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携帯電話・スマートフォン使用時および書籍読書時における視距離の比較検討

2015年1月30日 金曜日

《原著》あたらしい眼科32(1):163.166,2015c携帯電話・スマートフォン使用時および書籍読書時における視距離の比較検討野原尚美*1松井康樹*2説田雅典*3野原貴裕*3原直人*4*1平成医療短期大学視機能療法専攻*2平成医療専門学院*3大垣市民病院眼科*4国際医療福祉大学保健医療学部視機能療法学科ComparativeStudyofVisualDistanceswhileUsingMobilePhones/SmartphonesandReadingBooksNaomiNohara1),KoukiMatui2),MasanoriSetta3),TakahiroNohara3)andNaotoHara4)1)DivisionOrthptics,HeiseiCollegeofHealthSciences,2)HeiseiCollegeofMedicalTechnology,3)4)DepartmentofOrthopticsandVisualSciences,InternationalUniversityofHealthandWelfareOgakiMunicipalHospital,携帯電話ならびにスマートフォン使用時と,書籍読書時の視距離を比較した.学生67名を対象として,常用している眼鏡やコンタクトレンズ装用下で,1)携帯電話とスマートフォンによるメール作成時と書籍読書時の視距離,2)スマートフォンでゲーム操作時,ウェブサイトを見ているとき,歩行しながらのメール作成中の視距離を測定した.視距離は,角膜頂点から画面までとし実際にメジャーで測定した.読書時の平均視距離は33.7±5.7cm,スマートフォンによるメール作成時は27.7±4.8cm,携帯電話でのメール作成時は27.8±5.0cmであり,書籍を読む場合に比べ有意に近かった(p<0.001).歩行でのメール作成時は26.5±5.0cm,文字が小さいウェブサイトを見ているときは19.3±5.0cmであった.Informationandcommunicationtechnology(ICT)環境下では,日常的に30cm以下で画像を長時間見続けることから,近見反応への負荷がかかる.Wecomparedvisualdistancesinusingmobilephonesorsmartphonesandreadingbooks.Subjectswere67students,whosevisualdistancesweremeasuredwhile1)composinganemailonamobilephoneandsmartphone,andwhilereadingabook,and2)playingagameonasmartphone,lookingatawebsite,andcomposinganemailwhilewalking,wearingtheiraccustomedcorrectivelenses.Visualdistancesweremeasuredfromthecornealapextothescreenorpage.Meandistanceswere33.7±5.7cmwhenreadingabook,27.7±4.8cmwhencomposinganemailonasmartphone,and27.8±5.0cmwhencomposinganemailonamobilephone,significantlyshorterthanwhenreadingabook(p<0.001).Meandistanceswere26.5±5.0cmwhencomposinganemailwhilewalking,and19.3±5.0cmwhenlookingatawebsitewithsmallfontsize.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)32(1):163.166,2015〕Keywords:ICT,デジタルディバイス,近視,近見反応,調節.ICT,digitaldevices,myopia,nearresponse,accommodation.