《原著》あたらしい眼科30(8):1171.1173,2013c他のプロスタグランジン製剤が効果不十分であった症例に対するトラボプロスト点眼液の有効性の検討橋爪公平*1,2長澤真奈*1,2黒坂大次郎*2*1北上済生会病院眼科*2岩手医科大学医学部眼科学講座EfficacyofTravoprostinPatientsUnresponsivetoOtherProstaglandinsKouheiHashizume1,2),ManaNagasawa1,2)andDaijiroKurosaka2)1)DepartmentofOphthalmology,KitakamiSaiseikaiHospital,2)DepartmentofOphthalmology,IwateMedicalUniversitySchoolofMedicineプロスタグランジン(PG)製剤は緑内障治療の第一選択薬であるが,ノンレスポンダーの存在も知られている.今回,他のPG製剤で効果不十分であった症例におけるトラボプロスト点眼液への切り替え効果について検討した.北上済生会病院に通院中の広義の開放隅角緑内障患者のうち,他のPG製剤が効果不十分でトラボプロスト点眼へ切り替えた症例を対象とした.効果不十分とは,①ベースラインから10%以下の眼圧下降,②視野欠損の進行のいずれかに当てはまることと定義した.切り替え前後の眼圧について,診療録をもとにレトロスペクティブに検討した.対象症例は34例65眼であった.眼圧は切り替え前14.0±3.6mmHg,切り替え後13.3±3.4mmHgで,トラボプロスト点眼液への切り替えにより眼圧が有意に低下していた(pairedt-test:p=0.012).他のPG製剤が効果不十分であった症例に対して,トラボプロスト点眼液への切り替えが有効である可能性が考えられた.Prostaglandin(PG)ophthalmicsolutionsareconsideredthefirst-choiceforglaucomatreatment,butsomepatientsdonotrespondtoPGanalogues.WestudiedtheeffectsofswitchingtotravoprostinpatientsunresponsivetootherPGs.ThesubjectswerepatientsatKitakamiSaiseikaiHospitalwhohadopenangleglaucomaandswitchedtotravoprostduetoinsufficientresponsetootherPGs.Insufficientresponsewasdefinedaseitheri)intraocularpressure(IOP)reductionof<10%ofthebaselineorii)progressionofvisualfielddefect.IOPrecordswereretrospectivelyexaminedbeforeandafterswitching.Atotalof65eyesof34patientswereexamined.IOPswere14.0±3.6mmHgbeforeand13.3±3.4mmHgafterswitching,asignificantreductioninIOPafterswitchingtotravoprosteyedrops(pairedt-test,p=0.012).TheresultssuggestedthatswitchingtotravoprosteyedropsiseffectiveinpatientsunresponsivetootherPGs.〔AtarashiiGanka(JournaloftheEye)30(8):1171.1173,2013〕Keywords:プロスタグランジン製剤,トラボプロスト,ノンレスポンダー,切り替え,開放隅角緑内障.prostaglandin,travoprost,non-responder,switching,openangleglaucoma.はじめに緑内障はわが国においては中途失明2位を占める疾患で,その有病率は40歳以上で約5%と比較的高い疾患である.緑内障に対する治療はおもに点眼による薬物療法で,眼圧を下降させることにより視野欠損の進行リスクが軽減される1).プロスタグランジン(PG)製剤はプロスト系製剤とプロストン系製剤の2つに大別される.プロスト系PG製剤は強力な眼圧下降作用を有し,1日に1回の点眼で終日の眼圧下降が得られ,また全身の副作用がないことから,緑内障治療薬の第一選択薬となっている.