《原著》あたらしい眼科37(8):1022.1026,2020c妊娠37週妊婦にステロイドパルス療法を行い良好な経過をたどったVogt-小柳-原田病の1例岡本直記瀬戸口義尚桐生純一川崎医科大学眼科学1教室CACaseofVogt-Koyanagi-HaradaDiseaseinaPregnantWomanat37WeeksofGestationTreatedwithSteroidPulseTherapywithaGoodCourseNaokiOkamoto,YoshinaoSetoguchiandJunichiKiryuCDepartmentofOphthalmology1,KawasakiMedicalSchoolC目的:妊娠C37週でCVogt-小柳-原田病(以下,原田病)を発症した患者にステロイドパルス療法を施行したC1例を報告する.症例:27歳.女性.両眼の視力低下を自覚し受診.初診時矯正視力は右眼C0.4,左眼C0.4,頭痛や耳鳴りを伴う両眼性の漿液性網膜.離を認めた.患者は妊娠中であったため,産科医と十分に協議したのちに,患者にインフォームド・コンセントを行ったうえで,ステロイドパルス療法を施行した.治療後,頭痛や耳鳴りは改善し,両眼の漿液性網膜.離も消失した.矯正視力は両眼ともC1.2に回復した.ステロイド投与による合併症は眼,全身ともに認めなかった.治療開始C19日目で,無事に児娩出となった.結論:妊娠後期に発症した原田病の患者に対してステロイドパルス療法を行い,ステロイドの合併症もなく,母子ともに良好な経過をたどった.妊娠中に発症した原田病に対して治療する際には,産科医との密接な連携と患者への十分な説明が必要であると考えられた.CPurpose:ToCreportCaCcaseCofVogt-Koyanagi-Harada(VKH)diseaseCinCaCpregnantCwomanCatC37CweeksCofCgestationwhowastreatedwithsteroidpulsetherapy.Case:A27-year-oldwomanpresentedtoourhospitalwithbilateralCvisualCimpairment.CHerCcorrectedCvisualCacuityCatC.rstCconsultationCwasC0.4CinCbothCeyes,CwithCbilateralCserousretinaldetachmentaccompaniedbyheadacheandtinnitus.InaccordancewithasuggestionobtainedfromanCobstetrician-gynecologist,CsteroidCpulseCtherapyCwasCinitiatedCafterCinformedCconsentCwasCobtainedCfromCtheCpatient.CPostCtreatment,CtheCheadacheCandCtinnitusCimproved,CandCtheCserousCretinalCdetachmentCresolvedCinCbothCeyes.CNoCsystemicCcomplicationsCdueCtoCsteroidCadministrationCwereCobserved.CConclusion:SteroidCpulseCtherapyCwasCsuccessfullyCperformedCinCaCpatientCwithCVKHCdiseaseCthatCdevelopedCduringClateCpregnancy,CwithCaCgoodCcoursenocomplicationsduetosteroidadministration.Consultationwithanobstetricianandexplanationtopatientsisnecessarywhenadministeringsystemicsteroidstopregnantwomen.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)37(8):1022.1026,C2020〕Keywords:Vogt-小柳-原田病,ステロイドパルス療法,妊娠.Vogt-Koyanagi-Haradadisease,steroidpulsetherapy,pregnancy.CはじめにVogt-小柳-原田病(以下,原田病)は,ぶどう膜炎の代表疾患で,メラノサイトを標的とした全身性の自己免疫性疾患である1).原田病に対する治療は,副腎皮質ステロイド(以下,ステロイド)の全身投与が一般的に行われる2).妊娠中は免疫寛容状態であるため原田病を罹患しにくいとされており,わが国においても報告例の数は限られている3.6).