はじめに近年,携帯電話やスマートフォンなど小型デジタル機器による,メールやゲーム,ウェブサイトを見るなど画面を見ている時間が延びていることが報告されている1).デジタル映像の場合,米国では,新聞や本・雑誌の印字を読む場合の平均視距離は約40.6cm,スマートフォンでメールを送受信した場合の平均視距離は35.6cmで,ウェブページを見るときの平均視距離は32cmであった2).このように,デジタルディバイスを使用した場合,視距離が近くなることで,近視進行のメカニズムの一つである調節負荷となることが考えられる.また,近見視力は30cmで検査をしているが,それよりもっと近づくとなると,多焦点眼鏡,コンタクトレンズ,眼内レンズの設計や処方法などにおいても影響を与えると考えられる.そこで今回筆者らは,日本人若年者の携帯電〔別刷請求先〕野原尚美:〒501-1131岐阜市黒野180平成医療短期大学Reprintrequests:NaomiNohara,HeiseiCollegeofHealthSciences,180Kurono,Gifu501-1131,JAPAN0910-1810/15/\100/頁/JCOPY(163)163 話ならびにスマートフォン使用時の視距離を測定し,紙書籍を読んでいるときの視距離と比較したので報告する.I対象および方法平成医療専門学院視能訓練学科に在籍している67名(男性14名,女性53名)の学生で,年齢は19.31歳(平均年齢20.2歳)であった.屈折異常は,等価球面値にて+5.00Dから.2.50D,矯正視力は遠見・近見ともに1.0以上で,両眼視機能は,Titmusstereotestにてすべて60sec以上を認めている屈折異常以外の器質的眼疾患を認めない者であった.視距離は常用の眼鏡やコンタクトレンズを装用し自然な状態で角膜頂点から画面までをメジャーで測定した.今回は測定眼を決めるような精度を高めての距離測定ではなく,あくまで自然体のなかでの距離測定である.視距離測定の条件は以下のごとくとした.1.紙書籍と携帯電話ならびにスマートフォンでメール作成時の視距離条件①:通常の紙書籍(B5サイズの教科書)を読む(以下,書籍)条件②:携帯電話(画角1.7.2.1インチ)でメール作成条件③:スマートフォン(画角3.2.4.5インチ)でメールを作成2.スマートフォンでウェブサイト・ゲーム・歩行しながら操作時の視距離条件④:ウェブサイトを通常の文字サイズで読む(以下,スマートフォン通常文字)条件⑤:ウェブサイトを好みの文字サイズに拡大して読む(以下,スマートフォン拡大文字)条件⑥:好みのゲームを行う(以下,スマートフォンゲーム)条件⑦:歩きながらメール作成(以下,スマートフォン・歩き・メール)すべての条件における視距離は,日にちを変えて2回測定し,2回の平均値をもって視距離とした.統計学的検討は,対応のあるt検定・Spearman順位相関係数を用いた.さらに,瞳孔間距離をメジャーで測定し,条件①から条件⑦の視距離の輻湊角を求めた.輻湊角の求め方3)は,まず両眼の回旋点を結んだ直線から固視点までの距離を①式によって求めた.両眼の回旋点を結んだ直線から固視点までの距離をbcm,角膜頂点から画面までの視距離をLcm,瞳孔間距離をacm,角膜頂点と回旋点との距離を一般的な1.3cmとする.①式b=(L+1.3)2.a42両眼の回旋点を結んだ直線から固視点までの距離を求めた後,②式より輻湊角を求めた.②式輻湊角.(prismdiopter,以下Δ)=ba×100II結果表1に条件①.⑦における67名の視距離の平均値と標準偏差(cm),文字サイズ(mm・相当するポイント数),視距離での視角(分),輻湊角(Δ)を表す.1.携帯電話ならびにスマートフォン使用時と書籍の比較図1に条件①.⑦における67名の視距離の平均値と標準偏差を示す.左の縦軸は視距離(cm)を,右の縦軸にはその視距離での調節負荷量(D)を示す.携帯電話(条件②)ならびにスマートフォン使用時(条件③.⑦)の視距離は,書籍(条件①)を読んでいるときの視距離に比べ有意に近かった(p<0.001).