《原著》あたらしい眼科30(5):703.706,2013c糖尿病黄斑浮腫に対するトリアムシノロンアセトニド製剤(マキュエイドR)の硝子体内注射の効果杉本昌彦松原央古田基靖近藤峰生三重大学大学院医学系研究科臨床医学系講座眼科学教室IntravitrealInjectionofMaqaidR,ANewTriamcinoloneAcetonide,forDiabeticMacularEdemaMasahikoSugimoto,HisashiMatsubara,MotoyasuFurutaandMineoKondoDepartmentofOphthalmology,MieUniversityGraduateSchoolofMedicine目的:トリアムシノロンアセトニド製剤の硝子体内注射は糖尿病黄斑浮腫(diabeticmacularedema:DME)に有効である反面,まれに無菌性眼内炎を生じることがあり,防腐剤がその原因の一つとされている.マキュエイドR(MaQ)は,硝子体可視化に特化された防腐剤無添加のトリアムシノロンアセトニド製剤である.今回,DMEに対してMaQの硝子体内注射を行い,6カ月間経過観察したので報告する.対象および方法:本研究は,当院倫理委員会の承認を得て行った.他の治療が施行困難なDME患者9例10眼を対象とした.清潔下にMaQ4mgを硝子体内注射し,投与後6カ月間の視力,中心窩網膜厚,合併症につき検討した.結果:平均中心窩網膜厚は投与前555.9±207.0μmであったが,投与後6カ月で305.7±131.6μmと有意に改善した(p<0.05).Logarithmicminimumangleofresolution視力は投与前0.70±0.42から投与後3カ月で0.56±0.46と有意に改善した(p<0.05)が,6カ月後では有意差がみられなかった.合併症として無菌性眼内炎や手術を要する眼圧上昇は発生しなかったが,白内障の進行を4眼に認めた.結論:DMEに対するMaQ硝子体内注射の効果を6カ月にわたり観察した.本剤は防腐剤を含まない安全なステロイド製剤としてDMEの治療の選択肢となる.Purpose:Intravitrealtriamcinoloneacetonideinjection(IVTA)isausefultreatmentfordiabeticmacularedema(DME).However,preservativecontentcanoccasionallycausesterileendopthalmitis(SE).MaqaidR(MaQ)isanewpreservative-freetriamcinoloneacetonidethatislimitedtouseinvitrectomy.WeconductedanIRB(InstitutionalReviewBoard)-approvedtrialofIVTAusingMaQforDME.PatientsandMethods:Teneyesof9DMEpatientswhocouldnotreceiveadvancedtherapywereadministereda4-mgvitrealinjectionofMaQinasterileenvironment.Eyeexaminationresults,visualacuity,centralretinalthickness(CRT)andcomplicationswereevaluatedfor6months.Results:CRTdecreasedfrom555.9±207.0μmbeforeinjectionto305.7±131.6μmat6monthsafterinjection(p<0.05).Logarithmicminimumangleofresolutionvisualacuityimprovedfrom0.70±0.42beforeinjectionto0.56±0.46at3monthsafterinjection(p<0.05).Nostatisticallysignificantchangewasseenafter6months.NopatientshowedSEorsevereintraocularpressureelevation;4patientsexhibitedcataractformation.Conclusion:Weshowthatpreservative-freeMaQisusefulandsafeforDMEforatleast6months.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(5):703.706,2013〕Keywords:糖尿病黄斑浮腫,トリアムシノロンアセトニド,トリアムシノロンアセトニド硝子体内注射,防腐剤,無菌性眼内炎.diabeticmacularedema,triamcinoloneacetonide,intravitrealtriamcinoloneacetonideinjection,preservative,sterileendopthalmitis.