妊娠中に原田病を罹患した場合,ステロイドの全身投与は催奇形性や胎児毒性などの副作用のリスクを考慮する必要があり,治療の選択に難渋する.今回,原田病を発症した妊娠C37週の妊婦に対し,ステロイドパルス療法を施行したC1例を経験したので報告する.〔別刷請求先〕岡本直記:〒701-0192倉敷市松島C577川崎医科大学眼科学C1教室Reprintrequests:NaokiOkamoto,DepartmentofOphthalmology1,KawasakiMedicalSchool,577Matsushima,Kurashiki701-0192,JAPANC1022(122)I症例患者:27歳,女性.現病歴:2018年C7月中旬から頭痛や耳鳴りと両眼に霧視を自覚し,近医眼科を受診したが,結膜炎と診断を受けて経過観察となった.その後,視機能の増悪を認めたため,別の近医眼科を受診したところ,両眼に漿液性網膜.離(serousretinaldetachment:SRD)を指摘されて,7月下旬に川崎医科大学附属病院眼科(以下,当科)を紹介受診した.既往歴,家族歴:特記すべき事項なし.妊娠歴:1回(25歳時に自然分娩,妊娠中の経過に異常なし),流産歴なし.出産予定日:2018年C8月中旬.全身所見:頭痛や耳鳴りを認めた.産科受診にて妊娠経過図1初診時眼底写真両眼とも後極を中心に多発性漿液性網膜.離を認める.右眼左眼図2初診時OCT所見両眼にフィブリンによる隔壁が形成された漿液性網膜.離を認めた.中心窩脈絡膜厚(CCT)は,右眼C1,150Cμm,左眼1,126Cμmと著明な肥厚を認めた.図3治療開始から14日目のOCT所見両眼の網膜下液は消失しており,CCTは右眼C351Cμm,左眼C335Cμmに改善した.矯正視力は両眼ともC1.2となった.図4治療開始から22日目の眼底写真両眼の多発性漿液性網膜.離は消失している.に異常は認めなかった.C1,400初診時の血液検査と尿検査:赤血球数C4.04C×106/μl,血色8001.01,200素量C12.1Cg/dl,ヘマトクリット値C36.2%,血小板数C228C×1,000103/μl,血糖値C94Cmg/dl,血清クレアチニンC0.31Cmg/dl,尿酸C3.6Cmg/dl,推算糸球体濾過量C200.5Cml/min,尿糖(C.),小数視力CCT(μm)600400尿蛋白(C.).200当科初診時所見:視力は右眼C0.2(0.4×+0.50D),左眼0.04C00(0.4×+2.75D(cyl.0.50DAx180°),眼圧は右眼8mmHg,C08治療(日)141924左眼C9CmmHgであった.前房内炎症は認めず,また中間透光体にも異常所見は認めなかった.眼底検査では,両眼の後PSL投与量極部に多発するCSRDを認めた(図1).また,光干渉断層計(opticalCcoherencetomography:OCT)で両眼にフィブリンによる隔壁が形成されたCSRDが観察され,中心窩脈絡膜厚(centralCchoroidalthickness:CCT)は右眼C1,150Cμm,左眼C1,126Cμmと著明な肥厚を認めた(図2).経過:妊娠中のため,蛍光眼底造影や髄液検査などの侵襲的な検査は施行しなかったが,眼底所見にあわせて頭痛といった神経学的所見を認めること,耳鳴りを伴っていることから,Readらの診断基準1)をもとに,不全型原田病と診断し図5入院中におけるプレドニゾロン(PSL)の投与量と治療経過た.産科医と十分に協議したのちに,患者と家族にインフォームド・コンセントを行い,同意を得たうえで,受診当日(妊娠C37週C6日)からステロイドパルス療法を行った.メチルプレドニゾロンC1,000Cmgの点滴をC3日間施行後,検眼鏡的に網膜下液は吸収傾向にあったが,OCTではフィブリン析出を伴ったCSRDの残存を認め,CCTも右眼C627Cμm,左眼C748Cμmとまだ著明に肥厚していたため,治療開始C6日目(妊娠C38週C4日)からステロイドパルス療法C2クール目として,メチルプレドニゾロンC1,000Cmgの点滴をさらにC3日間施行した.治療開始C8日目には,矯正視力が右眼C0.9,左眼0.8に改善し,網膜下液は十分に吸収されており,CCTも右眼C449Cμm,左眼C444Cμmと改善傾向を認めた.治療開始C9日目に,プレドニゾロンC40Cmg/日の内服に切り替えて漸減投与を行った.治療開始C14日目には,両眼とも矯正視力が1.2,両眼の網膜下液は完全に消失し,CCTも右眼C351Cμm,左眼C335Cμmに改善した(図3).治療開始C19日目(妊娠C40週C3日)に陣痛が発来し,同日に経腟分娩にて児娩出となった.児は体重C2,785Cg,ApgarCscore8/8点で,明らかな異常は認めなかった.その後も,ステロイドの副作用などはなく,母子ともに経過良好のため,治療開始C24日目に退院となった.