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若年女性に発症した視神経乳頭炎に起因する網膜中心静脈閉塞症の1例

2013年5月31日 金曜日

《原著》あたらしい眼科30(5):707.711,2013c若年女性に発症した視神経乳頭炎に起因する網膜中心静脈閉塞症の1例齊間麻子*1古谷達之*1陳麗理*2豊口光子*3堀貞夫*4*1済生会川口総合病院眼科*2東京女子医科大学眼科学教室*3東京女子医科大学八千代医療センター眼科*4西葛西・井上眼科病院CentralRetinalVeinOcclusionResultingfromOpticDiscVasculitisinYoungFemaleAsakoSaima1),TatsuyukiFuruya1),ChenReiri2),MitsukoToyoguchi3)andSadaoHori4)1)DepartmentofOphthalmology,SaiseikaiKawaguchiGeneralHospital,2)DepartmentofOphthalmology,TokyoWomen’sMedicalUniversity,3)DepartmentofOphthalmology,TokyoWomen’sMedicalUniversityYachiyoMedicalCenter,4)NishikasaiInoueEyeHospital目的:関節リウマチと貧血がある若年女性に発症した網膜中心静脈閉塞症(CRVO)の症例を報告する.症例:31歳,女性.右眼の霧視を主訴に東京女子医科大学病院を受診.右眼矯正視力は1.2で,前眼部に特記すべき所見はなかったが,網膜静脈の蛇行・拡張,周辺部網膜出血,視神経乳頭の軽度腫脹を認めた.左眼には特記すべき所見はなかった.フルオレセイン蛍光眼底造影では視神経乳頭の軽度過蛍光と網膜静脈からの蛍光色素の漏出は認めたが虚血性変化はなかった.1カ月後に眼底所見が増悪したため,貧血の是正と,関節リウマチの治療としてのステロイド薬を2.5mg/日から30mg/日に増量した.1.5カ月後に眼底所見は改善し,その後2年間にわたり再発を認めなかった.結論:関節リウマチと貧血に合併してCRVOを発症したと考えられた.ステロイド薬の増量と貧血の是正が奏効し,本症例は乳頭血管炎に起因するCRVOと考えられた.Purpose:Toreportacaseofcentralveinocclusioninayoungfemalewithsystemiccomplicationsofrheumatoidarthritisandanemia.Case:A31year-oldfemalevisitedTokyoWomen’sMedicalUniversityHospitalwithcomplaintofblurredvisioninherrighteye.Correctedvisualacuitywas1.2;fundusexaminationrevealedtortuousdilatationintheretinalvein,scatteredretinalbleedingintheperipheryandmilddiscswelling,withnofindingsintheanteriorsegment.Noabnormalsignsweredetectedinthelefteye.Fluoresceinangiographyshowedmildhyperfluorescenceonthediscandslightstainingoftheretinalveinwithoutnon-perfusionarea.Thesefindingsworsenedafter1month;doseinsystemicadministrationofsteroid,whichhadbeenadministeredtotreattherheumatoidarthritis,wasincreasedfrom2.5mg/dayto30mg/dayandcorrectedtheanemia.Thesymptomssubsidedin1.5months,withnoregressioninthe2yearssince.Conclusion:Thecentralretinalveinocclusion(CRVO)wasthoughttohaveoccurredasacomplicationofrheumatoidarthritisandanemia.Theincreaseddoseofsteroidadministrationresultedinthehealingofthesymptoms.TheCRVOinthiscasewasconsideredtohaveresultedfromopticdiscvasculitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(5):707.711,2013〕Keywords:中心静脈閉塞症,関節リウマチ,貧血,ステロイド,乳頭血管炎.centralveinocclusion,rheumatoidarthritis,anemia,steroid,opticdiscvasculitis.はじめに化が主要要因と考えられている1)が,7.20%くらいの頻度網膜中心静脈閉塞症(centralretinalveinocclusion:で50歳以下の若年者に発症すると報告されている2).広範CRVO)はおもに高齢者に発症し,高脂血症,高血圧,糖尿な火炎状網膜出血を特徴とし,強膜篩状板またはその付近で病などの全身疾患を背景として発症するものが多く,動脈硬の網膜中心静脈の圧迫や,血栓形成により中枢側への血流の〔別刷請求先〕齊間麻子:〒332-8558川口市西川口5-11-5済生会川口総合病院眼科Reprintrequests:AsakoSaima,M.D.,DepartmentofOphthalmology,SaiseikaiKawaguchiGeneralHospital,5-11-5Nishikawaguchi,Kawaguchi,Saitama332-8558,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(129)707 障害が原因とされている3).CRVOの自然経過は予後不良で,初診時視力が不良なほど最終視力が悪く,初診時視力が20/200では最終視力が20/200未満であり,初診時視力が20/200.20/50では改善が19%,不変が44%,悪化が37%であったと報告されている4).50歳未満の若年者では喫煙,高血圧,経口避妊薬,過剰な水分の摂取,血液の過粘稠状態に由来する深部静脈血栓などが危険因子とされている3).原因疾患として,鉄欠乏性貧血,抗リン脂質抗体症候群,潰瘍性大腸炎,インターフェロン治療中の慢性C型肝炎,長期にわたるステロイド薬の内服などの報告例がある5.12).若年者における乳頭浮腫を伴うCRVOを,Hayrehは乳頭血管炎(opticdiscvasculitis)としてまとめ,病型は多くの場合非虚血型でその経過は緩徐であるが予後は良好であり,後遺症として,基幹網膜静脈および乳頭上の拡張した血管の白鞘形成がみられるとしている13).今回筆者らは,既往歴にコントロール不良の関節リウマチと小球性低色素性貧血がある若年女性の片眼の乳頭血管炎に起因すると思われるCRVOにおいて,すでに投与されていたプレドニゾロン全身投与を増量したことと,貧血の是正が奏効した症例を経験したので報告する.I症例患者:31歳,女性.