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唾液α-アミラーゼ活性測定による白内障手術と涙囊鼻腔吻合術とのストレス評価比較

2015年8月31日 月曜日

《第3回日本涙道・涙液学会原著》あたらしい眼科32(8):1205.1211,2015c唾液a-アミラーゼ活性測定による白内障手術と涙.鼻腔吻合術とのストレス評価比較久保勝文*1櫻庭知己*2*1吹上眼科*2青森県立中央病院眼科UseofSalivaryAmylasetoEvaluateSurgicalStressRelatedtoDacryocystorhinostomyandCataractSurgeryMasabumiKubo1)andTomokiSakuraba2)1)FukiageEyeClinic,2)DepartmentofOphthalmology,AomoriPrefecturalCentralHospital筆者らはココロメータ(ニプロ)を用い,超音波白内障手術(IOL)と涙.鼻腔吻合術鼻外法(DCR)患者の術前および術後のストレス値の測定を行い,周術期のストレス状態の比較検討と同時にココロメータの有用性を検討した.症例はIOL男性11例,女性17例,計28例,DCR男性13例,女性18例,計31例.手術30分前・後に血圧,心拍数測定およびココロメータでストレス値を測定した.IOL前後,DCR前後のストレス平均値は42.8から73.8KU/L.ストレス値が61KU/L以上の緊張の強い症例は20.40%台だった.手術前のストレス値は,手術中・後の血圧の上昇や心拍数亢進と相関せず,他覚的および患者の自覚症状とも一致しなかった.IOLとDCRの術前不安および術後疼痛は,ほぼ同等と考えられた.ココロメータの測定は簡便で,DCR女性群で手術前ストレス値が高い人に,手術前と術後の対策で苦痛軽減ができると考えられた.Purpose:Thepurposeofthisstudywastoinvestigatetheuseofsalivaryamylaseactivity(sAMY)toevaluatethechangesintheamountofpre-andpostoperativestressinpatientsundergoingdacryocystorhinostomy(DCR)andcataractsurgery(CS).Methods:Inthisstudy,weevaluatedtheperioperativechangesinsAMYbyuseoftheCocoroMeter(NIPRO,Osaka,Japan)portablestressmeteratbeforeandaftersurgeryandassessedthebloodpressureandheartratein59patientsbeingtreatedattheFukiageEyeClinic,Hachinohe,Japan.TheDCRgroupincluded31cases(13malesand18females),andtheCSincluded28cases(11malesand17females).Results:ThelevelofsAMYrangedfrom42.8to73.8KU/L.ThehighersAMYgroup(>61KU/L)occupiedfrom27-41%inbothgroups.NosignificantdifferencewasfoundbetweenthelevelofsAMYamongsexandtypeofsurgery.Conclusion:Wewereabletosuccessfullyreducesurgery-relatedpatientstressandpainbyuseofthesAMYlevel.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(8):1205.1211,2015〕Keywords:白内障手術,涙.鼻腔吻合術,唾液アミラーゼ,心理ストレス,ココロメータ.cataractsurgery,dacryocystorhinostomy,salivaryamylase,psychologicalstress,cocorometer.はじめに近年,涙道手術が普及し涙.鼻腔吻合術鼻外法(dacryocystorhinostomy:DCR)が増加している.眼科で多く行われている超音波白内障手術(intraocularlens:IOL)と比較して,どちらが術後痛いのだろうかと患者に問われることも多い.