《原著》あたらしい眼科41(12):1468.1471,2024cソフトコンタクトレンズ装用患者に発症した両眼性樹枝状病変の1例上山健斗小林顕横川英明森奈津子森和也杉山和久金沢大学医薬保健研究域医学系眼科学教室CACaseofBilateralDendriticLesionsOccurringinaSoftContactLensWearerKentoKamiyama,AkiraKobayashi,HideakiYokogawa,NatsukoMori,KazuyaMoriandKazuhisaSugiyamaCDepartmentofOphthalmology&VisualScience,GraduateSchoolofMedicine,KanazawUniversityC緒言:角膜に樹枝状病変を認めた場合,単純ヘルペスウイルス角膜炎などの角膜疾患が鑑別診断の対象となる.今回,ソフトコンタクトレンズ(SCL)装用者に認められた両眼性の樹枝状病変のC1例を経験したので報告する.症例:41歳,女性.1日使い捨てCSCL装用者である.3カ月前からの右眼の視力低下にて近医を受診し,両眼角膜に樹枝状病変を認めたため,金沢大学附属病院(以下,当院)角膜外来に紹介された.当院初診時の細隙灯顕微鏡検査にて両眼のCpalisadeofVogtの消失,角膜上方にCpigmentslideと考えられるスパイク状の上皮混濁を多数認め,それにつながるように樹枝状病変を認めた.この樹枝状病変にはターミナルバルブは認めなかった.抗癌剤の内服など全身的な合併症は認めなかった.これらの所見より,SCLが原因の樹枝状病変と推察した.抗菌薬と低濃度ステロイド点眼および治療用CSCL装用によりC2カ月後に樹枝状病変は消失した.考按:ターミナルバルブを伴わない角膜樹枝状病変を認めた場合は,SCLも原因の一つとして鑑別診断を行う必要がある.CPurpose:Dendriticlesionsareoftenassociatedwithcornealdisorderssuchasherpessimplexkeratitis.HereweCpresentCaCcaseCofCbilateralCdendriticClesionsCinCaCpatientCwhoCwearsCsoftCcontactlenses(SCLs).CCase:A41-year-oldfemalewhoregularlywearsSCLspresentedwithdecreasedvisioninherrighteye.Uponinitialexam-ination,bilateraldendriticlesionsweresuspected.Slit-lampexaminationrevealeddendriticlesionswithoutatermi-nalCbulb,CanCabsenceCofCtheCpalisadesCofCVogt,CandCspike-shapedCepithelialCopacityCindicativeCofCaCpigmentCslideCinCbothCeyes.CTheCpatientChadCnoCsigni.cantCmedicalChistory.CWeCtheorizedCthatCtheCdendriticClesionsCwereClikelyCinducedCbyCtheCwearingCofCtheCSCLs.CTreatmentCconsistingCofCtopicalCantibiotics,Clow-concentrationCsteroids,CandCtherapeuticSCLswasinitiated,andthelesionsresolvedwithin2months.Conclusion:WhenapatientwhowearsSCLsCpresentsCwithCvisionClossCandCaCdendriticClesionClackingCaCterminalCbulb,CtheClensCshouldCbeCconsideredCasCaCpotentialcausativefactor.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)41(12):1468.1471,C2024〕Keywords:樹枝状病変,コンタクトレンズ,ターミナルバルブ,pigmentslide,dendriticlesion,contactlenses,terminalbulb,pigmentslide.Cはじめにコンタクトレンズ(contactlens:CL)は広く一般に使用されているが,角膜の上皮障害や感染症,結膜のアレルギー性疾患やドライアイなどその合併症も多岐にわたる1.3).CLに関連して角膜感染症をきたす病原微生物のなかで,アカントアメーバは偽樹枝状角膜炎をきたすことが知られている2,4).