その後,プレドニゾロンの内服量を漸減したが,原田病の再発は認められず,治療開始後C7カ月目でプレドニゾロンの内服は中止とした.治療終了からC12カ月後も原田病の再燃はなく,矯正視力は両眼ともC1.2となっている.また,夕焼け状眼底などの慢性期病変は認めていない.児の発育にも明らかな異常は認められていない.CII考察原田病に対する治療のゴールドスタンダードは,ステロイドの全身投与である2).妊娠時のステロイドの全身投与については,疫学研究によると奇形全体の発生率増加はないと考えられている7).しかし,動物においては口唇口蓋裂を上昇させるといわれており,ヒトにおいても催奇形性との関連があるという報告もある8,9).そのため,口蓋の閉鎖が完了する妊娠C12週頃までの全身投与では口唇口蓋裂の発生が危惧される.また,妊娠中期以降にステロイドを全身投与した場合,経胎盤移行したステロイドによる胎児毒性を考慮する必要がある.妊娠初期に発症した原田病は軽症であることが多く,自然軽快例10)やステロイドの局所投与のみで軽快した例が報告されている3).しかし,妊娠中期以降になると炎症が重症化しやすく,ほとんどの報告例でステロイドの全身投与が行われている4,6,11).本症例は,妊娠C37週と正期産にあたる時期の発症で,出産予定日を間近に控えていたため,分娩を先行して,出産後にステロイドの全身投与を行うことも考慮した.しかし,両眼の眼底に強い炎症所見が認められていることや視機能低下を自覚してから当科受診までにC7日も経過していること,また次第に進行する視機能低下に対して患者が強い不安を感じて,早期の治療開始を強く希望されていたことから,産科医と十分に協議したのちに,患者と家族にインフォームド・コンセントを行って,受診当日(妊娠37週C6日)からステロイドの全身投与を開始した.大河原ら6)は,本症例と同じ妊娠C37週に発症した原田病で,分娩を先行して出産後にステロイドの全身投与を行った例を報告している.その症例では,視力低下を自覚してからC2日目で受診したが,漿液性網膜.離の鑑別疾患として原田病とは別に,正常妊娠後期に生じた漿液性網膜.離である可能性も考慮されており,分娩後の自然軽快を期待し経過観察としている.しかしその後,頭痛および視力障害が増悪し,子癇に伴う可逆性白質脳症による病態が疑われたため,初診日からC5日目に緊急帝王切開を施行された.そして分娩からC5日後にステロイドの全身投与が行われている.視力回復には至ったが,晩期続発症として夕焼け状眼底を呈したと述べられており,網脈絡膜に強い炎症が持続していたことが示唆される.原田病では発症早期に十分量のステロイド投与がされない場合は,炎症の再発を繰り返し,予後不良な遷延型へと移行することで,網脈絡膜変性や続発緑内障を合併し,不可逆的な視機能障害が生じる2.12).Kitaichiらは,遷延型に移行するリスクを抑えるためには,発症からC14日以内にステロイドの全身投与を開始する必要があると報告している13).本症例のように正期産にあたる時期において,分娩とステロイドの全身投与のどちらを先行すべきかについては,発症してからの期間,症状や所見の重症度,妊娠週数,母体と胎児の全身状態などを総合的に考慮したうえで,判断すべきであると考えられる.原田病に対するステロイドの全身投与方法として,ステロイド大量療法とステロイドパルス療法の二つがある.ステロイド大量療法は,ベタメタゾンなどの長時間作用型のステロイドを点滴投与したのちに,内服に切り替える.一方で,ステロイドパルス療法は中間作用型のメチルプレドニゾロン1,000Cmgを点滴でC3日間投与し,その後はプレドニゾロンの内服に切り替えて漸減していく2).原田病に対するステロイド大量療法とステロイドパルス療法の有効性についての比較検討では,双方ともに視力予後や炎症所見の改善は良好な結果を示し,両群間に差は認められていない14).一方で,プレドニゾロンは胎盤に存在するC11b-hydroxysteroidCdehydrogenaseによって不活化されるため,胎盤移行性の高いデキサメタゾンやベタメタゾンと比較して胎児への影響は少ないとされている.したがって,妊娠中に発症した原田病に対してステロイドの全身投与を行う場合は,ステロイドパルス療法を選択するほうが望ましいと考えられ,既報でも多くがプレドニゾロンを使用されていた4.6).一方で,妊婦に対するステロイドの全身投与は,早産率の上昇,妊娠高血圧腎症,妊娠糖尿病,胎児発育制限のリスクが上昇することが知られており15),太田ら4)は妊娠C30週で発症した原田病に対してプレドニゾロンの全身投与を行い,治療C18日目に胎児が死亡した症例を報告している.胎児死亡とステロイド投与との関連について判断はできないと述べられているが,妊婦に対するプレドニゾロンの全身投与が必ずしも安全ではないことが示唆される.