主訴:右眼の霧視.既往歴:23歳発症の関節リウマチ,30歳発症の貧血.現病歴:平成22年6月初診.9日前から右眼の中心付近の霧視を自覚するようになり,徐々に増悪したため近医眼科を受診した.切迫型CRVOの疑いで精査目的にて東京女子医科大学病院に紹介受診となった.既往歴の関節リウマチは関節痛が強く,コントロール不良でありプレドニゾロン内服の増量が検討されていた.貧血も約1カ月前から治療開始されたが,それまで1年以上未治療であった.初診時所見:視力は右眼0.02(1.2×.8.5D),左眼0.03(1.2×.7.0D(cyl.0.5DAx5°),眼圧は右眼13mmHg,左眼14mmHgであった.相対的瞳孔求心路障害は両眼とも陰性で,前眼部,中間透光体に異常は認めなかった.右眼眼底に網膜静脈の蛇行・拡張,周辺部に網膜出血の散在,および視神経乳頭の軽度腫脹を認め,左眼眼底には異常所見はみられなかった(図1a).フルオレセイン蛍光眼底撮影では早期像で右眼動静脈循環時間の遅延はなく(図1b),後期像では視神経乳頭に軽度過蛍光と後極静脈からの蛍光色素の漏出を認めたが,虚血性変化はなかった(図1c).光干渉断層計では.胞様黄斑浮腫は検出されなかった.血液生化学検査では血小板数(Plt)が高値であり,ヘモグロビン値(Hb),ヘマトクリット値(Ht),平均赤血球容積(MCV)の低値を認708あたらしい眼科Vol.30,No.5,2013め,小球性低色素性貧血であった(表1).血糖,コレステロールおよび中性脂肪値は正常で,糖尿病や高脂血症はなかった.経過:初診時の眼所見から右眼の切迫型CRVOと診断された.右眼矯正視力1.2と良好であり,若年の非虚血型CRVOであったので,以前より内科で処方されていた.プレドニゾロン2.5mg/日,メトトレキサート12.5mg/週,溶性ピロリン酸第二鉄5mg/日は同量のまま継続とし,新たにアスピリン81mg/日とカリジノゲナーゼ150mg/日の内服を開始して経過観察した.初診から1カ月後の視力は矯正1.2と良好であったが,右眼眼底に網膜静脈の蛇行・拡張,火炎状網膜出血,軟性白斑の散在と一部にRoth斑を認め,視神経乳頭は発赤腫脹し乳頭血管炎の所見を呈していた(図1d).血液生化学検査ではHb,Ht,MCVは低値のままで,Pltも高値のままであり,C反応性蛋白(CRP)は1.32mg/dlと高値を示していた.関節リウマチと小球性低色素性貧血以外の血管閉塞をきたす疾患も考えられたため,抗リン脂質抗体症候群およびSjogren症候群について検査を施行したが,異常値は認めなかった(表1).同日よりウロキナーゼによる線溶療法(24万単位/日の点滴静注を2日間,12万単位/日の点滴静注を2日間,6万単位/日の点滴静注を2日間)を行ったが,ほとんど改善は認めなかった.初診後33日よりワルファリンカリウム5mg/日の内服を開始し,内科と相談のうえさらにプレドニゾロンを30mg/日に増量した(図2).プレドニゾロン増量後11日には右眼眼底の網膜静脈の蛇行・拡張は改善し,火炎状網膜出血は減少し,視神経乳頭腫脹の改善を認めた(図1e).そのさらに約1カ月後には視力は矯正1.2と良好なままであり,点状出血が残存するものの網膜静脈の蛇行・拡張および視神経乳頭腫脹はさらに改善していた(図1f).同日の血液生化学検査では,Hb,Ht,MCVは上昇して小球性低色素性貧血は改善,Pltの減少とCRPの上昇も改善した(表1).その後3カ月ごとの経過観察を行ったが,関節リウマチと貧血のコントロールも安定し再発は認めず,約2年後にも再発はなかった.II考按若年者における乳頭浮腫を伴うCRVOを,Hayrehは乳頭血管炎(opticdiscvasculitis)としてまとめた13).その臨床的特徴として,健常な若年者の片眼に発症し,軽い霧視が唯一の症状であり,視力低下は軽度で経過中に正常に復すること,眼底所見は著明な乳頭浮腫と網膜静脈の拡張・蛇行,乳頭およびその周辺の網膜出血を伴うこと,病型は多くの場合非虚血型でその経過は緩徐であるが予後は良好であり,後遺症として基幹網膜静脈および乳頭上の拡張した血管の白鞘形成がみられるとしている.さらに乳頭浮腫が著明なI型と,(130) abcdefabcdef図1初診時および投薬後の所見a:初診時の右眼眼底写真.網膜静脈の蛇行・拡張,周辺部に網膜出血の散在および視神経乳頭の軽度腫脹を認める.b:初診時のフルオレセイン蛍光眼底写真.早期像で眼動静脈循環時間の遅延は認めない.c:初診時のフルオレセイン蛍光眼底写真.後期像では視神経乳頭に軽度過蛍光と後極静脈からの蛍光色素の漏出はあるが,虚血性変化は認めない.d:初診から1カ月後の右眼眼底写真.網膜静脈の蛇行・拡張,火炎状網膜出血,軟性白斑散在と一部にRoth斑があり,視神経乳頭は発赤腫脹し,乳頭血管炎の所見を認める.e:プレドニゾロン増量後11日の右眼眼底写真.網膜静脈の蛇行・拡張は改善し,火炎状網膜出血は減少している.視神経乳頭腫脹の改善を認める.f:プレドニゾロン増量後40日の右眼眼底写真.点状出血が残存するものの,網膜静脈の蛇行・拡張および視神経乳頭腫脹はさらに改善している.(131)あたらしい眼科Vol.30,No.5,2013709 CRVOに類似したII型に分類し,I型は篩状板前部における毛様血管の非特異的炎症によるもの,II型は乳頭部または篩状板後部における網膜中心静脈の炎症としている.I型はステロイド薬に著効し予後良好で,II型はI型よりも効果的ではないがやはり予後良好として,ステロイド薬の有効性を認めている13).本症例は,高脂血症,高血圧,糖尿病などの血管閉塞を起こしうる基礎疾患がない若年発症の片眼のCRVOに合致する病態であり,主訴が霧視であるが視力は良好で乳頭浮腫を伴い非虚血型で,Hayrehの提唱する乳頭血管炎と考えられた.既往歴にコントロール不良の関節リウマチと小球性低色素性貧血があった.線溶療法を施行するも眼所見の改善は軽度にとどまり,関節リウマチに対するステロイド薬の増量により,血清学的な炎症反応の改善と,短期:ウロキナーゼ(万単位):プレドニゾロン(mg)35:ワルファリンカリウム(mg)3025201510507/277/297/318/28/48/128/287/287/308/18/38/68/149/12図2投与薬の経時的経緯間に眼底出血および視神経乳頭腫脹の著明な改善を認めた.眼所見の改善を認める経過中に,血清学的な小球性低色素性貧血も改善されており,貧血による相対的血小板増多が血栓形成を容易にする5.8)との報告もあることから,貧血の改善も眼底所見の改善に効果的であったと考えられた.これまでにも関節リウマチに合併したCRVO14,15)や貧血に合併したCRVO5.8)の報告はあるが,関節リウマチと貧血とを合併したCRVOの報告はない.以上より,本症例のCRVOの原因として関節リウマチに伴う血管炎と貧血が考えられた.本症例のように,若年者における乳頭浮腫を伴うCRVOの原因は単一ではなく,多因子が関与すると想像される.したがって,一つひとつの基礎疾患に対応した治療が必要となると考えられた.今回良好な経過をたどったのは,関節リウマチに伴う血管炎に対する治療と貧血の是正が奏効したと考えられた.若年者に発症したCRVOにおいて,高脂血症,高血圧,糖尿病などの血管閉塞をきたす疾患がない場合には,全身疾患の検索が必要であり,関節リウマチがあった場合は経過を把握し,状況に応じては内科医とも相談しステロイド薬などの抗炎症薬の全身投与の開始あるいは増量を検討するべきであり,さらに貧血があった場合には貧血の是正をするべきであると考えられた.