《第6回日本涙道・涙液学会原著》あたらしい眼科36(1):107.110,2019cデクスメデトミジンを用いた涙.鼻腔吻合術植田芳樹舘奈保子橋本義弘朝比奈祐一芳村賀洋子真生会富山病院アイセンターCEndoscopicDacryocystorhinostomywithDexmedetomidineSedationYoshikiUeta,NaokoTachi,YoshihiroHashimoto,YuichiAsahinaandKayokoYoshimuraCShinseikaiToyamaHospitalEyeCenterC目的:涙.鼻腔吻合術(dacryocystorhinostomy:DCR)におけるデクスメデトミジン(DEX)による静脈麻酔の安全性と有用性について検討する.方法:2014年C9月.2016年C9月に,DEXによる静脈麻酔を用いてCDCR鼻内法を施行したC21例C22側を対象とした.DEXは5.6Cμg/kg/時でC10分間初期負荷投与し,0.4Cμg/kg/時で維持投与した.局所への浸潤麻酔も併用した.手術中断例の有無,バイタルサイン,声かけへの応答,術中の疼痛をフェイススケールを用いC11段階で評価した.結果:手術を中断した症例はなく,声かけは全例応答可であった.3例でCSpOC2の低下,1例で血圧の低下を認めたが,維持量の減量により改善した.フェイススケールは平均C1.71(0.6)であった.結論:DEXを用いたCDCRは安全であり,局所麻酔も併用すれば疼痛コントロールも良好である.CPurpose:Toevaluatethesafetyande.ectivenessofendoscopicdacryocystorhinostomy(En-DCR)underlocalanesthesiawithdexmedetomidine(DEX)sedation.Method:22patientsunderwentEn-DCRunderlocalanesthesiawithDEX.DEXwasadministeredintravenouslyataloadingdoseof5.6Cμg/kg/hfor10minutesand0.4Cμg/kg/hsubsequently.Focalanesthesiawasalsoused.Vitalsigns,responsetocall,andintraoperativepainusingFacescalewereCnoted.CResult:TheCoperationCwasCsuccessfullyCperformedCinCallCpatients,CandCtheyCrespondedCtoCcall.CSpO2CwasCdecreasedCinC3patientsCandCbloodCpressureCwasCdecreasedCinC1patient.CTheCmeanCpainCscoreConCFaceCscaleCwas1.71(0.6)C.Conclusion:En-DCRwithDEXsedationisasafeandae.ectivepaincontrolprocedure.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)C36(1):107.110,C2019〕Keywords:涙.鼻腔吻合術,デクスメデトミジン,鼻内法,局所麻酔,フェイススケール.Dacryocystorhinosto-my,dexmedetomidine,endoscopic,localanesthesia,facescale.Cはじめに涙.鼻腔吻合術(dacryocystorhinostomy:DCR)は,おもに鼻涙管閉鎖症に対して,涙道再建目的で行われる手術である.近年,鼻内法が広まり治癒率も高い1,2).麻酔は,術中の疼痛や出血の管理のために全身麻酔で行う施設が多い.しかし全身麻酔では全身状態,入院期間,施設などに制約されることがあり,局所麻酔で行う施設もある3.6).局所麻酔では静脈麻酔薬を用いて行う場合もある.近年新しい静脈麻酔薬としてデクスメデトミジン(DEX)が発売された.DEXはCa2受容体作動薬であり,脳橋の青斑核のCa2A受容体に結合してCagonistとして作用し,鎮静作用を発現する7).また,脊髄に分布するCa2A受容体に作用し,鎮痛作用も発現する.