特にスマートフォン通常文字(条件④)の視距離は19.3±5.0cmで,スマートフォンのウェブサイトを小さい文字のまま読んでいるときが最も近かった.2.スマートフォン通常文字・拡大文字および書籍との比較スマートフォン通常文字(条件④)の視距離が,書籍よりも10cm以上近かった者は71%であった.スマートフォン拡大文字(条件⑤)にしても37%の者は,書籍よりも10cm以上近いままであった(図2).III考按1)今回の結果は,米国に比べ書籍もスマートフォンもすべて7cmほど視距離が近くなった2).この米国との視距離表1作業別における視距離・文字サイズ・視角・輻湊角①書籍②携帯電話メール③スマホメール④スマホ通常文字⑤スマホ拡大文字⑥スマホゲーム⑦スマホ歩き・メール視距離±SD(cm)33.7±5.727.8±5.027.7±4.819.3±5.025.2±5.426.2±5.726.5±5.0文字サイズ(mm)(相当するポイント数)3(8)2.3(5.67.8)2.3(5.67.8)1.2(2.83.5.67)3.5(8.14)─2.3(5.67.8)視距離での視角(分)(文字サイズ/視距離)3025.3725.3718.3641.68─26.39輻湊角(Δ)18.0±3.021.0±4.022.0±4.031.0±7.023.0±5.023.0±5.022.0±4.0スマホ:スマートフォン.164あたらしい眼科Vol.32,No.1,2015(164) 3%4240-2.5383634-3.03230-3.52826-4.02422-5.02018-6.0161412-8.010*******調節(D)16%55%29%34%63%スマートフォン通常文字スマートフォン拡大文字視距離(cm)Vs.書籍Vs.書籍①②③④⑤⑥⑦図1書籍と携帯電話・スマートフォン使用時の作業別視距離①:書籍,②:携帯電話メール,③:スマートフォンメール④:スマートフォン通常文字,⑤:スマートフォン拡大文字⑥:スマートフォンゲーム,⑦:スマートフォン歩き・メール(*p<0.01).の差については,英文と日本語文の違いであると考えられた.英文は26文字のアルファベットのみで,その小文字の高さは大文字の高さの45.50%しかない文字もあり,行間が確保され読みやすい.一方,日本語はひらがな,カタカナ,漢字の3種類が混ざり,それぞれの文字の高さが揃っているために行間が詰まって読みづらくなり,視距離が近づいたと考えられた.2)携帯電話やスマートフォンを使用しているときの視距離が,従来の書籍を読んでいるときの視距離より有意に近かったことについては,山田4)はvisualdisplayterminals(VDT)作業において視距離に影響を与える因子としてcathode-ray-tube(CRT)サイズによりほぼ決められる文字の大きさと照明環境,作業者の視力を挙げている.小さな文字は,視距離を近くすることによる拡大効果から,携帯デジタル機器の小画面を近づけるのではないかと考えた.ただ今回は書籍の文字の視角が30′でスマートフォンの拡大文字の視角が41.68′と大きいにもかかわらず,スマートフォン使用時の視距離のほうが書籍よりも近かったことから,文字サイズだけでなく携帯デジタル機器と書籍の“画面の大きさ”の違いも関与していることが考えられた.今回用いた書籍はサイズが大きいため,大きな物は近方にあると感じる近接感により書籍は遠ざけ,小さな物は遠方にあると感じて保持している携帯を近づけるといった心理的な奥行き手がかりの作用5,6)も加わっているものと考える.また,大きい書籍は近づけると網膜の広範囲に投影されるため周辺視野まで眼球を大きく動かして読まなければならない.書籍とケータイ小説の眼球運動の違いは,書籍を読んでいる間はサッケードで行うのに対し,ケータイ小説では改行時にサッケードとスクロールを併用しており,文字サイズが小さくなるほどサッケー(165)差が10cm未満差が10cm以上20cm未満差が20cm以上図2スマートフォン通常文字・拡大文字と書籍の視距離の差の度数割合ド頻度が増えると報告している7).3)携帯デジタル機器を使用しているときの視距離が近いうえに,画面を見ている時間が延びていることから,現在はより近見反応を酷使しているといえる.