文献1)HayrehSS:So-called“centralretinalveinocclusion”.I.表1採血結果の推移検査項目(正常値)平成22年6月29日(初診)平成22年7月27日平成22年9月17日Hb(g/dl)(12.16)7.88.011.2Ht(%)(35.43)28.828.236.7RBC(μm/μl)(380×104.480×104)395×104397×104456×104MCH(pg)(28.35)19.720.224.6MCV(fl)(82.102)71.471.080.5Plt(μm/μl)(15×104.35×104)40.8×10437.2×10429.2×104WBC(μm/μl)(4.0×103.8.6×103)6×1035.4×1037.2×103CRP(mg/dl)(≦0.30)1.30.07CH50(U/ml)(30.45)41.8C3(mg/dl)(65.135)110.0C4(mg/dl)(13.35)22.5ループスアンチコアグラント(<1.3)0.95抗CL-b2GPI(U/ml)(<3.5)≦1.2抗CL-IgG抗体(U/ml)(<10)≦8抗SS-A抗体(.)抗SS-B抗体(.)710あたらしい眼科Vol.30,No.5,2013(132) Pathogenesis,terminology,clinicalfeatures.Ophthalmologica172:1-13,19762)AndrewCO,FongMD,SchatzHetal:Centralretinalveinocclusioninyoungadults.SurvOphthalmol37:393417,19933)HartCD,SandersMD,MillerSJ:Benignretinalvasculitis.Clinicalandfluoresceinangiographicstudy.BrJOphthalmol55:721-733,19714)TheCentralVeinOcclusionStudyGroup:Naturalhistoryandclinicalmanagementofcentralretinalveinocclusion.ArchOphthalmol115:486-491,19975)朝蔭博司,堀江英司,伊地知洋ほか:網膜中心静脈閉塞に毛様網膜動脈閉塞が併発した鉄欠乏性貧血症の1例.臨眼45:17-19,19916)高木康宏,瀬口ゆり,田村充弘:鉄欠乏性貧血患者に合併した毛様網膜動脈閉塞と網膜中心静脈切迫閉塞.臨眼51:1377-1379,19977)川崎厚史,橋田徳康,金山慎太郎ほか:鉄欠乏性貧血を伴った網膜中心静脈閉塞症の3症例.臨眼57:732-736,20038)冨田真知子,賀島誠,吉田慎一ほか:鉄欠乏性貧血の若年女性に発症した網膜中心静脈閉塞と網膜中心動脈分枝閉塞の合併症例.臨眼60:1219-1222,20069)須賀裕美子,本間理加,横地みどりほか:若年者の潰瘍性大腸炎に合併した網膜静脈閉塞症の1例.臨眼59:913916,200510)岡田泰助,品原正幸,前田明彦ほか:慢性C型肝炎に対するIFN-a療法中に網膜中心静脈閉塞症と網膜動脈の血流低下を呈した若年発症1型糖尿病の1例.小児臨56:47-50,200311)小林晋二,山崎広子:若年者に発症した両眼の網膜静脈閉塞症の1例.臨眼58:815-818,200412)新井麻美子,伊集院信夫,北野保子ほか:若年者に網膜中心静脈閉塞症を発症した抗リン脂質抗体症候群の1例.眼紀54:830-834,200313)HayrehSS:Opticdiscvasculitis.BrJOphthalmol56:652-670,197214)田代忠正,佐藤末隆,市岡東洋ほか:慢性関節リウマチに併発した半側網膜静脈閉塞症.明海大歯誌22:276-283,199315)青山さつき,岡本紀夫,栗本拓治ほか:半側網膜中心静脈閉塞症に網膜中心動脈閉塞症が続発したリウマチ性関節炎の1例.眼科49:731-735,2007***(133)あたらしい眼科Vol.30,No.5,2013711

治癒までに長期経過を辿った水痘角膜炎の2 症例

2012年4月30日 月曜日

《原著》あたらしい眼科29(4):549.553,2012c治癒までに長期経過を辿った水痘角膜炎の2症例萩原健太*1,2北川和子*1佐々木洋*1*1金沢医科大学眼科学*2公立宇出津総合病院眼科TwoCasesofVaricellaKeratitisRequiringLong-termTreatmentforCureKentaHagihara1,2),KazukoKitagawa1)andHiroshiSasaki1)1)DepartmentofOphthalmology,KanazawaMedicalUniversity,2)DepartmentofOphthalmology,UshitsuGeneralHospital水痘角膜炎の2症例を経験した.水痘発症後1カ月以内に2例とも右眼に発症している.症例1は3歳,女児で,眼瞼腫脹,結膜充血・濾胞,表層点状角膜症,円板状角膜浮腫がみられた.症例2は4歳,女児で,毛様充血,円板状角膜浮腫,虹彩炎がみられた.抗ウイルスIgG(免疫グロブリンG)抗体価は,単純ヘルペスウイルスは陰性で,水痘・帯状ヘルペスウイルスは陽性であった.水痘角膜炎と診断し,ステロイド,アシクロビル局所投与を主体に治療を行ったが,ステロイド漸減とともに再燃を繰り返した.治癒までに症例1では11年,症例2では2年間を要した.角膜病変はその後両者ともリング状となり,長期治療を要した症例1では瘢痕残存による不正乱視が残存し,ハードコンタクトレンズ装用で視力の改善をみた.2例とも最終矯正視力は1.0以上となった.経過中を含め角膜内皮細胞には異常はみられず,細胞減少もなかった.Wereport2casesofvaricellakeratitis,occurringinthepatient’srighteyeslessthan1monthaftersufferingvaricella.Case1,a3year-oldfemale,developedlidswelling,conjunctivalhyperemiaandfollicleformation,superficialpunctuatekeratopathyanddisciformcornealedema.Case2,a4-year-oldfemale,developedciliaryinjection,disciformcornealedemaandiritis.Sincetheanti-viralimmunoglobulinG(IgG)antibodytovaricella-zosterviruswaspositive,thoughthattoherpessimplexviruswasnegative,bothcaseswerediagnosedasvaricellakeratitisandtreatedmainlywithtopicalacyclovirandcorticosteroid.However,bothpatientsrepeatedlysufferedrecurrencesasthecorticosteroidwastaperedoff;ittook11yearsforcase1tobecuredand2yearsforcase2.Althoughthedisciformedemasresultedinring-shapedscar,bothpatientsrecoveredgoodcorrectedvision.Still,case1hadtowearahardcontactlensduetoremainingsevereirregularastigmatism.Specularmicroscopicstudiesshowednoabnormalitiesintheircornealendothelialcells.