〔別刷請求先〕杉本昌彦:〒514-8507三重県津市江戸橋2-174三重大学大学院医学系研究科臨床医学系講座眼科学教室Reprintrequests:MasahikoSugimoto,M.D.,DepartmentofOphthalmology,MieUniversityGraduateSchoolofMedicine,2-174Edobashi,Tsu-shi,Mie514-8507,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(125)703はじめに黄斑浮腫(macularedema:ME)は,網膜静脈血管閉塞やぶどう膜炎,糖尿病網膜症などに続発して視力低下の原因となりうる.特に糖尿病黄斑浮腫(diabeticmacularedema:DME)は種々の治療にしばしば抵抗を示すが,近年さまざまな薬物の眼内・眼外投与による治療が報告されている1).ステロイド製剤の一つであるトリアムシノロンアセトニド(triamcinoloneacetonide:TA)の硝子体内注射(intravitrealtriamcinoloneacetonideinjection:IVTA)は,DMEに対して有効な治療法の一つである.当初はBristolMyersSquibb社から市販されているケナコルトRが国内外で使用され,その有効性が報告されてきた2).しかし,0.8.1.6%の頻度で無菌性眼内炎を生じることが知られており3,4),防腐剤として添加されているベンジルアルコールがその原因の一つと考えられている5).発症防止には,静置やフィルターなどによる防腐剤の分離除去などが推奨されている6.8).防腐剤のみが無菌性眼内炎発症の原因ではないが,投与前にこのような処置が必要であることはIVTAが普及しにくい理由の一つとなっている.TAは,硝子体手術時の硝子体可視化にも用いられる9).わかもと製薬から2010年に市販された新しいTA製剤マキュエイドR(以下,MaQ)は術中硝子体可視化に特化されて市販された,防腐剤を含有しない製剤である.本剤はケナコルトRと同一成分であるが硝子体手術中使用のみに認可されており,MEに対する硝子体注射への使用は2012年11月にようやく認可された.防腐剤無添加であるので,本剤の使用により無菌性眼内炎の発症が低下し,より安全に治療が行える可能性がある.筆者らは,本剤が未認可であった2011年9月から院内倫理委員会承認のもと,MaQ硝子体内注射によるDMEの治療を開始した.今回は少数例ながらも本剤投与後6カ月間の経過観察を行うことができたので報告する.I対象および方法本研究は当院倫理委員会の承認を得て行った(申請番号9-124).施行前に患者本人もしくは家人から書面で同意を得た当院通院中のDME患者で,種々の問題から他の治療が施行困難な症例に対して行った.除外基準は,全身ないしは眼局所へのステロイド薬投与による合併症既往のある患者,20歳未満の患者,妊娠または授乳中の患者とした.40mgのMaQを清潔下で1mlのbalancedsaltsolution(BSSRPlus,参天製薬,大阪)に溶解し40mg/mlに調整した.患者は術3日前より抗生物質点眼を1日4回点眼し,術眼の減菌化を行った.術直前に0.25%ポビドンヨードにより十分に消毒・洗眼を行った.点眼ならびに結膜下への麻酔を行い,0.1ml(4mg)のMaQを角膜輪部から3.5.4mm704あたらしい眼科Vol.30,No.5,2013の部位で硝子体内注射を行った.直後に眼圧を確認し,眼圧が高ければ前房穿刺により前房水を排出して調整した.その後,抗生物質含有軟膏を塗布し,ガーゼ閉瞼して終了した.感染予防目的で術後1週間,抗生物質点眼を行った.硝子体内注射前および注射後1週間・1カ月・3カ月・6カ月後の各診察時に視力(logarithmicminimumanalogofresolution:logMAR値)・眼圧測定,前眼部・中間透光体・後眼部検査を行った.同時に光干渉断層計(OCT,SpectralisR,Heidelberg社)も行い,中心窩網膜厚(centralretinalthickness:CRT)を測定した.また,本治療を選択した背景とこれまでに行った治療内容も検討した.図1糖尿病黄斑浮腫(DME)に対する,マキュエイドRの硝子体内注射後の眼底写真と注射前後の光干渉断層計(OCT)の変化注射翌日,眼内にはマキュエイドR粒子の散布(矢頭)が確認された(a).OCTでは,投与前には明らかなDMEがみられた(b,矢印)が,投与後1週間で速やかに改善していた(c,矢印).(126)II結果DMEを有する9例10眼にMaQの硝子体内注射を行った.9例(男性8例,女性1例)の平均年齢は67.4±9.6歳で,水晶体眼8眼,人工水晶体眼2眼であった.