これまで手術法の評価は,成功率や手術時間について論議されることが多く,患者の手術後の痛みについては客観的な評価が困難であり,考慮されることは少なかった.また,検索した限りでは,眼科手術において患者の疼痛評価を定量的に考察した報告はなかった.しかし,眼科医療の質の向上のためにも,患者の疼痛を軽減することは重要である.そのためには,患者の疼痛の状態を客観的に評価する必要があり,さらに定量的に評価可能であれば,治療法の選択などに有用〔別刷請求先〕久保勝文:〒031-0003青森県八戸市吹上2丁目10-5吹上眼科Reprintrequests:MasabumiKubo,M.D.,Ph.D.,FukiageEyeClinic,2-10Fukiage,Hachinohe,Aomori031-0003,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(139)1205 と考える.周術期ストレスの主要因子の一つである痛み1,2)については,患者の主観的な感覚であるため,客観的に評価することはむずかしい.そのため,問診や視覚的評価スケール方法(VAS法)などの主観的な評価法3)や,血液や尿中のカテコラミンやコルチゾールを測定する客観的な生化学的方法などにより,間接的に痛みの状態を評価する方法が応用されてきた4).近年,唾液a-アミラーゼが交感神経活動の指標になることがわかり,痛みを含めたストレスの有用な指標と考えられている4,5).加えて近年,安価で簡便な唾液a-アミラーゼ活性の測定機器(以下,ココロメータ)が販売され,ストレスの数値化が簡便に行えるようになった5).そこで,今回筆者らは,ココロメータを用いIOLおよびDCR患者の術前および術後のストレス値の測定を行い,周術期のストレス状態の比較検討をすると同時に,ココロメータの有用性を検討した.I対象および方法対象は2003年5月.2003年8月および2013年5月.2013年8月に,当院が手術を行ったIOL症例(男性13例,女性18例),DCR症例(男性16例,女性29例)を対象とした.両眼を行う症例では最初の症例眼のみを対象とし,他方眼は対象から除いた.涙液メニスカスが減少し,Sjogren症候群が明らかに疑われる症例はいなかった.ストレス値測定で手術前後に1回以上測定不能だったIOL男性2例(15%),女性1例(6%),DCR男性3例(19%),女性11例(38%)を除いた.IOL群で男性11例,女性17例,計28例,DCR群は男性13例,女性18例,計31例を検討対象とした.測定項目は性別,年齢,手術30分前・中・手術30分後の血圧と心拍数.手術前後30分のストレス値である.血圧は,収縮期血圧が165mmHg以上または拡張期血圧が95mmHg以上で高血圧とし,心拍数は90以上で異常とした.看護記録より,患者の緊張が他覚的に観察されたり,「緊張している」「緊張していた」とコメントがあれば,手術前・中・後に「緊張状態」ありとした.Schirmerテストは今回行っていない.ストレス値の測定後に血圧・心拍数測定を行い,指示がある症例で前投薬の筋肉注射を行った.DCR6)については,鼻にパッキングが入った状態で手術前,手術後の測定を行った.各群の検討項目は,①平均年齢,②手術時間とストレス値,③前投薬,術中の投薬,④術中の高血圧発生頻度,⑤心拍数亢進の発生頻度,⑥緊張状態の発生頻度,⑦各群のストレス平均値,⑧各群のストレス高値症例の比率,⑨手術前にストレス値が正常の症例,高い症例の2群の手術前・中・後の血圧・心拍数・緊張状態の変化,⑩測定不能例の出現頻度1206あたらしい眼科Vol.32,No.8,2015である.平均値の比較は,t-testで行い,2群間の比率の比較はc2検定,Fishers’stestを行い検定有意水準p<0.05で有意とした.すべての手術は,局所麻酔下で行った.外来処置中(白内障手術では,術前抗菌薬の涙.洗浄時,DCRでは鼻内のパッキング時)に,視診で患者の緊張度を判断して前投薬のアタラックスPRの筋肉下注射を指示した.手術中に緊張が高い場合は,ドルミカムRおよびソセゴンRの希釈溶液を側管より静注した.血圧が高い場合は,同様にペルジピンRを使用した.白内障手術の手順は以下のとおりである.11時部位の結膜を3.4mm程度切開し,止血後に2mlの2%キシロカインRでTenon.下麻酔を行った.2.65mmスリットナイフで強角膜にて前房に進入し,CCC(continuouscurvilinearcapsulorrhexis)を完成させた.ハイドロダイジェクション後にフェイコチョッパーにて白内障の核を除去し,皮質を吸引し,カートリッジなどを用いて眼内レンズを.