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(4):549.553,2012〕Keywords:水痘,円板状角膜炎,小児,ステロイド,再燃.varicella,disciformkeratitis,children,corticosteroids,recurrence.はじめに水痘は一般的な疾患であり,種々の眼合併症が報告されている.結膜炎(4%),眼瞼炎(7%),点状角膜症(12%),虹彩炎(25%)などが多い1)が,水痘に合併する角膜炎はきわめてまれであり,報告例も少ない3.8,10.12).水痘角膜炎は水痘罹患後に三叉神経節に潜伏した水痘・帯状疱疹ウイルス(varicella-zostervirus:VZV)が1.4カ月後に再活性化し12),神経向性に角膜中央で免疫反応による病変をひき起こす病態であると考えられている.筆者らは,これまでに2例の水痘角膜炎を経験した.症例1は1999年に初期経過を報告9)したが,ステロイドの漸減による再燃を繰り返し,その後10年以上に及ぶ治療が必要であった.症例2も再燃を繰り返したが約2年間の経過で治癒した.この2症例の臨床経過とともに,わが国における水痘角膜炎の発症状況について考察したので報告する.I症例〔症例1〕3歳,女児.主訴:右眼瞼腫脹,流涙.初診:1997年11月21日.〔別刷請求先〕萩原健太:〒920-0293石川県河北郡内灘町大学1-1金沢医科大学眼科学Reprintrequests:KentaHagihara,M.D.,DepartmentofOphthalmology,KanazawaMedicalUniversity,1-1Daigaku,Uchinada,Kahoku,Ishikawa920-0293,JAPAN0910-1810/12/\100/頁/JCOPY(115)549 既往歴:アレルギーなし.現病歴:1997年10月に水痘に罹患.11月6日より発熱,両側耳下腺の腫脹を認め,小児科で流行性耳下腺炎(以下,ムンプス)と診断され治療を受けていた.11月8日より右眼の羞明・眼痛・眼瞼腫脹・充血を自覚し,11月15日に近医眼科を受診.右眼中心部角膜混濁および毛様充血を認めオフロキサシン,プロラノプロフェンの点眼を受けたが改善しないため,金沢医科大学病院眼科(以下,当科)へ紹介された.初診時所見:視力は右眼:0.5(0.6×+0.5D),左眼:0.7(矯正不能).左眼は特に異常がなかったが,右眼には眼瞼腫脹,結膜の濾胞・乳頭,毛様充血,角膜実質全層にわたる広範囲の円板状混濁,びまん性表層角膜炎を認めた.前房,中間透光体,眼底には異常はみられなかった.検査所見:血清ウイルス抗体価は,抗VZV抗体価(蛍光抗体法):Ig(免疫グロブリン)M抗体10倍未満(陰性),IgG抗体640倍(陽性),抗ムンプスウイルス抗体価(enzymeimmunoassay:EIA法):IgM抗体13.01(陽性),IgG抗体40.5(陽性),補体結合法:8倍(陽性)であった.抗単純ヘルペスウイルス(HSV)抗体はIgG抗体,IgM抗体ともに陰性であった.経過:まず,角膜炎が水痘によるものか,ムンプスによるものかの鑑別を行った.ムンプスでは罹患後5日程度で発症し1カ月以内に自然治癒傾向があるのに対して,水痘では罹患後1カ月くらい後に円板状角膜混濁と浮腫が出現し,リング状瘢痕を残すことが多く,ステロイドが有効だが再燃傾向を認めることより,本例は水痘角膜炎と診断した.前報9)で詳細に鑑別を行っているが,今回はその後の長期経過の観察により,より確定的となった.抗体は両者とも陽性であり,感染既往の証拠とはなるが,鑑別の手段にはならなかった.治療としてベタメタゾン点眼1日4回,硫酸アトロピン点眼1日2回,アシクロビル眼軟膏1日4回を投与した.しかし角膜浮腫が出現してきたため(図1左),プレドニゾロン20mg,アシクロビル400mg全身投与追加した.その後角図1症例1の右眼前眼部写真(右:初診時,左:退院後)図2症例1における退院後の角膜内皮所見患眼(右眼)は左眼と比較して角膜内皮細胞数の減少は認めなかった.また変動係数(CV)の増大や,六角形細胞の出現頻度(6M)の減少も認めなかった.550あたらしい眼科Vol.29,No.4,2012(116) 図3症例1の治癒時の角膜形状リング状の混濁が残存し,強い角膜乱視が存在.膜混濁,角膜浮腫が徐々に改善したため,プレドニゾロン漸減中止し,治療開始1カ月後に退院となった.退院後,ステロイド点眼・アシクロビル眼軟膏漸減時に再燃を繰り返し,その都度,ステロイド局所投与の増量で対処したが,浸潤と瘢痕の混在するリング状病変となった(図1右).ステロイド緑内障の発症はなかった.また,右眼の弱視予防目的として健眼遮閉を一時併用した.経過中,角膜内皮細胞の異常や減少は認めなかった(図2).2009年になり点眼薬を中止しても炎症が消退した状態となり,治癒と判断したが,角膜にリング状の瘢痕による強い不正乱視(図3)が残存した.角膜不正乱視に対してハードコンタクトレンズ(HCL)装用を開始した(ニチコンうるるUV8.05mm/.3.00D/8.9mm).2011年現在まで再発はなく,視力は0.15(1.0×HCL)と安定している.〔症例2〕4歳,女児.主訴:右眼の充血.初診日:2002年7月27日.既往歴:気管支喘息.現病歴:2002年6月中旬水痘に罹患.2002年7月上旬より右眼の充血,右眼を擦るようになり,2週間経っても症状が改善しないことから近医眼科を受診,右眼内の炎症を指摘されレボフロキサシン点眼・ベタメタゾン点眼・トロピカミド点眼処方されたが,改善しないため当科へ初診となった.初診時所見:視力は右眼0.03(矯正不能),左眼0.4(0.6×cyl.1.5DAx20°).左眼に特に異常はなかった.右眼結膜に毛様充血,角膜中央部に円板状混濁,角膜裏面沈着物,角膜内皮障害,前房に中等度の炎症細胞の出現を認めた.中間透光体・眼底に異常はみられなかった.検査所見:血清抗VZV抗体価(蛍光抗体法)は,IgM抗体10倍未満(陰性),IgG抗体160倍(陽性)であった.抗図4症例2の右眼前眼部写真(退院後)図5症例2における治癒時の角膜内皮所見患眼(右眼)は左眼と比較して角膜内皮細胞数の減少は認めなかった.CV,6Mについても健眼との差はなかった.(117)あたらしい眼科Vol.29,No.4,2012551 HSV抗体はIgM抗体,IgG抗体ともに陰性であった.経過:本例も症例1と同様に水痘発症後1カ月程度で発症した円板状角膜炎であり,水痘角膜炎と診断した.抗VZVIgG抗体も陽性であった.入院後,治療としてベタメタゾン点眼1日4回,アシクロビル眼軟膏1日4回を開始した.円板状混濁および毛様充血が軽快したため,5日後退院となった.退院後はアシクロビル内服2週間併用し,ステロイド点眼・アシクロビル眼軟膏漸減を行っていったが,円板状混濁が改善するとともにリング状混濁が出現してきた(図4).