本治療を選択した背景としては,脳梗塞など血管閉塞性疾患の既往がありアバスチンRの投与が困難であった例が5眼,経済的理由などから硝子体手術を希望しなかった例が5眼であった.本治療前の治療としては,TATenon.下注射単独施行眼が6眼,TATenon.下注射+アバスチンR硝子体内注射施行眼が4**眼であった.10眼の投与前の平均CRTは555.9±207.0μmであったが,投与後1週間で350.3±122.7μmと速やかに減少し,これは統計学的に有意であった(p<0.05,図1).CRTの改善は投与後6カ月まで維持された(305.7±131.6μm,p<0.05,図2).視力のlogMAR値は投与前に0.70±0.42であったが,投与後3カ月には0.56±0.46と統計学的に有意に改善した(p<0.05).6カ月後では,0.59±0.45と依然改善傾向がみられたものの,有意ではなかった(図3).投与後合併症として,無菌性眼内炎や手術を要する眼圧上昇はみられなかったが,3眼で緑内障点眼1剤以上を必要とする眼圧上昇がみられた.また,4眼で白内障が進行し,その2眼で白内障手術900800500400300200100**投与前1週1カ月3カ月6カ月経過期間700600CRT(μm)図2マキュエイドR硝子体内注射前後のCRTの経時的変化を施行した.III考察わが国でのDME加療は,TATenon.下注射,抗血管内皮増殖因子(VEGF)製剤(アバスチンR)硝子体内注射や硝子体手術が行われている.TATenon.下注射は最も簡便でわが国で広く用いられているが,欧米では有効性が確認されておらず10),十分に普及していない.抗VEGF製剤の硝子体内注射も簡便な治療ではあるが,脳梗塞などの血管閉塞性疾患の既往がある患者には施行がためらわれる.硝子体手術も選択肢の一つであるが,経済的背景や全身状態により患者が望まないことがある.このように,DMEに対して他の治療が困難な症例に対して,特にMaQは防腐剤無添加であ糖尿病黄斑浮腫(DME)9例10眼に対する,マキュエイドRの1.4硝子体内注射前後の平均CRTおよび標準偏差を示す.投与後1週間でCRTは速やかに減少し,有意な減少は6カ月まで観るので安全なIVTA治療が行えると考えた.今回筆者らは,本剤の投与適応を他の加療が施行困難な症察された.*:p<0.05.例に限定した.その理由の一つは,本剤を用いても無菌性眼内炎が生じうる可能性や白内障,眼圧上昇が生じる可能性が1.5*投与前1週1カ月3カ月6カ月経過期間あると考えたからである11).もう一つの理由は,国内外ともにDMEに対してIVTAは第一選択とされていないという実情である.昨年度の米国網膜硝子体学会による網膜専門医へのアンケート調査結果(2012年度PATsurvey)では,DMEへのIVTAを行わないとする回答が48%もあった.さらに,わが国の網膜硝子体専門医に対する同様なアンケート(2011年度PAT-Jsurvey)でもIVTAを選択するのは15%程度と小数であった.そのため今回の研究ではDME治療に対する第一選択としてIVTAを行った症例はなく,症例の選択にバイアスがかかっている点が既報と大きく異なっている.MaQは2012年末になってDMEに対する使用がわが国でLogMAR値1.31.21.11.00.90.80.70.60.50.40.30.20.1図3マキュエイドR硝子体内注射前後の視力の経時的変化糖尿病黄斑浮腫(DME)9例10眼に対する,マキュエイドRの硝子体内注射前後のlogMAR値の平均および標準偏差.投与後3カ月でのみ有意な改善がみられた.6カ月の時点でも改善傾向はみられたが,術前との差は有意ではなかった.*:p<0.05.(127)認可された.薬剤添付文書によると,34眼を対象とした臨床試験ではMaQ非投与群に比し,投与後12週で有意な視力改善とCRT改善を認めている.今回,筆者らの検討でも3カ月までは同様の結果であった.しかし,臨床試験で報告されていない術後6カ月では,CRTは改善したものの視力あたらしい眼科Vol.30,No.5,2013705改善は有意ではなかった.IVTAの単回投与の効果をみた既報でも,投与後に視力は4カ月間改善を示したが,その後視力は低下して6カ月後にはコントロール群と有意差が認められていない12).抗VEGF製剤硝子体内注射とIVTAの繰り返し投与を比較した報告では,観察期間2年で視力改善はコントロール群と差がなかったが,偽水晶体眼に限定した解析では良好な改善を得ており,ステロイド薬による白内障が視力低下の一因としている13).筆者らの検討でも白内障進行が4眼でみられた.偽水晶体眼を除くと対象症例中8眼中の半数で生じたことになる.また,手術を行った2例では各々初診時の矯正視力が0.3と0.03であったが,注射後白内障が徐々に進行した.白内障手術直前には各々0.2と0.02に低下し,羞明感が強くなり後.下白内障を呈していた.