鎮静は自然睡眠に類似し,呼吸抑制は弱いとされ,呼びかけで容易に覚醒し,意思疎通が可能といわれている.合併症として,血圧・心拍数低下,末梢血管の収縮による一過性血圧上昇などが報告されている.今回,DCRにおけるCDEXを用いた静脈麻酔の有用性と安全性を検討した.CI対象および方法2014年C9月.2016年C9月に当院で,DEXを用いて局所麻酔でDCRを施行した21例22側(男性2例2側,女性19例C20側,平均年齢C68.7C±11.0歳)を対象とした.全身麻酔か局所麻酔かは患者の希望により決定し,認知症症例と両側手術の症例は,原則,全身麻酔で施行した.DCR下鼻道法やCJonestube留置を行った症例は除外した.〔別刷請求先〕植田芳樹:〒939-0243富山県射水市下若C89-10真生会富山病院アイセンターReprintrequests:YoshikiUeta,ShinseikaiToyamaHospitalEyeCenter,89-10Shimowaka,Imizu,Toyama939-0243,JAPANC0910-1810/19/\100/頁/JCOPY(107)C107表1結果表2痛みなし群とあり群の比較声かけ全例反応バイタルサインの異常CSpO2低下3例血圧低下1例あり1C1例記憶断片的8例なし2例フェイススケール平均1C.7C±1.910例は0痛みなし(10例)痛みあり(11例)63.5±12.3C73.1±8.02:80:12体重(kg)C51.4±7.9C47.3±8.537.1±7.3(26.45)C42.3C±12.7(23.67)記憶断片的5例3例あり3例8例表3疼痛の強かった症例性別年齢(歳)体重(kg)手術時間(分)フェイススケールバイタルサインその他症例C1CFC70C54.8C67C6CSpO2低下涙小管水平部閉塞合併症例2CFC65C53.8C56C5出血++症例3CFC83C31.8C34C4CSpO2低下症例4CF75C50C45C4C手術法は,全例,鼻内法で施行した.粘膜除去にはCXPSCRのトライカットブレードを使用,骨窓形成にはCXPSCRのダイアモンドDCRバーを使用した.15°ナイフで涙.を切開し,ショートタイプの涙管チューブをC1本留置,メロセルヘモックスガーゼCRまたはべスキチンガーゼCRをC1枚挿入して終了した.DEXはC200Cμg(2Cml)を生理食塩水C48Cmlで希釈し,総量50Cml(4Cμg/ml)としてシリンジポンプで経静脈投与を行った.5.6Cμg/kg/時でC10分間初期負荷投与し,その後C0.4Cμg/kg/時で維持投与した.維持量は必要に応じ増減した(痛みがあれば増量し,バイタルサインの変化があれば減量).直前の食事は絶食とした.術中は鼻カニューレでC2Clの酸素投与を行った.DEX以外の麻酔として,前投薬にペンタゾシンC15mg,ヒドロキシジン塩酸塩C25mgを筋注し,体重50Ckg未満の症例は,適宜減量した.また,滑車下神経麻酔,涙.下の骨膜,および鼻内の粘膜にC1%エピレナミン含有キシロカインで浸潤麻酔を施行した.評価方法は,手術中断例の有無,術中のバイタルサイン〔血圧,脈拍,経皮的動脈血酸素飽和度(SpOC2)〕の異常,呼びかけへの応答の有無,術翌日に術中の記憶の有無の問診と術中疼痛をフェイススケールを用いてC0.10のC11段階で評価した.診療録の参照に対して,当院の倫理委員会の承認を得た.CII結果結果を表1に示す.手術を中断した症例はなく,声かけは全例応答可であった.バイタルサインはC3例でCSpOC2の低下(89.95%),1例で血圧低下(70CmmHg)を認めたが,DEXの維持量の減量により改善した.術翌日の問診で,術中の記憶があった症例はC11例,断片的な記憶がC8例,術中の記憶がなかった症例はC2例であった.痛みの程度はフェイススケールで平均C1.7C±1.9(0.6)であった.10例はフェイススケールC0と回答した.術中の咽頭への流血,還流液が問題となる症例はなかった.フェイススケールがC0の痛みなし群と,フェイススケールがC1以上の痛みあり群に分けた比較では(表2),年齢,体重,手術時間に有意差を認めなかったが,バイタルサインの異常は痛みあり群のみで認めた.また,術中の記憶がない症例は痛みなし群のみであり,痛みあり群で記憶がある症例が多い傾向を認めた.