ステロイド漸減により再燃が認められ,一時的にステロイド点眼を増量し,その後ゆっくり漸減を行ったところ,2004年10月に浸潤は消失した.その後,点眼治療を中止したが,2011年現在まで再発はみられていない.なお,経過中,ステロイド緑内障はみられなかった.角膜瘢痕や不正乱視はなく,最終視力は0.4p(1.2×+0.75D(cyl.2.0DAx170°)であった.経過中角膜内皮細胞の浮腫や減少は認めなかった(図5).II考按水痘罹患後数週間.数カ月に発症する円板状角膜炎はまれな疾患である.水痘罹患後約1週間に角膜実質浮腫を主体とし短期間で治癒する急性期発症の角膜炎とは区別される17,18).水痘罹患の既往が必ずあり,眼瞼周囲の水痘の皮疹の瘢痕が鑑別の助けとなることがある1,2,14).症例1はムンプスの罹患もあったが,それ以前に水痘に罹患していることが判明し,両疾患の鑑別が重要であると考えられた.ムンプスは通常角膜に瘢痕形成など残さず,平均20日以内に速やかに回復し,病変の再燃がみられることはない.また,病変の主座が水痘では角膜実質であるのに対して,ムンプスによる角膜炎では内皮炎であり,角膜内皮細胞密度の減少を認める点でも鑑別となる13).症例1では,発症時期,角膜所見,ステロイド治療依存性の長期間に及ぶ角膜炎があり,角膜内皮細胞の減少がないことから,水痘によるものと考えられた.症例2は発症の約3週間前に水痘の罹患の既往があり,VZVに対する抗体価も陽性であったこと,円板状混濁を認めたこと,再燃を繰り返したことから水痘角膜炎と診断した.角膜内皮細胞密度の減少もみられなかった.同様な円板状角膜炎をきたすHSVによる角膜炎との鑑別はむずかしいが,涙液PCR(polymerasechainreaction)や抗体血清価が鑑別の助けとなる1).今回は2症例とも抗HSV抗体価は陰性であり,その感染は否定された.水痘角膜炎の病態の主体はウイルスに対する免疫反応であると考えられる.症例1,症例2ともに,慢性期に角膜にリング状浸潤が出現しており,免疫輪と考えられることからⅢ表1わが国での水痘角膜炎における他施設との比較ステロイドアシクロビル発症までの期間発表年症例局所投与内服局所投与初診時視力治療期間治療後視力文献19885歳女児○──1カ月0.4約4カ月1.23)19925歳○──2カ月0.67年9カ月不明6)19922歳○──3カ月0.027年7カ月不明6)19925歳○──3週0.66年2カ月不明6)19929歳○──3週0.64年不明6)19923歳○──1カ月測定不能2年不明6)19924歳○──3週0.31年6カ月不明6)19925歳○──1カ月0.51年4カ月不明6)19923歳○──1カ月0.021年不明6)19881歳女児○○─2日測定不能不明※4)19905歳男児○──4日測定不能不明1.05)19902歳女児○─○1カ月測定不能不明0.055)199313歳女児─○○2週0.9約2週間1.27)19983歳女児○○○6カ月不明約2カ月0.98)20013歳女児○○○2カ月不明約1カ月1.010)20027歳女児○○○4カ月0.3約2週間2.011)20113歳女児○○○1カ月約11年1.5症例120114歳女児○─○1カ月約2年1.2症例2※10m先の母親の顔を同定できる.552あたらしい眼科Vol.29,No.4,2012(118) 型免疫反応の関連も示唆される.治療にはステロイド局所投与が有効との報告があるが,再発を繰り返し角膜混濁を残す症例も認められる12).治療は,アシクロビル眼軟膏とステロイド点眼の併用療法が推奨されている1).上皮病変を伴う場合には角膜上皮から蛍光抗体法によりVZVが検出されたとする報告もあり14),アシクロビル眼軟膏も必要であると考えられる.しかし,症例1のように炎症が重篤な場合にはステロイドの全身投与が必要となる場合もある.急性期以降ではステロイド点眼漸減時に再燃を繰り返し,ステロイド点眼からの離脱に難渋した.ステロイド離脱が困難となる場合もあり,漸減は慎重にゆっくり行うことが必要と思われた.表1にこれまでわが国で発表された水痘角膜炎についてまとめてみた3.5,7,8,10.12).性別は判明しているなかでは女児に多く(11例中10例),年齢は3歳前後が多かった.治療ではステロイドの局所および全身投与,アシクロビルの局所投与により治療期間は2週間.2年で,再発により視力低下を認める症例もあった.また,中川ら6)の水痘角膜炎症例8例8眼では,角膜所見の改善とともにステロイド点眼を漸減していったが,8例中4例において角膜実質の浸潤と浮腫の再燃を認めている.4回の再燃をきたした症例もあった.再燃時にはステロイド点眼増量が著効するが,ステロイドからの離脱時には再燃が多いため慎重を要する.角膜内皮細胞の減少を伴った強い障害例の報告6)もある.今回の2症例では治療期間は長期を要し,比較的強い実質病変を認めたが,角膜内皮細胞数の減少はなく,症例により内皮あるいは実質と炎症の首座が異なる可能性も考えられる15,16).また,消炎しても,瘢痕性の混濁やそれに伴う不正乱視による弱視の可能性もあり,アイパッチを用いた弱視訓練が必要となる.本症例1においても健眼遮閉とHCLの使用で不正乱視を矯正して良好な視力を得ることができたと考えられる.本症例は第47回日本眼感染症学会で発表した.文献1)井上幸次:〔眼感染症の謎を解く〕眼感染症事典強角膜炎水痘角膜炎.眼科プラクティス28:114-115,20092)石倉涼子:〔眼感染症Now!〕まれな眼感染症も覚えておこう水痘角膜炎について教えてください.あたらしい眼科26(臨増):118-119,20103)釣巻穰,大原國俊:水痘によると思われる小児角膜実質炎の1例.眼臨82:1092-1095,19884)八重康夫:眼障害のみられた小児水痘症の1例.眼臨82:1668,19885)井上克洋,秦野寛:水痘性角膜炎の2例.眼臨84:1443-1445,19906)中川裕子:水痘による円板状角膜炎─臨床像と角膜内皮所見─.眼臨86:1017-1021,19927)遠藤こずえ,津田久仁子,北川文彦ほか:水痘後に発症した角膜実質炎の1症例.眼臨87:904,19938)小野寺毅,吉田憲史,小林貴樹ほか:水痘性角膜炎の1例.眼臨92:1664,19989)永井康太,藤沢来人,北川和子:水痘,流行性耳下腺炎罹患後に出現した角膜実質炎の1症例.眼科41:101-106,199910)柴原玲子,皆本敦,中村弘佳ほか:水痘罹患後遅発性角膜炎.眼紀52:228-230,200111)中村曜祐,佐野雄太,北原健二:水痘罹患後に生じた角膜実質炎の1例.あたらしい眼科19:1203-1205,200212)井上幸次:VaricellaKeratitis.あたらしい眼科21:13571358,200413)笠置裕子:MumpsKeratitisの小児の角膜内皮細胞.眼紀35:198-202,198414)UchidaY,KanekoM,HayashiK:Varicelladendritickeratitis.AmJOphthalmol89:259-262,198015)KhodabandeA:Varicellaendotheliitis:acasereport.EurJOphthalmol19:1076-1078,200916)KhanAO,Al-AssiriA,WagonerMD:Ringcornealinfiltrateandprogressiveringthinningfollowingprimaryvaricellainfection.JPediatrOphthalmolStrabismus45:116-117,200817)Pavam-LangstonD:PrinciplesandPracticeofOphthalmology.JakobiecAed,Thirdedition,p661-663,Elsevier,Philadelphia,200818)ArffaRC:Grayson’sDiseasesoftheCornea.Fourthedition,p306-307,Mosby,StLouis,1997***(119)あたらしい眼科Vol.29,No.4,2012553

