薬トラボプロスト),1%トルソプトR(主薬ドルゾラミド塩酸塩),およびこれらの主薬を含む配合剤ザラカムR(主薬ラタノプロストおよびチモロールマレイン酸塩),デュオトラバR(主薬トラボプロストおよびチモロールマレイン酸塩),コソプトR(主薬ドルゾラミド塩酸塩およびチモロールマレイン酸塩)点眼液の7剤を用いた.表1には本研究で用いた各種緑内障治療薬に含まれる添加物を示す.3.ラット角膜上皮.離モデルの作製と角膜傷害治癒解析イソフルラン2.5%にて吸入麻酔下,生検トレパンで円形にラット角膜を形取り,ブレードで角膜上皮を.離した(.離面積10.1±0.4mm2;means±SE).その後,点眼溶液を1日5回(9:00,12:00,15:00,18:00,21:00)実験終了まで点眼(1回30μl)した.対照(control)には生理食塩液(大塚製薬)を用いた.角膜上皮欠損部分は実験開始0,6,9,12,30時間後に,1%フルオレセイン含有0.4%ベノキシール点眼液にて染色し,トプコン社製眼底カメラ装置TRC-50Xにデジタルカメラを装着したものを用いて撮影を行った1).また,画像解析ソフトImageJにて得られた画像から角膜上皮欠損部分の面積推移を数値化した.角膜傷害治癒率(%)は,次式(1)にて算出した1).角膜傷害治癒率(%)=(面積.離直後.面積.離0.36時間後)/面積.離直後×100(1)(110)A0時間12時間30時間B0時間12時間30時間BコントロールザラカムRデュオトラバRコソプトRチモプトールRキサラタンRトラバタンズR020406080100角膜傷害治癒度(%)デュオトラバRザラカムRコソプトRコントロールチモプトールRトラバタンズRトルソプトRキサラタンR**********************0612182430時間(h)図1各種緑内障治療薬点眼処理が角膜傷害治癒へ与える影響角膜傷害治癒度は式(1)を用いて算出した.A:代表的画像(点線内は傷害部を示す),B:角膜上皮傷害治癒率.平均値±標準誤差,n=5.10.*p<0.05vs.コントロール(Dunnettの多群間比較)いた.実験時は,HCE-T細胞を10.120秒薬剤にて処理後,PBSにて2回洗浄し,各wellに100μlの培地およびTetra-ColorONE(生化学社製)20μlを加え,37℃,5%CO2インキュベーター内で1時間処理後,マイクロプレートリーダー(BIO-RAD社製)にて490nmの吸光度(Abs)を測定した.本研究では,薬剤処理後の細胞生存率(%)を次式(3)により算出した3).細胞生存率(%)=Abs薬剤処理/Abs未処理×100(3)また,薬剤処理が細胞傷害へ与える影響をより詳細に検討すべく,次式(4)を用いて解析を行った3).(4)トルソプトR角膜傷害治癒速度は,角膜傷害治癒速度定数(kH,h.1)として表した.角膜上皮.離0.30時間後のkHは,次式(2)で計算した1).)・tkD.e.1・(∞D=DtkDは細胞傷害速度定数(min.1),tは点眼薬処理後の時間(0.2分),D∞およびDtは薬剤処理∞およびt分後の細胞死亡率を示す.本研究ではkD,D∞をそれぞれ急性毒性および慢性毒性として表した.本研究における緑内障治療配合剤の急性毒性および慢性毒性は,invivoとinvitro角膜傷害性評価法の比較のために用いており,引用文献3にて報告されたものを再度測定・解析したものである3).5.統計解析実験は1群に対し5.10回(検体)行い,得られたデータは平均±標準誤差(SE)として表した.各々の実験値は単群)・tkH.e.1・(∞H=Htここで,tは角膜上皮.離後の時間(0.30時間),H∞およびHtは角膜上皮.離∞およびt時間後の角膜傷害治癒率を示す.4.各種緑内障点眼薬による細胞処理法不死化ヒト角膜上皮細胞(HCE-T,RCBNo.1384)を96wellプレートに100μl(1×104個)ずつ播種し,37℃,5%CO2インキュベーター内で24時間培養したものを実験に用(111)(2)比較においてはStudentのt-testを用い,多群間比較においてはDunnettの多群間比較により解析した.また,本研究ではp値が0.05以下を有意差ありとした.II結果1.角膜上皮.離モデルを用いた種々緑内障治療点眼液のinvivo角膜傷害性評価図1および表2は角膜上皮.離モデルへの種々緑内障治療あたらしい眼科Vol.32,No.3,2015421表2各種緑内障治療薬処理における角膜傷害性コントロールザラカムRデュオトラバRコソプトRチモプトールRキサラタンRトラバタンズRトルソプトRkH2.41±0.261,3,4)5.18±0.211,2,4)4.83±0.281,2)3.61±0.251.4)2.26±0.241,3,4)5.44±0.282,4)5.08±0.221,2)(×10.2h.1)5.83±0.292.4)角膜傷害治癒速度定数は式(2)により算出した.