フェイススケールC4以上の疼痛が強かったC4症例を表3に示す.フェイススケールがC5以上のC2症例は,手術時間が長い症例であった(症例C1は涙小管水平部閉塞の合併,症例C2は鼻出血のため).このC2症例はともに,術終盤で強い疼痛を訴えた.また,4症例中C2症例にCSpOC2の低下を認めた.CIII考察これまで,手術や処置における鎮静には,ミダゾラムやプロポフォールなどの静脈麻酔薬が使用されてきた.これらの薬剤は,効果発現時間が早く,血中半減期が短いが,短時間の無麻酔や局所麻酔で実施される処置や検査の鎮静には適応外となっている.また,呼吸抑制などのために,使用の際には呼吸,循環の監視が求められる.Ca2アドレナリン受容体作動薬であるCDEXも,以前は集中治療における人工呼吸中および人工呼吸器からの離脱後の鎮静に適応が限定されていたが,2013年C6月から局所麻酔108あたらしい眼科Vol.36,No.1,2019(108)における手術や処置,検査における鎮静の適応が追加された.DEXは,低用量の使用時には血管拡張による低血圧と副交感神経優位による徐脈が発現し,高用量時は,血管平滑筋収縮による血管収縮を引き起こすといわれる.呼吸抑制が軽微であり,呼名や軽微な刺激で速やかに覚醒する意識下鎮静の鎮静レベルを容易に達成し,自発呼吸が温存されるという点は,安全に手術を遂行するうえでは望ましい.これまでCDEXを用いた手術の報告は多くあり,Hyoらは,両眼白内障手術患者C31例でCDEX,プロポフォール,アルフェンタニルを比較検討し,DEX群が患者の満足度に優れ,心血管系が安定していたと報告している8).また,Demir-aranらは,上部消化管内視鏡の鎮静で,DEX群のほうがミダゾラム群に比べ,検査中の嘔気・嘔吐が有意に少なく,内視鏡医の満足度が高く,合併症としては処置中のCSpOC2が92%まで低下したと報告している9).西澤らも,消化器内視鏡におけるCDEXとミダゾラムの比較のメタ解析において,ミダゾラムに比較してより有効であり,合併症リスクに有意差を認めなかったと報告している10).これらの結果からDEXは,プロポフォールやミダゾラムと比べ,合併症はほぼ同等,患者,術者の満足度は高い静脈麻酔薬であると考える.DCRに対してCDEXを用いた報告はないが,今回の検討において,SpOC2低下をC3例に,血圧低下をC1例に認めた.CSpO2の低下はフェイススケールがC6とC5の疼痛の強い症例にみられ,疼痛を抑えるためにCDEXを増量したことが影響したと思われるが,その後のCDEXの減量により,早期に改善が期待できる.また,翌日の問診で術中の記憶がない症例がC2例あった.それらの症例も術中の呼名に応答は可能であったが,フェイススケールはC0であり,鎮静が深すぎた可能性がある.DEXは健忘作用は弱いとされるが,鎮静が深いと健忘作用を呈することがあると考えられた.しかし,患者にとって手術は苦痛であり,記憶をなくしても満足度は高いと思われた.今回の手術はCXPSCRドリルシステムを用いており,骨削開時は灌流液が常に流れていたが,術中に灌流液を吐き出したり誤嚥する症例はなかった.DEXによる鎮静は自然睡眠に近いとされ,患者が灌流液を飲み込んでいるためと思われた.疼痛に関して,フェイススケールの平均はC1.7であった.CVisualanalogscaleを用いた検討で,網膜光凝固の疼痛は,従来の光凝固でC3.7.5.1,PASCALCRによるパターンレーザーでC1.4.3.3と報告されており11,12),DEXを用いたCDCRは網膜光凝固とほぼ同等の疼痛と考える.フェイススケールC0がC10例であり,約半数において,無痛で手術を行うことができた.疼痛のある症例,とくに疼痛の強かった症例は,涙小管水平部閉塞の合併や,鼻出血の止血に時間のかかった症例であり,術終盤の痛みが強かったことから,手術時間の延長により,浸潤麻酔の効果が減弱したと考える.したがって,DEXのみでの疼痛コントロールは困難で,適切な局所麻酔の併施が必須と考える.DCR鼻内法では,涙.を十分に展開することが重要であるが,上顎骨が厚い例では,骨削開の際に局所麻酔のみでは痛みも出やすい.しかし全症例,十分な骨窓を広げることができた.DEXの鎮痛作用は脊髄のCa2A受容体への作用によるといわれ,三叉神経支配の頭頸部手術で鎮痛作用を発現するか不明であるが,DEXの有用性は確認できた.