Blau 症候群同胞例の長期経過

2009年4月30日 木曜日

———————————————————————-Page1542あたらしい眼科Vol.26,No.4,2009(00)542(110)0910-1810/09/\100/頁/JCLS42回日本眼炎症学会原著》あたらしい眼科26(4):542546,2009cはじめにブラウ症候群(Blausyndrome)は家族性全身性肉芽腫性炎症であり,主として眼・関節・皮膚に病変を認める.1985年にBlau1)らが報告したまれな疾患で,ぶどう膜炎による失明,関節炎による関節拘縮が高頻度でみられ,予後不良な疾患である.わが国での報告は数家系のみであり25),眼科領域からの臨床報告はさらにまれである2,5).臨床病型は4歳以下で発症し,発疹・関節炎・ぶどう膜炎を3症状とする若年性サルコイドーシスと酷似しており,鑑別は家族集積の有無のみである3,4).多くの症例で当初は若年性特発性関節炎(juvenileidiopathicarthritis:JIA)として経過観察されやすく,本疾患は潜在的には多いことが予想される.ブラウ症候群は常染色体優性遺伝で,16番染色体(16p21-q21)に責任遺伝子が存在し,2001年にNOD2(nucleotideoligomerizationdomain2)遺伝子変異が報告された6).筆者らは,わが国で初めて,遺伝子検査にて確定診断に至ったブラウ症候群の一家系を報告した2).難治性ぶどう膜炎とされるが,長期経過に関する詳細な治療報告はほとんどない.今〔別刷請求先〕太田浩一:〒399-0781塩尻市広丘郷原1780松本歯科大学眼科Reprintrequests:KouichiOhta,M.D.,Ph.D.,DepartmentofOphthalmology,MatsumotoDentalUniversity,1780Gobara,Hirooka,Shiojiri399-0781,JAPANBlau症候群同胞例の長期経過太田浩一*1,2黒川徹*1今井弘毅*1朱さゆり*1菊池孝信*3*1信州大学医学部眼科学教室*2松本歯科大学眼科*3信州大学ヒト環境科学研究支援センターLong-TermFollow-upforSiblingswithBlauSyndromeKouichiOhta1,2),ToruKurokawa1),HirokiImai1),SayuriShu1)andTakanobuKikuchi3)1)DepartmentofOphthalmolgy,ShinshuUniversitySchoolofMedicine,2)DepartmentofOphthalmology,MatsumotoDentalUniversity,3)DepartmentofInstrumentalAnalysisResearchCenterforHumanandEnvironmentalScience,ShinshuUniversityブラウ症候群(Blausyndrome)は発疹・関節炎・ぶどう膜炎を3主徴とする家族性全身性肉芽腫性疾患である.重症例では失明に至る.同胞例の長期経過につき報告する.症例1:10歳,男児.両眼に強い肉芽腫性ぶどう膜炎を認め,右眼はirisbombe,白内障により視力は右眼指数弁であった.右眼に白内障手術・周辺虹彩切除術および副腎皮質ステロイド薬(ステロイド)パルス療法,漸減投与を行った.6年に至る現在,右眼視力(0.9)であるが,プレドニゾロン(PSL)10mg/日を要している.症例2:12歳,女児.前房炎症および硝子体混濁が出現し,PSL40mg/日から漸減投与.経過中,両眼のirisbombeが生じ,虹彩切除術を行った.以降,視力は維持されているが,PSL15mg/日以上を必要としている.ブラウ症候群では強い肉芽腫性ぶどう膜炎が継続するため,長期的なステロイド投与が必要であった.Blausyndromeisararefamilialgranulomatoussystemicdiseasecharacterizedbyskinrash,arthritisanduveitis.Somepatientsbecomeblindinseverecases.Wereporttwosiblingswiththisdisease.Theproband,a10-year-oldmale,hadseverepan-uveitisbilaterallyandirisbombeandcataractintherighteye.Cataractsurgeryandperipheraliridectomywereperformedontheeye,andcorticosteroidpulsetherapywasadministered,followedbyoralprednisolone(PSL).Thecorrectedvisualacuityoftherighteyeremainsat0.9after6years,althoughthepatientneedsPSL10mgdaily.Theproband’s12-year-oldsisteralsohadiritisandvitreousopacity.AlthoughoralPSL(startingat1mg/kgbodyweight)wasadministered,shelatersueredfromirisbombebilaterally.Peripheraliridectomywasperformed.Althoughhervisualacuitiesweremaintained,PSLover15mgdailyhasbeenrequired.Long-termadministrationoforalPSLwasrequiredforprolongedseveregranulomatousuveitis.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)26(4):542546,2009〕Keywords:ブラウ症候群,ステロイド,irisbombe,周辺虹彩切除術.Blausyndrome,corticosteroid,irisbombe,peripheraliridectomy.———————————————————————-Page2あたらしい眼科Vol.26,No.4,2009543(111)回,6年にわたり,副腎皮質ステロイド薬(ステロイド)の全身投与を必要とした同胞例2)についてその後の経過を含めて報告する.I症例〔症例1〕10歳,男児.主訴:右眼痛および右眼視力低下.現病歴:6歳より,両眼の虹彩炎のため近医にて点眼治療を受けていた.母親は同時期より,手首の腫脹には気がついていた.2日前から主訴を自覚し,平成14年2月23日に近医を再診した.