平均値±標準誤差,n=5-10.*1p<0.05vs.コントロール,*2p<0.05vs.ザラカムR,*3p<0.05vs.デュオトラバR,*4p<0.05vs.コソプトR(Dunnettの多群間比較)A時間後の角膜傷害治癒率は29.8±6.7%であった.また,チ2046角膜傷害治癒速度定数(×10-2r=0.9879*r=0.7531デュオトラバRザラカムRコソプトRデュオトラバRザラカムRコソプトRトルソプトR6y=-141.39x+8.2568h-1y=-3017.9x+168.66チモプトールRモプトールR点眼群では.離12時間後において37.9±5.3%キサラタンRの治癒がみられ,キサラタンRと比較しその角膜傷害性は低急性毒性(min-1)トラバタンズRかった.一方,ザラカムR処理群では,.離12時間後の治癒率は30.1±5.6%であり,その角膜傷害治癒に与える影響はキサラタンRと同程度であった.次にトラバタンズR,チモプトールRおよびこれら2種の主薬を有する配合剤デュオトラバR点眼液点眼群について示す.トラバタンズR点眼群において,角膜上皮.離12時間0後の角膜傷害治癒率は64.8±3.5%と,チモプトールR点眼8)群のそれに比べ高値であり,コントロール群と比較し有意な差はみられなかった.また,デュオトラバR点眼群における.離12時間後の角膜傷害治癒率は54.6±4.4%と,コントロB120チモプトールRール群の治癒率の83%であった.一方,デュオトラバRとキサラタンRトラバタンズRトラバタンズR点眼群間で角膜傷害治癒速度に有意な差はみ慢性毒性(%)80トルソプトRられなかったが,チモプトールR点眼群の角膜傷害治癒速度はこれら両点眼製剤と比較し有意に低値であった.604020002468角膜傷害治癒速度定数(×10-2h-1)最後にトルソプトR,チモプトールRおよびこれら2種の主薬を有する配合剤コソプトR点眼液点眼群について示す.コソプトR点眼群の角膜傷害性は,チモプトールR点眼群のそれと比較し低値であり,トルソプトR点眼群と同程度であった.これらトルソプトRおよびコソプトR点眼群の.離12時間後における治癒率は,それぞれコントロール群の75.4図2種々市販緑内障治療薬を用いたinvivoおよびinvitro角膜傷害性評価法の比較角膜傷害治癒速度定数は式(1)を用いて算出した.また,急性毒性(kD)および慢性毒性(D∞)はinvivoおよびinvitro角膜傷害性評価法の比較のために,引用文献3にて報告したものを再度測定・解析した3).A:急性毒性と角膜傷害治癒速度定数の相関性評価,B:慢性毒性と角膜傷害治癒速度定数の相関性評価.平均値±標準誤差,n=5.10.薬処理時における角膜傷害治癒率と角膜傷害治癒速度を示す.生理食塩水点眼群(コントロール群)では角膜上皮.離12時間後傷害面積は66.1%であり,角膜傷害治癒速度(kH)は5.83±0.29(×10.2h.1,mean±SE,n=10)であった.まずキサラタンR,チモプトールRおよびこれら2種の主薬を有する配合剤ザラカムR点眼液点眼群について示す.いずれにおいてもコントロール群と比較し角膜傷害治癒の遅延が認められた.キサラタンR処理群において,角膜上皮.離12422あたらしい眼科Vol.32,No.3,2015%,79.5%であった.2.角膜上皮.離モデルを用いたinvivoおよびHCE.T細胞を用いたinvitro角膜傷害性評価間の比較図2は筆者らがこれまで報告してきたinvitro角膜上皮細胞傷害性評価[急性毒性(kD),慢性毒性(D∞)]3)と本研究にて明らかとしたinvivo角膜傷害性間の相関性を示す.急性毒性,慢性毒性ともに,角膜傷害治癒速度(kH)の増加に伴い,減少傾向を示し,負の相関を示した.また,急性または慢性毒性と角膜傷害治癒速度間の相関係数はそれぞれ0.7531,0.9879と,角膜傷害治癒速度と慢性毒性間で非常に高い相関性が認められた.III考按点眼薬の毒性評価実験の多くは培養細胞を用いたinvivo系であるため,invivo評価を実施し,過去に報告されてきたinvitro系評価法の正確さを明らかとすることは,これま(112)での成果の活用において非常に重要と考えられる.本研究では,invivo角膜傷害性評価法により緑内障治療配合剤の角膜傷害性評価を行うとともに,筆者らがこれまで報告してきたHCE-Tを用いたinvitro角膜上皮細胞傷害性評価(急性,慢性毒性)と本研究結果であるinvivo角膜傷害性結果との関係について比較を行い,その有用性について検討した.Invivo角膜傷害性評価を行うにあたり,モデル動物の選択は非常に重要である.