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トップアスリートの視力

2012年8月31日 金曜日

《原著》あたらしい眼科29(8):1168.1171,2012cトップアスリートの視力枝川宏*1,2,3川原貴*3小松裕*3土肥美智子*3先崎陽子*3川口澄*3桑原亜紀*3赤間高雄*4松原正男*2,3*1えだがわ眼科クリニック*2東京女子医科大学東医療センター眼科*3国立スポーツ科学センター*4早稲田大学スポーツ科学学術院VisualAcuityofTopAthletesHiroshiEdagawa1,2,3),TakashiKawahara3),HiroshiKomatsu3),MichikoDoi3),YokoSenzaki3),MasumiKawaguchi3),AkiKuwabara3),TakaoAkama4)andMasaoMatsubara2,3)1)EdagawaEyeClinic,2)DepartmentofOphthalmology,TokyoWomen’sMedicalUniversityMedicalCenterEast,3)JapanInstituteofSportsSciences,4)FacultyofSportScience,WasedaUniversityわが国のトップレベルの競技者の聞き取り調査と視力測定をした.対象は国立スポーツ科学センターでメディカルチェックを行った夏季と冬季のオリンピック・アジア大会53競技の競技者1,574人.聞き取り調査は競技時の矯正方法と眼の既往症歴について行った.視力は競技時と同様の矯正状態で片眼と両眼の遠方視力を測定した.1)視力1.0以上の競技者は全体の82.5%で,球技群が最も多く86.2%,格闘技群が最も少なく74.0%であった.2)視力の矯正は90.3%が使い捨てコンタクトレンズを使用していたが,5.4%はLASIK(laserinsitukeratomileusis),0.5%はオルソケラトロジーを選択していた.3)眼既往症者は3.0%,スポーツ眼外傷は1.0%であった.眼既往症発症率はスピード群が最も高く4.5%,スポーツ眼外傷発症率は球技群が最も高く1.5%であった.眼既往疾患では角膜疾患とその他の疾患が最も多く25.5%,ついで網膜疾患14.9%であった.Thisresearchstudiedthestateofvisualacuityoftop-classathletes.Weexaminedandinterviewed1,574top-classathleticcompetitorsintheOlympicandAsianconventiongames,regardingtheirvisualacuity.Ofalltheathletes,82.5%hadvisualacuityover1.0;thepercentagewas86.2%forthoseinballgamesand74.0%forthoseinfightgroups.Ofalltheathletes,90.3%useddisposablecontactlens;5.4%hadlaserinsitukeratomileusisand0.5%usedorthokeratology.Ofalltheathletes,3.0%hadahistoryofeyediseaseand1.0%hadhadeyeinjuriesresultingfromsports.Eyediseaseincidencewashighestinathletesinvolvedinhigh-speedathletics(4.5%);theincidenceofeyeinjurywashighestintheballgamegroups(1.5%).Themostcommondiseaseswerecornealdiseaseandotherdiseases(25.5%),followedbyretinaldisease(14.9%).〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)29(8):1168.1171,2012〕Keywords:視力,アスリート,オリンピック,スポーツ,スポーツ眼疾患.visualacuity,athletes,Olympicgames,sport,sporteyedisease.はじめにスポーツにおいて視力は最も重要で確実な視機能であり,視力が不十分だと競技能力に影響する可能性がある.