右眼眼圧上昇および虹彩炎の増悪がみられ,精査・加療目的に同年2月25日に信州大学医学部附属病院眼科に紹介.既往歴:上記以外は特になし.家族歴:父親;幼少期より関節変形.14歳で失明.46歳より歩行不能.母親;健康.初診時所見:初診時,視力は右眼指数弁(矯正不能),左眼0.6(矯正不能).眼圧は右眼38mmHg,左眼20mmHg.両眼に毛様充血,角膜実質点状混濁,角膜後面沈着物を認めた.両眼に全周性の虹彩後癒着を認め,右眼は著明な角膜浮腫を伴う浅前房(irisbombe)(図1A)であった.右眼の隅角は閉塞していたが,左眼は広隅角で,3カ所にテント状の周辺虹彩前癒着を認めた.明らかな虹彩結節はみられなかった.左眼前房には3+の炎症細胞を認めた(図1B).右眼に白内障は認めたが,硝子体,眼底の詳細は不明であった.左眼は軽度の硝子体混濁,周辺部網膜に黄白色点状病変を認めた.全身所見:血液・生化学検査では異常なし.血清アンギオテンシン変換酵素(ACE)は正常範囲.胸部X線写真では肺門リンパ節腫脹なし.頬部,前腕に紅斑が認められた2).手関節・足関節には軽度の腫脹を認め,手指関節は軽度の伸展障害も認めた2).経過:リン酸ベタメタゾン(0.1%リンデロンRA),マレイン酸チモロール(0.5%リズモンRTG),塩酸ドルゾラミド(1%トルソプトR),ブナゾシン塩酸塩(0.01%デタントールR),ラタノプロスト(キサラタンR),アトロピン硫酸塩(アトロピンR点眼液1%),トロピカミド・塩酸フェニレフリン(ミAB1初診時の前眼部写真A:右眼.角膜浮腫,角膜実質点状混濁,irisbombe,白内障を認める.B:左眼.角膜後面沈着物および虹彩後癒着を認める.図2右眼の眼底スリット写真(倒像)(白内障術後)視神経乳頭発赤と黄白色網脈絡膜点状病変を認める.———————————————————————-Page3544あたらしい眼科Vol.26,No.4,2009(112)ドリンRP)の点眼およびアセタゾラミド(ダイアモックスR)内服を開始した.眼所見に著明な改善はみられないため,ぶどう膜炎の消炎を目的に,小児科にて,翌日よりステロイドパルス療法(メチルプレドニゾロン600mg/日を3日間)を開始した.炎症軽減は得られたが,右眼のirisbombeの改善は認められず,3月8日右眼超音波白内障手術+眼内レンズ挿入術+隅角癒着離術+周辺虹彩切除術を施行.同日よりパルス療法を行い,以降はプレドニゾロン(PSL)25mg/日より漸減投与とした.炎症の改善がみられたため,さらに漸減(PSL2.55mg/日)したところ再燃し,術後4カ月間に2回の増量(25および30mg/日)を必要とした.以降はPSL1520mg/日の隔日内服として,平成17年からは1015mg/日の連日内服にて炎症は軽度になっている.6年の経過となる平成20年3月の時点での総投与量はPSL換算26,245mgとなった.なお,平成16年6月には右眼の後発白内障切開術を行い,現在まで右眼視力0.2(0.9×6.0D),左眼視力1.0(矯正不能)が維持されている.しかし,両眼眼圧が1540mmHgと変動しており,4剤の眼圧下降薬の点眼に加え,3040mmHgに至る場合にアセタゾラミドを一時的に使用している.右眼は後発白内障,左眼は虹彩後癒着により,十分な眼底の観察が困難だが,視神経乳頭の明らかな陥凹(図2)やGoldmann視野検査上の緑内障性暗点拡大はみられていない.眼圧上昇の原因としてステロイド緑内障も疑われたが,低濃度のステロイド点眼薬に変更後も眼圧下降を得られず,高濃度ステロイド点眼薬をつけても10mmHg台後半の眼圧のこともあり,不明である.初診から6年経過した現在の前眼部写真を示す(図3).長期に及ぶステロイド薬の全身投与により,関節炎の増悪はなく,通常の学生生活を送っている.初期にみられた手関節の腫脹や発疹は消失している.なお,骨密度を含めたステロイド薬の副作用は小児科にて確認をしているが,明らかな副作用は認められない.経過中はステロイド薬内服による副作用の予防のため,フェモチジン(ガスターR),リセドロン酸ナトリウム(アクトネルR)〔初期はアルファカルシドール(アルファロールR)〕の内服を併用した.〔症例2〕12歳,女児(症例1の姉).主訴:自覚症状なし.既往歴:なし.初診時所見:初診時(平成14年3月)視力は右眼1.5(矯正不能),左眼1.5(2.0×0.5D).眼圧は右眼20mmHg,左眼18mmHg.両眼に軽度の睫毛内反症,びまん性表層角膜炎を認めた.両眼とも前房に炎症細胞は認めなかった.両眼とも広隅角で,左眼のみ,小さな周辺虹彩前癒着と虹彩後癒着を認めた.両眼とも水晶体は透明で,硝子体にわずかの細胞がみられた.右眼眼底周辺部に点状の網脈絡膜病変がみられた.全身所見:皮膚病変と関節病変を認めた2).経過:活動性が乏しく,経過観察としていたが,平成14年10月に左眼の霧視を自覚し,受診.両眼視力は矯正1.2にて,左眼に角膜裏面沈着物と前房炎症2+を認め,リン酸ACBD3症例1の現在の前眼部写真A:右眼.上方の虹彩切除部,眼内レンズ,後発白内障を認める.B:左眼.虹彩後癒着を認める.C:右眼.角膜実質点状混濁とわずかの角膜後面沈着物を認める.D:左眼.角膜実質点状混濁とわずかの角膜後面沈着物を認める.———————————————————————-Page4あたらしい眼科Vol.26,No.4,2009545(113)ベタメタゾンナトリウム(リンデロンRA),トロピカミド・塩酸フェニレフリン(ミドリンRP),アトロピン硫酸塩(アトロピンR点眼液1%)点眼を開始した.しかし,反応が悪く,硝子体混濁が増悪したため,12月よりPSL40mg/日からの漸減投与を追加した.反応がよいことから,漸減したところ,再燃したため,PSL1520mg/日の隔日投与での維持とした.しばらく炎症は軽微であったが,平成16年3月に両眼の前房炎症が増悪したため,ステロイド点眼薬に加え,トロピカミド・塩酸フェニレフリン(ミドリンRP)を両眼に点眼していた.しかし,虹彩後癒着が進行し,左眼のirisbombeが生じた.3月26日に左眼に周辺虹彩切除術,さらには5月30日に右眼に周辺虹彩切除術を施行した.以降平成20年3月までの4年近くの間はPSL1020mg/日の連日内服として,増悪時に2530mg/日に増量(合計2回)し,消炎を目指した(総量;PSL換算20,130mg).この間も前房炎症が残存,ときに増悪した.右眼視力0.5(1.5×1.25D(cyl0.5DAx160°),左眼視力0.4(1.2×1.75D)を保っていたが,平成19年10月より,左眼視力は0.4(0.7×1.75D)(0.9×1.75D)と若干低下した.原因として,全周性の虹彩後癒着にて小瞳孔かつ水晶体前面への炎症産物の沈着が疑われた(図4).両眼の眼圧は1525mmHgと変動し,塩酸カルテオロール(2%ミケランR)の点眼を継続している.視神経乳頭所見およびGoldmann視野検査では明らかな緑内障性変化はみられていない.全身的には発疹および関節障害の進行はなく,ステロイド薬の長期内服による副作用は認めていない.経過中,症例1と同様のステロイド薬による副作用予防薬も投与した.平成20年3月進学のため,他院に紹介となった.なお,両症例とも皮膚生検にて肉芽腫性炎症所見を証明するとともに,末梢血からの遺伝子診断にてNOD2遺伝子変異(R334W)を確認し,父親の臨床経過と併せ,ブラウ症候群の確定診断に至った2).II考按ブラウ症候群はぶどう膜炎・関節炎・皮膚炎を3主徴とする遺伝性の疾患であるが,わが国における眼科からの報告がきわめて少ない2,5).