また,単純ヘルペスウイルスや水痘帯状疱疹ウイルスも樹枝状病変をきたす代表的な病原微生物である2,4).したがって,CL装用者において樹枝状病変を認めた際にはこれらの感染症を鑑別にあげて診療する必要がある.今回筆者らはCCL装用自体が原因と推定される樹枝状病変に対してステロイド点眼および治療用ソフトコンタクトレンズ(softCcontactlens:SCL)を用いて治療した症例を経験したので報告する.〔別刷請求先〕上山健斗:〒920-8641金沢市宝町C13-1金沢大学医薬保健研究域医学系眼科学教室Reprintrequests:KentoKamiyama,M.D.,DepartmentofOphthalmology&VisualScience,GraduateSchoolofMedicine,KanazawUniversity,13-1Takara-machi,Kanazawa920-8641,JAPANC1468(84)I症例症例はC41歳の女性である.右眼の視力低下を主訴として来院した.20年以上のCSCLの装用歴がある.当初はC2週間頻回交換型のCSCLを近医眼科で処方されていたが,3年前より通販サイトから購入したC1日使い捨てタイプのCSCL(ヒドロキシエチルメタクリレート素材,直径C14.2Cmm,ベースカーブC8.7mm,酸素透過率C28C×10.9[cm・mlOC2/sec・ml・mmHg],含水率C58%)に変更した.3カ月前から右眼の視力低下を自覚しているとの主訴で近医を受診した.その際に両眼角膜に樹枝状病変を認め,金沢大学附属病院(以下,当院)角膜外来に紹介された.なお,前医ではレボフロキサシン点眼(両眼C2回)と人工涙液(両眼適宜)を処方されていた.眼科的既往歴,抗癌剤などの内服歴,アレルギー・アトピー性皮膚炎などの病歴,外傷歴はいずれも認めなかった.当院初診時,治療用CSCL非装用下にオートレフケラトメータで測定した角膜屈折力と角膜乱視の軸角度は,右眼が43.75D(弱主経線)・44.75D(強主経線)・軸角度C151°,左眼がC44.75D(弱主経線)・45.50D(強主経線)・軸角度C25°であ,Ax70°)C1.0D.cyl(0DC.1.sph×った.視力は右眼0.2(0.5左眼C0.3(0.6C×sph.1.0D(cyl.1.0DAx125°)であった.眼圧は右眼C9CmmHg,左眼C10CmmHgであった.細隙灯顕微鏡検査において,pigmentslideと考えられるスパイク状の上皮混濁を両眼の角膜上方に認め,そこから連続するようにして角膜中央部にターミナルバルブ陰性の樹枝状病変を認めた(図1).PalisadeofVogtは消失していた.結膜充血や前房内細胞などの炎症所見は認めなかった.放射状角膜神経炎の所見も認めなかった.樹枝状病変に対する治療として,レボフロキサシン(両眼3回)の点眼のほかにC0.02%フルオロメトロン(両眼C3回)点眼を追加し,両眼に治療用CSCL〔シリコーンハイドロゲル素材,直径C13.8Cmm,ベースカーブC8.6Cmm,酸素透過率C140×10.9(cm・mlOC2/sec・ml・mmHg),含水率C24%〕を装着して治療を開始した.当科初診時よりC2カ月後には樹枝状病変は角膜中央の一部を除きほぼ消失した.矯正視力もCL非装用で右眼(0.8C×sph.4.0D(cyl.1.0Ax60°),左眼(0.8C×sph.3.75D(cyl.1.5DAx65°)と改善を認めた.オートレフケラトメータで測定した角膜屈折力と角膜乱視の軸角度は,右眼がC45.75D(弱主経線)・46.00D(強主経線)・軸角度C7°,左眼がC45.50D(弱主経線)・46.75D(強主経線)・軸角度C25°であった.当科初診時よりC3カ月後には軽度の点状表層角膜症を認めるものの樹枝状病変は消失した.上皮や実質の瘢痕・混濁の残存も認めなかった(図2).矯正視力は右眼(0.8C×sph.4.5D),左眼(0.8C×sph.4.5D(cyl.1.0DAx65°)であった.スペキュラマイクロスコピー検査では,角膜細胞内皮密度は右眼C2,805/mmC2・左眼C2,472/mmC2,変動係数は右眼C45・左眼C42,六角形細胞出現率は右眼C54%・左眼C57%,中心角膜厚は右眼C538Cμm,左眼C521Cμmであった.前眼部COCT検査による角膜形状解析では,角膜前面屈折力と角膜乱視の軸角度は右眼がC45.4D(弱主経線)・47.1D(強主経線)・軸角度C12°,左眼がC45.6D(弱主経線)・46.3D(強主経線)・軸角度9°であった.