優れた競技者は一般に優れた視機能を保持していると考えられ,これまでもさまざまな集団で視力の調査報告が行われている1.6).しかし,わが国では真にトップレベルの競技者の視力を多数調査した報告はない.筆者らはすでにトップレベルのスキー競技者の視機能は報告した2)が,今回はさまざまな種目のトップレベルの競技者を対象に,視力の現状と眼既往症歴を把握することを目的として調査を行った.I対象および方法対象は2008年10月から2009年10月までに国立スポーツ科学センターでメディカルチェックを行った夏季と冬季のオリンピックとアジア大会の出場者および候補者1,574人である.競技種目および競技者数は夏季オリンピック・アジア〔別刷請求先〕枝川宏:〒153-0065東京都目黒区中町1-25-12ロワイヤル目黒1Fえだがわ眼科クリニックReprintrequests:HiroshiEdagawa,M.D.,EdagawaEyeClinic,RowaiyaruMeguro1F,1-25-12Nakacho,Meguro-ku,Tokyo153-0065,JAPAN116811681168あたらしい眼科Vol.29,No.8,2012(142)(00)0910-1810/12/\100/頁/JCOPY 大会36種目の1,233人,冬季オリンピック・アジア大会17種目の341人で,平均年齢は23歳であった.競技種目は種目の競技特性から6種類に分類した(表1).標的群はライフル射撃など標的を見る種目で6種目90人,格闘技群は柔道など近距離で競技者と対する種目で6種目98人,球技群は野球などボールを扱う種目で14種目653人,体操群は体操など回転運動が含まれる種目で6種目79人,スピード群はスキーなど道具を使用して高速で行う種目で14種目269人,その他群は陸上競技など視力が競技に重大な影響を与えにくい種目で7種目385人であった.視力測定は競技時と同様の状態で5m視力表を使用して右眼,左眼,両眼の順序で行った.聞き取り調査は競技時の視力矯正方法と眼既往症歴について行った.分析は競技者全員と6種類の競技群で,競技時の視力矯正方法,単眼視力と両眼視力,眼既往疾患歴で行った.なお,単眼視力と両眼視力は,1.0以上,0.9.0.7,0.6.0.4,0.3未満の4段階で評価した.左右の視力についてはt検定で,単眼視力と両眼視力については分散分析で行い,5%の有意水準設定で検討した.表1競技特性の分類1)標的群種目:標的を見ることが必要な種目6種目(90名)アーチェリー・ビリヤード・ボウリング・ライフル射撃・カーリング・バイアスロン2)格闘技群種目:近距離で競技者と対する種目6種目(98名)剣道・柔道・テコンドー・フェンシング・ボクシング・レスリング3)球技群種目:ボールを扱う必要のある種目14種目(653名)ゴルフ・サッカー・水球・スカッシュ・ソフトテニス・ソフトボール・卓球・テニス・バスケットボール・バドミントン・バレーボール・ホッケー・ラグビー・アイスホッケー4)体操群種目:回転運動が多く含まれる種目6種目(79名)新体操・体操・ダンススポーツ・トランポリン・フィギュアスケート・飛び込み5)スピード群種目:道具を使用して高速で行う種目14種目(269名)自転車・スキー(アルペン・エアリアル・クロス・クロスカントリー・コンバインド・ジャンプ・モーグル)・スケート(ショートトラック・スピードスケート)・スケルトン・スノーボード・ボブスレー・リュージュ6)その他群種目:視力が重大な影響を与えにくい種目7種目(385名)競泳・ウェィトリフティング・セーリング・トライアスロン・武術太極拳・ボート・陸上競技II結果1.視力単眼視力と両眼視力は6競技群で有意な差はなく,左右眼の視力も有意な差はなかった.単眼視力1.0以上は全体の82.5%(2,598/3,148眼)で,球技群が最も多く86.2%(1,126/1,306眼),格闘技群が最も少なく74.0%(145/196眼)であった(表2).両眼視力1.0以上は全体の92.2%(1,452/1,574人)で,球技群が最も多く95.4%(623/653人),格闘技群が最も少なく84.7%(83/98人)であった(表3).2.視力矯正方法視力矯正をしている者は日常生活では39.5%(621/1,574人)であったが,競技では35.4%(557/1,574人)で,日常生活で矯正している者の89.7%(557/621人)が競技でも矯正していた.