角膜上皮の損傷治癒は,細胞の分裂・増殖,伸展・移動によって行われている.ThoftとFriendは健常な角膜上皮では,細胞分裂(X)+細胞移動(Y)=細胞脱落(Z)の公式がなりたつというXYZ理論を提唱している8).今回行った角膜上皮.離モデルを用いた点眼薬の角膜傷害性評価試験は,点眼薬が細胞分裂(X)および細胞移動(Y)へ与える影響を評価するものであり,筆者らは本法の結果が,臨床での報告と同様であることをこれまで報告している1,6).そこで本法を用い,近年注目されている緑内障治療配合剤3種(ザラカムR,デュオトラバRおよびコソプトR)の点眼後による角膜傷害治癒速度変化について検討した.緑内障治療配合剤であるザラカムR,デュオトラバR,コソプトR点眼液による角膜傷害治癒への影響を解析したところ,ザラカムR(主薬ラタノプロストおよびチモロールマレイン酸塩)の角膜傷害性はキサラタンRと同程度であり,チモプトールRと比較し高値であった(図1,表1).点眼薬には品質の劣化を防ぐ目的で保存剤が添加されており,薬剤性角膜傷害には主薬のみでなくこの保存剤が強く関与する1).今回用いたザラカムR,キサラタンRおよびチモプトールRいずれにおいても保存剤としてベンザルコニウム塩化物(BAC)が用いられており,その濃度はザラカムR,キサラタンRでは0.02%,チモプトールRでは0.005%であった.また,筆者らもこれまでBAC溶液処理時に角膜傷害治癒速度が遅延することを報告している1,3,6,7).したがって,ザラカムRの高い角膜傷害性は0.02%という高いBAC濃度と主薬であるラタノプロストおよびチモロールマレイン酸塩に起因するものと考えられた.次に配合剤デュオトラバR点眼液(主薬トラボプロストおよびチモロールマレイン酸塩)の角膜傷害性について検討を行った(図1,表1).トラボプロストを主薬とするトラバタンズR点眼群の角膜傷害治癒速度は,コントロールである生理食塩水点眼群と比較し有意な差は認められなかった.一方,デュオトラバRはトラバタンズRよりも高い角膜傷害性を示したが,チモプトールRと比較しその角膜傷害性は有意に低く,刺激性の低い配合剤であることが明らかとなった(図1).デュオトラバRやトラバタンズRはBAC非含有製剤であり,日本アルコン株式会社が特許を有するポリクオッド(塩化ポリドロニウム)およびSofziaR(塩化亜鉛,ホウ酸を含むソルビトール緩衝剤保存システム)をそれぞれ保存剤として使用している.これら保存剤はBACの高い角膜傷害性を避けるために考案されたものであり,筆者らもポリクオッドやSofziaRの角膜毒性が低いことをすでに報告している3).したがって,デュオトラバRやトラバタンズRの角膜傷害性がチモプトールRのそれより低い主たる理由として,保存剤の違いが関与するものと考えられた.一方,配合剤コソプトR点眼液(主薬ドルゾラミド塩酸塩およびチモロールマレイン酸塩)は,チモプトールRと比較し角膜上皮細胞への影響は少なく低刺激性であった(図1,表1).コソプトR,トルソプトRおよびチモプトールRもまた保存剤としてBACが用いられており,トルソプトRおよびチモプトールR中のBAC濃度は0.005%である.また国内で市販されているコソプトRの含有BAC濃度は非公開だが,海外で市販されているコソプトR含有BAC濃度は0.0075%である.今回の結果において,コソプトRやトルソプトRの角膜傷害性は,チモプトールRのそれよりも低値であった.保存剤であるBAC濃度は角膜傷害性に強くかかわるが,筆者らはD-マンニトールが添加されている際,BACの細胞傷害性が軽減されることを明らかとしており2),コソプトRおよびトルソプトRには,添加剤としてD-マンニトールが用いられている.したがって,これらD-マンニトールの含有が,チモプトールR単剤と比較しコソプトRの角膜傷害性が低値であるという結果につながっているものと示唆された.このように,今回のinvivo角膜傷害性評価法の結果は,これまでに報告してきた培養細胞を用いたinvitro角膜上皮細胞傷害性評価法の結果と類似しており2,3),その傷害強度についても説明可能であった.そこで次に,過去に報告してきたinvitro系評価法の有用性についてさらなる評価を行うべく,今回のinvivo系の解析結果との比較検討を行った.筆者らはinvitro角膜上皮細胞傷害性評価から急性および慢性毒性の算出法を確立しており,急性毒性は薬剤の角膜傷害性の起こしやすさや進行速度を反映し,慢性毒性からは傷害時の大きさ(深刻度)についての情報を得ることが可能である3).これら結果と角膜傷害治癒速度の関連性をみたところ,急性,慢性毒性ともに角膜傷害治癒速度と負の相関を示した(図2).この結果はinvivo系の解析結果が,invitro系評価法の解釈に直結していることを示唆した.