本検討は,術前に麻酔の種類の希望を聞いたため,痛みに弱い症例は全身麻酔を選択したと思われること,より痛みに弱いと思われる男性がC2名であること,今後症例が増えるであろう認知症症例を除外していること,ミダゾラムや静脈麻酔薬なしとの比較を行っていないことから,さらなる検討が必要である.手術続行が困難と判断した場合はすみやかに,全身麻酔へ移行できるよう準備が必要と考える.その点から,全身麻酔の準備ができない施設での導入は慎重にすべきである.今回は一般に推奨される初期量,維持量で投与を開始し,術中の患者の疼痛の訴えと,バイタルサインの変化があったときのみ,DEXの量の増減を行った.鎮静が深すぎたと思われる症例もあり,鎮静スケールを用いればより適切な量を決めることができると考える.術中の疼痛は大きな問題であるが,全身麻酔に伴うリスク,手術枠や施設の限界,患者の全身状態などから,局所麻酔で行わなければならない場合がある.今回の検討から,DEXを使用したCDCRは適切な局所麻酔を併施すれば,安全で比較的疼痛も少ないと考える.CIV結論DEXを用いたCDCRは安全であり,局所麻酔の追加を適切に行えば疼痛コントロールは良好である.DEXの適切な量や,増加する認知症患者への対応は今後の検討を要する.文献1)WormaldPJ:PoweredCendscopicCdacryocystorhinostomy.CLaryngoscopeC112:69-72,C20022)孫裕権,大西貴子,中山智寛ほか:涙.鼻腔吻合術の手術適応と成績.臨眼C58:727-730,C20043)DresnerCSC,CKlussmanCKG,CMeyerCDRCetal:OutpatientCdacryocystorhinostomy.OphthalmicSurgC22:222-224,C19914)HowdenJ,mcCluskeyP,O’SullivanGetal:AssistedlocalanesthesiaCforCendoscopicCdacryocystorhinostomy.CClinCExperimentOphthalmolC35:256-261,C20075)CiftciF,PocanS,KaradayiKetal:LocalversusgeneralanesthesiaCforCexternalCdacryocystorhinostomyCinCyoungCpatients.OphthalmicPlastReconstrSurgC21:201-206,C20056)河本旭,嘉陽宗光,矢部比呂夫:涙.鼻腔吻合術を施行(109)あたらしい眼科Vol.36,No.1,2019C109した高齢者C83例の手術成績.あたらしい眼科C23:917-921,C20067)稲垣喜三:局所麻酔時におけるデクスメデトミジン塩酸塩.循環制御C36:138-143,C20158)NaHS,SongIA,ParkHSetal:Dexmedetomidineise.ec-tiveCformonitoredanesthesiacareinoutpatientsundergo-ingCcataractCsurgery.CKoreanCJCAnesthesiolC61:453-459,C20119)DemiraranY,KorkutE,TamerAetal:ThecomparisonofCdexmedetomidineCandCmidazolamCusedCforCsedationCofCpatientsduringupperendoscopy:Aprospective,random-izedstudy.CanJGastroenterol27:25-29,C200710)西澤俊宏,鈴木秀和,相良誠二ほか:消化器内視鏡におけるデクスメデトミジンとミダゾラムの比較:メタ解析.日本消化器内視鏡学会雑誌57:2560-2568,C201511)須藤史子,志村雅彦,石塚哲也ほか:糖尿病網膜症における光凝固術.臨眼C65:693-698,C201112)西川薫里,野崎実穂,水谷武史ほか:PASCALstreamlineyellowの使用経験.眼科手術C26:649-652,C2013***110あたらしい眼科Vol.36,No.1,2019(110)