内に挿入し,眼圧調整後に結膜を凝固し,エリスロマイシン・コリスチン眼軟膏で封入し眼帯した.DCR鼻外法は,手術前に半切したベスキチンFRとnasaldressingRを鼻内に留置した.高周波メスで皮膚切開を行い,骨窓はドリルおよび骨パンチで作製した.涙.および鼻粘膜は前弁,後弁をそれぞれ作製し,吻合した.鼻内に留置したものは1週間後に抜去した.全例シリコーンチューブ留置術を併用した6).唾液アミラーゼ測定機器ココロメータ7)は,本体とアミラーゼ試験紙が付いた使い捨てのテストストリップで構成される.測定方法は,テストストリップの先端を舌下部に入れ,30秒間唾液を採取する.次に唾液を採取したテストストリップの後部を一段階引っ張り,ココロメータホルダー内に挿入する.ディスプレイの指示に従いレバーを操作すると,アミラーゼ試験紙が唾液採取紙に押し付けられ唾液が転写され,30秒後にストレス値の結果が数値とアイコンにて画面に表示される.ココロメータの測定精度については,R2=0.988変動係数10.2%と報告され7),61KU/L以上を高値とした.また,測定時に唾液採取ができない場合は「エラー」の表示となり,今回は「測定不能」とした.II結果平均年齢はIOL群で男性75.4±5.71歳,女性69.4±9.49歳.DCR群で男性63.7±19.4歳,女性69.0±7.90歳だった.IOL男性群とIOL女性群との間に有意差を認めた(p=0.037,unpairedt-test).IOL群男性とDCR群男性との間にも有意差を認めた(p=0.034,unpairedt-test)(表1).(140) 手術時間は,IOLでは結膜切開から最後の結膜凝固までとし,DCRでは,皮膚切開から最後の皮膚縫合終了までとした.IOL男性で15.1±2.1分,女性で17.5±6.0分だった.DCRでは男性44.2±6.5分,女性で41.8±6.4分だった,男女での手術時間には,有意差はなかった.IOL症例内およびDCR症例内では手術時間と手術後のストレス値との相関はなかった.手術前の前投薬と手術中の投薬は,DCR女性群でソセゴンRを多く使用している傾向があったが有意差は認めなかった(表2).高血圧を示した症例数を表3に示した.IOL女性群で,手術中の高血圧の発生頻度が高く,手術前・後と比較して有意な差を認めた(手術中と手術前の比較でp=0.027,手術中と手術後の比較でp=0.004,Fisher’stest).しかし,他の群では手術中の高血圧の発生率に,有意差を認めなかった.また,発生率が低いDCR女性群と,高いIOL女性群との間で有意差は認めなかった.心拍数が亢進した症例数を表4に示した.DCR女性群は手術中に心拍数の上昇を高い確率で示し,手術前との有意差を認めた(手術中と手術前の比較でp=0.0076,Fisher’stest).DCR女性群とIOL女性群との間に有意差は認めなかった.DCRの手術前の緊張状態は,男性女性ともに,IOLの緊張状態より有意に高かった.手術中・手術後については,有意差を認めなかった(表5).ストレス値は,IOL群は手術前で男性46.8±41.8KU/L,女性54.5±55.1KU/L,手術後で男性38.4±41.7KU/L,女性55.6±44.1KU/Lで,手術前後,男女間で有意な差は認めなかった(図1).DCR群では,手術前で男性73.8±49.7KU/L,女性50.3±42.1KU/L,手術後で男性53.5±33.5KU/L,女性50.8±47.7KU/Lだった.手術前後で有意な差を認めず,男女差も認めなかった.DCR男性群の手術前のストレス値が高かったが,IOL男性群との差は認めなかった(図2).ストレス値が61KU/L以上,同未満で2群に分類すると2),手術前・手術後で高いストレス値の症例が占める割合は20.40%台で,IOL女性群が術前・術後ともに高値だったが,有意な差は認めなかった(表6).手術前のストレス値を61KU/L以上,同未満で2群に分類し,手術前・中・後の血圧および心拍数が亢進した症例表1症例の平均年齢IOL群(歳)DCR群(歳)男性75.4±5.71*63.7±19.4女性69.4±9.4969.0±7.90*p<0.05unpaired-ttest*IOL男性群は,DCR男性群より有意に高齢であった.・女性群で,有意差を認めなかった.表2前投薬と手術中の投薬についてアタラックスPRドルミカムRソセゴンRペルジピンR合計(例)IOL群男性女性711121401121117DCR群男性女性712121413051318Fisher’stest・DCR女性群で,ソセゴンを多く使用している傾向があったが有意差は認めなかった.