全高次収差(higherCorderaberrotion:HOA)は右眼C0.24,左眼C0.24と正常範囲内であった.円錐角膜を疑うパターンは検出されなかった.CII考按樹枝状病変を認めた際には,鑑別診断としてアカントアメーバ角膜炎や単純ヘルペスウイルス角膜炎,帯状ヘルペス角膜炎などの感染性角膜炎が代表的である2,4,5).しかし,CLの装用自体が原因となった樹枝状病変の例もいくつか報告されている5.9).1981年にCMarguliesらが報告したものが最初であり6),月山,下村らはこれらをまとめて「コンタクトレンズによる偽樹枝状角膜炎(contactClensCinducedCpseudo-dendrites:CLIP)」と総称した7).CLIPでは樹枝状角膜炎に類似した上皮欠損を角膜輪部に認める7).単純ヘルペスウイルスによる樹枝状角膜炎と異なる点として,環状ないし渦巻き状の形態をとり5),染色は淡くターミナルバルブや分岐の繰り返しを認めないことが特徴的である5.7).ハードコンタクトレンズよりもCSCLの装用者に,両眼性に発症する例が多い7).CLのフィッティングやエッジデザインに原因があるため,装用を中止することで比較的速やかに改善する7,8).また,病変の軽快後はレンズのデザインを変更してCLを再装用することも可能である7,8).本症例ではCCLによる角膜合併症のひとつであるCpigmentslideも認められた.PigmentslideはCpalisadesCofVogtの内側の延長線上に,線上に並んだ茶褐色の淡い混濁として観察される所見である10).これはCCLの装用により角膜表面がストレスを受けていることを示す指標だと考えられている11).CLの長時間装用や酸素不足などにより上皮細胞の分裂能が低下し,輪部基底から角膜上皮への急速な細胞の移動が起こることが原因で生じる10,11).とくに,酸素透過性の低いコンベンショナルタイプのCSCLの装用者に認めることが多いが,使い捨てタイプのCSCLの装用者でも装用時間が長い場合にはみられやすい2,10,11).本例では,急性発症ではない点や前眼部の炎症所見に乏しい点,アカントアメーバ角膜炎に特徴的な放射状角膜神経炎を認めない点,単純ヘルペスウイルス角膜炎に特徴的なターミナルバルブを認めない点などから感染性角膜炎は否定的であった.TS-1などの抗癌剤の内服患者やプロスタグランジン系の点眼薬を使用している緑内障患者にも,今回の症例と図1初診時の前眼部所見a:右眼.角膜の上方にCpigmentslideを認めた.PalisadeofVogtは消失していた.Cb:左眼.右眼と同様に角膜の上方にCpigmentslideを認めた.PalisadeofVogtは消失していた.Cc:右眼のフルオレセイン染色.中央.上方にターミナルバルブ陰性の樹枝状病変を認めた.Cd:左眼のフルオレセイン染色.右眼と同様に中央.上方にターミナルバルブ陰性の樹枝状病変を認めた.図2当院初診時より3カ月後の前眼部所見a:右眼のフルオレセイン染色.樹枝状病変は瘢痕を残さず治癒した.Cb:左眼のフルオレセイン染色.樹枝状病変は瘢痕を残さず治癒した.似たような角膜病変をきたすことを外来で経験することがあSCLであると推定された.両側性である点,pigmentCslideるが,本例ではこのような薬剤を含め薬剤の使用歴はなかっを認める点,低濃度ステロイド点眼と適切なデザインの治療た.また,そのほか角膜病変をきたしうる外傷や全身疾患の用CSCLへの変更で軽快した点も,本例がCCLIPの一症例で既往歴も認めなかった.したがって,樹枝状病変の原因はあった可能性を示唆している.角膜に樹枝状病変を認めた際には鑑別疾患が少なからず存在し,本例のように診断や治療に苦慮する場合もある.樹枝状病変の細かい性状を観察するとともに,問診において角膜潰瘍や虹彩炎の既往,外傷歴,全身疾患やステロイドなどによる免疫抑制状態の有無などを含め詳細に病歴を聴取することで正確な診断につなげることができる.CLにより樹枝状病変が生じる病態は明らかにはなっていないが,低酸素状態やCCL・保存液の毒性など複数の要因が複合して生じる機序が想定される6).実際,centralCcircularcloudingやCmicrocystなどの角膜上皮に生じるCCL合併症は酸素透過性不良のCSCLで生じやすく4),CLIPも同様に低酸素状態と関連があることが想定される.本例では酸素透過性の低いヒドロキシエチルメタクリレートを素材とするCSCLが使用しており,CLによる低酸素状態が樹枝状病変やCpig-mentslideといった角膜障害の原因となった可能性がある.CLIPは症例数が少なく,その治療法は確立されていない.