現在わが国で4種のプロスト系PG製剤が承認されているが,そのうちラタノプロスト,タフルプロスト,トラボプロストの眼圧下降作用は同等で,およそ25.30%の眼圧下降作用を示すとされている2,3)が,その程度には個体差があり,眼圧下降が10%以下のいわゆるノンレスポンダーという症例も存在する.そこで今回は,他のPG製剤が効果不十分であった症例で,その点眼をトラボ〔別刷請求先〕橋爪公平:〒020-8505盛岡市内丸19-1岩手医科大学医学部眼科学講座Reprintrequests:KouheiHashizume,M.D.,DepartmentofOphthalmology,IwateMedicalUniversitySchoolofMedicine,19-1Uchimaru,MoriokaCity020-8505,JAPAN0910-1810/13/\100/頁/JCOPY(127)1171プロスト点眼液に切り替えた症例の眼圧の変化について検討したので報告する.I対象および方法対象は平成24年1月から6月に北上済生会病院を受診した広義の開放隅角緑内障患者のうち,過去に他のPG製剤(ラタノプロストまたはタフルプロスト)が効果不十分でトラボプロスト点眼へ切り替えたことがある症例を対象とした.本研究における「効果不十分」とは,①ベースラインから10%以下の眼圧下降作用しか得られていないこと,②点眼を継続しているにもかかわらず視野欠損が進行していることのいずれかに該当する症例と定義した.診療録をもとにレトロスペクティブに検討した.眼圧は通常の外来診療における任意の時間帯(8:30.17:00)に非接触眼圧測定装置(NIDEK社RKT-7700)を用いて測定した.低信頼度データを除く3メーターの測定値を平均し,その日の値とした.測定は切り替え直前・直後の連続する3回の受診時の計測値の平均をそれぞれ切り替え前眼圧,切り替え後眼圧とした.切り替え前後の眼圧をpairedt-testで統計学的に検討した.II結果他のPG製剤単剤からトラボプロスト点眼液単剤への切り替えを行った症例は34例65眼で,このうちラタノプロスト点眼液からの切り替えが23例46眼,タフルプロスト点眼液からの切り替えが11例19眼であった.また,他の緑内障点眼薬を併用し,その併用薬を変えずにPG製剤のみトラボプロスト点眼液へ切り替えた症例は15例28眼であった.他のPG製剤単剤からトラボプロスト点眼液単剤へ切り替えた症例では,眼圧は切り替え前14.0±3.6mmHg,切り替え後13.3±3.4mmHgで,切り替えによって眼圧が有意に低下していた(p=0.0078,図1).また,単剤同士の切り替え65眼中23眼(35%)で2mmHg以上の眼圧下降作用が得られた.さらに併用薬を変えずにPG製剤のみトラボプロスト点眼液へ切り替えた症例では,眼圧が切り替え前15.7±3.4mmHg,切り替え後14.7±2.6mmHgで,切り替えによって眼圧が有意に低下していた(p=0.025,図2).併用薬あり例の切り替え28眼中7眼(25%)で2mmHg以上の眼圧下降作用が得られた.III考按今回の検討では他のPG製剤で効果不十分でトラボプロストへ切り替えた症例を対象に検討した.そのなかで,効果不十分例は,ベースラインから10%以下の眼圧下降作用しか得られていない,いわゆるノンレスポンダーといわれる症例,あるいは視野欠損が進行している症例とし,日常の診療において点眼液の変更や追加が必要となる症例である.今回トラボプロストへの切り替えによる眼圧を比較し,単剤同士の切り替え・併用薬がある場合での切り替えともに有意に眼圧が低下した.このことから他のPG製剤で加療して効果が不十分であった症例に対して,bブロッカーや炭酸脱水酵素阻害薬などの他剤を追加する前にトラボプロストへの切り替えを試すことが治療の選択肢の一つになりうると考えられた.今回の検討では他のPG製剤(ラタノプロストとタフルプロスト)単剤からトラボプロスト単剤への切り替えにより,35%の症例で2mmHg以上の眼圧下降が得られた.ラタノプロスト単独投与からトラボプロスト単独投与への切り替え後の眼圧下降効果についてはすでにいくつかの報告がある.海外ではトラボプロストはラタノプロストなどの他のPG製剤と比較して,同等あるいはそれ以上の眼圧下降作用が得られたと報告されている4.6).わが国では湖崎らはラタノプロストからトラボプロストへの切り替えで約30%の症例で2mmHg以上の眼圧下降がみられたと報告し7),佐藤らは同じくラタノプロストからトラボプロストへの切り替えで36%の症例で2mmHgを超える眼圧下降が得られたと報告している8).