表3高血圧を示した症例手術前(例)手術中(例)手術後(例)合計(例)IOL群男性女性1147*101117DCR群男性女性1645221318*p<0.05Fisher’stest*IOL女性群の手術中の高血圧の発生頻度は手術前および手術後より有意に高かった(手術中と手術前でp=0.027,手術中と手術後でp=0.04).・IOL女性群とDCR女性群との間に有意差を認めなかった.表4心拍数が亢進した症例手術前(例)手術中(例)手術後(例)合計(例)IOL群男性女性0204001117DCR群男性女性0027*101318*p<0.05Fisher’stest・DCR女性群のの手術中の心拍数の上昇の発生頻度は手術前と比較すると手術前より有意に高かった(p=0.076).・DCR女性群は,IOL女性群と有意差を認めなかった.(141)あたらしい眼科Vol.32,No.8,20151207 表5緊張状態を示した症例手術前(例)手術中(例)手術後(例)合計(例)IOL群男性00011女性00017DCR群男性52113女性74318****p<0.05,**p<0.05Fisher’stest*男性群は,DCR群で緊張状態を示した症例が有意に多かった(p=0.041).**女性群は,DCR群で緊張状態を示した症例が有意に多かった(p=0.0076).男性女性ストレス値180160140120100806040200ストレス値(KU/L)手術前手術後200180160140120100806040200手術前手術後(KU/L)手術前手術後男性73.8±49.7KU/L53.5±33.5KU/L有意差なし女性50.3±42.1KU/L50.8±47.7KU/L有意差なし図2DCR群の男性群と女性群のストレス値の手術前後の変化数,緊張状態となった症例数,手術後に高ストレス値を示した症例数を検討した(表7).手術前ストレス値で,手術前の高血圧および心拍数亢進で有意差を認めなかった.手術前ストレス値と,手術中の投薬頻度,高血圧発生頻度・心拍数の亢進を認めた頻度に差を認めなかった.IOL男性群で前投薬を指示した比率と,DCR女性群で手術後も高ストレス値であった比率に有意差を認めた.手術前ストレス値の高い女性が,手術前に緊張状態を認めた割合がIOLよりDCRのほうが有意に高かった.各群でのココロメータの測定不能例の出現頻度は,DCR女性群が高く(38%),IOL女性群との有意差を認めた(p=0.017.Fischer’stest).また,IOL群とDCR群での比較で1208あたらしい眼科Vol.32,No.8,2015男性女性ストレス値ストレス値050100150200250手術前手術後(KU/L)手術前手術後(KU/L)180160140120100806040200手術前手術後男性46.8±41.8KU/L38.4±41.7KU/L有意差なし女性54.5±55.1KU/L55.6±44.1KU/L有意差なし図1IOL群の男性群と女性群のストレス値の手術前後の変化表6手術前後で高いストレス値(61KU.L以上)を示した症例手術前手術後合計(例)IOL群男性3311女性7817DCR群男性5513女性5418Fisher’stest統計学的に有意な差は認めなかった.も,有意な差を認めた(p=0.047.Fischer’stest)(図3).測定不能例のDCR女性群内での年齢別頻度では(表8),年代別に有意差はなかった.測定不能だったDCR女性群(測定不能群)11例の内訳は,手術前のみ1例,手術後のみ8例,両方が2例だった.測定不能群とDCR女性群症例(測定可能群)18例の手術前・中・後の高血圧の発生頻度には有意差を認めなかったが,測定不能群は測定可能群に比較して手術中に高血圧が発生する傾向を示した(p=0.057)(表9).III考察生理学的にストレスという反応をみると,1)視床下部.下垂体.副腎皮質(hypothalamus-pitcitary-adrenal:HPA)系と2)交感神経.副腎髄質系(sympathetic-adrenal-medul-lary:SAM)系の2つがある(図4).