近見反応は,1)調節-輻湊にクロスリンクがあり,お互いに影響されること,2)順応が強いシステムであるので,斜視特に内斜視などが将来的に多くなる可能性がある8.10).また,輻湊角を測定した結果,書籍を読んでいるときの輻湊角の平均は18Δで,ウェブサイトを通常文字で読んでいるときの輻湊角の平均は31Δであった.この平均値に一番近かった被検者を例に取り上げると,この被検者は瞳孔間距離が58mmである.書籍の視距離は30.6cmであり,方法で挙げた①式より両眼の回旋点を結んだ直線距離は31.7cmで,②式より輻湊角は18Δである.今回は測定していないが,この被検者のAC/A比(調節性輻湊対調節比)を下限2Δ/D(正常値4±2Δ/D)と仮定すると書籍を読む場合は6Δを調節性輻湊で補い,さらに近接性輻湊が下限1.5Δ/D(正常値ほぼ1.5.2.0Δ/D)3)と仮定すると約4Δが近接性輻湊で補われ,残り8Δを融像性輻湊で補えば良い.しかし,ウェブサイトを通常文字で読む場合,この被検者の視距離は16.2cmであった.同様に①式より両眼の回旋点を結んだ直線距離は17cmで,②式より輻湊角は34Δであった.この場合AC/A比を下限2Δ/Dと仮定すると12Δを調節性輻湊で補い,さらに近接性輻湊が下限1.5Δ/Dと仮定すると約9Δが近接性輻湊で補われ,残り13Δを融像性輻湊で補わねばならない.もし,低AC/A比であったり,基礎眼位ずれに外斜位が存在すればさらに輻湊が必要となり,その状態でウェブサイトを長時間至近距離で読めば疲労により近見外斜視になるといったことも起こるのではないかと考えられた.今後はスマートフォンの普及に伴い,携帯電話からスマートフォンに切り替える人が多くなると予想されている11).通常の使用方法としては,携帯デジタル機器は書籍に比べ視距あたらしい眼科Vol.32,No.1,2015165 離が非常に近くなるため,文字を拡大して,視距離を保つことを啓発することが必要である.特に20歳代を中心に若者の使用が多く,また今後は教育現場へのデジタルIT化など,長時間見続けていることもあわせれば,今まで以上に若年者の近視化,眼精疲労を訴えるIT眼症などの眼科的問題も多くなり,今後は眼科での近見反応検査も念頭に置きながら,場合によっては30cmより近い近距離検査も行っていく必要があると思われた.文献1)総務省情報通信政策研究所:高校生のスマートフォン・アプリ利用とネット依存傾向に関する調査.報告書:7-15,平成26年7月2)BababekovaY,RosenfieldM,HueJEetal:Fontsizeandviewingdistanceofhandheldsmartphones.OptomVisSci88:795-797,20113)内海隆:輻湊・開散と調節,AC/A比.視能矯正学(丸尾敏夫ほか編),改訂第2版,p177-189,金原出版,19984)山田覚,師岡孝次:VDT作業における視距離の評価.東海大学紀要工学部26:209-216,19865)稲葉小由紀:感覚・知覚のしくみ.自分でできる心理学(宮沢秀次ほか編),p9-18,ナカニシヤ出版,20116)林部敬吉:奥行き知覚研究の動向.静岡大学教養部研究報告第III部16(1-2):57-76,19777)山田和平,萩原秀樹,恵良悠一ほか:ケータイ小説黙読時の眼球運動特性の解析.東海大学紀要情報通信学部3:19-24,20108)MilesFA:Adaptiveregulationinthevergenceandaccommodationcontrolsystems.In:AdaptiveMechanismsinGazeControl,BerthozAandMelvillJonesG(eds),Elsevier,Amsterdam,19859)高木峰男,戸田春男:眼位.視覚と眼球運動のすべて(若倉雅登ほか編),p121-155,メジカルビュー,2007年改変10)筑田昌一,村井保一:立体映画を見て顕性になった内斜視の一症例.日本視能訓練士協会誌16:69-72,198811)総務省:「スマートフォン・エコノミー」.スマートフォン等の普及がもたらすITC産業構造・利用者行動の変化..情報通信白書:116-221,平成24年版***166あたらしい眼科Vol.32,No.1,2015(166)