妊婦の治療を目的としたステロイドの全身投与における問題点は,胎児へ薬物が移行することにある.しかし,胎児のリスクを懸念するあまり,母体への投薬が躊躇されることで,治療の時機を逸してはならない.母体疾患のコントロールを胎児のリスクよりも優先することは治療の原則である.本症例では分娩よりステロイドの全身投与を先に行い,母子ともに良好な経過をたどった.しかし,今回の治療における妥当性についてはまだ議論の余地が残されている.妊娠中に発症した原田病の報告は限られており,どのように治療を行うべきかという明確な指針はない.したがって,今後も同様の症例を蓄積していくことで,治療選択についてさらに検討を行っていく必要がある.そして現在,治療の選択に一定の見解が得られていないからこそ,治療方針の決定には産科医との密接な連携と患者に対する十分な説明が必要であると考える.利益相反:利益相反公表基準に該当なし文献1)ReadCRW,CHollandCGNCRaoCNACetal:RevisedCdiagnosticCcriteriaCforCVogt-Koyanagi-Haradadisease:reportCofCanCinternationalCcommitteeConCnomenclature.CAmCJCOphthal-molC131:647-652,C20012)長谷川英一,園田康平:副腎皮質ステロイド薬の全身投与.あたらしい眼科34:483-488,C20173)松本美保,中西秀雄,喜多美穂里:トリアムシノロンアセトニドのテノン.下注射で治癒した妊婦の原田病のC1例.眼紀57:614-617,C20064)太田浩一,後藤謙元,米澤博文ほか:Vogt-小柳-原田病を発症した妊婦に対する副腎皮質ステロイド薬治療中の胎児死亡例.日眼会誌111:959-964,C20075)小林崇俊,丸山耕一,庄田裕美ほか:妊娠初期のCVogt-小柳-原田病にステロイドパルス療法を施行したC1例.あたらしい眼科32:1618-1621,C20156)大河原百合子,牧野伸二:妊娠C37週に発症し,分娩遂行後にステロイド全身投与を行ったCVogt-小柳-原田病のC1例.眼紀2:616-619,C20097)GurC,Diav-CitrinO,ShechtmanSetal:Pregnancyout-comeCafterC.rstCtrimesterCexposureCtocorticosteroids:aCprospectiveCcontrolledCstudy.CReprodCToxicolC18:93-101,C20048)Park-WyllieL,MazzottaP,PastuszakAetal:BirthdefectsafterCmaternalCexposureCtocorticosteroids:ProspectiveCcohortstudyandmeta-analysisofepidemiologicalstudies.TeratologyC62:385-392,C20009)BriggsGG,FreemanRK,Ya.eSJ:AReferenceguidetofetalCandCneonatalCriskCdrugsCinCpregnancyCandClactation.C4thed,WilliamsandWillins,Maryland,p713-715,199410)NoharaCM,CNoroseCK,CSegawaK:Vogt-Koyanagi-HaradaCdiseaseCduringCpregnancy.CBrCJCOphthalmolC79:94-95,C199511)MiyataCN,CSugitaCM,CNakamuraCSCetal:TreatmentCofCVogt-Koyanagi-Harada’sCdiseaseCduringCpregnancy.CJpnJOphthalmolC45:177-180,C200112)ReadCRW,CRechodouriCA,CButaniCNCetal:ComplicationsCandCprognosticCfactorsCinCVogt-Koyanagi-HaradaCdisease.CAmJOphthalmolC131:599-606,C200113)KitaichiN,HorieY,OhnoS:PrompttherapyreducesthedurationCofCsystemicCcorticosteroidsCinCVogt-Koyanagi-Haradadisease.GraefesArchClinExpOphthalmolC246:C1641-1642,C200814)北明大州:Vogt-小柳-原田病新鮮例に対するステロイド大量療法とパルス療法の比較.臨眼58:369-372,C200415)生水真紀夫:妊娠中のステロイドの使い方.臨牀と研究C94:71-77,C2017***