最近では,唾液a-アミラーゼの分泌は,交感神経活動の亢進とよく相関しているので,とくにSAM系の活動に依存していると考えられてい(142) 表7手術前ストレス値の高い症例,低い症例の手術前・手術中,手術後の投薬・血圧変化・心拍数の変化,ストレス値および緊張状態の推移IOL男性手術前ストレス値手術前手術中手術後合計前投薬HTHR緊張状態投薬HTHR緊張状態高ストレス値HTHR緊張状態低い(<60KU/L)高い(≧61KU/L)IOL女性8100**p=0.006000083220000121000単位(例)0083低い(<60KU/L)高い(≧61KU/L)DCR男性5601110086432200420000単位(例)00107低い(<60KU/L)高い(≧61KU/L)DCR女性5201003275311111322001単位(例)1085手術前ストレス値手術前手術中手術後合計前投薬HTHR緊張状態投薬HTHR緊張状態高ストレス値HTHR緊張状態手術前ストレス値手術前手術中手術後合計前投薬HTHR緊張状態投薬HTHR緊張状態高ストレス値HTHR緊張状態手術前ストレス値手術前手術中手術後合計前投薬HTHR緊張状態投薬HTHR緊張状態高ストレス値HTHR緊張状態低い(<60KU/L)104049243100113**高い(≧61KU/L)2203*533132025*IOL女性手術前ストレス値が高い人と有意差ありp=0.045**p=0.044単位(例)緊張状態:看護士が「患者は緊張している」と観察したり,自ら「緊張している」と言った場合.高ストレス値:ストレス値が61以上であれば高ストレス値とした.45表8DCR女性群内での年齢別の測定不能例40年齢40歳代50歳代60歳代70歳代80歳代35発生例(頻度)0325130症例数(例)066161Fisher’stest25・年齢によるエラー率に有意な差を認めなかた.2015表9DCR女性群内での測定可能群と測定不能群での高血圧の頻度10手術前(例)手術中(例)手術後(例)合計(例)測定可能群652185測定不能群472110IOLIOLDCRDCRc2検定男性群女性群IOL群男性群女性群DCR群測定不能群;ココロメーターでエラーが出た症例図3各群での測定不能率測定可能群:ココロメーターで測定可能だった症例*DCR女性群は,IOL女性群より有意に測定不能率が高かった手術前・中・後で2群間に有意な差を認めなかった.(p=0.017.Fischer’stest).測定不能群は測定可能群に比較して手術中に高血圧が発生する★DCR群はIOL群より有意に測定不能率が高かった(p=0.047.傾向を示した(p=0.057).Fischer’stestで有意な差を認めた).ココロメータのエラー率(%)*★(143)あたらしい眼科Vol.32,No.8,20151209 心理的ストレス大脳皮質,大脳辺縁系身体的ストレス視床下部SAM系HPA系交感神経活動↑下垂体(ノルアドレナリン)(ACTH)副腎髄質副腎皮質(アドレナリン,ノルアドレナリン分泌↑)(コルチゾール分泌↑)唾液腺唾液a-アミラーゼ分泌↑直接神経作用ホルモン作用心理的ストレス大脳皮質,大脳辺縁系身体的ストレス視床下部SAM系HPA系交感神経活動↑下垂体(ノルアドレナリン)(ACTH)副腎髄質副腎皮質(アドレナリン,ノルアドレナリン分泌↑)(コルチゾール分泌↑)唾液腺唾液a-アミラーゼ分泌↑直接神経作用ホルモン作用図4ストレス応答系と唾液a-アミラーゼ分泌の関係る.SAM系を介した唾液a-アミラーゼ分泌促進には,カテコラミン分泌に伴うホルモン作用(間接作用)と交感神経からの直接神経作用によるものがある.以上のことから,唾液a-アミラーゼはSAM系の活動の指標とともに,間接的な交感神経活動の指標となっている.そのため,唾液a-アミラーゼを測定することにより,ストレスの強度を推測することが可能と考えられる.術者の視点で侵襲度という観点でストレスを考慮していたが,患者のストレスについて考察されることは少なかった.手術を受ける前の不安や手術後の痛みを主とするストレスは,ストレスにより上昇する唾液a-アミラーゼを簡便に測定できるようになったことで評価が可能となった.ココロメータでのストレス値測定は,簡便で,血圧や心拍数の変動に現れない患者のストレスを推測するのに有用であった.逆に交感神経系のマーカーと従来から重要視されている血圧および心拍数に異常が出なかった.理由としては,高血圧治療薬を服用している患者が多く,普段の内服薬により血圧上昇および心拍数の亢進が抑えられたためと考えた.ストレス値は,術前不安および術後創痛の程度を反映していると考えられる6,7).ココロメータはストレスが加わって最大値を示すまでの時間は10分以内,復帰するのに20分程度であり,心拍などと比べてもストレス負荷に対して比較1210あたらしい眼科Vol.32,No.8,2015的早い応答が観察される8)と報告されている.よって今回の手術前のストレス値は術前不安を,手術後30分経過して測定した術後のストレス値は,術後の創痛の程度を反映していると思われる.