競技中の矯正方法はコンタクトレンズ(CL)90.3%(503/557人)・LASIK(laserinsitukeratomileusis)表2競技群別にみた単眼視力の分布(n=3,148)視力競技群1.0以上0.9.0.70.6.0.40.3以下不明標的群n=180147(81.7%)21(11.7%)3(1.7%)1(0.6%)8(4.4%)格闘技群n=196145(74.0%)25(12.8%)15(7.7%)11(5.6%)0球技群n=1,3061,126(86.2%)117(9.0%)41(3.1%)12(0.9%)10(0.8%)体操群n=158133(84.2%)12(7.6%)9(5.7%)4(2.5%)0スピード群n=538436(81.0%)49(9.1%)31(5.8%)16(3.0%)6(1.1%)その他群n=770611(79.4%)67(8.7%)53(6.9%)27(3.5%)12(1.6%)表3競技群別にみた両眼視力の分布(n=1,574)視力競技群1.0以上0.9.0.70.6.0.40.3以下不明標的群n=9082(91.1%)4(4.4%)4(4.4%)00格闘技群n=9883(84.7%)7(7.1%)7(7.1%)1(1.0%)0球技群n=653623(95.4%)19(2.9%)6(0.9%)05(0.8%)体操群n=7975(94.9%)2(2.5%)1(1.3%)1(1.3%)0スピード群n=269246(91.5%)11(4.1%)6(2.2%)3(1.1%)3(1.1%)その他群n=385343(89.1%)20(5.2%)15(3.9%)1(0.3%)6(1.6%)(143)あたらしい眼科Vol.29,No.8,20121169 表4競技群別眼既往症者標的群格闘技群球技群体操群スピード群その他群競技者数(人)(n=1,574)909865379269385眼既往症者数(人)(n=47)33221126スポーツ眼外傷者数(人)(n=15)1110021眼既往症発症率(%)眼既往症者数/競技者3.33.13.41.34.51.6スポーツ眼外傷発症率(%)スポーツ眼外傷者数/競技者数1.11.01.500.70.35.4%(30/557人)・眼鏡3.8%(21/557人)・オルソケラトロジー0.5%(3/557人)であった.使用されていたCLの種類は使い捨てレンズ(DCL)93.2%(469/503人)・ソフトレンズ(SCL)4.0%(20/503人)・ハードレンズ(HCL)1.2%(6/503人)・不明1.6%(8/503人)で,DCLでは1日交換レンズ(1dayDCL)46.3%(217/469人)・2週間交換レンズ(2WDCL)49.0%(230/469人)・1カ月交換レンズ(1MDCL)4.7%(22/469人)であった.CLは全競技群で使用されていた.LASIKを選択していたのはスピード群16人・標的群7人・球技群4人・その他群3人,眼鏡を選択していたのは標的群16人・その他群4人・球技群1人,オルソケラトロジーを選択していたのはその他群3人であった.3.眼既往症眼既往症者は3.0%(47/1,574人)で,スポーツ眼外傷者は1.0%(15/1,574人)であった.眼既往症発症率(眼既往症者数/競技者数)はスピード群が,スポーツ眼外傷発症率(スポーツ眼外傷者数/競技者数)は球技群が最も高かった(表4).眼既往症では角膜疾患とその他の疾患がともに25.5%(12/47人)で最も多く,ついで網膜疾患の14.9%(7/47人)であった.角膜疾患の41.7%(5/12人)はCL関連で,これはCL装用者全体の0.8%(5/621人)であった.その他の疾患の50.0%(6/12人)は原因不明の視力低下で,網膜疾患は全員がスポーツ眼外傷であった.また,弱視の者はスピード群に2人と球技群に1人いた.III考察トップレベルのアスリートの視機能については,8種目のオリンピックレベルのアスリート157人を分析した報告4)がある.この結果では視力は種目間で有意な差があり,視力が良好な種目はソフトボールやアーチェリーで,悪い種目はボクシングや陸上競技であったと報告している.今回は競技群で分析したために種目間の視力差はわからなかったが,球技群種目や標的群種目では視力は良好で,格闘技群種目や陸上競技を含むその他群種目では視力が悪かったのはこの報告と同様の傾向であった.わが国の大学生の調査5)でも視力が良1170あたらしい眼科Vol.29,No.8,2012好な者は球技種目に多くて対人や個人種目では少ないと,同様の結果を報告している.球技は視力の影響を受けやすい3)と以前に報告したが,球技群種目の者は日頃の経験を通して視力は運動能力に影響すると感じていて視力が良好な者が多かったと考えられる.