臨床像が若年性サルコイドーシスと酷似しており,家族歴を聴取して遺伝の有無を確認しないと診断はつかないことが一因と考えられる.また,ぶどう膜炎も併発しうる若年性関節リウマチと診断されている症例も多く4),確定診断に至っていないだけで,日常診療のなかで本疾患に遭遇している可能性がある.本症例の臨床的な特徴となるぶどう膜炎・関節炎・皮膚炎であるが,進行性で,失明や関節拘縮に至る例がまれではない110).Kurokawaらが検討したところ,既報告76例中,ぶどう膜炎症状が61%(46例),関節症状が91%(69例),皮膚症状が54%(41例)であった2).若年性サルコイドーシスと併せた17例の検討では最初に皮膚病変,つぎに関節病変,最後に眼病変が出現することが多いとされている4).本ACBD4症例2の現在の前眼部写真A:右眼.上方の虹彩切除部,全周性虹彩後癒着を認める.B:左眼.上方の虹彩切除部,全周性虹彩後癒着を認める.C:右眼.前房炎症は軽微.D:左眼.前房炎症は軽微も,水晶体前面への沈着物が著明.———————————————————————-Page5546あたらしい眼科Vol.26,No.4,2009(114)症例でもぶどう膜炎にて眼科を受診した際にはすでに皮膚症状・関節症状を認めていた.ぶどう膜炎に関しては虹彩毛様体炎,虹彩後癒着,網脈絡膜炎の記載が多く,汎ぶどう膜炎を呈する.白内障および緑内障が合併しやすく,失明原因は緑内障のことが多い.本2症例も同様に白内障および緑内障を合併した汎ぶどう膜炎を認めた.症例1では角膜実質に点状の混濁がみられ,本疾患の特徴である可能性があり,今後の症例の蓄積に期待したい.病理学的には肉芽腫性炎症を呈し,本症例でも皮膚病変からは非乾酪性肉芽腫病変が証明された2).なお,症例1および症例2の虹彩切除術で得られた虹彩組織には明らかな巨細胞や類上皮細胞はみられなかった.病理学的には同様の肉芽腫性病変を呈するサルコイドーシス(成人)とは異なり,本疾患は進行性で予後が不良である.その理由の一つにCARD15(caspase-activatingandrecruitmentdomain15)/NOD2(nucleotide-bindingoligomerizationdomain2)遺伝子異常が考えられる.ブラウ症候群にみられるR334Wなどの遺伝子変異はNOD領域の異常で,リガンド非依存性にNF-kB活性を増強させる3,4).関連して,強い肉芽腫性炎症が生ずると推測されるが,詳細なメカニズムはまだ明らかにはなっていない.文献的にもステロイドの局所治療で改善をみない場合にステロイドの全身投与が行われている3,4,7,8).本症例では小児であり,ステロイドの全身投与から早期に離脱させるために,消炎傾向があった時点で,漸減・中止とした.しかし,再燃をきたし,PSL10mg/日の長期投与に至った.症例2ではさらに,ときに2530mg/日への増量が必要であった.ステロイドの無効例でのメトトレキサートの有効性9),およびメトトレキサート抵抗性の2症例における抗TNF(腫瘍壊死因子)-a抗体治療の有効性10)などが報告されている.特に後者の有用性は高いと考えられるが,小児への長期投与の安全性が不明であり,医療費負担の問題もあり,現時点では導入していない.今後は選択肢として検討予定である.もう一つの問題は緑内障である.両症例ともirisbombeをきたしたことはブラウ症候群の強いぶどう膜炎を裏づけている.症例1では初診時より,症例2では炎症の増悪時より,散瞳薬の点眼を使用していたにもかかわらず,虹彩後癒着が進行した.これまで報告された失明例の多くは緑内障とされており,irisbombeに対する加療がうまくいっていなかった可能性がある.両症例に対し,速やかに周辺虹彩切除術を行ったことで,既報のような緑内障による失明が避けられたと考えられる.しかし,症例1ではときどき眼圧が上昇し,4剤の眼圧下降薬を必要としている.現在は明らかな視野障害に至っておらず,濾過胞感染のリスクや日常生活に制限が加わる線維柱帯切除術を施行していないが,将来的には必要となる可能性が高い.なお,ぶどう膜炎のコントロールのために長期にわたり,投与しているステロイド薬は関節病変にも好影響を与えている.両症例とも初診時に認められた手関節の腫脹は消失し,明らかな関節拘縮はなく,学校生活における運動も行えている.成長期に大量のステロイド薬の全身投与を必要としたが,骨粗鬆症など重篤な全身性の副作用は生じなかったことが幸いである.難治性ぶどう膜炎を呈するブラウ症候群同胞例の長期経過を報告した.続発緑内障を伴う強い肉芽腫性ぶどう膜炎が続くことが確認された.抗炎症のため,PSL1015mg/日のステロイド薬の全身投与が6年にわたって必要であった.外科的治療を含めた緑内障の治療も必要であった.小児において難治性の肉芽腫性ぶどう膜炎を診たら本疾患を鑑別にあげ,関節症状・皮膚症状に加え,家族歴を聴取することが診断には不可欠と考えられた.長期的にステロイド薬を全身投与する必要があることを十分理解のうえ,治療にあたる必要がある.文献1)BlauEB:Familialgranulomatousarthritis,iritis,andrash.JPediatr107:689-693,19852)KurokawaT,KikuchiT,OhtaTetal:Ocularmanifesta-tionsinBlausyndromeassociatedwithaCARD15/Nod2mutation.Ophthalmology110:2040-2044,20033)金澤伸雄:若年性サルコイドーシスとNOD2遺伝子変異.日小皮会誌25:47-51,20064)岡藤郁夫,西小森隆太:小児医学最近の進歩.若年性サルコイドーシスの臨床像と遺伝子解析.小児科48:45-51,20075)小豆澤宏明,壽順久,室田浩之ほか:Blausyndromeの母子例.日皮会誌115:2272-2275,20056)Miceli-RichardC,LesageS,RybojadMetal:CARD15mutationsinBlausyndrome.NatGenet29:19-20,20017)PastoresGM,MichelsVV,SticklerGBetal:Autosomaldominantgranulomatousarthritis,uveitis,skinrash,andsynovialcysts.JPediatr117:403-408,19908)ScerriL,CookLJ,JenkinsEAetal:Familialjuvenilesys-temicgranulomatosis(Blau’ssyndrome).ClinExpDerma-tol21:445-448,19969)LatkanyPA,JabsDA,SmithJRetal:Multifocalchoroidi-tisinpatientswithfamilialjuvenilesystemicgranulomato-sis.AmJOphthalmol134:897-904,200210)MilmanN,AndersenCB,vanOvereemHansenTetal:FavourableeectofTNF-alphainhibitor(iniximab)onBlausyndromeinmonozygotictwinsadenovoCARD15mutations.APMIS114:912-919,2006