さらに,急性または慢性毒性と角膜傷害治癒速度間の相関係数はそれぞれ0.7531,0.9879と,角膜傷害治癒速度と慢性毒性間で非常に高い相関性が認められた(図2).上皮欠損状態である角膜上皮.離ラットは点眼薬点眼が角膜傷害治癒過程にみられる細胞分裂(X)および細胞移動(Y)速度へ与える影響について評価を行うモデルであり,本実験系で用いたinvivo,invitroの系は生物学に同じものを評価しているわけではない.このため,傷害時の大き(113)あたらしい眼科Vol.32,No.3,2015423さ(深刻度)を表す慢性毒性と角膜傷害治癒速度が強く相関を示すという結果は,慢性毒性の強度が細胞移動や増殖能に対する毒性と密接にかかわっていることを強く示唆した.以上,本研究ではinvivo角膜傷害性評価法にて,配合剤ザラカムR,デュオトラバRおよびコソプトR点眼液の角膜傷害性の強さを明らかにした.今回のザラカムRとキサラタンRの角膜傷害性が同程度という結果から,ザラカムRの角膜傷害性は従来の2単剤併用時のそれと比較し同程度もしくはそれ以下(2単剤併用ではキサラタンRに加えチモプトールRの点眼を行うため)であることが示され,ザラカムRは患者のコンプライアンス向上に優れた効果を発揮するものと考えられた.また,配合剤デュオトラバRおよびコソプトR点眼液はチモプトールR単剤と比較し毒性が弱く,長期にわたり緑内障治療薬を使用する患者にとって非常に有効な点眼薬となりうることを明らかにした.さらに,これまで報告してきた培養細胞を用いたinvitro系評価法の結果が3),invivo系の解析結果と類似していることを示すとともに,点眼薬による角膜傷害治癒遅延は,筆者らが確立したinvitro系評価法により解析される慢性毒性と強い相関性を示すことを明らかにした.本研究は,過去の成果を支持するとともに,緑内障患者に対する薬剤の決定をより容易にするうえで非常に重要である.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)NagaiN,MuraoT,OkamotoNetal:Comparisonofcornealwoundhealingratesafterinstillationofcommerciallyavailablelatanoprostandtravoprostinratdebridedcornealepithelium.JOleoSci59:135-141,20102)NagaiN,MuraoT,OeKetal:Aninvitroevaluationforcornealdamagesbyanti-glaucomacombinationeyedropsusinghumancornealepithelialcell(HCE-T).YakugakuZasshi131:985-991,20113)長井紀章,大江恭平,森愛里ほか:各種保存剤を用いた市販緑内障治療(配合)点眼液における角膜傷害性のキネティクス解析.あたらしい眼科30:1023-1028,20134)KusanoM,UematsuM,KumagamiTetal:Evaluationofacutecornealbarrierchangeinducedbytopicallyappliedpreservativesusingcornealtransepithelialelectricresistanceinvivo.Cornea29:80-85,20105)UematsuM,KumagamiT,KusanoMetal:Acutecornealepithelialchangeafterinstillationofbenzalkoniumchlorideevaluatedusinganewlydevelopedinvivocornealtransepithelialelectricresistancemeasurementmethod.OphthalmicRes39:308-314,20076)長井紀章,村尾卓俊,伊藤吉將ほか:点眼薬含有添加剤であるポリソルベート80およびEDTA点眼が角膜上皮傷害治癒へ与える影響.あたらしい眼科27:1299-1302,20107)長井紀章,伊藤吉將,岡本紀夫ほか:ラット角膜上皮.離モデルを用いた点眼薬の角膜傷害性評価:粘稠化剤添加に伴うベンザルコニウム塩化物角膜傷害性の変化.YakugakuZasshi132:837-843,20128)ThoftRA,FriendJ:TheX,Y,Zhypothesisofcornealepithelialmaintenance.InvestOphthalmolVisSci24:1442-1443,1983***424あたらしい眼科Vol.32,No.3,2015(114)