また,今回体操群やスピード群でも視力が良好な者が多かったのも,同様の理由と考えられる.一方,格闘技群種目は対戦者が近距離にいるので競技者が他の種目よりも遠方を見ることが少なく,視力に重きをおく必要を感じなくて視力の悪い者が多かったと考えられるが,ボクシングのように規則で競技中は視力矯正用具を使用できない種目があることも一つの理由としてあげられる.このように競技者の視力は競技特性から影響を受けていると考えられる.今回の対象者の視力矯正割合は日常生活では39.5%で,競技では89.7%であった.これを大学生の視力矯正割合6)と比較すると,日常生活では大学生の32.5%とあまり差はなかったが,競技では大学生の71.8%よりも2割ほど高かったことから,トップレベルの競技者は競技では視力を良好に保とうとする意識が高いように思われる.矯正方法ではほとんどの者はCLを使用していたが,LASIKは冬季のスピード群や標的群の者が選択しており,オルソケラトロジーはその他群の者が選択していた.LASIKやオルソケラトロジーを選択した理由として,冬季競技は乾燥したなかで行われるうえにスピード競技では多くの風が眼に当たること,標的競技は標的を注視する際に瞬きが少なくなるなど,競技中の環境が角膜を乾燥させやすい状況にあるためだと思われる.また,眼鏡が標的群で多かったのは,標的を注視する眼だけを矯正する射撃用眼鏡を使用していたためである.視力の悪い競技者は競技能力を十分に発揮できない3)ことから目的に応じた方法で視力を矯正する必要があるが,各手法の問題点を十分に理解せずに便利な方法を選択している競技者が多かった.スポーツ眼外傷については約8割は球技によるものと報告されている7.10)が,今回球技群は66.7%(10/15人)と少なかった.この差は報告がスポーツ眼外傷で眼科を受診した患(144) 者の分析であったのに対して,今回は聞き取り調査の結果であったために生じたものと思われる.今回の聞き取り調査では一般的な既往症が少ない印象があった.これは聞き取り調査では競技者は重大な疾患だけを申告する傾向にあったことから,一般的な既往症の情報を得ることができなかったためと思われる.今後の検討が必要である.既往症では角膜疾患の4割はCL関連で,不適切なCL管理やCL使用に適さない競技環境のために起こったと考えられる.その他の疾患の半数が原因不明の視力低下であったのは,視力低下を指摘されたにもかかわらず,放置していた者が多かったためである.疾患については,眼窩より大きなボールを使用する種目で網膜疾患,身体接触の多い種目で眼窩底吹き抜け骨折が起こっていた.これは過去の報告7.11)と共通しており,種目によって起こりやすい疾患のあることがわかる.また,視覚が競技能力に影響すると思われる弱視の者がスピード群と球技群にいたことは,ハンディのある視覚を日頃の練習で獲得した技術でレベルの高い競技能力を得ることができたためと考えられる.競技能力はさまざまな要素から成立しているので,視覚の結果だけで競技能力を判断することには慎重でなければならない.文献1)大阪府医師会学校医部会:視覚とスポーツに関する調査報告書.p4-12,19962)枝川宏,松原正男,川原貴ほか:スポーツ選手の眼に関する意識と視機能.臨眼60:1409-1412,20063)枝川宏,石垣尚男,真下一策ほか:スポーツ選手における視力と競技能力.日コレ誌37:34-37,19954)LadyDM,KirschenDG,PantallP:ThevisualfunctionofOlympiclevelathletes─Aninitialreport.EyeContactLens37:116-122,20115)上野純子,正木健雄,太田恵美子:大学運動部選手の視機能について.日本体育大学紀要22:31-37,19926)佐渡一成,金井淳,高橋俊哉:スポーツ眼科へのアプローチ.臨床スポーツ医学12:1141-1147,19957)黒坂大次郎,木村肇二郎:スポーツ眼外傷.眼科34:1085-1091,19928)徳山孝展,池田誠宏,岩崎哲也ほか:ボール眼外傷の15年間の統計的検討.臨眼46:1121-1125,19929)木村肇二郎:スポーツによる眼外傷.眼科MOOK39,労働眼科,p10-21,金原出版,198910)鈴木敬,馬嶋昭生,佐野雅洋:名古屋市立大学におけるボール眼外傷の統計的観察(II).眼紀37:615-619,198611)岡本寧一:接触競技による眼外傷の特徴とその対策.あたらしい眼科14:335-359,1997***(145)あたらしい眼科Vol.29,No.8,20121171