過去の症例報告では,原因と推定されたCCLの装用中止によりC1週間以内と早期に軽快した例が多い7,8).一方で,本例では前医での経過を含めると数カ月間にわたり角膜障害が遷延している点が特異的である.そのため,原因と推定されたSCLの除去に加えて,治療強化を試みる必要性があり,治療用CSCLの装用と低濃度ステロイド点眼の投与を行った.しかし,CLが原因と推定される病態に対して治療用CSCLを使用することに関しては議論が分かれるところである.本例で使用した治療用CSCLはシリコーンハイドロゲル素材であり,非常に酸素透過性に優れている.そのため,酸素欠乏による角膜ストレスが上皮障害を増悪させるリスクは低いと考えられる.一方で,本例での角膜屈折力の経過をみると両眼の角膜屈折力が増加傾向にあり,角膜の急峻化とそれによる近視化を認めているといえる.これは,治療用CSCLにより角膜に機械的なストレスが加わり,角膜変形が生じていたことを示唆している.そして,このような機械的ストレスが角膜上皮の修復に悪影響を及ぼしていた可能性は否定できない.このように,角膜上皮の創傷治癒を促進する目的でときに治療用CSCLが使用されることがあるが,治療用CSCL自体が角膜にストレスを与える因子となりうる点については十分留意しなければならない.とくに,本例のようにCSCLが原因と推定される角膜障害に対して治療用CSCLを使用することの是非については,さらなる症例の集積と検討が必要である.また本例では,当科で治療を開始してC3カ月が経過し,病変が軽快したあとにも両眼に軽度の視力低下が残存した.前眼部所見や角膜形状解析検査において,視力低下の原因となりうる角膜混濁や不正乱視などの所見は認めなかった.視力などの長期的な変化について,今後も経過観察が必要と考えられた.おわりに今回,SCL装用が原因と考えられる両眼性の樹枝状病変を経験した.ターミナルバルブを伴わない樹枝状病変の鑑別としてCCLによる角膜合併症を想起することは重要である.また,CLによる角膜合併症を認めた際には,レンズフィッティングの確認や,レンズ素材の見直しなど,SCLの変更も考慮する必要があると考えられた.文献1)WaghmareSV,JeriaS:Areviewofcontactlens-relatedriskfactorsandcomplications.CCureusC14:e30118,C20222)木下茂,大橋裕一,村上晶ほか:コンタクトレンズ診療ガイドライン(第C2版).日眼会誌C118:557-591,C20143)AlipourCF,CKhaheshiCS,CSoleimanzadehCMCetal:ContactClens-relatedcomplications:aCreview.CJCOphthalmicCVisCResC12:193-204,C20174)日本眼感染症学会感染性角膜炎診療ガイドライン第C2版作成委員会:感染性角膜炎診療ガイドライン(第C2版).眼科C64:1235-1241,C20225)JosephPS:DendriformClesionsCofCthecornea:anCimpor-tantCdi.erentialCdiagnosisCinCcontactClensCwearers.CICLCC18:165-167,C19916)MarguliesCLJ,CMannisMJ:DendriticCcornealClesionsCasso-ciatedCwithCsoftCcontactClensCwear.CArchCOphthalmolC101:1551-1553,C19817)月山純子,下村嘉一:コンタクトレンズによる偽樹枝状角膜炎(contactClensCinducedpseudodendrite,CLIP).日コレ誌48:103-104,C20068)青木功喜:ソフトコンタクトレンズ装用者にみられた樹枝状角膜炎.臨眼41:1062-1063,C19879)RothHW:DendriticCcornealClesionsCcausedCbyCcontactClenses.CLAOJournalC17:223,C199110)木村健一:Pigmentslide.あたらしい眼科30:57,C201311)InoueCT,CMaedaCN,CYoungCLSCetal:EpithelialCpigmentCslideCinCcontactClenswearers:aCpossibleCmarkerCforCcon-tactClens-associatedCstressConCcornealCepithelium.CAmJOphthalmolC131:431-437,C2001***