これらの変化が視力の結果に影響した可能性があると考えている.今回,筆者らは防腐剤無添加のTA製剤であるMaQを用いて,重篤な合併症なく安全にIVTAを行うことができた.少数例ながらも6カ月間経過観察することができた点で,視力やCRTの変化に関して興味深い所見が得られた.しかし,IVTAによる無菌性眼内炎の発症頻度は既報では2%以下と低いので,今回の症例数では出現しなかっただけかもしれない.また,筆者らはDMEに対する第一選択治療としてIVTAを行ったわけではないため,限定された症例に対する研究といえる.本剤のDMEに対する使用が認可されたこともあり,今後はさらに多数例における効果や副作用の詳細な研究が期待される.文献1)後藤早紀子,山下英俊:糖尿病黄斑浮腫の薬物治療.あたらしい眼科29(臨増):139-142,20122)JonasJB,KreissigI,SofkerAetal:Intravitrealinjectionoftriamcinolonefordiffusediabeticmacularedema.ArchOphthalmol121:57-61,20033)MoshfeghiDM,KaiserPK,BakriSJetal:Presumedsterileendophthalmitisfollowingintravitrealtriamcinoloneacetonideinjection.OphthalmicSurgLasersImaging36:24-29,20054)坂本泰二,石橋達朗,小椋祐一郞ほか;日本網膜硝子体学会トリアムシノロン調査グループ:トリアムシノロンによる無菌性眼内炎調査.日眼会誌115:523-528,20115)MaiaM,FarahME,BelfortRNetal:Effectsofintravitrealtriamcinoloneacetonideinjectionwithandwithoutpreservative.BrJOphthalmol91:1122-1124,20076)NishimuraA,KobayashiA,SegawaYetal:Isolatingtriamcinoloneacetonideparticlesforintravitrealusewithaporousmembranefilter.Retina23:777-779,20037)井上真,植竹美香,武田香陽子ほか:ベンジルアルコールを除去した硝子体内投与用トリアムシノロンアセトニド溶液の作成.眼紀55:445-449,20048)坂本泰二,樋田哲夫,田野保雄ほか:眼科領域におけるトリアムシノロン使用状況全国調査結果.日眼会誌111:936-945,20079)SakamotoT,MiyazakiM,HisatomiTetal:Triamcinolone-assistedparsplanavitrectomyimprovesthesurgicalproceduresanddecreasesthepostoperativeblood-ocularbarrierbreakdown.GraefesArchClinExpOphthalmol240:423-429,200210)DiabeticRetinopathyClinicalResearchNetwork,ChewE,StrauberSetal:Randomizedtrialofperibulbartriamcinoloneacetonidewithandwithoutfocalphotocoagulationformilddiabeticmacularedema:apilotstudy.Ophthalmology114:1190-1196,200711)JonasJB,KreissigI,DegenringR:Intravitrealtriamcinoloneacetonidefortreatmentofintraocularproliferative,exudative,andneovasculardiseases.ProgRetinEyeRes24:587-611,200512)JonasJB,HarderB,KamppeterBA:Inter-eyedifferenceindiabeticmacularedemaafterunilateralintravitrealinjectionoftriamcinoloneacetonide.AmJOphthalmol138:970-977,200413)ElmanMJ,BresslerNM,QinHetal:Expanded2-yearfollow-upofranibizumabpluspromptordeferredlaserortriamcinolonepluspromptlaserfordiabeticmacularedema.Ophthalmology118:609-614,2011***706あたらしい眼科Vol.30,No.5,2013(128)