手術前のDCR鼻外法での鼻内処置には,ボスミンRを使用せず,手術中の止血用にボスミンR外用液0.1%を希釈して用いたが,それによる明らかな血圧上昇例はなくストレス値に影響はないと考えた.各手術のストレス値の平均値は,術前,術後,性別,手術別に有意な差を認めなかった.高ストレス値を示した症例の割合も,有意差を認めなかった.ストレス値が測定できた症例のなかでは,IOLとDCRのストレス値は同等と考えられ,ストレス値からは2つの手術の術前不安および手術後疼痛は同等であると考えられた.ココロメータによる唾液a-アミラーゼ測定の有用性は,術前のストレス度を測定することによって疼痛軽減を主にした術後ストレスケアへの準備を容易にする点にあると考える.理由として,手術前ストレス値が低いグループと高いグループで分けて手術前・中・後と経過を追うと,DCR女性群で,手術前にストレス度が高い症例は,IOL群に比べて,緊張状態が有意に高く,手術後のストレス度も高かった.つまり,DCR女性群で手術前ストレス値が高い人は,手術前に不安が強く,手術後に疼痛によりストレス度が高かったと(144) 考えられ,このような症例に対しては手術前に不安対策を,手術後早期に疼痛対策を行えば,患者の苦痛軽減ができると考えられる.ココロメータは簡便にストレス度が測定でき,前述した有用性がみられるが,測定不能例が無視できない率でみられることが短所の一つである.ココロメータの測定不能率に関しての報告は,1報告9)のみで手術当日34例中13例(38%)が測定不能と報告されている.今回の測定でも,DCR女性群の測定不能率が38%と高く,手術当日の測定不能率が高いと思われた.測定不能群で高血圧の出現頻度が高い傾向を認め(p=0.057)(表7),測定不能の原因は,強い緊張による唾液減少が強く関係すると考えた.麻酔導入中では,唾液a-アミラーゼ活性の変動は,平均血圧や心拍数の変動と同調,相関すると報告10)され,深い沈静の状態では,痛みにより最初に唾液a-アミラーゼ活性が上昇すると報告11)されているが,今回は,唾液a-アミラーゼ活性の変動と血圧および心拍数の変動とが相関しているかどうかは確認できなかった.ストレス測定をより頻回に行うか,連続的に測定可能となれば,何らかの関係性が明らかになると思われた.IOLとDCRの術前不安および術後疼痛は,ほぼ同等と考えられた.ココロメータの測定は簡便で,DCR女性群で手術前ストレス値が高い人に,手術前と術後の対策で苦痛軽減ができると考えられる.欠点として,手術後の測定不能率が高かった.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)本馬周淳:周術期ストレス緩和への取り組み(1)内視鏡下および開腹胆.摘出術前後のストレス度比較.バイオメディカル・ファジイ・システム学会誌14:65-70,20122)本馬周淳:周術期ストレス緩和への取り組み(2)整形外科手術にみる周術期ストレスの検討.バイオメディカル・ファジイ・システム学会誌14:1-5,20123)成田紀之,平山晃康:痛みの評価スケール.日本医師会雑誌143:88-89,20144)山口昌樹:唾液マーカーでストレスを測る.日薬理誌129:80-84,20075)廣瀬倫也,加藤実:唾液を検体とした新しいストレス評価法─唾液クロモグラニンAおよび唾液a-アミラーゼ活性によるストレス評価.臨床検査53:807-811,20096)久保勝文,櫻庭知己:日帰り涙.鼻腔吻合術鼻外法18例20眼の検討.眼科手術18:283-286,20057)山口昌樹,花輪尚子,吉田博:唾液アミラーゼ式交感神経モニタの基礎的性能.生体医工学45:161-168,20078)山口昌樹,金森貴裕,金丸正史ほか:唾液アミラーゼ活性はストレス推定の指標になり得るか.医用電子と生体工学39:234-239,20019)藤井宏二,石井亘,松村博臣ほか:疾患と侵襲:病態からみたストレスの比較─唾液アミラーゼ活性を測定して.診断と治療11:1884-1886,201010)廣瀬倫也,加藤実:唾液a-アミラーゼ測定器─唾液aアミラーゼの特性と疼痛評価への応用について─.麻酔58:1360-1366,200911)FujimotoS,NomuraM,NikiMetal:Evaluationofstressreactionsduringuppergastrointestinalendoscopyinelderlypatients:assessmentofmentalstressusingchromograninA.JMedInvest54:140-145,2007***(145)あたらしい眼科Vol.32,No.8,20151211