今回の検討はこれらの報告と同等の結果と考えられる.15.7±3.42020014.0±3.613.3±3.4切り替え前切り替え後14.7±2.6眼圧(mmHg)眼圧(mmHg)15151050105切り替え前切り替え後図1単剤使用例の切り替えによる眼圧の変化図2併用薬あり例の切り替えによる眼圧の変化眼圧は切り替え前14.0±3.6mmHg,切り替え後13.3±3.4眼圧は切り替え前15.7±3.4mmHg,切り替え後14.7±2.6mmHgで,切り替えによって眼圧が有意に低下した(pairedmmHgで,切り替えによって眼圧が有意に低下した(pairedt-test:p=0.0078).t-test:p=0.025).1172あたらしい眼科Vol.30,No.8,2013(128)今回の検討では眼圧に関してのみ比較検討を行った.緑内障治療における目標は視野欠損進行の抑制であるので,今後切り替え前後の視野欠損の進行速度についてさらなる検討が必要である.また,眼圧測定を非接触眼圧計にて行ったが,より正確な眼圧測定のためには,Goldmannアプラネーショントノメーターによる測定が望ましい.さらに点眼の切り替えによって,患者のアドヒアランスが一時的に向上した可能性は否定できない.これらの課題を含めたさらなる検討が今後必要である.他のPG製剤が効果不十分であった症例におけるトラボプロスト点眼液への切り替え効果について検討した.結果,トラボプロスト点眼液への切り替えが眼圧下降に有効である可能性が考えられた.本論文の要旨は第335回岩手眼科集談会(2013年,1月)にて発表した.文献1)LeskeMC,HejilA,HusseinMetal:Factorforglaucomaprogressionandtheeffectoftreatment:theearlymanifestglaucomatrial.ArchOphthalmol121:48-56,20032)AptelF,CucheratM,DenisP:Efficacyandtolerabilityofprostaglandinanalogs:ameta-analysisofrandomizedcontrolledclinicaltrials.JGlaucoma17:667-673,20083)MansbergerSL,HughesBA,GordonMOetal:Comparisonofinitialintraocularpressureresponsewithtopicalbeta-adrenergicantagonistsandprostaglandinanaloguesinAfricanAmericanandwhiteindividualsintheOcularHypertensionTreatmentStudy.ArchOphthalmol125:454-459,20074)NetlandPA,LandryT,SullivanEKetal:Travoprostcomparedwithlatanoprostandtimololinpatientswithopen-angleglaucomaorocularhypertension.AmJOphthalmol132:472-484,20015)ParrishRK,PalmbergP,SheuWP:Acomparisonoflatanoprost,bimatoprost,andtravoprostinpatientswithelevatedintraocularpressure:a12-week,randomized,masked-evaluatormulticenterstudy.AmJOphthalmol135:688-703,20036)KabackM,GeanonJ,KatzGetal:Ocularhypertensiveefficacyoftravoprostinpatientsunsuccessfullytreatedwithlatanoprost.CurrMedResOpin21:1341-1345,20047)湖崎淳,大谷伸一郎,鵜木和彦ほか:トラボプロスト点眼液の臨床使用成績─眼表面への影響.あたらしい眼科26:101-104,20098)佐藤里奈,野崎実穂,高井祐輔ほか:ラタノプロストからトラボプロストへの切替え効果.臨眼64:1117-1120,2010***(129)あたらしい眼科Vol.30,No.8,20131173